PDFファイル - 有機分子触媒による未来型分子変換

文部科学省科学研究費補助金「新学術領域研究」
(平成 23~27 年度)領域略称名:「有機分子触媒」 領域番号:2304
有機分子触媒による未来型分子変換
http://www.organocatalysis.jp/
News Letter No. 35
2014 Nov.
◆◆◆ 研究紹介 ◆◆◆
様々な不斉有機触媒反応を開花させている 5。
キラル 3,3’-二置換ビナフチルジスルホン酸を
用いる高活性有機分子触媒の精密設計
A01 班 波多野 学(名大院工)
酸性プロトンを持つ C2 対称なキラルビナフチル化合
物は、キラル有機分子触媒として優れた機能を発揮し、
多くの不斉触媒反応で用いられている(下図、数値は理
論計算による pKa の文献値)1。これらの Brønsted 酸触媒
は、天然のキラル源とは異なり、両鏡像体が安価に入
手容易な人工分子である(R)-または(S)-1,1’-ビナフチル
-2,2’-ジオール(BINOL)から合成できるため、所望する
反応生成物の絶対立体配置に合わせて鏡像体を使い分
けられる。一般的に、触媒における Brønsted 酸性の強
さは触媒活性を特徴づける大きな要因となる。そこで
我々は、酸性の強い官能基であるスルホン酸に着目し、
その酸性度に見合った高い触媒活性が期待できるキラ
ル 1,1’-ビナフチル-2,2’-ジスルホン酸(BINSA)を創製し
た 2。特に、キラル BINSA に対してアキラルなアミン
を組み合わせて、酸性度と 3,3’位の置換基に相当する立
体効果を調節できるキラル BINSA アンモニウム塩触媒
を系中で調製し、直截的 Mannich 型反応を始めとする
様々な不斉有機触媒反応を開発済みである 2,3。
O
SO 3H
SO 3H
pK a –9.06
O
Tf
P
O
O
O
N
H
–3.40
O2
S
NH
S
O2
SO 2
NH
SO 2
–3.35
0.15
Ph
O
O
CO2H
CO2H
P
O
OH
OH
OH
OH
OH
O
Ph
3.15
3.97
13.22
Ph
O
Ph
19.02
一般にキラルビナフチル化合物の 3,3’位へのアリー
ル基やシリル基などの置換基導入は、立体的及び電子
的効果から触媒設計の常套手段である。もちろん高活
性なキラル BINSA においても、更なる不斉触媒反応を
開拓するにあたって、3,3’位への置換基導入が期待され
る。しかし、当時の状況では、List らによる 3,3’位に電
子求引性アリール基を導入した BINSA (式 1、1 例のみ)
や、我々のグループによるハロゲン、シリル基、ボリ
ル基等の限定的な導入法が報告されているだけだった
4
。なお、List らはこの後ジスルホンイミドへと変換し
て(式 1)、向山アルドール反応や細見・櫻井反応など、
こうした背景のもと、最近我々は、既知化合物の光
学活性 3,3’-ジブロモ-1,1’-ビナフチル-2,2’-ジスルホン
イミド(1)から、カップリング・保護・加水分解・還元・
酸化を経て、基質一般性の広い様々な光学活性
3,3’-Ar2-BINSA の合成を達成した(式 2)。このポイント
は、化学的に極めて安定なジスルホンイミドおよびス
ルホンアミドを如何に効率良く切断できるかにあった。
特に、中間体 4 の穏やかな条件での連続的な Red-Al 還
元と酸素酸化(O2/KOH)の反応プロセスを試行錯誤の末
に開発し、既知化合物 1 から最短 8 段階で光学活性
3,3’-Ar2-BINSA(5)を高収率で得ることができた 3,6。現在、
合成した光学活性 3,3’-Ar2-BINSA の強酸性を活かした
様々な不斉触媒反応の開発を鋭意検討中であり、近い
機会に成果を発表したい。
(1) Yang, C.; Xue, X.-S.; Li, X.; Cheng, J.-P. J. Org. Chem.
2014, 79, 4340.
(2) Hatano, M.; Maki, T.; Moriyama, K.; Arinobe, M.;
Ishihara, K. J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 16858.
(3) (a) Hatano, M.; Ishihara, K. Asian J. Org. Chem. 2014, 3,
352. (b) 波多野学, 西川圭祐, 石原一彰 TCI メール
2014, No. 160, 2.
(4) (a) García-García, P.; Lay, F.; García-García, P.;
Rabalakos, C.; List, B. Angew. Chem. Int. Ed. 2009, 48,
4363. (b) Hatano, M.; Sugiura, Y.; Ishihara, K.
Tetrahedron: Asymmetry 2010, 21, 1311.
(5) van Gemmeren, M.; Lay, F.; List, B. Aldrichimica Acta
2014, 47, 3.
(6) Hatano, M.; Ozaki, T.; Nishikawa, K.; Ishihara, K. J. Org.
Chem. 2013, 78, 10405.
◆◆◆ 研究紹介 ◆◆◆
強酸性炭素酸を鍵構造とする
新しい有機分子触媒の設計と利用
A01 班 矢内 光(東京薬大薬)
我々は,A01 班が目指す「有機分子触媒の制御シス
テム設計開発」の一助として,有機分子触媒を設計す
る際の選択肢となる有望かつ斬新な酸性官能基の提案
を目標としている。特に,二つのトリフリル基で gem二置換された炭化水素 Tf2CHR(Tf = SO2CF3)に注目し,
こ う し た 炭素 酸 の
合 成 か ら 構造 化 学
研 究 や 酸 触媒 と し
て の 性 能 評価 ま で
を行ってきた。
Tf2CHR が,硫酸に匹敵する強酸性炭素酸であること
は古くから知られていたが,合成法の制限などのため,
長らく注目されてこなかった。一方,我々は,置換基 R
として様々な分子構造をもたせることができることか
ら,この炭素酸が触媒作用などの機能をもった強酸を
開発する上で有利なのではないかと考えた。既に,
Tf2CH 型炭素酸の合成法を幾つか開発し,既存の酸を凌
駕する高活性な有機酸触媒も報告している 1。また,合
成した大部分の炭素酸は,潮解性や発煙性といった物
性を示さない,ハンドリングに優れた結晶性化合物で
あった。本稿では,炭素酸の共役塩基である極安定カ
ルボアニオンに着目した有機双性イオン触媒について
紹介する。
Tf2CHCH2CHTf2 の逆 Michael 反応あるいは Tf2CH2 と
パラホルムアルデヒドの脱水縮合反応で生じる
Tf2C=CH2 は,求電子性に富み,種々の求核剤で補足で
きる。その検討の途上,アニリニウム型双性イオン 1
(式 1)2 や,ピリジニウム型双性イオン 2(式 2)の
合成に成功した 3。
の超共役によって大きく安定化されていた 3。
アニリニウム型双性イオン 1 は,官能基許容性に優
れた酸触媒として利用することができる 4。例えば,1b
の存在下で,ジメチルアセタール構造をもつベンズア
ルデヒド 3 にケテンシリルアセタールを作用させると,
カルボニル基だけが反応した Mukaiyama アルドール生
成物 4 が得られた(式 3)
。また,反応基質の適用範囲
は限定されるが,アセタール選択的な反応が起こるこ
とも見いだしている(式 4)。
驚くべきことに,活性水素をもたないピリジニウム
型双性イオン 2b も新しいタイプの有機分子触媒として
利用できた。例えば,0.1 mol%の 2b を用いると,2-メ
チルシクロヘキサノンに対する Mukaiyama アルドール
反応が効率よく進行した(式 5)
。
我々のグループでは,他にも Tf2CH 型炭素酸の新た
な合成法 5 や酸性官能基の開発を行っており,触媒作用
を含む多角的な炭素酸の化学を検討している。
(1) 矢内 光, 田口武夫 有機合成化学協会誌 2014, 72,
158–170.
(2) Yanai, H.; Yoshino, T.; Fujita, M.; Fukaya, H.; Kotani,
A.; Kusu, F.; Taguchi, T. Angew. Chem. Int. Ed. 2013, 52,
1560–1563.
(3) Yanai, H.; Takahashi, Y.; Fukaya, H.; Dobashi, Y.;
Matsumoto, T. Chem. Commun. 2013, 49, 10091–10093.
(4) Yanai, H.; Ishii, N.; Matsumoto, T.; Taguchi, T. Asian J.
Org. Chem. 2013, 2, 989–996.
(5) Yanai, H.; Egawa, S.; Yamada, K.; Ono, J.; Aoki, M.;
Matsumoto, T.; Taguchi, T. Asian J. Org. Chem. 2014, 3,
556–563.
◆◆◆ 研究紹介 ◆◆◆
光電子移動触媒を用いた含窒素化合物の変換反応
の開発
A02 班 三宅由寛(名大院工)
これら双性イオンのカルボアニオン部は,トリフリ
ル基による電子求引性誘起効果と*S–CF3 軌道による負
[Ru(bpy)3]2+のような遷移金属ポリピリジン錯体は基
底状態では様々な基質に対する反応性は低く、有機分
子の酸化や還元の触媒としては作用することはできな
い(Scheme 1a)。一方、可視光を照射し、励起すること
で電子状態が変化し、基質の一電子酸化と一電子還元
の両方の反応に対して高い活性を持つ(Scheme 1b)。言
い換えれば、これらの錯体は光励起状態で酸化剤と還
元剤の両方の役割を担うことができる。我々はこの性
質 を 利 用 し 、 こ れ ら を 光 電 子 移 動 触 媒 (photoredox
catalyst)として用いた触媒サイクル中で酸化過程と還元
過程の両方のステップを含む"redox-neutral"な反応系を
設計することで、熱的な反応条件下では困難な反応の
開発が期待できると考え、以下に示す α-アミノアルキ
ルラジカルを反応活性種として利用した変換反応の開
発を行った。
アミンの一電子酸化により生成する α-アミノアルキ
ルラジカルを用いた反応に関する研究は非常に限られ
ていた。我々は光電子移動触媒を用いた電子移動を精
密に制御することで可視光照射下での α-アミノアルキ
ルラジカルの電子不足アルケンへの付加反応(アミンの
α 位アルキル化)の開発に成功した(Scheme 2a)1。本反応
は Scheme 2b のように進行している。まず、アミン A
と可視光照射で励起された[Ir]+*との反応により一電子
酸化された α-アミノアルキルラジカル D と還元された
[Ir]0 が生成する。D とアルケン B との反応によりラジ
カル種 E が生成し、[Ir]0 による一電子還元と続くプロ
トン化により生成物 C が得られると共に、[Ir]+が再生
し、酸化還元過程を含む光触媒サイクルが完成する。
本反応はこれまで広く研究されているアミンの酸化的
な官能基化とは対照的な"redox-neutral"な反応であるこ
とも興味深い点である。また、本反応系はアルケンの
代わりにジアゾカルボン酸エステルを用いたアミンの
α 位アミノ化反応にも適用できた 2。
さらに、我々は α-アミノアルキルラジカルを用いた含
窒素化合物の変換反応の開発の一環として、α-シリルア
ミンの炭素-ケイ素結合の開裂を経る α-アミノアルキ
ルラジカルの生成にも光電子移動触媒が有効に作用す
ることを見出し、α,β-不飽和カルボニル化合物 3a やフラ
ーレン 3b への付加反応、含窒素複素環の効率的合成法
3c
の開発にも成功した。最近では芳香族アミンの酸化に
よるアミニウムラジカル生成を鍵とする変換反応の開
発にも成功している 4。現在は有機触媒と光電子移動触
媒とを組み合わせたエナンチオ選択的な反応の開発を
行っている。
(1) Miyake, Y.; Nakajima, K,; Nishibayashi, Y. J. Am. Chem.
Soc. 2012, 134, 3338.
(2) Miyake, Y.; Nakajima, K.; Nishibayashi, Y. Chem. Eur. J.
2012, 18, 13255.
(3) (a) Miyake, Y.; Ashida, Y.; Nakajima, K.; Nishibayashi, Y.
Chem. Commun. 2012, 48, 6966. (b) Miyake, Y.; Ashida,
Y.; Nakajima, K.; Nishibayashi, Y. Chem. Eur. J. 2014, 20
6120. (c) Nakajima, K.; Kitagawa, M.; Ashida, Y.; Miyake,
Y.; Nishibayashi, Y. Chem. Commun. 2014, 50, 8900.
(4) Miyake, Y.; Nakajima, K.; Nishibayashi, Y. Chem.
Commun. 2013, 49, 7854.
◆◆◆ トピックス ◆◆◆
①滝澤 忍 准教授 (A02 班) が学会発表・受賞により研
究発展に寄与したとして大阪大学総長表彰を受けられ
ました。
◆◆◆ イベントのお知らせ ◆◆◆
「有機分子触媒による未来型分子変換」第2回 国際
会議(兼) 第7回 有機触媒シンポジウム
主催:有機触媒研究会・新学術領域研究「有機分子触
媒による未来型分子変換」総括班
日時:2014 年 11 月 21 日(金)9:30~11 月 22 日(土)
17:05
会場:東京大学 伊藤国際学術研究センター「伊藤謝恩
ホール」(〒113-0033 東京都文京区本郷 7-3-1)
http://www.u-tokyo.ac.jp/ext01/iirc/index.html
シンポジウム講演:
Jan-Erling Bäckvall (Stockholm Univ.), Yonggui Robin Chi
(Nanyang Tech. Univ.), Pier G. Cozzi (Univ. of Bologna),
László Kürti (UT Southwestern Medical Center), Keiji
Morokuma (Kyoto Univ.), Tomislav Rovis (Colorado State
Univ.), Daniel Seidel (Rutgers Univ.)
秋山 隆彦(学習院大理), 今田 泰嗣(徳島大院ソシオ
テクノ), 岩渕 好治(東北大院薬), 浦口 大輔(名大
院工), 小笠原 正道(北大触媒研), 川端 猛夫(京大
化研), 北 泰行(立命館大薬), 根東 義則(東北大院
薬), 工藤 一秋(東大生研), 白川 誠司(長崎大院水
産環境科学), 砂塚 敏明(北里大北里生命研), 竹本 佳
司(京大院薬), 寺田 眞浩(東北大院理), 長澤 和夫
(東京農工大院工), 畑山 範(長崎大院医歯薬), 林 雄
二郎(東北大院理), 間瀬 暢之(静岡大院工), 山田 眞
二(お茶大院人間文化創成科学)
プログラム詳細は領域HP掲載の「有機分子触媒 第
2回 国際会議 (兼) 第7回 有機触媒シンポジウム」
をご覧ください。
参加申込・懇親会参加:
参加申込:HPからのお申込みは終了いたしました。
参加を希望される方は当日受付をご利用下さい。
参加費:一般 20,000 円、学生・ポスドク 無料
懇親会:2014 年 11 月 21 日(金)18:15~20:15「多目的
スペース」にて。会費:一般 7,000 円、ポスドク・学
生 3,000 円
連絡先:〒980-8578 仙台市青葉区荒巻字青葉 6-3 東
北大学・大学院理学研究科・化学専攻 寺田眞浩
TEL/FAX:022-795-6584
E-mail:[email protected]
http://www.organocatalysis.jp/
発行・企画編集 新学術領域研究「有機分子触媒による未来型分子変換」事務担当
連
絡
先 領域事務担当 秋山隆彦(学習院大学・理学部・教授)
[email protected]