パイプオルガンを持つ多用途ホールの音響設計手法 * ―羽曳野市立生活

パイプオルガンを持つ多用途ホールの音響設計手法 *
―羽曳野市立生活文化情報センター「ホール M」をモデルとして―
○高橋顕吾、小林 哲、川上福司(ヤマハA開センター)
1.はじめに
国内に設置されるパイプオルガンは、コンサ
ートホールをはじめとして、多くの空間に導入
されており、オルガンそのものだけではなく、
導入される空間自体も多様化している。
オルガンに対しては一般にかなり長めの残
響時間が要求されるが、オーケストラと合奏す
るコンサートオルガンと、教会オルガンでは、
おのずと最適条件は異なる。また日本の多用途
ホールでは様々なジャンルの音楽が演奏され
る。これらに対応するため、羽曳野市の「ホー
ル M」へのオルガン導入に際しては、ビルダー
の意見を踏まえて必要条件を整理し、「低音の
音量」
「残響時間」
「明瞭性」に着目した音場調
整を実施した。
図1及び表 1 に、ホールMのオルガンの外観
と仕様を示す。なお、ホール音響設計の詳細に
ついては別報に示す1)。
2.オルガンに適した音場の課題
日本のホールに設置されるオルガンは表2
に示すような様々なオルガン音楽に対応する
ことが要求され、また演奏家によっても要求す
る音場が異なる。一般には音楽ホールとして、
オーケストラ音楽等を想定した音場設定がな
されており、教会音楽を演奏する場合にはやや
短いとの評価をされることになる。またホール
に導入される残響可変装置は、
「講演」など音
楽と全く異なる用途への対応を意図したもの
であり、オルガン音楽への最適化を意図したも
のは少ない。今回報告する「ホール M」では、
音響特性をできるだけこれらの要求に適応さ
せるため、表 3 に示すオルガン導入方針を設定
した。まず①オーケストラに適した演奏空間や
建築上のオルガン配置条件(天井高等)を確保し、
その上で、②音場の基本性能として低音の音量
と響きを確保、更に③音場支援システム(以下
AAs と略す)により、各種オルガン音楽への音場
最適化を目指した。なお、音場調整段階におけ
る AAs のチューニングはオルガン整音と並行し
てビルダーの意見を確認しながら行った。
表1.ホールMのオルガン仕様
ストップ数:43 ストップ
パイプ総本数:3033 本
鍵盤:3段手鍵盤ペダル
音栓機構:機械式・エレクトロニクス式( 256 レジストレーション)
設計・製造:Orgelbau Felsberg AG(スイス)
組立・整音:同上、ヤマハ㈱パイプオルガン課
図1.オルガン外観
表2.オルガン音楽と演奏空間
音楽種別 特徴
演奏空間
ロマン派 オーケストラと オーケストラに適
の合奏/協奏な した音場が前提
ど前提に作曲
バロック 通奏低音として リズムや明瞭性が
使用されている 望まれ、長い残響
は好ましくない
教会音楽
ヨーロッパの教 天井の高い教会が
会を中心に発達 持つ長い残響が好
まれる
表3.
「ホール M」でのオルガン導入方針
要件
対応策
①配置条件
コンサートに適した空間の構築、
の確保 パイプの最適配置(天井高確保等)
②低音の音量 内装剛性 UP
の確保 舞台機構の隙間/振動の除去
③残響時間
音場支援システムの導入
の延長 (吸音幕、カーテンと併用)
*Acoustical design method of multi purpose hall with organ –Example of LIC Habikino “hall M”–
by K.Takahashi,T.Kobayashi and F.Kawakami(YAMAHA Ad. Sys. Dev. Center)
ICC
時間重心(Sec)
C80(%)
残響時間(Sec)
3.ホールMでの音場調整事例
表3のオルガン導入方針に沿い、設計/施工
⑳ ⑲ ⑱
/調整の各段階で、オルガンビルダーと十分な
⑯ ⑭⑫ ⑩ ⑧ ⑥ ④ ②
協議/検討を行った。特にビルダー側からは
⑰ ⑮ ⑬⑪ ⑨ ⑦ ⑤ ③ ①
「低音域まで十分な残響を確保すること」が要
●
受音点
音源
求され、設計施工を通して、オルガン周囲の壁
RT60:③⑦⑬⑳、TS:奇数ライン①③・・・⑰
や天井面の剛性を十分確保するとともに、舞台
C80:奇数ライン、ICC:③⑦
機構等の可動部分についても、吸音の原因とな
図2.測定点
る板振動と隙間の除去に配慮した。内装施工後
4.0
の残響測定・調整を経て、オルガン搬入∼組立
3.0
てが行われた。オルガン整音段階では、低音域
の音量バランス最適化のため、風量調整等が行
2.0
われ、AAs のパラメータ設定と調整についても、
オルガンの整音と並行して実施した。オルガン
音場支援off
音楽への最適化は、表2に示す3つの種別の音
1.0
Cパターン
楽に対し、各々「低音の音量」
、
「明瞭性」
、
「残
C'パターン
Dパターン
響」を指標として AAsの調整を行った。表4に
オルガン設置前(建築工事完了後)
システムに採用された設定パターンの内容を
示す。
63
125 250 500
1k
2k
4k
8k
周波数(Hz)
上記音場調整後の AAs ON/OFF での残響時間
図3.残響時間
(RT60)
、明瞭度(C80)
、時間重心(TS)両耳
音場設定パターン
0.44
間相関(ICC)の測定結果を図2∼6に示す。
Off
C
C'
D
-3.4
残響特性からはパターン C での低音域に限定
0.42
した残響延長、パターン D での全帯域の残響延
-3.6
0.40
長の様子が明確である。
パターン C’は Initial
-3.8
Delay Gap を短くし、初期反射音密度を高めた
0.38
仕様であり、明瞭度確保を意図したものである。
0.36
-4.0
パターン C’は、システム off に比べて RT60
0.34
が 0.3 秒程度長くなっているにもかかわらず図
-4.2
Off
C
C'
D
4の C80、図5の TS さらに図6の ICC のいずれ
図4.明瞭度(C80)
図6.ICC
もシステム off の時と同程度であり、楽器の明
0.32
Off
0.3
瞭性が保たれていることを示している。また、
C
0.28
ICC の結果から音像もクリアとなる傾向である
C'
0.26
D
と考えられる。
0.24
4.まとめ
0.22
0.2
オルガンを有する多用途ホールでの音場支
0.18
援システムの有効性が確認できた。調整後の音
0.16
場はビルダー、及びオルガンプレーヤいずれか
1
3
5
7
9
13
15
17
らも好感を持って評価されている。
図5.時間重心(TS)測定点
最後に、設計・施工段階を通じてご協力頂い
【参考文献】
た関係各位(特にオルガンビルダー)に深謝し
1)高橋他、羽曳野市立生活文化情報センター「ホール M」の音響設計
ます。
日.音.講.論.,2001.10
表4.音場支援システムの設定パターン
パターン 対象音楽種別 目標効果
C
ロマン派
低音の音量/響き
C’
バロック
明瞭性
D
教会音楽
豊かな残響
FIR 制御方法
低音の出力レベル up
Initial Delay Gap の短縮
Room Size の拡大
音場特性
低域の RT60 大
C80、ICC 大
全帯域の RT60 大