肥大心における心室性不整脈の催誘発縄『生機序の解明二

博 士 ( 医 学 ) 三 山 博 ’史
学 位 論 文 題 名
肥 大心 に お ける 心 室性不 整脈の 催誘発性 機序の 解明:
カル シウム ノカル モジュ 1Jン侈 ミ存 性プロテインキナーゼnを
介 し た 活 動 電 位 持 続 時 間 交 互性 変 動 の影 響
学位論文内容の要旨
【背景と目的】
高血圧性心肥大を有する患者では、致死的心室性不整脈による突然死が増加することが
知られているが、その発生 機序にっいては不明な点も多い。T波交互脈は、心筋細胞の再
分極のばらっきにより生じ、肥大心の催不整脈性を説明しうるひとっの現象と考えられる。
T波交互脈は活動電位持続時間(A
PD
)の交互性変動(
AP
Dオルタナンス)によって生じるも
のとされており、AP
Dオルタナンスの出現は心室細動の前兆現象として知られている。ま
たA
P
D
オルタナンスは細胞内C
a2
゛の変動により出現するものと考えられており、細胞内C
a
z
+
サイクリングに関わる様カ な機構の異常によりA
PD
オルタナンスが出現することが基礎実
験やシミュレーションにより示されている。C
a
2
゛ノカルモジュリン依存性プロテインキナー
ゼI
I(C
a
MK
n
)はこれらC
a
2十サイクリングに携わる種々のタンパクをりン酸化することによ
り細胞内Ca
2
゛の調節に重要な役割を担って韜り、肥大心に船いてその活性が高まっている
ことが報告されている。本 研究では、肥大心に船ける致死的不整脈の基盤としてA
P
D
オル
タ ナン スが 生じ やす く、 その 発生 機序 にC
aM
KII
が関与している仮説をたて 検証した。
【対象と方法】
正常 対照 として18
週齢から24
週齢のWK
Yラット、高血圧肥大心として同週 齢の自然発
症高血圧ラット(
SH
R
)
を用いた。エーテル吸入下に心臓を摘出しランゲンドルフ法により摘
出心を灌流した。AP
Dの測定法として膜電位光学マッピング法を用いた。膜電位感受性色
素Di
4―A
NE
PP
S2
.5u
Mを灌流したのちBl
e
b
bi
s
ta
t
i
ne
l
Ou
M
を投与し電気的活動を維持させた
まま拍動を停止させた。左 室心尖部より刺激間隔3
00
msより頻回刺激を行い、1
分ずつ刺
激間隔を短縮し不整脈の誘発を試みた。各々の刺激において左室前壁にハロゲン光源をあ
て光シグナルに変換された 活動電位を測定し、専用のソフトにてA
P
D
を解析し刺激頻度増
加に伴うAP
D
オノレタナンスの出現を観察した。C
aM
KII
のA
P
D
オルタナンスに与える影響を
調べるため選択的Ca
MK I
I阻害剤K
N9
3l
L
iM
ならぴにその非活性アナログであるK
N9
2l
p
M
を投与し、同様のプロトコ ールで心室頻回刺激を行い光学マッピング法を用いてA
P
D
を測
定した。
【結果】
SH
Rでは体重当たりの左室重量が有意に増加しており心肥大が形成されていることが確
認された(W
K
Y
3.06
土0.
1
2
mg
/
g(
n
:ニ10
)v
sS
H
R4
.
0
4
土0
.
0
7
m
g
/
g(
n
:
ニ10
)
;p
<
0
.0
1
)
。心室
頻回刺激を与えたときの膜 電位光学マッピングによるA
P
D測定では、刺激間隔を短縮する
と 徐々 にAPD
は短縮 したが、いずれの刺激間隔でもSH
Rで有意にA
PD
の延長が 認められた
― 371 -
(p〈O. 01)。さ らに刺 激間隔 を短縮 させる とWK
Y、SHR
ともにオルタナンスが出現したが、SHR
の方 が よ り 長い 刺 激 間 隔で オ ル タ ナン ス が 出 現し た 。 オ ルタ ナ ン ス が出 現 する最 長刺激 間
隔 ( オ ル タ ナ ン ス 出 現 刺 激 間 隔 閾 値 ) は WKYの 130土 12 ms (465土 45 bpm)に 対 し SHR
で は 159土 18 ms(382土 43 bpm)と 。 SHRで 有 意 に (p<0. 001)オ ル タ ナ ン ス 出 現 刺 激 間 隔
閾 値 の 上 昇 が 認 め ら れ 、 SHRで は 頻 回 刺 激に よ り APDオ ルタ ナ ン ス が起 こ り や すい こ と が
判明 し た 。 選択 的 CaMKII阻 害 剤KN― 93を 投 与 した と こ ろ SHRでは 有 意 に オルタ ナンス 出現
刺激 間 隔 閾 値が 短 縮 し た(SHR+KN― 93130土12ms vsSHR159土 18ms;p<0.01)。一方、 CaMK
u阻 害非 活 性 ア ナロ グ の KN― 92投 与で は APDオ ルタ ナ ン ス 出現 時 刺 激 間隔 閾 値に差 はなく 、
SHRの お け る APDオ ル タ ナ ン ス 出 現 閾 値 の 変 化 は CaMKH阻 害 に よ る も の と考 え ら れ た。 ま
た 刺 激 頻 度 短 縮 に よ る 持 続 性 心 室 細 動 の 誘 発 率 は SHRで 有 意 に 高 く (WKY1/ 10 vs SHR
6/10; p<O. 05)、 心室 細 動 誘 発時 の 刺 激 間隔 は SHRで 有意 に 長 か った (WKY96士 4msvsSHR
129土 7ms; p<0. 01)。 一 方 KN― 93投 与 SHRで は 持 続 性 心 室 性 不 整 脈 は誘 発 さ れ なか っ た
(pく0. 05vsSHR)。
【考察 】
今 回 我 々 の研 究 に お いて 、 肥 大 心で は APDオ ルタ ナ ン ス が生 じ や す く心 室 性 不 整脈 の 出
現 に 関 連 し て い る こ と 、 さ ら に 肥 大 心 にお け る APDオル タ ナ ン スの 出 現 に はCaMKHが 密接
に 関 与 し て い るこ と が 判 明し た 。 過 去に 肥 大 心 にお い て APDオル タ ナ ン スの 誘 発 性 と不 整
脈の関 連を検 討した 報告は なく、 . CaMKIIが 心肥大 のAPDオル タナン ス出現 に関与 している
こ と も 明 ら か な 知 見 で あ る 。 今 回 我 々 は 、 18週 齢 か ら 24週 齢 の比 較 的 若 いSHRを 用 い て
い る 。 こ の 期 間の SHRで は 心肥 大 は 進 行し て い る が、 心 不 全 に至 っ て い ない 時 期 で あり 、
心 肥 大 そ の も のが す で に APDオ ル タ ナ ンス の 出 現 に影 響 を 与 えて い る こ とが 明 ら か とな っ
た。
APDオ ル タ ナン ス と は 心拍 毎 に APDが変 化 、 す なわ ち long― short― longを 繰 り 返す 現 象
のこ と を 言 い、 APDオ ル タナ ンスは細 胞内Ca2゛動態 (Ca2゛トラ ンジェ ント) のオル タナンス
を伴 う 。 肥 大心 で は 定 常時 に お い ても CaMKn活性 が 亢 進 しCa2゛ ト ラ ンジ ェ ントが 増大し て
いる 。 頻 回 刺激 に よ り 細胞 内Caz゛濃 度が増 加する と肥大 心では CaMKIIがす でに活 性化状態
で あ る た め に 刺激 毎 の 細 胞内 Ca2゛ の ホメ オ ス タ ーシ ス を 保 てず 正 常 心 に比 し よ り 早期 に
Ca2゛変 動が出 現しAPDオ ルタナ ンスが 生じる ものと推 測され る。CaMKII阻害剤 である KN―93
投与 に よ り APDオ ル タ ナ ンス 出 現 閾 値が 上 昇 し たこ と は CaMKIIの 抑制 が 刺 激によ る細胞内
Ca2゛ 濃 度 の 上 昇 を 抑 制 し 細 胞 内 Ca2゛ の 変 動 を 減 少 さ せ た た め と 推 察 さ れ る 。
さ ら に 本研 究 で は 、頻 回 刺 激 によ る 不 整 脈の 誘 発 性 につ い て も 検討 し た が、SHRで はWKY
に比 し 有 意 に心 室 細 動 の出 現 閾 値 が低 く 、 持 続性 心 室 性 不整 脈 の 誘 発率 が 高かっ た。ま た
CaMK lI阻害 剤 KN―93投 与に よ り 誘 発率 が 減 少 した 。KN― 93の抗不 整脈作 用は過 去にも 報告
され 、 こ れ らの 報 告 で はKN一 93投 与 に よ る早 期 後 脱 分極 の 抑 制 を機 序 と して いるが 、今回
の 結 果 か ら KN-93の 抗 不 整脈 作 用 に はCaMK II阻 害 に よ るAPDオ ル タ ナン ス 抑 制 も関 与 す る
ことが 示唆さ れた。
【結語 】
肥 大 心 では CaMK II活 性 亢 進に よ り 活 動電 位 持 続時 間オル タナン スが生じ やすい ことが 、
致死的 心室性 不整脈の 催誘発 性機序 のーつ である 。
− 372―
学位論文審査の要旨
主 査 教 授 筒 井 裕 之
副 査 教 授 三 輪 聡 一
副 査 教 授 川 口 秀 明
学 位 論 文 題 名
肥大 心に おけ る 心室 性不 整脈 の催 誘発性 機序の解明:
カルシウムノカルモジュリン依存性プロテインキナーゼH
を
介した活動電位持続時間交互性変動の影響
高血圧性 心肥大を有する患者では、致死的心室性不整脈による突然死が増加することが
知られてい るが、その発生機序については不明な点も多い。活動電位持続時間(
AP
D
)
の交
互性変動(オルタナンス)は致死的心室性不整脈の出現機序のーっとして考えられている。
肥大心では A
PD
オルタナンスが出現しや すく、それが不整脈出現基質となっていること、
またその出現にカルシウムノカルモジュリン依存性プロテインキナーゼn (
C
aM
K
I
I)が関与
していると 仮説を立て実験を行った。正常対照としてWK
Y、高血圧肥大心としてS
H
R
を用
いた。ラン ゲンドルフ法にて灌流した摘出心の頻回刺激を行いA
PD
の変化を膜電位光学マ
ッ ピン グ法を用いて測定した。結果、SH
RではWK
Yと比べ有意にA
PD
の延 長が認められ、
APDオルタナン スがより長い刺激間隔において出現した(1
30
士12 m
s (46
5土4
5 bp
m) v
s
15
9
土1
8m
s(
3
82
土4
3b
p
m
)
;p
<
0
.0
1
)
。C
a
MKI
I
阻害剤であるK
N
ー9
3
投与後、A
P
D
オルタナンス
出現時の刺激間隔の短縮が認められた(
1
5
9土1
8
m
sv
s1
3
0
土1
2
m
s
;p
<
0
.0
1
)
が、W
K
Y
ではK
N
9
3
投 与に よるA
PDオルタナンスヘの影響は認められなかった。またSH
RではWK
Yに比べ持続
性心室細動の誘発率が有意に高かった(1例/1
0
例v
s
6例/1
0
例;p<
0
.0
5
)が、K
N
―9
3
投与に
より心室細 動は誘発されなくなった。以上の結果より、肥大心ではAP
D
オルタナンスが出
現しやすいことが致死的心室性不整脈の発生基盤となっており、 C
a
MKI
I
が強く関与してい
ることが判明した。
この学位 論文について審査担当教授より質問があった。まず、測定方法として、左室前
壁ーポイン トのみで評価している事に対する妥当性にっいては、今回の用いた膜電位光学
マッピング 法では9
6x
64
ピクセルの活動 電位情報が得られるが、予備実験として左室前壁
の 任意 の数点でAP
Dのばらっきを調べたところばらっきはなく、代表す る一点を用いる
ことの妥当 性が確認された。C
aM
KH
阻害 が逆にC
a2
+負荷を高めてし まう可能性について
は、機序的 にC
aM
Kn
阻害によルホスホラ ンバンの活性を抑制することで逆に細胞内C
a2
+
濃 度を 高めてしまう可能性はあるが、本研 究結果から、C
aM
KH
阻害がり アノジン受容体
からのCa
2+放出抑制効果がより大きい ため細胞内C
a2
+濃度の上昇を抑えA
P
Dオルタナン
ー3
73
―
スの 出現を抑制したのではないかと推測される。これに関しては実際細胞内C
a
2
+濃度を測
定し ていないため推測の域を超えないため更なる検討が必要と考えられた。S
H
Rにおける
CaMK
H以 外の 、チ ャネ ルな どが AP
Dオ ルタナンスに影 響を与えているものについては、
SH
Rでは一過性外向きカリウム電 流I
to
が低下していると報告 されており、外向き電流の
低下 によるA
PD
の延長はCa
2+流入を増やし細胞内C
a2
十負荷を増していることが推測され
る 。よ っ てIt0
の 低下 はSHRにお ける AP
Dオ ルタ ナン ス易 出現 性の 一因となっている可
能性 がある。審査担当教授より細胞外Ca
2+濃度を変えることにより、Ca
サイクリングを
担う 構成要素のうち、いずれが重要なのかある程度判断できるのではなぃかとの指摘があ
っ た、 ま たり アノ ジン 受容 体、 S
ERCAを直接抑制してAP
Dオルタナンスの出現を調べる
こと が必要ではないかとの指摘もあったが、正常心ではりア ノジン受容体、S
ER
C
艫の抑
制 でAPDオル タナンスの出現を抑制したとの報告が既 にあり、今回は肥大心に特徴的な
機序 としてC
aM
K皿に着目し研究を行った。指摘されたように 、より選択的な機序を同定
する ことは、心機能全体にあたえる影響が少ない点で重要であるためさらなる検討が必要
で ある と 考えられた。さ らにA
PD
オルタナンスの出現 閾値を変化させたことだけが心室
性不 整脈の出現に影響を与えたのかは、本研究の結果のみで判断することは難しい。心室
内 での APD
オ ルタナンスの出現閾値のばらっきや、オ ルタナンスの大きさなどを細かに
検討 する必要があるであろう。
こ の論文は、肥大心における致死的不整脈の発生基質を調べられた点で高く評価され、
今後 の臨床における不整脈治療に応用されることが期待される。審査員一同は、これらの
成果 を高く評価し、大学院課程における研鑽や取得単位なども併せ申請者が博士(医学)
の学 位を受けるのに充分な資格を有するものと判定した。
ー 374―