HPLC分析におけるゴーストピーク 及びキャリーオーバー低減に向けた検討

●[特集]TRC第10回医薬ポスターセッション D-13:HPLC分析におけるゴーストピーク及びキャリーオーバー低減に向けた検討
表1
[特集]TRC第10回医薬ポスターセッション
HPLC分析条件
D-13:HPLC分析におけるゴーストピーク
及びキャリーオーバー低減に向けた検討
名古屋研究部
安定性試験室
竹澤
川村
正明
俊明
1.はじめに
3.1. 水の影響
市販のHPLC用水、自家製超純水及び超純水を用いて、
近年、高い薬理活性を有する医薬品の開発が盛んに行わ
移動相A
(20 mmol/Lリン酸緩衝液)を調製し、表1の分析
れている。そのため、低含量の製剤中の主成分及びその類
条件で測定した時のクロマトグラムを図1に示す。この結
縁物質並びに、不純物の定量には、高感度かつ選択性の高
果、保持時間22.5分及び31分付近のピーク強度は、精製
い分析法を開発する必要がある。一般的に、これらの医薬
度が高い水ほど低く、高感度分析を行う際には精製度の
品の分析には、液体クロマトグラフィー(HPLC法)やガ
高い水を使用することが重要であることが確認できた。
スクロマトグラフィー(GC法)
、さらには質量分析計を利
用したLC-MS︵-MS︶法やGC-MS法が利用されている。中
でも、HPLC法は、UV、蛍光及び電気化学検出器など化
合物の物性に基づいた選択的な検出が可能で、さまざまな
分析カラムが市販されていることから、広範囲な対象物質
の分析に利用されている。そこで、本稿では、HPLC分析
で問題となるゴーストピークに着目し、移動相に由来する
ゴーストピークの低減化に向けた基礎的な検討を行った
ので紹介する。あわせて、高感度分析を行う上で問題とな
るキャリーオーバーについて、塩基性化合物であるクロル
ヘキシジンを用いて検討したので紹介する。
2.HPLC分析のトラブル
HPLC法は、
「液体の移動相をポンプなどによって加圧
図1
各種の水を用いた時のクロマトグラム
3.2. 試薬の影響
してカラムを通過させ、分析種を固定相及び移動相との相
移動相Aについて、①超純水、②超純水+リン酸(試薬
互作用(吸着、分配、イオン交換、サイズ排除など)の
特級)
、③超純水+リン酸二水素ナトリウム二水和物、④超
差を利用して高性能に分離して検出する手法」1︶であり、
純水+リン酸二水素ナトリウム二水和物+リン酸の各溶液
医薬品の分析で最も汎用されている。そのため、HPLC分
に置き替え、測定した時のクロマトグラムを図2に示す。移
析でゴーストピークの出現やキャリーオーバーなどを含
動相B のアセトニトリル(HPLC 用)からはゴーストピー
む、何らかのトラブルに陥った経験は誰しもお持ちであ
クが溶出されないことを確認後、測定した結果、比較的極
ろう。一般的に、トラブルは①装置、②溶媒、試薬、器材、
性の低いゴーストピークaは水やリン酸に由来しており、
③ヒューマンエラー、④突発的な不測の事態に大別2︶する
極性の高いゴーストピークb及びcは、それぞれリン酸及び
ことができるが、ゴーストピークの溶出は、移動相に使
リン酸二水素ナトリウムに由来していることが確認できた。
用する水や試薬に由来する場合が多い。そのため、試験
また、リン酸二水素ナトリウム二水和物の試薬瓶を開封
に用いる試薬のグレードや保管条件、使用する実験器具
直後及び開封後4箇月間保管後に測定を行い、試薬保管によ
の汚染などに細心の注意を払わなければならない。
るゴーストピークの変化を調べた。この結果、開封後4箇月
間経過後のリン酸二水素ナトリウム二水和物の使用では、
図3のcのピーク強度の増加が認められた。試薬瓶開封後は
3.移動相に使用する水及び試薬の影響
冷暗所で保管していたが、高感度分析においては、より厳
密な使用期限及び保管条件の管理が必要と考えられた。
表1に示したHPLC測定条件において、ゴーストピー
HPLC分析では緩衝液としてしばしばリン酸緩衝液が
クの出現に対する、移動相に使用する水やリン酸緩衝液
用いられるが、適切な品位の試薬を選択し、使用期限や
の影響を検討した。
保管条件を適切に管理することにより、ゴーストピーク
・27
東レリサーチセンター The TRC News No.118(Mar.2014)
●[特集]TRC第10回医薬ポスターセッション D-13:HPLC分析におけるゴーストピーク及びキャリーオーバー低減に向けた検討
a
① 超純 水
10000
② 超純 水 + リン酸 (試薬 特 級)
①
0.020
キャリーオーバー率(%)
11000
③ 超純 水 + リン酸二 水 素 ナトリウム二 水 和 物
9000
④ 超純 水 + リン酸二 水 素 ナトリウム二 水 和 物 + リン酸
②
8000
7000
③
6000
b
5000
4000
c
c
3000
④
キャリーオーバー率(%) =
ブランクのピーク面積値
クロルヘキシジンのピーク面積値
× 100
0.015
A タイプ
0.010
0.005
B タイプ
0.000
1
2
3
C タイプ
注入回数
2000
図5
1000
各種オートサンプラーによるキャリーオーバー率
0
12.5
15.0
17.5
20.0
22.5
25.0
27.5
30.0
32.5
35.0
37.5
保持時間(min); 10~40 min拡大
図2
各移動相によるクロマトグラム(ブランク)
5.まとめ
10000
9000
① 開封直後
8000
② 開封後約 4 ヶ月
7000
ゴーストピークが出現する原因の一つとして、移動相
の調製に使用する試薬や水の品位が大きく影響する。ま
②
6000
c
c
5000
4000
た、分析機器、分析カラムや実験器具からの汚染、測定
環境など様々な要因が考えられるため注意を要する。
①
キャリーオーバーの低減化には、測定対象物質に応じ
3000
た洗浄条件(例えば、オートサンプラーの洗浄溶媒の種
2000
類、pHや洗浄時間など)を設定することが重要となる。
1000
定量分析においては、キャリーオーバーにより定量値の
0
10.0
12.5
15.0
17.5
20.0
22.5
25.0
27.5
30.0
32.5
35.0
37.5
min
保持時間(min); 10~40min拡大
図3
リン酸ニ水素ナトリウム試薬開封後の影響
過大評価にも繋がるため、検量線の定量上限濃度を低濃
度側へシフトさせ、試料を希釈後に測定するなども有効
な対策となるであろう。
を低減することができる。また、ゴーストピークの出現
やバックグラウンドレベルは使用する水の精製度に影響
6.引用文献
を及ぼすため、注意を要する。
1)JIS K 0214:2011
4.キャリーオーバーの影響
高速液体クロマトグラフィー通
則、日本規格協会(2011)
.
2)中村 洋:日本分析化学会 液体クロマトグラフィー
クロルヘキシジン(図4)はきわめて吸着が生じやすい塩
研究懇談会LC-DAYs 2012講演要旨集、p.1(2012).
基性化合物として知られて
いる。3つの異なるオートサ
7.参考文献
ンプラー(A~Cタイプ)を
用いて、クロルヘキシンジ
ン(1 mg/mL︶をHPLCに注
1)川村俊明、浦嶋千裕、櫻井
周、竹澤正明:日本分
入し、その後、ブランク(ク
析化学会液体クロマトグラフィー研究懇談会LCテ
ロルヘキシジンを含まない
クノプラザ講演要旨集、p.19
(2013).
溶媒)を3回連続して測定
図4
クロルヘキシジンの構造式
し、キャリーオーバー率を算出した。
この結果、キャリーオーバー率はAタイプ>Bタイプ>C
タイプの順に高く、Aタイプは3回ブランクを繰り返し注入
■竹澤
正明(たけざわ
名古屋研究部
まさあき)
部長
趣味:読書、小物集め。
しても、高値であった(図5)
。
オートサンプラーの洗浄機構を理解し、測定対象物質
の物性に応じた洗浄条件を適切に設定することがキャ
リーオーバーの低減化に繋がる。高感度分析機器である
LC-MSのフロントとして、キャリーオーバーが少ない
最新のオートサンプラーが開発されており、その洗浄機
構を把握しておくことも有効な手段となる。
28・東レリサーチセンター The TRC News No.118(Mar..2014)
■川村
俊明(かわむら
名古屋研究部
趣味:つり
としあき)
安定性試験室
研究員