日本ミュージアム・マネージメント学会 研究紀要

ISSN 1343−4659
日本ミュージアム・マネージメント学会
研究紀要
第 16 号
2012年 3 月
JMMA
日本ミュージアム・マネージメント学会
日本ミュージアム・マネージメント学会
研究紀要
第 16 号
目 次
■巻 頭 言
研究は蓄積と国際的視点に立って
―グローバリゼーションとグーグリゼーション―……………………………………水嶋 英治 ………
1
■招聘論文
博物館の社会的使命と公共サービス………………………………………………………王 莉 ………
5
今、なぜミュージアムリテラシーか
―博物館設置者のミュージアムリテラシーを探る―…………………………………高安 礼士 ……… 13
小川 義和
■論 文
(論説)
博物館と学校の関係をめぐる視座
―博物館教育論の展開と課題―…………………………………………………………加藤 由以 ……… 23
■実践報告
博物館による地域活性化への挑戦
―秋田県大潟村における実践から―……………………………………………………薄井 伯征 ……… 31
ミュージアム・ボランティア等における活動実態について
―とくに実態調査から伺える活動の発展と課題等について―………………………木下 達文 ……… 39
ニューヨークの美術館教育プログラムの現在
∼人々、作品、物語をつなぐ回路づくり∼……………………………………………高橋 紀子 ……… 47
館種を越えた博物館連携の試み
∼夏休み企画「れきぶん動物園に行こう」の事例を通して∼………………………竹内 有理 ……… 55
一瀬 勇士
次世代博物館モデルの構築に向けた東京大学総合研究博物館モバイルミュージアムの有用性の検証
―三つの事例分析から―…………………………………………………………………寺田 鮎美 ……… 63
博物館活動の効果の要因についての分析事例
∼親が博物館に連れて行ってくれる子どもの効果について∼………………………中村 隆 ……… 73
高原 章仁
田代 英俊
子ども向け対話型ワークシート・プログラムの意義と可能性
―千葉県立中央博物館「おきにいり新聞」を事例に―………………………………夏井 琴絵 ……… 81
浅田 正彦
多様な来館者のニーズに応える博物館職員研修プログラムの検討……………………半田こづえ ……… 89
加藤つむぎ
■研究ノート
ミュージアム資産を活用するビジネスモデルの構築
―持続可能な公立ミュージアムを目指すシステムを考察する―……………………上村 武男 ……… 95
博物館評価を評価する
―ODAの評価方法・枠組みと比較して― ……………………………………………佐々木 亨 ……… 103
泰井 良
日本における博物館経営論の構築に関する現状分析
―経営概念の変遷と研究主題の傾向から―……………………………………………平井 宏典 ……… 113
第16号 2012年 3 月
巻頭言
研究は蓄積と国際的視点に立って
―グローバリゼーションとグーグリゼーション―
Studies & Research depend on our Resources and international point of view
―Globalization & Googlization―
研究紀要編集委員会
委員長
水 嶋 英 治
過去と未来
研究の進展は過去の蓄積の上に成り立つ。その一方で、新しい考え方、新しい風を受け入れることによって既存の
学問が活性化される。前者は既往研究の精査・分析であり、後者は国外事情の比較研究である。
研究は相互作用の連続であり、新規性・オリジナリティの表明であろう。わが研究は新しいと自画自賛していても、
既往研究の精査や国際事情を視野に研究していなければ、井の中の蛙大海を知らず、ということになる。先行研究や
先人たちの研究成果に目を通すことなしに、学問の進展はありえず、自分の研究が学問体系の中でどの辺に位置づけ
られるのか、自己認識のないまま、かつ見極めの無いまま、論文投稿されている現状を見れば、やはり研究者として
の視点の欠如と言われても仕方あるまい。苦言を呈するのが本論の主旨ではなく、自己反省を促すことが主旨である
から、論文を投稿する前に一度は上記のことを必ず思い出してもらいたい。
過去から未来を見るのではなく、研究にとっては未来を見るために過去と現在を振り返ることが大事なのである。
博物館学百科事典の出版
さて、研究の進展は過去の蓄積の上に成り立つ、という良き事例を紹介しておきたい。今年(2012)2 月25日、文
化庁の招聘プログラムによって来日したマーチン・シェーラー Martin R. Schärer は JMMA 主催の特別セミナーで講
演し、2011年に出版された『博物館学百科事典 Dictionnaire encyclopédique de muséologie』を引用しつつ、博物館学
の概念、博物館業務の理論化、用語研究の重要性を強調した。
この事典は、フランス語圏を中心とした博物館の理論化に関する重要用語21語を選び出し、それぞれの専門用語に
ついて詳細に解説をしたものである。本事典が世に送り出されるまでに30年の歳月を要したという。重要用語の概要
は「Key Concept of Museology」としてまとめられ、2010年の国際博物館会議(ICOM)上海大会で無料配布されて
いる。また、その翻訳は英語、スペイン語、中国語に訳され、ICOMウェブサイト上でも公開されており、近々日本
語訳も公開される予定である。
概念・理論化・用語研究
この事典の基礎になったのは、Dictionarium Museologicum(1986,Budapest)である。筆者の手元にある博物館
学用語集を時間軸にそって整理してみると、おおよそ次のようになる。
1978 Dictionarium Museologicum : Word-list(Budapest)
1979 Dictionarium Museologicum : Classification system and word index(Budapest)
1981 Dictionarium Museologicum : ICOM-CIDOC working group on Terminology(独英仏西露)(Budapest)
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日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
1981 Dictionary of Literary Museological Communication(Slovakia, Nitra)
1984 Dictionarium Museologicum(Czeck, Brno)
1984 Dictionarium Museologicum : ICOM-CIDOC working group on Terminology
第5版
1986 Alphabetical List of Descriptors : UNESCO-ICOM Documentation Centre(Paris)
1986 Dictionarium Museologicum(20ヶ国語の用語集 Budapest)
2010 Key Concept of Museology(Paris)
2011 Dictionnaire encyclopédique de muséologie
この時間経過を見てもわかるとおり、最初は Word-list、次に Classification system と word index(分類と索引語)、
その次に Terminology(術語学)、そのまた次は Descriptor(記述語)を経て、ようやく『用語集』に辿り着き、つい
に30年の歳月を経過して『専門用語の重要基礎概念』に結実し、いよいよ、ここに紹介する百科事典が完成したので
ある。このことは素直に喜びたい。
時間をかければよいという訳ではないが、慎まなければならない点は、時間をかけずに書いてしまう論文の粗製乱
造である。博物館現象を分析し、「学」として概念化するためには(あるいは学問としての理論化作業をするために
は)
、それなりに時間を費やし、検証することが必要である。理論化とともに用語研究も、わが学会にとっては必要で
なおざり
はないか。等閑にされている『ミュージアム・マネージメント事典』も目に見える形にして成果を世に問うべきであ
る。その作業を通して用語研究や理論化体系が見えてくるであろう。
博物館研究の国際化
そう考えてくると、博物館研究にとっては国際的動向を知り、国際的視点に立って研究を進めていくことが重要で
あることが分かる。これまで JMMA は表に見るように、25名以上の研究者を海外から招聘し、多くのことを学んでき
た。新しい潮流、日本にない考え方、変化する制度と政策、これからの傾向など、積極的に海外事情を研究し、取り
入れ、数は少ないとは言え、外国人研究者たちと大いに議論してきた。1998年から試みてきた外国人講師招聘特別事
業は、人脈形成に役立つばかりでなく、我が国の博物館界の国際ネットワーク化にも微々たるものではあるが貢献し
つつある。
1 回目から2008年の10回目までは欧米諸国の研究者を招聘したが、11回目からは韓国・台湾・中国の研究者と交流
を積極的に進めてきた。前号の巻頭言でも述べたように、アジアの博物館学構築をひとつのテーゼ(活動の根本活動)
としているからである。足元から、とでも換言できようか。隣国から学びあう姿勢を行動に移したと言えようか…。
時代変化の激しい時代だからこそ、ミュージアム・マネージメントの方法論が急速に変化し、変化するからこそ、
時代に即した対応が求められるのである。私たちの研究が真の意味で社会に役立つものならば、社会還元できるモデ
ルなり理論なりを積極的に提言していくことであろう。
研究成果の公開 ―グローバリゼーションへの対応
最後に、自省をひとつ。島国・日本の弱点は発信力である。特に、外国への発信力は極めて貧弱である。わが学会
を自省すれば、本研究紀要に掲載された論文もインターネットで読むことはできず、ましてや英文で読むこともでき
ない。当然のことながら、論文投稿者から著作権・複製権・自動送信化権等の許諾を得なければならないが、そろそ
ろグローバリゼーションへの対応を本格的に検討しなければならない時期に突入している。
世の中はもはやグローバリゼーションの時代ではなく、グーグル化 Googlization する時代である。この傾向は今後
も加速することを考えれば、本学会の論文も積極的に web 上で公開し、英文化していくことも課題のひとつであろう。
外国の研究者と切磋琢磨することが我が国の博物館学向上にもつながるのである。
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第16号 2012年 3 月
結 語
現在進行形である招聘論文は、研究成果の蓄積である。冒頭で述べたように、成果を蓄積し、新しい考え方、新し
い風を受け入れることによって既存の学問が活性化されることを期待したい。新たな課題は、
(1)国際化の充実・発
展計画化であり、(2)研究成果のウェブ公開、
(3)発信力の強化(英文化による公開)である。諸会員の献身的努力
も期待したい。
表 日本ミュージアムマネージメント学会の外国人講師招聘者一覧
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第16号 2012年 3 月
博物館の社会的使命と公共サービス
Social Mission and Public Services of Museums
王 莉*1
Wang Li
和文要旨
博物館は社会にサービスを提供し、公衆に開かれた非営利の常設機関として、重要な社会的使命を担っている。諸外国と
比べてみると、中国の博物館は機能の位置づけ、マネジメントシステム、人材養成においてはまだ改善すべきところが大き
い。したがって、中国の博物館整備事業は文化産業の発展動向とデジタル化のトレンドに積極的チャレンジし、社会発展の
ために新しい価値を創造すべきである。
【キーワード】
博物館 社会的使命 公共サービス 機能の位置づけ
2010年 6 月12日、李長春氏は『文化遺産を保護し、発展し、
1989年、1995年、2001年にも博物館の組織形態の定義を広
公衆共有の心のふるさとを建設する』という重要な文章を発
げてきた。2007年の定義は「教育」を博物館業務の一番目の
表した。その中で、文化財事業が人材を育成し、文明を伝承
目的とし、資料の取得、保存、研究、伝達、展示する等、博
し、知識を普及し、生活を豊富にする等の役割を果たすべき
物館の基本的業務の共同目的とするようになった。それと同
について述べたことは、中国共産党第17回全国代表大会のコ
時に、博物館業務の対象物を「有形と無形文化財」に拡大し
ンセプトに対する展開と深化であり、中国の文化財事業にお
た。さらに、近年の国際的な博物館界の動向として、
いて実践した経験を賢明にまとめた結果である。これは博物
館整備も含め文化財事業に対して新たな要求と希望を提示し
① 博物館の社会的責任を強調すること
ている。
② 博物館の公共サービス機能に注目すること
③ 博物館が持つ地域文化伝統の伝承と基本的価値観の養
成における重要な役割についても反映した。
博物館の社会的使命
良知、知恵、そして芸術の展示を通して、人類文明を解釈
国際博物館会議が博物館の最新の定義を発表した後、博物
する「知識の源」として博物館を見なすのは、国際社会が博
館界では、国際的な共同研究が非常に活発となった。博物館
物館の社会的使命を認識する新しい傾向である。2007年、国
事業は社会にとって重要な意義があり、社会調和的な発展に
際博物館会議(ICOM)がウィーンで改訂した『国際博物館
対する歴史的使命を持つことなどを国際的に明らかにしよう
会議規約』の中で、博物館の定義を次のように定めている。
と試みたのである。2009年に東京で行われた国際博物館会議
アジア太平洋地域連盟(ICOM−ASPAC)の基本テーマは「ア
「博物館とは、社会とその発展に貢献し、研究・教育・楽
しみの目的で、人間とその環境に関する物的資料および文
化財を取得、保存、研究、伝達、展示する、公衆に開かれ
ジア太平洋地域における博物館の中核的な価値の再考と地域
遺産」であり、2010年上海で行われた ICOM 大会のテーマは
「博物館と社会的調和」であった。
た非営利の常設機関である」
。
1946年に国際博物館会議が成立して間もなく、博物館定義
博物館の公共サービス機能
の重点を「収蔵」に置き、1951年に「保存、研究、向上」を
先進国は過去30年の間に、博物館の社会的使命と公共サー
目的とするように修正した。その後、1961年には教育機能を
ビスを国民の生涯学習と学習社会構築というカテゴリーに取
追加し、1974年には社会とその発展に貢献する要求を追加し
り入れた。日本にある約5, 700館の博物館は既に国民の生涯学
た。
習を行う三大フラットホーム(公民館、図書館、博物館)の
*1
陝西歴史博物館
Shaanxi History Museum
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日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
一つとなっている。日本は欧米の学習社会を構築する経験を
「マネジメント機能」
:社会的な使命を明確に示し、人々に
導入し、研究し、また吸収した。生涯学習と関連する『社会
開かれた運営を行うこと
教育法』、『図書館法』
、『博物館法』、『生涯学習振興法』等の
「コミュニケーション機能」
:知的な刺激や楽しみを人々と
法律を整備し、アジア文化の特徴のある国民生涯学習体系を
分かち合い、新しい価値を創造する
全面的に構築したと言える。
こと。
一方、中国における文化財事業の発展過程を概観すると、
その発展パターンは国際社会と似ている点が多い。国家文化
これらの基本機能は博物館だけではなく、ほかの文化教育
財総局が発表したデータによると、中国は博物館が建国初期
機関も有するべき基本機能だと思われる。文化資源の一元管
の24館から2010年の3, 000館以上に発展してきた。中国では博
理は国際社会のもう一つの動きである。21世紀に入ってから、
物館は収蔵品の質と量にしても、取得、保存、研究、伝達、
博物館・図書館・アーカイブズの一元管理を国が進めている。
展示に携わる専門家の人数と能力にしても、国際スタンダー
それと同時に、国家政策上においても博物館・図書館・アー
ドに匹敵している。しかしながら、どのように博物館の各部
カイブズは文化保存機関とされている。
門の仕事を整理・統合させ、それを国民教育のプラットホー
博物館の建設は文化産業がもたらしたチャレンジに積極的
ムの一つとして社会にサービスを提供するかについては、中
に迎えるべきである。産業の発展は、時代の繁栄とともに勃
国では法的枠組み、運営体制、管理システム、人材養成の面
興し、あるいは時代とともに衰退していくものである。21世
でまだ国際スタンダードと大きな差があるのである。
紀に入ってから、社会は高度な情報通信網とコンピュータを
日本と比べてみると、中国では国民生涯学習と博物館の社
駆使した産業である第四次産業に移行しつつある。今日では、
会サービスに関連する法律はまだ不十分であり、教育機能は
情報の時代であり、知識基盤社会であると言われる所以であ
まだ博物館事業の主要任務となっていない。博物館を運営す
る。映画、出版、音楽、演劇、オペラ、メディア・アートな
るための指標管理システムはまだ整備されておらず、政府部
ど、文化に関連する産業を文化産業と呼んでいる。
門と民間組織の博物館を財政支援する学術的意思決定の根拠
では、博物館の産業上の位置づけはどのようになるのであ
は無い。日本と同じような「学芸員」養成制度と資格認定シ
ろうか。博物館の持っている大量の情報は文化事業の花形で
ステムおよび文化振興・研究も無く、博物館の管理システム
あり、博物館業務の中でも中核である。第四次産業は私たち
と人材養成の発展は博物館の数量と規模の発展に遅れている。
に発展のチャンスをもたらす。私たちは新型国家を建設する
中国では博物館の教育職員は自分自身の位置づけを若さで勝
戦略的な視点から博物館デジタル化が文化産業への影響を研
負する案内係としか認識していない。しかし、日本では公衆
究すべきである。
を教育する講師、教授を担当する教育専門家が数少なくない。
ここ数年、中国は文化産業の建設を通じて国のソフトパワ
グローバル化が進行している中で、博物館ネットワークは、
ーを向上することに大きな成功を収めたが、先進国と比較す
過去と現在を未来につなぐ有形の絆だけではなく、全人類の
ると、まだまだ大きな差がある。最近発表された『文化ソフ
文化財を保護し、各国の文化多様性と生物多様性をつなぐ無
トパワー研究報告(2010)』によれば、中国の文化産業は世
形のプラットホームでもある。私たちは公衆の観念を「博物
界文化市場におけるシェアが 4 %以下であり、欧米はその市
館を生涯学習のプラットホームと見なすこと」と変えるべき
場シェアが76. 5%である。日本と韓国はそれぞれ10%と3. 5%
である。博物館の教育職員は「知識媒体」のコンサルタント
とのことである。アメリカでは文化産業が GDP の25%位占め
としての役割を果たすべきであろう。公衆の生涯学習の各段
ており、この産業が創造した価値は重工業と軽工業の総額を
階におけるニーズに応じて、民族、宗教、職種、教育レベル、
超えている。しかも、アメリカの最大の輸出産業となってい
年齢を問わず、私たちは常に更新される博物館教育計画を通
る。日本は80年代の高度成長期には既に「経済大国」から「政
じて、知識を創造し、獲得・吸収・利用・普及し、国民の中
治大国」へと変換し、最終的に「文化大国」に向かって推進
国文化財への再認識、道徳倫理への再認識に役立ち、調和的
するという国家戦略の実施を始めた。アジア太平洋地域にお
社会を構築すると同時に、世代伝承の価値観を養成すること
ける影響力を高めるために、日本は文化を媒体として、経済
に貢献する。
的援助と経済協力を手段として、日本文化のアジア太平洋地
域における主導権を確立することに努力していた。その次に
韓国は20世紀末から文化領域で「韓流」奇跡を生み出し、文
将来の博物館建設が直面するチャンスとチャレンジ
化輸出により韓国の経済を挽回し、今世紀の初期に世界五大
2003年に日本博物館協会がまとめた博物館像として、特に、
文化産業強国の一つとなった。
次の 3 大機能を重視している。
GDP で経済実力を評価すると、中国は GDP の絶対値が既
「コレクション機能」
:社会から託された資料を探求し、次
世代に伝えること
に日本に近い程度となり、しかも日本を超えて世界第二位と
なっていると言えるであろう。ところが、文化産業が中国伝
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第16号 2012年 3 月
統文化、基本価値観の世界への影響力を推進することに言及
使命をどのように認識し、どのように公共サービス提供機能
すると、中国はまだ十分な成果をあげていない。
を整備していくのか、この課題は私たちにとって大きなチャ
国際社会は経済・技術・国防における競争は表面上に見え
レンジであり、またチャンスでもある。国際的な文化財事業
ない文化的な競争によって反映されるようになってきた。米
の最新成果を参考にし、文化遺産を保護し、発展させていく
国務長官ヒラリー氏が就任後にインターネットを通して世界
ことは私たち文化財事業関係者に課された使命である。
中にアメリカ的価値観を輸出した事実を見れば、私たちは新
(監訳 水嶋英治)
世紀における文化競争と中国文化の保護問題を重要視すべき
注:
である。
博物館建設はデジタル化発展の動向に適応する必要がある。
国際化が進展した中で、博物館に多大な影響を与えるのはデ
本論文は2011年 6 月号「人民論壇」ウェブ版に掲載された
論考を基に、加筆修正したものである。
ジタル化のトレンドである。国際社会で移動するのは物理的
http://paper.people.com.cn/rmlt/html/2011-06/11/con-
な美術作品や歴史資料だけではなく、コレクションに関する
tent_857237.htm?div=-1PEOPLE’
S TRIBUNE JUNE 2011
情報の移動・流通も実際ネット上で行なわれている。データ
NO 17
資料から進化したナレッジベースの公開は今後ますます盛ん
になっていくものと予想される。ネットワーク社会における
デジタル化の功罪は、今すぐにでも博物館界が議論し、研究
していく重要課題の一つであろう。
欧米各国の文化産業はデジタル文化財の形成と推進に政策
的支援に取り組んでいる。関連する標準化研究も行い、現在
進行している最中である。第四次産業の波がやってくる際、
迅速に肝腎なポイントを把握し、発言権を獲得するのは各国
の研究重点となっている。このような動きに対し、中国も中
国文化と中国語が大きく影響しているアジア太平洋諸国を視
野に入れ、文化財大国の優位を発揮し、アジア太平洋諸国と
地域の博物館管理と研究する専門家のみならず、政策・行政・
学術・歴史・技術・法律分野などの専門家を導入し、特に中
国が主導する日本・韓国・台湾等の国と地域との博物館政策
協議や技術レベルでの対話体制を構築し、共同的に「デジタ
ル文化財」の基礎研究と社会実践を展開し、しかも、国際標
準化機構(ISO)の基準を使って比較研究をする必要がある。
デジタル化で処理された情報、更に言うと「デジタル文化
財」という新形態文化財を保護することも解決に迫る課題と
なってきた。各種の媒体形態が開発され、その都度メディア
変換に迫られる。近い将来、いずれ博物館、図書館、アーカ
イブズの壁が無くなり、国境も無くなり、インターネットで
検索される資料情報は共通のプラットフォームから提供され
ることになるものと想像できる。知的財産権の保護において、
国際社会は一連の研究を行っている。中国は関連する法律、
特にインターネットでの情報発信に対する法律・法規の作成
が比較的に遅れている。この点を十分に重要視しなければ、
数年後には文化財大国にもかかわらずデジタル文化財大国で
はないという非常に困惑な状況に直面することになる恐れが
ある。
終わりに
21世紀の社会発展のニーズに応じるため、博物館の社会的
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日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
Social Mission and Public Services of Museums
Wang Li*1
【Abstract】
As not for profit organization for social services, museums carry important social mission. In comparison with foreign counterparts,
Chinese museums need to improve and enhance its management system, human resources as well as their positioning for public services. In
order to create new values for social development, Chinese museums should get ready to face challenges from culture industry development
and digital society.
【KEY WORDS】
museum, social mission public services, positioning
On June 12, 2010, Mr. Li Changchun, Member of the Standing
social mission and public services of museums into the areas of
Committee of the Political Bureau of the CPC Central Committee,
supporting national lifelong learning and creating innovation state
published an article titled“Protection and Development of Culture
programs. For example, 5700 museums in Japan are part of the
Heritage as well as Building Mutual Spiritual Homeland”
. What he
three supporting columns of citizen lifelong learning system,
described roles that museums should play were in the areas of
including museums, citizen halls and libraries. With adopting the
consultation to government, development of citizens, instilling
best practice from the U.S. and European countries, Japan has
heritage and civilization, disseminating knowledge, and enhance-
developed its unique Asian style citizens’development system for
ment of life style was the historic overview and future prospects on
learning society creation by passing museum law, social education
Chinese culture and museum sector. The article is not only the
law, library law, lifelong learning law and other education related
detailed elaboration and practice guide of the scientific development
laws.
There exist so many similarities in viewing the development road
theory by CPC, but also is viewed as the national leadership’
s expec-
map of Chinese museums versus international community. Based
tation and requirements to the sector.
upon the statistic data released by China State Administration of
Social Mission of Museums
Culture and Heritage, the number of museums in China has been
It is the new global trend to view museums as the knowledge
increased from 24 in 1949 to 3000 plus in 2010. In terms of quantity
source of civilization with focal points of conscience, wisdom and
and quality of museum collections, as well as the professionals in
art. By 2007 ICOM Vienna Statues, a museum is a non-profit, perma-
acquiring, conserving, research, communicating and exhibiting
nent institution in the service of society and its development, open to
from museums, China could be comparable with any other
the public, which acquires, conserves, researches, communicates
countries. However, China has great gap to integrate all functional
and exhibits the tangible and intangible heritage of humanity and its
departments of museums for public service in supporting citizen
environment for the purposes of education, study and enjoyment.
lifelong learning with other countries. China is a way behind the
ICOM Statues was initially drafted with the emphasis of collection
and conservation, while it was soon revised for preserving, studying
social development for legal frame work, operation mechanism,
management system and talent in museum development.
In comparison with Japan, there is no legal framework for citizen
and enhancing in 1951. Education was added in 1961. Service to the
society and its development was added in 1974. There have been
lifelong learning and public service of museum. Education is still not
broader concepts introduced to the museum definition by 1989,
on the top priority list for museums. There is no proper performance
1995 and 2001 revision. In 2007, education became the number one
based key indicator for museum operation. It is lack of scientific
priority as the common goal of fundament services of museums over
evidence for government and private sector’
s decision making
“study and enjoyment”. Special attention to social mission of
process to provide financial support to museums. China has
museums from ICOM community reflected their focus on public
no“curator” system for talent development and qualification
services. It also reflected the important roles of museum sector
certification. Research on community development is very limited.
played in instilling geographic culture and heritage and fundamental
The pace of development of museum management system and
values. With dynamic process of museum definition development,
talent are a way behind the pace of museums opened every year.
international museum community has been very actively in search-
The first line educators are primarily youth and beauty based young
ing and advocating the social mission of harmonious society. The
professionals. Whereas in Japan, you may easily find professors or
theme of ICOM ASPAC Tokyo 2009 was“Rethinking of Museums’
professionals with advanced degree who are in the first line of
Core Value and Regional Heritage in Asia-Pacific”. The theme of
museum operation for public services.
In the process of globalization, museums are not only the tangible
ICOM Shanghai 2010 was“Museums and Harmonious Society”.
venue to link past, present and future, but also the intangible
Public Services of Museums
platform to protect culture diversity and biodiversity among
Over last three decades, developing countries have integrated
*1
countries. We need to help public to transform their perception and
Shaanxi History Museum
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make museum as their lifelong learning platform. The first line
or exceed Japan as the number two economy. In reality, our culture
educator in museums should become“knowledge broker”
. We may
industry may generate very limited impact to the world by Chinese
cover the whole life cycle of development by the process of
culture heritage and fundamental values. Global competitions in
knowledge brokering of creating, acquiring, assimilating, using, and
economy, technology and defense become less obvious recently.
disseminating knowledge. With rethinking of fundamental values
U.S. Secretary of the State Hillary Clinton’
s action by utilizing
for our society and rethinking of culture heritage from Chinese
internet as new frontier to generate political influence should be
tradition, we need to develop innovative education programs to meet
viewed for issues of culture competition and culture security.
public demands for instilling values in transcending generations for
New museum development should be addressed along the
social harmony regardless race, religion, education, profession, or
development tide of the digitalization. It may generate huge impact
age at the different states of lifelong learning.
to museums by globalization of digital museums. In the near future,
physical art or historic information are not the only way to be
Opportunities and Challenges of Future Museums
moving in the museum network. Virtual museum network will
In 2003, Japanese Association of Museums(JAM) drafted the blue
create new way of information exchange. We may foresee the
print for building future museums in the 21st century. Three funda-
knowledge base would be open to the public not too long. That
mental functions should be addressed:
would create quite a controversial issues in the cyber space by
Acquiring
Management
Comminuting
explore and search social information for
digitalization, which have been become main areas for study by our
future generations
global community.
The U.S. and European countries have been advocating various
open to public with clearly defined social mission
programs in support legislature and policy formation for digitaliza-
share the joy for new value creation
tion of culture heritage. At era of high development tide of the
Those functions should be considered to be used in development
quaternary sector of industry, studies on standardization would
make the nations more advanced for their proactive approached. As
of other culture education facilities.
It has been another global trend for culture resources integration.
a nation with long history and rich culture heritage, China should
Museum, Library and Archive Council (MLA), a leading agency to
broader its view over the Asia Pacific for collaboration with
work with all UK culture administration agencies, promotes best
countries or regions which are influenced by Chinese language and
practice in museums, libraries and archives, to inspire innovative,
culture intensively. China may work with Japan, Korea and Taiwan
integrated and sustainable services for all. Current development of
to create a regional dialogue mechanism for policy and technology
culture sector would generate more opportunities and challenges for
sharing and consultation by attracting museum management and
museums. Time may generate new business sector and at it may
research professionals, as well as public policy, public administra-
make certain business obsolete simultaneously. Information and
tion, academic, historic, technical and legal subject matter experts
communication technology (ICT) is driving our society by creation
from Asia in fundamental research and social practice in digitaliza-
of quaternary sector of industry in the 21 st century. We name
tion of culture heritage. Comparative studies with international stan-
our era as information or knowledge era. We classify movies,
dard organization ISO should be addressed as well.
publishing, music, drama, opera, media related industry as culture
Attentions to intellectual property protection on digitalized infor-
industry. How should we position museum sector? Massive data
mation, or“digital culture heritage”should be addressed immedi-
communication of museums could be viewed as the key driver
ately. New forms of media format could generate revolutionary
of culture industry, or the core business of museums. The develop-
impact over the media. Not too long from now, we may image a
ment of quaternary sector of industry created great opportunities.
common free information exchange platform consisting of muse-
We should study impact to culture industry by digitalizing museums
ums, libraries and archives in a cyber space without boarder or terri-
from strategic perspective of innovative state.
tory of any countries. Global community has been actively engaged
“Soft power”of China has been developed significantly over last
in series research and development on intellectual property protec-
few years. However, there is still a huge gap between China and
tion of digitalization, while China is a way behind the game. Without
other countries. The most recent white book of China Soft Power
proper action, China could face the dilemma of being rich nation
Study revealed that China only has less than 4% market share in the
with physical culture heritage, and poor nation without digital cul-
global culture market, while U.S. and Europe 76.5%, Japan 10% and
ture heritage.
Korea 3.5%. Over 25% of GDP by the U.S. is from its culture industry,
which exceeds the total output of its light and heavy industry. It has
Conclusion
become the largest exporting business in the U.S. In 1980’
s, while
For the social development of 21st century, it has been great
enjoyed the high growth of economy, Japan implemented strategy to
challenges and opportunities for museums how to view their social
build economic power through political power into culture power.
mission and how to enhance their functions of public services. It
By using culture as the vehicle, Japan built its leadership in Asia
would be the historic mission for museum colleagues to protect our
Pacific affairs with economic aid and collaboration. Followed Japan,
culture heritage and to build our mutual spiritual homeland by
Korea implemented culture development strategy, which saved
application of world class best practice.
Korean economy by export culture products and made Korea as one
of the top five nations in culture industry.
With the absolute value of GDP, we may say China just caught up
― ―
11
第16号 2012年 3 月
今、なぜミュージアムリテラシーか
―博物館設置者のミュージアムリテラシーを探る―
A Framework of the Literacy of Museum Founder
高 安 礼 士*1
Reiji TAKAYASU
小 川 義 和*2
Yoshikazu OGAWA
和文要旨
日本ミュージアムマネージメント学会(以下、JMMA と表記)で2010年からテーマとして取り組んでいる「ミュージアム
リテラシー」は、「利用者の博物館活用能力」に限らない幅広い意味が基礎部門研究部会等の議論の中で明らかになってき
た。博物館法の改正から始まる一連の博物館行政の潮流の意味を、グローバルな視点も考慮しミュージアムマネージメント
の観点から「ミュージアムリテラシー」を捉え直した。その結果として、博物館の設置者から利用者までの 4 つの層に対応
するミュージアムリテラシーの在り方を提言する。本稿では、
「教員のミュージアムリテラシー」に関する研究とJMMA 基礎
部門研究部会での議論を概観し、ミュージアムマネージメント論としてのミュージアムリテラシーの枠組みについて考察し、
博物館職員としてのミュージアムリテラシーと博物館設置者としてのミュージアムリテラシーの重要性について述べる。
Abstract
This paper focuses on making a new guideline for Museum Literacy based on teachers’museum literacy which was reported
in 2010. It has been discussed that museum literacy has a great importance for not only audience but also museum staff.
We propose a framework of literacy coposed of four levels of management connected with the activities of museums in Japan
including a level of funding body of museums. It would give us a deep insight into the improvement of museums.
はじめに
1
日本の博物館は、方向性の定まらない漂流を始めている。
ミュージアムリテラシーの基本的理解
「教員のML 研究会報告」において、菅井は、
定まらない社会制度改革と博物館法が大きくは変わらなかっ
「リテラシー」とは、博物館に限って使われる表現ではない。
たことは、指定管理者制度や利用者の要望の変化等への対応
博物館との関わりに限定しても、
「リテラシー」の議論は、多文
を難しくし、「博物館界の漂流感」を助長している。また、
脈化/多元化している(表 1 参照)
。本研究会においては、教員
2011年 3 月の東日本での震災は、様々な分野での価値と規準
のミュージアムリテラシー向上を目的とした具体的プログラム
の再考を求めることとなり、博物館界もその例外ではない。
の提起に重点が置かれている。・・・ミュージアムリテラシーと
本論文では、ここ 3 年間 JMMA として取り組んだ「ミュー
は何かを考えるにあたって、最も根本的かつ一定の共通性を持
ジアムリテラシー」について、高安らが2009∼2010年に実施
つ、キャロル・スタップ(Carol B. Stapp)による定義 2 )である
した「財団法人新技術振興渡辺記念会科学技術調査研究助成
「基本的なミュージアムリテラシーとは、資料(もの)を解釈す
(平成21年度下期)
『科学系博物館の学校利用促進方策調査研
る能力を意味し、十分な『ミュージアムリテラシー』とは、博
究―教員のミュージアムリテラシー向上プログラムの開発―』
物館の所蔵資料やサービスを、目的を持って自主的に利用する
報告書」
(2010年10月)
(以下、
「教員のML 研究会報告」と表
能力を意味する」を紹介し、それと同時に、博物館側は、
「利用
記) と JMMA 基礎研究部会の実施した研究会での論議を元
者が、展示や出版物、プログラム活動から図書館、研究コレク
にして、JMMA のこれまでの取り組みをまとめ、今後のミュ
ションや職員の専門家としての知識まで、目的を持って自主的
ージアムマネージメントの方向性を提言する。
に博物館の全ての資源を利用することができるようにすべきで
1)
ある」と付け加えて、「つまり、ミュージアムリテラシーとは、
利用者、博物館のどちらか一方のみが行動・実践することによ
って成立するのではない。
」
*1
*2
全国科学博物館振興財団 公益事業課長
国立科学博物館 学習企画・調整課長
Foundation of Japanese Science Museums, Science Communication Director
National Museum of Nature and Science, Head of Education Division
― ―
13
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
用支援(利用者のアクセス可能性)の問題としても扱って、博
としている。更に菅井は、リテラシーを
(1)行為のプロセスを含む「リテラシー」
物館が一方的にリテラシーを押しつけないように、博物館が果
(2)相互の関係論としてのミュージアムリテラシー
たす役割(できる/できないこと)や蓄積した資源、教員/利
用者による博物館利用の具体的行為の双方に着目することが不
に関連させて述べ、
「∼ができること(能力)」といった意味に表されるようにす
可欠であるとした。・・・ミュージアムリテラシーとは、
「何らか
るならば、博物館側が一方的に利用者に対してリテラシーを求
のコミュニティに属するミュージアムと教員/利用者が、
(1)相
めるようなことになり、利用者にとっては博物館利用の障壁に
互のルール・役割・道具(資源となるものごとや考え方)の内
なりかねないので、ミュージアムリテラシーを定義する主体は、
実を理解し、互いに働きかけを行うことであり、(2)それぞれ
リテラシーを求める対象に作用する自らの権威性や意図に対し
の活動の境界を越えた働きかけを通じて育まれ、蓄積されてい
・
・
く活動のあり方・考え方の形態である」
。
て、より自覚的になる必要があり、それに加えて、行為の結果
(
「∼ができること」
)としてのリテラシーにとどまらない、リテ
と暫定的に定義した 1 )。ミュージアムリテラシーを「結果
ラシーを獲得する行為のプロセスが存在することを忘れてはな
だけでなくプロセスを含む概念であり、更に利用者だけに求
らない。
められる能力ではなく、博物館にとっても必要な能力であり、
相互依存の関係性の能力」と考えると、博物館の社会的な役
として、
利用者のみにリテラシーを求めるのではなく、博物館側の利
割の変化と密接に関係するものであることが分かる。
表− 1 ミュージアムに関わる「リテラシー」の全体像
目 的
解 釈 内 容
関わりのある対象
①博物館に対する意識、 ・
「博物館リテラシー」…「博物館機能の多面性と館種の多様性に対する深い ・博物館の設置者(博物館行政
に携わる側)
(山西 2008: )
理解の向上
理解」
「組織に蓄積するもの」
(山西 2008:24)
(2)行
・
「ミュージアム・リテラシー」…「人々のミュージアム観や発想」
(上山・稲 ・(1)都市開発関係者、
政関係者、(3)地域住民(上
葉 2003:263)
山・稲葉 2003)
②博物館の活用、利用支 ・
「博物館リテラシー」…「博物館から情報を入手する効率化をはかることば ・利用者、市民に求められる能
ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ
援
かりでなく、博物館の発信する情報を読み解くためにクリティカルシンキ
力
ングして、情報発信をして、市民による市民のための市民の博物館づくり ・対象は利用者、市民
を志向すること」
(金山 2003:31)
・
「ミュージアム経営リテラシー」…「市民がミュージアム経営に対する知識
を持ち、その健全な遂行を見守り、時に叱咤する能力」(村上 2008:31)、
「市民としてミュージアム経営に積極的に参画していく知性」
(同上:32)
・
「ミュージアム・リテラシー」…「美術館を含むミュージアムという装置を
よく理解し、その可能性を引き出す力」(波多野 2003:165)
ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ
・
「ミュージアム・リテラシー」…「博物館活動を批判的にみて、自分にとっ
て必要な情報を引き出し、活用する能力」
(佐々木 2008:5)
・
「ギャラリー・リテラシー」…「
『モノ』
『場』
『人』がさまざまな情報を発信
する学びの場としての美術館を自分に合わせて活用する力」(杉浦 2008:
75−76)
「メディア・リテラシー」…「博物館に来た人々が作品や展示をみて楽しむ ・対象は利用者
③メディアとしての博物 ・
ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ
という行為は、作品や展示の持つ情報やメッセージを読み解いていく作業 ・実践事例は、児童生徒が対象
館
メディア・リテラシー
に他ならない。そして、これはまさにメディア・リテラシーを育む作業と ・学校教育での博物館利用を想
を育む場としての博物
定
オーバーラップしている」
(村田 2003:41)
館
・
「ミュージアム・リテラシー」…「ミュージアム・リテラシーを獲得すると
ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ
いうことは、様々な情報を読み解き、それを活用する能力を身につけるこ
と、また自分の持っている情報を伝える能力を身につけること」(佐藤
2003:15)
「科学リテラシー」…「人々が自然や科学技術に対する適切な知識や科学的 ・実践事例の対象は児童生徒、
④科学(的)リテラシー ・
大学生など
な見方及び態度を持ち、自然界や人間社会の変化に適切に対応し、合理的
を育てる場としての博
な判断と行動ができる総合的な資質・能力」
(国立科学博物館 2008:6)
物館
(出典)「教員のミュージアムリテラシー向上方策研究報告」p. 8 を一部抜粋し,高安が要約
― ―
14
第16号 2012年 3 月
2
営為をより一層行う必要がある。
博物館の社会的役割の変化とミュージアムリテラシー
人々が文化として科学を楽しみ、その知識を活用し、社会
博物館は、アレキサンドリア時代の学校、図書館、博物館
的課題に対して合理的な判断をするために、科学系博物館は
が未分化の状態で存在した「ミュセイオン」を別にして、近
人々の人生において博物館の主体的活用を促し、人々が生涯
代的な市民社会から生まれたものと考えると、明らかにその
にわたって社会参加と自己実現できる場としての役割を果た
時代の社会制度と地域文化の影響を受けて存続している。こ
す必要がある。そして地域社会の課題に対し、人々と博物館
こでは、今日、社会制度との関わりが鋭く問われている科学
が知恵を出し合い、議論し、解決していくような双方向の営
技術分野を例に「ミュージアムリテラシー」を考える。
為は、結果として、人々と博物館が相互に理解し、社会にあ
る知を共有し、活用・継承していく、知の循環型社会を実現
していくことにつながる。
(1)科学系博物館の社会的役割の変化を例に
17世紀に始まる科学は、20世紀後半から高度化・専門化し
て技術と一体化し、21世紀に入ってからは情報科学や生命科
(2)博物館における教員のミュージアムリテラシー
学等の新しい分野の拡大と人間活動の結果生じた地球環境等
ここでは、科学系博物館の社会的役割の変化に対応した新
との関係からその研究開発の構造を大きく変えている。この
しい概念としてのミュージアムリテラシーを博物館の利用者
ような科学技術の進展で、日常生活は便利になり、人々の意
(教員と地域の市民)について考察する。
識の中で科学技術への距離感が遠くなる傾向がある。その一
長崎は、①博物館そのものの在り方に関する議論、②科学
方で生命倫理等の問題に見られるように、一般の人々が直接
リテラシーやサイエンスコミュニケーション育成のための博
関係し、社会的対応や判断を迫られる場面が増えてきている。
物館の利用に関する議論、③ミュージアムリテラシー等の博
科学技術に依存する現代社会で生活し、豊かな未来を構築す
物館利用に関する能力についての議論、に総括している 4 )。①
るためには、変化し続ける自然環境と人間社会の課題を適切
に関しては、設置者の博物館に対する理解を含む概念である。
に理解し、科学的に考え、合理的に判断する能力である科学
例えば山西は、博物館行政の立場からミュージアムリテラシ
リテラシーが必要となっている。
ーを議論しており、設置者の博物館理解を促すことが重要で
そのため、科学系博物館においても従来の「教育普及活動」
あるとしている 5 )。③のミュージアムリテラシー等の博物館
ばかりではなく、科学リテラシーを涵養する活動が重要な活
利用に関する能力については、
「子どもたちが博物館や資料を
動の一つとなっている。科学リテラシーの涵養は、学校だけ
使いこなすためのてだて―しかけや能力(リテラシー)
」「子
に課せられるものではなく、科学系博物館などの生涯学習機
どもたちが博物館を主体的に利活用できる能力」等の定義が
関、企業、NPO、地域及び家庭など、多様な活動主体によっ
提案されている 6 )。ここでは、上記の定義を踏まえ、ミュー
て展開されるべきものとなっている。
ジアムリテラシーを子どもにたちに限らず全ての利用者にか
科学系博物館には、人々が生涯にわたって幸福を享受でき
る社会を築き上げていくため、人々の科学リテラシーを涵養
し、科学文化の成熟度を高めることに寄与する社会的役割が
かわる能力で、かつ生涯にわたり育成していく能力と考え、
「個人が博物館を理解し、生涯を通じて主体的に利活用できる
能力」ととらえられる。
求められる。独立行政法人国立科学系博物館の『
「科学リテラ
キャロルスタップのミュージアムリテラシー論 2 )では、ミュ
シー涵養活動」を作る∼世代に応じたプログラム開発のため
ージアムリテラシーを「個人が展示や資料を自主的に活用す
に∼』では、このような科学系博物館の具体的な役割として
る能力」とともに「博物館側のアクセスビリティーも考える
以下のようなものを挙げている 3 )。
必要がある」と指摘し、
「『何らかのコミュニティに属するミ
・教育、学術、生活、環境、産業、経済等の諸課題に積極
ュージアムと教員/利用者が、(1)相互のルール・役割・道
具(資源となるものごとや考え方)の内実を理解し、互いに
的に取り組む必要がある。
・最先端の科学技術の成果や動向を取り入れ、歴史的体系
働きかけを行うことであり、
(2)それぞれの活動の境界を越
に立脚した研究成果に加え新たな価値や考え方を示して
えた働きかけを通じて育まれ、蓄積されていく活動の在り方・
いくことが重要である。
考え方の形態である。』」としている。ミュージアムリテラシ
・科学リテラシーを涵養する多様な活動主体間の連携に寄
ーは、利用者側だけに特有な能力ではなく、博物館側からの
見たミュージアムリテラシーについても議論する必要がある。
与する役割を担っている。
・生涯学習機関として、各世代や個人の生活場面に応じた
科学系博物館は、人々の人生において主体的活用を促し、人々
多様な活動を体系的に提供し、人々が生涯にわたって自
が生涯にわたって地域参加と自己実現できる場としての役割
己実現できる場としての役割を果たす必要がある。
を果たす必要がある。
・人々の社会参加を支援するとともに、人々及び社会へメ
ッセージを発信するなど自らも社会参加し、双方向的な
― ―
15
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
表− 2 集合の積の意味
領域Ⅰ:教員と学芸員のミ
ュージアム・リテ
ラシー
領域Ⅱ:市民(利用者)と
学芸員のミュージ
アム・リテラシー
領域Ⅲ:市民と教員のリテ
ラシー(学校運
営・心理学)
ミュージアム・リテラシーの範囲
資質能力に関する従来の議論を踏まえ,個人が持っている多様な知識,興味・関心,考え方,能
力等を相互につなぎ,博物館と連携する活動領域に必要な資質能力を示す(領域Ⅰ,Ⅱ,Ⅳ)
。
領域Ⅳ:市民としての基本
的な資質能力(生
きるための力、コ
ミュニケーション
等)
図− 1 教員のミュージアム・リテラシーの構成
(3)教員のミュージアムリテラシーの構成要素
物館側から見たミュージアムリテラシーとは、利用者の博物
「教員の ML 研究会報告」において小川は、教員のミュージ
館へのアクセシビリティーに配慮し、その主体的活用と地域
アムリテラシーとは「教員としての資質能力」と「学芸員の
参画力を促す博物館運営の能力を示す。また、領域ⅠとⅢに
資質能力」及び「市民としての素養」の積集合として求めら
おいて、学校が博物館を利活用する際に、その間をつなぎ、
れるもの(図− 1 のベン図を参照)として示されるとした 。
展開する能力を「教員のミュージアムリテラシー」と想定で
それによると、利用者側から見たミュージアムリテラシー
きる。さらに学校教員が地域の学習資源を活用し添加する能
1)
とは、博物館を理解し、主体的に活用する素養を示している
力を「地域活用力」
(領域Ⅲ)と言える。
一方、博物館側から見たミュージアムリテラシーとは、利用
者の博物館へのアクセシビリティーを考慮し、博物館の主体
的活用と利用者の地域への参画力を促す博物館運営を実現す
3
博物館職員のミュージアムリテラシー
教員のミュージアムリテラシーを考える際に用いたベン図
る能力を示している。
図 1 において、「地域」は「博物館」と「学校」を包含す
の「教員」を「博物館職員(学芸員でない一般職員)
」や「博
る概念であるが、ここでは地域における教育的役割を担う機
物館設置者」などに置き換えると、それはすなわち「博物館
関として、
「博物館」と「学校」に注目している。また「博物
一般職職員のミュージアムリテラシー」となり、博物館設置
館」を主に構成する人材として「学芸員」
、学校を構成する人
者のミュージアムリテラシーとなる。
そこで、佐々木は東京都美術館においての「Museum Basics」
材として「教員」、さらには地域を構成する人材として「市
民」が想定できる。ミュージアムリテラシーをこれらの間の
を考えるにあたって、
「教員のML 研究会報告」で行ったICOM
関係性の中から「つなぐ力」
「展開する力」と考えるのが妥当
の様々な勧告と教員の資質能力の積集合を考える手法を適用
である。
して、
資質能力に関する従来の議論を踏まえ、個人が持っている
①国際博物館会議(ICOM)人材育成国際委員会(ICTOP)
多様な知識、興味・関心、考え方、能力等を相互につなぎ、
「ミュージアム専門能力開発のための ICOM 教育課程ガ
イドライン」1998年公表、2000年採択
博物館と連携する活動領域に必要な資質能力が領域Ⅰ、Ⅱ、
Ⅳである。領域Ⅰは、教員と学芸員のミュージアムリテラシ
②『ミュージアムの基本』
ーを示している。領域Ⅱは、市民(利用者)と学芸員のミュ
③国内の動向:学芸員資格取得「博物館に関する科目」の
拡充
ージアムリテラシーを示している。領域Ⅲは、市民と教員の
ミュージアムリテラシーを示している。領域Ⅳは、市民とし
等を参照して日本版ミュージアムリテラシーとして〈博物
ての基本的な資質能力(生きるための力、コミュニケーショ
館職員のためのミュージアムリテラシーの構成要素(案)〉
ン能力等)を示している。領域Ⅱにおいて、利用者側から見
(表− 3 )を作成した 1 )。
たミュージアムリテラシーとは、博物館を理解し、主体的に
また、「博物館活動の拠りどころ」として、
活用する素養を示す。すなわち地域の市民(利用者)と博物
・組織基準と行動規範(倫理規程)
「博物館の設置及び運営
館が相互に理解し、知の循環型社会を実現していくための能
上の望ましい基準」の改定検討(文部科学省:平成20∼
力を「市民のミュージアムリテラシー」と考える。一方、博
22年度)
― ―
16
第16号 2012年 3 月
・
「博物館関係者の行動規範」の検討(財団法人日本博物館
協会:平成21∼22年度)
を参照して、
〈博物館関係者の行動規範簡略版〉
(表−4)を提
示した 7 )。
表− 3 博物館職員のためのミュージアムリテラシーの構成要素(案)
表− 4 博物館関係者の行動規範簡略版
(財)日本博物館協会「博物館倫理規程に関する調査研究報告書」
行動規範 1 .貢献
博物館に携わる者は、博物館の公益性と未来への責任を自覚して、学術と文化の継承と創造のために活動する。
行動規範 2 .尊重
博物館に携わる者は、資料の多面的な価値を尊重し敬意をもって扱い、資料に係わる人々の多様な価値観と権利に配慮して活動する。
行動規範 3 .設置
博物館の設置者は、博物館が使命を達成し公益性を高めるよう、財源確保、人的措置、施設整備等により活動の基盤を確立する。ま
た博物館に係る人と収蔵品の安全確保を図る。
行動規範 4 .経営
博物館に携わる者は、博物館の使命や方針・目標を理解し、目標達成のために最大限の努力を行い、評価と改善に参画する。博物館
の経営者は、経営資源を最大限に活かし、透明性を保ち、安定した経営を行うことで公益の増進に貢献する。
行動規範 5 .収集・保存
博物館に携わる者は、資料を過去から現在、未来へ橋渡しをすることを社会から託された責務と自覚し、収集・保存に取組む。博物
館の定める方針や計画に従い、正当な手続きによって、体系的にコレクションを形成する。
行動規範 6 .調査研究
博物館に携わる者は、博物館の方針に基づき調査研究を行い、その成果を活動に反映し、博物館への信頼を得る。また調査研究の成
果を積極的に公表し学術的な貢献を行うよう努める。
行動規範 7 .展示・教育普及
博物館に携わる者は、博物館が蓄積した資料や情報を人類共有の財産として、展示や教育普及活動などさまざまな機会をとらえて広
く人々とわかちあい、新たな価値の創造に努める。
行動規範 8 .研鑽
博物館に携わる者は、教育・研修等を通じて専門的な知識や能力、技術の向上に努め、業務の遂行において最善を尽くす。また、自
らの知識や経験、培った技能を関係者と共有し、相互に評価して博物館活動を高めていく。
行動規範 9 .発信・連携
博物館に携わる者は、人びとや地域社会に働きかけ、他の機関等と連携して博物館の総合力を高める。
行動規範10.自律
博物館に携わる者は、
「博物館の原則」と「博物館関係者の行動規範」に基づき活動する。関連法規を理解し、遵守するとともに、国
際博物館会議の倫理規程や関連する学問分野の規範を尊重する。予期しない事態についても自らの規範に照らして真摯に検討し関係者
とともに解決を図る。
― ―
17
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
4
に研究のための科学としてではなく実社会での成果をあげる
新しいミュージアムマネージメントに基づく
ことが不可欠となっている。
ミュージアムリテラシー
今日では「博物館の基準」が拡大され、実物資料をもたな
このようにミュージアムリテラシーを博物館に関わる様々
い科学館やプラネタリュームも教育機能を持つという観点か
な方の個人的、社会的な文脈からその条件を考えるためには、
ら「博物館の仲間」と認定するようになり、本学会では博物
教員のミュージアムリテラシーを考える際のベン図(図− 1 )
館法に言う「登録博物館」や「博物館相当施設」よりも幅広
の「教員」部分を該当する対象の特性に置き換えることで結
く「博物館」を対象とし、その意味で特に「ミュージアム」
果を得ることができる。ここでは、最終的な原動力となる「博
とカタカナ書きで表し、ICOM(国際博物館会議)規約第 2
物館内の職員」
「設置主体」のミュージアムリテラシーを考え
条が定義する「社会とその発展に貢献するため、人間とその
る。
環境に関する物的資料を研究、教育及び楽しみの目的のため
そのために、博物館経営の観点からその事業を分析し、ま
に、取得、保存、伝達、展示する公開の非営利的常設機関で
たその事業の構造から業務に関わるリテラシーを明確にした。
ある。・・・有形又は無形の遺産資源(生きた資産及びデジタ
ルの創造活動)を保存、存続及び管理する文化センターその
他の施設・・」をミュージアムとして研究対象としている。
(1)博物館経営の構造とミュージアムマネージメント
ミュージアムマネージメントとは、博物館法に基づく博物
ミュージアム・マネージメントは今後その適応範囲をます
館機能として理解し、
「調査研究」
「収集保管」
「教育普及」
(場
ます拡大し、個々の博物館内の運営改善から県レベルの博物
合により「展示機能」
)とする「博物館経営論」という考えが
館連合体や全国レベルの博物館協会及び博物館行政までをそ
あるが、本ミュージアムマネジメント学会では博物館経営を
の対象とする。そのため、ミュージアム・マネージメント論
「ミッション」
「コミュニケーション」
「コレクション」機能と
においても、ある種のレベル設定が必要で、個々の博物館の
し、博物館経営のアドミニストレーションの構成要素として
運営等に係わる事項をミクロ・マネージメント理論、都道府
いる。すなわち、各博物館の設置目的やその趣旨はミッショ
県指定都市単位の地域との関連で考える事項を準マクロ・マ
ンとして表し、調査研究機能及び資料の収集保管機能は「コ
ネージメント理論、全国や世界における法令や基準等に係わ
レクション」で総称し、教育普及機能と地域との連携を含む
る理論をマクロ・マネージメント理論として区別するのが適
広報・交流機能を「コミュニケーション」としている。
切である。特に今日では、指定管理者制度の問題などの「管
今日では、博物館がその機能と活動分野を拡大し(そのよ
理委託のあり方」や文化財の保存に関わる業務の責任等を考
うな博物館をミュージアムと表記する)
、また博物館運営から
えることが求められており、博物館設置者とそのミッション
得られた成果を文化遺産として保存・活用し、観光事業や地
を受けて様々な事業を実施する博物館運営側との「接点構造」
域おこし、娯楽活動や学校教育にまで応用しようとする時、
の改善が最も重要な課題となっているので、このレベルを 2
改めてミュージアムに関する新しいマネージメント理論が必
つに分けて考えると実効性が高くなる。
要となっている。ミュージアム・マネージメント学の成果は
このように JMMA で取り組んできた新しい博物館像は、ミ
あくまでも博物館の運営向上にある。その意味では、ミュー
ュージアムマネージメントの視点から見直した新しい時代に
ジアム・マネージメント学は実用のための学問であり、純粋
即した「博物館」を「ミュージアム」として置き換えるもの
である。これを 3 年間のテーマとした理由は、拡大する博物
館機能を「リテラシー」という視点から博物館と利用者の両
方から博物館経営を改めて考え、博物館同士及び他の機関と
の連携をはじめとして、地域とや広く社会との連携の中で博
物館経営の基本を考え直そうというものである。
さて、上で述べたように、博物館経営の領域と階層性は、
担当する職員の職務内容や決裁権等の範囲から、以下のよう
に分けることが実務上は有効である。
博物館経営の領域は、法令に基づく設置者・管理者・職員
の職務内容や決裁権等の範囲から、以下のように 4 領域に分
けることが実務上は有効である。
領域 1 ……存在とその社会的使命に関すること:The Nature
図− 2
of Organization
新しい博物館機能の関係
アイリーン・グリーンヒル「MUSEUM and EDUCATION」p.190
を参考として高安作成
― ―
18
領域 2 ……設置主体や博物館連合体からの改善:Governing
the Organization
第16号 2012年 3 月
領域 3 ……博物館機能や組織、事業計画等に関すること:
Managing the Organization
保護法などの様々な法令を遵守しながらも環境の変化に伴っ
て「ミッション」や「自己組織」を変え、複雑適応系なもの
領域 4 ……運営手法や事業プログラム等:Some Reference
Manuals on a Variety Functions
として変化し続けるのが「21世紀のミュージアム」なのであ
り、そのためにはマネージメント力の高い職員の「ミュージ
アムリテラシー」が重要となる。経営者にはその地位に応じ
表− 5 博物館経営の階層と博物館機能
たミュージアムリテラシーが求められ、領域 3 に属する中間
管理職には「経営計画や博物館機能に関する深いリテラシー」
が求められ、各博物館職員にもそれぞれのミュージアムリテ
ラシーが求められることとなる。そのようなものとして、以
下に博物館経営の各層に応じた運営の改善に有効に働くリテ
ラシーを表− 6 としてまとめた。
(3)博物館設置者の持つべきミュージアムリテラシー
これまで論じたリテラシーによって、博物館はどのような
これらの経営階層に新しい博物館機能毎に関係する概念項
目を具体化してみたのが表− 5 である。ICOM の様々なガイ
運営改善が可能となるのだろうか。ここでは、博物館の設置
主体者としてのリテラシーについて考察する。
ドラインやコード及び博物館法は、すべての経営レベルに言
設置者のミュージアムリテラシーは、表− 6 の領域 2 で示
及しているが、博物館の社会的存在の意義を述べており、設
されるとおり「博物館法」
「博物館設置条例」と「博物館職員
置の目的を含むさまざまな派生する法令や省令、条例等の与
行動規範」によって規制され、更に「
(地域の)社会リテラシ
件となっている。
ー」を具現化することが求められていることが条件となる。
それらの構造をベン図で示したものが図− 3 である。博物館
(2)新しいミュージアムマネージメントに準拠するミュージ
アムリテラシー
の機能である「ミッション」
「コレクション」
「コミュニケー
ション」のそれぞれを「領域 2 」のレベルで考え、その中核
21世紀型のミュージアム・マネジメントの実現に向けては、
的な領域Ⅳを「設置者の博物館経営の基本的な資質・能力」
=
これまでの本学会や文部科学省「これからの博物館検討委員
「設置者のミュージアムリテラシー」と考えることが出来る
会」などの調査研究が示すとおり、社会と直接つながる「第
(表− 7 )。
4 世代の博物館」 が求められるようになる。これらを達成
8)
するためには、
「目的達成型マネージメント」や「創発型マネ
ジメント」に注目し、職員の自発性を支援することでやる気
具体的な「博物館の設置者としてのミュージアムリテラシ
ー」に関わる資質能力としては、
や創造性を高め、知恵を最大限に引き出し、21世紀の情報社
・ミュージアムリテラシーを社会における機関・個人間の
会に通用する「ミュージアム・マネージメント」の確立し、
相互作用として捉えた時、その相互作用を支える基本的
情報インフラの整備や議論の場を提供するとともに、上下関
な考え方や理論を確立する必要がある。
係を超えて自由に議論できる新たな経営のルール作りが重要
・博物館設置者及び博物館職員におけるミュージアムに関
になる。
する考えにしばしば対立的な考えが見られるのは、
「入館
職員のナレッジ(知恵)を引き出し、博物館の活力を高め
者数に関する評価」「資料の保存と公開」「イベントと教
ていくナレッジ・マネジメントを実現する新たなアプローチ
育普及事業に関する評価」などがあるが、大きな目標に
手法として、
「創発型」と「目的達成型」マネジメントという
関しては共通である。
新しい経営スタイルが注目されている。創発とは物理学の新
等を認識した上で、資質能力に関する従来の議論を踏まえ、
しい理論である「複雑系理論」に登場する用語「emergence」
個人が持っている多様な知識、興味・関心、考え方、能力等
が語源で、
「個々の自発性が全体の秩序を生み出す」という自
を相互につなぎ、博物館と連携する活動領域に必要な資質能
然界の性質を意味し、創発型マネジメントはこうした性質を
力を示す領域Ⅰ、Ⅲ、Ⅳ(図− 3 )の各条件を満たすことが
経営に取り入れることで博物館職員の 1 人ひとりの発想を支
求められる。
援し、やる気や創造性を向上させる手法である。また、目的
特別な例を除き、これまで多くの博物館設置者の経営責任
達成型はこれまでの帰納法と演繹法的推論に加えて新たに「目
者(例えば、財団理事、行政管理者、企業の担当管理者等)
的達成型」推論(abduction)を加味して「マネージメント」
は博物館に関する公的な研修もなかった。館長や学芸員を対
を再構築しようとするものである。
象として専門研修は行われることはあるが、設置者のための
博物館経営にとって、基本となるものは博物館法や文化財
研修や人材育成は看過されてきたといえる。最近では、各企
― ―
19
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
表− 6 新しいミュージアムマネージメントと拡張的ミュージアムリテラシー
表− 7 ML領域の意味
領域Ⅰ:設置者・博物館職員の組織
マネージメント・リテラシ
ー
領域Ⅱ:博物館職員・市民のコレク
ション活用リテラシー
領域Ⅲ:設置者・市民のコミュニケ
ーションデザイン・リテラ
シー
領域Ⅳ:博物館設置者のミュージア
ムリテラシー
図− 3 博物館設置者のミュージアム・リテラシーの構成
― ―
20
第16号 2012年 3 月
業や行政の中から「博物館経営者」を育成しようとする動き
金山喜昭「博物館と情報公開⑮『博物館リテラシー』という
こと」『月刊ミュゼ』59,2003,pp. 30−31.
もあるが、今後は「博物館設置者が知るべき基本知識・技術」
としてミュージアムリテラシーの涵養活動をさまざまな場面
菊池久一「リテラシー学習のポリティクス:識字習得の政治
で実現するべきであり、JMMA の活動の意義もそこに見いだ
性」石黒広昭編著『社会文化的アプローチの実際:―学
すことができるだろう。
習活動の理解と変革のエスノグラフィー―』北大路書房,
2004,pp. 34−52.
【注及び引用文献】
これからの博物館の在り方に関する検討協力者会議,
「新しい
1 )高安・小川・佐々木・菅井・一條・亀井・並木・黒岩・
時代の博物館制度の在り方について」
,文部科学省,2007
斉藤・他「財団法人新技術振興渡辺記念会科学技術調査
これからの博物館の在り方に関する検討協力者会議,学芸員
研究助成(平成21年度下期)『科学系博物館の学校利用
養成の充実方策について(第 2 次報告書)
,文部科学省,
促進方策調査研究―教員のミュージアムリテラシー向上
2009
プログラムの開発―』報告書」
,全国科学博博物館振興財
水越伸・村田麻里子「博物館とメディア・リテラシー:東京
団,2010,pp. 7−9,13−15.
都写真美術館における鑑賞をめぐる実践的研究」
『東京大
2 )Stapp, C.“ Defining Museum Literacy”
, Roundtable
Reports9( 1), 3− 4 Reprinted in Nichols, SK. 1992
学社会情報研究所紀要』65,2003,pp. 37−67.
森田伸子「学力論争とリテラシー―教育学的二項図式に訣別
‘Patterns in Practice: Selections from the Journal of
Museum Education’Walnut Creek: Left Cost Press, 1984,
するために」
『現代思想』34(5),2006,pp. 136−146.
村上 敬「
『ミュージアム経営リテラシー』と市民参画」
『地
域開発』521,2008,pp. 26−32.
pp. 112−117.
3 )独立行政法人国立科学博物館 科学リテラシー涵養に関
佐々木亨・亀井・竹内「新訂博物館経営・情報論」放送大学
する有識者会議「
『科学リテラシー涵養活動』を作る∼世
代に応じたプログラム開発のために∼」
,独立行政法人国
教育振興会,2008,p 5 .
杉浦幸子「美術館における生涯学習――ギャラリー・リテラ
立科学博物館,2009
シーを育む」神野善治監修『ミュージアムと生涯学習』
4 )長崎栄三「科学技術リテラシーに関する基礎文献・先行
研究に関する調査」
『科学技術リテラシー構築に関する調
武蔵野美術大学出版局,2008,pp. 48−80.
高安礼士「理工系博物館」,『新版博物館学講座 4
博物館機
能論』,雄山閣出版,2000,p162.
査研究』,国立教育政策研究所,2006,pp. 51−53.
5 )山西良平「公立博物館の在り方をめぐって」
『博物館研究
上山信一・稲葉郁子「ミュージアムが都市を再生する」
『経営
43(12)』,2008,pp. 21−25.
と評価の実践』,日本経済新聞社,2003
6 )佐藤優香「ミュージアムリテラシーを育む ―学校教育に
おける新たな博物館利用をめざして―」
『博物館研究』38
(2),2003,pp. 12−15 及び 田邊玲奈・岩崎誠司・亀井
修・小川義和「異分野の博物館連携によるミュージアム・
リテラシーの育成 ―国立科学博物館の上野の山ミュージ
アムクラブを事例に―」『日本科学教育学会年会論文集
29』,2003,pp. 13−14.
7 )日本博物館協会,「平成22年度文部科学省委託事業生涯
学習施策に関する調査研究『博物館倫理規程に関する調
査研究報告書』」,日本博物館協会,2011
8 )高橋信裕「今後の博物館の方向性について」
『JMMA会報
No. 61 Vol. 16 No2』,2011,p10.
【参考文献】
Finn, Bernard S. :“The museum of science and technology,
Historic outline”, in Michael Shapiro(ed.)The Museum:
A Reference Guide, GreenWood, New York, 1990
波多野宏之「情報論」岡部あおみ監修『ミュゼオロジー実践
篇/ミュージアムの世界へ』武蔵野美術大学出版局,
2003,pp. 147−170.
― ―
21
第16号 2012年 3 月
博物館と学校の関係をめぐる視座
―博物館教育論の展開と課題―
A study on the relationship of museums and schools:
development and problems of studies on museum education
加 藤 由 以*1
Yui KATO
和文要旨
近年、博物館教育への関心に高まりが見られる。博物館と学校との関係は、その中心的な論点であると指摘できよう。し
かし、これまでの両者の関係をめぐる議論においては、学校とは異なる博物館教育の特性を検討するという視点を欠いてい
た。そのため、そこに理論的探究の深まりを見ることはできない。
本稿では、これまでに論じられた博物館と学校との「連携」論を、歴史分析的な視座で検討することにより、博物館と学
校との関係が十分に検討されてこなかった要因として、行政による「連携」の推進や、学校教育課程の改編からの影響があ
ったと指摘し、その影響を受けることで議論の偏りが見られるようになったことを指摘した。
こうした検討を通して、日本の博物館教育論の展開に見られる特徴を明らかにし、その課題を指摘することで、今後、博
物館と学校の関係の在り方を検討する際に必要な視座を提起することを試みた。
Abstract
The relationship between museums and schools has been an eminent topic on museum education in Japan. However, the
relationship between them has not been examined enough to clarify the difference between museum and school education, and
we have not tried to discuss about defining the unique feature of museum education enough too.
In this paper, we focus on a problematic factor on this discussion. That has a tendency to follow the government policies on
not only social education but also school education. This problem is one of the reasons why we have not evaluated the character
of museum education enough.
Through the examination, we can define the developmental process, and find a perspective concerning about museum
education in Japan.
Ⅰ.はじめに
Ⅱ.博物館教育と学校教育への関心
博物館教育への関心が高まる中、その理論的探究が求めら
(1)学校補充機関としての博物館
れている。中でも博物館と学校との「連携」は、その大きな
博物館と学校との関係については、早くから指摘されてい
関心の一つとだと言えよう。しかし、そうした関心は、教育
た。例えば、第二次大戦直後に日本博物館協会が示した『再
活動の事例として具体的に論じられる一方で、議論の背景や
建日本の博物館対策』では、
「近代様式の博物館は、一方社会
性格について十分な探究はなされてこなかった。こうした状
教育機関として民衆の智徳を啓発し、学校教育補充の機関と
況において、博物館と学校との関係がどのように論じられて
して学生生徒の教育に努めつつある」1 )として、博物館を「学
きたかを問い直すことは、博物館教育の特性を探究するにあ
校教育補充の機関」と位置づけ、その有用性に期待が示され
たり重要な作業だと考えられる。本稿ではこれまでに論じら
ている。同じく日本博物館協会は1947年に文部省の「学校教
れた博物館教育論の中で、博物館と学校との関係がどのよう
育と博物館との連絡について」という諮問への意見として「今
な背景で論じられてきたのかを歴史分析的な視座で検討する
後の学校教育が従来に増して博物館・動植物園・水族館等実
ことにより、日本の博物館教育論の展開と課題を明らかにす
物教育機関を一層盛に利用すべき必要を痛感する」と示し、
ることを試みる。
学校は教員養成の段階から「学校教育補充機関としての博物
館の重要性」を理解させ、博物館側はその対応に向けた準備
を行うことで、双方の連絡を「緊密ならしめ教育上十分の効
果をおさめる」として、やはり「補充」機関という位置づけ
*1
青山学院大学大学院
Graduate School of Education, Psychology and Human Studies,Aoyama Gakuin University
― ―
23
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
を強調している 2 )。
実用的である
これらの主張は博物館振興を目指す協会により示されたも
⑦博物館が物品の保存とは相容れ難い資料の展覧を行いな
のであり、当時の教育行政で中心的な位置づけにあった学校
がら、多年の経験と科学知識の応用とにより、よくあら
と関連づけることで、博物館の有用性を主張していると捉え
ゆる危害を排して、貴重な資料の安全保護の重責を果た
られよう。
しつつある 6 )
こうして示される「長所」は、理論として十分に検討された
(2)博物館教育の独自性への関心
ものではないものの、博物館と学校を含む他の教育施設との
一方、第二次大戦後の新しい教育体制の下、社会教育法
対比により博物館独自の存在意義を明確にしようする棚橋の
(1949年)や博物館法(1951年)の制定以後、博物館教育の
関心が現われていると指摘できよう。また、子どもの博物館
特性への関心が見られたことに注目できる。例えば、博物館
利用について、遠足などの学校教育課程における児童・生徒
と学校との関係について、棚橋源太郎の議論から読み取るこ
としての利用と、夏休みにそれぞれの課題をもって来館した
とができよう。棚橋の博物館教育への関心は古くから見られ、
際の利用とを区別し、特に後者に対する支援を博物館の特徴
棚橋が中心的な役割を担ってきた博物館活動促進会(現在の
的な支援として積極的に取り組むべきだという指摘からも 7 )、
日本博物館協会)の『博物館研究』では、創刊当時より欧米
博物館教育の独自性への関心を読み取ることができる。
の博物館で実施される教育活動が紹介されている 。棚橋に
また、博物館と学校との対比により博物館教育の特性の理
よる博物館教育論は、主に留学を通して見聞きした博物館像
解を試みた1950年代の議論として、新井重三の議論にも注目
との比較により日本の博物館の後進性が嘆かれるものであり、
できよう。新井は博物館教育の性格を、小・中学校のような
欧米の博物館における実践を紹介するという性格が強い。し
「義務」ではなく、高等学校や大学のような「選抜」や「資
かし、博物館教育の特性について、いくつかの言及がなされ
格」も必要とせず、
「学生が学校に行って規定の教科書により
ていることに注目できよう。棚橋は「教育機関としての博物
一定の時間教育を受けるとか、教育者の方で予め講義の時間
館はその機構整備に於て、また教育の客体に於て学校とは趣
を用意して一年間の時間割を創って持っているというような
を異にしているから、随てこれが教育方法に於ても、また自
性格では全くない」のであり、
「本質的には館利用者の意向に
ら異るところがなければならない」
(ママ)として「博物館の
従って、教育の内容や方法を考えなければならない」ものだ
みに限られた、学習教育及び研究指導の特殊方法」に関する
として、
「学校教育の自主性に対して博物館教育は他主性」だ
議論の必要性を主張し 4 )、博物館には「他の文化機関では真
と特徴づけている 8 )。いずれも学校教育との対比により博物
似の出来ない幾多独特の長所」 があるとして以下のように
館教育の特性をめぐる検討が試みられていることが分かる 9 )。
示している。
さらに、1970年代以降に積極的な博物館論を展開した倉田公
3)
5)
①博物館が観覧者の目に訴え或は手を触れしめて、直接実
裕は、博物館と学校との対比により博物館特有の教育の性格
を「広義の教育」として論じるなど10)、その議論に博物館教
物から確実な知識を獲得させている
②観覧者が何んの(ママ)苦労もなく、楽々と陳列を理解
育の独自性への関心が見られる。また、学校教育でも社会教
育でも「教育の目的を達成するための根源的な原理に異なり
し得られること
③博物館が教育の機関として極めて経済的であること
はない」ものの、
「何らかの異なり」があるとして11)、以下の
④知識の普及ばかりでなく、感情の方面でも非常な働きを
ような対比により博物館教育の特性を捉えることも試みてい
る(表 1 )
。
している
このように、1950年代から1980年代に展開された博物館論
⑤大衆や学童ばかりでなく学者専門家にも博物館が大いに
では、博物館と学校との対比により博物館教育の特性を理解
役立っている
⑥学問ばかりでなく、われわれの実生活にも直接寄与し、
することが試みられた。その議論は、理論として十分な探究
表 1 倉田による「学校式教育」と「博物館式教育」の対比
― ―
24
第16号 2012年 3 月
がなされているとは言えないが、博物館教育の特性を捉えよ
の改編は、その後に提起された博物館活動の在り方にも影響
うとする、基礎的検討が試みられたとして評価できよう。
を与えたとして注目できよう。
例えば、1971年の社会教育審議会答申「急激な社会構造の
(3)博物館教育に求められる役割への関心
変化に対処する社会教育の在り方について」では「家庭教育、
博物館教育の特性への関心は、1964年の『博物館研究』で
学校教育、社会教育はそれぞれ役割分担を明らかにし、有機
組まれた「学校教育と博物館」という 3 号にわたる特集にも
的な協力関係を持たなければならない」として、社会教育が
見られる 12)。特集では、「“学校教育と博物館”それは博物館
果たす役割が示された。また、同年の中央教育審議会答申「今
人にとって、きわめて古く、しかも常にいつの時代にも新しい
後における学校教育の総合的な拡充整備のための基本的施策
課題として、繰り返し語られてき」たが、
「その声はどちらか
について」では「学校教育の量的な拡張に伴う教育の質的な
と云えば、博物館人だけの内省的なものにとどまり、総合的
変化に適切に対処するとともに、家庭・学校・社会を通ずる
な国民教育の議論にまで達しなかった」 として、多様な立
教育体系の整備」が目指され、
「さまざまな教育活動の間に有
場からの提案や主張が掲載されている 。この特集に見られ
機的な連携が失われたときは、教育という具体的な人間を対
る博物館教育論として、海後宗臣の議論に注目できる。海後
象とする仕事は、その本質的な意義を失うであろう」として、
は、学校中心の教育観が普及しつつあるという現状認識の下、
学校教育と他の教育機会との関係性が問われるなど、社会に
13)
14)
「教材を教授することによらない教育方法の一つとして生徒が
おける教育の在り方について巨視的な問い直しが求められた。
さまざまな媒介をつかって、自分自らを成長させる方式」が
さらに、社会教育行政が推進する「連携」を理解するにあ
あることに注目し、
「生徒が自己啓発ができるように基本とな
たり、1974年の社会教育審議会の建議「在学青少年に対する
る直感材料」
(ママ)の導入が重要だと指摘した上で「博物館
社会教育の在り方について」にも注目できよう。この建議で
はこうした直感材料を用意して(中略)自己啓発の機会を与
は「従来の学校教育のみに依存しがちな考え方を改め、家庭
「学校教育
える」としてその機能に注目している 。同時に、
教育、学校教育、社会教育の三者がそれぞれ独自の教育機能
と博物館とが、人間育成の目標で正しく結び合」うためにも、
を発揮しながら連携し、相互に補完的な役割を果たし得るよ
両者の教育観の捉え直しが必要であり、
「学校は人間形成の土
う総合的な視点から教育を構想することが重要である」とし
台築きをしているのであるから、ここで生徒の教育を展開す
て学校教育・家庭教育に偏ることのない「連携」関係を築く
る際に博物館の機能を将来の市民として十分発揮できるよう
ためにも社会教育の充実を図るべきだとして、その必要性が
な指導をすることが両者を結び合わせる第一の仕事であるよ
強調された。
「生涯教育」への関心が見られたこの時期におい
うに思う」 として、それぞれの場面で求められる役割の違
て、この建議では社会教育が果たし得る役割への期待が示さ
いを認識し、特性を生かすことの重要性を指摘している 。
れていると理解できる。
15)
16)
17)
ここで挙げた論者らによる議論は、博物館教育の特性を明
同時に、「連携」論が展開された当時、文部省で社会教育
らかにすることへの関心から展開され、戦後すぐにみられた
行政を担当した林部一二の議論に注目することで、こうした
ような「補充機関」という関係でその有用性を示すというよ
施策が展開された背景を理解することができよう。林部は
りも、博物館教育の特性を見出そうとするものである。そこ
「学・社の相互連携、学・社の相互乗入」等の考え方が見られ
では博物館と学校との関係についての理論的探究が十分にな
るようになった理由として、
「学校教育の限界の認識」
、
「学校
されているとは言えず、
“違い”を強調することに留まってい
教育の開放への要請」、「学校教育における地域性の配慮」を
ると指摘することもできるが、この時期において博物館教育
挙げ 18)、「学・社の相互連携」を理解するためには、双方の
の特性を捉えることが試みられたこと、特に、海後が指摘す
「主体性」を軸に、それぞれ「独自性や特色」と同時に「限界
るように、博物館は「自己啓発」や「直感教育」を展開する
性と共通性」について探究することを求めている 19)。林部は
うえで優れているとして、博物館と学校とがそれぞれ異なる
「社会教育施設の教育性とか、教育力とかいわれるものは、社
会教育施設でなくては発揮できない独自なもの、すなわち、
役割を求められると指摘したことに注目できる。
学校では満たされないものをもっているから」だとして、社
会教育独自の役割を捉え、理解する必要性を主張している 20)。
Ⅲ.「連携」論の登場と展開
(2)博物館と学校の「連携」論の展開
(1)学校教育と社会教育の「連携」論の展開
学校との関係から博物館教育の特性を見出そうとする試み
政策レベルで見られる博物館と学校との関係をめぐる議論
が見られる一方で、1970年代以降に社会教育行政を中心に展
については、学校教育と社会教育の「連携」の推進から少し
開された学校教育と社会教育の「連携」の推進や、そこから
遅れて示されたいくつかの報告等に見ることができる。
その一つに、
「博物館の望ましいあり方」調査研究委員会 21)
少し遅れて1990年代以降に展開された博物館と学校の「連携」
の推進、さらには、2000年代前半に実施された学校教育課程
による調査研究をまとめた「
『対話と連携の博物館』―理解へ
― ―
25
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
の対話・行動への連携―」(2000年)22)での「連携」論があ
例えば、学校教育課程の改編に先立ち、「総合的な学習の時
る。報告では、「知識社会」また「生涯学習社会」において
間」での博物館利用を推進する議論が積極的に展開されたこ
「家庭教育、学校教育、社会教育を広範に連携する総合的な体
とから、そうした傾向を捉えることができる 24)。また、こう
系」が求められるという認識から、欧米の博物館を参考に、
した議論の傾向は、その後の議論に影響を与え、
「学習指導要
収集・保管・調査研究等を基盤に教育を中心とする「公共サ
領」に沿った教育活動を展開することへの関心を高めたと言
ービス」重視の博物館像を「存立基盤」として、博物館の在
えよう 25)。つまり、博物館と学校との「連携」への関心の高
り方を見出す必要性が指摘された。また、博物館法に基づい
まりは、社会教育に関する行政の指針からの影響に加えて、
て定められる「公立博物館の設置及び運営上の望ましい基準」
学校教育課程の改編により拍車がかけられたとして特徴づけ
(2003年)には、2001年の社会教育法一部改正を受けて「学
られる。
校、家庭及び地域社会との連携等」
(第 7 条)が新たに設けら
この時期の議論に見られる事例として、例えば、1999年の
れ、
「博物館は、事業を実施するに当たっては、学校、社会教
『社会教育』では「『総合的な学習の時間』と学社融合」とい
育施設、社会教育関係団体、関係行政機関等との緊密な連携、
う特集が組まれ、兵庫県内の博物館と各館近隣の小・中・高
協力等の方法により、学校、家庭及び地域社会との連携の推
等学校とが「連携」した活動実践が紹介される中で「博物館・
進に努めるものとする」という基準が定められた。
美術館は、横断的・総合的学習のできる宝庫である」として
時期が前後するが、社会教育審議会社会教育施設分科会の
その有用性が主張された 26)。また、2001年の『視聴覚教育』
報告「博物館の整備・運営の在り方について」(1990年)は、
では「総合的な学習の時間」に関する事例として川越市立博
「博物館における指導計画例の立案や教材の作製について教員
物館が取り上げられ、
「総合的な学習の時間」の活動への支援
の参加を求め」るなど、「連携」に向けた方策が示されてい
として「①『総合的な学習の時間』の利用申込書の配布」
「②
る。報告では、博物館が「生涯学習を振興するための重要な
博物館活用辞典の作製」「③『総合的な学習の時間』の単元開
社会教育施設として機能して行くこと」を課題として自覚し、
発への援助」
「⑤展示解説マニュアルの作成」といった取組み
学校を含む他の「生涯学習関連施設」との「ネットワーク化」
が紹介された 27)。こうした取組みは古くから見られるもので
を進めることで、人びとの学習を支援する教育活動を展開す
あったが、
「総合的な学習の時間」との関連で改めて紹介され
ることが求められている。また、「学校教育との関係の緊密
ることで、その有用性が主張されたと指摘できよう。
化」が期待され、博物館を「学習の場」として認識して楽し
また、
「総合的な学習の時間」に限らず、学校を支援する博
みながら利用する「素地」を幼いころから培っていくために
物館という立場を前提に教員の博物館利用を支援する活動の
も、学校教育での利用を促進する必要があると指摘された。
展開も見られた。例えば、
『教師のための博物館の効果的利用
ここでは「生涯学習」との関連から、学校を含む「生涯学習
法』(大堀哲編著,東京堂出版,1997)には学校が博物館を
関連施設」全体での「連携」を求めると同時に、生涯にわた
利用する際の方法が具体的に示され、各博物館でも学校の利
る学習を支援するためにも学校での利用が有効だとして、博
用に向けた「手引き」の作成や、博物館を利用する学校の対
物館の在り方が論じられている。
応を専門的に担う職員としての学校教員の配属もなされてい
以上のように、1970年代には学校教育と社会教育の「連携」
る 28)。学校教員が博物館に勤務することは、双方の特性を理
が行政により積極的に推進され、そこでは社会教育特有の役
解するにあたり意義がある一方で、博物館での教育活動が学
割を明らかにすることが試みられた。また、1990年代以降に
校教員によってのみ行われるということは、学校との同質化
は博物館と学校との「連携」が積極的に推進されたが、そこ
を招く可能性を持つと言え、学校教育とは異なる博物館教育
では「連携」の必要性が強調される一方で、博物館教育の特
の役割を求めるのであれば、その導入には慎重な検討を要す
性を探究することへの関心は見られない。
る 29)。
このように、博物館と学校の「連携」は、行政の推進や学
校教育課程の改編を受けて、学校教育を支援するという役割
Ⅳ.博物館教育論と「連携」論の課題と展望
に注目され、論じられたと指摘できよう。
(1)博物館による学校支援という発想
これまでの博物館教育論をみると、1970年代以降に見られ
(2)「連携」論の過熱
こうした議論を受けて「連携」への期待が高まると同時に、
た行政の推進に沿うかたちで、
「連携」への関心に高まりが見
られたと指摘できる。とりわけ2000年代の博物館と学校との
いくつかの課題が見られるようになった。例えば、
「新学習指
「連携」に関する議論では、改編を受けた学校教育課程におい
導要領の施行に伴い、博物館と学校が協力関係を築くことが
て博物館を利用することの有用性を明確にすることが試みら
求められている。博物館にとっては、どのように学校を受け
「総合的
れ、特に「学習指導要領」23)や学校週 5 日制の実施、
入れるのか、館として何を提供することができるのかといっ
な学習の時間」の導入との連関で論じられたと指摘できよう。
たこと、学校にとってはどのように博物館を利用しながら、
― ―
26
第16号 2012年 3 月
どのような授業を行うことができるのかといったことが課題
の関連で事業の効率化や利用の促進が求められる中で論じら
という学
れるようになったと考えられよう。集団での来館が期待され
芸員の言葉に注目できる。この言葉は、行政の推進を受けた
る学校での博物館利用が、来館者の増員へと寄与するという
「連携」が、それ自体を目的として、さらにはその実現が「課
理由で「連携」の有用性を主張する立場は、博物館教育の独
として立ちはだかっているのではないだろうか」
30)
題」としての性格を有することを象徴していると言えよう。
自の役割や特性を検討する立場とは議論の前提が異なり、学
こうして象徴されるように、
「連携」の推進が博物館活動の充
習者の存在を単なる来館者の増員要因と捉えるに留まる。こ
実に向けた促進剤としての意味を持つ一方で、
「連携」に対す
のように、博物館教育の特性が十分に検討されることがない
る期待の高まりが、その本来的な目的を見えにくくしている
ままに「連携」が論じられることで、
「連携」自体が目的とさ
ということを指摘できる。
れたり、
「連携」による来館者の増員が目的とされたりという
また、博物館と学校の「連携」が制度的な性格を持つこと
について、批判的な立場もある。例えば、金子淳は学校教育
事態を招き、その結果として博物館教育の議論が表面化して
いると指摘できよう。
行政や社会教育行政の動向が「むしろ強制的ともいえる社会
ところで、博物館と学校との「連携」への関心を高めた要
的な要請」となり、博物館が学校との「連携」に「現実的に
因のひとつとして注目できる学校週 5 日制の導入に関して、
対応せざるを得ない状況」を作り出しているとして、
「総合的
例えば、中央教育審議会答申「21世紀を展望した我が国の教
な学習の時間」が「
“否応なく”設定され、現在まさにその対
育の在り方について」(1996年)で説明されるような、子ど
応に頭を悩ませているという段階にある。さらに、長引く経
もの体験活動等の重要性を強調する立場がある一方で、それ
済不況の影響で財政難に陥った自治体が、
(公立)博物館にた
とは異なる立場が見られることに注目できよう。つまり、週
いして『効率的な』運営を迫り、その結果として入館者数の
休 2 日制を労働問題への対処として理解する立場である。日
増加が求められるようになったという事態も大きく影響して
本教職員組合の議論において学校週 5 日制の導入は、かねて
いる」と指摘した 。金子の議論は、近年の博物館と学校と
から求められてきた労働時間短縮の流れを汲んだうえでの変
の「連携」論の特徴を捉えていると同時に、行政が主導とな
革であり、その流れに沿って社会教育の在り方を検討する議
って展開する改編への過度な反応という側面が見られると言
論もある 34)。関連して、経済同友会による「学校から『合校』
え、それは同時に「連携」に対する過度な期待だという指摘
へ」(1995年)という提言で、学校に限らず他の多様な教育
もできよう。
機会を効率的に活用することへの提案がなされたことにも注
31)
先にも示した、日本博物館協会の報告書「
『対話と連携の博
目できる。この「合校」構想は、
「学校のスリム化」を求める
物館』―理解への対話・行動への連携―」には、「平成14年
中で学校の意味を捉え直す必要性を指摘するものとして興味
度からの学校の授業が週五日制となるのにともない、総合的
深いが、同時にそれは「教育の商品化」の発想であり、学校
な学習の時間が設けられ、学校教育の中に博物館が位置づけ
教員の負担軽減を目指す立場から期待がなされるものの、そ
られるようになった。しかし、学校教育と博物館教育とは、
こで論じられる「効率化」の要素は、結果として新たな負担
それぞれ異なる特性をもつ。学校の教育課程の延長線上で博
を生じさせるという指摘も見られる 35)。2000年代初めの学校
物館を捉えることは、博物館教育の幅を狭める怖れがある」
教育課程改編の背景に、こうした労働問題や教員の負担軽減
と指摘されている。このように、
「連携」への期待が見られる
への関心が見られたことを加味するならば、博物館と学校と
状況において、博物館と学校との関係を改めて検討すること
の「連携」を、単に行政の推進を論拠として論じたり、教科
が求められているのではないだろうか 。
と関連づけることで学校教育論へと収斂させたりという文脈
32)
で議論することは、必ずしも有効ではないと指摘できよう。
(3)
「連携」論の課題と展望
同時に、博物館側が学校の抱える問題や関心について十分な
以上で検討したように、これまでの「連携」論は、学校教
検討を行ってこなかったという課題を指摘することもできる。
育とは異なる社会教育特有の役割を理解した上で論じられる
以上のように、博物館と学校との「連携」に対する関心は、
というよりも、行政の推進を受ける中で博物館と学校との「連
学校教育の課程改編を受けて積極的に検討されるようになっ
携」自体を目的とする性格をもつなどして、議論が過熱して
たと言え、学習指導要領や、それに基づく教科教育を支援す
いったと指摘できる。また、その方法として、学習指導要領
る博物館という役割への関心が高まった。同時に、行政の推
への対応や、特に公立の博物館では学校教員を博物館に配置
進を受けて、そうした活動に取り組むことが“課題”として
するという措置が取られた。ここではさらに、来館者を増や
位置づけられることで、博物館と学校との関係や独自性を原
すために学校利用の有用性を主張する議論が展開され、博物
理的に問い直す議論は十分にはなされてこなかったと言えよ
館を「教育産業」と捉えようとする立場も見られるようにな
う。来館者を増やすことは博物館にとって主要な課題のひと
ったことに注目して、
「連携」論の課題を指摘することができ
つであろう。既存の博物館がその存在意義を来館者の数によ
る 。こうした議論は、金子の指摘にもあるように、財政と
って見出されるならば、団体を誘致することは、そうした問
33)
― ―
27
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
題への対処として有効だと考えることもできる。しかし、博
注
物館教育を検討する際には、本稿で示してきたように、博物
1 )日本博物館協会『再建日本の博物館対策』1945,pp. 1−
2.
館教育の特性を検討することが博物館と学校との関係を築い
ていくうえで基礎的な作業になる。そうした検討を欠いたま
2 )近代日本教育制度史編纂会編『近代日本教育制度史料』
(第27巻)
,講談社,1964,pp. 158−159.
ま、例えば、学習指導要領との対応により博物館教育の役割
を主張し、また、団体受け入れによる来館者の増員を教育的
3)
「博物館及美術館に於ける美術教育」博物館事業促進会
『博物館研究』1 巻 1 号,1928,pp. 7−8.
価値の指標として位置づけることは、博物館教育の価値を損
4 )棚橋源太郎『博物館学綱要』理想社,1950,p. 251.
なう可能性を孕むと指摘できる。
5 )棚橋源太郎『博物館教育』創元社,1953,p. 39.
6 )Ibid., pp. 39−42.筆者によるまとめ。
Ⅴ.おわりに
。
7 )例えば、棚橋源太郎『博物館学綱要』(op. cit., p. 83)
以上で検討したように博物館と学校について、1950年代か
8 )新井重三「博物館における教育活動の根本問題について」
『日本博物館協会会報』17号,1952. 10,p. 31.
ら1980年代の議論では、博物館教育の独自性を求めて博物館
と学校との対比によりその特性の探究が試みられた。同時に、
9 )ただし、その後の議論を追うと、例えば「学校の教課単
社会教育と学校との「連携」や博物館と学校との「連携」は、
元にもとづく地方博物館の展示単元の編成について」
(
『博
行政による推進を受けて、積極的に論じられるようになった。
物館研究』37巻 4 号,1964,pp. 16−21)では、「小中学
さらに、2000年代の学校教育課程の改編は、博物館が学校を
校の教科単元に基づく展示」の提案が見られるが、
「博物
利用することの有用性を主張する文脈の博物館教育論を活発
館は学校教育の補助機関ではないし、あってはならない。
にした。
学校の教育計画は学習指導要領に基づくカリキュラムに
学校教育との同質化を求めるのではなく、博物館教育が学
よるのだろうが博物館には、それは適用されない。一方、
校教育とは異なる役割を担う教育機会としてその特性を見出
文部省の方は学校のように何をどれだけ展示しろとか、
すことは、博物館教育の可能性を理解する上で重要な作業だ
教えろとかは一切言ってこない」
(新井重三「博物館とそ
と言えよう。しかし、検討を通して、これまで論じられてき
の役割」新井重三編(古賀忠道・徳川宗敬・樋口清之監
た博物館教育論は、学習指導要領への対応を求める議論や、
修)『博物館学総論』(博物館学講座第 1 巻)雄山閣,
来館者の増員を求める議論としての「連携」論に象徴される
1979,p. 46)という指摘がなされるなど、議論の変化が
ように、学校教育への有用性を主張することで博物館の存在
見られる。
意義を主張することに収斂する傾向が見られた。その背景に
10)例えば、倉田公裕「博物館社会学(序)―その基礎論―」
は、博物館がその存在意義を示す必要性があったこと、また
(博物館学研究会編『博物館と社会』1972,p. 34)
。他に
博物館を評価する指標を「教育」の特性を踏まえた上で検討
も博物館における教育は「あらゆる教育(たとえば、学
することが十分ではなかったという要因があると指摘できよ
校教育、家庭教育、社会教育、情操、健康、職業教育等)
う。
をも含めた広義の教育」を指すという指摘もみられる(倉
博物館が学校との関係を築くということは、重要な作業で
田公裕「博物館教育論」倉田公裕編(古賀忠道・徳川宗
ある。しかし、学校との「連携」事業の有無や来館者数の増
敬・樋口清之監修)『博物館教育と普及』
(博物館学講座
第 8 巻)雄山閣,1979,p. 16)。
減という評価軸で「博物館教育」を論じ、評価することは、
短絡的だと言えよう。こうした議論の展開を見直していくた
11)倉田公裕「博物館教育原理の基礎的考察―序―」『明治
大学学芸員養成課程紀要』1 号,1989,p. 7.
めにも、近年の議論に見られた博物館と学校との関係を歴史
的に検討する視座を持ち、博物館が学校を「補完」する関係
12)
『博物館研究』37巻 3 号− 5 号,1964.
として自明的に論じられていることや、学校教育課程に沿っ
13)
『博物館研究』37巻 3 号,1964,p. 1.
(巻頭のあいさつ)
た議論として論じられていることに自覚的であったかを問い
14)この特集は、第 3 号において「政治の側から」として文
直す必要がある。その上で、博物館教育の特性を探究し、
「連
部省や様々な政党の立場から、また「学校の側から」と
携」という言葉に捉われるのではなく、その特性を生かすか
して教員や教頭・校長、教育研究所や教育委員会といっ
たちで立てられた目的との関連において、学校と博物館の間
た異なる立場から、第 4 号では「理科教育と博物館」
「美
にどのような関係を築くことができるのかを理解していく必
術科教育と博物館」等、教科ごとに、そして、第 5 号で
要がある。
は幼児教育、盲学校教育、養護学校教育、青少年対策、
定時制教育といった異なる学校形態の立場から博物館と
学校の関係に関する提案や問題提起がなされている。
15)海後宗臣「学校教育と博物館」『博物館研究』37巻 3 号,
― ―
28
第16号 2012年 3 月
1964,pp. 3−4.
することの有用性を強調した内容になっている。
16)Ibid., p. 4.
25)例えば、損保ジャパン東郷青児美術館では、展示室での
17)こうした指摘を理解するにあたり、海後宗臣によって示
解説や学校団体の対応を行うにあたり学習指導要領を理
される「教育の基本構造」に注目できる。海後は教育を
解することが重視されている。小口弘史『月曜美術館 休
理解するにあたり究明すべき基本構造として「陶冶」
「教
館日に、そこで何が起こっているのか』詳伝社,2011,
化」
「形成」という三つの構造、つまり、学校の教室にお
p. 52.
ける教育に見られるように役割の異なる人間が教育内容
26)中谷安宏「博物館・美術館を活用した学校教育(学社融
を媒介とする相互交渉をする構造の「陶冶」
、教育の主体
合)の推進について―『学び』をはぐくむ夢空間―」
『社
が直接的に登場することなく媒介としての教育内容によ
って自ら学ぶという構造にある「教化」
、教材や教師等の
会教育』54巻10号,1999,p. 28.
27)平岡健「博物館と創る『総合的な学習の時間』
」『視聴覚
媒介をもつことなく人間関係において人間を育てるとい
教育』55巻 3 号,2001,pp. 35−37.
う構造にある「形成」という構造を捉えられ、博物館で
28)例えば、北九州市立自然史・歴史博物館(いのちの旅博
の教育は「教化」の基本構造にあると指摘している(海
物館)では「博物館利用の手引き」
(「小学校社会科・理
後宗臣『教育原理』(改訂新版),朝倉書店,1962,pp.
科」
「中学校理科」
「中学校社会科」
)が作成され、学校教
67−98)。
員経験者からなるミュージアム・ティーチャーが配置さ
18)林部一二『学校教育と社会教育 ―学・社連携の理念と
運営―』
(学校運営研究全書 3 )明治図書出版,1976,pp.
れている。
29)博物館への学校教員の配置について、倉田公裕は、「現
36−37.
在でも、学校教員は、教育行為の専門職であると誤解し、
19)Ibid., pp. 37−38.
博物館教育の担当者として、学校の教員を配置し」てい
20)こうした関心から林部は、「根本的性格」としての非拘
るが、
「これは、学校式教育が教育の全てであるといった
束性を強調した「施設の教育力」の提起を試みている。
誤解に基づくものと言えよう」と指摘した。この指摘は、
(Ibid., pp. 127−128)。ここでの「施設の教育力」は青少
「博物館教育」の担い手に求められる専門性を考えるにあ
年施設を前提として論じられるものではあるが、社会教
たり示唆的だと言えよう。倉田公裕「博物館教育原理の
育施設が「学校では満たされないもの」を発揮すること
基礎的考察―序―」op. cit., p. 6.
ができるという前提で、その独自性を提起しているとい
30)西尾円「博物館と学校の連携 ―ミュージアム『みのか
も文化の森』での実践を通じて―」『博物館学雑誌』28
う点に注目することができよう。
巻 1 号,2002,p. 63.
21)地方分権や規制緩和、住民参加の促進が目指され、社会
教育施設の運営に関する規定をより「弾力化」すること
31)金子淳「博物館で学ぶ」長澤成次編『社会教育』学文社,
の必要性が提起された1998年生涯学習審議会答申「社会
2010,p. 122.また「連携」論の性格に関する指摘は、金
の変化に対応した今後の社会教育行政の在り方について」
子淳「博物館と学校教育『連携論』の系譜とその位相」
を受けて文部省の委嘱を受けて日本博物館協会が設置。
(
『くにたち郷土文化館研究紀要』1 号,1996,pp. 20−30)
にも見られる。
22)文部省の委託により2000年12月に日本博物館協会により
32)社会教育と学校との関係については、特に社会教育の研
発行(2001年一部改正)
。
23)例えば1989年改訂の「小学校学習指導要領」には、社会
究領域で議論が展開されてきた。例えば、鈴木眞理・佐々
科の指導計画にあたって「博物館や郷土資料館等の活用
木英和編著『社会教育と学校教育』
((シリーズ生涯学習
を図るとともに、身近な地域及び国土の遺跡や文化財な
社会における社会教育 2 )学文社,2003)は、社会教育
どの観察や調査を行い、それに基づく表現活動が行われ
と学校との関係を多角的に検討しているとして注目でき
るよう配慮する必要がある」といったように、学校教育
る。その中で鈴木眞理は、平塚市博物館での「放課後博
における博物館活用について記述がなされ、1997年の改
物館」という取り組みについて(具体的には、浜口哲一
訂、2008年の改訂を経て関連する記述が増加した。
『放課後博物館へようこそ 地域と市民を結ぶ博物館』
(地
24)この時期に「総合的な学習の時間」における博物館の活
人書館,2000)を参照)、その在り方への評価をする一
用法や有用点を紹介した書籍として、例えば、村上義彦
方で、
「遠足」や「放課後」などの表現が学校に捉われた
『博物館が学級崩壊を救う ∼「総合的な学習」のための
発想だと指摘するなど、社会教育独自の役割の探究を求
博物館活用法』
(ボイックス,2000)、博物館と学校をむ
めている(「学社連携・融合の展開とその課題」『社会教
すぶ研究会『学ぶこころを育てる博物館「総合的な学習
育と学校教育』op. cit., p. 225)。関連して、「連携」が
の時間」への最新実践集』(アム・ブックス,2000)が
「一方が他方を利用するのでなく、それぞれが自律的に自
ある。いずれも「総合的な学習の時間」に博物館を活用
らの役割をきちんと果たしたうえで、さらに学習者・利
― ―
29
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
用者のために連携という手法を用いるということがある
べき姿」だという鈴木の指摘は示唆的である(
「連携は自
律と相互理解から」『みんぱく』2001. 7,p. 1 )
。
33)例えば高田浩二は「連携」への関心を「学校と博物館の
関係を改善し、学校側の意図する教育目的をより効果的
に達成するためには、活動計画の作成から実施段階にお
ける具体的な指導にいたるまで、学校と博物館双方の関
係者の密接な連携・協力関係が必要となってくる。この
ため、博物館で開発する教材や学習プログラムは、いつ、
誰が、どのように使うか、という、検証(マーケティン
グ)を常に行い、学校(顧客)を満足させる教材(商品)
を開発するという意識は発想を持ち、博物館を「教育産
業」として位置づける意識改革が求められよう」と主張
している(高田浩二「博物館と学校教育」日本展示学会
編『展示論 博物館の展示をつくる』雄山閣,2010,p.
165)。
34)例えば『週休二日制・学校週五日制と社会教育』((日本
の社会教育 第37集)東洋館出版,1993)。
35)堀尾輝久「ゆらぐ学校振興と再生への模索」堀尾輝久・
佐貫浩・田中孝彦他編『日本の学校の50年』(講座学校
第 2 巻)柏書房,1996,pp. 263−264.
― ―
30
第16号 2012年 3 月
博物館による地域活性化への挑戦
―秋田県大潟村における実践から―
Challenge for Regional Development and Vitalization through Public Museum Activities:
A Case Study in Ogata Village, Akita Prefecture
薄 井 伯 征*1
Noriyuki USUI
和文要旨
自治体の財政は深刻であり、公立博物館の運営は厳しい状況となっている。今後、公立博物館が地域社会の中で存在意義
を確立するためには、地域住民の視点やニーズを重視する観点に立ち、博物館の使命を再設定し、地域的課題を把握するこ
とが必要である。そして地域住民とともに、地域資源を有効に活用して地域的課題の解決を図り、地域文化の創造と地域活
性化に貢献することが求められている。本研究では、農業の振興が地域的課題となっている秋田県大潟村において、地域住
民との協働により、大潟村干拓博物館が課題解決のための目標を設定し、博物館活動を行い、地域の活性化に貢献した事例
の概要を紹介する。そして、博物館の活動を通じた地域的課題の把握と地域活性化のプロセス、及び地域住民との連携・協
働の重要性について検討する。
Abstract
The fiscal health of municipality is very serious and the situation of management is getting worse at a lot of public museums.
In future, to build up the meaning of public museums in their regional area, many museums need to reestablish their mission
and understand regional problems from the point of importance in local inhabitant’
s viewpoints and needs. Then, it is expected
that public museums find a solution for regional problems by making full use of regional resources, and contribute to creating
regional culture and to regional development. Ogata Village, Akita Prefecture, is groping for promoting the development of
agriculture, which is recognized as regional problem. Polder Museum, established in Ogata Village, set it’
s goal to solving that
problem, and museum activities contributed to regional vitalization by cooperation with Ogata people. In this paper, the case
of activities in Polder Museum is showed. Then, the process of regional development through museum activities and the
importance of coordination and cooperation with local people are discussed.
やすく、地域住民の理解も得られやすい 1 )。その上で公立博
1 .はじめに
物館が、様々な地域的課題を把握し、地域住民とともに地域
現在、公共の文化施設はその在り方が問われており、公立
博物館もその例外ではない。自治体財政は深刻であり、特に
資源を活用してそれらの解決を図り、地域文化の創造と地域
活性化に貢献することが求められている 2 )。
財政基盤が弱い自治体の公立博物館の運営はきわめて厳しい
そこで本稿では、秋田県大潟村 3 )において、大潟村干拓博物
状況にある。これらの博物館は基本的には、その地域ならで
館(以下、干拓博物館)が地域的課題を把握し、地域住民と
はの資料を収集・保存し、研究・活用することにより、公共
の協働により課題解決を行い、地域活性化に結びついた事例
性・公益性という社会的負託のもとに存続してきた。しかし、
の概要を紹介するとともに、地域的課題の把握と地域活性化
自治体における厳しい経済的、社会的状況が収束する見通し
のプロセス、及び地域活性化に関わる際の地域住民との協働
はなく、その博物館の使命をその地域で今後果たしていくこ
の重要性について考察を行う。
とができるのか、見通しは不透明である。このような状況下
で、存在意義を確立するために公立博物館は何をしなければ
ならないのだろうか。
2 .干拓博物館の使命
大潟村は、戦後の食糧不足の解決と八郎潟湖岸地域の水害
最初に、地域住民の視点やニーズを重視する観点に立ち、
博物館の使命を改めて明確にし、情報発信することが重要で
防止のため、当時日本第二の湖であった八郎潟を干拓し、そ
ある。博物館の個性や独自性に基づき、その存在意義を訴え
の湖底に1964年に誕生した自治体である。村の発足後、大規
ることにより、使命の遂行という目的に向けて活動を展開し
模機械化農業を実践するモデル農村を目指し、1967年から
*1
大潟村干拓博物館 学芸員
Curator, Polder Museum of Ogata Village
― ―
31
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
表 1 「21世紀を目指した大潟村干拓博物館の基本構想」で提言された干拓博物館の機能、目指す博物館像と開館当時の課題 7 )
1974年までの間に国により 5 回の入植が行われ、全国から580
に関する機能、⑤広域文化圏機能、の 5 つを充実することが
名とその家族が大潟村に入植した。大潟村の基幹産業は農業
提言され、それぞれの機能を果たすため、目指す博物館像と
であり、国により営農と生活の基盤が整えられ、草創期には
開館当時の課題が示された(表 1 )
。そして、これらの課題解
国とともに村づくりが行われたという特有の歴史がある。村
決には、基本的に村民の意識を反映させ、村民の協力・参画
の発足から30年以上が経過したことから、村では八郎潟干拓
のもとで企画展示・教育普及事業を行うこととされ、2001年
の意義、村の存立の意義と村の歴史を後世に伝えるため、1998
度から様々な博物館活動を展開していった 6 )。
年に干拓博物館の建設を開始し、2000年 4 月に開館した。
干拓博物館の設置目的は、設置条例によれば「八郎潟の歴
史及び干拓並びに村存立の意義を後世に伝えるとともに、干
3 .大潟村における地域的課題と干拓博物館の対応
大潟村の基幹産業は農業であり、米を主体に、大豆や麦類、
拓技術の遺産を保存し、教育及び都市と農村の交流に資する」
ことである。具体的には、
「大潟村存立の原点を示すこと」
「八
メロン、カボチャ、野菜類、花卉を組み合わせた複合経営が
郎潟干拓に関する資料などの文化遺産を保存・展示すること」
行われている。しかし、農産物の価格低迷に加え、収量及び
「日本有史以来の大規模農業のさきがけを記録すること」
「交
販売価格の変動が大きいことから、農家の経営基盤の強化と
流誘客施設として活用すること」を建設の意義とし、
「教育普
ともに、農産物の知名度向上とブランド化の推進が求められ
及機能」「情報提供機能」「交流拠点機能」の 3 機能を持ち合
ている。従って、農業や農産物の魅力を創出することは、地
わせ、八郎潟干拓事業の展示とともに、大潟村の農業や自然、
域活性化につながる村の大きな課題となっている。
村づくりを紹介し、都市と農村の交流拠点として活動を行う
干拓博物館では当初、「大潟村総合的な学習のマニュアル」
こととされた 。しかし、開館時に明示されたこれらの使命
を作成して県内の小中学校に配布し、干拓の歴史と農業をテ
は、包括的かつ表面的であり、具体的な博物館の長期目標、
ーマに総合学習等での利用を呼びかけるとともに、大潟村案
短期目標や活動内容については定められていなかった。
内ボランティアを養成し、入植者自らが八郎潟干拓と大潟村
4)
干拓博物館の開館初年度の入館者数は75, 000人を超えたが、
の歴史・農業について、博物館を含む村内全域をガイド案内
開館初年度の入館者数の維持は当初から困難と予想された。
するシステムを構築した 8 )。干拓博物館、村内の水田、干拓
そこで大潟村干拓博物館協議会 5 )では、旧来の博物館の運営や
地の維持管理施設や大潟村案内ボランティアという地域資源
事業展開手法にとらわれず、斬新な発想で干拓博物館の有効
を有機的に活用したこの取り組みは一定の成果を収め、来館
活用を図るため、開館初年度に活発な議論を行い、2001年度
者と大潟村案内ボランティアにとっては有意義なものとなっ
から 5 年間の基本的な運営方針である「21世紀を目指した干
たが、干拓博物館の展示は干拓地の稲作についての常設展示
拓博物館の基本構想 ―特色と魅力ある干拓博物館を目指し
が中心であり、今後の村の農業振興につながる展示演出は不
て―」
(以下、基本構想)を策定した。この基本構想では、干
十分と認識されていた(表 1 )
。従って、上記の地域的課題の
拓博物館は「静的な博物館から、感動し、考え、交流する博
解決に博物館の機能を通じて十分に応えることができていな
物館」を目指すものとされ、干拓博物館の機能として、①歴
い状況であった。
史の保存機能、②芸術・文化機能、③学校教育機能、④農業
― ―
32
第16号 2012年 3 月
4 .地域住民との協働による地域的課題の解決と地域活性化
への挑戦
大潟村からチューリップの大きな波を起こそうという趣旨で、
若手生産者が考案した。開催日はチューリップの出荷のピー
クとなる 2 月中旬の金・土・日の 3 日間とした。期間が短い
2002年、村内の花卉生産者グループである大潟村フラワー
グローイングセクション(以下、O. F. S)の会員から、栽培
理由は、博物館の館内温度を下げても、展示するチューリッ
プが開花しすぎてしまうからである。
しているチューリップの知名度向上について博物館に相談が
作品展は、いくつかの村内団体との協働により、事業の準
あった。それは、
「秋田は花の消費が少ない。大潟産チューリ
備と当日の進行が行われた。作品展の事業内容と実施の手法
ップは知られていない。チューリップの魅力をもっと知って
を表 2 に示す。切り花展示では、その年に栽培されたチュー
もらいたい。干拓博物館は広い展示室があり、チューリップ
リップをできるだけ一同に展示した(図 1 )
。その際、キャプ
を展示する場合、お客さんに落ち着いて鑑賞してもらうこと
ションにはチューリップの名称とともに、生産者が考えた品
ができる上、お客さんと生産者との交流もできる。しかし、
種の特徴を表記している。また、来館者の好みを把握して次
具体的に進めるためにはどうしたらよいのか。
」というもので
年度の栽培に生かすこと、及び一堂に展示されたチューリッ
あった。
プを丁寧に観賞してもらうための動機付けとして、お気に入
大潟村ではチューリップの栽培が盛んであり、東北一のチ
ューリップ切り花の生産地となっている。主にオランダから
りのチューリップ 3 種を選び、抽選でチューリップの花束が
当たるアンケートを実施した。
球根を輸入し、11月に定植が行われ、翌年 1 ∼ 3 月に切り花
来館者に一層チューリップの魅力を知ってもらうための
として出荷される。生産は1990年から始まり、少量多品種が
事業も工夫した(表 2 )
。チューリップを素材に生け花や押し
特徴であり、希少品種を出荷するので東京市場では評価が確
花の作品を展示し、アートとして楽しめる空間を設けたほか
立されているが、秋田県内においての知名度は低く、知名度
(図 2 )
、チューリップに触れ、扱う楽しさを体験してもらう
向上は生産者、大潟村、JA 大潟村の大きな課題となっていた。
ため、生け花体験コーナー(幼稚園・小学生対象)
、押し花体
そこで干拓博物館では、展示を通じた大潟村産農産物の魅
験コーナー、記念撮影コーナーを設けた。特に記念撮影コー
力の発信により農業振興に寄与できると判断し、O. F. S との
ナーは、O. F. S 会員が毎年テーマを決めて創作するもので、
協働により、農産物をテーマとした参加体験・交流型の企画
来館者がチューリップに囲まれて撮影できるようになってい
展を2003年度から実施することを決定した。O. F. S と協議の
る(図 3 )
。また、干拓博物館発着でバスによるチューリップ
中で、企画展の目標を以下のとおり設定した。
栽培ハウス見学ツアー(定員32人、所要 1 時間)を土・日曜
①チューリップの認知度向上と販売促進に貢献する。
日に実施し、生産者自らがチューリップの栽培・出荷の様子
②チューリップの魅力を創出する。
を説明した(図 4 )
。これには大潟村案内ボランティアが同乗
③チューリップ生産者との交流を図る。
し、八郎潟干拓の歴史や村の農業などの説明も行われた。さ
④チューリップのファンを獲得する。
らに、作品展開催中は O. F. S 会員は交代で展示会場に常駐し、
企画展の名称は、「Polderlip Wave 20XX
大潟村チューリ
来館者の求めに応じ質疑応答や解説に対応している。
ップ作品展」(以下、作品展)と決定した。「Polderlip」は、
なお、チューリップの販売については、干拓博物館に隣接
干拓地を意味する「Polder」とチューリップの「lip」をかけ
する大潟村の農産物直売施設「産直センター潟の店」
(以下、
あわせた造語であり、「20XX」には開催年が入る。干拓地の
潟の店)で行われた。
表2
作品展の事業内容と実施の手法
― ―
33
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
図1
チューリップの切り花展示の様子。例えば「ハッピージェ
ネレーション」という品種には、「『幸せな世代』という名
のチューリップ。白いキャンバスに絵の具をすっとのばし
たような赤が特徴です。
」という生産者のメッセージが表記
されている。
図2
チューリップの生け花展示の様子。毎年異なる演出が行わ
れ、アートとして楽しめる空間となっている。
図3
記念撮影コーナーの様子。来館者がチューリップに囲まれ
て記念撮影できる。テーマは毎年異なり、このときのコン
セプトは「フラワーマーケット」
。
図4
チューリップ栽培ハウス見学ツアーの様子。生産者が各自
のビニールハウスにおいて自分の取り組みを説明する。
5 .事業の成果
作品展におけるチューリップの出展品種数の移り変わりを
図 5 に示す。チューリップの品種は、市場ニーズを O. F. S 会
員それぞれが分析し、球根を入手し作付けしており、村にお
ける栽培品種数は毎年60∼90種である。作品展ではその年の
栽培品種の 6 ∼ 8 割程度が展示され、ここ数年の展示品種は
45種類前後である。
干拓博物館の 2 月の入館者数及び作品展開催期間中の入館
者数の移り変わりを表 3 に示す。2 月の秋田は厳寒期であり、
図5
作品展におけるチューリップの出展品種数
開館当初は干拓博物館の 2 月の入館者数は大幅に落ち込んだ。
しかし、作品展の開催により、開催期間中の入館者数が大幅
に増え、2005年以降は、猛吹雪であった2007年度を除いて入
の売り上げが増加傾向となった。そのため2007年度からは、
館者は2, 500人以上となっている。
村も関わる形で実行委員会が組織され、作品展開催期間にあ
作品展期間中の潟の店におけるチューリップの販売実績を
わせ「産直まつり in おおがた」が開催された。この事業で
表 4 に示す。潟の店では、例年 1 月下旬から 3 月までの間、
は、来場者へのプレゼントやお汁粉の提供などのイベントが
大潟産チューリップを 5 本 1 束とし350∼400円前後で販売し
実施され、チューリップだけでなくお米や野菜、村の特産品
ているが、作品展の開催により、この期間中のチューリップ
などの販売促進を図るようになった。
― ―
34
第16号 2012年 3 月
表3
干拓博物館の 2 月の入館者数及び作品展開催期間中の入館
者数の移り変わり
6 .考察
(1)博物館における地域的課題の把握と地域活性化のプロセ
ス
「地域活性化」には、地域住民の意識や意欲を高めること
や、産業の振興に伴う地域経済の活性化など、様々な要素が
含まれている。では、地方の公立博物館において、地域住民
とともに博物館活動を通じて地域活性化を行うためにはどう
したらよいのか。ここでは、そのプロセスについて考察する。
第一に、その地域における地域的課題を認識し、博物館の
使命を果たす観点から解決すべき課題を絞り込み、達成目標
を設定することが必要である。今回の大潟村の事例において
は、村の課題として「農業の振興」があり、博物館はこの課
題を認識していた。そして地域住民から「大潟産チューリッ
プの知名度向上と販売促進」の協力を求められたことにより、
課題のマッチングができた。課題解決にあたっては、博物館
と O. F. S が協議し、前述した 4 項目の具体的な目標を設定す
表4
作品展開催期間中の潟の店のチューリップの販売実績※1
ることから始まった。このプロセスにより、干拓博物館と
O. F. S ともに地域的課題と達成目標の共有ができ、村の課題
解決に干拓博物館が関わる構図ができた。
第二に、目標を達成するための具体的手法を検討すること
である。この段階では、一般的には様々な案件が出されると
思われるが、博物館という枠組みにとらわれずに具体的な案
件を列挙したほうが望ましいと考える。その後、出された案
件について、実現が可能であり、博物館が中心に関わること
で効果的な案件、実現可能であるが博物館以外で行った方が
効果的な案件、今回は実現を見送るべき案件、事業規模を縮
小する案件などに分けることが必要である。大潟村において
は当初、干拓博物館を会場に前述した 4 つの目標の達成を図
試行錯誤しながらも、作品展は 8 年間継続して毎年行われ
ろうと考えた。展示や体験教室は、展示空間を有する干拓博
た。その結果、作品展開催期間中、干拓博物館及び潟の店に
物館で実現可能であったが、
「チューリップの販売促進」につ
一定の来客があったこと、この期間中はチューリップの売り
いては懸念が生じた。すなわち、①展示室やギャラリーの面
上げが一定レベルに達していること、近年は多くのマスコミ
積が限られており、チューリップを鑑賞する来館者と買い求
で作品展が取り上げられていること、来館者が自身のブログ
める来館者の両方が訪れれば混乱を招く可能性があること、
などで企画展の様子を紹介するケースもみられるようになっ
②販売の際には常に人を配置し現金を管理しなければならな
たことなどから、目標であったチューリップの認知度向上、
いこと、③隣接する産直センターで販売をアピールしたほう
販売促進、ファンの獲得を達成できた。また、潟の店ではで
が、チューリップ以外の農産物や特産品の売り上げ増加に貢
チューリップが冬期間の主要販売品目の一つとなり、他の大
献できること、などであり、
「販売促進」という目標達成のた
潟村特産品の販売にも波及効果があったと思われる。作品展
めの手法として、結果的に隣接する潟の店に協力を求める形
が大潟村における 2 月の風物詩として定着し、冬期間の誘客
をとった。
に大きく貢献するとともに、経済的な活性化にも貢献する結
第三に、その地域における様々な地域資源を予め整理して
果となった。さらに、作品展開催期間中は作品展と併せて常
おき、目標達成のための具体的手法を実践する際、地域資源
設展示を鑑賞する来館者も多く、八郎潟干拓や大潟村の歴史
をフル活用することである。すなわち、主催者や博物館のみの
に対する認知度の向上の面でも貢献できたと考えられる。
創意工夫や努力だけでは足りない部分について、足りないま
まにしておくのではなく、特定の知識やスキルをもつ地域の
組織や人材に協力を求めたり、また特定の資料や施設などの
活用を考えることである。作品展では、博物館と O. F. S だけ
― ―
35
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
では事業を実施できないことから、村内の展示支援団体との
た。子どもたちに対しては、親しみやすいチューリップの生
協働の調整が図られ、実践が試みられた(表 2 )
。また販売に
け花体験コーナーを設けることで、家庭で楽しむ素材として
ついては、潟の店の職員を中心に工夫してもらう形となった。
のチューリップを知ってもらうことができた。また、押し花
第四に、事業を継続することである。初めて事業を実施す
作品は、チューリップの花びらや茎、葉を押して、他の素材
る場合、やってみなければわからないことも多い。様々な問
とともにアートとして再構成するもので、展示作品は毎回20
題が生じる中で、主催者側がこれらを克服するノウハウを得
点以上にのぼる。開花したあとのチューリップでも素材とし
るには、実践に PDCA サイクルを導入・確立した上で、継続
ては十分であり、また押し花作品は長く保存できることから、
が必要となる。一方、来館者の立場では、単発で事業を実施
チューリップの「リサイクル」としても注目してもらうこと
すると一過性のものととらえられる懸念がある上、印象もそ
ができた。
れきりであるが、一定の質を確保した事業を継続実施するこ
O. F. S と展示支援団体が博物館でいっしょに事業を行った
とにより、来館者における評価が確立されていくと考えられ
ことも良い効果をもたらした。O. F. S 会員と展示支援団体の
る。実際、今回の事例では、作品展を開始して 2 年間は入館
会員とは日頃接点がほとんどない。作品展を通じ、O. F. S 会
者数の変動が大きい状態であった。しかし、3 年目以降は一
員は、自分たちが生産したチューリップがどのような形にア
定の入館者数があり(表 3 )
、そして潟の店のチューリップ売
レンジされるのか楽しみにしており、展示支援団体に大きな
り上げも増加傾向に転じるようになった(表 4 )。
期待を寄せていた。また、展示支援団体においても、作品展
博物館が有しているのは資料だけではない。地域の様々な
の趣旨を十分に理解し、創意工夫して展示・体験教室を実施
情報が集まり、学芸員や博物館ボランティアといった人材と
し、来館者・生産者双方の期待に応えていただいた。さらに、
展示室などの空間を有し、そして文化情報の発信機能も有し
生け花教室、押し花同好会の会員にとっては、作品展が日頃
ている。大潟村は歴史が浅く、産業構造が第一次産業に偏っ
の学習成果を発表する場となり、来館者や O. F. S 会員と直接
ており、地域資源が限られている。この条件の中、博物館な
コミュニケーションできる貴重な機会となっていた。多くの
らではの活動を通じて、地域的課題の解決と地域活性化に貢
来館者に自分の活動分野の魅力を十分に伝え、一定の評価を
献できたことの意義は大きく、博物館の存在意義の確立にも
得ることができ、充実感が得られたと思われる。
貢献できた。今後、持続可能な地域づくりの観点に立てば、
新しい博物館のあり方として、地域連携型の博物館が提唱
博物館とその地域社会が今以上に地域資源に注目し、地域振
されている。ここでは博物館事業の際の連携相手として、特
興や地域活性化の視点から地域社会に活用することが求めら
殊な技術や知識をもった専門家、ある分野に関心のある市民
れる。その機能を担う中枢の一つとして、博物館は大きな可
グループや個人、学校、大学、企業が想定されている 9 )。今
能性をもっていると考えられ、実現手段として地域住民との
回の事例では、生産者と展示支援団体の協働により、相互に
関わりが重要となる。
信頼関係が構築され、それぞれの潜在力を融合する形で顕在
化できた。すなわち、事業の目標を共有し、役割分担を理解
(2)地域住民との連携・協働の重要性
した上で、相互に見える関係での連携や協働は、地域資源の
最初の作品展の開催前、
「チューリップの魅力創出」
「チュ
魅力創出につながり、地域活性化の手段としても有効であっ
ーリップのファンの獲得」という目標達成の手法を検討して
た。干拓博物館が、地域の中で地域住民とともに機能する地
いる際、O. F. S のメンバーからは不安の声があがった。切り
域連携型博物館としての道筋がつけられた。
規模が小さい自治体において、様々な地域的課題の解決や
花の展示フラワーアレンジによる演出を想定していたが、
O. F. S 会員だけでは、来館者を満足させることができるかど
地域活性化事業を進めていくには、人材の確保と育成が必要
うかということであった。博物館と O. F. S だけではチューリ
である。前述した協働作業は、展示支援者の意識や意欲の向
ップの魅力創出に限界があり、十分にファンを獲得すること
上に大きく貢献している。すなわち、目標を共有しての協働
ができないのではないかという懸念であった。そこで干拓博
は、協力者個人の意識や意欲の活性化をもたらすとともに、
物館では、素材としてチューリップを提供するので、村内の
地域社会をともに形成していくという意識が醸成され、人材
生け花教室と押し花教室にチューリップの魅力創出について
育成の観点からも有効な手法と考えられる。
協力をお願いした。2 団体とも快諾いただき、生け花、押し
花の展示だけでなく、それぞれ体験教室を受け持ってもらえ
(3)今後の課題
試行錯誤しながら作品展を実施して 8 年が経過し、課題も
ることとなった。
この調整により、O. F. S と博物館だけでは十分に担えなか
見えてきた。それは、
「毎年同じような感じ」という意見であ
った展示演出や体験事業の実施について一挙に解決すること
る。栽培される品種は、毎年必ず新品種が登場しており、展
ができた。生け花の展示は数十作品にのぼり、チューリップ
示に反映されている。記念撮影コーナーも毎年 O. F. S 会員の
の様々なフラワーアレンジメントを来館者に楽しんでもらえ
アイディアで異なる展示演出を試みている。生け花作品や押
― ―
36
第16号 2012年 3 月
し花作品も、以前展示した作品の展示や以前と同じコンセプ
トの展示は行っていない。個別の作品の展示は新鮮味がある
が、企画展全体の構成に変化が無く、全体として新鮮味が薄
れている印象を受けたと考えられる。来館者が接するという
視点に立ち、チューリップの魅力を創出する新たなアプロー
チを模索する必要があり、今後の課題である。
注
1 )財団法人東北産業活性化センター編「地域の文化資本 ミ
ュージアムの活用による地域の活性化」日の地域社会研
究所,2007,pp. 193−220
2 )薄井伯征「地方の公立博物館と地域社会の活性化」
「日本
生涯教育学会年報」第32号,2011,pp. 87−103
3 )2011年12月 1 日現在、行政面積170. 05km2、人口3, 369人。
4 )開館時に発行された大潟村干拓博物館の施設紹介パンフ
レットによる。
5 )開館当初は委員10名で構成され、2001年度から委員を 5
名増員し15名となっている。原則として年間 4 回協議会
を開催している。
6 )具体的な活動の詳細については、薄井伯征「地方の公立
博物館の設立と事業展開に関する一考察 ―秋田県大潟
村における事例から―」
「秋田大学教育文化学部教育実践
研究紀要」第32号,2010,pp. 177−187を参照。
7 )前掲 6
8 )薄井伯征「博物館ボランティアの養成・活動支援とミュ
ージアム・リテラシー ∼秋田県大潟村における実践か
ら∼」「日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀
要」第14号,2010,pp. 29−35
9 )竹内有里「地域連携型企画展の試み ―長崎歴史文化博
物館の事例―」
「日本ミュージアム・マネージメント学会
研究紀要」第15号,2011,pp. 41−46
― ―
37
第16号 2012年 3 月
ミュージアム・ボランティア等における活動実態について
―とくに実態調査から伺える活動の発展と課題等について―
The Situation Regarding Voluntary Museum Staff in Japan, Focusing on a Survey
of the Development and Problem of Volunteer Activity
木 下 達 文*1
Tatsufumi KINOSHITA
和文要旨
本研究は、国内のミュージアム施設におけるボランティアスタッフがどの程度の規模で活動しているのか、その実態を把
握していくことを主要な目的とし、2004年から2006年にかけて3, 892施設に対してアンケートによる実態調査を行った。その
結果、全国で757施設が活動を展開していることが分かり、最も古い活動は1958年に帯広市児童会館青少年科学館(北海道)
で開始されたことが判明した。また、最も活動者数の多い施設は日本科学未来館(東京、819人)であり、その他100名以上
の人が活動する施設は全国で48施設あることが明らかとなった。一方で、1 施設当たりの平均活動人数が62. 9人であること
も割り出すことができた。こうした参加者数に対して、活動を支える 1 施設当たり平均職員数は1. 65人であった。こうした
結果を踏まえ、今後の課題となるボランティア・コーディネーターのあり方についての論考を行った。
Abstract
Between 2004 and 2006, a survey of 3,892 institutions was undertaken primarily to determine the actual extent(and nature)
of volunteer activity within Japanese museums. The survey revealed that 757 of the facilities surveyed made use of volunteer
staff, the oldest being the Obihiro Children’
s Museum of Science in Hokkaido(1958)
. Tokyo’
s Miraikan was found to make the
widest use of volunteers with 819 such staff. 48 institutions were found to have over 100 volunteers, whilst the average was 62.9
per facility. In contrast, there was an average of only 1.65 full-time members of staff per facility to support such volunteer
activity. The study concludes with some comments on the future role of volunteer coordinators on the basis of the above
findings.
おいては、国立科学博物館を中心となって運営がなされてい
1 .はじめに
た全国博物館ボランティア研究協議会という組織が全国的な
2011年 3 月11日に東日本大震災が発生し、その後、多くの
交流・研究としての最初の組織であったが、2002年に当時の
ボランティア活動が展開され、また義援金活動についても注
文化庁長官であった河合隼雄が「文化ボランティア」という
目されることとなった。ミュージアムの領域においてもとく
新しい概念を提示し、その概念がミュージアムの領域を包含
に沿岸部を中心に壊滅的被害を受けた施設も多く、文化財レ
しつつ今日のような急速な広がりをみせていったのである。
スキュー事業や文化・芸術による支援活動も展開された 。そ
しかしながら、日本国内におけるミュージアム・ボランティ
もそも、近年の日本におけるボランティア活動は阪神淡路大
アの実態については、少しずつ調査研究が進展してきている
震災が起きた1995年の以降に大きな社会運動となって展開し
ものの、とくに個別活動については十分に把握されていると
た。それまでにも活動そのものは存在しており、また徐々に
は言えなかった。そこで木下達文研究室が主体となり、文部
ではあるが拡大をしていたが、大災害を契機に国や自治体が
科学省科学研究費の助成を受けて、2004年から2006年にかけ
対応しきれない活動を担う人材や組織の重要性が広く認識さ
てミュージアム・ボランティアに焦点を絞り、まずはその実
れるようになり、これまで数多くのボランティア組織が誕生
態を明らかにするための調査を行った。この度、その個別デ
した。その後、1998年に NPO 法が整備され、2001年には日本
ータの点検と整理がようやく完了したので、本論ではとくに
は国際ボランティア元年を提唱するこことなる。当初は災害・
活動全体の発展の仕方とその規模的把握をまとめ、そして今
福祉型ボランティアの活動が目立ったが、しだいにボランテ
後の課題としてもコーディネーションについて若干の論考を
ィア活動の幅が拡大し、生きる目標を見いだし、かつ地域の
行った 2 )。本研究が報告書とともに今後のミュージアムの事
魅力を高めていく意味での文化・芸術系のボランティアに対
業や市民活動等に少しでも生かされることを期待するととも
しても関心が高まるようになってきた。ミュージアム分野に
に、文化領域における「新しい公共」を考える基礎資料にな
1)
*1
京都橘大学 准教授
Associate Professor, Kyoto Tachibana University
― ―
39
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
ージアムを含む文化ボランティア全体の活動環境概要の実態
っていくことを願うところである。
を調査した「文化ボランティア活動実態環境調査」(2006年
2 .ミュージアム・ボランティアの展開とその調査研究につ
いて
度)10)や、より個別課題としてのコーディネーション事業を
中心として調査を行った「文化ボランティア・コーディネー
ター養成に関する調査研究」(2009年度)11)等がある。なお、
ミュージアム・ボランティアについては、国内では1970年
「文化ボランティア活動実態環境調査」と「文化ボランティ
代頃より欧米のミュージアム活動を習い、北九州市立美術館
ア・コーディネーター養成に関する調査研究」に関しては筆
や上野動物園等による初期の活動が行われていた。その後、
者が調査協力を行っている。
日本において大きな転換期となるのは、1986年に国立科学博
物館が開始した教育ボランティア制度の開始にあろう。この
制度が後に10周年を迎えるにあたって、全国のミュージアム・
3 .調査の全体概要について
―参加規模と展開の状況について―
ボランティア活動との初めての連携組織となる「全国博物館
ボランティア研究協議会」を1995年に発足させた。この協議
このように、ミュージアム・ボランティアに関する意識の
会は、全国のボランティアおよびボランティア担当者が集う
高まりや、調査研究の蓄積は少しずつされるようになってき
場となり、そこでボランティア活動に関する研究協議を行う
ている。しかしながら、それらは目的や視点が統一的でなく、
場となった(開催は隔年開催となる)
。こうした全国的なネッ
また個別データが公開されていないため実質的な展開の仕方
トワーク組織としては、2000年代に入ってから先の協議会と
や規模の把握等ができない状況であった。本研究では、1993
は別に「ボランティアメッセ」というボランティアの有志に
年に日本博物館協会が実施した調査をベースに、その後約10
よる独自の全国交流事業とも言うべき活動が展開していくこ
年を経過した状況を明らかにし、とくに日本国内におけるミ
ととなる 。一方で、文化庁が主導してきた文化ボランティ
ュージアムのボランティアとして参加する人数の総体を比較
ア事業の一環としても「文化ボランティア全国フォーラム」
することで活動規模の実態とその展開の状況について明らか
が開催されるようになり、この事業がミュージアムメッセに
にし、最終的には課題となるボランティア・コーディネーシ
3)
とって変わるような役割を担いつつ2009年まで継続された 。
ョンについて言及していくこととした。また、タイトルにボ
ネットワーク組織としては、筆者が世話役となりメーリング
ランティア等と「等」を付しているのは、実はミュージアム・
リスト・システムを利用し2000年から運用開始している「ミ
ボランティアの定義そのものが明確でなく、例えば琵琶湖博
ュージアム・ボランティア・ラウンドテーブル(MVRml)」
物館の「はしかけ」制度のように、あえてボランティアの用
がある 。また、文化庁では文化ボランティアを促進するた
語を避け、独自の理念にしたがった市民連携活動を展開する
めの事業として、「文化ボランティア推進モデル事業」(2003
活動もされるようになってきている。本調査でミュージアム・
年度∼2007年度)と「文化ボランティア支援拠点形成事業」
ボランティアの定義付けを行うことはせず、なるべく広義の
4)
5)
(2008年度)を実施するに至っており、国策としての文化ボ
ランティア推進がなされてきている。
概念でとらえたいという思いから、グレーゾーンとなる市民
連携活動をも極力包含できるように設定したためである。な
一方、研究分野においては、本格的な学術論文はまだそれ
ほど多くはないが、代表的な学会論文としては、布谷知夫が
お、本研究の基礎調査となる部分については、科学研究費の
助成を受け実施をしている。
ミュージアム・ボランティアの位置付け論を本格的に展開し
た「博物館を活動の場とするボランティアの位置付け」6 )や大
a.調査の目的
木真徳の実態調査にもとづいたボランティア導入の課題等に
本調査は、国内のミュージアム施設におけるボランティア
言及した「博物館運営におけるボランティア受け入れの意義
活動がどのような状況になっているのか、またスタッフがど
と課題」 が注目される。また菅井薫がミュージアムの市民連
の程度の規模で活動しているのか、その実態を把握していく
携のあり方や市民調査を例にボランティア論との関わりを指
ことを主要な目的としている。とくに人的な動向とその活動
摘した「博物館活動における市民の専門性と役割」・「博物館
の展開についてその国内全体の概要をまとめることを第一と
における「市民調査」論の諸相と新たな射程」 についても今
している。また、本調査を通じて、ミュージアム・ボランテ
後のボランティア研究を考える上で重要な示唆に富んでいる
ィアに関する各館個別の活動基礎資料を収集するとともに、
論文である。
それらを公開することで、今後の活動のあり方について検討
7)
8)
その他、先の大木論文による調査も含め、いくつかの実態
する素材となることも副次的な狙いとしている。
調査なども実施されている。本論文の基準としたのは、1993
年と1999年および2009年に発刊された日本博物館協会の調査
b.調査の対象
報告である 。近年では、先の文化庁事業の一環としてミュ
9)
― ―
40
本調査の対象としているのは、全国のミュージアム(博物
第16号 2012年 3 月
館施設)である。具体的には出版社ぎょうせいが発行する「全
⑤その他(休館・諸事情など)
国博物館総覧」(2003年版)に掲載されている全ての施設と
※実施していないが詳細(①∼⑤)の項目未記入
なる。合計で3, 892館である。なお、「博物館総覧」に掲載さ
94(施設)
れていない施設であっても、過去の文献において活動事例が
※①∼⑤は複数回答項目
記載されている施設については次項で説明する 2 次調査の段
・閉館
階で情報の追加を行っている。
・無回答
c.調査の方法
11(施設)
2(施設)
1 次調査の結果としては、全国3, 892施設のミュージアム
本調査は、対象となるミュージアムの数が多いため、1 次
調査と 2 次調査の 2 段階に分けて実施をした。
①
78(施設)
にアンケートを送付し、まずボランティア等の活動実施の有
無を確認したところ、2, 506館からの回答を得た。その結果、
1 次調査は、まず往復ハガキによりミュージアムにお
実際に何らかのボランティア活動を実施しているところが757
いてボランティア活動等の実施有無のみを把握するもの
施設(全体の19%)にのぼった。これは、前述の日本博物館
である。調査期間は2004年 3 月から 7 月までである。
協会が1993年と1999年に報告した調査結果(それぞれ、139
2 次調査では、1 次調査で「活動を実施している」か、
施設と、262施設)13)と比較すると、約10年間で 5 倍以上、約
あるいは「次年度に実施を予定している」とする施設、
5 年間で 3 倍近い施設で活動が始まっていることがわかる
および過去の文献などから「活動実績の認められる施設」
(その後に実施された2008年の調査でもほぼ同じ水準となっ
に対して、詳細なアンケートによる調査を実施した。対
ている)。ちなみに、1999年版におけるミュージアム総数は
象となる施設は全部で879施設となっている 。調査期間
3, 449施設であるから、その頃の施設総数に対する活動比率は
は、2004年12月∼2006年 3 月までである。調査方法とし
7. 5%であり、それが今回の調査ではでは19. 4%に上昇してい
ては、上記の対象に対してアンケート用紙を封書(返信
る。加えて、2004年度実施予定館(51施設)と、将来実施に
用封筒を同封)にて送付し、その後回収しとりまとめる
向けて検討中のところ(232施設)もあわせると1, 040施設
方法にて実施した。アンケート用紙は全て共通のものを
(全体の27%)となる。つまり、全国のミュージアムの約 4 館
使用したが、個別活動については、施設の活動内容に応
に 1 館の割合でなんらかのボランティア的活動を実施あるい
じてコピーして使ってもらう方法をとっている。また、
は検討しているという実態を捉えることが明らかになった。
過去の文献などから分かる情報については極力アンケー
このことから、1990年代までボランティア活動を実施してい
ト用紙に事前に記入しておき、修正箇所のみ訂正する方
た施設というのは、全体的にみると比較的特殊なケースであ
法をとっている。そのことで回収率を高める工夫を行っ
った(=博物館事業としては積極的に行う活動ではなかった)
た。
ことが考えられ、それがこの約10年の間に急速な意識改革と
②
12)
その実施が拡大していき、一般化していく発展段階であるこ
とを読み取ることができる。実施および検討施設が全体の27%
4 . 1 次調査結果
であるという結果は、まだ実施していない施設においてもボ
―ボランティア活動を実施している施設について―
ランティア活動を全く意識しないでいられるという状況では
a.有効回答率について
なくなっていると考えられる。また、ミュージアム・ボラン
今回の 1 次調査では、調査対象の3, 892施設のうち、各施設
ティアは、たとえば福祉ボランティアなどと較べると、その
側からのハガキの返送が2, 506施設あった。したがって、本調
活動テーマが歴史や美術など博物館における収集対象資料の
査の有効回答率は64%であった。なお、あて先不明のため郵
趣味性が高く参加のハードルが低いと考えられ、今後も実施
便局側からの返送があったのは34施設であった。
施設が増えていくことが予測できる。一方で、こうした急速
に導入が拡大していく状況の背景的課題として、先の論文等
b.ボランティア等に関する活動について
でも指摘がなされているように、ボランティアの位置づけや
有効回答となる2, 506施設の内訳は以下の通りとなってい
る。
受け入れ等、様々な問題を孕む要因等も少なからず顕在化し
ていくこととなる。また、長年活動を続けてきた施設であっ
・実施している
・実施していない
757(施設)
ても、社会情勢や周辺環境が変化していくことは、これまで
1, 736(施設)
の活動についての見直しが検討される契機となることも考え
理由:①2004年度に実施を予定している
51(施設)
②将来実施に向けて検討中である
232(施設)
③かつて実施をしていたことがある
④今のところ実施の予定はない
67(施設)
られる。
c.実施施設の属性について
1, 248(施設)
― ―
41
以下には、1 次調査からわかる、属性(登録の状況、館種、
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
設置者)の割合について、
「ボランティア等活動実施館」結果
をデータとグラフにて示し、若干のコメントを付している。
〈登録・相当の割合〉
図3
図1
設置者別の割合
登録・相当の割合
割合が低い。また財団は全体の 1 割程度となっている。
まず、登録・相当の割合であるが、ボランティア活動等を
実施施設は登録施設で全体の 4 割弱、相当施設で全体1割弱
であり、登録と相当を併せて全体の 5 割弱となっている。一
5 . 2 次調査結果
―ボランティア活動の規模およびその展開について―
方で、その他の類似施設が半数以上を占めていることから、
国内の相当施設での導入がかなり進んでいることが確認でき
a.有効回答率について
る。文化芸術領域でのボランティアについては、今後も設置
状況に関係なく導入が進んでいくものと考えられる。
2 次調査では 1 次調査で得られた「活動を実施している施
設」および「次年度に実施を予定している施設」
、および過去
の文献などから「活動実績の認められる施設」に対して、ア
〈分野別の割合〉
ンケートによる調査を実施した。それら879施設のうち、各施
設側からの返送が434施設あった。したがって、本調査の有
効回答率は53. 7%であった。なお、回答の方法は郵送を基本
としたが、ファックスやメールでの回答も少なからずあった。
b.回答施設の属性について
以下には、2 次調査からわかる、属性(登録の状況、館種、
設置者)の割合について、その結果をデータとグラフにて示
し、若干のコメントを付している。
図2
〈登録・相当の割合〉
分野別の割合
館種別割合
分野別の割合については、歴史が全体の約 4 割を占め、美
術が約 2 割となっている。次いで、郷土、総合、理工、自然
史の順になっている。歴史と美術を合わせて全体の 6 割強と
なっており、人文系におけるボランティア導入館の割合が若
干高いが、これは母数となる人文系の施設数の割合が高いた
めと考えられる。
〈設置者の割合〉
図4
設置者別でみると、市立が全体の4割を占め、次いで町立、
登録・相当の割合
県立、財団の順になっている。市立や町立など、比較的地域
が限定される自治体において実施の割合が高いことがわかる。
県立もエリアは広いが実施の割合が高く、逆に区立と村立の
登録施設が全体の約 4 割であり、相当施設が全体の約 1 割
となっている。登録施設と相当施設を合わせると全体の半数
― ―
42
第16号 2012年 3 月
図7
を占めている。1 次調査の結果とほぼ同じであるが、登録施
館種別活動人数とその割合
設の割合が若干増えている。
〈分野別の割合〉
なった。その内訳が歴史と美術がそれぞれ約 3 割となってい
る。この歴史と美術を合わせると全体の約 6 割となっている。
次いで、理工と総合がそれぞれ 1 割強と 1 割弱となっており、
その他は 5 %以下となっている。
図5
なお、ボランティア活動人数に対して、施設職員の総数は
分野別の割合
434施設の総計が6, 725人となっている(平均は15. 49人)。し
分野別の割合については、歴史が全体の 4 割を占め、美術
が 2 割となっている。次いで、理工、総合、郷土、自然史の
たがって、ボランティア活動人数は職員の約 4 倍となってい
る。
順になっている。歴史と美術を合わせて全体の 6 割強となっ
また、1 施設でもっとも人数が多いのは、日本科学未来館
ている。歴史と美術については、1 次調査の結果とほぼ同じ
(819人)であり、次いで MOA 美術館・箱根美術館(各671
である。3 位以降は順序が微妙に変化しているが、各施設の
人)、浦添市美術館(650人)、横浜市こども植物園(600人)
総数自体が少ないため、こちらも総じて変化がないことが伺
の順となっている。加えて、1 施設において100名を超える活
える。
動人数がいる施設は全体で48施設存在し、全体の約 1 割強を
占めている。
〈設置者別の割合〉
d.分野別の平均活動人数について
図8
図6
分野別の平均活動人数とその割合
次に総活動人数に対する 1 館当たりの平均活動人数は、62. 9
設置者別の割合
人となった。なお、施設の総数が419施設になっているのは、
設置者別でみると、市立が全体の約半数を占め、次いで県
人数覧を無記入にしているところが15施設あるからである。
立(約 2 割)、町立(約 1 割強)、財団の順になっている。1
分類の仕方とも関係するが、総じて動物・植物・水族など、
次調査の結果よりも市立の割合が高くなり、町立と県立の順
生き物を扱う施設は、先の導入の割合は低いが、1 施設あた
序が逆になっている。
りの活動人数が比較的多いことが伺える。
また、美術と理工の活動参加者数も比較的多く、逆に歴史、
c.活動の規模、および分野別人数の割合について
総合、郷土、自然史が比較的少なくなっている。
本調査では、回答が得られた434施設においてボランティ
男女比については、男性の総数は8, 707人であり、女性の総
ア活動に参加する人の総数は26, 367人ということが明らかに
数は12, 698人である。全体としては大凡男性 4 割に対して女
― ―
43
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
性が 6 割となっている。
状況を把握するのが困難であった。今回の調査結果から、最
活動する人の平均年齢については、男女それぞれの平均年
も古い活動は、1958年に帯広市児童会館青少年科学館(北海
齢は、男性が58. 89歳であるのに対して、女性が51. 25歳とな
道)で開始された「野草園の運営活動」であることが判明し
っている。男女ともに総じて50歳以上と年齢が高く、男性は
た。これまでの文献では、1970年代からというのが定説であ
女性よりも 7 歳以上高いことが伺える。
ったが、すでに1950年代から活動実態が存在していた事実を
ボランティア活動を支える職員(常勤)の総数は582人で
見出すことができた。また、その後の展開においては、筆者
ある。そして、1 施設あたりの平均は1. 65人となっている。ま
は1995年以降の急速な活動開始の展開を考えていたが、1990
た、その中でも明確に「コーディネーター」と称する役職が
代前半にもその兆候がみられ、阪神淡路大震災が契機とはさ
あるのは、全体で 2 施設であり、多くは普及部局が担ってい
れているが、その下地となる活動の広がりはすでにあったと
る。
考えられる。ただし、本格的な活動開始の大多数は1995年以
降に始められており、データ集計中に開館した、金沢21世紀
e.活動の展開状況について
美術館や九州国立博物館などにおいても、国内有数のボラン
ティア活動を展開している施設が誕生していることから考え
ても、1995年以前とそれ以降とに大きな展開の差があること
も明確となった。
また、活動人数としては434施設(無記入を除いて419施設)
での活動総数が26, 367人であることが明らかとなり、1 施設
当たりの平均活動人数が62. 9人であるということを割り出す
ことができた。研究当初は、平均としては 1 施設当たり20∼
30人程度の規模と考えていたので、62. 9人という数字が出て
きたときには予測とは大きく違っていた。こうした高い数値
が明らかになった背景として、日本科学未来館(活動人数819
人)を始め、1 施設で100人を超える活動人数を有する施設が
既に48あるという事実があり、日本のミュージアム・ボラン
図9
活動開始年代
ティアについては、活動を軌道に乗せるという第 1 段階から、
活動の位置づけ、組織体制、固定化、継続性、専門性などを
日本でいつからミュージムボランティアが開始されたのか
を知る明確な文献はないが、今調査で知り得た最も古い活動
より詳細に考えるような第 2 段階に入っていることが認識で
きる。
としては、1958年に帯広市児童会館青少年科学館(北海道)
他方、ボランティア活動をする人たちは毎日参加するわけ
で開始された「野草園の運営活動」がある。次いで、1973年
ではないが、この約60名が例えば月に 2 日活動に参加すると
に金城町民俗資料館(島根県)の「資料館管理活動」が、そ
すれば、シフトベースで換算すると約 2 名の常勤ボランティ
して1974年にはよく文献等に例に出される北九州市美術館
アスタッフが居ることとなる。今後もこの数値は増えていく
(福岡県)の「展示解説・鑑賞企画等の活動」始まっているこ
ものと考えられ、そうした活動を支える人材の重要性が指摘
とが明らかになった。
されてこよう。とくにボランティア活動の課題としては、や
また、上記の表は 5 年ごとの活動発生の推移をまとめたも
はり無償の活動を支えるというのは、筆者の市民連携事業の
のである。年々増えてきてはいるが、1990年代からその伸び
経験から照らし併せても、簡単に誰もができるものではない。
率の急激な増加を確認することができる。なお、2005年以降
その理念としては「育てる」という感覚が不可欠な要素であ
のものは調査年の関係からデータそのものが少ないので、こ
ると個人的に考えている。ところが、ボランティア活動を担
こでは表右の「2005’
S」と「その他」はあまり有効な情報で
当する職員の数は、1 施設当たり1. 65人である。常勤とはい
はないが、表には記載をしておいたことを付け加えておく。
え、どこまで兼任しているかが問われるところであり、また
コーディネーターと正式に呼んでいる施設は 2 つしかなく、
その位置づけにも課題は多々存在する。ボランティア活動は
6 .まとめと今後の課題
人と人とが交流する事業である特徴をもち、活動が展開すれ
昨今、ボランティア活動に対して特殊な感覚を持つことが
ばするほど人間関係特有の深刻な課題が各種生じていくこと
無くなったとも言える状態になったとはいえ、いったい日本
となる。しかしながら、いまだにこのコーディネーターの設
においていつからミュージアム・ボランティアが開始され、
置や質の向上が思うように進んでいない現状があり、それは
その後どのような展開をしていっているのかという、正確な
2009年度に調査協力を行った「文化ボランティア・コーディ
― ―
44
第16号 2012年 3 月
ネーター養成に関する調査研究」(注11を参照のこと)の時
にも大きな課題として残った。最後にはそうした人と人、人
7 .おわりに
と施設、施設と施設を繋いでいく役割を担うコーディネータ
ーのあり方について若干論じておきたい。
調査研究を開始してからまとめに至るまで相当な時間が経
過してしまった。とくに434施設の個別データの整理・チェ
本調査研究でも明らかになったように、今後ミュージアム
ックに多大な時間を要した。この各館毎の個別データは本論
においてますます地域連携やボランティア・マネジメントが
文の発表と同時に公開を行っている(注 2 を参照のこと)
。こ
重要になってくる。ましてや、地域に受け入れられない施設
の個別データを見れば、各施設内での活動の展開状況等も読
は、その存在すら危うくなってこよう。逆に財政的に課題を
み取ることができる。その他、多用な角度から活動の中身を
もつ今日の自治体をめぐる環境の中では、市民の力なくては
見ることができるよう配慮している。本論文とともに今後の
運営もできない施設の存在も明らかになっている。しかし、
研究に生かされることを期待するものである。この間、多く
なぜ繋ぎ役であるコーディネーターが十分育たないのであろ
の関係者の皆様にご協力をいただいた。この場をお借りして
うか。文化庁をはじめ、NPO 組織等でも研修が頻繁に行われ
深く感謝申し上げる次第である。
るようにはなっては来ているが、なかなか育たないのは、本
気でそこに価値をおく社会体制になっていないからだと筆者
注
は考えるのである。形式上、あるいは名称上の役割をおいた
1 )東日本大震災では、とくに東北沿岸部の被害が甚大であ
としても、それでは機能はしない。なかなか兼務業務ででき
り、筆者は2011年 3 月から I T ボランティア支援と現地に
る仕事ではないし、大切なのは資質である。コーディネータ
てミュージアムの被害状況調査を行い、その結果を木下
ーの仕事の重要な資質の一つとしてコミュニケーションにお
達文研究室のホームページ(http://cai4.tachibana-
ける「信頼性」という要素がある。誰もが信頼性を発揮でき
u.ac.jp/~ kinoshita/)にて公開するとともに、経緯につ
る仕事ができるわけではなく、この資質は長い時間をかけて
いては下記の文献にまとめている。
醸成するものであって、数日の講習で育成されるものではな
「東日本大震災とミュージアム ∼初動時における遠隔支
い。そのことまず理解しなければならない。いくら研修事業
援について∼」
「京都橘大学文化政策研究センター ニュ
を行っても、そもそも資質を十分に持ち合わせていない人材
ーズレター」第39号,2011,pp. 10−11
に教育を施しても、その効果はさほど大きくはない(だから
2 )各館別の個別データを掲載した調査報告書については、
といって、意味がないわけではなく、理解者やアシスタント
本論文の公開に併せて、木下達文研究室のホームページ
的人材を育てることはできよう)
。まずその点がコーディネー
(http://cai4.tachibana-u.ac.jp/~kinoshita/)にて公開を
ター政策で最も気になる点である。研修・育成事業以前に大
行う。
切なのは、実は「発掘」なのである。コーディネーターの資
3 )ボランティアメッセは第 1 回目が兵庫県立人と自然の博
質をもつ人材はそう簡単に見つかるものではなく、多くの現
物館で開催され、その後全国の博物館を会場に巡回する
場で人をまとめることのできる素養をもった人を見つけるこ
形をとり、2006年まで実施された。以下は開催年度と開
とから始めなければならい。逆にそうすることで、ボランテ
催場所である。
ィア・マネジメントが大きく飛躍していくこととなるため、
2002年 兵庫県立人と自然の博物館
組織としてその人の身分保障や権限などに対してきちんとし
2003年 江戸東京博物館
た対応をする必要がある。また、これまでのとくに自治体組
2004年 日本科学未来館
織のように 3 年程度で異動させるという論理は考え直さなけ
2005年 萩博物館
ればならない。異動した時点で素養のない人材が登用される
2006年 九州国立博物館
と、その信頼感は脆くも崩壊する。筆者はその現場を何度と
4 )文化庁文化ボランティア全国フォーラム
なく見てきた。多くの意志をいとも簡単に切り捨ててしまう
行為となり、その後人々の失望へとつながっていく。そうな
らないためにも、異動の考え方については従来の方法を見直
す必要がある。効果的な方法としては、複数人体制で順序立
てて異動を行う方法や、ボランティア側からコーディネータ
ーを採用するという方法などがあり、今後も新たな政策を展
開する中で、日本のミュージアム・ボランティアがより活躍
できる環境が整っていくことを期待するところである。
第 1 回:
「文化ボランティア全国フォーラム 2006」
(埼
玉)
第 2 回:
「文化ボランティア全国フォーラム」
(2006年、
埼玉)
第 3 回:「文化ボランティア全国フォーラム in 弘前
2007」
第 4 回:「文化ボランティア全国フォーラム in 東京
2008」
文化ボランティアフォーラム 2009 in 滋賀
文化ボランティア・コーディネーターフォーラム in 鹿
― ―
45
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
児島(2009)
文化庁長官官房政策課編「地方公共団体における文化
5 )ミ ュ ー ジ ア ム ・ ボ ラ ン テ ィ ア ・ ラ ウ ン ド テ ー ブ ル
ボランティア活動の環境整備に向けた取組」
「文化
(MVRml)
ボランティア通信」第 7 号,文化庁,2003
ヤフーグループシステム(登録制)を利用し、ミュージ
第 5 回全国博物館ボランティア研究協議会編「参加館
アム・ボランティアおよびボランティア担当者、研究者
におけるボランティア活動及びボランティア活動
などが集まり意見交換や情報交流をする場としている。
検討の概要」国立科学博物館,2004
http://groups.yahoo.co.jp/group/MVRml/
文化庁長官官房政策課編「文化ボランティア実践事例
6 )布谷知夫「博物館を活動の場とするボランティアの位置
集」文化庁,2004
付け」「博物館学雑誌」第24巻 第 2 号,1999
大久保邦子監修「文化ボランティアガイド」日本標準,
7 )大木真徳「博物館運営におけるボランティア受け入れの
意義と課題」
「日本ミュージアム・マネージメント学会研
2004
13)前掲(8)
「博物館白書(平成11年版)」pp. 104−106
究紀要」第13号,2009
8 )菅井薫「博物館活動における市民の専門性と役割 ―市
民との連携活動のモデル化と分析―」
「博物館学雑誌」第
31巻 第 2 号,2006
菅井薫「博物館における「市民調査」論の諸相と新たな
射程」「博物館学雑誌」第34巻 第 1 号,2008
9 )財団法人日本博物館協会編集・発行「博物館ボランティ
ア活性化のための調査研究報告書」1993
財団法人日本博物館協会編集・発行「日本の博物館の現
状と課題(博物館白書 平成11年度版)
」1999
財団法人日本博物館協会編集・発行「日本の博物館総合
調査研究報告書」2009
10)特定非営利活動法人舞台芸術環境フォーラム地域演劇マ
ネジメントセンター編集・発行「平成18年度文化ボラン
ティア活動実態環境調査」2007
11)特定非営利活動法人NPOサポートセンター編集・発行
「文化ボランティア・コーディネーター養成に関する調査
研究」2010
12)その内訳は以下の通りである。
1 次調査において活動を実施していると回答した施設
(757)
1 次調査において2004年度に活動実施予定と回答した
施設(51)
文献掲載が認められる施設(71)
また、参考にした「全国博物館総覧」以外の文献は以下
の通りである。
財団法人日本博物館協会編「博物館ボランティア活性
化のための調査研究報告書,1993
第 2 回全国博物館ボランティア研究協議会編「博物館
におけるボランティア活動の概要」国立科学博物
館,1997
第 3 回全国博物館ボランティア研究協議会編「参加館
におけるボランティア活動及びボランティア活動
検討の概要」国立科学博物館,1999
淡交社美術企画部編「私も美術館でボランティア」淡
交社,1999
― ―
46
第16号 2012年 3 月
ニューヨークの美術館教育プログラムの現在
∼人々、作品、物語をつなぐ回路づくり∼
Educational program affair of art museums in NY
―Making networks to connect people, collections and stories―
高 橋 紀 子*1
Noriko TAKAHASHI
和文要旨
この調査報告は、
「文化庁主催第 1 回ミュージアム・エデュケーター研修(前半日程)
」での講演「博物館教育事情∼物語、
共感、生きる意義の探求、情報化社会のその先へ」の記録をもとに、再構成・加筆したものである。講演担当である東京都
美術館の稲庭彩和子氏と筆者は、文化庁の助成によりニューヨークのメトロポリタン美術館とニューヨーク近代美術館の教
育プログラムを調査し、その調査をもとに、特に収蔵品を活用したウェブ上の教育プログラムや、認知症患者と介護者のた
めのアクセス・プログラムを取り上げ、収蔵品と鑑賞者との回路づくりについて考察した。そこで共通して浮かび上がって
きたのは、作品を介した物語の共有、共感を育むコミュニケーション、生きる意義の探求、という視点である。これらの調
査から、ミュージアムの教育プログラムが、学術的な情報を噛み砕いた内容の提供よりも、より個々の生に寄り添い展開し
ている試行と、さらにミュージアム体験そしてエデュケーターの役割も示唆する。
Abstract
The document is an arranged and revised research report of the lecture by“Museum Education Overseas Affairs−Story,
Sympathy, Search for the meaning of life, and Beyond information society”on September 26, 2011.
この調査報告は、2011年 9 月26日(月)開催の「文化庁主
トラルパークを背に、ヨーロッパの宮殿を彷彿とさせる建築
1
催 第 1 回ミュージアム・エデュケーター研修(前半日程)」
で佇むメトロポリタン美術館(以下メットと表記)は、1870
での講演「博物館教育事情∼物語、共感、生きる意義の探求、
年に開館した。世界各国の芸術作品が揃うその収蔵品数は
情報化社会のその先へ」の記録をもとに、再構成・加筆した
300万点以上にも及ぶ。美術館内で展開される教育プログラ
ものである。講演は、東京都美術館アートコミュニケーショ
ムは大小合わせて年間21, 435を数え(2010年実績)
、美術館入
ン担当係長の稲庭彩和子氏と筆者が担当した。
場者数約520万人のうち、プログラム参加者は82万7, 000人に
のぼるという。
2011年 7 月初旬に、講演担当の両名はアメリカにおける美
メットの教育プログラムは、幅広い参加者の年代に合わせ
術館の教育プログラム実践事例を調査するため、文化庁より
てきめ細かく構成され、コンスタントに数多く開催されてい
助成を受け、アメリカ・ニュージャージー州にある日本人学
る。広い展示面積を持つ同館では、同時期に複数の展覧会が
校での美術鑑賞プログラムの実践を兼ね、ニューヨークの美
開催されているが、そのためか、毎日のように美術館のどこ
術館における教育プログラムの調査を行なった。アメリカの
かで何かしらのプログラムが行なわれているような印象があ
美術館の多くは、創立時に設定された運営理念(ミッション・
った。
ステイトメント)のひとつに「教育」を掲げており、積極的
主な教育プログラムは以下の通りである。2 )
に教育プログラムを展開している。今回は、ニューヨークの
美術館の中でも世界屈指の収蔵品数を誇るメトロポリタン美
―キッズ・プログラム(小学生までのプログラム)
術館と、世界の近現代美術を牽引するニューヨーク近代美術
―ティーンズ・プログラム(10代の中高生のためのプログ
ラム)
館を調査した。
―カレッジステューデント・プログラム(大学生のための
プログラム)
■各世代に合わせて構成された教育プログラム
―エデュケーターズ・プログラム(教員用プログラム)
ニューヨーク市マンハッタンの中心に位置する巨大なセン
*1
㈱美術出版社 「美術検定」実行委員会事務局
―ファミリー・プログラム(家族向けプログラム)
Secretariat of The Committee of Art Certification Test, Bijutsu Shuppan Sha Co.,LTD
― ―
47
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
―アダルト・プログラム(大人向けプログラム)
者が展覧会のキュレーターと一緒にプログラムを企画するこ
※障がい者向けプログラムは、大人向けプログラムの一環
とが多く、キュレーターの協力なしにはできないという。
として構成され、視覚障がい・聴覚障がい・発達障がい・
認知症とその介護者向けプログラムを展開している
メットのティーンズ・プログラムには、さまざまな地域の
約150の学校が参加しているそうだが、前述のミュージアム・
ワーク・トレーニングはニューヨーク市内の学生のみを対象
上記のような、各世代の来館者に対応した教育プログラム
としている。他のティーンズ・プログラムに関しては、特に
は、メットだけではなくアメリカの他の多くの美術館でも展
地域の限定をしていないため、その意味で、同館のプログラ
開されているが、同館の特筆すべき部分は、そのプログラム
ムが他校や他地域の学生と知り合うコミュニケーションの場
を管理する教育部のスタッフが常勤スタッフだけでも50名以
となっているという。広報に関してはソーシャル・ネットワ
上、プログラムごとに雇用される外部のエデュケーターを含
ーク・システム(SNS)を活用しており、facebook 4 )が主な
めるとその数はさらに増える充実した組織力にある。例えば、
ツールになっている。facebook には友達リクエストという機
ニューヨーク近代美術館(以下、モマと表記)においては教
能があるが、そうした機能を通しプログラムの参加者に友達
育スタッフは20名程度にすぎない。もちろんメットの場合、
を紹介してもらい、参加者や紹介された学生へのサービスも
教育プログラムのスタッフ数に限らず、同館の総スタッフ数
行なっている。ただし、ニューヨーク市の学生はいつも忙し
は常勤非常勤合わせて約1, 200名といわば大企業並みの従業員
いらしく、保護者が同館のプログラムに参加させたくてもな
数である。その人数は収蔵品数に比例すると言ってしまえば
かなか参加してもらえないそうだ。そんな学生に、どのよう
それまでだが、同館の教育プログラムのスタッフ数は全米で
に自発的な参加を促せるか、というのが目下の課題だという。
なお、このティーンズ・プログラムは 2 名の常勤スタッフ
もトップクラスで、いかにその層が厚いかが伺える。
と 3 名の外部アーティストで運営されている。美術館スタッ
今回の調査では、数名のメットの教育プログラム担当者か
フが主にギャラリーツアーを行ない、制作指導を外部アーテ
ら話を聞くことができたが、ここでは一例として、10代の中
ィストが行なっている。こうして、鑑賞だけでなく制作でも
高生のためのプログラム、ティーンズ・プログラムを取り上
このプログラムをサポートするスタッフを用意し、手厚いサ
げたい。
ポート体制を取りつつプログラムは運営されている。
メットのティーンズ・プログラムは11歳∼14歳の中学生と
15歳∼18歳の高校生にターゲットをおいて実施されている。
このプログラムでは、主にボキャブラリー/コミュニケーシ
■ウェブなど I T メディアの活用
―人々と作品をつなぐ回路の作り方
ョン能力を育てることに重きを置いている。展示作品を鑑賞
する際は、特に解答を要しないオープンエンドな対話型でト
メットでは、上記のようにティーンズ・プログラムなど青
ークを進めていく。また、同館には地階に制作スタジオを構
少年向けのプログラムは S N S を活用してプログラムを広報し
えていることもあり、造形活動を伴うワークショップも同時
ているが、同館でウェブなど I T メディアが活用され始めたの
に行なっている。そのほか、学校の美術の授業を補完する内
は2009年に「デジタル・メディア・プロジェクト」が始動し
容も備えており、例えば美術系の学校に進学を希望している
た頃からだという。現在メットでは、「メットメディア」5 )を
学生には、美術系の学校以外の美術の授業では指導してもら
はじめ、オンライン上でもコンテンツを充実させつつ、積極
えない、進学のための実技やポートフォリオの作成なども指
的に I T メディアを活用しながら美術館を多角的に紹介してい
導しているという。
る。
また美術館がどんな仕事をしているか、その職業を知るミ
例えば、同館のホームページ内にある「コネクションズ」6 )
ュージアム・ワーク・トレーニングというのもある。日本で
というサイトでは、スタッフがあるトピックを挙げ、そのト
いうところの職業体験やインターンシップのようなプログラ
ピックからつながる収蔵品を複数選び出し、自分とその収蔵
ムだろうか。これはキュレーターや修復担当など、展覧会を
品との関わりや、主観的な考えや思いを動画で紹介している。
つくる担当者から話を聞くレクチャー形式のもので、展覧会
収蔵品の見方の提示としては、基本的に客観性のある学術情
の裏側を知ることで、展覧会そのものをより多角的に知って
報から構成していく展覧会とは逆のアプローチともいえる。
もらうことを目的としている。例えば2011年前期に開催した
例えば、メットの教育プログラムの I T メディア開発を行う担
楽器と楽器を制作する職人を紹介する展覧会 では、美術館内
当者は“鼻”というトピックを自分で選び、鼻にまつわる自
部の担当者だけでなく、美術館の地下にある制作スタジオで
分の記憶を紐解きつつ、トピックに基づいて選ばれた収蔵品
実際に楽器の簡単な制作をしたり、楽器にかかわる業種の人々
についての個人的な思いや関わり合いを語る、その様子をウ
にレクチャーを依頼し、講義を行なってもらったという。こ
ェブ上で見ることができる。その担当者が“鼻”をトピック
うした企画展と関連したプログラムは、教育プログラム担当
に選んだのは、彼女が10代の頃に亡くなった父親の鼻がとて
3)
― ―
48
第16号 2012年 3 月
も特徴的だったからといった、いわば個人的な体験が両親の
イラストで紹介されている[図 5 ]が、将来的にはこのイラ
結婚式の写真と共に語られ[図 1 ]
、その後、所蔵品の中から
ストをオンライン上にアップし、作品のデータベースとリン
父親に似た鼻の形を持つ彫刻作品や、また自分の鼻にも似た
クした展開を考えているという。例えば、イラストに描かれ
絵画作品をはじめ、鼻の形に特徴をもった収蔵品を紹介して
ている収蔵品をクリックすると、その作品の基本的情報や作
いく。そこでは、スタッフによる“私の物語”が一人称で語
品写真がみられるだけでなく、作品にまつわるクイズなども
られ、また収蔵品を通し“美術館コレクションの物語”が語
吹き出しでみられるようになっている。このサイトでは約
られている。こうした主観的な収蔵品への視点が語られる一
3, 000点の所蔵作品のデータベース情報がみられるよう設定さ
方で、同じウェブ上のページからリンクしている「イン・タ
れており、現在さらに検討しているのは、そのサイト内の作
イム」というページでは、トピックに基づいて選ばれた収蔵
品の中から自分で作品を選び自分のページを作ることができ
品の歴史上の位置づけがタイムライン上に分かりやすく並べ
る「マイ・メット・ギャラリー」や、どの作品が自分のお気
られ[図 2 ]、また「イン・ザ・ワールド」というページで
に入りかといった投票、作品についての意見交換といった双
は、それらの収蔵品が世界のどこで作られたか地理的な把握
方向的なプログラムだそうだ。ほかにも、
「P. S. ART」
(アメ
ができ[図 3 ]
、さらに「イン・ザ・ミュージアム」というペ
リカでは公立高校 Public School を P. S. と略記する)という
ージでは、作品のタイトルや制作者名、制作年、素材などの
高校生の制作作品コンペなどもオンライン上で展開していき
クレジットと共に、美術館のどこでその作品が見られるか、
たいという。ここでは、メットを訪れることは難しくても、
展示場所が館内の間取り図つきで見られる[図 4 ]
。つまり、
オンライン上で同館を知り学ぶことができ、またゲームや公
主観的な情報と客観的な情報がウェブ上で紐付けされ、作品
募を通し、全世界の鑑賞者がオンラインを通しつながり合え
の多面的な情報が利用者に提供されているのだ。
るような何かを仕掛けていきたいとのことだった。
このように、作品のデータベースがアーカイブとしてオン
現時点では、このサイトをオープンできるかどうかは未定
ライン上で検索できる機能を持つだけではなく、そのデータ
だというが、1 年以内にホームページ上での公開を目標に制
ベースを美術館スタッフの個人的な体験や一人称の物語とつ
作中だという。オープンした暁には、全世界からこのサイト
なぎ合わせることで、美術館をあたかも“自分の場所”とし
にアクセスできるという点でも、インターネットさえつなげ
て近づける試みをしている。こうした、I T メディアを通し収
られる環境であれば、メットの作品がさらに身近なものとし
蔵品をアーカイブ化するだけでなく物語化すること、つまり
て紹介される機会が広がる。この試みでも、作品に対してご
“ミュージアムや収蔵品との関わりの物語化”によって、アー
く個人的な視点を持つことを人々に促し、それが積み重なり
カイブをより“生きたデータベース”とし、学びの手段とし
共有化されること、つまり“物語の共有化”が起こることで、
てオンライン上で機能しているのは非常に興味深い点である。
また別の視点や集合知が生まれることを志向しているのでは
多くの美術館の収蔵品データベースは、作品のタイトルや制
ないだろうか。鑑賞者の主観的な視点と、作品の客観的な情
作者名などは分かるようになっているものの、なぜ美術館が
報を紐付けする新たな回路づくりがここでも試みられようと
その作品を収蔵しているか、その収蔵品がどのように鑑賞者
している。
に働きかけているか、といった活用方法までは分からず、作
品そのものを部分的・断片的にしか捉えられないことが多い。
だが、この「コネクションズ」のように、美術館スタッフに
■アクセス・プログラム ∼認知症、アルツハイマー患者と
その介護者へのアプローチ
よる個人の体験が収蔵品の時代や場所と関連づけられ、美術
館内での作品の展示場所を示し、最終的に美術館での本物の
もうひとつの調査先である、モマの愛称で知られるニュー
作品と対峙することを促していることは、美術館の個々の収
ヨーク近代美術館は、メット開館後、約60年を経た1929年に
蔵品を呈しながら美術館の機能という全体性をも提示してい
開館し、現在はニューヨーク・マンハッタンの商業中心地で
る。こうした作品のデータベースを基にしつつ物語性を加え
もある 5 番街に位置する。2005年に新しく建設された新館が
たアプローチは、美術作品を、また美術館の機能を学ぶ上で
日本人建築家・谷口吉生の設計、ということで日本でも話題
の重要な要素になってくるのではないだろうか。
になった。収蔵品は映画 2 万 2 千点を含む15万点で、現在で
は対岸のクイーンズ地区にある現代美術を扱うP. S. 1 とも連携
子ども向け・家族向けの教育プログラム内でも、オンライ
している。教育プログラムはメットとそれほど内容の差はな
ン上での収蔵品と人々の回路づくりの新しいアプローチを試
いが、やはり組織規模が小さいことと、現存するアーティス
みている。前述の「コネクションズ」の一例で登場した教育
トやデザイナーも含む近現代美術を中心に取り扱っていると
プログラムの担当者の話によると、2007年に制作され、現在
いう点もあってか、メットよりもギャラリーツアーやレクチ
リーフレットとして館内で配布されている「ファミリーマッ
ャーなどのインターネット中継は特に盛んに行われている印
プ」 では、相当数の常設展示作品が美術館の間取り図の中に
象がある。
7)
― ―
49
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
今回モマでは、アルツハイマー患者とその介護者のために
めのプログラムを展開している。
メットのアクセス・プログラムは、その収蔵品の多様性か
開催されているプログラムをはじめとしたアクセス・プログ
らもさまざまなプログラムを提供できることが特徴的だろう
ラムについて担当者に話を聞いた。
モマの障がい者向けプログラムは、もともと教育プログラ
か。視覚障がい者向けプログラム「イン・タッチ・ウィズ・
ムの実施当初から部分的に行われていたが、1996年に本格的
エジプト」はエジプト時代の作品を鑑賞するものだが、教育
に実施し始めたという。例えば、一階中庭にある彫刻庭園で
部門ではエジプト部門で展示されている作品の小さなレプリ
の視覚障がい者のためのタッチ・ツアー(彫刻など作品を触
カをいくつか所有しているそうで、本物に触れることはでき
りながら鑑賞するギャラリーツアー)や、聴覚障がい者向け
ないが、そのレプリカに触れることで作品の細部を感じても
の手話によるツアーなどがある。認知症、アルツハイマー患
らっているという。また、同館でも絵を描くなど制作のため
者とその介護者のためのプログラムは「ミート・ミー・アッ
のワークショップも行われており、鑑賞活動と造形活動の二
ト・モマ」 と呼ばれ、生命保険会社メットライフの財団をは
本立てで展開されている。
8)
じめとしたスポンサーにより運営されている。このプログラ
メットにおける認知症患者とその介護者のためのプログラ
ムは、モマ・アルツハイマー・プロジェクトというアルツハ
ムは「メット・エスケイプ」10)というもので、4 ∼ 5 名で構
イマー患者への美術鑑賞の研究としてアメリカ全国規模のプ
成されたグループに、1 名の美術館スタッフと 4 ∼ 5 名の外
ロジェクトとして進展し、医療機関による美術鑑賞や他の美
部エデュケーターがつき、ギャラリーツアーするという構成
術館での同プログラムの導入のサポートを行なうなど、アル
で行われている。ギャラリーツアーは休館日ないし日曜のお
ツハイマー患者が美術館で美術鑑賞できるようイニシアチブ
昼前に行われ、別の日には制作スタジオでワークショップも
をとっている。
開催されている。このプログラムの参加者は年々増えてきて
「ミート・ミー・アット・モマ」は約 1 ヶ月に一回、休館
いるという。
日にコレクション展のギャラリーツアーが実施されている。
両美術館の担当者の話によると、モマの収蔵品は抽象表現
休館日に開催されるのは通常の来館者に対する配慮もあるが、
参加者のプライバシー保護という意味もあるようだ。対話を
が多いので、作品が非常に感覚的に受け止められ、個人的体
中心とした鑑賞によるギャラリーツアーが行なわれた後には、
験に反応しさまざまな記憶とつなげられやすい傾向があると
制作スタジオで造形活動などもできるようになっているとい
いう。比べてメットは、収蔵品の時代や地域の幅広さから、
う。このプログラムでは、研修を受けた美術館の教育部スタ
バラエティに富んだギャラリーツアーが構成できるという点
ッフや外部のエデュケーターがギャラリーツアーを担当し、
がモマとの違いのようだ。両方の美術館のプログラムに参加
ニューヨーク大学医学部がその効果の実態を研究調査してい
する患者と介護者は、それぞれのプログラムを楽しんでいる
る。スタッフやエデュケーターへの研修の際は、通常のギャ
という。
ラリーツアー研修だけでなく、医療機関のスタッフによる特
別講義もあるという。ツアー参加者である認知症患者の学習
これらのアクセス・プログラムにとって何より一番の効果
段階のレベルはそれぞれ異なり、グループセッションの班分
は、担当者曰く「作品鑑賞を通し、エデュケーターという外
けやツアー時での参加者との対話の際など、エデュケーター
部の人間だけでなく、同じ病を患う患者やその介護者といっ
が認知症を医学的にきちんと把握しておくことは非常に大事
た問題を共有できる人々との関わりができる」点だという。
だという。
社会から隔絶され孤立しがちな患者や家族にとって、作品を
モマのこのアクセス・プログラムは、ビジュアル的にも美
介して同じ病気を共有する人々と出会うことでさらに共感度
しく装丁された記録集も発行されている[図 6 ]。同書では、
が増すのかもしれない。実際に作品をじっくり観察し、そこ
展示会場でのプログラム参加者とエデュケーターとの会話が
で気づいたことをエデュケーターや参加者と共有することで、
写真と共にドキュメント形式で紹介されているほか、スタッ
ギャラリーツアーの後半には会話も弾んでくるという。モマ
フやエデュケーターのための研修内容、ギャラリーツアー時
では、ツアー終了後に家庭等でこのツアーの振り返りができ
の会話構成、そしてまだ公式見解ではないようだが、プログ
るように DVD やアートカードなどのツールも用意している。
ラムの評価方法と評価における成果が掲載されており、プロ
同館の担当者によると、参加者である認知症患者は、いつの
9)
グラムの医学的側面からの検証も試行されている。
間にかあたかも自分の家であるかのように美術館に愛着を持
ち、
「私の美術館に行こう」と次の訪問を楽しみに待っている
障がい者のための教育プログラムは、モマだけでなくメッ
トでも行われている。メットのアクセス・プログラムは1970
ようだ。これはコミュニケーションが刺激されたことで起こ
ってくる感情だろうか。
年から行なわれており、現在では視覚障がい、聴覚障がい、
こうして、作品を介して時間、空間を共有することで、や
60歳以上のシニア世代、そして認知症患者とその介護者のた
わらかな形で参加者個々の物語が共有され、共感が生まれ、
― ―
50
第16号 2012年 3 月
患者自身や介護者の生きる意義の探求につながっていく。ア
日本のミュージアムでは、その機能としてこれまで「収集・
クセス・プログラムにおいても、収蔵品を介した物語の共有、
保管/展示/研究」が優先されてきた。だが、ミュージアム
共感を育むコミュニケーション、生きる意義の探求、という
の社会的な役割が時代と共に変化し、小中学校の学習指導要
視点が感じられ、より個々の生に寄り添った情報の回路づく
項にも学校とミュージアムとの連携が提示されるようになり、
りを展開している。
教育普及の機能の重要性が認知されるようになった。前述の
「文化庁主催ミュージアム・エデュケーター研修」も、ミュー
■ミュージアムを体験するということ、エデュケーターの役
割
ジアムの教育普及活動を促進するために、その活動を担うエ
デュケーターの育成を目的として実施されたものである。
現在日本で行なわれている教育プログラムでは、ミュージ
現在、モマは同館横の敷地の拡張工事をしているが、その
アムにおける「収集・保管/展示/研究」活動を通し蓄積さ
工事現場の外壁には、来館者の美術館体験の感想メモが大き
れた、作品に関する客観性の高い学術的な情報を、対象の年
く印刷され、道行く人々の目に止まるように展示されている
齢層などにあわせて噛み砕いて提供されることが多い。逆に、
[図 7 ]。ここでも美術館での個人的な体験が物語となって他
個人的な文脈による主観的情報を提供することに対し、これ
者と共有化されるという、ゆるやかな関わり合いの回路づく
まであまり積極的ではなかった。だがここ10年ほど、日本の
りがなされていることが感じられた。
美術館では鑑賞者が作品について思考し、他者と対話するこ
ここで見てきたウェブコンテンツ「コネクションズ」で紹
とで作品理解を深めていくプログラムが実践されるようにな
介された個人の体験や、認知症患者向けのプログラムの内容
っている。1998年から1999年にかけて、モマの教育部に所属
を振り返ってみると、美術館も含めたミュージアム空間は、
していたアメリア・アレナス氏と共に水戸芸術館、川村記念
人々にとって日々の生活から離れ、立ち止まる時間を作るこ
美術館、豊田市美術館が企画・開催した「なぜ、これがアー
とができる場となっている。時空間が違う場で制作された作
トなの?」展 12)は、作品についての学術的・史実的な知識に
品を介したコミュニケーションをすることで、日常を超えた、
とらわれず、作品を“みる”という体験を通して思考し、対
より広い視野をもって物事をとらえられることができるよう
話により理解する新しい美術鑑賞のあり方を提言して注目を
だ。また、アクセス・プログラムの参加者のように、作品を
浴びた。そこでは、作品の客観的な情報を受動的に得るだけ
介して他者と対話し、自由な発想やアイデアを共有すること
ではなく、鑑賞者自らが能動的に作品を思考・判断し、個人
で、日常と違う人間関係やコミュニケーションが生まれる場
の文脈に沿った作品理解が行なわれている。この展覧会の反
でもある。その非日常の体験は、日常の中では向き合う機会
響は大きく、それ以降、対話による鑑賞プログラムが他の美
がなかなか得られない、深い問題を真摯に受け止めやすい環
術館でも実践されるようになった。また、講演担当の稲庭氏
境となり、生きる意義の探求につながっていくのではないだ
が以前所属していた神奈川県立近代美術館では、美術作品の
ろうか。
史実的情報が鑑賞者個々人の記憶や体験とを重ね合わせるこ
古来より、真・善・美をつかさどる宗教と共に、神社仏閣、
とで理解が深まっていく、という鑑賞プログラムが実施され
教会などの場で、人々は美術を通して「人間とは何か?」
「生
た。このプログラムは、地元の中学生が美術館の所蔵品であ
命とは何か?」
「宇宙とは?」と、人間と神の関係を考えてき
る松本竣介の作品《立てる像》
(1942年、油彩)を、対話を通
た歴史がある。ミュージアムは宗教施設ではないが、作品を
して鑑賞・観察し、友達同士の意見交換や学芸員から史実的
収蔵する場として、
「人間とは何か」といった生きる意義を探
情報を得た後、街中に出て作品に描かれた人物像と同じよう
求する場としての機能を備え持つ。アメリカの美術館では、
なポーズをとり、友達同士カメラで撮影し合い自画像を制作
その生きる意義を探求する場として、教育プログラムを通じ
するというものである。13)ここでは、自らの体験や物語と作
て学びの機会を提供していた。ヨーロッパのミュージアムと
品の客観的情報を重ね合わせながら作品を理解していくとい
比較すると、文化が形成された時間や文化的資産の集積に関
う、鑑賞者の個人的体験を通した作品理解のプロセスが、鮮
して歴史が浅いアメリカでは、民主主義社会の中でのミュー
やかに照らし出されていた。
こうした日本の美術館におけるこれらのプログラム実践は、
ジアムの理想として、大衆の知的欲求と向学心を満たすため
に利用される場という役割が掲げられており、ミュージアム
ミュージアムでの学びが、作品に対する鑑賞者の個人的な理
は作品というモノのみが集まる場ではなく、人が集まる場で
解や物語の形成、そして他者との共有によって行なわれよう
あるという存在意義が根底にある。 ニューヨークの美術館の
とする志向があることの証ではないだろうか。前述のアメリ
エデュケーターは、より多くの鑑賞者に美術館での学びの機
カの美術館での展開のように、日本のミュージアムもまた、
会を提供しようと、さまざまなアプローチを試みながら積極
作品というモノが集まる場としてだけではなく、人が集まり
的に教育プログラムの運営を行なっており、まさに人と場、
学ぶ場としての機能が認知され、人と作品とが関わり合う回
作品のつなぎ手として活動している印象があった。
路としての教育プログラムが必要とされてきていることが伺
11)
― ―
51
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
える。
6)
「connections」
インターネット、そして S N S が発達し、客観的な情報と主
観的な情報が同じ価値であるかのように扱われ、入り交じり
http://www.metmuseum.org/connections/
7 )メットで配布されている「ファミリーマップ」は以下か
溢れる現代社会の中で、人と作品との関係を考えた時、ミュ
らもダウンロード可能。
ージアムが発する情報は、客観性と主観性のバランスをとり、
http://www.metmuseum.org/learn/for-kids/~/media/
より個々の生に寄り添い展開していく方向性が求められてい
Files/Learn/Family%20Map%20and%20Guides/11_
る。ミュージアムは、人々が日々の生活から離れ、作品を介
FamilyMap.ashx
して時間、空間を共有することができる場としての機能を持
8)
「Meet Me at MoMA」
つ。そこで実施される、人々と作品とをつなぐ回路としての
http://www.moma.org/learn/disabilities/dementia#co
教育プログラムへの参加を通し、参加者個々の物語が共有さ
urse
れ、共感を育むコミュニケーションが生まれ、生きる意義の
9 )Francesca Rosenberg, Amir Parsa, Laurel Humble, Carrie
探求につながっていく。教育プログラムを企画構成し、運営
McGee“meet me -Making Art Accessible to People with
していくためには、作品という個々のモノの分析から全体性
Dimentia”The Museum of Modern Art, 2009
を把握して伝える力、人とモノとの間に回路をつくる力を持
この記録集は2012年に日本語版が刊行される予定。
ち、来館者をはじめとした他者に共感し、何よりオープンマ
10)
「Met Escape」
インドであることが必要だろう。そうしたプログラムを運営
http://www.metmuseum.org/events/programs/
するエデュケーターは、ミュージアムという場、来館者とい
programs-for-visitors-with-disabilities/visitors-with-
う人々、そして収蔵品という作品をつなぐ回路を先導するつ
dementia-and-their-care-partners
なぎ手として、ミュージアムの機能をさらに充実させる役割
11)岩淵潤子「美術館の誕生・美は誰のものか」(中央公論
を担っていることが、この調査を通じて見えてきた。
社、1995年)参照
12)「なぜ、これがアートなの?」展はアメリア・アレナス
謝辞
の同名書籍(淡交社、1998年)をもとに企画された展覧
本報告は、前述の東京都美術館アートコミュニケーション
会。展覧会の詳細は以下を参照。
担当係長・稲庭彩和子氏が今回の調査から考察した論点をも
http://www.arttowermito.or.jp/art/nazekorej.html
とに構成されている。稲庭氏には、本報告において多大なる
13)このプログラムの記録は、ドキュメンタリー映画「鎌倉
ご指導およびご助言を賜った。あらためて深謝の意を表した
の立てる像たち」として「美術館はぼくらの宝箱」展
い。
(2009年 6 月 6 日∼ 9 月 6 日神奈川県立近代美術館で開
催)で上映された。
〈脚注〉
http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/exhibi-
1 )「文化庁主催ミュージアムエデュケーター研修」につい
ては以下を参照。
tions/2009/takarabako/#detail
http://www.group-rough.net/museum/report09.html
http://www.bunka.go.jp/bijutsukan_hakubutsukan/m
useum/index.html
2 )メットの教育プログラムの詳細は以下を参照。
http://www.metmuseum.org/learn
3 )「Guiter Heroes Legendary Craftman from Italy to New
York」展は2011年 2 月 9 日∼ 7 月 4 日メットで開催され
た。
http://www.metmuseum.org/exhibitions/listings/
2011/guitar-heroes
4 )世界で 8 億人のユーザーを持つと言われる facebook は、
メットに限らず多くの全米の美術館がアカウントを持っ
ている。メットの facebook は以下を参照。
http://www.facebook.com/metmuseum
5 )「MET MEDIA」
http://www.metmuseum.org/metmedia/
― ―
52
第16号 2012年 3 月
〈参考図版〉
[図 1 ]
[図 5 ]
[図 2 ]
[図 6 ]
[図 3 ]
[図 7 ]
[図 4 ]
[図版 1 ∼ 5 ]Courtesy of The Metropolitan Museum of Art
[図版 6 ]Courtesty of The Museum of Modern Art, New York
[図版 7 ]撮影:稲庭彩和子
― ―
53
第16号 2012年 3 月
館種を越えた博物館連携の試み
∼夏休み企画「れきぶん動物園に行こう」の事例を通して∼
Museum Collaboration beyond the difference:
A case study of the Summer program“Let’
s Go to the Rekibun Zoo”
竹 内 有 理*1
Yuri TAKEUCHI
一 瀬 勇 士*2
Yuji ICHINOSE
和文要旨
地域に対する文化的サービスの提供は、博物館が第一に果たさなければならない役割であるといえる。その一つの鍵は、
地域とつながる様々な回路を持つことである。地域との連携のあり方がこれからの博物館運営に欠かせない課題となってお
り、それは博物館の存続の可否すら判断しかねない問題にもなっていくと思われる。本稿では、同じ地域にある館種の異な
る博物館(動物園)と連携して長崎歴史文化博物館において2011年夏に開催した「れきぶん動物園に行こう」の事例を通し
て、博物館と地域との連携のあり方の一例を提示し、その意義について考察する。同じ分野の施設との連携はよくあること
だが、異分野の施設との連携は新しい何かを創造する可能性を秘めている。業種や分野にとらわれない様々な形の連携の必
要性とその可能性について問題提起する。
Abstract
It is crucial for the museum to provide cultural services to the region where the museum serves. One of the keys to achieve
this is to have various channels to the local community. Collaboration with local community is important issue for museum
operation today, and this may influence museum survival. This paper presents and discusses how the museum can collaborate
with local community, taking the case study of“Let’
s go to the Rekibun Zoo”which is a collaborative program with the zoo
held in Nagasaki Museum of History and Culture in summer 2011. It is common to collaborate with institutions of similar field,
while the collaboration with those of other field may bring something new and have much potential. The paper discusses the
importance and possibility of collaboration beyond the difference.
言ではない。
1 .はじめに
本稿のテーマである館種を超えた博物館同士の連携の例と
地域に対する文化的サービスの提供は、博物館が第一に果
しては、東京都内の博物館、美術館、水族館、植物園の入場
たさなければならない役割であるといえる。地域に対する貢
割引サービスが受けられる「東京・ミュージアムぐるっとパ
献の度合いも博物館を評価する重要な指標の一つになるべき
ス」や「国際博物館の日」を記念して福岡市内の博物館、美
であろう。ではどのようにそれが実現できるのか。その一つ
術館の入館無料や割引を行う「福岡ミュージアムウィーク」、
の鍵は、地域とつながる様々な回路を持つことである。博物
水族館と連携して国立民族学博物館で行われた「みんぱく水
館が知識やサービスを一方的に提供するのではなく、地域の
族館」
、同じく同館で動物園と連携して行われた「みんぱく動
人々によっても博物館の様々なサービスがつくられていく双
物園」などがある。
方向の関係の構築が重要である。そのような博物館と地域と
同じ地域にある博物館や文化・観光施設の入場割引といっ
の継続的な関係と、そこから生み出される成果の蓄積が博物
た連携は、他の地域でも行われているが、東京都のように75
館の成長につながっていく。
もの施設が参加している例はない。国立民族学博物館の例は、
地域との連携のあり方がこれからの博物館運営に欠かせな
異業種の博物館施設と連携した例として、本稿で紹介する長
い課題となっており、それは博物館の存続の可否すら判断し
崎歴史文化博物館の事例と共通する部分がある。少しずつこ
かねない問題にもなっていくと思われる。地域との連携なく
うした取り組みが行われるようになってきたが、まだ事例と
して博物館の存在基盤を固めることはできないといっても過
してはそれほど多くはない。
*1
*2
長崎歴史文化博物館 教育普及グループリーダー
長崎歴史文化博物館 教育グループ研究員
Head of Education & Public Relations, Nagasaki Museum of History and Culture
Educator, Nagasaki Museum of History and Culture
― ―
55
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
本稿で取り上げるのは、館種の異なる博物館(動物園)と
うな試行錯誤の中から生まれたもので、既存の博物館の概念
連携して行った展示とイベントの事例である。長崎歴史文化
に縛られない試みに挑戦することで、当館の事業に新たな世
博物館において2011年夏に開催した「れきぶん動物園に行こ
界を切り拓こうとするものであった。そして地域の文化施設
う」の事例を中心に博物館と地域との連携のあり方の一例を
同士が連携することにより、施設の認知度を高め、その活性
提示し、その意義について考察する。
化につなげることもねらいとした。
2 .「れきぶん動物園へ行こう」の目的
3 .「れきぶん動物園へ行こう」の実施内容
長崎歴史文化博物館は長崎県と長崎市が共同で建設した博
(1)実施の経緯
物館で(2005年11月開館、指定管理者㈱乃村工藝社が運営)、
長崎歴史文化博物館では毎年、夏休み期間中の教育普及事
開館以来、
「成長する博物館」を理念に掲げ、地域との様々な
業として、様々なイベントを企画・実施している。長崎の伝
連携に取り組んできた。特にイベントや教育プログラムにお
統工芸体験やナイトミュージアム、奉行所夏祭りなどは子ど
ける地域との連携は欠かせないものとなっている。地域とつ
もから大人まで楽しめる参加体験型のイベントとして人気が
ながり、新たな利用者層を開拓していくためには、このよう
高く恒例のイベントとなっている。
な地域と連携した事業の実施は重要であると考えている。
これらのイベントでは、子どもの成長段階や興味関心に合
地域との連携には様々なものがある。博物館の運営の担い
わせ、常設展示室の実物資料とも関連付けることに留意して
手として活動してもらうボランティアもその一つとして捉え
いる。2010年度の夏休みから工芸展示室や美術展示室におい
ることができるし、講座やイベントを特殊な技術や知識を持
て、子どもにも親しみやすいキャプションを導入する試みを
った地域の市民やグループと連携して行うこともできる。ま
はじめた。これらの展示は、美術担当の学芸員が中心となっ
た博物館の大きな事業である企画展などにおいても、市民に
て行ってきたが、2011年度に実施した「れきぶん動物園へ行
企画段階から参加してもらったり、地域の大学や企業と連携
こう」では、教育的アプローチをさらに強め、企画から展示
することにより内容の充実や専門性を高めることもできる。
に至るまでを教育担当学芸員が全面的に行い、新たな視点か
当館ではこうした取り組みを開館以来行ってきており、それ
ら美術展示室を核にした夏休み限定の特集展示に取り組むこ
らの活動を通して地域の市民や団体、大学、企業とのネット
とになった。なお、展示資料の選定にあたっては、美術担当
1)
ワークが少しずつ広がってきている。
の学芸員との打ち合わせを綿密に行い、紹介する資料や展示
一方で、地域の博物館同士の連携は、企画展における資料の
数を絞り込んだ。
貸借や講師派遣という形での連携はあったが、一つの企画を
展示構成を考える上で、親しみやすさやわかりやすさ、子
異分野の博物館同士が連携して行うことはほとんどなかった。
どもが興味を惹くようなテーマとは何かなど教育的アプロー
博物館同士の地域におけるネットワーク組織としては、40
チから検討を重ねた結果、「動物」というテーマに行き着い
館の博物館が加盟する長崎県博物館協会があるが、年 1 回の
た。
「動物」をテーマにした展示の内容や展示手法を考える際
総会・研修会があるだけで、それ以外の活動はほとんど行わ
に、国立民族学博物館で実施された「みんぱく動物園」
、東京
れていなかった。当館が開館し、協会事務局を務めることに
都井の頭自然文化園で取り組まれた「―特設展示“Wonder
なってから、協会加盟館の連携強化と活動の活性化をめざし、
Hut”どうぶつのふしぎがいっぱい―」など、過去に他館で
新たに年 1 回の職員研修会と加盟館を県民や県外からの来訪
取り組まれてきた動物シリーズの企画展や展示、あるいは実
者に PR する「長崎ミュージアムメッセ」という展示会を開催
際の動物園で取り組まれている展示手法や解説なども参考に
するようになった。
した。2 )
「れきぶん動物園へ行こう」は、地域の博物館同士が連携す
これら他館の先行事例を踏まえつつ、当館ならではの展示
る具体的な取り組みの例ということができる。しかも、歴史
構成を検討するにあたり、課題となったのが、歴史資料や美
系博物館と動物園という異業種・異分野の施設が連携したこ
術資料の中に描かれた動物をいかに現代に置き換えて子ども
とは、県内でも初めての試みとなった。
に伝えられるか、動物を通じて何を伝えたいのかであった。
どの博物館でも同じ課題を抱えていると思うが、集客を高
幸いにも当館は、動物を描いた絵画資料を豊富に所蔵してお
めることは、当館にとって必須の課題となっている。特に夏
り、これを生かす手立てとして着目したのが、動物園(長崎
休みは子どもや親子連れをターゲットとした企画を打つこと
3)
バイオパーク)との連携であった。
で集客性を高める取り組みが必要となる。そのためにはター
動物が描かれた絵画資料を単に展示するだけでは、動物本
ゲット層が興味を持つような内容の企画を考えなくてはなら
来の生態情報や親しみやすさを子どもたちに伝えることは難
ない。
しい。生きた動物と資料に描かれた動物を比較し、実際にそ
今回の「れきぶん動物園へ行こう」の取り組みは、そのよ
れらの動物と触れ合うことで、命の大切さや生き物の多様性
― ―
56
第16号 2012年 3 月
を実感することもできるのではないかと考えた。これらの絵
画資料や工芸資料の鑑賞を通じて、江戸時代に生活していた
人々が動物に抱いていたイメージを読み取ったり、過去と現
代との比較を通じて、それらの共通性を子どもに感じてもら
うことにより、資料の魅力を引き出そうとした。こうした中
から生み出されたのが「れきぶん動物園へ行こう」の企画で
あり、動物園と連携することにより、展示に生命を吹き込み、
子どもにとってより親しみやすいものになるよう心がけた。
(2)開催概要
「れきぶん動物園へ行こう」
展示室風景
は、2011年 7 月20日から 9 月
19日にかけて常設展示室の美
期に活躍した長崎の絵師、広渡湖秀(1737−1784)によって
術展示室内で実施したミニ企
描かれた「鳥獣図巻」には、様々な動物がリアルでダイナミ
画展である。夏休みに来館す
ックに描かれている。この「鳥獣図巻」に描かれた動物の中
る家族連れを主な対象とした。
には、現代の動物写真と比較して明らかに違うものがある。
当企画では美術展示室を中心
例えば、トラやセンザンコウがその例である。トラとして描
に収蔵資料の中から「動物」
かれているが、どちらかと言えば猫に近い描写である。また、
をテーマに美術・工芸・絵
センザンコウも本物に似せて描かれているが、顔つきなどは
画・文書資料に描かれた動物
約30点を紹介した。特に江戸
むしろナマケモノに近い。これらは、実際の動物と比較する
れきぶん動物園チラシ
ことで改めて知ることができる点が興味深い。
時代、長崎の出島を通じて異国の珍しい動物が舶来し、長崎
次に「空想の生き物たち」のコーナーでは、龍や麒麟、獅
の絵師たちによって多くの絵画が描かれた。また長崎に舶来
子といった中国に伝わる空想の動物を中心に紹介した。コー
したゾウやラクダを描いた長崎版画は長崎土産として当時の
ナーの目玉として毎年、7 月24日の芥川龍之介の命日(
「河童
人々の人気を集めた。それらの絵画に描かれた動物は、現在
忌」)に因み、夏の時期にだけ限定公開している芥川龍之介
動物園でも見ることができるものもあれば、龍や麒麟、獅子
(1892−1927)が描いた「河童図屏風」も展示した。
など空想上の動物として描かれたものもある。
常設展示室の入口付近には、展示の導入部分として、「見
連携先の動物園に対しては、子どもから大人まで楽しめる
て、触って、嗅いでみよう!動物のナニ・コレ?珍体験コー
動物園づくりのアドバイザーとして協力を依頼した。具体的
ナー」と銘打った体験コーナーを設置した。ここでは、シカ
には、動物の生態情報(種類、生息地、食性、生活様式など)
皮やヒョウ皮、スイギュウの角など触れるものを展示した。
と写真の提供である。それらの情報をキャプションに盛り込
また、長崎バイオパークの情報コーナーも設置し、パネルや
むことにより、子どもにも親しみやすい解説の工夫を行った。
映像で動物園の紹介をするとともに、バイオパーク提供のダ
展示内容は大きく 3 コーナーに分けられる。まず、展示の
チョウの卵やヤマアラシの発達した毛(針)などの実物資料
メインである「海を渡ってきた動物たち(ほ乳類・鳥類)
」の
も展示した。
コーナーでは、異国の地から舶来した珍獣や身近な動物を紹
そのほか演出の工夫とし
介した。資料の選定にあたっては、これまでに展示したこと
て、長崎バイオパークで飼
がない資料や長崎バイオパークでも飼育されている動物をで
育されているサイ、ラマ、
きる限り紹介するよう努めた。例えば、べっ甲で制作された
ペンギンの 3 種の足跡を実
キジやエリマキトカゲは今回初めて紹介した資料であった。
寸サイズで測ったものを提
そのほか江戸時代
供してもらい、それをシー
に描かれたヤマア
ル加工して床に貼り、展示
ラシ、タイハクオ
会場までの誘導サインとし
ウムなどは長崎バ
て利用した。そしてめくり
イオパークでも実
式のパネルを使い展示会場
際に飼育されてい
に行くとその足跡の正体が
る動物でもある。
わかるようなしかけをつく
また、江戸時代中
動物キャプション
った。
― ―
57
バナーと動物の足跡の誘導サイン
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
さらに、絵画資料から動物の絵を切り取った書き割りを会
これらは 2 日間限定のイベントではあったが、博物館と動
場内の所々に設置したり、動物のモビールを天井から吊り下
物園が持っている相互の強みを生かしつつ、
「博物館」にいな
げたり、動物の鳴き声を会場内で流すなど、様々な演出のし
がら「動物園」を楽しむことができる 2 つの要素を組み合わ
かけを取り入れ、子どもが楽しめるような雰囲気づくりを心
せたコラボレーションによって生み出された企画であったと
がけた。
いえる。長崎バイオパークでは出張動物園を各地で開催して
関連イベントとしては、常設展示室内で動物にまつわる資
いるが、通常、受け入れ施設がその事業に関わる費用を支払
料を中心に紹介した動物クイズラリーを期間中、毎日実施し
わなければならない。しかし、今回の事業は連携事業という
た。そしてイベントの目玉として実施したのが、長崎バイオ
位置づけで行ったので、出張動物園の誘致に係る費用や職員
パークによる出張動物園である。当館の屋外広場において出
の出張費はバイオパークが負担した。展示キャプションの原
張動物園を 2 日間限定で開催した。また博物館の正面玄関前
稿作成や情報提供も無償で行ってもらった。
には、オウムが止まり木でお客様を出迎えるという演出も行
った。出張動物園では、人気の高いカピバラやウサギ、ヤギ
など11種約40匹の動物が持ち込まれた。来館者は動物を見る
4 .実施結果
だけでなく、餌をあげたり、触ったりすることもできるなど、
今回の「れきぶん動物園へ行こう」は、来場者にどのよう
動物と触れあえる動物園を開催し、連日家族連れで賑わいを
に受け止められたのか。期間中に常設展示室を訪れた来場者
見せた。滞在時間も予想した以
やイベント参加者を対象に行ったアンケート調査結果から見
上に長く、1 時間から 2 時間近
えてきた傾向や課題について述べる。
く滞在している家族連れも見ら
(1)「れきぶん動物園へ行こう」の展示について
れた。あわせて出張動物園の開
催日には、長崎バイオパークの
期間中に常設展示室を訪れた成人の来場者を対象に行った
飼育員による「れきぶん動物園
面接式アンケート結果(回答者数49人)から、「れきぶん動
の特別展示解説」も開催した。
物園へ行こう」の展示に対する評価をみてみたい。
当館の絵画資料や歴史資料を使
来場者の満足度については、
「非常に良かった」
「良かった」
って動物園の飼育員の視点から
と回答した人が全体の約72%を占めた(表 1 )。回答者のう
語られる解説は、子どもの関心
ち初めて来場者した方は49人中37人(75. 5%)であった。25
を引きつける大変興味深いもの
人(52. 1%)が家族連れでの来場で、48人中23人が県外客で
だった。
止まり木を見る親子
あった。
表 1 「れきぶん動物園へ行こう」来場者の展示に対する満足度
動物と触れ合う子供たち
「れきぶん動物園」のパネルや解説に対する理解度について
は、「わかりやすかった」と回答した人が31人(83. 8%)で、
高い数値を示している(表 2 )。具体的な感想としては、「子
どもにわかりやすくなっていて良かった」
「展示物と実際の動
物写真があり、わかりやすい」といった好意的な意見が見ら
れた。一方で「わかりにくかった」と回答した人のなかに、
「動物の説明はいいが、絵の説明がなかったのが残念」という
意見もあった。そのほかの意見として「子ども目線に高さを
あわせて欲しい(もう少し低く)」「動物園と言うより、動物
展。子どもには難しいと思う」などの厳しい意見もあった。
バイオパークの飼育員による展示解説
― ―
58
第16号 2012年 3 月
表 2 「れきぶん動物園」のパネルや解説に対する理解度
Q.
「れきぶん出張動物園」をどのようにしてお知りになりま
したか?(複数回答可)
(2)関連イベント「長崎バイオパーク出張動物園」
次に、関連イベントとして開催した「長崎バイオパーク出
張動物園」のアンケート結果についてみてみたい。調査はイ
ベントが行われた 7 月30日(土)∼31日(日)の 2 日間でイベ
N=52
ント参加者を対象に面接式で行った(回答数48人)
。
図 3 認知経路
当館への来館回数については、48人中27人(56%)が 3 回
目以上と回答しており、2 回目以上を含むと32人(67%)と
なっている(図 1 )
。今回実施した「出張動物園」の参加者の
Q.「れきぶん出張動物園」はおもしろかったですか?
多くがリピーターであることがわかった。一方、長崎バイオ
パークに行ったことがあると答えたのは48人中40人(83%)
おもしろく
なかった,
0%
ふつう,
10%
と非常に高い数値を示した(図 2 )
。これは長崎バイオパーク
の認知度もさることながら、動物への興味・関心の高さを示
おもしろかった,
90%
している。今回の「れきぶん動物園へ行こう」でまさに対象
N=48
としているターゲット層がイベントに参加していることがわ
かった。
図 4 満足度
Q.今回、長崎歴史文化博物館にお越しいただいたのは何回
目ですか?
初めて,
33%
Q.常設展示場の「れきぶん動物園へ行こう」の会場はご覧
になられましたか?
N=48
これから
見る予定,
15%
3回目以上,
56%
はい,
31%
N=48
いいえ,
54%
2回目以上,
11%
図1
図5
Q.今までに長崎バイオパークに行ったことはありますか?
次に、満足度について見てみると、
「おもしろかった」と回
ない,
17%
答した参加者が48人中43人(90%)で満足度が非常に高いこ
N=48
とがわかる(図 4 )
。参加者の感想をいくつか挙げると、「子
どもが動物とふれあうことが出来て、嬉しそうでした。大人
ある,83%
も楽しめました。
」
、
「動物園まで足を運ぶことができないとき
が多く、市街地まで出向いていただけるこの企画はとても助
かります。子どもも喜んでいます」
、「バイオパークはずっと
歩くので、高齢者、小さい子にとっては疲れずに楽しめてよ
図2
かったです」などの意見があった。
出張動物園についてどのように知ったかについては、
「チラ
このように出張動物園に対する評価が高い一方で、
「れきぶ
シ・ポスター(館内)
」が27%となっており、4 人に 1 人が博
ん動物園に行こう」の会場を見たかという質問に対して、半
物館に来館して「出張動物園」の開催情報を得ていた(図 3 )
。
数以上の参加者が見ていないと答えている(図 5 )
。参加者の
博物館外の情報媒体として多かったのが、
「小学校で配布され
半数は、展示室内まで足を運んでおらず、
「出張動物園」のみ
たチラシ」であった。
の参加に留まっていることがわかった。
― ―
59
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
(3)「れきぶん動物園クイズラリー」
動物もいて、この動物はどこに住んでいるんだろう?など考
最後に「れきぶん動物園クイズラリー」アンケート調査よ
えられて、とても楽しかったです。また時間があれば来たい
り得られた結果について述べる。このアンケート調査では、
です」、「動物が様々な工芸品などに描かれているので、人と
特に子どもの視点からクイズラリーを通して展示をどのよう
の関わりが強いのだと思った」、「複雑な動物たちがたくさん
に捉えていたのかを探ろうとした。調査期間は2011年 7 月20
いて、この動物はなんだろうとか、どうしたらこんな風な絵
日∼ 9 月19日(61日間)で、調査対象は「れきぶん動物園へ
になるとか、気になるところもありました」などの意見・感
行こう」期間中にクイズラリーに参加した小学生から中学生
想がみられた。
までである。クイズラリー参加者全体1, 157人のうち約 4 %に
「れきぶん動物園へ行こう」の展示をきっかけに、「動物」
あたる951人から回答を得ることができた。回答者の内訳は、
により親しみや興味を抱いていたことがわかった。参加者の
8 歳∼12歳が約80%を占めた。
中には、自分自身がべっ甲体験に初めて参加してみて、精巧
「れきぶん動物園クイズラリー」は、常設展示室内にある動
につくられたべっ甲作品のすごさに感動した子どももいた。
物と関連する資料からクイズ形式で 5 つの問題を出題した。
また、昔の人が動物に抱いたイメージに共感したり、新しい
また、クイズラリーに参加し、全問正解すると博物館オリジ
発見からもっと動物を知りたいという声もあった。また、
「長
ナル缶バッチがもらえ、更にアンケートに答えると、抽選で
崎バイオパークと博物館の両方を楽しむことができた」
、「バ
160名に長崎バイオパークの招待券やクリアファイル、博物
イオパークの方が説明をしてくれたのでわかりやすかった」
館の招待券などの景品が当たるというインセンティブを与え
などの感想もみられた。
た。
クイズラリーのシートの使いやすさについては、69%の参
加者が使いやすいと答えている(図 6 )。「れきぶん動物園」
5 .考察
を見学して動物に興味・関心を持ったかという質問に対して
「れきぶん動物園へ行こう」事業は、動物園と連携した当館
は、84%が興味・関心をもったと答えている(図 7 )。この
にとって初めての取り組みとなった。来館者やイベント参加
ことは、回答者の感想からも読み解くことができる。例えば、
者の満足度は非常に高く、企画者のねらいと合致した結果が
「動物はもともと興味があったけど、図鑑で見たりするよりお
得られた。しかし、期待したほどの集客に結びつかなかった
もしろくて楽しかったです。はじめて知ることもたくさんあ
点が課題として挙げられる。その理由の一つとして、告知方
って、動物のことがもっと好きになり、もっと動物のことを
法や広報の問題がある。
「れきぶん動物園」の情報をどこで知
知りたいと思いました」、「知ってる動物もいれば、知らない
ったかという質問に対し、小学校で配布されたチラシと答え
た人が館内のチラシで知った人と同等に多かったことからも、
小学校にチラシを配布した効果は見られた。しかし、館内に
Q.クイズラリーのシートは使いやすかった?
来てから知ったという人が全体の約 4 分の 1 を占めたことは、
使いにくい,
5%
N=947
ふつう,
26%
来館前の事前の告知が必ずしも十分でなかったことを示して
いる。
また出張動物園に参加した人のうち約半数の人が展示を見
使いやすい,
69%
ていない(見る予定はない)と答えていることからも明らか
なように、展示と関連イベントとの一体化が十分ではなかっ
たといえる。これは、出張動物園のみの参加であれば無料で
あるが、常設展示室の観覧は、市内小中学生は無料だが、大
図6
人は観覧料金が必要となるため、イベント参加のみに絞った
Q.れきぶん動物園を見学して動物に興味・関心をもちまし
たか?
参加者も少なくなかったことも理由の一つとして考えられる。
さらに、出張動物園は屋外広場で開催され、展示は館内の
常設展示室内で開催されたため、両者の間に物理的な距離が
わからない,
12%
N=913
いいえ,
4%
あった。両者をうまくつなぐ館内の誘導サインや告知の方法
に問題があったことも否めない。今後このような催しを行う
際は、イベントと展示の観覧料金をセットにするなどの工夫
はい,84%
が必要であり、参加者に展示場へ足を運んでもらえるような
具体的なしかけが必要であろう。
展示の内容に関する参加者の反応は担当者がイメージして
図7
いたねらいとほぼ合致しており、子どもの想像力をかきたて
― ―
60
第16号 2012年 3 月
たことは確かといえよう。しかし、展示資料の高さが子ども
て課題を残した。動物を描いた絵画資料や工芸資料が、動物
の目線より高い位置であったこと、動物の生態情報に偏りす
に対する子どもの興味や想像力を喚起したことは確かである
ぎて、資料本来の由来や作者に関する情報など、歴史的・美
が、それは必ずしも歴史に対する興味を深めたことにはなら
術的解説が薄まってしまったことは参加者の指摘の通りであ
なかった。しかし、ともすると見過ごしてしまいがちな歴史
る。今後、同様の企画を行う場合には、解説の内容と想定さ
的な絵画や工芸資料を動物という切り口を使うことで、子ど
れるターゲット層に合わせた解説方法を考える必要がある。
もが資料とじっくり向き合うきっかけを作ることができたの
次に本事業の成果と課題について触れたい。一般的に歴史
は成果といえる。
系博物館や美術館では生き物を館内に持ち込むことは厳禁で
異業種との連携という視点から地域との連携の一つのあり
ある。資料の保存管理の理由からそれは当然のことであり、
方を当館の事例を通して提示した。同じ分野の施設との連携
歴史系博物館や美術館で生き物を扱うという発想自体が生ま
はよくあることだが、まったく異なる分野との連携は新しい
れにくい。当館ではかつて、
「シーボルトの水族館」という企
ものを創造する可能性を秘めている。その意味でも、業種や分
画展を開催した際に、江戸時代後期にシーボルトによって収
野にとらわれず、様々な形の連携に今後も挑戦していきたい。
集された魚類標本と絵画資料とともに、展示室脇の廊下に、
10個以上の水槽を置き、生きた魚を展示したことがある。来
謝辞
館者には大変好評で歴史展示に生命を吹き込むような効果が
「れきぶん動物園へ行こう」の企画に快く協力と支援をして
あった。博物館のタブーを破った最初の例であったが、今回
くださった長崎バイオパークの山口智士園長はじめスタッフ
の「れきぶん動物園へ行こう」では、さらに踏み込んで動物
の皆様に感謝申し上げます。また本事業の企画及び実施にお
を企画の中に取り入れることになった。もちろん館内ではな
いて有益な助言と協力をしてくれた教育グループの加藤謙一
く、屋外で動物を扱ったのだが、博物館の敷地内をそのよう
氏と下田幹子氏に感謝します。
に使うことは十分可能であることがわかった。
動物園という異業種と連携することによって得られた成果
としては次のことが挙げられる。当館は江戸時代の歴史を主
注
1 )市民と連携した企画展の事例としては、2009年に長崎歴
に扱っているが、子どもに歴史に親しんでもらうことや理解
史文化博物館で実施した「くんち三七五年展」がある。
してもらうことは容易ではない。歴史や美術に対する見えな
(竹内有理「地域連携型企画展の試み―長崎歴史文化博物
いハードルをいかに取り除くかが教育プログラムを考える際
館の事例―」
『日本ミュージアムマネージメント学会研究
に常に課題となる。そこで動物園という子どもにとって非常
紀要』第15号 2011年 pp. 41−46)
に身近で親しみのあるものを歴史の入り口にできないかとい
その他の長崎歴史文化博物館における地域との連携事例
うのが、動物園との連携を考えた理由であった。前述の来館
については、竹内有理「博物館教育の実践②:地域連携
者の反応からもわかるように、その結果はほぼ期待した通り
とボランティア」
『新訂 博物館経営・情報論』放送大学
であったといえる。博物館はどちらかというと静的な空間で
教育振興会 2008年に詳しく紹介している。
あり、動物園は動的な場所である。両者がうまく融合するこ
2 )2004年 7 月15日から11月23日にかけて国立民族学博物館
とで、博物館だけではできない新しいものが生まれたことは
で実施された「みんぱく動物園」は、天王寺動物園と連
大きな成果だった。
携して行われたものであったが、展示資料に子どもがよ
今回の企画の成果としてもう一つ挙げられるのは、動物を
り深く親しむために導入された「ミッション・シート」
テーマに取り上げたことにより、所蔵資料を新たな視点から
は、ゲーム感覚で動物と資料の双方をつなぐツールとし
見つめなおし、資料の再発見ができたことである。これまで
て参考となった。また、2010年 3 月24日から 8 月31日
展示する機会のなかった資料もいくつか展示することができ
までにかけて東京都井の頭自然文化園で取り組まれた
た。特にべっ甲細工という長崎の江戸時代から続く伝統工芸
「―特設展示“Wonder Hut”どうぶつのふしぎがいっぱ
品の中に、動物を模った優れた作品がたくさんあり、それら
い―」で導入されていた参加型の体験展示や解説キャプ
を初めて公開することができた。
ションも大変参考になった。特に BOX シリーズの体験展
また、広報という点からいえば、動物園と博物館のそれぞ
示(触る、覗く、嗅ぐ)は「れきぶん動物園へ行こう」
れでお互いの広報を展開することができたことも連携したメ
でも活かされることとなった。
(天野未知/馬島洋/高松
リットとして挙げられる。地域の博物館施設が相互に共栄で
美香子/北村直子/福士志乃「体験する動物園―特設展
きることが地域にとっても望ましいことである。
示“ワンダーハッド”を通して」『博物館研究』Vol. 46
最後に課題として付け加えるとしたら、動物を入り口にし
No. 6,2010,pp. 21−23)
たことは非常に効果的であったが、子どもたちの動物への興
3 )長崎県西海市にあるバイオパーク株式会社が運営する民
味・関心を歴史への興味・関心に結びつけるという点におい
間の動物園。1980年に開園。カピバラやカバといった哺
― ―
61
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
乳類を中心に淡水魚や昆虫類を多数飼育している。生態
展示を積極的に行い、動物に直接触れることができる体
験型動物園として人気が高い。
― ―
62
第16号 2012年 3 月
博物館活動の効果の要因についての分析事例
∼親が博物館に連れて行ってくれる子どもの効果について∼
Analysis Example about the Factor of Effect of Museum Activities
―About the effect of the child visitors whom their parents take to the museum―
中 村 隆*1
Takashi NAKAMURA
高 原 章 仁*1
Akihito TAKAHARA
田 代 英 俊*1
Hidetoshi TASHIRO
和文要旨
博物館活動の効果の要因についての分析事例として、科学館の子どもの来館者へのアンケート調査の結果をもとに、親の
影響(「親が博物館に連れて行ってくれる」)が素養(「理科や科学技術が好きである」、「理科の成績は良い方だと思う」等)
や効果(「科学や技術に興味がわいた」、「科学や技術について知識が得られた」、「来館して満足した」、「また来たいと思う」
等)と関係性があるかについてクロス集計によって分析を行った。
分析の結果、
「親が博物館に連れて行ってくれる」ことが素養や効果と関係性があることが示された。これより博物館での
体験の多さがさらなる効果につながる可能性があり、ミュージアムリテラシーの必要性と有効性を示唆していることが推察
される。
Abstract
In this research, the analysis example about effect of the museum activities to child visitors whom their parents take to the
museum is shown. The relations between the influence to children from the parents and the effects of the museum activities or
the consciousness of science are analyzed using the cross tabulation.
The results of analysis show that the fact that parents take their children to the museum relates to the consciousness of science and to the effect of exhibition. From this analysis, it is suggested the necessity and validity of museum literacy.
た 4 )。また、Benesse 教育開発センターが行った調査では、国
1 .分析の目的
語や算数の学力の高い層は「親が博物館や美術館に連れて行
多くの博物館で活動の効果についてアンケート調査やヒア
く」割合が多いという結果が示されている 5 )。
リング調査などによって分析されているが、効果の要因はい
そこで、本事例では、子どもの来館者について、親の影響、
ろいろとあげられ絞り込むことが難しい。むしろ多種多様な
特に「親が博物館に連れて行ってくれる」ことと素養や効果
要因が重なっていることの方が多いであろう。
に関係性があるかをクロス集計によって詳しく分析する。
筆者らは、科学館の展示や教育プログラムの効果の要因に
ついて、科学技術館でのアンケート調査やプログラムの評価
試験などの結果をもとにクロス集計や重回帰分析等によって
2 .分析方法
、素養(理
探ってきた 1 ),2 ),3 )。特に、属性(性別、年齢層等)
分析するデータは、2010年 8 月16日∼22日に科学技術館に
科の選好度、実験や工作の体験度等)、効果(興味の喚起度、
おいて実施した来館者へのアンケート調査の結果を用いる。
知識の獲得度、満足度等)の相関について分析し、その結果、
この調査は、個人来館者を対象として質問紙法によって行い、
素養と効果には強い関係性があることが示された。さらに、
子ども598名、大人601名から回答を得ている。
子どもの来館者については、親の影響(親が理科の勉強を教
アンケートの設問項目の種類は主に以下に分けられる。
えてくれる、親が博物館や科学の展示会に連れて行ってくれ
属 性……性別、学年、年代、住所(県)等
る等)が素養や効果に関係しているであろうことが推察され
素 養……
「理科の授業が好き」
、
「理科の成績は良い方
(公財)日本科学技術振興財団/科学技術館
Japan Science Foundation / Science Museum, Tokyo
*1
― ―
73
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
だと思う」、「理科の授業に熱心に取り組ん
は、男が53. 4%、女が45. 7%となっている。それを踏まえ
でいる」、「授業中先生にほめられる」等
表 1 に関係性についての結果示す。表より、
「親が博物館に連
効 果……
「科学や技術に興味がわいた」
、
「科学や技術
れて行ってくれる」方も「連れて行ってくれない」方も来館
について知識が得られた」
、「展示の内容は
者の男女の割合にほとんど差が無い。χ 二乗検定の結果も P=
わかりやすかった」
、
「来館して満足した」等
0. 65314となり有意な差とはなっていない。よって、「親が博
物館に連れて行ってくれる」ことと「性別」には関係性がな
さらに、子どもの来館者に対しては
親の影響……
「親は理科の勉強を教えてくれる」
、
「親は博
いように思われる。
物館や科学技術の展示会に連れて行ってく
(2)素養との関係性
れる」等
素養については、理科の授業の選好度、理科の授業の理解
についての項目を加えている。
ここでは、子どもの来館者の調査結果を用いて、親の影響
のうち「親が博物館や科学技術の展示会に連れて行ってくれ
度、理科の成績の自信度、科学技術の選好度、科学技術の学
習の必要性の意識度について分析する。
表 2 に理科の授業の選好度(「理科の授業が好きである」)
る」
(以下、「親が博物館に連れて行ってくれる」とする)を
従属変数とし、属性や素養、効果についての項目を独立変数
との関連性を示す。表より、
「とても」という強いポジティブ
として、その関係性についてクロス集計によって分析する。
回答を比べると、「連れて行ってくれる」で49. 7%、「連れて
設問の選択肢は、複数回答可の設問以外は基本的に 4 件法
(
「とても」
、
「まあまま」
、
「あまり」
、
「まったく」
)を用いてい
行ってくれない」で34. 3%となっており大きく差が出ている。
検定の結果 P=0. 00416となり 1 %水準で有意な差があるとい
るが、従属変数となる「親が博物館に連れて行ってくれる」
える。つまり、親が「博物館に連れて行ってくれる」子ども
という設問では、クロス集計を取る上では「とても」と「ま
は「理科の授業がとても好き」であることと関係性があるこ
あまあ」を合わせて「連れて行ってくれる」群、
「まあまあ」
とがうかがえる。ただし、これは因果関係ではなく関係性が
と「あまり」を合わせて「連れて行ってくれない」群とする。
あるかを見ているので、必ずしも博物館に連れて行ってくれ
また、クロス集計では χ 二乗検定を行って有意差を調べてい
ているから理科の授業が好きになっているということではな
るが、関係性をより明確にすることと、調査結果の回答分布
い。しかし、少なからず関係性がありうることは示されたと
がポジティブ回答に偏っているので検定の精度を上げること
いえる。
を考慮して、独立変数は「とても」という強いポジティブ回
表 3 に、理科の授業の理解度(
「理科の授業がよくわかる」
)
答群と「まあまあ」
、「あまり」、「まったく」を統合した回答
についての結果を示す。図より、
「とても」と回答しているの
群の 2 つに分けて検定し、分析することとする。
は「連れて行ってくれる」方が53. 9%、
「連れて行ってくれな
い」方が32. 1%と大きな差が出ている。検定結果も 1 %水準
で有意な差があるとなっており、授業の理解度についても「親
3 .分析結果
が博物館に連れて行ってくれる」ことと関係性があることが
(1)属性との関係性
うかがえる。
属性については「性別」との関係性について見る。子ども
の来館者の男女の割合(アンケートに回答した男女の割合)
表 4 に、理科の成績の自信度(「理科の成績が良い方だと
思う」)についての結果を示す。表より、
「とても」と回答を
表 1 性別との関係性
表 2 理科の授業の選好度との関係性
― ―
74
第16号 2012年 3 月
表 3 理科の授業の理解度との関係性
表 4 理科の成績の自信度との関係性
表 5 科学技術の選好度との関係性
表 6 科学技術の学習の必要性の意識度との関係性
しているのは、「連れて行ってくれる」では35. 8%、「連れて
があること示されている。よって、来館者は科学技術につい
行ってくれない」では19. 6%と全体的にかなり低くなってい
てもともと高い関心を持っていることがうかがえるが、
「親が
るが、やはり「連れて行ってくれる」方が理科に対する自信
博物館に連れて行ってくれる」方が、より関心度が高くなっ
度が高くなっている。この差についても 1 %水準で有意とな
ているものと思われる。
っている。
さらに、このような来館者は科学技術を学ぶことをどう感
以上の結果より、
「親が博物館に連れて行ってくれる」こと
じているのかについて見る。
と、子どもの理科に対する意識は少なからず関係性があるも
のと考えられる。
表 6 に科学技術の学習の必要性の意識度(「学校で勉強す
る理科以外にも科学技術について学ぶ必要がある」
)について
アンケート調査では、理科の授業の選考度とは別に科学技
の結果を示す。表より、
「とても」必要があると回答している
術の選好度(
「科学や技術が好き」)についても調査を行って
のは「連れて行ってくれる」方で44. 3%、
「連れて行ってくれ
いる。
ない」方で28. 2%とどちらも低いが差があり、この差も 1 %
表 5 に、科学技術の選好度との関係性についての結果を示
水準で有意であることが示されている。よって、
「親が博物館
す。表より、
「とても」と回答しているのは「連れて行ってく
に連れて行ってくれる」方が学校以外でも科学や技術を学ぶ
れる」で65. 3%、
「連れて行ってくれない」で47. 7%とどちら
必要性があることを感じているものと思われる。
も理科の授業の選好度よりも高くなっているが、やはり差が
アンケート調査では、
「科学技術が好きになった(または好
見てとれる。検定結果も P=0. 00700となり 1 %水準で有意差
きではなくなった)のには博物館や科学館の影響があるか」
― ―
75
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
表 7 科学技術の選好度と博物館・科学館の影響との関係性
表 8 科学技術の選好度および博物館・科学館の影響との関係性
(1)科学技術が「とても」好き
(2)科学技術が「とても」および「まあまあ」好き
を聞いている。表 7 に、科学技術の選好度と博物館・科学館
43. 4%が「影響がある」となっており半数以上は「影響がな
の影響との関係性を示す。表より、科学技術が「とても」好
い」としている。親が「連れて行ってくれない」のであれば、
きと回答しているうち博物館・科学館の影響が「ある」と答
博物館・科学館に行く機会も減ると思われるので、この結果
えているのは66. 8%、影響が「ない」と回答しているのは
は当然推察できる。よって、逆に言えば「連れて行ってくれ
56. 5%となっており、この差は 1 %水準で有意となっている。
る」ことにより博物館・科学館の影響が大きくなるものと考
そこで、これが「親が博物館に連れて行ってくれる」ことと
えられる。ところが、検定結果では P>0. 05となり、この差
関係しているかどうかを、三重クロスをとって分析した。
は有意ではないとなっている。ゆえに、
「親が博物館に連れて
表 8 の(1)には科学技術が「とても」好きと回答した群、
(2)には「とても」好きと「まあまあ」好きを合わせた群の
結果を示す。
行ってくれる」ことは、科学技術が「とても」好きであるこ
ととは関係性があっても、
「とても」好きになったのが博物館
や科学館の「影響である」こととは関係性があまりないこと
表 8(1)より、
「連れて行ってくれる」では56. 2%が科学技
になる。つまり、科学技術が「とても」好きになった影響が
術を「とても」好きになったのは博物館や科学館の「影響が
博物館や科学館であることは、親が博物館に連れて行ってく
ある」と答えている。一方、「連れて行ってくれない」では
れることとはあまり関係性がないと考えられる。
図 1 科学技術の選好度と博物館・科学館の影響、親の影響の関係性
― ―
76
第16号 2012年 3 月
しかし、表 8(2)をみると、「連れて行ってくれる」では
59. 6%と半数を超えているが、
「連れて行ってくれない」方で
55. 3%が科学技術を「とても」または「まあまあ」好きにな
は46. 8%と半数を少し下回っている。検定結果も有意水準 5 %
ったのは博物館や科学館の「影響がある」と答え、
「連れて行
で差があるとなり、
「親が博物館に連れて行ってくれる」こと
ってくれない」では41. 9%が博物館や科学館の「影響がある」
と興味の喚起度には関係性があるといえる。
としており、表 8(1)の場合と同様な結果と見られるが、検
次に、知識の獲得度(
「展示を体験して科学技術について知
定結果では 5 %水準で有意差があるとなっている。よって、
識が得られた」
)についての結果を表10に示す。表より、
「と
まったく関係性がないとは言えないとも思われる(図 1 参照)
。
ても」と回答しているのは「連れて行ってくれる」方が62. 8%、
「連れて行ってくれない」方で44. 5%と興味の喚起度の場合よ
(3)効果との関係性
りも大きな差がみられ、この差は 1 %水準で有意となってい
次に、効果との関係性を分析する。効果については、興味
の喚起度、知識の獲得度、展示の理解度、満足度、再来館意
る。よって、知識の獲得度においても、
「親が博物館に連れて
行ってくれる」ことと関係性があることがうかがえる。
識について分析した。
展示の理解度(
「展示の内容はわかりやすかった」)につい
表 9 に興味の喚起度(「展示を体験して科学技術に興味が
ての結果を表11に示す。ただし、ここでいう理解度とは、来
わいた」)についての結果を示す。表より、「とても」興味が
館者が展示の内容をきちんと理解できたかということではな
わいたと回答をしているのは、「連れて行ってくれる」方で
く、展示の内容をわかりやすいと感じたかということを示す
表 9 興味の喚起度との関係性
表 10 知識の獲得度との関係性
表 11 展示の理解度との関係性
表 12 満足度との関係性
― ―
77
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
表 13
再来館意識との関係性
ものとする。表より、
「とても」わかりやすいと回答している
のは、「連れて行ってくれる」方で60. 5%、「連れて行ってく
4 .考察
れない」方で46. 4%となっている。この差は 1 %水準で有意
以上の分析結果より「親が博物館に連れて行ってくれる」
となっており、
「連れ行ってくれる」ことと「展示の内容がわ
ことは、属性(性別)には関係性が見られないが、素養と効
かりやすい」と感じることには関係性があるものと思われる。
果とには関係性があることが示された。
表12に、満足度(
「来館したことに満足している」)につい
素養については理科の授業の選好度や自信度に関係性が見
ての結果を示す。
「とても」と回答しているのは「連れて行っ
られることより、理科についても先にあげた国語と算数の調
てくれる」で78. 5%、
「連れて行ってくれない」で66. 4%とど
査事例 5 )と同様な傾向があろうことが予測される。効果につい
ちらも高くなっており、検定結果は 1 %水準で有意となって
ては興味の喚起度、知識の獲得度、展示の理解度において大
いる。よって、満足度についても「親が博物館に連れて行っ
きな差が見られていることより、博物館での体験が多い子ど
てくれる」ことと関係性があることがうかがえる。
もほど効果が高まる可能性があることがうかがえる。この分
最後に、再来館意識(「また来たいと思った」
)についての
析事例だけでは正しく証明はできないが、これはミュージア
結果を表13に示す。表より「とても」と回答しているのは、
ムリテラシーの必要性と有効性を示唆しているものとも考え
「連れて行ってくれる」で76. 6%、「連れて行ってくれない」
られる。さらに、親に対して「子どもを博物館に連れて行き
で64. 9%と満足度と同様にどちらも高くなっている。検定結
たい」と思うように促すことが、子どもの効果をあげること
果は 5 %水準で有意な差があるとなっており、
「博物館に連れ
につながる可能性があることも推察される。
て行ってくれる」ことと「また来たいと思った」ことには関
また、
「親が博物館に連れて行ってくれる」といっても、親
係性があるものと思われる。つまり、
「親が博物館に連れて行
が子どもを促して連れて行く場合と、子どもの自発的な要望
ってくれる」子どもの方が、リピーターになる可能性がある
によって連れて行く場合があり、それによって結果が異なる
ことがうかがえる。
ことも考えられる。アンケート調査では、来館提案者(
「最初
表14 来館提案者および知識の獲得度との関係性
(1)「最初に行こうと言い出した」のが「親」
(2)「最初に行こうと言い出した」のが「自分」
― ―
78
第16号 2012年 3 月
に行こうと言い出したのは誰か」)についての設問もあり、
「親」と回答しているのは47. 2%、「自分」と回答しているの
参考
1 )田代英俊、中村隆、小山治:
「科学技術館来館者に対する
は18. 4%となっている。表14に「親」と回答した群と「自分」
展示効果と科学的リテラシーとの関係性について」
,日本
と回答した群それぞれで、
「親が連れて行ってくれる」ことと
科学教育学会第32回年会論文集,2008,pp117−120
2 )中村隆、小林成稔、鈴木まどか、田代英俊:
「科学館にお
効果(知識の獲得度)の関係性を示す。
ける教育プログラムの効果測定方法に関する調査研究」
,
表14(1)より、「親」と回答した群では、知識を「とても」
得られたと答えているのが、「連れて行ってくれる」では
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要第14号,
62. 7%、「連れて行ってくれない」では40. 0%となっている。
2010,pp49−56.
検定結果も 1 %水準で有意差が示されており、子どもが自発
3 )田代英俊,中村隆,小山治:
「ミュージアムリテラシー育
的でなくても「親が連れて行ってくれる」ことによる効果が
成のための基礎的研究―博物館利用者の属性・意識と博
あることがうかがえる。
物館活動の効果とのクロス表分析の結果―」
,日本ミュー
ジアム・マネージメント学会研究紀要第14号,2010,
一方、表14(2)より、「自分」と回答した群では、知識を
pp77−87.
「とても」得られたと答えているのが、
「連れて行ってくれる」
で66. 3%、
「連れて行ってくれない」で47. 4%とやはり差が見
4 )(公財)日本科学技術振興財団・科学技術館:「平成21
られるが、検定結果では P>0. 1となり有意差がないとなって
年度科学技術館理解増進活動基礎調査報告書」
,2011年
いる。つまり、当然ともいえるが、自発的に来館したいと思
5 )Benesse 教育開発センター:
「教育格差の発生・解消に関
する調査研究報告書」
,2009年
うようになれば「親が連れて行ってくれる」ことに関わらず
効果がみられることが推察できる。ただし、このアンケート
6 )清水欽也:「理科成績を規定する家庭的要因の影響」,国
調査では「最初に行こうと言い出した」のが「親」または「自
分」であるのが今回たまたまなのかまでは判別できないので、
正確な分析をすることは難しい。
クロス集計では前述したように関係性があることが示され
ても因果関係までは知ることはできない。また、本事例では、
関係性の明確化と回答分布の偏りを考慮し、独立変数は「と
ても」という群とそれ以外の回答を合わせた群としてクロス
集計をとっているが、例えば「とても」と「まあまあ」を合
わせたポジティブ回答群と「あまり」と「まったく」を合わ
せたネガティブ回答群とでクロス集計をすると場合によって
は異なる結果になる可能性もある(本事例においても効果の
満足度と再来館意識については、ポジティブ群とネガティブ
群で χ 二乗検定すると有意な差がないとなる。ただし、ネガ
ティブ回答群の度数が非常に少ないので検定自体の精度は低
い)。よって、当然ながら分析においては様々な視点でとら
え、様々な手法を併用することが望ましい。
今後は、大人(親)の調査結果も用い、因果関係等も明確
にできるような手法を考案し、博物館活動の効果の要因につ
いてより深く分析を行っていく。
謝辞
ここで示した分析事例は、
(財)新技術振興渡辺記念会の科
学技術調査研究助成(平成22年度上期)を受けて実施した調
査研究成果をもとにしたものです。調査研究を進めるにあた
り、ご指導いただきました東京大学大学院教育学研究科特任
助教の小山治先生に深謝申し上げます。
― ―
79
立教育政策研究所紀要第136集,2007年,pp77−90
第16号 2012年 3 月
子ども向け対話型ワークシート・プログラムの意義と可能性
―千葉県立中央博物館「おきにいり新聞」を事例に―
Significance and availability of the dialog-oriented program using worksheets for children
―Case study in“Favorite Newspaper”Program in Natural History Museum and Institute, Chiba―
夏 井 琴 絵
Kotoe NATSUI
浅 田 正 彦*1
Masahiko ASADA
和文要旨
千葉県立中央博物館で実施している子ども向け対話型ワークシート・プログラム「おきにいり新聞」について、
「対話」の
重要性と、リピーターの連続参加による成長過程の検討を行った。本プログラムは展示物を通じて博物館側から提供される
情報を、対話により来館者自らが個人的背景に位置付けて理解する作業を促すプログラムとなっていた。連続参加すること
により博物館スタッフとの対話がより促進され、展示観覧以外の研究者との交流や収蔵資料へのアクセスといった博物館資
源の楽しみ方を経験するよい導入機会となっており、対話と「開かれた問い」のワークシートの相乗効果が子どもたちの知
の成長に寄与していた。
Abstract
The dialog-oriented program“Favorite Newspaper”that uses worksheets for children in the Natural History Museum and
Institute, Chiba, was analyzed in relation to the importance of“dialog”and the growth process of knowledge of repeaters.
Through a dialog with program staffs, the participants have understood by locating the information from the exhibitions on the
private context by oneself. The repeated participation promoted dialog with the staffs and provided opportunity to access the
museum resources other than exhibitions(e.g., interaction with museum researchers and access to the collections in the
repository). As a result, the program has provided open avenues for the comprehensive use of the museum. Therefore, it can
be considered that the synergistic effect of“dialog”and this worksheet program influences the knowledge growth in children.
1
が困難な現在の県財政状態を考えると、ハードウェアの常設
はじめに
展示の大規模更新は現予算では不可能である。そこで、ソフ
千葉県立中央博物館は1989年に開館し、20年を経過した房
総の自然誌と歴史の総合博物館であり、
「さまざまな市民の幅
トウェアの面で、子ども向けプログラムの整備が必要となっ
てくる。
広い知的ニーズに応えつつ、双方向の交流を通じて、その生
一方、本館に隣接した自然観察地・生態園では、2003年よ
涯学習拠点となる」ことを使命としている(千葉県立中央博
りワークシートを利用した子ども向け自然体験プログラム「森
物館 2004)。また、「多くの来館者が理解し、楽しんでもら
の調査隊」が実施されている(浅田 2005a, b, 2006)。ワー
うためのサービスを展開する」展示を行い、
「当日参加型行事
クシートを使って自ら自然を観察し、記録や描画などをした
を積極的に開催し、リピーターの増加を目指す」市民学習の
発見は、
「対話」により「受容」され、スタッフが「共感」す
支援を事業中期目標としている。
ることで、ひとりひとりの観察方法が認められ、自然観察の
開館当初の展示解説パネルの対象年齢は中学校卒業レベル
楽しさが蓄積していくものとなっている(浅田 2005a)。
を想定しており、小学生以下の子どもが常設展示を十分に理
このような背景を踏まえ、本館展示室では子どもを主な利
解するには難易度が高い内容となっている。しかし、実際の
用対象としたワークシート形式のプログラム 2 )「達人への道」
来館者の年齢構成をみてみると、10代の割合が 1 )約 4 分の 1
4)
5)
、
「おえかきっこ」
、
「博物館ぬりえ」が
と 3 )「中央博調査隊」
である。先述の事業中期目標に照らし合わせると、小学生以
開館中は常時提供されている。さらに、これらのプログラム
下の子どもが常設展でも十分に「楽しんでもらう」ための改
に加え、2008年 3 月の試行実施を経て、2008年 6 月より、博
良が必要となってくるが、十分な展示更新予算を確保するの
物館スタッフとの対話をとりいれた子ども向けワークシート・
*1
千葉県立中央博物館 主任上席研究員
Senior researcher, Natural History Museum and Institute, Chiba
― ―
81
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
プログラム「おきにいり新聞」を実施した。本稿では「おき
にいり新聞」について、ワークシートプログラムにおける「対
話」の重要性と、リピーターの連続参加による成長過程の検
討を行った。
2 「おきにいり新聞」の概要
「おきにいり新聞」は常設展示室などで行う子ども向けワー
クシートプログラムである。参加者の設定は、当初、小学校
3 年生∼中学生程度であったが、実際の参加者は、未就学児
から小学生であり、中学生はごくわずかである。実施場所は
本館入口付近に設置されている中央博案内所であり、対応す
るのは嘱託職員である 6 )体験交流員と体験学習室ボランティア
図 1 「おきにいり新聞」ワークシートの例(No. 1 およびNo. 2 )
である。
参加方法としては、中央博案内所で複数提示しているシー
は「構成主義的プログラム」を志向している。シートには共
ト「おきにいり新聞(表 1 )」を参加者が選択して、「記者」
通して、感想を吹き出しに記入する設問がある。シートの内
として展示室で「新聞」を作成(記入)する(スタンプカー
容は展示物など通じて作成されるNo. 1 ∼No. 3 と、館のスタ
ド「記者カード」が発行される)
。記入後は案内所に戻り、ス
ッフと直接交流しないと作成できないNo. 4 、No. 5(以下、
タッフからの「何について取材しましたか?」という問いか
直接交流シートという)がある。また、2009年 7 月から、No. 6
けに促され、記入内容を「報告」することになる。
の詩の作成シートが追加された。
報告がきちんとされ、対話がなされると、承認スタンプが
押され、館内の無料エリアに設けられた掲示場所に掲示され
る。あわせて記者カードにも押印され、スタンプ数に応じて、
3
プログラム実施状況
「記者」から「副編集長」
、
「編集長」とレベルアップすること
「おきにいり新聞」は2008年 3 月22日から 4 月19日に試行
になる。参加者は 1 日に 1 シートだけ作成することができる
実施され、2008年 6 月 1 日から本格実施されてきた。参加し
という枚数制限があり、再来館による連続参加を想定してい
た子どもが作成した新聞はほとんどが掲示され、定期的に回
る。このように、参加過程に「対話」を意図的に組み入れた
収されてきた。このうち、2008年 3 月22日から2009年 8 月23
プログラムとした。
日の間に掲示されたシートについて、集計を行った。
提供シートは常時 5 ∼ 6 種類用意されており(表 1 、図 1 )
、
その結果、この期間中に参加者のあった日数は214日で、期
いずれも質問形式は参加者の多様な個人的理解を促すもので、
間内に作成されたもののうち、館内掲示された枚数は1, 067枚
“開かれた問い”(open-ended question、Grinder and Sue
だった。期間内の参加者数は記名者のうち重複を除くと787
McCoy 1985, Myren 1995,木下 2009)とした。博物館学習
人だった(この他、無記名者がいた)
。1 日あたりの参加者数
において、“学習者が”
“自らの力で”行われるものは「構成
は平均3.7人、1 日あたり作成枚数は平均5. 0枚だった。月あた
主義(Hein 1998,1999)」と理解されており、本プログラム
りでは約60枚であった。2 枚以上作成した子ども(以下、リ
表 1 「おきにいり新聞」の作成ワークシート種と数
― ―
82
第16号 2012年 3 月
ピーターとする。
)は92名(図 2 )であり、参加者の11. 7%に
接交流シートでは、ミュージアムトーク(博物館研究員によ
なった。この複数枚作成者による作成枚数は334枚であり、全
る展示解説)に参加して作成するシート(No. 4 )は27枚
枚数の31. 3%を占めた。また、2 日以上にわたる参加者数は
(2. 5%)
、館内にいる館スタッフに質問することで作成するシ
82名で参加者の10. 4%になった(図 2 )
。このうち、6 日間以
ート(No. 5 )は44枚(4. 1%)と少なかった。複数枚作成し
上にわたって参加したリピーターは11名いた。
たリピーターが作成した割合を見てみると、展示物について
提供されたシートのうち、どの種類を作成したかを見てみ
作成するNo. 1 ∼No. 3 は 2 ∼ 3 割がリピーターであったが、
ると、No. 1 がもっとも多く、全体の51. 7%を占めていた(表
直接交流シート(No. 4 、No. 5 )は 6 割弱と高い割合となっ
1)
。展示物について作成するシートはNo. 1 ∼No. 3 であり、
ていた(表 1 )
。
これらの合計は959枚で、全体の89. 9%であった。一方、直
連続参加の事例紹介
連続参加することにより、プログラムの参加状況がどのよ
うに変化していくのか、リピーター11名のシート種の変遷を
図 3 に示した。このうち何人かについて、言動や行動事例を
下記に示す。見出し英字は図 3 に対応し、かっこ内は氏名イ
ニシャル、初回参加時の学年あるいは年齢、性別を示す。
B(Y. T./幼稚園児 5 歳/男性)の事例
2007/12/12
「おえかきっこ」でカブトムシを描画。スタ
4)
ッフとの交流はない。
2008/ 8 / 5
「おきにいり新聞」初参加。No. 1 シートに
チョウを描く。それ以降、8 月は 7 日間、9
月は 4 日間、12月まで月に 2 ∼ 3 回参加。
No. 1 ∼No. 3 を作成。
2008/12/13
スタンプが全部集まり「編集長」カードを
持つ。館スタッフに白紙をもらい、展示室
で標本の絵を描画する。記入後、面識のあ
る昆虫専門の研究者の面会を求め、研究室
で自分が書いた虫の絵をみせて、トンボの
図2
2 枚以上作成した参加者の作成枚数頻度分布(上図)と 2 日
以上参加者の参加日数頻度分布(下図)
標本を特別にもらう。
図 3 リピーターによる作成シートの変遷例
図中の番号はリピーター11名による作成したシート種を示す。
[手伝]は運営スタッフに対して、プログラムの運営作業(参加者対応
やそのための表示作成など)を申し出た月を示す(詳細は本文参照)
。
― ―
83
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
2008/12/18
外で撮った虫や風景の写真を、昆虫担当の
2008/12/24
「編集長の仕事がやりたい」とのことで、
(参加者の名前)賞をつけて」とスタッフが促
研究員に見せに来館。
し、掲示中の他の参加者の新聞に 5 枚付箋をつ
けてもらう。
オリジナルの新聞を作ってもらう。
2009/ 1 /17
12:15
研究員のミュージアムトークに一人で参加
他の参加者の新聞の取材報告をスタッフと一緒
にみて、参加者との対話を行う。
する。甲殻類が専門の研究員による収蔵庫
12:20
探検。
「標本はどうやって作るの?」や「ラ
おえかきっこの配布用紙につける付箋はりを手
伝う。
ベルのハテナは何でついている?」と質問
する。
D(K. K./小学 1 年/男性)の事例
2009/ 3 /31
昆虫の研究員の似顔絵作成
2008/ 7 / 6
2010/ 5 /15
友人 4 名とともに来館。友人に研究員(専
2009/ 1 / 6 ∼ 散発的に参加
門:甲殻類)作成のカニ標本を見せたいと
2009/ 5 / 8
いうことで、研究員を呼び出し、液浸収蔵
2009/ 8 /21
オリジナルの新聞シートを作製(図 4 )
庫を見学。その後、シート(特別編)を作
2009/ 8
収蔵庫ツアーに参加し、研究員と知り合い
製。
2010/ 5 /21
プログラム初参加(No.1 )
No. 4 作成
になる。
15日とは別の友人を連れてきて、収蔵庫見
学を希望するが、研究員が不在であきらめ
る。
前節では、No. 4 とNo. 5 の直接交流シートはリピーターが
多く利用していることを述べた。リピーター C、D、E の直接
交流シートの利用をみてみると、回数をかさねることで、直
G(K. K./小学 4 年/女性)の事例
接交流シートの利用が促進され、プログラムによって、博物
ある一日の行動(2009/ 2 /21)
館スタッフとの対話が促進されることがわかる。また、年齢
11:00頃 来館。No. 5 を作成するため学習情報センター
に着目してみると幼稚園年長∼小 1 の 4 名(図 3 の B ∼ E )
へ行き、博物館スタッフを取材。
は 3 ∼ 8 枚目にして初めて直接交流シートをはじめたが、
11:20
案内所へもどってきて、報告をする。
小 4 の 2 名(F・G)は 1 ∼ 2 枚目にしてやり始めていた。こ
11:30
達人シートをやる。開始時に「お手伝いしたい
のように、リピーターのなかでも作製者の年齢や参加回数に
から、
(案内所に)戻ってきたら、お仕事ちょう
よって利用率が高まっていくことがわかった。
だい」と言って展示室に行く。
プログラムの「卒業」
11:45
案内所に戻ってきて、達人シートの報告。
11:50
体験学習室へ友人を探しに行く。
12:05
実例(B、G)で示したように、リピーターのうち何人か
は、プログラムの進行とともに、館スタッフの「お手伝い」
「(友達が)いなかった。お手伝いあるかな?」
を志願するようになった(このほか図 3 の E も同様)。これ
と案内所に戻ってくる。「おきにいり新聞にK
は、実際の運営スタッフの仕事内容(プログラムの導入説明
図 4 リピーターによるオリジナル「おきにいり新聞」シート
― ―
84
第16号 2012年 3 月
やシート完成後の対話など)について、一緒に手伝いたいと
の主軸は顔見知りの研究者との交流(収蔵庫の見学や標本作
申し出、スタッフはそのときの状況などによって、
「○○して
製の作業など)をさらに深めていくことになった。
くれる?」と促すことで受け入れられた。具体的には、プロ
グラムの他の参加者に参加方法を伝えることや、自分でオリ
ジナルの記入用シートを作成し(図 4 )
、友人に記入させるこ
4
とや、オリジナルのルール説明パネルを作成して掲示するこ
と(図 5 )が見られた。
考察
前述したように、
「おきにいり新聞」は参加過程の中に「対
話」を意図的に組み入れたプログラムである。この「対話」
このほかにも、B や D のようにリピーターが直接交流シー
やシート作成行動がどのように展開するかについて、1 回あ
トNo. 4 やNo. 5 をきっかけとして、研究者との顔見知りにな
たりの参加過程(複数回参加した子どもを含む)と、連続参
り、対話を通じて、収蔵庫を「特別に」見学させてもらった
加したリピーターの参加過程について考察する。
り、研究室で標本作成や研究資料の観察を体験したりするこ
とに発展するケースもあった。この段階にいたると、リピー
1 )展示室内での作成と同伴者間の対話
ターはプログラムに参加して展示室でシートを作成すること
プログラムに参加する子どもは、まず新聞ワークシートを
が少なくなり、顔見知りの研究者との交流に来館目的が変化
持って展示室に入っていく。それぞれのシートには共通の質
してきた。すなわち、
「おきにいり新聞」プログラム自体は卒
問項目である「感想をひとこと!」という吹き出しに記入す
業する状態となっていった。
る欄がある。そこへ記入される文の多くは、
「○○は知ってい
このようなリピーターによるプログラム利用の様態変化が
たけど、○○なのはしらなかった」
、「思っていたより○○だ
みられてきた2009年10月頃、館内の教育普及事業の運営方針
った」というもので、子どもが参加前に記憶しているイメー
が変更され、子どもらによる「お手伝い」は受け入れないよ
ジや体験と展示物を比較することができるものとなっており、
うになっていった。この運営の変化と時期を一として、G な
個人的に展示を受け入れる(理解する)様子がうかがえた。
ど(この他、分析に含まれなかった 1 名あり)は、プログラ
また、同伴者として家族や友達がいる場合、シートを完成さ
ムの参加をしなくなり、来館頻度が落ちていった(ちなみに、
せる際に同伴者間で対話がなされることが推測された。この
両者は互いに顔見知りではない)。
ことは、2 )で後述するスタッフからの質問に回答する際、同
一方、年齢の低い男性(B、D と、このほかに 1 名事例が
伴者間で「これって、○○だったよね?」といったお互い確
ある)はシートの作成頻度は下がるものの継続し、来館目的
認する行動や、子どもが回答する際に、視線で親に確認する
行動がみられることからも想像できる。特に字を書くことが
できない年齢の場合、親などの同伴者が直接シートに記入す
ることがあり(891枚中25例見られた)、対話がなされ、協働
して作成されていた。
フォークとディアーキング(1996)によると、来館者は、
そこに何が展示されているかといった物理的条件(物理的コ
ンテキスト)のほか、来館者がすでに持っている経験や知識
といった個人的な背景(個人的コンテキスト)や、誰と来館
するかといった社会的条件(社会的コンテキスト)に基づき、
展示を受け止める。
「おきにいり新聞」では、シートを持った
子どもや家族が、彼ら自身の体験や背景に基づいた個人的背
景や同伴者という社会的条件下で、シートを完成させていく
ことが推測された。
2 )博物館スタッフとの対話
シートを記入して展示室からもどってきた子どもは、スタ
ッフの「何を取材したか教えて下さい」という問いかけに促
され、記入内容(すなわちワークシートの「開かれた問い」
に対する個人的理解)を「報告」する。このとき、スタッフ
は記載内容について、基本的には全て受容し、共感すること
を基本的な姿勢としている。例えば、ナウマンゾウの復元模
図 5 リピーターによるプログラム説明用の掲示物(例)
型を恐竜の化石と勘違いして描いてきたケースがみられた。
― ―
85
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
しかし、参加者との対話では、誤解に着目して修正すること
の際に一定の距離があるが、反復利用により徐々に接近する
よりも、子どもが能動的に興味を示してきた「化石」につい
こともわかった。1 )や 2 )で述べたように、ワークシート
てさらなる行動につながる問いかけをすることが出来た。対
の「開かれた問い」が対話を促進させる一方、反復利用によ
話を足がかりにして、この子どもの能動的な化石の知識の追
って、より個人的背景や社会的条件を理解した上での関係(要
加(再構築)が行われたのである。
するに、より緊密な対人関係)の下での対話が行われ、ワー
また、シートの内容がきっかけになり、新聞の内容外の個
クシートを有効に運営することができることもわかった。し
人的な興味についての対話へ発展することがあり、博物館ス
たがって、本プログラムにおいては「開かれた問い」のワー
タッフは作品の内容だけではなく、展示室内で展開した 1 )
クシートと「対話」の両者は相互作用をもたらす不可分な関
の同伴者間対話による社会的条件や個人的背景に基づく具体
係にある技術といえ、この両者の相乗効果は反復参加(リピ
的な展示理解の方法をも知ることとなる。すなわち、本プロ
ーター化)によってより促されるものと思われた。
グラムは展示物を通じて博物館側から提供される自然誌など
また、このことから、本プログラムが展示観覧以外の研究
の情報を、来館者である子ども自らが、独自の方法で、個人
員との交流や収蔵資料へのアクセスといった博物館資源の楽
的背景に位置づけ理解する作業を促すものとなっている。
しみ方を経験するよい導入機会となっていることがわかった。
スタッフとの対話では、直接的に展示物の理解(新聞作成)
から派生して、参加者の個人的背景や社会的条件についての
4 )日常性を引き出す
対話内容を展開させ、結果として楽しい雰囲気の中でのスタ
来館者の個人的背景や社会的条件によって形づくられる「お
ッフとの対人関係をつくることで、それらを一体とした博物
きにいり新聞」は、物理的な成果品としては一枚のシートに
館体験を得ることになっていた。その結果、作品に表される
過ぎないが、展示理解をそのひとの日常の個人的背景の延長
子ども独自の学習結果を博物館スタッフが受容し、共感する
上に位置づける作業を「対話」を通じて行うことで、心の中
ことを通じて、参加した子どもは自分たちなりの理解でも「か
に博物館体験が思い出として作られる。この作業は、ハレの
まわない」と感じることができ、この博物館では「その楽し
日に訪れた珍しいものがある博物館での非日常的体験ではな
み方が許容してもらえる場所」と認識していたと考えられる。
く、日々の生活(ケの日)の中に新たな体験が付与される楽
よって、
「開かれた問い」のワークシートを運用した本プログ
しい場所として位置づけてもらうものである。
ラムにおいては、
「対話」における対人関係を深化させるよう
な促進がなされることがわかった。
それぞれのシートは、来館者によって異なる個人的背景や
社会的条件下で作成されたものなので、たとえ対象となる展
示物が同じものであっても、異なる作品が作成され、それを
3 )複数回参加による対話と博物館体験の変化
きっかけとなり展開される対話の内容は一つとして同じもの
博物館スタッフとの対話を直接的に促す直接交流シート(表
とならない。すなわち、たとえ展示更新されず、いつ来館し
1 )は、来館者側から直接、展示室にいる研究員などのスタ
ても物理的条件が同じであっても、対話を通じたプログラム
ッフに声をかけて対話することから開始される。今回の集計
により、異なる新たな体験を創出することが可能となる。
によると、この直接交流シートを作成したのはリピーターが
このように、個人的背景に立脚している「開かれた問い」
半分以上を占めており、傾向としては、参加回数を重ねた参
のワークシートは、それが本来的にもつ特性として、参加者
加者がこれらのシートを利用するようになっていた(図 3 )
。
の多様な体験内容、対話内容があり、成果の多くの部分は参
また、成長段階(年齢)によっても利用頻度は異なっていた。
加者に依存している。このことを逆に参加者からみると、そ
これは、子どもから初めて会った大人に声をかけることにハ
れぞれの日常に位置づけるような作業が必須となっていく。
ードルがあり、このシートの選択が初心者からは敬遠された
これは学校教育のように、毎日、毎日一つひとつ知識を外部
ためと思われる。しかし、本プログラムに継続して参加し、
から蓄積させていくタイプの学習方法がとれない博物館教育
案内所での報告や直接交流シートを通じて対人関係を積み重
においては、基本的な教育手法の一つであるといってもよく、
ねていくことによって、研究員などの博物館スタッフとの距
ワークシートと対話を取り入れた構成主義的プログラムは、
離感が縮まって気兼ねなく対話できるようになることが推測
された。さらに、リピーター特有の行動として、初回参加時
「日常性(塚原 2000)」のある博物館学習の主軸としていく
べきであろう。
とは異なり、入館口を入ってきたときに、自ら挨拶して、ス
タッフを「編集長」もしくは個人名で呼称することがある。
5 )スタッフ介在の意味
このことは反復利用により、スタッフがただの「博物館の人」
このように本プログラムでは、多様な参加者の回答とそれ
から特定の「対話相手」として位置づけられることを意味す
に応じたスタッフによる多様な対応があるが、それを可能に
る。
しているのは対話である。そしてここでの対話は、スタッフ
このように、本プログラムの初心者ではスタッフとの対話
が正答を伝える「教師」となるのではなく、参加者の個人的
― ―
86
第16号 2012年 3 月
条件や社会的背景をふまえた上で、参加者の回答の多様性を
制度を整備することもひとつの方法であろう。
受容し、個々の参加者の展示理解を促進させることを可能と
本論では、対話とワークシートの相乗効果が、子どもたち
していた。さらに、
「卒業」後の博物館利用においても、研究
の知の成長に寄与していることが分かった。この成長過程は
員などの展示物以外の博物館資源への橋渡しがスタッフの適
反復参加(リピーター化)により促され、本プログラム以外
切な介在によってなされていることがわかった。
の博物館資源のアクセスへの導入機会ともなっていた。この
このような参加者の多様な解釈が可能となるシートで、参
ような博物館体験は、一時的にでも子どもたちの「日常」の
加直後のスタッフとの対応がない場合、表面的な理解や、誤
中で経験された博物館ならではの構成主義的学習となってい
解が生まれることが予想される(小笠原 2006)。また、参加
た。本プログラムを運用していく中で、子どもたちの生活時
者と博物館資源を適切に橋渡しすることの出来る博物館スタ
間は、学校と家、人によっては塾や習い事の場所が多くを占
ッフの介在なしでは、プログラム「卒業」後の、より積極的
めていることが感じられた。彼らにとって、自然と歴史の学
な博物館利用も不可能となるだろう。
習体験もできる社会的な「居場所」となることは、地域の社
今回分析したリピーターの場合、複数回の参加に伴い、ス
会教育施設としての博物館の一つの選択肢となりうるだろう。
タッフとの対話の深化がみられた。この過程で必要なスタッ
フの技能は何かと言えば、それは展示物の専門的知識ではな
注
く、参加者の回答を参加者自らが、それぞれの個人的背景や
1 )特別展「知られざる極東ロシアの自然」の入場者数に占
める割合(尾崎 2001)
社会的条件に位置づける作業を行うためのファシリテイター
としての技術、そして受容と共感の能力であろう。このプロ
2 )「達人への道」対象は未設定。指示に合った展示を館内か
グラム運営の「こつ」が理解できるのであれば、必ずしも有
ら探し出し、ワークシートの回答欄にチェックを入れる。
給スタッフである必要がなく、一定の研修をうけたボランテ
常時 1 種類のシートを提供。3 ヶ月毎にシート種変更(全
部で 3 種類)
ィアでも運営可能となる。
3 )「中央博調査隊」ワークシートの指示に従い展示室で調査
5
し、スタッフに発見したことを報告するプログラム。詳
おわりに
細は島(2010)参照のこと。
本プログラムを進めていくうちに、参加しなくなる子ども
4 )「おえかきっこ」対象は未就学児から小学校低学年。月毎
には 3 つのパターンがみられた。一つ目は、プログラムの参
に変わるテーマに合わせて展示室で対象の物を選び、絵
加ではなく、運営面で「お手伝い」をしたいと申し出るパタ
を描くプログラム。常時 1 種類のシートを提供。
ーン、二つ目は、来館はするが、その目的がプログラム参加
5 )「博物館ぬりえ」対象は未設定。下絵にそって絵を完成さ
から研究員との交流に変化するパターン、三つ目はそもそも
せる「ぬりえ」プログラム。題材は、展示物を基本とし、
博物館に来館しなくなるパターンである。
表面のぬりえと、展示物の内部(例えば骨格など)が分
本プログラムの参加がなくなるということは、現在のプロ
グラム内容が、このような子ども達の受け皿になっていない
かるぬりえがセットになっている。
6 )「体験交流員」は2007年から博物館サービス・プログラム
ことを意味する。一つ目の変化については、上述したように、
の企画・実施を担当する嘱託職員。業務の詳細は島(2010)
人員配置の理由から参加者の申し出を断らなければならない
参照のこと。
状態にあり、二つ目の変化についても理解ある一部の研究員
7 )生態園における実施している自然観察プログラム「森の
の積極的な協力に基づいて行われており、正式な教育普及事
調査隊」の運営スタッフのボランティアでは年齢制限が
業ではない。このように、本プログラムだけでなく、館とし
なく、子どもたちも受け入れている。浅田(2006)参照
ても充分に受け皿となっておらず、来館者の「知」の成長の
のこと。
よい機会が与えられているにもかかわらず、十分に機能して
いない。博物館の教育普及プログラムは、単独で意味をなす
引用文献
側面もあるが、他の博物館事業とリンクして機能する側面が
浅田正彦「自然体験プログラム「森の調査隊」のわけ ―そ
ある。本プログラムの場合、ワークシートと対話によって個
の1
別の展示理解が進む一方で、研究員の資料収集保存事業や、
ゼ」72号,2005a,pp. 22−23.
収蔵庫見学ツアーなどの導入となる事例がみられた。そこで、
生態園子ども向けイベントの企画意図―」「ミュ
浅田正彦「自然体験プログラム「森の調査隊」のわけ ―その
2 子ども向けワークシートの作り方―」「ミュゼ」73号,
あらかじめ他の教育普及事業とのリンクや、博物館事業全体
2005b,pp. 26−27.
における個別のプログラムの位置づけを明確にし、運営して
いくべきと思われた。例えば、いつでも気軽に専門の研究員
浅田正彦「自然体験プログラム「森の調査隊」のわけ―その
7)
子どもボランティア
を紹介することができるプログラムや、
3 学校連携、ボランティア活動への発展―」
「ミュゼ」74
― ―
87
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
号,2006,pp. 28−29.
千葉県立中央博物館「千葉県立中央博物館使命および事業中
期目標」2004,http://www.chiba-muse.or.jp/NATURAL/ about/chukizenbun.pdf(2010. 2 . 23確認)
ジョン・H・フォーク、リン・D.ディアーキング(高橋順一
訳)「博物館体験」,雄山閣,1996,123pp.
Grinder, Alison L. and E. Sue McCoy, The Good Guide: a
sourcebook for interpreters, docents, and tour guides,
Ironwood Press, 1985, 147pp.
Hein, George E., Learning in the museum, Routledge, 1998,
203pp.
Hein, George E., The constructivist museum, The Educational
Role of the Museum, 2nd Rev.(ed. E. Hooper-Greenhill),
Routledge,1999, p.73−79.
木下周一「ミュージアムの学びをデザインする 展示グラフ
ィック&学習ツール制作読本」株式会社ぎょうせい,
2009,228pp.
Myren, Christina, Posing open-ended questions in the primary
school, Teaching Resource Center, 1995, 140pp.
小笠原喜康「博物館の学びとは」
「博物館の学びをつくりだす
―その実践へのアドバイス―(編)小笠原喜康・チルド
レンズ・ミュージアム研究会」株式会社ぎょうせい,
2006,p. 168−191
尾崎煙雄「特別展入場者アンケートによる展示の評価」千葉
中央博自然誌研究報告,6 巻 2 号,2001,pp. 209−223.
島絵里子「展示解説員から体験交流員へ―知識の伝達から双
方向交流への転換―」JMMA会報,2010,14巻 2 号,
pp. 28−31.
塚原正彦「日本再生のための戦略―ミュージアム産業で新し
い富を創造するノウハウ」
「ミュージアム『国富論』
(編)
塚原正彦・デヴィット・アンダーソン」株式会社日本地
域社会研究所,2000,pp. 392−467.
― ―
88
第16号 2012年 3 月
多様な来館者のニーズに応える博物館職員研修プログラムの検討
Training Program for Museum Staff to Meet the Needs of Various Visitors
半 田 こづえ*1
Kozue HANDA
加 藤 つむぎ*1
Tsumugi KATO
和文要旨
近年、多様な人々が学び・愉しむことのできる博物館を求める機運が高まっている。博物館を訪れる上で何らかのバリア
を感じている人々、例えば、高齢者・障害者・外国人・子供連れの来館者などを迎える上で博物館の職員が果たす役割は大
きいと考えられる。本稿では、来館者に直接接する受付や監視の業務に当たる職員やボランティアスタッフの研修に着目し、
従来の研修方法を検討した上で、新たな「来館者理解研修」を提案する。さらに、横浜市民ギャラリーあざみ野における実
践の結果から、研修プログラムの内容と方法について検討を加える。
Abstract
As learning institutions musiums are required to welcome a wide variety of visitors, including older adults, disabled and
overseas visitors, and parents with babies and children. Training staff in visitor issues is a valuable tool for positive change.
In this paper“visitor awareness training”for promoting basic understanding of the needs of various visitors is proposed.
In addition, the effectiveness training program is disscussed on the basis of a practice at Yokohama Fellow Art Gallery Azamino.
ることは容易ではなく、その重要性は認識していながらも対
1 .はじめに
応に苦慮していることが報告されている 3 )。例えば、イギリ
近年、博物館と学校や家庭及び地域社会との連携が重視さ
スではこのような状況を変えていくもっとも有効な鍵は適切
れるようになり、それに伴って多様な層の来館者に開かれた
な研修であると言われており、様々な研修プログラムが開発
博物館が求められるようになってきた。2003年に告示された
されている。しかし、2004年に日本博物館協会が全国の加盟
「公立博物館の設置および運営上の望ましい基準」において
館1, 156館を対象に行った調査によると、回答館873館では、
も、博物館は「青少年、高齢者、障害者、乳幼児の保護者、外
職員のバリアフリー研修はほとんど行われていないことが明
国人等の参加が促進されるよう努めること」とされている 。
らかになり、研修の必要性が指摘されている 4 )。
1)
多様な人々の利用を促進するために博物館ではスロープの
そこで本稿では、ミュージアムリテラシーのうち、
「博物館
設置など施設設備面の改善や様々な展示の工夫、そして親子
におけるあらゆる資源を利用可能にするようにアクセシビリ
や高齢者などを対象とした学習プログラムの開発が進められ
ティを考えるという博物館に求められる能力」5 )を高める方
てきた。しかし、未だに博物館が誰にとっても気軽に行ける
法の一つとして職員研修に着目する。本稿でいう博物館職員
場所であるとは言いがたい。その理由として、博物館という
とは、学芸員だけでなく、直接来館者と接する受付や監視業
環境そのものに対する不安や、誰かに負担をかけることへの
務に当たる職員、ボランティアスタッフを含むものとする。
気兼ねが、多くの人々に来館を躊躇させてしまうことが考え
これらの博物館職員に対する研修として「横浜市民ギャラリ
られる。そうであれば、施設や設備面でのアクセシビリティ、
ーあざみ野」で行われた「来館者理解研修」を取り上げ、そ
展示やプログラムの魅力とともに温かく迎えてくれる人の存
のプログラム内容と方法について検討する。
まず博物館の来館者理解研修の参考として、従来学校や企
在は来館者を惹き付ける重要なポイントとなるだろう。
このことは、博物館の利用がもっとも困難であるといわれ
業で行われている「障害理解研修」とイギリスの博物館の職
る視覚に障害のある人々に対するニーズ調査からも明らかで
員研修について検討する。続いて来館者理解研修のパイロッ
あり、彼らが博物館に求めているものは、五感を通してアク
トプログラムの立案と実践の結果について報告し、最後に研
セスできる展示物と理解ある職員の存在であった 。一方、博
修の成果と今後の課題について考察する。
2)
物館職員に対する調査では、多様な来館者のニーズを把握す
*1
筑波大学大学院人間総合科学研究科 博士後期課程
Graduate School of Comprehensive Human Sciences, University of Tsukuba
― ―
89
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
縦軸:提供サービス数
横軸:館数
図 1 .博物館におけるアクセシビリティの状況
(日本博物館協会(2005)
誰にもやさしい博物館づくり事業―バリアフリーのために― より作成)
の開発、(3)長年の発想の転換、(4)利用者数の拡大、(5)
2 .障害理解研修の目的と方法
資金獲得の支援、
(6)さまざまな人が参画する組織への移行、
(7)法的義務の達成
(1)日本の学校・企業における障害理解研修
研修の内容は各博物館のニーズによって異なるが、以下の
日本では、学校や企業において障害者や高齢者を理解する
ための研修が数多く行われてきた。ここで頻繁に用いられる
方法は、
「シミュレーション体験」といわれるもので、アイマ
スクを装着することによる視覚障害体験や、装具を身につけ
項目は必ず含めるものとされている。
(1)利用者サービス、
(2)障害者の状況、
(3)障害モデル、
(4)アクセスに対するバリアとその解決策
さらに専門家研修として、次のような項目が挙げられてい
ることによって高齢者や妊婦の身体的不自由さを体験するプ
ログラムなどがよく知られている。しかし、シミュレーショ
る。
ン体験は適切に用いられれば有効であるが、インパクトがあ
(1)だれもがアクセスできる展示を計画する、
(2)備品購
るだけにその体験を感じただけでは「怖い」「不便」「かわい
入の原則に多様性と障害者アクセスを反映させる、
(3)アー
そう」という認識に終わってしまい、むしろ否定的な印象を
カイブ資料を障害のある人々に利用可能にする、(4)視覚障
持つことさえあることが指摘されている 。
害者のために展示物を言葉で描写する、
(5)情報通信技術を
6)
百貨店など接客業に従事する職員への研修として、
「東武方
アクセス可能にする、(6)聴覚障害者の情報及びコミュニケ
式」と呼ばれるプログラムを提案した徳田は、シミュレーシ
ーションのニーズを満たす、
(7)サービスの開発とマーケテ
ョン体験を中心にする場合は、目的を明確にし、不必要な恐
ィング、(8)障害者差別禁止法
怖心を感じさせないように充分時間をかける必要があること
いうまでもなく、日本とイギリスでは、法体系が異なるた
を強調している 。博物館の来館者理解研修は、接遇という
め同一に論じることはできないが博物館の職員研修において、
点では百貨店と共通しているが、来館者への配慮と並んで博
全職員を対象として障害と平等という基本的考え方に関する
物館資料への配慮が求められる点でさらに複雑である。
研修を行い、さらに専門的な内容や技術を学ぶ研修を行うと
7)
いう段階的な方法が取られていることは参考になると考えら
(2)イギリスの博物館における「障害と平等に関する研修」
れる。
日本に先立って多様な層の来館者を博物館に迎えることに
力を注いできたイギリスでは、館長から受付のスタッフに到
るまでの全職員の研修が必須であるとし、その一環として、
3 .来館者理解研修のパイロットプログラムの実践
前章で検討した日本とイギリスの障害理解研修の目的と方
disability equality training(障害と平等に関する研修)8 )が行
法を踏まえ、日本の博物館において実践可能な研修のプログ
われてきた。
イギリスの博物館、図書館、文書館で行われている「障害
ラムを立案し、横浜市民ギャラリーあざみ野において、
「みん
と平等に関する研修」のガイドラインを見ると、次のような
なの美術館プロジェクト」の活動の一環として実践する機会
目的が示されている。
を得た。本章では、そのプログラムの立案の過程と実践の結
(1)スタッフへの役割意識の付与、
(2)利用者中心の視点
果を報告する。
― ―
90
第16号 2012年 3 月
(1)
「みんなの美術館プロジェクト」9 )とは
ニバーサルデザイン」と言われている考え方と多くの共通点
「みんなの美術館プロジェクト」は、全ての人に開かれた美
を持つ理念であり、社会的に疎外されている人から一般の人々
術館を目指すという目標のもと、2008年に横浜市民ギャラリ
にいたるまでを包括し、デザインプロセスへのユーザーの参
ーあざみ野で始まり、2009年から本格的に活動を開始した市
加を重視することが特徴である。
「みんなの美術館プロジェク
民参加のプロジェクトである。このプロジェクトでは、美術
ト」において2009年 2 月からこれまでに開催されたワークシ
館利用になんらかのバリアのある人々と課題を共有し、美術
ョップは12回で、のべ263人(うち、障害者、高齢者、子ど
館の可能性について一緒に考えるため、インクルーシブデザ
もを連れた人、日本語以外を母語とする人など50人)の参加
の手法によるユーザー参加型のワークショップを開催
が得られ、1, 303件のコメントが寄せられた。この中から、美
している。インクルーシブデザインとは、日本や米国で「ユ
術館の職員に関するコメントを纏めると表 1 のようになる。
イン
10)
表 1 .博物館職員に関するコメント一覧
― ―
91
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
これらのコメントには来館者の気持やニーズが現れている
が、来館者の特性を越えて共通する部分が見られる一方、同
じ障害でもその人の経験や学習のスタイルによって違ってい
る部分も見られ、単純には類型化できないことが分かる。
特性、所要時間、用意する資料などについて学芸員と打ち合
わせを行い、パイロットプログラムを作成した。
「来館者理解研修」の目的は、様々な立場の来館者が置かれ
ている状況に気付く心構えを育てることとした。これは、来
館者の表面的な属性に対応するマニュアルでは複雑な現実に
(2)来館者理解研修のパイロットプログラム
対応できないことと、スキルより基本的な考え方を学ぶこと
横浜市民ギャラリーあざみ野において開催された特別展「あ
ざみ野フォト・アニュアル BOOMOON
クォン・ブムン写
によって、受講者自らの固定観念を取り払い、結果として応
用力が養われると考えたからである。
真展 S A N S U I ―山水― +横浜市所蔵カメラ・写真コレク
研修の方法は、各自が主体的に考え、同じ仕事をする人た
ション展 I D ―写された“わたし”―(会期:2011年10月22
ちと共同の学びを深めることができるようワークショップ形
日∼11月13日)」の前日に、監視スタッフと、アートサポー
式を採用した 11)。教材は、親しみやすい図 2 のようなマンガ
ターと呼ばれるボランティアスタッフを対象とした研修の一
を用い、どのように声をかけたらよいか空白のコマ( 3 コマ
部として、来館者理解研修が行われた。研修の時間は全体で
目)に書き入れてもらうこととした。参加人数は、監視スタ
3 時間、前半 2 時間で担当学芸員による特別展の解説と展示
ッフ 8 名とアートサポーター 2 名の計10名、所要時間は 1 時
会場の観覧及び接遇についての説明が行われ、続いてみんな
間とした。所要時間の内訳は、導入部15分、グループディス
の美術館プロジェクトに参加する学芸員と筆者による来館者
カッション30分、各グループからの発表とまとめ15分であっ
理解研修が行われた。事前に、研修の目的、方法、参加者の
た。
図 2 .教材として用いた 4 コマ漫画の一例
― ―
92
第16号 2012年 3 月
い」「具体的にどういう会話をするか、など想像しやすかっ
4 .参加者のアンケートに見られる研修の成果と課題
た。」といった感想がみられた。
ワークショップという方法に馴染みのない参加者からは、
本研修の目的は様々な立場の来館者の置かれている状況に
気付く心構えを育てることであり、方法としてワークショッ
「言葉が足らず、説明不足になってしまったこともあったの
プ形式を採用した。研修終了後、参加者にアンケートを配布
で、もう少しお時間があればとも思いました」
「ふだんワーク
し、回答を依頼した(参加者10人、回収率100%)
。このアン
ショップに慣れている人には簡単だと思うが、どういう答え
ケートの結果から、研修の目的がおおむね達成されたことが
を要求されているのかわからなくて最初戸惑った」などの指
明らかになった。
摘があった。その一方で、
「意見を用意してきていなかったの
アンケートの回答をみると10人中 8 人が肯定的な感想を述
で最初戸惑ったが、それぞれの考えがまとまってきて自分自
べていた。たとえば「具体的にイメージしにくいことだった
身にも気づきが芽生えた」というように、試行錯誤を経て自
が、研修を受けてみて、具体的な場面が思い浮かぶようにな
ら答えを導き出すことを肯定的にとらえた受講者もみられた。
り、興味が持てた。
」「来館者がどの様に感じているかよくわ
また「大人どうしだと、グループワークの意見の出しにく
かった。日常生活の中でも必要な事だと思った。
」などの回答
さ、声の出しにくさを少し感じました。
」という意見もあり、
が得られた。
グループワークが軌道に乗るまでに時間を要したことが伺え
研修のテーマに対する関心を尋ねた質問には、
「研修を受け
る。普段親しく接している人たちのディスカッションである
る前から興味を持っていた」という回答が 6 人、
「研修を受け
ために、却って発言しにくいという結果になったことが推察
る前はあまり興味を持っていなかったが、興味が芽生えた」
される。
こうした問題点は、ワークショップの導入部でよく使われ
という回答が 4 人であり、これまで関心のなかった人たちに
るコミュニケーションの促進手段「アイスブレイク」などの
も研修による変化が見られた。
研修方法に関しては、
「分かりやすかった」と回答した受講
手法を取り入れたり、各グループにディスカッションをリー
者が10人中 7 人であった。教材として使用したマンガについ
ドする役割を担う人を配置したりすることで改善が可能であ
ては、「考えがまとまりやすいし、他の人の意見と比べやす
ると考えられる。
図 3 .アンケート結果のまとめ
― ―
93
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
慮に関する全国調査」熊本県立大学生活科学部紀要,4,
5 .まとめ
1998,pp. 33−44.
本稿では、博物館側のミュージアムリテラシーを高める一
4 )鳥山由子「博物館における障害者対応の現状 ―全国ア
つの有効な手段と考えられる職員研修について論じた。なか
ンケート調査の結果から―」博物館の望ましい姿シリー
でも、多様な来館者のニーズに応えるための「来館者理解研
ズ4
ために,財団法人日本博物館協会,2005,pp. 5−9.
修」について検討し、日本において実践可能な研修プログラ
ムの一例を提示した。さらに、横浜市民ギャラリーあざみ野
誰にもやさしい博物館づくり事業バリアフリーの
5 )黒岩啓子「これからの社会と博物館に必要なミュージア
ムリテラシー」ミュージアムマネージメント学会会報61
における実践に基づいてその検証を試みた。
(16,2),2011,pp. 12−14.
その結果、今回行われた研修が、博物館職員としての役割
意識と多様な人々のニーズへの関心を高めたことが確認され
6 )小野聡子「総合的学習の時間における障害理解教育」徳
た。また、研修の方法として、漫画を用いたワークショップ
田克己・水野知美編著「障害理解 ―心のバリアフリー
形式を採用したことについては、仕事の場面を超えて日常の
の理論と実践―」誠信書房,2005,pp. 82−88.
行動についても考えが広がるなどの望ましい結果が見られた。
7 )徳田克己,高見令英,桐原広行「企業における障害理解
一方、ワークショップに馴染みのない人たちへの配慮が必要
のための研修の効果Ⅰ―障害シミュレーションを中心と
であることが示唆された。
した「東武方式」の適応―」障害理解研究(1),1996,
pp. 3−10.
超高齢化社会を迎えようとしている日本では、来館者の個
性やニーズは予想を超えて多様化するであろう。そして、博
8 )Playforth, S.“Training for Equality”Resource Disability
Portfolio Guide 3, Resource, 2003.
物館は多様な学びのスタイルに応えて行くことが求められて
いる 。このような中でより多くの来館者に博物館を愉しん
12)
9 )みんなの美術館プロジェクト
http://www.museumforall.org/,2011年12月10日閲覧
でもらうために、博物館職員の果たす役割は大きい。来館者
理解研修は、来館者のためだけでなく博物館職員が自信を持
10)平井康之監修「インクルーシブデザインハンドブック」
たんぽぽの家,2006
って自らの役割を主体的に果たすことを可能にする研修でも
ある。本研究が来館者理解研修プログラムの開発の一助とな
11)塩瀬隆之「ワークショップによる対話教育」やまだよう
こ編「質的心理学の方法」新曜社,2007,pp. 282−292.
れば幸いである。
12)ジョージ・E. ハイン,鷹野光行訳「博物館で学ぶ」同成
社,2010,pp. 15−16.
謝辞
今回来館者理解研修を実施する機会を与えてくださった横
浜市民ギャラリーあざみのの皆様と漫画を書いてくださった
本間 氏に感謝申し上げます。また、
「みんなの美術館プロジ
ェクト」実行委員の梅田亜由美(女子美術大学美術館 学芸
員)
、太田好泰(特定非営利活動法人エイブル・アート・ジャ
パン 事務局長)、岡崎智美(横浜市民ギャラリーあざみ野
(公益財団法人 横浜市芸術文化振興財団)学芸員)、平井康
之(九州大学大学院芸術工学研究院 准教授)、松浦昇(東京
藝術大学大学院映像研究科博士課程修了)、ライラ・カセム
(東京藝術大学大学院美術研究科修士課程)の諸氏のご協力に
感謝申し上げます。
注)
1 )文部科学省国立教育政策研究所社会教育実践研究センタ
ー「平成19年度博物館に関する基礎資料」
,2009,p. 55−
57.
2 )Handa, K., Dairoku, H., and Toriyama, Y.“Investigation
of priority needs in terms of museum service accessibility
for visually impaired visitors”, British Journal of Visual
Impairment 28(3),2010, pp. 221−234.
3 )村上良知「博物館における視覚・聴覚障害者に対する配
― ―
94
第16号 2012年 3 月
ミュージアム資産を活用するビジネスモデルの構築
―持続可能な公立ミュージアムを目指すシステムを考察する―
Creation of business model to utilize museum assets
―The study of system toward sustainable public museum―
上 村 武 男*1
Takeo KAMIMURA
和文要旨
国内の公立ミュージアムを巡る様々な問題、課題について、これを解決するためにいくつもの活動が継続的に行われてい
る。現状では、主に博物館学、文化政策論、アートマネジメント論の視点から課題解決のアプローチがなされ、様々な改善、
改革、試行が行われている。しかし現在、公立ミュージアムの置かれている状況、特に財政面での厳しい状態を解決してい
くためには、従来行われていない方法論も必要と考えられる。本論ではミュージアムの外側からのファクターによって働き
かけることにより、ミュージアムを改革し、活性化していくモデルを提示する。
ミュージアムは、多くの資産、スキルを保有している。文化財、美術品などの「所蔵品」、所蔵品の「調査研究成果」、教
育普及活動を行う「スキル」、展覧会での「作品展示を行う能力」、建築家によって設計された「建物」といった有形・無形
の資産がある。本論ではこれらのミュージアムの資産、スキルを使って、商品、サービスなどを創出するビジネスを行うこ
とを提案する。
Abstract
Every activity to solve problems and issues in public museum in Japan has been practiced continuously. At present situation
approach to solve problems and issues have been made mainly from view point of museology, culture policy theory or art
management theory and various improvement, reform and trial are have been performed. However in order to find solution of
present situation in public museum, especially that of financial difficulty, it is necessary that unprecedented methodology is
needed. In this treatise I propose a model that work on museum by factor from outside to reform and became active museum.
Museum holds many assets and skills. There is property of materiality or formlessness such as“collections”of cultural
properly or work of art,“the investigation results of research”of collection,“skill”of education spread activity,“ability of
exhibiting work”at the exhibition and“building”designed by architect. In this treatise I propose launching business to create
products or service by utilizing these property and skill of museum.
すことなく、ミュージアムが設立されたということであろう。
1 .はじめに
しかし2012年の現在、地方公共団体の財政状況は更に悪化
全国各地に設立されている公立ミュージアムは、その置か
している。長期の景気停滞による税収減と、少子高齢化の進
れている状況から「冬の時代」と言われて久しい。地方公共
行による社会保障予算の増加というネガティブな要因のため、
団体によって主に1980年代以降、多くの博物館、美術館、記
財政を厳しい状況に追い込んでいる。総務省の資料によれば
念館などの文化施設が設立されてきた。2008年の文部科学省
「平成23年度は企業収益の回復等により、地方税収入や地方
による社会教育調査によれば、国内の博物館の総数は5, 775
1)
交付税の原資となる国税収入が一定程度回復することが見込
であり、そのうち地方公共団体により設立された公立博物館
まれる一方、社会保障関係費の自然増や公債費が高い水準
は4, 169で、国内ミュージアム総数の 7 割以上を占める。
で推移すること等により、財源不足は約14兆円に達していま
公立ミュージアムが本格的に設立され始めたのは1980年代
す 2 )」と地方財政は大きな財源不足を抱えている。
に入ってからだが、それ以降、90年代、2000年代の前半(2001
この財政不足の中、文化芸術のための予算を削減せざるを
∼2005年)まで設立の勢いは衰えることなく続いた。特に
得ない地方公共団体が増えている。ミュージアムにおいては
2000年代になり地方公共団体の財政が逼迫して、厳しい状況
様々な点で予算が減り、従来に比して様々な点で活動に制約
になっていく中でも、公立ミュージアムは設立されている。
が生じている。新規に作品を購入することができないのはも
これは1990年代から計画されてきたものが、その計画を見直
ちろんのこと、人員削減、展覧会費の削減も行われている。
*1
慶應義塾大学メディアデザイン研究科 後期博士課程
Ph.D. student, Keio University the Graduate School of Media Design
― ―
95
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
この状況は、日本の社会構造が少子高齢化へ向かっていく
改革をこの企業の力を使って行っていくことはできないだろ
ことによることがその一因であることを考えると、簡単には
うか。指定管理者制度を使って民間企業がミュージアムの管
解決し得ない問題であると考えられる。さらに20年、30年と
理運営に携わることは可能だが、その権限は限定的である。
いう長い期間で考えてみると、現在開館している公立ミュー
現状より踏み込み、企業の力を最大限に活用することで、持
ジアムが存続し続けるためには、非常な困難を伴っていくこ
続可能なミュージアムを実現できないか。これが、研究の核
とが容易に想像できる。地方公共団体において博物館、美術
となる考えである。本研究では、民間企業の機能、能力を最
館を存続させていくために、いまから何をやればいいのか。
大限に使って、ミュージアムを持続させる方法を考察する。
本研究では、公立ミュージアムが生き残っていくための施策
を考察し、提案することが主題である。
なお、ここでのミュージアムとは、所属品を持ち、展示活
動を行っている施設を主な研究対象とする。文部科学省が行
3 .研究の前提
①21世紀における制度面での変化
っている社会教育調査において「総合博物館」「科学博物館」
「歴史博物館」
「美術博物館」とされている施設を指す。
本論に入る前に公立ミュージアムの置かれている状況を整
理し、本論文での論点を明確にする。ここでは直近の約10年、
すなわち21世紀になってからの公立の博物館、美術館に関し
ての制度面での変化を概観する。
2 .研究の目的
まず、地方公共団体設立のミュージアムには直接関わる内
本研究の目的は前章で述べたとおり、地方公共団体によっ
て設立された公立ミュージアムが、20年、30年先まで存続し
容ではないが、2001年 4 月に国立美術館、国立博物館が独立
行政法人化される。独立行政法人とは、
続けるための方策を考察し、提示することである。厳しい状
「独立行政法人制度とは、各府省の行政活動から政策の実
況に置かれている公立ミュージアムをどのようにしたら、存
施部門のうち一定の事務・事業を分離し、これを担当する
続させることができるのか。市民のために活動を継続できる
機関に独立の法人格を与えて、業務の質の向上や活性化、
のか。その方法を検討する。
効率性の向上、自律的な運営、透明性の向上を図ることを
目的とする制度です 3 )」
ミュージアムの現状に対して、様々な努力、試行、活動な
どが既に行われている。ミュージアムの現場での活動や行政
とされ、90年代後半から行われてきた行政改革の一環であり、
側での改善施策も多く行われてきた。また、主に文化政策、
国立の美術館、博物館の運営に採算性を持ち込み、効率化を
アートマネジメント、文化経済学などの学問的視点から、専
行うことも目的としている。国立美術館、国立博物館の独立
門家、学者からの提言も多くなされている。そして、その成
行法人化は、地方公共団体のミュージアム運営にも効率化と
果も決して小さなものではない。しかしながら、これまで行
いう点で少なからず影響を与えた。
そして、地方公共団体の文化施設運営に大きな変化を与え
われてきた活動では、長期的に公立ミュージアムを持続させ
たのが、03年 9 月に施行された指定管理者制度である。この
ていくためにはまだ充分とは言い難いと考えられる。
ミュージアムの現状の問題点、課題を明確にし、改善のた
制度は言うまでもなく、従来自治体や自治体の外郭団体が独
めの方法を探り、よりよい環境を実現していくことは重要で
占していた公の施設(市役所の建物などは除く)の管理を民
あることは言うまでもない。しかし、公立ミュージアムにお
間企業や NPO 法人にも門戸を広げることにより、管理運営の
ける本源的な課題は、先にも述べたように、20年、30年先の
効率化を図る制度である。指定管理者制度が施行され 8 年が
時代にも存続できるか、否かということである。そのために
経過し、制度の意義、利点と合わせて、様々な問題点、課題
最適な方法を見いだしていくことも、あわせて重要なことで
も多く指摘されている。特に博物館、美術館などの文化施設
ある。これまで行われてきた努力、試行、活動、提言などは
への制度導入には、いまだ反対論も少なくない。行政側には
多くはミュージアムの内部から改善を行っていこうとする方
運用面での検討が求められているのが現状である。
法論が多いと考える。既に実施され、また提示されている方
法論に加えて、ミュージアムを外から改善、改革する活動、
②社会インフラの劣化と更新費の負担増
指定管理者制度は公の施設の管理運営を効率的に行うこと
施策も必要なことである。
公立ミュージアムは、社会の中で存在している。これは言
をひとつの目的としているが、国、地方公共団体の管理して
うまでもないことである。地方公共団体という「公共」が、
いるのは文化施設などの公共施設だけではない。国、地方公
市民の税金により設立し、地方公共団体が主体となって運営
共団体の管理すべき社会資本が、これから本格的な老朽化を
している(指定管理者制度の下、その運営を民に任されてい
迎えようとしている。社会資本とは公共投資によって整備さ
ることもある)
。しかし、社会は公共と市民だけではない。多
れた道路、上下水道などの「インフラ」
、学校、病院、文化施
くの市民が属する企業が存在している。ミュージアムの改善、
設などの「公共施設」
、浄水場、下水処理場などの「機械」と
― ―
96
第16号 2012年 3 月
いう社会基盤のことである 4 )。日本においては、1950年代後
結果地方自治体のうち 1 割程しか P F I 事業を実施したことが
半以降2000年初頭までは公共投資額はほぼ増え続けている 。
ないなど、必ずしも幅広い行政主体が P F I を活用している状
これは戦後の経済復興のため、公共投資が先導的な役割を担
況ではなかった 8 )。改正 P F I 法で導入される民間提案制度に
ってきたことと大きく関係する。
おいては、まず民間事業者が実施方針案を検討・策定し、こ
5)
橋、道路、下水道などの耐用年数は、もっとも長持ちする
れを公的主体(行政)に提案する。提案を受けた公的主体は
ものでも50年ほどとされている。戦後、一貫して整備され続
この内容を検討し、採用か不採用かを提案した事業者に通知
けてきたこれらの社会資本は、いずれは更新の時期を迎える。
する義務がある。この提案制度により、民間企業などがミュ
更新の費用は根本祐二の推計では、日本全体で今後50年間の
ージアムに対して、館の運営方法を事業として提案できる制
更新投資総額は330兆円、年平均で8. 1兆円という巨額なもの
度が整ったということである。
となるという 6 )。
21世紀になってからの制度面での整備状況から「民間でよ
橋、道路、下水道は社会生活に必須の「社会インフラ」で
りよいものができるのであれば、民間に任せる」つまり、官
ある。これらを更新せず、使えなくすることは絶対に避けな
から民への大きな流れをみることができる。今後は公共が運
ければならない。財政状況が改善する見込みが薄い地方公共
営している文化施設に対して、民間事業者の参入が本格化す
団体において、社会インフラ更新に巨額の費用が必要である
ることが予想され、施設運営の方法も変わっていくものと考
とすれば、博物館、美術館などの文化施設にかかる費用はど
えられる。
う捻出されるのか。よほどの理由がない限り、その予算は削
減されるのが当然だろう。最悪の場合、ミュージアムの閉鎖
や所蔵品の処分などという事態も予想されうる危機的な状況
4 .提案するビジネス展開
が、いままさにあるのではないか。
①ビジネスモデルの構造
③PFI法の改正
ジネスについて述べる。ここではミュージアムの機能に注目
前節までに述べてきたことを踏まえ、本論文で提言するビ
2011年 6 月に「民間資金等の活用による公共施設等の整備
したビジネス構築を考える。そこで、まずミュージアムの機
等の促進に関する法律」、いわゆる P F I 法(以下 P F I 法)が
能とは何かを整理する。言うまでもないが、博物館法には「歴
改正された。P F I とはプライベート・ファイナンス・イニシ
史、芸術、民俗、産業、自然科学等に関する資料を収集し、
アティブ(Private Finance Initiative)の略で、
「公共施設等の
保管(育成を含む。以下同じ。
)し、展示して教育的配慮の下
建設、維持管理、運営等を民間の資金、経営能力及び技術的
に一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエー
能力を活用して行う新しい手法です 」と定義され、公共が
ション等に資するために必要な事業を行い、あわせてこれら
必要に応じて民間資本を使って、公共施設の整備とサービス
の資料に関する調査研究をすることを目的とする機関 9 )」と
を民間に委ねる方法である。ミュージアム領域では神奈川県
定義されている。この定義からミュージアムは「収集保存」
立近代美術館葉山館、仙台市天文台が P F I 事業として整備さ
「展示公開」
「教育普及」
「調査研究」の4機能を持つとされる。
7)
この 4 つの機能に注目し、ミュージアムを他の公共施設と比
れている。
1999年に施行された P F I 法であるが、公立文化施設の運営
べてみると、ある特徴が見いだされる。それはミュージアム
という点からこの度の改正では二つの重要な改正内容を含ん
が、音楽ホール、劇場などの文化施設や公民館、体育館など
でいる。ひとつは「公共施設等運営権の導入」であり、もう
の公共施設にはない資産を保有していることである。
ミュージアムの機能に則って具体的に資産の内容を見てみ
ひとつは「提案制度の導入」である。
まず公共施設等運営権の導入であるが、ここでいう「公共
ると、第一に「収集保存」されている文化財、芸術作品、文
施設等の運営権」とは、公共の施設において、民間企業が料
献資料などの所蔵品があげられる。第二にミュージアムの所
金の設定、徴収を含むあらゆる権利を付与される仕組みであ
蔵品に関しての長年に亘って行われてきた「調査、研究」は
り「コンセッション方式」とも言われる。指定管理者制度は
学術的な資産として大きな価値を持っている。更に第三に大
公共施設の管理について民間を含む団体に委託する制度であ
半のミュージアムで行われているワークショップ、講演会、
り、公共施設等運営権とは行える権利が大きく異なる。ミュ
展覧会関連イベントなどの「教育普及」活動において、これ
ージアムにおいては官から民(企業など)が運営に関わるす
を行う方法論、ノウハウ、技術、経験などは、無形の資産と
べての権利を与えられ、館の管理運営を行えることを意味す
して価値を持つものである。
ミュージアムに与えられた機能により、これらの有形、無
る。
もうひとつの提案制度の導入は、民間事業者が P F I 事業を
形の資産が保存、蓄積されている。さらに、多くのミュージ
行政に対して提案できる制度である。これまでの P F I 法では、
アムは専用の建物で運営されていることも重要である。ミュ
P F I 事業はあくまで行政発意でしか行うことができず、その
ージアムの建物は、劇場、音楽ホール、体育館という公共施
― ―
97
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
設に比べ、展示室、ロビー、講堂など本来の利用用途以外に
まず(1)について。ミュージアムの保有する文化財、芸
も使える可能性があるスペースが多いことが指摘できる。つ
術作品はすべてが常時公開されているわけではない。常設展
まり第四の資産として、ミュージアムにおいては建築も活用
示、企画展で公開されるのは所蔵品の一部である。特に規模
できる価値があると言える。
の大きなミュージアムでは公開されていないコレクションも
多い。いわば「死蔵」されていると言ってもいいコレクショ
②ビジネスの特徴
ンを使って、商品、サービスを開発することになる。税金で
本研究では上に述べたミュージアムの持つ 4 つの資産〈所
収集され、保存されてきたコレクションを活用するモデルで
蔵品・コレクション〉〈調査研究の成果〉〈教育普及の技術〉
あり、ミュージアムにとってのステークホルダーである市民
〈建物〉を最大限に活用してのビジネスモデルを提案する。以
下、ビジネスモデルの方法論について説明する。
にとっても、理解を得やすい活動である。またミュージアム
にとっての重要なステークホルダーである行政の立場として
ビジネスモデル構築は、3 つのポイントを特徴とする。
も、充分に活用されていなかったコレクションを再活用する
(1)ミュージアムの 4 資産、つまり〈所蔵品・コレクショ
ン〉〈調査研究の成果〉〈教育普及の技術〉〈建物〉を
ことができる事業であるため、反対する理由は少ないと考え
られる。
「コンテンツの原石」と捉え、これらの資産を使った商
品、サービスを開発し、販売するビジネスを展開する。
地方公共団体によって設立された公共ミュージアムは、当
然のことながら公共性を求められる。ミュージアムの持つ資
(2)ビジネスはミュージアム自体が行うことはせず、外部
産をビジネスに展開することは、公共資産を活用した社会へ
の民間企業が、企業活動として、売上や利益の最大化
の還元、貢献にもなる活動である。従って、
(2)で述べた通
などを第一義の目的として行うことを前提とする。
り、このビジネス展開を行うことにより、結果的にはミュー
(3)ビジネスによって企業が得た利益から、事前に結んだ
ジアムの社会的な価値を高めることが期待できる。
契約により、ミュージアムに一定額が還元される仕組
また、開発される商品、ビジネスはミュージアムのコレク
みとする。ミュージアムは保有する資産の使用権を企
ションや無形の資産を使ったものである。商品、サービスを
業に渡すだけで、ビジネスを作り上げることが可能と
享受したユーザーは、当然のことながらコンテンツの元とな
なる。
ったミュージアムに興味を持つ。(3)で述べたように、ミュ
想定されるビジネスとして、例えばであるが美術館のコレ
ージアムに興味をもったユーザーは、そのミュージアムを実
クションを使用したグッズの製作及び販売。また、教育普及
際に訪問しようとすることも充分想定される。ミュージアム
活動の中で培われた技術、ノウハウを活用しての通信教育プ
側からみても、商品、サービスを通して広告活動をしている
ログラムの開発、そしてミュージアムの建物を結婚式、パー
ようなものである。その結果として、来場者の増加につなが
ティーのために貸し出す活動などがあげられる。これらは既
る可能性が高いと考えられる。
に一部のミュージアムで行われているものあるが、まだ多く
のところでは様々な理由から行われていない。これら想定さ
れるビジネスを企業の力を使って、効率的かつ効果的に行っ
5 .想定するビジネスの例
ていくことが本ビジネスモデルの核となる方法論である。な
本研究ではミュージアムの資産を「コンテンツの原石」と
お、想定しているビジネス内容については次章で触れること
捉え、ビジネスを行うことを提案しているが、本章では想定
とする。
しているビジネス内容を具体的に述べる。これらは筆者が現
状でアイディアとして持っているものであり、実際にビジネ
③ビジネスによって想定される効果
スを企業にて行うことになれば、この内容以上のビジネスプ
ここではビジネスモデルを構築することによって得られる
効果について述べたい。以下の 3 つ効果が想定される。
ランが生まれるであろうと期待している。以下に記す内容は
研究内容を具体的に想像していただく例としてあげているこ
(1)充分活用されていなかったミュージアムの資産を使う
とを理解いただきたい。ビジネス例は先にあげた〈所蔵品・
ビジネスモデル構築であるため、行政、市民からの理
コレクション〉
、〈調査研究の成果〉
、〈教育普及の技術〉
、〈建
解、同意を得やすい。
物〉の 4 カテゴリーに分けて述べることとする。
(2)ビジネスを行うことによりミュージアムの持つ資産を
社会へ還元することができる。これは公共性の点から
①所蔵品・コレクションを活用したビジネス
ミュージアムの価値を高めることになる。
a.高精細画像による所蔵品カタログの製作
(3)ミュージアムが保有する資産を使っての商品、サービ
テレビ放送は2011年 7 月地上波デジタルに移行し 10)、家
スの開発であることから、中長期的にみてミュージア
庭でハイビジョン映像を見ることができる環境が整備され
ムの来館者が増える可能性が大きい。
た。ミュージアムの所蔵品を高精細画質で収録し、映像ソ
― ―
98
第16号 2012年 3 月
フトを製作する。画像収録についてはハイビジョンの4倍
アートをどのように見るかという方法論は、アートを対
の映像収録機器を使用
象することに限定せず、広く一般の社会においての物の見
し、高精細画像で制作する。製作するソフトはたとえば以
方へと拡大できるのではないかと考える。この方法論を生
下のものが考えられる。
かして、例えば社会人向けの研修プログラムを開発し、ビ
・
「シャガールから棟方志功まで:青森県立美術館の名品コ
ジネス展開するといったことが可能ではないかと考える。
の解像度を持つ4Kフォーマット
11)
レクション」
:ひとつのミュージアムの所蔵品で映像カタ
ログソフトを制作する。
b.子供向けラーニングソフトの製作
・「日本のピカソ作品カタログ」:国内のミュージアムでの
教育普及活動の中で、多くのミュージアムでは子供(幼
所蔵品からあるテーマでセレクションして企画ソフトを
児、児童)を対象としたワークショップを実施している。
制作する。
このワークショップの内容は様々であるが、ひとつのミュ
ージアムの中だけで行うに留めることがもったいない内容
b.所蔵品によるミュージアムグッズの製作
のものもある。ワークショップを実施しているエデュケー
すでに行っているミュージアムもあるが、ミュージアム
ター、ファシリテーターなど担当者の技術、経験、知識は
コレクションを使ったグッズを製作し、販売する。このビ
広く社会に活用されうるレベルのものであり、また活用さ
ジネスでは、これまでのミュージアムショップだけの販売
れるべきである。ワークショップに関するナレッジの集積
ではなく、広いマーケットでの販売が可能な商品の開発、
は、ミュージアムの大きな資産である。
製作が重要である。また販売は国内のみではなく、海外へ
このナレッジを活用して子供向けのラーニングソフトを
の輸出も計画したい。
製作する。その内容については、いくつも考えることがで
きる。例えば、
「楽しく絵が描けるようになる映像ソフト」
c.所蔵品の有料貸出
「アートの見方がわかるゲーム形式のソフト」
「キャラクタ
所蔵品を有料にて館外に貸し出す。想定しているのは主
ーを育てながら、アート感覚を養っていくソフト」などの
に企業である。所蔵品の貸出にあたっては所蔵品保護のた
企画はどうであろうか。ミュージアムで培われた無形資産
め、細かな条件、規定などを設定することが必要ではある
を活用したビジネス展開は、様々な可能性を持っている。
が、公開の機会の少ない所蔵品を貸し出すことは、作品の
④ミュージアムの建物を活用したビジネス
公開できる場を広げるという点で実施すべきである。
公立の博物館、美術館は専用に設計され、建築された建物
②調査研究の成果を使ったビジネス
が多い。どの館でも展示のための展示室が設けられているが、
・教育のための講座運営
展示室以外にもエントランススペース、ワークショップを行
ミュージアムで行っている調査研究の成果を元にして、教
うスペースや講演に使われる部屋などの空間スペースがある
育のためのスクール、講座などを企画し、運営する。一部の
ところが少なくない。また、言うまでもなく展示室も広い空
ミュージアムでは教育普及活動の中で講座を行っているが。
間である。
ここでは教育を専門とする企業のノウハウを使って、より専
これらミュージアムのスペースを活用したビジネス展開が
門的かつ分かりやすい教育方法を通したスクール、講座を開
考えられる。アメリカのミュージアムでは館の貸出は広く行
発、運営する。対象は幼児、児童、学生から成人、高齢者ま
われている。日本でも例えば東京国立博物館では施設有料貸
であらゆる層をターゲットとする。また、教育の方法も、面
出を行っている 12)。ウェブサイトをみると使用できる用途と
接形式、通信教育、e-learning などターゲット層に合った適
して「茶会・句会など」
「講演会・セミナーなど」「パーティ
切な方法での運用が考えられる。
ーなどのイベント」
「テレビ・映画・雑誌等の撮影」があげら
れている。ここには過去に使われた事例も掲載されていて、
③教育普及の技術を使ったビジネス
幅広い用途に対して貸し出されていることがわかる。
施設の有料貸出は、スペースがある博物館、美術館なら実
a.アートを活用した研修プログラム
ミュージアムの来場者は、展示されているアート作品に
施できるはずである。ミュージアムによっては公園の中に立
それぞれの価値を認め、鑑賞することが目的である。アー
地する館も少なくない。このような館であれば、ミュージア
ト作品に対して鑑賞の仕方はその人によって異なることは
ムの建物本体に加えて、周辺の広場などのスペースもあわせ
いうまでない。ただ作品によっては鑑賞するのが難しい作
て貸し出すことができる。
品も少なくないため、多くの美術館では作品の見方を解説
また使用用途についても、東京国立博物館は許されていな
するギャラリートークなどを教育普及活動として行ってい
いようだが、結婚式など収益性が高いと見込まれるイベント
る。
への貸出を積極的に行うべきである。
― ―
99
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
以上が想定しているビジネスの具体例である。これだけに
5 月にかけて改正 P F I 法について地方銀行および第二地方銀
とどまらず、多くのアイディアでビジネスが可能であろう。
行を対象にアンケートをとった資料が発表されている 15)。こ
のアンケートは「今国会で成立した P F I 法の改正により、上
下水道、空港などの社会資本の運営を民間に包括的に委ねる
6 .PFIを使ったビジネス展開
『コンセッション方式』の活用が可能になることを受けて実施
3 章で述べた通り、P F I 法が2011年 6 月に改正された。改正
したものです」とあり、社会資本を P F I の活用によって事業
P F I 法は2011年 6 月 1 日に発布され、2012年 3 月27日に「民
化することを銀行がどのように考えているかを調査したもの
間資金等の活用による公共施設等の整備等に関する事業の実
である。
施に関する基本方針 」が閣議決定された。この基本方針の
資料によれば、銀行のコンセッション方式による P F I 事業
冒頭には「P F I 事業の活用が推進されることにより、公共施
参画への関心は極めて高く、回答した37行のうち36行(97. 3%)
設等の整備等に民間の資金やノウハウ等が最大限活用される
が「非常に関心がある」または「ある程度関心がある」と答
中で、民間資金の出し手や民間事業者の視点による評価を経
えている(図 1 )
。またコンセッション方式の活用について関
ることとなり、真に必要な公共施設等の整備等が効率的に進
心のある社会資本分野については、30行(81. 1%)が「下水
められることが期待される 14)」とあり、公共施設の整備、運
道」に、29行(78. 4%)が「上水道」に関心を示しているが、
営に P F I 事業の活用を積極的に行っていくことが明言されて
その大半が社会インフラである中で「美術館、博物館」にも
いる。
21. 6%の銀行が関心を示している(図 2 )
。
13)
また基本方針では、民間提案については「一 民間事業者
コンセッション方式が導入されることにより、民間企業が
の提案による特定事業の選定その他特定事業の選定に関する
ミュージアムビジネスへ参入する機会は大きく広がる。これ
基本的な事項」の「 4 民間提案に対する措置」で、また公
までは指定管理者制度でのミュージアム管理運営業務への参
共施設等運営権(コンセッション方式)については「四 公
画が主な民間企業のビジネスチャンスであった。ただ、指定
共施設等運営権に関する基本的な事項」で、それぞれ基本方
管理者制度に基づく民間事業者の地位はあくまで行政処分に
針および実施にあたってのガイドラインにあたる内容が定め
よって与えられた地位である。この地位には財産性がなく、
られている。
これを譲渡することや、担保を設定することができない。こ
既に指摘したようにこれまで P F I を使って設置されたミュ
れに対してコンセッション方式での事業を行う権利について
ージアムの例は少ないが、改正 P F I 法が施行され、細かな実
は財産権と位置付けられると考えられており、金融機関から
施規定が定められると、P F I を活用した事業の可能性が広が
のファイナンスを受けて事業を行うことが可能になる。
る。公共施設等運営権(コンセッション方式)を使った事業
現行の指定管理者制度では民間企業の選定の主体はあくま
展開は民間企業にとって大きなビジネスチャンスである。P F I
で行政側にある。民間企業は行政から提示された条件で応募
事業を行う際、重要な役割を果たすのは融資を行う銀行など
して、ビジネスに参入するしか方法はない。これに対して新
の金融機関であるが、改正 P F I 法に対する金融機関の興味は
に導入される民間提案制度では、民間企業が任意のビジネス
どの程度あるのだろうか。野村総合研究所が2011年 4 月から
を提案できる仕組みであり、これは企業によるミュージアム
図 1 .コンセッション方式によるPFI事業参画への関心
出典:株式会社野村総合研究ニュースリリース
「地域社会資本を対象とした改正 P F I 法の活用に強い
関心」2011年 6 月22日
図 2 .コンセッション方式の活用について関心がある社会分野
出典:株式会社野村総合研究ニュースリリース
「地域社会資本を対象とした改正PFI法の活用に強い関心」
2011年 6 月22日
― ―
100
第16号 2012年 3 月
ビジネスを広げることができる制度である。改正PFI法によ
って、ミュージアムを巡るビジネスが大きく変わっていくこ
〈参考文献〉
①松田政行「コンテンツ・ファイナンス」、日刊工業新聞社、
とと期待される。
2005
②中川幾郎、松本茂章編著「指定管理者は今どうなっている
のか」、水曜社、2007
7 .最後に
③小林真理編著「指定管理者制度:文化的公共性を支えるの
芸術文化振興のため、街作りのため、そして地方公共団体の
存在を示すため。様々な理由や事情で地域の博物館、美術館
は誰か」
、時事通信出版局、2006
④福田隆之、谷山智彦、竹端克利「入門インフラファンド」
、
が設置されてきた。その公立ミュージアムが、今後も生き残
っていけるのか。かなり厳しい状況と言わねばいけない。将
東洋経済新報社、2010
⑤植田和男、日刊建設工業新聞社編集局共著「P F I の資金調
来を見据えて持続可能なミュージアムを作るシステムを、い
達」、日刊建設工業新聞社、2006
ま構築してかなければいけない。本研究では、そのための一
⑥根本祐二「朽ちるインフラ」
、日本経済新聞出版社、2011
つの方法論を提示した。ここから様々な議論が展開し、ミュ
⑦福田隆之他「改正 P F I 法解説」、東洋経済新報社、2011
ージアムの将来への確かな道筋が描けることを期待している。
⑧野村総合研究所[ほか]
「社会インフラ次なる転換:市場と
雇用を創る、新たなる再設計とは」
、東洋経済新報社、2011
注
1 )登録博物館、博物館相当施設、博物館類似施設を含む総数
2 )総務省ウェブサイト「地方財政制度」による
http://www.soumu.go.jp/iken/zaisei.html
3 )総務省ウェブサイトより引用。
http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/gyoukan/kanri/
satei2_01_01.html
4 )社会資本を「インフラ」
「公共施設」
「機械」と分類する
ことは根本祐二「朽ちるインフラ」(日本経済新聞社、
2011)による分類による。
5 )「朽ちるインフラ」P. 69
6 )「朽ちるインフラ」P. 73
7 )内閣府 P F I ホームページによる。
http://www8.cao.go.jp/pfi/aboutpfi.html
8 )「P F I 法改正法に関する説明会資料」
、内閣府民間資金等
活用事業推進室、2011
9 )博物館法第一章第二条(定義)
10)東日本大震災の被災地 3 県(福島、宮城、岩手)は2012
年 3 月に移行。
11)水平画素数4, 000×垂直画素数2, 000前後の解像度を持つ
ビデオフォーマット。
12)東京国立博物館ウェブサイト「施設有料貸出」
http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?i
d=176
13)内閣府民間資金等活用事業推進室ウェブサイトに掲載
http://www8.cao.go.jp/pfi/20120327kakugikettei.pdf
14)「民間資金等の活用による公共施設等の整備等に関する
事業の実施に関する基本方針」
、2012、P. 1
15)株式会社野村総合研究ニュースリリース「地域社会資本
を対象とした改正 P F I 法の活用に強い関心」、2011年 6
月22日
http://www.nri.co.jp/news/2011/110622.html
― ―
101
第16号 2012年 3 月
博物館評価を評価する
―ODAの評価方法・枠組みと比較して―
An Evaluation of Museum Evaluation:
comparing to the method and the framework of ODA Evaluation
佐々木 亨*1
Toru SASAKI
泰 井 良*2
Ryo TAII
和文要旨
我が国の博物館において、経営に関わる評価が導入されて10年ほどが経過した。しかし、
(財)日本博物館協会の評価導入
に関する実態調査報告や筆者が実施したヒアリング調査結果から、評価をすでに導入している博物館において、現行の評価
活動の作業量に対する改善意見や評価の在り方に関する疑問が多く存在することが分かった。
一方、評価活動は博物館に限らず、さまざまな領域で実施され、定着し、成果を上げている。特に ODA 評価は、国際的に
も先駆的な評価分野の一つと位置づけられている。
本稿では、博物館評価を ODA の評価方法や枠組みと比較して、現在、博物館で発生している評価に関する課題解決の方策
を検討する。その上で、博物館における評価活動を今後リニューアルする際の知見を得ることが目的である。
Abstract
Ten years have passed since the introduction of evaluation relating to management in Japanese museums. However,
according to the field survey on the introduction of evaluation carried out by Japanese Association of Museums and to the
hearing survey conducted by the author, it revealed that there are many criticisms against heavy workload for evaluation and
questions about the concept of evaluation in the museums, which have already introduced evaluation.
On the other hand, evaluation activity has been carried out not only in museums but also in various fields, accomplishing
certain results. In particular, ODA Evaluation has been considered as one of pioneering evaluations.
In this paper, the measures for resolution of problems on the evaluation currently occurring at museums will be examined,
comparing museum evaluation and ODA Evaluation in terms of valuation method and evaluation framework. In addition, this
paper aims to obtain knowledge for future redesign of evaluation activity in museums.
され、定着し、成果を上げている。特に ODA(政府開発援
1 .はじめに
助)評価は、国際的にも先駆的な評価分野の一つと位置づけ
我が国の博物館において、経営に関わる評価が導入されは
られている。
じめて10年ほどが経過した。しかし、2009(平成21)年に
本稿では、博物館評価を ODA の評価方法や枠組みと比較し
(財)日本博物館協会(以下、日博協と略す)が発行した評価
て、現在、博物館で発生している評価に関する課題解決の方
導入の実態調査報告書 を見る限りでは、充分に評価が普及し
策を検討する。その上で、博物館における評価活動を今後リ
ているとは言えない。また評価をすでに導入している博物館
ニューアルする際の知見を得ることが目的である。
1)
においては、現行の評価活動に対する改善意見や評価によっ
なお、本稿を執筆するにあたり、筆者が実施したヒアリン
て運営が改善されているのかどうか疑問であるといった声が
グ調査と参加した「評価士」養成講座からの情報以外は、文
多かった。さらに、筆者が実施したヒアリング調査からは、
献からの情報で調査を行った。
評価の意味や位置づけが評価導入当時から変化してきている
本稿の構成は以下の通りである。
ことや、評価活動を継続させるためにクリアすべき共通の課
1 .はじめに
題が存在することが分かった。
2 .日本の博物館評価の現状
一方、評価活動は博物館に限らず、さまざまな領域で実施
*1
*2
北海道大学 教授
静岡県立美術館 上席学芸員
3 .博物館評価研究に関するレビューと静岡県立美術館
Professor, Hokkaido University
Curator, Shizuoka Prefectural Museum of Art
― ―
103
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
の評価活動
複雑さや評価活動に関する基準の曖昧さに対して改善を
4 .博物館の評価活動に関するヒアリング調査結果から
求める意見
5 .ODA における評価の多様性
②
「評価によって、運営が改善されているのか疑問である」
、
6 .考察:博物館評価のリニューアルに向けて
「評価のための評価になっていないか」といった、そもそ
7 .おわりに
も評価活動の有効性に疑問を呈する意見
謝辞
③「実施されている行政評価は、指標の内容や評価の仕方
が、博物館活動を測るには適正ではない」
、「第三者評価
委員の博物館活動への係わり方が疑問であり、その発言
2 .日本の博物館評価の現状
も評価になっていない」といった、現行の枠組みが機能
日博協は2008(平成20)年度に、我が国の博物館における
していないことに対する意見。この意見は、評価活動の
評価導入の実態調査を行い、国立博物館30館、公立博物館680
有効性を部分的に疑問視したものであり、②に含めるこ
館、私立博物館334館(合計1, 044館)から回答を得た結果を
とができる。
報告している 。以下にその内容を紹介する。なお、この報
2)
告書では、博物館の評価を以下のように区分している。
3 .博物館評価研究に関するレビューと静岡県立美術館の評
①館主体の評価:博物館が主体になって実施する評価
価活動
・自 己 評 価:評価者は主に当該博物館の職員
(1)博物館評価研究に関するレビュー
・外 部 評 価:評価者は主に博物館の外部者
重盛 3 )は2000年に、「日本における来館者研究、博物館評
・第三者評価:評価者は主に博物館の外部者で、さらに
評価内容の決定についても外部者の関与
価 文献リスト」をまとめ、そこに「付:文献リスト概観」
度が極めて高い。
として、1950年代後半から1999年までの、日本における来館
②設置者評価:博物館設置者が主体になって実施する評価
者研究と博物館評価を概観している。また、牛島・川嶋−ベ
ルトラン 4 )は2002年に、博物館評価の歴史的経緯を概観し、
(1)評価活動の実施状況
今日の博物館経営の諸問題を考察する「日本における博物館
館主体の評価、設置者評価のいずれか、または両方を実施
している博物館は557館(53. 4%)であり、このうち館主体の
経営の経緯と現状―戦後から今日まで―」という論文を執筆
している。
評価を実施しているところは285館で全体の27. 4%、設置者評
以下では、重盛の報告を引用しながら、日本における博物
価の実施は446館で全体の42. 7%である。館主体の評価を実施
館評価研究の流れを概観する。なお、重盛の報告では、
「来館
している285館が、どの評価を実施しているかをみると、自
者研究」とは評価を含め、来館者の行為・行動から博物館の
己評価209館(館主体の評価実施館の73. 4%)
、外部評価136館
諸活動を展望する調査研究の総称と定義されている。一方、
「博物館評価」は、来館者への視点のみならず、博物館の基準
(同47. 7%)、第三者評価42館(同14. 7%)である。
評価の開始時期は、自己評価、外部評価、第三者評価、設
に照らした経営や活動を総合的に評価する「事業評価」と、
置者評価のどれにおいても、2004(平成16)年度から2008
展示空間に対する来館者の行為・行動や学習の効果を調査分
(平成20)年度の 5 年間に、実施館のほぼ半数が評価を始め
析した「展示評価」から成り、この両方を包含する上位概念
と定義されている。
たことがわかる。
重盛は、日本における来館者研究や博物館評価を 5 つの時
(2)評価結果の活用と評価活動に対する要望・意見など
期に区分して概観している。
この報告書では、評価結果の活用状況として、
「館の運営を
改善するために参考になっているか否か」を聞いている。そ
①1950年代後半から60年代:博物館の学芸員や先進的な研
究を行う博物館学の専門家によって、盛んに行われた。
の結果、自己評価、外部評価、第三者評価では95%以上の館
②1970年代:際立った活動がなかった。
が、設置者評価に関しては85. 2%の館が「参考になっている」
③1980年代:博物館の濫立期であり、研究も多様化した。
ただし、建築計画や展示計画の研究者の集団において、
と回答している。
しかし、評価活動に対する自由記述による意見を多かった
継続的な実績が集中している。
④1990年代前半:バブル経済の余韻を残しつつ、博物館の
順に整理すると、
①「より簡便で、効率的な評価活動が必要である」、または
経営やマーケティングへの視野が広がるとともに、アメ
「博物館の規模などの経営環境に応じた評価の指針やガイ
リカの来館者研究にエヴァリュエーションという観点が
ドラインが必要である」
、「全国で共通の評価指標やシス
テムの確立が必要である」といった、現行の評価活動の
― ―
104
生まれつつあることが知らされ始めた。
⑤1990年代後半:博物館評価が実践に取り込まれ、または
第16号 2012年 3 月
取り込むことを真剣に考えられ始めた時期で、江戸東京
報告書』8 )からみると、次のようになっている。
博物館の総合的な展示評価はその代表的な例である。一
①自己評価
方で、マクロな観点である事業評価も研究段階であるが、
・戦略計画方式の評価(業績測定)を基本として、それ
実践への取り込みの試行やモデル化が行われた。
に専門の委員が記述するレビューや美術館職員が記述
なお、牛島・川嶋−ベルトランの論文では、1970年代と1990
するレポートを付加している。
年代前半期の二つの時期が、わが国における博物館経営・評
・業績を測定するために、各種調査を毎年実施している。
価に関する研究や実践の「停滞期」
(あるいは「潜伏期」)と
②県庁の支援体制に関する総括
いえる、としている。これは、先に紹介した重盛の見解とほ
・県庁の同美術館を所管する部局が、美術館に対する前
ぼ一致した見解であるといえる。
年度の支援計画に関して、その実施状況を報告する。
・それとともに、当該年度の支援方針を発表している。
(2)静岡県立美術館の評価活動
③第三者評価委員会による評価
静岡県立美術館における評価活動は、前節(1)の「⑤1990
・自己評価に対する二次評価
年代後半」に記したマクロな観点である、経営的な視点によ
・県庁の支援に対する一次評価
る事業評価の実践への取り込みの流れを汲むものであると考
・美術館事業の改善に向けた提言
える。2000年以降における博物館評価の一事例として、以下
に静岡県立美術館の評価活動を紹介する。
筆者の一人である佐々木は、美術館の外部の者として、同
美術館の評価活動を模索し始めた2001(平成13)年度から、
2001(平成13)年度に、筆者の一人である泰井を含む美術
評価委員会が「提言書」を発行する2004(平成16)年度まで
館職員、美術館を所管する県庁文化政策室職員、それに佐々
係わった。現時点における評価活動を平成21年度『静岡県立
木の 6 名程度で、美術館活動を評価する指標(ベンチマーク
美術館第三者評価委員会評価報告書』9 )に基づいてチェック
ス)設定に関する研究会を開始した。その際、メンバーは、
すると、以下のような課題があると思われる。
「入館者数」と「収支」だけで美術館活動を評価する従来の方
法へ疑問を抱いていたが、どのような指標で評価すべきか分
①自己評価の構造が複雑である。
報告書の中の「静岡県立美術館自己評価報告書」には、
からない状況であった。美術館利用者や県民に対して、美術
1 )館長公約の達成状況に対する評価、2 )35の評価指標
館の持っている「価値」を明確に示す評価の在り方を検討す
による業績測定結果と、それに付随する専門委員および美
る目的で、この研究会活動は 2 年間続けられた。
術館職員によるレビューやレポート、さらに展覧会ごとの
2002(平成14)年度には、前年度にとりまとめた評価指標
自己点検評価表、3 )以前使用していた59指標による業績
に基づいて、その現状値を測定するために、展示観覧者、教
測定結果「美術館カルテ」の 3 つの要素が含まれており、
育普及事業参加者、ボランティアなどを対象に調査を実施し
自己評価の構造が複雑であり、かつ 1 )と 2 )のどちらを
た。現状値に関する中間報告の際に、現状値の解釈が館員間
優先するのか分かりにくい。
で一致しないことがあり 、このことが、本来定まっている
②評価導入によってガバナンスの充実を期待したが、成果
5)
べき使命・目標が曖昧のままであることに気づかせてくれた。
2003(平成15)年度に、高階秀爾氏を委員長とする評価委
が出ていない。
県庁は美術館に対してさまざまな支援を行っているが、
員会が設置され、2 カ年度にわたり活動を続けた。この委員
戦略的広報を除き、実際の事業レベルの具体的アクション
会は、評価システムを設計することを主な目的としており、
が少ない。
委員会内の作業部会では、美術館の使命・目標の見直し作業
③第三者評価委員会による評価・提言は、根拠に乏しく、
を行い、それに相応しい評価指標を議論した。委員会での検
思いつきの発言が目立つ。
討結果は、2004(平成16)年度末に「提言書」 にまとめら
一般論としての改善提案や、他の文化施設の活動事例な
れ、同美術館の現在の評価システムの原型となった、
「ミュー
どからヒントを得た提言が多く、美術館の使命・目標の文
ジアム・ナビ」と呼ばれる戦略計画方式の評価 7 )(業績測定)
脈から、なぜその提言が重要なのか、またどのようにすれ
が提案された。
ばその提言を実現できるのかといった、建設的で現実的な
6)
2005(平成17)年度には、「提言書」の「ミュージアム・
議論になっていない。
ナビ」をベースにして、自己評価(一次評価)を開始、翌2006
④事業の再編成が進むような評価の構造になっていない。
(平成18)年度には、同じく「提言書」の内容に基づいて、第
個々の事業レベルの改善に重点が置かれているが、目標
三者評価委員会を設置し、自己評価に対する二次評価などを
レベルからの見直しによる、事業の再編成が進むような評
開始した。
価の構造になっていない。また、事業自身による純粋な成
2009(平成21)年度における静岡県立美術館の評価活動を、
その全体像がわかる『静岡県立美術館第三者評価委員会評価
― ―
105
果を測っていないため、その事業の存廃がなかなか判断で
きない状況である。
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
4 .博物館の評価活動に関するヒアリング調査結果から
5 .ODA における評価の多様性
佐々木は、科学研究費・基盤研究(C)
「公立ミュージアム
(1)ODA 評価の位置づけ
での評価導入・運用の検証と〈評価パッケージ〉の提案」
佐々木は2011(平成23)年 8 月に日本評価学会主催「評価
10)
(課題番号:22601001、2010∼2013年度)において、前半の 2
カ年で、公立博物館における評価導入・運用の実態を明らか
士」養成講座 12)を受講した。この講習は、以下のような内容
で構成されている。
にするため、ヒアリング調査を進めてきた。評価をすでに導
1 )評価の概論と関連法規、2 )評価の基本的論理、3 )評
入している、または導入を検討中の公立博物館に関しては2010
価者倫理と評価者の社会的責任、4 )評価の設計、5 )分析
(平成22)∼2011(平成23)年度に、評価をすでに導入してい
手法① ロジック・モデルの構築、6 )分析手法② データ
る博物館以外の文化施設として、図書館において2011(平成
収集・分析(定量的手法を中心に)
、7 )分析手法③ データ
23)年度に、ヒアリング調査を行った。
収集・分析(定性的手法を中心に)
、8 )分析手法④ インパ
ヒアリング項目は以下の通りである。
クト評価、9 )分析手法⑤ 効率性評価、10)総合評価、11)
①自己点検・第三者評価の概要、いままでの経緯
メタ評価、12)評価の今後の展望、13)専門分野科目(自治
②評価運用のための予算・体制・作業量
体評価、学校評価、ODA(政府開発援助)評価、大学評価、
③行政が実施する各種評価(設置者による事務事業評価
保健医療評価、公共事業評価、行政評価)
や事業仕分けなど)との関係
13)の専門分野科目は、評価が実践されている分野におけ
④評価の位置づけ、評価導入によるメリット、評価導入
後の問題点や課題
る事例紹介である。1 )
∼12)の内容は、評価に関する体系的
な知識とスキルを身につけることを目的としている単元であ
⑤評価を継続するためにクリアしなければならない事項
る。しかし、1 )
∼12)の内容が、13)に記したどの専門分野
本稿では、2010(平成22)年度に調査した公立博物館 9 館
にも属さないかというとそうではない。扱う内容のほとんど
および公立博物館の指定管理者としての財団法人 3 団体(合
は、ODA 評価に関するものであった。
計12館・団体 )におけるヒアリング結果のうち、ヒアリン
ODA 評価は、1960年代からアメリカや大手国際機関で実施
11)
グ項目の④と⑤について、その結果を報告する。
されていたが、1970年代に入り、援助国の財政状況が悪化す
「④評価の位置づけ、評価導入によるメリット、評価導入後
る中、援助資源の効率的な活用に向けて国際的に重要視され
の問題点や課題」に関しては、評価活動は「職員の意識を変
るようになった経緯がある。援助国・機関の意見調整の場で
える。気づきの場」であるとする捉え方が 7 館・団体と圧倒
ある経済協力開発機構/開発援助委員会(OECD/DAC)で
的に多かった。次いで、評価活動は「モチベーションを高め
も評価に関する議論が活発となり、1981(昭和56)年には、
る仕組み」、「事業全体での仕事の位置づけが明確になる。仕
援助機関の評価関係者による意見交換と協力のための組織が
事の意味を考える」がともに 2 館・団体であった。
設置された。こうした国際的な動きに呼応して、日本でも1975
一方、
「⑤評価を継続するためにクリアしなければならない
(昭和50)年に海外経済協力基金(現:国際協力銀行)で評
事項」に関しては、
「適当な第三者評価委員がいない、または
価が導入され、次いで1981(昭和56)年には外務省、その翌
少ないこと」が 5 館・団体と最も多かった。次に、
「特定の個
年には国際協力事業団(現:国際協力機構)でも評価活動が
人がいなくなったあと、評価活動をどうするか不安である」、
始まった。その後、1980年代には DAC を中心に、ODA 評価
「当初の意志が薄れてきて、評価活動がマンネリ化・形式化し
の方法論の整備や標準化が進められ、1991(平成 3 )年には
ている」、「作業量が多く、仕組みが複雑すぎる」
、「評価結果
「開発援助評価の原則」がまとめられた。
「開発援助評価の原
と予算・人事の議論が別物になっていて、期待していた評価
則」では、ODA 評価を「援助プロジェクト、プログラム、政
本来の目的が達成できていない」がそれぞれ 3 館・団体であ
策の計画、実施、結果を、体系的かつ客観的に査定し、それ
った。
らの妥当性、有効性、効率性、インパクト、および自立発展
④の回答からは、評価の意味や位置づけが、評価導入当時
性を判断すること」と定義した。評価体制や方法も国際的な
から変化してきていることを窺うことができる。評価導入当
原則や基準に沿って整備されており、そのため開発援助評価
初は、
「使命に基づく経営を支えるツール」
、
「利用者・納税者
は先行的な評価分野の一つと位置づけられている 13)。
この点が、「評価士」養成講座において、ODA 評価の内容
への説明責任の場」という捉え方が支配的で、職員の意識や
モチベーション向上のために行うというケースは多くなかっ
が主に取り扱われた理由であると考える。
たと考える。評価活動の位置づけが、非常に内向的になって
前述したように、日本の博物館経営において評価の概念が
いるといえるであろう。また、⑤の回答からは、評価活動を
導入されたのは1990年代前半であり、実践が始まったのが
継続させるためにクリアすべき共通の課題が存在しているこ
1990年代後半である。つまり、我が国において、ODA 評価は
とが分かる。
博物館評価よりも15∼20年ほど先行しており、なおかつ国際
― ―
106
第16号 2012年 3 月
的な基準のもと、評価体制や方法が整備されている分野とい
べる必要がある。援助は、設定した目標の達成に向けて、こ
うことができる。
の手段が講じられればこの結果につながるといった因果関係
に関する仮説(セオリー)に基づいている。プログラムを実
(2)ODAにおける評価方法の多様性
施する際、資源のインプット(投入)、活動、アウトプット
先に ODA 評価の定義を記したが、この定義には ODA 評価
(産出)
、アウトカム(成果)
、インパクト(社会における幅広
の 5 つの基準(DAC 評価 5 項目)が書かれている 。つまり、
い効果)を、手段と目的の因果関係の連鎖(ロジック・モデ
妥当性、有効性、効率性、インパクト、自立発展性である。
ル)で組み立てて計画し、実施される。妥当性に関する評価
以下では、これらの基準を概観する 。
とは、援助のロジック・モデルの適切性を問う評価である。
14)
15)
なお、ODA における「援助」は博物館における「博物館事
援助の目標が対象国や受益者のニーズと合致しているかどう
業」に、
「対象国」は「地域社会」に置き換えると理解しやす
か、対象国の優先課題と整合性を有するか、ターゲットグル
い。しかし、第 6 章の冒頭で改めて記すが、ODA 評価は案件
ープやアプローチの選択が適切かなど、援助の正当性・必要
別(プログラム別)の評価であるのに対し、博物館評価は経
性を問う評価である。
営組織全体を評価対象としている場合が多いので、この両者
を単純に比較検討することはできない。
その際に用いられる評価手法は「セオリー評価」と呼ばれ、
表 1 のような「ロジカル・フレームワーク」を用いる。これ
に記入した上で、全体的に論理的な構成になっているか、途
①妥当性に関する評価:
中で論理的な飛躍がなかったかなどをチェックする。
この評価を説明する際に、
「ロジック・モデル」について述
表 1 妥当性に関する評価の際に用いる「ロジカル・フレームワーク」
出典:龍慶昭・佐々木亮『
「政策評価」の理論と技法』多賀出版,2000,p. 36
― ―
107
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
②有効性に関する評価:
のため以下の考察では、博物館評価における課題解決の方策
援助は当初のデザインどおりに実施されているか、想定さ
れた質や量のサービスを提供しているかを問う評価である。
を検討するために、ODA における評価方法や枠組みを参考に
できるかどうかを探っていく。
その際に用いられる評価手法は「プロセス評価」と呼ばれる。
プログラムの当初のデザインと実際に実施されたプログラム
(1)博物館評価における課題
との差を検証し、その差を解消するためにどこを改善すべき
かの提言が伴う評価である。
第 2 章で取り上げた日博協の報告書から、評価に関する意
見として「現行の評価活動の複雑さや評価活動に関する基準
の曖昧さに対して改善を求める意見」、「そもそも評価活動の
③効率性に関する評価:
有効性に疑問を呈する意見」
、「行政評価や第三者評価委員会
インプットおよび活動とアウトプットの関係を生産性の視
点から問う評価であり、投入した資源(資金、人材、資機材、
といった現行の枠組みが機能していないことに対する意見」
があった。
技術など)がいかに経済的に結果を生み出したか、アウトカ
ムはコストに見合っているかをチェックする。
第 3 章では、『静岡県立美術館第三者評価委員会評価報告
書』に対する筆者である佐々木の見解として、
「自己評価の構
評価手法としては、成果を金額に変換し、費用との比率を
造が複雑である」
、「評価導入によってガバナンスの充実を期
みる「費用−便益分析」、成果を直接的な客観的指標で示し、
待したが、成果が出ていない」、「第三者評価委員会による評
、対象者の満足度など
費用との比率をみる「費用−効果分析」
価・提言は、根拠に乏しく、思いつきの発言が目立つ」
、「事
成果の主観的な判断を指標で示し、費用との比率をみる「費
業の再編成が進むような評価の構造になっていない」という
用−効用分析」がある。
課題があると指摘した。
また、第 4 章で報告した科学研究費によるヒアリング調査
からは、「適当な第三者評価委員がいない、または少ない」、
④インパクトに関する評価:
援助を実施することで、純粋にもたらされた効果を測定す
「特定の個人がいなくなったあと、評価活動をどうするか不安
る評価であり、外部要因による影響を差し引いた効果がどれ
である」
、
「当初の意志が薄れてきて、評価活動がマンネリ化・
くらいあったのかを示す「純効果」を問う評価である。また、
形式化している」
、
「作業量が多く、仕組みが複雑すぎる」
、
「評
意図した効果のほかに、意図しなかった政治、経済、社会、
価結果と予算・人事の議論が別物になっていて、期待してい
環境などに対する幅広い効果もチェックする。
た評価本来の目的が達成できていない」といった課題が指摘
評価手法としては、援助が実施されたグループと実施され
された。
なかったグループとの変化を実験的に比較する「ランダム実
以上の課題を整理してみると、大きく次の 3 つになる。
験モデル」16)など12種類の方法がある。
①評価のための調査や報告書の作成作業に関する課題
・
「現行の評価活動の複雑さや評価活動に関する基準の曖
⑤自立発展性に関する評価:
昧さに対して改善を求める意見」(日博協報告書)
援助終了後も、援助の効果が維持・発展されているかを問
う視点であり、技術、組織・制度、財務、政治、経済、社会
情勢に照らして総合的に評価する。これは、ODA 分野に特有
の概念である。
・「自己評価の構造が複雑である」(静岡県立美術館の評
価活動に対する所見)
・
「特定の個人がいなくなったあと、評価活動をどうする
か不安である」
、「当初の意志が薄れてきて、評価活動
なお、これらの評価とは別に、評価活動や評価報告書を評
価(メタ評価 )するための「チェックリスト」があり、評
17)
価活動や報告書のレベル向上に役立っている。
がマンネリ化・形式化している」、「作業量が多く、仕
組みが複雑すぎる」(科学研究費ヒアリング調査)
②評価活動自体の有効性に関する課題
・
「そもそも評価活動の有効性に疑問を呈する意見」
、
「行
政評価や第三者評価委員会といった現行の枠組みが機
6 .考察:博物館評価のリニューアルに向けて
能していないことに対する意見」(日博協報告書)
この章では、第 2 、3 、4 章で記した博物館評価における
・
「評価導入によってガバナンスの充実を期待したが、成
課題を整理し、その上で、第 5 章で紹介した ODA における評
果が出ていない」、「第三者評価委員会による評価・提
価方法や枠組みを博物館評価に適用することの可能性、およ
言は、根拠に乏しく、思いつきの発言が目立つ」
(静岡
びそのことで生じるメリットについて検討する。
県立美術館の評価活動に対する所見)
ただし、ODA 評価は案件別(プログラム別)の評価である
・
「適当な第三者評価委員がいない、または少ない」
、
「評
のに対して、博物館評価は、先に紹介した静岡県立美術館の
価結果と予算・人事の議論が別物になっていて、期待
ように、経営組織全体を評価対象としている場合が多い。そ
していた評価本来の目的が達成できていない」
(科学研
― ―
108
第16号 2012年 3 月
究費ヒアリング調査)
重点を置くのではなく、複数の評価基準があっても良いので
③評価の枠組みや評価の構造に関する課題
はないかと考える。
・「事業の再編成が進むような評価の構造になっていな
い」(静岡県立美術館の評価活動に対する所見)
予算・人事と第三者評価委員
前節(1)の②のなかに、
「評価結果と予算・人事の議論が別
(2)ODAにおける評価方法・枠組みと博物館の課題解決
物になっていて、期待していた評価本来の目的が達成できて
妥当性に関する評価の適用
いない」との課題がある。これは、静岡県立美術館のように
前節(1)の「博物館評価における課題」では、博物館評価
の課題を 3 つに分類した。ODA における評価方法を博物館に
指標の現状値を毎年測定する業績測定の手法を採用している
館で起こりやすいことと考える。
適用することで、これらの課題の解決につながる可能性があ
自治体評価においても同様に、業績測定の手法を採用して
るものが存在すると考える。その中で、最も有効なのが妥当
いるところが多いが、この手法のメリット・デメリットは、
性に関する評価の適用ではないかと考える。
以下のように整理されている 18)。広範な事業を評価対象とし
妥当性に関する評価とは、前述したように、援助(博物館
て、事後評価を恒常的に実施するやり方であり、実態として、
事業)の目標が対象国(地域社会)や受益者のニーズと合致
広く浅くモニタリングする形となる。そのため、メリットと
しているかどうか、対象国(地域社会)の優先課題と整合性
して、目標値に対して低い現状値が出ている事業を早期に見
を有するか、ターゲットグループやアプローチの選択が適切
つけることができること。市民に対するアカウンタビリティ
かなど、援助(博物館事業)の正当性・必要性を問う評価で
として分かりやすいことが挙げられている。一方、デメリッ
ある。その際、ロジカル・フレームワーク(表 1 )を用いて、
トとして、事業(プロジェクト)の上位にある目標(プログ
論理的な全体構成になっているか、途中で論理的飛躍がなか
ラム)レベルからも見ないと、事業に関する問題点の原因が
ったかをチェックする。
分からないことが多く、業績測定だけでは原因が把握できな
例えば、静岡県立美術館における自己評価は、評価指標の
いこと。現状値を収集するための調査に多くのコストがかか
現状値を測るとともに、専門委員および美術館職員によるレ
ることが挙げられている。さらに、予算編成時期に前年度の
ビューやレポートが付随する形となっている。このような評
業績測定結果を揃えるのが難しく、翌年度の予算や人事に結
価では、個々の事業の改善は進むが、事業とその上位にある
果を反映させにくいというデメリットもある。
目標との整合性を判断することは難しい。そのような状況で
また、②のなかに、第三者評価委員会に関する課題がある。
は、目標に照らして、そこから外れているため、評価する必
日博協の報告書、静岡県立美術館の評価活動に対する所見、
要がない事業も、評価対象として毎年評価している可能性が
科学研究費によるヒアリング調査の 3 つに共通している課題
ある。前節(1)の①で挙げた評価活動の複雑さや作業量の多
である。博物館による自己評価結果を第三者として二次評価
さはそれに起因する可能性がある。
する技術は、特別なトレーニングが必要であるが、その認識
また、前節(1)の③で挙げた、事業の再編成が進むような
が委員会を設置する側に欠如している場合が多いのではない
評価にするためには、事業群における事業の入れ替えが必要
かと考える。三重県庁では、各部署が実施した事業を自己評
である。その際には、妥当性に関する評価とともに、当該事
価した結果であるアセスメントシートを、行政経営品質 19)の
業が目標達成に向けてどれくらい純粋に成果を出しているの
アセスメント基準に沿った評価ができる認定アセッサーが二
かを測定するために、ODA で使われているインパクト評価も
次評価をしている。認定アセッサーは、外部組織が提供する
有効と考える。
所定の研修を受けた県庁職員から構成されている。博物館評
価においても、しかるべき組織が第三者評価委員を意図的に
育成していかない限り、この課題は解決しないのではないか
枠組みの適用
前節(1)の②「評価活動自体の有効性に関する課題」は、
と考える。
極めて根本的で重要な課題と考える。今日、博物館に導入さ
れている評価指標は、静岡県立美術館のように個別の事業に
おける利用者満足度を中心に測定している。つまり、事業の
7 .おわりに
実施により、どれくらい目標(利用者の満足度向上)が達成
本稿では、博物館評価に ODA の評価方法や枠組みを導入
されたかをみる評価が主になっている。しかし、ODA 評価で
した際のメリットや可能性について検討してきた。しかし、
は、先に述べた妥当性のほか、援助が計画通りに実施された
第 6 章の冒頭でも記したように、ODA 評価は案件別(プログ
かどうかをみる有効性、生産性の面からみる効率性に関する
ラム別)の評価であるのに対して、博物館評価は経営組織全
評価も併用されており、より多面的に援助のあり方をチェッ
体を評価対象としている場合が多い。したがって、博物館評
クし、評価している。博物館においても利用者満足度にだけ
価に ODA 評価をどのように適用していくかは、今後さらに検
― ―
109
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
討を要する点であり、実践の中での試行や検証も必要である
http://www.spmoa.shizuoka.shizuoka.jp/japanese/
と考える。
eva_system/iinkai/
また、ODA はその事業規模が大きく、事業費の数パーセン
7)
「使命」−「目標」−目標の達成度を測るための「指標」と
トが評価活動に使われることが定着している。そして、定期
いったツリー構造からなる評価方法で、「業績測定」
的に一定の量の評価活動業務が発注され、それを受注する組
織が国内に数多く存在しているという意味において、マーケ
(Performance Measurement)とも呼ばれる。
8 )各年度の自己評価結果は、静岡県立美術館ホームページ
ットが形成されている世界と言える。この点は、博物館評価
よりダウンロードが可能
が置かれている環境とまったく異なることを認識する必要が
http://www.spmoa.shizuoka.shizuoka.jp/japanese/
ある。
eva_system/kekka/
今回は ODA 評価を中心に考察してきたが、評価体制や方法
また、各年度の第三者評価委員会評価報告書は県庁ホー
が整備され、一定の成果を出している評価分野には、このほ
ムページよりダウンロード可能
かに学校評価、大学評価、保健医療評価、公共事業評価、自
http://www.pref.shizuoka.jp/bunka/bk-110/hyouka/
治体評価などがある。他分野における評価の考え方やその変
遷の歴史を学ぶことは、博物館評価の発展にとって有意義で
index.html
9 )県庁ホームページよりダウンロード可能。
あると考える。
http://www.pref.shizuoka.jp/bunka/bk-110/hyouka/
index.html
謝辞
10)この科学研究費・基盤研究のメンバーは、本稿の筆者で
本稿の一部に、科学研究費・基盤研究(C)(課題番号:
ある佐々木(代表)、泰井(研究協力者)のほか、(財)
22601001)の成果を用いました。また、本稿ではこの科研費
地域創造の布施知範(研究協力者)である。この研究で
で実施した、12館・団体へのヒアリング調査結果を紹介しま
は後半の 2 カ年(2012∼2013年度)で、公立博物館向け
した。ここであらためて感謝申し上げます。
評価パッケージを提案し、実際に試行することを目指し
投稿原稿を最終的にとりまとめるにあたり、査読者からい
ただいた貴重なご意見・コメントを参考にしました。また、
ている。
11)調査対象とした12館・団体は、横浜市ふるさと歴史財団、
(株)コーエイ総合研究所コンサルティング第 2 部 主任研究
東京都写真美術館、川崎市市民ミュージアム、山梨県立
員の田中香さんからは、ODA に関するご教示をいただきまし
博物館、豊田市美術館、斎宮歴史博物館、京都文化博物
た。記して謝意を表します。
館、
(財)大阪市博物館協会、広島市文化財団(広島市郷
土資料館)
、徳島県立博物館、高松市美術館、香川県立ミ
注
ュージアムである。
1)
(財)日本博物館協会『博物館評価制度等の構築に関する
12)この「評価士」養成講座は初級にあたり、年に 2 回開催
調査研究報告書』2009
される。このほかに、上級にあたる「専門評価士」など
2)
(財)日本博物館協会『博物館評価制度等の構築に関する
のコースもある。
調査研究報告書』2009
http://evaluationjp.org/activity/training.html
3 )重盛恭一「日本における来館者研究、博物館評価 文献
13)三輪徳子「開発援助評価」三好皓一編『評価論を学ぶ人
リスト」「付:文献リスト概観」
『琵琶湖博物館研究調査
のために』世界思想社,2008,pp. 261−282
14)この 5 つの基準は、有償援助、無償援助にかかわりなく、
報告』17,2000,pp. 150−172
4 )牛島薫・川嶋−ベルトラン敦子「日本における博物館経
技術協力に適用されてきたスキームである。有償援助の
営の経緯と現状―戦後から今日まで―」『展示学』34,
場合は、より資金面の効率性などをみるため、多少異な
2002,pp. 52−63
っている。
5 )外部業者に委託しているレストランの利用者満足度が
15)三輪徳子「開発援助評価」三好皓一編『評価論を学ぶ人
33. 3%であった。この数字の解釈を巡って二つの意見が
のために』世界思想社,2008,pp. 269−270。龍慶昭・
あった。美術館を利用する際になくてはならない施設な
佐々木亮『「政策評価」の理論と技法』多賀出版,2000,
ので、低い満足度は改善する必要があるという意見。も
pp. 175−178の 2 つを参照し、①∼⑤の評価を説明した。
うひとつは、来館者に対する主要なサービスは展示や教
16)龍慶昭・佐々木亮『「政策評価」の理論と技法』多賀出
版,2000,pp. 50−58
育普及事業であり、その質を高めることが重要である。
外部業者が経営する付帯施設の満足度にあまり留意する
17)
「メタ評価」には、評価報告書の内容や質を評価(チェッ
ク)するという意味と、複数の評価結果を統合するとい
必要はないという意見であった。
う意味がある。ここでは前者の意味である。また、後者
6 )静岡県立美術館ホームページよりダウンロードが可能
― ―
110
第16号 2012年 3 月
は「メタ分析」とも呼ばれる。
18)
「評価士」養成講座のテキスト、および田中啓「自治体評
価におけるベンチマーキングの可能性―米国の取り組み
が示唆するもの―」『日本評価研究』11(2),2011,
pp. 4−5、中村葉子「福井県の行政評価と自治体ベンチマ
ークシステム」『日本評価研究』11(2)
,2011,p. 55
19)淡路富男『
「行政経営品質」とは何か』生産性出版,2001
に詳しい。
― ―
111
第16号 2012年 3 月
日本における博物館経営論の構築に関する現状分析
―経営概念の変遷と研究主題の傾向から―
Present Status of establishing“Museum Management Theory”in Japan
平 井 宏 典*1
Hironori HIRAI
和文要旨
本稿は、日本における博物館経営論の現状を、歴史的経緯および研究主題の傾向を分析することで、その課題を明らかに
し、理論構築の方法論を提示することを目的としている。本研究は、①経営概念の歴史的経緯に関する先行研究の概観、
②博物館経営関連の学術論文における主題の傾向という 2 つのアプローチからなる。このアプローチから、博物館経営論が
経営学の文脈において活発に議論されるようになったのは近年のことであり理論構築の基盤が形成されているとは言い難い
こと、制度・事例に関する研究が多く、理論研究が少ないことが明らかになった。このことから、本研究では I C O M のカリ
キュラムガイドラインを援用し、一般理論としての経営学を適用する段階と博物館固有の経営学の段階の 2 つに区分し、理
論構築を図る方法論として基盤となる前者の重要性を指摘した。
Abstract
This paper is to clarify the issues and to present the methodology of Museum Management Theory in Japan by analyzing
historical trends and current research themes.
The study will be made from two approaches. First approach is to study the prior historical overview of Museum
Management concept and the second approach is to study the trends from Museum Management related research papers.
These approaches have revealed that the discussion of the foundation of museum management has begun recently in the
context of business management and is hard to say that the establishment of the theory has been completed. And revealed that
many research papers can be found just containing systems and case-studies but not theoretical studies. In this paper, to
establish basic Museum Management Theory, ICOM’
s curriculum guideline is used and divided the theory into two stages,
theory of business management stage and theory of museum’
s unique management stage which will be the two basic stages to
establish the theory.
として必要な専門的な知識・技術を身に付けるための入り口」
1 .はじめに
と位置付けるのは妥当であると考えられる 1 )。
バブル経済崩壊後の長引く不況といった環境の中、博物館
このような基本的方針において重要な点となるのが「汎用
は「冬の時代」と呼ばれる厳しい状況にあり、設置主体の公
性のある基本的な知識」である。この言葉は「館種・規模・
私を問わず「経営」という概念が重要視されるようになった。
設置者などが多様な日本の博物館においてどのような現場に
平成24年に改正「博物館法施行規則」が施行されるにあたり、
も幅広く適応できる」という意味で用いられている。つまり、
学芸員資格課程における「博物館経営論」は従来の 1 単位か
汎用性のある知識とは換言すれば体系化された知識であり「理
ら 2 単位に拡充されることから、学芸員が具備すべき能力と
論」であるといえる。しかし、学芸員養成科目における「博
しても「経営」は重要な位置付けにあるといえる。その一方
物館経営論」の基盤となる理論は、研究の蓄積は浅く、体系
で、
「博物館経営論」がひとつの学問領域として確固たる理論
化された理論構築がなされているとは言い難い現状にある。
を構築しているかという問題が存在している。
表 1 は学芸員養成科目の改善を目的として「博物館経営論」
『学芸員養成の充実方策について』の基本的な方針として、
において教授する内容を示したものである。例えば、博物館
大学学部レベルでは即戦力としての技能の養成は困難である
の経営基盤として挙げられている行財政制度と財務はどのよ
ことから、汎用性のある基礎的な知識の習得を徹底すること
うに区分されるのか。企業経営では、企業活動の一連のプロ
が重要であり、
「博物館に関する科目」の内容を精選する必要
セスを整理・伝達する会計と資金調達や事業投資などの意思
があると言及している。高度な専門能力を要する学芸員の養
決定に関する企業財務は学問領域としても明確に区分される
成は、現場における資料の取扱や展覧会の企画などを通した
ものである。公立館において、その財政面を取り扱うことが
O J T による部分が大きく、学部レベルの資格課程を「学芸員
想定される行財政制度は明確だが、財務はどのような意味を
*1
共栄大学国際経営学部国際経営学科 専任講師
Lecturer, International Management, Kyoei University
― ―
113
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
表 1 大学における学芸員養成科目の改善 No. 3
有しているのか。博物館経営論は、この一例のように固有の
科目名:博物館経営論 単位数:2
次に、「経営」と「運営」という言葉の違いに焦点を置き、
学問領域として体系的な理論構築が十分になされているとは
昭和30年代までは「経営」の視点をみることができるが、そ
言い難いのが現状といえる。
の後は急速に減少し、現代に至るまで「経営」という言葉を
このことから、本研究は博物館における経営概念の歴史的
見出すことが極めて稀であったと指摘している。そして、1995
経緯と研究主題の変遷を概観し、理論構築の方向論を提示す
年の日本ミュージアム・マネージメント学会設立を「マネー
ることを目的とする。学芸員資格課程において博物館経営論
ジメント」という概念を定着させる上で重要な役割を果たす
が 1 単位から 2 単位に拡充され、学芸員が具備すべき知識・
ものと評価している。あわせて概念の定着には1997年の省令
能力としても重要性が増す中で、その理論構築は喫緊の課題
改正によって学芸員資格課程の必修科目に「博物館経営論」
であると考えられる。
が加わったことも重要であると付言する。
上記の山本の 2 稿にわたる論考の意義は「博物館経営の目
的理念として集客力の向上を主眼とする」と「経営を上位概
2 .博物館経営論の歴史的経緯
念として運営から経営への転換を図る必要がある」の 2 点に
(1)経営の目的理念に着目した歴史的経緯
集約できると考えられる。
博物館経営論の理論構築における方法論を探求する上で、
前者の「博物館経営の目的理念として集客力の向上を主眼
まず「博物館経営」という概念がどのように議論されてきた
とする」については、単なる集客戦術に陥ることは本義では
のかについて歴史的経緯を概観し、その動向を把握する必要
なく、生涯学習機関としての立場を保持した上で集客を図る
がある。しかし、博物館経営という「概念」に焦点を当て、
ことが重要であると注記している。また、
「集客力の向上」を
その歴史的経緯を研究した論文はほとんどみられない。その
掲げるのは、
「経営」の理論構築を図る上で明確な目的理念の
ような中で、
「経営」という言葉の使用を前提として戦前から
必要性を指摘するためであり、博物館経営論の現状を理論が
近年に至るまでの歴史的推移を概観する山本の 2 稿にわたる
欠如した状態で実践論の解説に終始しているケースもあると
論文は貴重な位置付けにある
。
2 )3 )
の懸念を示している。この懸念については理解することがで
山本は研究目的として「理論の方向性を策定していくため
きるが、博物館経営の目的を集客力の向上と定義することは
の参考」を挙げ、組織論などの具体的な内容ではなく「経営」
経営の本意ではないと考えられる。博物館経営において集客
という概念自体を歴史的推移の概観における視点としている。
力の向上は市民や地域社会に対する価値提供を実現する上で
まず、重要な点として挙げられるのは、博物館経営は近年に
必要不可欠ではあるが、比較的外向きの志向性といえる。一
なって急に取り上げられたものではなく、昭和初期より「経
方で、展示や教育普及活動などの価値創造のプロセスにおけ
営」という概念が存在していたということである。そして、
る生産性や効率性の向上といった自館のコンピテンシーに依
その目的は「集客力の向上およびリピーターの獲得」に置か
拠する比較的内向きの志向性も博物館経営において重視され
れており、目的達成の方法として「宣伝」が重視されると言
るべき目的である。つまり、博物館経営の目的を集客力の向
及し、
「集客力の向上」は博物館経営における目的理念である
上へと収斂してしまうことは生涯学習機関としての立場を強
と規定している。
調したとしても概念を一部分へと押さえ込む危険性を有して
― ―
114
第16号 2012年 3 月
いると考えられる。経営の目的を規定するのであれば、博物
が、これは危機を変革のチャンスと捉え、人材を生み育てて
館は非営利組織としての特質を有していることから、むしろ
いることに他ならない」としている。
「使命の達成」を掲げる方が適切であると考えられる4 )。
さらに、社会経済情勢という観点からは1990年代から現代
後者の「経営を上位概念として運営から経営の転換を図る
にかけては博物館経営の根幹に関わる制度改革が行なわれた
必要がある」については水谷も同様の主張をしている 。水
時期でもある。1999年、参議院本会議にて「民間資金等の活
谷は昭和初期から散見された「経営」が「運営」へと切り替
用による公共施設等の整備等の促進に関する法律( P F I 法)
」
わった最大の要因は1951(昭和26)年制定の「博物館法」に
が可決制定し、同年 7 月に公布された。さらに、独立行政法
おいて「博物館の設置・運営に関する基準」という項が設け
人通則法(平成11年法律第103号)第29条の中期目標では「Ⅳ
られたことに起因すると指摘している。そして、前述の通り、
財務内容の改善に関する事項」として自己収入の増加と固定
1997年に博物館学芸員課程の必修科目に「博物館経営論」が
的経費の削減という項目がある。このように、経営意識が希
加えられたことにより、改めて「経営」も散見されるように
薄であった公立博物館に対して制度改革という側面から民間
なり、現在では「経営」と「運営」は同義として用いられて
資金の活用や財務の改善などが求められたという背景が存在
いる。このような状況を鑑み、博物館経営の理論構築には「経
する8 )。
5)
上記のように、牛島・川嶋の歴史的経緯の研究によれば、
営」を上位として運営をその方法論のひとつとして位置付け
ることが博物館経営を語る上でのひとつの基準になると指摘
その年代毎に背景が異なる要因が存在しているが、博物館に
している。しかし、現実的には今日においても「経営」と「運
おいて「経営」という概念が危機感をともなって盛んに議論
営」は同義として用いられている。その背景は山本も言及し
されるようになったのは1990年代の経済破綻とそれにともな
たように大堀の主張(1996)が現状を正確に反映していると
う制度改革に端を発するといえる。この点は、牛島・川嶋の
考えられる。大堀によれば、
「経営には「収益性」や「利潤」
言及する評価を取り巻く動きの 2 つの側面である「国や自治
追求的な意味があるのではないかという観点から、博物館と
体の事務事業評価が中心となり、進められている評価」と対
いう文化施設においてはマネージメントを経営として捉える
応すると考えられる9 )。
にはなじまないという社会認識が存在している」と指摘して
いる6 )。この心理的な側面が「経営」と「運営」を同義とし
(3)歴史的経緯にみる博物館経営の諸課題
て用いる背景であると考えられる。このように、
「経営」
、
「運
以上、山本の「目的理念」と、牛島・川嶋の「評価」とい
営」
、さらに「ミュージアム・マネジメント」も加え、これら
う異なる視点から博物館における「経営概念」の歴史的経緯
の言葉が明快な定義により共通認識として使い分けられてい
を概観してきた。視点こそ異なるが両者はともに、博物館経
るとは言い難い状況にあり、理論構築の前提として「博物館
営自体は決して新しい概念ではなく、戦前より論じられてき
経営」という名称自体の確立が急務であるといえる。
たものであるという事実を提示している。現代は博物館経営
の草創期と比較して環境も異なり、必ずしも従来の延長線上
(2)経営の評価に着目した歴史的経緯
にて研究を行うことは困難ではあるが、牛島・川嶋の指摘の
山本の研究と同様に、数少ない博物館における経営概念の
ように「日本の博物館風土」に則した理論を構築するために
歴史的経緯に関する論文のひとつとして牛島・川嶋の研究を
も歴史的経緯を考察することは重要であるといえる。そして、
挙げることができる 。牛島・川嶋は、経営における「評価」
両研究から導出されたものとして「博物館における経営の意
に着目し、その歴史的経緯を概観している。その中で、日本
義」と「経営と運営の差異」の 2 つの課題を挙げることがで
の「博物館風土」にあった評価体系とその手法を構築する一
きる。
7)
助として、博物館を取り巻く社会経済情勢を鑑み、経営とい
う視点から博物館がもっていた原初的土壌と、それが体質変
① 博物館における経営の意義
化してきた要因を 8 つの背景に分けて仮説を展開している。
この課題は「博物館経営」の目的とすることは何かという
博物館経営の理論構築という観点から、この 8 つの背景の中
命題を明らかにすることである。山本は目的理念という言葉
で、特に注目するのは「その 7:1990年代前半」である。
を用い、経営における個々の具体的な内容の議論ではなく、
牛島・川嶋は「1990年代前半にはバブルが弾け、大勢を占
まず「経営」の目的を明確にすることを求めていた。また、
める公立博物館は財政が逼迫しはじめ、経営や運営に対する
牛島・川嶋も評価手法よりも先に経営ビジョンの確立が必要
関心が高まった。それは展示を作る視点から博物館の来館者
であると言及している。さらに「まず、博物館経営を定義、
研究や経営指標への視点へと博物館の経営および運営へと意
体系、分類化し、共通基盤で明確に理解した上で、討議する
識が移行した」と指摘している。このような状況から「実際、
べきである」とも述べている。
1990年代後半から博物館関係者から経営や評価、来館者研究
② 経営と運営の差異
に関する研究が一気に書かれたのは危機感からかもしれない
― ―
115
山本は大学の博物館学講座における「博物館経営論」を101
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
大学のシラバスから「運営」をもって解説を加えるものが多
(2)調査の方法
く、経営論の捉え方に格差があることを指摘している。さら
本調査では博物館経営を主題とした学術論文の検索にC i N i i
に、文科省の提示した内容における「ミュージアム・マネー
(NI I 論文情報ナビゲーター)を用いる。検索のキーワードは
ジメント」に着目し、
「博物館経営」が訳されるだけでしかな
博物館経営を主題としたものとするために「博物館関連」と
く、その内容に対する明快な理解が困難ではないかと疑問を
「経営関連」の 2 つの組み合わせとした。博物館関連は、博物
呈している。牛島・川嶋は、評価における階層の重要性を指
館法の規定に則し、様々な館種を包含とした総称としての博
摘し、トップマネジメントの経営、現場レベルの運営を混同
物館を対象としたことから博物館、科学館、歴史博物館、美
して評価することが混乱につながっているとしている。
術館、動物園、植物園、水族館の 7 項目とした 10)。経営関連
このように、博物館経営論に関する研究は近年散見される
は歴史的経緯の先行研究から「経営」と「運営」が同義とし
ようになったが、その共通基盤はまだ確立しているとは言い
て扱われている現状から、経営だけではなく、運営もキーワ
難い状況にあるといえる。
「経営」か「運営」かという問題は
ードに含めた。また、改正学芸員資格課程のレベルが「汎用
単なる表記の揺れということではなく、博物館における「経
性のある基礎的な知識の習得」を目的としていることから、
営」の命題を問うものであり、理論構築の前提となる共通基
学部レベルの開講科目として一般的な経営学関連の講義名を
盤を確立する重要な意味を持っていると考えられる。
参考に、経営、運営に加え、組織、財務、マーケティング、
戦略、人的資源管理の 7 項目、さらに制度、政策を加えた計
9 項目とした 11)。
3 .文献調査
表 2 によるキーワードによって検索された論文のうち、学
(1)調査の目的
会紀要や大学紀要を中心に学術論文を対象に抽出し、雑誌記
博物館経営の歴史的経緯における先行研究を概観すること
事などは除外した。なお、除外する上での判断基準は、月刊
で、
「博物館を経営する」という概念こそ決して新しいもので
誌や会報などの定期刊行物であること、ページ数が著しく少
はないが、その理論研究の蓄積は浅く、学問領域として未発
ないもの、シンポジウムなどのイベントにおける議論を纏め
達であることが明らかになった。本章では、博物館経営が主
たもの(特集)
、などの 3 点とした。この判断基準は、本調査
としてどのようなテーマにおいて多く研究されてきたのかと
が理論構築を目的とした学術論文を対象としていることから、
いう傾向を概観することで、今後の理論構築におけるひとつ
十分な理論的考察をすることが困難である紙幅やイベントの
の参考となることを目的としている。
纏め記事などを除外している。この条件から検索された論文
表 2 研究主題の調査におけるキーワード群
表 3 博物館経営論における学術研究論文発行数の経年変化
― ―
116
第16号 2012年 3 月
の総数は268本となった。
献に重きが置かれている。さらに、指定管理者制度などは博
本調査における判断基準については、恣意的な側面があり、
必ずしも客観的であるとは言い難い。また、C i N i i による検
物館経営の根幹に関わるものではあったが、制度への対応に
終始しているような記述も散見される。
索のみで博物館経営に関するすべての論文を網羅できたわけ
このように主題の傾向を分析することで、わが国における
でもない。しかし、C i N i i がオープンソースであり再検証可
博物館経営論の研究は経営学における個別領域に踏み込んだ
能であること、先行研究の蓄積が少ない分野ながら一定数の
研究が少ない一方で、経営という大きな枠組みから理論研究
研究主題を収集できたことから、本調査の目的である研究主
がなされているかというとそうではなく事例研究や制度・政
題の傾向を概観することは可能であると考えられる。
策などが半数以上を占めていることが明らかになった。
(3)調査結果
表 3 は発行数の経年変化を示したものである。1990年代初
4 .理論構築の方法論
頭までは多少の浮き沈みはあるが基本的には年数本のペース
これまでの博物館における経営概念の歴史的経緯および研
が続いていた。1990年代中頃から論文数が増え、特に2000年
究主題の傾向という 2 つのアプローチから、理論研究の基盤
代は計189本となっており、この10年だけで全体の70%を占
である「経営」をどのように定義するのかという点が重要で
めている。このことは1990年代以降に社会経済的な危機感か
あることを明確となった。博物館固有の経営理論の構築とい
ら急激に研究が増加したという牛島・川嶋の指摘と一致して
う問題について、改正学芸員資格課程における『学芸員養成
いる。
の充実方策について』の「汎用性のある基礎的な知識」とい
表 4 をみると論文の多くが「博物館」に集中している。こ
う基本的方針に立ち返りたい。この基本方針では学芸員に求
のことは主題をみる限りでは、他の館種での研究が進んでい
められる専門的な知識やスキルを学部レベルで教授すること
ないと見られるが、様々な館種を包含する総称としての博物
は困難であることから、まず「汎用性のある基本的な知識」
館が主題に取り上げられているケースが少なくない。特に、
の習得に重点を置いている。この基本方針は ICOM が提唱す
歴史博物館(史料館)はケーススタディとして特定の館に焦
る博物館の専門家を育成するためのカリキュラムガイドライ
点を当てない場合は「博物館」に含まれる場合が多い。この
ンに通じる部分がある。ICOM のカリキュラムガイドライン
ことは科学館も同様である。また本調査では除外対象であっ
は、理論と技術だけではなく社会的役割や責任を強調した幅
た「特集記事」や「シンポジウム」などで経営が取り扱われ
広いプロセスモデルへの変化を目指し、Museum Career
ることも少なくなかった。
Development Tree を提示している 12)。木の形態を模したカリ
さらに特徴的な傾向といえるのが、主題の多くに「経営」
キュラムガイドラインは、その根に General Competencies と
または「運営(管理)
」がつけられることは多いが組織や財務
して一般的に求められる基本的能力を据え、幹に博物館の根
などの各領域は極めて少ない。
本となる独自理論(Museology)の能力、そして枝葉として
また、最も重視すべき点は事例研究が98本と全体の 3 分の
分かれていく先に博物館経営論と換言することができる
1 以上を占めていることである。ここに指定管理者制度など
Management Competency を配置している。つまり、木の中
で議論が盛んになった「制度」と「政策」の58本を加えると
心である幹に博物館学を据えながらも、社会的文脈の上に博
156本と全体の半分以上を占める結果となる。事例研究は貴
物館が成り立っているという認識から一般社会で求められる
重な知見を提供してくれる場合もあるが、都心部の大規模館、
能力をその木の根としている。この根の部分には経営学に関
立地特殊性を有した地方館、経営資源が比較的豊富な館など
連する項目として財務、プロジェクト、資源、プロフェッシ
に焦点が当てられることも多く、理論構築よりも実践への貢
ョナリズムなどが含まれている。
表 4 館種とキーワードの組み合わせによる主題の分布
― ―
117
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
このICOMのカリキュラムガイドラインの基本方針を援用
レームワークを博物館用に修正するような方法論である。博
し、本稿では①一般理論として既存の経営学を博物館に適用
物館固有の経営学の段階とは、既存の経営学の枠組みには当
する段階、②博物館固有の経営学の段階の 2 つの段階に分け
てはまらない博物館独自の経営理論の構築である。例えば、
て「博物館経営論」を構築する方法論を提示する。
ビルバオ効果で脚光を浴びたグッゲンハイム美術館は、従来
は商圏が固定的だと考えられていた博物館経営において海外
(1)一般理論として既存の経営学を博物館に適用する段階
進出を果たしたこと、その効果は文化経済学の文脈における
博物館経営は当然のことながら「博物館」と「経営」とい
創造都市理論や都市計画など学際的な理解が必要なことなど
う 2 つの言葉からなり、それぞれに「博物館学(Museology)
」
のように新しい側面を有している。現在、グッゲンハイムの
と「経営学(Management)
」という固有の学問分野を有して
海外展開については資金調達が困難になり計画が中止してい
いる。学芸員のみならず博物館に従事する者は、当該組織で
る例など、そのすべてを肯定的に捉えることは困難であるが、
事業を営むという観点から博物館経営以前に基本的な経営学
新しい経営モデルのひとつを提示したといえる。さらに博物
の知識とスキルが求められる。例えば、どのように事業を遂
館のプロダクトとしての展示をどのように評価して経営へと
行するかにおいて、計画し、組織化し、業務管理を行い、評
フィードバックするのかといった問題は、展示評価という博
価するなどの一連のプロセスは経営学の領域となる。このよ
物館独自の領域でもあるといえる。
うに、一般理論としての経営学を博物館に適用する理論構築
の段階があると考えられる。
このように、経営学を適用するという他領域(外)からの
理論構築と、博物館の特殊性(内在的な要因)から単独もし
日本に先駆けて博物館にマーケティングなどの経営理論を
くは多領域に股がる理論構築の二段階が存在すると考えられ
適用していた欧米ではマーケティングの大家であるコトラー
る。この二段階は、博物館経営の理論基盤が確立されていな
など経営学の専門家による研究も散見される。牛島・川嶋も
い現状を鑑みれば、適用段階から順に進められていく必要が
「評価を問題とする以前に、民間の経営ノウハウを適切な形で
あると考えられるが、このことが固有理論の構築を妨げる理
導入することを検討していくことも必要ではないだろうか」
由にはならない。両段階が同時並行的に進んでいくことも可
と問題提起している。しかし、この経営学の適用において博
能であると考えられる。
物館側からのアプローチの中には、経営学の領域を援用しな
がら現象の記述に止まっているものと、経営学の単なる当て
はめに過ぎず博物館の特殊性が反映されていないものがある。
5 .おわりに
前者は、組織や財務などの論考にみられるケースである。例
本研究の知見から、博物館経営論の構築に関する現状に対
えば、組織論と題し、博物館には「学芸部門」と「総務部門」
して以下の方法論を提示すると共に本研究の課題を付して結
に大別されるなど、形態を説明するだけのものが挙げられる。
びとする。
この場合、組織はどのような理論の上に形成されているのか、
まず、「経営」と「運営」の差異を明確にし、「経営」への
機能別組織やライン&スタッフ組織といった組織論の適用が
意識転換を促し、理論構築の第一段階として博物館の特殊性
なされていない。後者は、主に企業を対象とした経営学の理
を反映した形で経営学の適用を図る。この段階は、学芸員資
論を単に博物館へ当てはめるために齟齬を来しているケース
格課程の基本方針である「汎用性のある知識」に立脚した一
である。例えば、博物館経営の枠組みでマーケティングの 4 P
般的な経営理論として学部レベルで学修する基本的な経営学
が紹介される場合があるが、一般的に流通と訳される Place
の諸領域を対象とする。この際、個々の環境に依存する事例
についての解釈が明確になっていないことや、原則入館料無
(実践)研究だけではなく理論研究の充実を図ることも重要で
料の公立博物館において Price(価格)がどのような役割を果
あると考えられる。
たすのか十分に説明されていないことなどが挙げられる。
第二段階の博物館固有の理論構築については、学際研究の
このように、企業を対象とした経営学を博物館に適用する
必要性が生じる可能性が高く、博物館学研究者のみならず経
場合、両者の差異を見極め、慎重に理論を構築する必要があ
営学者をはじめ多様な領域の研究者との連携が求められる。
る。理論の妥当性を評価することは本稿の目的ではないので
個々の研究者レベルだけではなく学会などの関連団体レベル
検証は控えるが、Kotler and Kotler(1998)
、McLean(1997)
でも積極的に連携し、新領域の確立を図る必要があると考え
などは既存の経営学のフレームワークを援用しつつ、博物館
られる。
の特殊性を反映した理論構築を図っている
。
本研究は、あくまでも理論構築の方法論を探求したもので
13)14)
あり、博物館経営論の確立に直接的に貢献できたわけではな
(2)博物館固有の経営学の段階
い。実際に理論構築を図るには、本研究では学術論文におけ
経営学の適用の段階では、博物館と経営における理論的な
主体性は経営学に比重が高いといえる。つまり、経営学のフ
る主題の傾向分析という手法のため除外した文献群も含め、
総合的に先行研究をレビューし、定量分析だけではなく、定
― ―
118
第16号 2012年 3 月
質分析も試みる必要がある。また、現実問題として厳しい環
館種の区分を参考としているが、博物館には「ミュージ
境の中で博物館を経営している現場の要望としては理論構築
アム」というカタカナ語も含めている。また、歴史博物
と同時に実践的課題に応える手法の確立も求められていると
館には「史料館」も含めている。
考えられる。この理論と実践の両立という困難な課題を同時
11)キーワードはある程度幅広く主題をみるために解釈を広
的に追求する必要性もまた存在している。この課題について
くしている。例えば運営には「管理運営」という記述も
も今後の研究課題としていきたい。
多いことから「管理」も含めている。また財務には会計
も含めた(結果はゼロであった)。
注および参考文献
12)ICOM Curriculum Guidelines for Museum Professional
1 )文部科学省「学芸員養成の充実方策について」これから
Development
の博物館の在り方に関する検討協力者会議第 2 次報告書,
http://museumstudies.si.edu/ICOM-ICTOP/index.htm
2009,pp. 3−4
(2011. 12. 4)
http://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/tou-
13)Kotler, Neil and Philip Kotler, Museum Strategy and
Marketing, 1998, Jossey-Bass.
shin/_icsFiles/afieldfile/2009/02/18/1246189_2_1.pdf
14)McLean, Fiona, Marketing the Museum, 1997, Routledge.
(2011. 12. 4 )
2 )山本哲也「我が国における博物館経営論の推移」
『國學院
付記
大學博物館学紀要』第23巻,1998,pp. 48−63.
3 )山本哲也「我が国における博物館経営論の推移(2)
」
『全
本研究は科研費(22601002)「博物館学における新領域の
博協研究紀要』第 6 巻,全国大学博物館学講座協議会,
基盤研究」の助成を受けたものである。平成24年度の学芸員
2000,pp. 43−58.
資格課程改正にともない新領域の科目が統合、新設されるこ
4 )Andreasen and Kotler(2003,pp. 96−99)は非営利組織
とにより、新科目に対応したカリキュラム案の作成が求めら
にとって使命とは「組織の基本的目的であり、達成すべ
れている。本稿は、新領域における「経営」に焦点を当てた
きもの」と定義している。また日本博物館協会は『博物
基盤研究のひとつである。
館の望ましい姿シリーズ』において「各博物館が自らの
使命、つまり存在理由や目的、活動内容を明らかにし、
使命達成に向けて中長期的な計画をもって運営していく
ことを提唱しています」としている。
Andreasen, R. Alan and Kotler, P., Strategic Marketing
for Nonprofit Organizations , Sixth edition. Pearson
Education, 2003 pp. 96−99
(財)日本博物館協会『博物館の望ましい姿シリーズ 1 使
命・計画作成の手引き』
,2004,p. 5.
5 )水谷円香「博物館経営の近年の傾向」
『國學院大學博物館
学紀要』第34巻,2007,pp. 87−94.
6 )大堀哲他(編)
『ミュージアム・マネージメント』東京堂
出版,1996,pp. 52−54.
7 )牛島薫・川嶋−ベルトラン敦子「日本における博物館経
営の経緯と現状」
『展示学』第34巻,日本展示学会,2002,
pp. 52−63.
8 )平井宏典「日本における博物館の経営形態に関する研
究―PPP 活用による新たな博物館の経営形態を中心とし
て―」『東洋大学大学院紀要』42号,2006,pp. 201−214
9 )他方で、展示開発のための評価、教育的価値・意義を検
証するための評価、市民とのリレーションシップを構築
するためのマーケティングに準じた評価などの「博物館
内部で自主的に行なう評価」があると指摘している(牛
島・川嶋,2002,pp. 58)
。
10)館種は文部科学省社会基本調査種類別博物館数における
― ―
119
日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要
第 16 号
編集委員長
水嶋 英治(常磐大学大学院)
編集委員
大堀 哲(長崎歴史文化博物館)
鈴木 眞理(青山学院大学)
高橋 信裕(文化環境研究所)
塚原 正彦(常磐大学)
土井 利彦(時遊編集舎)
長畑 実(山口大学)
堀 由紀子(江ノ島マリンコーポレーション)
松永 久(三菱総合研究所)
発 行 日
2012年 3 月31日
発 行
JMMA
日本ミュージアム・マネージメント学会
事 務 局
日本ミュージアム・マネージメント学会
〒136−0082 東京都江東区新木場 2 −2 −1 2F
TEL. 03−3521−2932
印刷・製本
㈱エイコープリント
ISSN 1343−4659
No. 16
■FROM EDITORIAL
Studies & Research depend on our Resources and international point of view
―Globalization & Googlization―
Eiji MIZUSHIMA
1
Wang Li
5
Reiji TAKAYASU・Yoshikazu OGAWA
13
Yui KATO
23
Challenge for Regional Development and Vitalization through Public Museum Activities:
A Case Study in Ogata Village, Akita Prefecture
Noriyuki USUI
31
The Situation Regarding Voluntary Museum Staff in Japan, Focusing on a Survey of the Development
and Problem of Volunteer Activity
Tatsufumi KINOSHITA
39
Educational program affair of art museums in NY
―Making networks to connect people, collections and stories―
Noriko TAKAHASHI
47
Museum Collaboration beyond the difference:
A case study of the Summer program“Let’
s Go to the Rekibun Zoo”
Yuri TAKEUCHI・Yuji ICHINOSE
55
■INVITED PAPER
Social Mission and Public Services of Museums
A Framework of the Literacy of Museum Founder
■ARTICLES
A study on the relationship of museums and schools:
development and problems of studies on museum education
■REPORTS
The effectiveness of The University Museum, The University of Tokyo Mobilemuseum project in establishing
a next-generation museum model ―an analysis based on three case studies―
Ayumi TERADA
63
Analysis Example about the Factor of Effect of Museum Activities
―About the effect of the child visitors whom their parents take to the museum―
Takashi NAKAMURA・Akihito TAKAHARA・Hidetoshi TASHIRO
73
Significance and availability of the dialog-oriented program using worksheets for children
―Case study in“Favorite Newspaper”Program in Natural History Museum and Institute, Chiba―
Kotoe NATSUI・Masahiko ASADA
81
Training Program for Museum Staff to Meet the Needs of Various Visitors
Kozue HANDA・Tsumugi KATO
89
■NOTES
Creation of business model to utilize museum assets
―The study of system toward sustainable public museum―
Takeo KAMIMURA
95
An Evaluation of Museum Evaluation: comparing to the method and the framework of ODA Evaluation
Toru SASAKI・Ryo TAII
103
Present Status of establishing“Museum Management Theory”in Japan
113
March 2012
Japan Museum Management Academy
Hironori HIRAI