キャリア・カウンセリングにおける Spirituality の概念をめぐって The

日本大学大学院総合社会情報研究科紀要 No.5, 167-174 (2004)
キャリア・カウンセリングにおける Spirituality
の概念をめぐって
―全米キャリア開発協会国際大会での議論の理論的総括に即して―
森 久子
日本大学大学院総合社会情報研究科
The Concept of “Spirituality” in Career Counseling
MORI Hisako
Nihon University, Graduate School of Social and Cultural Studies
The National Career Development Association set up the theme of “Celebrating the Spirit in Career
Development” as the international conference 2004. What does spirituality mean? Is what the concept
of spirituality connotes in career counseling clear enough? “Spirituality” has diverse meanings and we
do not use the term with conceptual accuracy. To understand what “Spirituality” is, I will examine the
keynote speeches and presentations at the conference.
ージする力を与えることは、効率的な人生役割
はじめに
全米キャリア開発協会世界大会
参加のために非常に重要である。次の 10 年のキ
ャリア教育を促進するために、我々はこれらの
2004 年 6 月にアメリカ合衆国サンフランシスコに
主題を会議の中で取り組む。」1
て、全米キャリア開発協会世界大会が、約 950 名参
加の下で 4 日間行われた。サブタイトルは、
1. スピリチュアリティの定義
「Celebrating the Spirit in Career Development:
Advancing Career Interventions in the Next Decade
(キャリア開発におけるスピリットを賞賛する/今
WHO(世界保健機構)憲章は、「健康」を次のよう
に「定義」している。
後 10 年間のキャリア介入の促進)」であった。なぜ、
このテーマが設定されたかは、次のように説明され
"Health is a state of complete physical, mental and
ている。
social well-being and not merely the absence of
disease or infirmity."
「キャリアは人生活動の広い範囲を含んでい
「健康とは、完全な肉体的、精神的及び社会的福
る言葉となっている。仕事と複数の人生の役割
祉の状態であり、単に疾病または病弱の存在しな
を合わせた中で、生きている。したがってキャ
いことではない。」2
リア・カウンセラーには人生と取り組むキャリ
ア教育を提供することを要求している。効果的
1999 年 5 月にスイスのジュネーブで開催された
な人生の役割参加は、精神を育て、そして人生
WHO 総会において、アラブ諸国を中心とする東地中
の満足度を高める。彼らのキャリア開発をマネ
キャリア・カウンセリングにおける Spirituality の概念をめぐって
る。このように、
「精神性」
「霊性」
「魂」への置き換
海地域加盟国によって spiritual と dynamic の二つの
3
えがその時々で適合すると考えられるため、一つの
語を新しく加える改正案が提出された。
日本語を当てはめることは難しく、定義は非常に困
難である。
"Health is a dynamic state of complete physical,
mental, spiritual and social well-being and not
2. 特別講演に見るキャリア・カウンセリン
グにおけるスピリチュアリティ
merely the absence of disease or infirmity."
この改正案については、当時の厚生省から次のよ
うな背景説明が行われた。45
5 日間の大会で、8 つの特別講演、11 のプロフェ
ッショナル開発講座、83 の一般プログラム、更にイ
提案について WHO 事務局からの見解は得られて
ンターナショナル・シンポジウムが行われ、スピリ
いない。WHO 会議での過去の議論などから、「健
チュアリティに限定せず、現在のキャリア関連の問
康」の確保において生きている意味・生きがいな
題点や、今後の向かうべき方向、あるいは、新しい
どの追求が重要との立場から提起されたものと理
キャリア・カウンセリング・スキルなどが取り上げ
解される。平成10年の WHO 執行理事会では、
られた。
(1)Spirituality は人間の尊厳の確保や Quality of
その中で、筆者が聴講した講演や、その他のプログ
Life(生活の質)を考えるために必要な、本質的
ラムで、特にスピリチュアリティと関連すると思わ
なものであるという意見
れる部分に焦点を合わせて概略を紹介する。
(2)健康の定義の変更は基本的な問題であるので、
もっと議論が必要ではないかとの意見の両方が出
なお、文中の資料の日本語訳は筆者によるもので
ある。
された。
また、同理事会では Dynamic については、「健康
Dr. Sunny S. Hansen, University of Minnesota
と疾病は別個のものではなく連続したものであ
テ ーマ:
る」という意味づけの発言がなされている。
Development, and Integrative Life Planning
結果的に実質的な審議入りはされず、事務局長が
ハンセン博士は職業特性が、特にいくつかの環境で、
Connecting Spirituality, Women’s Career
見直しを続けていくこととなったが、反対意見の中
霊性の問題にどのように結びついているかについて
には、スリランカの『人間の日常生活指標として
論じた。ハンセン博士は複数の深刻な病気を経験し、
spiritual dimension は非常に重要であり、健康の意味
スピリチュアリティの問題が人生でより重要なもの
を理解するためには神聖な手法が必要であるが、そ
になったという個人的体験を語った。今回、紹介さ
れは宗教を超越したものであり spiritual dimension を
れ た の が 女 性 の た め の キ ャ リ ア 開 発 と ILP
宗教と混同するのはよくない』と、スピリチュアリ
(Integrative Life Planning)、すなわち「統合的人生
ティと宗教の結びつきを指摘している。
計画」7と言えるものである。
全米キャリア開発会議中、
『あなたのパラシュート
ハンセン博士は、ILP 実践8において、キャリア
は何色』の著者として知られるボールズ氏 6 は、
開発と生活のパターンを変えるために次の6つ課題
“Soul” は “God” に置き換えることができ、人間の
を挙げている。
中心の深いところにあると説明した。
1.世界状況の変化の中でやるべき仕事を探す
2.我々の生活を意義のある統一体として組み立て
ハンセン博士は、特別講演で “Spirituality” を、科
学的なものではなく「本能」とか「直感」
「自己超越」
る
3.家族と仕事を結びつける(役割と係わり合いの
によって知ることができると説明しているため、
「精
折り合いをつける)
神性」よりは「霊性」の方が適当であると考えられ
168
森 久子
メンター・ロールモデルなど
4.多元性と包括性を評価する
5.個人の変化と組織の変化を統制する
5)象徴するもの
自分が何か、自分を推進する核となるもののシ
6.スピリチュアリティと人生の目的を探し求める
ンボル
また、スピリチュアリティと職業の定義を、次の
言葉を引用し説明している。
Spirituality
6)自分の物語を組み立てる
: 個人の内と外にある森羅万象の力
これまでの人生で何を成し遂げたかったのか、
で、意義や自己、そして人生の理
最終章で自分の人生がどうありたいかを示し、
解 が 生 ず る 中 心 で あ る ( Gayle
残りの人生でそのために何ができるのか
Graham Yates)
作り上げた自分の人生の物語を 20 の質問に答え
: 統合と総体の体験、人生すべての
相互関係(Katherine Kraz)
る形で、キャリア・カウンセラー、小グループのメ
ンバー、あるいは自分の大切な人と語り合い、自分
Vocation
: あなたの深い喜びと世界の渇望が
出会うところ。あなたの仕事を携
の人生計画の中に、スピリチュアリティ、意味、目
的をどのように見出していくのかを考える。
えて、あなたが最も行く必要があ
るところ、そしてあなたが最も必
Dr. Edwin Herr, Pennsylvania State University
要とされているところに行きなさ
テーマ:Contemporary Challenges to Career Perspective,
い。(Frederick Buechner)
Practice, and Policies
また、次のことを成し遂げる手助けとして、人生
ハー博士は職業を取り巻く環境の変化や、それに伴
においてするべきことを再構築する。
う雇用不安、生活の心配や人生で受けるプレッシャ
z 個人の意識(物語、仕事、旅)
ー、生涯学習の必要性、労働市場への外国人の参入、
z 機関の意識(管理、権限)
失業といった問題を取り上げてキャリア介入の必要
z 共同体の意識(世界的、自然と人間の生態学)
性や、カウンセラーの役割、関連する政策について
z 包括的の意識(社会的正義、他者)
も論じた。
z スピリチュアリティの意識(魂、より高い力、
意味、目的)
社会と個人の変化にどう対処していくのか。この
10 年間に起きたことは、インターネット、遠隔学習、
z 関係の意識(仕事と家族、同等のパートナー)
z 変化の意識(変わることと変わる要因があるこ
とへの喜び)
再構築のための手法は “Creating My Own Circle of
安全保障、慢性的失業、労働過剰(中央・ラテンア
Life” と名づけられ、次のような手順で行う:
リアは国境がなくなっている。経済が発展したが、
1)自分の人生の物語を語る
職業の種類は 2003 年 8 月に従来の 60%にまで減っ
人生の初期、青年期、人生の半ば、老年、人生
の終盤
メリカからアメリカ合衆国への移動)、言語・スキル
の重要性、グローバル経済、先進技術などである。
経済や社会がグローバル化することにより、キャ
た。現在は少し増える傾向があるものの、1970 年代
からのオートメーション化で特に伝統的な仕事が減
2)章のタイトルをつける
少している。例えば、オン・ラインでチケットを買
3)主な構成要素は、人生の価値観、そのときのイ
う、セルフサービスのガソリンスタンドの増加、あ
ベント、変化、決定、影響を受けたこと、失敗
るいは、コンピュータが在庫管理をする。そのため
体験、成功体験、人生のコントロールなど
仕事の仕方・キャリアパスが変わってきた。
4)ハイライト
障害(内面・外面)、促進誘発物(内面・外面)、
169
キャリア・カウンセリングにおける Spirituality の概念をめぐって
表1
は、正社員であり、仕事をするのに無くてはならな
以前と現在の社会
以前
い人たちである。その他にメンテナンス関係を行う
現在
Multi-Task
契約社員がいる。その中には、広告、経理等の仕事
(Flexible、Commitment をす
をする人、そして弁護士などの専門家が含まれてい
る)
る。さらに必要な時だけ雇用する、季節的あるいは
自分のリズム
要求されるリズム
時間労働者としての社員がいて、特定の作業を一定
人間の技能
Knowledge Worker
期間行う。
Task
社会全体の IT 化により、仕事は国境を越えてい
ロボット(最小限人が関わ
る)
る。一例であるが、アメリカの情報職であるヘルプ・
経験
知識
デスクは現在インドへと移行している。顧客は、自
国境
政治的国境
分がインドと繋がっていることすら知らない。この
製造
Knowledge Worker
ような現象により、数字で言えば、アメリカ企業か
個人
チームワーク
ら 100〜200 万の職が海外に流出しており、これか
ら 5 年間で約 500 万の職が海外に流出することが予
測される。職が減る一方、企業にとっては、年間 40
実際に製造するのは、ロボットが主になり雇用が
〜60%のコスト削減になっている。
減少して求められている人は、機械の故障を見つけ
このような状況下で、キャリア管理は自分で行う
る修理の専門家、計画立案者、デザイナーなどで、
ことが要求されている。従業員は、多くのストレス
知識が求められている。
Knowledge Worker は、学位をとる必要が無い。必
を抱える。人員削減で仕事を失う人、残って仕事量
要なのは、新しい技術、テクニカル・スキル、科学
が増える人、どちらにとってもストレスは大きい。
Career パターンは、当然変わっている。従業員は、
的知識、そして文学的能力である。
また、仕事が個人からチームワークへ移ってきて
生涯勉強して変化を乗り越えなければならない。こ
いるため、コミュニケーション・スキルやリーダー
れを、危機ととらえるか、自己再開発の機会と捉え
シップが求められ、人間関係がうまくいかない人が
るかの心の在りようが、変化を抵抗無く受け入れら
問題となっている。その問題解決のためには、方法
れるかどうかに大きく影響する。
自己再開発の機会と捉えることができれば、これ
論を学び実行すること、生涯学習、自分の Career
まで何年も今の自分を作ってきた自信から、キャリ
Manager が必要となる
アは自分で作っていくものとの認識ができてきてお
今後、社員は 3 タイプに区分され、核になる社員
り、自分自身を資本として、適切なところに投資し、
そのキャリア・マネージャーとなり、さらに自己ト
核:正社員
レーニングを行うことにより付加価値を増していく。
キャリア・カウンセラーは、そのためにクライア
契約社員
ントから求められるサービスを行っていく。
パート
Dr. Mark L. Savickas, Northeastern Ohio Universities
図1
アウトソーシング
College of Medicine
(国際的課題:
テ ー マ :
海外に職を移す)
Construction
Meaning and Mattering in Career
ザビカス博士は、ケースをいくつかあげてクライ
社員の種類と位置関係
アントに物語を語らせることの重要性と、その物語
170
森 久子
を利用して、質問することで問題を明らかにし、解
ば話すほど、物語は真実性を帯びてくる。作り話か
決できることを提示した。9
ら、個人がわかる。例えば、成功体験の無い子供は、
人生のテーマは「価値付けること」である。それ
失敗する話をする。
ぞれのテーマの違いは明らかではないため、パーソ
作り話の中には、その人のスピリットや健全性が
ナリティー・タイプから比べると有益である。タイ
現れるため、7つから8つの作り話を聞いて質問す
プが類似性に焦点を当てているのに対して、その二
ると、その人がスピリットや健全性を持っているの
人の本質的な違いはそのテーマが唯一無二の人に焦
かがより明確になってくる。
点が当てられることである。例えば、ホランドの 6
作り話でなくても、自分のことを語らせるだけで
タイプである RIASEC コードは個人の類似性と典型
も本人の問題が明らかになることがある。バイアス
的な元型を表している。コード RI は、最初の R は
のかかった人は、人が気にしていないことを気にし
現実的タイプになぞらえられ、次の I は研究タイプ
ているなどが、最初に現れてくる。自分がどんなに
になぞらえられる。それと対照すると、キャリアの
たくさん靴を持っているかを自慢した学生は、どの
話は自身の立場から自分の性格について独自の概念
靴を選んだらよいかがわからず、結果的に靴が増え
を描写するものとなる。物語の筋は、人格特性から
ただけであることが判明した。この学生は、自分の
来るものではない。筋の必要性の代わりに、目的、
専攻を決められない、仕事の選択ができない、知識
意図が自己像を描いている。テーマは個人が唯一の
はあるが選択ができないタイプである。原因は、社
人であることを示している。従って客観的タイプの
会との接触が不足しているためで、自分が何に興味
人は、どんな興味や能力を個人が持っているかに焦
を持っているのかわからないことであった。興味を
点が当てられ、一方、主観的なテーマは、なぜこれ
見つけるためには、どんな雑誌や本を読んでいるか
らの性格的要素が価値があるのかに焦点があてられ
を聞くことだけでも、はっきりわかることがあるの
る。タイプが注目すべき安定性を持っているのに、
で、アセスメントを使うなどの特別な手法は特に使
人生のテーマは、気づきや理解への新しい手段を利
わなくてもよい。
用できるように変化し、再構築されるだろう。結局、
カウンセリング時に物語を創らせて語らせること
仕事への適性の性格論は適合に焦点が当てられる。
でも、本人が気がつかない問題点を把握することが
すなわち成功や満足を産み出すために、働き手を仕
できる。
事に合わせることである。一方で、人生のテーマの
理論は、働き手に価値付けと確認を生み出すために
Doug Manning, President, Bridges.com, Inc.
仕事を利用ことができるようにすることに焦点を当
テーマ:
てている。
Self-Management of Post-Secondary Plans and School
キャリアの構築においては、その職業に向く性格
The Out-of-Bus Experience: Student
Relevance
になるまでの過渡期に適応がある。そこでのテーマ
は自分を確認することであり、過渡期における適応
には、関心、統制、好奇心、自信が作用する。
マニング氏は、あらゆる年齢の学生たちが充足的
で持続的な未来を手にするために「自分でバスを運
物語を語らせると個人の違いが現れてくる。物語
転する」ための方法を教える簡単な 5 ステップ・ア
を語ることができるためには、認知、理解、説明と
プローチを紹介し、援助するためのツールや実際的
いったスキルが備わっていることが必要であり、話
な方法論を提案した。
のテーマを確認して構成して、複合的に選び出す逐
ワークショップは次のプロアクティブ・リビン
次的スキルが要求される。話を創造することは多く
グ・キーノート・レビューから始まった。
の判断が必要で、好奇心を増大し、複数の結末を創
1.
キャリア/自分の人生の継続
z
造しなければならない。感情的なスキルを使って話
しを創ると混乱した話となっていく。しかし、話せ
人生の始まりから今まで学んできたことで
様々な成功体験がある
171
キャリア・カウンセリングにおける Spirituality の概念をめぐって
z
ーをサポートする人である。
これから人生の終わりまでは、何があるか
わからない「パンドラの箱」のようなもの
景色はどんどん変わっていき、目的地がはっきり
である。しかし、
「パンドラの箱」を開け、
わからず、とりあえず運転しているだけでは走り続
全ての悪が飛び出した最後には、「希望」
けることは難しい。
目的地がわかっていても、わからなくても年に 1
があった。これが未来志向のモチベーショ
回はバスを止めて、ヘリコプターから俯瞰図を見せ
ンとなる
2.
キャリア・プランを立てる目的
る必要がある。そして、自分自身を知り、 どこへ行
z
きたいのかを再度、考えさせる。
モチベーションを自分の日常の目的に持ち
誰かが「止まれ」とか「こっちへ行こう」と言っ
込むために必要なもの:
¾
個人的充足感
―
ても、それを決めるのはドライバーである。
自分が誰で、何を
それぞれのステージで、Explore、Plan、Achieve
するのかにつながる
¾
3.
ライフ・スタイルの継続
―
を 5 段階に分けて行っていく。また、それぞれの中
自分が
したい生活の財源
で、必ず含まれるものが、Life Balance である。この
プランニング・プログラム
意味するところは、人は必ずしも好きなことを仕事
にする必要はなく、心と仕事とのバランスをとるた
Stage V プログラムの有効性:アカウンタビリティ
Stage IV
Stage III
・システム
めに、その好きなことを自分の人生の中で行って幸
リーダーシップ、チーム、確実な向上
福になるというものである。
プログラムの広がり:両親、ピア・プ
ランナー
Dr. John Krumboltz, Stanford University
学生を熟練させる:全ての学生のため
テ ー マ : Career Counseling in the Midst of an
にプランニング・スキル、および
Unrecognized Catch-22 Dilemma
(学生のプランナーによる)ポートフ
ォリオの授業
Stage II
Stage I
キャリア・カウンセラーの社会的地位は、低く見
学生に知らせる:キャリア、専門家の
られている。実際には、
「心理カウンセラー+仕事の
援助、自分ですること
知識」があり、精神病の患者に対するカウンセラー
未来に向けての “nice to have” を知
は全ての患者を完治できなくても、それを責められ
る
ることはないのに、キャリア・カウンセラーには、
アセスメント・テストを行い、アセス
100%の成功率を求める。人は将来の保障と自分に
メントの概要説明を行う
一番合う職業名を求めて、キャリア・カウンセラー
のもとを訪れる。キャリア・カウンセラーたちはも
上記、3に見られるようにマニング氏の手法は、
ちろん未来を予測する能力など持っていないものの、
最初に到達点の説明から行うことで、そのために何
検査や職業情報を活用してできるだけクライエント
が必要かと出発点にもどるため、理解しやすいもの
の希望に添えるよう力を尽くす。クライエントは、
であった。個々の説明については、昇順で行われた。
キャリア・カウンセラーが絶対提供できない確実性
今回の主題である “How to drive your bus” につい
を暗黙のうちに約束してくれていると信じている。
ては
キャリア・カウンセラーはこの期待と現実の間でジ
z
行く場所が決まっている
レンマに陥っている。今こそ、キャリア・カウンセ
z
いきたい所が決まっている
ラーの仕事の意味を見直すべきときが来た。あなた
これに従って、運転するのが目標であるものの、も
の仕事はこれですと自信を持って予測することなど
ちろんどちらも無く、とりあえず運転することもあ
できないと正直に言っても、クライエントは私たち
る。いずれの場合も、同乗者が誰であれ、ドライバ
のサービスの価値を認めてくれるだろうか。確実性
172
森 久子
を求めることを止め、代わりに不確実性を最大限に
ンタビューをする。これは、アメリカのテレビ番組
活かすスキルを身につけることができれば、きっと
でも放映されたそうである。デル・コンピュータの
認めてくれるはずである。
マイケル・デル社長の回が放映され、彼は大学を中
では、実際にキャリア・カウンセラーが何をすれ
退して起業した経緯を語った。退学については両親
ばよいのか。クライアントがキャリア決定をできな
の猛反対があったため、内緒で退学したそうである。
いのは誰のせいでもない:
考え方としては、大学は逃げないからいつでも戻ろ
z カウンセリング・モデルを使って非現実的な
うと思えば戻れるものの、起業のチャンスは今逃す
と、将来無いかもしれないからと語った。ビル・ゲ
ことをしている
z 誰も将来を予測できないのに、将来の仕事を
イツを始めとして、アカデミック・サクセスがビジ
絞って決めることは、ばからしい
ネス・サクセスにはつながらない時代が到来してい
→
て、アメリカのトップクラスの大学生が、そのこと
キャリア・ゴールを決めることは現実的
に気がついてきた。
でない
クライアントは、キャリアに対する姿勢をこれま
3. まとめ
でと変える必要がある。
1)5 名の発表者の見解の総括
表 2 キャリアに対する姿勢の変化
それぞれが、スピリチュアリティをキャリア開発
これからの姿勢
の重要な要素として捉えていることは、疑いの無い
キャリアに対してオープ
ところである。ハンセン博士は、自分自身の新たな
ンでいる
人生を考えるために自らの人生を問い直して、過去
運を待つ
運は創る
の経験の中に様々な発見や学びを確認することで、
間違えるな
沢山間違えろ
新たな人生の方向付けをする手法を
必要なことを学んで仕事
仕事を得てから必要なこ
Own Circle of Life” として紹介し、その中ではスピ
を得る
とを学べばよい
リチュアリティは勿論のこと人生をコントロールす
教育を終える
生涯教育
ることが必要な要素として加えられている。ハンセ
これまでの姿勢
キャリアの決定をする
“Creating My
ン博士の「スピリチュアリティの意識」は「魂」、
カウンセラーは、カウンセリング・モデルを使っ
「より高い力」、「意味」、「目的」と説明してお
て非現実的なことをしているのではないか。誰も将
り、5 名の発表者の中では、より具体的で理解しや
来を予測できないのに、将来の仕事を絞ってキャリ
すい。
ア・ゴールを決めることは現実的でない。そしてク
ハー博士は、変わり行く環境を自己再開発の機会
ライアントとカウンセラーが認識できることをしな
と捉えて受け入れ、自分自身が自分のキャリア・マ
がら今の問題を乗り切るのが現実的である。その中
ネージャーとなることの重要性を説いている。
で、クライアントが自分で問題を解決できる能力を
ザビカス博士は、クライアントに物語を創作させ
身につけていく。決定するのではなく、やってみる
るという手法を用いて、クライアントがスピリット
ことが重要で、生涯、キャリアに対してオープンな
や健全性を持っているかが、より明らかになり、問
姿勢を持ち続けることが求められている。
題解決に繋がることを事例によって論じた。
興味深かったのは、スタンフォードの学生が夏休
マニング氏は、人生の俯瞰図を持つことで、自分
みにバスを貸しきって、仕事の成功者たちにインタ
のバスを自分で運転できるようになる方法を提示し
ビューをする旅をしたビデオである。著名人にアポ
た。そして、自分の人生を幸福と感じるために、バ
イントメント無しで、直接交渉して、バスの中でイ
ランスの必要性を強調した。
クルンボルツ博士は、キャリア・カウンセラーの
173
キャリア・カウンセリングにおける Spirituality の概念をめぐって
できることは、クライアントの望むものを与えるの
いところでも得られることを肯定し、人生の中にお
ではなく、キャリア・カウンセラーとクライアント
ける役割バランスが重視されていた。
最後に、スピリチュアリティの概念の定義が確立
が共に現実を認めて、クライアントが自己解決能力
を身につける手助けをすることではないかと論じた。
されていない状況で、日本語訳も定まっていないと
共通点の一つは、変化していく社会環境や個人の
は言え、キャリアを考えるについては重要なモチベ
環境を受け止めて、新たな人生の方向性を見つけて
ーションとして個人の中に存在するもので、個人の
いくことが、キャリア開発と考えていること。もう
人生における満足感を得るために欠くことができな
一つは、人は自分の人生の様々な役割のバランスを
いものであることは、心に留めておきたい。
とりながら、コントロールして、マネージできるよ
うに、つまりは、自分でキャリア開発できる力をつ
けなければならないと考えていることである。
大会プログラム “Conference Focus”より(訳は筆
者)
2 Web Site
http://www1.mhlw.go.jp/houdou/1103/h0319-1_6.html
3 Web Site
http://www1.mhlw.go.jp/houdou/1103/h0319-1_6.html
4 Web Site
http://www.med.hokudai.ac.jp/~senior-w/Others/whohea
lth.html
5 Web Site
http://www.med.hokudai.ac.jp/~senior-w/Others/WHOH
lthDfntnRev.htm
6 『あなたのパラシュートは何色?』リチャード・
N・ボウルズ』 翔泳社
7 筆者訳
8 Sunny S. Hansen Connecting Spirituality, Career
Development of Women and Integrative Life Planning
(2004 年 NCDA 世界大会配付資料)
9 Mark L. Savickas Meaning and Mattering in
Construction: The Case of Eleine (2004 年 NCDA 世
界大会配付資料)
1
異なった意見が見られるのは、キャリア・カウン
セラーの役目にある。
ハンセン博士は、新たな人生計画のために共に語
り合う相手としてキャリ・カウンセラーに特定せず、
グループ・メンバーや、大切な人も加えている。ク
ルンボルツ博士は、キャリア・カウンセラーは、ク
ライアントのためにできることは、クライアントの
希望をかなえるために力を尽くすことではなく、ク
ライアントと共に現実に向き合うことであると論じ
ているところは他と異なってはいるが、キャリア・
カウンセラーが、クライアントが一人で問題を解決
する力をつけるサポートをするという点では、他の
3 人と共通している。
2)大会全体について
これだけのキャリアに関する研究者や実践家が揃
うことは、これから先無いのではないかと言われて
いたことからも推察できる程、この大会は盛会であ
参考文献
(1) Haward Figler and Richard N. Bolles The Career
Counselor’s Hand Book Ten Speed Press 1999
(2) Gray Poehnell and Norman E. Amundson Career
Crossroads Eegon Communications 2001
リチャード・N・ボウルズ(花田知恵訳)
『あなたの
パラシュートは何色?』 翔泳社 2002
った。クルンボルツ博士の講演の第一声が「私は、
既に伝説の人物となっていますが、まだ生きていま
す。」であったことから分かるように、講演者はキ
ャリア研究の草分けといわれる人物が多く、その講
演会場は廊下まで人が溢れていた。
この大会では、テーマはスピリチュアリティに限
定されたものばかりではなく、従来の、学校の成績、
(Received:September 30, 2004)
学位と社会的成功が個人の幸福をもたらすという考
(Issued in internet Edition:October 31, 2004)
え方に基づくプログラムもあった。しかし、参加者
からは、このようなプログラムは現状に即さないと
の批判があり、全体的方向としては、価値観の多様
化を認め、個人の幸福は、社会的成功と結びつかな
174