ユニバーサルデザ インの社会保障に よる生活の改善

分科会番号 21
ユニバーサルデザ
インの社会保障に
よる生活の改善
西南学院大学 小川浩昭ゼミナール B チーム
李真雅、小川将明、桑木麻衣、
津田隆太郎、堀田直矢、渡邊貴大
目次
第1章
弱体化した社会連帯の新たなあり方
第2章
現代の社会保障の問題
第3章
ユニバーサルデザインの社会保障
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10
15
20
25
1
第1章 弱体化した社会連帯の新たなあり方
現在、日本では世界でも類を見ない速さで少子高齢化が進んでおり、それに加えて経済
の悪化も深刻なものとなっている。このような厳しい現状が、国民へ社会保障に対する不
安をますます募らせている。国民がより信頼でき、安心して暮らすことのできる、充実し
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た社会保障を目指すためには、どのような改善策が必要であろうか。
そこで、私たちは、今日の社会保障の希薄化は、弱体化した社会連帯の影響を受けてい
ると考えた。社会保障の根拠は、人と人との助け合い、つまり、社会連帯であるが、福祉
国家における社会連帯の基盤となってきたのは、地域と職域におけるつながりであった。
しかし、現在では、転職や非正規雇用の増加などのサービス産業化や、公共事業などによ
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る地方への移転の縮小によって地域のつながりが弱体化している。
そもそも、社会保障とは何かと言うと、老齢、疾病、失業などに際して、社会全体で支
え合う仕組みである。この制度の存在によって、安定した生活を送ることができる。この
ように、網の目のような形で救済方法を張り巡らせることで、国民に対して安心感を持た
せるような社会保障を「セーフティネット」という。しかし、社会的セーフティネットの
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ありかたは、社会や時代に影響を受けるため、一様ではない。セーフティネットは、職場
と家族の一定のありかたを前提して設計されるからである。社会保障を現代の私たちの生
活に適したものとするためには、一般的であった終身雇用制の減衰化のような働き方の変
化に挙げられる雇用形態の変化、経済の在り方の変化、また生活様式の変化に対して、社
会保障の見直しが必要となる。
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さて、雇用について、日本は、ながらく先進諸国の中で例外的に失業率が低い国とされ
てきたが、2001 年には失業率は5%を超え、アメリカを上回った。今日日本では、雇用の不
安定化が進んでおり、パートタイム労働者の比率は 25%を超えた。また、社会連帯の弱体
化の原因として、1980 年以降にみられる消費化社会への変化も挙げられる。消費化社会に
おいては、それ以前の、ものの生産を中心として組織されていた近代社会から変化し、個
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人が自己の目的や欲を重んじて消費を行う。こうして、消費が個人化することとなる。地
域におけるつながりによる社会連帯は、世帯の核家族化が進んだことにより、家族形態が
変化したため、以前のような地域の社会連帯は薄れてしまった。このように、個人化の進
行による 1980 年代以降の社会連帯基盤の弱体化に対し、社会保障制度ではどのような対応
が行われてきたであろうか。この対応については、1980 年前後と 2000 年前後について分け
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ることができる。まず、1985 年前後の改革については、老人保健法(1983 年)、基礎年金
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制度(1986 年)の創設である。これらを見てみると、地方の高齢化と経済基盤の弱体化に
よる地域保険の弱体化に対し、被用者保険からの移転を拡大し、地域の弱体化に対する社
会保障改革の対応の開始といえる。
また、2000 年前後の改革を見てみると、地域の弱体化に対応した世代内公平のための制度
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間移転の仕組みが限界に達し、地域保険への移転に対し被用者側からの不満が高まったた
め、国民全体による社会連帯の観点から、税財源の投入割合を高めるための改正が行われ
てきた。同時に地域のみならず職域の連帯も弱体化してきたために、一層の世代間の公平
を図って現代世代の負担を減らすための高齢者の負担の拡充なども行われてきた。また、
介護や保育などのサービスへの民間参入を進めるとともに、年金における公私分担を進め
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るなどして、個人化・消費社会化に対応して個人サービスを消費する仕組みの拡充が進ん
だ。
これらのことからわかるように、2000 年前後では、社会保障負担を減らすために、民営化
の推進が多く行われていたことがわかる。1980 年前後に社会保障の充実が図られたものの、
時代の変遷に伴い、日本経済の悪化が進んだことから、2000 年前後になると、社会保障が
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なしていた役割を民間企業が担うようになり、そのサービスを個人が消費する、という形
態へ変化した。国民は、国に対して、安心して社会保障を期待することが困難となり、社
会連帯感も次第に薄れてきているといえるだろう。しかし、国の財政を考慮すれば、日本
の経済状態の好転を期待して、公的資金を社会保障に投入することはリスクが高く、非現
実的だろう。国民が安心できる社会保障を達成するためには、従来の社会連帯から、新た
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な社会連帯のありかたを考える必要がある。
では、新たな社会連帯とは、どのようなものだろうか。今日の国民の生活に見合った社会
連帯は、雇用形態の変化や少子高齢化に対応して、ますますの個人化が進むことを考える
必要があるだろう。職域に関する社会連帯について考えてみると、高度成長期やバブル期
には、終身雇用制や企業の安定性の存在によって、雇用者が企業に対して忠誠心を持って
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いたために、自ずと社会連帯が発生していた。しかし、経済の悪化によって、これらの社
会連帯はなくなりつつある。職域のつながりである社会連帯を作り出すには、雇用の変化
が必要だろう。企業側の積極的な雇用と安定した企業性により、雇用者からの信頼を得る
こととなり、社会連帯は強化したものとなるだろう。そして、強化した社会連帯が、経済
状況の好転へとつながっていくだろう。前述したように、地域と職域によるつながりの弱
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体化は、個人の参加と、個人を支える社会集団を維持するためには、やはり国家の支援も
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必要だろう。それは、国家が個人を社会保障で支えるように、個人によって形成された社
会集団の支援も行うことが必要だろう。こうした社会連帯を踏まえると、社会保険制度の
設計はどのようになっていくだろうか。個人の自立を支援するための給付に焦点を置きつ
つも、目に見える範囲での社会集団で保険集団を形成し続けることが望ましい。また、と
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くに地域保険の弱体化に対応し、これを支援する必要があるが、被用者保険からのこれ以
上の制度間支援による移転は、具体的な連帯感を感じさせないため支持されにくいので、
国家による支援である、税の投入の強化が必要となるだろう。
2012 年には野田政権の下、増税の法案が可決されたが、国民の支持は芳しくなく、政府に
対する不信感が募る状態であるので、税の投入に関しては慎重であることも考える必要が
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ある。
また、医療費に関しては、2000 年の WTO によると、日本は①健康達成度の総合評価は 1 位、
②平等性に関しては 3 位、③GDP に占める医療費の割合(1998)は 18 位であり、医療費が
一見高く見えるが、ドイツの③は 3 位だが、①は 14 位、②は 20 位で、アメリカの③は 1
位ではあるものの、②は 15 位、③は 32 位と、いずれも医療費は低いものの、国民の満足
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はあまり得られていない。このことを踏まえ、池上たちは、アメリカとの比較を念頭に置
いて、日本人に対して、
「日本では高騰していると信じられている医療費は、むしろ世界的
には低い水準にあることで逆に注目されている」
(池上・キャンベル[1996])と指摘してい
るのだ。ゆえに、日本における医療費の上昇は、世界的にみるとむしろ普通のことなので
ある。
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さて、以上のように社会連帯を作りだす職域は、雇用の形態を変化させることによって、
時代に対応したかたちとなる。雇用の幅を広げ、雇用者の安心を作り出し、忠誠心を得る
ことによって、弱体化した社会連帯を再び強化へと導くことができるだろう。時代の変遷
とともにかつての日本にみられたような地域のつながりを期待することは難しい。それゆ
えに、雇用の形態の変化がより重要となってくるのである。
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第二章 現代の社会保障における問題
この章では、非正規雇用、ワーキングプア、失業の増加により、2012 年に入ると、生活
保護を受ける世帯が 200 万世帯を超えてしまった。また、生活保護の受給による就労意欲
の阻害、再分配のパラドックスについて外国の制度と比較しながら考察していきたい。
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非正規雇用とは、いわゆる正規雇用以外の雇用のことである。内容面から定義しようと
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すれば、一般的に、いわゆる正社員と呼ばれる従業員の雇用と比較したときに総合的に見
て、給与が少ない(例:単位時間当たりの給与が低い、退職金がない、ボーナスがない)、
雇用が不安定(例:有期雇用)
、キャリア形成の仕組みがあまり整備されていない人事系統
である(例:幹部までの昇進・昇級の人事系統に乗っていない、能力開発の機会に乏しい、
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就労を重ねても知識・技能・技術の蓄積されるような業務でない)、といった要素が色濃い
雇用形態である。法的な雇用形態の分類から定義すれば、 有期契約労働者、派遣労働者、
パートタイム労働者のいずれか 1 つ以上に該当するような労働者の雇用を指す。非農林業
雇用者を対象とした、就業者における非雇用者の割合は、1990 年は全体の 5 分の 1 の 20%
だったが 2012 年には約 3 分の 1 の 35%になってしまった。(図 1 参照)
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(図表 1) 正規雇用者と非正規雇用者の推移
(出所)図録▽正規雇用者と非正規雇用者の推移
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/3240.html
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その背景には、バブル崩壊から始まる不況による、企業の人件費削減のための正規雇用
の削減、非正規雇用の増加、年に施行され、その後改正を続けてきた労働者派遣法による
派遣の緩和がある。
5
非正規雇用の増加に伴い、ワーキングプアと呼ばれる新たな問題も浮上してきている。
ワーキングプアとは、正社員並み、あるいは正社員としてフルタイムで働いてもギリギリ
の生活さえ維持が困難、もしくは生活保護の水準にも満たない収入しか得られない就労者
の社会層のことである。平成 22 年度の民間給与実態調査によると、全給与所得者の 15%が
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200 万円以下という、非常に所得が少ない状態になっている。ワーキングプアの方々の生活
は非常に厳しい。ここで、あるワーキングプアの方の生活を取り上げてみたい。この方は
昼と夜で二つの仕事をこなしている方である。昼は、建設会社の事務をしており、月曜か
ら金曜の朝 9 時から夕方 5 時まで働く、フルタイムのパートであり、日給は 6 千円である。
夜は、弁当工場で生産管理をしており、平日のみならず土日も出勤で、時給は 910 円。そ
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の結果、この方は 1 年間、1 日の休みもない。このように、昼夜 2 つの仕事を掛け持ちし、
休みなく働いても、ひと月に得られる収入は、18 万円ほどである。年収にすると、約 200
万円である。ここまで働いても得られる収入はわずかなのである。
失業の増加の原因は、非正規雇用でも述べた、不況の影響が大きいであろう。高度経済
成長期において、日本の企業は常に人手不足であったこと、かつての日本の雇用の特徴で
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もあった、終身雇用制度により、完全失業率は 1~2%ほどだった。しかし、バブル崩壊によ
る景気減速で企業はコストカットの一環として、リストラに踏み切る。その結果、失業が
増加し、失業率は 3%代に達し、ピーク時は 5%以上に達した。現在も、海外勢の発達、円高
により経営成績は思わしくなく、失業率は 4%に達している。
正規雇用の減少、失業の増加による、非正規雇用の増加、そして比較的給料の低い非正
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規雇用の増加によるワーキングプアの増加により、生活保護受給者数は 200 万人を超えて
しまっている。
また、生活保護の趣旨は生活に困窮する方に対し、その困窮の程度に応じて必要な保護
を行い、健康で文化的な最低限度の生活を保障するとともに、自立を助長することを目的
としているが、生活保護に依存し自立をしようとしないという問題が起こっている。
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現代の日本はこのような問題を抱えており、改善の必要を迫られている。このような問
題の解決策を考えていくのに、海外の取り組みを学び、そこから得られるものはないかと
考察することは大切なことだと思う。そこで、世界的にも安定しているといわれているス
ウェーデンから得られるものはないか考察していこうと思う。
スウェーデンには、連帯賃金制度と呼ばれるシステムがあり、これは、スウェーデン・
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モデルの特異性の代表例ともいえるものだ。具体的には、企業の生産性格差にかかわらず、
6
同じ職種なら同じ賃金が支払われるという、いわゆる「同一賃金・同一労働」を実現する
仕組みである。これは、労働組合と経営者連盟の中央交渉によって賃金、労働条件を協議・
決定するため、年齢、性別、正規・非正規間の賃金格差は小さいが、反面、平均賃金を支
払えない生産性の低い企業は、淘汰される運命にある。この意味で、スウェーデンは厳し
5
い資本主義経済の原理が貫徹している社会であるといえよう。
しかし、1990 年代に入ってこうした中央交渉に代わって、職能・業種別組合による賃金
決定が主流となり、ブルーカラーとホワイトカラー間、異なる職種間の賃金格差が拡大し
つつある。ただし、今でも同業種・同職能であれば異なる企業をまたいだ賃金の均一化が
原則として図られており、「同一労働・同一賃金」は守られている。また、組合組織率は 77%
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(2006 年)と日本(18%)をはるかにしのぐ高さである。
大部分の労働者を代表するスウェーデンの組合は、社会全体のことを考えて行動するた
め、労使協調のもと、ストライキや労使対立は稀である。また、労働組合中央団体は、大
学院卒の優秀なエコノミストを抱えており、マクロ経済に対する分析・予想をベースに積
極的に政府に対する政策提言を行っている。組合自身がグローバリゼーションは不可逆的
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な流れであり、スウェーデン・モデルは常に変質・進化を迫られざるを得ないという厳し
い認識を有し、構造改革に対して前向きに対応してきた。
こうしたスウェーデンの賃金決定の仕組みは同国独特のものであり、我が国がそのまま
の形で取り入れることは困難であろう。例えば、
「同一労働・同一賃金」は労働組合と経営
者連盟の中央交渉によって決められるが、日本の組合組織率は 18%と低く、労働者の間の
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まとまりが低いことから交渉にすら入れないこと、賃金の均一化により、平均賃金を支払
えない生産性の低い企業が倒産していくことにより、失業者が増加し、その方々の再就職
はどうしていくのかといった問題が考えられる。しかし、非正規雇用の低賃金問題の是正
の手段として、「同一労働・同一賃金」を実現する職能評価制度の導入といった規制改革が
有効なのは間違いないだろう。
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スウェーデンの失業保険は従前賃金の 8 割という非常に手厚い保障になっている。その
ため、失業保険が手厚すぎるために生じるモラルハザードを防止するため、積極的な求職
活動や必要に応じた職業訓練を受けることが失業保険受給の条件となっており、失業給付
は時間の経過とともに減額される。職安の紹介した仕事は、正当な理由がない限り承諾し
なければ失業保険が減額・停止されるという。生活保護の受給による就労意欲の低下への
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対策としてスウェーデンのモラルハザード対策を取りこむことが有効だと考える。しかし、
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現在の日本は働きたくても働くことができないという、就職先の不足という問題があるた
め、そのことも考慮して、これから考えていく必要があるだろう。
最後に、再分配のパラドックスについて考察する。再分配のパラドックスとは貧しい人
に限定・集中して支援を行うと格差や貧困を少なくするように思えるが、実は逆である。
5
医療・介護・子育て・教育などを、所得の高低にかかわらず広く保障するほうが格差は縮
小し、貧困が減少するという経済学で使われている言葉である。
ここでは、1990 年代半ばの数字を使って考察していく(図 2 参照)
。生活保護のような垂
直的再分配、つまり、貧しい人々に限定して金を挙げることを社会的扶助支出といい、社
会的扶助支出が高いのはアメリカとイギリス。アメリカ 3.7%、イギリスは 4.1%です(GD
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Pに占める割合)
。
(図表 2) 新自由主義モデルの大失敗─再分配のパラドックス
社会的扶助支出
ジニ係数
相対的貧困率
社会的支出
(1990 年代半ば) (1990 年代半ば)
(%)
(%)
(%)
アメリカ
3.7
0.361
16.7
15.2
イギリス
4.1
0.321
10.9
23.1
スウェーデン
1.5
0.211
3.7
35.3
デンマーク
1.4
0.213
3.8
30.7
ドイツ
2.0
0.280
9.1
26.4
フランス
2.0
0.278
7.5
28.0
日本
0.3
0.295
13.7
11.8
(出所)金子勝 神野直彦 『失われた 30 年逆転への最後の提言』 NHK出版新書
2012 145 ページ
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(備考)宮本太郎北海道大学教授による作成資料を修正して作成
不平等度を示すジニ係数を見てみると、アメリカは 0.361、イギリスは 0.321 と非常に高
い数値である。
一方、スウェーデン、デンマークは生活保護のような社会的扶助支出については、スウ
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ェーデン 1.5%、
デンマークは 1.4%と低いのですが、ジニ係数を見ると、スウェーデンは 0.211、
8
デンマークは 0.213 と低い数値を表しています。そこで、スウェーデンはなぜジニ係数が
低いのか、スウェーデンでの取り組みを考察していこうと思う。
スウェーデンは高福祉・高負担の国、つまり福祉や社会保障が手厚い一方で、税金や社
会保険料など国民負担もきわめて高い。さらに、さまざまな点でスウェーデンという国家
5
は先進国の中でも極めて高い国際競争力を有している。まさに、高福祉・高負担と高成長
が両立した世界でも稀有な国である。
スウェーデンでは、子供関連の費用は原則無料となっている。スウェーデンで生まれた
子供たちが保育施設に通い始めるのは、1 歳半から 2 歳にかけてであり、保育施設における
保育サービスが無料もしくはわずかな自己負担で利用することができる。さらに、医療サ
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ービスも 18 歳以下の子供に限っては、外来・入院を問わず医療費は無料となっている。保
育や医療サービスだけでなく、学校教育も整っており、義務教育から大学院まで無償で提
供される。このように、平等に教育の機会を提供している。
他にも、公的年金をはじめとする高齢者への所得移転が挙げられる。スウェーデンの年
金は、現役時代の給与所得の合計に比例して給付額が決まる所得比例年金、所得に比例す
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るだけでなく自分で選んだ運用方法の実績に応じて給付額が決まる積立年金の 2 つからな
り、さらに、年金の給付額が一定水準に満たない低所得者のために、国税を財源とする最
低補償年金があり、高齢者の生活をしっかりカバーしている。
他にも、医療や介護の整備が進んでおり、低価格で受けることができるというように、
全ての国民全員に平等に保障がいきわたるように整備され、貧困層が表れにくい環境が作
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り出せているため、生活保護のような社会的扶助支出が低くても結果的に、貧困が少なく
なっている。まさに、再分配のパラドックスが証明されている国と言えるだろう。
一部の人に給付がいく社会保障では貧困をなくすことはできない。スウェーデンのよう
に、全国民に給付がいく平等な社会保障が求められているのではないかと考える。ただ、
そのためには多くの社会保障費がかかるため、財政について考慮する必要があり、他にも、
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国民が賛同してくれるにはどうすればいいか思案する必要がある。
第三章 ユニバーサルデザインの社会保障
第一章で取り上げたように、新たな社会連帯は、個人性をベースにし、個人の利益に配
慮しつつ、個人の自立を支援するための連帯でなければならない。さらに、地域や職域の
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連帯の弱体化を補完するためには、国民全体の連帯が必要不可欠であるため、国民が社会
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連帯の精神を持つことができるような社会保障でなければ、持続可能な社会保障とは成り
得ない。また、近代社会においては、病気・失業・退職・障害などの個人的なリスクに対
し、集合的に対応する社会保険が有効であったが、現代社会における環境やテロなどの大
災害や、偶然ではなく定常的になってしまった社会的排除や長期失業や高齢化に対しては、
5
社会保険という手法には限界がある。これらの事故が起こってしまった後の事後的な補償
を図ることよりも、高齢者や失業者の雇用と社会参加を進めるポジティブな社会保障を進
める必要がある。そこで、第三章では、それらの新たな社会連帯を考慮し、ポジティブな
社会保障を実現するための、ユニバーサルデザインの社会保障について論じていく。
いまや、家族の形態もバラバラで、それぞれの人に異なる事情があるにも関わらず、た
10
だ現金給付を行うことだけでは、それぞれの人が抱える問題は解決できない。また、現金
給付はモラルハザード論に陥りやすく、国民全体からの支持は得られにくい。給付を貧し
い者に限定すれば、社会保障が国民の生活全体を支えなくなり、国民が負担者と受益者に
分断されてしまう。そこで、現金給付ではなく、現物給付、つまりサービス給付で、貧し
くとも豊かであっても給付を受けられるという、
「ユニバーサルデザインの社会保障」を提
15
案する。
生活保護を現金給付で行えば、お金のないふりをするという不正が働き、バッシングが
起きやすい。ヨーロッパの研究では、そういった社会的排除が貧困を累積させるというこ
とがさかんに指摘されている。生活保護を現物給付で行えば、お金がないふりをしても、
現金を得ることはできないため、ふりをする意味がない。結果として現物給付は、その現
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物を本当に必要としている人に渡る。不正は起こらず、受給者へのバッシングも起こりに
くい。
ここで、実際に現物給付で生活保護を行っている和歌山県の上富田町を例に挙げる。国
で生活保護費が増加傾向にある中、和歌山県の上富田町では、ほぼ横ばいで推移を続けて
いる。全国的にも珍しいとみられる「食糧支給」制度と、扶養義務の調査を徹底している
25
ことが大きな理由である。町は「生活保護はあくまでも自立のための手段という考えだが、
本当に困っていればしっかり手を差し伸べる」と話している。町の生活保護適用件数は、
ここ 10 年は 60~80 世帯、90~105 人で推移している。人口千人に占める受給者の割合を示
す保護率は、今年 3 月の時点で 0.64%。保護率が高い周辺の自治体と比べると、半数以下
になる。町は 2006 年 4 月に「食糧物資支給制度」を設けた。「生活保護の認定は受けられ
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ないが極度に困っている」という家庭が対象で、米などの食料品を支給する。月 2 万円分
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が上限。町長が支給を決めると、担当職員がすぐに買い物へ行くことになっている。町に
よると、適用件数は 06 年度7件▽07 年度 9 件▽08 年度 10 件▽09 年度 8 件▽10 年度 6 件
▽11 年度 2 件。本年度の適用はまだない。年間予算は約 30 万円で、担当者は「少ない金額
でも十分運用していける」と話す。この制度は、生活保護の不正受給を防ぐ意味でも効果
5
がある。相談に来た人が「明日食べる物がない」「子どもが死んだらどう責任を取るのか」
と言ってきても、食糧を支給できると伝えた途端に引き返していくケースも少なくないと
いう。逆に、本当に困っている人へ食料を支給すると感謝の気持ちが生まれ、自立してそ
の「恩」に応えようとしてくれるという。
スウェーデンでは、義務教育、後期中等教育が「いつでも、どこでも、誰でも、ただで」
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地域政府により提供されている。身近な政府である地方政府が提供するがゆえに、人間と
して成長したいという欲求に根ざした自発的な教育運動と結びつけることができる。大学
も無償であり、また、地方政府が学校とともに、20 歳以上の成人を対象とする教育機関で
ある成人高等学校を設置しなければならないことになっている。教育費は無償だとしても、
教育を受けている期間の生活費は必要となるが、失業者であれば、職業訓練手当が支給さ
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れる。こうしたユニバーサルデザインの教育サービスは、社会システムの公共サービスで
あると同時に、経済システムに対するインフラストラクチュアにもなりうるワークフェア
である。
少子高齢化を背景に、仕事の担い手となる生産年齢人口(15~64 歳)は 1995 年にピークを
越え、2010 年の国勢調査では 8173 万人となった。今後も回復は望めず、国立社会保障・人
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口問題研究所の推計によると、2022 年には 7200 万人に落ち込む。今後 10 年で 1 割の働き
手が減る計算である。この現実を見据えて、女性の働きやすい社会を実現しなければ、社
会はもたない。地方に税源を与えて医療・介護・育児教育などの現物給付を増やしていけ
ば、地方で働く女性の雇用機会が増える。また、こうしたサービスの充実は、女性の労働
供給と社会進出の機会を増やしていく。女性もみな働くことができる社会になれば、今ま
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で寡婦年金をもらっていた人が納税者となり納入者となるため、年金のパフォーマンスも
大幅に改善される。
従来の新自由主義の考えに基づく社会保障では、「小さな政府」と称して、介護や医療、
育児、教育の基準が民営化や規制緩和によって切り下げられていく。そうなれば、ほとん
どを民間サービスに依存せざるを得なくなり、現実的にはお金がある人間しか、生活で困
30
っていることを解決できなくなる。これに対して、現物給付やサービス給付を、地方レベ
11
ルで、自分たちでやりながら、様々なニーズをそれぞれの地域に即応したかたちで満たし
ていき、さらに女性が社会進出して働いている状態になれば、現金給付が仮に少なくても、
老後の不安はなくなる。
これらの、新たな社会連帯を考慮した、ポジティブな社会保障を実現するためのユニバ
5
ーサルデザインで、国民の納得が得られる持続可能な社会保障を作り上げることができる。
[参考文献]
神野直彦・金子勝 2012『失われた 30 年 逆転の最後の提』 NHK 出版新書
西村淳著 2011『社会保障の明日(増強版) 日本と世界の潮流と課題』ぎょうせい
10
大沢真理・森田朗・大西隆・植田和弘・神野直彦・刈谷剛彦編 2004 有斐閣
2012 97~159 ページ
湯元健治、佐藤吉宗 『スウェーデン・パラドックス高福祉、高競争力経済の真実』
日本経済新聞出版社 2010 1~281 ページ
塚口淑子 『
「スウェーデン・モデル」は有効か持続可能な社会へ向けて』
15
ノルディック出版 2012 5~140 ページ
NHKスペシャル『ワーキングプア』取材班 『ワーキングプア日本を蝕む病』
ポプラ文庫 2010 16~245 ページ
国税庁 「民間給与実態統計調査」
http://www.nta.go.jp/kohyo/tokei/kokuzeicho/minkan2010/000.pdf
20
社会事情データ図録
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/3240.html
統計局 「完全失業率【年齢階級別】」
http://www.stat.go.jp/data/roudou/longtime/03roudou.htm#hyo_1
12