X線観測衛星「すざく」 - 天文・天体物理若手の会

2014 年度 第 44 回 天文・ 天体物理若手夏の学校
X 線観測衛星「 すざく 」 によ る very high state にある ブ ラ ッ ク ホール X
線連星 4U1630-47 の観測
堀 貴郁 (京都大学理学研究科 宇宙物理学教室)
Abstract
ブラ ッ ク ホール (BH) への高質量降着流の理解は、 銀河中心核に ある 巨大ブラ ッ ク ホールの成長メ カ ニズム
の解明に つな がる 重要な 課題である 。 こ のための最適な 研究対象は、 BH 連星と 呼ばれる 、 3 ∼ 10 太陽質量
のブラ ッ ク ホールと 恒星から な る 近接連星系であ る 。
BH 連星の X 線ス ペク ト ルは大き く 分け て 2 つの状態を と る こ と が知ら れて いる 。 降着率が低いと き は、 降
着円盤上のコ ロ ナから の逆コ ン プト ン 散乱が支配的な ス ペク ト ルを 示し 、 降着率が高く な る と 円盤から の黒
体放射が支配的な ス ペク ト ルを 示す。 さ ら に 質量降着率が大き いと こ ろ では、 very high state (VHS) と い
う 、 強い円盤放射と 強いコ ン プト ン 散乱が同時に 観測さ れる 状態を と る 。 し かし 、 こ の状態は珍し いた めこ
れま で観測例が少な く 、 降着円盤やコ ロ ナの物理状態がほと んど 理解さ れて いな い。 ま た 、 近年こ の状態で
相対論的ジェッ ト が放出さ れて いる こ と が確認さ れた [1] が、 そ れは VHS に おいて 定常的に 放出さ れて いる
のかは分かっ て いな い。
我々 は、 2012 年 10 月、 X 線天文衛星「 すざく 」 を 用いて 、 VHS に あっ た BH 連星 4U 1630−47 を 観測し
た。 その結果、 VHS にある BH 連星と し て は過去最高精度で、 1.2 − 200 keV と いう 広域にわたる X 線デー
タ を 取得する こ と ができ た。 こ の X 線ス ペク ト ルを 、 降着円盤から の熱的放射と 、 コ ロ ナに よ る 逆コ ン プト
ン 散乱成分から な る モデルを 使っ て 解析し た と こ ろ 、 BH 周り の降着円盤は標準円盤を 保っ て おら ず、 コ ロ
ナな ど の密度の低い状態に遷移し て いる こ と を 発見し た。 ま た、 こ の観測の 4 日前に相対論的ジェッ ト [1] が
観測さ れて いたが、 本観測ではジェッ ト は確認さ れな かっ た。 ポス タ ーでは、 VHS の物理状態・ ジェッ ト の
放出に ついて 議論する 。
1
Introduction
ブラ ッ ク ホール (BH) の質量進化の謎は天文学最
大の問題の一つである 。 宇宙が誕生し て わずか 8 億
年後の超遠方宇宙に おいて 、 109 M⊙ も の超巨大 BH
が存在する こ と が知ら れている 。 最大の謎はこ のよ う
な 短期間で超巨大 BH を 生む機構に ある 。 こ れを 説
明する 有力な 候補は、 恒星質量 BH (3 ∼ 10M⊙ ) へ
の超臨界質量降着である 。 超臨界質量降着と は、 中心
天体から の光圧が重力を 上回る 光度 (Eddington 光
度) を 越え て 明る く 輝く ほど の激し い質量降着を 指
す。 こ の現象の理解な く し て 巨大 BH 形成の謎は解
明でき な いであろ う 。
こ の研究に 最適な 天体は BH 連星であ る 。 BH 連
星と は恒星質量 BH と 恒星と の近接連星系で、 恒星
の質量を BH が剥ぎ 取り 、 BH 回り に 降着円盤を 形
図 1: BH 連星の想像図
成し て いる 系のこ と である (図 1) 。
こ の降着円盤はと て も 高温で (∼ 1000 万度) 、 X
線のよ う な エネ ルギーの高い波長で観測さ れる 。 BH
連星は度々 突発的な 増光 (outburst) を 起こ す。 こ れ
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図 3: XMM-Newton によ る 4U 1630–47 から のジェッ
ト の観測。 縦軸は連続成分と スペク ト ルの比。 青字、
赤字はそれぞれ青方偏移、 赤方偏移し た輝線。 (D´ıaz
Trigo et al. 2013)
図 2: そ れぞれの状態に おけ る GRO J1655–40 のス
ペク ト ル。 (Done et al. 2007)
である こ と である 。 こ れによ り 、 LHS では高エネ ル
ギー側にカッ ト オフ がある ベキ型成分が観測さ れる 。
に 伴っ て 、 観測さ れる X 線ス ペク ト ルが大き く 変動
こ の 2 つの状態間の遷移の中間状態が VHS であ
する こ と が知ら れて いる 。 こ の X 線ス ペク ト ルは
る 。 VHS は強い円盤放射と 強い逆コ ン プト ン 成分が
3 つの状態 low/hard state (LHS)、 high/soft state 同時に見ら れる 複雑な 状態である ( 図 2 の黒)。 円盤
(HSS)、 very high state (VHS) に 大別でき る 。 図 2 の回り のコ ロ ナが大き く 発達し 、 強い逆コ ン プト ン
散乱を 起こ すと 考え ら れて いる が、 VHS は非常に珍
はこ れら の X 線ス ペク ト ルの一例である 。
HSS は標準円盤( 光学的に厚く 、 幾何学的に薄い円
し く 観測例も 少な いた め、 コ ロ ナの状態や幾何構造
盤) から の黒体放射が主な放射源である( 図 2 の緑)。
はほと んど 理解さ れて いな い。 VHS では超臨界質量
高エネ ルギー側に は、 降着円盤周り の非熱的な 高温
降着に 近い状態が達成さ れて おり 、 ま さ に BH 成長
コ ロ ナから の逆コ ン プト ン 散乱成分が観測さ れる 。 一
の現場であ る 。 よ っ て 、 こ の状態の調査は巨大 BH
般的に、 BH 周り の降着円盤には重力的にと り う る 最
成長の謎を 解き 明かす上で必須である 。
小の安定半径 (innermost stable circular orbit:ISCO)
近年、 VHS での円盤の内縁半径が ISCO ま で伸び
がある 。 HSS では標準円盤の内縁半径が最内縁安定
て いな いと いう 観測報告がな さ れた (Tamura et al.
半径と 一致し て いる と いう 観測報告 (Ebisawa et al.
2012)。 こ れは、 VHS のよ う な 高質量降着時に は円
盤の内部が標準円盤を 保て ず、 コ ロ ナのよ う な 状態
1994) があり 、 BH への質量降着が効率的に起き て い
る と 考え ら れて いる 。
に 遷移し た と いう 示唆を 与え て いる 。 し かし 、 こ の
LHS は高温コ ロ ナから の逆コ ン プト ン 散乱が支配
的な ス ペク ト ルを し て おり 、 円盤成分の寄与は小さ
い。( 図 2 の青) 。 こ のよ う な HSS と のス ペク ト ル
問題に ついて は未だ決着がついて おら ず、 更な る 観
形状の大き な 違いは BH 周り の環境の変化に 起因す
る 。 BH 候補天体と は、 BH 連星である と いう 確定的
る 。 LHS では標準円盤が ISCO ま で伸びて おら ず、
な 証拠はな いも のの、 ス ペク ト ルや変動の振る 舞い
BH 周り ではコ ロ ナのよ う な 状態に 遷移し て いる た
め、 こ の高温のコ ロ ナに よ る 強い逆コ ン プト ン 成分
が BH 連星に 類似し て いる 天体であ る 。 天体ま での
を 放射する と 理解さ れて いる 。 こ のコ ン プト ン 散乱
け て いる た め、 銀河中心付近に 存在する と 考え ら れ
が HSS でのコ ン プト ン 散乱と 大き く 違う のは、 コ ン
て いる 。 ま た 円盤風の観測報告があ る た め、 軌道傾
プト ン 散乱の元と な る コ ロ ナが非熱的ではな く 熱的
斜角はあ る 程度大き いこ と がわかっ て いる 。 本研究
測が待たれて いる 。
今回観測し た 4U 1630−47 は BH 候補天体であ
距離は正確に 定ま っ て いな いが、 強い水素吸収を 受
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χ
normalized counts s−1 keV−1
100
表 1: スペク ト ル解析によ り 求めら れた best-fit パラ
10
メ ータ
パラ メ ータ 名
1
0.1
0.01
円盤温度 (keV)
10−3
内縁半径 (km)
10−4
2
熱的コ ン プト ン 散乱のべき γ
0
熱的コ ロ ナの温度 (keV)
−2
−4
10
Energy (keV)
100
結果
1.300.04
−0.02
+0.7
41.0−1.7
+0.05
2.89−0.04
熱的コ ロ ナの光学的厚み τ
53+10
−13
+0.12
0.41−0.07
反射体の立体角 Ω/2π
+1.62
1.16−0.33
図 4: 上: 観測さ れた時間平均ス ペク ト ル。 黒、 赤、
広バン ド に わたっ て 高いエネ ルギー分解能での観測
青色はそ れぞれ XIS0, PIN, GSO のス ペク ト ルであ
が可能である 。 こ のよ う な「 すざく 」 の優れた性能に
る 。 Fitting 結果も 同時に 示し た 。 オレ ン ジ、 空色、
よ り 、 我々 は 4U 1630−47 で過去最高精度の広帯域
緑色はそ れぞれ円盤放射、 熱的コ ン プト ン 散乱、 非
データ を 取得する こ と ができ た 。 図 4 は取得さ れた
熱的コ ン プト ン 散乱を 表し て いる 。 実線、 点線はそ
ス ペク ト ルである 。 観測時の光度は 1.2–200 keV で
れぞれ直接成分、 円盤の反射成分であ る 。 下: ス ペ
2.0 × 1038 erg/s であり 、 Eddington 光度の数 10%程
ク ト ルと モデルと の残差。
度の光度を 達成し て いる 。
では天体ま での距離を 10 kpc、 軌道傾斜角を 70◦ と
仮定し た。
2012 年の XMM-Newton の観測で、 VHS に あ る
4U 1630–47 から の相対論的ジェッ ト がと ら え ら れた
(D´ıaz Trigo et al. 2013)。 図 3 はそ のス ペク ト ルで
ある 。 こ の図を みて わかる 通り 、 ジェッ ト 由来の強い
輝線が多数確認でき る 。 こ のよ う に強い X 線輝線を
放射する ジェッ ト の観測例は、 現在発見さ れて いる 中
で SS 433 に 次いで 2 例目であ り 、 非常に 珍し い現
象である 。 こ のよ う に、 4U 1630–47 は円盤の状態の
みな ら ず、 ジェッ ト の研究に も 適し た天体である 。
2
3
Analyses
以下では得ら れたスペク ト ルを 解析する こ と によ っ
て 円盤の構造を 決定する 。 図 5 は今回解析に 用いた
モデルの概念図である 。 VHS では熱的コ ン プト ン 散
乱と 非熱的コ ン プト ン 散乱が同時に 観測さ れて いる
(Gierli´
nski & Done 2003) ため、 モデルでは熱的、 非
熱的コ ロ ナの両方を 考慮し た 。 こ のモデルの fitting
結果を 図 4 の上部に 示し た 。 図 4 の下部はモデルと
観測点と の残差である 。 ま た、 こ の fitting 結果を 表
Observations
我々 は 2012 年 10 月 2 日、 X 線観測衛星「 すざく 」
を 用いて VHS に あっ た 4U 1630−47 を 観測し た 。
こ れは前述の XMM-Newton に おけ る ジェッ ト の観
測のわずか 4 日後である 。 観測衛星「 すざく 」 に は
X-ray Imaging Spactrometer (XIS) と Hard X-ray
Detector (HXD) と いう 2 種類のカ メ ラ が搭載さ れ
る 。 1 、 円盤放射 2 、 熱的コ ロ ナから のコ ン プト ン
て いる 。 XIS は 0.5–12 keV、 HXD は 10–600 keV と
散乱 3 、 熱的コ ン プト ン 散乱の円盤反射 4 、 非
いう エネ ルギー帯を カ バーし て おり こ の 2 つのカ メ
熱的コ ロ ナから のコ ン プト ン 散乱 5 、 非熱的コ ン
ラ を 使う こ と に よ っ て 、 0.5–600 keV と いう 非常に
プト ン の円盤反射
図 5: モデルの概念図。 全 5 種の放射を 考慮し て い
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1 に 示し た。
相対論的ジェッ ト から の輝線が観測さ れなかっ た。 こ
の原因と し て 、 ジェッ ト の放出が 4 日の間に 止ま っ
たか、 ある いはジェッ ト 自体の性質が変化し 輝線が観
4
Results and Discussion
上のス ペク ト ル解析に よ っ て VHS 内縁半径は
+0.7
km と 見積も ら れた (表 1) 。 ま た 我々 はこ
41.0−1.7
の解析と は別に 、 HSS に あっ た 同天体を 「 すざ く 」
がと ら え た 2006 年の観測データ を 解析し た。 こ の結
果、 HSS での内縁半径は 35.0±0.3 km と 見積も ら れ
た。 こ の観測時では円盤の内縁半径は ISCO に 一致
し て いる (Kubota et al. 2007) ため、 VHS で得ら れ
た 結果は ISCO よ り わずかに 大き い。 こ れら のこ と
から 我々 は、 VHS では標準円盤の内縁半径は ISCO
ま で到達し て おら ず、 途中で途切れて いる こ と を 証
明し た。 こ れは高質量降着時において 、 BH 周り の円
盤が標準円盤と し て 存在する こ と ができ ず、 BH へ
の降着流がコ ロ ナな ど の密度の薄い状態でのみし か
達成さ れな いと いう 重要な 示唆を 与え て いる 。
ま た、 XMM-Newton で見ら れた ∼ 7 keV 付近の
測さ れな く な っ た と いう 可能性が考え ら れる 。 さ ら
に詳細な 解析結果は Hori et al. (2014) に記載さ れて
いる 。
Reference
D´ıaz Trigo, M., Miller-Jones, J. C. A., Migliari, S.,
Broderick, J. W., & Tzioumis, T. 2013, Nature, 504,
260
Done, C., Gierli´
nski, M., & Kubota, A. 2007, A&AR,
15, 1
Ebisawa, K., Ogawa, M., Aoki, T., et al. 1994, PASJ,
46, 375
Gierli´
nski, M., & Done, C. 2003, MNRAS, 342, 1083
Hori, T., Ueda, Y., Shidatsu, M., et al. 2014, ApJ, 790,
20
ジェッ ト に よ る 輝線は、 今回の観測では確認さ れな
Kubota, A., & Done, C. 2004, MNRAS, 353, 980
かっ た。 こ の原因と し て 、 ジェッ ト の放出が 4 日の間
Kubota, A., Dotani, T. 2007, PASJ, 59, S185
に止ま っ たか、 ある いはジェッ ト 自体の性質が変化し
輝線が観測さ れな く な っ た と いう 可能性が考え ら れ
る 。 4U 1630–47 で観測さ れた ジェッ ト の性質は SS
433 のも のと 類似し て いる (D´ıaz Trigo et al. 2013)。
SS 433 では、 ジェッ ト が X 線放射を でき な く な る ま
で冷え る 時間は長く て も 数時間と 見積も ら れる ため、
4U 1630–47 の場合も 4 日の間に 輝線放射は自然に
消滅し う る 。
5
Summary and Conclusion
我々 は X 線観測衛星「 すざく 」 を 用いて 、 VHS に
あ る ブラ ッ ク ホール候補天体 4U 1630−47 を 過去最
高精度で観測する こ と に 成功し た 。 こ の取得さ れた
ス ペク ト ルを 詳細な モデルを 用いて 解析する こ と に
よ っ て 、 我々 は VHS の内縁半径は最内縁安定半径
と 比べて 大き いこ と がわかっ た 。 こ れは VHS のよ
う な 高質量降着時に おいて 、 降着流はコ ロ ナのよ う
な 密度の低い状態に 遷移し て いる と いう 重要な 示唆
を 与え て いる 。 さ ら に 、 本観測の 4 日前に 見ら れた
Tamura, M., Kubota, A., Yamada, S., et al. 2012, ApJ,
753, 65