私たちの平和‐キリスト、分け隔ての壁を取り除き、二

2012 年11月
『私たちの平和‐キリスト、分け隔ての壁を取り除き、二つのものを一つにしてくださる。』
市岡
之俊
「実に、キリストご自身こそ、わたしたちの平和であり、互いに離れていた二つのものを一つにした方です。
キリストはご自分の体によって、人を隔てていた壁、すなわち、敵意を取り除き、かずかずの規定を伴う
おきてからなる律法を無効にし、二つのものをご自分に結びつけることによって、一人の『新しい人』に
造り上げ、平和を実現しました。すなわち、キリストは十字架によって、互いに離れていた二つのものを
一つの体とし、神と和解させてくださいました。ご自身において敵意を根絶させられたのです。
」
(エフェソの教会への手紙 2 章 14-17 節)
私たちのうちに、様々な壁があります。人と人、国と国、そして自分自身のうちにも、時に癒しがたい壁に
出会うこともあります。同時に、東ドイツと西ドイツの間にあった「ベルリンの壁」が取り壊され始めた時に
私たちは、人間にとって固く壊し難いと信じられていた長い間の壁も、瞬時に消え去る体験をもしました。
「だから、目を覚ましていなさい。いつの日、主がおいでになるか、あなたたちは知らないからである。
」
(マタイによる福音書24章 42 節)
弟子たちは、イエスさまを十字架につけてしまった時、自分たちと神さまとの間に、決してこれから超える
ことも出来ない永遠の壁を作ってしまった、と感じました。しかしイエスさまは、まるで「ベルリンの壁」が
突然に崩れ去っていったように、
「十字架の輝き‐復活」の時は必ずやってくることを、ご自身の復活を通して
お示しになりました。イエスさまのご復活は、私たちと神さまとの間を隔てていた壁を、根本から取り崩し、
私たちを神さまと真に和解させ、決して消えることのない「平和」を実現してくださいました。栄えある傷の
残る両手で、一緒にパンと魚を分かち合い、食べられながら、
「あなたがたに平和があるように」
(ヨハネ 20・19)
と弟子たちに語られたイエスさまは、私たちにも同じ食卓を囲まれるミサの中で、「みことば」を語られます。
「わたしは平和をあなたがたに残し、わたしの平和をあなたがたに与える。
」
(ミサ典礼書「交わりの儀」
)
いつか、お隣の韓国と北朝鮮を隔てる 38 度線の壁も、乗り越えられる時が来るようにと願ってやみません。
同時に、私たちがアジアの国々に与えてしまった罪の赦しを願い、主の平和が実現されますようにと祈ります。
「主の平和」はまず、神さまと私たち人間との間にある壁、愛の隔たり、拒絶、罪、暗闇、悪を取り除き、
国と国、人と人、共同体、家族、そして自分自身の中にも歴然と存在する分裂の壁をも、乗り越えさせていき
ます。そのためにもまず、私たちの中にある「硬い壁」とは何なのか、そこに主の平和と愛、救いの力が介入
(intervention)してくださるように主に願い、毎日の祈りと思い、行いを、主にささげていくことから出発
いたしましょう。
『今年の秋は大切なこと、神さまの恵みと祝福がいっぱいです。』
・10 月 11 日 信仰年のはじまり
- 教会が第2バチカン公会議で頂いた恵みと実りを、感謝のうちに振り返る時です。
・11 月 11日 横浜教区長・ラファエル梅村昌弘司教様の磐田教会、掛川教会の公式訪問
- 共同体の感謝の喜びとお祈りのうちに、司教様を暖かくお迎えしましょう。
・11 月 18 日 カンペンハウド神父様を招いての西部地区・典礼研修会(浜松教会)
- 私たちの「日常生活と典礼」について、分かりやすくお話し下さいます。
・11 月 24 日 横浜天主堂献堂(日本再宣教)150 週年記念 感謝ミサ・講演会(横浜パシフィコ)
- 開国後の日本の教会の歩みに、司教様ともに感謝をささげましょう。
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