イノベーティブ基盤強化のためのコモンズ化による 知的財産の利用促進

ESRI Discussion Paper Series No.316
イノベーティブ基盤強化のためのコモンズ化による
知的財産の利用促進に関する研究
村田
貴司、古西
真、北岡
美智代
February 2015
内閣府経済社会総合研究所
Economic and Social Research Institute
Cabinet Office
Tokyo, Japan
論文は、すべて研究者個人の責任で執筆されており、内閣府経済社会総合研究所の見解を示すものでは
。
ありません(問い合わせ先:https://form.cao.go.jp/esri/opinion-0002.html)
ESRIディスカッション・ペーパー・シリーズは、内閣府経済社会総合研究所の研
究者および外部研究者によって行われた研究成果をとりまとめたものです。学界、研究
機関等の関係する方々から幅広くコメントを頂き、今後の研究に役立てることを意図し
て発表しております。
論文は、すべて研究者個人の責任で執筆されており、内閣府経済社会総合研究所の見
解を示すものではありません。
The views expressed in “ESRI Discussion Papers” are those of the authors and not those
of the Economic and Social Research Institute, the Cabinet Office, or the Government of
Japan.
イノベーティブ基盤強化のためのコモンズ化による知的財産の
利用促進に関する研究 i
村田 貴司 ii 古西 真 iii 北岡 美智代 iv
2015 年 2 月
要 旨
イノベーションは、今後の国際的な競争力確保、社会の安定的な維持、発展に不
可欠である。このため、イノベーションが起きやすい社会的、経済的環境、すなわちイ
ノベーティブ基盤を創出することは、国の重要な政策の一つである。近時の情報コミ
ュニケーション技術に支えられたネットワークの爆発的な進展は、情報流通速度の増
大をもたらすのみならず、形成されたネットワークを通じ、さまざまなアイディアの交流
と新たなアイディアの創生のありかたに大きな変化を与えている。研究開発活動の成
果として生み出された膨大なアイディア・知識等は、この変化に対応しながら、さらに
新しいイノベーション創生のために柔軟に活用される必要がある。
しかし、一つのアイディア・知識等だけでイノベーションが起ることは少なく、イノベ
ーションはさまざまなアイディア・知識等の交流の上にさらに生まれる新たなアイディ
アをまって初めて展開する。権利化を踏まえた知的財産のコモンズ化は、知的財産
の交流を促進し、今後のイノベーション推進の有力な環境を構築することにつなが
る。
本稿では、この認識を踏まえ、イノベーションのさらなる持続的展開に向け、知的財
産のコモンズ化の重要性を指摘するとともに、継続的にイノベーションを起こすことが
できる環境を構築する観点から、コモンズの思想を取り入れた方策につき展望した。
i 本稿の公表に当たっては、事前審査として行った所内セミナーで、国立遺伝学研究所大久保公策教授、潮見坂綜合法律事務
所末吉亙弁護士、早稲田大学藤本暸一非常勤講師/招聘研究員からの査読コメントと出席者の方々から有益なコメントを頂
いた。ここに記して謝意を表する。なお、本稿に残された誤りはすべて筆者らの責任である。
ii 内閣府経済社会総合研究所総括政策研究官
iii 内閣府経済社会総合研究所客員主任研究官
iv 内閣府経済社会総合研究所研究官
1
A Study on Promoting the Use of Intellectual Property
by Using the Common Domain
for Strengthening the Innovative Fundamentals
Takashi Muratai Makoto Furunishiii Michiyo Kitaokaiii
Abstract
Innovation is indispensable for keeping our social and economic activities not only
internationally competitive but sustainable. It is, therefore, one of the most
important national policies to create the social and economic fundamentals which may
create innovation. We call them “innovative fundamentals.” The recent expansion
of social networks supported by ICT (information & communications technology) is
characterized by the enormous spread of information and creation of a wide range of
networks in our society. These significantly affect the way we interact with existing
ideas and create new ideas. Responding to such changes, ideas and knowledge
attained by research & development (R&D) activities must be flexibly utilized further
for the creation of new innovation.
However, we rarely expect innovation by using only one type of idea and/or
knowledge. Innovation happens only after the use of new ideas stemming from the
interaction of various ideas and knowledge. Different types of intellectual property in
the common domain must have the force necessary to interact with one another and
create the strong fundamentals needed for future innovation.
In this paper, we indicate the importance of strengthening intellectual property in
the common domain to advance innovation. In addition, we discuss several policy
measures based on the idea of the Commons for the creation of such environment
that can cause innovation continuously.
i
Executive Research fellow, Economic and Social Research Institute, Cabinet Office
ii
Visiting Research Fellow, Economic and Social Research Institute, Cabinet Office
iii
Research Officer, Economic and Social Research Institute, Cabinet Office
2
1.はじめに
世界に前例をみない少子・高齢社会の進展、エネルギーコストの増大という社会経
済環境の大幅な変化の途上にあって、わが国が今後、持続的な社会を構築していく
ためには、付加価値の高い活動をしていかなければならず、さまざまな領域で、イノ
ベーションへの期待が高まっている。
この状況は、わが国だけではない。今日、多くの先進国において広くイノベーション
活動が求められている理由は、いずれの国においても、程度の差こそあれ、少子化・
高齢化の進展、労働生産人口の減少、人件費・エネルギー等の高コスト構造を前提
とせざるを得ないという社会経済状況においては、イノベーション活動が、社会全体と
しての一定水準以上の生産性を確保し、国際的な競争力を獲得、維持し、もって社会
を安定的に維持、発展させていくために必要な活動であるからと言えるだろう。未だ
見出されていない課題を創造的に発見し、その課題解決に必要な、付加価値を創出
し、生産性を高める必要がある。
こうした認識のもと、わが国では、2014 年 5 月、科学技術・イノベーション政策の推
進を目指し、科学技術を俯瞰しつつ総合的かつ基本的な政策を企画立案し、総合調
整を行うため、総合科学技術・イノベーション会議が設置された。
イノベーションの定義には、さまざまなものがあるが、イノベーションを醸成する基
盤の強化方策について論ずる本稿では、広く国際的に知られている定義として、経済
協力開発機構(OECD)のオスロマニュアルの定義を規範としておくことが、まずは適当
であると考えられる。
オスロマニュアルでは、経済活動の領域を念頭に、イノベーションを、新たな、ある
いは重要な改善が図られたプロダクト(商品及びサービス)又はプロセス、新しいマー
ケッティング手法、更には、ビジネス慣行、活動拠点の編成、あるいは外部との連携
に関する、新しい組織的な運営方法 を適用・実施することと定義している。(1)
ここでは、イノベーション活動には、科学、技術、組織、財務、広告といった、イノベ
ーションの実現を目指す、すべての段階が含まれており、製品、プロセス、マーケッテ
ィング手法、組織的な運営方法には、新規性、あるいは著しい改良がなければならな
い。イノベーション活動は、全体として革新的(イノベーティブ)であるが、ある活動要
素がイノベーションの実現のために不可欠な場合でも、それ自体が必ずしも真新しい
活動であるとは限らない。また、イノベーション活動は、研究開発(R&D)活動を含む
が、必ずしも R&D 活動それ自体が特定のイノベーションに直接つながる訳でもない。
逆説的ではあるが、社会実装の観点で重要な信頼性と確実性の観点からは、「新知
識に基づくイノベーションは目立ち重要ではあっても、信頼性は低く成果は予測しが
たい。」(2)
他方、あるイノベーションは高利潤率を一時的には生むものの、いずれは成果のコ
モディティ化を通じて一般化・陳腐化を招くことが必然であることから、継続的・連続的
3
なイノベーションを生みやすい社会構造への変革が求められることとなる。複数の新
規性等を組み合わせることによりイノベーションが継続的に生まれ易い環境、すなわ
ちイノベーティブ基盤を提供することが、国の重要な役割である所以である。
上述のイノベーションの定義に即すると、税制、教育、雇用など、さまざまな行政分
野の政策が、イノベーションに寄与することになると考えられるが、本稿では、R&D 活
動の成果たる新しいアイディアや知識が、イノベーションに寄与するためには、どのよ
うに扱われることが適当かについて考察する。このため、まず、イノベーションが生ま
れるプロセスについて既存の実証的分析を踏まえ検討するとともに、近時の情報コミ
ュニケーション技術(ICT)の社会的展開がこのプロセスにもたらした影響について実
例を踏まえ検証する。具体的には、基盤としての動画投稿サイトを背景とする初音ミ
ク現象、不特定多数のユーザーに創造的な活動の可能性を提示する 3D プリンター
の利用進展等の環境変化を踏まえ、アイディア・知識等の爆発的な連鎖が継続的な
イノベーション創出には重要となっていることを示す。さらに、これらを踏まえ、必要な
環境整備として知的財産のコモンズ化による利用促進について検討し、政策的展開
について論ずる。
2.イノベーションにつながる新たなアイディア・知識等はどこからくるか?
OECD のフラスカティ・マニュアル(3)では、R&D 活動を基礎研究(Basic Research)、
応用研究(Applied Research)、実験的開発(Experimental Development)に分類して
おり、いわゆるリニアなイノベーションモデルでは、前者から後者に向けてイノベーショ
ンに近づき、更には、コモディティ化(汎用・大衆化)に至るとされている。しかし、現実
には、R&D 活動の成果たる新たなアイディア・知識等が単独でイノベーションを牽引
することは希であり、研究領域・課題に応じて、さまざまな段階のアイディア・知識等
が相互に連携・影響し合いながら、また時には還流、つまり基礎をなすアイディア・知
識等への立ち返りを図りながら、イノベーションのプロセスは進行する。(4) フラスカテ
ィ・マニュアルの分類は、概念整理のための区分と考えるべきものであろう。
このイノベーションプロセスを考えると、その推進には、さまざまなアイディア・知識
等の交流が不可欠である。イノベーションにつながるアイディア・知識等は、近接する
多様なアイディア・知識等との交流を通じて、ゆっくりと、あるいは偶発的に成長する。
「アイディアは保護するよりもつなげるほうが好都合になる場合が多い」からである。(5)
「都市やウエブも、情報という非常に価値のある資源を、いやおうなく結びつけ、混ぜ
なおす環境」であり、「長い間イノベーションを支えてきた空間はそうしたものだ。」(6)
R. フロリダは、経済成長の原動力はクリエイティビティであるとし、その担い手は寛
容性が高く、多様性に富み、クリエイティビティに対して開かれた地域、すなわち新し
いアイディアを受け入れる地域に集まること、また、技術、企業、ベンチャーキャピタ
ルの資金は、こうした優秀でクリエイティブな人が多く集まる地域に向けて流れていく
4
ことを
を指摘し(7)、さらに、S. ジョンソンは
は、良いアイディアが生
生まれてくる
る環境の特
特質に
ついて、隣接可
可能性、液体
体ネットワー
ーク、ゆっくり
りとした直感
感、セレンディ
ィピティ、間
間違い、
外適
適応、創発的
的なプラットフォーム と
との視点を取り上げつ
つつ、異なる
る価値観、ア
アイデ
ィアの
の開放的な
な交流の中から、革新 的なアイデ
ディアが生ま
まれ、新たな
な創造的活
活動が
(5)
行わ
われるようになること を指摘した。
を
す
すなわち、これ
れらの先行
行した考察で
では、さまざ
ざまなアイデ
ディア・知識等
等の交流、交わ
りを通
通じて、変化
化、従来とは
はある種の 不連続面を
を画する新た
たな発想の
の創出と展開
開、す
なわちイノベーシ
ションの創出
出と展開が
が可能となる
ることを指摘している。し
しかしながら
ら、既
に見
見たように、あ
あるアイディ
ィアや発明発
発見、特に科学上の新
新知識は、イ
イノベーショ
ョンの
(2)
機会
会として、信頼
頼性が高い
いわけでも成
成功の確率
率が大きいわ
わけでもない
い ことから
ら、い
かに
にして複数の
の新規性ある
るアイディア
アや新たな知識等をつ
つなぎ、その
の社会実装、イノ
ベーションに向け信頼性と
と確実性を高
高めるかが、
、重要な政策課題とな
なる。
この課題を解
解決するうえ
えで特に重要
要な役割を果
果たしつつあるのが、 ICT の展開
開であ
る。1990 年代以
以降の高度
度に発達した
たインターネ
ネット等の IC
CT による社
社会的なネッ
ットワ
ーク環
環境の全世
世界的な整備・充実は
は、さまざまな
な情報等へ
へのアクセス
ス、交流、交
交わり
の爆
爆発的な拡大
大可能性を一層現実味
味のあるもの
のとした。す
すなわち、IC
CT は、知的
的交流
にか
かかるコストを
を大幅に低
低減し、従来
来にない速度
度で、新たな
なアイディア
アを生み出し
し、新
たな展
展開につな
なげる可能性
性を追求す ることを可能
能にした。
例
例えば、インタ
ターネット上
上のソーシャ
ャル・ネットワーキング
グ・サービス (SNS)の一
一つで
ある Facebook(フェイスブ
ブック)では、 特定の興味
味、関心を持
持つ者同士
士によるバー
ーチャ
ルな
なコミュニティ
ィが形成され
れており、こ
こうした場を
を通じて、さま
まざまなアイ
イディア・知
知識等
の交
交流、創出が
が、国境を越
越えて行われ
れる可能性
性が高まって
ている。(図 11)
※各時点の直前 30 日間に何ら
らかの
図 1 フェイス
スブックユー
ーザー※の推
推移
形でフェイス
スブックを利用した
た者
(出
出典) Facebook, 2013 Annual Rep
port, http://files..shareholder.com
m/downloads/AM
MDA-NJ5DZ/34998483325x0x7414
493/
01_FINAL.pdf
EDBA9462--3E5E-4711-B0B4-1DFE9B5412222/FB_AR_3350
5
(2
2015 年 1 月 27 日
日閲覧)
このように大きく変化した ICT 環境に立脚し成立した社会的なネットワークにおいて、
後述する「初音ミク現象」のような、イノベーションが加速される事例が起っている。
アイディア・知識等の創成者が自らの意思でそれらの流通を促進し、また社会的な
ネットワークを介した交流と新たなアイディア・知識等の創成に寄与できるような環境
を整備することが重要である。
3.R&D 活動の成果としてのアイディア・知識等への自由なアクセスと利用
ICT 時代では、情報の流通が格段に拡大しているが、イノベーションを目指す活動
を推進させる観点からは、ICT 時代そのものに、情報に対する自由なアクセスや利用
を阻害するリスクが内在していることにも留意しなければならない。
すなわち、イノベーションの創出には、前章でみたように、アイディア・知識等の交
流促進が重要であり、そのための第一歩として、アイディアそのもの、R&D 活動の成
果としての知識ストック 1 そのものへの自由なアクセス促進のための方策が重要な課
題である。また L. レッシグも「フリーなリソースがイノベーションや創造性にとってきわ
めて重要」であり、「それなしには、創造性はゆがめられてしまう」と指摘している。(8) 2
なお、ここでフリーとは、無償であることではなく、利用の仕方が自由であることを意味
している。
1 内閣府, 「回復力のある社会の構築に求められる科学技術イノベーションに関する調査研究」研究
会報告書, p.21 (2013): 今後 10~15 年の日本社会の将来像に関し、大量生産・大量消費の社会か
ら既存ストックを活かす社会への変化という視点が指摘されている。
2 L. レッシグは、デジタル化の進展が、ソフトウェア自体による情報利用の制約可能性が増大すること
に言及し、米国憲法の修正第1条にある言論の自由を損なわないとの観点から、インターネットを介
した情報の利用が、法、アーキテクチャ、市場、規範の4者によって、バランス良く制約されることが
重要であるとしている。(ローレンス・レッシグ, コモンズ-ネット上の所有権強化は技術革新を殺す
(the future of ideas: the fate of the commons in a connected world) (2001)(邦訳 2002)) また、野口
は、著作権保護技術(DGM, Digital Rights Management)が、著作権にかかる権利者と利用者のバラ
ンスを崩し、利用者の自由度を減少させる方向に働くことを指摘している。(野口祐子, デジタル時代
の著作権, pp139-140 (2010)) これらの指摘をイノベーションとの関係でいえば、デジタル化とネッ
トワーク化の進展の負の側面として、知的財産の自由な利用が妨げられ、その結果、その利用によ
る新たなイノベーションが妨げられる可能性が生じることになる。
6
3.1 アイディア・知識等へのアクセス
R&D 活動の成果たる新たなアイディア・知識等に対する自由なアクセスは、情報の
デジタル化とインターネットによる情報流通の急速な進展により世界的な流れとなっ
ている。多彩な情報の交流は、革新的なアイディアを創出する環境を形作る一つの重
要な要素である。こうした事情から、第4期科学技術基本計画(9)においては、「国は、
大学や公的研究機関における機関リポジトリの構築を推進し、論文、観測、実験デー
タ等の教育研究成果の電子化による体系的収集、保存やオープンアクセスを促進す
る。また、学協会が刊行する論文誌の電子化、国立国会図書館や大学図書館が保
有する人文社会科学も含めた文献、資料の電子化及びオープンアクセスを推進す
る。」と、オープンアクセスを推進すべきものとしている。
こうした背景のもと、学術誌のオープンアクセス化は進みつつあるものの、依然とし
て購読料を払わなければアクセスできない学術誌が多数を占め、購読する大学等の
経費も年々増加してきている。この背景の一つには、国際的な論文誌による電子的
な論文提供サービスが、寡少で有力な商業出版社に依存していることがある。研究
者が必要とする論文を入手する手段が他に存在せず、当該サービスに競争が成立し
ないことも手伝って、論文誌購読価格が高騰ないし高止まりし、大学等の負担が看過
できなくなりつつあることも事実である。(10) 自然科学系の学術雑誌の購読料は、1995
年から 2014 年の間、平均で年 7%上昇しているとの分析もある。(11)
研究者にとって R&D 活動成果を社会に発表する手段が、著作権という知的財産の
商業出版社への譲渡という効果(12)をもたらし、逆に、研究のさらなる展開の制約につ
ながりかねない現状、すなわち、大学等の研究者にとって論文誌への自由なアクセス
を通じたアイディア・知識等の交流による相互の触発が、研究活動の質を高めるうえ
で不可欠なものであるにもかかわらず、それが一研究者には解決ができない理由で
むやみに制約を受けることは、決して好ましいことではない。また、一般の市民の、最
先端のアイディア・知識等に触れたいというニーズ(例えば、がん患者が、正確ながん
研究の知識に触れたいといったニーズ)に対しても、その途が閉ざされてしまうようで
は、社会全体の科学技術リテラシー涵養もおぼつかない。これまで図書館に行けば
見ることができたアイディア・知識等へのアクセスが、情報の電子化故に、サービス提
供者の意向によって制約を受けることは、イノベーションの促進の観点からみれば避
けなければならない。
このため、公的機関による機関レポジトリの整備、そのための論文の著作権ポリシ
ーの明確化、更には、公的な資金による論文のオープンアクセス化などを通じて、商
業出版社に研究情報へのアクセスに関するすべてを依存することのない環境として
の、オープンアクセスの進展を図ることが求められる。さらに、公的な資金を得て活動
する研究者には、成果物たる論文に限らず、R&D 活動の過程で得られたデータを含
む研究成果のオープンアクセス化も求められよう。
7
さまざまなアイディア・知識等の融合により、継続的なイノベーション活動の展開を
可能とするような環境の構築を考えるとき、それらの知的財産としての保護の重要性
は依然として変わらないが、その保護の上に立った利用が一層促進されるような環
境づくりが重要である。何となれば、それらは、必ずしも、その創出者、あるいは創出
にかかる投資者自身によるイノベーションに資するとは限らず、むしろ市場を知るユ
ーザーによってアイディア・知識等が活用されて初めてイノベーションに結びつく場合
が多いからであり、また、投資者がアイディア・知識等を占有したくても、いずれ何ら
かの模倣を受けることは不可避であるからである。産業サイクルの初期には、模倣さ
れることにより経済が発展し、その後は知的財産化による保護により経済が沈滞する
との指摘がある(13)一方、むしろ、それらを公共財として扱うことにより、それへのアク
セスを制限することによる社会的損失を避けることができるという考え方もある。(14)
3.2 アイディア・知識等の利用
創出されたアイディア・知識等を利用し、新たなアイディア・知識等を創生する活動
は、イノベーションに向けた主要なプロセスである。しかしながら、L. レッシグが ICT で
形成されたプラットフォームをコントロールする力に言及しつつ指摘しているように、ア
ーキテクチャ(コンピュータに実装されたソフトウェア等の設計仕様等による物理的な
条件)が、デジタル化される前の時代には考えられなかった形で、利用を追跡し、そ
れをコントロールすることが可能になっており、とりわけ、それが法あるいは契約によ
って後押しされている場合には、「自由への脅威と同時に、ここにはイノベーションへ
の脅威がある」(15)という状況が出現している。3
具体的には、科学論文にとどまらず、公共サービスとして自由なアクセスが保証さ
れている特許出願書類にも、共通の制約がある。すなわち、科学論文であれ特許出
願書類であれ、自然言語テキストと補足的な図表で構成されており、これらを近時の
自然言語処理技術により、自在に、機械的に検索、分類、分析、要約、翻訳、あるい
は用語抽出することができれば、膨大な知識から新たな知識創出の連鎖を促すこと、
3 L. レッシグは、「何百万人もが生活をサイバー空間に移すにつれて、著作権保持者が「自分の」コン
テンツをモニタして取り締まる能力は高まる一方だ。これは結果として、著作権保持者の利益にはな
るけれど、でも社会にはどんな利益がもたらされて、一般ユーザーにはどんなコストが課せられるん
だろうか? すべての利用にライセンスが要るようになったら進歩なのか? コントロールを最大化す
るのが進歩なのか?」と、著作権のある知的財産が、サイバー空間において完璧にコントロールさ
れてしまうことについての危惧を述べている。(ローレンス・レッシグ, コモンズ-ネット上の所有権強
化は技術革新を殺す (the future of ideas: the fate of the commons in a connected world), p.282
(2001) (邦訳 2002))
8
つまり、イノベーションの基盤を構築するうえで非常に重要であると考えられる。しか
し、例えば、現在わが国で電子化され公開、配布されている特許公報は、一般的には、
自然言語処理技術を適用し、分析等を行うことができず、特許検索ソフトでの利用以
外には事実上使えない形式になっている。4 また、科学論文においては、自由なアク
セスを許す雑誌でも、大量にダウンロードし上述のような機械的処理を行うことは、一
般的ではない。
このように、アクセスが可能な多くのアイディア・知識等も、その提供形式が機械的
な分析を可能とする形式(マシン・リーダブル、機械的可判読性)であるか否かによっ
て、その利用の自由度は著しく異なり、イノベーションへの発展を阻害する要因ともな
りかねない状況にある。
以上のとおり、情報流通が飛躍的に拡大した今日においてもなお、R&D 活動の成
果たる新たなアイディア・知識等へのアクセスとその利用を積極的かつ柔軟な態様で
促進し、イノベーションにつなげるメカニズムを構築する必要がある。
4.イノベーション環境の変化-DIY 時代の交流型イノベーション
近時の ICT の進展等社会的、経済的な環境の変化は、イノベーションが生まれる
プロセスに大きな変化を与えている。すなわち、ICT 環境は、後述する動画投稿サイト
上で展開される事例等、バーチャルな世界でのネットワークを容易に形成し、イノベー
ションのプロセスに自ら関与する者の広がり(Do It Yourself (DIY)5 )、アイディア・知識
等の形成、集積の態様等に大きな変化を及ぼすようになってきている。
内閣府の研究会報告書では、こうしたネットワーク環境下において広がりを見せる
イノベーションのコアをなす人材(集団)を「交流型イノベーター」と呼んでいる。(16)
容易に発見可能で万人に共通する課題の多くは既に発見済みである。こうした状
況下では、固定観念から脱却し、新しく意外性のある視点・発想を持つことが強く求め
られる。そのためには、さまざまな人材(価値)が参画、交流し課題発見・解決につな
4 国立情報学研究所(NII)が構築した特許検索用テクストコレクションは、特許公報のデータを解析等
が可能な形式に変換されており、NII と覚書を交わせば研究目的の範囲で利用することができるが、
直接営利に結びつく利用はできないことになっている。 (http://research.nii.ac.jp/ntcir/permission/
perm-ja.html 及び http://research.nii.ac.jp/ntcir/data/data-ja.html (2015 年 1 月 27 日閲覧))
5 今後の日本社会の全般的な潮流として、個人がインターネット等を通じて得られる、自身に関連する
情報を自らのものとして編集する能力(編集権)を獲得する結果、自分にできることは自分で取り組む
との「Do It Yourself (DIY)」が大きな流れになることが指摘されている。(内閣府, 「回復力のある社会
の構築に求められる科学技術イノベーションに関する調査研究」研究会報告書, p.22 (2013))
9
がる活動を行うことが重要である。こうしたオープンな形態によるイノベーション(交流
型イノベーション)への期待が高まっている。
上述のデジタルツールのネットワーク環境のみならず、近時、いわゆる「フューチャ
ーセンター」といった企業組織の既存の枠組みを超え、さまざまな経歴、スキル、価値
を有する人材が集まり、新たな可能性を発見しようとする場が多数設立されているこ
とは、近時の、さまざまなアイディア・知識等の交流を特徴とする交流型イノベーショ
ンへの期待の表れと見ることもできよう。(Appendix 1)
交流型イノベーションは、アイディア・知識等の交流そのものによる新たな創造をベ
ースとしたものであることから、その促進のためには、アイディア・知識等の交流をよ
り積極的、柔軟に行うことができる環境の整備が必要ということになる。
本章では、このイノベーションを起こす環境の変化について、実例を挙げながら詳
しく見ていくこととする。
4.1 初音ミク現象
ICT の進展、すなわち基本的・基盤的なデジタルツールが情報ネットワークに接続
されたことにより、新たなアイディア・知識等の生成プロセス自体が変質を遂げつつあ
る。すなわち、創出されたアイディア・知識等を利用することによって、さらに新しいア
イディア・知識等が創出される機会が増加している。この環境変化に対応して、一定
の条件のもとに、創出されたアイディア・知識等の実施ないし利用を権利者があらか
じめ認める考え方が成果を上げるようになった。
こうした事例として、以下、いわゆるボーカロイド「初音ミク」の展開を例に、創出さ
れたアイディア・知識等の取り扱いに関する新たな局面について確認する。
ウィキペディアによれば、初音ミクは、クリプトン・フューチャー・メディア社(本社札
幌市)から発売されている音声合成・デスクトップミュージック(DTM)用のボーカル音
源、及びそのキャラクターの総称である。ヤマハの開発した音声合成システム
「VOCALOID」に対応したこのボーカル音源には、女性のバーチャルアイドルのキャ
ラクターが設定されている。(17)
それ自体が著作物として権利保護されている、このボーカル音源ソフトの使用に
当たっては、使用者はクリプトン・フューチャー・メディア社(以下、「クリプトン社」とい
う。) とヤマハ株式会社との間で「エンドユーザー使用許諾契約書」(18) を締結するこ
とになっている。(表 1)
また、初音ミクのバーチャルキャラクターの利用に関しては、キャラクター利用のた
めのガイドラインが別途定められている。このガイドラインでは、営利を目的とせず、
かつ、対価を受け取らない場合のキャラクターの二次著作物の利用が許諾されてい
る。(19)
10
表 1 初音ミク・エンドユーザー使用許諾契約の要点
事 項
内 容
使用許諾
契約書上の諸条件に従うことを条件に、使用することが出来る。
別途使用許諾が必要な場合
以下の場合には別途の使用許諾が必要
○商用カラオケでの使用
○電話/携帯電話着信等の商用目的での使用
○映像作品での使用
○商品への表示
禁止事項
○公序良俗に反する歌詞を含む合成音声の公開・配布、第 3 者
の名誉等を侵害する合成音声の公開・配布
等
(出典) エンドユーザー使用許諾契約書
(ttp://www.crypton.co.jp/download/pdf/eula_cv01.pdf (2015 年 1 月 27 日閲覧))
これらの結果、
・ソフトウェアとしての初音ミクの権利はクリプトン社が保有する
・初音ミクが歌う曲に関する権利は、作詞者ならびに作曲者にある
・初音ミクが歌う曲のデータ(原盤)の権利は、上記のエンドユーザー使用許諾契約に
従う限り、当該データ制作者にある
・歌唱者を「初音ミク」として配信したり CD リリースをする場合は、権利者であるクリ
プトン社の許諾を得る
という基本的な考え方が整理され、初音ミクに関連する創作活動が広範に広がるこ
とを可能とした。(20)
すなわち、初音ミクのボーカル音源とキャラクターは、著作物としての権利保護を
前提としつつも、公序良俗に反せず、非営利かつ無償で使用される限り、かなり広い
範囲で二次創作の自由が認められることとなった。
また初音ミクの場合、ボーカル音源ソフトとキャラクターの利用促進を図るための
配慮が、例えば、ニコニコ動画というインターネット上の動画投稿サイトを通じ形成さ
れたネットワークとの相乗効果 6 により、新たな展開が加速されることとなった。
具体的には、初音ミクが公開された直後から約 1 年の間に、作曲、調整、作画、編
6 クラウド事業者の株式会社ニワンゴが運営するニコニコ動画と日本音楽著作権協会との間の利用
許諾契約により、同協会が管理している楽曲を利用した動画等を一般ユーザーが個別に利用許諾
手続を行わなくともニコニコ動画上にアップロードできる環境が確保され、創作活動を容易にする環
境(イノベーティブ基盤)が整備されたと指摘されている。
/14/0318.html (2015 年 1 月 27 日閲覧))
11
(http://www.jasrac.or.jp/smt/news
集というカテゴリーに分類される創作者 1,000 名以上が、多様なネットワークを構成し
て寄与していると分析されており(21) 7 、その後もこのネットワークは大幅に拡大して
いると見られる。すなわち、二次創作物たる著作物が、情報ネットワークという新たな
環境で創作の連鎖反応による更なる著作物創出のベースとなった。いわゆる「N 次
創作」である。最初の創作活動の成果を第 3 者(集団)がさらに自由な発想で改変、
編集、発展させることで、N 次創作という創造性の連鎖が生み出されることになる。
基盤となるアイディア・知識等を使用する多数のユーザーがその交流を通じて新
たなアイディア・知識等を創出すること、及びそうした情報ネットワーク環境(バーチャ
ルなコミュニティ環境)を提供すること 8 は、少数のサービス等の供給者と多数の需要
者との間に成立する従来型のビジネスモデルとは異なる、既存ストックの上に立つ、
新たなビジネスモデルをもたらすものとして、注目される。
なお、2012 年 12 月、クリプトン社は、同社のキャラクター公式画像について、「キャ
ラクター利用のガイドライン」に基づくライセンス(ピアプロ・キャラクター・ライセンス)
と、後述するクリエイティブ・コモンズ・ライセンス(CC 表示-非営利 (CC-BY-NC))
の 2 方法によるライセンスを可能とした。(22)
初音ミク現象は、OS や音声合成ソフト等、さまざまな応用の基盤となるような、い
わゆる上流側のアイディア・知識等が、適切に構築されたネットワーク環境の中で活
用され、さらに新たな創作の連鎖を呼び起こすという文脈において、革新的な活動
の起爆剤になる可能性を秘めていることを意味していると言えよう。
4.2 オープンイノベーション
これまで産業化された R&D 活動においては、その次の社会実装段階の活動を実
施する者自身によって行われることが多かった。それ故、R&D 活動の成果、利益は独
占された。それに対して、R&D 活動の成果が結果としてイノベーションに資する場合、
7 初音ミクの公開(2007 年 8 月)以降の展開経緯については、秋葉原ボーカロイド研究会, 前掲書,
pp.68-74 を参照。動画投稿サイト「ニコニコ動画」で「初音ミク」で検索をすると、2015 年 1 月 28 日現
在、238,153 件がヒットする。(2014 年 10 月 6 日時点では 231,945 件)
ニコニコ動画では、日本音
楽著作権協会(JASRAC)と楽曲の使用に関する包括契約(2008 年 4 月)により、JASRAC が管理す
る曲を演奏したり歌ったりした動画が著作権に抵触しない態様でアップロード可能となった。
8 2007 年 12 月、声合成ソフト初音ミクを発売したクリプトン社は、同ソフトを利用した創作活動を推進す
る観点から、「ピアプロ」というコンテンツ投稿サイトを開設した。ピアプロでは会員による投稿作品の
利用だけでなく、テレビ局、出版社、フィギュアメーカー等さまざまな企業との連携も行われている。
12
当該知的財産の創生に投資した者が行う事業に直接活用するよりも、別のユーザー
が当該知的財産を導入して新たな企業活動を行う方が有効であるという発想が、H.
チェスブロウの言うオープンイノベーションである。それは、「自社のテクノロジーを発
展させたいのなら、社内のアイデアとともに社外のアイデアも活用できるしそうすべき
だということ、そして市場への進出にも、社内とともに社外を経由したルートを活用す
べきだということを想定したパラダイム」と定義される。(23)
特許権には、本来の特許権者としての研究者があり、また職務発明が承継された
場合には、その雇用者(投資者に当たる)が特許権者となる。特許の実施という観点
からは、そもそもの権利者(研究者・雇用者)が行う場合もあるが、許諾を受けて他の
者が実施を行う場合もあり、オープンイノベーションは、後者の形態を意味している。
すなわち、基礎からの R&D 活動を自社内で行い、その成果として特許権を保有し、独
占的に事業を行うというビジネスモデルの対極にあるものが、オープンイノベーション
によるビジネスモデルである。
この考え方が広まった背景には、リーマンショック後の世界同時不況がある。世界
同時不況は、企業から研究開発費を残しておく体力を奪った。しかしながら、R&D 投
資を切り詰めることは、当該企業の成長の原動力を失い、縮小再生産の悪循環に陥
ることから、R&D 投資を抑制しつつ企業の新製品・サービスの開発力を維持するとい
う課題、つまり、研究開発の投資対効果向上をより短期的に実現させる手法として、
「オープンイノベーション」によるビジネスモデルの考え方が広まった。
こうした背景を有するオープンイノベーションによるビジネスモデルではあるが、そ
れは、それまでに積み重ねられた知的なストックを、オープンなネットワーク環境でさ
まざまなアイディアと融合しつつ、多様なニーズに向けて活用し、質の高いサービス
等を実現することが求められるようになるという社会潮流(24)にも符合し、アイディア・
知識等をより利用しやすい状況にする必要性を示していると言えよう。オープンイノベ
ーションでは、「価値のあるアイディアなら社内外を問わず活用」される。(23)
4.3 3D プリンターの普及
欧米同様、今後の日本社会においても、「3D プリンターといったデジタルツールの
普及により、個人レベルで行うモノづくりが盛んになるとともに、・・・(中略)・・・誰もが
自由にモノづくりができるようになり、つくる人と使う人の垣根がなくなる」可能性があ
る。(24) いわゆるメイカームーブメント(25)と言われる新たなモノづくりの潮流は、市民が
自由に利用できる、3D プリンターなどの工作機械を備えたオープンな工房のネットワ
ークとしてすそ野を広げており、例えば、ファブラボ・ジャパン(FabLab Japan)(26)といっ
た、パーソナルファブリケーションなどに興味を持つ人々の緩やかなネットワークが活
動を拡げている。(Appendix 2)
3D プリンターは、プリントをする対象物を 3D スキャンする等により作成されるデジタ
13
ルデータ(3D データ)を基に、熱で融かした樹脂系材料や金属材料で立体物を製造す
る機器 9 であるが、プリントされたモノ(3D モデル)は、当然のことながら対象物の複製
物に当たる。このため、3D プリンター等のデジタル機器を使用してモノづくりを行い、
著作権法の私的複製(著作権法第三十条)で認められている個人使用等の範囲を超
えて販売等を行う場合には、あらかじめ対象物の知的財産権、例えば著作権にかか
る関係をクリアしておく必要がある。これは、既に見た初音ミクのキャラクター製造と
同様の著作権にかかる問題である。
3D プリンターは、誰でも自由にモノづくりが可能となる環境を提示するという意味に
おいて、「少数の生産者」対「多数の消費者」という従来のモノづくりモデルを根本から
変える可能性を有する。この場合、3D プリンターの利用は、多くの個々人が生産者で
あると同時に消費者として、プリントをする対象物を複製、翻案しつつ、新たな付加価
値を高めていく活動(多くの場合、多品種少量生産)が、社会の広範な場面において
行われる可能性をもたらすことから、この動きを積極的にイノベーションにつなげるた
めには、プリントをする対象物の利用許諾等について、新しい発想が求められる。
5.知的財産のコモンズ化による利用促進
これまで、イノベーションの展開には、さまざまなアイディア・知識等の交流、交わり
の爆発的な連鎖が重要で、情報ネットワークを介したそれらの自由な使用を可能とす
る環境整備が、知的連鎖の可能性を一層現実的なものにすること、また、初音ミク現
象や 3D プリンター等、イノベーションに向けた新たな環境変化が既に始まっているこ
とについて確認してきた。
本章では、これらを踏まえ、アイディア・知識等の積極的な利用促進を通じた交流
型イノベーションの展開につながる環境整備として、コモンズの思想について検討す
る。この場合、アイディア、知識等のうち、特に、著作権、特許権をはじめとする知的
財産権として権利化されているもの(以下、「知的財産」という。)を念頭に議論を進め
る。
誤解を避けるために付言すれば、権利化のために手続きが必要(方式主義)な特
許権と、それが不要(無方式主義)な著作権では、分けて考える必要があることも事
実である。例えば、コモンズ化などしなくとも、特許権の場合、取得しなければ済むで
はないかという考えもあるが、他社が取得して独占をするおそれであるとか、あるい
9 2020 年には付加製造装置・3Dプリンターは広く一般消費者、産業界で用いられるようになり、その経
済波及効果は世界全体で合計約 21.8 兆円に達するものと考えられる。内訳は、付加製造装置・3D
プリンター等の直接市場で約 1.0 兆円、関連市場で約 10.7 兆円、生産性の革新で約 10.1 兆円とな
る見込みである。(経済産業省 新ものづくり研究会報告書 p.21 (2014)) (http://www.meti.go.jp/
committee/kenkyukai/seisan/new_mono/pdf/report01_02.pdf (2015 年 1 月 27 日閲覧))
14
はイノベーションとして実施しようとする者に広く周知することができるかといった差を
生むと考えられる。また、著作権の場合は、自分の権利を守ってほしい者だけが、保
護対象の登録をする(方式主義を導入する)と言った考え方も存在する(27)が、国際的
な協調の上で、それを実施することが困難であれば、コモンズ化によって、アイディ
ア・知識等の利用の一定の促進が図られると考えられる。また、権利者の立場(公私
の別)、権利物(商品となっているか否か)によっても、扱いが異なるべきことは、念頭
に置くことが必要なことは言をまたない。さらに、特許法では、公共の秩序等を損なう
おそれがあるものは特許化できず(第三十二条)、また、公共の利益のために特に必
要な場合に通常実施権の許諾を求めることができる(第九十三条)との条項が規定さ
れているように、公共性とのバランスへの配慮という視点が盛り込まれていることを考
えるなら、コモンズ化も含め、知的財産権の行使に当たっては、公共性への配慮が期
待されていると言えよう。
いずれにせよ、権利化されている知的財産に関しては、権利化自体が、当該知的
財産に関する一定の取り扱い方法を、第 3 者に対し指定する力を当該所有者に与え
ているということが出来る。
以下で、権利化されている知的財産を念頭に議論を進めているのは、こうした事情
を考慮している。
5.1 コモンズの思想
コモンズの思想とは、交流型イノベーションの基盤となるソフト、データ、ノウハウ、
手法、あるいは上流特許等の知的財産を交流・利用促進するための基本的な考え方
である。コモンズ(commons)とは、元来「入会(いりあい)」、すなわち特定の者の所有
に属さない放牧地などを意味する英語であるが、転じて、広く社会的に共有されるべ
きものとして保有されているリソースのことを指す。本稿では、R&D 活動の成果たるア
イディア・知識等のリソースが有償・無償を含め広く社会に共有される機能を有する活
動ないし「場」をコモンズと称する。こうした性格のリソースを拡大することに価値を置
く思想がコモンズの思想であり、ある資源を持続可能な方法で、管理しつつも広く利
用するためのルールとして観念される。
なるほど、コモンズについては、G. ハーディンが「コモンズの悲劇」(28)が起こるとし
ている。R&D 活動を自社内で行い、その成果として特許権を保有し、独占的に事業を
行おうとする者(プライベート・インベストメント・モデル)にとって、特許権のオープンア
クセスにより、独占による高い利潤が妨げられることになれば、当然のこととして、
R&D 投資を控えるようになるからである。これを避けるためには、著作物の海賊版の
ようなものは絶対に許容されてはならない。特許権が製品に直結する製薬のようなも
のについては、民間企業における開発意欲確保の意味でも、その保護は極めて重要
である。しかしながら、製薬においても、一定の保護の後には、ジェネリック薬品の振
15
興により、医療費の削減を図ることが、社会利益につながることとなる。
他方、非排他的アクセス、利益の非競争性を有する財・サービスを生み出す活動
(コレクティブ・アクション・モデル)では、コモンズを利用してイノベーション活動を行う
複数の者が、見返りにコモンズに知的財産を提供することによって、イノベーションが
促進されるとする。(15) このような事例としては、コンピュータのオペレーティング・シス
テム(OS)の一つであるリナックス 10 が、良く知られている。リナックスに関しては、リナ
ックス関連の特許の共有と相互利用を目指す民間組織(有限責任会社)オープン・イ
ノベーション・ネットワークが設置されており、リナックスを利用する者であればだれで
も無料で参加できる、開かれたパテントプールが形成されている。(29)
逆に、知的財産にかかる権利主張がその利用を阻害した事例としては、画像ファイ
ルフォーマットの一つで、画像圧縮、画像連結等の機能を有する GIF(Graphics
Interchange Format)の例がある。GIF は、データ圧縮アルゴリズムとして LZW を使用
しているが、LZW にかかる特許権者が、GIF の利用拡大の実態を踏まえ、当初の方
針を変更し、GIF での LZW 利用料を請求する方針とした。このため、GIF 画像を制作し
た一般の利用者にも特許使用料が課される懸念が生じ、GIF の利用が停滞した。そ
の後、LZW の特許が失効したため、再び GIF の利用者も増加したと言われている。(30)
また、1984 年にわが国で発足した TRON(トロン)プロジェクトは、すべての技術情報
が公開され利用することができるというオープンな考え方に基づいて作られる組込み
用リアルタイムアーキテクチャ開発プロジェクトであるが、その延長上で開発されたト
ロン系の OS は、今日、さまざまな領域の工業製品等に利用されるようになっている。
(表 2) 日本国内では、さまざまなリアルタイム OS の 40%前後がトロン系 OS と見ら
れている。(31)
さらに、QR コードのように、開発企業がその利用をオープンにすることを宣言する
ことで、外部の新たなアイディアと融合し、新たな利用が進んだ事例もある。
(Appendix 3)
こうした事例を念頭に、イノベーションの持続的展開には、さまざまなアイディア・知
識等の交流、交わりの爆発的な連鎖が重要であるとの立場からコモンズの思想を見
10 リナックスは、ライセンスとして GNU General Public License (GPL) を採用、リナックスの複製物所
持者に対し、プログラムの実行、プログラムの改変、複製物の再頒布、プログラムの改良と公衆へ
のリリース を許諾している。また、リナックスを再頒布する場合には、ソースコード(加えた修正も含
む ) を 同 じ 条 件 で ラ イ セ ン ス す る こ と が 求 め ら れ る 。 (http://ja.wikipedia.org/wiki/Linux 及 び
http://ja.wikipedia.org/wiki/ GNU_General_Public_License (2015 年 1 月 27 日閲覧))
16
表 2 トロン系 OS の利用例
分 野
利 用 例
家電
炊飯器、洗濯機、冷蔵庫、電子レンジ
パソコン周辺機器
カラープリンタ、ジェルジェットプリンター、デジタル複合機
運輸関連
カーナビゲーションシステム、ドライブレコーダー、デジタルタコグ
ラフ、タクシーメータ、エンジン制御システム、カーナビゲーション
システム
通信機器
携帯情報ツール、
設備関連
入退出管理システム
娯楽関連
ステージピアノ、デジタルミキシングコンソール
AV 関連
デジタルカメラ、デジタルビデオカメラ
(参考) http://www.t-engine.org/ja/tron-project/example 等を参考に筆者にて作成。
ユビキタス・コンピューティング基盤技術の標準化・推進団体である T-Engine フォーラムが 2012 年に行ったアンケ
ート調査によれば、「組込みシステムに組み込んだ OS の API で、トロン系 OS が、アンケート回答者の 60%以のシェア
を示した」と報告されている。(http://www.t-engine.org/ja/wp-content/themes/wp.vicuna/pdf/ja/TEP130402_u01.
pdf
(2014 年 1 月 27 日閲覧))
これらのソフトを用いた開発、利用に関しては、「T-License 2.0 プログラム及び著作物のライセンス契約」により、ソフ
トの複製・改変・動作、改変したソフトの動作・配布等に関する広範な自由度が付与されている。
(http://www.t-engine.org/ja/wp-content/themes/wp.vicuna/pdf/ja/TEF000-215-120911.pdf
(2015 年 1 月 27 日閲
覧))
ると、R&D 活動の成果たる知的財産、例えば、基礎的、基盤的な知的財産で、社会に
おける幅広い応用が期待できるもの、国民一人一人が直接、あるいは平等に利活用
できる余地が大きいものについては、知的財産としての権利化を前提に、コモンズの
領域にあるものとして、利活用のルールをあらかじめ明らかにしておくことが重要と考
えられる。
特に、公的な R&D 投資により創出される基礎的、基盤的な知的財産については、
コモンズを豊かにするために供することが望ましいのではないか。なぜなら、基礎的、
基盤的な知的財産は、ある者が利用したとしても、当該知的財産が減衰し他の者の
利用が妨げられるというものではなく、利用による排他性が存在しないことに留意さ
れるべきであり、そのような知的財産をコモンズの領域に置くことで、それらを媒体と
する新たなコミュニティが形成され、イノベーションの創出に向けてさまざまな知的財
産が有効に統合される可能性が高まる(イノベーション・コミュニティ(32))からである。
前述の初音ミク現象も、初音ミクというバーチャルな知的財産が動画投稿サイトという
「場」を得て、イノベーション・コミュニティを形成したということができる。
17
3D プリンター等のデジタルツールがネットワーク接続される時代では、DIY、メイカ
ームーブメントと言われるように、モノづくりの主体が個人にも広がりを見せ、さまざま
な主体のアイディア・知識等が融合し、使われることにより新しい展開が期待されるよ
うになる。知的財産は守られるだけでなく、新たな知的財産を生み出すために積極的
に活用されなければならない。このためには、知的財産を排他的、独占的に利用する
だけではなく、当該知的財産の特質にあわせて、ニーズを知る多くの者によるオープ
ンな利用のための発想、つまりコモンズの思想が必要となる。
5.2 方法論としてのクリエイティブ・コモンズ・ライセンス
コモンズ化を具体化するための一つの方法論として、クリエイティブ・コモンズがあ
る。それは、「クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(CC ライセンス)を提供している国際
的非営利組織とそのプロジェクトの総称」である。また、CC ライセンスは高度に発達し
た情報化社会において、知的財産権の一つである著作権を保持したまま、著作権者
が自ら当該著作物(作品)の使用に関する意思表示を行うことにより、作品を一定の
条件のもとで積極的に流通させることを可能にする方法を提供していると言えよう。(33)
「Some rights reserved」(一定の権利留保)としての CC ライセンスは、著作権で守ら
れている状態と、権利が放棄されている状態の間にあって、著作権の保有を前提とし
て、当該権利保有者が限定的な権利のみの主張をあらかじめ宣言するものであり、
表 3 に示す要素の組み合わせによる 6 種類の選択肢が、すべての権利主張とすべて
の権利放棄等の間にある。(図 2)
表 3 CC ライセンスの要素
カテゴリー
表 示
内
容
表示・帰属
BY
元の作り手の名前を適切に表示すること
非営利
NC
元の作り手の作品で金もうけをしないこと
継承・同一条
件許諾
SA
元の作り手と同じライセンスで発表すること
改変禁止・派
生禁止
ND
元の作り手の作品を改造しないこと
権利主張なし
0 (ゼロ)
パブリック・ドメイン
(出典) クリエイティブ・コモンズ・ジャパン, 「クリエイティブ・コモンズ・ライセンスとは」 (http://creativecommons.jp/licenses/
(2014 年 1 月 27 日閲覧)) を基に筆者において作成
この考え方は、著作権のみならず、R&D 活動の成果として取得された特許権を含
めた知的財産権の利用を、権利化の要請と齟齬をきたさない範囲において、促進す
18
る方策を示していると言えよう。
見
図 2 CC ライセ
センスの種類
類と組み合わ
わせ
(出典
典) クリエイティブ・コモンズ・ジャ
ャパン, 「クリエイ
イティブ・コモンズ・
・ライセンスとは」 (http://creative
vecommons.jp/lic
censes/
(2014 年 1 月 27 日閲覧)) を 基に筆者において作成
特
特に、今後の
の ICT 分野に
においては
は、大量の研
研究データ等
等をまとめて
て処理し、新
新たな
知見
見を得る R&D
D 活動が盛
盛んになり、 マシン・リー
ーダブルなデ
データレベル
ルでの権利
利処理
が重
重要となる。ま
また、CC ライセンスの
ラ
の継承・同一
一条件許諾
諾という選択
択肢は、OS 等の
基盤
盤の上に成立
立するさまざ
ざまなアプリ
リケーション
ンソフトの展
展開をより容
容易にするこ
ことに
つながることから、イノベー
ーションに不
不可欠なスピ
ピード感のあ
ある R&D 成
成果の利用・
・展開
の促
促進を助長す
すると考えら
られる。
CC
C ライセンス
スの方法論
論は、知的財
財産を保有す
する者に、当
当該知的財
財産がどのよ
ように
利用
用されるのが
が公益に役立
立つか、ある
るいは個人
人の利益を最
最大にする かの判断を
をあら
かじめ
め委ね、その意思を公
公表させるこ
ことにより、知的財産権
権の成立を
を前提に、そ
その利
用側
側に知的財産
産権に関す
する紛争等の
のリスクを未
未然に回避
避することを
を可能とする
るシス
テムということが
ができるだろ
ろう。
研
研究開発、教
教育といっ
った分野の CC ライセ
センスの活
活用事例を
を表 4 に示
示す。
(Apppendix 4)ま
また、表中に
に記載されて
ている理研
研サイネスで
では、ここで利
利用するた
ために
開発
発されたデー
ータベース統
統合技術その
のものが、一般社団法
法人リンクデ
データを通じ
じオー
プンに
に提供され
れている。この
の技術を用
用いて自治体
体が、2 次創
創造として作
作成したアプ
プリケ
ーションが自治体、民間事
事業者、市民
民の相互交流に利用さ
されている。 この活動に
に対し
ては、経済産業
業省の支援も
もなされてい
いる。今後、
、2 次創造さ
された基盤
盤の上で、公
公共施
策とい
いうかたちで
での創造の
の連鎖が積み
み重ねられ
れることに、期
期待が寄せ
せられている
る。
19
表 4 CC ライセンスの活用事例
事 例
概 要
ライセンス
(注)表示の意味は表 3 を参照
備 考(参照 URL)
形態(注)
連結データ・プ
NPG
が
CC 0
http://www.nature.com/developers/documentation/linked-data-platform/
ラットフォーム
1869 年 以
(Nature
来発行して
Publishing
きた 45 万
Group; NPG)
点以上の記
放射線レベ
生データ :
http://blog.safecast.org/ja/
ルを地図化
CC 0
し、センサ
その他:
事の主要な
メタデータ
を含む、デ
ータ。
Safecast
ーネットワ
ー ク を 作
CC
BY-SA
り、集積し
たデータを
提供
生命科学系デ
日本国内の
標準利用
ータベースア
ライフサイ
許 諾 と し
ーカイブ (ライ
エンス研究
て 、 CC
フサイエンス統
者によるデ
BY-SA
合データベー
ータセットを
スセンター)
日本の公共
http://dbarchive.biosciencedbc.jp/
財としてま
とめ長期間
安定に維持
保管し、デ
ータ説明(メ
タデータ)を
統一し検索
を容易にす
ると共に、
利用許諾条
20
件などの明
示を行うこ
とで、多くの
人が容易に
データへア
クセスでき
るようにす
るサービス
理研サイネス
理研サイネ
で展開される
スは、理化
GenoCon
学研究所の
CC BY-SA
http://genocon.org/ja/
http://ocw.mit.edu/index.htm
生命情報基
盤研究部門
が開発・運
用 し て い
る、共同研
究のための
生命科学デ
ー タ ベ ー
ス。その中
の1つに、
「GenoCon」
というゲノ
ム設計のオ
ープンイノ
ベーション
がある。
MIT
2002 年 開
CC
OpenCorseWare.
設。MIT の
BY-NC-SA
講義資料等
をオンライ
ン上で公開
2014 年 11
月 7 日現
在、2150 件
の資料等が
21
公開され、
125 百万件
のアクセス
が記録され
ている。
Scientific
自然科学系
以下から選
Reports
の、オープ
択:
(Nature
ン・アクセ
・CC By,
Publishing
ス・ジャー
・
Group)
ナル
BY-NC-SA,
・
http://www.nature.com/srep/open_access/index.html
CC
CC
BY-NC-ND
(参考) クリエイティブ・コモンズ・ジャパン, CC ライセンス活用事例 (http://creativecommons.jp/features/ (2014 年 1 月 27 日閲
覧))等を参考に筆者において作成
6.展望
クリエイティブ・コモンズの手法、すなわち、あらかじめ規格化された方法により、権
利者自らがコモンズ化に関する意思を表明することは、知的財産の利用に伴うリスク
の一面を低減することとなり、結果として、さまざまな知的財産の交流等の中から生
まれるイノベーションを目指す活動を促進することにつながる。
以下では、このような流れを一層促進するためのいくつかの方向性について展望
する。
22
6.1 コモンズ化に向けたさらなる検討
知的財産のコモンズ化を促進しイノベーションにつなげるためには、知的財産の利
用許諾に関する方法を、R&D 活動の進展、社会的、経済的環境の変化に対応して常
に検討していくことが必要であろう。
クリエイティブ・コモンズでは、許諾するライセンスのカテゴリーとして、表示・帰属、
非営利、継承・同一条件許諾、改変禁止・派生禁止の 4 種類が設定され、その組み合
わせが使用されているが、更なる創造性の連鎖をつなげ、イノベーションを引き起こ
す環境を構築するとの観点からは、当該知的財産の特質や、当該知的財産が主に
利用される領域ごとの事情を踏まえつつ、望ましいライセンス内容をデザインし、標準
化するとともに、利用する者が自らの意思であらかじめ選択できるようにすることが必
要である。この活動は、学協会あるいは公益目的の NPO が科学技術情報流通の促
進の観点から主導、連携し、デファクト化につなげることが望ましい。
このような手法をより発展的に考えると、例えば、環境・気候変動対応関係の技術、
感染症対応関係の技術、防災・災害対応関係の技術等、人類共通のいわゆる地球
規模問題・人間の生存や存在の本質に関わる倫理的な問題の解決という、より大き
な公益に資する知的財産について、権利者が権利行使を行わない旨宣言し、多数の
者による当該知的財産の利用を促進するという発想もあり得るであろう。特に、次項
で述べるように、公的資金を原資とした公的な基礎的、基盤的な研究等から生まれる
知的財産は、地球規模問題のような人類社会の持続的発展を妨げる広範な問題の
解決のために利用されるべきであるが、純粋に民間資金により創生され、地球規模
問題の解決に資する知的財産についても、コモンズ化しその利用の低コスト化を図る
ことは、いわゆる私企業の社会的責任(CSR)を推進することにもつながるであろう。11
11 このような発想の世界的な活動としては、2008 年に設立された「エコ・パテントコモンズ」がある。エ
コ・パテントコモンズは、当初、IBM、ノキア、ピツニーボウズ、ソニーの 4 社が、非営利組織「持続可
能な開発のための世界経済人会議(World Business Council for Sustainable Development: WBCSD)」
とともに立ち上げたシステム。環境を保護し、この分野の企業間のコラボレーションを可能にすること
を目指しており、環境保護に資するとして提供・登録された特許について、広く第 3 者が無償で実施
できる。2011 年 5 月現在、105 件の特許が登録されている。 (エコ・パテントコモンズ, ホームページ,
http://www.wbcsd.org/work-program/capacity-building/eco-patent-commons.aspx (2015 年 1 月 27
日閲覧))
23
さらに、知的財産をその利用者が利用しやすくするための枠組みとして、例えば、
技術標準、パテントプール等のありかたに関する議論についても、さらに促進されるこ
とを期待したい。
なお、著作権については、特許権と異なり権利申請を経て権利化されるものではな
いために、著作権法の定義に合致する限り、権利化されていないものと言うものが存
在しない。しかしながら、時間を経た著作物には、その著作者(あるいはその相続人)
の所在等が不明で、著作権の保護期間内であるにもかかわらず、利用の許諾を受け
られない場合が存在する。いわゆる孤児著作物の問題である。この孤児著作物への
対応として、著作権法では文化庁長官の裁定制度(著作権法第六十七条)があるが、
裁定手続き、あるいは裁定不要判断に至るコスト等を考えるなら、既に商品・サービ
スとなっているような実体が明確な著作権については、例えば登録制度を積極的に
活用し、権利保護されていることを広く社会に認知させる方策を強化するとともに、
CC ライセンスの手法を活用し、幅広く利用されるような事前の配慮を当該創作者に
促すこと等が検討されるべきと考えられる。12
12 著作権法第六十七条の裁定制度は、著作権者が不明の場合、「相当な努力」を払っても著作権者
と連絡することができないときは、文化庁長官の裁定を受け文化庁長官が定める額の補償金を供託
することにより、著作物を利用できるようにするものであるが、従来、「相当な努力」の具体的な内容
として、「権利者の名前や住所等が掲載されている名簿・名鑑類の閲覧」など、平成 21 年文化庁告
示第 26 号に示された 6 つの方法をすべて行う必要があったところ、平成 26 年 8 月より、その要件の
一部が緩和され、手続きの簡素化、迅速化が図られた。 (http://www.bunka.go.jp/chosakuken/
singikai/houki/h26_01/pdf/shiryo_6.pdf (2015 年 1 月 27 日閲覧))
また、国立国会図書館が明治時代の書籍をデジタル化しホームページ上で公開する「近代デジタ
ルライブラリー」を構築するうえで実施した「著作者情報公開調査」の結果は以下の通り。
調査年度
2003 年度
2004 年度
2005 年度
2009 年度
2010 年度
2014 年度
情報提供件数
738 件
7件
7件
7件
165 件
2件
没年判明件数
532 件
3件
5件
0件
62 件
1件
著作権者の連絡先
60 件
5件
1件
4件
22 件
1件
収録可能とな っ た
976 件
1件
0件
4件
34 件
裁定不要とな
資料数
(1,193 冊)
(6 冊)
判明件数
った資料 1 件
(出典) 国立国会図書館のホームページを基に筆者において作成 (https://openinq.dl.ndl.go.jp/ (2015 年 1 月 27 日閲覧))
24
6.2 公的資金を原資とする公的な基礎的、基盤的研究等から生まれる知的財産
「科学者コミュニティの知的活動の成果は、公表された後は誰でも容易に利用する
ことができるものとなり、それを基盤として次の知的活動が展開される。一方で、科学
者コミュニティの研究活動の多くは公的資金でまかなわれているため、研究成果を社
会(納税者)に還元することが求められている。」(34)
なるほど、研究成果の社会還元、すなわちイノベーションの促進には、「多くの場合、
企業において研究開発に対する持続的な(フォローオンの)投資がなされる必要があ
るが、そのためには、基礎科学の成果が得られた段階で特許権が取得され、知的財
産権として独占的に使用できる状態になっていることが必要な場合もある。このような
理由から、基礎科学の成果を特許化することに社会的意義が認められる。」(34)
こうした知的財産の利活用、特に民間企業によるイノベーション活動への利活用促
進の観点からは、できるだけイノベーション現場に近い R&D 活動の現場における判
断が重要であり、このことは、既に、産業活力再生特別措置法(1999 年 いわゆる日
本版バイ・ドール条項を含む)、産業技術力強化法の 2007 年改正(日本版バイ・ドー
ル条項の恒久化。同条項のこの法律への移管。)により担保されている。
しかし、その活動の多くを公的資金に依存している「科学者コミュニティを構成する
大学や公的研究機関は、研究開発の成果を特許化して自社実施やライセンス供与
(場合によっては、自社の複数の特許と他社の複数の特許の使用を互いに許容しあ
うクロスライセンス)を行うことにより市場における収益確保に向けた手段とするという
産業界の立場とは異なる原則に基づいて、知的財産と向き合うべきである。」(35)との、
日本学術会議の原則の指摘を踏まえるなら、国が直接投資する基礎的、基盤的な
R&D 活動の成果は、公共的な性格があるものとして、広く社会全般で利活用されるべ
きであろう。
わが国の場合、国の R&D 投資は、大学、あるいは独立行政法人等において実施さ
れることが多いが、大学については特許権の直接の実施者となる場合が少ないこと
から、大学以外の実施者への許諾が円滑になされることが肝要で、また、独立行政
法人においても、排他的に自らが実施する必要はないことから、やはり実施者への許
諾が円滑になされることが適当である。
なるほど、バイ・ドール条項を適用せずに、R&D 活動の投資者たる国が知的財産を
保有、管理し非競合的に許諾をすれば、コモンズ化が図れるとの考えもあろう。しかし、
直接ニーズを有する利用者のコミュニティによってイノベーションが引き起こされる(32)
との考えに即すなら、実際のニーズを把握している者が、柔軟に、かつタイムリーに
必要な知的財産を利用できてこそ、知的財産の許諾等の手続きがイノベーションに寄
与することができると言える。これは、イノベーションにつながる可能性のある知的財
産があらかじめコモンズ化され、そのようなものとして潜在的な利用者コミュニティに
広く認識されるシステムが構築されて初めて可能になる。バイ・ドール条項の有効性
25
は、知的財産の管理というよりはむしろ、その速やかな利用の観点から評価されるべ
きであろう。
こうしたことから、イノベーションの前提となる R&D 活動の成果物である論文へのア
クセスのオープン化を一層進めるとともに、国の投資により実施された公共性の高い
基礎的、基盤的な研究開発の成果については、例えば CC ライセンスを活用し、あら
かじめ、国内的あるいは国際的にコモンズ化すること等により、その社会的な利活用
可能性を拡大し、最大限の投資効果を生むように誘導する必要があると考えられる。
13
さらに、そのような R&D 活動については、結果だけではなくその過程で得られたデ
ータそのものについてもコモンズ化し、新しいアイディアを創出しようとするより多くの
者が思考する際の共通基盤を形成することも必要であろう。
13 具体的な先行例として、情報・システム研究機構のライフサイエンス統合データベースセンター
(DBCLS)が作成している詳細な解剖モデルデータ(立体人体情報)がある。同データは CC ライ
センスの「CC-BY-SA ライセンス」(表示・継承)により、利用、転用が活発に行われている。
具体的には、同データは、科学教育プロジェクトの材料として広く転用されているだけでなく、
有償の iPhone アプリやより高度な三次元データとしての販売に供されている他、3D プリンタ
ーでの印刷にも転用され、スタンフォード大学の初等教育プログラムや NEDO 等における医療
機器開発にも利用されている。(http://rgm22.nig.ac.jp/mediawiki-ogareport/index.php/
Site_information#Dissemination_status (2015 年 1 月 27 日閲覧)) また、このデータ流通の
促進には、コモンズ媒体(Wikimedia commons、Wikipedia 等)を通じたいわゆる peer が協
力しており、そこに登録された多くの 3 次元画像はオリジナルのものよりも広く利用、転用
されていると言われている。(http://commons.wikimedia.org/wiki/Category:
Animations_from_Anatomography (2015 年 1 月 27 日閲覧)) 最近では欧州の医療機器会社など
国外の比較的大きな企業やゲーム的な企業からの利用許諾要請もあることから、公共財への
利益循環に優先的に働くライセンス形態の必要性も議論されている。
26
6.3 研究開発型の独立行政法人等の評価への考慮
国の税金等を主要な資金として R&D 活動を担ってきたわが国の公的組織には、国
立大学等の研究機関とともに、独立行政法人の枠組みで R&D 活動を行ってきた法人
(研究開発法人)がある。研究開発システムの改革の推進等による研究開発能力の
強化及び研究開発等の効率的推進等に関する法律(平成二十年六月十一日法律第
六十三号、研究開発力強化法)は、「独立行政法人通則法第二条第一項に規定する
独立行政法人であって、研究開発等、研究開発であって公募によるものに係る業務
又は科学技術に関する啓発及び知識の普及に係る業務を行うもののうち重要なもの」
(同法第二条)を研究開発法人とし、現在 38 法人を規定している。(同法別表第一)
研究開発法人の主要なミッションが、イノベーションの創出に関連するものであるな
らば、その活動により創生された知的財産が、広く社会において速やかに利活用され
なければならない。したがって、研究開発法人の活動の評価も、この観点を促すもの
である必要がある。
しかしながら、次のような独立行政法人の設立経緯から、独立行政法人たる研究
開発法人の活動評価の現状は、このような観点に対応したものとはなっていない。
周知のごとく、独立行政法人は 2001 年に施行された独立行政法人通則法に基づき
創設されたもので、当時のいわゆる「官から民へ」という基本的な考え方を基礎に、民
営化、民間移譲を念頭に国の実施業務の見直し議論が行われた結果、民間委譲が
無理な場合でも、独立行政法人化により自律的、効率的な運営を図るという検討
が行われた結果、創設された。すなわち、独立行政法人化は、民営化、民間委譲が
困難な業務でも、国に残すのではなく、法人化によって事業の効率化等を進めるとい
うことを意味していた。このため、従来の独立行政法人評価では、可能な限り定量的
な達成目標を掲げ、その達成度を評価するという手法が大前提とされ、設定された定
量的目標・指標に基づき客観的(機械的)に評価する方法が、多様な業務が行われ
ている独立行政法人に対し一律に適用されてきた。
このため、主要業務として研究開発にかかる事務及び事業を行う研究開発法人に
対し、例えば、特許権の取得件数、ロイヤリティ収入額といった数値の増減を評価対
象とする等、「必ずしも研究開発の特性等について十分な配慮がなされてこなかった」
(36)
のが現状である。 (「研究開発の事務及び事業に関する事項に係る評価等の指針」
(総合科学技術・イノベーション会議 (2014 年 7 月)) 以下、指針という。)
内閣府が、主に 26 法人を対象として実施した「独立行政法人の科学技術関係活動
に関する調査結果(平成 22 事業年度)」によれば、知的財産権による収入は、全体で
12.5 億円、特許申請や登録などの知的財産権管理維持費用は 7.5 億円、また、所有
特許件数は、国内 14,459 件、外国 4,640 件で、これらのうち、実施許諾を行っている
所有特許件数は、国内特許が 1,557 件、外国特許が 491 件であるが、各法人は、定
期的な法人評価を前に、特許の内容・質というよりはむしろ、この外形的な数字の増
27
減自体に一喜一憂することになった。独立行政法人の個別評価において、特許権の
取得件数、ロイヤリティ収入額といった数値の増減は、当該法人の社会的な貢献度
を評価する指標として長らく利用されてきたが、上記、総合科学技術・イノベーション
会議の指針の問題意識は、この点についての反省と見ることができる。(Appendix 5)
こうした反省も踏まえ、上記の指針ではそのような単純化された達成目標・達成度
評価だけでは研究開発についての評価としては適当ではない旨が明らかにされ、こ
の関係で、「定量的な指標」の取り扱いについても、「主務大臣は、中長期目標の策
定に際し、定量的な目標や測定可能な指標を設定する場合には、研究開発の現場
への影響等についても十分考慮し、評価・評定の基準として取り扱う定量的な目標・
指標(評価指標)と、正確な事実を把握するために必要な指標(モニタリング指標)と
を適切に分けて取り扱う。」(37) とし、「数」が評価に際しての最重要課題となるのか
(評価指標)、「数」が増えたか減ったかそれだけでは評価は決定しないが事実を正
確に理解するために数の把握も必要とするのか(モニタリング指標)を分けて取り扱
うべきであるとされている。
公的資金が利用されている R&D 活動の成果をイノベーションにつなげ、わが国の
産業競争力強化に資するとの観点からは、幅広い利活用が期待される基礎的、基盤
的な知的財産に関して CC ライセンスの考え方を適用し、その事例の拡大を定期的に
評価することにより、当該法人の活動の質を一層、イノベーションへの応用範囲の広
い基礎的、基盤的な成果を狙うものとし、その国内利用のすそ野を広げることが必要
であろう。科学技術・学術政策研究所が 2013 年度、国内民間企業 1,461 社を対象に
行った調査(38)によれば、国内の大学等・公的研究機関から導入した技術的知識が役
立った段階として、多くの企業(64%)が基礎研究段階で役立ったと回答しているから
である。(図 3)
(注)国内の大学等・公的研究機関における割合が高い順から並べた。
図 3 国内外の大学等・公的研究機関から導入した技術知識が
企業活動で役立った段階
(出典) 文部科学省科学技術・学術政策研究所, 民間企業の研究活動に関する調査報告 2013 (2014)
もちろん、このことは、研究開発法人の R&D 活動から、民間企業との共同研究等、
28
実利用、すなわち商業化直前の成果を引き出すものを排除するものではない 14 が、イ
ノベーションがさまざまなアイディア等の交流の中から生まれるとの観点からは、広範
な波及効果が期待される、より基礎的、基盤的な成果を求める活動に、公的資金は
投入されるべきであろう。
例えば、CC ライセンスを適用した知的財産の「数」を評価指標にすることは、公的資
金を利用した R&D 活動の質を、幅広く利活用が可能な、より基礎的、基盤的なものに
誘導するインセンティブ付与の観点で重要と考える。というのも、特許の質の向上に
関する一つの指標である「ジェネラリティ」、すなわち汎用的な技術かどうかについて
見ると、2001 年以降の大学発特許は、それ以前よりも確実に低下しているからである。
(39)
この分析は大学発の特許にかかるものであり、研究開発法人の R&D 活動にかか
るものではないが、例えば 5 年間といった限られた期間内に社会的な成果が求めら
れるこれまでの独立行政法人の状況を考えれば、研究開発法人についても同様のこ
とが危惧される。
CC ライセンスの活用度を研究開発法人評価の際の指標に導入することは、公的
資金を活用した R&D 活動を、より広範に利用されやすい成果(ジェネラリティ高)を指
向するものとし、引いてはより基礎的、基盤的なものにシフトするインセンティブを
R&D 活動現場に与えることとなり、その広範な利用を促す他の施策とも相まって、わ
が国のイノベーティブな知的基盤の強化に大いに資すると考える。
14 国内の企業が国内外の大学等・公的研究機関からの知識の導入方法のトップとして挙げたのは、
共同研究・委託研究であった。(文部科学省科学技術・学術政策研究所, 民間企業の研究活動に関
する調査報告 2013, p.89 (2014))
29
7.おわりに
イノベーションは、オスロマニュアルの定義をまつまでもなく、広範な社会経済活動
の結果として創生され、新規性が高く、社会的な不連続面をももたらす可能性の高い
活動であり、わが国社会が、少子化・高齢化等の社会構造変化を越えて、安定的な
維持・発展を遂げ、さらには、国際的な競争力を確保していくうえで不可欠である。
他方、20 世紀の最後の 10 年以降大きく進歩した ICT 社会における情報のデジタ
ル化とネットワーク化は、新たな情報の生産・利用方法の深化とその生産・利用過程
に関与する者の爆発的拡大をもたらし、結果、さまざまなアイディアの交流とアイディ
アの創生のありかた、すなわちイノベーションのありかた自体に大きな影響を与えた。
2013 年 6 月、英国ロック・アーンで開催された G8 主要国首脳会議で合意された「オー
プンデータ憲章」(40)も、こうした潮流の中で理解されるべきものである。憲章では、「世
界は、データや情報を駆使した技術や社会メディアにより促進された国際的な動きの
加速を目の当たりにして」おり、「データへのアクセスは、人や組織が生活を改善し、
国内及び国家間の情報の流れを改善するための視点やイノベーションを進化させて
いく」との認識が示されている。15
このため、SNS 等、ICT で変化した社会状況を踏まえ、イノベーションが起きやすい
社会的、経済的環境を創出することは、国の重要な政策であり、例えば、知的財産推
進計画 2008 においても、イノベーションを目指した知的財産活用のための基盤構築
の観点から、「コモンズの取組やオープンソフトウェアの活用を促進する」とともに、デ
ジタル化・ネットワーク化の時代に対応した創作環境を整備するために、「インターネ
ット上における著作物の自由な創作・発信を促すため、意思表示システムの改善普
及を行うとともに、民間における活動を促進する」こととされた。(41) また、知的財産推
進計画 2013 では、施策例として「クラウドネットワーク、ソーシャルサービスといったメ
ディアの進展、ユーザーが作成するユーザー・ジェネレイテッド・コンテンツの拡大など
を踏まえ、インターネットを活用したユーザーが作り出す新たなコンテンツの創造と自
由な利用の促進を図る観点から、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスといったパブリッ
クライセンスの普及などについて検討を行い、非営利目的での利用のみならず産業
利用も含めたコンテンツ利用の促進に必要な措置を講じる」こと(42) が示されており、
利用の促進という観点から、知的財産権の扱いについての調整が求められている。
本稿の議論は、こうした知的財産を巡る社会的、政策的動向の上にある。
15 G8 オープンデータ憲章では、政府のデータを対象とするものの、これを可能な限り広くとらえるとし
て、公的セクターにより保有されるデータについても適用され得るとしている。 (http://
www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/densi/dai4/sankou8.pdf (2015 年 1 月 27 日閲覧))
30
R&D 活動の成果として生み出されたアイディア・知識等は、イノベーションを直接牽
引する基盤となり得るものであり、新たなイノベーション創生のために柔軟に活用され
る必要がある。しかし、一つのアイディア・知識等だけでイノベーションが起ることは少
なく、イノベーションはさまざまな知的財産の交流の上に生まれる新たなアイディア・
知識等をまって初めて展開する。4 章で述べた交流型イノベーター(16)の役割もここに
あり、権利化を踏まえた知的財産のコモンズ化、すなわち、知的財産を私的領域から
広く交流し、利用される領域に置くことは、今後のイノベーション推進の有力な環境を
構築する。
本稿では、こうした認識等を踏まえ、イノベーションのさらなる持続的展開に向け、
知的財産のコモンズ化の重要性を指摘するとともに、継続的にイノベーションを引き
起こすことができる環境を構築する観点から、コモンズの思想を取り入れた方策につ
き展望した。
イノベーションは、それが展開される社会経済環境の変化に対応しつつ、継続的、
速やかに、かつ広がりをもって行われなければならない。そのためには、生み出され
たさまざまな知識・アイディア等が、ニーズを把握している多くの者により効果的に利
活用される必要があり、それを可能とする環境整備の一環として、本稿で提起した諸
点が今後の政策において活かされることを期待するものである。そうすることで、本稿
の冒頭で述べた社会経済的な諸課題への対応力も強化されるであろう。
8.謝辞
本稿のとりまとめに当たっては、特定非営利活動法人コモンスフィア理事ドミニク・チ
ェン氏、株式会社デンソーウェーブ情報企画部知的財産室長野坂和人氏ほか、多く
の方々より貴重なアドバイスをいただいた。ここに記して謝意を表する。
31
参考文献
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32
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(20) 秋葉原ボーカロイド研究会, 初音ミクの謎, pp.186-187 (2011)
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http://www.openinventionnetwork.com/ (2015 年 1 月 27 日閲覧)
(30) ウィキペディア, http://ja.wikipedia.org/wiki/Graphics_Interchange_Format
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(31) 藤本暸一, 新技術を生み出す国研・大学の挑戦, p.68 (2002)
(32) エリック・フォン・ヒッペル, 前掲書, p.123
(33) クリエイティブ・コモンズ・ジャパン, ホームページ,
http://creativecommons.jp/licenses/ (2015 年 1 月 27 日閲覧)
(34) 日本学術会議科学者委員会知的財産検討部会, 報告 科学者コミュニティか
ら見た今後の知的財産制度のあり方について, 要旨 (2010)
33
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-21-h100-1.pdf (2015 年 1 月 27
日閲覧)
(35) 日本学術会議科学者委員会知的財産検討部会, 前掲報告, p.16
(36) 総合科学技術・イノベーション会議, 研究開発の事務及び事業に関する事項
に係る評価等の指針, 総合科学技術・イノベーション会議, p.1 (2014 年)
(37) 総合科学技術・イノベーション会議, 前掲指針, p.9
(38) 文部科学省科学技術・学術政策研究所, 民間企業の研究活動に関する調査
報告 2013, pp.91-92 (2014)
(39) 文部科学省科学技術・学術政策研究所, 科学技術指標 2014, pp.155-156
(2014)
(40) G8 主要国首脳会議, G8 Open Data Charter (G8 オープンデータ憲章)
(2013) http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/page23_000044.html (2015 年 1 月 27
日閲覧)
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(42) 知的財産戦略本部, 知的財産推進計画 2013, p.26 (2013)
34
Appendix
35
1.
フューチャーセンター活動の事例※
※「備考」欄に記載の同団体ホームページ等を参考に作成。(2015 年 1 月 27 日閲覧)
表 A1 チューチャーセンター活動事例
名 称
(設立時期)
株式会社フ
ューチャー
セッションズ
(2012 年)
一般社団法
人企業間フ
ューチャー
センター
(2013 年)
カタリスト
BA
(2011 年)
特
徴
<理念・目的>
より良い社会の実現に向けて、企業、政府・自治体、NPO・市民のそ
れぞれが連携し、新たな社会システムへの進化を目指す。
<活動内容>
 イノベーションプロジェクト:
個々のセクターの問いを広げ、プライベートセクター(企業)、パ
グリックセクター(行政・自治体)、ソーシャルセクター(NPO・社
会起業家)を縦横無尽につなげたフューチャーセッションを実施
し、未来志向の協調的行動促進を支援。
 まちづくりプロジェクト:
多様な地域の人たちが集い、共有できる物語を 創造するフュ
ーチャーセッションを実施し、自分たちで問題解決していくアイデ
ィアと仲間作りを支援。
 社会問題解決プロジェクト:
社会問題の解決に向けて行動している人たちとフューチャーセ
ッションを実施し、問題の捉え方を変えて、多くの人たちに共感
できるムーブメントを起こせるよう支援。
<その他>
社員全員が顧客と直接対話し、外部ネットワークと連携しながら価値
創造するコネクト型企業を目指す。加えて、社員のプロボノ活動を支
援し、事業とつながるようであれば会社の仕事として発展させるな
ど、「働き方の未来」を創造する。
<理念・目的>
「ゆたかな地球社会を探求する」ことを理念とし、産官学民の多様性
を受容しながら各々の資質を開花させ、地球市民の一員として主体
的に生き、他者との関わり合いのなかで創りあげる社会を目指す。
<活動内容>
 企業などの組織に属する人びとが、既存の枠を超えて協働する
場を提供
 知的創造プロセスの深い理解と事業の実行を通じて、多様な組
織と関わりながら社会における新しい価値軸を創出に取り組む
 新たな価値軸の社会への浸透、定着に取り組む
 活動の情報を広く発信
<その他>
一般社団法人 大丸有環境共生型まちづくり推進協会 (エコッツェリ
ア協会)と連携し、企業における CSR や働き方をテーマにしたワーキ
ンググループの企画プロデュースを行う。
<理念・目的>
場としての「ファシリティ」を備えながら、そこに集まる人々の「コミュニ
ティ」の活動拠点となり、それぞれの物語を促進し助長することを目
的とする。
<活動内容>
36
備 考
(参照 URL)
http://www.fut
uresessions.co
m/works
http://www.eaf
c.or.jp/
http://catalyst
-ba.com/about.
html
多業種からなるクリエイティブ・シティ・コンソーシアムと、クリエイター
の集合体としての co-lab が同じ場を共有しながら活動。この集合体
をベースに、背景も立場も違う組織や個人が自由に集まり、分散し、
時に協働しながらクリエイティブに思考し、ビジネスを行っている。イノ
ベーションのための実験の場であると同時に、新しい働き方の実践
の場としても注目を集める。
 co-lab 二子玉川:
インディペンデントに活動するデザイナーや建築家、アーティス
トなど異業種のクリエイターの集合体。
既存の硬直的な企業組織型、あるいは単なるフリーランス形態
の個人型でもない、その中間的な領域である「集合型」のプラッ
トフォームを目指す。
 クリエイティブ・シティ・コンソーシアム:
持続可能な経済と社会のため、ビジネスの手法を活かして街づ
くりをしていきたいと考える民間発の団体。「カタリスト BA」を活
動拠点として、多種多様な法人・個人・学術会員がコミュニティを
つくり、企業が持つ技術や資源、個人のアイデアをマッチングさ
せて、イノベーションにつながる社会実験を行う。
<その他>
フロアオーナーである東京急行電鉄株式会社、内装や空間デザイン
を手がけたコクヨファニチャー株式会社、日常的な運営を担う春蒔プ
ロジェクト株式会社(co-lab)の 3 社によって企画/運営。
LEF
:
Rijkswaterst
aat Future
Center(オラ
ンダ)
(2002 年)
<理念・目的>
道路水管理庁が所有するフューチャーセンターであり、市民サービス
の改善を目的として、道路や水のインフラ問題について政府・事業
者・市民グループなどの利害関係者がセクターを越えて創造的な対
話を行う。
<活動内容>
道路水管理庁の組織内におけるイノベーションの中心として、毎年約
350 のセッションを行い、新しい考え方や働き方を通じて有効な解決
策を調査する。
DIALOGUE
S HOUSE
(オランダ)
(2007 年)
<理念・目的>
オランダの ABN AMRO 銀行が所有するフューチャーセンターであり、
イノベーション・起業家精神・持続性・協働などをテーマとした対話の
ための空間を提供。
<活動内容>
社内と社外(オランダ国民など)の両方に対して、各テーマに取り組
む人々と協力し、社会のためのイノベーションに役立てている。
37
http://www.rijk
swaterstaat.nl/
over_ons/lef_fu
ture_center/
http://www.me
ti.go.jp/policy/i
ntellectual_asse
ts/pdf/FutureC
enterReportPar
t2.pdf
http://www.dial
ogueshouse.nl/
over-het-dialo
gues-house/inf
ormatie/
http://www.me
ti.go.jp/policy/i
ntellectual_asse
ts/pdf/FutureC
enterReportPar
t2.pdf
2.
ファブラボ
ファブラボ(Fab Lab)とは、デジタル・ファブリケーション(パソコン制御のデジタル工
作機械)を揃え、市民が発明を起こすことを目的とした地域工房である。提唱者であ
るニール・ガーシェンフェルド氏(マサチューセッツ工科大学(MIT)ビット・アンド・アトム
ズ・センター所長)が 1998 年にボストンの旧スラム街とインドの田舎の村に設置して
以来、ファブラボは世界中に広まり、2013 年現在、世界 50 か国以上に 200 カ所以上
のファブラボが存在する。(経済産業省 新ものづくり研究会, 3D プリンタが生み出す
付加価値と 2 つのものづくり~「データ統合力」と「ものづくりネットワーク」~, p.68
(2014))
わが国では、FabLab Japan(パーソナルファブリケーションなどに興味を持つ人々
の緩やかなネットワークで、学生、教員、研究者、会社員/フリーランスのデザイナー、
エンジニア、法律家など、様々なバックグラウンドを持つ人が参加している。)が、表の
ような所在地を中心として活動を展開している。
表 A2 わが国で活動しているファブラボ(2014 年 11 月現在)
名 称
所在地
備考(参照 URL)
FabLab Kamakura
神奈川県鎌倉市
http://fablabkamakura.com/
FabLab Tsukuba |
茨城県つくば市
http://fpgacafe.com/
FabLab Shibuya
東京都渋谷区
http://fablabshibuya.org/
FabLab Kitakagaya
大阪市住之江区
http://fablabkitakagaya.org/
FabLab Sendai | FLAT
宮城県仙台市青葉区
http://fablabsendai-flat.com/
FabLab Kannai
神奈川県横浜市
http://fablab-kannai.org/
FabLab Oita
大分県大分市
http://www.faboita.org/
FabLab tottori•
鳥取県鳥取市
http://www.fablab-tottori.jp/
FabLab Saga
佐賀県佐賀市
https://www.facebook.com/FabLabSaga
FabLab Hamamatsu |
静岡県浜松市
http://www.take-space.com/
FabLab Dazaifu
福岡県太宰府市
http://fablabdazaifu.com/
FabLab Hiroshima-Akitakata
広島県安芸高田市
http://www.fablabhiroshima.com
FPGA-CAFE
TAKE-SPACE
(出典) http://fablabjapan.org/about/ (2015 年 1 月 27 日閲覧)
38
3.
QR コードの開発と展開 1)
QR コード 2) とは、1994 年に株式会社デンソーウェーブ(以下、「デンソーウェーブ社」
という。当時は現・株式会社デンソーの一事業部)が開発した、大容量の情報量が格
納できながら高速読取が可能な2次元コードである。
それは、大容量データを収納できること、小さなスペースへの印字が可能なこと、
かな・漢字を効率よく表現できること、汚れ・破損に強いこと、どの方向からでも読み
取りが可能なこと等から、広範な分野での利用が期待された。3)
デンソーウェーブ社は、特許は保有するものの、規格化された QR コードそのもの
については権利行使をしないことを宣言した。これにより、利用コストもかからず安心
して使用できる QR コードが標準のコードとして、自動車生産現場、携帯電話、航空券、
入場券等、幅広い分野で利用されるコードに成長することとなった。
QR コードについては、例えば、日本工業規格(JIS)、ISO といった、規格化、国際標
準化のプロセスにおいて、QR コードにかかる特許内容を (1)誰に対しても(非差別
的)、(2)無償もしくは合理的条件で開示することが求められている。4) 5)
この結果、QR コードは、日本国内だけでなく海外でもその利用が拡大している。
QR コードに、外部からの新たな発想・技術が加わることにより、新たな形態のコー
ドが開発された事例もある。例えば、QR コード仕様の無償公開後、当初の白黒の QR
コードよりも、見た目が良く、デザイン性のあるコードが他社により開発された。その
代表的なものとしては、A・Tコミュニケーションズ株式会社による QR コードに絵を組
み合わせた「ロゴ Q」が存在する。
さらに、デンソーウェーブ社は、デザイン性を加味し、QRコードの中にスペースを空
けて絵やロゴを入れられるようにした「フレームQR」を開発した。
1) 参考: http://www.qrcode.com/history (2015 年 1 月 27 日閲覧)
2) QR コードという名称(及び単語)は、デンソーウェーブ社の登録商標となっている。(第 4075066 号)
3) 参考: http://www.qrcode.com/about/ (2015 年 1 月 27 日閲覧)
4) QR コード規格化の歩み
1997 年 10 月
1998 年 3 月
1999 年 1 月
2000 年 6 月
2004 年 11 月
2011 年 12 月
AIM International(国際自動認識工業会)規格として制定 (ISS-QR Code)
JEIDA(日本電子工業振興協会)規格として制定 (JEIDA-55)
JIS(日本工業規格)として制定 (JIS X 0510)
ISO の国際規格として制定 (ISO/IEC18004)
マイクロ QR コードを JIS(日本工業規格)として制定 (JIS X 0510)
国際的標準機関である GS1 がモバイル向け標準として制定
(出典) http://www.qrcode.com/about/standards.html (2015 年 1 月 27 日閲覧)
5) 日本工業標準調査会, 特許権等を含む JIS の制定等に関する手続きについて (2014)、 日本工業標準調査会事務局,
ITU/ISO/IEC 共通パテントポリシー及び実施ガイドラインの発効について (2007)
39
4.
C
CC ライセン
ンスの利用
1. C
CC ライセン
ンス全般
(1) C
CC ライセン
ンスの利用状
状況に関して
ては、クリエ
エイティブ・コ
コモンズ・ジャ
ャパンのホ
ホーム
ペ
ページにおい
いて、シンガ
ガポール・マネ
ネージメント
ト大学(SMU
U)のジョル ジョス・チェ
ェリオ
ティス(Giorgo
os Cheliotiss)による、22007 年時点
点の CC ライ
イセンスのグ
グローバルな
な統
1)
計
計分析につい
いて解説が加
加えられて いる。 それ
れによれば、以下の通
通りである。
2)
・F
Flickr だけで
でも 3600 万コンテンツ
万
ツが CC ライ
イセンスで公
公開され、Y
Yahoo!バック
クリン
ク
ク検索では((Flickr の外
外で)3700 万
万コンテンツ
ツが確認でき
きることを考
考えると、現在の
C
CC ライセンス
スのより正確なコンテン
ンツ数は少
少なく見積もっても 60000 万コンテン
ンツ以
上
上であるとい
いうことが言
言える
・日
日本は Yaho
oo!と Google
e のバックリ
リンク検索の
の双方で、C
CC ライセンス
ス利用数に
におい
て 35 カ国中、6 位から 10
1 位の間に
にランクして
ている(ただし
し人口比率
率でいえば 18 位)
(2) ド
ドミニク・チェ
ェンによれば
ば、最初のラ
ライセンス群
群提供(2002 年)以来、 CC ライセン
ンス
は
は数多くのプ
プロジェクトや
や個人に利
利用されてき
きており、201
11 年までに
に、少なく見
見積も
って
ても、4 億件
件以上のコン
ンテンツがイ
インターネッ
ット上で CC
C ライセンス
スが付され公
公開さ
3)
れ
れている。
図 A1 CC ラ
ライセンスの
の利用状況推
推移
(出典
典) ドミニク・チェン, フリーカ
カルチャーをつ
つくるためのガ
ガイドブック〜ク
クリエイティブ
ブ・コモンズによ
よる創
造の循環 (2012)
(
1) http://creativecomm
mons.jp/weblog/2
2007/07/1956/ ((2015 年 1 月 27 日閲覧)
ナダ・バンクーバー
ーに本拠を持つル
ルディコープ(Luddicorp)社が 2004
4 年 2 月に開設し
した写真共有サイ
イト。ユーザーが写真を
2) カナ
アップ
プロードする際に
に、CC ライセンス
スを選択し、設定す
する機能がある。
3) ドミニ
ニク・チェン, フリ
リーカルチャーをつ
つくるためのガイ
イドブック〜クリエイティブ・コモンズ
ズによる創造の循
循環 (2012)
40
(3) CC ライセンスの利用増加傾向は現在も続いており、特定非営利活動法人コモン
スフィアからの情報提供によれば、2014 年 11 月現在の CC ライセンス総数は、約 8
億 8200 万個と見積もられている。各種 CC ライセンスの分布は下表のとおりであり、
56%が真に自由(フリー)なライセンス(CC 0+CC BY+CC BY-SA)、58%が商用利用を
認めており(CC0+CC BY+CC BY-SA+CC BY-ND)、76%が改変を認めている(CC
BY-ND と CC BY-NC-ND 以外)という傾向にあることがわかる。
表 A3 各種ライセンスの分布
ライセンス形式
割 合
CC 0 (パブリック・ドメイン)
4%
CC BY (表示)
19%
CC BY-SA (表示-継承)
33%
CC BY-ND (表示-改変禁止)
2%
CC BY-NC (表示-非営利)
4%
CC BY-NC-SA (表示-非営利-継承)
16%
CC BY-NC-ND (表示-非営利-改変禁止)
22%
(出典) 特定非営利活動法人 コモンスフィア
2. ユーロピアーナ(Europeana) における CC ライセンス利用
欧州では、パブリック・ドメイン、すなわち知的な創作物について知的財産権が一部
または全部発生していないか、あるいは消滅している状態が、新たな知識を生み出し、
新しい文化を生み出す原動力となるとの考え 4)から、欧州内の図書館、博物館、その
他アーカイブに収蔵されているさまざまなコンテンツをデジタル化し、ネットワークを形
成することにより、広く社会の用に供する取り組み(ユーロピアーナ)が 2008 年より行
われている。
文献、画像、動画、音楽等、ユーロピアーナでデジタル化されているコンテンツは
2013 年度には 30 百万件を超えており、その約 3 分の一が、権利主張がないもの(パ
ブリック・ドメイン)あるいは CC ライセンスを利用しているものとなっている。
4) ユーロピアーナ・パブリック・ドメイン憲章 http://pro.europeana.eu/c/document_library/get_file?uuid=d542819d-d169-4240
-9247-f96749113eaa&groupId=10602 (2015 年 1 月 27 日閲覧)
41
表 A4 ユーロピアーナに
に登録されて
ているコンテ
テンツ件数の
の拡大
年
度
デジタル化
化されたコンテ
テンツ
件数
数 (百万件)
2008
2
2009
4.6
2010
14.6
2011
21
2012
23.5
2013
30.6
2014
33 (目標)
(出典)Europ
peana Founda
ation, Making connections (2014)
パブ
ブリック・ドメイン
CC
C ライセンス使用
すべ
べての権利主張
表示なし
図 A2 ユー
ーロピアーナ
ナにおけるコ
コンテンツの
の権利主張分
分類の推移
移 (CC BY-SA
A)
(出
出典) http://p
pro.europeanaa.eu/pro-blogg/-/blogs/eurropeana-digita
tal-objects-to
o-have
-valid-rigghts-statemen
nt-by-july-20
014-1 (2015 年 1 月 27 日閲覧)
3. ハ
ハイヴ(HIV
VE)における
る CC ライセ
センス利用
ハ
ハイヴは 20004 年に開設
設された NTT
T インターコ
コミュニケー
ーション・セン
ンター(ICC)
)の映
像アーカイブ。22006 年 6 月からは、ウ
月
ウエブ上でも
も公開された
た。ハイヴで
では、アーカ
カイブ
内容
容の視聴のみ
みならず、そ
そのコンテン
ンツの利用を
を念頭に、C
CC ライセン
ンスの表示・
・非営
5)
利・継
継承(CC Byy-NC-SA)を採用して いる。
ハ
ハイヴの収蔵
蔵コンテンツ
ツは、研究素
素材としての
の用、多言語
語字幕化対
対象、トランス
スクリ
ュージ
ジョン(収蔵
蔵されている
るコンテンツ
ツを他のウエ
エブページに
に埋め込むこ
こと)利用等
等の
形で
で広く利用され
れている。ま
また、CC ラ
ライセンスの
の採用により
り、収蔵コン
ンテンツを利
利用し
42
て創作された派生コンテンツがハイヴそのものに再収蔵されるといった新たな創作活
動の連鎖が容易に生まれる環境を提供している。6)
5) http://hive.ntticc.or.jp/about (2015 年 1 月 27 日閲覧)
6) ドミニク・チェン, インターネットを生命化するプロクロニズムの思想と実践, pp.209-231 (2013)
43
5.
独
独立行政法
法人の知的財
財産に関す
するデータ
科
科学技術関係
係活動を行っている独
独立行政法人
人 26 法人を対象に、 内閣府が行
行った
1)
調査
査 によれば
ば、知的財産
産にかかる 対象法人の
の活動状況は以下のと
とおりである
る。
(1) 知的財産権
権による収入
入は、全体 で 12.5 億円
円(対前年度
度比+42.0%
%)であった
た。
図 A3 知的財産
産権による収入の
の内訳及びその割
割合
(出典) 内閣
閣府, 独立行政法人
人の科学技術関係活
活動に関する調査結
結果(平成 22 事業
業年度) (2012)
最も大きな
な割合を占め
めるのは特許
許による収入で、6.6 億円(+同
億
440.4%)、次
次いで
著作権及びソ
ソフトウェアに
による収入 で、3.6 億円
円(同+44.0
0%)であった
た。
また、全体に占める割
割合では、特
特許による収
収入が 52.7%(前年度 から 0.6 ポイ
イント
減)、著作権及
及びソフトウ
ウェアによる
る収入が 28.6%(同 0.3
3 ポイント増
増)であった。
。
(2) 特許申請や
や登録などの知的財産
産権管理維持費用は、全体で 7.55 億円であっ
った。
(20 法
法人・値順)
図 A4 法人別知財につい
法
いて、収入合計
及びそ
その管理維持費用
用 (万円)
(22 法人・知財収入合
法
合計額順)
図 A5 法人別
別知財収入÷知
知財管理維持費用
用
(20 法人・値順
順)
(出典) 内閣
閣府, 独立行政法人
人の科学技術関係活
活動に関する調査結
結果(平成 22 事業
業年度) (2012)
44
個別法人では、知的財産権による収入が管理維持費用を上回る(黒字)法人が
20 法人あった一方、管理維持費用が収入を上回る(赤字)の法人が4法人、収入・
費用ともに殆ど 0 となっている法人が 6 法人あった。
1) 内閣府, 独立行政法人の科学技術関係活動に関する調査結果(平成 22 事業年度) (2012)
http://www8.cao.go.jp/cstp/budget/trimatome.html (2015 年 1 月 27 日閲覧)
45