1- 京阪経済研究会(10-2)

京阪経済研究会(10-2)
2007.5.6.
久松太郎氏「トレンズの技術進歩論」:コメント
福田進治(弘前大学)
はじめに
トレンズは確かに「第一級の地位にはいなかった」が、なかなか才気渙発な理論家であ
ったと思われる。しかし、今日まで、トレンズに関する本格的な研究は少なく、残された
課題は多いと思われる。本報告はトレンズの機械論の変遷を、主としてリカードの機械論
との関係に注意しながら通時的に検証し、その全体像を明らかにしようと試みるものであ
り、個人的にも興味深いものである。周知のとおり、リカードは『原理』第 3 版において
彼自身の以前の見解を修正して、機械の導入は労働者階級にとって不利益な場合があると
主張し、トレンズを含めた多くの論者の批判を受けた。彼等にとって、機械論は最も論争
的なテーマの一つだったのである。原稿には字数制限があるため、やむを得ず十分に論じ
きれなかった部分なども多いと思われるが、以下では、差しあたり気が付いた点を淡々と
述べていきたい。
1.
課題設定(1 頁目)
報告者は課題設定に際して、「彼の機械論はあまり議論の対象とされてこなかった」と
指摘しているが、これは消極的理由にすぎない。このこと以外に、トレンズの機械論を検
討する積極的理由があれば、明示的に述べてほしい。また、従来、あまり検討されてこな
かったのは、何か理由があってのことだろうか。
2.
トレンズの経済学(1 頁目)
機械論を扱う前に、トレンズの経済学の全体的な性格、トレンズの基本的な立場などに
ついて簡単に説明して頂ければ、本論もより分かりやすくなると思われる。
3.
リカード批判(2 頁目)
報告者によると、トレンズは「リカードウのように前払い賃金資本部分から新機械の購
入費がまかなわれるような例は『いまだかつて生じたことがない』と、その非現実性を主
張している」が、この批判は正しいのだろうか。資本と労働の代替は必ずしも非現実的で
はないと思われるし、また、リカードは彼自身の数値例が極端な例であることを認めた上
で、賃金の上昇にともなって、蓄積された資本が労働よりも機械に投下される傾向をもつ
と論じている(RW,Ⅰ,p.395)。これらの点について、リカードとトレンズの間に本質的に
は大きな対立はなかったのかもしれない。
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4.
実質賃金と雇用(3 頁目)
報告者によると、トレンズは機械の導入による労働生産性の上昇にともなって、労働者
の実質賃金が増加するとき「労働者の状態が改善されることを明言」したが、このとき雇
用はどうなるのだろうか。言うまでもなく、実質賃金の上昇は就労者の状態を改善するだ
ろうが、失業者を放置することになる。この問題について、トレンズは何も言及していな
いのだろうか。
5.
リカードとトレンズ(5 頁目)
報告者によると、「大いにリカードウを攻撃してきたトレンズは、この『予算』では彼
のことを『私の偉大なる師』と呼び、彼の理論を認めるような姿勢を取りつつ、『懺悔の
道』を歩んでいる」が、もしもトレンズがこのとき本当にリカードに同意したのなら、ト
レンズは「終始一貫した立場」を保持していたとは言えないのではないか。トレンズの見
解は、どこが一貫していて、どこが変化したのか、あるいはリカードの見解とトレンズの
見解は、どこが同じで、どこが異なるのか、あらためて整理して頂けると分かりやすい。
6.
トレンズの立場(6 頁目)
前項の質問とも関連するが、報告者によると、トレンズは「文献を重ねるごとに機械論
を詳述してゆき、終始一貫したスタンスを保持していた」が、このこと以外に、トレンズ
の議論の特徴、トレンズの主張の含意、トレンズとリカードの関係など、分かったことが
あれば教えてほしい。
おわりに
リカードの機械論は、より本質的な問題として、機械の導入は「純生産」の増加を目的
として行われるが、それは必ずしも「総生産」を増加させないから、必ずしも雇用を増加
しないと主張するものである(RW,Ⅰ,p.388)。従来のリカード研究では、主としてこの点
をめぐって議論が行われてきたが、トレンズはこうした問題には言及していないのだろう
かという疑問が残った。また、前項で指摘したとおり、トレンズの機械論の積極的な性格
づけなど、より明示的に述べて頂ければ、一層興味が深まると思われる。
とはいえ、リカード研究者はリカードしか知らないので(リカードすら十分に知らない
ので)、十分に内在的なコメントができなかった。また不勉強に起因する理解不足や単純
な誤解もあるかもしれない。ご容赦下さい。
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