子どもたちをデートDVの加害者・被害者にしないために

こうち男女共同参画センター「ソーレ」/講演会記録
平成18年度 デート DV 講演会
子どもたちをデートDVの加害者・被害者にしないために
~若者のデートにひそむ「力と支配」~
日
時
平成18年11月26日(日)
会
場
大会議室
13:30~15:30
講 師 山口 のり子/アウェア代表
1950 年生まれ。海外生活が長く、シンガポールでは女性支援の仕事を通じてDVやセクシャル・ハラスメント被
害者支援、及び裁判支援に関わる。ロサンゼルスでは大学院で臨床心理を学ぶとともに、DV加害者プログラ
ムのファシリテーター向けトレーニングなどを受ける。帰国後 2002 年に「アウェア」を開設し、DV加害者プログ
ラムを始める。2003 年にはデートDV防止教育も始める。加害者プログラムや防止教育などについて執筆活
動をするとともに、全国各地で講演を行い、高校などでデートDV防止プログラムを実施している。
*千葉県男女共同参画課によるDV加害者向け教育講座のスーパーバイザー(2004 年~)
*CABIP(米国カリフォルニア州DV加害者プログラム協議会)運営委員
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◇社会に根付く間違った認識
アメリカでは改めて DV について一杯勉強させていただきました。カリフォルニア州にいたの
ですが、法律でこう決められていました。「DVの被害者あるいは加害者に関わろうとする人は
仕事で関わる人はもちろん、ボランティアで関わろうとする人も勉強しなければならない。」そ
れはなぜかというと、みんな間違った思い込みをしているからです。間違った思い込みは社会に
溢れており、歴史の中で延々と続いてきています。その思い込みに気付き、認識を改めてからで
ないと、被害者支援などしてはいけないということが法律で決められているのです。それは何故
か?二次的加害をしてしまうからです。ですから、皆さんもひょっとしたらそういう意識をもっ
ているかもしれない、というふうに考えていただきたいと思います。
それでは最初にまず、この会場の皆さんの認識チェックをしたいと思います。お手元に配付し
ている資料、ブルーとピンクの紙をお持ちですね。そのブルーとピンクの紙をそれぞれ右手、左
手にお持ち下さい。どちらがどちらでもいいですよ。今から私が7~8個ほど項目を申しあげま
すから、それをお聞きになって、それは正しい、自分もそう思うという方は「はい」というブル
ーの紙をあげてください。私はそう思わない、間違っていると思う方は「いいえ」のピンクの紙
をあげてください。これは皆さん自身のためですし、みんなのためでもありますので、正直に答
えてくださいね。それでは 1 問目、「家の中で起こっている暴力は家庭内で解決すべきである。
犯罪とはいえない」これについて「はい」と思う人、「いいえ」と思う人それぞれあげてくださ
い。自分が思うほうをあげてくださいね。ブルーもちょっとあがっていますが、「いいえ」とい
うピンクの人がほとんどですね。答えはというと、これは犯罪です。日本もDV防止法ができ、
やっと家の中で起きている暴力も犯罪であるということがはっきりしました。次、「DVはそん
なにおこっていない、わずかな人達の間でおこっている出来事だ」ピンクが大分あがっています
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がブルーもありますね。この答え、ご存知ですか?わずかな人達の間ではなく、多くの人達の間
で起きています。東京都の調査では3人に1人の女性が暴力を受けた経験があり、内閣府の調べ
では20人に1人の女性が殺されるのではないかいうほどの暴力を受けています。わずかな人達
の間で起きているのではありません。次、「DVは貧しくて学歴の低い人達の間でしかおこらな
い」ほとんどピンクでブルーが少し。これも間違いですね。学歴なんか関係ありません。国も実
は関係ない。どの国でも起きています。職業も生活レベルも関係ありません。どんな人でも加害
者、そして被害者になってしまう可能性があるのです。次、「もし暴力を振るう人(加害者)が心
から反省し、もうしないと約束をするならば暴力はやむはずだ」ピンクの人がほとんどですね。
反省します。泣いて謝ります。でもまたやるのです。なぜならば、それは本当の反省じゃないか
らです。そんなに簡単には変われません。社会が介入し、加害者が本当に自分の暴力に向き合う
決意をし、時間をかけて忍耐をもって努力しなければ、DV行動は止めることが出来ないのです。
次、「相手を貶めるようなことを言ったり、馬鹿にしたり、怒鳴ったりすることは暴力のうちに
入らない」ほとんどピンクですが、ブルーの方が少しいらっしゃいますね。実はこれも暴力にな
ります。体への暴力はもちろん傷になります。そして命の危険もあります。しかし、体の傷は時
間が経てば直りますが、心の傷はさらに深くなっていくのです。「馬鹿にされたり、すぐ怒鳴ら
れたり、暴力はお前のせいだといわれることが一番辛い。何年経っても傷は深まるばかりだ」と
いう被害者が大勢います。次にデートDVについてです。
「暴力はお互いに嫌いになって、2人
が別れそうになった時におきる」ピンクがほとんどですね。そうです、間違いです。別れそうに
なった時にDVはおこるのではなく、仲が深まった時、セックスをしたり、親密になった時にお
きます。次、
「暴力をふるわれるのはふるわれるほうに原因がある」ほとんどピンクですが、ブ
ルーの方がいらっしゃいますね。暴力をふるわれることに原因も理由もありません。誰であって
も暴力をふるわれていいわけがない。暴力は正当化できません。一切言い訳はなりたたないので
す。次、「とても親しくなれば、つきあっている相手が嫌がることをしたり、少しぐらい束縛し
ても仕方がない」これも間違いですね。縛りあう、束縛することからDVは始まります。支配が
始まるのです。最後「男性が暴力的・攻撃的なのは男らしい」もちろん間違いですね。男性が暴
力的・攻撃的なのは、男らしいのではなく、メディアなどによって煽られ作りこまれたイメージ
です。暴力で問題を解決することは間違っています。攻撃することで自分が欲しいものを手に入
れようとすること自体、間違っているのです。それを男らしいなどと考えては非常に危険です。
今読み上げた項目は全部が間違いです。皆さん、ほぼ正解でしたが、時々間違いもありました
ね。でもこれらを間違いだと気付いてない人が実は大勢います。こういうチェックリストを講座
や大学でやると、1、2個間違う学生が沢山います。多い人では7、8個。そういう人は、もし
お付き合いをしているとしたら、たぶんDVをやっています。なぜ間違った認識をもっているか
というと、こういった認識が社会の中に満ちているからです。私たちは周りの人達から、社会か
ら、ずーっとこういったことを見聞きしており、体験してきています。だから間違った認識を持
ってしまっても仕方がないのです。
子ども達にも言うのですが、間違っていても恥ずかしく思う必要は無い。だけど、気がついた
らそこでちょっと立ち止まって、どこが間違っているのだろう、何が正しいのだろうと考えてみ
て欲しい。そして間違っていると分かったら、それを改める。自分の認識・考えを変える。それ
がDVやデートDVをしない、されないために必要なことであり、社会からDVをなくすための
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第一歩ですよと、話しています。
アウェアが今年デート DV のビデオを作りました。それは教育ビデオですから、高校生や大学
生または中学生でも見てもらえる、子ども達向けにつくったビデオです。30分程度のものです
が、それを観ていただくとデートDVって何か、目的は何か、なぜおきるのか、どうしたらいい
のかという全体像が皆さんにもお分かりいただけると思います。そのあとで、話を続けたり皆さ
んでワークショップを行ったりしてみたいと思います。
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ビデオ上映(30分)
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◇親密になることで始まるデートDV
内閣府の調査では20代の女性の5人に1人以上被害体験があると答えています。また長崎の
あるNPO団体が調べた結果では、女子高生の10人に1人、女子大学生の6人に1人が被害体
験をもっているそうです。実際に付き合っているカップル3組のうち1組、なんらかのデートD
Vがおきている。またこのなかの3割に、性的な強要、性的暴力、身体への暴力がおきている、
そういう結果がでています。ですから、デートDVは日本の若者たちの間でも非常に増えている
と言えます。
大人のDVもデートDVも全く変わりません。おきていることは同じです。違いは結婚してい
るかどうかの違いだけです。2人が結婚して一緒に住んでいるかどうか、家計を共にしているか
どうか、子どもがいるかどうかそういう違いだけです。若者たちの間ではセックスをすることで
DVが始まることが実は多いです。一度セックスをしたことで、相手は自分のものだと考えてし
まうことから、相手への支配が始まるのです。しかし、愛しているから・愛されているからだと、
双方が考えるために暴力に気付けないのです。おきていることが暴力だと気づけません。
暴力をふるった後は、非常に謝ります。泣いて謝る人が多いそうです。すると、変わると言っ
ているのだから私がそれを支えてあげなければ!変えることが出来るのは私しかいない!など
考えてしまう人もいるのです。
◇孤立化する被害者
デートDVの場合は、特に暴力をふるう相手を悪者にしたくない、庇うという傾向が非常に強
いです。なので、あまり相談もできません。親にはもちろん言わないです。もし親に相談すると、
すぐにそんな人とは別れてしまいなさいという話になるからです。すると、言われた方は、「あ
あもうお母さん・お父さんには相談できない。この人たちにはもう話せない」となるわけです。
彼を悪者にしたくないから、別れろなんていう人達には2度と話さない、となってしまうのです。
デートDVの被害者の支援というのは大人のDVの被害者支援とまた違った難しさがでてきま
す。
そしてデートDVの場合は、周りの人たちが「そんなに暴力を振るわれているのだったら、早
く別れたらいいでしょ」と女の子のほうに決まって言うのです。暴力をふるわれている被害者に、
離れないのはあなたがおかしい、どうして離れないの?と言います。ですから離れない女の子の
問題になってしまうのです。そうじゃなくて暴力をふるう加害者の問題です。どうして暴力をふ
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るうのかということを聞かなければいけないのに、ふるわれているほうにどうして離れないの、
別れないのと言うのです。簡単に離れることができないのがDVでありデートDVなのです。そ
のため女の子たちは非常に孤立しやすい。サポートも得にくいのです。デート中の子どもたちの
痴話げんかや、いざこざを簡単にみては非常に危険なわけです。私がDVのことをいろいろ勉強
させていただいたカリフォルニアでは、DV に関して州法で細かく決められています。DVとデ
ートDVを分けたりなどしていません。おきていることは同じことで、同じような人権侵害で犯
罪ですから同じく扱います。大人のDV加害者だけでなく若い加害者たちにも、教育プログラム
を受けて自分の暴力と向き合って自分を変えなさいという命令が出るのです。ですから加害者プ
ログラムにいくと、17歳、18歳の若者も大人たちに混じって一緒にやっています。ところが
日本のDV防止法では「配偶者」という言葉が扱われているぐらいですから、デート相手への暴
力は対象になっていません。ですから実はデートDVの被害者が警察に駆け込んでも相手にして
もらえなかったというようなことが起きているのです。
◇DVは力と支配
さて皆さん、ビデオをご覧いただきましたが、DVとは「力と支配」です。デート相手にする
からデートDVと言います。DVもデートDVも何かというと「力と支配」です。それは力で相
手を支配するということです。力というのはありとあらゆる力です。もちろん、その中には暴力
も入っています。暴力といってもいろいろな種類があります。体への暴力だけが暴力ではない。
このことをしっかり理解することが大事です。体への暴力、精神的暴力、性的暴力、経済的暴力
いろいろあります。ところが身体に怪我をさせるような暴力だけが暴力である、と思い込んでい
る人が世の中には一杯います。そうではなく、暴力も含めありとあらゆる力が支配につながるわ
けです。利用すれば力の差も支配につながります。身体の大きさも、その差が力になります。経
済力もそうです。そういった力の差や力そのものを使って相手を自分の思い通りに動かす、これ
がDVです。暴力をふるうこと自体が目的ではありません。叩いたり蹴ったりひどいことを言っ
たりしたいわけではない。相手を支配したいのです。相手を自分の思い通りに動かしたいのです。
そのための手段として、暴力なり何なりの力を選んで使うのです。だから暴力をふるう人の全責
任です。相手がこういったからとかこうしたからとかではないのです。それは全部言い訳です。
暴力を正当化できる言い訳なんてひとつもありません。でも若い人たちに「力と支配」を実感し
てもらうというのはなかなか難しいことです。大人にだって「力と支配」を実感してもらうのは
難しいです。
◇ロール・プレイで考える「力と支配」
若い人たちには、皆さんにお配りしたような教材を使って、ロールプレイやグループワークを
してもらいます。それでは、ちょっとここでロールプレイをしてみましょう。次の資料をA子さ
んB夫さんに分かれて読んでいただけますか。
(ロールプレイ)
B 男:あした映画いこうよ。
A 子:えっ、あした?・・・。実はまりちゃんと買い物に行く約束してるんだ。
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B 男:えー、そんなの断れよ。映画にしようよ。おもしろそうだよ。
A 子:そんなわけにはいかないよ。私から付き合ってって頼んだんだもの。
B 男:お前!何考えてるんだ!彼氏がいたら普通友達より彼氏優先だろ!?
今すぐ断れよ。急用が出来たって。
A 子:え~そんな・・・・。・・・じゃあそうするよ。
ありがとうございました。では、皆さんこういうことが続いたら2人の関係はどうなるのか話
し合っていただけますか。
******************************************
10分ほど経過
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それでは、どんな意見が出たか是非聞かせてください。男性がいらっしゃるこちらのグループ
いかがでしょうか。B 夫さんの言い方で良くないところはどこでしょうか?
受講者:最初からだと思います
山
口:最初から全部。何故?どう良くないですか?
受講者:まず都合を聞くべきじゃないですか。
山
口:まず都合を聞くべきなのに、勝手に決めている。どうしてそういう言い方になってし
まうと思いますか?どんな考えがあって、こういう言い方をしていると思いますか?
受講者:映画のことで頭が一杯なのだと思います。
山
口:とにかく映画を観たいという気持ちで一杯。相手の都合なんかすっとんでいる。相手
のことを考えないで自分の考えばかり言っているのが問題だと。
それじゃあ、こちらの若い男性のいるグループにも聞いてみましょうか。B 男さんは
何故こんな言い方をするのでしょう?
受講者:自分中心だから。
山
口:何故、自己中心的になってしまうのでしょう?
受講者:A 子のことを考えていないからじゃないでしょうか。
山
口:自分のことだけですよね。どうしてそうなっちゃうと思いますか。どんな価値観、ど
んなジェンダー・バイアスを持っていると思いますか?
受講者:やっぱり女の子は、男の子、彼氏のいうことを聞くべきだという価値観をもっ
ているんじゃないでしょうか。
山
口:なるほど。女性は彼氏の言うことを聞くべきだという価値観を持っていると。では女
性のご意見を聞いてみましょう。B 男さんは何故そんな自己中心的になってしまって、
考えを押し付けてしまうのだと思いますか。例えば B 男さんの気持はどうでしょう。
気持ちについて意見が出たグループはないですか?言葉にしていない気持ちがあり
そうですね。
受講者:彼女と一緒に行きたいので、断られて腹が立ったのだと思います。
山
口:そうですね。がっかりして腹が立った。断られて傷ついたのです。気持ちが傷つくと、
それが怒りに変わります。どうしても行きたかったのに、断られてがっかりして傷つ
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いた気持ちがあり、こういう言い方になってしまった。
では、A子さんの言い方はどうでしょう?良くないところはないですか?
受講者:自分の気持ちをもっとはっきり言わずにいいなりになっているところです。
山
口:A子さんはどうして言いなりになっていると思いますか?
受講者:急に言われても困る、でも断ったら悪いなという気持ちがあると思います。
山
口:A子さんの気持ちは、断って悪いな、困るなぁというだけでしょうか?他には
ないですか?
受講者:ジェンダーの考えがあるんじゃないかと思います。女の子はやっぱり男の子に従属し
ていった方が良い、という考えがあるんじゃないでしょうか。
山
口:A子さんもジェンダー・バイアスをもっていそうですね。彼氏の言うとおりにしたほ
うが良い、女性はそのほうが良いという価値観をもっていそうだということですね。
では、こういうことが続くと 2 人の関係はどうなっていくと思いますか?
受講者:A子はB男に従うようになり、だんだんDVに発展していきそうです。
山
口:他のことでも従うようになってしまう。そうなるとA子さんの気持ちはどうな
ると思いますか?
受講者:友達と約束ができなくなってしまうんじゃないでしょうか。
山
口:自分の友達との関係が遠のいてしまいますよね。DVに発展してしまうと、A
子さんの気持ちはどうなるかというと、B男さんが好きだという気持ちは減っ
ていってしまうかもしれませんよね。束縛されて、自分らしくできないという
のは苦しいですからね。B男さんから気持ちが離れていっちゃうかもしれない。
いろいろご意見ありがとうございました。では、私のほうでまとめさせていただきます。
まずB男さんの問題点ですが、自分の都合を押し付けて命令口調で、しかも「お前、何を考え
ているんだ」という言い方までしていますね。高校生達に「お前」と呼ばれたい人はいますかと
聞くと、女性の何人かは、親密な関係である感じを受けるから呼ばれたいと言います。でもこの
場合の「お前」という言い方は嫌だという人がほとんどです。それは威圧しているから、見下し
ているからです。「何を考えてるんだ」は、そもそもお前の考えは間違っている、くだらないこ
とを考えるな、という意味合いがこもっています。そういう言い方をしていることがB男さんの
大きな問題点です。A子さんを尊重していない。自分の価値観や都合を押し付け、相手を見下し
ている。また断られてがっかりした気持ちを怒りとして、態度、行動で表している点も問題です。
睨んだり、無視したり、不機嫌になったりするのも気持ちを言葉でなく態度・行動で表すことで
す。怒りを態度・行動で表してはいけません。結局それは力になってしまうからです。相手をコ
ントロールすることに、支配することにつながるからです。それからA子さんの問題点は自己主
張ができなくなっているという点です。「自分で自分のことを決める」自己決定ができなくなっ
ている点です。
◇親密な関係であるからこそおきるDV
皆さんに少し考えていただきたいのですが、B男は他の人に対しても同じようにすると思いま
すか?自己中心的なことを言ったり、怒鳴ったり、威圧したりする子だと思いますか?確かにす
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る子もいますが、でも他の人にはしない、彼女にだけするという場合が多いのです。ではA子は
どうでしょう?他の人にも、自分を出さずに従ってしまう子だと思いますか?そういう子もいる
けれど、ほとんどが他の人には言える子たちなのです。他の人には、はっきり自分の気持や考え
が言えるのに、彼氏に対しては言えない。それはどうしてかというと、はっきり「NO」という
と、強い女だと思われるから嫌なのです。可愛いく思われたいのです。可愛くしていないと愛さ
れない、好かれないと思っているのです。そのため、親密な関係の人に対してだけこういう態度
に出てしまう。そこが大きな問題です。非常に怖いですね。2 人とも気付かずに落とし穴にはま
っている感じです。2 人っきりでずっと一緒にいるカップルがいますが、そうすると周りの声な
んか聞こえてきませんから、2 人の間で話していることや、起きていることがおかしいことだな
んて気付かないのです。
もう一度いいますが、DVは「力と支配」です。相手を力で支配する。相手を思い通りに動か
そうとすることです。その結果、相手からその人らしさを奪ってしまう。自信も奪う。自尊心も
奪う。最後には人としての尊厳も奪ってしまうような、非常に恐ろしい行為です。魂の殺人です。
愛情を殺してしまう行為です。相手からその人のことが好きだという気持ちを奪う行為なのです
が、やってる人は気付きません。
◇「依存」で起こるDV -事例紹介-
さてここでデートDVの事例を紹介したいと思います。アウェアに19歳の青年が北海道から
やって来ました。3歳年上の働いている彼女に身体への暴力をふるってしまい、それが原因でふ
られてしまったのだそうです。それがショックで2回ほどアウェアに来ました。彼がどんな理由
でどんな暴力をしてしまったかご紹介しましょう。「彼女と一緒に友達と飲んで、彼女の家に行
った時、僕は無性にお茶漬けが食べたくなりました。だけどなかったので怒り彼女を蹴ってしま
いました。
」これは彼自身、僕の中に彼女への過剰な期待があったのだと思います、と振り返っ
ています。とてもわがままで自己中心的な期待です。そもそも彼はこう思っているのです。「僕
たちは付き合っている。彼氏と彼女の関係で、セックスもしている。だから彼女は僕のあらゆる
欲求、肉体的・精神的・性的・お茶漬けを食べたいというときに出してくれることも含めて、す
べての欲求を満たしてくれるべきだ。」だからその役割をやらない場合はやらないお前が悪いと
言って罰したくなる。もう一つあります。「頼まれた時間に彼女を職場に迎えに行った時、彼女
に待たされました。それでいらいらしてしまって、彼女の家に帰った時、怒って彼女にジュース
をぶっかけてしまいました。」彼はこう言っています。
「彼女に仕事と僕を天秤にかけられたよう
な気がして、とっても嫌な思いがしました。
」待たされたということを彼は、彼女は僕じゃなく
て仕事を選んだというふうに受け取ったのです。僕ではなく仕事を選ぶなんてことは、彼にとっ
てはあってはならないことです。僕を優先順位の一番にしてくれなきゃ嫌だ。そんなこと口にし
なくてもお前分かれよ、そして行動しろ。行動しなかったお前が悪いから見せしめで分からせて
やる。罰してやる。こういうわけです。駄々っ子みたいでしょう。
・
自己中心でわがまま。DVとは、
「依存」です。依存症ではありません。病気ではありません。
最悪の形の「依存」です。
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◇変容する、若者のセックスに対する意識
性的暴力についても少しお話をしたいと思います。身体への暴力や、精神的暴力が起きている
場合、若い人たちの間では性的暴力も起きていると考えた方が良いと思います。ビデオの中で出
演者が「1ヶ月も付き合っているのだからセックスしてもいいだろう」と言っていたでしょう?
皆さんびっくりしませんでしたか。ドラマのシナリオは若い人に書いてもらったんですが、私は
1年の間違いじゃないのって聞きました。すると、山口さんは古いって言われたのです。今の子
達って言うのは、1 ヶ月ですよ。3ヶ月もしなかったらお前、何やってるんだって周りから言わ
れる。セックスして初めてお付き合いしていることになり、彼氏彼女の関係になる。セックスす
ることでお互いに安心しあい、自分の不安な部分を満たしあうみたいな感覚があるようです。あ
る県にいった時、防止プログラムに取り組んでいて、独自のロール・プレイングの台詞を作った
女子大生たちにお会いしました。彼女たちが作ったセリフもやはり1ヶ月だそうです。早い人だ
と会ってすぐ、または1週間、2週間なのだそうです。どうしてこんなにセックスへの敷居が低
くなったのかというと、メディアの影響もあると思います。煽っているのですね。その一方で、
相手を尊重する関係を学ぶ教育としての性教育が不足しています。女性を性的対象物としてみた
り、暴力を伴ったセックスを美化するような情報があふれきっています。被害者の女性に聞いた
のですが、彼氏に避妊をしてくれと言ったとき、「じゃあ手袋して握手するのか」と言われたそ
うです。握手するときに手袋はしないだろう?おかしいだろう、と。それで彼女はああそうか、
と思っちゃったそうです。それで避妊せずにセックスをしてしまった。女の子には自分の身体を
自分で守る力がないですし、男の子には避妊の「責任」という意識がないのです。
「責任」です。
協力ではありません。男の人には避妊をする「責任」がある。大事な人の体を守る責任という意
識をもって欲しい。女の子たちには自分の身体を自分で守る力をつけて欲しい。人工妊娠中絶者
というのは全国で減少傾向にあるそうですが、中学生・高校生間では増えているそうです。
◇DVが起こる 3 要因
子どもたちをデートDVの加害者・被害者にしないために、社会や大人たちはどうすれば良い
のかということですが、まず要因をしっかり皆さんに知っていただきたい。要因は力と支配、暴
力の容認、ジェンダー・バイアスのこの3つです。ジェンダーという言葉を初めて聞いた方もい
るでしょう。ジェンダーとは社会的性別のことです。バイアスというのは偏見です。ジェンダー
というのは他の言葉でいうと、男らしさ・女らしさです。男らしさ、女らしさはあって当然だろ、
男と女は違うんだと心から信じている方もいるでしょう。でもその中にはいっぱい偏見がありま
す。それがDVやデートDVをおこしているのです。子どもたちにも、おぎゃあと産まれたその
ときから刷り込まれています。特にジェンダー・バイアスなんかそうです。男の子の赤ちゃんに
はブルー、女の子にはピンクの服を用意するでしょう、親は。色まで男らしい色、女らしい色っ
て決めちゃっているのです。ですが世の中にはピンクが好きな男性だっています。しかし、ピン
クの服なんか着ていたら男のくせにとか女みたいって馬鹿にされるのです。女性だって男っぽい
服装が好きな人がいるのですが、女なのだから女らしい格好をしなさい、とか嫁の貰い手がなく
なるわよとか言われますね。ですから、生まれたときから、日々ジェンダー・バイアスを見たり
聞いたり、体験したり感じて自分の中にしっかりと取り込んでしまうのです。子どもたちは自分
は関係ないといいます。僕は男らしさなんて背負いこんでいない。私は女らしさなんてないし、
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信じてないと言います。でもその影響を受けていない人はひとりもいません。
中学の養護の先生に聞いたのですが、中学生でも男女がカップルになった途端に、演歌の世界
に2人がスポンとはまってしまうそうです。演歌の世界とはどんな世界か分かりますか。歌詞を
考えるとお分かりになると思います。演歌の歌詞の中の女性は、いつだって泣いて、待って、耐
えて、あなたが命と歌っています。あなたの色に染まりたい。恋の奴隷とか言っていますよね。
男はやはり男らしくという歌詞です。ジェンダー・バイアスが満ちている世界です。演歌を聴い
ている子どもは少ないかもしれませんが、それじゃあ子どもたちが好んで聞く歌の中にジェンダ
ー・バイアスはないかというと、そんなことはないです。ジェンダー・バイアスはいっぱいあり
ます。それらが日々刷り込まれて、12、13歳でもデートDVをする人・される人になる準備
ができてしまうのです。でもこういうことは間違っていると気が付くと、学び落とすことはでき
ます。これらのDVの要因になる3つをもって生まれた人はひとりもいません。後天的なもので、
全部学んだことなのです。後から学んでしまったことなのだから、間違ったことと気付けば、学
び落とせます。そういう考え方をやめる・捨てる・あきらめる・別の価値観に変えるということ
ができます。
◇自分で選ぶ「自分らしさ」
特にジェンダー・バイアスについて皆さんに注目していただきたいと思います。資料(後掲資料
参照)をご覧下さい。ジェンダー・バイアスをまとめた表です。ジェンダー・バイアスをやめ、自
分らしさに変えようという、そういうことを提案した資料です。
箱が3つ並んでいますが、上の2つは偏った女らしさ、偏った男らしさです。イメージを見比
べてください。男らしさの方は、力をもつ、主流になる、物事を決めるといったイメージじゃあ
ないですか?それに対し女の人は自分を出さずに従う・支える、そういったイメージですよね?
これが力の差になってくるということもビデオで説明していましたし、さらにそれがなぜデート
DVにつながるのかということもイラストで説明していましたね。ですから、こういった男らし
さ女らしさを当然だと信じていると、無自覚に相手に価値観を押し付けたりDV行動をしてしま
いがちです。ですからこれらのことを学び落とすことが非常に大事になってくるわけです。
しかし学び落とすだけでは実は足りない。学ばなければならないこともあるわけです。大人も
そうですが、子ども達に学んでもらいたいことは、最初に「自分らしさ」を大切にし、相手のそ
の人らしさも大切にする。お互いに大切にするということです。資料下の自分で選ぶ「自分らし
さ」の枠内を見てください。2つ列があります。左の列は、いわゆる女らしさの良い特性といわ
れるもので、右側は男らしさの良い特性と一般的に言われているものですね。これらを、男のも
の女のものと分ける必要があるでしょうか?無いですよね。どれも人間として誰でも、持てたら
すばらしいと思える特性ばかりじゃありませんか。男性で素直でオシャレ好きで料理が上手な人
は素敵ですし、女性でリーダーシップがあり経済力があって頼りがいがある人も素敵じゃないで
すか。それを、これは女性のものだから男性のものだからと分けること自体がおかしなことです。
子どもたちにはジェンダー・バイアスをやめ、自分で「自分らしさ」を選びましょう、そして相
手のその人らしさを大切に尊重しましょうと提案しています。
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◇違う価値観を受け入れる
その次に学んでほしいことは「尊重」です。
「尊重する」ということ、なかなか子ども達には
分かってもらえませんが、どうすれば「尊重する」ことになるのか。自分とは違う価値観を相手
が持っている。自分とは違うやり方をする。それを違いとして受け入れるということです。DV
をしてしまう人に多いのが、話し合いも戦いというふうに感じる人です。絶対勝たなければいけ
ないので、話し合いをするときに先に結論を用意して始めるのです。ですから話し合いなんかじ
ゃない。勝たなきゃいけないし自分のやり方を通せなければ、負けだと感じてしまう。それは間
違いなのですが、若い子達にもそういったふうに感じる人が多いですね。自分の意見が通らない
と、負けたように、馬鹿にされたような気がするのです。ですから、違いを優劣や勝ち負け、上
下としてみないということです。違いは違いとして受け入れるということが必要です。また自己
決定権を大切にしあうということです。
「自己決定権」。これは何かというと私たちは一人ひとり
自分のことは自分で決める力と権利があるということです。何をするのか、誰に会うのか、また
何処に行くのか、将来仕事は何をするのか、どんな人生を歩むのかなどは全て自分で決めること
です。ところがそれを親密な関係の相手から奪ってしまうのがDVです。相手に奪われてしまう
のがDVです。自己決定権の中には「性的自己決定権」というのもあります。これは性行為につ
いて、決める力と権利があるということです。好きな人とお互いの自己決定権を尊重しあう。若
い人たちは縛りあうことがお付き合いすることだ、愛し合うことだというふうに勘違いしている
人が多い。それは束縛し合うことが良いことだ、愛し合うことだというメッセージが世の中に溢
れているからですね。若者が好んで聞く歌やドラマの台詞に気をつけてみてください。縛り合う
ことがいいことだというメッセージのものが怖いくらい多いです。そうではなく束縛は危険です。
デートDVになりやすいです。束縛し合うのではなく、お互いにやりたいことのひとつでもでき
るよう、励ましあい支えあう、言葉で素直にオープンに気持ちを伝え合うことが大事だというこ
とを子どもたちに伝えたいです。それが本当に愛し合うことじゃないかということを皆さんにも
考えていただきたいし、若い人たちに伝えて欲しいと思います。
◇防止教育の必要性
そして、もうひとつ「共感」ということについても学んでもらいたいと思います。共感とは、
相手の立場に立って相手の気持ちを想像するということです。思いやることです。それから先程
も申しましたが、自分の怒りを態度・行動で示してはいけないということも大切なことです。そ
れから親密な関係の人には自分の感情を相手のせいにしがちですが、これは間違った考え方だと
いうことに、若い人たちに気が付いてもらいたいですね。DVをやる人のほとんどが、相手のせ
いにしています。自分が暴力をふるうのは、お前がああ言ったからだ、こういうことをしたから
だ、しなかったからだと、相手のせいにするのです。ですから自分こそ被害者だと思っている。
自分の感情を相手のせいにするのです。自分の感情は自分のものです。自分の責任なのですが、
親密な人に依存して甘えて、自分の感情を相手のせいにする。そういう間違ったことをしがちで
す。
さて、こういった間違ったことを学び落として、大切なことを学ぶと加害者も被害者も考え方
が変わってきます。1 年間アウェアの加害者プログラムをうけた 28 歳の男性ですが、彼は身体
への暴力をしてしまい彼女にふられてしまいました。それがショックで 1 年間アウェアに通って
こうち男女共同参画センター「ソーレ」/講演会記録
きたのですが、1年終わる頃に、彼は「セックスをしたら彼女は自分のものだと思ってしまいま
した。そしていつも僕の方を向き、僕を気遣ってくれる。男である僕を中心にしてくれることや、
言わなくても僕の気持が分かってくれることなどを期待して押し付けてしまいました。だからこ
れからは自分の気持を彼女に伝える。そして彼女がどうするかは彼女が決める。僕はそれを尊重
することが大切だと分かりました。
」とこういうふうに言って辞めていきました。被害者の方の
発言もご紹介します。
「彼の暴力は間違っているけれど、私が彼に甘えすぎていたことも原因だ
と気付きました。私の甘えが彼に、こいつは俺がリードしてやらないとだめなんだ、守ってやら
ないとだめなんだと思わせ、その気持がエスカレートしてしまったんだと思います。それで私は
それ以来、付き合っている相手に甘えずできるだけ対等な立場で付き合うことにしました。男性
には可愛くない女に見えたかもしれませんが、以来デートDVはなくなりました」こういうこと
を言ってくれる人がいました。
さて、こういうことを盛り込んだ防止教育がなぜ必要かというと、加害者プログラムに来てい
る人たちの多くが、若い頃からDVをしているからです。それに気づいて、高校生の頃今受けて
いる加害者プログラムのようなものを受けたかった、勉強したかったというのです。早ければ早
いほど良いです。実際にはプログラムを実施しているのは高校が中心ですが、本当はお付き合い
する前の中学生に実施する必要があると思います。若いうちに免疫を作っておくと、束縛された
時になんか変だと気付くかもしれません。叩かれたら、許せないしおかしい、デートDVだと早
くから気付けるかもしれません。おきてしまってからでは遅いのです。おきてしまっても、相手
から離れる人は半分しかいないそうです。結婚すればやめてくれるに違いないと期待するけれど
やまない。今度は子どもが生まれてお父さんになればやめるに違いないと期待するけれどやまな
い。暴力をふるう人が気がついて、自分を変えると決意し、助けを得て時間をかけ少しずつ自分
を変えるしか道がないのです。
デートDVがおきてしまったとき、若い人たちは大人には、特に親には相談しません。親は最
後の最後です。では誰に一番相談しやすいかというと、友達です。そのとき友達が「それは彼氏
に愛されているからだ」とか「いいなぁ、そんな彼氏、私も欲しい」なんて言うと、DVのある
関係に停まってしまいます。若い人たちがお互いに相談されたとき、間違った対応をしないよう
に、二次的加害や二次的被害を起こさないよう、若い人たちみんながデートDVのことを知って
おく、理解しておくということが大事だと思います。それがデートDVの未然防止に、悪化防止
につながるのです。
◇DVは社会が生み出している
今日お話したことでお分かりだと思いますが、DVというのは社会が生み出している問題なの
です。個人の責任は大きいです。相手を自分の思い通りに動かすために手段として、暴力を自分
で選んでいるからです。何故選ぶかというと効果があると知っているからです。怒鳴ったり、睨
んだり、脅かして威圧して相手を怖がらせれば、相手はその場では言うことを聞きます。効果が
あると分かっているから使うのです。怒鳴って言うことを聞かせられるうちは怒鳴るだけですむ
のですが、怒鳴るだけですまなくなると、今度は手や足が出ます。そういうふうにエスカレート
していくのです。他に方法はあるにもかかわらず、効果があって手っ取り早いから暴力を選ぶの
です。相手に与えるダメージは大きくて深いですから、暴力をふるう人には大変大きな責任があ
こうち男女共同参画センター「ソーレ」/講演会記録
ります。
DVは社会が生み出している問題です。これを生み出しているのは私達一人ひとりなのです。
DVの言い訳を私達が用意してしまっています。ですから、私達みんなが気がついて、自分達の
意識を変えなくてはならない。そして被害を受けている人をもっと税金を使って支援していかな
ければならない。被害者支援は最優先です。だけどそれだけでは足りない。加害者をほっといて
はいけないのです。加害者が変わらない限りDVはなくなりません。そして加害者の様子を子ど
もに見せることで、子どもにDV行動が連鎖していく。子どもも間違ったことをするようになっ
てしまいます。ですから加害者をほっておいてはいけない。日本もDV防止法をさらに改正して、
罰則規定を設ける。また罰するだけではだめだから更正のための教育プログラムを受けることを
義務化する。それを裁判所からの命令として出す。そして監視していく。というようなシステム
作りが大切です。そして子どもたちへの未然防止教育を進めていくことです。日本はここ数年D
Vに取り組むようになりましたが、アメリカなどに比べるとまだまだです。これらのことを全部
進めることが、日本のやるべきことだと私は思います。どうもありがとうございました。
(参考資料)