加賀100万石に仕える事になった

加賀100万石に仕える事になった
シムCM
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︻小説タイトル︼
加賀100万石に仕える事になった
︻Nコード︼
N0561CM
︻作者名︼
シムCM
︻あらすじ︼
時は戦国乱世の時代。
織田に仕えて、秀吉に近づき、家康に従って東軍につく。
テンプレを生きようとして、開始前にその致命的問題点をつかれた
転生者。
あきらめて平穏な生活を求めた矢先、彼の望みは︵一部︶かなう事
になる。
殿は脳筋。領土は問題だらけ。大殿からは無理難題。
1
戦には出ず、年貢納入と、補給物資管理に悲鳴を上げる男。
三直 豊利
ソロバン片手に、文句をたれつつ︵数字と︶戦う男の物語である。
※一騎当千や戦国無双な話は出てきません。
PS.初投稿です。投稿内容は、作者の独断と偏見により、歴史的
事実と異なる場合があります。大目に見てください。
2
00 プロローグ︵前書き︶
初投稿となります。
歴史ものですが、そこまで詳しいわけではなく、WIKIやゲーム
データなどを参考にしているため、不満もあるかと思いますが、架
空歴史とおもって、温かい目で見てください。
3
00 プロローグ
戦国時代に転生したら。信長に従って頭角を現し、秀吉近づいて、
最後は徳川の東軍につく。
テンプレ的テンプレで勝ち組に乗ろうと思っていた。そのための努
力もした。
農民の出なのに、読み書き学問をおさめ、商人に奉公か、寺で坊主
の将来設計。戦国でもインテリこそが最後の勝利者である。という
か、脳みそ筋肉になれそうもなかっただけだけど。そりゃ、二天一
流とか、柳生新陰流で剣術指南とか憧れるけど、そこにたどり着く
まで何年かかるんだよ。っていうか、柳生の里ってどこだよってレ
ベルです。
案の定、天才だ、天狗の子だ。って騒がれて、近くの寺に放り込ま
れました。
が、そこで大きく予定が狂った。
いや、オレの計画に間違いはないけど、予定に大きな変更を余儀な
くされたのだ。
寺の和尚である光琳様から、説得力絶大なお言葉をもらったからだ。
﹁よいか。豊念︵オレの小坊主としての名だ︶。人が人に命を預け
るというのは、なかなかできる事ではない。戦乱により人が人を殺
す修羅の世ならなおのことだ。人の。それも権能高き者ほど、猜疑
の念は深い。弓馬に優れ、古書に精通し、文武に優れていても、あ
るいは優れているが故に、猜疑の目は強くなるのだ。﹂
まあ、出だしはこんな感じで、要はポッと出の知らない奴に命預け
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る阿呆は、戦国の世にはいないって事だ。有名戦国ゲームじゃある
まいし﹁野心﹂とか﹁忠誠心﹂なんてステータスが見れるわけない
んだもんな。
偉い人側から見て、当然裏切らない保証がほしいわけだ。親族とか、
古くからの旧臣なら、生活基盤が主君に依存しているから裏切りづ
らいという指標になるわけだ。まあ、それでもなお裏切られて殺さ
れる人が続出しているのが戦国時代なのだが、どう見ても赤の他人
を登用していたら、命がいくつあっても足りないわ。
こうして、始まる前に夢破れたオレは、光琳和尚の元で勉学に励み、
礼法を学び、小さな寺で念仏を唱えて暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし。
⋮で、終わらないのが、戦国時代である。
﹁ごめん。どなたかおられるか?﹂
運命の男がやってきたのです。
いや、ウホッ的な話ではなくてですね。
それから3刻後︵6時間後︶。
後に加賀100万石の立役者。槍の又左こと前田利家は、正座させ
られ、延々とオレに説教されることとなった。
なんでだ?
いや、アルコールの力ですよ。飲みにケイション?
5
前田利家が織田家を放逐されて浪人暮らしをする中で、ウチの寺に
立ち寄り一晩の宿を求めた。優しい光琳和尚はそれを許し、身の回
りの世話を小坊主のオレに頼んだ。
で、有名人。歴史上の人。幕末まで続く永遠のナンバー2的存在。
前田利家に会える興奮から、秘蔵の般若湯をもって夜中に押しかけ、
話を聞いていたんだが、まあ、アルコールの魔力というか、たまっ
たストレスというか、前田様の愚痴が始まったわけだ。
そこまではいい。生前のサラリーマン時代を思えば、愚痴の一つや
二つ聞き流せる。
と、思っていたんだけど、こいつDQNだ。
それも筋金入りの。
好き勝手しほうだいな上、殿様の側用人で、遠縁の茶坊主をぶっ殺
したらしい。
で、放逐。普通は切腹だよ。
しかも、茶坊主殺した理由は本当に﹁嫌な奴だから﹂である。公金
横領とか、圧政を敷いたとか、女を手籠めにしたとかじゃなくて、
本当に﹁気に食わないのぶっ殺した﹂である。
で、悪いのは向こうだとか、殿は昔からの友達なのに許してくれな
い。とグチグチ⋮
流石に、これにはブチ切れた。なんとか耐えられたかと思ったら、
こいつ妻帯者で、子供までいるのよ。今その妻子はどうしているの
か聞いたら、友人と親せきに任せているらしい。
そこで、オレの堪忍袋の尾は切れないようにすることを辞めた。
それから一刻。
最初は。怒鳴ったり掴みかかろうとするのを、理で怒鳴りかえして
抑え込み、論でグウの音も出ないほど叩きのめし、言い訳する端か
ら論理武装した説教で叩きのめし、言い逃れできないほど説法で追
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い詰めたのち、エンドレス反省会。
すでに、槍の又三は﹁ごめんなさい﹂を繰り返す人形になっていた。
そして、そのまま双方轟沈。
次の日、目が覚めると前田様の姿はなく、オレは前田様の為に出し
た布団で寝ていた。光琳和尚に聞いたところ、前田様は早朝に出て
行ったそうだ。
あ、オレ殺されなかったんだ。
と思っていたら、光琳様よりお褒めの言葉をもらった。
﹁豊念。前田様はたいそうお前を誉めておったぞ。出発の挨拶に来
たあのお方の顔は、まるで悟ったような晴れ晴れとした顔であった。
なにを言ったかしらんが、ようやった。﹂
おお、まじですか?無礼打ち首切り御免じゃないんですね。やった
ー。
﹁ところで豊念や。そこに転がっている酒徳利はなんじゃ?﹂
⋮もしかして、光琳様。オレだけワンモアセットで、説教大会です
か?ヤダー
この経験が、後の俺の人生を大きく変えるわけだが、光琳様の効果
絶大マインドアタックに、むなしい抵抗をつづけるオレには、当然
予測する事は出来なかったわけである。
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01 仕官
﹁なにしてくれはりますのん。﹂
あれから8年。俺も18歳となり、この時代においてはもう大人で
ある。
経を読み、礼法を学び、説教を食らい、なんとか寺の僧侶として、
そろそろ独り立ちかな∼。なんて思っていたのだが。
その展望は、急遽消滅した。
隣では、ニコニコ顔の光琳和尚。
目の前では、﹁お前誰だよ﹂と思うほど、落ち着いた笑みを浮かべ
る前田利家。
﹁つまり、お前を部下として登用したい。﹂
転生初期に潰えた夢が、予想外の敗者復活である。
いやいや、カンベンしてくれよ。なんというか、メインヒロイン落
とそうと頑張ったけど、だめだったので、サブヒロイン攻略して、
もうあと少しでハッピーエンドってところで、メインヒロインから
アプローチ食らったような。うむ。わけかわからん。
まあ前田様の話を要約するとこうだ。
俺の説教で、己の未熟さを知った前田様は、心機一転。武士の本懐
に帰るため、武芸を磨き、禅を学んで精神修行を果たし、武勲を上
げて、見事織田家に復帰したそうである。
もしかして、あれはマインドコントロールだったんじゃないんだろ
うか?と自分でも疑問視してしまうんだが、そこまで精神矯正がで
8
きたのか⋮
とまあ、そんなわけで復帰して織田家に仕えていたのだが、この度、
織田信長の命を受け、前田家の家督を継ぐこととなったらしい。
よかったね。
で、すめば俺がここで人生の修正をする必要はなかった。
現在、前田利家の実兄である前田利久が前田家の家督を継いでいた
らしい︵どうも先代の父親死亡時にはまだ、復帰を許されていなか
ったそうだ︶。で、どうも利久が病弱であり、それを知った信長が、
利家に家督を継ぐよう命じたらしい。
問題は、この前田利家という武士は、自他ともに認める武辺者で、
領地経営?何それ美味しいの?状態。
そりゃそうだ。前田利家の役職は、織田信長の親衛隊﹁母衣衆﹂で
ある。ボディーガードにお役所書類仕事の能力を求める事がおかし
いのだ。しかも、まわりや友好関係も基本的に体育会系オンリー。
そりゃ、好きな人と付き合いしかしてないんだから、そうなるわな。
で、苦難に明け暮れた挙句。
﹁そうだ、頭のよさそうな奴が一人いたぞ。﹂
と、俺のことを思い出したとの事だ。
﹁いやいや、私も領地経営など経験はございませんよ。﹂
と、言い訳もどきをしてみたが、問題はそう簡単にはいかなかった
らしい。
前田家は城を持つ。
﹁荒子城﹂とよばれる小さな平城だ。城がある以上、それを守る兵
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を備え、それを指揮する将達、つまり家臣がいる。今回利家が家督
を継ぐに当たり、当主である前田利久の家臣が異を唱えたのだ。
そりゃそうだ。父親死亡で継承という一番忙しい時期をようやく乗
り越えたと思ったら、放蕩三昧で放逐された厄介者がひょっこり帰
ってきて、そいつが家督を継ぐって言われたら、誰だって異を唱え
る。
最終的には、織田信長の命で城をあけ渡し、家督相続はなったのだ
が、当然人間関係はギスギス。領地経営とかそういったこと言って
られる場合じゃねぇって事らしい。
そこで、オレ投入。
なんで俺はそんな蠱毒の壺の中に放り込まれにゃならんのよ!?
もう、ほとんどイジメじゃん。俺の胃袋逃げ出すよ。というか俺が
逃げ出したい。
助けて、光琳和尚∼。
﹁豊念。前田様にここまで望まれるというのは、名誉な事だぞ。﹂
あ、この和尚。オレ登用賛成派か。ブルータスお前もか。
﹁豊念。お前が行く事で、荒子城のいさかいが減るというのであれ
ば、これは僥倖。行うは善行というものだ。﹂
俺一人が不幸になるのはいいのか?
﹁おぬしの望む道ではないか。﹂
子供の頃の﹁将来の夢﹂を取り出して、俺の進む道を決められると
いう、理不尽さと、やるせなさと、タイムマシンを求める気持ちで
いっぱいです。
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いや、ほら、私は坊主として出家し、仏の道に進むと誓ってしまい
ましたので。
﹁還俗というのは、ないわけではないのだ。﹂
あ、退路断たれたわ。
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02 赴任
そんなわけで、あれから1ヵ月。
みのう
とよとし
光琳和尚から兵法書﹁尉繚子﹂の写本の許可をもらって餞別代りと
し還俗。
その後、光琳様より﹁三直 豊年﹂の名をもらう。
なんでも、光琳和尚の生家も武家で、すでに家はつぶれており、適
当に使っていい名前らしい。
いやいや、この時代の名前ってそんな簡単な物じゃないからね。
﹁名乗ってしまえば、それでよいのだ。ただの、言葉よ。﹂
光琳和尚。器デカすぎだろ。底が抜けるほど。
まあ、そんなわけで、仏の道から放り出された俺は、岐阜城へ行き、
殿︵前田利家様の事だ︶と面会。その後、大殿︵織田信長の事だ︶
に許可をもらい、問題なく俺は前田利家の家臣となる。
ちなみに、大殿の顔は見ていない。殿が報告してお言葉もらって、
俺に伝えて終了。
オレ岐阜城来る必要ないジャン。あの、稲葉山の山道を登る苦労は
なんだったんだ!?
で、そこから3日。
俺は荒子城に向かっている。
三日も何していたかって?
書類作ってもらっていたんだよ。うちの殿。マジで脳筋。俺の役職
とか権限とか考えなし。紹介状とかも用意なし。オレ、このまま荒
子城行ったら不審者として殺されるんじゃね?
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見ず知らずの人が、殿の部下になったから入れて。なんて言ってき
たら。俺なら即逮捕するな。治安的に考えて。
一応、岐阜にいる同僚とも挨拶をしたが、どうも現在朝倉討伐のた
めに、戦争準備中らしい。あ∼、浅井とは同盟中だし、金ヶ崎の撤
しんがり
退かな?まあ、いいか。俺が参戦するようにはいわれていないので
問題なし。どうせ、木下藤吉郎が殿して、功績上げるんだろう。
そういえば、俺の初陣っていつになるんだろう。暇なときに﹁尉繚
子﹂読んでおこう。
ちなみに荒子城は、織田の元居城である清州城と三河︵徳川家康の
領土だ︶の間にある城だ。三河︵当時は松平家︶と争っていた時の
出城の一つで、ぶっちゃけると、徳川家と同盟した段階で、意味の
ないものとなっている。
いや、同盟破棄されたらまた最前線なんですけどね。
荒子城一帯の平野は裕福な土地で、防衛拠点としてではなく、支配
の象徴としての意味に移行されている。
とりあえず、代官としての権限と検地の許可をもらう。
というか、検地って何?って言われたときは、口から魂出そうにな
ったわ。
荒子城行くのが怖くて仕方ない今日この頃です。
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03 帳面持ってきて
さて、面目というのは大人の世界で重要である。
江戸時代とか、これで人が死んだりしているわけで、﹁それもどう
よ?﹂と思うのだが、とりあえず面目を保って死ぬのは名誉と思う
のは間違っている。
当事者と、第三者的には美談かもしれないけど、関係者にとっては
はた迷惑にもほどがある。
何が言いたいかって、俺がここに来た理由だよ。
利久派と利家派の対立ってか、ギスギスした空気の改善ってやつだ。
さて、ここで面目の話が出てくる。
前田利家がむかつくので、嫌がらせをしたい。でも、主家である織
田から恨まれるのは御免こうむる。面目を保ちつつ嫌がらせをしよ
う。
そうだ、仕事辞めよう。
フリーターって言葉あるけど、フリーダム過ぎるだろ戦国時代の就
職事情。
ちなみに、そんな結論に到達した筆頭
荒子城﹁城代﹂ 奥村 永福。
城代ってなんだかわかるだろ。城主の代理って事だ。
乾いた笑しか出てこねぇよ!!
とりあえず。仕事放り出して逃亡した正社員の後始末を派遣社員に
丸投げしてるような状況だ。逃げ出してぇ⋮
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とりあえず、気を取り直して現状の確認だ。
はい、じゃあ臨時配下の足軽君。帳面持ってきて。
⋮え?ない?
ないってなに?いやいや、怒ってないよ。正直に本当の事を話して
くれ。
どうやって備蓄って管理していたの?
入った分だけ入れて、出す分だけ出す?
いつもは、数ヵ月分が残るから大丈夫だと。
ああ、なるほど。備蓄ってそうやって管理しているのね。なるほど、
そりゃ籠城戦で備蓄が足りなくなるとか、遠征で食糧が足りなくな
って略奪に走るとか話を聞くわけだよ。
きちんと管理していたら、ふつうそうなる前に気が付くわな。
ハハハハ∼
はい、全員集合!これより在庫の確認をします!!
いや、キレてないよ。キレてないって!オレをキレさせたら大した
もんだよ!!
え?なに?
うんうん。うん?
え?なにそれ?
いやいや、ちゃんと聞いてたよ。ちゃんと聞いてたって。
え、つまり⋮
⋮ちゅうちゅうたこかいな。
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04 領地を見て回る
知っているか?
識字率って、文字の読み書き出来る人と出来ない人の比率なんだぜ。
で、さらに半歩進めてみよう。加減乗除って知っているか?足し算、
引き算、掛け算、割り算の四則演算だ。当然、文字の読み書きでき
ない人がこれを知っている割合というのは極めて低い。
なにもできない > 文字の読み書き可能 > 四則演算
まあ、大体こんな感じだ。
何が言いたいか?
﹁え?納める兵糧ってどうやって決めてるの?﹂
﹁庄屋が持ってくる米を数える。﹂
え?税金って自己申告なの!?
待て、待つんだ三直 豊年。まだ慌てるような時間じゃない。
﹁ちょっと、領内見回ってきます。﹂
﹁おう。気を付けてな。﹂
仕事に関して、質問したらこの反応である。
ってなわけで、小者を連れて荒子領地を見回る。
夕刻
アカン。
とてつもなくアカン。
しかも致命的なアカンもある。超アカン。
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まず、土豪というか庄屋の力が強い。ぶっちゃけ、年貢をどれだけ
支払うか決めるのは庄屋である。庄屋が農民から年貢を集めて、そ
れを領主に提出する。
なんで、こんなことになっているのか?
答え﹁楽だから。﹂
農民はわざわざ領主のところまで年貢を運ぶ手間が省かれるし、領
主も農民一人一人から徴収する手間も省ける。通達も庄屋にするだ
けでいいし、もし何かあったら、庄屋を罰するだけでいいのだ。
便利でしょう?いや、どう見ても問題だよね。ちょっと整理してみ
よう。
問題その一。常備兵って言葉を知っているかい?織田の兵って銭を
払って雇う雇用兵なわけ。だから、一年中いつでも出動できる。
そんな言葉がある以上、常備兵じゃない兵がいるわけだ。というか、
普通はそっちが一般的なんだが、つまるところ農民兵。普通の足軽
だな。
織田信長の兵農分離をがんばっているんだが、そうなる前は、兵農
一致︵造語です︶つまり農民兵だったわけよ。農作業が終わって、
暇なときに戦争する。まさに世も末な戦国時代だな。
当然、その場合、指揮官っているのは庄屋︵の一族︶になるわけだ。
顔役だもん当然だな。
中には、庄屋でとどまらず、そのまま豪族として主君に仕える人ま
でいる始末。というか、地元出身の武将って、基本的にこれ。
何が言いたいかって、納税者が武装している戦闘経験者ってわけ。
武将と農民の差って、MMOでいう基本職と上級職程度の差なんだ
よ。どっちもフィールドに出てレベルアップしてるという意味では、
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大差ないわけ。当然、基本職側のほうが圧倒的に数が多い。
上納金を自分で決める武装集団の納税者。
税率上げたら即反乱。なんて普通なわけですよ。下手すりゃ、領主
が庄屋に頭下げるケースだって普通にあるわけだ。
なんで、そんなやつが庄屋やっているかって?だって、戦国時代だ
もん。腕っぷし第一なんだよ。生き残るためには、きっちり税金払
う人じゃなくて、戦闘力が高くなきゃいけない時代なの。
だから、庄屋は感覚レベルで石高を申告しているの。そりゃ、年貢
測る為の升とかあるよ。規格統一してないけど。
もう一度言うね、計上する規格が統一されていないんだよ。
まあ、実際には取れた米の量から産出しているから間違えじゃない
んだけどね。いや、正確に言うとおもいっきり間違っているんだけ
どね。
税制面から見ても、統治面から見ても﹁ヤバイヤバイ。マジヤバイ﹂
って話だろ。
ここは、まだ序の口なんだ。
これ以上のヤツをみつけちまったんだよ。
オレ、寺育ちのMさんだから、このギョーカイには結構詳しいのよ。
村一つが一向宗と化している。
一応、説明しておくけど、一向宗って仏教の一派なんだ。
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で、戦国時代で一向宗って言ったら何が出てくるかって。
﹃一向一揆﹄
これって、日本史の教科書にすら乗るレベル。戦国時代でメジャー
大名な上杉謙信とか伊達正宗とか出てこないのにこいつは教科書に
載るレベル。
バブル崩壊で﹁空白の10年﹂とか言われていたけど、この一向宗
の親玉は﹁信長の天下統一を10年遅らせた﹂って言われるほどヤ
バイ。
大殿が第六天魔王とかいわれる80%くらいは、一向宗との敵対泥
沼戦争のせいといっても過言ではない。
他に有名なこいつらの例を挙げると、後の徳川家康の領土である三
河が一向一揆によって真っ二つになった︵つい最近の話です︶。比
喩表現じゃなくて、部下すら二分する修羅の国状態。後の忠臣とか
譜代とか言われている人も、ガッツリこの一向宗で家康に刃向けて
いるのよ。
内部亀裂、土着勢力、一向宗でスリーアウト。チェンジどころか、
コールドゲーム成立しているじゃねぇか!弱点さらけ出すシューテ
ィングゲームのボスよりヤバイだろ!!
よし、帰って辞表書いて寺に戻ろう。オレ。ここから帰ったらもう
一回頭丸めるんだ。
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05 笑ってもらうしか出来ません
現実逃避では逃げられなかった。
コマンド => あきらめる
さて、武家とは基本的に縦社会である。
足軽組頭、侍大将、家老。色々あるわけだけど、オレの地位ってな
んだか知ってるかい?
荒子城奉行
エラそうだろ。偉いんだよ。役職はね。
え?待遇?平民だよ。
侍大将でも足軽組頭でもないよ。足軽ですらないのよ。
炊き出しに通ってる女中と同じレベル。オール一般人。
なんでって?だって、オレ武士じゃないもん。
寺出身で領土もない。何を隠そう小作人どころか、尾張領民ですら
ない。
な、武士の武の字も出ないだろ?だから、オレは基本的に役職手当
を殿からもらっているだけの流民なんだ。住み込みの派遣社員に近
いのよ。
苗字?自称です︵笑︶。
一見武士に見えそうだけどその実、ただの人です。経歴詐欺だな。
⋮笑えよ。
奉行ってエラそうだろ?偉いんだよ。でもこれって役職であって、
正社員ってわけじゃないのよね。
ははは、派遣社員の管理職みたいな感じ?
20
⋮笑えよ。
まあ、要するに雇われ文官なわけよ。利久派の文官︵武官の余興で
やってる程度の文官だけど︶がボイコットする中、オレの仕事は在
庫管理と各種手続きである。
さて、ここでも戦国時代の楽しい文明レベルが関係してくる。
前にも言ったな
識字率
はい。だんだんわかってきましたね?
支配者の特権は三つ。
軍事権
司法権
徴税権
の3つがある。
ここに脳筋をプラスさせるとあら不思議、どんぶり勘定が現れる。
どんな化学式だよ。
まず城にある備蓄と徴用できる足軽の管理。前任者が感覚でやって
いたので引継ぎなしで、もう笑うしかない状況。
次に、領民の陳情を聞く。ちなみに、紙や墨も貴重なので基本的に
使用しない。うん、記録残ってないんだ。口頭で聞いて口頭で返し
て、実力行使して終了。一件落着?何それ美味しいの?
最後に年貢の徴収だけど、これは前に話したな。一定基準がないの
で納税者の胸先三寸。
⋮笑えよ。
21
俺が何で殿からの任命状振りかざして、役職は下だけど階級は上の
人にペコペコ頭下げて、在庫整理しているかわかったろ。
部活感覚で経営しているのを、せめて委員会レベルまで向上させよ
うとしているんだよ。オレが委員長兼会計兼書記なんだよ!
他の奴らは、サッカー部で野球部でバスケ部で剣道部なんだよ。オ
レだけ一人生徒会なんだよ!!
⋮笑えよ。もう笑うしかないだろ。
何が言いたいかって?やめられねぇんだよ。帰れないんだよ。この
チクタクバンバンみたいに危険なENDの見えている状況から。
22
06 金ヶ崎の撤退戦∼私は無関係です
元亀元年 6月
金ヶ崎の撤退があったらしい。
木下藤吉郎が地獄を見ているんだろうが、今のところ面識ないので、
問題も配慮もなしである。
浅井の裏切りの報を聞いた時、俺は同僚に媚を売る為に﹁尉繚子﹂
を見せていたところだ。
この時代、書物というのは希少品だ。城主ですら持っていないこと
も多い。ましては武系七書のひとつとして有名な書物︵孫子と同列
だ︶である。おかげで、同僚の皆様大興奮。
利家派利久派の融和作戦の一つとして、共同作業を画策し、利家派
も巻き込みお勉強会である。
そこに浅井裏切り。織田軍撤退の知らせだ。
騒然とする。
﹁落ち着きましょう。ここで騒いでも仕方ない。評定の間へ。他の
方に使いを。﹂
ぶっちゃけ、命令権なんてないオレの言葉だが、半分パニクってい
る同僚はうなずくと部屋を出ていく。
で、評定の間。
伝令を囲んでの質問攻めである。もちろん、伝令だって状況以外な
にも知らないので、ほとんどまともに答えられない。でも、地位は
こっちの方が高いので、伝令さんはタジタジ。油汗ダラダラである。
23
この時代、戦で退路を断たれたら基本アウトである。大将討死なん
て当たり前。全滅すら珍しくない状況だ。ましてや、大名の浅井家
が裏切ったとなれば、帰路である近江浅井領は、一兵すら見逃さな
い鉄壁の守りだろう。
まあ、どうやってかは知らないが、織田軍は被害も少なく帰還する
のだが、第一報ではわかりはしない。
埒のあかない質問責めが終わったところで、〆に入る。
﹁まあ、状況はわかり申した。浅井朝倉と戦闘したという報告はな
いのですね?﹂
﹁はッ。浅井勢裏切りによりお味方撤退としか。﹂
もう何十回目になるかねその報告。ごめんね、これで最後だから。
﹁では、兵を集めましょう。戦って大敗という報がないのなら、被
害少なく戻ってくるかもしれません。最悪、損害を受けているなら、
この岐阜を守るのは、残されたわれらの役目。なだれ込む浅井勢を
止めねばなりません。寄親に連絡する準備と、必要な兵糧の持ち出
しをしましょう。﹂
﹁しかし、勝手に兵を集めるのは⋮﹂
叛意アリとみなされるか?そのために事前に連絡するんだよ。あく
まで、いつでも出られる準備をしております。御用の際は即連絡く
ださいってさ。
﹁わたしが責任を持ちます。時は一刻を争います。第二報が出るま
でに万全の準備をしましょう。﹂
まあ、ぶっちゃけないんだけどね。最悪、叛意アリとみなされても、
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信長が利家を切り離せるわけもないし、道理も通っているなら、最
悪お叱り程度。謝るだけならタダである。
で、荒子城にいる兵は臨戦態勢。普段は焚かれないかがり火が場内
を照らしている中、米俵が表に出される。
緊張のまま一夜を明かし、夜明け頃。第二報が届く。
﹁大殿は無事。京にたどり着いたとの事です。﹂
そして、続々と続報。
﹁お味方撤退。被害は軽微、前田様もご無事です。﹂
城内に歓声が上がる。
﹁よろしい。では、持ち出した米の半分を岐阜へ運びましょう。﹂
﹁三直殿?﹂
﹁撤退という事は持って行った兵糧は放置された事でしょう。帰還
した兵は腹をすかしているはず。岐阜城の米蔵を空にするほど食わ
れては今後に触りましょう。微禄ながら、荒子城より殿の名前で米
を送れば、感謝こそされ、ゆめゆめ罪に問われることもありますま
い。﹂
﹁⋮﹂
﹁ついでに、米を運んだ兵より、詳しい状況の情報も入るというも
のです。夜を徹してとなりますが、用意をお願いします。﹂
﹁おう。﹂
﹁私は殿に手紙を書きますので、岐阜への早馬を用意してください。
﹂
そういって、軽く頭を下げて退席する。
25
まあ、ぶっちゃけ点数稼ぎだ。とはいえ、物資は有限。撤退時に物
資を放棄は、基本の基本である以上、織田家は一時的に物資が減少
している。それを補填するという話なら、否やはないはずだ。どの
みち、もう夏に入っている以上、秋には収穫で年貢GETである。
古米を処分する方法の一つとすれば、悪い話ではない。ついでに、
出陣可能にしていた事の理由と、米を出しますの事情を書いて事後
承認を得れば、この件は終了となるはずだ。
余談ではあるが、史実のとおり、織田軍は琵琶湖の北側である越前
を通って京に撤退した。岐阜ではなく京である。当然岐阜で待って
も撤退した兵は帰ってこない。︵いや、いつか来るんだが︶
余りにも迅速の寄せられた荒子城の兵と米に、岐阜の城代から、そ
のまま京へ物資輸送の護送に加わるよう命ぜられ、予期せぬ荒子勢
の上洛が果たされたりしたのである。
尾張を出たことのない地元密着武将の利久派は、京都カルチャーシ
ョックによる不安に対し、唯一面識のある前田利家の庇護のもとに
集い。規しくも、利久派と利家派との融和が一歩前進したりもした。
オレはただ一筆書いただけである。
26
07−1 仕置き∼その1
さて、金ヶ崎の対応で、どうもオレは一目置かれるようになったら
しい。一部、変なところに一目置かれたような気もするが、悪い事
ではないはずだ。
京都で、殿と救援物資を持ってきた利久派との間に何があったかは
わからないが、殿からの手紙に感謝の言葉があった事から、何か良
い方向にあったのだろう。
どうも大殿は浅井の裏切りに怒りモードらしいが、当然こちらには
関係のない話である。荒子城内部はみんな仲良くとはいかないけれ
ども、サッカー部と野球部程度の連帯感はでたようだ。
オレは相変わらず一人生徒会だよ。
さて、一つの報がオレの元にもたらされた。
一向宗の村で、よそ者の出入り激しいらしい。
ぶっちゃけると、俺は戦国時代にそこまで詳しくない。嫌いではな
いが、好きでもない。大河ドラマをとぎれとぎれ、あとは漫画で流
し見た程度で、有名な出来事くらいしか知らない。
日本史の勉強はしたが、西暦で覚えた年号を現代に当てはめる方法
を俺は知らない。1582年に本能寺で織田信長が死ぬとわかって
も、それが現在の年号﹁元亀﹂何年かは知らないのだ。
なので、いつ一向衆と織田が敵対するとか、どこでどんな戦い方を
したのかは知らない。
まあ、状況的に考えれば、もうすぐなんだろう。
当たり前だが、領土の村には管轄というものがある。基本的にはそ
27
の地元出身の豪族が、人質兼ヒモ付きで領主の近習として使えるの
が、尾張の片田舎の通例だ。
当然、一向宗の村にもそこの管轄の武将がいる。
﹁木村様。申し訳ありませんが、お願いがあります。﹂
﹁何をされるのですか?﹂
﹁兵を少しお借りしたい。仕置きに向かいます。﹂
簡潔に告げてニコリと笑う。
28
07−2 仕置き∼その2
兵は神速を尊ぶ。
夕方出発し、そのまま日が落ちると同時に、庄屋の家へ。
アポナシ突撃です。
扉を開けて、ずかずかと上り込む。居間には十数人の男女が囲炉裏
を中心に座っている。老若男女まさに家族といえるだろう。
﹁御免。﹂
にこやかに入場。状況に混乱している間に、部下が入り込み、不審
な動きをしないように固める。
﹁結構ですな。﹂
﹁いったいなにを⋮﹂
家の中には総勢12人。最初に荒子城で見回りをした際、各村の庄
屋と有力者に挨拶しに行っている。挨拶は重要。社会人の基本。そ
して、その時に、この村の庄屋の家の人数はしっかりと記憶してい
る。庄屋とその両親、長女とその婿。長男と次男に、次女と三女の
赤ん坊に、小者が1人の計10人。
見覚えのない人間二人を見つけるのは容易である。
﹁そこのお二人。ちょっとこちらへ・・・﹂
﹁こ、この二人は私の遠縁⋮﹂
ヒュッ!
手を横に振って庄屋の口をだまらせる。
29
﹁庄屋。あなたの言葉は求めておりません。さて、お二人ともこち
らへ。﹂
抵抗されると困るので、配下の者に武器をもっていないか確かめさ
せてから、言葉を続ける。
﹁私はね。寺育ちの元小坊主なんですよ。だからわかる。寺で育っ
たものなら備わっているもの、農民であれば備わっているもの。歩
き方、話し方、仕草、ええ、あなたにはわからないでしょう。だが、
拙者はわかる。﹂
二人の動きがピクリと止まる。本当かって?ああ、嘘だ。だが間抜
けはみつかったな。某ヤレヤレ主人公の真似をしてみるが。
てか、どう見ても不自然なんだよ。なんで年若い男二人が上座に座
ってるんだ?この庄屋の家で、庄屋よりも偉い客って誰だ?しかも
やたら小奇麗だ。ほかの農民と同じような服を着ているが、夏の収
穫前のこの時期に、汚れていない。
疑ってカマをかけるには十分である。
﹁連れて行きなさい。﹂
二人が小屋から出たことを見届けて、再び庄屋に向き直る。
﹁さて、遠縁の方でしたな。では、お聞きしましょう。どのような
血縁です?どこの村の人です?年はいくつです?両親の名前は?兄
弟は何人ですか?ええ、ええ、後であのお二人にも聞いてみますよ。
当然、その答えは一致する。当たり前の事ですからな。血縁なら当
たり前のことです。一切合財一致する。口裏を合わせずとも一致す
る。そうですな。庄屋殿。﹂
30
共犯を別々に尋問するのは警察の事情徴収の基本です。嘘偽り証言
やごまかしは、これで解決。
ちょっと手間だけど、真実の前では小さな労力である。
すでに顔面蒼白の庄屋。
なんだか、状況証拠だけで有罪にできそうな勢いだ。まあ、火曜サ
スペンスも刑事ドラマもない世界で、いきなり﹁犯人はお前だ!﹂
をされれば動揺もするだろう。
数名の配下に家探しをさせると、ほどなく一枚の起請文を見つけて
きた。
起請文というのは、神仏にかける契約書だ。これを破れば天罰を受
けるという、この時代のポピュラーな契約書だ。それは神聖なもの
で、当然朴訥な農民はそれを重要視する。物のない時代だ、そんな
大切なものを場所は限られている。
記載されている内容に目を通す。物理証拠もこれで完了。
﹁さて、庄屋。﹂
﹁⋮﹂
﹁米蔵を開けよ。﹂
米蔵の中は米俵でいっぱいだった。
秋の収穫を前にした夏のこの時期にである。
まあ、理由は隠し田とか、ちょろまかし続けた量だろう。
なんに使うかって?そりゃ、この時代ドライブスルーもサービスエ
リアもないんだから移動中の食糧というのは基本自前である。食い
物がなければ移動できない、というか移動しようと普通は思わない。
行った先での食料の心配もしなければならない。戦で食糧は必須。
31
当たり前のことである。
この米持って長島に駆けつければ、﹁我々はまだ10年は戦える。﹂
となるわけだ。10年は無理だけど。
さて、
﹁⋮不要だな﹂
﹁は?﹂
﹁間もなく稲刈りだ。これほどの兵糧は不要だな。﹂
﹁⋮﹂
﹁数俵を残して持ち出せ⋮庄屋。よいな。﹂
﹁⋮﹂
庄屋からの返事はない。
庄屋の荷車を使って、米を運び出す。
庄屋をそのまま家に押し込んで、米俵満載の荷車が出ていくのを見
送る。見ると村のものらしい農民が遠巻きにこちらを見ている。そ
りゃ、突然兵士が庄屋の家を囲めば、不安になろうというものだ。
﹁お∼い、お∼い。﹂
声を賭けつつ手招きをする。
遠巻きの農民は来ない。ちょっと、ブロークンハート。軽くへこむ。
腰の大小を外して、配下に渡すとニコニコ笑いながら人だかりへ進
む。
その状態でも、向かうと一瞬逃げるようなしぐさを見せたので、両
手をヒラヒラとしながら、踊るような足取りで近づくと、とりあえ
ず無害なのだと理解されたようだ。
32
﹁どうしたんじゃ?﹂
おれの言葉に面食らう農民。
﹁いや、どうしたもなにも⋮﹂
﹁うんうん。わかっとるわかっとる。不安なのはよ∼く分っとる。﹂
大げさな身振り手振りでうんうんとうなずく。
﹁実はな、一向宗が岐阜の大殿に反旗を翻すことになったそうじゃ。
﹂
ザワザワ。
耳をそばだてていた農民の顔が不安に駆られる。
﹁大丈夫じゃ大丈夫じゃ。兵を差し向けるようなことはせん。﹂
﹁だども、庄屋が⋮﹂
﹁わかっとる。だが安心せい。庄屋も村も誰も処罰されんようにす
る。﹂
﹁ほんとだか?﹂
﹁おう。ただ⋮﹂
満面の笑顔から、一気に表情を暗くする。
﹁⋮﹂
﹁⋮﹂
不安を助長するようにわざと沈黙を作ってから、声を出す。
﹁⋮ただ、このまま一向宗を信じるってわけにはいかん。そこまで
33
は、岐阜の大殿も許してはくれまい。﹂
農民の何割かの表情が、明るくなる。まあ、﹁なんだ、そんなこと
か﹂と思ったのだろう。
﹁だども⋮﹂
農民の一人が、声を上げる。
﹁おら、死んだ爺さんにお経を上げてもらっただ。﹂
﹁んだ、うちのとっちゃんの時にも、和尚さんに来てもらっただ。﹂
﹁寺なんぞ、ここにはないからのう⋮﹂
さすが宗教団体。最後の最後で情に訴えるか。だが、残念だったな。
オレもそっちの世界出身なんだ。
﹁安心せい。こう見えてもワシは寺の出だ。わしの寺に手紙を書い
て、ここに寺を建ててもらうようにお願いしておる。﹂
﹁⋮は?﹂
あまりの話に農民一同ついて来れないようだ。
﹁ただし!﹂
わざと大声を出して、一同の視線をあつめる。
﹁秋の収穫が終わったら、寺を建ててもらう事になる。その賦役を
願う事になる。そこはすまんが勘弁してくれ。﹂
まあ、立つは天台宗の寺なんだけどね。
34
とりあえず、頭である庄屋は押さえただけで、体である村民の方も
情報を与えて不安を霧散させた事で想定外の暴発を抑止する。
ぶっちゃけ、武装していても10人程度の人数しかいないオレ達で
は、この村の農民︵戦争経験者&装備あり︶が30人も出てきたら
終わる。
飴と鞭って素晴らしい。
話す事だけ話したので、農民達から離れて庄屋の方に戻る。大小を
腰に差すと、厳しい表情で戻る。
勢いよく扉を開けると、全員がビクッッと体をこわばらせた。
母屋では庄屋家族一同で固まって座っている。
﹁庄屋。何か言い逃れはあるか?﹂
オレの言葉に深々と土下座する庄屋。
﹁なにとぞ、家族だけは⋮﹂
この時代、罪は親子親類にまで及ぶ。一族郎党の一族は家族だし、
郎党というのは部下や配下だ。つまり、ここにいる小者に至るまで
全員罪に問わなければならない。
﹁⋮連座。﹂
オレの言葉に、庄屋以下、全員が体をこわばらせる。
﹁と、言いたいが。﹂
35
意外な言葉に、庄屋が不審げにうかがう。
庄屋の視線を受けて、オレはニヤリと笑う。
﹁今回の件は、大殿はもとより殿にもまだ報告しておらん。今回の
事は、オレの胸一つに収める事もできる。﹂
﹁な、なにとぞ!!﹂
オレの足にすがり、頭を床にこすり付ける庄屋。
﹁では、申し付ける。一つ。以後、一向宗の信仰は禁止する事。一
つ、隠居せよ。その娘婿をもって村の監督を任す。一つ、今年の収
穫時に代官を派遣する故、委細なく年貢を納める事。一つ、寺を建
立する事、追って指示は出す。これらは庄屋がつつがな執り行うよ
うに。以上、後日書面にて提示する。よいな。﹂
﹁⋮は、ははっ!﹂
内容を理解するまで数瞬。理解した瞬間、米つきバッタみたいに、
頭を上げたり下げたり忙しい庄屋。
まあ、一家全員死罪確実のところを、実際おとがめなしである。隠
居といっても、影響力は保ったままだし、賦役に関しては、別に何
もない時でもあるといえばある事だ。
重要なのは、一向一揆に参加できない事なんだけど、そこらへんは
考慮の範囲外だ。農民はしたたかである。
﹁おお、そうだ。﹂
出ようとするところに、振り返る。涙目でこちらを見ていた庄屋は、
再び平伏する。
36
﹁すでに荒子を出た者達も処罰はせん。家族で温かく迎えてやれ。
ただし、その者は重い賦役を課すことになるし、怠けることまかり
ならん。よいな。﹂
すでに一向宗に合流していた奴らも、これで帰れるはずだ。後がな
いとわかれば死に物狂いになるが、戻ってもオッケイのお許しが出
て家族が待っているなら、戻ってくる奴もいるだろう。冬の賦役ま
での時間設定付きだがな。
戻って報告すると、木村様が渋い顔をした。
﹁優しすぎではないか?﹂
﹁多少、甘くしましたけど。今は十分ですよ。﹂
﹁隠居ではなく、首をはねるべきだと思うぞ。謀反を企てたのだか
らな。﹂
その言葉に、しばし考えるふりをする。
﹁確かに、少し優しすぎましたね。とはいえ、楽な話でもありませ
んよ。これから刈り入れの時期です。庄屋がいなければ、手間取り
ましょう。次に、代官を置くことを認めさせました。今年は間違い
なくごまかしなしで年貢を払うでしょう。これで、隠田を見つけて
その分も年貢を取ることができます。最後に、寺の建立は村総出で
何とかしてくれるはずです。こちらの懐は痛みません。そして、天
台宗の僧侶が見ておれば、一向宗もそうそう入り込みはしないでし
ょう?﹂
37
しかし、木村様は渋る。
まあ、その理由はわからなくもない。あの村の管轄は木村様だ。つ
まり、一向宗が造反すると木村様のマイナス点になる。下手すると
罰を受ける可能性もあるのだ。
﹁となると⋮﹂
拝むように手を合わせて木村様にぺこりと頭を下げる。
﹁こちらも、勝手に対処してしまった手前、これ以上罰を重ねるわ
けにはいかんのです。﹂
﹁であるなら⋮﹂
木村様の言葉を遮るように続ける。
﹁で、どうでしょう。あの村は木村様の代官として某を派遣したと
いう事にしてはいただけませぬか?某はそれであの村に面目が立ち
ますし、差配の正当性さえいただければ、なんとでも致しますゆえ
?﹂
オレの言葉に木村様がしばし考える。
お前に悪い事はないだろう。そりゃ、全く罰がないとは言わないが、
オレが全部やりましたってことにできるんだから。
﹁勝手に約束した年貢徴収時の代官も某が行いまする。此度の件は、
状況だけ木村様に報告したのみで、事の詳細は三直が行いましたと
させていただければ、決して木村様の面目をつぶすようなことはい
たしません。﹂
﹁⋮よかろう。﹂
38
ペコペコ頭を下げる俺を見て、木村様が答える。
﹁ありがとうございます。﹂
再度深々とお辞儀をする。まあ、あの村が木村様管理の中で重要度
の低いリスクの多い案件であったことは調査済み。まあ、一向宗に
転がるほど影響力が薄れているのだ。それも仕方ないだろう。
ま、確約をもらったことで、あの村は︵代官だけど︶オレ管理の村
という事になるわけだ。しかも、スタート時にオレの庄屋への影響
力にはボーナスポイント付きというわけだ。
﹁さて、手紙を書くか。﹂
差配のすべてをオレがするという事で、オレは庄屋から徴収した米
の管理も任されたことになる。これを荒子城に入れても意味がナイ
︵全くないわけじゃないけど︶。
後は岐阜にいる殿に手紙を書き、回収した米を送れば、ミッション
コンプリートだ。
39
08 検地問題︵前書き︶
ブックマーク200件突破
ジャンル別日間ランキング1位。
ありがとうございます。
40
08 検地問題
さて、第一目標の家臣関係は、致命的な問題もなく、後は時間で随
時良好になると思われるので、経過観察状態だ。
で、どうしようもないものがある。
﹃検地許可証﹄
岐阜から荒子に移動する際に、殿の空っぽの頭をたたいて書いても
らった書類である。
一応、こいつがあれば検地する権利を持っているのだが。
すまん。甘かった。
戦国時代の農業を甘く見ていた。
田園風景と言われれば、広大な平野に広がる無数の田んぼを想像す
る。そりゃ、農業機械がない時代だから、そこまで広大にはならな
いと思うが、農家の周りに田んぼがあって、農耕用の家畜の小屋が
あって⋮
それは間違っていない。
間違っているのは、田んぼだ。
パズルもびっくり。曲線描くとか台形とか、そんなレベルじゃねぇ。
日本地図の都道府県。あんな形に不定形多角形の田んぼが、あっち
こっちにできている状況だ。
そりゃ、コンバインじゃなく人力だから、どんな細い場所にだって
田植えはできるだろうさ。
41
そして、それはまだましなレベル。なんせ、区切ってくれているか
ら。
広大な一枚の不定形の田んぼを指さして。
﹁あれがオラ達の田んぼだ。﹂
﹁お、オラ達?オラ達って誰と誰?﹂
﹁え∼っと、父ちゃんとオラと兄ちゃん。それと、田吾作おじさん
と、おじさんの嫁さんのお父さんと⋮﹂
複数家族共同田園!?
も、もしかして検地って、この田んぼを各家ごとに割り振って、生
産高を確定させる必要があるの?
ムリムリムリムリ。前にも言ったけど、この時代の農民=足軽なわ
けで、不当に利益の減少を招けば、即敵勢力寝返OR一揆なんだぞ。
どう考えたって領民すべてに公平に再分配なんてできっこねぇ。
なにせ、相手は加減乗除できない人間だもん。今まで10人で20
0俵のコメを食っていた人達が、それを各一人20俵にします。っ
て言われても、それが適正かどうかの判断はできないんだ。公平に
分配したって、一人が消費する量には差が出る。集団で管理すれば
個人差はプラスマイナスの誤差で吸収できるが、個人じゃ無理だ。
公平と適正は違うわけだからな。
うわぁぁぁ。大誤算だ。
せいぜい、一定の基準を作って畑の大きさはかって、それを基準に
年間生産量を算出し既定の税率で税を徴収するだけだと思っていた。
これで、年貢管理と隠田取締りして、地元豪族の影響力を抑えられ
るぞ。とか思っていた目算が全部パア。
殿には﹁検地してないの?大丈夫?フフン﹂的な上から目線で、認
可もらっちゃったし。
42
うをおおおお⋮
どうしよう。
43
09 殿に呼ばれる︵前書き︶
昨日、ブックマーク200件ありがとうと言ったら、今日4ケタに
なっていた。
何を言っているか︵ry
ありがとうございます。
44
09 殿に呼ばれる
お気の毒ですが、三直の心配は、殿の記憶から消えてしまいました。
デンデロデロデロデ∼ンデ♪
それでいいのか戦国時代。
﹃かしこさ﹄の低い殿に﹁ふっかつのじゅもん﹂を念仏交じりに睡
眠学習してやろうか!
大殿の親衛隊母衣衆といえども、24時間365日大殿といっしょ
について回るわけではない。ましてや、前田利家は前田家当主とし
て荒子城の差配も司っている。
というわけで、殿久々の帰還である。
﹁まず、わしの留守中。大義であった。今年も織田家は躍進の時。
公方様をお守りし、天下布武をなすため、わしも奮闘する故、些事
万端よろしく頼む。﹂
﹁ハハッ。﹂
家臣一同頭を下げる。そこに顔を向け、殿は言った。
﹁わしの留守中は、お前に荒子勢を任せる。﹂
⋮
⋮
もちろん、オレの事じゃないよ。なにせ、評定に出席する権利すら
ないからね。
そもそも、平民のオレが城代になんてなれるわけがないだろ。
というか、なれと言われても断るわ。
なんせ今は冬。もうすぐ年の瀬だ。
45
なにが言いたいかって、秋は年貢の季節だろ?
はい、だんだんわかってきましたね。楽しい楽しい地獄の在庫整理
がまだ終わってないんだよ。
なんでかって?だって、他の人たちが年貢を倉に入れて終了だと思
っているんだよ!
もう、年貢の時期は地獄だったね。
なにせ、﹃誰が﹄﹃どれだけ﹄﹃どこに入れたか﹄っていうのが最
低限必要な中で、﹃オレの分は放り込んでおいたから﹄で終了だも
ん。
ヒャッホウ!さあ、みんな台帳片手についてこ∼い。
まあ素敵、古古米より手前に新米が山と積まれておりますわ。こり
ゃ、100年経ったら古古米の付喪神が織田軍に参加するぜ。これ
が常備米!ナンチャッテ∼。
よし、人足呼べ。米俵いったん出すぞ!!
はぁ?年貢の納入が終わるまで米は出せない?なんで?え?誰が年
貢を納めたかわからなくなるから?それって、普通わからなくなる
ようなものなの?いつ終わるの?約2か月後?ああ、そう60日後
ね。1年の6分の1を待つのね。
はい、みなさん。皆さんは英気を養ってきてください!
これから私は年貢を納めた台帳改めて、納めていない人の補助に向
かいます。
1ヵ月で終わらせて在庫管理するぞ。来月帰れると思うなよ。今の
うちに英気養っておけよ!!
というのがあって、一カ月半程度で年貢の納入を終えて︵15日ほ
ど予定より増えた理由は察しろ︶、そこから、大殿である織田家へ
の上納分を引っ張り出して、今ようやく荒子城の年貢の整理が始ま
46
っているの。
なんとか、なんとか年の瀬までに終わらせたいから、セルフデスマ
ーチ。
え?なに?
殿が呼んでいる?ほう?なんで?え?杯を取らすから、来てくれっ
て?あ、そう。殿は酒を飲んでいるんだ。へぇ。で、俺を呼んでい
るわけね。
え?怒ってないよ。怒っているわけがないじゃん。
あ、ちょっと行く前に、ちょっと井戸よっていい?頭冷や⋮顔洗う
から。いや、ほんと洗うだけ。洗うだけ。
いや、だから怒ってないって。ほら、オレ笑顔ジャン。
なにを怖がっているんだい小姓君。君の方が武芸だって上だろう。
怖がる必要ないじゃないか。
47
10 名をもらう︵前書き︶
日間ランキング1位獲得。
ありがとうございます。
あれよあれよという間で、本人すら信じられません。
48
10 名をもらう
大人になるって悲しい事なの。
と、トラウマ直撃セリフが響いたような気もするが、社会に出れば、
感情を押し殺して笑顔を作らにゃならない場面も当然あるわけで、
井戸で身なりをきちんとして︵その為によったんだからね︶。荒子
城の評定の間へ。
うわ、すでに出来上がってらっしゃる。
評定の間は宴会場に早変わりだ。
﹁三直。よく来た。さあ、こっちにこい。﹂
上座の殿もごきげんである。
﹁お前には一人で、荒子城の些事を頼んでいるからな。迷惑をかけ
るな。﹂
﹁いいえ、右も左もわからない若輩者を温かく見てくださる、諸先
輩方のおかげです。﹂
本当に、物理的に暖かい所から、見ているだけだったけどな!
本心を隠して軽く謙遜すると、横の武将が声を上げる。
﹁いやいや、最初はなんだと思いましたが、何気に目端の利く小僧
でございましてな。﹂
そりゃ、あんたの所の年貢配送が遅れまくるから、手を貸したんじ
ゃないか。
49
いやいや、落ち着け。大人になるのは悲しい事なんだ。落ち着くん
だ。トラウマは盛る心に冷水を浴びせるショック療法的な危険な言
葉。オレの胃袋を犠牲にして、冷静さを与えてくれる。
﹁佐久間様からも、よろしく言っておいてくれと言われてな。﹂
﹁はて?三直は佐久間殿と面識がありましたか?﹂
﹁ほれ、兵糧を清州に送った件よ。﹂
ああ、例の一向宗の庄屋のコメを、荒子城ではなく清州に運んだ件
か。いや、あれは庄屋がブチ切れて米取り返しに来た時、非警戒状
態の荒子城より、清州の方が安全だろうと思っただけだが、そうい
えば、一向宗が活発化して云々と手紙に書いた記憶がある。
﹁我が織田家が本願寺と事を構えておるのは知っておろう。そして、
この尾張においても一向宗は軽視できない力を持っておる。﹂
何を隠そう、9月に伊勢長島でクーデターが発生し、長島城が一向
宗の手に落ちた。
うん、年貢徴収の時期である。それで、ことさら年貢集めるのが遅
れたりしたんだけどな。
もともと、長島は一向宗の影響力が強く、それ故に、どの勢力にも
属さない緩衝地帯になっていた事も挙げられる。これが、ただの一
揆ではなく、織田軍を敗走させ、二つの城を落とし。織田家の一族
に死者まで出している事で、その勢力の危険性が分かるというもの
だ。
﹁清州城の佐久間殿が対応に当たっており、一向宗の手の者と兵糧
を、事前に送った手際を佐久間殿も感心しておられたのだ。﹂
﹁ほほう⋮﹂
50
家臣一同から感嘆声が漏れる。
とりあえず、頭をかいて照れておくか。そこまで深い思いがあった
わけじゃなくて、面倒ごとを押し付けただけなんだけどね。
﹁そうじゃ、三直。おぬしに褒美をやろう。﹂
﹁は?﹂
褒美って領土か?悪いがいらねぇよ。そんなもん管理している時間
がねぇンだよ。年貢徴収終わったから楽になる?ならねぇンだよ。
これから、戦による兵糧の供出とか、殿がお小遣い要求するからそ
の為に兵糧切り売りして資金を作る仕事が残っているんだよ。その
為の在庫管理をデスマーチしているんだよ。
﹁お前に、わしの名の﹃利﹄の字を与える。詠みは同じじゃ。三直
豊利と名乗れ。﹂
ザワザワと、評定の間が騒がしくなる。新参者であるオレを、殿が
ことさら気を使っている事を、ここにいるだれもが認識したからだ。
さて、ここでオレの立場というものがある。殿が連れてきた小賢し
い後ろ盾無の若造。過剰に褒められればねたまれて終了。見くびら
れれば無能の烙印押されて終了。
というわけで、うなれ!オレのコミュニケーション能力!!
﹁⋮大殿の真似ですか?﹂
下げていた頭を上げてにやりと笑い、殿を見る。
オレの言葉に、顔を真っ赤にして立ち上がる。
51
﹁そ、そうではないわ。たわけ!﹂
腰の扇子を引き抜き、オレの頭をピシャリ。オレは叩かれたところ
をさすりながら、笑って頭を下げる。
﹁ははっ。ありがたく頂戴いたします。﹂
大げさになるように、芝居がかった仕草で、再度頭を深々と下げる。
周りからも、笑いが漏れる。ああ、この程度なのかと思ったのだろ
う。
とりあえず、俺への話題が一段落したことで、オレは再びデスマー
チの戦場に帰ろうとしたのだが、殿から爆弾が投下された。
﹁ああ、それと。先の話だが、大殿がお前の話を聞きたいそうだ。﹂
﹁え?﹂
⋮サラマンダーより、ずっとはや︱い!
52
11 そんなことより聞いてくれよ
歴史上の偉人織田信長。
ぶっちゃけ、日本史でこれに匹敵する人って坂本竜馬くらいじゃな
いか?って思うわけだが、それだって、匹敵する可能性がある程度。
で、現代に生きたオレにとって、この覇王のあまりクローズアップ
されない危険性に対処しなければならない。
年の若い
寺出身の
色白の男
ここに、森蘭丸というファクターを投入すると。恐ろしい化学反応
が!?
アッー!
そんな⋮見る目麗しい穢れを知らない純真なボクは、魔王のような
中年親父に食い物にされるのね。薄い本のように。薄い本の様に。
はい、現実逃避です。
とりあえず、年明けでびくびくしていたが、即座に呼び出されるよ
うなこともなく、殿も通常運転で岐阜へ行ってしまった。面会のと
きは手紙で呼ぶってさ。
脅かすなよ。
そして、年が明けても、オレだって暇というわけではない。
53
いや、正確に言おう。計画上は暇になるはずだったのだが、暇では
なくなった。
元亀2年5月
﹃長島侵攻﹄
つまり、一向宗に奪われた伊勢長島を取り返すため、織田が攻め込
むらしい。
まあ、伊勢長島は、織田の本拠地尾張のお隣さんだし、脅威とみら
れるから早々に取り払いたいよね。で、その指揮官の佐久間さんか
らしっかり名前を憶えられた荒子城に、兵糧の追加要求とかが来る
わけですよ。
こちらの都合を考えずにな!
こっちが、商人さんとお米売却の値段交渉している時に、こんな手
紙が来るわけですよ。
こっちは、複数の商人と渡りをつけて、値段交渉して、高く買って
くれるところには多くのコメを、そうでない所には少ないコメをと
売却値段の割合計算していた所に、﹁お米追加でヨロ﹂の手紙です
よ。
年末デスマーチして在庫確認して、売却兵糧計算した努力がパー。
もうね、アホかと。馬鹿かと⋮
すでに売買契約︵口約束も含む︶は確定として、交渉中の所はわざ
と態度を硬化させて、破談⋮はまずいから、数を減らす。足りない
分を備蓄分から出して⋮
ぶっちゃけ、全部備蓄分から出せば、どこにもしこりは出ないのだ
が、そう簡単にできない理由がある。
54
米商人とは保管業者ではなく売買業者だ。
米商人も当然、米を安く買って高く売ることで利益を上げている。
当然、大量売却される秋は米が安く。その後徐々に高くなっていく
わけだ。
なんで、安い秋に売るかって?年貢は秋で、年貢で1年分の米を集
めるわけだろ?
帳簿上の数字と違って、物理的荒子城の許容量ってものがある。1
年分の年貢のすべてを過去分と合わせて保管するには限界があるん
だ。
だから、オレが一生懸命在庫管理しているわけだ。米は穀物だ。時
間と共に劣化する。古古古古古古古古米なんて聞いた事ないだろ?
それもう食べ物じゃないだろ。そんなものが、タイムカプセルよろ
しく倉の主みたいに鎮座していて、その結果、新米を安く放出しな
きゃいけないとか、どんなコレクターだよ!?って思うだろ?
米商人だって馬鹿じゃない。新米と古古米があったら新米を買う。
つまり、新米は販売用にするのが一番利益があるわけだ。
しかし、大殿に提出する兵糧や、織田家プロジェクト︵戦︶に提出
するお米を食べて、体調を崩す人が現れたらどうなるか?お叱りど
ころか利敵行為だろ?
つまり、そっちに回すコメは、安全確実で美味しい新米である必要
があるわけだ。
キャー新米さん人気者ー。
つまり、倉の中の新米は一定量確保する必要がある。戦がどれだけ
あって、その為にどれだけ提出する事になるかわからないからだ。
足りなくなったら、購入する必要があるわけだな。
55
安く売った米を、高く買い戻す必要が出てくるのだ。
この差額を世間一般で損失と言います。
はい、倉の中の新米を出さずに、売却するのは、買い戻す際の損失
を抑える為なんですね。
どうみても、タイミング悪いだろ。温かくなるまで待てよ。
と、現場の一奉行が言ったところでどうにかなるわけもなく。
年明けもデスマーチは継続だ!
お前らな、古古米やるからそれもってけと、倉ってのはな、もっと
整然としてるべきなんだよ⋮
56
12 部下は育てるもの
オッス。おら三直 豊利。
初めて直属の部下ができたぞ。
﹁三直さん。三直さん。倉出し終わりましたよ。﹂
こいつ。勝蔵と言うんだけどオレの直属の部下である。なんと、加
算と減算ができるのだ。字も書ける。簡単な字だけだけど。現在め
きめきと実力をつけている。
どこで、こんな優秀な人を見つけたかって?
例の一向衆の村だよ。あそこで、年貢納入の代官していた時に、コ
イツに気が付いたわけ。こいつ。例の庄屋の長男で、将来の後継ぎ
とされていた為、文字の読み書きとか計算︵の基礎︶を学んでいた
のよね。
で、元庄屋に言って︵人質とか匂わせつつ︶召し抱えたわけよ。で、
年末進行と年始のブッキングで、実地訓練させて勉強させたのだ。
ははは。オレは頑張った。
一緒について回って、おしえつつ年貢の納入&物資管理。
とりあえず、平常時の在庫管理なら何とかなる。まだ、突発的なト
ラブルには弱いけど、そこはそれ。経験だ。
って、言うほど俺も経験あるわけじゃないんだけどね。
でもって、第一次長島侵攻。失敗。
いやー、さんざんでしたね。
57
他人事のようだけど、少しは被害出ているのよ?
あれだけ苦労して提出した兵糧はアボン。まあ、勝ったからって帰
ってくるわけじゃないからいいんだけどね。
まあ、これで平常運航に変わるかねぇ。
﹁転記の方はどうですか?﹂
﹁進んでいます。あとで添削をお願いします。﹂
﹁うむ。﹂
ちなみに、商人にコメを売った収益で、紙と墨を購入し、木の板に
書いていた記録を紙に転写している。保管場所の圧縮と、勝蔵君他、
数名雇った文官候補生のスキルアップの為に、頑張ってほしい。
マジで頑張ってほしい。
さて、疑問に思ったことはないだろうか?
つまり、俺の立場というやつだ。
﹃荒子城奉行兼お茶汲み係﹄という、四次元殺法もビックリな社会
的地位を持つオレだが、荒子城の物資管理を一手に︵唯一︶引き受
ける立場にある。
つまり、年貢の納入や売却。資材の補充。提出物資の手配などだ。
その中で、権限のないものというものもある。
たとえば、
﹃人を雇ったり、賃金を払う権利﹄
つまり人事権である。
お茶汲み係に人事権は無用である。それ以前に、殿から手当てをも
58
らっているだけの基本給ナシの職能給のみのオレに、誰かに給料を
払う余裕はない。
現在、彼らに支払われる給料は、オレの才覚で捻出される。
つまり、コメを売った収益だ。
人事権ないのに、勝手に人を雇って収益から給料出しているこれっ
て、横領って言われますよね。
どっかで、予防線張っておかないとな⋮
59
13 根回し
さて、ふと気が付けば年が明けて半年が経過している。
大殿からの呼び出しはまだない。
まあ、長島敗戦して、織田包囲網的な物を敷かれて、四苦八苦して
いるようです。
コメの売却で仲良くなった津島の商人たちからも、そういった話が
入ってくる。
もっとも、津島と堺を支配し、楽市楽座による信長の経済力を知っ
ている商人は、織田を見限るようなことはしない。
津島の商人は、伊勢長島の一向宗や甲賀忍者による交易の妨害工作
に憂慮しているようだが、さすがに一奉行でしかない若造のオレに
何かしろとはいってこない。
時々やんわり、﹁殿経由で大殿の耳に∼﹂的な事は言われるが、﹁
大殿はその辺はわかっておられますよ。﹂と玉虫色の回答でお茶を
濁す。
清州城も長島の敗戦の後処理でピーピーらしい。
殿も大殿と一緒に、京都で浅井と朝倉に追加で本願寺を加えて睨み
合っており、忙しいようだ。
こちらは、おかげで在庫管理がはかどるはかどる。紙ベースの書類
の転記も終わり、定時上がりのサービス残業なしでホワイト業務形
態だ。
60
その余暇を利用し、次の年貢の為の手順を確立して、その手順を周
辺の人たちに周知して、文字が読めない場合は現場までいって口頭
で説明している。
﹁来年の年貢の納入はこのような形でよろしくお願いいたします。﹂
もう、拝む勢いで手順を説明し、お願いしますと頭を下げる。
﹁しかし、このような面倒なことなどせずとも、いつも通りで⋮﹂
﹁ご安心ください。去年と同じ事をあえて文面にしただけでござい
ます。内容に関しても大きな変更はございません。﹂
細かい変更はあります。沈黙は金である事を実践する。
﹁すべては、未熟なそれがしが、去年と同じように対応したいが故
の、わがままである事は重々承知。そのお詫びと言ってはなんです
が⋮﹂
と、津島の高級酒を、ひっぱり出す。
代金は領収書切らないタイプの購入です。正式には、兵糧売買の際
に、商人から無償で進呈された粗品という奴だな。
お互い、深くは追求しないのが大人のマナーだぞ。
﹁ただ、なにぶんそれがしは未熟者。ご不便をかけるかもしれませ
ん。その件に関してはいかようにもお叱りを受ける所存です。それ
を次回にいかせるよう。なにとぞご指導ください。﹂
これで、来年は﹁去年と同じでヨロ﹂で済むはずだ。
次の人は愛妻家との事だから、奥様の方に進呈する流れで⋮
61
あれ?オレのホワイト業務どこ行った?
業務は白くなったけど、帳簿は黒くなりましたってか?
笑えねぇ⋮
62
14 仕事が増える
元亀2年9月
大殿が比叡山を焼き討ちしたらしい。
9月である。そう。年貢徴収の季節である。
ほんと信長、なにやってくれてんの!?
年貢納入のラッシュに、寺関係者からの状況確認の手紙に、近くの
お寺からの抗議文。
いや、ちょっとまて。なんでオレが寺からの抗議文に対応している
んだよ!?
どう見ても、城を預かる重役の仕事でしょ?
ああ、なるほどオレが寺出身だから、オレの管轄って事になったん
ですか。
ふ・ざ・け・ん・な!
お前、俺が暇そうにしていると思ったか?
この9月に暇そうにしていると思ったか?
俺の状況見て、お前らに比べて暇そうにしてると思ったか!?
とりあえず、横領︵名目上は荒子城の備品︶で買った自分用の具足
一式に八つ当たりしてストレスを発散させる。
﹁勝蔵。年貢管理の方はどうだ?﹂
﹁はっ。いくつか混乱も見られますが、倉に入れる際はこちらの手
63
引きで行っており、帳面と照らし合わせております。﹂
1年もすると、勝蔵君も帳面の付け方や兵糧の管理ができるように
なり、ホワイト業務で身ぎれいになった。何せ、手当の総額がオレ
より上だったりするし。実家通いだから、御家族のサポートもある
し。
まあ、オレの場合は役得があるからいいんだけどさ。
﹁ほかの在庫に関しても、古いものから順に倉出ししておりますの
で、今のところ問題ありません。﹂
﹁定期的に在庫確認をやらせておいてくれ。練習がてら、二人体制
で頼む。﹂
﹁はい。﹂
﹁帳面はそこに置いておいて。後で、確認しておくから。﹂
ありがとう勝蔵君。君がいなかったら、今年もオレここで書類に埋
もれていたわ。去年涙目になって自主的ブラックサービス残業して
いた日々が再現していたよ。
追加作業で、新しく来た抗議文への謝罪メール書いているからあん
まり変わらないけど。
⋮ん?抗議文かと思ったら、殿からの手紙だった。
なんで俺に来たんだ。城を預かる重役宛じゃないのか?
オレ宛でした。
﹃大殿が会いたいそうだから岐阜城に来い。︵意訳︶﹄
キターーーーー!!!
64
15 信長謁見
岐阜城の謁見室。板張りで結構寒い。
平伏していると、上座から声がかかった。
﹁面を上げよ。﹂
﹁はっ。﹂
顔を上げて織田信長を見る。
日本史の超重要人物。覇王とか魔王とか、ラスボス的要素の事欠か
ないリアル&フィクションの大御所である。
⋮普通の人だな。
﹁三直 豊利と申します。﹂
寺で学んだ礼儀作法をそのままに、お行儀よく礼をする。
第一印象は地味顔だけどハデ。なんか、彫りの深い顔に、鷹のよう
な鋭い目で、こうオーラバリバリ出すような人⋮ではない。某有名
ゲームの印象が強いけど、ある意味正反対の人間だ。ちゃんとチョ
ンマゲも結っているし、顔もなんというか地味顔だ。でも着ている
衣装は派手。紫とか青とか色が派手なんだけど、おかげで顔の地味
さが目立つというか⋮
﹁大義である。﹂
﹁ははっ﹂
65
オレの感想をよそに声をかけてもらう。
﹁時に、三直。﹂
﹁はっ。﹂
﹁お前は天台の寺にいたそうだな。﹂
﹁はい。﹂
﹁比叡山を焼き討ちしたワシをどう思う?﹂
質問の意図を読みかねて頭を上げると、当の大殿は面白そうににや
にや笑いながらこちらを見ている。
なにか試されているのだろうか。とりあえず、正直に話しておくか。
ひじりかんのん
﹁私のいた寺では聖観音を奉じ、朝夕に経を上げておりました。そ
の仏を恣意いたす罰当たり者には必ずや仏罰が下るものと信じてお
ります。﹂
同席していた利家の顔から血の気が引く。
なりわい
﹁比叡山は天台の総本山。それは正しゅうございます。しかし、総
本山は仏ではございませぬ。寺を焼いて困るのはそれを生業とする
坊主であって仏ではございません。﹂
オレを抑えようとしていた殿の手が止まる。
﹁大殿が仏を焼き、菩薩に刃を向けるなら、お止めするのが僧籍に
モノノフ
身を置いたものの勤めにございます。しかし、城を焼き、村を焼き、
田畑を焼く武士が、寺社を焼いてならぬ理由はありません。﹂
見れば大殿のにやにや笑いが消えていた。ただじっとこちらを見て
いる。
66
漫画とかなら、恐ろしいプレッシャーとか感じるのだろうが、俺っ
て鈍いのかもしれない。前世でも時々KYとか言われたけど、
﹁先の一向宗の村より米を送ったのはなぜじゃ?﹂
﹁人は腹が減っては何もできませぬ。つまり、なにをするなにも腹
を満たす必要がございます。荒子城なら奪えるやもしれませぬが、
岐阜や清州から奪う事はできません。ないと知れば、襲いませぬ。﹂
﹁岐阜へはその逆か。﹂
﹁御意。﹂
﹁伊勢長島。﹂
﹁は?﹂
﹁お前ならどう落とす?﹂
知らんがな。
そもそも、あれを普通に落とすのが無理だろう。長島は一向宗の特
権階級地域で、元々寺社の力が強い。しかも、近隣の住民の多くが
一向宗だ。それを集結させた以上、その兵数はシャレにならない。
伊勢方面は独立勢力である甲賀の忍びや、そもそも伊勢を治めてい
た北畠︵織田が事実上滅ぼした︶の残党など、反織田への手勢に事
欠くことはない。
﹁⋮﹂
しばらく沈黙が落ちる。
﹁年明けまでに考えよ。﹂
低い声でそう命じると︵オレ的にはどう見ても脅しである︶、席を
立って部屋から出ていく。
67
なんという無茶ぶり。泣き叫びたくなるわ。
殿と一緒に城から退室し、城下にある前田家の屋敷に世話になる。
前田利家の恋女房おまつ様にも歓待され、謁見以外は素晴らしく楽
しい時を過ごせた。
と現実逃避しても逃げ切れない状況なんですが。
どうしよう⋮
****************
︵面白い︶
廊下を歩きながら、さっきまでの謁見の相手を思い出す。
犬が賢しき小僧を雇ったと聞いて、色小姓かと呼び寄せてみれば、
至極面白い。
一向宗を倒すのに、武力の話をしない。武力での争いの他の判断を
している。
猿以外でその発想に行きつくところが面白い。
化ければ使える。
猿には孔明が付いた。では、あれは犬の士元になれるか。
68
16 光琳和尚死す・・・あれ?
命の危険を感じる宿題を出されて、悶々としていたオレに、一人の
客がやってきた。
﹁何しに来たんですか?﹂
﹁ほっほっほ。世話になるぞ。﹂
扉を開けると、光琳和尚がいた。
例の一向宗の村に作ったお寺に、誰か坊主を派遣してくださいと光
琳和尚にお願いした結果、光琳和尚がやってきた。何を言っている
かわからないだろうけど、俺にもわからねぇ。
﹁わしは光悦和尚じゃ﹂
そんな!?光琳和尚は酸素欠乏症にかかって⋮
ビシッ!
光琳和尚の一撃を食らう。
とまあ、一通りのボケをかました後に、事情を聴いてみれば、何の
事はない。
織田の大殿の始末である。
つまり、比叡山の焼き討ち。
比叡山って天台宗総本山なわけです。
尾張に寺社を持つ光琳和尚は、尾張美濃近辺ではトップ3に入る天
69
台宗の大物坊主である。
さらにいえば、光琳和尚の上にいるのは、記憶能力に疑問を持つほ
ど高齢か、生命活動に疑問が出るほど老齢かという人たちなので、
実務ができる最高位にあるといっていい。
比叡山を焼き討ちされた天台宗は、織田家を怨んでおり、案の定、
新人歓迎会のコンパ並みに﹁尾張天台宗の、ちょっといいとこ見て
みたい。あそれ、イッキ!イッキ!﹂と一揆コールがかかったらし
い。
﹁そこで、心労の祟った光琳和尚は、病に伏し、手当の甲斐なく没
したわけだ。近隣寺社に、人を恨むのは仏に仕える身に反すると手
紙を出してな。﹂
その故人がしたり顔で説明しているところが恐ろしい。黄泉返りと
かそんなチャチなもんじゃねぇぜ。
﹁どんな世界でも、死に際の嘆願というのは絶大な効果を発揮する
のだよ。﹂
死んだ本人が、逃げ出しているところが、その効果の絶大さを物語
っていますね。
とはいえ、死んだことにして、いったんリセットさせなければ、ど
うしようもないほどの圧力がかかっていた事は確からしい。
そして、この遺言である。
ある意味、天台宗による美濃尾張一揆はこれでフィニッシュともい
える。
一揆一揆といっても、参加者すべてが信心熱く襲い掛かってくるわ
けではない。上から言われて仕方なく動くというものも確実にいる。
というか、それが大多数だ。狂信者というのはいつもマイノリティ
70
である。
光琳和尚の遺言は、上から言われた命令を断る言い訳になるのだ。
大義名分と義理人情の両方で、十分な言い訳になる。
戦いたくないと思う人が、戦わない理由があるなら普通は戦わない。
そして、そういった人間がいれば、狂信者に引っ張られて一揆に参
加する農民以上に、不参加者に引きずられて参加しない農民がでる。
そうなれば、あとは倍々ゲームだ、熱狂すれば恐れを知らなくなる
が、冷静になれば無謀な行動を抑止する事ができる。ましてや、自
分のすぐ横の隣人が冷静に眺めていれば、バカ騒ぎをする自分が愚
かに見えるのは世の常だ。
あとは、無理に騒ぎ立てる奴らを隔離して排除すればいい。
ん?これって使えないか?
﹁そうそう。豊念。いや、三直殿。土産があるぞ。﹂
﹁はい?﹂
なんですか?この巻物の山は?
﹁﹃孫子﹄と﹃李衛公問対﹄じゃ。﹂
共に武経七書のひとつであり、その中でも﹃孫子﹄は超メジャーな
武家垂涎の書である。
﹁こんなものどうしたんです!?﹂
﹁ちょっと、失敬した。﹂
おい、坊主。黒蠅地獄︵盗みを働いた人が落ちる地獄︶に落ちるぞ。
71
﹁写本だから。大丈夫。﹂
著作権んんんんんん!!!!
72
17 長島一向一揆
まず、一向一揆の一番の強みは、熱狂的信者の死にもの狂いと、そ
れに同調する大多数の農民だ。というかそれしかない。
そして、それを支えるものは信仰である。死んでもいいやと思えば、
それが死に物狂い兵を作り上げる。
熱狂とは力である。だが、同時に冷水を賭ければ一気に沈下するの
も熱狂であった。
ブームとそれが廃れる話だな。そして、それを加速させるの有効な
手段とは、
スキャンダル。
さすがに、神様のスキャンダルは見つけられないが、坊主はしょせ
ん人である。奴らの腹黒さは身に染みている。弱みはいくつもある。
なんで、誰もそれをしないのか?
神社仏閣は不可侵。それにあるだろう。織田信長がオレに質問した
ように、その不可侵を犯すという事は、狂気の沙汰に等しい。
ああ、だからか。オレはそれを指摘せず、理と論でその正当性を立
証した。その価値観が、信長の気を引いて、今回の問題につながる
のか。
つぶさに分析し、それを攻める。攻める先は人の心か。
なるほど、﹃孫子﹄でいう心を攻めるってやつだ。
﹁光悦和尚﹂
﹁ん?﹂
73
オレの部屋で悠々自適な客人待遇でまったりしている元光琳和尚に
声をかける。すでに、彼の入る寺はできているが、新しい兵法書の
教師として、よく俺の元に来ているのだ。
というか、たぶん備蓄がないから食料をタカっているだけだと思わ
れる。
﹁名前借りていいですかね?﹂
概要を書いた手紙を岐阜に送る。
数日後、馬に乗った殿に、なかば拉致られる形で岐阜へ登城。その
まま、大殿と軽い認識合わせをしたのち、オレの作戦は許可された。
﹁して、期限は?﹂
﹁半年といったところでしょうか。﹂
﹁よし、やれ。委細は任せる。連絡も事後でよい。﹂
﹁はっ。しかし、費用がかかりますが⋮﹂
﹁津島の商人から出させよ。連絡はしておく。﹂
うわ、さすが信長。資金の元を探られた時の予防線を張りつつ、こ
っちの逃げ道ふさいできやがった。この借財って失敗したらオレが
被ることになるのか?借金背負いたくなければ成功させろか?
オレの表情を見て信長はにやりと笑う。
﹁励めよ。饅頭。﹂
74
え?何その名前?オレのコンプレックスを直撃しているよね?
今まで一生懸命その話題を避けに避けてきたが、オレが僧職に一生
をささげようと決心した理由の一つでもある。
つまり、
20歳を前に、オレの頭は風を感じる事ができるという事だ。
75
17 長島一向一揆︵後書き︶
次回から、暗躍シーンになります。
76
18 長島暗躍∼その1
独立勢力というものがある。
戦国時代、勢力として権勢を誇れるのは何も武士だけではない。
﹁力こそが正義!良い時代になったものだ﹂である。
つまり、ヒャッハーだな。大規模なヒャッハー集団が勢力として確
立されている。それを大名家と呼んだり、あるいは忍の里と呼ぶわ
けだ。
忍者と呼ばれて思いつくのが黒装束を着て、﹁闇に隠れて生きる﹂
的な物だが、この世界でそういうことできる奴は少ない︵多分︶。
この時代の忍者って山賊とか狩人の集団に近い。
ようは、マタギの隠密能力とか、山賊が野生で鍛えた足で駈け抜け
るとか。実際見てみるとそれほどすごいわけじゃ。
甲賀とか伊賀って、水はけの悪い僻地にある。つまり、農業ができ
なくて、野山で生活するしかないってだけの人達なわけで、日常で
そういう生活をしていれば、局地戦に強くなるという寸法だ。
その局地戦特化を売りにする傭兵集団なわけだ。
﹁つまり、我々は比叡山での暴挙に対し、怨敵織田信長に仏罰を与
えんとしているわけです。﹂
黒い法衣を着て、板の間でオレが話す相手は、甲賀忍者の五十三家
の一つ。美濃部家の頭領である。
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まあ、五十三家と言っているが、一家の内容は荒子城より悪い。オ
レが代官する一向宗の村よりましな程度だ。まあ、そんな家が五三
個以上あるのだろう。集まれば、一大勢力だな。
まあ、つたない変装︵?︶をしてオレがここに来ているのは、理由
がある。
﹁つきましては、長島と連携を取りたい。ツテをお借りしたい。も
ちろん、ただとは申しません。﹂
と、金の入った袋を前に出す。
﹁ほう、一向宗と手を組むと。﹂
﹁派は違えど、仏敵を罰するに手を携えるのは、やぶさかではござ
いません。﹂
そこで、にやりと笑う。
﹁とはいえ、長島がそう思うかは分からないわけです。うちの宗派
にも、頭の固い者がおりますゆえ、事前に話の分かる者を調べてお
く必要があるというわけです。﹂
発言内容を、あえて曖昧にさせる。相手が勝手に誤解してくれるか
らだ。
﹁して返事はどちらに?﹂
﹁尾張荒子の光悦和尚の元に持って行っていただければ、問題あり
ません。﹂
﹁はて、あの辺りに寺なぞありましたか?﹂
﹁寺をあずかる僧の名が、光琳和尚と言えばわかりますか?﹂
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﹁光琳殿はなくなられたと!?﹂
﹁⋮織田の目は鋭いですからな。﹂
そう言って意味ありげに目を細めて笑う。後は光悦和尚の前世︵?︶
の確認をすれば、天台宗の蜂起は真実味を増す。
そして、本願寺︵一向宗︶と比叡山︵天台宗︶は、仲が悪い。別宗
派で京都にも近く、京都の取り合い⋮ではなく、教徒の取り合いな
んぞをしていたわけだ。
オレの﹁相手は慎重に選ばなければ﹂というスタンスで、怪しまれ
ることはないだろう。タイムリミットは半年。下準備には十分であ
る。
さて、ここが次の家か。
はいどうも、美濃部家の“ほう”からきました∼。少しお話イイで
すか?
いや、ちゃんと紹介状はあるからね。
そんな感じで、4ヶ月もすると、オレは甲賀で歓迎されるようにな
る。そりゃ、津島の支援を受けて天台宗の一揆を画策する人間。そ
して何より金払いが良い。
まさに、上客という奴だ。
そんな人が週1で通ってくれば、どこだって歓迎しようというもの
だ。
こうして、甲賀からの情報が集まり、長島についてわかってくる。
別に、それは長島の城の構造と機密情報ではない。
79
オレが調べたのは人間関係。
人間3人もいれば派閥ができるというけれど、そのとおりで、莫大
な人数を抱える一向宗の内情も派閥で形成されている。
大きく分けて、長島には二つの勢力がある。古くから寺社の力が強
い地元密着の地元勢力。もうひとつが、一向宗本拠地である石山本
願寺から派遣された勢力。
本部から来たエリートと、地元密着のたたき上げ。当然その間には
溝がある。
坊主と言えども、霞から金銀兵糧を出せるわけでもなく、勢力を維
持する為の基盤がある。
地元派は長島の経済圏を基盤とし、石山からの本部組は近畿から海
路による補給を基盤としているので、歩み寄りもない。住み分けて
終了だ。
そこを狙う。
80
19 長島暗躍∼その2
甲賀五十三家は現在織田家と敵対し、同じように敵対する長島一向
一揆を熱烈に支援している。
しかし、五十三家もあれば、意思統一も楽ではない。そもそも平時
では集落ごとが争い、死者ができる事も珍しくないリアル世紀末の
修羅の国だ。
横のつながりは薄い。長島支援といっても各家が、それぞれの長島
とのつながりを持っている状況で、おれはそれを個別に紹介しても
らっていたわけだ。
つまり、どこの家がどの派閥を支援しているかがわかる。親しい人
を紹介されるのだ。秘密でも機密でもない。
こうしてオレは、甲賀五十三家という長島各派閥への情報提供ルー
トを入手する。
やがて、集めた長島一向宗の弱みの情報が、対立派閥に流れるよう
になる。
この段階では、まだ大きな問題にはならない。小さなシコリが累積
し、ギスギスした雰囲気から、各派閥の対立関係が浮き彫りになっ
てくる。
そして、関係が悪くなり始めたころに事件が起こる。
石山本願寺派の複数のお寺や館で、同時着火のキャンプファイヤー
が発生。そして、地元長島派が﹁まて、あわてるな、これは織田家
の仕業じゃ﹂と事態を鎮静化。
この報告は正しい、織田家のゲリラ部隊が、ピンポイントで焼いた
のだから、織田家の仕業で間違いない。
ただ、織田の仕業である証拠品が地元長島派“のみ”に提供された
81
だけである。
“偶然”にも、正確かつ迅速な証拠がそろってしまっただけ。
そして、次の放火は、まるで報復のように長島地元派のみが標的と
なる、他はボヤ騒ぎで終わるが、前回の﹁織田の仕業だ﹂と報告し
た寺は、“なぜか”重点的に放火され大きな被害が出る。
そして、﹁これは織田の仕業だ。間違いない。﹂と、その犯人情報
が石山本願寺派に“のみ”提供される。
誰も嘘は言っていない、これは織田家の仕業だ。
真実はいつも一つ。
被害者が、その真実を信じるかどうかは、また別の話である。
途中、サプライズイベントで、岐阜からの内通の手紙が、“偶然”
見つかり、該当の高僧が告発された事を甲賀から聞かされた時には、
笑いを抑えるのに苦労した。
信長様。アドリブで、お茶目すぎ。
やがて、甲賀で入手した弱みの情報をちりばめた、根も葉もない噂
が流れ始める。
聞く者の猜疑の念が、それに幻想の根と葉を付け加えてくれた。
僅か数ヶ月で、長島はギスギス。何もしないでも派閥争いで血を見
る始末。
甲賀の頭領さんからも﹁尾張の天台宗は長島とは別に行動しては?﹂
と心配される始末だ。
甲賀がそう判断するのは正しい。
仏の名のもとに、死を恐れず織田と戦う一向宗。ただ、残念な事に、
信者一人一人に菩薩が現れて打倒織田を説いたわけではない。
82
﹃偉大な仏に仕える、高潔な坊主﹄という、仲介者が存在する。
では、その高潔なはずの坊主がお互いを罵り合い、憎みあい、争い
だしたらどうなるだろうか。
石山本願寺には顕如と呼ばれるカリスマがいる。彼一人が高潔なら、
教徒は彼を盲信するだろう。だが、長島にはそんな存在はいない。
だから﹃高潔な坊主集団﹄を組織する。
それが﹃高潔な坊主集団︵笑︶﹄に変わってしまえば、長島一向一
揆は実に微笑ましい状況に陥るわけだ。
そしてそんな中、評価を爆上げする存在がある。
迅速かつ正確な情報をもたらし、織田の暗躍を証明して見せた、ボ
クらの名探偵﹃甲賀忍者集団﹄である。次こそは、織田のテロを未
然に防ぐのだ!とかいって、月曜4時くらいに放映されそうだ。
まあそれを甲賀が喜ぶかはわからない。何せ、死にかけた老人にす
がりつかれたような状況だ。とはいえ、織田と敵対する勢力は甲賀
周辺には長島一向宗しかない。
元亀3年5月
期限まであと3週間を残したある日。
オレは再び、甲賀の里に足を運んでいた。
﹁これは、豊念様。本日は⋮﹂
﹁はじめまして。それがしは、織田家家臣前田利家が家来 三直豊
利と申します。﹂
頭領の動きが止まった。
チェックメイトである。
83
20 長島暗躍∼その3
﹁⋮﹂
﹁⋮﹂
おー。視線が怖い怖い。とはいえ、もう終わっているんだけどな。
﹁すでに長島の状況は、ご自身で報告した通りです。まもなく、織
田からの侵攻がございます。﹂
﹁謀られたことは認めよう。だが、それがどうした。﹂
﹁証拠はこちらが握っているのですがね。﹂
﹁はん、それを長島に渡すか?石山本願寺か?それがどうした。わ
しは知らぬ存ぜぬを通させてもらう。敵である織田家の言葉と、長
年の縁である甲賀の言葉。どちらを信用するか目に見えておるわ。﹂
はい、語るに落ちました。
﹁⋮渡すのは伊賀にござる。﹂
﹁!!﹂
﹁織田の言葉では耳を傾けぬでしょうな。しかし他ならばいかがか
?伊賀、根来いやいや、相手は天下の甲賀。どこに回すか迷いどこ
ろですな。あとは彼らがやってくれるでしょう。﹂
﹁き、貴様!﹂
この時代、忍者は時代劇に出るような、命を捨てて主に仕える者で
はない。あくまで、特殊技能を持つ勢力が、金で雇われて動く傭兵
集団だ。
そして、雇用の関係がある以上、評判というのは重要になる。
84
特殊な技能であるわけだから、莫大な費用が掛かる。その費用の基
準が評判だ。どれだけ優秀な能力を持っていても信用がなければ誰
も買いはしない。
ライバル会社のスキャンダル。この情報は他組織にとっては垂涎の
的だ。
むろん、ここで示された証拠はすべてではない、その数倍の量の証
拠をオレは握っている。オレをどうこうしても何も変わらない。
﹁返事は二日待ちましょう。他の家とも相談してください。当家に
とどまりますので、いかようにでも⋮﹂
とはいえ、甲賀の決定など決まっている。
残念な事に、オレの掴んだ証拠は甲賀の致命的なスキャンダルでは
ない。最大限効果を発してもある程度の不利益と、せいぜい頭領の
首を︵物理的に︶切る程度だ。
頭領からすれば、たまったものではないが、状況はそんな単純なレ
ベルではない。
甲賀五十三家。
なんてたいそうな名前がついているが、要は五十三個の集落だ。こ
れが多数決で決定する合議制を取っている。
当然、その多数決の弱点を利用する。
五十三家のすべてを篭絡させる必要はない。多数決だからと言って
半数を篭絡させる必要も実はない。
織田に下る大義名分を与える。
甲賀忍者だって、長島が派閥争いでグダグダなのは、承知している。
85
この状態で織田に勝てると思ってはいない。
所詮は雇用関係の傭兵集団。長島一向宗と運命を共にする忠誠とは
無縁である。
だが、負けそうだから降参します。で、許してくれる織田とは思え
ない。
このまま、長島が落ちれば次は甲賀だ。勝ち目はない。降伏するか
皆殺しだ。
だが、こう考えられる。有力な里のいくつかが織田の策略にはまっ
て調略された。調略された以上従う必要がある。
織田が調略してきたのだ。従うのだから、これ以上敵対することは
ない。
調略なら、降伏と違いまだ有利な条件を引き出すことができる。
オレの仕事は、この合議の場に、織田に従わなければならない理由
を提示させるだけだ。
それを持っていく美濃部家だって、証拠が提出分だけとは思ってい
ない。それ以外の家だって、同じような証拠を握られているのだ。
﹁オレだけじゃない﹂と、言い訳ができる。
提示されていない家も、﹁俺は調略されていないが仕方ない﹂とい
うスタンスが取れる。
調略されていなくても、﹁有力里は調略されたのだ。従っても仕方
ない﹂という選択肢が出てくる。
こうして、合議制の参加者すべてに、落ち目の長島を見限る理由が
出来上がる。
86
内紛でグダグダになった長島一向一揆からすれば、甲賀の突然の掌
返しは青天の霹靂と言っていいだろう。評価を上げていただけに、
その効果はさらに上がる。
そして、責任問題や内通の疑いで長島一向宗はさらなる混乱に陥る。
問題があるとすれば、甲賀すべてにオレが諸悪の根源というレッテ
ルを貼られるわけだ。
2日の休暇は針のムシロでしたがとても楽しかったです。︵白目︶
87
20 長島暗躍∼その3︵後書き︶
これにて、暗躍は終了となります。
次回から、後始末です。
88
21 藤吉郎と今孔明
長島の作戦が終わり、大殿に報告するために岐阜城に登城した。
いくら大殿のマブダチである前田利家であっても、ノーアポ即面会
という訳にもいかず、緊急という事で、オレとの面会をねじ込こも
うとしている。
当然陪臣でしかないオレは、岐阜城の織田配下に何かできる権限も
なく、殿が頑張って交渉しているのだ。
がんばれ。殿。
とはいえ、暇なので、この後の長島について考える。
まず、オレの目的は、長島の内部抗争と厭戦気分の演出である。
それで、長島一揆は終わりだ。長島一向一揆のブームは内部抗争と
いうスキャンダルで鎮火される。残ったのは狂信的な信者と、白け
た農民だけだ。
そして⋮
と、思案に暮れるオレに声がかかる。
﹁御免。﹂
はっきり言うが、おれは外様の一般市民Aだ。この城での身分は低
い。茶坊主と同等なレベルだ。そんな人間に、形式上でも声をかけ
るような知り合いを俺は知らなかった。
﹁どうぞ。﹂
オレの返事に、するりと障子が開く。
89
そこに現れたのは、一人の武者と小男だ。
﹁はじめてお目にかかる。前田殿の配下の三直殿でよろしいか。﹂
小男が明るい声で聴いてくる。
﹁はい。そちらは?﹂
﹁ワシは木下。木下 藤吉郎だ。﹂
あ、やっぱり。
﹁おお、あの金ヶ崎の武勇で有名な木下様ですか。お初にお目にか
かります。﹂
と、深々と頭を下げる。ニコニコと、近づき座ると、ペラペラと話
し始める。
﹁いやいや。又左が、知恵者を部下に持ったと小耳にはさんでの。
半兵衛と一緒に、少しでもその知恵を借りられればと、いてもたっ
てもいられずに来てしもうた。﹂
と、ケラケラ笑い出す。
おいお前、今なんて言った?
﹁え∼と、そちらは?﹂
﹁お初にお目にかかる。竹中半兵衛重治と申す。﹂
﹁は、初めまして。三直豊利と申します。﹂
おお、今孔明。戦国時代の軍師筆頭。なんというか、雰囲気がヤバ
イ。ニコニコ笑っている藤吉郎に比べて、こっちは静かに笑ってい
90
るんだけど、目が笑ってないよ。
﹁木下様と竹中様に、お貸しするほどの知恵など持ち合わせており
ませぬ。こちらが、知恵をお借りしたいくらいですよ。﹂
ぶっちゃけ﹁尉繚子﹂くらいしか読み解けてない。﹁孫子﹂学び始
めました。ってそんな感じなんだよ!?
オレの内心を無視して、今孔明の戦国兵法問答が開始される。
ヤバイ。この人何言っているの?言っている事がちんぷんかんぷん
です。すいません、もうちょっと簡単になりません?ああ、そうい
う事なんですね。なるほど。
向こうの質問にはほとんど答えられず、逆にこちらからの質問に的
確に答えてもらうような、苦痛の時を過ごす。
﹁トシまたせたな!ん?藤吉郎。なにをしているんだ?﹂
おお、来てくれた我が救世主。ちなみに、﹁トシ﹂は殿がオレを呼
ぶ時の略称だ。まあ、かわいがられているのだろう。
﹁おお、又左。なに、ちと知恵者同士の、やり取りというのを見て
みたくてな。﹂
どう見ても完敗しています。勘弁してください。
﹁あんまり、ウチの家臣をイジメんでくれよ。トシ。大殿がお呼び
だ。﹂
﹁ハッ。﹂
それを聞いて、藤吉郎も席を立つ。
91
﹁うむ。三直殿。邪魔をしたな。今日は楽しかった。また、次の機
会にでもゆっくり話をしよう。では、半兵衛。わしらも行くか。﹂
﹁ハッ。﹂
部屋の前で別れて、オレは殿と一緒に大殿の待つ部屋へと向かう。
****************
﹁どう見る?﹂
﹁賢き相手。しかし、勝てと言われれば勝ちます。﹂
﹁そうか、そうか。﹂
半兵衛の言葉に、秀吉はヒヒヒと笑う。前田利家は親友であり、頼
もしい味方ではあるが、織田家の中では競争相手でもある、敵に負
けてもらっては困るが、強すぎるのは好ましくない。
﹁⋮しかし、﹂
半兵衛の言葉が続いたことにいぶかしむ。
﹁彼は逆らわぬでしょう。かなわぬ事がわかる故に。﹂
名軍師の表情に陰りがある事を読み取った藤吉郎は、しかし、笑っ
てその肩をたたいた。
﹁なになに、心配する事はないじゃろう。逆らわぬなら、味方って
事じゃ。逆らった時に、勝てりゃそれでええ。﹂
92
主人のその言葉に半兵衛は、軽く頭を下げるながら、口には出さな
い言葉を心の中で続けた。
﹁︵それ故に、彼と戦う事になるのは最後になるでしょう。最後の
最後に⋮︶﹂
それが、勝てぬ敵に勝つ唯一の方法だと理解していた。
93
22 大殿と殿の一家︵前書き︶
総合評価20000pt突破。
ありがとうございます。
94
22 大殿と殿の一家
﹁饅頭よくやった。﹂
ご機嫌な大殿に、殿と一緒に平伏して状況報告する。
甲賀忍軍が織田家支持をうちだしていた為だ。
実際、最初の計画では、甲賀を使って内部情報を集め、それを使っ
て、一向宗の僧侶たちを内部抗争させ、一向宗の熱狂を鎮静化させ
る策だった。
つまり、甲賀の調略はノリです。
いや、甲賀とやり取りしていたら、いろいろ役得があったんだよ。
なにせ、情報収集と長島への情報提供をしてもらうために、甲賀の
いろんな家を回ったおかげで、その集落の住人とか里に詳しくなる
わけよ。
﹃住民=兵力﹄﹃里に詳しく=国力﹄。あれ?なんでオレ甲賀の情
報集めているんだ?
そなると、甲賀が生き残るために四苦八苦していることがわかる。
まあ、そんなわけで﹁あれ?これ甲賀を調略できね?﹂と、気が付
いたので、アドリブで調略してみた。
そんなわけで大殿。超ご機嫌です。
とりあえず、オレの借金の脅威は消えたと見ていいだろう。
﹁饅頭。甲賀を貴様にやる。﹂
﹁お断りいたします。﹂
﹁なに!﹂
﹁トシ!!﹂
95
まさかの断り発言に大殿の眉毛が跳ね上がる。こちらを見る殿が顔
面蒼白になる。
はかりごと
﹁貴様、いらぬと申すか?﹂
﹁私は今回の策に謀を用いました。彼らに恨みを買っております。
私が差配する事で彼らは従いはしましょう。しかし、憎き私の上に
ある織田家に恩を感じる事はありません。しかし、私が同格あるい
は私が下になれば、その恨みは私個人に帰します。織田家の与える
恩は織田家に帰します。﹂
﹁⋮﹂
﹁ましてや、私は陪臣。私個人に褒美を渡しては、ほかの直臣に示
しがつきませぬ。﹂
ドスドスドス。
荒い足音が近づいて。
歯をかみしめる。
ドカッ!
肩に衝撃が来た。
蹴り倒された先で、再び平伏する。
﹁⋮その言上。不愉快である。下がれ!﹂
﹁ハハッ﹂
平伏したままズリズリと下がり、退室する。
あれだけ頑張って蹴り一発とは、泣けてくるな。
とはいえ、延々と恨みがましい目で接されても困るし。
﹁⋮小賢しい饅頭よ。﹂
96
そなえ
﹁と、殿。三直の言。もうしわけ⋮﹂
﹁よい。又左。﹂
﹁ハッ﹂
﹁次の伊勢ではお前にも備を持たせる。あの饅頭も参陣させい。﹂
﹁ハハッ﹂
﹁励めよ。﹂
で、その夜。
岐阜にオレの家はないので︵荒子城にも正確には俺の家はないが︶、
殿の屋敷に滞在させてもらう。
騒がしい家族団らんの一角にオレの膳が用意されている。
おまつ様にメシを注いでもらいながら食事をする。
そそう
﹁しかし、トシ。今回も寿命が縮んだぞ。﹂
﹁あら、三直様は、大殿に何か粗相を?﹂
おまつ様、そんな驚くような目でオレを見ないでくれ。別にオレが
悪いんじゃないんだよ。陪臣にダイレクトご褒美とか、悪い意味で
﹃効果は絶大だ﹄でしかないだろ。
信長って頭いい割に、ときどきテンションで迂闊な事するよな。
﹁粗相なんてもんじゃないぞ。大殿に蹴り飛ばされた時は、どうな
るかと。﹂
﹁まあ。それで大丈夫だったのですか?﹂
﹁なあなあ、ハゲにーちゃん。怪我したのか?﹂
97
ハゲ兄ちゃんが、前田家の子供たちからのオレのあだ名である。畜
生、コンプレックス直撃させやがって。この後、くすぐりの刑だな。
何気に、オレは前田家の子供にウケがいい。︵精神年齢が一緒とか
言うなよ、オレは大人だ︶おかげで、おまつ様からも受けがよく。
家族ぐるみで歓待を受けている。
まあ、オレが殿に﹁トシ﹂呼ばわりされる原因でもあるのだが、そ
の辺はまあいいだろう。
﹁なあなあ、ハゲにーちゃん。これ終わったら、この前の続きを話
してくれよ。﹂
﹁この前の⋮どこまで話したかな。﹂
﹁仮面の忍者が、龍の勾玉を手に、伝説の逆さ城に乗り込むんだよ。
﹂
ああ、そんな話だったか。日本語にすると星戦争のパクリ。伝説の
忍術を使う仮面の忍者ジダイが、呪いを振りまく城“逆さ城”に、
乗り込み、捕らわれたお姫様から呪いを解く伝説の﹃龍の勾玉﹄の
ありかを聞いて脱出。勾玉手に入れ、黒の陰陽師と戦う話か。陰陽
師は、忍者の父親なのだよ。的なチープなどんでん返しがあるんだ
が、ま、その辺はファジーに話すか。
まあ、そんな感じで、和気あいあいと食事が続いていくのだが、ふ
たたび殿からとんでもない爆弾が投下された。
﹁そうだ三直。お前、嫁を貰ってみないか。﹂
ブーッ!!
﹁ギャー。ハゲにーちゃんが吹いた!﹂
﹁キタネー!﹂
98
なんか、とんでもない爆弾が来た!!
99
23 見合い
さて、最初に言っておく。おれは、ノーマルだ。
戦国時代では男と男のお付き合いは、ジャンルの一つとして認めら
れていたらしいが、オレは認めない。ハゲで色白で、華奢な体で、
寺出身だが、そういう趣味は一切ない。
そんなオレが見合いをする事になった。
で、当日。
オレの目の前には、髭面の男が座っている。
見合いの席である。
もう一度言うが、オレはノーマルである。
﹁奥村助右衛門永福と申す。﹂
﹁はい?﹂
﹁?﹂
﹁⋮失礼ですが。見合いとの事ですが。﹂
﹁左様。﹂
⋮そうか、そういう事か。
よし、殿を殺そう。
イジメにもほどがある。これは切りかかっても許されるレベルだ。
100
三直 豊利20歳。彼女いない歴=年齢。世間的には立派な成年男
子だけど、青春時代が寺育ちだからしかたないんだよ。それを、こ
こまでオチョクっていいはずがない。﹁女いないんだから男でもい
いよね?﹂って、いいわけあるかーーー!!
よし、覚悟はいいな!オレはできている!!
隣でニコニコしている殿に殺意の波動を向ける。さすがに太刀は持
っていないが脇差なら持っているのだ。
﹁それがしの妹の加奈を嫁にとの事ですが⋮三直殿?﹂
いやまて、仮にも﹃槍の又左﹄と呼ばれる男。不意打ちとはカナ。
加奈?
﹁は、はい?﹂
﹁こら!トシ。話を聞かんか。おぬしの話だぞ。﹂
お・こ・ら・れ・た。超理不尽。
﹁いや、し、失礼。三直 豊利です。﹂
﹁う、うむ。﹂
まあ、聞いて分かったが、現代の見合いと違って昔の見合いって、
当人ではなく家同士の話し合いで完了するらしい。オレは家なしの
平民なので、殿が後見人って事でつき、相手はお兄さんの永福さん
がやってきた。そういう話だ。あれ?オレいらなくね?
というか、話はほとんど決まっており、そのままとんとん拍子で、
年内には結婚する事になった。これが年貢の納め時という奴か。
101
あ、年貢で思い出した。年貢の徴収時期は外してくださいね。︵現
実逃避︶
﹁ということは、奥村家になるのですか?﹂
﹁いいや、お前は嫁を迎える事になる。三直家だ。大殿にお願いし
て、許しはもらってある。まあ、奥村と縁続きじゃ。﹂
﹁お願いして?﹂
﹁お前な。今回のお前の働きは並々ならぬものだぞ。大殿からの褒
美を蹴ったとはいえ、オレはお前の働きを評価する。つまり、これ
は俺からの褒美だな。﹂
﹁⋮﹂
呆然と見るオレに、殿も疑問に思ったようだ。
﹁なんだ?﹂
﹁いや、殿って考える事出来たんですね。﹂
な・ぐ・ら・れ・た。
御免なさい。でもってありがとう。
そうか、新しく一家を持つのか。奥村家と縁続きの三直家。
ん?奥村?どっかで聞いたな。
ああ!あのフリーダム退職した荒子城城代の家じゃないか!?
と、確認してみたら。当のご本人でした。なんでも、浪人の身でい
たけど、また戻ってきたんだって。
流石戦国、フリーダムすぎる。フリーダム再就職ってか!?
殿もそれをあっさり受けちゃうんだ。ああ、利久派との確執をなく
102
すためか。
なるほど。で、オレの嫁取りになるのか。利久派の奥村からは、利
家派のオレと縁続きになる事で再就職。利家派は、利久派に恩を売
って、有能武将を再雇用。WIN−WINの関係ですね。
オレはダシかい。
103
24 嫁登場
さて、先にも話したが、オレは武士ではない。
こんな時代、誰でも武士を名乗ることができる。しかし、武士とし
ての社会地位を手に入れるには、名乗るだけではだめなのだ。
当たり前である。信用問題ってものがあるのだから。信用できると
認めてもらって初めて、武士として忠誠を求められるわけだ。
そういう意味では、三直家を認めるというのは、ものすごい褒美で
ある。とはいえ、これだけでは片手落ち、名前が付いただけで実績
はない。そこで、今回の奥村家との婚姻になったわけか。
そうなると、三直は奥村の分家ってククリになるのか?いや、殿か
らは縁続きなだけで、関係はないって言われているし、家臣内での
友好的同盟って話か?
パチッ
﹁⋮﹂
﹁⋮﹂
で、目の前に俺の嫁︵予定︶がいる。
涙目で碁盤を見ている。
オレの結婚が決まってから数日後。オレの元にスゴイ格好の女の子
がやってきた。槍を持って鉢巻き姿。今日はなんか訓練とか予定し
ていたっけ?
これが、オレの嫁︵仮︶の奥村 加奈さんらしい。なんか槍を持っ
104
てきて﹁一手勝負をお願いします。﹂と言ってきたので、即座に﹁
お断りします﹂と答えてあげた。
﹁女相手に逃げるのですか?﹂
⋮お前ね。
オレの今の状況見て言っているの?
伊勢長島を相手に、オレは半年かけて暗躍し、致命傷ともいえる大
打撃を与えた。
半年かかったんだ。
その間の仕事は全部勝蔵君達に任せたんだけど、当然全部できるわ
けはない。長島に悟られるわけにはいかなかったので、荒子城には
一切帰れなかったから、貯まった仕事の量は半端ではないのだ。
分かるかい、期限切れの書類に、詫び状添えて手続きするストレス
ってすごいのよ。責任を大殿に丸投げしたいけど、まだ、長島侵攻
始まってないからそうもいかないし。
そんな中、アポナシ突撃の脳筋発言である。カチンと来るのもわか
ってもらえるだろう。
よろしい。ならば戦争だ。
﹁わかりました。では、そこにある盤を取ってください。﹂
﹁はい?﹂
﹁碁笥︵ごけ:碁石入れ︶を出して。﹂
105
﹁は?いえ。あの﹂
﹁私は今、お役目中です。その上で、勝負をつける方法です。それ
とも、逃げるのですか?﹂
同じ言葉で返す。向こうもカチンと来たようだ。
﹁逃げません。い、いいですとも。受けましょう。﹂
というわけで、素人相手に大人げなく勝ちをおさめました。
﹁⋮ず、ずるいです。﹂
﹁何がですか?﹂
﹁私は、碁などした事がないのに卑怯です。﹂
﹁ほう。私は槍など学んだ事がありません。そんな相手に、槍で勝
負を挑むのは卑怯ではないのですか?﹂
﹁や、槍は武家のたしなみです。﹂
﹁囲碁も武将のたしなみですよ。﹂
﹁う∼う∼﹂
なにか、涙目でうなっている。というか、言い訳が出てこないのだ
ろう。
あのね、オレまだ仕事しているの。今も仕事しているの、昨日も仕
事しているの、そして明日も仕事しているんだよ。
﹁ちなみに、何しに来たんですか?﹂
﹁しょ、勝負です!﹂
﹁では、勝負はつきましたね。﹂
﹁ま、まだです。﹂
﹁はい?﹂
﹁あなたの言うとおり、囲碁で勝負はしました。では、次は私の言
106
うとおり槍で勝負してもらいます。﹂
呆れて顔を見ると、どうだと言わんばかりの満面顔。
﹁わかりました。﹂
﹁では!﹂
﹁まいりました。私の負けです。これで一勝一敗ですね。お疲れ様
でした。﹂
﹁⋮﹂
しばし呆けていた加奈さん。やがて顔を真っ赤にして﹁う∼う∼﹂
うなり始めた。
﹁ずるいです。ずるいです。ずるいです。﹂
流石に、ここまで騒がれると、温厚なオレだって切れる。
よろしい。お前に我が主君である前田利家様を意識改革させた奥義
﹃論理説教精神矯正﹄の術を味あわせてやろう。
ゆっくりと、加奈さんの方を向いて座り直し。
いざ!!
泣かれました。ごめんなさい。
よ、よもや我が奥義が初見で返されるとは!?
とりあえず、涙を拭いて、鼻をかませ、謝り倒して家に帰ってもら
った。
107
ところで、オレ衝撃の事実を知ったんだけど。
奥村 加奈さん
14才
違う!!違うんだ!!これは罠だ!誰かがオレを嵌めようとしてい
るんだ!!
﹃犯人は殿﹄と書いて、布団をかぶって寝ることにしよう。
豊利、オレは疲れているんだよ⋮
108
25 伊勢長島
元亀三年十月。第二次長島侵攻。
前田利家出陣。それに付き従い、三直豊利も参陣することとなる。
これが何を意味するのか。
そう、年貢の徴収後の在庫確認が完了していないのに出陣である。
帰ったら修羅場がオレを待っている。
そりゃあさ、常備兵はいいよ。繁農期とか関係なく1年中戦える兵
隊だよ。最先端で画期的な兵隊だよ。
でも、租税はいまだに年貢なんだよ。年貢って事は当然収穫を中心
に考える事になるんだよ。給料日や決済日に銀行窓口が混むのと同
じ理由なんだよ。みんながカードで売買するから銀行いかないよね
?って、銀行は金銭のやり取り変わってないから、あいかわらず繁
忙作業なんだよ!
常備兵だから1年中フルボッコスタイルいいよね?って、いいわけ
あるかーーー!!!
勝蔵君。頼む。涙目で見送ってくれたけど、マジで頼む。
お詫びはするから。
で、伊勢長島に出陣。
総大将が織田信長以下、佐久間信盛、柴田勝家、丹羽長秀、蜂屋頼
隆、前田利家。そうそうたるメンバーである。ちなみに、木下藤吉
郎は近江で浅井相手に頑張っているらしい。
すでに、九鬼水軍による海路の封鎖。伊勢方面は、支配する北畠具
豊︵織田信長の次男。養子になった北畠当主︶が封鎖し、地理に詳
しい甲賀忍者がそれをサポートする。
109
長島内部にしても、内部抗争が激化してグダグダ状態で、それを補
給路封鎖で致命傷にさらに毒を塗り込んだような状況だ。
内部情報も甲賀忍者からもたらされており、あっちは、派閥争いに
嫌気がさした人達の離散が激しいらしい。
負ける要素が見当たらない。フラグを立ててみよう。圧倒的ではな
いか我が軍は!
﹁体がなまる。前に出ていいか?﹂
﹁ダメです。﹂
後詰めの陣で、暇そうにしている殿の愚痴を右から左に聞き流して、
手元の書類のミスを探す
まあ、ぶっちゃけ、食料とかその辺の配分のミスがないか見ている
だけだけどね。というか、それしかする事がない。さらに言うと、
それをするべき理由が大きくある。
いや、ザル過ぎるんだよ。荒子城の平時の管理はうまくいくように
なったけど、戦場での物資配分は手つかずで、無駄・手間・邪魔の
三連続コンボ状態です。
ちなみに、木村様や村井様といった前田勢は、元気よく前線で戦っ
ている。ここに残っているのは、殿とオレと義理の兄︵予定︶の奥
村永福様だ。
ちなみに、奥村様は軍略のプロ︵?︶で、頭の回転も速い。できれ
ばそれを荒子城の管理にも回してほしかった。とはいえ、軍略家ら
しく、戦術︵﹃ナントカの陣﹄って奴︶や地図作成など、オレには
わからない事をよく知っている。ちなみに、婚約者の加奈さんに槍
でボコられるついでに、兵法書の写本を持っていったら、抱きつい
て喜ばれた。いや、そんな趣味ないっすよ。
今じゃ、﹁弟﹂よばわりです。
110
いや、間違っていないんだけどね。
﹁つまり、伏兵に対する備えとして、二隊一組となって行動します。
片方が攻められたら防御に徹し、もう片方が攻撃。これで、不意打
ちに対抗します。﹂
﹁兵糧に関しては?﹂
﹁それは、弟の手腕で補給隊を三つに分けています。それぞれの警
戒を密にしていますので、一つが攻められても応戦できます。最悪、
他の二つが残れば問題ありません。﹂
﹁うむ。なるほどな。﹂
いくさ
理路整然とした奥村様の言葉に、納得する我が主君 前田利家。
現在、殿は実地で戦について学んでいる最中だ。それまで、大殿の
母衣衆として戦ってきた利家の功績はすべて直接戦闘の槍働き。小
集団ならともかく、軍を率いる経験はほとんどない。
再就職を果たした奥村様が手配をしつつ殿に教育。おれは、補給物
資の管理と分配を受け持っている。
え?他の家臣︵脳筋︶は?前線で頑張って戦っているよ。
﹁大殿の命令とはいえ、オレが一軍を備える事になろうとはな⋮﹂
﹁そりゃあ、この戦が終われば、もう終わったも同然ですが、殿は
晴れて城持ち大名ですからね。﹂
﹁え?なにそれ?﹂
⋮この主君。もしかしてわかってないのか?
﹁ほらこの前、大殿からの褒美を辞退したでしょう。﹂
﹁おう。﹂
﹁あの褒美が、今回の出陣の褒美って事で殿に与えられます。﹂
111
﹁なんでさ?﹂
それが御恩と奉公の関係だからだよ。
﹁信賞必罰は、主君の義務ですよ。陪臣の私が直接大領をもらうと、
面倒なことになるので、殿におまけをつけて渡して、殿経由でオレ
に褒美を与える。そうすれば、どこからも文句は出ないでしょ?﹂
﹁⋮そうなのか?﹂
﹁大殿が、母衣衆としてではなく一軍の将としてこの戦に参加させ
ているのが理由です。母衣衆から城主はおかしいですが、武将とし
てなら可能でしょう。﹂
﹁荒子城は?﹂
﹁大殿の直轄領になるでしょうね。﹂
中央集権を目指す信長にとって、尾張美濃は支配基盤ともいえる場
所だ。
天下布武の視点から、この地は、敵対した美濃の武将や、これまで
の戦で、手柄を上げ肥大化してきた部下には任せられない場所とな
ってきている。
﹁ああ、そうか。﹂
だから、オレに新しい家名を持たせたのか。
この時代、武家とは土地を持つ事を前提としている。織田家であっ
ても、前田家と荒子城のように、地元に根付いた勢力は多い。
それを切り離す意味を持っているのだ。
おれのように地元密着でない武士をつけて、身を軽くする。新しい
任務地で領地を再分配させる。地元に残りたい奴は残って農民にな
ればいいだろうし、そうでない奴は新任地へ。
112
しかし、そうなると新しい領土ってどこだ?まさか長島?それはな
い。尾張に近いし、伊勢は北畠︵織田の次男︶の領土だ。近江は浅
井や朝倉を駆逐するにはもう少し時間がかかる。あとは、山城?大
和?京都付近に、前田利家の出番はないぞ?
まあ、オレが悩む必要はないか。
﹁ま、殿が軍略なり内政を学ぶ時間はたっぷりありますな。﹂
﹁お前の槍もだ。弟よ。﹂
oh⋮
113
26 国替えと婚姻︵前書き︶
史実から少しづつ変わり始めております。
114
26 国替えと婚姻
長島侵攻は、特にイベント的などんでん返しもなく、あっさり織田
の勝利で終わった。
参加者それぞれに褒美が与えられ、甲賀忍者の里は北畠の支配下と
なった。
で、我らが前田家なのだが⋮
﹁大和か⋮﹂
とんでもない所に配属されそうだ。
まず、とんでもないトップ1が松永久秀。将軍弑逆に東大寺炎上。
戦国梟雄トップ3に確実に入る傑物である。
で、次が筒井順慶。松永を怨敵とつけねらう戦国名家。何せ2歳の
頃に継承した国を松永に襲われ、居城を失い、後見人を失い、それ
以降の人生を松永を倒すことに費やしているのだ。
それを前に置き、後ろは織田が攻め滅ぼした北畠と、その支配下に
はいった甲賀忍者軍。
さて、この北畠家。織田が攻め滅ぼした戦国名家であるが、他の大
名とちと違う。
大義名分が違う。
この時代、大義名分というのは重要である。
織田の遍歴を見てみよう。
今川は︵上洛という大義名分で︶攻め込んできたので、尾張守護の
織田が撃退しました。これが大義名分。
斉藤家は、信長が娘婿で父の仇討ち。これが大義名分。
六角は、将軍上洛の邪魔をした為討伐。これ大義名分。
115
北畠は?
実際ないのよ。北畠を倒す理由。大義名分。
まあ、味方ではない上、ほとんど敵である北畠が、津島湾の経済圏
に食い込んでいたのが理由だったんだろうけどね。北畠の領土の伊
勢志摩って津島湾の西側だろ。
で、滅ぼした後どうしたか。
自分の子供を北畠当主にしました。
こうして、北畠の正当後継者が、織田の力を借りて北畠を手に入れ
ました。という、外聞を作り上げる。
わ∼い。場当たり的∼。時系列無視しているぞ。
露骨にもほどがあるのだが、戦国の世では、そう珍しい事ではない
ようです。
とはいえ、話聞くだけで内部ガタガタ。元領主ぶっ倒して、その娘
を娶って、オレ様が北畠当主です。って、認めるわけないわな。力
で抑え込んでいるけど。ほんとうに、ただ抑え込んでいるだけ。
そんなところと隣接する大名が、筒井家と松永家だ。信長も養子に
やったとはいえ実子を、そこまで危険にするのは心配だったのか。
槍の又左の武勇に期待をかけているのだろうか。
﹁あなた様。また仕事ですか?﹂
﹃また﹄じゃなくて﹃まだ﹄です。
ええ、ええ。問題があるんですよ。年貢の納入が終わってないのに、
城替えでてんてこ舞いでしょ。人事とかは殿に丸投げだからいいけ
116
ど、備蓄の管理と持ち出しと、私物と備品と⋮
そして婚姻。
年末なのに、︵年末だからか!?︶忙しすぎ。師走って言ったって
限度があるぞ。
まあ、あの初対面のインパクトはともかく、オレと加奈さんの関係
はいい感じ︵主観︶に進展した。最初の劣勢状態を﹃槍の鍛錬﹄と
いう名目でオレをボッコボコに出来たせいで、加奈の溜飲も下がっ
た感じだ。まあ、その後の囲碁で、ギッタンギタンにしているんだ
けどね。最近なんでか、奥村永福様が入ってきて、そのまま奥村様
との勝負になるんだけど、なんでやねん。
おかげで、奥村様の奥さんの安さんにも気に入られ、小姑関係にも
問題はない。
プライベートはね?ビジネスの方は、修羅場が阿修羅場になってい
るような感じです。
まあ、後の事は考えないようにして、何とか時間を作って結婚イベ
ント当日。
婚姻では、いろんな方が来てくれた。
利家様とおまつ様を始め、その御子息一同。木村様ほか荒子勢。
後半は、荒子に残る人と大和に行く人のお別れ会の様相もあったけ
ど、それはそれでにぎやかに、しめやかに終わりました。
その後は、まあ、あれですな。
おやすみなさい。
117
27 新規武将
さて、新年あけて元亀四年一月。正式に、南近江にある日野城の城
主に任命された。
と、その前に駆け込みでもう一つ結婚式が行われた。
オレの腹心の勝蔵君。
なかの
かつとよ
この度、木村様の姪っ子を娶りまして、木村家の絶えた分家の中野
家を継ぎ、中野 勝豊となりました。
ええ、私の口利きです。元々、例の一向衆の村の出で庄屋の長男な
ので、そこを管理している木村様とは縁がある。オレが利久派の奥
村家と縁続きになったので、オレの腹心に利家派の重鎮の縁を入れ
る事で、バランスを取る役目だ。
新婚なのに、仲人とか無茶ぶり過ぎる。オレの時の仲人をしてくれ
た殿とおまつ様に、聞きまくって、問題なく終了。
新居についてはゴメン。日野で用意するからと、入り婿状態で木村
様の家で肩身の狭い思いをさせていたけれど、もうちょっとだけよ。
話を戻そう。
南近江の日野城城主 前田利家。
最初大和って言ってごめんね。対大和という話だったらしい。
まあ、立地条件は変わってない。というか、ヤバイ。もし大和で何
かあって、この城が落ちたら、琵琶湖方面に抜けられる。琵琶湖の
南を通る街道の中山道は、織田の本拠地である美濃尾張と京都を結
ぶ生命線である。
118
その為、ここら辺は織田家重臣で武闘派筆頭の柴田勝家に任せてい
たのだ。だが、昨年末に伊勢長島︵と甲賀︶が制圧できた事で、後
方の憂いが消え、最大戦力である柴田を手元に戻す為に、前田利家
と交代させる事になったのだ。
紛争地帯じゃなくなったのでもう安心。って、大火事の跡で煙くす
ぶっていますが﹁大丈夫です。﹂って言われて、誰が安心できるん
だよ!!
どう見ても危険地帯です。本当にありがとうございました。
そんな、日野城はテンヤワンヤの状況である。
前にも少し話したが、荒子勢の中には、南近江に行くのを拒み、地
元で生きる決心をした者もいる。オレの部下の内政団にも数名そう
いう人がいるわけで、当然、少なくなった人員で今まで以上の大き
な領土を統治できるわけがない。
というか、そんなのオレが死ぬ。荒子城ですらアレだったのに、さ
らに大きな領土とか言われると確実に死ぬ。新婚早々死ぬ。死ぬの
は嫌だ。
というわけで、人員補充がされました。
いや、普通はそんな簡単にはいかないんだけどね。それができたの
には理由があるのですよ。
ロクな理由じゃないけどな!!
まず、補充員筆頭。前田慶次郎利益さん。
どう見ても問題児です。本当にありがとうございました。
この人。荒子城の前領主である前田利久の嫡男︵養子︶です。はい、
面倒さがググッと上がりましたね。そんな彼は殿の荒子城継承後、
父親と共に岐阜で暮らしていたのだが、この度叔父である前田利家
に仕える事になったのだ。まあ、半分くらい地元に残って減った荒
子勢利久派の旗印として、出てきたんだろうけど。
119
なんというか、ゴツイ。デカイ。ウルサイ。という素敵人間です。
奥村様と仲がいいらしいので、彼に全部任せよう。
で、その次が蒲生 賢秀さん。
だれだよ?って思ったけど。要はこの城の前の持ち主でで。この地
域密着の武将さんです。
また、現・地・勢・力か!
織田家上洛の際、六角家と一緒に戦ったが負けて降伏。嫡子を信長
の所に人質にだして、柴田様の与力として戦い続けたのだそうだ。
で今回、上司を前田利家と交代。与力継続で、嫡子も岐阜で人質継
続らしい。頑張れお父さん。
そして、オレはこの人を評価している。なにせ、日野城はきちんと
年貢の記録を取っている。すばらしい。さすがに万石規模の領土を
感覚で管理はできないようだ。ありがとう。でも、それはそれでい
ろいろ問題が起きているんだけどね。
地元出身のせいか、この人がこの地域の領民とのつなぎ役なので、
きちんと配慮しておこう。とりあえず、岐阜に帰る時は、息子さん
に手紙がないか聞くことにする。
そして、新たな任地でデスマーチになっている。
日野城にある物資のとりまとめの為に、既存の日野城の記録をまと
めているのだが、素敵なことが判明した。
さっき、蒲生さんの説明で言っていた問題だ。
物資の取りまとめや記録の公式方法というのはこの戦国に存在しな
い。簿記も在庫管理表もないわけだ。
120
荒子城式物資管理記録と、日野城式物資管理記録は、作成者が違う
為まったく違う形式なわけである。地方になれば、同じ物資でも呼
び名が違ったりするからさらに素敵なことになるのだろう。
とりあえず、記録方法を統一させなければ!?
もちろん荒子式にだよ。こっちのほうが立場上なんだから、こっち
を優先してもらうよ!
というか、そもそも日野式管理記録法をわかる人がいないってどう
いうこと!?
日野式管理書式に甲タイプ。乙タイプとかあるんだけど!?
だれだよ!?これ書いたの!!って、書いた人が戦死しているの!?
勝豊君。ちょっと、帳面持ってきてー!!
121
28 日野城
地獄の在庫確認が終わり。そして、自分の新領地の確認が終わらな
い。どころか、始められない。デスマーチがスケジュール押して、
更なるデスマーチを呼ぶ。年貢までに領地の確認をしなければ⋮
流石に記録はとられていた為、書式統合を後回しにすれば、在庫の
確認は荒子城より楽に終わった。規模は大きかったが、数字の上で
はなんとでもなった。
で、分かるんだが。
貧しすぎじゃない?
荒子より領土は広いけど、広さに見合う収益がナイ。
まあ、これには理由がある。荒子は平野部で、日野は山岳地だ。立
地の差は生産高に直結する。蒲生さんにも確認を取ったが、生産高
は毎年この程度で不自然な点はないようだ。
そもそも、米を作れる領土が狭いんだから、生産高が増えないのは
当然ともいえる。そして、開墾してもたかが知れている。
とりあえず、他にする事が多すぎる。主に現状確認という意味でな。
書式統合の計画を立てて、準備出来次第改善していこう。
そう思っていたけど甘かった。
やらなければならない事をする為に、領地見回ったり、新婚なので
加奈さんとイチャイチャしたり。おまつ様から温かい目で見られた
り︵なぜ!?︶
122
なんか領民から頼まれて水利権の調停をしたり、領民の争いの仲裁
をしたり、水利権の調停をしたり、隠し田の取り締まりをしたり、
金の貸し借りのいさかいを仲裁したり、鍬持って争いだした領民に、
兵隊出して鎮圧したり、水利権の調停したり⋮
なんでやねん!!!
なんでこんなにオレは忙しいの。年貢の時期じゃないよね!?
ってか、調停ってなんで俺がしているんだよ。なにからなにまで殿
の仕事ジャン。
は?オレが武士になったので、調停問題も解決ヨロシク?
100歩譲って、オレの領土の問題ならいいけど、他の人の領土ジ
ャン。主に前田さん一家︵&腹心︶の問題ジャン。よし、﹃殿中で
ござる﹄を実践しよう。殿はどこだ。これどう見ても殿の仕事だろ
う。
﹁⋮﹂
﹁⋮﹂
﹁⋮﹂
﹁⋮﹂
日野城の一室で、オレの提供した兵法書を前に、真っ白に燃え尽き
た我らが主君 前田利家の姿があった。
教師役であるお義兄様の奥村永福様と視線が合う。
﹁失礼いたしました。﹂
もはや、救いを乞う意欲すら失った親愛なる我が主君 前田利家様
123
の無事を心で祈って退出する。
とりあえず、おまつ様にチクっておこう。
124
29 水利権
調停をしてわかったが、水利権の問題がここでは重い。
平地で豊饒な荒子城でも、確かに水問題があったが、それでも豊富
な水源のせいで、そこまで死活問題に直結しなかった。
しかし、日野は山地。水源は限られ、さらにそこから得られる水量
も限られている。わずかな差が、生死にかかわるのだ。
そもそも、日本の農業である稲作は大量の水を使う。有効に使うた
めに様々な工夫がされてはいるが、使用する絶対的な水量は決まっ
ているのだ。
結果、水利権のトラブル発生。荒子城では特に重要視していなかっ
たため、荒子城勢力は新領地で半分パニックを起こしかけている。
ええ、ええ、そのフォローがぜ∼んぶこっちに回ってくるんですよ。
はっはっはっはっは
⋮笑えよ。
余りの多さに、地元民の蒲生さんに確認したが、その辺の問題は日
常茶飯事で、刃傷沙汰になることも珍しくないらしい。
その時の対処法は?と聞くと、武力鎮圧すると、やがて争う体力す
らなくなるのだそうだ。
修羅の国の発想だな。
流石に、この回答に殿もドン引きだ。
﹁⋮トシ。﹂
125
殿のすがるような目が向けられる。だが、無茶いうなよ。物資管理
だってカツカツでやっているんだよ。治水︵というか水資源増加︶
なんて知識全くないぞ。
﹁平地を開墾を奨励してみます?﹂
﹁いやいや、畑を増やしても水量が限られているのです。水がいき
わたらなければ無駄になります。荒れ地を増やすだけです。﹂
蒲生さんの反論にグウの根も出ない。農地が増えても、水が足りな
いから稲作にならない。ただ荒れ地を増やすだけだ。酪農するにし
ても、何か特産物を作るにしても、そもそも米が作れない以上、他
のもので補って生きているのだ。そんなものを模索して実践する余
裕がない。
人手を増やして余裕を持たせようにも、自給できないのだ、逼迫す
るだけで問題が悪化するだけだ。
﹁いっそ稲作を捨てるか。﹂
周辺地図を取り出して確認する。
なんてことはない、ここに商業路を作ろうという話だ。
前にも話したが、日野城の北は京都と美濃尾張をつなぐ街道が通っ
ている。では、その道につながるように日野から南回りで長島につ
なげる。
これの利点は、今まで美濃から尾張へ行かねば海路に行けなかった
ところを、伊勢への直通ルートにする事で、津島港に荷物を運べる
計算になる。
126
さらにこの場合で注目する点は、琵琶湖の水運を利用できる点だ。
目加田の町で荷を下ろし、そのまま日野を経由して長島に出て、そ
こで海路に連結する。
﹁それで、何とかなるのか?。﹂
﹁街道を設置しても、この近辺が難所である事は変わりません。人
足。休憩場所。宿泊。人が足を止める場所はいくらでもある。それ
を使えば金がかかる。領民に金が落ちる。﹂
﹁金が入っても米は入ってこないだろう。米はどうする?﹂
﹁金で買えばいいんじゃないですか。それに、稲作は最低限にする
だけで、0にするわけではありません。金で米が手に入るようにな
れば、米以外の物を奨励して育てさせる余裕も出てくるかもしれま
せん。﹂
﹁悪くはないが、できるのか?﹂
﹁今の段階では、不可能でしょうね。﹂
これをするには大殿に相談しないとだめだな。
127
30 意味わからん
元亀四年四月
大殿に相談するために、岐阜に来たのだが。
岐阜城はわきかえっていた。
なんでも武田信玄が死んだらしい。
そういえば武田の侵攻があったな。去年の12月あたりに、徳川が
ボロクソに負けたらしい。
第二次長島侵攻の後、3か月も殿の城主就任が遅れたのが、この武
田のせい。そのおかげで、オレの結婚とか移転の準備ができたんだ
けど。普通なら、残務作業でオレは荒子城に居残りだったのよ。
まあ、そんなわけでアポナシ突撃できるような状況ではなく、正規
の手順で面会を頼み、それまで、岐阜にとどまることになったのだ。
がもう
ますひで
さて、前田利家は日野城主になった為、岐阜に屋敷はなくなってお
り、オレは蒲生さんの息子である蒲生 賦秀君の所に厄介になって
いる。
人質生活なんて、大変だろうといろいろお土産を持ってきたのだが。
⋮え、何このセレブ。
なんでも、人質になる時、織田信長にえらく気に入られ、そのまま
信長の次女と結婚して、今に至るそうだ。オレ、漬物とか干物とか
をお土産に持ってきちゃったよ。
これは後で奥様に⋮って、織田の姫様が炊事場で飯を作るわけがな
いじゃん!下女に渡しておこう。
128
なんていうか賦秀君。エリートオーラバリバリだね。本当にあのお
父さんの息子なの?いやいや、お父さん馬鹿にしているわけじゃな
いのよ。美男子だし。ピシッとしているし。ハゲの小坊主じゃあ、
役者どころか素材が違うって感じだ。
﹁おや。三直殿はどこかの寺にいたのですか?﹂
﹁は?ええ、確かに。それがしは寺の出ですが。﹂
﹁なるほど、所作が整っておられる。が、それは寺社の作法。武家
の作法といささか違います。どれ、少し教授しましょう。﹂
とか、言うわけよ。なにこの完璧超人。もう壁ドンする心を恥ずか
しいと思うレベルだわ。
間違いなく、この人はウチの殿より上にいるね。孫子を前に燃え尽
きている殿と比べると、一目瞭然だね。殿の上位互換だね。頭もい
いし、武勲も挙げているので腕も立つ。完璧ジャン。
冬姫様とも話したけど、きれいな人だったよ。陪臣のオレにも普通
に声をかけてくれるし。﹁漬物をありがとう。﹂だって。食ったん
かいあの土産!?
日野の話をしたり、手紙を渡したりしたせいで、結構な歓待を受け
た。
ホント、ええ人や⋮
3日後。オレは大殿に呼ばれて、登城した。
﹁⋮﹂
129
オレの提出した書類を読んでいる。
﹃こんな事がしたい﹄﹃そうすると、こんな事ができる﹄﹃そのた
めにはこれが必要﹄を列挙しただけの簡単なものだ。
﹁⋮﹂
﹁⋮﹂
﹁⋮﹂
﹁⋮﹂
別にプレッシャーってわけじゃないが、発言もないとアクションと
れないじゃん。
ずっと平伏している状態って腰に来るね。湿布とか誰か持ってなか
ったかな?冬姫様が手ずから張ってくれたりして。デヘヘヘ。いや
いや、オレ新婚ジャン。加奈さんこれは浮気ではありません。医療
行為です。
﹁饅頭。﹂
﹁ハッ﹂
声をかけられて頭を上げる。うわ、超睨んでいます。別に、大殿の
娘にいかがわしい事を頼むわけではありませんよ。やましくない立
派な医療行為ですよ。
﹁⋮﹂
﹁⋮﹂
﹁筒井じゃ。﹂
﹁は?﹂
﹁筒井をだまらせろ。潰してもいい。﹂
﹁はぁ?﹂
130
﹁それができたら、やってやる。﹂
﹁え?いや。あの⋮﹂
﹁やれ!﹂
﹁ははっ﹂
ごめんなさい。意味わかんないんですけど。
131
31 大和問題
筒井順慶
大和の大名である。特筆すべきところは、松永ブッ殺したいマン。
なんでも、二歳の頃に家督を譲られ、その直後松永に攻め落とされ
る。その際、後見人の叔父さん死亡。領土を失い流浪の身に。その
後、何とか返り咲き旧領を取り戻したものの、松永にブチ切れてい
るそうだ。
そこまではいい。
筒井家って、織田家に臣従していますよね?
それなんとかって、なによ?
﹁ふむ⋮﹂
蒲生君の館に戻って相談すると、蒲生賦秀君もしばし考え込む。
﹁何か心当たりでも?﹂
﹁そうですね。大殿は、筒井家がまだ完全に服従していないと見て
いるのでしょう。﹂
﹁松永ですか。﹂
﹁ですな。﹂
さて、筒井の殺したい人間の歴代王座を防衛し続けている松永久秀
だが、現在織田家を裏切って敵対している。
まあ、近畿には本願寺があるし、浅井朝倉があるから、反乱したか
らといって即討伐できるほどの力はない。まあ、比叡山と長島が落
ちたので、余裕は出来たともいえるが、どれほどか不明だ。
132
では、織田家に臣従している筒井はどうか。裏切ったらこれ幸いと
松永をぶっ殺せばいいのだが、そう簡単にはいかないらしい。
﹁つまり、大殿が松永討伐を止めたと?﹂
﹁はい。昨年、筒井は松永の居城多聞山城を攻撃しました。しかし、
織田の仲介で休戦条約を結んでおります。あの戦いで松永は大きな
被害を受けました。ここで援軍があれば、多聞山とて落とせる公算
は高いでしょう。﹂
﹁筒井のみでは無理ですか?﹂
﹁その戦いで筒井も大きな被害を受けたと聞きます。それを回復さ
せる時間は、そのまま松永の回復する時間になりましょう。﹂
﹁松永との休戦を整えた以上、織田が手を貸すわけはない。となる
と考えつくのは⋮そうか。﹂
俺の言葉に、思案顔だった蒲生君の視線が向く。
﹁つまるところ、大殿は織田をなめるなって言いたいのか。﹂
﹁三直様はもういかれましたか?﹂
館の玄関まで来た冬姫は、そこで外を見送る夫に声をかけた。
﹁ん?ああ、何か用でもあったか?﹂
﹁いえ、なんぞお土産でもと思いまして。﹂
﹁なに、また来るのだ。その時でよかろう。﹂
133
と、涼やかに笑う。ここ数日、夫の機嫌が良い事を冬姫は我が事の
ように喜んでいた。
﹁お前様は、三直殿が気に入られたようですね。﹂
﹁うん?ああ、悪い人ではないだろう。楽しい人ではあるな。だが
それだけではない。﹂
家に入ると、冬姫が立つのを待って一緒に館の奥へと歩く。
﹁楽しみなのだ。﹂
﹁お前様?﹂
冬姫の疑問に、賦秀は笑みを浮かべたまま言葉を続ける。
﹁大殿がな⋮﹂
﹁父上が?﹂
﹁彼を鳳雛と評した。﹂
﹁ほうすう?﹂
﹁唐の国にいた昔の知恵者よ。それも天下を得られると言われた程
のな。﹂
﹁まあ。﹂
﹁そのような人が、今回の騒動をどうするか。楽しみで仕方ない。﹂
﹁あら、まあ。﹂
武名高き夫が少年のようにはしゃぐ姿を冬姫は大好きであった。
﹁父上に手紙を書かなくてはな。どのような事をするのか、余さず
知らねば。﹂
﹁あらあら、手紙に三直様の事ばかり書かれては、お義父様がへそ
を曲げてしまいますよ。﹂
134
32 梟雄と敵対者︵前書き︶
ブックマーク1万件突破。
ありがとうございます。
これからもよろしくお願いいたします。
135
32 梟雄と敵対者
岐阜を出て古巣の荒子を経由し、光琳和尚に挨拶をして日野へ戻る。
ごめん殿様。なんか余計な事しちゃったみたいだ。
﹁つまり、どういう事だ?﹂
﹁筒井は織田を裏切る準備をしている。という事ですか。﹂
殿の言葉に、奥村様が答える。オレは賦秀君から話を聞いてようや
くわかったのに、やっぱ、この人すごいわ。
﹁それと、もう一つ。﹂
﹁うん?﹂
﹁大殿は、松永と和睦に動いている可能性が高いですね。﹂
﹁許すのか!?松永を!?﹂
殿が驚く。まあ、そうだろう。
しかし、そうでなければ、松永討伐をとめる必要がない。去年あっ
た戦いで、被害が出たのは筒井と松永だ。筒井に休戦する理由はあ
っても織田にはない。ここで攻めれば松永を倒せるはずだ。
それをしない理由は二つある。一つは、追い詰めすぎて破れかぶれ
にさせてしまうこと。本願寺を大和に招き入れて松永一向宗なんて
トンデモナイものを作り上げる可能性がある。
そしてもう一つ⋮
﹁松永は、まだ生かしておく理由があります。﹂
﹁あの悪党を?﹂
﹁はい。悪党ゆえです。たとえば、殿が織田家の敵であったとして、
136
京の近くに内通者を探すとしたら誰を選びますか?﹂
﹁うん?﹂
﹁片や、裏切りを平気でこなす天下の大悪党。もう一つは、その大
悪党を倒すことに血道をあげる一大名。﹂
﹁そりゃ⋮それが松永か。﹂
﹁京都近くで敵対していない大名は松永、筒井、畠山、波多野。“
どれが”となると面倒ですが“どれか”とわかっているなら対処は
圧倒的に楽になります。﹂
そして、おそらく松永はそれを理解して織田家に臣従した。殺され
ない方法としては上出来すぎる手だ。さすが梟雄。
あとは、織田が絶体絶命のときに裏切れば、織田は滅んだ上に勝者
に組する事ができる。失敗しても、利用価値がある限り降伏すれば
生き延びられる。チャンスはまた来るのだ。
しかし、松永がいなくなれば、織田家は近畿にいつ裏切るかわから
ない大名を放置することになる。しかも、名目上は臣従している以
上、彼らを不当に扱う事はできない。
そして、松永和睦を反織田勢力は察知している。筒井もそれを知っ
ている。
武田が退いた今、反織田勢力に松永の裏切りを止める力はない。だ
が、裏切る松永をエサに筒井が味方にできるなら十分おつりがくる。
筒井にしても、織田に臣従し一度は松永と同じ勢力となった。これ
は、松永を不倶戴天の敵とみていた筒井にすれば断腸の思いでの妥
協。織田への配慮だ。
そして、それをあざ笑うかのように松永は裏切った。もはや、筒井
は松永を滅ぼす事にためらいはない。
しかし、今度はそれを織田が止める。
断腸の思いで配慮した織田にだ。
筒井が織田を見限る理由としては十分すぎる。
137
それがわかっていても、織田が松永を切る事も出来ない。まだ、織
田が全力を差し向けなければならない敵は多く松永の利用価値があ
るのだ。
そして松永亡き後、京に近い大和に憂いを残すわけには行かないの
だ。
これを回避する方法は一つ。
筒井が完全に織田に屈服するしかない。
その指標となるのは何か。
それは、やはり筒井が松永の討伐をあきらめることだ。
そのためには⋮
138
32 梟雄と敵対者︵後書き︶
次回はネタ回です。
139
33 傾奇者
さて、突然話は変わるが、当家には問題児がいる。
﹁慶次郎様。お待ちください!!﹂
その者の名は、前田慶次郎利益。当主 前田利家の甥に当たり、家
中でも重要人物である。
武勇に優れ、見る目麗しく、礼法に詳しく、古書に精通する風流人。
で、何でそんな彼が米俵を担いで逃げ回り、そして、我が腹心の勝
豊君がそれを追いかけまわしているのか。
まあ、ほとんど風物詩となりつつある。前田慶次郎事件簿のひとつ
だ。
もう、ここ最近の日野城の話題独り占め、喧嘩、大酒飲み、恐喝、
盗み、危険走行︵騎馬︶、夜間の馬鹿騒ぎ。と、素敵すぎるDQN
行為に、殿をはじめ重臣一同頭を抱えている状況である。
オレ?オレは楽しく見物しているよ。だって、当事者じゃないもん。
問題解決も後始末も殿と重臣達の仕事で、せいぜいチョロマカシた
分の帳面の修正程度。当事者の勝豊君は大変だけど、オレの仕事は
慰める程度です。
対岸の火事って、いいね。見ていて楽しい。聞いて可笑しい。
⋮そう思っていた時期もありました。
140
﹃ハゲて候﹄
お前、こんな事を頭に書かれたまま、公衆の面前で1日過ごしたこ
とあるか?
あ?犯人?あいつに決まっているだろう!!
朝、登城したところで、その犯人に出会ったのだが、完全に油断し
ていた。その時あの野郎。手に具足一式を持って、こういいやがっ
た。
﹁三直殿。三直殿の具足を改めましたが、これでは、戦のときに思
わぬ不覚を取りましょう。それがしが直しましたゆえ。着てみてく
だされ。﹂
なんて、言うわけよ。
最初は、鎧を着るのを手伝いますとか言っていたけど、さすがに殿
の甥っ子にそんな事をさせられない。自分で鎧一式をつけたわけ。
うん。確かにオレの具足︵元荒子城備品︶って、足軽用+αの粗悪
品だったわけだが、武士になるに当たって、いろいろ追加パーツを
つけたりしたわけだ。その部分を、きれいに調整してくれたせいで、
一見するときちんとした武士の鎧になっていたのよね。
オレは感激したよ。
ますらお
﹁おお、これはすばらしい。慶次郎様。ありがとうございます。﹂
﹁いや、なに。立派な益荒男でございますな。では、どうぞ。﹂
ガポッ。
141
と、慶次郎は手に持った兜をかぶせた。
この時だな。間違いない。ってか、このとき以外にありえん。
兜の内側に墨を塗って置いたか。
なるほど、なるほど⋮
やってくれた喃、やってくれた喃、前田慶次郎利益!!
その行為。宣戦布告と判断する。当方に、復讐の用意あり。
覚・悟・完・了!!
帰ったら、加奈さんに爆笑された上に、その後怒られた。
つまり、もうあいつに容赦する必要はないということである。
142
34 捕り物対決
1ヶ月ほどたち、オレの作戦は想定以上の利益を与えてくれた。
慶次郎のチョロマカシ行為は、定期的に行われている。
そのつど、部下の勝豊君がサスマタ片手に飛び出していくのだが、
残念ながら勝豊君の勝率は高くない。3∼5回に1回勝てる程度の
勝率だ。
イニシアティブは常に向こうにある上、強硬手段に出られないのが
ネックとなっている。勝豊君も、蔵の近くに仮設番所などを設置し
て対抗しているが、そもそも、日野城は篭城を想定し、兵糧を分散
して保管している。
つまり、慶次郎側はどこを狙うか決められるのだ。しかも、現行犯
逮捕以外だめなので、慶次郎の偵察をとどめる権限を持ち合わせて
いない。
殿の甥っ子という権力をフルに発揮しての悪巧みである。
堀のない山城である点も、慶次郎に有利だ。逃走経路の幅が増える。
城は外からの侵入には最大限の効果を発揮するが、中から逃げるも
のへの備えは、あまり想定されていない。
そのため、勝豊君には事後申請となるが、周囲の足軽の臨時使用が
認められている。無論殺傷は不可とした上でだ。
ちなみに、物資を捨てて逃げた場合、引き分けとなる。
さて、ここまできて私のとった策は、簡単である。
まず、事件が始まると、有志により﹁ほ∼い、ほ∼い﹂と声が上が
る。
そして、その瞬間から始まる。
143
前田 慶次郎
﹁慶次郎Vs勝豊 捕り物勝負﹂
◎
●中野 勝豊
勝率は、勝豊君側の使用した足軽の数で変動する。開始は未定のた
め、勝豊君がどれだけ足軽を集めて、迅速に慶次郎を捕まえられる
かが勝負である。
最初は選別された重臣達だけのはずが、あれよあれよという間に、
足軽連中の娯楽にまでひろがってしまった。︵なお、捕り物に参加
した足軽は、賭博不参加となるルールである。︶
今では、捕り物勝負の開始を肌で感じとる猛者まで現れているらし
い。
つまり、胴元であるオレウハウハ。
捕物に参加した勝豊君&足軽の食事に一品or差し入れのお酒をつ
けても、十分な利益が出る。いや、もう笑いが止まらないね。
﹁貴方達、なにやっているんですか?﹂
バ・レ・た!!
オレと殿は、奥村様の前で正座している。
﹁まて、奥村。これはトシに言われて、仕方なく黙認しただけで。﹂
144
﹁ちょっと、殿。あなたノリノリだったじゃないですか!?﹂
﹁知らん。わしは知らん。﹂
﹁嘘だ。殿がこの案を出して、私は仕方なく取り仕切っただけだ。﹂
﹁トシ!?貴様!!﹂
﹁私はすべて調べてからここに来ています。﹂
﹁﹁申し訳ありませんでした!!﹂﹂
こうして、二人そろって、お説教を受ける羽目になった。
﹁で、何の目的があったわけです?﹂
﹁は?﹂
﹁とぼけなくてもいいです。すべて調べてあるといったでしょう。﹂
あ、そこまで調べられていたわけですね。
実際、今回の顛末は、オレと殿の共犯による作戦である。
なんて事はない。慶次郎が盗んだ物資をどうしているか調べた結果
である。
前にも話したが、日野の生活は豊かではない。当然、生活にあぶれ
るものが出てくる。孤児、流民、戦傷者。慶次郎はそんな彼らに物
資を持って行き、あるいは換金して分け与える。又ある時は、虐待
する乱暴者を懲らしめ、食い物にしようとする悪徳商人を叩きのめ
す。そんな感じで、義賊とか正義の味方的な行動をしていたのであ
る。
もちろん、そんなものは焼け石に水ではあるが、元来の目立つ風貌
もあり、日野の貧民や庶民の間では、慶次郎は人気者であった。
残念なことに、日野城主としてこの問題を解決するだけの余力はな
く、どうせなら、このまま人気者にしちゃおうぜ。という話の元、
145
今回の仕儀となったのだ。
ちなみに、慶次郎のこの行動は城内でも有名で、捕物賭博参加者常
連には、この物資の行き先を知っているものも少なくない。
その為、城内でも慶次郎の手伝いを喜んでするものがおり、その行
いを生暖かい目で見ているのだ。
ククククク。雨の中、子猫を救う不良。フラグは立つかもしれない
が、しかし不良として、その評判ははたしてどうかな?
貴様の黒歴史の認知度を上げるの策。これぞ、我が復讐。
貴様が己の行いを黒歴史と認識した時には、すでにその行いは周知
事実なのだ。将来布団の中で悶絶するがよい!
﹁まあ、これで身持ちを崩す者が出ないようして下さい。﹂
﹁奥村。そこは心配いらん。トシにその点は、十分注意させている。
﹂
﹁私の調べでは、一番負け額が多いのは、恐れながら殿となってお
ります。﹂
﹁え?トシ。まことか?﹂
﹁残念ながら、事実です。﹂
﹁!?﹂
殿は穴狙いが多い上、ここぞと言う時に、本命に賭けて外れるから
ね。しかも、一回の掛け金の額も基本多い。
﹁とはいえ、娯楽の提供と、民の慰撫という意味で一定の役割を負
っています。非公式にですが、このままにしておきましょう。﹂
﹁さすが義兄上。話がわかる。﹂
﹁きちんと収支を記録して報告してください。﹂
﹁oh⋮﹂
146
家に帰ったら、義兄上経由で加奈さんにばれていて、再びお説教さ
れることになった。
謀ったな義兄上!
ちなみに、おまつ様にもバレていたらしい。
合掌。
147
34 捕り物対決︵後書き︶
ネタ回は以上です。
148
35 北畠具豊
殿と奥村様と協議をし、最終的に大殿の許可をもらって筒井対策を
取る。
そして、その準備として、オレは伊勢志摩を支配する北畠具豊の元
を訪れたのである。
前にも話したが、北畠当主の北畠具豊は、織田信長の次男である。
侵略したあげく、後付けで自分の息子を養子︵強制︶にして、支配
するという力技で手に入れた土地である。
当然、その内情はピリピリである。荒子城とレベルが違う。
現段階で具豊は家督を相続していない。彼の義父にして、織田に降
伏した北畠具教が当主なのだが、すでに形骸と化し具豊が我が物顔
で統治している。
具豊君の選択肢に﹁慰撫﹂って言葉があるのか激しく疑問です。
敵意煽っているようにしか思えん。
まあ、他家の事なので、知らんけど。反乱だけは勘弁してくれよ。
ここが反乱されると、長島の比ではない。
そんな旧臣連中がいる所に、織田家家臣として乗り込むわけだから、
敵意がすごい。しかも、織田家の家臣は家臣で、オレに何かあれば
大殿がやばいと、やっぱりピリピリ。
もう、荒子城が蠱毒の壺とかってレベルじゃないね。溶鉱炉だよ。
未来から来た液体金属ロボットも溶けるくらいだよ。マッチョロボ
ットがサムズアップで沈んでいくぞ。
評定の間へ通される。
149
あれだ、空気って重さがあるんだな。体感レベルで空気が重い。き
っとここに、重力発生装置あるよ。たぶん、野菜王子とか頑張って
修行しているに違いない。
と、ギャグを言って心の中の空気を和ませたくなるほど空気が重い。
﹁して、前田殿の配下の方が、何のようか?﹂
顔を上げた先にいるのが、大殿の次男にして、北畠の︵実質︶当主
北畠具豊である。
平伏から顔を上げる時に、床についた手の筋肉使ったよ。こんなの
初めてだ。
****************
顔を上げる坊主頭を見て、苦虫をかみしめるように用件を聞く。
聞くまでもない。どうせ厄介事なのだ。
実家を放り出されて4年。こんな陰気な場所で、日々を過ごさねば
ならない自分の身を何度呪った事か。
﹁はっ。本日はお願いしたき事があってまいりました。﹂
ほら来た。あたりまえだ、用がなければ誰がこんなところに来るも
のか。その上、こちらの都合などまるで考えない、自分勝手な“お
願い”と来たか。
﹁この件に関しは、大殿も合意された内容にございます。﹂
だろうな。手回しの良い事で。すでに断られる事はないと決まって
150
いるのだろう。ご威光のように振り回すそれが、虎の威を借る狐で
ある事をわかっているのか?胸糞悪い。伊勢志摩にあっても、家臣
どもの自分勝手な要求になんど、憤りを抑え込んだことか。
﹁その前に、これを⋮﹂
懐から取り出した書状を前に出す。
小姓を介して手に取ると、その中には、物資の一覧が記されていた。
﹁︵そういう事か︶﹂
おおいくさ
父上が近江で浅井相手に大戦をするという話は聞いている。
その為に兵糧を出せという話か。そんな物自分でそろえろよ。どう
せ、兵糧を出したところで、手柄はお前たちの物だ。おれはこの僻
地で、オレの失態を喜ぶ家臣の目を気にしながら、生きていくしか
ないというのにな。
﹁で、これだけ用意すればいいのだな。﹂
どうせ、兵糧を出せば家臣どもは騒ぐのだ。かといって父上の命令
を無視することなどできようはずもない。
その内容を察知した家臣どもが色めきだす。
つまり、この恰好のネタが、声を上げるだけの家臣どもを喜ばせる
のだ。
どいつもこいつも⋮
﹁いえ、とりあえず。お納めください。﹂
﹁⋮は?﹂
151
坊主頭が、ニコリと笑った。
152
36 平和なデスマーチ
日野の周辺は山岳地帯である。
このあたりは平野が少なく、大規模な城を作る事に適していない。
そのわずかな平地に集落を作って生活している。だから忍者の里の
ように独立集団が点在できるのだ。
それと同時に、天然の要害といってよい複雑な地形をしており、僅
かな手間で簡素な防衛施設を作る事が出来た。
その為、南近江を支配していた六角家が、敵対する三好に対抗する
ために、無数の砦や付城を作っていたのだ。
日野から大和との国境の間や、伊賀との間には、実質関所のような
防衛施設が二つある。一応は砦なので、若干名だが兵士も配置して
ある。
大和からの積み荷の関所だったのだが、織田信長の楽市楽座のつい
でに関所の廃止もされている為、今ではほんど形骸化している。
ヒャハー。年貢の季節だ∼!
日野城での初の年貢徴収である。
天正元年八月に浅井︵ついでに朝倉︶が滅び、近江が平和になり、
北側への懸念は消えた。
後、大和の問題を解決させれば、日野城は平和になるのである。
なのに、なぜか日野では皆が武者姿で兵を引き連れている。
もう一度言おう。八月に近江の浅井家の本拠地小谷城が落ちて浅井
家が滅んだ。
153
さて、ここで戦国時代の転職ランキング。
武士が野盗に転職する理由の第一位は﹃主家が滅んだから﹄である。
南近江の日野城は、身を隠すのに最適な山岳地域への道にある。
つまり敗残兵問題だ。
前にも話したが、内政団はオレがこっそり雇って育てた者達だ︵今
はキチンと正規雇用です︶。当時、武士でなかった俺が雇った者達
なので、彼らの身分も武士ではない。かつて、オレが殿から手当て
オンリーで荒子城に勤めていたように、オレが手当てを払って雇っ
ている役職オンリーの者達だ。
そして、兵を率いる権利は武士のモノです。
野盗が出るかもしれない場所に、兵もなくせっかく育った部下を派
遣したらどうなるか。考えるまでもない。
何人かは三直家に仕える事で苗字を与えたが、名はもらっても実が
ないため片手落ち。名実ともに武士なのは中野勝豊君とオレだけ。
つまり、オレとお前で兵を引き連れデスマーチ。
それだけではない、日野城で敗残兵対策に兵を出す。兵を率いる武
将の年貢はどうするのか?当然、日野城の内政官がフォローするわ
けだ。
つまりオレだ。
筒井対策は殿と重臣の一部しか知らない以上、それを理由に断るこ
ともできない。
154
デスマーチどころじゃねぇ。登用されて以来最悪のデスピカリパレ
ードである。
見かねて助けてくれた蒲生賢秀さん。ありがとう。ありがとう。
ちなみに、蒲生さんの領土は大丈夫だったの?と聞くと。
﹁あの程度なら。﹂
との事でした。
蒲生さんパネェ⋮
155
36 平和なデスマーチ︵後書き︶
次回から、策謀&戦争︵?︶シーンです。
156
37 筒井順慶∼その1
天正元年12月末、多聞山城を織田家に差し出し。松永久秀が降伏
した。
そして、これが対筒井作戦の開始を意味する。
年が明けて天正二年、織田信長より朝倉の領土であった越前の治安
維持の支援要請があり日野城より前田軍が出陣。
当初、前田利家以下重臣一同での出陣を予定していたが、利家が急
病により甥の前田慶次郎を大将として、奥村、村井、木村といった
重臣を連れての出陣となった。
日野城と病気の殿を守るのは、蒲生賢秀である。
その時、筒井は動いた。
それは、伊賀地方からの奇襲であった。
石山本願寺が、その強大な資本力で伊賀に強い影響力を持っていた。
筒井は本願寺との密約により、その力を借りて秘密裏に兵を伊賀に
隠し、織田の目をかいくぐって日野に向けて奇襲を開始。
日野に伊賀上野城より2000の兵が流れ込んでくる。
筒井軍は、抵抗らしい抵抗を受けることなく快進撃を続け、その日
の夕刻には、日野城が見える場所まで到達する。
当主は病に倒れ、半分にも満たない兵力しか持たない日野城は窮地
に陥った。
157
﹁解せぬ。﹂
筒井家家臣 松倉重信は、日野城を前にあまりの進軍に違和感を覚
えた。
抵抗らしい抵抗がなかったのだ。途中の砦はロクに兵はおらず、攻
めるとすぐに離散した。罠かと思ったが、その様子もない。
それでも、ここまで楽に攻められるとは思っていなかった。
織田は弱兵と呼ばれていてなお、この抵抗感のなさは異常であった。
その不安を掻き立てるように、伝令が飛び込んできた。
﹁兵糧が足りません。﹂
﹁バカな。落とした砦の倉はどうした?﹂
﹁た、倉の中には炭や武具、矢弾などしかなく⋮﹂
伝令の言葉に背筋に寒いものが通った。奇襲に際し、速さを出すた
めに余計な荷物を排除している。現地調達すればよい為に、携帯食
など最初に捨てている。
そして、その奪う食料がない!?
通常なら、とっさの籠城に備えるために、砦には兵糧の備蓄がある。
落城した際の潜伏先、あるいは戦の際の前哨基地として一定量を確
保しておくものだ。他国との国境線の砦で、兵糧がないなどありえ
ない。
それが空であるという事はどういう事だ?
今は、それよりも対処だ。筒井の領土は遠くない、すぐに兵糧は届
くだろう。
﹁す、すぐに殿に手紙を書く。﹂
手紙を書きながら、頭は別の回転をする。
158
なぜ、備蓄がないのか?奇襲に対し、織田兵が各砦の兵糧を回収し
たのか?不可能だ。確かに策として有効ではある。兵法書にもそう
いう策があるのは知っている。だが、今回の奇襲は機先を制してお
り、織田にそのような時間的余裕はない。
背中の寒さが全身へと広がる。汗が張り付き、凍えるように肝が冷
えていく。
そんな時間はなかった。という事は、織田は事前に各砦から兵糧を
引き上げたという事だ。
なぜ?
きまっている、それは“策として有効”だからだ。
奇襲のために、少しでも軽くした筒井軍は、当然邪魔な兵糧など用
意していない。奇襲に次ぐ奇襲で、一気に駆け抜けた疲労は言わず
もがな。
そして、兵糧が届くのはどれだけ急いでも、一日はかかる。明日の
夜か、明後日の朝か。つまり、明日になれば奴らは間違いなく襲い
掛かってくる。こちらの兵の数が多いとしても、長距離を走狗し、
疲労を貯め、食事も満足に取れていない状況で、まともに戦えるわ
けがない。
人は一日くらい食べなくても死にはしない。だが、食べなければ確
実に弱る。
いったん戻って、落とした砦に入るか?
だめだ、そんな事をすれば、奴らは間違いなく砦を囲む。
少ない人数で砦を囲む。そして、筒井からの道を封鎖する。それで、
終わりだ。兵糧のない砦に籠城など自殺行為に他ならない。
その時、松倉の視界に見慣れぬ煙が見えた。
159
﹁あの煙はなんだ!!﹂
﹁注進!﹂
﹁後方の砦に織田兵が入りました。その数500。﹂
﹁バカな!?﹂
500もの兵を見逃すわけがない。間違いなく偽兵だ。
﹁松倉様!日野城より、陣太鼓が打たれております!!﹂
﹁この夕暮れに出陣!?そういう事か!!﹂
基本的にこの時代は夜に戦を行わない。視界が悪く同士討ちが起こ
る上、混乱しまともに戦う事が出来ないのだ。夜が来れば、陣を引
き上げるのが常識となっている。
明らかに、数の少ない城方の出陣の意図を、松倉は明確に悟った。
後方の砦の兵が偽兵である事を悟らせないためだ。
このまま、夜まで戦闘が続き双方が引けば、お互いに戦傷者の確認
と部隊の再編成が必要となる。夜の暗闇で、それをするのは容易な
ことではない。
そんな状況で、後方の砦の確保に行く事はできない。最も危険な敵
前よりの撤退で、再編成のできてない烏合の衆など、後ろから攻め
てくださいと言わんばかりの愚行である。
間違いなく、砦を奪回する事はできない。
そして、後方の砦が織田の手にある以上、後方より兵糧を入手する
事はできない。たとえ、それが500でなく300であろうとも、
いや100しかいなかったとしても、足の遅い兵糧を運ぶ兵には、
致命的といっていいだろう。
そして、砦を攻めるだけの兵を備えて兵糧を出すには、どうしても
数日かかる。致命的な数日がかかるのだ。
﹁迎撃態勢を取れ。敵は本気で攻めかけるつもりはないぞ。﹂
160
わかっていて、どうしようもない。向こうの目的は日没までの足止
め。こちらが本格的に攻めかかれば、城に逃げ帰るだろう。そして、
それを追えば攻城戦が始まる。兵糧のない攻城戦で勝てるわけがな
い。
ジャーン!ジャーン!
夜に鳴り響くドラの音。
﹁徹底しておるわ。﹂
それを聞きながら、忌々しげに松倉がつぶやく
中国の古書にある。籠城している兵を眠らせずに威圧させ、疲労を
蓄積させる策。よもや、城にこもる側からされるとは思ってもいな
かった。
鬨の声、陣太鼓、時には拍子囃子までが鳴り、城内からは炊事の煙
まで上がる。その匂いはここまで届いている。深夜のこの時間だ。
それに対して、筒井軍ができる事は何もなかった。
周囲の村に強奪に出た者達もいたが、帰ってきた者がいない。それ
が更に筒井の陣を不安に陥れている。
そして、日が昇る。
﹁では、後はお願いいたします。﹂
﹁トシ、それはこちらのセリフだ。﹂
161
馬に騎乗し完全武装した槍の又左︵仮病︶が、俺に笑いかけて出陣
していく。殿と出るのはより分けた精鋭700の兵だ。敵は200
0。状況的には二倍以上の敵に攻めかかるなんて無茶ともいえたが、
ここではそうでもない。
1日かけて強行軍を続け、伊賀の国を横断し。そして、食うものも
食えずに連戦。そのまま、夜は寝る事もかなわず、空腹を抱えて朝
を迎えての戦闘である。
年貢の徴収に紛れ込ませるように、砦の物資を運び出し砦の倉を空
にした。運び出した物資は伊勢の北畠に提供。日野城の備蓄に目を
光らせたであろう筒井だが、伊勢志摩までは見ていなかった。
そして、提供する物資の代償に北畠に援軍の要請をし、さらにその
支配下である甲賀の里に略奪に出た筒井軍を個別撃破するように頼
む。日野南の山岳地帯は甲賀のおひざ元で、地の利はこちらにある。
大和の兵では対抗するすべはない。
そして、これらの要求も北畠に提供した物資の量を考えれば、微々
たるもの。楽な作業である。
こうして、WIN−WINの関係で奇襲部隊を倒す。
筒井が裏切るかもしれないのなら、いっそ隙を作って裏切らせてし
まえばいい。筒井は戦国大名であるが故に、相手の隙を見逃せない。
筒井の目から北畠を外し、弱った日野を見せて待てばいい。
こちらの準備は砦からの食糧搬出だけなので、いつ筒井が来ようと
対応できる。甲賀忍者は、そもそも舞台となる日野南は甲賀の地元
だ。用意もなにも必要ない。
まあ、その為にオレはデスピカリパレードだったわけよ。砦の物資
の搬出&北畠への輸送+他の武将の年貢徴収補佐+残党討伐&警戒
しながら年貢徴収+α。
162
物資搬出&北畠へGOは勝豊君にすら秘密の作戦だったので、助力
を得る事が出来ずにソロで⋮本当によく生きていたな。
蒲生さんありがとう。
オレのトラウマっぽい思い出はともかく、突撃する殿の主力に筒井
軍は果敢に戦っている。もっとも、退路は︵見かけ上︶ないし。死
力を尽くすには体力が足りない。
さらに、周辺に潜んでいる甲賀の忍者が、撹乱攻撃を続けており、
注意力を失った軍の統率はボロボロだ。
そして、すでに伊勢志摩から北畠の援軍は出発しており、今日中に
は合流できる予定である。
つまり、時を味方につけた天の理。敵を疲労困憊にする事で人の理。
後方を断ち包囲する事で地の理を得た。まさに三位一体の計!!
とかカッコよく言ってみたけど、そもそも北畠の援軍だけでいいわ
けで。前田家700+北畠援軍3000>筒井2000。籠城して
援軍待つという王道で勝てるのだ。他の策はオマケだオマケ。
﹁算多きは勝ち、算少なきは敗れる﹂たしか、孫子に書いてあった
な。ま、普通に勝利で、オマケで大勝なら十分さ。
前田利家の本隊は、筒井奇襲部隊を蹴散らした後、駆けつけた北畠
援軍と合流し、そのまま上野城へ進軍。奇襲部隊として出撃した為、
少数の守備兵しか残っていなかった上野城に対抗する手段はなかっ
た。
織田軍は堅城上野城を攻めることなく周りを囲み。筒井居城大和郡
山城からの道を封鎖して数日後、明智光秀経由で筒井家から休戦の
申し出が織田にやってきた。
163
38 筒井順慶∼その2
﹁上野城を手放すことは確実でしょう。﹂
上野城は、落城こそしていないが織田が本気で攻めれば持ちこたえ
る事は不可能であった。
﹁それが分かっているから、攻めなかったのでしょうな。﹂
筒井家家臣 島左近がうなる。孫子にも、城を攻めるのは悪しき一
手と書かれている。
攻めずとも手に入る確証があればこそ、城を囲むだけで終わらせた
のだ。最後まで、冷静に対処している。前田利家は恐るべき敵であ
る。
﹁上野城をとられてなお、松永を攻める事はできるか?﹂
﹁⋮﹂
当主、筒井順慶の言葉に、家臣一同が沈黙する。難しい状況であっ
た。
織田に臣従する松永を討つ事は、織田と戦う事を意味している。そ
こで、筒井は本願寺に協力を取り付ける事に成功した。
松永を討てば、大和の国が手に入る。大和の筒井、雑賀、根来、そ
して本願寺の連合、十分織田と渡り合える。
その時間を稼ぐために日野城を攻めた。日野城を落とし、近江に楔
を打ち込めば、織田はそれを取り返さねばならなくなる。その時間
差で大和を取りこみ、万全の態勢を整える。
しかし、その策はまさかの第一手目で致命的な失敗をしていた。
164
そもそも、伊賀上野城は筒井の城ではない。本願寺のバックアップ
の元で、橋頭保として確保したに過ぎない。
それを差し出す以上、本願寺と伊賀に対し、筒井は大きく信用を失
ったことを意味する。
﹁上野城から大和郡山城までの砦を織田に差し出しましょう。﹂
島の言葉に、筒井以下家臣は目をむく。
﹁バカな!?砦を織田に渡せば、この郡山城の喉元に槍を突き付け
られたも同然ではないか!﹂
﹁策にござる!﹂
﹁島?﹂
﹁居城でもある大和郡山城までの砦を織田に差し出すという事は、
大和東部が織田の支配下にはいるという事。つまり、織田は大和東
部を守るために、兵を配置する必要がございます。不安定な伊賀を
はじめ、こちらに親しい寺社勢力のある大和東部。それを警戒しな
ければならない織田への負担は増えまする。﹂
島は言葉を続ける。
﹁時至り、松永討伐の際は大和を取り返し上野城を落とした後、取
って帰り松永を攻めるのです。﹂
﹁⋮可能か?﹂
﹁大和東部の興福寺の勢力があれば、大和東部を取り返すのは容易。
伊賀にしても、独立独歩の伊賀が、そうやすやすと織田に組みする
とはおもませぬ。大和を取り返した勢いで、伊賀の支援を受け、伊
賀上野城を落とす。﹂
﹁織田がそれを黙っているとは思えん。﹂
﹁それが出来る時は必ず来ます。織田が即座に援軍を送れぬ時。す
165
なわち、本願寺、三好、毛利あるいは武田、上杉。天下布武を目指
す織田がこれらとの戦いにおいて、全軍をもって対峙する時が来ま
す。そうなれば、大和と伊賀の兵すら必要となります。その時まで
⋮﹂
﹁臥薪嘗胆か⋮﹂
筒井 順慶は、そう呟くと目を閉じた。
そこに伝令が来る。
﹁殿。織田家より使者がやってまいりました。日野前田家家臣 三
直豊利と名乗っています。﹂
﹁⋮うむ。通せ。﹂
1か月後、休戦締結後の織田の動きに、島は己の策が根本より瓦解
したことを知る。
織田によって伊賀上野城が解体されているのだ。
その意味を島は明確に察知した。
織田家の目的は、筒井家の反織田勢力からの信用を失墜させる事に
あったのだ。
伊賀上野城の譲渡。そもそも、伊賀上野城は筒井の城ではない。
おおやけ
本願寺が伊賀より内々に受け取り、それを密約で筒井に使用させた
もの。しかし、そのすべてが公にされないものでもあった。伊賀が
中立の立場であったがゆえに、これらは内密の話であった。
結果、事実として残るのは筒井がこの城に入っていたという事だけ
166
だ。つまり、これは伊賀から筒井が手に入れた城であるという現実
だけだ。
所有権は公式には筒井のものであり、織田は当然それを要求する。
本来の持ち主からは文句は出せない。名目上中立の立場である伊賀
が、反織田に組したとは言えないのだ。
そして、その城を奪われる。これは、本願寺や伊賀にすれば筒井の
失態だ。
しかし、それは取り返すことはできた。伊賀上野城を奪還する事で、
その失態は挽回できた。島はその為に、不安定な地を差し出すこと
で、織田に負担を強いて、取り返すべき大和と伊賀で織田の弱体化
を狙った。
そして、その策は崩れ去る。
そもそも織田は、不安定な土地を統治するつもりがなかったのだ。
伊賀上野城を破壊したことで、取り返す目標を筒井は失った。信用
を回復させる手段を失った。
伊賀上野城に兵を入れない以上、伊賀はこれまでどおり中立の立場
を続けるだろう。
大和東の織田兵にしてもそうだ。それを奪ってどうするか?どうに
もならない、筒井が旧領を回復させても、本願寺や伊賀は何の評価
もしない。そして、彼らの協力がなければ、松永を討つことはでき
ないのだ。
ギッ。
床がきしみ、筒井家当主筒井順慶が現れる。
島はその場で平伏した。
167
﹁殿。申し訳ありません。この責任は⋮﹂
﹁よい。﹂
島の声に、覇気のない声で主君が答えた。
﹁よいのだ。島よ。元々此度の件は、わしのわがまま。止めるお前
たちを無視しての戦であった。﹂
そもそも、今回の奇襲において島は反対の意見を上げていた。
隙が出来たとはいえ、織田の力は強大だ。離反して松永を攻めるな
ら短期決戦である事が必須である。本願寺の援軍があったとしても、
短期で松永を落とせる保証はなかった。
その為、島は織田が全軍を必要とするときまで待つべきだと提言し
た。
その意見を退けて決行したのは筒井順慶なのだ。
﹁思えば、お前の言う通りであった。時を待つべきだった。﹂
﹁いえ⋮﹂
それを退けた理由は、ひとえに筒井の欲にある。
松永をこの手で討ちたいという欲だ。
すでに、松永久秀は60を超える高齢だ。いつ死んでもおかしくな
い。一刻も早く、松永の首をこの手で取る。その焦りが、今回の筒
井の行動を生んでいた。
﹁もう良いのだ。織田に人質を出し降伏する。﹂
﹁殿。﹂
もはや、筒井に反織田へ与する意味がない。与した所で、筒井の影
168
響力は弱いだろう。松永を討つとしても、反織田勢力が筒井に配慮
する必要はなく、ただ単に反織田勢力が松永を討つという形になる
だろう。
筒井が松永を討つなら、再び松永が織田を裏切り、それを討伐する
時だ。せめて、その時一翼を担う。降伏する最後の願いとして、求
めるしかない。
﹁これからも、苦労を掛ける。﹂
穏やかに笑う主君に対して、涙ながらに島は頭を下げた。
169
38 筒井順慶∼その2︵後書き︶
分かりづらいかもしれないので、筒井の状況を簡潔にまとめる。
伊賀﹁ウチは中立で、反織田じゃない。上野城は筒井に取られたん
だ。︵内心:貸しただけなのに、なんで城取られてんだよ!︶﹂
本願寺﹁レンタル料払ったのオレなのに、何してくれんだこらぁ!﹂
筒井﹁まって、取り返すから。上野城すぐ取り返すからそれでチャ
ラにして。﹂
織田﹁だがオレのターン。上野城を墓場に捨てて、廃城。更地にな
る。﹂
筒井、本願寺 、伊賀﹁あっ⋮﹂
筒井君。反織田勢力からハブ決定!
織田でおとなしくしていろ なっ ↑いまココ
こんな感じ︵ネタが古⋮
170
39 後始末と褒美
黄金には魔力がある。
箱を開けて、中にギッシリ詰まった黄金がキラリと光ったのを目に
した時、本当に生唾飲んだよ。
筒井が人質を出して降伏し、殿は岐阜に呼ばれた。
重臣一同はまだ越前。蒲生さんは伊賀上野城解体を頑張っており、
北畠勢は伊勢志摩に帰還済みだ。
つまり、
日野城城代 三直豊利である。
全然うれしくないです。
なんでかって?今回の件の後始末が終わってないのです。
今回の罠の為に、大和と伊賀方面の砦や付け城の兵糧を北畠に提供
したのですが、元に戻す作業が待っているわけです。
ここで、今回の作戦で秘密裏に暗躍した状況が重要になってくる。
つまり、オレが秘密裏に兵糧輸送したので、その後始末が出来るの
はオレだけ。
城代とかで悦に浸っている余裕がないです。
日野城の備蓄からこれら砦に物資を送るとなると、日野城の備蓄が
足りなくなる。となれば、購入するしかないのだが、そのための資
金をどこから捻出するか。
171
しかも、これって安く売った米を高く買い戻す計算になるんだよね。
ああ、忌まわしき損失。しかも、確保する量を考えると荒子城の比
ではない。
数年がかりの購入計画を立てるか。とりあえず、日野城の古米を砦
に送るようにして当座をしのいで、次の年貢から積み立てて⋮収入
が⋮経費を抑えられるところは⋮
越前に行った兵が戻ってこなければ経費削減に⋮
﹁三直様。﹂
はっ!?
危うく帳面のダークサイドにはまりそうになった所で、小姓に声を
かけられて我を取り戻す。
殿が帰ってきたらしい。出迎えに行こうと部屋を出ると、廊下の向
こうから殿が歩いてくる。
顔色真っ青。脇に大事そうに木箱を抱えている。
無言のまま評定の間へ進む。他の武将が出払っているため、オレと
殿だけだ。
オレの前に木箱を置くと、一瞬ためらった後、意を消してふたを開
ける。
中には、ぎっしり詰まった金板が並んでいた。
⋮なにこれ?
172
﹁お、おお、大殿、から、大殿から⋮﹂
殿。テンパりすぎ。
﹁お、おち、おちつ、おち⋮落ち着け。﹂
いや、ちゃうねん。あのね。心臓がバクバクいうレベルじゃなくて、
逆に、鼓動止まったんじゃないかって感じのショックなのよ。ショ
ックで心臓泊まるって実感できるよ。
いや、もう二人して箱を覗き込んで時間止まっているよ。
﹁殿。白湯をお持ち⋮﹂
バタン!ドタドタドタ!!
小姓が白湯を持ってきた瞬間、殿は箱を閉め、その上に座りこみ、
オレは小姓との間に入り、まるで視線を遮るように両手をバタバタ
と振る。
小姓の目が点。
そりゃそうだ。木箱の上に座り込んだ殿に両手をばたつかせるハゲ
の家臣A。
これで自体を認識できたら、お前今から軍師だよ。
﹁あの⋮﹂
﹁さ、白湯。白湯だな。うん。そこに置いておいて。うん。﹂
﹁うむ。ようやった。大義であった。﹂
﹁⋮はあ﹂
困惑の表情を隠しきれない小姓。部屋の入り口から、その離れてい
173
く後姿を確認し、廊下の向こう側に見えなくなるまで監視。いなく
なってから、いまだ、木箱の上に座る殿の方を向く。
なぜか無言でうなずき合う。
越前の治安維持支援に向かった重臣一同はまだ帰ってきていない。
蒲生さんは上野城解体の指揮をしている。北畠の援軍はとうの昔に
伊勢志摩に帰還済みである。
とりあえず、黄金が見えなくなったので、冷静さを取り戻す。
﹁どうしたんです?これ?﹂
﹁大殿から褒美としてもらった。﹂
﹁ほかに何か言っていませんでしたか?﹂
﹁大殿から、書状ももらった。﹂
﹁書状はどれです?﹂
﹁⋮忘れた。﹂
﹁あんたアホですか?﹂
﹁無茶いうな。これを見た後だぞ!!﹂
なぜかすごい説得力を感じた。
殿と一緒に岐阜に行った小姓が、書状を持ってきたのはすぐ後であ
った。
この黄金は、対筒井作戦の褒美と必要経費。
174
そして、筒井対策の条件であった、日野経由の商業路開通の経費の
前渡分しだそうだ。
⋮え?商業路開通もオレがするの?
175
40 零からの商業路
とりあえず、上野城解体中の蒲生 賢秀さんを呼んで、事情を説明
する。
箱の中身に一瞬動きが止まったが、魅入るようなこともなく、蓋を
閉じる。
﹁人員ですが。﹂
﹁⋮は?﹂
﹁商業路開通の人足の件ですが。﹂
﹁あ、ああ。﹂
すごい。普通に話し始めた。蒲生さんパネェ。
残念な事に、蒲生さんも城の改修などの経験はあるが、商業路に関
する知識はなかった。ただ、人足に関しては、先の野盗化して捕ま
えた浅井残党を使って作業させてはどうかと提案された。
その人たちが今何をしているかって?いま、上野城を解体している
よ。
その後、木箱のある評定の間で寝ると言い張る恥ずかしい主君を蒲
生さんが一喝し、伝家の宝刀であるおまつ様を呼んで、主君っぽい
ものを回収してもらうと、蒲生さんに箱を城の倉に納めてもらった。
オレ?箱を持とうとしただけで足が震える人間には過ぎた物である。
少市民な自分が恥ずかしい。
さて、当たり前だが、俺にも商業路をどうすればいいのかなんて知
識はない。
176
ただ、なかなか眠れなかった間、延々と考えていたのだが、最終的
にできた案は、至極簡単な物であった。
﹁商人に聞いてみればいいじゃん。﹂
さっさと思いつけよオレ。
とりあえず、空にした砦の物資を戻すのと、北畠に提供した物資の
補充をしなければならない。
その際に、日野経由で長島へ行く行商人たちに話を聞けばいいんだ。
実際に歩いている人間なら、不便な点や大規模移動を阻害する要因
を聞けば、それを改善させる方向で、商業路の改善を行えばいい。
﹁となると、地図か⋮﹂
当たり前だが、地図とは軍事機密である。地の利が戦術を有利にす
るのは基本の基本で、そのため、詳細な地図は最高機密に属してい
る。
そして、その為の最大のネックが
甲賀の里。
日野の南から長島の間は、甲賀忍者の庭である。筒井戦の時は、そ
れを使って彼らに少なくない打撃を与えている。
その最大の利点である地の利を、甲賀が捨てられるのか?
いくら、織田家に屈服したといっても、完全にはその支配を受け入
れてはいない。
それを守るために、離反する可能性も十分ある。
﹁地道に交渉ですかねぇ⋮﹂
177
﹁あなた様?まだ寝ておられないのですか?﹂
起きてきた加奈さんを布団に引っ張り込んで、今日はもうおしまい
にしよう。
178
41 目加田の座
甘かった。
正直、甘く見ていたわ。
商人の貪欲さを。
米商人に話をつけた際、雑談レベルで行商人を紹介してよと話をし
たら︱︱
空気が変わった。
いや、ホントに、空気が変わったよ。商人さんの表情は変わってな
いのに、存在感が変わった。ガチモードにスイッチ切り替わってい
る。え、何この切り替わり。この商人さん後二回くらい変身残して
いそうな勢いだよ。﹁この商品の代金は53貫です。﹂とか言うの
か?
そのまま帰る事すら許されず︵目配せで出口に番頭がスタンバった
!?︶。奥に通され、お茶出し、菓子出し。至れり尽くせり。
1刻後、籠に乗せられ運ばれた先で通された部屋には、正装した人
たちがズラリ勢揃いでガチモードである。
ラウンドワン。ファイト。とか言ったら、今すぐバトルロワイヤル
しそう。
一番上座にいる老人が、軽く頭を下げて挨拶をする。。
﹁目加田の座の主をしております。﹂
179
あ、ヤバイ。これは呑まれたら終わる。光琳和尚の玉砂利正座説教
モードレベルだ。
目をつぶり、大きく息を吸う。ここは岐阜城。ここは大殿の謁見前。
心の中で言い聞かせるように、息を吐く。
目を開く。
﹁はじめまして。日野前田家家臣 三直豊利です。﹂
﹁さて、長島まで、道を広げると聞きましたが。﹂
﹁左様。岐阜の大殿から指示を受けている。﹂
周囲で息をのむ音が聞こえる。
﹁何故に?﹂
﹁日野と甲賀は、その地所故に貧しい。だが、貧しさの元となる地
所に目をむけた話。目加田より長島への道を切り開けば、美濃尾張
を縦断することなく海に出る。﹂
﹁10年はかかりますぞ。﹂
﹁否。最前に難所の改善を行う。その後、順次不便を改善させる。
不完全であろうと道は道。通れぬ道理はない。﹂
****************
ふむ。雰囲気が変わった。
流石に、流されてはいけないとわかる程度の頭はあるようだ。
だが、まだ甘い。いや、若いというべきか。
才はある。10年も鍛えれば店を持たせるくらいにはなるだろう。
180
しかし、経験の差は才では補えん。
早々に、底が見えたわ。
フム、難所を先に改修し、その後で他の場所に手を付ける。悪くな
い。費用は抑えられるし、商業路開通と同時に工事できる。
交易と工事の同時進行で、二度美味い汁をすすれるわけか。
よしよし。米商人はよくやった。この段階で、食い込むことができ
れば⋮
﹁この話は津島にも通す。目加田のみの話でないからな。それゆえ、
必要なものは、お前たちが必要と思うものだ。こちらが用意する以
上の物を用意するなら、それを使う。﹂
⋮こやつ。今なんと言った?
その言葉の意味を理解する。
こやつ。勝てぬとわかり、その身を投げ出しおった!?
それだけならただの愚行。だが、身を投げ出した先は津島商人との
間。
一匹の強者に貪り食われるならそれだけだ。だが、二匹の強者が奪
い合えば、こぼれる量は増える。さらに、強者がお互いを傷つけあ
えば、こぼれる量はさらに増える。
は、ははははは。
見誤ったわ。こいつは商人にしてはならん。間違いなく身代を潰す。
こいつは、奪う側では凡夫。だが、与える側で利益を奪う天稟を持
っておる。
我ら奪う側からすれば甘露にして天敵。
181
才無き者には天敵、しかし才持つものなら正しく甘露。
己の身を賞品とし、津島の商人と鎬を削らせ、その上で利益をよこ
せというか。
面白い!
****************
﹁して、こちらの支援として何を望まれますか?﹂
座の主が身を乗り出して聞く。もう、食い尽くす気満々である。
うん、ごめん。まだ何にも決まってないんだ。
とはいえ、そうとは言えないわけで、そうなると独占による弊害が
出るから⋮そうか。
﹁⋮この話は津島にも通す。目加田のみの話でないからな。それゆ
え、必要なものは、お前たちが必要と思うものだ。こちらが用意す
る以上の物を用意するなら、それを使う。﹂
競合させて、入り札制度で行ってみようか。
最初、コチラの言っている意味を理解しかねたのか、一瞬きょとん
としたが、その内容を理解し始めたのか、困惑する周囲とは別に、
目加田の座の主がニタリと笑う。
ああ、やっぱこの爺さん。まだ変身残していたわ。
182
42 つるしあげ
やっちまったーーーーー!!!
なんか、とんでもない事になっちまった。なにが、﹁それを使う︵
キリッ︶﹂だよ。何にもないんだぞ。
まあ、やっちまったものは仕方ない。とりあえず、津島に行こう。
津島の商人は、最初から最終形態でお出迎えでした。劇場版のお兄
さん状態ですか?
目加田と同じ内容の話しをして日野に帰る。
流石に、越前へ行っていた人たちも帰ってきたのだが、なんか疲れ
切ってない?
何でも、越前で一揆がおこって、治安維持どころではなく、何とか
織田の家臣を救出した所で、戻って良いと言われたらしい。
越前は修羅の国だな。
帰りに目加田の町で、異様なほどの歓待を受けたとの事で、オレは
帰還早々休憩もはさまず評定の間に放り出されることになる。
目加田の商人が俺の名前を出したそうだ。
奥村様他重臣一同お怒りモードです。
ごめんなさい。
そりゃそうだ。
治安維持に行くように命じられて、殿の急病でドタバタしながら越
183
前行って、行ったら行ったで一揆と反乱でグダグダになって︵それ
はオレのせいじゃないぞ︶、帰ってきたら筒井が攻め込んできて北
畠の援軍で撃退して伊賀まで攻め上って、大殿から誉められた。こ
こまではいい。
日野から商業路を伸ばす。これって、元々重臣と﹁やれたらいいで
すね﹂レベルの話をしていただけなのよ。それが、越前から帰って
きたら留守番と殿︵仮病︶が勝手にスタートさせちゃっているんだ
から怒りもするわ。
でもごめんなさい。こんなスタート切るなんて、オレにも想像して
いなかったんです。
平謝りするオレと、怒る重臣。オレをかばおうと口を挟み、飛び火
する殿。
殿、スタートさせたの殿と関係ないんだから、口を出さないで⋮い
や、かばってくれたのはうれしいんですけどね。
結果、二人でごめんなさい評定です。
そんな感じで一通り、お説教も終わり、さて次に商業路設立の話に
なる。
﹁⋮ふむ。妙案ですな。﹂
オレの説明を聞いて、奥村様がうなずく。何人かの重臣は、その意
味が分かっていないようだ。
﹁目加田と津島、双方が談合しないように一定基準を設け、それ以
上の物が提供されればそれを使う。次に、難所から工事する事で、
184
費用の軽減を行う。完成は十年以上先の話になるだろうが、商業路
として利用できるようにするだけなら数年ですむ。﹂
後決めておくことは、各現場担当者くらいなものだ。
おい、なんでこっちを見るんだよ。同時進行で各難所の作業するん
だから、現場担当者が一人じゃだめでしょ。これどう見ても家臣団
一同でかかる仕事だよ。
商業路開発なんてやった事ないって、オレだって未経験の仕事だよ。
現場作業レベルの技術者を雇う必要があるかもしれない。責任者を
前田家家臣で受け持つ形にすれば⋮だから、オレに視線を集めるな。
前田家の領土の話なんだよ。
決める事が増えちまったよ。いっそ、その辺の担当者の紹介を目加
田と津島に頼むか。でも、そうすると両商人のヒモ付きになるし、
一回担当者と面談して⋮
あれぇ?なんでオレの仕事が増えていく流れになっているんだ?
オレ一人ではしないぞ。というかできないからね。いいですね。家
臣の人達にも仕事ふりますからね。
だから、重臣一同そこで視線をそらすなよ!?
﹁越前から帰還早々、お前たちには悪いが、筒井もおとなしくなり
近江も平和になった。大殿の天下布武の為に、この日野を盛り立て
るのは今しかない。お前たちには苦労を掛けるがよろしく頼むぞ。﹂
鶴の一声。殿の宣言により、家臣一同が頭を下げる。
おい、そこできれいにまとめるな。せめて、言質を取ってくれ殿。
185
この話はここまでと、地図と配置を見ていた蒲生さんが、声を上げ
る。︵おい!︶
﹁⋮日野はよろしゅうございますが、甲賀は?﹂
一番の難所である。そもそも、日野の家臣が甲賀の里で差配をする
権利はない。大殿から商業路の差配を任されているが、あくまで事
前連絡と調整があっての話だ。勝手に使えば立派な越権行為である。
﹁そこは、“実”と“利”で話を進めようかと。﹂
﹁“実”は⋮北畠様ですな。﹂
﹁はい。﹂
﹁“利”は?﹂
﹁銭ですな。﹂
186
43 甲賀の実利
伊勢志摩の北畠の居城に再びやってきた。
実利で、甲賀の里の問題を解決させるためである。
で、再び評定の間なのだが、なんだか雰囲気が違う。
前に来た時は、睨まれて、威圧されたのだが、今回はなんか警戒さ
れている。
﹁日野前田家家臣 三直豊利です。﹂
﹁う、うむ。﹂
上座の北畠具豊も、せわしなく扇子で仰いで落ち着きがない。
あれ?オレ前回なんか変なことしたっけ?
﹁まず。前回の援軍の件、誠にありがとうございました。﹂
﹁お、おう。﹂
え?なんで、引いているの?
﹁つきまして⋮﹂
おれが、横に置いた木箱を手に取ると、周囲が反応する。
ザワッ。
え?これ別に爆弾とかじゃないよ。お礼の品だよ。なんで、みんな
身構えているの?
187
﹁⋮大殿より預かりました。褒美の半分でございます。﹂
箱を開けると、大殿よりもらった黄金の半分が納められている。周
囲の家臣団の眉間に皺が寄り思案顔になる。
あの?何か、内部でありましたか?
﹁うむ。﹂
﹁それと⋮﹂
﹁!?﹂
コチラの反応にいちいちリアクションを取ってくれる北畠の人達。
少し楽しくなってきた。
芸人気質とでもいうのか?
*****************
おかしい。変だ。
﹁商業路は甲賀の里を抜ける形で、通っております。そこに金を渡
し、道を整えます。﹂
言っていることはわかる。100歩譲って金を渡して言う事をきか
せるのはわかる。だが、なぜその金をお前が出す?
甲賀はオレの支配地だ。オレが主だ。オレが命令すればいいだけの
話だ。あいつらは従う。従わなければ殺すだけだ。
それでいいはずだ。
それでいいはずだった。
188
﹁さらに、商業路の維持管理と、護衛に甲賀の人員を割きます。そ
の費用は、各村で支払います。﹂
﹁バカな。なぜ、我々がそんな費用を出さねばならん。商人から取
ればよいではないか。﹂
﹁より通りやすい道、より安全な道を商人は求めております。つま
り、それらの努力を怠らなかった場所にはより多くの商人が来ます。
商人が来れば、宿に泊まり、人を雇い、商いをする。その利益で彼
らの費用を賄える。それらを怠る者にまで﹃我々﹄の利益を分配す
る必要があるのですか?﹂
自分勝手な要求をしてくる家臣達。主君の役目はその意見の取捨選
択だ。そう教えられてきた。そう学んできた。
お前はオレを利用するし、オレはお前を利用する。そして、どれを
利用するか決めるのはオレだと。
なぜ、コイツはオレに利用されようとする!?なぜこいつは自分の
利益をオレに差し出す?
﹁この金を甲賀にどのように分配するかは、北畠様にお任せいたし
ます。すべての村に均等に分け、それぞれで盛り立てるのもよろし
いですし、手を挙げた者達に分けて使わせて、競わせるのもよろし
いかと思います。﹂
お前がやればすべてお前の物だ。大殿の命令であるのだから、オレ
に断る力はない。
なぜ、こいつはオレに利益を提供する!?
先の筒井の援軍もそうだ。
北畠家は何も失わなかった。筒井軍は前田軍が蹴散らした。北畠は
合流し上野城を囲んだだけだ。出陣して死傷者皆無。使用した物資
に関しても、日野より提供された量のほんの一部だ。
189
家臣のだれからも文句は出なかった。オレの失敗を願う家臣どもは
皆苦虫をかみつぶした顔だ。織田側の家臣だってそうだ。これにど
んな裏があるかと警戒していた。
その結果がこれだ。
更に恩賞が分けられ、更に利益が出る。
﹁おお、こういってみるのもよいですな。﹃道は一つの村で始まり
終わるわけではない、隣村と協力すれば、より良くならないだろう
か?﹄と。そうすれば、かの甲賀の里も何か変わるやもしれませぬ
ぞ。﹂
﹁⋮﹂
ああ、変わるだろう。元独立勢力の合議制で、まとまりのない甲賀
の里を、この莫大な利益で釣ればまとめる事ができるだろう。その
まま、盛んな商業路を持つものが、最大の力を持つ事になる。その
為の初期投資の選択権はこちらがある。掌の上で、甲賀の里の力関
係を一本化させられるだろう。
それも自主的に。当然、彼らから文句が出る事はない。
なぜ、それを俺に話す。お前がすれば甲賀がはお前の物だ。あの父
上なら、喜んでそれをさせるだろう。
﹁⋮いかがか?﹂
変だ。絶対に変だ。
取捨選択をするのはオレなのに、捨てる選択はなく、取る選択肢だ
けが無数に提供されている。
190
44 大殿にばれた
評定の間に散らばる地図をツギハギしながら、奥村様と蒲生さんと、
すでに燃え尽き気味な殿と一緒に、調べていく。
あの後、こっちが引くくらい目加田と津島の商人から情報がやって
きた。
この地図どう見ても機密情報です。本当にありがとうございました。
どうやって、これを手に入れたの!?日野城にある地図より精巧だ
ったりして、蒲生さんから血の気が引いていたりしたんだけど!?
さらに、目加田と津島を移動する行商人達が紹介状片手にやって来
た。中には両方の町から紹介状もらっている人もいて、困惑してい
る姿が笑えた。
そんなに緊張しないでいいからね。
そんな彼らの話を聞いて、正確な地図を元に、情報を書き込んでい
く。
まあ、当然ともいえば当然だが、日野城から甲賀に抜ける山岳地帯
が、一番の難所である。
あいにく、土木事業の知識なんてほとんどないので、できる事と言
えば、道を広げる。道を増やす程度だ。
で、日野城前田家の家臣団を各難所に派遣する為に人員配備。個人
的には城の改修など土木経験のある人を重点的において、必要資材
はどうするか?過去の城の改修で使用した資材から予想量を割り出
して⋮
小姓がやってきて殿に手紙を渡す。中を読んで一瞬顔をしかめた後、
191
オレの方を向いた。
﹁トシ。書状だ。﹂
あのね。見てれば忙しいってわかっていますよね?
﹁大殿からだ。﹂
Oh⋮
謁見の間に入ると、大殿とは別に知らないオッサンがいた。
とりあえず、作法に乗っ取って礼をすると、大殿から声がかかる。
﹁饅頭。お前、面白い事しているらしいな?﹂
え?この人何言っているの?
金を渡して、やれって言ったのアンタじゃん。
顔を上げると、笑みを浮かべながら一枚の書状を手に持ってヒラヒ
ラしている。
﹁津島からの手紙じゃ。ワシを脅しているようじゃ。﹂
ヒョイと投げられた書状を見ると、その中には﹃街道作成にもっと
津島商人を使うよう圧力かけて頂戴﹄的な事が書かれていた。
﹁目加田と津島に金を出させる算段をつけたか。どうやった?﹂
192
別に変な事はしていない。
値段交渉となるように、利益となる情報を提供したに過ぎない。
コチラの資金は限られているわけで︵正確には寿命と引き換えでお
代わり可︶、少しでも良くするために、どこかから利益を見つける
しかない。
で、目を付けたのが人足に払った給金だ。お金が手に入れば食事を
するし遊ぶ場所があれば遊ぶ。作業場近くにそういった場所があれ
ば、給料がそのままそちらに流れる構図が出来上がる。
人足は楽しい職場が提供される。商人は短期とはいえ商売のネタが
手に入る。こっちの支払額いに影響なく値引きしてもらえる。まさ
に三者お得な状況だ。
ついでに、商業路予定地からあたりをつけて、将来商業路の休憩場
所になる可能性を教えただけだ。これだって、工事の人足の休憩場
所とほぼイコールなので、こちらの手間は最小限でいい。
そうしていたら有力参加者の商人から﹁商業路開通の為に資金︵物
資︶を提供しましょう﹂的な話が来ただけである。先行投資という
奴なのだろう。早く街道設置が出来れば、長期利益を求める人はそ
の分時間経過で利益が出る。先に良い場所を確保しておけば、後か
らくる商売敵に対して有利になると見ているのだろう。
その辺を踏まえて、最終的に安いほうを使う。どうやって値段を下
げるかは商人が考えてくれる。
なにせ、インフラを整えるのがオレのお仕事。そこから利益を集め
るのは向こうのお仕事。
その利益から領民が豊かになる事がコチラの目的だ。
商人の経費の回収方法やそのリスクまでは、知った事ではない。
193
﹁ぷっ。はははははは。聞いたか五郎左。両天秤にかけて口先だけ
で、あいつらに金を出させたらしいぞ。﹂
﹁さすが、ホウスウですな。﹂
ほうねん
誰の事ですか?オレの法名は豊念ですよ?
﹁納得したわ、津島が青くなるはずだ。﹂
まあ日野の難所を重点的に解決しようとしている以上、距離の問題
から目加田の方が有利だ。津島としては黙っていられないのだろう。
だが、工事が津島に近づけば立場は逆転する。まあ、その間にこち
らが目加田と仲良くなるのを警戒したのか?
﹁五郎左。津島とのやり取りはお前がしろ。饅頭。後の事は五郎左
の指示に従え。又左には、ワシから書状を書く。目加田とは今まで
通りお前がやり取りをしろ。﹂
﹁ハッ﹂
え?どういう事?商業路作成はお役御免。このおっさんに全部丸投
げしてイイの?ヤッター。
194
45 DQN名﹃鳳雛﹄
あのおっさんの名前は、丹羽長秀というらしい。
大殿の幼馴染で、尾張の重臣で、桶狭間の前から大殿の腹心。とい
う、設定フルコンボな人だった。ウチの殿より上。大殿が総理大臣
で、ウチの殿がボディーガードなら、この人は大蔵大臣。もう比較
対象の段階で間違っているじゃないか。戦国風に考えよう、ウチの
殿が将軍なら、この人は総司令官。やっぱ比べるのはやめよう。
まあ、そんな大物が付いたせいで、オレの仕事は一気に楽に⋮なら
なかった。
まず、丹羽長秀さん。そもそも、ちょっと前に若狭に領土をもらっ
たばっかり。そこの統治があるのに、こっちの問題丸投げされて、
笑っていられる超大人物。たぶん、大殿の無理難題を放り投げられ
まくって、大事なアレが麻痺しているんだろ。
まあ、そんなわけで、丹羽様が直接指揮を執るわけではなく、溝口
って人が代わりにやってきた。
のはいいんだけど⋮
﹁鳳雛様﹂
うん、その呼び方やめて。
ホウスウってなんだろうと思っていたけど、岐阜で蒲生氏郷君から
聞いた。
よりにもよって、﹃伏龍鳳雛﹄のホウスウかよ。孔明と並び評せら
れるような人にしないでくれ。知力98とかないから!
しかも、じわじわと日野城でもその名前が浸透し始めている。
195
トクラン
慶次郎なんぞは﹃禿鸞﹄とか嬉々として言いやがる。
ちなみに、﹃鸞﹄は鳳凰の一種で、年を経た鳳凰とも言われている。
﹁年を経た=禿げる﹂をかけている。うまくねぇよ!!
とはいえ、溝口さん。の参入により、商業路改修は一気に加速し、
早々に工事着工となった。
結果、オレの仕事も楽に⋮やっぱりならないわけだ。
大殿も言っていたけど、丹羽様に命じたのは津島の商人との取りま
とめと、商業路の管理。
で、当然その名代としてきている溝口様は、津島の商人との折衝を
執り行う。
そして、当たり前だが津島とは物理的に離れている。当然、溝口さ
んは津島に行く。その代わりに、資材管理をする役目を負ったのが、
前田家家臣 三直豊利なのだ。
オレかよ!!
いやいやいや、丹羽様配下の優秀な武将がいるんじゃないんですか
?いやいや、なに﹁鳳雛様なら安心。﹂って、全然安心できないよ
!温かい目で見てないで、冷たくても手を差し伸べてくださいよ!
え?資材管理は日野城流︵旧荒子城流︶なので、三直殿にも安心。
って、あの丹羽のオッサン、最初に日野城の帳面見て﹁ほほう。良
くできていますな。﹂とか言ったの、このフラグかよ!?
196
45 DQN名﹃鳳雛﹄︵後書き︶
投稿より一ヶ月。ありがとうございます。
活動報告でもあげましたが、毎日更新が難しくなり1∼3日周期の
更新に変更させてもらいます。
更新を楽しみにしている方、申し訳ありませんがよろしくお願いし
ます。
197
46 迫りくる幸せと脅威
前にも言ったが、目加田から津島の商業路設立において、一番の地
理的難所は日野城近辺の険しい山岳地帯である。
さて、ここで物理的にして現実的な話がある。
つまり、工事用資材の話だ。管理の行き届いたところに確保する必
要がある。
交通の要ではあるが、目加田には置けない。
溝口さん︵丹羽様︶の働きにより、津島からの輸送を織田家が受け
持つことになり、輸送コストが消滅したため、尾張美濃経由で近江
に津島の資材が搬入され始めたのだ。
あのね、金になる事を目の前にしたときの商人を甘く見てはいけな
い。
戦国大名とか下剋上とかもびっくりなエゲツないマネをシレッとし
てくる奴らばっかりです。
二回のボヤ騒ぎと、一回の汚職事件でさすがにオレも懲りた。欲っ
てコントロールしないで放置してるとどこまでもデカくなるものだ
な。
目加田は琵琶湖の水運が使えて便利なんだけどなぁ⋮
というわけで、日野よりも目賀田に近い廃城跡地に、物資集積所が
出来ました。
これが何を意味するか。
オレの通勤時間が跳ね上がることを意味する。
198
オレは日野前田家家臣。当然、日野城に領土と家と愛する家族を持
っている。
毎日毎日、日野城から廃城跡地へスタコラスタコラ。資材確認して、
要求する資材の搬入指示持をして。帰ったらもう夜ですわ。
ははははは。
うん、少し考えればわかると思う。オレが現地で寝泊まりすれば、
余裕のある生活ができると思う。
だが、帰るけどな!
いやね。家族増えるんですよ。
結婚2年目にして、授かりものですわ。そりゃ、パパとして帰るで
しょ。断固として帰るでしょ。一応、義理の姉である安さん︵奥村
様の奥さん︶にまかせているが、オレは帰らねばならぬ理由がある
のだ。
いま、この時だけは。この時だけしかダメなんだ。
なぜなら、
もうすぐ年貢の季節です。
想像するだけで、崩れ落ちそうになります。
このタイミングで﹁おや、デスピカリマーチの様子が⋮﹂ってメッ
セージ流れてるだろ。
嫌だ!絶対に嫌だ!BBBBBB!
年貢徴収期は丹羽様の手腕に期待したい所ですが、残念な事に年貢
の季節というのは日本一律。日野で年貢徴収する時期は、丹羽様が
199
統治する若狭でも年貢徴収の時期なわけで、援軍の期待は薄い。
孤立無援か⋮
200
47 大勝利
勝った。オレは勝った。
奴に。
恐るべき敵に。
天正二年
年貢徴収。まさかの大勝利。
なんというスムーズさ。なんという問題なしの納入。ほとんど問題
も起こらず、どこからも文句が出ない。パーフェクト。パーフェク
ト。オレの中の全オレよ。ありがとう。
⋮おかしい。
こんなに楽でいいはずがない。去年のように浅井残党&筒井対策の
中での年貢徴収とか、その前の対長島で半年分仕事貯めての年貢徴
収とか、その前の比叡山焼き討ち抗議対応しながらの年貢徴収とか、
その前の⋮あれ、なんか思い出していたら涙が出てきた。
しかし、不自然である。去年のデスピカリマーチに始まり、例年通
りの修羅場になると思ったが。なぜ、こんなにスムーズなんだ。変
なウイルスとかばらまかれたのか?N−ウイルス︵年貢ウイルス︶
でも蔓延したのか?
﹁お前のせいだよ。﹂
木村様が、笑いながら教えてくれる。
201
オレ?オレ何かしましたっけ?
﹁皆が、お前の力量を認めたという事だ。殿からの信頼はもとより、
先の筒井。その前の長島の手腕に始まり。大殿より綽名をもらい、
さらには丹羽様にも注目されておる。そんな者が前田家に他におる
か?﹂
楽っていい事ですよ。大殿から無理難題とか、膨大な管理作業に押
しつぶされないとか。
﹁そうなれば、我らの考えも変わってくる。商業路普請により、槍
働き以外でも功績になるというのなら、日野城でそれを取り仕切る
お前の行いをまねてみるのは当然の事だ。そして、そのすべてが道
理にかなっておる。その道理に従えば、問題なく作業は完了するで
はないか。﹂
⋮我が人生一片の悔いなし!
やべ、ちょっとウルッと来た。
なんだろう、今ならオレ、何されても許せるわ。ラブアンドピース
フォーエバー!!
﹁さて、それとは別に、勝豊を借りてもよいか?﹂
﹁はいはい⋮はい?﹂
木村様の言葉に、引っ掛かるものを感じる。
﹁木村様?﹂
なぜ視線をそらすのですか?
202
﹁いや、甥の勝豊と久しぶりに酒でもと⋮﹂
おい、オレの目を見て言ってみろ。
﹁少し話でも⋮﹂
ああ、なるほどなるほど。そういう事か。
つまり、
正直に言え。なにがあった?
木村様の領土に行って発覚。そりゃそうだ。オレは同僚に年貢徴収
の手順の説明や報告を徹底していた。その結果、日野城での年貢徴
収はつつがなく終了。
それの管理に関しても内政団一同で意思疎通を図り、完璧な管理体
制を敷いている。
だが、徴収される側の領土にはそんなものがあるわけもなく。従来
通りの素敵管理がたたって、カオスの坩堝と化した倉が残されたわ
けだ。
通常なら顧みもしなかった前田家家臣一同だったが、内政について
考えが巡るようになれば、﹁あれ?これやばくね?﹂と思うのは当
然の事であり、その解決を図るべく、口の堅い親戚に力を借りよう
となったのである。
つまり、あれだ。
デスマーチは仲間を呼んだ!?
第二ラウンド。 ファイト!!
203
204
48 加賀守
ますひで
年貢徴収とその後の残業が終わり年を越す。
天正三年二月
がもう
殿の上位互換。セレブの蒲生 賦秀君がやって来た。
かつて南近江を支配していた六角が織田に滅ぼされた後、六角配下
であった蒲生氏から人質︵名目︶として岐阜に出ていた賦秀君の帰
郷に、地元日野勢大歓喜である。
しかし、なぜ日野に?まあ、地元である日野に配属されるのはわか
るけど。殿の配下って事か?せいぜい四天王クラスの殿の下に、魔
界の王子様をつけるなんておかしいだろ?殿の上位互換だぞ。しか
も織田家の娘婿だよ。どう見たって立場逆じゃん。
なんだろう、殿も進化とかするのかな?
いやいや、確かに最近殿も頑張っているよ。内政でも、街道整備で
も、治安維持でも頑張っているよ。オレは評価しているよ。
でも、賦秀君と比べるとねぇ⋮
評定の間に重臣一同呼び出され、告げられる。
﹁皆の者。大義である。まず、紹介しよう。この若者が蒲生殿のご
子息にして、大殿の娘婿 蒲生賦秀殿じゃ。﹂
紹介され頭を下げる賦秀君。
来た時と服が違うんだけど、そのきれいな服は自前ですか?自前で
すよね。こういうところが、絶対勝てないところだよな。
205
﹁蒲生賦秀でございます。この度は、大殿のお言葉をお伝えいたし
ます。﹂
一体なんだろうか?
﹁この度、朝廷より前田利家様に、加賀守の官位が与えられました。
﹂
あの、蒲生君。それって朝廷を侮辱していたりしない?だって殿だ
よ?
﹁さらに、日野城は召し上げ。蒲生賢秀殿に任されます。前田加賀
守様は、これより越前の敦賀にて、越前切り取りを行うようご命令
がありました。﹂
﹁え、越前でござるか?﹂
村井様が驚いたように声を上げる。去年の一月。対筒井戦の際、日
野城の主力が越前に出兵し、治安維持に努めるよう大殿から命令が
あった。しかし、日野勢が到着するのに合わせたように越前で一揆
が起こり事態は急展開。
混乱の中、何とか越前の織田家家臣を救出したのはいいが、それ以
上はどうしようもなく、戻ってきたのだ。
それだけではない、さらに一揆をおこしたナントカって人も、一揆
と折り合いが悪く、この間の年明け早々に殺されたそうだ。
どうみても、カオスだろ。
流石の大殿もここまでカオスなご近所さんを放っておく事はせず、
この度越前討伐を決めたらしい。
﹁加賀守様は佐々様と不破様を与力とし、羽柴様、明智様と共に越
206
前に当たります。その後、大殿率いる本隊で加賀まで侵攻する予定
です。﹂
おおっ。
と評定の間が騒がしくなる。
前田家としては、日野城とられて敵地である越前をとれといわれて、
無茶ぶりに驚いたが、大殿以下織田家重鎮の出る一大侵攻作戦であ
る。推定兵力2∼3万。
負ける要素はない。
そして、広大な越前と加賀を手に入れる事が出来る。
でも、常識的に考えてこれはないわ。本当にそう思うなら、加賀取
ってから日野召し上げにすればいいじゃん。
まあ、去年一年は年初に筒井があったけど、それ以降1年以上も商
業路設置のみで、戦働きは皆無。そうでなくても、前田家は柴田家
や森家に次ぐ脳筋の家なのに、何のんびり内政しているんだよ。っ
て事なのだろう。
褒美やるからお前ら先陣な。
という話である。
⋮ところで、越前侵攻の兵糧管理誰がするの?
オレ?
またオレ?
207
49 引越し準備
日野城召し上げおよび越前侵攻。それはオレの新たな修羅場を意味
していた。
1、越前侵攻に向けての兵糧準備。
2、日野城明け渡しに関する目録の提出︵越前侵攻分を除外したも
の︶
3、商業路設立の各種進行度合いと、目加田商人との交渉引継ぎ。
どう見ても、一人でできる仕事量ではございません。
前回の荒子城とは元の数が違うので、その作業量が莫大になってい
る。
おかしい、年貢徴収のデスマーチは圧倒的勝利で終わったはずなの
に⋮
そんな忙しい中、おっさん⋮じゃなくて、丹羽様がやってきた。
例の商業路事業を引き継ぐためである。日野勢の努力により、最大
の難所と呼ばれていた場所の改修は終わり、次の行程に映っていた。
つまりオレ
それらの取り纏めを溝口様が行っていたのだが、目加田とのやり取
りは日野城前田家に一任されていた為、その引継ぎである。
それをしながら兵糧管理。今回の侵攻は、前田隊の兵に蒲生賦秀君
が率いる日野隊を加え、近江の長浜から北上し越前に入る。
その為に、兵糧を同時並行で運びつつ、目加田から輸送コストの安
い水運を使って琵琶湖を渡り、そこから陸路で敦賀へ。経費節減経
費節減。
その為に、船の準備と人足の準備と、琵琶湖から敦賀までの荷車と
208
人足と⋮
で、それが終わったらその分の収支を入れた状態で、日野城の備蓄
を計算か。ははは、オレ多分越前に従軍しながら在庫整理している
計算になるな。
越前で日野の在庫目録を蒲生君に渡すのか。
しかもその間、1万近い兵を越前まで移動させつつ、越前侵攻の兵
糧管理を現在進行形でしながらである。
わ∼い。パパ頑張っちゃうぞ∼⋮
⋮カラ元気すら出ない。
そして、もう一つ。
加奈さんどうしよう?
臨月はまだだけど、おなかは大きくなっているし、動かすのは断固
反対である。
﹁おまつ様と、安姉さんと一緒に日野にしばらく残ります。蒲生様
との話はついているそうです。﹂
オレ。単身赴任で戦場︵物理︶へ行くという、ブラック企業も真っ
青な状況になる。
嫌だ。断じて嫌だ。と、駄々をこねたら尻をはたかれた。
母は強し。
まあその後、甘えられたけどね。
﹁あなた様。無事に帰ってきてくださいね。﹂
209
﹁安心しろ。父無し子になどはしないさ。﹂
ってか、文官のオレが戦うまで惨敗とか、よほどの事でもなきゃな
いから。
戻ってみると、勝豊君がハイテンションで書類と戦っていた。
どうした?変な薬にでも手を出したの?
と言ったら、中野勝豊君の家でも、お子さんが出来たそうです。
﹁しかし、そうなると。君の奥さんも日野城で面倒見てもらわんと
いかんな。﹂
何気なくそう言ったとたん、勝豊君の動きが止まった。錆びついた
蝶番のように、きしみながらこちらを振り返る。
そんな、すがるような目をしてもダメだからね。
新米パパ︵予定︶二人で、単身赴任で戦場へ従軍しつつ、在庫管理
︵残業︶と兵糧管理︵激務︶。
改めて表現すると、死にたくなります。
210
50 越前侵攻
天正三年三月。
前田軍出陣。
近江で佐々内蔵助成政様と合流。
どう見ても脳筋ですね。なんでも殿と同じ母衣衆の一人で、殿とは
ライバルの関係らしい。とはいえ、嫌悪感はほとんどなく。いきな
りクロスカウンターを放って、その後で笑って肩をたたき合う仲だ
そうだ。
脳筋、意味わかんないです。
ちなみに、もう一人の与力不破様は、去年より敦賀におり、羽柴様
や丹羽様と一緒に越前警戒に当たっているそうだ。
なんで、佐々様は先に敦賀に行かなかったか確認しようとしたら、
殿から﹁内蔵助と藤吉郎は、馬が合わない﹂との回答を得た。
馬が合わなくとも、表面上は仲良くするのが社会人だぞ。
あれ?
﹁羽柴様と佐々様が一緒に戦という事は⋮﹂
﹁その間を取り持つのも、ワシの仕事という事になる。﹂
殿。ため息が深いです。
なにせ、羽柴秀吉は長浜城主になった段階で、筑前守の官位を授か
り、階級的には殿と一緒。でも、佐々様は殿の同僚にして旧友にし
て戦友。
間違いなく板挟みですね。お疲れ様です。じゃあ、オレ兵糧管理の
仕事があるんで。
厄介事を押し付けられそうだったので、さっさと自分の仕事に逃げ
211
る事にする。
なぜだろう、自分より不幸な人間がいると、自分の不幸が苦になら
なくなる現象ってあるよね。兵糧管理をしつつ、日野城の備蓄の整
理をしながら、時々帰りたくて泣き出す勝豊君に、子供の名前を考
える精神安定方法を伝授しつつ仕事をする。
いまじょう
さて、敦賀から越前に入るには二つのルートがある。
一つは、東側のルート。木の芽峠を越え今庄を抜けて府中に出るル
ート。
もう一つが西の海岸線を北上し杉浦、河野を経由して府中に出るル
ート。
その二つが合流した先が府中である。府中には石山本願寺から派遣
された一向宗の七里頼周がいる。
まずは、この府中を目指す。
そこで、前田軍は軍を二つに分けた。
前田軍および羽柴軍が西側のルートを北上。そのまま府中前で東側
の合流地点まで進軍。その後、明智軍が東側のルートを北上、その
際、羽柴軍が南下し、東側ルートを挟撃。前田隊が府中からの援軍
を止める。
もし、府中にいる一向宗が、西側ルートの杉浦や河野に援軍を送っ
ても、後続の明智軍が東ルートを北上すれば、援軍のない東ルート
は敵ではなく、そのまま、西ルートの出口を抑えて、一向宗の援軍
もろとも、袋のネズミにできる。
212
﹁トシ。府中で大殿到着を待つことになるが、兵糧は大丈夫か?﹂
殿の言葉に、顎に手をやりながら返事をする。
﹁問題ありません。敦賀から船で杉浦、河野への運ぶ手筈を整えて
おります。﹂
初手の東ルートで敗れれば、そもそも兵糧輸送が不要になるし、明
智隊が破れても、羽柴隊がいる以上、西ルートに輸送を潰す余裕は
ない。
それ以前に、羽柴隊と明智隊の挟撃だ。
総兵力はこちらが上。兵の質でも相手は一揆の農民。指揮官におい
ても、前田家重臣一同に加え、与力二人に、羽柴様に明智様。
しかも、後から数倍の織田本隊がやってくる予定。
どうやって負けるのか想像する事すらできないわ。
もう、何も怖いモノはない。
213
51 百姓の国
越前侵攻軍は快進撃を続けている。
あっという間に、杉浦に河野と西側ルートを攻略。府中を前に万全
の布陣している。
すでに、明智軍は敦賀を立ち東ルートを北上し木の芽峠へ。それに
合わせて数日前に羽柴軍が東ルートを南下し今庄を攻めている。
当然、オレが槍をもって出撃するような事態は発生せず。本来の仕
事の通りに、兵糧管理に従事している。
とはいえ、何もかも平常通りとはいかなかった。
羽柴軍と合同になった事で、羽柴軍の兵糧も管理する事になったの
だ。
これだけなら、仕事が増えたことにブチ切れて︵前田家平常運転︶
はしば
ひでなが
すむのだが、さすがに将来の天下人 羽柴秀吉は違った。
羽柴 秀長さん。秀吉の弟さんで羽柴軍の兵糧管理担当者。きちん
と仕事を手伝ってくれる頭のいい文官タイプの武将なのだ。
つまり、二つの軍の兵糧なので仕事量は二倍︵前田家標準︶ではな
く、二人合わせてブシキュア⋮じゃなくて、二人で1倍︵当社比︶
の仕事である。
まとめて管理すると楽になるって、平安京伝説︵=都市伝説︶じゃ
なかったんだ。こんなに仕事量が軽いのは初めて。もう何も怖くな
い。
今までまとめて管理したら、誰か︵時には自分︶が余計なことして
混乱するのが前田家クオリティーだったのに⋮
214
そんなわけで貯まった仕事も程よく消化し、空いた時間で色々聞い
てみる。
つまり、越前の歴史である。
聞いて思った。
呪われているんじゃないか越前。
まず、織田の攻撃により、越前の朝倉と近江の浅井がワンセットで
滅んだ後、織田家も大変なことになった。何せ、ほぼ同時に二つの
大名を滅ぼしたので、二つの領土近江・越前を管理する必要が出た
のだ。
よしつぐ
わかるわかる。いきなり領土を手に入れても、人間関係に始まり在
庫確認と楽じゃないよね。
まえなみ
そこで、越前は降伏した朝倉の家臣の前波 吉継に任せたそうだ。
とんだ ながしげ
なるほど、地元勢力なら領内の統治の引継ぎは最低限でいいからね。
ところが、同じく降伏した朝倉の家臣にいた富田長繁という男がい
た。彼は前波が統治する事を妬み土一揆を起こして前波を殺してし
まったそうだ。
去年の越前での前田家の災厄はこの事件の事だったらしい。
こうして、富田が越前の支配者になったのだが、今度は富田と土一
揆の関係が悪化。一揆はそのまま一向宗を呼び、一向一揆に発展。
そのまま富田を滅ぼし、越前は武士ではなく農民が支配する国﹃百
姓の持ちたる国﹄になった。
ロクな結果にならないと目に見えている。加減乗除も、文字の読み
書きもできない人間が国家運営できるのかよ。前にもいったけど、
公平と適正って違うんだぜ。
215
でもって、現状。
一向宗の重税により、土一揆との関係悪化。
うわぁ⋮
扇動されまくった挙句、熱狂して調子に乗って悪化して怒っている
とかヒステリーよりたちが悪いだろ。
たぶん、これって重税じゃないと思うぞ。公平を適正と見られなか
ったから、不公平だって、怒っているんじゃないか?
﹁うん?それはどういう事ですか?﹂
何か興味を持った秀長さんに、加減乗除できない故に公平に分配し
ても不満が出る。という事を詳しく説明してみる。
﹁ほうほう。なるほど。面白い事を考えますな。﹂
何か感心された。
﹁ちなみに、三直殿でしたら、越前をどのようにしますか?﹂
秀長さんの言葉にしばし考える。
﹁まず、税率を四公六民にする。こうする事で、荒廃した越前でも
農民が生活できる。﹂
﹁どうでしょうか。四公六民で越前を統治できますか?﹂
﹁無理ですね。しかし、考え方を変えればいい。越前のみでやり繰
りするのではなく、織田領土内の越前としてならできる。足りない
分は織田家に補ってもらえばよい。﹂
216
﹁それでは大殿に負担が増えるでしょう。﹂
﹁越前と近江があればそうではない。敦賀港からの荷を琵琶湖に浮
かべそのまま京へ。あるいは尾張まで運び津島港から反対の海へ。
その利益は越前にとどまりません。﹂
﹁ふむ。﹂
﹁そして、賦役を増やす。年貢は目に見えて軽く。しかし、賦役の
量は目に見えぬ。その賦役で治水や新田開発を行い石高を安定させ
る。さらに、敦賀から琵琶湖までの道の整備。その道を加賀、越中
まで伸ばせば、能登を回らずとも荷が運べる。﹂
﹁⋮﹂
﹁そしてこう言うのです。他国での賦役は重かろう。年貢を1割増
やすなら他国への賦役は免除。2割払えば臨時を除いて賦役を免除。
こうして、開発された後の石高で、六公四民の専業農家と、四公六
民の出稼ぎ農家ができる。彼らが選んだのだから不満は出ない。﹂
そして、その余剰の米を琵琶湖の水運を利用して、あるいは敦賀か
ら海運を利用して販売すれば彼らの生活が豊かになる。港の使用料
を取れば越前の収入も増える。
あれ?これって災害が起きた時にも使えないか?年貢を安くする代
わりに賦役を課す事で公共事業に労働力を振り分ける。となると、
国営の産業開発とかも可能じゃないか?
おお、夢広がりんぐ!
見ると、秀長さんが少し引いている。
ちょっと熱中しすぎたか。
額の汗をぬぐうと秀長さんが口を開いた。
﹁いやはや、竹中殿と並び評されるだけのことはありますな。﹂
217
おい、何と並べちゃってくれてやがりますかね?
﹁それがしには、計り知れません。さすが、鳳雛殿ですな。﹂
え?その名前は有名なの?それ誰情報だよ。ちょっとOHANAS
HIが必要だよ!?
と詰め寄ろうとしたところで、本陣の方が騒がしくなる。秀長さん
と顔を合わせると、本陣へと向かった。
天正三年四月
甲斐武田。三河に侵攻。
218
52 殿軍︵でんぐん︶
大殿から命令が来た。
甲斐武田が三河に侵攻。
それに対抗する為、全軍尾張へ集結。
そこには、前田利家以下、羽柴秀吉、明智光秀、佐々成政、不破光
治、蒲生賦秀の名が記されている。
つまり、全軍撤退。
しかもただの撤退ではない。万の兵の撤退だ。しかも、今ここで前
田軍が引けば羽柴軍は袋のネズミ︵シャレじゃないぞ︶。つまり、
羽柴軍が戻るまで、前田軍はとどまり、その後で撤退。
いくら一向一揆の坊主武官といえども、そこまでされてだまって見
逃すとは思えない。
本陣でその知らせを受けた殿は、状況の絶望さに苦難の表情を見せ
ながら、絞り出すように言う。
しんがり
﹁⋮撤退しかあるまい。﹂
﹁殿は?﹂
撤退戦の最も過酷な殿を誰にするか。それも、相手は一向一揆。雲
霞のごとく群がってくるのが目に見えている。
﹁⋮ワシ、ではだめじゃな。﹂
しんがり
当たり前だ。大将が殿とか、斬新ってレベルじゃないだろ。罰ゲー
ムでだってそんな選択ないぞ。しかも、前田利家の名が対武田戦に
219
明記されている為、参陣する義務が生じていた。
無茶ともいえる命令ではあるが、相手は戦国最強の甲斐武田。ここ
で無理をして越前を攻め余計な被害が出た結果、武田に負けたら本
末転倒どころか滅亡である。その為には、少しでも勝率を上げるた
めに、全軍を投入する必要がある。それを理解しているからこそ、
壊滅のリスクを知りながらも全軍撤退を命じたのである。
佐々、不破の両与力も同様に対武田に出陣する事が求められている
ので、殿の対象から除外。前田軍と同行している一緒にいる蒲生君
も同じ。
となれば、前田家陪臣の誰か⋮
﹁フッ。クックック。ははははは。﹂
突如陣幕に高笑いが響いた。
﹁いやはや、当たり前の勝ち戦とタカをくくっておったら、どうし
てどうして、楽しくなってまいりましたな。負け戦の殿こそ戦場の
華。それがしは是が非でも残らせていただきますぞ。﹂
名乗りを上げたのは、我らが前田家の問題児 前田慶次郎である。
ああ、あんたこういう派手なのが好きそうだよな。
﹁ば、馬鹿。慶次郎。お前は何か策があってそんな事をいっている
のか?﹂
﹁ははは。策などござらんが、そこはほれ、トクラン殿が何とかし
てくれましょう。﹂
ほう、そんな人がいるんだ。どこで拾ったの?
220
え?なんでこっちを見るの?
とくらん
﹁のう、禿鸞殿。﹂
オレかよ!?
すでに、佐々様率いる先遣隊が撤退しており、不破様もそれに続い
ている。
残った前田軍では決死隊ともいえる殿軍を前田慶次郎が編成。日野
での慶次郎の活動︵?︶が功を奏したのか、士気の高い志願兵が集
まった。その数2000弱。
オレは勝豊君に物資兵糧の管理を任せ、机に置かれた周辺の地図か
らいくつかの策をまとめる。
そんな中、羽柴軍が府中の陣に帰還。とんでもない速さである。撤
退命令を、早馬で羽柴軍に届けたわけだから、実質2日足らずで数
千の兵を移動させた計算だ。
﹁又左。大変な事になったのう。﹂
本陣にはいるなり、秀吉は明るい声をかける。それだけで、全軍撤
退の暗い雰囲気がいくばくか柔らかくなったようだ。さすが、後の
天下人である。
﹁さっさとお前も帰れ。お前が退くまで、俺たちは帰れないんだぞ。
221
﹂
﹁わかっとるわい。殿は誰じゃ?こう見えても金ヶ崎の経験がある
でな。ワシの助言をくれてやろう。﹂
すでに、殿軍が誰か知っていてこの発言だ。要するに、同じような
絶望的な撤退をした自分がこうして生きている。絶望するなと言っ
ているのだ。
﹁たわけ。そんな暇があるなら、一刻も早く消えろ。お前の自慢話
のせいで、撤退が遅れたら目も当てられんわ。﹂
﹁自慢話じゃないわい。金言じゃぞ。とはいえ、大殿の命じゃ。力
を貸すわけにはいかん。﹂
少し悔しそうに、視線を外す秀吉。
しかし、そんな事はここにいるだれもが知っていた。
もし、殿軍が早期に壊滅したら。その次は撤退中の前田軍が被害を
受ける。そうなれば、不利な中で戦う必要が出る。前田軍の前途は
暗いだろう。
﹁又左が不覚を取るとは思えんが、もしもという事もあるでな。﹂
暗くなりそうな、雰囲気を察知して再びおどけたような声を出す秀
吉。
﹁力は貸せん。が、知恵なら貸せるじゃろう。﹂
その言葉に合わせるように、秀吉と一緒に入ってきた一人の武者が、
顔当てを外し兜を脱いで礼をした。
﹁それがし、竹中半兵衛重治と申します。﹂
222
53 伏龍鳳雛の机
机をはさみ、地図に置かれた碁石を見つめる。
机をはさみ、竹中半兵衛は地図に置かれた碁石を見つめる。
﹁碁石が4つ。策は?﹂
﹁先頭をつまずかせます。前が詰まれば、後ろの足が止まる。﹂
﹁大軍は一度止まれば、再び進むのに時間がかかる。なるほど。﹂
﹁敵の数はいかほどと見ます?﹂
こちらの分析では当初5000強。追撃に周辺の兵を集めて100
00を超えると見ている。
﹁当初7000。最終的に12000ほどでしょう。﹂
半兵衛の目算の精度はさすがに一段高い。とはいえ、その内容は予
想範囲内だ。
﹁相手は大軍。ならば大軍の弱点を攻めます。﹂
﹁可能ですか?﹂
﹁すでに、佐々隊と不破隊には先行して行かせています。羽柴様と
蒲生様に残りを。最後に前田本隊で調整できます。﹂
﹁碁石をひとつここへ﹂
半兵衛が1つ目と2つ目の碁石の間に黒い石を置く。地図上では、
そこは何もない平野で、一向宗を足止めできるようなものはなかっ
た。
﹁ここにはなにが?﹂
﹁なにもありません。ただ越前南条郡のこのあたりは肥沃な農耕地
帯です﹂
﹁⋮なるほど。﹂
その場所の風景を思い出し、オレもニヤリと笑う。
223
オレの策は要するに撤退するために、相手の先頭の足を止める。そ
うすれば、後ろにいる者の足も止まる。そうやって止まっていけば、
やがて後続の足は止まる。
事故でもないのに高速道路が渋滞する現象だ。前の状況のわからな
いため、後続はより長く足を止める。その止まる時間は後ろになる
ほど増加し、一定ラインで足は止まる。出発するには再び時間をと
られる。
そのための足止めが計5つの防御柵。
これは、先行している隊が作っているはずだ。
一揆の強みは数だ。それしかない。そして、数の有利を活かすだけ
なので、緻密な戦術というのは一揆にはできない。前に進んで押し
つぶすだけだ。
そして、撤退戦である以上、向こうは追い。こちらは逃げる。向こ
うは全軍を持って追撃してくるだろう。それが一揆を最大限有効活
用できる戦い方。
そして、唯一の戦い方だ。
だからこそ、足を止めさせ行軍を混乱させる。一揆軍は統制を乱さ
れ、やがて足の速い先行部隊と、足の遅いいくつもの後続部隊とに
分かれる。
高速道路の渋滞が長くなる理論と同じだ。
そこを狙い撃つ。混乱させた先行部隊は、さらに後続部隊の邪魔と
なり、一揆軍は進行速度によって分断される。そうなれば、一揆軍
の最大にして唯一の攻撃が封じられるのだ。
勝算は十分ある。
﹁お願いがあります。﹂
224
がもう
しんがりたいしょう
ますひで
協議をする二人の横に蒲生 賦秀が進み出る。
日野蒲生勢は、殿大将の慶次郎による殿軍引き抜き︵有志︶による
再編成と、そもそも前田家が元日野城主であった縁から、前田本隊
の直前に出発する手はずとなっていた。
﹁私も、殿軍に参加させてください﹂
﹁だめです﹂
にべもなくお断りを入れる竹中半兵衛。
その意見には、オレも同感だ。
﹁蒲生様には大殿より、撤退命令が出ています。これに逆らうこと
は命令違反になります﹂
﹁それでも、戦わせてください。前田本隊は日野蒲生隊より数が多
い。追撃部隊に追いつかれて甚大な被害が出れば、その影響は蒲生
隊の比ではない﹂
懇願するように賦秀君が続ける。
﹁お願いです。私も戦わせてください。武田と戦って手柄を上げる
より。私はここで戦いたいのです﹂
チラッと殿軍の慶次郎に視線を送ると、肩をすくめて見せる。前に
いる竹中半兵衛に視線を向けると、薄く笑い目を伏した。
蒲生君。今の君の目、前田家の子供にお話を聞かせる時の目とそっ
くりだよ。もう、子供じゃないんだから⋮
オレはあきれるようため息を吐いて少し笑う。
半兵衛殿が並んだ3つ目の碁石を白い碁石と入れ替えて口を開く。
﹁⋮なら、取ってしまいますか﹂
225
﹁少し、小細工を弄しましょう﹂
後に﹃引き鳥府中﹄と呼ばれる戦いが、この時より始まった。
226
よりちか
54 引き鳥府中∼その1
しちり
府中城では一向宗の七里 頼周が、眼前に陣を構える織田軍を見て
いた。
﹁今庄を攻撃していた織田軍が戻ってきました。﹂
﹁やはりか!!こちらの兵の集まりは?﹂
﹁およそ4000集まりました。総勢1万を超えております。﹂
﹁さらに集めよ!奴らが引いた所で一気に出る。﹂
﹁ハハッ﹂
伝令が下がり、七里は浮かべる笑みを隠そうともしない。
甲斐の武田が来たのだ。これで織田の命運は風前の灯だ。かつて越
前を朝倉が支配していた時代、七里率いる加賀一向宗は対上杉戦略
たけだ
かつより
で武田と手を組んだ過去がある。ここで、織田軍に被害を与えれば、
三河に侵攻する武田 勝頼の率いる武田軍への明確な支援となる。
そして、その第一の功は、撤退する織田軍を好きなように追い散ら
した七里頼周なのだ。
賞賛を浴びる己を夢想する七里に、突如大合唱が襲った。
﹁﹁﹁四公六民!四公六民!四公六民!四公六民!﹂﹂﹂
﹁なんだ!?﹂
﹁織田です。四公六民と書かれた無数の旗を掲げ、騒いでおります。
﹂
﹁⋮プッ。フハハハハハ。苦し紛れに空手形か。そんな戯言に惑わ
される者などおらぬわ。奴らに真理という奴を教えてやれ。﹂
命乞いのように好待遇を喧伝する織田軍の滑稽さを笑い飛ばして命
227
令を下す。
やがて、七里の命令で、織田の声に反論するように﹁南無阿弥陀仏﹂
の声が上がる。
﹁﹁﹁四公六民!四公六民!四公六民!四公六民!﹂﹂﹂
﹁﹁﹁南無阿弥陀仏!南無阿弥陀仏!南無阿弥陀仏!﹂﹂﹂
羽柴軍が退き、ついに前田本隊の撤退が開始した。殿軍である前田
慶次郎隊を残し、整然と敦賀への道を進む。
このまま、前田隊が安全な距離をとれるまで、殿部隊は敵の侵攻を
止めなければならない。
⋮はずであった。
﹁今です。﹂
竹中半兵衛の合図で、本隊と距離を取れていない段階で慶次郎隊撤
退。深夜に始まった暴挙ともいえる殿軍の撤退を、完全に見過ごし
ていた七里ではあったが、すぐさま一揆衆を出陣させる。
この行動に七里は驚きこそすれ、焦ってはいなかった。殿軍が陣で
待ち構えるのではなく、撤退するという一番もろい状態を攻められ
るのだ。その上で、前田本隊を射程に収められる。相手の愚策によ
るミス。こちらが有利である点は変わらない。
228
﹁まず、大軍の弱点である兵糧を突きます。﹂
すでに前線から離れ、前田本隊と行動を共にしながら、一緒に行動
している蒲生君に教える。
﹁兵糧ですか?﹂
﹁府中城にいた一向宗は、撤退する織田軍を追撃する為に周辺から
兵を集めています。その数は一気に倍近くになっているようです。
例え、府中に十分な兵糧があったとしても、それを分配する手間は
倍になる計算です。﹂
急遽増えた人員とその維持に、どれほど手間がかかるかをオレは実
感している。
﹃百姓の持ちたる国﹄が、完璧な兵糧管理ができるのなら問題ない
話である。しかし、そうでないのなら、その不備は満足に食事がと
れないというペナルティーで一揆の一人一人にのしかかる。
そのペナルティーをどう解消するか。
簡単である、敵の残した物を奪えばよいのだ。
先陣で飛び込んだ男が向かったのは、織田陣営の兵糧の集積所だ。
撤退時に重い兵糧を捨てるのは戦国の常識であり、それを奪う事は
いつもの事であった。
突如村から呼び集められ、ロクに食事を食べられなかった男が、そ
229
の空腹を満たすために、そこを目指すのは当然であった。
すでに織田兵の姿はなく、山と積まれた米俵に飛びついた男は、予
想外の反動に面食らった。
俵のワラを引きちぎると、その中にあったのは岩であった。別の米
俵をむしる。その中から落ちたのは砂であった。
﹁こ、米だ!﹂
別の俵に飛びついた農民が、歓喜の声を上げる。その手には白いコ
メが握られている。
﹁オレにもよこせ!!﹂
男たちはその米に群がるように飛びついた。
230
55 引き鳥府中∼その2
﹁堰を切ったか﹂
その様子を見て、七里の眉間に皺が寄る。
府中前の織田陣跡での予想外の騒乱で遅れてしまった一向宗だが、
事態を収束させて追撃を再開。昼過ぎに敵を補足した。しかし、同
時に敵が万全の構えで待ち構えている事を知る。
越前南条郡のこのあたりは、農耕地域でありいくつもの水田がある。
今はまだ3月。だが、そのすべてに水が張られている。織田軍が事
前に堰を切り崩し水を張っているのだ。その目的は言わずもがな。
足止めである。
ここを広がって進めば、田園の泥で足を取られることになり、足並
みはそろわない。
中央の道は無事だが、そこを通るには大軍の利を捨てなければなら
ない。当然向こうもそれを想定しているだろう。
﹁百姓の持ちたる国をなめるなよ。お前たち、近くの葦草なりなん
なりを切って田に放れ﹂
これで少しはましになる。多少足並みを狂わされても、最終的には
大多数で押しつぶせる。多少の被害は出るが、それは想定内だ。
﹁﹁﹁四公六民!四公六民!四公六民!四公六民!﹂﹂﹂
﹁!!﹂
コチラの姿をみたのか、織田の殿軍から大声が響き、旗が立ち並ぶ。
231
﹁﹁﹁四公六民!四公六民!四公六民!四公六民!﹂﹂﹂
﹁おまえら、やりかえせ!!﹂
﹁﹁﹁南無阿弥陀仏!南無阿弥陀仏!南無阿弥陀仏!﹂﹂﹂
織田陣営から炊事の煙が上がっているのを、うらやましそうに見な
がら、一向宗は声を上げ続けた。
﹁どれくらい残りました?﹂
﹁第一陣で11俵。二陣で8俵ほどですか﹂
﹁2000弱の軍で余剰20俵以下ですか。お見事です﹂
いったいどれほどの人間がこの神業を理解できるだろうか。なによ
り、敵はその策に最後まで気づくことがない。すべてが終わっても
なお、気づかれない策ほど恐ろしいものはない。
﹁いいえ。竹中殿が撤退を指揮してくれたからこそです。被害が出
ていたらさらに余剰分が増えていたでしょう。ここまで無傷で退い
ていただけたおかげです﹂
﹁そう言っていただけて光栄です。では、後はお願いします﹂
﹁羽柴様によろしく言っておいてください﹂
竹中半兵衛が踵を返して自分の馬に乗る。
殿軍で最初の撤退を指揮した後、竹中半兵衛は殿軍から離脱した。
対武田戦に羽柴様が参加される以上、軍師の半兵衛の存在は必要不
可欠である。個人と軍勢の進行速度の差があるとはいえ、早々に羽
柴本隊に合流する必要がある。
彼は共に知恵を出し合った男に一礼すると、馬に鞭を入れて走らせ
た。
***************
232
﹁︵賢き者︶﹂
かつて自分がそう評した男。
彼は恐るべき知恵を持つ。こちらの予想しない点を予見する。兵法
家や軍師とは違う視点を持っている。何より恐ろしいのは、軍師の
視点を知った上で、別の方向から見ている稀有な存在だ。
数で勝る相手の足を止める作戦。それ自体は撤退の基本だ。
追撃部隊を攻撃し足を止める。伏兵で警戒させ足を遅らせる。前例
を挙げるなら枚挙に暇がないだろう。しかし、攻撃すればこちらに
も被害は出る。負傷でなくとも疲労という形で出てしまう。それを
許容しての策だ。
いったい誰が、残す兵糧の残量を調整する事で1人も兵も使わずに
同じ事をできると思うだろうか。
残された兵糧を奪い合う事で追撃部隊は混乱し進軍が遅滞する。
追撃部隊の兵糧配分の未熟さを見抜き、それを踏まえたうえで、自
軍の補給を万全にし、余剰分を奪い合わせる事で操作する。
その発想が出てくる時点で、そして実行できてしまう手腕が稀有な
のだ。
しかし、同時にそれは彼の欠点でもある。
兵法家でも軍師でもないという欠点だ。
あの時、主に言った﹁勝てと言われれば勝ちます﹂という言葉を今
でも自信を持って答えられる。
10度戦えば10度勝てる。
相手はこちらと戦おうとしていない。なればこそ、こちらが勝つた
めに戦えば機先を制せられる。そうすれば、私の勝ちは揺るがない。
233
だがもし、
ありえないとわかっていても、だがもしも⋮
もしも、お互いが同時に敵対した時どう戦うか。
お互いが突然敵対する事はあり得ない以上、それは無意味な想定で
ある。だが、盤上遊戯のように同じ条件で争った時⋮
おそらく10度戦えば8度は勝てる。
それが半兵衛の結論である。
軍略を競うだけなら、彼と比肩しうる者は他にもいるだろう。この
戦国の世に策士、謀将は数多いる。勝率で彼を超える者とて存在す
る。
しかし⋮
それでも、彼は私の中で恐るべき賢き者だ。
私は8度の勝利で、彼を8度討ち取ることができる。
だが彼の2度の勝利は、この半兵衛のみならず主である羽柴様すら
滅びる事になる。
8度の勝利と2度の完敗。
竹中半兵衛と対峙し、そのすべてを滅ぼしうる者。
ありえぬ想定の上での、起こりえぬ結末。しかし、その夢想のなん
と甘美な事か。
これは欲だ。知恵持つ者として、それがどんなに危険であっても知
りたいと思ってしまう欲。
湧き上がる何かを抑えるように、竹中半兵衛は片手を胸にあてた。
234
***************
周囲の雑草や倒木などを田畑に投げ入れジリジリと織田陣に進む一
向宗ではあったが、続々と集まる後続部隊により、埋め立て作業は
はかどらず、日が沈んでしまう。
さすがに、これ以上遅れるのは得策ではない。
そこで七里は田畑の埋め立てを続けさせた上で、一部の兵を引き抜
いて夜襲部隊を編成させた。
埋め立て作業にまぎれるように接近させれば、相手の隙をつけるか
もしれないと考えたためである。
しかし、その策は予想外の結果をもたらした。
﹁敵陣はもぬけの殻です﹂
日が暮れた時点で、織田軍は第二陣を密かに撤退させていたのだ。
昼間の騒動の騒がしさに気をとられ、また埋め立て作業の音にまぎ
れたせいで、異様に織田陣が静かであったことに気がつけなかった。
一度ならず二度までも。まるで手玉に取られるように逃がしている。
七里は腹立たしさに唾を飛ばすように命じた。
﹁追え!奴らを決して逃がすな﹂
﹁先行部隊が織田陣跡で騒動を起こしております﹂
﹁またか!辞めさせろ。一刻も早く奴らを追うのだ。食糧は奴を殺
して奪え!そう伝えて向かわせろ!﹂
まるで巨獣のようにその体を揺らすと、越前一向一揆はゆっくりと
動きだした。
235
56 引き鳥府中∼その3
﹁昔、漢籍の解釈で間違えたことがありましてね﹂
﹁漢籍ですか?﹂
何気なく勝豊君に話しながら、河野の城で兵糧を数える。そもそも
撤退戦で重い兵糧を運ぶのは危険を増すだけの行いである。
まったくもってその通りなのだが、府中城前で羽柴隊が戻るまで、
数日の余裕があった。その間に重い兵糧を運んでもらう事にしたの
だ。なにも、尾張まで運ぶ必要はない。河野なら移動速度を計算に
入れても十分な可能な距離だ。
﹁﹃韓非子﹄という本ですが﹁街中で虎が出た﹂と三回も報告され
ると、それが嘘でも信じられてしまうという話ですよ﹂
﹁へぇ⋮で、どう解釈したんです?﹂
﹁﹃どんなバカでも二回同じ間違いを犯せば、次は別の方法を取る﹄
﹂
男は飢えていた。
ロクに食事もできないまま出陣し二日目を迎えた。先の陣営でも、
織田軍の兵糧は手に入らなかった。あれだけ、炊事の煙が上がって
いたのにだ!
そして、到着する第3陣目。そこからも炊事の煙が上がっている。
男は思った。
今ならあそこに米がある。
誰かが一歩前に出る。負けじと前に出る。誰が抜け駆けなどさせる
ものか。
236
そして、誰かが前に歩き出した。
﹁だれが攻めろと言った!?﹂
七里が織田の第三の防衛線に到着した時、すでに戦端は開かれてい
た。先陣が無策にも攻め懸け、防衛線からの弓により甚大な被害が
出ている。
そもそも、第二陣の水田前で一向宗は再編成に手間取っていた。そ
うでなくても万を超える大軍を急遽集めたのだ。第二陣を押しつぶ
すために陣を整え、織田第二陣撤退を知って急遽追いかけたがゆえ
に、陣をまとめるのに手間取った。さらに織田陣での騒動。
七里も自軍の侵攻が遅れている事がわかっていた。
このままでは⋮
﹁ええい!お前たち進め。あそこに飯はある。落とすのだ!﹂
しばし躊躇した後、七里は攻撃の命令を下した。この防衛線を抜け
れば、その先は河野の城だ。即席で作った柵とは規模が違う。河野
の城で徹底抗戦に入られたら、前田本隊を追うのは難しくなる。
確かに、先陣は被害を受けた。しかし、その数はほんの百数十程度。
万を数える一向宗には大した被害ではない。戦端を開いた以上、奴
らが今までのようにこちらの不意を突いて撤退するのは難しくなる。
そして、こちらの軍はこれから続々と集まっているのだ。
少数の敵などすぐに圧倒できる。
237
﹁よし、炊事係りも前線の攻撃に向かわせろ﹂
向かってくる一揆軍を相手に、慶次郎は部下にそう命じる。三直豊
利と竹中半兵衛の予見通り、この陣にて一向宗の先陣は、後続を待
つことなく向かってきたのだ。
予見していた以上、こちらは備えてある。十分な量の矢弾が置かれ
ており、迎え撃つ準備を整えていた。
とはいえ、防衛柵は即席の物で、防御力という意味では気休めでし
かない。
ただ、隊列もそろわない先陣の数は多くない。無策で進むだけの敵
だ。待ち構えていた殿軍には、そう恐ろしい相手ではなかった。
﹁注進。一向宗本隊の姿が現れました﹂
﹁そのまま迎撃しつつ本隊の動きに注意しろ。守備隊は矢弾を惜し
むな﹂
﹁一向宗本隊。前に出ます!!﹂
﹁⋮あきれた﹂
ため息をつくと、手で部下に合図する。
﹁最後まで、あの二人の言ったとおりか﹂
238
57 引き鳥府中∼その4
一向宗の本隊が、まごつく先陣の残党を吸収して前進。殿軍からの
迎撃をものともせず突き進む。
激突と思われたその瞬間、日が陰った。
否。
それは、道の東側に広がる森から降る大量の矢であった。
竹中半兵衛の指示でそこに兵が伏されていたのだ。
なし崩し的に戦いに入った一向一揆に、偵察を派遣する時間的余裕
などなく、数による圧倒的有利に慢心し無策で突入した結果、無防
備な横からの一撃を受け混乱する事になる。
むかいづる
戦列が伸び、統率などあってないような一揆に、奇襲に対する対応
などできるはずもない。
ますひで
そして、森から姿を現す軍団。その旗印は﹃対い鶴﹄。
がもう
蒲生 賦秀である。
馬上で賦秀は打ち震えていた。
唐の国の古書にある英雄達の戦い。いつかそのような戦いをしてみ
たいと子供心に思ったものだ。そして今この時、その時代の名軍師
の綽名を持つ者が作り出した絶妙の策に落ちる敵。
それを討ち散らせる立場に立つ己が、少年の頃に憧れた英雄に重な
る。
239
﹁伏龍鳳雛その策に 落ちいたるは黄巾の 我関羽張飛になりかわ
り 舞って見せよう 桃園の華⋮﹂
詩を吟じるように胸の内を言葉に乗せ、愛用の槍を一振りする。す
でに武者震いも消え、そこには織田信長が血族にしてまで欲しいと
思った稀代の武将の姿があった。
﹁我に続け!!﹂
号令一下。愛馬の腹を蹴ると先頭切って走り出す。それに離れまい
と日野勢3000弱の兵が後に続く。日野の若大将である賦秀を危
険にさらすわけにはいかない。その心と、嬉しそうに走る賦秀の姿
を見て、日野勢の士気はいやがおうにも高まった。
﹁これは参った。出遅れたわ﹂
蒲生軍の横槍に混乱している一向宗を前に、打って出ようと兵をそ
ろえた慶次郎が眉間に皺を寄せてぼやく。
しんがり
﹁やれやれ、殿の武功こそ華よと大言壮語を吐いてみれば、すでに
大きな華が咲いておる﹂
そして嬉しそうに朱塗りの大槍をかかげると、腹の底から出る大き
な声を出した。
﹁さあ、おのおの方。このままではワシらは間抜け面をさらして手
柄を全部奪われてしまうぞ。すでに薄紅色の華はあるが。なに、二
輪挿しでも構うまい。さあ、真紅の大輪を咲かせるぞ!﹂
240
﹁﹁おおおおお!!!!﹂﹂
大身で派手な身なりの前田慶次郎は戦場においてもたいそう目立っ
た。その、姿で放つ豪放磊落な言葉に、彼を慕っている兵達も答え
る。
元々、慶次郎に心酔して志願した志願兵。それも、殿軍という最も
危険な場所である。すでに、心は死兵となった軍団に、おびえる者
はいない。
﹁全軍 進め!!﹂
地響きを上げて、織田殿軍が一揆勢に襲い掛かった。
前田慶次郎と蒲生賦秀による伏兵挟撃により、一向宗追撃軍はなす
すべもなく崩壊した。
241
57 引き鳥府中∼その4︵後書き︶
もう少しだけ、引き鳥府中の話は続きます。
242
58 引き鳥府中∼その5
でんぐん
伝令が、殿軍の勝利を伝えに来た。
なんというか⋮少しくらい失敗してもよかったのよ。
突然増えた一揆の兵に補給が追い付かないはずなので、こちらの兵
糧を見せつけるようにした上で、敵に強奪される兵糧を最小限にし
て空腹をあおる。
一向宗と一揆の意識の違いから、暴走する確率は高かった。あとは
一気に来ないように、足止めと、不意の撤退で一揆の隊列を伸ばす。
こうして、﹃隊列の伸びた﹄﹃ロクに補給のされていない﹄﹃再編
との
成の間に合わない﹄﹃疲弊した﹄農民の群勢が出来上がる。つまり
烏合の衆だな。
そこに、伏兵からの挟撃で、攻めかかるのが殿の上位互換の蒲生君
に、前田家の暴れん坊の慶次郎か。
いやはや、敵に同情したくなるわ。
﹁では、計画通りに兵糧を運びますよ﹂
オレの号令の下、すでに荷車に積まれた兵糧が運び出される。
﹁でも、豊利様の細工はあまり効果ありませんでしたね﹂
﹁ん?﹂
オレの補佐をしながら勝豊君が聞く。何気に、彼の武士姿も結構様
になっている。伯父の木村様もたいそうかわいがっているようだ。
﹁例の旗印ですよ。結構大変だったのですが﹂
243
撤退の為に兵糧を管理している時に、無理を言って作ってもらった
﹃四公六民﹄の旗だ。
﹁ああ、あの号令と旗印か。あれはこれから意味を成すのですよ。
いいかい勝豊君。﹃甘言﹄というのはね⋮﹂
指を一本立てて、笑って見せる。
﹁心が折れた時に一番効果を発揮するのですよ﹂
泥まみれで、足を引きずるように進む。その姿はさながら幽鬼のよ
うだ。
怒涛のような敵の軍勢に、混乱しきった一揆軍の士気は霧散し、お
のおのが命からがら逃げ出した。そうなった農民が帰る場所はひと
つしかない。我が家だ。
すでに、恐怖も怒りもすべての感情を失ったように、機械的にただ
前に進んでいく。疲弊しきった心は、後悔する気力すら失っていた。
進む先で誰かが座り込んでいる。
織田軍ではない。自分と同じような着の身着のままの農民。一向一
揆の農民だ。
彼は座りながら泣いていた。言葉にならないように涙を流して、何
かを握りしめていた。
その白い生地と、そこに書かれた文字が目につく。
﹃四公六民﹄
244
農民である彼は、その文字を読むことはできなかった。だが、その
内容は知っていた。あたりまえだ、織田軍があれだけ叫んでいたの
だ。
﹁四公六民!﹂
作った米の4割を納め、残った6割を自分の物にできる。朝倉時代
にもない安い年貢。
その意味を理解した時、彼は感情を取り戻した。
それは怒りでも恐怖でもなかった。
﹁なぜ⋮﹂
足から力が抜ける。その男と同じように、その場にへたり込む。
﹃なぜオレは、こんな苦しい目にあってまで、楽になる事を拒まな
ければならないのだ。﹄
気が付いてしまったのだ。
なぜ、こんな苦しい目に合っているのだと自問した時、なんら明確
な答えがなかったことに気が付いて、彼は涙を流し続けた。
﹁進めば極楽 引けば地獄﹂﹁南無阿弥陀仏﹂と唱えながら、目を
そらしていた事実をつきつけられ、そこにいる多くの敗残兵と共に
泣き続けた。
でんぐん
殿軍の前田慶次郎は、一向宗を倒した勢いでそのまま北上し府中城
245
に攻め込んだ。
戻ってきた敗残兵は千を超える程度。相手は万に近い数の織田軍で
ある。
七里頼周は、抗しきれぬと早々に城から撤退し、慶次郎は難なく府
中城を手に入れる事が出来た。
こうして、府中の撤退戦は、引くと見せかけた奇襲攻撃で府中城を
手に入れるという快挙を成し遂げた。
後に﹁撤退戦︵引き︶で取った︵取り=鳥︶府中﹂﹃引き鳥府中﹄
と呼ばれる戦いである。
246
58 引き鳥府中∼その5︵後書き︶
これで引き鳥府中の話は終わりです。
2話ほど後始末やネタバラシ︵?︶が続きます。
247
59 鳥の羽ばたいた後
府中城の外に5000人の捕虜が座り込んでいる。周囲には簡易的
な柵が作られているが、逃げるような余力のあるものは一人もいな
い。そもそも、それぞれの前に置かれた窯では、食料が煮られてお
り、それを食べるまで彼らは梃子でも動かないだろう。
実際、府中城を攻めた軍勢の半数以上は捕虜である。先頭を行く前
田慶次郎の軍ではあったが、その後ろにいるのは﹁四公六民﹂の旗
を持たせた一揆追撃隊の捕虜であった。
心の折れた彼らに食事を与え﹁このままついてくれば、腹いっぱい
飯を食わせてやるぞ﹂と伝え、続々とやってくる兵糧を見せるだけ
で彼らは従順になった。
余分に旗を持たせ数を多く見せるという手垢まみれの策に、まさか
の敗戦でショックを受けて混乱する府中城守兵に疑う余裕はなかっ
た。
その兵力差に圧倒されて士気を崩壊させ、府中城は抵抗らしい抵抗
もなく陥落したのである。
自軍の倍以上の捕虜への食料も、元々越前侵攻の大軍の為に用意し
た兵糧である。一向一揆とは違い5000人程度を管理するのは造
作もなかった。
彼等にしてみても、捕虜になって初めて満足できる食事をとれたと
いうのも皮肉な話である。
そんな中を数人の武者集団が歩く。そのうち一人は派手な具足の大
男だ。周囲の武者はみな﹃四公六民﹄の旗を持っている。
その異様な集団に全員が気が付いたところで、大男が合図をすると、
周囲の武者が声をそろえて大声を上げた。
248
﹁﹁四公六民!四公六民!四公六民!四公六民!﹂﹂
一斉に集まる注目に、ひるむことなく大男 慶次郎は声を上げる。
﹁よく聞け。ワシは前田慶次郎利益。今回越前を攻めた加賀守の甥
にあたる﹂
そういって、周囲を見回すとさらに大声を上げる。
﹁ワシはうそつきではない。四公六民!これは嘘ではない!!死ね
ば極楽と謳う坊主は死なずに逃げる臆病者のうそつきだ。だが、オ
レはうそつきではない。お前たちがそれを信じるかは知らん。だが、
言っておく。今回織田は引いた。しかし、必ず織田軍はやって来る。
次は、大軍勢を率いてやって来る﹂
そこで言葉を止め、周囲を見回す。さすがに捕虜のすべてが、彼の
言葉に耳を傾けていた。
﹁ワシは嘘吐きではない。お前たちに約束する。四公六民!だが、
このまま一揆に参加するならワシらは容赦せん。それは、お前たち
の家族でもだ﹂
そういって、手を上げると、控えていた足軽たちが、捕虜を囲む囲
いを壊し始める。
﹁お前たちは自分たちの村に帰っていい。帰って家族に知らせても
いい。織田に従うなら四公六民の生活が待っている。一向宗に参加
するのも構わん。逃げ出す坊主に従って死にたいというなら、ワシ
らは容赦なく叩き潰す!﹂
249
そして、手に持った槍の石付きで地面をたたく。残念な事に下が土
のせいであまりいい音はしなかったが、慶次郎は気にせず言葉を続
ける。
﹁残るもよし、戻るもよし、歯向かってもよし。好きにいたせ!﹂
そう、よく通る声で話した後、周囲の武者と共に、府中城へ戻って
いった。
次の日。
日の出と共に、ぞろぞろと出ていく農民の背中を府中城から眺めて
いた。
﹁禿鸞殿。これで、我々は5000の越前兵を手にいれたという訳
ですな﹂
振り返ると、面白そうに慶次郎が煙草に火を入れている。
﹁兵⋮ああ、兵か。それもあるな﹂
﹁ほう。禿鸞殿には何か存念があるわけですか﹂
こいつは、オレが禿鸞と呼ばれるのが嫌なのをわかって呼んでやが
る。とはいえ、ここで突っかかっても、相手を喜ばせるだけだ。
﹁﹃韓非子﹄を読んだことありますか?﹂
﹁漢籍ですか。多少は⋮﹂
250
﹁﹁街中に虎が出た﹂そんな途方もない嘘でも3度続けば信じてし
まう。では、5000の人が言えば、彼らの言葉をどれほどの人が
信じるでしょう﹂
オレの狙いはそこにある。5000の流言飛語。これの良い点は、
彼らの意志にかかわらず、オレの望む情報が知れ渡る事だ。
一揆とは農民の集まりだ。その数は恐ろしい数になり、それが脅威
でもある。当然、彼らは農民である以上、そこまで増えるのに必要
なのはなにか。
横のつながりだ。
村同士、集落同士、家同士のつながりこそが、一揆の数が数になる
理由である。
その横のつながりに5000の情報が載る。
﹃織田に下れば四公六民﹄﹃加賀の坊主は逃げた﹄﹃織田が大軍で
やってくる﹄という情報が越前の農家に知れ渡る。
今後、彼らが織田に組みしようと、趨勢が分かるまで中立でいよう
と、一向宗に再び参加して敵対しようと問題はない。どんな考えが
あったとしても、これらの情報は織田軍にとって有利な情報であり、
そのどれもが、越前の民が織田に従う理由になる。
その話を身内や知人の当事者が話すのだ。信憑性は増す。韓非子の
嘘ではない、本当の事だ。
そして、織田が再び越前討伐に来たとき、この者達が織田に下る窓
口となる。こうして一体感を失った農民に一揆をする事などできよ
うはずもない。一揆をしても勝てない敵が来るのだ、すれば確実に
殺される。織田に下れば生き延びる事が出来る。
自分で流した流言飛語を信じるようになるのだ。
バッチーン!
251
﹁ブベッ﹂
突如後頭部がはたかれ、前にある壁に激突する。
攻撃者は、当然前田家の傾奇者だ。
﹁いやはや。禿鸞殿の頭は打出の小槌ですな。米俵だけかと思って
みれば、神算鬼謀まで零れ落ちるとは。いやはや、感服仕った。あ
ーっははははは﹂
そういって、高笑いしつつ去っていく。
ゲッ。鼻血が出てるじゃないか。あの馬鹿力め。
この時、懐紙で鼻血をぬぐいながら、オレは前田慶次郎の恐るべき
策略を見抜くことができなかった。
オレの後頭部についた大きなモミジに気が付かなかった。
やってくれた喃、やってくれた喃、前田慶次郎利益!!︵血涙︶
252
60 設楽が原の前に
三河の陣幕にて、一人の男が頭を下げていた。
蒲生忠三郎賦秀である。
越前での撤退戦に参加した賦秀は、一向宗への横槍の後、殿軍から
離れ尾張へ帰還した。
当然、混乱する一向宗と言えど無力ではない。少なくない被害も出
た。当然、到着も遅れた。
完全な命令違反である。
それを許す大殿であろうはずがない。
無論、言い訳はある。だが、それは文字通り言い訳に過ぎない。本
当の理由は言い訳にすらならないことは十分承知していた。
だがそれでも⋮
陣幕が上がり、男が入ってくる。
土の地面に膝を突き、頭を下げたままの賦秀であったが、それが誰
かわかった。
﹁忠三郎。顔を上げろ。﹂
義理の父にして、主君である織田信長だ。その声は怒気をはらんで
いた。
ゆっくりと顔を上げる。眉間に皺を寄せた主君の視線が賦秀に突き
刺さる。
わがまま
しかし、その視線を正面から見返す。
すべては己の我侭。それは百も承知。だが、後悔はない。いかなる
勘気をこうむろうとも、自分はあの戦場で槍を振るった事を絶対に
253
後悔しない。
﹁⋮﹂
﹁⋮﹂
しばし視線を合わせたまま時間が止まる。
﹁⋮﹂
﹁⋮⋮ッ﹂
不意に信長の頬が膨れ。
﹁ブッ!!﹂
吹いた。
﹁ブハハハハハ。は∼っはははは。は∼は∼。フハハハハハハ﹂
大爆笑である。
﹁クソッ!餓鬼め。クソ餓鬼め!クククク。そ、そんな、そんな﹃
ケンカに勝ったガキ大将﹄みたいな顔しやがって!!ブホッ。ブフ
ッハハハハハハ﹂
腹を抑え、身もだえするように笑い転げる。
しばらく笑い転げた後、水を飲んで落ち着くと目配せをする。横に
いた近習が一通の手紙を賦秀に手渡した。
﹁よく覚えておけ。クソ餓鬼。これが大人の対応という奴だ。﹂
254
手渡された手紙は越前からの物であった。賦秀は広げて中を読む。
﹁饅頭があの後、府中城を落としたそうだ。﹃蒲生様がいなければ﹄
と、わざわざ三度も書いてある﹂
﹁⋮﹂
余りの事に、ぽかんと見返す賦秀。
それを見て信長は唇の端を持ち上げる。
﹁この武田との戦いで奮起せよ。その功績をもって遅参を許す。功
なくば⋮わかっておろうな﹂
﹁は、ハハッ﹂
頭を下げると、賦秀は陣幕から退いた。
﹁あ、書状を⋮﹂
賦秀が書状を持って行ってしまったことに気が付いた近習が声を上
げたが、信長はそれを手で制した。
かつて、尾張のウツケであったころを思い出すように笑みを浮かべ
ながら⋮
天正三年五月
織田の天下統一を決定付ける長篠の戦いが始まった。
255
61 慟哭︵前書き︶
新章突入とネタ回です
256
61 慟哭
三直 豊利が、ここ府中城にいてはいけない要因が三つある。
一つ目、
撤退反転攻撃により府中城を手に入れた織田家前田軍ではあるが、
大きな問題を抱えていた。
府中城から先は当然一向宗の勢力圏であり、つまり最前線である。
で、ここで前田家による越前侵攻を思い出してもらいたい。
西の海側ルートで北上し、府中前で待機、別働隊が東ルートを北上
し、先行した別動隊が東ルートを南下して挟撃する。
そう、東ルートの敵はまだ掃討されていないのだ。
もし、綿密な連携が取れるなら、今庄と木の芽峠の兵を府中城の南
に配備し、北で一向宗再集結で府中城が完全包囲される。
まあ、ある程度の兵糧は運び込んでいるので、殿が来るまでの数か
月を籠城する事は可能なはずだ。もっとも、一向宗の本隊がどれほ
ど集まるかによってその辺は変わる。
つまり。ここは大変危険だ。
二つ目、
織田の対武田が確定し、三河・遠江方面では運命の対決をしている
わけだ。
織田の総力を集結して当たるこの戦いに、もし大敗するようなこと
があれば、織田の命運は終わる。そうなれば、越前の一向衆が活動
を活発化させ、この府中になだれ込むのは明白である。
まあ、長篠の戦なら鉄砲の三段撃ちで勝てるのだが、歴史がどう変
257
わったのかオレにも予想はつかない以上、絶対勝てるわけではない。
つまり、油断は危険だ。
そして三つ目、これが一番重要だ。
加奈さんが第一子出産。
こうして、オレのプロジェクト﹃プリズンブレイク﹄は発動された。
ドタドタドタ
﹁ぬおおおお!!﹂
﹁周りこめ!囲むんだ﹂
すでに廊下の先には人の気配がある。だが、オレの脱出経路は完璧
だ。
横の戸板を蹴り飛ばす。雨戸の蝶番を外していた為、オレの一撃で
即席の脱出路となった。そして、雨戸横の格子に密かに結びつけて
おいた縄を握る。その手には茶を含ませて濡らした手拭いがまかれ
ている。滑り落ちるように館の外へ。
﹁し、しまった!?﹂
館の中から声がする。ククク。すでにルートは選定済み。準備は万
端よ。館内で騒ぎをおこし、注目を集めた以上、館から出たオレを
阻むものはない。
258
しかし、それは間違いであった。
ガッ!!
﹁ぐふっ!?﹂
曲がり角を曲がったところでオレは衝撃に襲われた。
﹁こ、これはサスマタ!?勝豊か!!﹂
﹁ここまでです。豊利様﹂
﹁勝豊。見逃せ。お前も父となる身なら、この気持ちわかろう﹂
﹁たしかに、我が身と思えば、その気持ち痛いほどよくわかります﹂
﹁な、なら!﹂
﹁しかし、それはそれ、これはこれ﹂
﹁き、貴様ー!!﹂
そして、前田慶次郎が部下とともに到着。
﹁あいや、中野勝豊お見事にござる﹂
かつては日野でその腕を競い合った仲︵?︶である慶次郎が豪奢な
扇子を開いて、勝豊の技を誉める。
﹁ほれ、禿鸞殿を捕まえよ。なに、首から上さえあればそれで構わ
ん﹂
﹁構うわああああ!!!﹂
いや、だってさ。もう俺の仕事はほとんどないのよ。兵糧管理は終
わったし。捕虜の大半は故郷に戻ったし、敵は攻めてこないけど、
259
掃討作戦もできないから危険なので、越前の石高調査とかもできな
いし、暇なのだよ。帰りたいのだよ。帰る必要性ならいくらでもあ
るのだよ。
﹁まあ、あきらめなされ。手紙なら日野に届けます故、さっさと書
類整理をするのですな﹂
キセルで煙草をふかしながら慶次郎が見張る中、オレの当面の仕事
は府中城に残った資料の整理である。
府中城では当然物資の管理と年貢の徴収なんかを行っていた為、こ
のあたり近辺の年貢記録やらが残っているのだ。そこから、このあ
たりの出来高を調べるのは立派な仕事であるのだが⋮
前にも話したと思うけど、公式記録方法って戦国時代にないのよ。
次に歴史のおさらいね。越前って朝倉が滅んだ後、織田に従った前
波、それを一揆で倒した富田。その後のっとった一向宗が支配して
いた。
うん。そうなんだ。日野よりもやばいんだ。
前波は元々朝倉の家臣なので朝倉方式使っているけど、どうも富田
さんは脳筋だったらしく、オレ流を使用。そして、一向宗は︵笑︶⋮
ウフフフフフ。すご∼い。富田さん時代の帳面の最後の一桁が全部
ゼロだ。こんな偶然ってあるんだ⋮って、そんなわけあるかぁぁぁ
!ただの、丼勘定じゃねぇかぁぁぁ!!!!!
もういいよ、やめようよ。帳面統合化計画なんてしないから。もう、
一から作ろうよ∼。
終わらないよ∼。
260
オレを日野へ行かせてくれ⋮
どうでもよい話だが、後に中野勝豊宛に﹃その槍さばき見事。大手
柄ナリ﹄なる感状が発見されている。この日に府中城で戦闘があっ
たという記録は見つかっていない。
261
62 長篠の後で
﹁ベロベロバー﹂
﹁びえええええ!﹂
﹁いないない。ばあ。﹂
﹁びゃああああ!﹂
﹁あっちょんぷりけ﹂
﹁ばゃああああ!﹂
﹁⋮この子はいつかオレを殺すかもしれない﹂
﹁なんでですか。﹂
ピシャリ。
息子︵生後1か月︶の気持ちがわかりません。
天正三年五月
長篠の戦があった。
織田徳川連合軍大勝。
その報に、越前府中城も沸き返った。
そんな中、
﹁三直様に生気がない﹂
﹁時々奇声が聞こえる﹂
﹁いや、奇声はいつもの事だ﹂
﹁三直様を見ると、なんだか干し柿が食べたくなってくる﹂
など言われながら、幽鬼のように書類整理に追われる事1ヵ月。
262
殿が5000の兵を連れて帰ってきた。兵の数が少なかったので確
ごうそ
認すると、大殿の本隊が越前一向一揆討伐にやってくるので、その
先陣としてきたのだそうだ。
それを大義名分として、殿に強訴して有給をもらうと日野城に直行
した。
直行した勢いのままに、家にダイナミックエントリーしたらちょう
ど授乳中。息子には大泣きされるわ、加奈さんには湯呑をぶつけら
れるわ、おまつ様と小姑の安様には︵なんでいるの?︶怒られるわ
と散々だったが、とりあえず、息子の銀千代とのファーストコンタ
クト完了。
﹁それにしても、三直様も名をあげましたな﹂
﹁は?﹂
銀千代は加奈さんの腕の中で眠っており︵オレが抱きかかえると必
ずハウリングを起こす。解せぬ︶のんびりとしていると、おまつ様
が聞いてきた。
﹁なんでも、千の兵で追撃する万の一向衆を撃破したとか﹂
尾ひれ付きすぎ。
﹁それは大げさすぎますよ。それに、蹴散らしたのは慶次郎様と蒲
生様。私は河野で兵糧を数えていましたよ﹂
﹁あら。竹中様と赤壁にも劣らない策をめぐらしたと評判ですよ﹂
なんで、そんなに詳しいんですか?
犯人は賦秀君から賢秀さんルートらしい。お∼い、賦秀君。自分の
263
武勇を誇るのはいいけど、他の人巻き込まないでよ。
﹁私がしたのはせいぜい下準備ですよ。撤退も奇襲も竹中様と慶次
郎様。本当にそれがしは河野で兵糧を数えていただけですよ﹂
寝ている銀千代の頬を指で突っつく。おおう、プルプルしている。
むずがるので名残惜しいがやめる。
﹁それに府中での戦なぞ、このたびの織田と武田の戦いに比べれば
小さな戦。影に隠れる程度の功績でしょう﹂
﹁あら、そうでしょうか。大殿は武田と戦う前に、府中での勝利を
伝え大きく士気を上げたと言っていましたよ﹂
信長さん。あんた、なにしてくれやがりますの?
まあ、撤退戦で無傷で来た前田、明智、羽柴に、一揆を蹴散らして
きた蒲生がいるのだ。その功績を高くして士気を上げるのは、正し
いと言えば正しい。勝てたとはいえ相手はあの武田だったのだ。
﹁三直殿。私たちはいつごろ加賀に?﹂
﹁まず、越前ですね。大殿の本隊が討伐してからになるでしょう。
あとは、加賀をどこまで攻めるかですが⋮﹂
﹁⋮長島の話を聞きました。血が流れますね﹂
﹁ええ、加賀はおそらく長島以上になるでしょう﹂
オレの言葉に、辛そうな顔をするおまつ様。
﹁こればかりは、どうしようもありません﹂
加賀一向宗は、越前のようなにわか一向宗ではない。筋金入りだ。
小手先の離間の計が効果を発揮する事はないだろう。
264
越前の策は、そもそも加賀一向宗と戦い続けた朝倉家の民だからで
きた話だ。武家に支配されることを知っており、百姓の国としての
弊害が目に見え、かつて敵だった一向宗に反感を持つという下地が
あって可能だった話だ。
だが、一向宗に支配されて100年近く経つ加賀は、すでに一向宗
に支配されて生きているものたちの国だ。そこから一向宗を排除す
るのは、生半可なことでは出来ない。
﹁出来るだけの事はしますがね﹂
息子に指を握られる至福の時を味わう。
265
63 国主︵前書き︶
皆さんお待ちかねデスマーチの始まりです
266
63 国主
天正三年八月
織田信長の率いる第二次越前加賀侵攻が始まった。
まさに蹂躙である。
織田信長以下、佐久間信盛、丹羽長秀、簗田広正、蜂屋頼降、細川
藤孝の本隊。その数3万。
先陣として前田利家は、再び佐々成政、不破光治が与力として付き
1万。
さらに、明智光秀と稲葉一鉄、安藤守就、氏家直元の美濃三人衆が、
美濃方面から越前へと向かう。
ちなみに、蒲生賦秀君は今回の越前加賀侵攻には参加していない。
柴田勝家、滝川一益と一緒に、武田討伐で甲斐信濃にいる。
この大軍を前に、先の府中の戦いで捕虜となった農民達はこぞって
降伏。わずかに抵抗しようとした村は容赦なく滅ぼされた。老若男
女問わず、文字通りその村は全滅である。
そのまま北上、府中よりわずか8日で加賀に進軍。
わずか数日で大聖寺城陥落。
そして手取川を境に加賀南を制圧すると、後を前田利家に任せて尾
張に帰還。第二次越前・加賀侵攻は14日で終わりを告げた。
前田利家は越前八郡を手に入れ、北の庄城を改修。加賀侵攻の足掛
かりとする。
前田利家は加賀守の官位をもらっているのだが、加賀南の二郡は簗
267
田広正に任された。
これは、信長による配慮なのだろう。
越前と違い加賀侵攻は、血を血で洗う虐殺の連続だったのだ。それ
は、この後の加賀切り取りでも同じであると想定される。
朝廷より加賀守の官位を持つ前田が虐殺を行えば、朝廷が恐怖で加
賀を制圧するという構図が出来てしまうのだ。
そこで、同じ織田家中であるが、別の家臣に加賀切り取りをさせて、
その後前田加賀守が統治する。そうする事で、後世にシコリを残さ
ないようにしようという事なのだろう。
ついでに、そうなるまでに素敵な状況になった越前を何とかしてお
いてくれ、という思惑が見え隠れしているがな!!
とりあえず、いろいろ隠しきれない思惑もあるが、前田利家は国持
ち大名レベルへと出世を果たしたわけである。
すばらしい、おめでとう。
で、終わる話でもないのだ。
少し整理をしよう。
南近江一郡日野城主になった際、新規に追加された蒲生家は、その
まま日野城の城主に就任したので越前には来ない。つまり、越前に
行く前田家は荒子城から来てくれた家臣+日野で新規雇用した武将。
荒子時代に比べても、それほど増えているわけではない。︵ただし、
問題児は確実に増えている︶
前田加賀守は越前統治に際し、佐々成政と不破光治を主とした与力
を多数与えられている。これを配下として組み込めば、越前前田家
の武将は3倍になったと見ていいだろう。
268
そして、重要な点。
内政官増加率 プライスレス。
ふざけんなーーーーーー!!!
領土8倍、武将の数が3倍で、なんで内政官は1倍︵当社比︶なん
だよ!!!
明らかに数が足りないじゃないか!!!
﹁楽しい思い出プライスレス﹂みたいなノリで言っても、隠し切れ
ねぇよ!
振り返って楽しい思い出じゃなくて、目の前まで来ている確かな現
実︵絶望︶だよ!
そもそも、ウチの内政手続きは、荒子城形式をそのまま引き継いで
やっているんだぞ。
あくまで対象は一城の管理体制用の収支管理形式だ。
家庭の家計簿をどんなに画期的にしても、会社の経理はできないん
だよ!!自転車乗れるからバイクも乗れるとかトンデモ理論展開し
ているのと同レベルなんだよ。似ているのは同じじゃないんだよ!!
戦国時代は武将がそのまま統治者として管理する。だから、人員増
員はそれほど必要ない。って、わかっとるわ!!
問題は、その新武将に荒子式帳簿を徹底させた上で、その上位互換
の統括系の管理システムを構築する必要があるんだよ!!
誰がするかって、オレしかいないだろ。ってか、オレがやるものだ
って暗黙の了解で、話題にすら上がらなかったよ!
越前もらって、領土の管理の話はするのに、なんで誰も越前総括管
理の話をしないんだよ。おかしいだろ!?
269
しかもヤバイ事に、越前の歴史がオレの仕事をベリーハードモード
を超えてファナティックかナイトメアまで押し上げているんだ。
あえて、羅列してみるぞ。
越前でまともに統治していた朝倉家。壊滅。
その後を継いだ前波家。壊滅。
それを一揆で滅ぼした富田家。壊滅。
すべてを灰燼に沈める者。一向一揆。壊滅。
全滅してるじゃねぇか!!!!!
前任者いないとかってレベルじゃないよ。前任者遡っても滅んでい
るんだよ!!
府中城で帳面整理している段階から、いやな予感はしていたんだ。
まっとうな内政システムを構築していたら、ここまでバラバラな記
録方式をしているはずないだろうって。
そうかそうか、統治者変わる毎に新規で内政システムを構築して、
毎年統治者が滅んで白紙に戻っていたんだね。
なぜだろう。越前侵攻失敗していたほうが、オレ確実に幸せだった
気がする。
270
64 一乗谷
とりあえず越前統治システムは、若狭を統治している丹羽様のコネ
で溝口様あたりにノウハウを送ってもらうよう手紙を書こう。
それとは別にオレは、新規の仕事をしなければならないのだ。
一乗谷。
かつて、越前を支配していた朝倉氏が居城と定めた場所である。
北の小京都とも呼ばれ、京都から難を逃れた貴族も多く。越前の文
化が花開いた場所である。
そして現在、どう見ても焼野原です。本当にありがとうございまし
た。
分からなくもないんだが、そもそも朝倉が滅んだ際、攻め込んだ織
田軍が一乗谷に乗り込み略奪の限りを尽くしている。その後に一揆
である。
そりゃ、﹃百姓の持ちたる国﹄を自称する以上、武士とか貴族が目
の敵にされるのは当然なわけで、ハイソでエレガントな小京都と呼
ばれる一乗谷なんて恰好の的である。
正直、今回の越前進行で、大殿が一乗谷に陣を敷いたのだが、この
惨状にあきれ果てたのか、僅か一晩で加賀との国境にある豊原に陣
を移している。
越前の地理を話すうえで、この一乗谷は絶好の場所にある。
越前でもっとも肥沃な農耕地帯は越前中部の九頭竜川の流れている
271
場所だ。そして、この一乗谷はその九頭竜川の上流にある。
地形的にも、谷と呼ばれているように、守りやすい地形をしている。
防御能力の高い一乗谷を出ればすぐ九頭竜川。その川を下ればその
まま肥沃な越前の農耕地帯。
まさに神立地である。
あくまで、越前一国で限定するならだ。
戦国大名なら、自国の防衛を第一と考えて堅城を築くのだろうが、
加賀侵攻を目指す前田家にとって、居城は防衛拠点ではなく越前の
支配拠点だ。後方の近江や若狭は織田領で、最悪の場合は退く事も
容易である。そういう意味で、籠城を想定し堅城を築くより、周囲
が平地で交通の便が良く、人口的にも農業的にも栄えている九頭竜
川近郊に統治を想定した城を築くほうが重要なわけだ。
そんなわけで、前田家としてはわざわざ一乗谷を城として復興させ
る価値はない。
そこで、オレは殿にお願いして、加賀侵攻の為にこの一乗谷を再興
する事にしたのだ。
何で復興させるかって?
そんなの決まっているじゃないか。
ここに坊主を押し込めるんだよ。
加賀は一向宗に支配された正真正銘の宗教国家だ。そのつながりは、
流言飛語程度で揺らぐような生易しい話ではない。
だからこそ、加賀一向衆を加賀の民から引き離す。
東西約500m、南北3kmの谷間だ。周囲は谷間で防衛に適して
いるが、同時に出入りは谷の入り口と出口で制限できる。
現在、焼け野原で区画整理は容易だ。既存勢力は灰燼に沈んでいる。
272
越前侵攻により織田が支配したといっても、織田の大軍によって身
を潜めただけのものも少なくない。
そういった勢力の求心力となるのが宗教団体だ。
武家とは違う支配体制を持ち、社会的特権階級。司法権、徴税権、
軍事権を持っている。
その根底にあるのが、この時代の寺社は不可侵という暗黙のルール
だろう。比叡山焼き討ちされてまだ気がついてないらしい。宗派的
な問題と見ている楽観論者も少なくない。
なので、まず地元勢力から引き離す。
立派な寺を建ててやろう。
豪奢な袈裟をくれてやろう。
一乗谷という一等地を与えてやろう。
そして、お前たちの軍事権を切り離す。軍事力なく司法ができるか
?軍事力なく徴税できるか?
ぜひぜひ、がんばってほしいものだ。
とはいえ、これって、どう見ても数年単位の仕事だよな⋮
273
65 統治
越前の税率は四公六民。
第二次越前侵攻時に大殿からチクチク言われたが、それは認めさせ
てもらった。府中撤退戦の策の一環でもあったし、度重なる一揆で
ボロボロの越前で食っていくには、思い切った税率にする必要があ
ったのだ。
そのために足りない分を織田家から出してもらう事も了承してもら
った。その件でさらにチクチクといわれるんだが。クソッ。信長!
絶対わかっていて言ってやがるな。ニヤニヤ笑って、事あるごとに
チクチク言いやがって!
むろん、事前に加賀守である殿にも許可はもらってある。足りなく
なった分は、オレを窓口に織田家から提供してもらう予定なわけで、
ここでキレるわけにはいかない。
お代わり要求するたびに、大殿から色々言われるわけだ。
仕事が増えるよやったね。豊利ちゃん。
チクショーーーー!!
オレが墓穴を掘る中で、殿は越前の支配体制を整えていく。
まず、前田加賀守利家様が越前北部の北の庄を拠点とし、与力の不
破様、佐々様は加賀との国境近くにある坂井郡に数万石ずつを与え
られている。
府中城10万石には前田慶次郎が入り、先の四公六民の責任を取る
べく、帳面片手にがんばっているようだ。
ククククク。慶次郎。オレは忘れてはいないぞ、オレの頭に見事な
モミジを作ってくれた礼をな。さっさと机に向かって花押を押す仕
274
事に戻るがよい。武勇高く、教養溢れる、風流人である前田慶次郎
利益様ともあろう人が、よもや地道な内政ができぬとは申すまい。
まあ、その部下は荒子城の利久派の家臣ばかりなので、うちのやり
方は十分わかっているはずだ。
はっはっはっはっは⋮
で、何でオレが府中城近くの領地を持つことになっているの?オレ
利家派だろ?
﹁北の庄は前線。まだまだ、安全とは言いがたい。これからの越前
と一乗谷は忙しくなる事が予想されている。なら、府中近辺近くに
おれば、容易ではござらぬか﹂
﹁いや、それなら一乗谷に近い九頭竜川近郊の方が⋮﹂
﹁それにほれ、四公六民の年貢はそれがしにも荷が勝ちすぎる。そ
の話を信じる府中の民の信頼を得る為にも、ここは言い出しっぺの
禿鸞殿の手腕に期待したいな﹂
くそ、あの傾奇者め。わかっていて言っているな。
そして、府中城の目と鼻の先。傾奇者め、何かあったらオレにタカ
ル気か。いい度胸だ。
どうやら、お前とは長い戦いになりそうだ。
とはいえ、この采配はあの問題児が考えたにしてはよくできている。
越前でもっとも豊かな九頭竜川近辺は前田家の重臣たちに分配され
ている。
譜代とはいえ家としては新参者のオレがそこに食い込めば、重臣達
から余計な目で見られる事になる。また、肥沃な土地であるが故に、
その収穫は越前収入の根幹となる。領地経営の重要度が上がり、片
手間にするわけにはいかないのだ。
その点を考えると府中近辺は、九頭竜川から離れているが、敦賀ま
275
での重要な陸路であり、豊かでないが故に領土管理が簡単だ。近隣
住人は︵いろんな意味で︶前田家に服従しており従順だ。
領土とは個別に、一乗谷の管理も任されているが、石高という意味
では全く期待できないだけの焼野原。そこに来るのは厄介者の坊主
一団と、褒められこそすれ妬まれる要素がない。
⋮妬んでもいいのよ。︵チラッ
熨斗つけて進呈してあげるから。︵チラッ
⋮
チクショーーーー!!
どうせ、貧乏くじだと思っているんだろ。オレだってそう思ってい
るんだよ!
276
66 越前差配
さて、オレの仕事だが、いろいろあるわけで。
・国主用統括システム構築
・一乗谷お寺化計画
・越前支援窓口︵織田家限定︶
統括システム構築は、まだ溝口さんから返事が来ていない。
お寺化計画もまだ始動段階だ。焼野原を渡されても、一向宗だって
何の魅力も感じない。あくまで越前の賦役で立派な寺を建てる所か
らスタートだ。
織田家への支援も、まだ賦役自体が始まっていないので、後回し。
なので、今必要とする重要な仕事はこれだ。
・通常業務︵年貢︶
第二次越前侵攻で領土を取得したのが八月。その後の領地配分など
のゴタゴタで1ヵ月なんてすぐだ。
つまり9月。そう、年貢の季節である。
当たり前の事だが。収穫するには作物を植えなければならない。
さて、そこでちょっと振り返ってみよう。
天正三年三月 第一次越前加賀侵攻
天正三年四月 引き鳥府中
天正三年八月 第二次越前加賀侵攻
天正3年はホットなイベント盛り沢山な越前ですが、5月の田植え
277
前に戦争があった。
百姓の持ちたる国である以上、その兵士は百姓だ。
引き鳥府中で織田軍大勝したわけで、当然負けた越前一向宗の数は
減っている。
つまり、労働力が減っているわけだな。
あのね。5000の捕虜を解放したのって、さっさと帰って田植え
してくれなきゃいけないというのも理由の一つなんだ。
﹁我が策なれり︵キリッ︶﹂って、カッコつけてみても、ある意味
自分の首絞めているだけなんだよね。ウフフフフフ。
なんで少しくらい失敗してくれないかな蒲生君に慶次郎よ⋮
まあ、要するに田植えの季節に戦争しかけた結果、今年の年貢は四
みやび
公六民でも笑っちゃうような出来高が見込まれるわけです。
ネタや雅なギャグじゃないぞ。皮肉だぞ。
とりあえず、年内は何とかできる。
第一次、第二次越前加賀侵略で持ってきた兵糧だ。その大部分を分
散して越前に保管してある。大殿の許可はもらってこっそり着服⋮
じゃなく提供してもらった。
この食料配給の名目で賦役をする。その賦役の労働力で一乗谷に寺
を建てたり、荒廃した田園の復興をするわけだ。
うむ、何とか展望は見えているな。
では、整理しよう。
まず笑っちゃう収穫高での年貢徴収を終わらせる作業がある。︵基
本難易度設定 ↓ イージー︶
そしてその次に、越前侵攻で余った分の兵糧の管理が必要となる。
命を賭けた戦争している中、食料を厳密に管理するような人間は稀
であり、正真正銘のどんぶり勘定でやっているところが大半だ。そ
278
の余った兵糧の数というのは、当然記録が残っているはずもなく。
人力で確認だ︵難易度UP ↓ ノーマル︶
そして、その兵糧の残高を明確にしたら、それを救済配布食料にし
て賦役を課せる。一乗谷に九頭竜川の治水。縄張りからなにまで必
要だ。︵難易度UP ↓ ハード︶
そして、それでも足りない分は織田家にお願いして提供してもらう。
これもやっぱりオレの仕事︵難易度UP ↓ ナイトメア︶である。
チュートリアル︵戦争︶が終わったら設定がナイトメアスタートと
か、鬼仕様にもほどがあるだろ!?
そんなわけで越前侵攻最初の年貢の季節からデスピカリパレードで
す。
そして、それが全部終わってようやく越前国主としての統括システ
ムの作成と、そのシステムに現状を落とし込んでの管理体制が必要
になります。
つまりデスピカリボーナスパレードだな。
悪化してるじゃないか!!
279
66 越前差配︵後書き︶
越前統治における概要︵主人公の仕事︶はこんな感じになります。
280
67 一向宗対策
天正三年十一月
思いっきり目論見が外れた。
前にも話したが、当初の計画では、収穫が終わったところで賦役を
させて国内を安定させようという話だった。
賦役を課すのは、当然収穫が終わった閑農期だ。
当然日本の季節は均一だ。つまり、越前が閑農期であるという事は、
隣の加賀も閑農期であるという事だ。そして、加賀一向衆が敵対国
と隣接し閑農期になると何をするか。
そう、一揆である。
食料配給型賦役の話が出回っているせいか、越前中央部から南部は
平和なものである。まあ、織田家によって越前侵攻時に一揆しそう
な村は皆殺しにしているというのも理由の一つだろう。
だが、代わりに加賀がヒドイ。
手取川の向こう側よりも、取ったはずの支配地域である越前北部や
加賀南部で雨後の竹の子のように一揆がおこっている。
お前ら自重しろよ。侵攻後三ヶ月で蜂起とか、脊椎反射もびっくり
だろ!?
この事態に愕然とするオレとは違い、殿はある程度想定していたよ
うだ。加賀の簗田様や、北の庄城から前田軍が出撃し、領土内の一
向一揆を鎮圧している。
問題はここからだ。
281
一乗谷だ。
ここに、一揆をおこした一向宗の坊主どもを放り込むという話で大
殿とも話をつけた。
一応、織田家は一向宗の寺建立を禁止している手前、おおっぴらに
一乗谷に新しい寺を建てる事はできないのだが、詭弁を弄して許可
をもらった。
一揆の中心となる坊主は、当然近隣住人から信仰される寺を持つ。
坊主を一乗谷に移動する際、それらの寺を解体し、その建材を一乗
谷の寺建立に使用する。
つまり、新しい寺の建立ではなく移築だな。
これには利点がある。
まず、坊主の一乗谷逃走を避ける事が出来る。一乗谷を逃げ出して
も、地元に戻ったところで寺はない。建立させるにも﹁お前の寺は
一乗谷にあるじゃん﹂と言われたら建立する名分がなくなる。
そしてなにより重要な利点。
現在建立されている寺を解体するので、材料の確保や加工の手間が
減る。つまり、オレが織田家にお代わりする資材の量が減る。
大事な事なのでもう一度言うが超重要な利点である。
と、そんな構想で、一乗谷お寺化計画を賦役でさせようと計画して
いたわけだが、賦役で準備を整えるよりも早く脊椎反射一揆がおこ
ったせいで、計画を前倒しにして、早急に坊主収容施設を作る必要
があるのだ。
一応、一乗谷の青図面はある。
まず谷の中央に﹁参道﹂とよばれる参拝客用の広い道を作る。コレ
は緩衝地帯だ。そして、宗派ごとにエリアを作り坊主を押し込める。
参道の管理は前田家で受け持ち、そこでの裁量権は、宗派に関係な
くこちらの持ち物にする。
入り口周辺を天台宗のエリアにして、谷の出口周辺に門前町を作ら
282
せる。数年前の比叡山の焼き討ち以降、天台宗は勢いを失い。本拠
地の比叡山を失ったためにあぶれた僧たちも多い。美濃尾張の天台
宗のつてを頼りに、そういった僧を集める。
次に、一乗谷の中央にもっとも大きな真言宗の寺﹁一乗寺﹂を建立。
一乗谷にある寺はこの寺より大きなものを作ってはいけないと定め
る。
北陸地方で古くから信仰されている真言宗は根強い。一乗寺を建立
させるからと高僧を派遣してもらうように頼み込んだ。
一乗谷を真言宗の勢力化に置くという名目で、実際は一向宗の監視
であり、その為の貢物が﹁一乗寺﹂と一乗谷最大の権威だ。
で最後に、越前のみならず加賀の坊主も受け入れるという名目で、
一向宗のエリアを一番大きく設定する。
攻する事で、越前一向衆と加賀一向衆との確執をあおる。なにせ、
こちらが重視するのは越前一向衆。後からやってくる加賀一向衆は
その下に置く。
そして、ここからが重要。
所属する僧侶の数と、寺の規模で扶持米を与える。
こうすることで一乗谷に寺領を持たない寺社が出来上る。もちろん、
信者の喜捨に関してはノータッチだ。つまり、現在ある寺社には一
切影響を与えない形で、織田家が寺を建ててくれるだけなのだ。彼
らに不利益はない︵ただし、一向宗は除く︶。
そして、扶持米を多く手に入れるには、僧侶の数を増やし寺を建立
させる必要が出てくる。しかし、与えられたエリアは有限だ。
扶持米を増やすために僧侶を集め、寺を立てれば、当然保管庫を建
てる場所が減る。
もし、万が一暴発したとしても一乗谷は谷だ。
入り口を封鎖してしまえば、どれほど守りに適した地形であっても、
食料が尽きて終了である。彼らに与えられたエリアは有限なのだ。
283
効率よく扶持米を集めようとすれば保管場所が減り、保管場所を増
やせば、支給される扶持米が減る。人を増やせば消費量が増える。
そして、それらのバランスを調整していれば、扶持米を支給するオ
レ達がその動向を察知できる。
もちろんそれ以前に、一乗谷の中にある他宗派と歩み寄りを見せて
織田家に反旗を翻せるならばだ。そこまでがんばってくれたとして
も、当然オレたちはその他宗派に狙いを定めて調略をかける。
と、ここまでは青写真が出来上がっているわけだが、ここから、こ
の写真を現実にする作業が待っている。
そう、寺建立とそのための賦役の割合分担。次に人員と寺社による
扶持米配給基準の作成。
参考になる資料とかあればそれをパクるんだが、そんなものないよ
な⋮
前田家家臣に仕事を振り分けるには、加賀一向一揆対策で忙しいし。
でもって、一揆対策している前田家ががんばればがんばるほど、一
乗谷に押し込める一向宗の数が増えると。いや、わかっているんだ
けどさ・・・
まず寺より住居。いや、住居兼寺って事で仮設を建てて、その後で
改修という形で本殿を作って。あ、でもその前に﹁一乗寺﹂を作ら
なきゃならないわけで。コレを立派に作っておかないと寺の作成基
準であるドレットノート級ができないわけで・・・
おかしい、仕事をこなしているのに作業量が増えてるようにしか思
えない⋮
284
68 二杯目だけどそっと出す
天正四年一月
年始に前田加賀守が大殿に挨拶に行くので同行する。
オレが同行する目的は、寿命削られイベントの消化だ。
そう、越前援助のお代わりである。
越前侵攻半年で、もうお代わりである。
しかたないじゃん!!越前の新領土の年貢︵笑︶の収入しかないの
に、加賀で起こった脊椎反射一揆とかで出費かさんで、一乗谷普請
で賦役の人員裂かなきゃならないんだ。
これで、治水と新田開発にも人員を振り分けないと、いつまでたっ
ても織田家にオンブに抱っこの、お荷物状態が続くことになるのだ。
おかしい、敦賀から琵琶湖までの道設置とか、そっちに割り振るマ
ンパワーが圧倒的に足りない。コレがないと将来の六公四民が⋮
のぶただ
そんなわけで、資金に資源に食料と、戦略ゲームのお約束三種の神
器のお代わりが必要なのだ。
おだ
さて、実は去年の十一月末に信長は、嫡男の織田 信忠に家督を譲
っている。
つまり織田家は信長の手を離れたという事だ。もちろん、実権は信
長が握っているのだが、それはよくある話。
要するに、今まで織田信長は織田会社の社長兼買収した他会社︵大
名︶の大株主だったのが、それらをすべてまとめてグループ会社に
して社長を辞任。会長として統括する立場という訳だ。
最大規模にして主要企業である美濃尾張の織田家は嫡男に任せて、
285
他の大名家にはにらみを利かせて実質支配する。
余計な社内業務︵美濃尾張の支配︶をせずに、グループ全体︵織田
家配下︶の運用を行う立場であり、織田信長が本格的に天下人とし
ての支配体制を整えたことを意味している。
首都圏︵近畿︶のシェアを確立させたので、傘下企業を一本化して
グループ企業にして、全国展開に打って出る。そういう話だ。
まあ、そんな織田グループの事はどうでもいい話で、年始の挨拶は
織田家の直臣の権利であり、殿の名代でもない陪臣のオレには出席
する権利も義務もない。まあ、殿から大殿に、オレからお代わり要
求の話できたことは伝えてもらう予定なので、しばらくしたら呼ば
れるだろう。
・・・甘かった。
当日によばれた。早いよ。
﹁饅頭。面を上げよ。﹂
さくま
のぶもり
平伏するオレに、上座の大殿が口を開く。
岐阜にある織田家重臣の佐久間 信盛様の館の一室だ。家督を譲っ
て隠居状態という名目で、織田信長は居城岐阜城から引き払ってい
る。とはいえ、実質支配者である為、佐久間様も心得たもの、きち
んと畳が引かれて暖も取られている。
そんな、大殿は手に書状を持っている。
あらかじめ殿経由で提出してもらった、お代わり内容の内訳一覧だ。
286
正直書いていて胃が痛くなった。もともとが、深く考えずにドンブ
リ勘定で言った﹁四公六民﹂だ。これを五公五民というこの時代で
も比較的安い年貢になるよう再計算しても、必要数は越前50万石
の1割。5万石という計算になる。うん、日野城時代の収入全部く
らいかな?六公四民並みにするなら、日野城二つ分だ。
しかも、これは越前を統治し始めた初期の段階なのだから、手間は
余計にかかるわけで、さらに必要数は倍率ドン。
あ、あの⋮初期投資って大事なんですよ。起業一年目が赤字なのは
仕方ない事って説明できるわけもないわけです。
﹁⋮﹂
案の定、大殿である織田信長の表情は無表情だ。
一応、莫大な援助物資が必要になることは、第二次加賀侵攻時に伝
えているのだ。︵見積もりだって出している︶第一次侵攻時の撤退
という無理な命令を聞いた借りと、蒲生君のとりなしとか、勲功な
どもろもろを返上しての許してもらった話なのだが、所詮焼け石に
水である。
﹁いいだろう。﹂
﹁ハハッ。ありがとうございます。﹂
数秒の沈黙の後、大殿から裁可が下る。
オレの第一回の寿命を削ってのお代わり要求成功である。第一回で
この難易度。第二回以降どうなるか考えると眩暈がするわ。
﹁ただし﹂
﹁!?﹂
﹁敦賀から琵琶湖までの道を整備せよ﹂
﹁は?﹂
287
たしかに、越前の道の整備の賦役も、大殿には報告してある。だが、
さっきも言ったように裂く賦役の人員がいない。まあ、来年以降に
石高安定させてから取り掛かろう的な目論見がないではないが、ま
だ先の話だ。
先の話だった。
﹁安土山に城を建てる。ワシの城だ。﹂
﹁⋮﹂
コレはたぶん安土城。その場所に、思いっきり心当たりがあった。
南近江日野城のすぐ近くにあった安土山。もしかしたらと思ってい
たが、本当にあそこに城が建つのか。
何を隠そう、商業路設置のための物資一時保管場所に指定したのが、
旧観音寺城跡である安土山のふもとである。
﹁五郎左に普請させる。お前の作った伊勢への道の続きと思え。よ
いな。﹂
﹁ハハッ﹂
って、承っちゃったけど、コレどうしよう。
あ、胃が痛くなってきた。
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PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n0561cm/
加賀100万石に仕える事になった
2015年4月20日17時46分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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