姓名から観るアラブ世界

姓名から観るアラブ世界
2015.10.10.
位野花 靖雄
過激派組織IS、イスラーム宗派対立、シリア難民問題など中東関連の話題が連日報じ
られ、中東諸国の人々の名前に接する機会も多くなりました。日頃あまりなじみのないア
ラブ・イスラームの人々の名前と、名前を透して観えるアラブ世界の一面に触れてみまし
た。
名前の悲劇
親が我が子の幸せを祈って、考え抜いて付けた名前。それが悲
惨な結末になるとは、誰が想像できたでしょうか・・・
イラクでイスラーム宗派対立が激化し始めた2005年。スン
ニー派・シアー派は、街の中に自派の検問所を設置し、通行する
住民の名前を聞き取り、反対の宗派と判ると殺害する事件が頻発
しました。
(朝日新聞)
イスラーム世界では、名前から当人がどちらの宗派に属しているかを、判断できるケー
スがあります。
スンニー派:オマル、オスマーン、ハシム、ズヘイル、ライス・・・
シアー派 :アリー、アブドアリー、ルベイ、ムサウィ・・・
神の加護の下で、幸せな人生を送れるようにとの願いを込めて親が付けた名前が、悲劇
を生む結果になってしまったのです。難を逃れようとする人々が改名のため役所に殺到し
ました。
生きている旧約聖書
旧約聖書創世記に登場する始祖アブラハム。ご承知の通り、ユダヤ教・キリスト教・イ
スラーム教共通の父祖とされています。
「イブラヒーム」というのが、アラブ人に良くある名前だということはご承知でしょう。
実は、始祖アブラハムのアラビア語名が「イブラヒーム」なのです。アブラハムの子イシ
ュマイルは、
「イスマイール」であり、イブラヒームと同様に現在でもポピュラーな名前な
のです。
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出エジプト記・十戒のモーセは「ムーサ」として、現役バ
リバリで頑張っています。旧約聖書に登場した人々の名前が、
現代でも大活躍をしているのです。
シナイ山頂から見る荘厳な山塊。モーセはここで十戒を授かったと
伝えられている。
「なぜイスラームは怒るのか」の中で、イスラーム教徒の間で一番多い名前は、預言者
ムハンマドに由来する「ムハンマド」だと書きました。 預言者ムハンマドは7世紀、日本
でいえば飛鳥時代の人です。彼の娘ファーティマは、今でも女性の間で非常に人気の高い
名前です。歴史が日常生活の中を歩いている感じです。
命名の由来・・宗教
「ムハンマド」・
「ファーティマ」のようにイスラームに関わりのある名前が多いのも、
この地域の一つの特徴でしょう。
一番典型的で私たちにもなじみがあるのが、アブド+・・・の名前ではないでしょうか。
アブドとは奴隷(しもべ)を意味します。アブドの後に続く単語は、神アッラーの徳性を
表すもので、アッラーの別称です。
アブドッラー(アッラーの奴隷)
アブドルラフマーン(慈悲者の奴隷)
アブドルアジーズ(威力者の奴隷)
この名前で私たち日本人が間違いを犯すのは、名前を分割して呼んでしまうことです。
一番典型的な例が、エジプト大統領ナーセルです。彼の名前は、ジャマール(エジプトで
はガマールと発音)
・アブドルナーセルです。アブドルナーセルは分割できない名前にもか
かわらず、その一部を省略しナーセルと読んでいます。
「田中」さんというべきところを、
「田」を落として「中」さんと呼んでいるようなもので、
誠に失礼な話なのです。現地ではジャマール大統領*と呼ぶのが普通です。同じように、マ
レーシアの首相アブドルラーマンをラーマン首相と呼ぶのも間違いです。
*イラクのフセイン大統領も、現地ではサッダーム大統領と呼ばれていました。私のリポートでは日本の
通例にしたがって、ナーセル・フセインとして表記しています。
歴史上の人物
歴史上の人物の名前を借用するケースも多く見られます。
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預言者ムハンマドの死後、カリフとなった「アブーバクル」・「ウマル」・「オスマーン」
は中東だけでなく広くイスラーム圏で広く使われています。預言者の妻「アイーシャ」は
「ファーティマ」と同じくらい女性に人気のある名前です。
歴史上の英雄から借用したと思われる名前も結構見受けられます。代表的な例としては、
十字軍を打ち破りエルサレムを奪還したアラブの不世出の英雄「サラフディーン」が挙げ
られます。その他;
「ハーリド」
・・・イスラーム初期の英雄的司令官
「アドナーン」
・・アラブ民族の祖先と考えられている
出身地・職業・部族
姓名から、当人あるいはその祖先がどこから来たのか、あるいはどのような職業だった
のか、部族・血筋は何なのかを推察できる名前もあります。一般的には、本人の氏名の一
番後ろにある「 al(アル)・・・」が、その判断材料になります。
出身地:アルマスラーウィ(モースル出身)
アルバグダーディ(バグダード出身)
アルマスリ(エジプト出身)
職業 :アルハッダード(鍛冶屋)
部族 :アルサウード(サウド王家)
アルハシミィ(ヨルダン王家)
アルドレイミ(ドレイミ族)
テロ集団アルカーイダの指導者として知られている「アルザルカーウィ」は、ヨルダン・
ザルカの出身です。悪名高いIS(イスラム国)の自称カリフ・「アルバグダーディ」は、
バグダード出身を意味します。
*「アル」はアラビア語で、英語の「the」を意味します。the を付けることにより固有名詞化している。
誰もが知っているビンラーデンは、イエメンのハドラマウト地方に見られる名前であり、
彼のルーツはイエメンであることが分かります。
「ビンラーデン」とはラーデンの息子
の意味ですが、固有名詞化して姓になったものです。テロリスト本人の名前はオサマ・ビ
ンラーデンです。
北アフリカでは、このビンが転音しベンとなり、
「ベンベラ」
・「ベンアリ」として、ポピュ
ラーな名前になっています。
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現代風の名前
日本と同じように、その時代に活躍した人物とか流行言葉などを命名する傾向が増えてき
ていますが、男性の場合勇猛さを印象付ける名前が好まれるようで、
「ファハド」-豹、
「ア
サド」-ライオン、
「スルターン」-統治者などが、その例でしょう。
女性の場合は、「ジョウハラ」-宝石、「ルウルウ」-真珠、
「ワルダ」-バラの花、「ラ
イラ」-夜 など女性的でソフトな響きの名前に人気があるようです。
成長する名前
氏族名・家族名を父祖の名の後に連ね、血筋を明確にして名門であることを示すケース
がありますが、サウジアラビアのサウード王家などがその例でしょう。
サウジアラビア現国王サルマンの名前は:
Salman ibn AbdulAziz
ibn AbdulRahman AlSaud
息子のムハンマド国防大臣の名前は:
Muhammad
ibn Salman ibn AbdulAziz ibn AbdulRahman AlSaud
*ibn(イブン)とは息子の意味。
国王の名前は、「サウード家の当主アブドルラハマーンの息子ア
ブドルアジーズの息子であるサルマン」を表し、息子ムハンマドの
名前はサルマンの前に「息子のムハンマド」を付けて、親子関係を
明確にしています。
サルマン国王とムハンマド大臣・AP
ムハンマド大臣に男の子が生まれた場合、ムハンマドの前に「息子である・・・」を
付けることになります。すなわち、世代が変わるたびに名前がどんどん長くなることに
なります。
名前は不要?
親しい間柄では本名を呼ばない地域もありま
になり