精神疾患の 神経画像・臨床神経生理研究

Cognitive Psychobiology Research Group
精神疾患の
神経画像・臨床神経生理研究
東京大学医学部附属病院精神神経科CP研
研究室紹介
■設立の経緯
東京大学医学部精神医学教室Cognitive Psychobiology Research Group (CP研)
は、もともと脳波・事象関連電位などの神経生理学的手法を用いた統合失調症
臨床研究のグループとして出発し、90年代後半から脳磁図、MRI、近赤外線ス
ペクトロスコピーなどのマルチモダリティ神経画像計測を加え、対象疾患もスト
レス性精神障害、感情障害、発達障害などに広げ、現在に至っています。
■ミッション
各種精神疾患の脳病態を神経生理・神経画像を用いて解明することを通じて、
精神疾患を持つ当事者の診断・治療の向上などの福祉や精神医学の発展に
貢献することを目指しています。
また、日本における臨床精神医学研究ラボラトリーのモデルとなるような研究
体制の確立や、臨床・教育とのバランスの取れた大学研究者の育成も大切な
役割と考えています。
■研究倫理の遵守
○研究倫理規定(ヘルシンキ宣言)を遵守し、倫理委員会への申請やイン
フォームドコンセントを完全に行う
○研究における参加者への侵襲・負担を最小限にする
○個人情報の保護に細心の注意を払う
○研究費を適正に使用する
○データ解析・公表の際の不正を防止する
○当事者の福祉や医学の発展に結びつく研究デザインを追求する
○研究結果を必ず公表に結びつける責任を負っていることを自覚する
■研究体制
○マルチモダリティ神経画像解析を行っており、MRI脳形態解析、拡散テンソ
ル解析、MRスペクトロスコピー(MRS)、多チャンネル脳波計測、全頭型脳磁
図、多チャンネル近赤外線スペクトロスコピー、PET、ファンクショナルMRIを組
み合わせて用いています。
○常勤医師6名(うち1名海外留学中)、常勤PhD1名、非常勤PhD2名、大学院
生12名、非常勤実験補助員4名、秘書1名(2008年9月現在)の構成により、シ
ステマティックな研究体制を確立しています。
○多施設共同研究、遺伝子解析グループとの共同研究をはじめ、放射線科、
工学系研究者、薬学系研究者、企業、外国研究室との連携も盛んに行ってい
ます。
形態
研究体制
MRI (structural, DTI, MRS)
遺伝子解析
東大放射線科、松沢病院、富山大、
東大保健センター、理研、都精神研
精神神経センター、ハーバード大, 日医大
血流
fMRI (3T)
血中バイオマーカー測定
東大放射線科、日医大
千葉大学
近赤外線スペクトロスコピー(
近赤外線スペクトロスコピー(NIRS
NIRS)
)
日立メディコ<産学協同>、群馬大学
対象者リクルート
精神科病棟・外来(こころのリスク外来)
保健センター(こころのリスク相談)
PET 東大放射線科
成人デイケア・こころの発達診療部
電気生理
公募(双生児)
脳磁図(MEG
脳磁図(
MEG))
東大臨床検査部、群馬大学、九州大学
EEG/事象関連電位
EEG/
事象関連電位
診断
神経心理検査
症状評価
専門検査員
データベース管理
京都大学工学部<医工連携>、東大脳外科
ヒトの精神機能
認知
情動
社会行動・意図
Cognitive
Affective
Social
Neuroscience
Neuroscience
Neuroscience
統合失調症
ストレス性精神障害・
感情障害
発達障害
磁気共鳴画像 (Magnetic Resonance Imaging;
Imaging; MRI)
Principal investigators (PIs):
山末英典、山崎修道、管心、織壁里名、武井邦夫、井上秀之
高野洋輔、鈴木宏、Mark A. Rogers
われわれの研究グループは、放射線科と連携し、統合失調症(Yamasue et al.,
Neuroreport, 2002; IJNP, 2003; Neuroimage, 2004a; Psychiatry Res., 2004b; Yamasaki
et al., Eur Arch Psychiatry Clin Neurosci, 2007; Takei et al., Schizophr Res, in press)・
感情障害・外傷後ストレス障害(Post Traumatic Stress Disorder: PTSD)(Yamasue et
al., PNAS, 2003; Ann Neurology, 2007; Araki et al., Neuroimage, 2005; Abe et al.,
Psychiatry Res, 2006; Kasai et al., Biol psychiatry, 2008)・自閉症 (Yamasue et al.,
Neurology, 2005) ・性格傾向 (Yamasue et al., Cereb Cortex, 2008a,b)などの精神疾患
の発症あるいは症状に関わる脳基盤を、MRIの様々なモダリティーを用いて解明し
てきました。米国ハーバード大学 (Kasai et al., Am J Psychiatry, 2003; Arch Gen
Psychiatry, 2003; Gilbertson et al., Nat Neurosci, 2002)、ボストン大学、信州大学、国
立がんセンター (Yoshikawa et al., Biol Psychiatry)、富山大学、横浜市立大学、昭和
大学、東京都立松沢病院、国立精神神経センターなど国内外の研究施設・医療機関
との共同研究も行ってきました。近年では、精神疾患のMRI研究グループとしては国
内最高の規模と実績を実現していると自負しています。
脳形態解析の手法としては、用手的な体積測定である関心領域法(図1)、標準脳
座標系への変形を経て細かなボクセル単位で全脳から脳形態所見を検出する
voxel-based morphometry(図2)、という主に2つの解析方法を、研究デザインに応じ
てそれぞれの特長の違いを生かして使い分けています。また、従来は灰白質に比べ
て脳構造異常を検出するのが困難であった白質の微細構造についても、拡散テンソ
ル画像解析という手法(図3)を応用することで、精神疾患の神経ネットワーク異常に
関連した新たな知見を見出してきています。さらに、同一被験者の方に複数の検査
にご協力いただくことで、MRIを用いた脳形態解析を、多チャンネル脳波計測・全頭
型脳磁図・核磁気共鳴スペクトロスコピー・神経心理検査・遺伝子多型解析などの手
法と組み合わせ、脳形態所見の機能的・分子生物学的関連を検討するという世界的
にも例の少ない手法を実現してきました。
2007年から、従来使用してきた磁場強度1.5テスラのMRI装置から3 テスラのMRI
装置に移行し、これまでの脳形態解析に加えてfunctional-MRIもモダリティに加えま
した。研究対象としては、特に統合失調症の早期発見・早期治療を目的としたat risk
mental state (ARMS)の研究と、自閉症スペクトラム障害(Autism Spectrum Disorders:
ASD)における社会性の障害の研究に重点を置いていきます。
図1.関心領域法による体積測定
(Yamasue et al., Psychiatry Research Neuroimaging, 2004より転載)
図2.Voxel-based morphometryにおける形態解析結果
(Yamasue et al., Cerebral Cortex, 2008より転載)
図3.拡散テンソル画像による脳弓繊維束の描出と定量評価
(Takei et al., Schizophrenia Research, 2008より転載)
近赤外線スペクトロスコピー
(Near--infrared spectroscopy; NIRS)
(Near
PIs: 滝沢龍、丸茂浩平、木納賢、桑原斉、小池進介、河野稔明
川久保友紀、高橋礼花、奥畑志帆、木幡賢二
「手軽に生きているヒトの脳の働きをリアルタイムに捉える事ができたら。」
そんな願いを実現させたのが、近赤外線スペクトロスコピー(Near-infrared
spectroscopy;以下NIRSと略)です。頭皮上から近赤外光をあて、脳内で乱反射してくる光
を再び頭皮上で検出し、大脳皮質での酸素化・脱酸素化ヘモグロビン濃度の変化量を捉
えることができる技術で、これにより局所脳血液量を推定し、測定部位の脳機能を検討す
る方法論です。
NIRSは比較的新しく確立された脳機能イメージング技術で、他の脳機能画像に比べて
有する特長は、1) 時間分解能が高く(0.1秒)、2) 装置が小型で移動ができ、3) 他のモダリ
ティに比べコストも安価で、4) 簡便に自然な姿勢で、5) 安全・非侵襲的に、時間経過によ
る脳活動変化を捉えることができる点です。一方、現時点での限界は、6) 大脳皮質のみ
で、辺縁系などの脳深部構造の活動は捉えられず、7) 空間分解能が2~3cm程度で、大
まかな脳部位を特定できるにすぎない点です。
現状では、精神疾患の診断・治療は、患者の主観的な「体験」と治療者の捉える患者の
「行動」を指標として行なわれており、高血圧症に対する血圧、糖尿病に対する血糖値、癌
に対する腫瘍マーカーにあたるような客観的指標は今のところ存在しません。しかし今後、
精神疾患の医療を発展させるためには、精神疾患を診断し、重症度を評価し、治療効果
を判定することのできる臨床検査を確立することが重要な課題と考えられています。
NIRSは、その装置の簡便さ、非侵襲性、低拘束性という特徴から、被検者の負担が少
なくて済み、精神疾患に役立つ臨床検査として応用可能性が高いと考えられています。
我々CP研では、特に統合失調症、うつ病、双極性障害、自閉症スペクトラム障害、ADHD
に双生児を加えて、小児・成人を問わず幅広い対象の前頭葉機能について検討していま
す。これまで変化の量やパターンに特徴的なNIRS波形が見出されており、精神疾患の病
態解明に寄与するものとして研究を続けています。
事象関連電位 (Event
(Event--related potentials; ERPs)
PIs: 荒木 剛、切原賢治
事象関連電位 (ERP
ERP;
; Event
Event--Related Potential)
Potential)
脳波は脳の電気活動を頭皮上からリアルタイムで測定可能な検査です。様々な精
神作業をさせて脳波を測定すると一過性の電位変動が出現し、この電位変動は事
象関連電位(ERP)と呼ばれ、認知過程(心の働き)と関係することが知られています
。われわれはこのERPを指標として精神疾患の病態解明に取り組んでいます。ERP
の代表的な成分であるP300やmismatch negativity (MMN)を指標とし、統合失調症
やPTSDなどの精神疾患における脳活動を調べてきました。さらに統合失調症前駆
期研究においてもERPを測定し、精神病発症の指標となりうるかどうかを検証してい
きます。
例えばPTSDではP300振幅が
減衰し、さらに前部帯状回の
構造異常とも関連していること
を見いだしました (Araki et al.,
Neuroimage, 2005)
多チャンネル脳波計測
近年、従来よりも多くの電極を用いて脳波を測定し、ERPをより詳細に調べられる
ようになり、現在、64チャンネルの脳波測定装置を導入して、表情認知に関連する
N170やMMNの測定を行い、さらに脳神経細胞間の同期を検討するガンマ帯域オ
シレーション解析などを加えた新たな研究を進めています。
脳磁図 (Magnetoencephalography
Magnetoencephalography;; MEG)
MEG)
PIs: 管心、川久保友紀
脳磁図とは?
脳磁図とは?
運動、知覚、思考など様々な脳神経の活動に伴い微弱な電流や磁場が惹起されます。
この磁場を測定するのが脳磁図です。脳磁図は、脳内で生じた電流の発生源を推定する
ことが可能で、数ミリ秒単位の高い時間分解能があるため、運動、知覚や思考などを行っ
た際に、脳のどの部分が中心に活動しているか知ることができます。また、脳腫瘍や脳
血管障害、てんかんなどが脳のどの部分で起きているかを調べるためにも用いられます。
どのように記録するか?
正確に磁場を計測するため、周囲の磁気の影響を
受けないよう静電遮蔽されたシールドルームで計測を
行います(図1)。ヘルメット型の円筒状の部分に204ch
のコイルが入っており、脳全体の活動(図2)を捉える
ことが可能で、それをもとに発生源を推定します(図3)。
図1.計測の様子
図2.記録された波形から求められたダイポール
臨床への応用
精神疾患(統合失調症、自閉症)での脳機能を測
定し、精神活動に伴う脳内過程を探ることで疾患の
脳基盤の理解や脳活動に与える影響を調べていま
す。また健常双生児を対象とした測定を通じて遺伝
子が脳機能に及ぼす影響の解明を目指しています。
これまでに明らかになったこと
異なる音(プッとプッー、/a/と/o/など)を聞いた際に
音の違いを検出する情報処理が脳内で行われます。
しかし、健常者と比較して統合失調症や自閉症では
異なる音に対する処理の違いが明瞭ではなく、特に、
/a/と/o/のような話し言葉と関連した音においてその
処理過程の違いが顕著であることから、統合失調症
や自閉症のコミュニケーション障害の根底には初期
の聴覚情報処理の問題があることが分かっています
(図4)。
図3.異なる音に対して記録された波形
図4. 統合失調症者と健常者の波形
(Kasai et al., Schizophr Res, 2003)
ポジトロンCT
ポジトロン
CT (positron emission tomography; PET)
PET)
PI: 細川大雅
精神疾患では、脳の中で何が起きているのでしょうか。従来、私たちはそれを当事
者の言葉や表情、行動などから推測し、判断するしかありませんでした。そして、経
験に基づいて治療を行い、臨床症状から効果を判定していました。あいまいともい
えるその過程を客観的に目に見える形で捉えられないものでしょうか。それを実現
した画期的な手法が、近年発展の目覚ましいPET(ポジトロンCT)をはじめとした脳
機能画像です。PETは放射性同位元素の一種であるポジトロン(陽電子)放出核種
によって標識された化合物の脳組織への集積分布を検出し、生体の糖代謝や脳血
流などの生理的指標、神経伝達受容体などの生化学的指標を定量的に画像化す
ることを可能としました。
PETでは脳機能が脳のどこで、どの程度変化しているかが一目で捉えられます。
機能異常のみられる脳部位の特定、その程度の客観的な評価は、病態メカニズム
を明らかにし、病因解明の糸口となると共に、当事者やその家族に対しても診断、
重症度を説明する上で説得力を持ちます。例えば、アルツハイマー病では初期から
後部帯状回の糖代謝減少がみられ、早期診断に有用です。仮性認知症という似た
症状がみられることのある気分障害(うつ病)では、前頭葉で糖代謝減少が目立つ
など所見に違いがあり、鑑別が可能です。また、治療効果の判定にも役立ち、治療
法の選択の助けとなります。薬剤用量の設定の際にも、受容体占有率が客観的な
指標として利用されており、最大限の臨床効果と最小限の副作用を両立する用量
が明らかにされています。脳内分子を非侵襲的に定量できるというPETの特徴は、
今後、精神疾患の理解と治療の進歩に大きく貢献していくでしょう。
当研究室では現在、放射線科と共に、PETを用いて気分障害(うつ病)の研究を進
めています(結果については気分障害の研究の項をご覧下さい)。得られた研究成
果が客観的な早期診断、効果的な治療をもたらし、個々の当事者に適合した医療
の提供の実現に繋がることが期待されています。
PET装置。標識化合物を静注後、
横になって撮影します
脳の糖代謝がこのようにわかり
ます
神経心理検査 (neuropsychological assessment)
assessment)
PIs: 管心、植月美希、川久保友紀、江口聡
神経心理検査は認知機能を評価するための検査です。認知機能には知覚、注
意、学習、記憶、概念形成、推論、判断、言語活動及び抽象的思考などが含まれ
ます。精神医学の領域では、認知機能障害が、統合失調症の中核的な病態であ
り、疾患の予後との関連が深いことから、臨床に役立てる目的で、生物学的研究・
社会機能との関連研究・薬物治療の効果について、広く用いられています。
神経心理検査の実施
当研究室では、認知機能の一連の情報処理過程について、注意・記憶・思考・遂
行機能を包括的に評価できるよう検査バッテリーを組んで実施しています。また病
前・病後の機能の変化について把握できるよう2種類の知能検査を実施していま
す。
(1)統合失調症
慢性期の統合失調症患者と精神科受診歴のない健常対象者に実施し罹患に
よる機能の変化、他の生物学的な指標との関連研究を進めています。また、統
合失調症におけるWAIS-R知能検査短縮版の有用性の検討(植月ら, 2005)、日
本版National Adult Reading Testによる発症前知能の推定の検討(植月ら, 2006
)、統合失調症患者の発病前知能推定に関する日本語版National Adult
Reading Test (JART) 短縮版妥当性の検討(植月ら, 2007)など、日本の統合失
調症臨床研究者に役立つ情報の提供を目指しています。
(2)発達障害
発達障害児・者(自閉症スペクトラムや注意欠陥多動性障害)と、その健常兄
弟(姉妹)児・者を対象に実施し、発達による変化と遺伝的素因との関連を検討
しています。
神経心理検査
遺伝子多型
×
統合失調症
発達障害
社会機能
健常者
MRI
向精神薬の効果
ERP
中間表現型研究 (endophenotype research)
私たちは、遺伝子解析研究者らと共同
で、神経画像を中間表現型として、遺伝
子多型との関連を求める研究に取り組ん
でいます。これによって、表現型(疾患、
症状、人格)―脳機能・構造―遺伝子の
階層性を明らかにし、遺伝子解析の効率
化や、薬効予測につながる神経画像検
査法の確立(医療の個別化)に役立つこ
とが期待されます。
双極性障害のリスク候補遺伝子
mt10398多型と扁桃体体積の関連(健常
成人N=118)。扁桃体体積を中間表現型
とすることにより、双極性障害と関連遺伝
子の関係解明が促進される期待があり
ます。
mt10398多型と扁桃体体積の関連
(Yamasue et al., Genes Brain Behav,
2008より転載)
前頭前野シナプス間隙のドーパミン量
を調節するCOMT遺伝子多型によって、
統合失調症患者の前頭前部NIRSシグナ
ルが有意に異なりました。NIRSによる、
非侵襲的で簡便な、神経伝達物質関連
遺伝子多型の推定と薬効予測の実用化
を目指しています。
双生児研究
(Todai
Todai--Twin Project with Integrative Neuroimaging
Neuroimaging;; TWIN)
PIs: 滝沢龍、川久保友紀、山崎修道、河野稔明、山末英典、武井邦夫、井上秀之、
管心、丸茂浩平、木納賢、桑原斉、高橋礼花、奥畑志帆、木幡賢二、江口聡
双生児研究の意義
ある病気に関する一般的な双生児研究の手法は、一卵性と二卵性双生児間の罹
患一致率を比較するものです。双子の一方が病気になった時、もう一方が同じ病気
になる確率はどのくらいかを調べる研究であり、例えば一卵性の双子の一方がある
病気の場合もう一方が同じ病気である割合が90%で、二卵性の双子の場合わずか
に10%だったとすると、その病気が「遺伝的要因が関わっている病気」であることの
強力な証拠になり得ます。
精神疾患の双生児研究
精神疾患の病因として遺伝の役割の大きさを確認するため、多くの双生児研究が
行われてきました。現時点で例えば、「一卵性双生児の一人が統合失調症にかかっ
た場合、もう一人もかかる割合はどの程度か?」という質問への答えは、控えめに見
積もっても「統計法にもよるが、おおよそ28~40%」というものです。他の中枢神経系
の疾患と双生児間の罹患一致率を比較すると、統合失調症(28%)は、ダウン症
(95%)やてんかん(61%)や双極性気分障害(56%)などの一致率より低いものでした
(Torrey, 1992)。
TWINの開始
TWIN
の開始
われわれCP研の双生児研究(TWIN)では、将来計画されている精神疾患の罹患
一致・不一致例の研究の予備段階として、健常双生児における基礎データの収集を
続けています。これまでWeb(図1)や新聞広告(図2)で募集し、2006年1月から2008年
4月末現在で53組107名の双生児ペア(三つ子を含む)の参加を頂いています。(表1)
図1
図2
図3
TWINの内容
TWINの内容
脳機能・認知機能を計測するために機能的MRI、脳磁図(MEG), 近赤外線スペクトロスコピ
-(NIRS),などの非侵襲的な脳機能画像検査や神経心理・性格検査などを施行することに
加え、遺伝・生体物質の情報による解析を組み合わせることで、多面的なアプローチでヒトの
心理・精神現象や精神障害の病因について明らかにすることができると考えています。
TWINの特徴
TWIN
の特徴
これまでの精神疾患の双生児研究の大半は、DSM-ⅣやICD-10などがなかったため診断
基準が標準化されていない問題や、質問表や身体特徴から一卵性と診断された双子が本当
に一卵性なのかという卵性診断の正確性の問題がありました。我々の双生児研究(TWIN)
では、こうした点を克服するため、遺伝子配列から卵性診断を正確に行っている点や、胎生
期や周産期(妊娠と分娩)の要因が精神疾患の病因と関連することが示唆されていることか
ら、できるだけ母子手帳からの産科合併症や出生時体重などの情報を得ている点があります。
これまでの結果と今後の展開
これまでに、健常一卵性ペアで二卵性ペアより一致率の高い指標(図3、表2)をMEGやNIRS
の指標においていくつか認めています。今後これらの脳機能指標を精神疾患ペアでの比較
解析に応用することで、精神疾患の病態解明をより明らかにすることに寄与するものとして研
究を続けています。
表1. リクルート実績
(2006.1-2008.4)
小児 25組 50名
成人 28組 57名
合計 53組 107名
表2. NIRS信号の級内相関係数
一卵性
二卵性
左前頭葉
0.57
0.05
右前頭葉
0.85
0.22
統合失調症 (Schizophrenia)
①統合失調症脳病態の解明
統合失調症の脳病態は、古くからの分類になぞらえると、知・情・意のすべての側面に
わたって存在します。知(認知)は前頭・側頭新皮質、情(情動)は辺縁系、意(意欲)は前
頭葉内側部がそれぞれ担っていると考えられており、われわれはマルチモダリティ脳計測
を用いて、それぞれに対応する統合失調症の脳病態を明らかにしてきました。統合失調
症患者における聴覚皮質の機能的異常(Kasai et al., Am J Psychiatry, 2002)、初発統合
失調症患者における上側頭回灰白質体積の進行性異常(Kasai et al., Arch Gen
Psychiatry, 2003)などを明らかにし、新聞でも報道されました。
現在は、こうした病態研究を工学・分子生物学など多分野の研究者と協力してより洗練
された手法で行うとともに、神経画像を用いて統合失調症の生物学的異種性を明らかに
することや、神経画像を中間表現型として利用して遺伝子異常との関連を明らかにするこ
とにチームとして取り組んでいます。
Control
schizophrenia
②統合失調症の薬理学的・非薬理学的(リハビリテーション)による脳機能改善の基盤
の解明
統合失調症における非定型抗精神病薬による認知機能の改善の検討を行っています。
また、統合失調症における残存機能とそれを通じたリハビリテーション可能性の脳基盤
の解明、リハビリテーションによる社会技能の獲得の脳基盤の解明などを行っています。
③統合失調症における有用な臨床検査の開発
主に近赤外線スペクトロスコピー(NIRS)を用いて、統合失調症の補助診断、治療法選
択、治療効果判定、予後予測となるような臨床検査法の開発を、群馬大学精神医学教室
や日立メディコ社との共同研究によって進めています。
また、統合失調症におけるWAIS-R知能検査短縮版の有用性の検討、日本版National
Adult Reading Testによる発症前知能の推定の検討など、日本の統合失調症臨床研究者
に役立つ情報の提供を目指しています。
④統合失調症;前駆期・早期介入研究 (Integrated Neuroimaging studies in
Schizophrenia Targeting Early intervention and Prevention [IN-STEP])
近年、統合失調症のような精神病に対する早期発見・早期治療への関心が急速に高
まっており、アットリスク精神状態(ARMS: At Risk Mental State:精神疾患の発症リスク
が高まっている状態)と呼ばれる症例の約30%が1年以内に精神病状態となることが知
られています。ARMSすべての方が発症するわけではありませんが、実際には発症し
ない場合も、何らかの助けを必要とする場合もありますから、適切なアプローチ(教育・
援助)の開発が必要とされています。このアットリスク精神状態は、
1) 弱い精神病症状
2) はっきり症状があっても一週間程度で自然に収まる一過性の精神病体験
3) 家族歴などのある方で直近の社会的機能レベルの低下
といった症候学的診断基準を用いて、臨床的に判断されます。しかし、個々人が統合
失調症前駆期にあるかどうかを診断するためには不十分であり、早期介入を実現する
ためにも、補助診断として有用な生物学的指標を探すことが重要な課題になっています。
我々は、東京大学保健センターでの健康相談やインターネットを介して、ARMS症例
を募集し、東京大学附属病院精神神経科「こころのリスク外来」に受診した症例を対象
に、前駆期・早期介入研究を行う体制を整えています。さらに他施設との共同研究も
行っており、十分な症例数を確保した上で、MRIを用いた脳構造学的研究、心理検査、
遺伝子検査、NIRS, fMRI, 脳波など脳機能的研究など多岐にわたる生物学的指標を用
いて研究を進める準備をしております。
精神病前駆期状態にあるARMS症例の特徴を検討し、さらに長期的にフォローアップ
を行い、精神病を発症した群としない群とに分け、群間比較を行うことによって、どのよ
うな生物学的指標を予後予測に用いることができるかを検討していきます。
詳細は、 http://plaza.umin.ac.jp/arms-ut/ をご覧ください。
気分障害 (mood disorder; major depression & bipolar disorder)
disorder)
気分障害(うつ病、躁うつ病)は、その罹患率の高さ、経済学的な損失、自殺の問題などから注
目が高まっています。世界的な社会構造の変化により、社会的ストレスの増大が懸念されており、
WHOによると今後2050年頃まで、うつ病の罹患率の上昇が懸念されています。
気分障害の病態解明、治療法の確立について様々な角度からの研究が推し進められています。
中でも、脳画像研究は、その技術の進歩と共に、脳の活動を直接客観的に捉え可視化できること
から、病因及び病態生理を解明する手段として重要視されています。
大脳特定部位の体積、安静時の神経活動、認知課題施行中の脳活動パターンにおいて、気分
障害患者と健常者との差異が見られることが知られており、これらの違いを詳しく研究することで、
気分障害のより詳細な病態理解、診断、適切な治療が可能になる可能性があります。当研究室
ではこれらのテーマを元に研究を行っています。
現在研究室では、PET(ポジトロンCT)、MRI(磁気共鳴画像)、NIRS(近赤外線スペクトロスコ
ピー)を用いて気分障害の研究が行われています。
1.PETでは、病態、病期、治療などの違いによる、安静時の脳代謝の変化、差異を研究してい
ます。現在までに、うつ状態特有の糖代謝変化、寛解状態でも残存する糖代謝変化、薬物療法と
電気けいれん療法の影響の違い等が判明しています。
2.MRIでは、気分の障害の脳形態基盤を同定する上で、ストレス障害として症状・内分泌等の
面から比較されるPTSDとの脳形態指標と比較検討しています。
3.NIRSでは、認知課題遂行中の脳血流変化パターンを健常者、他精神疾患患者と比較検討
し、病態、病期、臨床指標、遺伝子多型などとの関連性、差異を研究しています。抗うつ薬の効果
予測・効果判定に資するNIRS検査法の開発を目指した自主臨床試験も手がけています。
以上の個別の研究すべてを同一の患者さんに参加いただくことで、それぞれの関連性を検討で
き、より包括的な病態理解に役立てています。
これらの研究を通して、より生物学的な見地に立った診断の見直し、適切な治療法の選択、病
態の理解など、臨床面での治療法の革新に結びつけることを目指しています。具体的には、うつ
病か躁うつ病のうつ相かの正しい判断と、それによる適切な処方の決定、躁転の予防。また、よ
り効果の出やすい薬剤の同定や増量方法、症状改善後の薬物終了時期の判断、再発リスクに
見合ったストレス暴露とその程度の判断といった、現在は経験的で曖昧に判断されていることを、
より客観的に判断できるようになることが期待されます。
上記の研究が進み、結果を組み合わせて統一的な結論を導き出せれば、脳機能画像検査に
よって、その方それぞれに合った最適な個別医療への道が開けるかもしれません。
課題施行中の血流変化の比較
健常者と比較して、うつ病患者
群では、認知課題施行中の血流
が低下していることが分かります。
Normal control
Depression
心的外傷後ストレス性障害(posttraumatic stress disorder; PTSD)
PTSDは戦争体験や大災害・テロ事件といった極めて強いストレスによって引き起こされる心因性
精神疾患ですが、一方で強いストレスに対する反応には個体差が認められ、PTSD発症の背景とな
る神経生物学的基盤を明らかとするため、世界中で脳画像研究などが行われてきました。
われわれは、1995年に起きた東京地下鉄サリン事件の被害者の方々の協力を得て、サリン事件
の際に急性サリン中毒のために救急治療を必要とした方のうち、事件後にPTSDを発症した方では、
PTSD症状が出現しなかった方に比べて前部帯状皮質(Anterior cingulate cortex: ACC)が小さいと
いうことを見出しました(図1)。そしてこの部位が小さい方ほど事件後に出現したPTSD症状が重い
ことを報告しました(Yamasue et al., PNAS, 2003)。ACCはPTSDと機能的に関連することがよく知ら
れていたにもかかわらず、形態的な解析がされていなかったため、われわれの研究成果は世界中
から関心を集め、NHKなどの国内メディアの報道のみならずNature誌やBBCニュースをはじめ国外
でも報道されました(資料1-3)。さらにその後、PTSDと診断された同事件被害者の方での、選択的
注意機能を反映する事象関連電位成分P300b振幅のACCの大きさと関連した減衰(Araki et al.,
Neuroimage, 2005)、ACCの皮質体積減少部位と隣接した帯状束部位における白質繊維走行に関
連した拡散異方性の上昇(Abe et al., Psychiatry Res Neuroimaging, 2006)、などを報告しました。こ
れらの研究成果によって、条件付けられた恐怖反応の消去に重要な役割をもつACCが、PTSDの病
態においても脳形態レベルでも機能レベルでも重要な役割をもつことを示唆しました。
図1.PTSDに伴う前部帯状皮質の灰白質濃度減少(Yamasue et al., PNAS, 2003; 毎日新
聞、Nature, NHKニュースより転載)
こうしたPTSDの脳基盤が、外傷体験以前から存在するストレスへの脆弱性なのか、外傷体験や
PTSD罹患のストレスと関連した後天的な萎縮かについて、われわれは、米国ハーバード大学との
共同研究でベトナム戦争体験によるPTSD患者とその一卵性双生児不一致例を対象に解析しまし
た。右海馬体積減少がPTSDの遺伝要因を反映している一方で(Gilbertson et al., Nat Neurosci,
2002) 、ACC体積減少が、遺伝背景が同一であっても戦争を経験しPTSDに罹患したことで脳形態
が異なることを、明らかにしました(Kasai et al., Biol Psychiatry, 2008)。
図2.一卵性双生児間のPTSDに伴う前部帯状皮質の灰白質濃度減少の違い
(Kasai et al., Biological Psychiatry, 2008より転載)
図3.右海馬体積と不安関連人格特性の関係(Yamasue et al., Cerebral Cortex, 2008より転載)
さらに、外傷体験も精神
疾患ももたない健常者の
中でも、不安耐性の個人
差と脳形態の微細な個人
差が関連するか否かを検
討し、右海馬体積が小さい
ほど不安の高まりやすさを
認めることなどを見出しま
した(Yamasue et al., Cereb
Cortex, 2008)。
広汎性発達障害 (Pervasive developmental disorders; PDD)
広汎性発達障害とは?
広汎性発達障害とは?
広汎性発達障害とは、社会的相互交渉の質的障害、コミュニケーションの質的障害及び、
興味・行動の限定された様式という3つの行動特徴を持つ精神疾患です。Kannerが1943
年に初めて記載した当時は、早発性の統合失調症か否かの議論がなされていました。そ
の後に育て方の問題で自閉的になってしまった子どもたちであるとする心因説が有力視さ
れたりしましたが、てんかんの合併率が高いこと、精神発達遅滞を伴う症例が多いことが
明らかとなり、1970年代以降は神経系の発達障害であるとする考え方が一般的になり、
現在に至っています。
広汎性発達障害の原因は?
広汎性発達障害の原因は
?
広汎性発達障害に生物学的な基盤があることは強く支持されていますが、他の多くの精
神疾患と同様に、現時点では広汎性発達障害の原因は不明です。
広汎性発達障害は家族研究、双生児研究より、複数の遺伝子が関与する多因子疾患
であると考えられています。いくつかの遺伝子が発症に関与していることが疑われていま
すが、現在までの遺伝子研究では一貫した結果を得ることが出来ず、発症の原因となる
遺伝子は明らかになっていません。脳画像研究に関しては脳体積の増大、社会性に関与
する前頭前野、上側頭溝、紡錘状回の異常、あるいは情動に関与する扁桃体の異常が
報告されていますが結果は一定しません。また、近年では模倣の障害に関与するミラー
ニューロン(mirror neuron)の障害、愛着に関与するオキシトシンの異常などに原因解明
の期待が持たれていますが、確立した所見とはなっていません。このように遺伝子研究、
脳画像研究ともに結果が一致せず、近年では広汎性発達障害は、異種性
(heterogeneous)のある症候群である可能性が示唆されています。
広汎性発達障害の原因を明らかにするために
私たちは単一の研究法から得た結果を解析するだけでは、広汎性発達障害の原因を
明らかにするのには不十分であると考えています。そのため、複数の脳画像検査と神経
心理学検査を組み合わせて解析することで、今までに明らかにすることができなかった
広汎性発達障害の原因にせまることを目指しています(図1)。
MRI(fMRI) NIRS MEG ERP 神経心理学検査
組み合わせて解析
広汎性発達障害の原因を明らかに
図1
脳画像・・神経心理学と遺伝子との関係
脳画像
遺伝子の中間表現型(endophenotype)を明ら
かにするために、私たちは双生児、家族を対象
とした脳画像研究、神経心理学研究にも積極
的に取り組んでいます。こうした研究の結果、
遺伝的に規定されている可能性の高い指標と、
そうではない指標が少しずつ明らかになってき
ています(図2)。2008年度からは、昭和大学や
金沢大学との共同による大型の研究グラント
CREST「社会行動関連分子機構の解明に基づ
く自閉症の根本的治療法創出」(次頁)によって
研究をさらに推進していきます。
図2 双生児の両方で上側頭溝、紡錘状回、前頭前野
の体積の減少が認められましたが、扁桃体の体積減
少はうつ病を併発した方でのみ認められました。
CREST 「社会行動関連分子機構の解明に基づく自閉症の根本的治療法創
われわれは、金沢大学と昭和大学との共同研究
計画で、平成20年度から5年間のCREST研究費(5
年間、3億百万円、代表:加藤進昌(昭和大学))を
獲得しました。
自閉症は、社会相互性障害、言語コミュニケーシ
ョン障害、興味限局・常同性を3主徴とする発達障
害です。中でも社会相互性障害は本質的で、当事
者の社会適応を深刻にさまたげ、発達障害をとり
まく社会問題の最大の要因ですが、この社会性障
害に直接有効な従来の薬物療法は皆無でした。
本課題は、社会性障害の薬物療
法を幼児期早期に導入して根本的な
治療効果を目指すという目的のもと、
末梢血及び臍帯血を用いた遺伝子
解析、動物実験、ヒト成人及び幼児で
の臨床試験と脳画像解析を連携して
行うものです。
オキシトシン分泌が低下するCD38
ノックアウトマウスは愛他行動に障害
をきたし、この障害はオキシトシン投
与で改善します(Nature, 2008)。金沢
大学で行動実験を進め、このマウス
が社会性障害モデルとして妥当かを
検証します。
一方、われわれは、成人の自閉症
当事者において、オキシトシン投与に
よる社会性障害の治療効果を検証し
、この治療効果とオキシトシン関連分
子の遺伝子多型との関係を、中間表
現型にfMRI上の脳活動変化などの
画像所見を用いて解明していきます
。
そして、昭和大学で、新生児コホー
トにおいて、家族歴、臍帯血中の関
連遺伝子多型、ろ紙血オキシトシン
低値、脳異常発達などからオキシトシ
ンによる治療効果が予測される例に
は、臨床的発達障害の徴候出現直
後からオキシトシンを投与する幼児
期早期臨床試験に導入します。
これらの研究によって、自閉症に
おける社会性障害の根本的治療法
創出を目指しています。
注意欠陥多動性障害
(Attention deficit hyperactivity disorder; AD/HD)
AD/HDとは
AD/HD
とは?
?
AD/HDとは、発達の水準に不相応で不適応な不注意や多動性
又は衝動性行動を特徴とする障害で、小児期に多く認められる代
表的な精神疾患です。有病率については学童の3~7%、成人の
3.5~5%と報告されています。
歴史的には、1845年ドイツの精神科医が描いた絵本「もじゃも
じゃペーター」に出てくる登場人物“じたばたフィリップ”がAD/HD
について最初に記載した例だといわれています。以降、Lancet等
多くの科学雑誌に掲載、原因の追及が成され、一時期、微細脳機 赤い服を着た男の子が“じたばたフィリッ
能障害といわれました。1960年代、原因追究を半ばあきらめ、障
プ” (ハインリッヒ・ホフマン著「もじゃも
じゃペーター」より ほるぷ出版(1845))
害を症状として捉えるという観点が提示され、「多動」には「不注
意」の症状も併せ持つことが多いと指摘されました。
その後、WHOや、アメリカ精神医学会の診断基準にも含まれる
ようになり、 現在の「多動衝動性優勢型」「混合型」「不注意優勢
型」3つの型に分類された診断基準ができました。
AD/HDの脳画像研究
AD/HD
の脳画像研究
AD/HDは鑑別疾患や併存障害が
多く、症状のみによる診断が難しいと指摘され、病態の解明と、
客観的な診断指標の必要性が求められてきました。近年の脳画
像技術の発展により、エビデンスが重ねられてきています。
例えばMRIを用いた研究により、AD/HD患者の前頭葉-線
AD/HDに関連する脳経路
条体回路の構造的異常が明らかにされました。この経路は、
AD/HDの治療薬として長く使用されてきたリタリン(一般名:塩酸
メチルフェニデート:MPH)などの薬物が、ドーパミン、ノルアドレ
ナリンレセプターを活性化させ、患者の注意力を向上させている
と考えられていたことから、AD/HDの病態に関係していると指摘
されてきた経路でした。
一方、機能的には、AD/HDに特徴的な認知機能障害、特に遂
行機能に着目した研究が多く行われています。例えば遂行機能
を調べるために抑制反応に関する課題が用いられますが、抑制
反応中に関連する脳部位としては、前頭葉に位置する右下前頭
回が報告されています。そこで私達は、AD/HD患者の前頭葉機 特許出願した生体光計測装置における刺
能に着目した、下記のような脳機能画像研究に取り組んでいます。激課題呈示装置及び刺激課題呈示方法
(出願番号: 特願2008-146721)
光トポグラフィーを用いた客観的診断、治療効果予測指標の開発
私達が研究に使用している光トポグラフィーは、脳機能画像計測の中でも簡易に計測でき、また計
測負荷も少なく、子どもにも安全に使用することができます。(光トポグラフィーの項P.6参照)
私達は、上図のような装置を用いた前頭葉機能検査手法を開発し、AD/HD患者の前頭葉の活性化
の特性を調べています。さらにこの結果を、客観的な診断指標の開発につなげたいと考えています。
また、このような客観的な指標は、治療効果の予測指標としても役立つと考えられます。子どもの
AD/HDの治療薬であるコンサータ(MPH徐放剤)は、高い効果がある反面、依存性の問題や子ども
の成長発達への影響が指摘されています。私達は、長期に薬を飲む前に、長期内服後の効果予測
ができるような検査法の開発にも取り組んでいます。
研究成果
最近の研究助成
2005-2007年 精神・神経疾患研究委託費(H17-公2)、代表者:三國雅彦、「脳画像解析と生物学的指標
を用いた精神疾患の診断と治療効果の判定への応用に関する研究」、分担研究者:笠井清登、「脳画像
解析を用いた統合失調症および発達障害の診断・治療効果判定法の開発」
2005-2007年 厚生労働科学研究費補助金、こころの健康科学研究事業(H17-こころ-一般-004)、代表
者:加藤進昌、「広汎性発達障害・ADHDの原因究明と効果的発達支援・治療法の開発―分子遺伝・脳
画像を中心とするアプローチ」、分担研究者:笠井清登、「神経画像学的解析
2005-2007年 厚生労働科学研究費補助金、こころの健康科学研究事業(H17-こころ-一般-009)、代表
者:加藤忠史、「双生児法による精神疾患の病態解明」、分担研究者:笠井清登、「神経画像学的解析」
2006-2007年 科研費・特定領域「統合脳」(18019009)、代表者:笠井清登、「神経画像と分子遺伝の組み
合わせによる人格特性の脳基盤の統合的解明」
2006-2008年 精神・神経疾患研究委託費(H18-指7)、代表者:渡邉義文、「統合失調症治療のガイドライ
ンの作成とその検証に関する研究」、分担研究者:笠井清登、「統合失調症の診断・治療に資する神経画
像検査法の開発」
2006-2008年 科研費基盤B(18390319)、代表者:笠井清登、「統合失調症におけるグルタミン酸神経伝
達異常に対する統合的アプローチ」
2007-2009年 厚生労働科学研究費補助金、こころの健康科学研究事業(H17-こころ-一般-012)、代表者:
岡崎祐士、「思春期精神病理の疫学と精神疾患の早期介入方策に関する研究」、分担研究者:笠井清登、
「PLE体験者と非体験者の脳画像比較と縦断的追跡脳研究」
2006-2008年 科研費基盤A、代表者:加藤進昌「中枢神経系超早期の発達に影響する分子異常に着目
した自閉症脳病態の解明」、分担研究者:笠井清登「神経画像解析」
2008-2010年 精神・神経疾患研究委託費(H20-3)、代表者:三國雅彦、「精神疾患の客観的補助診断法
の標準化と科学的根拠に基づく治療反応性の判定法の確立」、分担研究者:笠井清登、「神経画像を用
いた統合失調症・発達障害の客観的補助診断法の標準化と治療反応性の判定法の確立」
2008-2010年 厚生労働科学研究費補助金、こころの健康科学研究事業(H20-こころ-一般-001)、代表
者:福田正人、「脳画像にもとづく精神疾患の臨床病期概念の確立と適切な治療・予防法の選択への応
用についての研究」、分担研究者:山末英典・笠井清登
2008-2009年 科研費・特定領域「統合脳」(20023009)、代表者:笠井清登、「遺伝子・生化学マーカー・神
経画像解析を組み合わせた統合失調症の進行性脳病態の解明」
2008-2009年 科研費若手B、代表者:山末英典、「オキシトシンによる社会性侵害の改善の脳基盤解明
と、脳画像指標による改善効果の予測」
2008-2009年 科研費若手B、代表者:荒木剛、「事象関連電位(ガンマ帯域解析)による統合失調症のセ
ルフモニタリング異常の検討」
2008-2009年 科研費若手B、代表者:山崎修道、「統合失調症患者の気質・性格と認知機能・社会機能
の関連について」
2008-2014年 CREST 代表者:加藤進昌「社会行動関連分子機構の解明に基づく自閉症の根本的治療
法創出 」、分担研究者:山末英典
主要業績(2008年
主要業績(2008
年9月現在)
査読付き国際誌への掲載論文数
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
or in
press
1
5
2
4
13
8
9
11
14
10
12
主要論文
Yamasue H, Kakiuchi C, Tochigi M, Inoue H, Suga M, Abe O, Yamada H, Sasaki T, Rogers MA, Aoki S, Kato T, Kasai K:
Association between mitochondrial DNA 10398A>G polymorphism and the volume of amygdala. Genes Brain Behav 7:
698-704, 2008
Takei K, Yamasue H, Abe O, Yamada H, Inoue H, Suga M, Sekita K, Sasaki H, Rogers M, Aoki S, Kasai K: Disrupted
integrity of the fornix is associated with impaired memory organization in schizophrenia. Schizophr Res 103: 52-61, 2008
Yamasue H, Abe O, Suga M, Yamada H, Rogers MA, Aoki S, Kato N, Kasai K: Sex-linked neuroanatomical basis of human
altruistic cooperativeness. Cereb Cortex 18: 2331-2340, 2008
Takizawa R, Kasai K, Kawakubo Y, Marumo K, Kawasaki S, Yamasue H, Fukuda M: Reduced frontopolar activation during
verbal fluency task in schizophrenia: a multi-channel near-infrared spectroscopy study. Schizophr Res 99: 250-262, 2008.
Kasai K*, Yamasue H*, Gilbertson MW, Shenton ME, Lasko NB, Rauch SL, Pitman RK (*equal contribution): Evidence for
acquired pregenual anterior cingulate gray matter loss from a twin study of combat-related post-traumatic stress disorder. Biol
Psychiatry 63: 550-558, 2008.
Yamasue H, Abe O, Suga M, Yamada H, Inoue H, Tochigi M, Rogers MA, Aoki S, Kato N, Kasai K: Gender-common and specific neuroanatomical basis of human anxiety-related personality traits. Cereb Cortex 18: 46-52, 2008.
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画像またはイラスト
Cognitive Psychobiology Research Group
東京大学医学部附属病院精神神経科 CP研
〒113-8655 東京都文京区本郷7-3-1
TEL : 03-5800-9263
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