1 第 1 章の補足資料(消費税はだれが負担するのか) 消費税のしくみ

第 1 章の補足資料(消費税はだれが負担するのか)
消費税のしくみ
日本の消費税は付加価値税(value added tax、VAT)と呼ばれる税の一種であり、卸
売り・小売りの各段階で生み出された付加価値に対して課税する。売り手が納税の義
務を負っているので、消費税を上乗せした価格で販売する。現行の消費税率が 8%で
あるため、税抜き価格が 100 円の商品の販売価格は 100+8=108 円となる。しかし販
売者が 8 円すべてを税務署に納付するとは限らない。
図表 1
農家
税抜価格
100 円
消費税の負担
製粉会社
消費税
8円
パン屋
税抜価格
消費税
100 円
8円
100 円
税抜価格
消費税
100 円
8円
200 円
16 円
8円
販売額:108 円
販売額:216 円
販売額:324 円
納税額: 8 円
納税額: 8 円
納税額: 8 円
図表 1 は、第 0 章の補足資料の図表 1 の取引に消費税を課す場合、どのように税金
が納付されるかを示したものである。農家は原価 100 円の小麦に 8 円の消費税を上乗
せして販売し、その 8 円を税務署に納付する。製粉会社はもともと 200 円で小麦粉を
販売していたので、税抜きの販売価格が変化しない場合1、それに 200×0.08=16 円を
上乗せした 216 円で販売する。しかし製粉会社は小麦の仕入れ価格の上昇によってす
でに 8 円分の消費税を負担しているので、16 円から 8 円を引いた 8 円だけ税務署に納
付する。同様に、パン屋は 300 円のパンに 300×0.08=24 円の消費税を上乗せして販
売するが、小麦粉の仕入れ価格の上昇によって 16 円分の税を負担しているため、24
-16=8 円を税務署に納付することになる。
図表 1 では、太線で囲まれた値が付加価値、網掛けした値が自ら納税する消費税額、
1
ただしすぐ後に説明するように、現実には税金が課されると税抜き価格も変化する。
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破線で囲まれた値が仕入れ価格の上昇によって間接的に負担した税額を表している。
これを見ると、消費税が付加価値に対して課税する付加価値税であることがよく分か
るだろう。
誰が消費税を負担するのか
「消費税は企業優遇、消費者いじめの悪税だ」と言われることが多い。確かに、図
表 1 では最終財であるパンの税込価格が 300 円から 324 円に上昇し、直接的な納税者
が誰かは別として、けっきょくのところ消費者がすべての税金を負担しているように
見える。しかし企業が消費税をまったく負担せず、消費者だけが負担すると考えるこ
とは誤りである。なぜなら、消費税が課されると、税込みの販売価格だけでなく、税
抜きの販売価格も変化するからである。
図表 2
消費税の取引価格への影響
(a)需要の価格弾力性小・
(b)需要の価格弾力性大・
供給の価格弾力性大
供給の価格弾力性小
価格
価格
S’
S’
G
a円
S
E
1,000 円
b円
a円
G
S
1,000 円
E
D
b円
D
需給量
需給量
上の図はテキスト 34 ページとほぼ同じものである。左パネルでは需要の価格弾力
性が小さく、供給の価格弾力性が大きい。右パネルでは、需要の価格弾力性が大きく、
供給の価格弾力性が小さい2。消費税導入前の取引価格はどちらも 1,000 円である。
2
テキスト 26 ページで解説されているように、
「価格弾力性」とは、価格が変化したときに
需要や供給がどれだけ柔軟に変化するかを表している。第 2 章でより厳密に定義する。
2
「租負担」を正確に分析するためには第 4 章で学ぶ余剰という概念を知る必要があ
るが、ここでは「課税後に売り手と買い手が直面する価格がどれだけ変化するか」を
基準として負担の大小を考えてみよう。パネル(a)と(b)のどちらにおいても購入
者が支払う税込価格は a 円、販売者が受け取る税引き後の価格(税抜価格)は b 円で
ある。消費者(購入者)はもともと 1,000 円で購入していた財を a 円で購入するよう
になるので、 (a 1,000) 円が税負担である。生産者(販売者)はもともと 1,000 円で
販売していた財を実質的に b 円で販売するようになるため、 (1,000  b) 円が税負担と
なる。
パネル(a)では (a 1,000) 円> (1,000  b ) 円なので、主として買い手(消費者)が
消費税を負担している。一方、パネル(b)では (a 1,000) 円< (1,000  b ) 円であり、
主として売り手(生産者)が消費税を負担している。このことから、
① 消費税は原則的に売り手と買い手の両方が負担する
② 売り手と買い手のうち、価格弾力性が低い(=価格変化に対して柔軟に行動を変
えることが難しい)経済主体がより多くの税を負担する
ことが分かる。
「価格弾力性が低い」=「価格の変化に対して柔軟に行動を変えるこ
とが難しい」=「価格の変化という環境変化に弱い」と考えれば納得できるだろう。
消費税は金持ち優遇政策か
消費税は「金持ち優遇・庶民いじめの税金」と言われることも多い。この言葉には
二つの意味合いがある。第一に、所得税と異なり、消費税は商品やサービスの取引に
対する課税であるため、いくら所得が多い人でもお金を使わずに貯蓄してしまえば課
税されない。一般に、低所得者は高所得者より生活が苦しく貯蓄率が低いので、所得
に対する比率で見ると消費税の負担が重くなる。
図表 3 はそうした例を示したものである。A さんは年収が 200 万円しかなく、その
すべてを生活費として支出している。消費税率が 8%なら税額は 200×0.08=16 万円
となり、収入に対する納税額の比率も 8%である。一方、B さんは年収が 600 万円あ
り、そのうち 300 万円だけ支出している。税額は 300×0.08=24 万円であり、税額そ
のものは A さんより多い。しかし所得に対する納税額の比率は 24÷600=0.04=4%で
あり、A さんの半分になる。このように、所得が増えるほど所得に対する税額の比率
が下落する税を逆進的な税と呼ぶ。
ただし消費税の逆進性を問題とすべきかどうかはよく考える必要がある。第一に、
B さんは 300 万円の貯蓄をいずれ取り崩して支出すると思われ、長い期間で均して見
れば、所得に対する税負担は A さんと同じである。第二に、仮に A さんがすでにリ
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タイアした高齢者で、200 万円は年金収入だとしよう。A さんは現役時代に自宅を購
入し、住宅ローンも完済しているので、それほど生活費はかからない。一方、B さん
は若いサラリーマンで、将来の住宅購入に備えてコツコツと貯蓄している。それでも
A さんの税負担が B さんの税負担に比べて「不当に」重いと言えるだろうか。第三に、
税金は消費税だけではないので、負担の公平性はすべての税金を綜合して考えるべき
である。日本の所得税は収入の増加とともに税率が上昇する累進税方式を採用してい
るので、B さんは A さんより所得税の金額が多いだけでなく、所得に対する納税額の
比率も高くなっているはずである。また、日本では年金所得に対する所得税率が非常
に低く抑えられているので、A さんが年金生活者の場合、税負担はいっそう軽くなっ
ているはずである。集められた消費税が低所得者の支援に使われている場合、B さん
の支払った税金は A さんが受け取っているかも知れない。
図表 3
所得と貯蓄、消費税の関係
A さん
B さん
所得=200 万円
所得=600 万円
貯蓄 300 万円
消費 300 万円
消費 200 万円
消費税=16 万円
消費税= 24 万円
消費税が庶民に冷たい税だと言われることにはもう一つ理由がある。先に見たよう
に、消費税では価格弾力性の低い経済主体の負担が大きくなるため、需要の価格弾力
性が低い財では売り手より買い手の負担が大きくなる。私たちが購入する商品やサー
ビスの中には生活必需品と奢侈品(ぜいたく品)が含まれるが、必需品の性質が強い
財ほど需要の価格弾力性は低い。低所得世帯と高所得世帯を比較すると、低所得層で
は奢侈品への支出が少なく、支出総額に占める必需品の比率が高い。したがって低所
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得者と高所得者の支出総額が同一でも、消費税が課されて税込価格が上昇した場合、
低所得者の方が商品やサービスの購入量を減らして対応することが難しく、税負担が
多くなる可能性がある。
図表 4 は主要国における付加価値税(消費税率)の基本税率と食料品に対する適用
税率を示したものである。諸外国の中では基本税率が 20%前後の国が多く、国際的に
見て日本の税率は低い。これは付加価値税には他の税に比べて景気の影響を受けにく
い、節税や脱税が難しく徴税コストが小さいなどの利点があり、諸外国がそのことを
よく理解しているからである。
第二に、基本税率が 20 %を上回る国のほとんどは食料品に軽減税率を適用してい
る。これは一面では上記の逆進性や低所得層負担の緩和を意図したものだが、実際は
国民に高率の基本税率を受け入れさせるための政治的妥協の産物という性質が強い。
すなわち、政府の本音ではこうした例外措置は行いたくなかったが、国民の反発を避
けるためにやむを得ず導入したということである。
なぜ当局は必需品の税率軽減を好まないのだろうか。一つの理由は税収が減少する
ことだが、それだけが理由ではなない。第二の理由は、品目によってバラバラの税率
を設定すると、納税や徴税が複雑になり、脱税や節税の余地が生まれるなど、付加価
値税のメリットが減少してしまうことである。第三に、現代の社会では何が必需品で
何が奢侈品かがはっきりせず、政治的な駆け引きによって恣意的な線引きが行われや
すくなる。たとえばコメなどの主食は必需品、外食は奢侈品だと考えられることが多
いが、コメの中にも高価格のブランド品があり、外食の中でもファーストフードなど
は学生や低所得層の利用度が高い。
日本政府はもともと 2015 年 10 月に消費税率を 10%に引き上げる予定だったが、景
気不振を理由に 2017 年 4 月まで延期した。この資料の執筆時点では再延期が議論さ
れているが、次の税率引き上げ時に飲食料品(酒と外食をのぞく)と宅配の新聞に軽
減税率を導入することが決まっている。現在は自民党と公明党が与党であり、庶民政
党を自任する公明党が軽減税率を強く主張し、自民党が安全保障関連法案などに抵抗
する公明党を懐柔するためにそれを受け入れた。経済学者や税務の専門家の大半は軽
減税率に反対したが、こうした意見はほとんど顧みられなかった。また、客観的な立
場から評価すべき新聞各社も、新聞への軽減税率適用という餌につられて批判的な報
道を自粛してしまった。この件は、一国の政策形成が本質的に政治的なものであり、
必ずしも合理的な考えにもとづいていないことをよく表している3。
3
現在も、土地の売買や家賃、医療サービス、一部の教育費は非課税品目とされている。大
学の入学金や授業料も非課税なので、皆さんもその受益者である。これらを非課税にするこ
とが(皆さんにとってでなく)社会的に望ましいかを考えてみてもらいたい。
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図表 4
国名
世界各国の付加価値税率(2015 年 1 月現在)
(A)基本税率
ハンガリー
デンマーク
スウェーデン
ノルウェー
クロアチア
アイスランド
ルーマニア
フィンランド
ギリシャ
アイルランド
ポーランド
ポルトガル
イタリア
スロベニア
ラトビア
ベルギー
リトアニア
チェコ
オランダ
スペイン
オーストリア
エストニア
スロバキア
イギリス
ブルガリア
フランス
ドイツ
キプロス
チリ
マルタ
トルコ
イスラエル
中国
ルクセンブルグ
メキシコ
キプロス
ニュージーランド
フィリピン
オーストラリア
韓国
インドネシア
スイス
日本
シンガポール
タイ
カナダ
台湾
27
25
25
25
25
24
24
24
23
23
23
23
22
22
21
21
21
21
21
21
20
20
20
20
20
20
19
19
19
18
18
18
17
17
16
15
15
12
10
10
10
8
8
7
7
5
5
(B)食料品適用税率
18
25
12
15
5
11
24
14
13
0
5
6
10
9.5
21
6
21
15
6
10
10
20
20
0
20
5.5
7
5
19
0
8
18
13
3
0
5
15
0
0
10
0
2.5
8
7
0
0
0
(A)-(B)
9
0
13
10
20
13
0
10
10
23
18
17
12
12.5
0
15
0
6
15
11
10
0
0
20
0
14.5
12
14
0
18
10
0
4
14
16
10
0
12
10
0
10
5.5
0
0
7
5
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(資料)財務省ホームページ。
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