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15. エリザベ ット
ある日のこと、ソフィーは肘掛け椅子にすわったまま、なにもせず、考えごとをしていま
した。
「なにをかんがえているの?」とママがききました。
ソフィー
エリザベット・シェノーのことをかんがえてるの。
レアン夫人
ソフィー
エリザベットのことでなにをかんがえてるの?
きのう、エリザベットの腕におおきなひっかき傷があるのに気がついたの、それ
で、その傷どうしたのってきいたら、赤くなって、腕をかくして、小さな声で「だまって
てね、じぶんでおしおきしたの」っていったの。それってなんだろうってかんがえてるの
よ。
レアン夫人
知りたいならおしえてあげましょう。わたしもあの傷には気がついたの。そう
したら、エリザベットのママがどうしてそうしたか話してくれました。いいですか、エリ
ザベットは立派だったのですよ。
ソフィーは、お話がきけるので大喜びし、もっとよく聞けるよう、ママの方に肘掛け椅子
を近づけました。
レアン夫人
あなたも知ってるわね、エリザベットはよい子だけれど、あいにくちょっと
おこりんぼうさんなのね(ソフィーは目を伏せる)。おこると、ばあやをたたいたりするこ
ともあるのよ。あとで後悔するのだけれど、いつもあとになってからで、さきによく考えた
りはしないのね。おととい、人形の服とリネンにアイロンをかけていたのだけれど、エリザ
ベットがやけどをするといけないので、ばあやがアイロンを火かけていたの。エリザベット
は自分でアイロンをあたためられないのがいやだったのね。なにも言わずにアイロンを火に
かけようとするので、そのたびにばあやはだめですよと言ってとめていたの。それでもエリ
ザベットはすきをみて暖炉のところに行き、アイロンをおこうとしたから、それを見たばあ
やがアイロンを取り上げて言いいました。「エリザベット、言うことがきけないのなら、も
うアイロンかけはおしまいです。アイロンはわたしがもらって戸棚に戻しますからね。」そ
うしたらエリザベットは「アイロンをちょうだい、ちょうだいってば!」とさけんだの。
「いいえ、あげられません。」「ルイーズの意地悪、アイロンを返してよ」とエリザベット
がおこって言ったけれど、ルイーズは戸棚の鍵を抜き取りながら「あげられませんよ、ほら、
もう閉めましたからね」と言ったのよ。エリザベットはかっとなってばあやの手から鍵をも
ぎ と ろ う と し た の だ け れ ど う ま く い か な か っ た の ね 。 そ れ で 、 怒 り に ま か せ てお も い っ き り
ひっかいたので、ルイーズの腕に傷ができて血が出たの。血を見てエリザベットは後悔し、
ルイーズにごめんなさいと言って腕にキスしたり、傷を水でぬらしたりしました。ルイーズ
はとてもやさしい人ですから、エリザベットがおろおろしているのを見て、だいじょうぶで
すよ、腕は痛くないですからねと言ったのだけれど、エリザベットは泣きながら言ったのよ。
「いいえ、わたしも、ばあやにしたように、痛くしなくちゃいけないの。ねえ、わたしがひ
っかいたみたいに、わたしの腕をひっかいてちょうだい、わたしもばあやのように痛くなら
なくちゃいけないのよ。」もちろんばあやがエリザベットのたのみを聞くことなんてありま
せんから、エリザベットはもうそれ以上なにも言いませんでした。そのあとエリザベットは
一日じゅうおとなしくしていて、寝るときもとてもすなおでした。翌日ばあやが起こしに行
くと、シーツに血がついているのでエリザベットの腕を見ると、ひどいひっかき傷があった
のです。「いったいだれがこんなことをしたのです?」とばあやが叫ぶと、エリザベットが
答えたのよ。「わたしよ、ばあや、きのうばあやをひっかいたから、自分でそのおしおきを
したの。ベッドにはいったときかんがえたのよ。ばあや痛かったように、わたしも痛くなら
なくちゃいけないのだって。それで、血が出るまで腕をひっかいたの。」ばあやはほろりと
してエリザベットをだきしめたら、エリザベットはばあやに、もうこれからはお利口さんに
するって約束したの。これでわかったわね、エリザベットが言ったことの意味が、なぜエリ
ザベットが赤くなったか。
ソフィー
ええ、ママ、とてもよくわかったわ。エリザベットがしたことって、とても立派
な こ と ね 。 エ リ ザ ベ ッ ト は も う 二 度 と お こ っ た り は し な い で し ょ う ね 、 だ っ てそ れ が と て
も悪いことだってわかったのだから。
レアン夫人(ほほえみながら)
ソフィー(困ってしまい)
あなたも、悪いとわかっていることはもうしないかしら?
でも、ママ、わたしはもっと小さいから。わたしは四つで、エ
リザベットは五つよ。
レアン夫人
たいした違いではありませんよ。おぼえているでしょ、1週間前、あなたはあ
のやさしいポールにおこりましたね。
ソフィー
そうね、ママ。でもわたし、二度とあんなことはしないし、悪いことだってわか
っていることはもうしないとおもうわ。
レアン夫人
そ う で あ っ て ほ し いと お も い ま す よ 、 ソ フ ィ ー 。 で も 、 今 よ り 自 分 が よ く な る
なんておもわないようにしてね。それは高慢というものです。高慢はとてもわるい欠点で
すからね。
ソフィーは答えませんでしたが、うれしそうにほほえみました。これからはいつもお利口
にしますから、と思っていたのでしょう。
でも、ソフィーはすぐにまた、みじめな思いをすることになります。二日後にこんなこと
が起こったからです。