私が介護会社を 売った理由 買った理由

特集
私が介護会社を
売った理由
買った理由
介護報酬のマイナス改定など経営環境が厳しさを増す中、M&Aは
事業拡大の切り札になり得るのか。介護業界で2014年度に起こっ
たM&Aのうち、代表的な3事例を取り上げ、売り手・買い手の双
方に思惑を聞いた。
(黒原 由紀)
February 2015 NIKKEI Healthcare
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特集
活
私 が 介 護 会 社 を 売 っ た 理 由・買 っ た 理 由
況を呈する介護事業者のM&
今後さらに加速する可能性は高い。
A(合併・買収)
。表1は、
ここ1
「戦略的M&A」が増えてきた
年の間に介護業界で起こった主なM&
業界再編が進む可能性は十分にある」
とある投資関係者はみる。
現在、介護事業者のM&Aは、異業
Aをまとめたものだ。大手の介護事業
しかし、今回紹介する三つのケース
種からの参入増加などを背景に、圧倒
者が潤沢な資金力でM&Aに乗り出し
のように、後継者不在や経営不振を理
的な売り手市場になっている。M&A
ているほか、異業種の大企業が介護事
由としたM&Aとは異なる動きも出てき
市場で介護事業者の買収価格が高騰
業者をM&Aでグループ会社化し、新
ている。売り手については、売上高など
することは珍しくなく、
「介護バブル」と
規参入するケースも相次いでいる。
業績は伸びているにもかかわらず、企業
も言える状況だ。
「市場分析をせずに
これまで、介護事業を売却する理由
の将来を見据えた上で、創業者があえ
法外な高値を付けて買収しようとする
としては、
「後継者不在」や「経営不振」
て株式を大企業などに譲渡し、グルー
企業も増えている」と問題視する声もあ
などが典型だった。後継者不在につい
プ会社となるケースが目立つ。
ては、介護保険制度が創設されて15年
学研ココファンHD × シスケア
高齢者住宅の開発力を高め、大競争を生き抜く
年10 月1日、高齢者住宅大手
1カ所で、ほとん
の(株)学研ココファンホール
どのサ付き住宅
る。特に買い手は、
より戦略的な判断が
ディングス(東京都品川区)は、高齢者
は地域の工務店
一方の買い手も、今後の競争の激化
求められる時代になったと言える。
住宅の設計・企画開発・コンサルティン
や介護事業者に
が経過し、経営者が高齢化して世代交
に備えるとともに、介護報酬の引き下げ
次ページからは、介護業界で話題を
グなどを手がけるシスケアグループ(東
同社がノウハウ
代の時期を迎えつつあることが背景に
など厳しい経営環境を乗り切るために、
呼んだ三つのM&Aのケースを取り上
京都新宿区)の全株式を取得し、
グルー
を提 供し、開設
ある。
より大規模化を図るべく積極的に買収
げた。売り手となった経営者はみな、介
プ傘下に収めた。
をサポートしてい
経営不振については、建物の老朽化
を進める企業が登場。売り手・買い手
護業界から去るのではなく、今後も事
「良質な高齢者住宅を2020年度まで
る点。これは同
などで入居率が低迷し、業績が悪化し
ともに「戦略的M&A」の動きが広がり
業の陣頭指揮を執る前提で、企業の将
に250〜300カ所整備し、約300億円の
社が設計事務所
た有料老人ホームの運営事業者などが
つつある。
来を見据えて売却を決断した点で共通
売上高を目指す」─。これが学研コ
を母体にスタート
売り手となるケースが少なくない。最近
「介護業界特有の現象として、売り
している。また買い手も独自の事業計
コファンの掲げる長期経営目標だ。同
したという沿革に由来しており、フラン
では、サービス付き高齢者向け住宅を
手・買い手の双方で大手の事業者が積
画に基づき買収を決めている。それぞ
社は現在、85カ所のサービス付き高齢
チャイズの形を取らず、設計・開設コン
開設したものの、運営ノウハウがないた
極的に動いている傾向がある。今後、
れの立場から見た戦略を紹介する。
者向け住宅を運営しているが、目標達
サルティングとして関わっている。
シスケアの太田氏は「当社の強みは
成には残り5 年間で現在の約3 倍に拠
和楽久シリーズでは、鉄筋コンクリー
能力の高い設計スタッフによる開発力。
点を増やす必要がある。そのために積
トよりも建築コストを1割ほど削減でき
しかし、高齢者住宅業界の将来を考え
極的にM&Aに乗り出しており、シスケ
る木造の準耐火建築を採用。また、建
ると、設計力だけで今後も生き残れる
アのM&Aもその一環として行われた。
物を小型化することで、設置が義務付
かどうか疑問に感じていた」
と語る。
一方、
シスケアはサービス付き高齢者
けられるスプリンクラーも安価な水道管
太田氏の念頭にあったのは建築業界
向け住宅の「ご隠居長屋 和楽久(わら
直結型の設備で対応できるようにした。
全体の動きだ。商業施設の建設などに
く)
」シリーズを開発・運営している。住
建築コストを抑える一方で、自立者の
おいては、大手ゼネコンなどが自前の設
戸面積25m 以上、戸数は1棟当たり20
入居も見込めるよう、住戸面積は25m
計部門を強化し、既存の建築事務所の
戸前後の木造 2階建てを基本モデルと
と広く確保。こうした戦略が功を奏し、
大きな脅威になっているという。しかし、
した小型のサ付き住宅だ。厚生年金受
コストパフォーマンスの良さから入居者
自社で設計から建設・運営まで一貫し
給者が単身でも暮らせるように、家賃・
を集めている。
て手がけるには、大企業に対抗できる
食費・生活支援サービス費を含めた利
学研ココファンHD代表取締役社長
だけの企業規模と資本力が必要。建築
用料金を月額13 万円前後と低価格に
の小早川仁氏と、シスケア代表取締役
資材や人件費の高騰などで経営環境
抑えているのが特徴だ。
である太田裕之氏の双方の話からは、
が厳しさを増す中、経営のかじ取りもよ
同シリーズは千葉県、新潟県などを
両者がいかに将来を見据えて今回の決
り難しくなる。
中心に約40カ所で展開(2015年1月時
断に至ったかという、今どきの高齢者住
「5年先、10年先を見据えれば、高齢
点)
。ユニークなのは、
シスケアの直営は
宅のM&A戦略が浮かび上がる。
者住宅業界でも同様の淘汰が始まるは
めに入居者を確保できず、資金
繰りに悩む事業者も出始めた。
高齢者住宅大手の中には、そう
表1◉2014年以降の主な介護業界のM&A(記者発表などを基に編集部がまとめた)
時期
(株)ゼンショーホールディングス(東京都港区)が北海道内でサービス付き高齢者向け住宅や住
1月 宅型有料老人ホームなど カ所を運営する(有)介護サービス輝(札幌市西区)を子会社化
17
した事業者から運営を引き継ぎ、
再建を図る事業再生型のM&A
も増えている。
3月
マイナス改定が決まった2015
はより厳しさを増す。経営に行
き詰まり、会社の売却を考える
経営者と、事業再建などに長け
た介護事業者や、シニア向けビ
(株)メディカル一光の子会社の(株)ヘルスケア・キャピタル(三重県津市)が、有料老人ホーム、
通所介護などを手がける(有)三重高齢者福祉会(三重県津市)の全株式を取得し子会社化
(大阪市北区)が、グループホームなどを運営する(有)パートナーズ(名古屋市西区)
(株)ケア21
の全株式を取得し、子会社化
ダンロップスポーツ(株)
(神戸市中央区)がフィットネスクラブや通所介護事業所を展開する(株)
キッツウェルネス(千葉市美浜区)の全株式を取得し子会社化
年度介護報酬改定を控え、介
護事業者を取り巻く経営環境
概要
2014 年
10 月
セントケア・ホールディング(株)子会社の(株)福祉の街(埼玉県東松山市)が、
(株)アールスタッ
フ(埼玉県春日部市)の全株式を取得し子会社化
(株)学研ココファンホールディングス(東京都品川区)が高齢者住宅の企画開発・設計・コンサル
ティングなどを手がけるシスケアグループ(東京都新宿区)の全株式を取得し子会社化
綜合警備保障(株)
(ALSOK、東京都港区)が訪問介護、通所介護、有料老人ホームなどを手がける
(株)HCM(東京都港区)の全株式を取得し子会社化
アミューズメント施設開発・運営のアドアーズ(株)
(東京都港区)が、通所介護事業を直営とフラ
ジネスに勝機を見いだし介護事
11月 ンチャイズで展開する(株)日本介護福祉グループ(東京都墨田区)の全株式を取得し子会社化
業への参入の機会をうかがう異
積水化学工業(株)
(大阪市北区)が、千葉県を中心にグループホーム、小規模多機能型居宅介護
12 月 などを展開する(株)ヘルシーサービス(千葉市美浜区)の全株式を取得し子会社化
業種の大企業など買い手側の
ニーズが合致すれば、M&Aが
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NIKKEI Healthcare February 2015
綜合警備保障(株)
(ALSOK、東京都港区)がアズビルあんしんケアサポート(株)
(東京都大田区)
2015 年 2 月 の全株式を取得し子会社化
昨
2
(株)学
研ココファン
ホールディングス
シスケアグループ
本社所在地:東京都品川区
資本金:9000万円
売上高:約105億円(2014年9月期)
拠点数(グループ全体)
:
・訪問介護約60カ所
・通所介護約20カ所
・サービス付き高齢者向け住宅約80棟
・有料老人ホーム約20棟 など
社員数:約2700人(グループ全体)
2
本社所在地:東京都新宿区
展開事業:高齢者住宅・福祉施設の企
画・開発・設計・運営
資本金:1000万円(
(株)
シスケア)
拠点数:サービス付き高齢者向け住
宅1棟
社員数:64 人(グループ全体、2014
年12月時点)
「設計集団」として生き残る
February 2015 NIKKEI Healthcare
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