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ドーピング検査におけるダルベポエチンアルファ(dhEPO)の検出法を開発
~第二世代遺伝子組み換え EPO 製剤の質量分析による高感度・迅速分析法~
三菱化学メディエンス株式会社
アンチドーピングラボラトリー
三菱化学メディエンス株式会社アンチドーピングラボラトリーの研究グループ岡野雅人らは、
ドーピング検査における検体分析法のひとつとして液体クロマトグラフィータンデム質量分析法
(LC-MS/MS 法)によるヒト尿中 dhEPO の高感度分離分析法を開発しました。本法は、ヒトに生来存
在する内因性 EPO と第二世代遺伝子組み換え EPO 製剤であるダルベポエチンアルファ(以下、dhEPO)
のアミノ酸配列の違いに着目し、dhEPO に特異的なペプチド(V11:TLQLHVDKAVSGLRSLTTLLRALGAQKE)
を質量情報に基づいて極めて高精度に検出するものです。今般開発した本法は、dhEPO を用いた
ドーピング検出の標準法たる等電点電気泳動法に比べ、感度、精度、検査日数の短縮、必要検体量
の少量化の点で優れた面があるほか、等電点電気泳動法の確認分析の検査法としても有用と言えます。
なお、本法は、第 37 回日本医用マススペクトル学会年会(2012 年 10 月 25 日)及びドーピング
分析に関する国際学術会議 31st Cologne Workshop on Dope analysis(2013 年 2 月 28 日)にて報
告しました。また、この研究成果は、ドイツ科学誌「Analytical and Bioanalytical Chemistry」
に原著論文としてオンライン版に公開されました(2013 年 2 月 27 日)
。
【研究の背景】
1990 年代初頭に開発された遺伝子組み換え EPO 製剤は、酸素運搬能力を向上させる効用から
腎性貧血の治療に大きな進歩をもたらす一方、スポーツの世界では、持久力系競技を中心に
ドーピングとして用いられ、深刻な問題となっています。ドーピング検査における EPO 製剤によ
る陽性例は、現在の標準検査法たる等電点電気泳動法によって検出されています(表-1)。
しかし、等電点電気泳動法は、内因性 EPO と EPO 製剤を糖鎖構造の違いを基に識別する(図-1)
ことから、糖鎖構造の異なるバイオシミラー(後発品)や第二世代となる dhEPO の検出には困難な
場合があるほか、その手技に熟練度が求められること、検出工程に 3 日間を要すること、検体量を要
する低感度であること、などの課題がありました。こうしたことから、簡便で、高精度・高感度な EPO 製
剤の検出法の開発が期待されていました。
【研究の成果】
1)
糖鎖構造の相違に影響を受けないヒト尿中 dhEPO の検出法の開発
ヒトに生来存在する内因性 EPO と dhEPO のアミノ酸配列の違いに着目し、分子を構成する糖鎖
の違いに分析が影響されず、dhEPO に特異的なペプチド(V11:TLQLHVDKAVSGLRSLTTLLRALGAQKE)
を、質量情報に基づき、液体クロマトグラフィータンデム質量分析法(LC-MS/MS 法)を用いて
極めて高精度に検出する手法を開発しました。
2)
高感度分析
尿中に存在する極微量(検出下限値:1.2 pg/mL)の dhEPO を等電点電気泳動法に比べて 1/5
という少量の検体で検出します。さらに、等電点電気泳動法では判別が困難な低濃度域における
ケースでさえも明瞭な識別が可能となります。
3)
同定の信頼性
質量分析を適用することで、ドーピング検査において最も重要な同定の信頼性を飛躍的に向上
しています。
4)
検査日数の短縮化
半日で検査工程が完了することができ、競技者立会い時の検査(B 検体分析)においても迅速
な検査が可能になります。
5)
同様の検査への応用
分子を構成する糖鎖の違いに分析が影響されないため、バイオシミラーの検出にも有用な手法
と考えられます。また今後、他の EPO 製剤に対する質量分析法の開発をするための道筋を示しま
した。
【論文名・掲載誌・著者・所属】
論文名
Identification of the long-acting erythropoiesis-stimulating
agent darbepoetin alfa in human urine by liquid chromatography
tandem mass spectrometry
Digital Object Identifier (DOI): 10.1007/s00216-013-6836-y
ジャーナル名
Analytical and Bioanalytical Chemistry (Springer)
著者(*責任著者)
Masato Okano*, Mitsuhiko Sato, Shinji Kageyama
所属
三菱化学メディエンス株式会社
アンチドーピングラボラトリー
【関連図表】
表-1 ドーピング検査における EPO の検出数(WADA 統計)
Adverse Analytical Findings of EPOs (WADA statistics)
Year
Epoetins
2002*
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
na
51
38
15
17
22
51
56
36
43
Darbepoetin alfa
CERA
3
7
0
1
1
2
2
4
8
5
5
8
1
-
* Olympic Games in Salt Lake
Ref.) http://www.olympic.org/Documents/Reports/EN/en_report_441.pdf
http://www.wada-ama.org/en/Science-Medicine/Anti-Doping- Laboratories/LaboratoryStatistics/
–
第一世代遺伝子組み換えエリ
スロポエチン(Epoetin)
内因性エリスロポエチン
ダルベポエチンアルファ
(dhEPO)
+
図-1 従来の等電点電気泳動による EPO の検出例
(等電点の違いにより識別)
207-24 pre
study121018A051
207-70 post 46hr55min
MRM of 10 Channels ES+ study121018A072
604.9 > 702.5 (V11 (y26)4+ )
3.48e4 100
100
MRM of 10 Channels ES+
604.9 > 702.5 (V11 (y26)4+ )
4.52e4
V11
3.07
1.68
%
%
2.63
1.92 2.00 2.08
1.68 1.851.87
2.28
0
0.60 0.80
study121018A051
1.00
1.20
1.40
1.60
100
1.80
2.00
2.20
2.40
2.60
1.00
1.20
1.40
1.60
1.80
2.00
2.20
2.40
2.60
2.80
3.00 3.20 3.40
MRM of 10 Channels ES+
604.9 > 698.1 (V11 (y26-H2O)4+ )
1.90e4
3.10
2.63
3.07
1.87
%
%
1.75
1.63
0
3.00 3.20 3.40
0.60 0.80
MRM of 10 Channels ES+ study121018A072
604.9 > 698.1 (V11 (y26-H2O)4+ )
9.81e3 100
2.80
2.08 2.28 2.38
2.05
1.62
3.45
1.75
1.861.88
3.31
0
0
1.00
1.20
1.40
100
1.60
1.80
2.00
2.20
2.40
%
1.73 1.92
1.66
1.82 1.96
0
0.60 0.80
study121018A051
1.00
1.20
1.40
1.60
1.80
2.00
2.60
2.80
3.05
2.58
2.20
2.40
2.60
2.80
2.32
1.00
1.20
1.40
1.60
1.80
2.00
2.20
2.40
1.00
1.20
1.40
1.60
1.89 1.93
1.98
0.60 0.80
study121018A051
1.00
1.20
1.40
1.75
2.24
1.87 2.01
1.60
1.80
2.00
2.20
2.42
2.50 2.732.86
2.40
2.60
2.14
2.04
2.80
1.80
2.00
3.06
2.20
2.40
2.60
2.80
2.32
1.62
0
3.00 3.20 3.40
0.60 0.80
MRM of 10 Channels ES+ study121018A072
558.3 > 584.3 (V9 (b5)+)
100
2.82e3
3.00 3.20 3.40
MRM of 10 Channels ES+
604.9 > 670.4 (V11 (y25)4+ )
5.70e3
1.00
1.20
1.40
1.75
2.24
1.87 2.02
1.60
1.80
2.00
2.20
2.42 2.63 2.74
2.40
2.60
3.15
3.00 3.20 3.40
MRM of 10 Channels ES+
604.9 > 187.2 (V11( b2-CO)+)
2.54e5
2.85 3.10
2.80
3.00 3.20 3.40
MRM of 10 Channels ES+
558.3 > 584.3 (V9 (b5)+)
5.57e3
2.90
2.90
%
%
100
3.11
2.80
2.70
%
1.63
0
2.60
2.63
1.65
1.15
0
0.60 0.80
3.00 3.20 3.40
MRM of 10 Channels ES+ study121018A072
604.9 > 187.2 (V11( b2-CO)+)
2.20e5 100
%
100
3.00 3.20 3.40
0.60 0.80
MRM of 10 Channels ES+ study121018A072
604.9 > 670.4 (V11 (y25)4+ )
100
6.47e3
3.09
%
0.60 0.80
study121018A051
0
0.60 0.80
study121018A051
1.00
1.20
1.40
1.60
1.80
2.00
2.20
2.40
2.60
2.80
1.80
100
1.60
1.01
0
0.60
0.80
1.00
1.20
1.40
2.15 2.23
1.97
1.68
1.60
1.00
1.20
1.40
1.60
1.80
IS
1.80
2.00
2.20
2.40
2.60
2.80
3.00 3.20 3.40
MRM of 10 Channels ES+
444.4 > 129.1 (IS (Hexarelin))
9.63e5
%
%
IS
0
0.60 0.80
3.00 3.20 3.40
MRM of 10 Channels ES+ study121018A072
444.4 > 129.1 (IS (Hexarelin))
9.54e5 100
1.80
2.00
2.20
2.502.63 2.70 2.87
Time
2.40
2.60
2.80
3.00
dhEPO 投与前の尿(陰性)
3.20
3.40
1.60
1.67
1.01
0
0.60
0.80
1.00
1.20
1.40
1.60
2.15 2.23
1.97
1.80
2.00
2.20
2.502.63 2.70 2.87
Time
2.40
2.60
2.80
3.00
3.20
3.40
dhEPO 投与後の尿(陽性)
図-2 今回開発した LC-MS/MS による尿中の dhEPO の検出例
【用語解説】
エリスロポエチン(EPO)
EPO は主に腎臓で産生される造血ホルモンです。165 個のアミノ酸、3 個の N 結合型糖鎖、1 個
の O 結合型糖鎖、2 つのジスルフィッド結合からなる分子量約 30kDa の糖タンパクです。
遺伝子組み換えエリスロポエチン rEPO(recombinant erythropoietin)
1989 年に米国アムジェン社が世界初の遺伝子組み換え EPO 製剤を開発しました。第一世代 EPO
とも称され、腎性貧血治療薬としてエポエチンアルファ、エポエチンベータ、そのバイオシミラー
(2004 年の特許切れ以降の後発品)などがあります。日本国内でもエスポー、エポジンなどが販
売されています。
ダルベポエチンアルファ(dhEPO)
ヒトの EPO のアミノ酸配列を 5 箇所改変して、新たに 2 個の N 結合型糖鎖を付与することで作
用の持続化を図った第二世代遺伝子組み換え EPO 製剤です。2000 年に米国アムジェン社が開発し
た製剤であり、日本国内でもネスプと呼ばれる製品が販売されています。数年後に特許切れとな
りバイオシミラー後続品の流通が予想されます。ドーピング検査においては 2002 年のソルトレ
イクシティーオリンピックではじめて陽性例が報告されました。
等電点電気泳動法
タンパク質を等電点の違いを利用して分離する手法です。EPO のようなタンパク質は pH によっ
て+もしくは-に帯電しますが、±ゼロになる時の pH が等電点です。分析の対象であるタンパ
ク質をあらかじめ pH の勾配をつけたゲルの上にのせ、電場をかけるとタンパク質は電気的に
中和される方向、すなわち等電点へと移動します。内因性 EPO と遺伝子組み換えで合成された EPO
製剤は糖鎖構造の違いから等電点が異なり、識別が可能となります。
液体クロマトグラフィー質量分析法
(Liquid Chromatography/mass spectrometry)
タンパク質などの物質を適当な溶媒(水や油)に溶解し、シリカゲルのような表面積の大きい
物質(固定相)へと流すと、タンパク質は固定相と表面張力などで結合します。そこに水と油の
混合比を変化させた液体を流すと、表面張力が弱められ、結合力の弱い物質から順に外れてきま
す。これが液体クロマトグラフィーという分離手法です。次に分離された物質を質量分析計とい
う検出器で測定します。タンパク質などの物質はそれぞれ固有の重さ(分子量)を有しています。
イオン化した物質を測定することで物質の分子構造に基づく質量情報を得ることができるため、
ドーピング検査や法医鑑定では最も信頼性の高い分析法のひとつです。
バイオシミラー
遺伝子組み換え技術などのバイオテクノロジーを活用して製造されたバイオ医薬品の特許切
れ後に、別の製造業者が開発した同等の薬理作用を有する後続のバイオ医薬品。製造過程におけ
る種々の違い(精製法や反応容器など)により糖鎖構造などが完全に一致しないケースが多く、
EPO 製剤においてもさまざまな糖鎖構造を有するバイオシミラーがあります。