全身用CTスキャナ TCT-70A

Vol.39 No.11 (1984)
UDC 621.389:616-073.75:681.3.02
全身用CTスキャナ TCT-70A
Whole Body CT Scanner, TCT-70A
朝比奈 清敬(1)
柴田 豊(1)
油井 正明(1)
Kiyotaka Asahina* Yutaka Shibata* Masaaki Yui*
当社は,全身用CTスキャナの高級機としてTCT-60A,普及機としてTCT-80Aをもつが,中規模病院の市場の拡大に対
応して,前記の2機種に加え,実用形高級機TCT-70Aを開発した。
操作性の向上については特に意を用い,油圧機構による低い寝台,スキャノグラムとCT像が同時に大きく観察できるデ
ュアルディスプレイシステム,およびボイスアンドスキャンシステムなども新しく開発した。
解像力についても高級機相当の性能を保持するために,当社独自のシフト機構や, 512チャネル検出器などを採用し
た。
The new sophisticated whole body CT scanner, TCT-70A, having the superior image quality as of TCT-60A and easy
operability as of TCT-80A, is expected to occupy the leading position in the CT scanner market.
Designed with particular emphasis laid on operability, TCT-70A has various specific : features such as a hydraulically
operated low patient couch, a dual display system which permits simultaneous enlarged viewing of the scanogram and the
CT image, and a voice and scan system.
Resolution has also been upgraded by the adoption of Toshiba's unique shift mechanism, a 512channel detector, and
other innovations, thus achieving the performance comparable to that of other sophisticated systems.
〔1〕まえがき
東芝X線CTスキャナは,EMIスキャナ(EMI-1010)の国産化と全社プロジェクトによるTCT-60Aの開発(1)以来,順調な発
展を遂げてきた。現在では国内におけるトップシェアと堅実な輸出実績を確保している。
この間に頭部用CTスキャナとしてTCT-10A, TCT-30(2),頭頸部脊椎用CTスキャナとしてTCT-20A,全身用CTスキャナ
としてTCT-60A, TCT-80A(3)を開発してきた。
ここで述べるTCT-70Aは,解像力を中心とする性能についてはTCT-60Aレベルを引き継ぎ,操作性を中心とした実用性
についてはTCT-80Aから導入した。 価格的には中規模の病院をターゲットにした。
図1にTCT-70Aの架台・寝台部の外観,図2にコンソール部の外観を示す。
図1. 架台・寝台の外観
TCT-70Aの架台・寝台が組み合わさった様子を斜め前から見たもの。
Exterior of gantry and patient couch
図2. コンソールの外観
Exterior of console
TCT-70Aのコンソール。従来とは異なり,コンソール本体とモニタ部が独立している。
〔2〕性能
2.1 解像力
高級機と同等の解像力を実現するために,シフト機構を生かしたクローズアップ方式, 512チャネル検出器,小焦点X線
管を採用した。
X線CTスキャナの本質的解像力(intrinsic resolution)(4)はX線管焦点サイズ(F),検出器の有効開口幅(a),撮影倍率(M),
サンプリングピッチ(S)の諸要素によって決定される(図3)。第三世代CTスキャナの限界解像力はサンプリング制限
(M/2P)で決定される。この限界解像力はMを大きくとればそれだけ向上させることができる。シフト機構とはX線管を被写
体に近づけて撮影倍率を上げる動作である(図4)。したがって,この機構によって解像力を上げることができるわけであ
る。また,このシフト機構にはX線利用率を向上させる利点も備えている。このようにして向上した本質的解像力をシステ
ム的に最大限に生かすために,部分拡大再構成(ズーミングと呼ぶ)と最適コンボリューション関数を併用したクローズア
ップ(close up)方式を採用した。この方式は耳小骨や歯科領域に好評である。図5にこの方式による臨床例を示す。次に
TCT-70Aで測定した空間解像力特性(MTF曲線)を図6に示す。TCT-70Aには7種のコンボリューション関数が診断目的
に応じて用意されている。腹部用のFC 1,頭部用のFC 2,耳小骨や骨の微細構造用のFC 3が代表例である。この空間解
像力によって0.6mmφの小孔を識別することができる。
図3. 第三世代CTスキャナの原理
X線管,被写体,検出器の幾何学的配置を示す。
Principle of third generation CT scanner
図4. シフト動作とX線利用率の向上
シフトの動作とX線利用率の向上(斜縁部)の様子を示す。
Shift mechanism and X-ray utilization efficiency
図5. クローズアップ関数の臨床例
Clinical data using close-up system
図6. SサイズでのMTF曲線
MTF curves in S-size
クローズアップ(close-up)関数を用いて得られた耳小骨の撮影例を示す。
FC1,2, 3のMTF曲線。
2.2 低コントラスト検出能
低コントラスト検出能の定義は周辺との密度差(コントラスト)の低いところの,いかに小さい物体を識別できるかというこ
とである。通常%・mmで示されるTCT-70Aは0.3%・5 mmの検出能をもっている。この検出能は脳の中の白質/灰白質の
識別や肝臓の中の腫瘍などの診断能と深く係わっている。
2.3 操作性
普及形CTスキャナTCT-80Aで培った操作性にさらに次のような改善を加えた。
2.3.1 架台,寝台のコンパクト化
架台の開口部の中心を従来に比べて床面に近づけて患者の不安感を少しでも和
げるようにした。 これはX線ビームの角度を従来より広角にしたことによって実現した。
寝台の居住性についても種々配慮した。従来,床上75cmにまでしか下がらなかった天板を30cmにまで下がるようにし
た。
30cmまで下げた理由は,救急用のストレッチャ寝台の高さが30cmだからである。重症患者の移し変えが容易に行え
る。ただし,使い勝手上45cmのところで一たん停止するようになっている。
2.3.2 新しいコンソール意匠の採用
従来形のものに比べて,モニタと本体テーブルを分離した。操作室から患者の
監視が容易に行えるようにテーブルの高さを85cmにした。
2.3.3 操作のワンタッチ化
従来,複雑であったスキャン操作をシンボルマークのついたボタンのワンタッチで行える
ようにした。
2.3.4 画像の多重表示によるスキャン計画の容易化
X線CTスキャナは撮影の位置決めが大変重要である。 そ
こでスキャノグラムと呼ばれるX線の透視像に相当するものを初めに撮影する。このスキャノグラム上にスキャンすべき
計画線を表示すると,天板がこの計画線に従って自動的に移動していく(図7左)。
図7. 頭部の臨床例
頭部の臨床例とインセットスキャノ像を示す。
左はスキャノグラムである。
Brain images with inset scannogram
図8. 頭部の断面変換像
Reformed brain images
体軸横断像(通常のCT像)から断面変換された画像の例。
図9. 腹部の臨床例
Abdomen images
一方,撮影された断層像がスキャノグラム上のどの位置のものかも示すことができる。今回,インセット(挿入画,さし絵)
スキャノと呼ばれるソフトウェアを開発した。このソフトウェアによってCT像(断層像)の右下,または右上にスキャノダラム
を挿入することができる(図9)。
また,オプション機器としてデュアルディスプレイシステムを開発した。このシステムによれば,一方のモニタにスキャノグ
ラムを表示し,もう一方のモニタには対応するCT像を表示することができる。両方の画像が同じ大きさで見える利点と,撮
影中のスキャンが何枚目で,あと何枚残っているかがひと目でわかる利点があり便利である。このほかにも,画像の多重
表示として種々の応用が広がるものと期待している。
2.3.5 自動音声発生(ボイスアンドスキャン)の応用
あらかじめ記憶させておいた音声をタイミングに応じて,計算機
の制御によって発生させるボイス アンド スキャンシステムを開発した。システムが記憶している音節は次のとおりであ
る。
(1) イキヲ スッテ トメテクダサイ
(2) イキヲ ハイテ トメテクダサイ
(3) イキヲ スッテ ハイテ トメテクダサイ
(4) ウゴカナイデ クダサイ
(5) ラクニ シテ クダサイ
ボイスアンドスキャン システムの開発の動機はオペレータがときどき"楽にしてください"と患者に言い忘れるのを助け
ることにあった。
〔3〕装置の仕様(定格)
TCT-70Aの仕様(定格)を以下に示す。
スキャン方式
R/R(第三世代)方式+シフト機構
スキャン時間
2.7秒, 4.5秒, 9.0秒
撮影領域
240, 300, 350(400)mmφ
スライス厚
2mm, 5mm, 10mm
ガントリ傾斜角 前傾20°~後傾20°
ガントリ開口径 600mmφ
X線管電圧
120kV
X線管電流
100mA, 200mA, 400mA
X線管熱容量
750kHU(ヒートユニット)
検出器
Xeガス検出器512ch+較正用
CT値測定範囲 -1,000-+4,000(ハンスフィールドユニット)
マトリクスサイズ 320×320
画像再構成時間 4~9秒
画像記憶容量
磁気ディスク,約800枚(116MB)
フロッピーディスク 最大20枚
ダイナミックスキャン(スキャンを一定時間ごとに繰り返して行い造影剤の流れを追うスキャン方法)
最大スキャン数
32スキャン
スキャン間隔
2秒
最大制御時間
600秒
空間解像力
0.6mmφ
低コントラスト検出能 0.3%・5mm (密度差が0.3%の5mmの小孔を分解できることを意味する。)
〔4〕臨床例
TCT-70Aで得られた臨床データについて説明する。
図8に断面変換像を示す。りんごを水平に切ったり(通常のCT像Axial像),たてに切ったり(Sagittal像),よこに切ったり
(Coronal像と呼ぶ図左)あるいは斜めに切ったり(Oblique像と呼ぶ図右)するのと同じことをソフトウェアで行っている。
図9に腹部の臨床例を示す。 4.5秒スキャン, 240mAsの条件である。左上の図はスキャニングの計画のために使用す
るスキャノグラム(X線の透視像と同じ)である。三つの腹部CT像のそれぞれ右下に示しているのがインセット(挿入画)ス
キャノグラムである。どの位置の断層像であるかがよくわかる。
〔5〕あとがき
高級機と同等の解像力を持ち,操作性において新しい機能(ボイスアンドスキャンシステムや低い寝台など)を持った実
用形高級CTスキャナTCT-70Aについて報告した。
高い解像力を維持するための四つの技術ポイント,新しい操作性の良さ,結果の画像を中心に述べた。
今後,このクラスのCTスキャナが市場的に最も需要が多いと思われる。 より使いやすい装置を目ざして開発を続けて
いきたい。
謝辞
この論文で貴重な臨床データは,和歌山労災病院,および高知市長尾病院のご提供によるものであり,ここに,厚く感謝
の意を表するしだいである。
文献
(1) 斉藤雄督,ほか : 診断用イメージングシステムにおける東芝CTスキャナTCT-60A,東芝レビュー 34, 2, pp.120~126
(昭54)
(2) 大林勇雄,ほか : 普及型頭部用CT装置,東芝レビュー, 35, 1,pp.47~50 (昭55)
(3) 鶴野大八郎,ほか : 全身用CTスキャナTCT-80A型,東芝レビュー 37,II,pp.969~974 (昭57)
(4) 朝比奈清敏,ほか : Close up Scanの臨床応用画像診断,画像診断 3, 8,pp.89~94 (1983)
(1)那須工場 CT技術部
*Nasu Works