抗HIV薬 血中濃度測定マニュアル - 抗HIV薬の薬物動態に関する臨床研究

第2版
抗H I V薬
血中濃度測定マニュアル
厚生労働科学研究費補助金エイズ対策研究事業
「国内で流行するHIVとその薬剤耐性株の動向把握に関する研究」班
研究代表者
杉浦 亙
国立病院機構名古屋医療センター
はじめに
HIV感 染 症の治療 の成 功は、患者の服 薬アドヒアランスに大きく依 存していることは
周知の通りです。有効な抗HIV療法も様々な副作用や薬物間相互作用が出現すれば、服薬
アドヒアランスが低下し、やがて服薬の中断あるいは治療失敗につながることもあります。
また、薬 剤 耐 性を獲 得すれば、抗 HI V 薬 の 変 更を余 儀 なくされ、結 果として選 択 肢 が
狭まってしまうことになります。従って、抗HIV薬の有効性を保ちつつ、副作用・相互作用の
出現を最小限 度に留めることは臨床的意義があります。薬物動態学的観点から抗HIV薬
の有効性を維持するためには、抗HIV薬の血中濃度を一定値以上に保つことと、副作用が
発現した場合でも有効血中濃度内でのコントロールが求められます。抗HIV療 法は、多剤
併用療法が行われることに加え、抗HIV薬以外の薬剤を併用する機会も数多くみられます。
遺伝子多型など個々の薬物動態を十分に把握し、相互作用を理解するとともに、有効性・
安全性の最適な管理を実現するためにも治療薬物モニタリング(TDM)は重要です。
今回、厚生労働科学研究費補助金エイズ対策研究事業「国内で流行するHIVとその薬剤
耐性株の動向把握に関する研究」班で「抗HIV薬血中濃度測定マニュアル」を作成しました。
臨床現場において、抗HIV薬の血中濃度測定を検討する際の資料としてご活用いただければ
幸いです。
2015年1月
分担研究者 吉野 宗宏
国立病院機構大阪医療センター 薬剤科
抗HIV薬血中濃度測定マニュアル 第2版 2015年1月発行
厚生労働科学研究費補助金エイズ対策研究事業
「国内で流行するHIVとその薬剤耐性株の動向把握に関する研究」班
作 成 吉野 宗宏(分担研究者)国立病院機構姫路医療センター 薬剤科
矢倉 裕輝(研究協力者)国立病院機構大阪医療センター 薬剤科
櫛田 宏幸(研究協力者)国立病院機構大阪医療センター 薬剤科
冨島 公介(研究協力者)国立病院機構大阪医療センター 薬剤科
発行者 杉浦 亙 (研究代表者)国立病院機構名古屋医療センター
1
目 次
はじめに
1
第1章 抗HIV薬の血中濃度測定について
3
1.どのような時に血中濃度測定を考慮するのか?
3
2.適正な血中濃度測定とは
3
3.測定のタイミングは
5
4.測定時期は
5
5.目標濃度は
6
第2章 測定の実際について
7
1.測定方法
7
2.依頼から測定結果報告までの流れ
7
3.測定できる薬剤は
8
第3章 2
2
遺伝子多型の測定について
9
第 4章 血中濃度測定 Q&A
10
参 考 ) 薬物間相互作用のデータベースの紹介
12
参考文献
12
第1章
抗HIV薬の血中濃度測定について
1. どのような時に血中濃度測定を考慮するのか?
血中濃度の測定の目的は以下のようなものが挙げられます。
1)服薬アドヒアランスの確認
2)治療効果の確認
3)薬物間相互作用の確認
4)副作用が発現した場合
5)耐性ウイルス発現の可能性が疑われる場合
など
2. 適正な血中濃度測定とは
抗HIV薬は、薬剤ごとに定められている有効血中濃度以上の濃度を
常に保つことが重要です(図1)。
図1
適正な濃度の場合
副作用発現の危険域
薬
物
濃
度
服薬
有効濃度
服薬
服薬
服薬
服薬
効果不良域
時 間
抗ウイルス効果が良好であり、副作用発現のリスクも低い
3
濃度が低くなりすぎると、抗ウイルス効果の不良、
耐性ウイルスを誘導してしまうことが懸念されます(図2)。
図2
濃度が低い場合
副作用発現の危険域
薬
物
濃
度
有効濃度
服薬
服薬
服薬
服薬
服薬
効果不良域
想定される状況
時 間
抗ウイルス効果が不良であり、耐性ウイルスの発現のリスク
①服薬アドヒアランス不良
②薬物間相互作用
③吸収不良 など
濃度が高くなりすぎると、副作用の発現が懸念されます(図3)。
図3
濃度が高い場合
副作用発現の危険域
服薬
薬
物
濃
度
服薬
服薬
服薬
服薬
有効濃度
効果不良域
時 間
抗ウイルス効果は問題なし、副作用の発現のリスク
4
想定される状況
①薬物間相互作用
②過量服薬 など
3. 測定のタイミングは
最も重要な血中濃度測定ポイントは投与直前の値、血中濃度の山が続いていて、
谷間(トラフ)という意味でトラフ値ともいいます(図4)。
図4
トラフ濃度とは
副作用発現の危険域
薬
物
濃
度
服薬
有効濃度
服薬
服薬
効果不良域
服薬
服薬
ここがトラフ値
時 間
血中濃度測定では、トラフ値の測定を基本とします。最高血中濃度(ピーク)については、
効果 及び 副作用との関連を示すデータは報告されていません。抗HIV 薬の薬 物動態は、
個人差が大きく、PK-PD理論も確立していないことから、現時点においては、ガイドライン等
で薬剤ごとに目標濃度が定められているトラフ値を測定し、評価することをお勧めします。
4. 測定時期は
測定時期については、薬剤の半減期、代謝酵素や誘導・阻害作用によっても異なりますが、
一般的には、酵素誘導等が行われ、体内の血中濃 度の推移が定常状態に落ち着いた時期
(投与開始14日目以 降)での測定 が 望ましいとされています。投与開始直後に副作用が
発生し、血中濃度測定を行っても、血中濃度が定常状態に達していない可能性もあること
から、投与開始14日目以降に再度、血中濃度を確認していただくとよいと思います。
5
5. 目標濃度は
DHHSガイドライン1)では薬剤ごとに目標トラフ濃度が
定められています(表1)。
表1
DHHSガイドラインに記載されている目標濃度(トラフ)
薬剤名※
濃度(ng/mL)
APV(FPV)
400
IDV
100(130nM)
LPV
1,000
NFV
800
RTV
2,100
SQV
100ー250
ATV
150
EFV*
1,000(3,170nM)
NVP
3,000
MVC
>50
厚生労働省抗HIV治療ガイドライン2)より抜粋
*EFVについてはめまい、ふらつきといった中枢神経系の副作用が高頻度に発現するため、
服薬時間は原則眠前です。また、半減期が長いこともあり、目標濃度は14時間値です。
※APV:アンプレナビル、FPV:ホスアンプレナビル、IDV:インジナビル、LPV:ロピナビル、
NFV:ネルフィナビル、RTV:リトナビル、SQV:サキナビル、ATV:アタザナビル、
EFV:エファビレンツ、NVP:ネビラピン、MVC:マラビロク
6
第2章
測定の実際について
1. 測定方法
抗HIV薬の血中濃度測定については、厚生労働科学研究費補助金エイズ対策研究事業
「抗HIV薬の血中濃度に関する臨床研究(http://www.psaj.com/)」研究班を経由して
費用の負担なしで測定を依頼することができます。
ホームページにアクセスし、ID ・パスワードを取得後、必要事項と測定希望薬剤を入力
すれば、採血管が各施設 宛に送付されます。同時に血中濃 度 測定に関するプロトコール、
報告用ケースカードが自動送付されます。
2. 依頼から測定結果報告までの流れ
図5
依頼から測定結果報告までの流れ
申込み施設
1
4
測定依頼画面から送信
(またはFAX送信)
ケースカード
ダウンロード
3
ケースカード回収
採血管、
依頼伝票
4
国立病院機構
大阪医療センター
(事務局)
3
採血管、
送付依頼
5
5
2
検体回収
検査結果報告
㈱BML
検査結果報告
(検査委託先)
①血中濃度測定を希望する施設は、氏名、所属施設等を研究班のホームページに入力しID、パスワードを取得する。
測定希望薬剤名、本数等を入力し送信する。
②事務局より、㈱BMLへ採血管の郵送を依頼。
③㈱BMLより、測定依頼伝票、採血管等が申し込み施設へ郵送される。
同時に血中濃度測定に関するプロトコール、報告用ケースカードが電子メールにて申し込み施設へ送付される。
④採取後、申し込み施設は㈱BMLにて検体回収を行う。同時に報告用ケースカードを事務局に送信する。
⑤結果は㈱BMLより、申し込み施設・事務局宛に郵送される。
7
3. 測定できる薬剤は
測定可能薬剤は以下に示す通りです *(表2)。
表2
測定可能な薬剤一覧(2015年1月現在)
薬剤のカテゴリー
薬 剤名※
NRTI
NNRTI
PI
INSTI
CCR5I
TDF(テノホビルとして)
EFV、ETR、NVP、RPV
ATV、DRV、FPV(アンプレナビルとして)、LPV、RTV
RAL、EVG 注)、DTG
MVC
注)EVGのブースターとして併用するCOBIの測定も可能です。
*提出検体は原則として 1 薬剤につき、1 検体必要です。但し、EFV、ATV、FPV、LPV、RTVは
同時測定可能であるため、これらの薬剤の中で複数の測定を希望される場合は、
1 検体の提出で測定可能です。以下に、例を示します。
例1)TDF、DRV、RTVを測定したい → それぞれの薬剤の検体が必要(計3検体)
例2)TDF、LPV、RTVを測定したい → TDFで 1 検体、LPVとRTVは同時測定のため1 検体(計2検体)
※TDF:テノホビル ジソプロキシルフマル酸塩、EFV:エファビレンツ、ETR:エトラビリン、NVP:ネビラピン、
RPV:リルピビリン、ATV:アタザナビル、DRV:ダルナビル、FPV:ホスアンプレナビル、LPV:ロピナビル、
RTV:リトナビル、RAL:ラルテグラビル、EVG:エルビテグラビル、DTG:ドルテグラビル、MVC:マラビロク、
COBI:コビシスタット
8
第3章
遺伝子多型の測定について
エファビレンツの場合、
という遺伝子多型を持つ人は薬の代謝が遅れ血中濃度が高く
なり 、ふらつきやうつ症 状が 強く現れることが報告されています。遺伝 子 型
1)
を正確に
決 定するためには少なくとも5カ所 の 多 型を調 べる必 要があります。しかし、日本人での 検 討
結 果ではG516Tの解 析結果 が「T/ T(変 異 型ホモ)」の人は、ほぼ
であるということが
わかっています( 図6) 。投 薬 前に遺伝 子 多 型を解 析することで、副 作用予 測が でき投 薬 量を
3)
調節できる可能性があります。
図6
(516TT)保有とEFVの血中濃度
(ng/mL)
15,000
12,000
9,000
EFV
6,000
3,000
0
G516T genotype
& allele type
G/G
non-* *
(n=67)
* (■)
,*
G/T
(■)-heterozygote
(n=28)
*
*
T/T
(●),* *
(n=16)
(●)
EFV:standard dose
(600mg)
mean±SD
Gatanaga H, et al. : Clin Infect Dis. 2007 ; 45(9) : 1230-1237.
9
第4章
血中濃度測定
Q & A
Q1
結果報告までどれ位の期間がかかりますか?
A
原 則として、薬 剤ごとに1ヵ月に1回、測定を行っています。測定スケジュールに
1
ついては、メーリングリストに登録している方を対 象に「psaj.com News」を
月1回配信しています。
例えば、測 定 開 始日が1月10日→ 報 告日が1日20日の 場合、1月10日までに
受け付けた検体の結果を1月20日に発送しますので、1月9日に提出された検体
は約10日で結果が届きます。1月10日以 降に受け付けた検体は次 月の測定と
なりますので、結果が届くまで1ヵ月以上かかることになります。
Q2
倫理委員会で審議する必要がありますか?
A
血中濃度測定が治療上必要な場合は、倫理委員会で検討する必要がない可能性も
2
ありますが、測定は保険適応となっておりませんので、倫理性の検討については、
施設ごとでご判断いただき、
必要に応じて倫理委員会にご相談いただいております。
Q3
DHHSガイドラインに目標トラフ濃度が定められていない薬剤の評価は?
A
ガ イドラインに目 標 濃 度 が 定めら れて い な い 薬 剤 で あって も 、インタビュー
3
フォームに目標 濃 度(例:DRV)が 記 載されているものや、EC 5 0 やIC 9 5 が 記 載
されています。それらの値を参考にすることをお勧めします。
また、DHHSガイドラインでは過去の臨床試験で測定されたトラフ濃度の中央値
が示されている薬剤(DRV、ETR、RAL)もあります(表3)。
表3
過去の臨床試験で測定されたトラフ濃度の中央値が示されている薬剤
薬剤名※
濃度(ng/mL)
DRV(1,200mg/分2)
ETR
RAL
3,300(1,255ー7,368)
275(81ー2,980)
72(29ー118)
厚生労働省抗HIV治療ガイドライン2)より抜粋
※DRV:ダルナビル、E TR:エトラビリン、RAL:ラルテグラビル
10
Q4
テノホビルの濃度はどのように評価すればよいのでしょうか?
A
テノホビルを含 む 核 酸 系 逆 転写 酵 素 阻害 剤は 細 胞 内でリン酸 化された 上で、
4
抗HIV作用を発 揮し、細 胞内濃 度が治療 効果に影 響するとされていますので、
血中濃 度は治療 効果の指 標には適さないとされています。しかし、腎機能障害
を発現した症例において、テノホビルのトラフ値が高かったとの報告4)もあるため、
多くの場合、服 薬アドヒアランスの確認と腎機能障害発 現の指標に利用されて
います。
Q5
採血した検体はどのように保存して提出すればよいのでしょうか?
A
採血した検体を速やかに遠心分離(3,000rpm、10分間)し、血漿を分取後、原則
5
として−80℃で凍結保管して提出してください。
Q6
血中濃度が高い・低い場合は、投与量を調整するのでしょうか?
A
血中濃度が高い場合は副作用発現に、低い場合は治療効果に注意を払うための
6
指標となりますが、治療効果判定は血中濃度のデータだけではなく、他の情報と
合わせて行なう必 要があります。抗HIV 薬は薬 剤によって、血中 濃 度の評 価は
定まっていないのが 現 状です。血中濃 度が 高い場合や低い場合には、専門家に
ご相談ください。
11
参考)薬物間相互作用のデータベースの紹介
1)
「抗HIV薬の血中濃度に関する臨床研究」
http://www.psaj.com/index.htm
2)University of California, San Francisco「HIVinsite」
http://hivinsite.ucsf.edu/
3)University of Liverpool「www.hiv-druginteractions.org」
http://www.hiv-druginteractions.org/
参考文献
1)The Depar tment of Health and Human Ser vices : Guidelines for the Use of
Antiretroviral Agents in HIV-1-Infected Adults and Adolescents, revised on
November 13, 2014.
2)平成25年度厚生労働科学研究補助金エイズ対策研究事業,HIV感染症及びその合併症の課題
を克服する研究班 (主任研究者 白阪琢磨) : 抗HIV治療ガイドライン, 2014年3月.
3)Gatanaga H, Hayashida T, Tsuchiya K, Yoshino M, Kuwahara T, Tsukada H, Fujimoto
K, Sato I, Ueda M, Horiba M, Hamaguchi M, Yamamoto M, Takata N, Kimura A,
Koike T, Gejyo F, Matsushita S, Shirasaka T, Kimura S, Oka S. Successful efavirenz
dose reduction in HIV type 1-infected individuals with cytochrome P450 2B6 *6
and *26. Clin Infect Dis. 2007 ; 45(9) : 1230-1237.
4)Rodríguez-Nóvoa S, Labarga P, D'avolio A, Barreiro P, Albalate M, Vispo E, Solera C,
Siccardi M, Bonora S, Di Perri G, Soriano V. Impairment in kidney tubular function in
patients r e c eiving teno f ovir is asso ciate d w it h hig he r teno f ovir plasma
concentrations. AIDS. 2010 ; 24(7) : 1064-1066.
12