韓国語の授業の観察を通して

第八回フランス日本語教育シンポジウム 2006 年フランス・パリ
8ème Symposium sur l’enseignement du japonais en France, Paris France, 2006
日本語の授業のあり方を考える —韓国語の授業の観察を通して—
山崎智子 (YAMASAKI Tomoko)
Institut Japonais de Langues
0.
はじめに
筆者は、2004-2005 年度、INALCO 韓国語・韓国文明専攻で聴講生として学び、
2005-2006 年度以降、パリ第 7 大学東洋言語文化学部韓国学科に在籍している。これ
等の高等教育機関に於いて、授業の見学者としてではなく、真にそこで学ぶ学生の立場
から、授業の展開方法、文化紹介のための諸活動、カリキュラムや授業運営上の問題点
等、韓国語教育の実態を日々観察している。こうした韓国語学習での体験は、同時に、
日本語教師としての自己を内省する機会も与えてくれている。
先ず、上記 2 つの高等教育機関に於ける授業の観察から、両者の問題点を指摘する。
次に、それ等を他山の石として日本語の授業のあり方を見直し、それがどのようである
べきか共に考えたい。
1.
2 つの教育機関の概要
本 論 で 扱 う 課 程 は 、 INALCO の DULCO ( Diplôme Unilingue de Langue et
Civilisation Orientale )1 年次(大学の LICENCE1 年次に相当)及び、パリ第 7 大学
の LICENCE 一年次である。所見に先立ち、以下に 3 年次までのカリキュラム構成と、
1 年次の担当教師数及び後期試験の受験者数を参考のため記す。
3 年次までのカリキュラム構成
1.INALCO 韓国語・韓国文明専攻(韓国語教材:延世(ヨンセ)大学の教科書)
<DULCO 1ère année>
入門韓国語
母語話者教師(1 名)
文法
母語話者教師(1 名)
応用筆記演習
母語話者教師(1 名)
応用口頭演習
母語話者教師(1 名)
漢字
母語話者教師(1 名)
韓国語の実践
母語話者教師(1 名)
<DULCO 2ème année>
中級韓国語
母語話者教師(1 名)
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文法
母語話者教師(1 名)
応用筆記演習
母語話者教師(1 名)
応用口頭演習
母語話者教師(1 名)
漢字
母語話者教師(1 名)
韓国語の実践
母語話者教師(1 名)
CIVILISATION <DULCO 1ère année ou 2ème année>
方法論、文化研究
母語話者教師(1 名)
韓国の歴史
母語話者教師(1 名)
現代文学
非母語話者教師(1 名)
新聞記事の実践
母語話者教師(1 名)
経済
母語話者教師(1 名)
現代社会
母語話者教師(1 名)
<LICENCE>
上級韓国語
母語話者教師(1 名)
文法
母語話者教師(1 名)
言語構造
母語話者教師(1 名)
応用筆記演習
母語話者教師(1 名)
応用口頭演習
母語話者教師(1 名)
ビデオ媒体による発表の技術
母語話者教師(1 名)
CIVILISATION <LICENCE>
現代韓国社会
非母語話者教師(1 名)
古典文学/近代小説
非母語話者教師(1 名)
演劇実践
母語話者教師(1 名)
新聞記事の実践
非母語話者教師(1 名)
2.パリ第 7 大学東洋言語文化学部韓国学科(韓国語教材:ソウル国立大学の教科書 )
<LICENCE - PREMIÈRE ANNÉE(前期)>
韓国語初級 1
非母語話者教師(1 名)36 時間
文法
母語話者教師(2 名)各 18 時間
文法
韓国語初級 2
母語話者教師(1 名)
口頭表現
韓国文明 1
非母語話者教師(1 名)
起源から 19 世紀までの東
ベトナム専門
洋アジアの歴史の入門
C2i
フランス人教師(1 名)、フラン インターネットとコンピュ
ス人アシスタント(1 名)計 36 ータの情報処理
時間
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選択科目 1
所属学部以外の学部の科目
も自由に選択可能
<LICENCE - PREMIÈRE ANNÉE(後期)>
韓国語初級 3
非母語話者教師(1 名)36 時間
文法
母語話者教師(2 名)各 18 時間
文法
韓国語初級 4
母語話者教師(1 名)
口頭表現
韓国文明 2
フランス人教師(1 名)インド専 韓国地理
門、
フランス人アシスタント(1 名)
外国語 1
24 時間
他の外国語(韓国語以外の
外国語)
選択科目 2
所属学部以外の学部の科目
も自由に選択可能
<LICENCE - DEUXIÈME ANNÉE(前期)>
韓国語中級 1
韓国語中級 2
韓国文明 3
外国語 2
母語話者教師(1 名)54 時間
文法
母語話者教師(1 名)18 時間
文法
母語話者教師(1 名)
口頭表現
非母語話者教師(1 名)
漢字についての構造的演習
フランス人教師(1 名)
韓国の歴史:起源から李王
韓国専門
朝まで
24 時間
他の外国語(韓国語以外の
外国語)
選択科目 3
所属学部以外の学部の科目
も自由に選択可能
<LICENCE - DEUXIÈME ANNÉE(後期)>
韓国語中級 3
韓国語中級 4
韓国文明 4
母語話者教師(1 名)54 時間
文法
母語話者教師(1 名)18 時間
文法
母語話者教師(1 名)
口頭表現
非母語話者教師(1 名)
漢字についての構造的演習
韓国人教師(1 名)
現代韓国社会(経済的要
因、政治的要因)
外国語 3
24 時間
他の外国語(韓国語以外の
外国語)
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選択科目 4
所属学部以外の学部の科目
も自由に選択可能
<LICENCE - TROISIÈME ANNÉE(前期)>
韓国語上級 1
韓国語上級 2
韓国語上級 3
専門教育 1
非母語話者教師(1 名)
筆記表現
母語話者教師(1 名)
文法分析
母語話者教師(1 名)
口頭表現
母語話者教師(1 名)
翻訳
母語話者教師(1 名)
文献研究:韓国思想の傾向
母語話者教師(1 名)
現代文学のテクスト
非母語話者教師(1 名)
韓国の古典研究
韓国に於ける古典中国語
(漢文)
選択科目 5
所属学部以外の学部の科目
も自由に選択可能
<LICENCE - TROISIÈME ANNÉE(後期)>
韓国語上級 4
韓国語上級 5
韓国語上級 6
専門教育 2
非母語話者教師(1 名)
筆記表現
母語話者教師(1 名)
文法分析
母語話者教師(1 名)
口頭表現
母語話者教師(1 名)
翻訳
母語話者教師(1 名)
現代韓国社会
母語話者教師(1 名)
現代文学テクスト
非母語話者教師(1 名)
漢文による古典読解
選択科目 6
所属学部以外の学部の科目
も自由に選択可能
1 年次の担当教師数
INALCO 韓国語・韓国文明専攻
パリ第 7 大学韓国学科
<DULCO 1ère année>
<LICENCE- PREMIÈRE ANNÉE>
2004‐2005 年度
2005‐2006 年度
前期
非母語話者
0
非母語話者
母語話者
3
母語話者
合計
3
1
3
4
合計
後期
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非母語話者
0
母語話者
4
合計
4
1 年次の後期試験の受験者数
INALCO 韓国語・韓国文明専攻
パリ第 7 大学韓国学科
<DULCO 1ère année
<LICENCE - PREMIÈRE ANNÉE>
科目によって受験者数が違うため比較対
筆記
15
象とならない
口頭
13
2.
教育内容と問題点
INALCO での授業
INALCO では、基本的に聴講生は全ての授業に参加出来る。あいにく筆者には時間
の制約があったので、文法と漢字の授業にはなるべく出席したが、2 年生の新聞記事を
読む授業には 1 度だけ参加出来ただけだった。第 1 回目では、南北関係の記事を使用
していた。先生が分かりにくい語彙を漢字で全て板書しフランス語訳を当て、1 人ずつ
学生に音読させる授業で、大変興味深かった。
難易度が高いため、日本語の授業でも上級のクラスに相当する内容だとは思うが、入
門を終えた 2 年次初頭にこのような授業が可能なのである。しかし 1 年生で学習した
漢字は多少あったものの、かなり画数があるものがあり、漢字を不得意とする学習者に
とってはかなりきついのではないかという印象を受けた。
以前筆者は、フランス語から日本語への翻訳の練習をしたいという学習者に対し、ニ
ュース記事を日本語訳してもらう授業をしたことがある。その人は商業的理由で日本語
を勉強しており、中級レベルに相当する。筆者が日本語のニュース記事をフランス語訳
して、それをその人が日本語訳してもらう作業である。具体的には先ず、実際仕事で使
えるような経済関連の記事をネット上から選び、それを忠実に訳すというのではなく、
意味の取り方を間違えずに今まで習った文法を基に訳してもらった。勿論専門用語がか
なりあり、学習者側にも時間の余裕が無いため、筆者が別紙に一覧にして、それを照ら
し合わせながら訳していってもらうという作業であった。その際、文章は黙読してもら
い、一切母語のフランス語を使わないで日本語で説明してもらう点が大事だ。学習者が
訳に詰まった場合は上手く引き出してあげることも重要である。最初は口頭で発表して
もらい、次にそれを筆記してもらった。この作業は語彙力も身に付き、筆記に於いては
漢字をどの程度覚えているか確認も出来る上、訳をした後も記事中の専門語彙を使って
の討論が成り立つので、大変興味深い授業が出来る。だが、教師がレベルに合わせて時
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事問題等を検索し、語彙のチェック、文書作成に時間を費やすのは言うまでもない。
INALCO の授業に話を戻そう。文法の授業では、教科書の文法事項に合わせて先生
が独自に作成したフランス語での文法説明と幾つかの例文が印刷されたプリントを配り、
その例文を読んでフランス語訳をしていた。例文が示されているため、どの場合に使用
出来るかが明解である。
教科書の英語による説明が不十分で、分かりにくいところがある故、このプリントは
学生にとってかなり役立つ。プリントを作成する先生の負担と紙代等が掛かるかもしれ
ないが、教科書のサポートとして 1 つの良い案と言えよう。
漢字の授業は 1 週間に 90 分だったが、習う字数は週によってかなり幅があり、多く
て 10 字、少なくて 5 字だけの時もあった。
漢字使用圏の言語を教える時は、一番分かりやすい象形から入っていくことがほとん
どだろう。漢字専門の授業であればきちんと詳細に亘って成り立ちから振り仮名の振り
方等も説明出来る。しかし、そうでない会話重視の私立学校では、いくら先生側が丁寧
に教えたくても時間的に無理なため簡単に済まし、後は学習者独自で勉強していくしか
ないのが現状だ。
初期に於ける漢字学習は、少しでもイメージがあれば覚えやすいが、これを書きなさ
いとポンと渡されても全く習ったことが無い学習者にとって、覚えるのは大変である。
また、書き順がきちんと教科書や漢字専門書に表示されてあっても、跳ね、止め、払い
にまで注意が及ばないことがしばしば見受けられる。あまりしつこく直すと漢字を嫌い
になってしまうかも知れないが、学習者が慣れるまで根気良く教えてあげることが重要
ではないだろうか。また、詳しく教える時間が無くても、予め要約して簡単に教えるこ
とも可能だろう。
パリ第 7 大学での授業
パリ第7大学の 1 年次では、非母語話者教師による文法説明があり、教科書のフラ
ンス語訳、例文の説明が行われる。文法の説明後、学生を 1 人ずつ当てて、その場で
習った文法を使って短時間で文を作らせる。その場で書いたり、書かずに口頭で発表さ
せたりする。書いた場合はスペルミスが無いかもきちんと見てくれ、大変効果的だ。ま
た唯一この先生だけは、適切に発音のチェックもしてくれるので大変助かっている。こ
の 2 点に関しては、改めて良い方法だと再確認した。
発音のチェック箇所を幾つか例として挙げる。
<ケース1>
ハ ン グ 漢 字 表 発 音 表 発音の
ル表記
記
記
誤り
nam
namu
南
남
ハ ン グ 漢 字 表 発音表記
ル表記
記
mul/mur
物
물
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発音の
誤り
mulu/muru
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日本語は開音節が多いため、日本語母語話者は上の誤りのように、韓国語に於いても
母音/u/を付けて発音してしまうケースがよくみられる。
<ケース 2>
ハングル 漢字表記
表記
西
서
発音表記
so
ハングル 漢字表記
表記
小
소
発音表記
so
上のハングル表記のように韓国語には /ㅓ/と/ㅗ/との発音の違いがあり、日本語には
/o/の発音の差が無いため、日本語母語話者は気を付けないと同じ発音になってしまう
ケースが見られる。よって、漢字表記を見ても分かるように意味がまったく違うので、
正しく発音出来なければ誤解を招く。ちなみに、上に挙げた漢字の意味は韓国語と日本
語で変わらない。
教師にとって、学習者数が少なければ目が行き届くとは言え、時間が掛かると予想さ
れる大人数のクラスでも、発音の訂正はすぐ行わなければならない重要な課題である。
周知の通り、間違って覚えてしまうと後で取り返すのに膨大な労力と時間が掛かるので、
発音とイントネーションは初期の段階から矯正しなければならない。直さないのは、聞
いて先生自身が分かれば良いという判断だとしか思えない。逐一チェックしていたら時
間が掛かる、興味が損なわれてしまう等と考える向きもあるだろうが、もう一度考え直
してみては如何だろうか。日本語教育に於いてもフランス語母語話者は日本語の発音が
簡単と思いがちのため、軽視していないだろうか。
そして文法演習の授業のみならず、この非母語話者教師のように文法説明の授業でも
多少の演習は可能である。その場で新しい文法事項を習った後、すぐに応用し、使って
試すことは語学学習の定着に於いて一番大事なことであるのは言うを待たない。
学生の戸惑い
先に示した表のように、文法説明は非母語話者教師が行っているが、復習と確認の意
味で母語話者教師も軽く説明している。しかし時によって説明が違うため、大きく惑わ
される。これは INALCO に於いても同様だった。或表現が 1 人称だけしか使えないの
にもかかわらず、3 人称にも使えるとした説明もあり、多くの学生が混乱した。また、
韓国語は発音で表記されるため、띄어쓰기(分かち書き)という、単語と単語間のスペ
ースにかなり揺れがある。そのため空白があるか無いかで論争になる言語でもある。先
生 1 人ずつの文法判断が違うと、試験にも影響が出る。先生によって解答を変えなけ
ればならないのだ。
日本語教育の現場では、文法用語の不統一で学習者に混乱が生じることもあろう。特
に形容詞のフランス語訳に見られる混乱等を避けるために、先生方が事前に話し合って、
統一しておかなければならないのではないだろうか。
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3.
授業内外の観察
学生をサポートする教師
パリ第 7 大学で筆者は、2 年生で習う歴史の授業を 1 年生前期で受講した。まさしく
筆者が望んでいた授業がここにはあった。その教師のモットーとは、フランスは中立の
立場にあるので韓国及び日本双方の意見を聞くことであった。よって、授業の合間の休
憩時間中に全世界の教科書に於ける韓国の歴史、地理の記述問題についての記事を読み
ながら先生と議論することが出来、大変素晴らしい体験をした。
授業の合間も教師はいろいろと準備しなければならないことがあると思うが、時間が
許す限り、学習者との交流から何かしら得ることも多いに違いない。教師は学習者の質
問に答えなければならないのはもちろんだが、それ以外で自由に議論を交わせるような
場を持つことも大事ではないだろうか。
他に特筆すべきは、INALCO でもパリ第 7 大学でも、母語話者教師は筆者に大変好
意的に接してくれていることである。日本に行った時の旅行話をしたり、先生自身の留
学体験からフランスでの生活は大変ではないかと同情してくれたりしている。そうした
濃やかな配慮が大変心強く、また頑張ろうという信念を強くしてくれる。
このような精神的サポートも留学生には心強い。日本では、留学生の多くは勉学だけ
でなく、異文化が障害となり、生活面に於いても悩みを抱えているだろう。教師は日本
語を教えるだけでなく、ほとんど毎日のように、そのような学習者の相談に乗っている
と聞く。日本だけでなく、どの国でも同様なことが言えるのではないだろうか。所によ
っては専門の生活アドヴァイザーが自治体にいるかもしれない。しかし、留学生にとっ
て一番身近な教師にもそのような役割が期待されるだろう。一言声を掛けてあげるだけ
でも学習者は嬉しいものである。
文化交流の場
パリ第 7 大学では、母語話者教師がテープを流し、聞き取りをして問いに答えるだ
けの授業もあり、言語を習得するには大切な過程であるが、一部の学生は退屈していた
ようだ。それでも時折、文化についてフランス語で紹介したり、ビデオ鑑賞後、質疑応
答をしたりするので、学生にとっては楽しみの一つでもある。これは独学では得られな
い絶好の機会である。
こうした時こそ、教師から直接、生きた文化に触られるのである。言語も文化の一つ
であるが、視聴覚を利用したり、授業外でも、時には先生を囲んで食事をしながらその
国の食事作法を実際学んだりするのも、良い経験に結び付くだろう。筆者も日本を離れ
てフランスで生活をしているので、そこから感じ取った異文化を学習者によく話すよう
にしている。また、学習者が旅行や仕事で日本へ行ったことのある場合、どのように観
察し、どのように感じ取ったか話す機会を設けている。
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絵カードの無い初級授業
INALCO 及びパリ第 7 大学にて韓国語を受講中、特に気が付いた日本語教育方法と
の相違点がある。それは初級授業で日本でも使用度が高い絵カードを用いていないこと
であった。
日本に於いて直接法での日本語の初級授業では、絵カード等を使って楽しく新しい語
彙を導入する方法が比較的定着している。筆者も初級者を教える時には使用している。
実際、パリ第 7 大学の韓国語の会話の授業では、教師は絵カードを使用せず「これは
机だ」「これは椅子だ」と、教室にあるものと外にある限定されたレアリアしか用いる
ことがなく、観察していて非常に無理があった。教科書の語彙には、教室に無いものが
多々ある。その場で実際新しい語彙を使いながら覚えていくのには、絵カードが最も効
果的に思える。
一方フランスに於いて、直接法での日本語の初級授業でも、全ての学校が絵カードま
たはレアリアを使用しいる訳ではない。これらを使えば、学習者にとって短時間で多く
のことがインプットできるだろう。特に「こそあど」の学習では、机の上にそれぞれ距
離を持たせてカードを配置すれば、学習者各自の距離によって幾らでも練習が可能であ
る。また、人の絵に国籍、名前、会社名などを書いたカードを使って、他の人に人物紹
介をさせることも可能であり、敬語の練習にも応用できる。
その反面、絵カードは幼稚であると見られる汚点もある。また絵カードが無くても上
達する学習者がいるのは事実だ。そしてレアリアは、自宅から学校または教室まで運ぶ
のに荷物がかさばり、重い時などかなり教師側に負担が掛かるのも問題である。
だが、絵カード、レアリアは直接教授法に適しており、脳内の日本語の言語中枢を作
るのにも適していると言える。それぞれ学校の判断によると思うが、必ずしも悪いとは
言い切れない大切な道具の一つではないだろうか。
4.
終わりに
以上、韓国語の授業を学生という立場から観察し、翻って日本語の授業のあり方を考
えてみた。結果として、教師は学習者から学ぶことが多いことも改めて知った。筆者に
限らず、多くの日本語教師が、日常多忙なために自己の授業の内省を怠りがちになって
いないだろうか。教室が学習者にとって最良の学習の場になるよう、また、各教師がよ
り良い授業を行えるよう、本論が参考に供するものとなれば幸いである。
最後に、本論の執筆に当たり、北篠淳子、石井陽子、萩原幸司の各先生から貴重な御
指導を戴いた。並びに、シンポジウムでの発表時に意見を下さった先生方にこの場を借
りて感謝の意を表する。
200