「Die Brücke かけ橋」第662号 平成24年 3 月 5 日発行(毎月

「Die Brücke かけ橋」第662号 平成24年 3 月 5 日発行(毎月 1 回発行)公益財団法人日独協会
2012
3
表紙の言葉
Allgäu 地方で、あまりにも有名な Hohenschwangau に隣
接した Schwangau 村の風景です。
最初に訪れたのは 1966 年の早春ですから、45 年も昔のこ
とになりました。それから何度も当地へ足を運びました。
2008 年には、
7 月と 9 月に二度訪問する機会に恵まれました。
前者では Tegelberg–Bahn で同山へ登り、駅に新設されたガ
ラス張りの大きなレストランで一休みし、Marienbrücke 経
由で Hohenschwangau へ下りました。レストランのテラスで
は楽団がドイツ民謡や、行進曲を演奏しておりました。私
は Bier を飲みたかったのですが、Wanderung のことを考慮
して、Sprudelwasser を頂きました。さて、出発しようかと
立ち上がろうとしたとき、長身の老夫妻が近寄ってきて、
「貴
方は日本人ですか」と話し掛けてきました。何でも戦時中、
「モスクワの収容所で、日本の軍人さんたちと一緒でした」
と懐かしそうに話されました。厳しい状況下ではあっても、
日独のささやかな交流があったようです。お二人には、当
地で描いたばかりのスケッチを見せました。その中の一枚
が、この絵です。現場では彩色せず、帰宅後に水彩をほど
こしました。ケーブル駅からは、独墺国境の山並みも描き
ました。下りのコースはいったん逆方向へ進み、それから
西へ向うようになっています。この Wanderweg は絶えず足
元に種々の花を観賞でき、さらに右下には常に Hoggensee
が眺められて、大変すばらしい縦走路だと思います。また、
歩きが終盤にかかると、眼下に Neuschwanstein 城が見えま
す。絵葉書にはない角度からの眺めです。Marienbrücke ま
で来ると、大勢の観光客が白鳥城の撮影に大忙しでした。
このコースは無論、逆に歩くことも可能ですが、前半は相
当厳しい登りが続きます。山歩きに慣れた人ならば所要時
間は 3 ∼ 4 時間です。処どころ絶壁に近い箇所があります。
正規の縦走路をはずさないように歩きたいものです。ハイ
キングの翌日には Schwangau 村の内科医にお世話になると
いう、おまけが付きました。咳が止まらなくて、診断の結
果は『Bronchitis 気管支炎』ということでした。
(日独協会会員 吉田薫)
目 次
Zum Titelblatt:
Auf dem Titelblatt ist das Dorf Schwangau zu sehen, welches direkt
neben seinem all zu berühmten Nachbarn Hohenschwangau liegt.
Mein erster Besuch dieser Gegend im Jahre 1966 ist nun schon 45
Jahre her. Seitdem war ich unzählige Male dort. Im Jahre 2008 hatte
ich sogar gleich zwei Mal, die Gelegenheit, diesen Ort zu besuchen,
nämlich im Juli und im September.
Beim ersten Mal bin ich mit der Tegelbergbahn den gleichnamigen
Berg hinaufgefahren und habe eine Pause im neu errichteten verglasten
Restaurant eingelegt. Schließlich bin ich über die Marienbrücke nach
Hohenschwangau hinabgestiegen. Im Restaurant gab ein Chor einige
deutsche Volkslieder und Marschmusik zum Besten. Eigentlich hätte
ich gern ein Bier getrunken, doch an die bevorstehende Wanderung
denkend, gab ich mich mit einem Sprudelwasser zufrieden. Und gerade
als ich mich wieder auf den Weg machen wollte, wurde ich von einem
älteren Ehepaar mit den Worten „Sind Sie Japaner?“, angesprochen. In
Erinnerungen schwelgend erzählten sie mir, dass sie zusammen mit japanischen Soldaten in einem Arbeitslager in Moskau waren. Auch in
schweren Zeiten gab es also japanisch-deutschen Austausch im kleinen
Rahmen. Ich zeigte den beiden gerade erst angefertigte Skizzen, wovon
eines das Bild auf dem Titelblatt ist. Direkt vor Ort war es noch nicht
in Farbe, aquarelliert habe ich es erst nach meiner Rückkehr. Von der
Bergstation der Seilbahn aus zeichnete ich auch die Bergkette der
deutsch-österreichischen Grenze. Der Abstiegskurs macht an einer Stelle eine Wendung und es geht in Richtung Westen. Auf diesem Wanderweg kann man die ganze Zeit über die reichhaltige Blumenvielfalt beobachten. Hinzu kommt, dass zur Rechten der Hoggensee zu sehen ist,
was diesem Wanderweg einen außergewöhnlichen Charme verleiht.
Und schließlich tut sich einem am Ende des Wanderwegs das Schloss
Neuschwanstein auf. Es zeigt sich aus einem Blickwinkel, den man
von den üblichen Ansichtskarten nicht kennt. Als ich bis zur Marienbrücke gekommen war, sah ich schon viele Touristen, die eifrig damit
beschäftigt waren, Schloss Neuschwanstein zu fotografieren. Natürlich
kann man den gleichen Kurs auch in die andere Richtung laufen, doch
am Anfang ist die Steigung ziemlich heftig. Wer ans Wandern gewöhnt
ist, braucht vielleicht ungefähr 3-4 Stunden für diesen Kurs. An einigen Stellen tun sich steile Felswände an beiden Seiten auf. Man sollte
hier nicht vom vorgeschriebenen Weg abweichen. Am Tag nach meiner
Wanderung musste ich in Schwangau die Dienste eines Internisten in
Anspruch nehmen. Mein Husten wollte einfach nicht aufhören und als
Ergebnis der Untersuchung kam heraus, dass ich mir eine Bronchitis
eingefangen hatte.
(YOSHIDA Kaoru, Mitglied der Japanisch-Deutschen Gesellschaft)
ページ/ Seite
講演記録(ドイツ語圏文化セミナー・ワークショップ)
「ドイツ人の知りたい日本」
INHALT
1
Vortrag (Kulturseminar des Deutschen Sprachraums-Die Arbeitsgruppe)
„Was möchten die Deutschen über Japan wissen? Wie ist unser Alltag? “
3
Tendenz der deutschen Wirtschaft
4
Beitrag
„Die Überwindung des geteilten Europas 11“
ベルツドルフ・ヘルニツ小学校からの便り/
文化の玉手箱「Pina /ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち」
ニーナ・クルガノワ/田中 洋
6
Brief von einer Lehrerin der Grundschule Bertsdorf-Hörnitz /
Kulturkiste „PINA“
Nina Kurganova / Hiroshi Tanaka
ドイツ/日本で今 KORE が話題/文化の玉手箱「新しき土」
タベア・カウフ/水木 浩生
7
Darüber spricht Deutschland/Japan / Kulturkiste „Die Tochter
des Samurai“
Tabea Kauf / Ko Mizuki
ベアタ・ギボフスカ
8
Beatas Klarer Himmel
クララ・クレフト
9
Was Deutsche in Japan vermissen, Kabarett
伊崎 捷治
ドイツ経済の動き
特別寄稿
「欧州分断の克服 その 11」
ベアタの晴れもよう
稲川 照芳
日本に暮らすドイツ人が懐かしむモノ Kabarett
協会活動
Shoji Isaki
Teruyoshi Inagawa
Beata Gibowska
Clara Kreft
10 JDG-Aktivitäten
Deutschecke「ドイツのことわざをうまく使いましょう!」/
Deutschecke „Deutsch lernen mit Sprichwörtern!“ / Die Geträn11
Die Getränkekarte, bitte!
マティアス・ヘニングス/冨田 隆弘
kekarte, bitte!
Matthias Hennings / Takahiro Tomita
会員のひろば/ドイツ関連情報いろいろ
12 Aus dem Mitgliederkreis / Die Informationen
会員アンケート結果報告
13 Ergebnisse der Mitgliederumfrage
ドイツ語圏文化セミナー
ワークショップ 「ドイツ人の知りたい日本」
私たちの日常をどう伝えるか?
(2012 年 1 月 16 日㈪日独協会)
持田 節子(Otto Beisheim School of Management、European
Business School 日本語コース担当講師)
Kulturseminar des Deutschen Sprachraum
Workshop: „Was möchten die Deutschen über Japan
wissen? Wie ist unser Alltag?“
Setsuko Mochida, Japanischdozentin an der Otto Beisheim
School of Management und European Business School
「自分の国についてはあまりに当たり前で知っているつもりに
なっていますが、いざ質問されるとわからない。教師の卵の時
代にはずいぶん立ち往生しました。そのうちに、ドイツ人は日本
についてどのぐらい知っているのか、そして何を知りたがってい
るのかが少しずつ見えてくるようになってきました。でも今でも
まだどんな質問が来るのか毎日がビックリ箱のようです。
」と語
られる持田節子先生(ドイツでの日本語教師のキャリアが今年
で 30 年!)を迎えて、
今回は「ドイツ人の知りたい日本」をワー
クショップ形式で開催しました。
最初に参加者全員に自己紹介も兼ねて、なぜ今日のワーク
ショップに参加しようと思ったのか、そしてドイツとどういう関
わりを持っているかについてお話しいただきましたが、日本語教
師を目指す人、息子さんの彼女がドイツ人だという人、日本の会
社で働くドイツ人など様々な方がいらっしゃいました。
時間が限られているため、今回は日常的な話題のみを取り上
げ、政治・経済等の分野や「日本」をドイツ語でどう表現する
かには触れない、という前提で、参加者にドイツ人の質問の実
例(ドイツ人参加者には自分の疑問)をカードに書いてもらう
ことからスタートしました。
持田先生が例としてあげられたのは「日本のカレンダーはな
ぜ日曜日から始まっているのか?」
(ドイツ人にとっては日曜日
は週末なので、日曜日に「今週」とか「来週」とか言うと日独
「
(干支のマスコットをもらった
間で誤解が生ずる恐れがある)
、
ドイツ人からの)これは何?」
(ドイツで縁起物とされている煙
突掃除人やぶた、蹄鉄などに例えて説明すると理解されやすい)
、
「日本にもクリスマスはありますか?」
(
『日本のクリスマス』に
ついて説明するより、
「日本の正月はドイツのクリスマスに似て
いる」と話すとわかりやすい)などでした。
質問はおおまかに「これ何?」系、
「なぜ?どうして?」系、
「ど
うやって?」系、
「どう思う?」系に分類できますが、
「これ何?」
に答える(具体的な情報を伝える)には、ウィキペディア等の活
用も可能なので、難しい質問はやはり「なぜ?どうして?」に集
中するようです。参加者からあげられた質問にも
「日本人はどうして電車で寝ている人が多いの?」
「なぜ日本
の電車は混雑しているのか」といった電車の中のこと、
「日本人はいつも米を食べるの?」
「どうして食事にこんなに
たくさんの皿数の料理が必要なの?」など食生活のこと、
「なぜ大学で勉強
した分野と全然違う
会社に就職しようと
するのか」
「なぜ日
本人は職場で挨拶し
ないの」
「なぜ日本人
は自分の意思が通ら
ない時に怒るのか」
「なぜ日本人の上司
と議論することはいけないのか」「日本人はどうして長期休暇
をとらないの?」
「どうして日本人は残業するのか」という職
場・仕事関係のこと、
「日本人は感情をあまり表わさないのにどうしてカラオケだ
とあんなに感情を込めて歌うの?」
「日本人はなぜ話している
間にいつも相槌をうつのか?なんで相手の話をゆっくり聞かな
いのか」「なんでいつも笑っているのか」「電話しながらお辞儀
をするのはどうしてか」「日本人はなぜ部屋を汚すのか?」
「日
本人の女性・女の子はどうしてキティーちゃんやキャラクター
ものをかばんに付けたがるの?」
「なぜ日本人はブランド品が
好きなのか?なぜ買うために徹夜で並ぶのか」など日常の行
為・習慣・気質のこと、
という風に多岐に亘っており、どれも大変興味深いものでは
あるけれど、一つだけで何分も議論が続くようなものも多く、
すべてを取り上げきれなかったのが残念でした。
いくつかピックアップして参加者の意見や持田先生のお話を
まとめてみます。
相槌について
ドイツ人は人の話を聞くときはうなずいたりせずにじっと聞
く。genau! とか eben! ということもあるけれど、それはすでに賛
成などの意見表明になっており、賛成でも反対でもない日本人
の「はいはい、ええ、へえ、うんうん」などの相槌はドイツ人に
は理解しがたいし、煩わしい。しかし日本人にとって相槌は「確
かに聞いてますよ」というようなメッセージを含むパラ言語コ
ミュニケーションなので、日本では相槌を打たないことは逆に失
礼になる恐れがあるとドイツ人に教えた方がいい。
日本人はいつも米(ご飯)を食べるの?
参加者の間でも意見が割れた質問。質問によく入っている「い
つも」
「みんな」
「必ず」
「絶対」は危険な言葉。日本(人)につい
ての質問に答える時には使わないほうがいい。
「いつも」は 100%で
はなく
「通常」
という意味合いで訊いている人もいるかもしれないが、
本当にご飯しか食べないと誤解する場合もあるので注意が必要。
会社の休暇や残業についての質問
ワーキングスタイルの違いがある。ドイツでは休暇をとることは義
務でもある。ドイツ企業の有給休暇は年間 28 ∼ 30 日ほどだが、採
用時に会社側は「一年に一度は 2 週間から 3 週間の休みをまとめ
て取りなさい」と念を押す義務があり、それが守られないと上司の
責任が問われる。もっとも日本人がドイツ人よりも休まないというわ
けではなく日本では祝日や振替休日が多い。正月休みやお盆休みも
一斉に休む。一斉に休むのは個人主義のドイツ人には理解できない
が、
他人の目を気にする日本人は「自分だけ休む」ことに抵抗がある。
電車で寝ている人が多いのはなぜ?
ドイツ人が電車で寝ない理由は「寝過ごすのが心配」
「泥棒
が怖い」
「そもそもドイツの電車は眠くならない(レールのつな
ぎ目が少なくて「ガタン、ガタン」というリズミカルな音がし
ないから?)
」などという意見が出たが、適当な答にはたどりつ
かなかった。
「ドイツでは眠くならないのに日本の電車ではどう
しても眠ってしまう!」というドイツ人の意見も。
持田先生は、まとめとして以下の考えを述べられました。
「私た
ちは、自分の国のことだから日本のことはよく知っていると思いが
ちですが、各人が異なった「自分の日本像」を持っており、質問
に答える場合に自分の体験範囲での日本についての印象や感想を
述べてしまうことが多いようです。あらゆる分野について具体的な
知識や情報を持つことは不可能ですし、自分がいい印象を持って
いない日本の現象については話したくない、と葛藤が起こる場合
もあります。質問に答えるという行為は、自分の日本についての知
識を再確認し、足りない知識を補う機会を与えてくれます。自分
の「日本人性」や「日本好き度」をチェックする機会にもなります。
これからもドイツの方にどんどん質問してもらいたいですね。
」
このテーマはとても興味深く議論の余地が大いにあるので、
ぜひまた機会を設けたい、ということで今回はひとまずお開き
となりました。次頁に参加者の感想を掲載しております。
1
ワークショップ「ドイツ人の知りたい日本∼私たちの日常をどう伝えるか?∼」に参加して
私は、歴史ある社団法人国際農業者交流協会の派遣事業により、平成 22 年 2 月から平成 23 年 3 月まで南ドイツのスイスとオースト
リアに面する、ボーデン湖の畔の美しいリンダウという町でぶどうとりんごを栽培している農家に家族の一員として受け入れていただき、
1 年間ファームステイをしながら、有機農業を学んでまいりました。ドイツ人と一緒に生活をする中で、ドイツ人のまっすぐさ、素直さ、
やさしさ、またドイツの家庭料理のおいしさが忘れられません。元々ドイツの事が好きでしたが、もっと大好きになって帰国しました。
日本に帰国してからも、ドイツへの情熱は増すばかり、将来はドイツに関わる仕事を是非したいと願っています。今回は、ド
イツやドイツ人についてもっと知りたいと思い、このワークショップに興味深く参加させていただきました。
まず、持田先生の紹介がありました。先生はドイツに 30 年間在住され現在も、ドイツにて日本語教師を熱心にされている知的
な方でした。その後、参加者の自己紹介がありました。今回のワークショップには、ドイツが大好きな日本人やドイツ人が 20 人
集まりました。名古屋から新幹線で駆け付けた方、学生、大学院生、商社に勤務されている方、昔ドイツ人家庭にお世話になった方、
オーストリアが好きな方、退職された方、社会人等年齢層も様々で、多岐の分野の魅力のある方たちが参加されていました。
そして本題のテーマである、
「ドイツ人の知りたい日本∼私たちの日常をどう伝えるか?∼」に入り、今までにドイツ人から
受けた質問ということで 1 人 1 人紙に書き出しました。「日本人はみんな仏教徒なの?日本人はいつもお米を食べるの?なんで
日本人は電車の中で寝るの?お地蔵さんって何?日本語は難しいの?」と言った様な日本とドイツの文化や生活の違いからくる
疑問を出し合うことによって新たな発見ができました。改めてこのワークショップで参加者同士で考えたり、共感したり、笑っ
たり、話が発展して盛り上がったり、みんなでわいわいと相談しあったりして心が一つになった様な有意義な時間でした。
取り上げられたテーマに魅力があったのと、素敵な方たちに出会えたことがとてもよかったと思っています。これから
も色々な機会があれば、是非参加したいなと思いました。
星出 恵 Wie erklärt man das Selbstverständliche?
Sicherlich kennt dies ein jeder von Ihnen: Wenn man zum
ersten Mal mit einem Unbekannten spricht, heißt es unvermeidlich, sich selbst vorzustellen. Das bedeutet, den eigenen
Lebensweg bis zu einem gewissen Punkt nachzuzeichnen.
In Deutschland heißt das in meinem Fall, stets auf ein Neues
zu erklären, warum ich begonnen habe, mich mit Japan auseinanderzusetzen. Immer wieder stehe ich im Anschluss an diese Klärung Vorurteilen gegenüber, in denen der ostasiatische
Staat als unverständlich beschrieben wird. Zum Beispiel erinnere ich mich, wie mich der Freund eines einstigen Klassenkameraden fragte, warum Japaner in Gruppen reisen. Die
Antworten auf derartige Fragen bargen für mich anfangs Rätsel. Selbst wenn ich mich bei japanischen Freunden danach
erkundigte, wussten diese auch nicht recht, was sie äußern
sollten. Sicherlich hinterfragt man im Normalfall den Hintergrund seiner vertrauten Umgebung nicht. Doch sobald man
sich mit anderen Kulturen, deren Sprache und deren Menschen beschäftigt, stößt man doch recht rasch auf Probleme
der Verständigung.
Mit diesen Gedanken im Hinterkopf nahm ich dann freudig
an der Veranstaltung „Was Deutsche über Japan wissen
möchten“ am 16.Januar 2012 teil, um etwas mehr über die
Art und Weise eines guten interkulturellen Erklärungsansatzes zu erfahren. Auf dem kleinen Treffen versammelten sich
etwa zwanzig Personen, die ähnliche Erfahrungen einbringen
konnten. Zusammen sammelten wir Fragen und versuchten
diese zu beantworten. So zerbrachen wir uns die Köpfe an
kniffligen Fragestellungen wie: Warum Japaner im Zug schlafen oder ob sie täglich Reis essen. Leider reichte diesmal die
Zeit nicht aus, um alle Unklarheiten zu beseitigen. Doch gerade dies macht deutlich, wie viel Ungeklärtes im Austausch
zwischen Deutschland und Japan innewohnt. Die Leiterin
zeigte sich dann auch sehr enthusiastisch und stellte weitere
Veranstaltungen in Aussicht. Ich freue mich bereits auf das
nächste Mal.
Übrigens habe ich in Folge dieser Erfahrungen begonnen,
das Selbstverständliche zu hinterfragen. Denn nur so erhält
man Zugang zu einer anderen Lebenswelt, zu einem anderen gedanklichen Ansatz. Und letztlich bedingt dieses Vorgehen das Vordringen in eine neue Sprache.
Christoph Reichenbächer, Masterstudent der FU Berlin,
derzeit Forschungsaufenthalt an der Tokyo Universität
2
「当たり前」を見直すと・・・
読者の皆さんもきっとこのような体験をしたことがあるでしょう。初めて
会う人との会話の中で、自己紹介をすることは不可欠ですよね。すなわち、
相手に対して、自分のこれまでの人生をある程度なぞってみせるわけです。
ドイツにおいて、私は自己紹介をする度に「なぜ日本を対象にして研
究をしているのですか?」との問いに答えることになります。その次に、
日本を不可解な国ととらえる偏見と対峙させられます。例えば、
「日本
人はさ、何で団体旅行しかしないの?」と、高校時代の友人の知人(つ
まり、あまりよく知らない人)に聞かれたことを今でも覚えています。
そのような質問にどう対応すれば良いのか、日本学を始めた頃は大変な
謎でした。しかも、日本人の友人に同じことを聞いたら、その人もやは
り簡単には答えられませんでした。やがて、人は自分が馴染んでいる環
境の背景について疑問を持つことはまずないと分かってきましたが、異
文化、その異なる文化の言語や人間と関わろうとするならば、理解でき
ないことにどうしても遭遇してしまうことになります。
そのような経験もあって、異文化についてより良く説明する方法を
知りたいと思い、一月十六日に行われたワークショップ“ドイツ人の知
りたい日本”に参加しました。その集いには、似たような経験を持つ
約二十人の日本人とドイツ人とが集まりました。皆で実際に聞かれたこ
とのある質問を集め、答えを見出そうとしました。すなわち、
「日本人
はなぜ電車でよく寝られるのですか」とか、
「毎日、ご飯を食べるので
すか」といった厄介な問いのために頭を悩ませました。残念ながら、
全ての疑問を解消するには時間が足りませんでしたが、時間の不足こ
そは日独交流において存在している未解決の諸問題の象徴と言えるで
しょうね。こうした点からも、情熱に溢れたこのワークショップのリー
ダーは、再びこのようなワークショップが開催されることを期待してい
るそうです。私も次回のワークショップを楽しみにしたいと思います。
ところで、私はこのような経験を通じて、
「当たり前」だと思って
いたことを考え直すようになりました。そうするだけで、異なる生活
環境や思考上の根本的な概念の出発点についても、理解することがで
きると分かってきたからです。さらに、そうすることによって、私た
ちは異なる言語の核心に触れることも可能だと思うのです。
クリストフ・ライヒェンベヒャー
(FU Berlin 大学院生、東京大学研究員)
ドイツ経済の動き 第 13 回
∼改めて評価されるドイツの改革政策∼
 改善する労働市場
ユーロ圏諸国で財政危機を背景に経済情勢が悪化しており、好調であったドイツ経済もこれに伴って減速を見せはじめました。
しかし、Ifo 経済研究所が毎月調査している企業の景気判断は堅調な国内消費を背景に昨年秋から好転し、今年に入っても企業の間
には比較的楽観的な見方が維持されているようです。したがって、企業は引き続き人材の採用に積極的で、雇用が増加し、失業が
減少するなど、安定した雇用情勢が続いています。
1 月末に発表された 2011 年の失業者数は約 298 万人で、1991 年以来はじめて 300 万人の大台を割りました。一方、就業者数は
大幅に増加し、2009 年の約 4,031 万人から 2011 年には 4,104 万人と、2 年間で 70 万人あまりも増加しました。
中でも 55 歳から 65 歳までの高齢層の就業率が全年齢層の平均を上回って上昇したことは今年から年金受給開始年齢が段階的に
67 歳に引き上げられていくことに照らして、大変歓迎すべきことと受けとめられています。
国内消費や雇用の増加によって税収や雇用保険料収入が増加する一方で、失業手当の支給が減少していることから財政事情が改
善し、今やドイツはユーロ圏諸国を支える立場に立っています。10 年前には高い失業率と多額の債務に悩まされていたことを思え
ば大変大きな様変わりだといえます。
 独仏接近の要因にも
今年 4 月に選挙を控えたフランスのサルコジ大統領はユーロ問題などでメルケル首相との間で「メルコジ」と呼ばれるような強
い協力関係を築いています。しかし、その背景にはドイツ経済の力強さを参考にフランス経済の改革を行っていくという狙いもあ
るようです。
ところで、ドイツの経済の様変わりがどのようにして起きたのか、その背景のひとつとして最近見直されているのが 1999 年か
ら 2005 年まで首相を務めたゲアハルト・シュレーダー氏の改革政策です。シュレーダー首相は労働組合をバックとする社会民主
党(SPD)を率いていながら、社会保障など国からの給付を削減し、労働者にもっと働くことを求める「アジェンダ 2010」をかか
げて労働市場の大幅な改革を敢行しました(2011 年 11 号参照)
。これは痛みを伴う改革であったことから党内でも反発が起きるほ
どで、彼は次の選挙では勝つことができませんでした。しかし、その後のドイツ経済を見れば、彼は自分だけでなく、党をも犠牲
にしてドイツ経済活性化の道を拓いたというわけです。
サルコジ大統領は昨年末、シュレーダー氏をパリに招いて改革政策について意見交換をしたと伝えられますが、社会民主主義者
の改革が保守派の改革にどのように活かされていくか注目されるところです。
伊崎 捷治(当協会会員、元ベルリン独日協会副会長)
3
欧州分断の克服
戦後のドイツ・中欧の軌跡―、日本の一外交官の見た
稲川 照芳(元在ハンガリー大使・昭和女子大学客員教授・当
協会会員)
Die Überwindung des geteilten Europas
Deutschland und Mitteleuropa nach dem Krieg
– aus der Sicht eines japanischen Diplomaten
Teruyoshi Inagawa(Botschafter a.D., Gastprofessor der Showa
Women’s University, Mitglied der JDG)
─年表─
1938年
3 月12日 ドイツ軍、オーストリアに進駐
13日 ドイツ、オーストリアを併合
9 月14日 ヒットラーとチェンバレンのオーヴァー・ザルツブルク
のヒットラーの山荘での会談
29日 ミュンヘン会談(ズデーテンのドイツ割譲)
10月
チェコスロヴァキアのベネシュ大統領、辞任
11月20日 第一次ウイーン裁定
1939年
3 月14日 スロヴァキア自治共和国へ
チェコスロヴァキア、ドイツの保護国へ
8 月23日 ドイツ・ソ連不可侵条約締結、秘密の付属議定書でポー
ランドでの独ソの利益圏を決定、ポーランド東部をソ連
に、西部をドイツの利益権に
9 月 1 日 ドイツがポーランド侵攻
3 日 英・仏がドイツに宣戦
1940年
8 月30日 「第二次ウイーン裁定」
11月20日 ハンガリー、日独伊三国協定に調印
1941年
6月
英国がハンガリーに宣戦布告
12月 8 日 日本、真珠湾攻撃
1944年
3月
ドイツがハンガリーを占領
1945年
5 月 8 日 ドイツの降伏
7 月17日 ポツダム会談(∼ 8 月 2 日)
8月
ソ連ポーランド西部国境画定
1946年
6月
英国元首相チャーチルがスイス・チューリヒで「鉄のカー
テン」演説
1947年
1月
米英が西ドイツの占領地統合(Bizonenの成立)
3 月12日 トルーマン米国大統領、「封じ込め」演説(トルーマン・
ドクトリン)
6 月 5 日 マーシャル米国国務長官、マーシャル計画発表
1948年
6月
西側占領地域で通貨改革(ドイツマルクの導入)、次いで、
ソ連占領地域(東ドイツ)でも通貨改革
ソ連の西ベルリン封鎖に対抗して、米国、英国、西ベル
リンへの大空輸作戦実施
9月
西ドイツ議会協議会、ヘレン・キームゼーにて基本法起
草
1949年
5 月 8 日 基本法採択(23日公布)
10日 ボンを暫定首都に決定
23日 ドイツ連邦共和国成立
9 月20日 第一次アデナウアー内閣成立
10月 7 日 東ドイツ(ドイツ民主共和国)成立
1950年
5 月 9 日 ロベール・シューマン、欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)
設立構想を提案
7月
ゲルリッツ条約署名(オーデル・ナイセがポーランド西
部国境に)
4
1951年
4 月18日 ECSC発足
1952年
5 月27日 欧州防衛共同体条約署名(1954年 8 月30日、フランス国
民議会が批准せず)
1953年
6 月17日 東ドイツの労働者蜂起
1955年
5 月 5 日 西ドイツの主権回復
9 日 西ドイツのNATO加盟
14日 東ドイツがワルシャワ条約機構に加盟
15日 オーストリア国家条約に署名。オーストリアは主権回復
9月
西ドイツがソ連と外交関係樹立(アデナウアーのソ連訪
問)
10月23日 ザール住民投票、ザールは西ドイツに留まる
1956年
6 月28日 ポーランド、ポズナンで市民の暴動
10月23日 ハンガリー革命、ナジ首相、ワルシャワ条約脱退と中立
化を宣言
11月 4 日 ソ連の軍事介入でハンガリー革命失敗
以降カーダル・ヤーノシュが第一書記に
1958年
1 月 1 日 ローマ条約発効(欧州経済共同体および欧州原子力共同
体ユーラトムの発足)
6 月16日 ハンガリーでナジ処刑
11月27日 ソ連、西側三連合国にベルリン最後通牒
1961年
8 月13日 ベルリンの壁構築開始
1962年
10月
キューバ危機、米ソ緊張緩和へ
1963年
1月
仏独、エリゼー条約調印
10月
西ドイツ議会、エアハルト首相選出
1966年
7月
フランスはEECより代表を撤収(空席政策)
12月
キージンガー内閣(CDU / CSUとSPDの大連立内閣、キー
ジンガー首相、ブラント外相)成立
1967年
1月
フランスがEECに復帰(「ルクセンブルクの妥協」
)
6月
イラン皇帝の西ドイツ訪問中、デモンストレーションで
学生が射殺された。
7月
EEC、ECSC、ユーラトム事務局が統合され、EC(欧州
共同体)に
12月
NATO、アルメル報告採択
1968年
6月
西ドイツの非常事態法発効
8 月21日 ワルシャワ条約軍、チェコスロヴァキアに侵入
1969年
7 月 1 日 ハイネマン、西ドイツ連邦大統領に就任
10月
SPD / FDP(ブラント首相・シェール外相)連立政権発
足
1970年
3月
戦後初めて東西両ドイツ首相の会談
5月
東西両ドイツ首相の第二回目の会談
8月
モスクワ条約調印
12月
ワルシャワ条約調印
1971年
5月
東ドイツのホーネッカー、ウルブリヒト書記長の後任に
9 月 3 日 (西)ベルリンに関する 4 カ国協定署名
1972年
6 月 3 日 モスクワ条約、ワルシャワ条約、(西)ベルリン 4 カ国
協定発効
12月21日 両ドイツ間基本条約署名
1973年
1 月 1 日 英国等ECに加盟
7 月31日 欧州安全保障協力会議(CSCE)開始
9月
両ドイツ、国連加盟
12月
西ドイツとチェコスロヴァキア間の条約(プラハ条約)
署名
1974年
5月
1975年
8月1日
1977年
9月
10月
1979年
12月
ブラント首相辞任、後任にヘルムート・シュミット首相
就任
ヘルシンキにて欧州安保最終文書採択
シュライヤー西ドイツ産業連盟会長、誘拐される
「ドイツの秋」
NATOの二重決定
ソ連、アフガニスタンに侵入
1980年
9月
ポーランドで自主管理労組「連帯」設立
1981年
12月13日 ポーランド戒厳令
1982年
10月 4 日 西ドイツでヘルムート・コール首相、ゲンシャー外相の
内閣が発足
1984年
9月
コール首相、フランスのミッテラン大統領とともにヴェ
ルダンで独仏不戦の誓い
1985年
3 月11日 ソ連でゴルバチョフがソ連共産党書記長に就任
6 月14日 シェンゲン協定署名
1987年
1月
ECの単一議定書発効
9月
ホーネッカー東ドイツ書記長、西ドイツ訪問
12月
米ソ首脳会談、中距離核(INF)撤廃条約に署名
1988年
5月
ソ連軍、アフガニスタンから撤退開始
ハンガリーにおいてカーダール書記長が退陣
1989年
5 月 2 日 ハンガリー、オーストリアとの国境鉄条網切除
6 月 4 日 中国天安門事件
ポーランドで戦後初めての大幅な自由選挙
16日 ハンガリーでナジ・イムレの名誉回復
8 月19日 ハンガリーのオーストリアとの国境の町ショプロンでパ
ン・ヨウロッパ・ピクニック実施
25日 ハンガリーのネーメト首相、ホルン外相、西ドイツのコー
ル首相を訪問
9 月11日 ハンガリー、国境開放
30日 在チェコスロヴァキアの西ドイツ大使館に籠城する東ド
イツ人が東ドイツ・ドレスデン経由で西ドイツ出国
10月 7 日 東ドイツ建国40周年記念日
18日 東ドイツでホーネッカー書記長解任
11月 9 日 ベルリンの壁崩壊
17日 東ドイツ、モドロウ首相就任
25日 チェコスロヴァキアのヤケシュ共産党書記長辞任
28日 西ドイツ、コール首相、ベルリンの壁崩壊後ドイツ問題
に関する10項目提案を連邦議会で発表
12月 2 日 米ソ首脳会談(於・マルタ)
4 日 NATO首脳会談
8 日 欧州理事会
20日 フランスのミッテラン大統領東ドイツ訪問
22日 ベルリンのブランデンブルク門開放
28日 チェコスロヴァキアでハベル大統領就任
1990年
1 月30日 東ドイツのモドロウ首相、段階的な統一案(モドロウ・
プラン)を提示
31日 ゲンシャー外相、トゥッティング講演
2 月10日 西ドイツのコール首相・ゲンシャー外相、ソ連訪問
13日 東西両ドイツ・米英仏ソ連、ドイツ問題について 2 プラ
ス 4 協議開催に合意
24日 コール首相キャンプ・デービットでブッシュ米国大統領
と会談
3 月18日
4 月12日
7月1日
2 日
5 日
14日
15日
17日
8月2日
30日
9 月12日
29日
10月 2 日
3 日
11月14日
19日
12月 2 日
1991年
1 月17日
3月6日
31日
5月
6 月20日
8 月19日
12月25日
1993年
1月1日
東ドイツで自由総選挙
東ドイツでデ・メジエール(東のCDU)内閣発足
両ドイツ間通貨・経済・社会同盟発足
ソ連共産党会議(13日まで)
NATOロンドン宣言(新戦略の検討開始)
コール首相、ソ連訪問
コール首相・ゲンシャー外相、コーカサス訪問
パリでの 2 プラス 4 会合にてゲンシャー外相よりポーラ
ンド西部国境をオーデル・ナイセ線とする独・ポ条約を
ドイツ統一後に署名することで合意
イラクのクエート侵略
欧州通常戦力交渉(CFE)において、統一ドイツの兵力
上限を37万人とすることをゲンシャー外相が表明
2 プラス 4 終了
両ドイツ間統一条約発効
米英仏ソ、ベルリンおよび全ドイツに関する権利及び責
任の終了宣言
ドイツ統一
ドイツ・ゲンシャー外相とポーランド・スクヴィエツキ
外相、ドイツとポーランドの国境画定条約に署名
CSCE首脳会議(おいてパリ、21日まで)
初めての統一ドイツ総選挙
クエート解放のため米国はじめ多国籍軍の軍事作戦開始
ドイツ、掃海部隊をペルシャ湾に派遣することを決定
ワルシャワ条約機構の軍事機構解体
ワルシャワ条約機構解体
ドイツの首都をベルリンに決定(連邦議会)
ソ連で保守派のクーデター、 3 日で失敗
ソ連邦解体
チェコスロヴァキア、チェコとスロヴァキアに分離・独
立
11月 1 日 マーストリヒト条約発効、EU(欧州連合)発足
1994年
8月
ロシア軍、東ドイツ地域、ベルリンより最終的に撤退
NATOとロシア「平和のためのパートナーシップ」プロ
グラムに合意
1995年
1 月 1 日 CSCEはOSCEに改組
1997年
5 月27日 NATOとロシアの間の相互関係、協力、安全保障に関す
る基本文書署名
1998年
6 月 1 日 フランクフルトで欧州中央銀行発足
1999年
1 月 1 日 単一通貨ユーロ導入
3 月12日 チェコ、ハンガリー、ポーランドがNATO加盟
9 月ベルリンへの首都機能移転完了
2000年
5 月 7 日 ロシアでプーチン大統領就任
2001年
9 月11日 米国同時多発テロ
2004年
5 月 1 日 チェコ、スロヴァキア、ハンガリー、ポーランド、スロベニア、マ
ルタ、キプロス、バルト三国がEUに加盟
2007年
1 月 1 日 ブルガリア、ルーマニアがEUに加盟
2008年
2 月17日 コソボ独立
5 月 7 日 ロシアでメドヴェージェフ大統領就任
8 月 8 日 ロシアのグルジアへの軍事介入
2009年
1 月20日 米国でオバマ大統領就任
4 月 5 日 オバマ大統領、プラハで「核兵器のない世界」演説
11 回にわたって連載してまいりました本稿は、この年表をもって完結となります。稲川大使には興味深いお話をたくさん聞かせていただき、
編集部一同たいへん勉強になりました。ご愛読いただいた読者の皆様と稲川大使に心から御礼申し上げます。
5
ニーナ・ 続報
レポート
ベルツドルフ・ヘルニツ小学校の先生からの手紙
Brief von einer Lehrerin der Grundschule Bertsdorf-Hörnitz
2011 年 12 月 /2012 年 1 月合併号(7P)で紹介した、ドイツ・ザクセン州のベルツドルフ・ヘルニツ小学校と宮城県雄勝町の
船越小学校との交流についての続報です。
ベルツドルフ・ヘルニツ小学校から東日本大地震の被災地にある船越小学校の子どもたちへ善意のプレゼントが贈られ、そのプ
レゼントで遊んでいる子ども達の写真がお礼の手紙とともにベルツドルフ・ヘルニツ小学校へ送られましたが、これに対してベル
ツドルフ・ヘルニツ小学校のハインケ先生から、仲介者である日独協
会の元研修生ニーナさんの元に写真とお返事が届きました。
ハインケ先生はニーナさんにクリスマスカードを送って、日独協会と
の協力に感謝の意を示して下さいました。„Vielen Dank für die tolle
Zusammenarbeit!
“ という言葉が書いてあります。
義援金のことが全部終わってから、ハインケ先生はニーナさんに色々な
質問をしたそうです。日本の小学校はどんな感じか、日本の子供達は鉛筆
かボールペンで宿題をするのか、そしてドイツの生徒たちに教えてあげたい
から日本語の簡単な言葉(お母さん、お父さん、学校など)を教えてほしい、
と。日本の小学校から手紙が来たので、その翻訳だけではなく、
自分の力で
も漢字を見て簡単な言葉を捜したいというのです。ニーナさんはハインケ
先生の日本と日本語への関心を知ってすごく感動したとのことでした。
小さな、けれど確かな日独交流の息吹を感じるエピソードです。
ベルツドルフ・ヘルニツ小学校の子どもたちとハインケ先生
映画紹介
Die Kulturkiste =文化の玉手箱=
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
Ein Film für PINA BAUSCH von WIM WENDERS
ドイツを代表する映画監督とは?という問いに対して、ヴェンダースと答えることに
まず異論はないであろう。ニュージャーマンシネマの担い手として日本でも脚光を浴び、
『パリ、テキサス』
(1984)に至るまでの一連のロードムービーや、ハリウッド版リメ
イクも話題となった『ベルリン・天使の詩』
(1987)などはよく知られたところであるし、
『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』(1999)や『ミリオンダラー・ホテル』
(2000)
からは彼の音楽への造詣の深さが窺われる。ジャンル豊かに創作し続けるヴェンダース
が次にしかけるのが、ピナ・バウシュとの異色タッグで彼女の舞台を映像化した本作品
である。ピナ・バウシュはドイツの舞踏家 / 振付家で、ダンスと演劇を融合させ革新的
な作品を生み出し、世界中で熱狂的なファンを獲得してきた。映画の構想段階でピナは
急逝するが、ヴェンダースはこれを乗り越え彼女に捧げるべく本作を完成させた。
『Pina/ ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』
(PINA,
2011)は、ピナの率いていたヴッパタール舞踏団
のダンサーたちが彼女の思い出を語り、彼らやピ
ナ自身のダンスの映像がランダムに挿入される形
式をとったドキュメンタリー作品である。インタビューでピナは自身のダンスについて、言葉で
はなく想像こそが原点であると語っている。彼女は内に抱いた様々な感情をダンサーたちとぶつ
け合うことで非 - 言語の表現へと磨き上げてダンスへと昇華したのである。ヴッパタールのオペ
ラハウスにて新たに撮影された過去作品や、丘陵やモノレール、工場、そして森や庭園で撮影さ
れたダンスシーンからは、ピナの鮮やかな身体言語が紡ぎ出す豊かなイメージと、カメラワーク
を通じてそれに躍動感を与えんとするヴェンダースの息づかいが感じ取れることであろう。また
ヴェンダースのアイディアで、本作ではダンスをリアルに映像化するべく 3D
が導入されていて、特に舞台の奥行きを効果的に演出することに一役買ってい
Pina/ ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち
(原題:PINA / ドイツ・104 分)
る。これにより、演劇を扱った従来の作品において平坦にならざるを得なかっ
た空間演出の問題を見事に解消しているといえよう。いや、客席から観る以上
監督・脚本・製作 : ヴィム・ヴェンダース
に生々しい「舞台」がそこには広がっているのだ。
出演:ピナ・バウシュ、ヴッパタール舞踏団ダンサーほか
いわゆる「現代芸術」を敬遠されている諸氏にも、これを機会にピナ・バウ
配給:ギャガ GAGA
シュの世界にぜひ触れていただきたい。それは同時に、ヴェンダースの尽きせ
2012 年 2 月 25 日㈯より
ぬ創造力のほとばしりを体感することとなるのであるから。
ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿バルト 9 他全国順次 3D 公開中
(田中洋 / 杏林大学非常勤講師)
公式サイト:pina.gaga.ne.jp
© 2010 NEUE ROAD MOVIES GMBH, EUROWIDE FILM PRODUCTION
6
ドイツで今 KORE が話題!
タベア・カウフ
一月に、日本でも話題になった「Costa Concordia」は一番多く検索されました。
1 月 13 日に、イタリア中部ジリオ島沖で座礁したクルーズ客船の 4200 人の乗客の中、
約 500 人のドイツ人が居ました。今までドイツ人 6 人の死亡が確認され、ドイツ人 6
人が行方不明になっている状況です。
第二位になったのは、
「www.dns-ok.de」でした。DNS-Changer というマルウェ
アが正規サイトを装った偽サイトへ誘導するフィッシング詐欺です。そのマルウェアは
ドイツでかなり広まりましたので、ドイツテレコムが誰でも自分のパソコンを簡単に
チェックできるサイトを設定しました。
トップスリーの最後に入ったのは
「Dschungelcamp」でした。主に元
アイドルやタレントがジャングルで
虫を食べたりする等の課題を乗り越
えないといけない人気番組シリーズ
です。因みに、人気がなくなった元
タレントはドイツ語で、
「B-Promi」
や「C-Promi」と呼ばれています
(Promi = Prominenter、有名人)
。
Tabea Kauf
Darüber spricht Japan
Im Januar hat die Japaner das Thema „ステマ“ (Sutema = Suterusumaaketingu, stealth marketing), also
„Schleichwerbung“, am meisten beschäftigt. Auslöser
war die Entdeckung, dass viele Nutzerbewertungen
auf der berühmten Restaurantrankingseite taberogu.
com gezielt zugunsten bestimmter Restaurants gefälscht wurden.
Weiterhin wurde verstärkt nach „平清盛“ (Taira no Kiyomori) gesucht. Der General der Heian-Zeit (794–
1185) verdankt das plötzliche Interesse an seiner Person dem gleichnamigen NHK-Fernsehdrama, das am
8. Januar startete und noch bis Dezember jeden
Sonntag ausgestrahlt wird.
Auch Platz 3 wurde vom Fernsehen besetzt: Der Anime „偽物語“ (Nisemonogatari), dessen Name sich zusammensetzt aus den Worten für „Fälschung“ und
„Erzählung“ („Nisemono“ + „Monogatari“) und auf
den Romanen der „Monogatari Reihe“ von NISIO Isin
aufbaut.
伝説の女優原節子が、誰にも理由を語らずに、そっとスクリーンを去ってから半世紀が経つ。今も
なお、日本の女優ベストテンといった企画では真っ先に名前が挙がり、
「銀幕のスタア」という常套句
『新しき土』
が色褪せずに似合う稀有な人である。
今春、彼女が初めて本格的に主演した映画「新しき土」が、七十五年ぶりに劇場公開される。この映画
75 年ぶりにスクリーン公開
はドイツと日本の合作で、日本初の国際合作映画として製作された。デビューして間もない原節子がヒロ
インに抜擢され、昭和十二年に日本・ドイツはもとより世界中で公開されて大ヒット。彼女は一躍スタア女優の仲間入りを
した。などと訳知り顔で書いているが、実は今回初めて知った事ばかりで、知れば知るほど驚くべき映画なのである。
監督にはアーノルド・ファンクと伊丹万作(伊丹十三の父)の二人がクレジットされ、キャスト・スタッフには綺
羅星のような名前が並ぶ。ファンクは伯林(ベルリン)オリンピックを撮ったレニ・リーフェンシュタールの師匠で、
レニが女優時代に出演した「聖山」や、
「モンブランの嵐」などの山岳映画を監督した人である。山岳映画の巨匠と云
われるだけあって上高地∼焼岳で撮影された迫力満点のクライマックスシーンも素晴らしいが、なんと言っても本作
の一番の見どころは、主演の原節子だ。
撮影当時十六歳。洋装、和装、セーラー服、剣士姿、さらには水着姿も披露し、全編にわたって若き原節子の瑞々
しい魅力があふれている。スクリーンに映し出される彼女は、輝きを放ち、あまりにも美しい。
映画完成後、原節子はプロデューサーの川喜多長政夫妻と共に、満洲からロシア、ドイツ、フランス、さらにアメリカと、
世界を一周する破格のプロモーション・ツァーを行ったことも有名だ。伯林の街で大勢の市民に囲まれながら笑顔で歩く彼女の写真が残
されている。――その笑顔を見ながら想いは翔ける。もしも戦争が無ければ、私たちはどんな原節子と出会えたのだろうか…と。
【ストーリー】
欧州留学を終え、ドイツ人女性ジャーナリストと共に帰国した青年輝雄(小杉勇)は、一途に待ちわびていた許婚の光子(原節子)
と、その父巌(早川雪洲)に温かく迎えられる。しかし西洋の文化に馴染んだ輝雄は、許婚という日本的な慣習に反発を覚えて悩む。
輝雄の変化に気付いて絶望した光子は、花嫁衣装を胸に抱き、噴煙を上げる険しい山に一人で登り始める…
原節子主演の日独合作映画
映画『新しき土』 (独 Die Tochter des Samurai)
出演:原節子/小杉勇/早川雪洲
ルート・エヴェラー/市川春代/英百合子/中村吉治/高木永二ほか
監督:アーノルド・ファンク、伊丹万作
撮影:リヒャルト・アングスト/撮影協力:円谷英二
音楽:山田耕筰/作詞:北原白秋、西條八十
(1937 /日独合作/白黒/モノラル/スタンダード/ 106 分)
画像提供:
T & K テレフィルム
4 月 7 日㈯より東京都写真美術館ホールほか順次全国ロードショー
公式 HP www.hara-eiga.com
劇場鑑賞券を 10 組 20 名様にプレゼント!
10 組(20 名様)に劇場鑑賞券(東京都写真美術館ホールで上映期間中有効)をプレゼントいたします(応募者多数の場合は抽選となり
ます)
。ご希望の方は件名を「『新しき土』鑑賞券希望」とし、お名前・ご住所・連絡先を明記の上、当協会宛てにメール(bruecke@jdg.
or.jp)
、Fax(03-5368-2065)又は葉書(〒160-0016 東京都新宿区信濃町 18 マヤ信濃町 2 番館)にてご応募下さい。
鑑賞券に当選されなかった方にも W チャンス!
鑑賞券に当選されなかった方の中から更に抽選で 10 名様に、日本一の映画看板師として名高い青梅市の久保坂観氏による描きおろし映画
ポスター(B2 サイズ)をプレゼントいたします。なお、ポスターのみをご希望の方は件名を「
『新しき土』ポスター希望」とお書き下さい。
締切は 2012 年 3 月 30 日㈮必着です。当選発表は賞品の発送をもって替えさせて頂きます。たくさんのご応募をお待ちしています。
7
ベアタの
晴 れ も よ う
Beatas Klarer Himmel
2012 年の「ドイツ映画特集」より
皆さんは映画が好きですか?私にとって映画は文化に一
番簡単に触れられる手段です。映像を見れば、自然にストーリー
に入り込めるでしょう。映画を観るのは、本を読むのや絵を見るのと違っ
て、文字、色と形の関係など基本的なエレメントを意識的に組み合わせな
くても自動的に理解できるでしょう。映画は観客に面白さと隣り合わせの
文化的体験を提供するからこそ、一般に好かれるのでしょう。
2012 年 1 月 19 日まで私は「映画は楽し」ということに慣れていま
した。もちろん、映画で死亡、悩みや憂いなど描写されたときには泣きま
したが、観客として上映をいつも楽しんで、リラックス出来て、いい気分
になりました。この習慣が今年の 1 月 19 日に壊れてしまったのはどう
してか、皆さんは興味を持って頂けるでしょうか。
この日私は東京・赤坂のドイツ文化会館ホールで開催された「ドイツ映
画特集」を見に行きました。自分にサプライズしようと思って、オープニ
ング映画についてわざと何も読みませんでした。タイトルは“Halt auf
freier Strecke”[直接翻訳:空いている道で停車]だったので、多分ひと
つの家族のドライブについての話だろうと思っていました。しかし、最初
のシーンは病院でした。40 代の夫婦は診察室で夫に悪性脳腫瘍があると
いうことを初めて聞くのです。二人の子供の父親であるこの夫は、自分の
息子の誕生日まで生きられません。冬に死んでしまうのです。脳神経外科
医がこの辛いお知らせをしているとき、診療室の電話が鳴ります。医者は
電話に出て、ありふれた職業的な話をし、電話を切り、またフランス・ラ
ンゲと言う患者に彼の健康状態の酷さを説明する。このシーンでは、避け
られない死と日常の陳腐さは現実的に混ざっています。このシーンを見た
私には、
「これは映画世界じゃない、これは事実だ」という強い感覚が有
りました。後で分かったのですが、「どうする、人生真っただ中」
(日本語
のオフィシャルタイトル)の映画に出る医者や治療師の皆さんはアクター
じゃなくて、現実の医者や治療師だったのです。そして診療室の電話も、
アレンジされたものではなかったのです。映画チームが病院で撮影したと
きに診療室の電話が急に鳴り、脳神経外科医がこの電話に出ただけ、とい
うことです。
「どうする、人生真っただ中」は死が人生のひとつの部分だということ
を教えようとしている映画です。どうして苦しくて怖くて癌による死で
あっても家族や好きな人とさようならする機会を少しだけ感謝するべきで
あるかもしれません。ポーランド人の宗教家と詩人であったヤン・トファ
ルドフスキは「愛することを急ぎましょう、人の命は短いのだから」とい
うことを述べました。
「どうする、人生真っただ中」は楽しくない、簡単でもない映画ですが、
私のお勧めです。
8
Von den Deutschen Filmtagen in Tokyo 2012
Mögen Sie Filme? Für mich sind Filme ein Teil der Kultur, die am einfachsten zu erleben ist – man guckt den Bildschirm an und wird in
eine Story hineingerissen. Filme schauen ist anspruchsloser als Lesen oder Gemälde Betrachten, da man die grundlegenden Elemente wie Buchstaben, Farben und Formen nicht zusammenstellen und
interpretieren muss – verstehen passiert irgendwie automatisch. In
diesem Sinn machen Filme es einem einfach, sie zu mögen – sie
bieten ein kulturelles Erlebnis, das an reinen Spaß grenzt – einen
Genuss, der sehr oft bereichernd, manchmal aber auch trivial ist.
Ich war vor dem 19. Januar 2012 daran gewöhnt, dass ein Film einem Vergnügen bereitet. Auch wenn ich früher beim Film Schauen
zwischendurch geweint habe, weil Kummer, Angst oder Tod dargestellt wurden, konnte ich mich trotzdem als Zuschauer entspannen,
und mich in eine gute Stimmung bringen. Am 19. Januar bin ich
mit dieser Gewohnheit jedoch gescheitert. Wollen Sie wissen, warum?
Ich bin an diesem Tag zur Eröffnung der Deutschen Filmtage ins
Goethe Institut in Tokyo gegangen. Ich wollte mich überraschen
lassen und habe über den Eröffnungsfilm „Halt auf freier Strecke“
nichts gelesen. Vom Titel her habe ich angenommen, dass es um einen Familienautoausflug in die Natur gehen könnte. Die ersten Szenen haben jedoch, ganz entgegen meinen Erwartungen, im Krankenhaus gespielt. Ein Ehepaar kommt ins Behandlungszimmer und
erfährt von einem Neurochirurgen, dass der Familienvater einen
bösen Gehirntumor hat und nicht mehr als ein paar Monate zu leben hat. Er wird den nächsten Geburtstag seines Sohnes nicht erleben, er wird im Winter sterben.
Während die fatale Nachricht vermittelt wird, klingelt das Telefon
im Behandlungszimmer. Der Arzt antwortet und klärt die Sache
kurz, danach legt er den Hörer auf und erklärt dem Patienten Franz
Lange weiter, wie aussichtslos seine Lage ist. Der unausweichbare
Tod und Alltäglichkeit werden so brutal und natürlich zusammengemischt, dass man irgendwie spürt, dass die Szene nicht ausgedacht wurde, sondern zur Realität gehören muss. In der Tat ist der
Arzt, wie auch andere Ärzte und Therapeuten im Film, kein Schauspieler, sondern ein echter Repräsentant des gespielten Berufes.
Das Klingeln des Telefons im Behandlungszimmer wurde auch nicht
arrangiert, sondern passierte plötzlich, als die Filmtruppe bei dem
Arzt im Klinikum drehte.
„Halt auf freier Strecke“ wirkt an vielen Stellen wie eine Dokumentation. Eine Dokumentation, die vom Sterben als einem Teil des Lebens handelt und den Zweck hat, den Zuschauern etwas zu zeigen.
Wie schmerzvoll, schwierig und erschreckend das langsame Sterben an Krebs auch ist, sollte man vielleicht auch für die Chance, sich
von den Liebsten verabschieden zu können, dankbar sein. Wie Jan
Twardowski, ein polnischer Priester und Poet, sagte: „Eilen wir Menschen zu lieben...sie verlassen uns so schnell“.
„Halt auf freier Strecke“ war für mich kein Genuss, und kein Spass.
Ich empfehle den Film trotzdem weiter.
日本に住むドイツ人のコラム
日本に暮らすドイツ人が懐かしむモノ ∼Kabarett 編∼
クララ・クレフト
本誌 2 月号にも寄稿して頂いたクララさんは日本在住 10 年以上。ご自身のブログ「クララの八百八町」
(http://
eighthundredandeighttowns.typepad.com/)や YOUNG GERMANY IN JAPAN(http://www.young-germany.jp/)にて、
彼女の「日本」への飽くなき探求心と好奇心、幅広い知識や母国ドイツへの愛がいっぱい感じられる記事を精
力的に執筆されています。そんなクララさんの面白コラムをクララさんと YG IN JAPAN の許可を得て、本誌
に転載させて頂きます。
illu st by:ほそ
えあみ
(p hotost.jp
)
私が日本に来て、新聞を辛うじて読めた時期、日本語を勉強する目的で毎晩様々なテレビ番組をみました。夜ですから、ドラマ、バラ
エティーとお笑いの番組ばかりみました。しかし、日本のお笑いは…なんだかぴんとこなかったのです…
10 年も経って、方々の落語会に行っていますので、「クララ、おまえ、日本のユーモアがなにも分からないんだな!」と責められる事
はまずありませんが、まだまだ理解できない事があります。
なぜ、漫才師は相方の頭をパンと殴るのか?…子供が見たら、その暴力を真似しようと思わないのかな?と不思議に思っていました。
それは別として、日本のお笑いはもっと政治的であれば良いのにと思います。
ドイツでは昔から、芸人が舞台に立って、政治家や最近の政策を揶揄するカバレットという芸があります。
有名なカバレット芸人(カバレティスト)はテレビ番組を持っていて、全国ツアーで大きなホールで自
分のネタを披露しますけれども、さほど有名でない人はあっちこっちの公民館や文化センターを回ります。
私の親は昔からそういう番組が大好きで、町の文化センターでの公演にもよく連れて行ってもらいました。
なんともないネタにも政治が絡みます。昨年逝去したドイツユーモアの大御所ロリオのネタで、おじい
さん、ママ、パパ、坊ちゃんの四人家族(ホッペンシュテット家)のクリスマスを描いたコントがあります。
おじいさんが孫に買ったクリスマスプレゼントはなんと「原発ごっこ」というセット。孫は興味がない
ので、パパがクリスマスツリーのキャンドルの灯りで、原子炉、燃料棒、冷却装置、中性子加速器、原子
炉格納容器を組み立てます。もちろん、その周りに立つ農家、牛、森も全部そろっています。
「間違えると小さな爆発も起こります。もちろん、本当の爆発ではないです。子供のための物ですからね。」
と言うおもちゃ屋のおばさんが説明した通りに組み立てようとしても、原発は結局爆発して、床に穴が開
きます。原発ごっこの部品は一階下に住む家族の食卓に落ちて…というネタです。72 年に原子力反対運
カバレティスト Volkmar Staub(左)& 動の第一波が起きていた時期で、非常に政治的なネタですが、当時のテレビで放送されました。
Florian Schroeder(右)Lörrach での
今のドイツのテレビではアメリカ式のスタンダップコメディがメインだそうですが、いまだにカバレッ
公演中(05.01.2008)
トは大の人気があります。
Urheber:Wladyslaw
もちろん毒舌溢れる落語はありますし、毒舌家の漫才師はいらっしゃいますけれども、10 年日本に住
んで「これだ!」という方には今まで会ったことがありませんでした。
それがこの間、偶然に、あるイベントで松元ヒロというコメディアンの 20 分ほどの様々なネタを聴く機会があって、涙が出ました。
涙が出たのは、おかしすぎて、横隔膜が痛くなって、涙が出るほど笑ったからということももちろんあり
ますけど、「ああ、懐かしすぎる…」と故郷を思い出して、涙が出ました。
そういったすばらしいネタが放送されない日本のテレビを本当に理解できません。テレビでは松元ヒロさ
んの芸を見ることはできないので、是非とも皆様に、ドイツ人を泣かした松元さんのネタをホールで見て欲し
いですね。
で、これがそのネタです。
Weihnachten bei Hoppenstedt/ ホッペンシュテット家のクリスマス(Loriot)※ 日本語字幕付
http://www.youtube.com/watch?v=Q7jeL_ _suYM&feature=fvsr
そして、松元ヒロさんの公演をご覧になりたい方にもちょうど良いチャンスがあります!
松元ヒロ ソロライブ『松元ヒロ ひとり立ち』
日程:2012 年 3 月 29 日㈭∼ 4 月 1 日㈰
Leipzig のカバレット劇場
会場:紀伊国屋ホール 料金:全席指定 3,300 円
前売券取り扱い:キノチケットカウンター(新宿本店 5 階 / 店頭販売のみ 10:00∼18:30)、各種プレイガイド "academixer"
Urheber: Sir James, 24.Feb.2009
お問い合わせ:サンライズプロモーション東京 0570-00-3337(全日 10:00∼19:00)
松元ヒロ オフィシャルサイト:ヒロポンのインターネット大作戦 http://www.winterdesign.net/hiropon/
会員特典のご案内 ~日独協会 会員証の提示で特別サービスが受けられるお店と特典内容です~
●ドイツワインレストラン「Riesling ~リースリング~ドイツワイン&ダイニング」
(新宿区西新宿7-3-1 Tel. 03-3360-8013)
店長のおすすめワイン 1 杯サービス
● Zum Einhorn(港区六本木 1-9-9 六本木ファーストビル B1F Tel. 03-5563-9240)
ハウスワイン・グラス 1 杯またはビール 1 杯サービス
●築地日本海 信濃町店(〒160-0016 東京都新宿区信濃町 34 アトレ信濃町 1F Tel. 03-3226-0161)
6 名様以上でのお食事で焼酎ボトル 1 本サービス(ディナータイムのみ)
※上記の特典はお食事を注文された方に限ります。注文の際に会員証をご提示いただき、
サービスについてお尋ねください。
9
1 月の活動報告
「日独協会ドイツ語講習会」
協会セミナールーム
2011 年度下半期コース
−決議事項
企画実行委員会規定案と構成案 12
火・水・木・金曜日の昼又は夜及び土曜
日午後、
協会セミナールームにて開講中。 月月次決算及び年度決算見通し並びに予
Deutschkurse in der JDG
算編成の基本方針案 12 年度ブリュッ
Oktober 2011- März 2012
ケ編集方針案 理事会(3 月、5 月)議事
jeden Di., Mi., Do., Fr. und Sa.
−報告事項
Ort: Seminarraum der JDG
シンポジウム進捗状況 日墺協会と
賀詞交歓会
の提携進捗状況 連合会年会費原案 弁護士契約書 事務局組織表 そ
1/5 ㈭ 15:00 ∼ 18:30
の他(会費不払い会社とその理由、残業
協会セミナールーム
問題、各種日程など)
多くのお客
Ausschuss für die Geschäftsführung
様をお迎え
Zeit: Fr., 20. 1. 12, 14:00-17:30
して恒例の
Ort: Seminarraum der JDG
新年のお祝
会員懇親会サロン
い会をしま
した。本年
1/20 ㈮ 18:00 ∼ 20:00
もよろしくお願いいたします。
築地日本海信濃町店
Neujahrsbegrüßung
新しい試みとして特別なテーマを決めな
Zeit: Do., 5. 1. 12, 15:00-18:30
い自由な歓談の会を開催しました。
Ort: Seminarraum der JDG
JDG-Mitgliedertreff
Zeit: Fr., 20. 1. 12, 18:00-20:00
東京都写真美術館訪問
Ort: Tsukiji-Nihonkai Shinanomachi
1/9(月・祝) 14:30 ∼ 18:00
JG シュタムティッシュ
東京都写真美術館
10 人の参加者とともに恵比寿にある東京都
1/20 ㈮ 19:00 ∼ 21:00
写真美術館で
「ストリート・ライフ ∼ヨーロッパ
協会セミナールーム
を見つめた 7 人の写真家たち∼」という写真
今回のテーマは「新年の抱負」
。参加者に
展を観てきました。
そのあとはカフェで懇談し、 「2012 年にしたいこと」
「2012 年にもうした
恵比寿のイルミネーションを見物してきました。
くないこと」
を紙に書きホワイトボードに張っ
Besuch des Tokyo Metropolitan Museum
たり読み上げたりして盛り上がりました。
of Photography
JG Stammtisch
Zeit: Fr., 20. 1. 12, 19:00-21:00
Zeit: Mo., 9. 1. 12, 14:30-18:00
Ort: Seminarraum der JDG
Ort: Tokyo Metropolitan Museum of Photography
シュプラッハ・クナイペ
ドイツ語圏映画サークル「出稼ぎ野郎」
1/13 ㈮ 19:00 ∼ 20:30
1/21 ㈯ 14:00 ∼ 18:00
協会セミナールーム
上智大学
今回は
「13 日の金曜日」
の開催なのでテー
今回はファスビンダー監督による 1969
マも「ドイツと日本の迷信・幸福と不幸
年の作品「出稼ぎ野郎」を見ました。外
のシンボル」というテーマにしました。
国人排斥問題をテーマにした映画で、上
Sprachkneipe
智大学ではこの映画に関する資料が配ら
Zeit: Fr., 13. 1. 12, 19:00-20:30
れ、内容を理解する助けになりました。
Ort: Seminarraum der JDG
Deutscher Filmzirkel „Katzelmacher“
Zeit: Sa., 21. 1. 12, 14:00-18:00
ドイツ語圏文化セミナー 46
Ort: Sophia University
ワークショップ
「ドイツ人が知りたい日本」
第九勉強会
1/16 ㈪ 19:00 ∼ 21:00
1/21 ㈯ 14:30 ∼ 16:30
協会セミナールーム
協会セミナールーム
詳細は 1 ∼ 2 ページの記事をご覧ください。 「ドイツリート勉強会」から「
『第九』勉強
46.Kulturseminar des Deutschen
会」へと活動内容変更し、第一回目となっ
Sprachraums: Die Arbeitsgruppe
た本会。初回はオリエンテーションを兼
„Was möchten die Deutschen über Japan
ね、参加者それぞれが『第九』に対する
wissen?“
熱い想いや勉強会への意気込みを語った。
Zeit: Mo., 16. 1. 12, 19:00-21:00
意欲的な新メンバーを迎え、参加者 13 名。
Ort: Seminarraum der JDG
本会についてのお問い合わせは望月
メルヒェンシュトゥンデ
([email protected])まで。
Lerngruppe „Die Neunte Sinfonie“
1/19 ㈭ 14:00 ∼ 15:30
Zeit: Sa., 21. 1. 12, 14:30-16:30
協会セミナールーム
Ort: Seminarraum der JDG
15 名の参加者と „Frau Holle
“ の続きを
継続ドイツ・ワイン塾 新年会
読みました。全部読み終わった後で登場
人物を形容するのに使われた単語をピッ
1/21 ㈯ 18:00 ∼ 20:30
クアップしてみたり、登場人物の役回り
ドイツワインバーゆううん赤坂
について話し合ったりして物語の理解を
あいにくの雪のちらつく寒い日の集まりで
深めることができました。
したが 22 名の方に参加頂きました。小林
Märchenstunde
正文様から Nahe の Kerner ワイン、佐藤
Zeit: Do., 19. 1. 12, 14:00-15:30
理夫様から Kirschblüten Likör の差し入れ
Ort: Seminarraum der JDG
を頂き、お店のワイン 9 本、総計 11 本の
運営委員会
ワインを飲み干すことが出来ました。次回
のワイン塾は 3 月 31 日㈯の予定です。正
1/20 ㈮ 14:00 ∼ 17:30
10
式なご案内は追ってご連絡申し上げます。
Deutscher Weinseminar Ⅱ Neujahrsfeier
Zeit: Sa., 21. 1. 12, 18:00-20:30
Ort: Yuun Akasaka
独逸塾
1/23 ㈪ 18:30 ∼ 20:30
協会セミナールーム
今年最初は大きな大きな宇宙と小さな小
さな素粒子の科学話題。最初は 2011 年
12 月 14 日付 n-tv から Innerhalb von Jahren
komplett zerrissen : Gaswolke rast in Schwarzes Loch. もう一つは昨年 12 月に発表さ
れ、ドイツでも世界でも科学界で大話題
になったヒッグス素粒子発見か?“Das
Gottesteilchen”Higgs, wo steckst Du ? の 12
月 13 日の FAZ 記事。科学記事はこういう
機会でもないと仲々読めない、と好意的感
想多し。
2月13 日は同記事の小見出し“Die
Stunde der Wahrheit naht”から。
(岡田)
Gesprächskreis: Neuigkeiten aus
Deutschland- Doitsujuku
Zeit: Mo., 23. 1. 12, 18:30-20:30
Ort: Seminarraum der JDG
ブリュッケ編集会議
1/24 ㈫ 15:00 ∼ 17:00
協会セミナールーム
„Die Brücke
“ 12・1 月合併号のレヴュー、
2 月号の原稿の校閲、3 月号以降の具体
的内容および新年度の発行予定などにつ
いて話し合った。
Sitzung für die Mitgliederzeitschrift
„Die Brücke“
Zeit: Di., 24. 1. 12, 15:00-17:00
Ort: Seminarraum der JDG
シュプラッハ・カフェ
1/26 ㈭ 14:00 ∼ 15:30
協会セミナールーム
研修生ベアタさんによ
るシュプラッハ・カフェ。
今回は
「Polyglotten Café」
です。Polyglott は「数
カ国語を話せる」とい
う意味。多言語を話す有名人についてベ
アタさんがプレゼンをした後、同じ内容
を違う言語で話した時に印象が変わるの
か?という実験をしてみました。
Sprachcafé
Zeit: Do., 26. 1. 12, 14:00-15:30
Ort: Seminarraum der JDG
冬の旅
1/30 ㈪ 18:00 ∼ 20:00
協会セミナールーム
バイエルン放送局作成の同名文化番組の
読み合わせ=全 24 曲を順次聴きながら、
シューベルトの思いと音楽性をドイツ語
で読み解こうと言う企画=の本年初例会。
前回まではこの歌曲全体の主題が実は「失
恋青年の故郷帰還の物語」ではなく「死
を予感する作曲者自身の魂の歌」である
こと等が明確にされた。今回は自身の日
記や友人の証言をもとに彼の女性観・結
婚観が取上げられ、彼のもう一つの面=
奔放な自由人=が面目躍如となって来た。
次回予定は 3 月 12 日㈪ 18:00 ─、於・協
会セミナールーム。
(共同世話人:則満)
Lerngruppe „Winterreise“
Zeit: Mo., 30. 1. 12, 18:00-20:00
Ort: Seminarraum der JDG
Deutsch lernen mit Sprichwörtern!
ドイツのことわざをうまく使いましょう!
Deutschecke
♪
講師 Matthias Hennings
今月のフレーズ
Viele Köche verderben den Brei
A: Na, wie läuft’s mit deiner Präsentation?
B: Ach hör auf, ich muss noch mal ganz von vorne anfangen.
A: Warum das denn?
B: Mein Chef wollte noch ein paar Änderungen haben, dann kam sein Chef und wollte auch
noch was geändert haben und am Ende fand der Direktor, dass das alles noch nicht so ist,
wie es sein sollte.
A: Tja, viele Köche verderben den Brei.
A さん:やあ、プレゼンはうまくいってるかい?
B さん:訊かないでくれよ!もう一度最初っからやり直さなきゃならないんだ。
A さん:そりゃまたどうして?
B さん:上司が変更しろって言うから変更したらさ、上司の上司も変更しろと
言ってきて、その挙句部長がプレゼンを見て良くないと言ったんだ。
A さん:まあ、人が加われば加わるほど悪くなるものだよね。
qrqrqrqrqrqrqrqrqrqrqrqrqrqrqrqrqrqrqrqrqrqrqrqrqrqr
Viele Köche verderben den Brei は、人が加われば加わるほど悪くなる
という意味です。
(直訳=たくさんのコックがいるとお粥がまずくなる。)日本
にも、 船頭多くして船山に上る という同じような諺がありますね。船を山に上らせるなんて逆にすごいテクニッ
クなのでは?なんて思ってしまいますが、色んな味が混じったお粥は食べたくないですよねぇ f^_^;
Die Getränkekarte, bitte! (最終回)
Kloster Eberbach 皆さんこんにちは。ドイツワインやドイツビールには、修道院で造られているものも多数ありますが、今回はドイツ銘醸ワインの里 Rheingau にあ
り、現在のドイツワイン等級の礎を築いたといってもよい、Hessiche Staatsweinguter Kloster Eberbach(ヘッセン州立エーベルバッハ修道院
醸造所)のお話です。大河ライン河畔の村、Hattenheim の小高い丘の上にある Kloster Eberbach は現在ヘッセン州が管理する醸造所ですが、そ
の歴史は非常に古く、今から約 900 年前に遡ります。時は 1136 年ブルゴーニュ出身のシトー派の大司教、クララ・ヴォーが新たな修道院の建設場
所を探す目的で Hattenheim を旅していると、どこからともなく一頭の猪(Eber)が現れました。彼が猪に導かれるかの様に丘を登ると一本の小川
(Bach)に到着し、猪はまるで「ここに修道院を建てなさい」と言わんばかりにピョンと小川を飛び越え、森の中へ消えていった・
・。その後クララ・
ヴォーにより、ゴシックとロマネスク様式の混ざった Kloster Eberbach が建立されました。私は 2000 年の冬にここを訪れたことがありますが、
有名な Steinberg などの Weinberg を散策した後内部に入りました。玄関から中庭に面したアーチ型の回廊を通り抜け地下へ降りるとそこはまるで
中世の時代に戻ったかのような、昔の醸造器具が並ぶ博物館になっていて、ヒンヤリ透明感のある空気の中、修道士達がワイン造りに精を出してい
る情景を思い浮かべながら見学したのを覚えています。この修道院は Cabinet の発祥の地として知られています。
今ではワインの等級を表す Kabinett ですが、元々は密室という意味もあり、
「特別な秘蔵ワイン」として貴族や
高僧、そしてそれを造った修道士達の楽しみとして飲まれていたようです。かの鉄血宰相 Otto von Bismarck
は 1811 年産の Steinberger Auslese Cabinet を気に入りその殆どを買い占めた、とさえ言われています。
もし、ライン河下りなどで Rüdesheim まで行かれることがあれば、そう遠くはないので一度 Kloster
Eberbach まで足を伸ばしてみてはいかがですか?中世にタイムスリップしたような気分になれますよ。
∼今月の 1 本∼
1989er Hochheimer Nussbrunnen Riesling Auslese
Weingut Balthasar RESS Rheingau
Kloster Eberbach よりほど近いライン河沿いの銘醸、レス家が誇るアウスレーゼの古酒。20 年以上の熟成を
経てレンガ色に変化した色合いと、上質の紅茶を思わせるアロマ、そして上品で深みのある熟成味は肉料理など
とも絶妙なマリアージュ。今では本当に希少なラインガウ古酒はリースリングファンをきっと魅了する事でしょう。
機関誌が一新されるにあたり、私のコラムも今回で最後となります。今までお付き合いくださり、ありが
とうございました。
(Franziskaner Bar&Grill 御茶ノ水店 シェフソムリエ 冨田隆浩)
2009 年 7/8 月合併号の初回から 14 回にわたり、ドイツが誇るビールやワインにまつわるエピソードをご紹介してきた本コーナーは今回
が最終回となります。美味しいドイツワインやビールを飲みたい!もっと色々な話が聴きたい!という方はぜひ Franziskaner Bar&Grill 御
茶ノ水店さん(〒 101-0062 東京都千代田区神田駿河台 3-1 Tel:03-5283-6846)に足を運んでみてください。フロア毎に趣は違えど、いず
れもドイツらしい雰囲気を味わえる店内に、オーソドックスなものから新感覚の創作ドイツ料理まで幅広いメニュー。それらの料理とワ
インのマリアージュや逸話を楽しみながら、素晴らしいひと時を過ごせることでしょう。
11
■新個人会員(敬称略)
Als neue Einzelmitglieder begrüßen wir:
村瀬 能尚 Y.Murase /安部 靜彦 S.Abe
(日本バイリーン㈱監査役)
*こちらは、入会申込書提出のうえ会
費をご入金いただいた新会員の方で、
掲載にご同意いただいた方のお名前を
ご紹介しております
■事務局から
▲ボランティアへの謝意
機関誌発送ラベル貼り(2 月 1 日)
:冨岡 達夫さん
機関誌発送封入作業(2 月 2 日):北
村 侑三郎さん、松下 悦子さん、西山
忠壬さん
ご協力に深く御礼申し上げます。
●●●●●●●●●●●●●
日独協会後援の催し物
(Veranstaltungen unterstützt von der JDG)
● SNK 夢のピアノトリオ演奏会
日時:2012 年 3 月 18 日㈰ 16:00 開演
場所:東京 FM ホール
演奏:杉谷昭子(P)Gleb Nikitin(Vn)L'udovit Kanta(Vc)
曲目:ベートーヴェン/ヴァイオリンソナタ Nr.7
ベートーヴェン/チェロソナタ Nr.3
ベートーヴェン/ピアノトリオ Nr.7「大公」
問合せ:杉谷昭子ファンクラブ in 伊豆
Tel. 0557-36-5309 [email protected]
●室内楽の夕べ∼ 2 本のフルートとピアノによる∼ vol.3
日時:2012 年 3 月 20 日(火・祝)
19:00 開演
場所:日暮里サニーホール コンサートホール
演奏:田村由里(Fl.)近藤孝憲(Fl.)奥定美和(P)
曲目:J.S. バッハ/トリオソナタト長調
G. ショッカ―/フレンチ・トースト
A.F. ドップラー& K. ドップラー/
ハンガリーの主題による幻想曲
F. クーラウ/三重奏曲 Op.119
R. ムチンスキ/二重奏曲 Op.34
中山育美/四季のぽぷり∼春∼
OAG ドイツ東洋文化研究協会の催し物
(Veranstaltungen der OAG Deutsche Gesellschaft für Natur- und
Völkerkunde Ostasiens)
●講演会
3 月 7 日㈬ 18:30 OAG 図書室
F. Meyerhöfer:「日欧経済危機の中での国際金融政策」
入場無料
●講演会
3 月 28 日㈬ 18:30 OAG 図書室
T. Loidl:「元始、女性は太陽であった
−平塚らいちょうと初期女性解放運動」
詳細については OAG 事務所にお問い合わせください。
Tel: 03-3582-7743 [email protected]
Goethe-Institut のホームページより
(Von der Webseite des Goethe-Instituts)
●ドイツ語オリンピック 2012 フランクフルト大会
− 日本代表選考会(コンテスト)
日時:2012 年 3 月 18 日㈰
場所:東京ドイツ文化センター
(日本語・ドイツ語)
ドイツ語オリンピックは、国際ドイツ語教員連盟(Internationaler
Deutschlehrerverband)とゲーテ・インスティトゥートの共
催で数年に 1 度行われるドイツ語力を競う世界大会です。
各国からの代表が試験でドイツ語の力を競うとともに、プ
ロジェクトチームを組んで、決められたテーマについてリ
サーチをし、その成果をプレゼンテーションします。
問合せ:Tel: 03-3584-3201 / [email protected]
●第 4 回国際ドイツ語キャンプ(ワークショップ)
日時:2012 年 3 月 27 日㈫− 4 月 1 日㈯
場所:東京(東京ドイツ文化センター)
・御殿場
(ドイツ語)
3 月 27 日から、毎年行われている PASCH キャンプが今年
は東京で開催されます。アジア各国の生徒たちが、一緒に
12
ドイツ語、ドイツの文化、生活について学びます。東京で
一日過ごした後は、御殿場へ向かい、ゲームなどで楽しん
だり、ドイツ語を勉強したりするほかに、ホスト国日本の
ことも学びます。帰国前に東京のゲーテ・インスティ
トゥートで行われる最後のイベントでは、参加者全員がそ
れぞれの国の民族衣装を身につけます。
問合せ先:03-3584-3816 / [email protected]
日独協会関係者の催し物
●柏市音楽家協会ミニコンサートシリーズ No.35 −
−「作曲家シリーズ」Vol.9 −ブラームス大好き!
−バイオリンとピアノでブラームスの名曲を−
日時:2012 年 3 月 31 日㈯ 15:00 開演(14:30 開場)
場所:アミュゼ柏クリスタルホール
曲目:4 つのピアノ小品 Op.119
バイオリンソナタ第 1 番ト長調 Op.78「雨の歌」
演奏者:バイオリン大森潤子 ピアノ堀田万友美
予約・問合せ:作曲家シリーズ実行委員会
Tel: 090-2909-1943
●シンポジウム
「日本を評価した建築家ブルーノ・タウトの作品と思想」
日時:2012 年 4 月 6 日㈮ 18:00 ∼ 21:00
会場:ドイツ文化会館 1 階 OAG ホール
入場料:1,000 円(資料代込)
定員:200 名
講演者・パネリスト:田中辰明氏(基調講演)長谷川堯氏
大木紀元氏 中井正勝氏
問合せ・申込:NPO 法人文化日独コミュニティー
Tel/Fax.03-5634-6433 [email protected]
●第 5 回 市民討議会見本市
ドイツから始まりヨーロッパで広く実施されている市民参
加の手法「プラーヌンクスツェレ」の日本版である「市民
討議会」の見本市が開催されます。全国の市民討議会の開
催状況の詳しい分析結果を公表するとともに、新しく出版
された 2 冊の本の解説、今後の市民討議会のあるべき姿に
ついて発表を行います。
日時:2012 年 3 月 10 日㈯
12:30 開場 13:00 開会 17:00 閉会
会場:日本青年館 501 会議室(新宿区霞ヶ丘町 7-1)
参加費:2,000 円(資料代込み)※市民討議会推進ネット
ワーク(CDPN)正会員は 1,000 円:当日入会可
問合せ:市民討議会推進ネットワーク Tel/Fax.03
(5328)
6251
[email protected] HP: http://cdpn.jp/ ※定員(120 名)になり
次第受付を終了します。
ドイツ観光局からのお知らせ
「外国人旅行者の選ぶ、ドイツ名所トップ 100」
ドイツ観光局はドイツの名所トップ 100 を決定するため外
国人旅行者を対象に独自のアンケートを実施いたします。
その結果は iPhone およびアンドロイド用アプリケーション
の開発に反映され、2012 年夏以降に提供される予定です。
アンケートは 3 月 15 日までドイツ観光局のホームページ
(www.germany.travel)から日本語で回答できます(5 分
程度で回答できる簡単な質問です)
。応募者の中から抽選
で 10 名に iPod が当たります。皆さま奮ってご応募下さい。
日独協会 会員アンケート集計結果のご紹介
日独協会では今年度上半期に会員アンケートへのご協力をお願いし、約 300 名の方から回答をいただきました。
アンケートの内容は入会の動機、興味の対象、イベント・会報への感想・要望、会員名簿の作成についてなどです。
寄せられた回答をグラフにまとめてみたのが下記の図表です。
ドイツへの在住・在勤経験があり、帰国後もドイツとの繋がりを保ちたいと考えて日独協会へ入会された方が多
いようです。
日独協会への要望としては「もっとドイツ大使や大使館との交流の機会を増やしてほしい」
「文化ばかりでなく
政治経済系の講演会も開いてほしい」
「Deutscheschule の子ども達や在日ドイツ人と一緒に遠足・旅行やスポーツを
したい」「子連れで参加できるイベントがあるとうれしい」などといったものがありました。またドイツ以外の国
ではオーストリア・フランス・イタリア・スペインなどに興味をもっている方が多
いようです。本誌「Die Brücke」についても様々なご意見・ご要望をいただきました。
名簿発行中止のお知らせ
テーマ以外にも文字の大きさやレイアウトについてのご意見(字が小さいなど)も
このアンケート集計の結果、会
いただいております。
員名簿の発行には過半数の会員
これらの結果は今後の協会運営および会報の編集制作に反映させていきたいと考
が否定的でしたので、当協会で
えております。
は、名簿発行を取り止めること
アンケート回答にご協力いただきました皆様に、心より御礼申し上げます。
なりました。なお、会員に関す
る問い合わせは事務局宛にお願
い致します。
237
ドイツに関心があったから
100
ドイツ語を使う機会がほしかったから
その他
30%
35
会報誌「Die Brücke」を購読したかったから
日独協会のドイツ語講習会、イベントへの
割引があるから
46
71
友人・知人の勧めがあったから
92
その他
0
入会のきっかけ(複数回答)
会員の年齢構成
70代以上
36%
60代
26%
50
20代
2%
100
150
200
250
会員の男女比
30代
6%
300
250
200
150
100
50
0
女
33%
40代
12%
男
67%
50代
17%
参加したいイベント
270
262
271
193
25
関心のあるテーマ(複数回答)
166
日独交流会(JGシュタムティッシュなど)
駐在
58%
留学
12%
ト
レ
ン
ド
&
ラ
イ
フ
ス
ス
タ
タ
イ
デ
ル
ィ
&
キ
ア
ャ
リ
ー
ア
ト
&
カ
ル
チ
日
ャ
独
ー
コ
ネ
ク
そ
シ
ョ
の
ン
他
、意
見
、希
望
10代
1%
その他の内訳
111
ドイツ人と交流したかったから
208
文化セミナー・シンポジウム・講演会
Die Brückeについて
86
時事問題研究
100
ドイツ語講習会
やや不満足
4%
122
映画鑑賞会
140
音楽会
ドイツ文化体験(料理作り・ワイン試飲会クリスマスの
お菓子作り・イースターエッグ飾り作りなど)
ドイツ語の朗読会
128
44
0
ふつう
18%
やや満足
24%
30
その他
不満足
1%
50
100
150
200
満足
53%
250
13
「かけ橋」
(Die Brücke)は皆さまの投稿をお待ちしております
私の好きなドイツの○○
日本で美味しいドイツ料理やビール、ワインが楽しめるレストラン。お気に入りのドイツ製道具・雑貨。
注目している歌手や俳優、心に残る歌、小説、映画などなど。対象は何でも結構です。皆さまの大好き
な「ドイツ」
(オーストリア、スイスでも OK !)を応援団になったつもりでお薦めして下さい。
(原稿
は 500 字程度。写真も大歓迎)
「
かけ橋」
(Die Brücke)の表紙を飾ってみませんか?
ドイツ(語圏)関係の写真やイラスト、絵画、グラフィックデザインなどを募集します。500 字程度の
撮影・制作秘話を添えてお送り下さい(掲載はモノクロになります)。作品は未発表のものに限らせて
頂きます。力作をお待ちしております。
Briefe an die Brücke
身近な話題(旅、留学体験、ドイツ人との交流エピソードなど)を 500 字程度で自由にお書き下さい。
写真もあればなお良いです。また、本誌に関するご意見・ご感想もお寄せ下さい。
※ 原則としてお送り頂いた原稿はお返しできません(表紙用写真・イラスト・絵画を除く)
※ 掲載に際して、編集部で趣旨を変えない範囲で手を加えさせて頂くことがあります
※ 掲載させて頂く場合、掲載の時期(号)は編集部にて決めさせて頂きます
※ 原稿採用の場合、原則、投稿者のお名前を掲載させて頂きますが、イニシャルやペンネームでの掲載をご希望の
場合は、あらかじめその旨をお書き添え下さい。
<
<原稿の送り先>>
●メールアドレス:bruecke @ jdg.or.jp
(写真や Word 書類の場合、ファイルサイズが大きいと添付できない場合があります。
その場合は Zip などにデータ圧縮するかファイル共有サービスをご利用下さい)
●郵送の場合:〒160-0016 東京都新宿区信濃町 18 マヤ信濃町 2 番館
公益財団法人 日独協会 ブリュッケ編集部
●FAX:03-5368-2065
編集後記
ンダースの 3D 映画「Pina/ ピナ・バウシュ 踊り続けるいの
ち」
。3D 映画と言うと派手な CG が多用されたアクション
超大作というイメージを抱いていたので、最初この映画の
制作の噂を聞いた時は「ダンス映画を 3D で?」と奇異な
感じがして、バレエ・ダンス大好きな私としては、逆に今
ひとつ触手が動かなかったのです。しかし、このレポート
でその制作の意図を知り、これは見ておかなくては、と気
になってしまいました。忙しさにかまけているうちに気が
つくと上映が終了していたという憂き目を見ることが多い
ので、早めに行動しなくては!と心に決めた次第です。
(池)
日独協会機関紙「Die Brücke かけ橋」第 662 号 2012 年 3 月 5 日発行/発行回数:毎月1回
編集責任:金谷誠一郎
(編集長)公益財団法人日独協会/電話:03-5368-2326/FAX:03-5368-2065/http://www.jdg.or.jp
禁 無断転載
日発行︵毎月1回発行︶公益財団法人 日独協会 定価一部三百円
ドイツ(語圏)あの街この村 口コミ
これからドイツ語圏を旅する方の参考になるような、知る人ぞ知る観光スポット、本当は教えたくない
とっておきのお店、魅惑のお祭りなどの情報をお寄せ下さい。
(例「ベルリンの**シュトラーセにある○○○というインビス、安くて美味しい!」などシンプルに)
/印刷・製本:三和印刷株式会社
住 所:〒160-0016 東京都新宿区信濃町 18(マヤ信濃町 2 番館)
3
5
「かけ橋」
(Die Brücke)
をより身近に感じて頂けるものとするために、新年度から新コーナーを設け、広く皆さまからの投稿
を募集致します。ぜひ、新しい「かけ橋」
(Die Brücke)の制作にご参加下さい。次のような記事・作品の投稿をお待ちしてお
ります。
(タイトルはいずれも仮です)
■これまで Die Brücke の表紙を飾っていただいた吉田薫
氏の絵のシリーズが、今号を持ってひとまず終わります。
吉田氏の絵はドイツ各地の風景画が主で、手慣れたタッチ
でなごませて下さいました。
「表紙のことば」も魅力的で、
いつも楽しいものでした。もともと原画は色彩豊かなのに、
モノクロでしかお見せできなかったのはいささか残念。新
年度からは広く募集した作品が表紙を飾る予定ですが、吉
田氏には引き続き記事の方で活躍いただけることを期待し
ております。
ともあれ、
長い間ありがとうございました。
(大)
■「文化の玉手箱」コーナーで紹介されているヴィム・ヴェ
24
年 月
昨今の厳しい景況および長期に亘る低金利により当協会の財政は厳しい状況が続いており、経費削減は焦眉の急となっ
ております。このような事情に鑑み、この度、
「かけ橋」
(Die Brücke)の発行を新年度(平成 24 年度)より、現行の年 10
回から年 6 回に減らすことが運営委員会において決議されました。今までご愛読頂いてきた読者の皆様には申し訳なく存
じますが、何卒ご理解頂けますようお願い申し上げます。
今後、「かけ橋」
(Die Brücke)は偶数月 1 日発行とし、奇数月(年 4 回/発行時期は催物の開催状況により流動
的になります)は催物情報やお知らせなど内容を絞った情報ペーパー(Der Brückenpfeiler * 橋脚の意味)を発行す
る予定でございます。
隔月となりましても、本誌は予算の許す限り、今後も内容の充実を図り、微力ながらも日独交流の深化に貢献致
すべく、編集部一同努めて参る所存です。これからもご支援・ご愛読賜りまりましたら幸いに存じます。
Die Brückeかけ橋﹂第六六二号平成
「かけ橋」
(Die Brücke)は平成 24 年度より隔月刊となります
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日独協会からのお知らせ