海底沈着実験で明らかになった鉄・マンガン酸化物の形状と

海底沈着実験で明らかになった鉄・マンガン酸化物の形状と化学組成
○日野ひかり・臼井朗・岡村慶・西圭介・中里佳央(高知大学),
鈴木庸平(東京大学),山岡香子(産業技術総合研究所)
現世の海洋底には,鉄・マンガン酸化物を主成分とするマンガン団塊・クラストが広く分布する.
これらマンガン団塊・クラストには副成分として銅,ニッケル,コバルト,白金などが含まれており
将来の鉱物資源として期待されている.また,マンガン団塊・クラストの成長速度は 100 万年に数 mm
と深海堆積物に比べて桁違いに遅いことから,長レンジの海洋環境の変遷を記録している可能性が指
摘されている.しかし,これらを構成する鉄・マンガン酸化物は,一般に粒径 0.1µm 以下の低結晶質
含水鉱物であること,また,成長速度が非常に遅いことなどから,その具体的な沈殿形成プロセスに
ついては不明な点が多い.
本研究では,多様な基質(プラスチック,ガラス,セラミック)から成るプレートを約 12 年間海底に
設置し,その表面に沈殿した鉄・マンガン酸化物を FE-SEM/EDS により観察・分析して沈殿プロセスを
考察する.過去に Bertram & Crown(2000)は,表面を磨いた材質の異なるプレートを~3.5 年間海底に
設置し,その表面に新たな鉄・マンガン酸化物が沈殿することを報告したが,観察された沈殿物が海
水からの沈殿かプレート表面の変質かどうかに疑問があった.
本研究の調査地は,伊豆小笠原弧のベヨネース海丘(白嶺鉱床)より西方約 2km に位置する第二ベヨ
ネース海丘(現在活動中の海底火山;岡村,2013)である.沈着実験は,2001 年 5 月に行われた YK01-
04 航海において,表面を塩酸洗浄-加熱処理したプレート(プラスチック,ガラス,セラミック)を水深
920mに設置し,2013 年 3 月の NT13-05 航海においてプレートを回収した.回収した各プレートはイオ
ン交換水で洗浄後,真空乾燥させ,金蒸着または炭素蒸着し,電界放出型走査電子顕微鏡(日本電子製
JSM-7001FA)で観察した.また,付属のエネルギー分析装置(EDS)により点分析・元素マッピングをお
こなった.これらの記載については,プレートに直接沈殿しているものだけを限定した.
観察された鉄・マンガン酸化物は,
低結晶質で,差し渡し 0.1µm 以下,厚
さ 0.01µm 以下の鉱物粒子の集合体と
推定される.この沈殿物は球状,ドー
ナツ状,チューブ状,不定形などさま
ざまな形状をとり,球状,ドーナツ状
が最も多く観察された(図).直径は約
1~3µm であり,不定形は直径 10µm に
達するものもあった.沈殿物はプレー
ト上に点在しており,部分的にコロニ
ーを形成していた.
沈殿物の点分析(126 点)より求め
た Mn/Fe 比は 0.1~5.5 で変動し,そ
の平均は 1.2 であった.元素マッピン
図 沈着実験で観察された鉄・マンガン酸化物の SEM 像.
グでは,Mn と Fe の他に O,Si, Ca と分布が一致した.
また,予察的に,ベヨネース海丘で採取された岩石と北西太平洋で採取されたマンガンクラストの
海水と接する部分を現世の沈殿物に近いものとみなして観察・分析した.その結果,沈着実験で観察
された沈殿物に類似する,サブミクロンスケールの球状,ドーナツ状の鉄・マンガン酸化物が多数確
認された.
先行研究の Bertram & Crown(2000)では,マンガン成分を含むプレート(マンガンクラスト,菱マン
ガン鉱)に沈殿した鉄・マンガン酸化物を記載したのに対し,本研究では,マンガン成分を含まないプ
レートに直接沈殿したもののみを記載した.つまり,本研究で観察された沈殿物は,プレートの影響
を受けてない,海水から直接沈殿した初生の鉄・マンガン酸化物である可能性が高い.この結果は,
現世の海洋底において鉄・マンガン酸化物の沈殿が生じていることを示している.また,これに類似
する形状,化学組成の沈殿物がマンガンクラスト表面より多数観察されたことから,現世の海底で成
長中のマンガン団塊・クラストの沈殿プロセスは,本研究のようなサブミクロンスケールの粒子が集
積した沈殿物である可能性も考えられる.
一方,地球表層の鉄・マンガン酸化物の沈殿には,バクテリアの活動が関与しているとの報告が多
数ある(Ehrlich & Newman, 2008).Cowen et al. (1986)は,ファン・デ・フーカ海域の熱水プルーム
中において,低結晶質の鉄・マンガン酸化物がバクテリアの細胞壁を覆うように濃集していることを
電子顕微鏡で観察している.また,Larock & Ehrlich. (1975)は,新鮮なマンガン団塊の表面を電子
顕微鏡で観察し,球状,チューブ状のバクテリア群集が多数存在することを報告している.これらは,
本研究で観察された沈殿物の形状、化学組成と類似しており,海水からの鉄・マンガン酸化物の沈殿
にはバクテリアの活動が関与している可能性が強く示唆される.したがって,第 2 回目の沈着容器の
回収(ハイパードルフィン,2015 年 10 月,海形海山)においては,微生物研究グループとの共同研究を
予定している.
引用文献
臼井朗. (1998). マンガンクラスト,マンガン団塊に海洋環境の変遷が記録されているのか?. 地質
ニュース, 529, 21-30.
Bertram, M. A., & Crown, J. P. (2000). Diagenesis of ferromanganese crusts: chemical and
biological alteration of artificial substrates on cross seamount. SEPM special publication,
66, 257-269.
Ehrlich, H. L., & Newman, D. K. (Eds.). (2008). Geomicrobiology. CRC press.
Cowen, J. P., Massoth, G. J., & Baker, E. T. (1986). Bacterial scavenging of Mn and Fe in a
mid-to far-field hydrothermal particle plume. Nature, 322, 169-171.
Larock, P. A., & Ehrlich, H. L. (1975). Observations of bacterial microcolonies on the surface
of ferromanganese nodules from Blake Plateau by scanning electron microscopy. Microbial
ecology, 2(1), 84-96.