近代化産業遺産活用 ハンドブック - 産業観光ガイド

近代化産業遺産活用
ハンドブック
平成27年3月
公益社団法人日本観光振興協会
近代化産業遺産活用.indd 2
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掲載事例一覧
(目次)
Ⅰ 産業遺産活用のポイント
(まとめ) 1
Ⅱ 事例
1. 炭鉄港-北の近代三都物語(北海道空知・小樽・室蘭)
2~3
広域連携:空知・小樽・室蘭など
2. 鉱山の歴史・文化と環境リサイクル産業を活用(秋田県小坂町)
4~5
広域連携:鹿角地域
3.「ノコギリ屋根」を活かす多彩なリノベーション(群馬県桐生市)
6~7
広域連携:北関東
4. 絹産業の歴史・文化が「世界文化遺産」に(群馬県富岡市)
8~9
広域連携:北関東
5. まちなかの「なりわい」と「邸園文化」を活かす(神奈川県小田原市)
広域連携:小田原・箱根・湯河原・真鶴
6.世紀の難工事を体感する「黒部川発電施設」活用(富山県黒部市)
広域連携:魚津・黒部・入善・滑川など
7. 「ミュージアム」を核に広がる産業遺産活用(長野県岡谷市)
8.“ものづくり都市”のルーツを語る産業遺産の集積(愛知県)
16~17
広域連携:中部広域
12~13
14~15
広域連携:岡谷・富岡・諏訪地域
10~11
(京都府京都市)
9. 近代京都再生の原動力「琵琶湖疏水」
18~19
広域連携:滋賀(大津)
~京都~大阪
10. 高梁川流域の連携による「鉄の径」活用(岡山県備中地域)
20~21
広域連携:備中地域広域
(福岡県北九州市)
11. 産業遺産活用をリードする
“産業観光先進地”
2 2~23
広域連携:北九州広域
Ⅲ 遺産の「活用」と支援の方向性
2 4〜25
遺産分類
1
北海道空知・小樽・室蘭
2
秋田県小坂町
6
富山県黒部市
8
愛知県
3
群馬県桐生市
9
京都府京都市
4
群馬県富岡市
1
2
繊 維
3
4
5
神奈川県小田原市
7
長野県岡谷市
10
岡山県高梁市
11
福岡県北九州市
7
8
● ●
鉄 鋼
●
9 10 11
● ●
●
鉱 山
●
●
●
機 械
●
食品・飲料
●
宿 泊
港 湾
6
● ●
電 源
5
近代化産業遺産活用.indd 3
●
●
●
近代化産業遺産とは
我が国の産業の近代化に大きく貢献した産業遺
産で、平成 19 年・20 年に経 済 産 業 省において
認定されました。認定された遺産には建築物や
機械、文章などがあります。
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Ⅰ 産業遺産活用のポイント(まとめ)
わが国の産業近代化の過程を物語る存在として、数多くの建築物、機械、文書等からなる「近代
化産業遺産」は、その歴史的役割や先人たちの努力など、有形・無形の豊かな価値を今に伝えて
いる。
経済産業省では、これら遺産の歴史的価値を顕在化させ、その「種(資源)」を地域の活性化に役
立てることを目的として、平成19年度・20年度に「近代化産業遺産」(1,115物件)を大臣認定し、
それぞれ33群のストーリーとして取りまとめた。
認定から6年以上を経過した今回の事業では、その保全・活用状況について近代化産業遺産の所
有・管理者等を対象に書面によるアンケート調査を実施し、主要な施設のヒアリング調査を行うとと
もに、「近代化産業遺産活用促進協議会」(委員長:望月照彦多摩大学客員教授)を設け、その活
用方策について検討した。
本ハンドブックは、これらの結果を集約し、近代化産業遺産活用のためのガイドブックとしてとりま
とめたものだが、活用にあたっては、以下のような点がポイントとなろう。
①「活用」なければ保全なし
現役稼働施設(工場・工房等)と比べて、産業遺産はそれ自体としては経済価値を生み出さない。
しかし、その維持・管理のためには膨大な経費と手間を要するため、その保全を図るためには、何
らかの「活用」が不可欠であるという理念が重要である。
②多様な活用用途と手法を学ぶ
産業遺産の活用には、そのままの景観を見せるものから、ミュージアム、アトリエ・工房、レストラ
ン・ショップ・宿泊施設等の商業・文化施設にリノベーションするもの、無くなってしまった遺産をアー
カイブし復元するものなど多様な道がある。これらの学びと応用が重要である。
(参考事例:事例1北九州、事例3桐生、事例7岡谷など)
③遺産再生をまちづくりに活かす
バラバラになった遺産を一定のエリアに集積して観光まちづくりを進め、地域単位の再生を図るこ
とが重要である。
(参考事例:事例2小坂(明治百年通り)、事例11北九州(門司港レトロ)など)
④活用のための用途変更等規制緩和を進める
遺産の活用には、立地地域の用途規制をはじめ、活用用途によっては関連業法の規制、建築基
準法など数多くの制約がある。これらは個別企業にとって重荷であり、国や県・市など行政側からの
支援が不可欠である。
⑤事業基盤の安定化
遺産を活用した事業では、地域と連携した各種商業機能など、収益性の高い事業の導入も不可
欠である。要するに「売れるもの」を確保した事業基盤の安定化である。
⑥広域連携によるストーリー性豊かな活用
産業遺産は「ネットワーク財」である。原材料・製品や人材を通じた他地域との濃密なネットワーク
があったからこそ生産活動が可能であった。産業遺産の再生には、こうしたネットワークを踏まえた
個性豊かな物語(ストーリー)の再構築が不可欠である(参考事例:事例1北海道、事例4富岡、事
例6黒部、事例8愛知、事例9琵琶湖疏水、事例10岡山備中地域など)
⑦訪日外国人へのアピール(MICE)
アジアで最初の産業革命を達成し世界最速の産業発展を遂げた日本の産業資源は、これからの
MICEなど訪日外国人客の受け容れコンテンツとして大きな注目が集まっている。これら資源をどの
ように見せていくのかが大きな課題である。
事例1
炭鉄港-北の近代三都物語
北海道空知・小樽・室蘭
【Ⅰ】 地域の概要
【室蘭港と日本製鋼所】
石狩平野東縁部の空知産炭地域(石炭)、太平洋岸の室蘭市(鉄)、日本海岸の小
樽市(港)を結ぶ広域ネットワーク(以下「炭鉄港エリア」)の範囲は、鉄道路線距離で
岩見沢〜室蘭間140㎞、岩見沢〜小樽間75㎞の拡がりを持つトライアングルである。
このうち空知産炭地域は、岩見沢市を中心とした南北80㎞・東西30㎞の13市町を対
象とする二重構造となっている。
炭鉄港エリアは、明治期から戦後にかけて北海道開拓を先導した歴史を有し、最盛
期1960年の人口は炭鉄港エリアで約100万人が、産業構造の激変で2010年には48
万人と半減、特に空知産炭地域は、石炭産業の崩壊で地域の衰退が著しい。
【Ⅱ】 歴史(産業)のストーリー
小樽は1872(明治5)年に近代港湾としての歩みを開始。1879年に空知で最初の
幌内炭鉱(三笠)の石炭搬出のため、幌内〜小樽間に全国三番目の鉄道として幌
内鉄道が建設、小樽発展の契機となった。鉄道と炭鉱は1989年に北海道炭鉱鉄道
会社(北炭)に払い下げられ、同社の手で夕張・歌志内での炭鉱の開発、室蘭へ鉄
道が延伸された。北炭は1906(明治39)年の鉄道国有化で得た資金をもとに室蘭で
製鋼・製鉄へと川下進出を図った。一方で、財閥系各社は空知へ一斉に進出しする
とともに、樺太へも勢力を伸ばし、これが小樽運河建設など小樽港の発展を促した。
その後、1960年代のエネルギー革命や1973(昭和48)年のオイルショックなどによ
る各地域とも退潮とともに活力を失っていった。
現在では、室蘭は鉄を中心とした製造業を展開、小樽は観光都市へと脱皮したが、
空知産炭地域は、石炭産業を失った後の活性化策が成果を生まず地域存亡の岐
路にたっている。
【夕張石炭博物館の模擬坑】
【Ⅲ】 近代化産業遺産
認定遺産
その他遺産
【北炭幾春別炭鉱錦立坑櫓】
夕張〜三笠間の北炭高圧送
電線網とセットで1919年に建設
された大正期の炭鉱動力近代
化を示す遺産で、現存する道
内最古の立坑櫓。
【小樽運河】
1923(大正12)年に完成した
2.8㎞の運河。市民論争の末に
1986年、一部を除いて幅40mの
半分が埋め立てられ道路と散
策路が整備された。1908年に完
成した北防波堤とともに最盛期
の小樽港湾の遺構。
【旧手宮機関庫3号】
1885(明治18)年に建設され
た日本で最古の機関車庫。設
計者の平井晴二郎は、後に道
庁赤レンガ庁舎の建設に主任
技師として参画した。
【日本製鋼所旧発電所】
1909(明治42)年に建設され
た日本製鋼所の火力発電施設
で、合弁先の英国から輸入した
発電機3基とボイラー20基が格
納されていた。
【2】
【住友赤平立坑】
1963(昭和38)年にドイツGH
H社の技術を導入して建設され
た立坑櫓。1994年まで稼働し、
操業当時の状態を良く保ってい
る。地元の市民団体によって、
ガイドツアーが行われている。
【Ⅳ】 活用のストーリー
(1) 遺産活用のきっかけ
2008年、大きく変化する観光スタイルに対応するため、北海道の呼びか
けで道内4地域に地域観光戦略会議が設置された。このうち道央地域戦
略会議では、2009年に滞在拠点と周辺資源とをテーマによって有機的に
結ぶ「ハブ観光」というコンセプトを打ち出した。炭鉄港は、「ハブ観光」を具
体化するためのパイロット施策としてスタートした。
そもそも、同会議の座長が空知産炭地域で活動するNPO法人の理事長
であり、かつてシンクタンクに勤務していた時に、小樽・室蘭との間に人的
ネットワークがあったことが背景にある。現在、最も厳しい状況にある空知
産炭地域は、過去には室蘭・小樽をつなぐ要の存在であったという歴史的
経緯をもとに、助力を求めたという意味合いも強い。
【炭鉱遺産でのアート展示】
(2) 遺産活用戦略
炭鉄港エリアの立地環境として、札幌や新千歳空港など北海道観光の中
心的役割を果たす拠点を内包している利点がある。多くの観光客がすでに
来訪していることを背景に、様々な資源や催事を石炭・鉄鋼・港湾・鉄道と
いうテーマで結ぶことによって、北海道開拓を先導してきた炭鉄港エリアで
の歴史的なつながりを可視化して、近代北海道の原点を認識した人が動き
回る「場」と「機会」を主体的に設定し、新たな動きを生むことを目的としてい
る。三都のいずれかを訪れた人が、他の2地域を必ず訪問したくなるような
状態を目指す。
【多数開催する「ぷらぷらまち歩き」】
(3) 具体的活用方法(活用例)
活動の中核は、毎年50〜100件余りの催事を網羅して、相互の調整・連
携・共同広報を行うことによって歴史的なつながりをアピールし、広く地域
内外の人に「炭鉄港」の意義を訴えかける「炭鉄港キャンペーン」である。な
かでも目玉催事として、場の記憶を残し空間的なインパクトのある炭鉱遺産
空間における「アートインスタレーション」を設定してきた。また、一種のフッ
トパスである「ぷらぷらまち歩き」を意識してシリーズとして最多展開してきた。
「炭鉄港」の価値向上のためには、エリアを構成する3拠点の市民レベルで
の相互理解を醸成する必要がある。お互いの近代化遺産の「現場」を訪ね、
「現物」を見て語り合う機会は、自らのまちの「現実」を相対化するために有
効であり、息の長い取り組みとして継続している。
【理解を深める相互訪問型フォーラム】
【Ⅴ】 遺産活用のポイント
◆新たなパラダイム(世界観)による広域連携
近世までの歴史資産の蓄積が薄い北海道は従来まで観光面で不利と思ってきたが、
逆に近代をクローズアップするには有利であるという主張が新鮮な共感を呼んで、空
間を隔てた広域連携の支えとなっている。新たなパラダイム(世界観)にたったテーマ
性のある連携の可能性を示唆している。
◆ゆるやかで創発的な展開
テーマだけは堅固に保ちつつ、すでに小樽に来ている修旅に空知の教育旅行プロ
グラムを提供しようとする動きのような展開の柔軟さや、組織形態・運営の緩やかさが息
の長い取り組みの力となっている。
◆段階的な展開
各々が抱える課題(小樽=運河観光の限界、室蘭=観光素材発掘の未成熟、空知
=地域存亡自体の危機)を近代化遺産という統一テーマの下で相互に補完することを
基本としているが、最も地域力が脆弱だが、連携の要である空知を強化した後に、三
都連合を本格化という段階的な取り組みを進めている。
【炭鉄港キャンペーンのポスター】
【3】
事例2
鉱山の歴史・文化と環境リサイクル産業を活用
秋田県小坂町
【Ⅰ】 地域の概要
【小坂製錬㈱の遠景】
秋田県小坂町は秋田県北部に位置し、十和田湖に接している。かつて鉱山の町と
して栄え、最盛期には人口 2 万人を誇る県下第二の都市であった。現在は、鉱山は
すべて閉山し、人口も 5,800 人程度に減少したが、鉱山時代の歴史を今に伝える産
業遺産が多く現存し、「明治の香りただよう町」として、産業遺産を活用した町づくりに
30 年前から取り組んでいる。また、鉱山時代に培った技術を活かし、金属リサイクル
産業に取り組むとともに、町民の協力を得て生ごみの堆肥化や遊休農地等を利用し
た菜の花の栽培を行う、「資源循環の町」として注目を集めている。
【Ⅱ】 歴史(産業)のストーリー
文久元年(1861年)に発見された小坂鉱山によって、明治初期より金・銀の採掘、
さらには銅・亜鉛の採掘によって、日本有数の鉱山の町として栄えた。特に、昭和
30年代に町内で発見された「黒鉱大鉱床」は、明治以来の研究開発で培った技術
で様々な鉱物資源を取り出すことに成功した。しかし、昭和60年代の急激な円高や
鉱量の枯混等により、小坂町内の鉱山は統廃合や閉山が相次ぎ、小坂町の経済
に大きな打撃を与えた。
現在は、古くから培われてきた鉱業技術を活用し、環境リサイクル産業へ転換が
図られ、世界的視野での資源循環型産業として発展を続けている。さらに、近年は
明治期の近代建築や十和田湖の観光資源を生かした町づくりと、都市鉱山からレ
アメタルを取り出す環境リサイクル産業が発達している。
【小坂製錬㈱の入口風景】
【Ⅲ】 近代化産業遺産
認定遺産
その他遺産
【旧小坂鉱山事務所】
1905年から1997年まで使用さ
れていた小坂鉱山の事務所で、
町に寄贈・移築・復元され、現
在は観光施設となっている。20
02年、国の重要文化財に指定。
【旧小坂駅】
小坂鉄道の拠点となっていた
駅舎。1994年まで旅客営業を行
っていたが、1983年に廃止。2014
年6月に「小坂鉄道レールパー
ク」としてオープン。登録文化財。
【康楽館】
鉱山労働者向けの福利厚生
施設として建設された芝居小屋。
旧小坂鉱山事務所とともに国
の重要文化財に指定。現在で
も公演が開催されている。
【天使館(旧聖園マリア園)】
1931年にカトリック保育園とし
て開園された「聖園天使園」が、
当時の小坂鉱山の経営者であ
る藤田組の援助を得て建築さ
れた洋風園舎。登録文化財。
【旧小坂鉱山病院記念棟】
旧小坂鉱山病院の霊安施設
で病院跡地に残された唯一の
施設。小坂鉱山病院は従業員
向けの秋田県第一の総合病院
であった。
【旧電錬場妻壁】
移転前の小坂鉱山事務所正
面に位置した旧電練場(現電解
工場、明治42年)妻壁。藤田組
の社章が表示されており、一部
を復原したもの。
【4】
【Ⅰ】 地域の概要
(1) 遺産活用のきっかけ
小坂鉱山の歴史・文化が息づく町としての特色を活かし、国指定重要文
化財である“康楽館”や“小坂鉱山事務所” 等の歴史的建築物の保存活
用。明治43年建築の康楽館は廃館同然で、あったが昭和60年に大修復を
実施し、以降常打芝居や歌舞伎などの公演を通して観光の町小坂のシン
ボル的存在。また明治38年建築の小坂鉱山事務所は、現役として小坂製
錬株式会社の事務所として使用されていたものを業務拡張により町に寄
贈され現在の地に移築復原したもの。明治時代の小坂町をイメージして町
民が手作りで整備してきた“明治百年通り”は、鉱山文化がもたらした歴史
と、季節ごとの美しい花々などの自然とが調和した癒しの空間となってい
る。
【康楽館の桟敷席】
(2) 遺産活用戦略
康楽館の整備を契機に、近代化産業遺産等の歴史的建造物を活用し、
「明治の香りのする近代化産業遺産を活用したまちづくり」を推進。康楽館
前の道路はアカシア並木を保存しつつ、明治期の文化やモダンなセンスを
感じることができる「明治百年通り」に整備。毎年6月には町民手作りの
「アカシアまつり」が開催され、町内外から多くの観光客が訪れている。平
成13年には、「明治百年通り」に明治38年建築の「小坂鉱山事務所」が移
築・復原され、資料館・物産品ショップ等の観光施設となり、平成14年には
「康楽館」「小坂鉱山事務所」が国の重要文化財に指定された。「明治百年
通り」は、鉱山文化がもたらした歴史文化と、季節ごとの美しい花々などの
自然とが調和した癒しの空間となっている。
【旧鉱山事務所の展示の一部】
(3) 具体的活用方法(活用例)
近年、新たな観光資源として注目し活用を図っているのが旧小坂鉄道で
ある。小坂鉄道は明治41年に大館―小坂間が開通し、明治42年には小坂
鉄道㈱の発足とともに営業を開始。小坂鉱山の鉱石輸送など貨物鉄道と
して敷設され、旅客営業もしていたが、車社会の到来とともに利用者が減
少し、平成21年4月に100年の歴史に幕を閉じた。町は平成23年10月、「明
治百年通りにぎわい創出基本計画書」を作成し、既存の観光資源と旧小
坂鉄道の観光活用を組み合わせた「明治百年通りにぎわい創りプロジェク
ト」を策定した。このプロジェクトでは、明治百年通りの起点となる旧小坂鉄
道小坂駅周辺を「レールパーク」として整備し、線路や設備を利用して子供
から大人まで楽しめる施設として平成26年の6月にグランドオープンした。
【旧小坂駅をレールパークに活用】
【Ⅱ】 遺産活用のポイント
◆鉱山の歴史や文化を伝える近代化産業遺産の活用で交流人口を拡大
日本有数の鉱山都市として栄えた町の記憶ともなっている近代化産業遺
産を活用し、交流人口の増大を図る観光振興政策を展開。今後もさらに遺
産を活用しながら町の再生を図っている。
◆環境リサイクル産業の拠点として環境産業観光を推進
小坂製錬は精錬技術を活用したリサイクル産業の拠点として再生し、大
館市を含む広域のリサイクルコンビナートを形成。広く環境教育に資するた
め、あきたエコタウンセンターと連携した環境産業観光も展開している。
◆十和田湖を含む広域観光拠点として連携に邁進
十和田湖西岸から小坂町、鹿角市、大館市など、北秋田地域と連携した
産業観光を推進。新たな産業の育成や地域振興に取り組んでおり、さらに
広域連携によってダイナミックな観光コースが展開され、他地域の産業観
光のモデルとなっている。
【旧配電所施設を赤煉瓦倶楽部に活用】
【5】
事例3
「ノコギリ屋根」を活かす多彩なリノベーション
群馬県桐生市
【Ⅰ】 地域の概要
織物のまちとして古い歴史を持つ群馬県・桐生。近代における織物製造の現場として
活躍した「ノコギリ屋根」の工場は、桐生の繁栄のシンボルであり、市民に愛されてき
た景観でもある。
【ノコギリ屋根のまち・桐生】
桐生は、現在も約200棟を残す全国有数のノコギリ屋根工場集積地である。所有者
の高齢化や建物の経年劣化・解体が進む中、早くから保存・活用の道を模索してきた
が、近年「リノベーション」の手法による多彩な活用が注目を集めている。
【Ⅱ】 歴史(産業)のストーリー
桐生は古代より織物の産地として知られていたが、本町通りを中軸とする現在の町
並みの原型は、近世初期の「町立て」で生まれた。「東の西陣 西の桐生」といわれ
た近世織物業の町衆のパワーを受け継ぎ、明治以降桐生は日本有数の繊維産地
として発展。大正から昭和にかけて、まちのシンボルともいえる「ノコギリ屋根工場」と
ともに、多数の近代建築が生まれた。
戦後の産業構造変動の中で、桐生は機械金属工業を中心とするものづくり都市へ
の道を歩んだ。しかし産地規模の縮小、企業の市外流出等で“空洞化”が進み、ま
ちの「顔」でもあったノコギリ屋根工場も解体されるケースが目立つようになった。現
【織物の歴史を伝える「桐生記念館」】
在、ノコギリ屋根を活用した新たな地域活性化が模索されている。
【Ⅲ】 近代化産業遺産
認定遺産
認定遺産
旧
【無鄰館】
ノコギリ屋根工場の保存・活用
のため、芸術家やクリエイター
たちの制作・居住の場を提供。
多彩なアーティストが活動する
「芸術家集団工場」となっている。
【菓匠 青柳】
旧東洋紡織工場を和菓子店舗
として開店。店舗内の見学スペ
ースでは、建物にちなんだ菓子
「のこどら」の製造工程を見学で
きる。
【群大理工学部同窓記念会館】
大正5年竣工の旧桐生高等染
織学校の木造校舎。吹き抜け
の大空間はNHKドラマ「花子と
アン」のロケでも使われた。各種
イベントの際に一般開放。
【四辻の斎嘉】
㈱桐生再生によってリノベーシ
ョンされた旧織物業者邸宅。コミ
ュニティビークル「MAYU」の
発着ステーション、重伝建地区
のまち歩き観光拠点でもある。
【ベーカリーカフェレンガ】
旧金谷レース工業のノコギリ屋
根工場、桐生市内では唯一の
レンガ造り。平成20年からベー
カリーカフェに生まれ変わり、市
内外の客に好評を博している。
【本町一、二丁目の伝建群】
織物産業が集積した本町一・二
丁目は、平成24年国の重要伝
統的建造物群保存地区に指定。
街あるき観光エリアとして時間を
かけて保存・再生に取り組む。
【6】
【Ⅳ】 活用のストーリー
(1) 遺産活用のきっかけ
空洞化の進む市内の活性化策が求められる中、桐生では早くから近代化
産業遺産の潜在的価値に注目し、保存・調査を進めてきた。
1993年の通商産業省(当時)「ファッションタウン構想」のモデル都市の取
り組みが一つの契機となり、97年には「ファッションタウン桐生推進協議会」
が発足、産・官・民の協働による近代化産業遺産活用や産業観光推進の
実働部隊が組織された。一方、桐生商工会議所の中にも「産業観光推進
会議」が組織され、工場の調査や地域資源活用の取り組みを進めてきた。
そうした中で、「ノコギリ屋根工場」そのものの活用モデルとして近年脚光を
浴びているのが、「リノベーション」の手法である。
【ギャラリーとして活用される有鄰館】
(2) 遺産活用戦略
桐生の近代化産業遺産活用の特長として近年注目を集めているのが、「リ
ノベーション」(既存の建物を改修・用途変更し、付加価値を高める手法)で
ある。
先駆けとなったのは、行政による「有鄰館」のオープン(蔵の取得・活用:19
94年)だが、2008年頃より民間によるリノベーションが加速し、ベーカリー、
ヘアメイクサロン、和菓子店、カフェ&ダイニングバー、フレンチレストランな
ど活用例は30を超え、その多彩さが一つの特徴となっている。行政や商工
会議所も情報提供などのバックアップを行っているが、最後に成否を決め
るのは、所有者と経営者(活用者)の“思い”をつなぐきめ細かいマッチング
の有無である。
【レストランとして再生したショコラ・ノア】
(3) 具体的活用方法(活用例)
「ノコギリ屋根」に着目した産業観光推進としては、ノコギリ屋根工場のポテ
ンシャルを全国に発信する「ノコギリ屋根博覧会」の開催、ノコギリ屋根工場
の情報を発信・PRする「産業観光マップ」の作成、外からの誘客を図る「産
業観光ツアー」などが実施されてきた。また、織物の歴史を学ぶミュージア
ムとしては、「桐生織物記念館」に加え「桐生市近代化遺産・絹撚記念館」
が2013年からオープンしている。
桐生の歴史的景観と機械工業都市のテーマが重なるイベントとして近年人
気を高めているのが「クラシックカー・フェスティバルin桐生」。全国のクラシ
ックカーが桐生のまちに集結する。例年11月のファッションウィークにあわ
せて開催され、年間最大の賑わいを演出している。
【歴史ミュージアム「絹撚記念館」】
【Ⅴ】 遺産活用のポイント
◆新たなものづくり産業の創造
「無鄰館」など近代化産業遺産がリノベーションされる動きにあわせ、桐生に若いクリエ
イティブなアーティストたちの吸引力が生じ、人材が集積するユニークな流れが起きて
いる。平成24年度からスタートした「Room of KIRYU」開発プロジェクト(桐生商工会議
所)では、こうしたアーティストや事業者を集め、桐生ならではの技術やデザインを活か
した新商品の試作品開発を推進。「部屋として見せる」コンセプトで都内の展示会等に
出展し、すでに百貨店等からの引き合いも来始めている。
◆街づくり会社「桐生再生」の取り組み
民間資本を中心に発展してきた桐生。新たな民のパワーとして注目されるのが街づくり
会社「㈱桐生再生」。NPO法人としてスタートし、現在は株式会社化して事業を進めて
いる意欲的な団体。リノベーションした町屋を拠点に観光ガイド事業を展開する一方、
環境対応型のコミュニティビークル「MAYU」の実証実験を進めている。「人が歩く目
線」に近い高さのビークルは、観光まちあるきを補完する交通として、また環境社会・高
齢化社会をにらんだ地域の新たな交通手段して期待されている。
【「ルームオブきりゅう」の展示】
【コミュニティビークル】
【7】
事例4
絹産業の歴史・文化が「世界文化遺産」に
群馬県富岡市
【Ⅰ】 地域の概要
群馬県富岡市は、群馬県南西部に位置し、妙義山や大桁山、丹生湖、大塩湖を有
し、豊かな自然に囲まれている。明治5年に、日本で最初の官営模範製糸場である富
岡製糸場が創業し、以降、製糸業の町として栄えた。
平成26年6月25日に第38回世界遺産委員会において、富岡製糸場を含む4つの構
成遺産が「富岡製糸場と絹産業遺産群」として世界文化遺産に登録された。来訪者
が国内外から足を運んでおり、今注目されている町である。
【世界遺産「富岡製糸場」】
【Ⅱ】 歴史(産業)のストーリー
明治維新後、我が国は、様々な産業・科学技術の近代化を進める政策を取った。し
かし、多額の資金が必要であったため、外貨の獲得を目指して当時の主要な輸出品
であった生糸に着目した。明治政府は生糸を大量かつ安定的に供給するため、また、
技術者育成のために洋式の繰糸器械を備えた全国の模範となる工場を設立した。
結果、全国で製糸業が近代化し、原料繭の大量生産と20世紀初頭には、安価で良
質な絹の海外輸出に成功した。第二次世界大戦後は、生糸の生産を自動化すること
に成功し、自動繰糸機を全世界に輸出するなど、絹産業に大変貢献した。
高品質生糸の大量生産をめぐる日本と世界の「相互交流」と世界の絹産業の発展
に重要な役割を果たした「技術革新」の主要舞台としての価値が認められ、世界文化
【富岡製糸場東繭倉庫のアーチに
遺産に登録された。
掲げられた明治5年のキーストーン】
【Ⅲ】 近代化産業遺産・世界文化遺産【富岡製糸場と絹産業遺産群】
近代化産業認定遺産・世界文化遺産 (構成遺産)
世界文化遺産 (構成遺産)
【富岡製糸場 (富岡市)】
明治5年(1872年)から昭和62
年(1987年)まで稼動していた。
我が国の製糸技術開発の最先
端として、全国の養蚕・製糸業
を世界一の水準に牽引した。
和洋折衷の工場建築であり、
主要な施設は、創業当時のまま
残されている。
【田島弥平旧宅 (伊勢崎市)】
文久3年(1863年)、風通しを
重視した蚕飼育法「清涼育」を
生み出した田島弥平が建てた
主屋兼蚕室。
建物は、換気用の超屋根が付
いた2階建てで、田島弥平の著
作本によってこの構造は広がり、
近代養蚕農家の原型になった。
【高山社跡 (藤岡市)】
明治16年 (1883年)、高山長
五郎は、風通と温度管理によ
る「清温育」という蚕の飼育法
を確立した。翌年、この地に
養蚕教育機関高山社を設立。
明治24年に建てられた主屋
兼蚕室は、「清温育」に適した
構造で、多くの実習生が学ん
だ。
【荒船風穴 (下仁田町)】
明治38年 (1905年)から大正3
年 (1914年)に造られた蚕種(蚕
の卵)の貯蔵施設である。この
施設は、岩の隙間から噴き出
す冷気を用いている。
当時、養蚕は年1回だったが、
この貯蔵施設ができたことで、
複数回養蚕が可能になった。
【8】
【Ⅳ】 活用のストーリー
(1) 遺産活用のきっかけ
平成17年に当時の群馬県知事が、「富岡製糸場を世界遺産にするプロ
ジェクト」を発表した。これを受け、所有者の片倉工業株式会社と群馬県、
富岡市の三者による勉強会が重ねられた。このことが世界に誇る文化遺産
を未来の世代に残す運動につながっていると言える。
平成17年、富岡市は、片倉工業株式会社から富岡製糸場の土地を有償、
建物を無償で譲り受け、富岡市管理の下で一般公開を始めた。富岡製糸
場が、平成17年に史跡、平成18年には明治創業当初の建物が重要文化
財の指定を受けた。平成19年には世界遺産暫定リストに記載されたことで
弾みがつき、平成26年に世界文化遺産に登録された。同年12月には国宝
【土日祝日には座繰りの実演が行われている】
の指定を受け、今では国内外から来訪者が訪れている。
(2) 遺産活用戦略
富岡製糸場の最後の民間所有者であった片倉工業株式会社は、富岡製
糸場閉業後、富岡市に譲渡するまでの13年間、一般公開せず「貸さない、
売らない、壊さない」の方針を掲げ、またこれを堅持し、維持と管理に専念
した。
富岡市では、富岡製糸場の来訪者のために、平成21年度に東置繭所内
にガイダンス施設を設けた。また、場内のトイレの改修・増設や周辺には無
料駐車場を新設したりするなど、力を入れている。
富岡製糸場では、総務省のJET (語学指導等を行う外国青年招致事業)
プログラムによるCIR (国際交流員)を受け入れており、英語・仏語など多言
語でのパンフレット作成や場内案内表示の整備などを行っている。
【地元商店街では工女さんの簾でおもてなし】
(3) 具体的活用方法(活用例)
富岡市には、任意団体である「富岡げんき塾」があり、その方々が、かつ
て富岡製糸場で働いていた工女さんが当時食べていたものや和んでいた
風景・景観などを調べ上げマップにした。回遊ルートを提案している。市民
や富岡製糸場を訪れた方々が手に取り、市内を回遊するのに楽しみなが
ら活用している。
富岡製糸場では、解説員が有料で場内案内を行っている。また、音声ガ
イドを有償で貸し出している。その他、場内にはQRコードのあるタペストリ
ーが掲示されており、スマートフォンで読み取って案内を聞くことも可能で
ある。
【繰糸場内で案内をする解説員】
【Ⅴ】 遺産活用のポイント
◆絹産業の歴史や文化を伝える近代化産業遺産・世界文化遺産の活用
日本で初めて官営の製糸場が誕生し、その技術は全国のみならず世界に
伝播した。富岡製糸場が世界文化遺産登録されたことで、交流人口増大と
群馬県全体の観光振興に弾みがついた。
富岡製糸場では、明治5年の創業当時に使われていたフランス式の繰糸
機のレプリカや伝統的な手回し式の糸繰り器「座繰り器」が置いてあり、これ
らの器械が定期的に実演されている。この地で、絹産業が発展していったこ
とを広める活動をしている。
◆「シルクロード」を広める活動を推進
かつてシルク製品が輸送されたルート「シルクロード」が、群馬県と神奈川
県を結ぶルートをはじめ複数存在する。例えば、群馬県・神奈川県間のル
ートでは、富岡製糸場を中心とする製糸場で造られた生糸が、神奈川県の
横浜港から海外へ輸出されていた。
複数存在する「シルクロード」と連携をすることで、我が国の「シルクロード」
を国内外に存在を発信することができるのではないか。
【フランス式の繰糸機のレプリカ】
【9】
事例5
まちなかの「なりわい」と「邸園文化」を活かす
神奈川県小田原市
【Ⅰ】 地域の概要
【小田原市遠景】
関東有数の城下町・小田原。そのまちづくりの「核」となったのは城であり、産業発展
の「軸」となったのは交通だ。近世には東海道随一の宿場町として街道の産業と文化
が栄え、近代以降は鉄道集積を軸に人的・物的交流が活発化。さらに、まちをとりまく
「うみ」(相模湾)と「やま」(箱根山)の豊かな自然も、重要な「環境条件」だ。産出され
る多彩な素材は一次・二次産業の成長を支え、風光明媚で過ごしやすい風土は別荘
文化や観光産業を形成した。こうした歴史が重層し、遺産とともにいまも現役で営業
する店舗や施設、邸宅が、ここで活用される資源である。
【Ⅱ】 歴史(産業)のストーリー
小田原の産業の柱の一つが、多彩な地場物産産業・伝統工芸産業である。いまは
菓子として知られる「ういろう」は、元来は薬であり、中世京都より小田原に移転した
古い歴史を持つ。こうした地場産業が本格開花したのが江戸時代である。近世、小
田原は本陣・脇本陣合計8つを抱える東海道最大級の宿場町であり多くのヒト・モノ・
カネ・情報が行き交い、地場産業の形成を促した。生み出された物産の顧客となっ
たのも、また旅人であった。豊かな後背地の一次産業が生み出す素材を活かし、漆
器や寄木細工などの木工加工品、梅干しやかまぼこなどの多彩な伝統工芸や伝統
食品が近世に勃興し、近代を通じて発展・継承されてきた。こうした歴史の重層性・
連続性の中から、多彩な地場産業からなる小田原の「なりわい産業」が形成された。
一方近代に入ると、小田原は東海道線の迂回により一時衰退したものの、やがて
小田原駅を核に多くの鉄道を集積することで活気を取り戻す。鉄道の開通により、
気候温暖で風光明媚な小田原は、東京在住の政財界人にとって別荘・別邸の候補
地としての新たな魅力(価値)を生み出した。別荘や別邸には多くの文人が訪れ、茶
会なども開かれて「茶人文化」が開花。菓子などの「なりわい産業」創出の背景ともな
った。
【江戸時代の小田原宿】
【政財界人の上質な「邸園」】
【Ⅲ】 近代化産業遺産
「なりわい産業」(認定外)
小田原の市街には、地場産品
の生産に係わる近代の建築物
がまとまった形で残存し、都市
景観を形成している。「鰹節」や
「かまぼこ」の生産では、表通り
の商店建築と裏手の工場が一
体となった「製販一体」のスタイ
ルを残し注目される(写真上)。
うち一部は現在も生産・営業を
続けており、伝統を受け継ぐ家
人自身による解説が魅力となっ
ている。
【 10 】
小田原・箱根の遺産
温暖な気候、交通の便の良さか
ら、近代には多くの政財界人が
移住。その歴史的邸宅と庭園を
「邸園」と名付け公開している。
小田原に近い箱根には、日本
を代表するリゾート地としての歴
史を語る近代化産業遺産が残
り、連携した活用が期待される。
【写真上】 「小田原邸園交流
館・清閑亭」(旧黒田長成別邸)
【写真下】「箱根富士屋ホテル」
【Ⅳ】 活用のストーリー
(1) 遺産活用のきっかけ
小田原は、北条早雲の中世・小田原城以来、近世・近代と重層的な歴史
資源を有し、多彩で豊かな地場物産・産業の裾野を持つ。その一方で、
「ナンバー1」のアピール性がなく、「交通の拠点」でありながらも観光客の
通過点となり、リピート性にも欠ける嫌いがあった。
まちのシンボルであり最大の観光ポイントでもある「小田原城」を集客の軸
にしつつ、来訪者を「まちなか」に有機的に誘導・回遊し、多彩な物産や資
源の魅力に触れてもらうことが目標となった。市の政策シンクタンクに集ま
った民間人材や市民をリーダーに、まちなかの資源の発掘・編集作業が進
められた。
【観光集客の中心・小田原城】
(2) 遺産活用戦略
まちなかの資源を発掘・検討した結果、遺産活用の方向性・ストーリーを
「なりわい」「邸園文化」の大きな2つのキーワードに整理。これに沿って、そ
の後のまちなかの交流拠点整備や回遊ルートの設定、情報発信等が展開
されている。
活用戦略の大きなポイントは、 行政と市民の連携・協働による推進体制
の構築にある。「小田原まちづくり応援団」「小田原ガイド協会」「小田原観
光協会」「小田原箱根商工会議所」等の多彩な民間団体を中心に、多数の
市民が主体的・積極的に活動に参加。活用戦略は市の計画 「TRYプラ
ン」に明記されて政策的にオーソライズされ、市長以下行政の積極的なバ
ックアップによるまちづくり・産業振興が進められている。
【まちなかの拠点「なりわい交流館」】
(3) 具体的活用方法(活用例)
「まちかど博物館」は、まちなかのなりわい産業の店舗をミュージアムとし
たもので、お店の人による味わい深い解説、製販一体の展示が魅力。これ
らと総合的な交流拠点「なりわい交流館」を結び、まちなか回遊の拠点ネッ
トワークを構成している。
「小田原まちづくり応援団」は、邸園の一つ「清閑亭」を活動拠点とし、ま
ちなかの施設や物産を紹介するガイドツアーを精力的に展開している。
小田原の豊かな海産物や地場の食材を伝統工芸の一つである漆器に盛
りつけた「小田原丼」は、多数の飲食店が参加して観光客の人気メニューと
なった。これもまた、「なりわい」をテーマにした6次産業化の試みとして注
目される。
【地場物産の結晶「小田原丼」】
【Ⅴ】 遺産活用のポイント
◆遺産を活用した産業新展開
「なりわい」に係わる多彩な遺産・資源を活用し、未来の地域産業創造の
ためのさまざまな試みが進められている。豊かな地場の物産(一次)、食品
加工業や伝統工芸(二次)、販売・商品化(三次)を束ねた「6次産業化」が
キーワードの一つである。一方、木材加工の「やまなりわい」に関連し、城や
遺産の補修に携わる大工の育成も始まっており、若年層の専門人材の雇用
開発をねらう。さらに、インターネットを活用して日本の優れた工芸・物産を
欧米に輸出する海外市場開拓の取組も進んでいる。
◆駅地下街における新たな拠点づくり
2014年11月、小田原駅地下街「HaRuNe小田原」がリニューアルオープ
ン。情報交流拠点「街かど案内所」も設置し、駅から直結する新たな「まちあ
るきの発着拠点」として期待される。元気な地場産業経営者たちがディスプ
レイに工夫を凝らした魅力的な店舗集積は、観光客だけでなく地元の人々
にもアピールし、新たな賑わいの創出に成功している。
【地下街「HaRuNe小田原」】
【 11 】
事例6
世紀の難工事を体感する「黒部川発電施設」活用
富山県黒部市
【Ⅰ】 地域の概要
【黒部峡谷鉄道】
黒部市は、富山県東部に位置し、日本海に面した市である。市の中心を流れる黒
部川は、北アルプスの鷲羽岳を源に、下流で扇状地を形成し、日本海へと流れる急
流河川で、水力発電に適した豊富な水量と落差を有しており、大正末期から水力発
電所が次々と造られていった。
市内にはこの水力発電関連施設の他、生地の湧水、宇奈月温泉街、牧場まきばの
風などの観光地がある。またトロッコ電車で有名な黒部峡谷は日本有数のV字谷であ
り、資材運搬用に敷設された黒部峡谷鉄道は今でも観光資源として活用されている。
【Ⅱ】 歴史(産業)のストーリー
黒部川の本格的な電源開発は、昭和2年(1927)完成の柳河原発電所に始まり、戦前
の黒部川第二発電所、黒部川第三発電所を経て、戦後高度経済成長期の「くろよん」と
して有名な黒部川第四発電所へと継続していった。
平成18年度に文化庁は世界文化遺産の候補地について自治体からの提案制度を設
け、平成19年(2007)年9月、富山県および富山市・黒部市・上市町・立山町は「立山・黒
部~防災大国日本のモデル-信仰・砂防・発電-~」として世界遺産暫定一覧表記載
候補の提案書を提出したが、暫定一覧表への記載はされなかったが、
「立山・黒部」は立山黒部地域の急峻な山々との関わりの中で形成された文化遺産を
「信仰」「砂防」「発電」の3つの柱に沿ってまとめたものであり、黒部川の発電所施設も
「発電」として構成要素に含まれていた。今も現役稼動の貴重な近代化産業遺産が数多
く存在する地域である。
【新柳河原発電所】
【Ⅲ】 近代化産業遺産
認定遺産
【黒部川第二発電所】
国立公園に指定された黒部峡
谷の景観に配慮するため、日本
近代建築史を代表する建築家山
口文象が最先端のインターナショ
ナルスタイルで設計。
【黒部川第三発電所】
周囲の景観風致との調整が図
られ、ダムや発電所の位置の選
定に配慮がなされた。建屋は垂
直式を強調したデザイン。
【黒部峡谷鉄道】
昭和12年に現在の終点の欅平
まで開通した。当初は電力会社
の専用鉄道であったが、昭和28
年から地方鉄道法の許可を得て
営業を行い、昭和46年から黒部
峡谷鉄道㈱として発足。軌道
762mmの小鉄道。
【 12 】
認定遺産
【仙人谷ダム】
自然保護の観点から十字峡付
近より下流の仙人谷へ変更され、
小屋平ダムをほぼ踏襲。地下式
の取水口・沈砂池などデザインを
簡略化・効率化。
【小屋平ダム)】
全体的に円弧曲線と直線を巧
妙に組み合わせた造形が至る所
に用いられ、山奥にありながら形
に配慮された構造物。山口文象
が外観設計した。
その他
【黒部川電気記念館】
電源開発の歴史や黒部峡谷の
自然の姿などを、ジオラマやVT
Rで紹介する施設。黒部ダムに設
置したカメラで黒部湖付近のライ
ブ映像を見ることもできる。
【Ⅳ】 活用のストーリー
(1) 遺産活用のきっかけ
黒部峡谷は、黒部峡谷鉄道で宇奈月から欅平まで行くことができるが、
欅平から上流の黒部ダムに至る輸送設備(黒部ルート)については、関西
電力の発電施設の保守・工事用として使用されており、一般の観光客はそ
の先に行くことができない。しかし、多くの方に水力発電事業を理解しても
らうため、毎年「黒部ルート見学会」として、6月から11月の間に年間34回(2
ルート/回、平成26年度実績)の受け入れを実施している。但し、キャパシ
ティの問題で1回・ルート当たりの参加人数は30名に限られている。毎年多
くの方々から申し込みがあり、毎回定員を超え、抽選により決定する状況に
ある。見学会では、工事用トロッコ、竪坑エレベーター、上部専用鉄道、黒
部川第四発電所、インクライン、トンネル内専用バスなどが体験できる。
【竪坑エレベーター】
(2) 遺産活用戦略
宇奈月温泉・黒部峡谷へのアクセスは、平成27年3月14日に北陸新幹線が金
沢まで開通し、「黒部宇奈月温泉駅」が開業するのに合わせて富山地方鉄道が
「新黒部」を新設する。これにより、新幹線から富山地方鉄道への乗換えがスムー
ズになり、宇奈月温泉駅や黒部峡谷鉄道までのアクセスが大幅に改善される。そ
のため、トロッコ電車を利用する観光客および宇奈月温泉宿泊客の増加を見込
んでいる。
関西電力㈱では、地域貢献の一貫として上記「黒部ルートの一部」の活用を、
富山県、黒部市、黒部峡谷鉄道㈱、黒部・宇奈月温泉観光局等と連携協力して、
トロッコ電車と関電竪坑エレベーターを使った「黒部峡谷パノラマ展望ツアー」を
計画している。平成27年5月8日~11月30日の金土日月で催行され、黒部を訪れ
【「黒部峡谷パノラマ展望ツアー」パンフレット】
る新幹線からの観光客に対応する予定である。
(3) 具体的活用方法(活用例)
黒部市では、市内の企業でYKK㈱、関西電力㈱、黒部峡谷鉄道㈱、黒
部市の4者で「モノづくり企業とトロッコ電車見学会」を平成22年から開催し
ており、黒部市内の最先端技術産業や歴史等が学べる見学会である。ツ
アーは年間8回程度、各回定員30名、合計定員240名で開催している。現
在までの5年間で約977名の参加があった。近代化産業遺産である黒部峡
谷鉄道のほか、YKKの現役稼動施設や発電所、遊歩道、浄化センターな
ど見どころの多いツアーである。
黒部川流域の発電所などは、山奥にあり黒部峡谷鉄道を使っても険しい
場所にあり、容易に近づくこともできない場所にある。遺産を核としながらも
様々な地域産業資源を盛り込んだツアー化は非常に有用である。
【「モノづくり企業とトロッコ電車見学会」
パンフレット】
【Ⅴ】 遺産活用のポイント
◆官民が連携した近代化産業遺産を核としたツアー造成
「モノづくり企業とトロッコ電車見学会」の取り組みに見られるように、地域
の企業が連携してツアー化に取り組んでおり、行政も巻き込み、官民連携
の取り組みとして地域を総合的に見せている工夫が感じられる。
◆地域全体で取り組む産業をテーマとしたおもてなし
北陸新幹線の金沢延伸と、黒部宇奈月温泉駅の開業に伴って、地域が
一丸となって黒部峡谷の観光振興に取り組んでいる。それが、近代化産業
遺産を核とした産業をテーマとした取り組みでもあり、長年に亘り制限されて
きた黒部ルートの更なる開放をもたらした点は特筆できる。
◆近代化産業遺産などの産業資源が収益を生み出す仕組みを構築
地域の企業が主体となって観光への取り組みがなされており、YKKツアー
ズの取り組みなどは、産業資源が収益を生み出す試みとして評価できる。ま
た魚の駅「生地」や地元の魅力的なスポットも回るなど、地域貢献も果たして
おり、CSRの観点からも評価できる。
【YKK㈱子会社(YKKツアーズ)が
実施している有料の工場見学ツアーバス】
【 13 】
事例7
「ミュージアム」を核に広がる産業遺産活用
長野県岡谷市
【Ⅰ】 地域の概要
長野県の中央部・諏訪湖を望む岡谷市は、日本の近代化を支えた製糸業の中心地
として、かつて世界一の生糸の生産を誇った「糸都」である。同市内に現存する近代
化産業遺産は実に15件に及び、単独の自治体としては最多の認定遺産数を誇る。こ
のことからも、わが国の近代化における岡谷の果たした役割の大きさを示している。
【諏訪湖を望む岡谷市】
戦後は精密機械工業都市への道を歩んだが、近年はふたたび地域伝統の「シルク」
に焦点を当て、産業観光やものづくり産業の新展開に取り組んでいる。
【Ⅱ】 歴史(産業)のストーリー
わが国近代の幕開けとともに岡谷は、信州の巨大な養蚕地帯を背景に、街道(鉄
道)が交わる交通の便、動力源としての天竜川の豊富な水力などの条件を活かし、
一躍近代化のトップランナーの地位に躍り出た。世界に名を知られた大製糸・片倉
組の発祥もこの岡谷である。製糸業を中心に、繭倉庫の物流業、製糸金融の銀行
業などの多彩な関連産業が発展・集積。山間部の一寒村に過ぎなかった岡谷は、
最先端の近代都市へと急速な変貌を遂げた。機械技術の面でも、フランス式繰糸機
とイタリア式繰糸機の長所を取り入れた「諏訪式繰糸機」を独自に開発するなど、今
日の岡谷の「ものづくり」の基礎が築かれた。
戦後、製糸業が衰退に向かう中、岡谷は時計やカメラなどの精密機械工業への産
【製糸技術の歴史をたどる展示】
業転換を図る。製糸業の盛んな時代に形成された多彩な産業集積、蓄積された技
術力・開発力などを活かし、「東洋のスイス」として知られるに至った。現在も、各種基
盤技術が集積する精密工業都市となっている。製糸業からハイテク産業まで、産業
構造の変遷やイノベーションの足跡を一望できる岡谷には、わが国の産業と歴史を
語る貴重な建築遺産や機械遺産が多数残されている。こうした資源の活用による、
産業観光などの新たな取り組みが近年鋭意進められている。
【Ⅲ】 近代化産業遺産
認定遺産
認定遺産
【㈱金上繭倉庫】
かつて岡谷に多数みられた繭
倉庫の面影を残す貴重な繭倉
庫。木造三階建、鉄板葺。現在
も倉庫として大切に使用されて
いる。
【旧片倉組事務所】
明治43年建築の貴重な木造レ
ンガ造り。玄関、事務室は片倉
組の事務所当時の姿を残す。
現在は中央印刷株式会社の事
務所。国登録有形文化財。
【旧岡谷市役所庁舎】
【旧林家住宅】
“岡谷の迎賓館”ともいえる、製
糸業の繁栄を伝える和洋折衷
の明治建築(国指定重要文化
財)。貴重な「幻の金唐革紙」の
壁紙が見られる。
製糸家の尾澤福太郎の寄贈し
た旧市庁舎。昭和11年建築の
鉄筋コンクリート造り・国登録有
形文化財。ライトアップもされて
いる。
【 14 】
【Ⅳ】 活用のストーリー
(1) 遺産活用のきっかけ
戦後の製糸業衰退後も、製糸の文化を伝えたいという地元の思いは強かっ
た。製糸王・片倉家の寄贈した膨大な製糸機器等のコレクションをもとに旧
岡谷蚕糸博物館が設立された。その中には、世界で唯一現存するフランス
式繰糸機や国産技術である諏訪式繰糸機などの貴重な機械遺産も含まれ
る。
製糸業の繁栄から始まる岡谷の「ものづくり産業」を観光資源と捉え、平成
20年より市の産業観光への本格的な取り組みが開始。折しも富岡製糸場
が世界遺産に登録された平成26年、「シルクファクトおかや」の愛称で博物
館がリニューアルオープンし、遺産活用の機運が急速に高まっている。
【「シルクファクトおかや」】
(2) 遺産活用戦略
「シルクファクトおかや」では、約3万点に及ぶ製糸関連資料の保存と展示
とともに、現役の製糸工場をそのまま「動態展示」としたのが大きな特徴で
ある。ミュージアムには、伝統的な生糸の生産方式を系統的に残す日本で
唯一の製糸工場である市内の㈱宮坂製糸所を迎え入れ、仕事としての製
糸の様子を見学できる類を見ない画期的な展示となっている。
同ミュージアムを地域の製糸文化・産業遺産への優れた「入り口」、また価
値発見・情報発信の拠点とし、市内に残る15の近代化産業遺産のさらなる
活用のみならず、近隣市町村も含めた地域全体としての産業観光の推進
が進んでいる。
【「動態展示」の様子】
(3) 具体的活用方法(活用例)
「シルクおかや」のブランド名で地域産業活性化の新たな動きも始まってい
る。㈱宮坂製糸所では、シルクを原料とする石鹸やランプシェードなどの新
商品の開発を進めている。「シルクファクトおかや」における動態展示およ
び2つのミュージアムショップは顧客との直接対話の機会を拡大し、マーケ
ティングと新商品開発の貴重な機会となっている。
岡谷市では、近代化産業遺産や工場見学のできる産業観光施設のマップ
制作・配布、近代化産業遺産群へのスタンドサイン設置などを通じて「まち
歩き」の環境を整備し、市民団体のボランティアガイドによる案内が行われ
ている。主要施設は夜間のライトアップも行われている。
【多彩なシルク関連開発商品】
【Ⅴ】 遺産活用のポイント
◆「手織り」にこだわる商品開発と体験 -おかや絹工房
「シルク岡谷」の伝統を活かす民間サイドの動きも進んでいる。「岡谷絹」の
伝統継承と新商品の開発を目的に、地元の製糸業関係者らが集まって「お
かや絹工房」を開設した。旧山一林組製糸事務所(国登録有形文化財)を
工房として活用し、昔ながらの手引きで作る岡谷絹の糸を利用した手織りの
ストール、マフラー、卓布などの商品を製造・販売している。工房内では、伝
統の機織りの見学・体験もできる。
◆「広域連携」で交流人口拡大
富岡製糸場の世界遺産登録が追い風となっている。富岡で興味を抱いた
人が、岡谷を訪れて動態展示でさらに学びを深めるケースも増えている。現
在、岡谷を含む県内市町村による「信州シルクロード連携協議会」など、「シ
ルク」をテーマとする複数の広域連携の取り組みが進みつつある。かつての
出荷先・横浜との連携強化等による、首都圏からの集客拡大も期待される。
【「おかや絹工房」の作業の様子】
【 15 】
事例8
“ものづくり都市”のルーツを語る産業遺産の集積
愛知県
【Ⅰ】 地域の概要
【名古屋駅前】
愛知県の製造品出荷額は40兆円超(平成24年度)。2位の神奈川県の約17兆円を
大きく引き離し、36年間全国一の座を譲ったことがない「工業都市」である。加えて、
太平洋に面し、肥沃な濃尾平野にも恵まれて、農業生産額が全国6位など農水産業
も盛ん。愛知県の約745万人、名古屋市約228万人の人口は現在も増加を続けている。
日本列島のほぼ中心に位置しており、東海道新幹線や東名・名神・東海北陸等の
高速道路ネットワーク網が充実、国際空港も擁する。尾張徳川文化の継承地であり、
観光面では「武将観光」「産業観光」に注力。近年始まった中部・北陸9県へのインバ
ウンド誘致活動「昇龍道プロジェクト」でも、要となる地域である。
【Ⅱ】 歴史(産業)のストーリー
愛知の産業は幅広い分野に亘り、地域が「木」「土」「糸」「鉄」「水」「道」等の素材
に恵まれ、インフラ整備を進めたことが、産業勃興の礎となっている。
元和元(1615)年、徳川家康が九男義直に与えた木曽の山林が産出する良質な
木材は、名古屋城築城の建材となり、「からくり」を生み、時計から精密機器へ、さら
に航空宇宙機器製造へとつながった。約600万年前にあった巨大な「東海湖」の南
北端には陶土が堆積し平安時代から常滑焼、瀬戸焼が生まれ、陶磁器産業は明治
以降、ノリタケ、日本ガイシ等のセラミックメーカーを輩出した。江戸時代から日本有
数の綿作地帯だった中部にあって、明治から昭和初期までの愛知では水車を動力
として紡績機を稼動させる例が興隆。豊田佐吉による織機の自動化も進んで紡織産
業が日本の一大産業に育つ。さらに、近代化に重要な鉄は、福沢桃介が水力発電
の余剰電力を活用し大正5年に製鋼所を設立。昭和9年には豊田自動織機製作所
内に自動車製造のための製鋼部もでき、地域の製鉄業が機械産業の発展を支えた。
加えて、東海道をはじめとする街道や海・河川・運河が、物流の動脈になっていた。
明治期の繊維に始まり、自動車製造を立上げ、今や新型燃料電池車を発売、スマ
ート住宅等も手がけるトヨタグループをはじめ、ノリタケ、ブラザー、JR東海等や、陶
磁器、和紙、味噌、日本酒等伝統産業のミュージアムが充実しているのも特色だ。
【Ⅲ】 近代化産業遺産
【トヨタ産業技術記念館】
明治44年に豊田佐吉が創設
した試験工場の土地と赤煉瓦
の工場を活用。不動産3件とガ
ラ紡績機、トヨダスタンダードセ
ダンAA型等の動産9件が認定。
と
【博物館明治村】
官公庁、通信、教育、医療、
商業・娯楽等の施設、工場、住
宅、橋梁等、多彩な分野に亘る
明治の建築物や鉄道を移設。
認定物件は、帝国ホテル中央
玄関等不動産8件、動産は霧笛
蒸気機関等計13種38件。
【 16 】
【金鯱が輝く名古屋城】
【水素自動車「ミライ」発売】
※「近代化産業遺産33、続33」認定物件の一部
【旧国鉄中央線の隧道群】
明治33年、名古屋駅から岐阜
県多治見駅まで国鉄中央線が
開通。約8Kmに14ヶ所のトンネ
ルが掘削された。複線電化に伴
い、昭和41年に廃線。煉瓦造り
の隧道群が認定対象。
【八丁味噌カクキュー】
現岡崎市八帖町で創業370年
と伝わる老舗。明治40年建設の
味噌蔵、昔ながらの蔵の面影と
教会風のモダンな雰囲気が一
体化した昭和2年建造の本社事
務所の2件が認定されている。
【Ⅳ】 活用のストーリー
(1) 遺産活用のきっかけ
愛知県では企業・業界、行政による産業遺産の収集・整理・公開が進み、
観光資源化事例も多い。博物館明治村の開村は昭和40年。地元では、木
材加工、繊維・機械、自動車、窯業、鉄道、電力等多岐に亘る遺産があり、
昭和53年愛知県陶磁資料館(現愛知県陶磁美術館)が開館。同61年に現
INAXライブミュージアムが公開。八丁味噌カクキューが工場見学を始めた
のは昭和58年。同建物が国の無形文化財に登録されたのは平成8年。
遺産活用意識が顕著になった契機は、平成6年愛知万博(平成17年)誘
致に向けて地域財界で「産業観光」が提唱されたこと。同年トヨタ産業技術
記念館、同13年ノリタケの森が開館。同23年リニア・鉄道館が開館。工作機
械企業等の遺産公開も待たれている。
【「自然の叡智」テーマの愛知万博2005】
(2) 遺産活用戦略
産業観光提唱の地であり、各地・各産業のミュージアムも豊富な愛知県。
今後の活用戦略としては、「ネットワーク活用」、「 行政と市民の連携・協
働」の推進や、「成功事例の情報発信」等が挙げられる。
例えば、窯業遺産。行政や各企業が開設したミュージアム等、窯業に関
わる全ての施設を結び、見学・体験をポイントラリー化して、理解を深めると
共に達成感を味わう仕組みをつくる。あるいは、近接するトヨタ産業技術記
念館とノリタケの森の連携を行政が支援、明治のものづくりが体感できる街
づくりで魅力度向上、集客増大を図る、など。
市民主導の活用や、企業が遺産活用を含めた産業観光で成功した事例
等の情報蓄積と発信や、遺産活用コンサルテーション機能も望まれる。
【トンネルの特別公開紹介記事】
(3) 具体的活用方法(活用例)
行政や有力企業によるミュージアムだけでなく、市民の手によって産業遺
産が甦り、集客装置として成果を挙げているのが、旧国鉄中央線隧道群。
廃線とトンネルに関心を持った市民が調査に着手。樹木草の保護、東屋や
トイレ等も手づくりし、NPO法人化して平成20年から公開を始めた。音楽演
奏やアートの競演等のイベント展開もあり、毎春秋の公開の入場者数は最
多で約7千人。ナショナルトラスト運動で資金を集め、土地も買収した。
また、集客に欠かせない食文化体験による付加価値向上策も重要。八丁
味噌蔵で味わう味噌料理、ノリタケ製食器を用いたフランス料理。国宝「源
氏物語絵巻」をはじめ工芸美術品が目を奪う徳川美術館では、歴史にちな
んだ「宗春御膳」や「春姫御膳」を地場産の食材を使って供している。
【徳川美術館・宝善亭の「春姫御膳」】
【Ⅴ】 遺産活用のポイント
◆体験型プログラムで付加価値アップ
愛知県陶磁美術館、ノリタケの森等の窯業関連施設では陶磁器づくりや
絵付けを楽しむコーナーが併設されている。博物館明治村では鉄道遺産で
ある蒸気機関車や市電に乗車できる他、監獄体験や鹿鳴館を思わせる衣
装を身に着けて記念撮影ができるなど、明治時代の気分が満喫できる。
子供向けの取組みも多く、徳川美術館では「貝あわせ」「火縄銃にふれる」
など、トヨタ産業技術記念館では、 さまざまなものづくりが自分の手でできる
週末ワークショップを開いている。
◆多言語展開によるインバウンド対応
大手のミュージアムでは多言語化が徐々に進み、英語、韓国語、中文簡
体・繁体、加えてタイ語等の案内パンフレットも一部見かけるようになった。
トヨタ産業技術記念館では英語のガイドツアーも実施している。また、名古
屋テレビ塔等では、パンフレットをペン先でなぞると、4言語で解説する多言
語自動ガイド用のペンを貸出し(有料)て、外国人ビジターに対応している。
【世界で1枚のMY皿づくり】
【 17 】
事例9
近代京都再生の原動力「琵琶湖疏水」
京都府京都市
【Ⅰ】 地域の概要
【市民の憩いの場・琵琶湖疏水】
水は都市生活において不可欠なものであるだけでなく、時に一つの都市を「再
生」させるほどの力を秘めている。
近代における京都の都市再生の原動力となり、125年の時を超えて今なお京都
市民147万人に水を供給し続ける、たぐいまれな近代化産業遺産が「琵琶湖疏水」
である。大津市と京都市を結ぶこの琵琶湖疏水は、琵琶湖の取水口(大津市)から
トンネルを抜け、京都市の山科盆地北部の山麓から岡崎地区をとおり、伏見地区へ
と至る、全長約20kmにも及ぶ巨大な現役の産業遺産である。
【Ⅱ】 歴史(産業)のストーリー
1869年の東京遷都により、近代初期の京都は急激な産業衰退と10万人以上の
人口減少に見舞われた。「琵琶湖疏水」は、京都復興に向けた、起死回生を賭した
ビッグ・プロジェクトであった。北垣国道知事と田邉朔郎技師を先頭に、日本人のみ
の手による初の大規模土木事業が5年の歳月をかけて完成(「第一疏水」明治23年)。
さらに、増大する電力需要への対応と水道の水源を目的とし、明治45年に京都市三
大事業の一つとして「第二疏水」が完成。京都の水・エネルギー・物流の流れを司る
“ライフライン”となった琵琶湖疏水は、近代京都再生の原動力としての役割を見事
に果たした。
琵琶湖疏水は、水が資源として有する多面的な価値を活かす、たぐいまれな「多
目的・大規模総合プロジェクト」である。電力としては電灯や機械動力、日本初の「市
電」事業に利用された。物流では大津や伏見、大阪との間で米・炭などの物資を運
搬し、旅客船も就航した。その他防火用水や、精米・紡績などの動力として利用され、
京都の近代化を支えた。
【琵琶湖疏水の古景】
【Ⅲ】 近代化産業遺産
認定遺産
認定遺産
【蹴上発電所】
疏水の高低差を活かした日本
最初の事業用水力発電所。
現在も関西電力蹴上発電所が
現役稼働している(非公開)。
【蹴上浄水場】
日本最初の「急速ろ過式浄水
場」として明治45年に建設。現
在も京都市の4分の1の市民に
水を供給。
【インクライン線路】
【南禅寺境内水路閣】
高低差36.4mを荷物と船を同
時に運ぶ傾斜鉄道。疏水の物
流機能を担い、昭和23年まで
稼働。昭和52年に形態保全工
事が行われた。貴重な古い外
国製レールが注目される。
南禅寺境内の通水路としてつ
くられた水路橋で、煉瓦造・ア
ーチ構造の優れたデザインを
持ち、観光スポットとしても人気。
京都市指定文化財。
【 18 】
【Ⅳ】 活用のストーリー
(1) 遺産活用のきっかけ
電力は火力へ、物流は陸上交通へと次第に移行。琵琶湖疏水も京都近
代化の推進力としての役割は一旦終えたものの、今も京都市上下水道局
の管理のもと、147万人の京都市民の生活を支える現役の水道施設として、
また、発電・かんがい・防火の用途として活躍している。
水道事業は税金ではなく、「水道料金」によって運営されており、京都市
上下水道局は、管理施設の「活用」を図り、水道利用者をはじめ広く世の
中にライフラインの重要性を伝える立場にある。その一環として、いま近代
化産業遺産としての「琵琶湖疏水」の活用が進められつつある。
【散策路と並行する疏水(山科)】
(2) 遺産活用戦略
「琵琶湖疏水記念館」は、琵琶湖疏水竣工100周年を記念し、市民の寄
付を得て平成元年に開館した。疏水の建設や果たした役割に関する貴重
な資料を収蔵・展示し、琵琶湖疏水の歴史と価値、魅力を学ぶことができる、
琵琶湖疏水の歴史への「入り口」としての役割を果たしている。
琵琶湖疏水ならびに水道事業の意義を利用者をはじめ多くの人々に知
っていただく観点から、京都市上下水道局の管理する主要な関連施設は
様々なイベント時に一般開放され、観光面でも京都の地域活性化に資す
る新たな産業観光資源として注目されている。
【琵琶湖疏水記念館】
【5月には蹴上浄水場が公開される】
(3) 具体的活用方法(活用例)
ゴールデンウィークには蹴上浄水場が一般公開され、 4,600本の満開の
つつじが市民や観光客の人気を集めている。紅葉の時期には、大津市側
の取水口から記念館までを歩く「秋の琵琶湖疏水明治ロマンの道ウォーク」
が、市民団体との協働で開催されている。疏水分線沿いの「哲学の道」は、
市民の憩いの場として、また人気の観光スポットとして、常時疏水に触れる
ことのできる空間となっている。
このような活用の動きが進む中、蹴上浄水場「第一高区配水池」の流入
弁室等レンガ造りの諸施設について、耐震化を目的とした更新工事を実施
しているが、その歴史的価値から、外観を保存する工法を採用。今後、新
たな歴史資源として活用が期待される。
【蹴上浄水場第一高区配水池】
【Ⅴ】 遺産活用のポイント
◆“通船復活”で新たな遺産活用
1951年以来64年ぶりに琵琶湖疏水の「通船」を復活させるシンボリックな
プロジェクトが進められている。京都・大津の両市長が記者会見し、平成27
年3月~5月に試行事業の実施が発表された。琵琶湖疏水が市民生活や
産業・文化を支えてきたことを再認識していただくとともに、大津市から京都
市(山科・岡崎)の交流人口拡大・賑わいづくりに寄与することを目指す。将
来的には地元鉄道との連携のほか、蹴上のインクラインや蹴上発電所も含
めた疏水全体の活用が期待される。
◆非公開の貴重な文化資源・南禅寺庭園群
疏水のもたらした豊かな水を活用し、作庭家・小川治兵衛の手による数多く
の近代名庭が生まれた。現在、その多くは企業・個人所有の非公開施設であ
るが、「無鄰菴」(旧山形有朋邸)やウェスティン都ホテル内の「佳水園」などの
公開施設からその面影を窺うことができる。NHKの特番などでその存在が徐々
に認知され、京都・岡崎地区における貴重な資源として今後の活用が期待さ
れる。
【大津市側の「大津閘門」】
【佳水園庭園】
【 19 】
事例10
高梁川流域の連携による「鉄の径」活用
岡山県備中地域
【Ⅰ】 地域の概要
【吹屋の町並み】
高梁川流域で発展してきた岡山県備中地域は、現在の倉敷・笠岡・井原・総社・高
梁・新見・浅口の七つの市と、早島・里庄・矢掛の三つの町がこのエリアにあたる。新
見市の花見山にその源を発し、備中地域を流れる高梁川は、吉井川、旭川と並んで
岡山県三大河川のひとつで、備中地域のシンボル的な存在である。高梁川の豊かな
水の恵みを受けて発展してきた同地域は、中世では日本最大級といわれた鉄づくり
をはじめ、鉄を中心とした経済発展など、鉄の歴史がそのまま備中地域の歴史ともな
っている。
【Ⅱ】 歴史(産業)のストーリー
備中地域には日本最古級といわれる鉄づくりにはじまり、中世から明治初期に至る
まで新見をはじめ中国山地一帯で盛んに行われたたたら製鉄、そして現代の水島コ
ンビナートでの高炉製鉄へと脈々と受け継がれる製鉄の歴史がある。
高梁市には、吉岡銅山から採掘された銅で江戸時代には天領として栄えた銅山
町「吹屋」がある。鉄から生まれた備中を代表する二大ブランドは「ベンガラ」と「備中
鍬」であり、鉱石から偶然発見されたベンガラは、酸化第二鉄を主成分とする天然顔
料で、銅鉱脈近くで産出する磁硫鉄鉱石を焼いて作るローハをもとにベンガラを生
む製法が発明され、吹屋はさらに大きく発展した。当時、この銅やベンガラ、中国
山地の鉄などの荷は陸路成羽に運ばれ、高瀬舟に積みかえ高梁川を下った後、
玉島から海路で上方などに運ばれた。
【重要伝統的建造物群保存地区
「吹屋」の町並み】
【Ⅲ】 近代化産業遺産
認定遺産
その他遺産
【笹畝坑道】
江戸から大正時代まで黄銅
鉱・硫化鉄鉱を産出した坑道跡。
吹屋に多く残る銅山坑のうち、
唯一見学のために整備されて
いるもので、一般に公開してい
る延長は320m。
【広兼邸】
19世紀に銅山とローハ製造
で富を築いた広兼氏の大邸宅。
徳川末期に建てられた主屋、楼
門、城郭のような石垣を見ると、
当時の富豪ぶりが偲ばれる。
【吉岡鉱山遺跡】
吹屋の山麓近くにある吉岡銅
山の精錬所等の遺跡。現在は
山中にあるため木々や雑草に
覆われている。
【旧吹屋小学校】
明治6年に開校した校舎は、
平成24年3月まで現役で、日本
最古の木造校舎として使用され
ていた。今後は資料館としての
活用が予定されている。
【ベンガラ館】
江戸時代中期以来、吹屋の
繁栄を支えたベンガラ工場を復
元(明治時代の姿)。往時の製
造工程や活況を呈した町の姿
も知ることができる。
【旧片山家住宅】
国重要文化財。宝暦9年(17
59)から昭和に至る200年余にわ
たって吹屋ベンガラの製造・販
売を手がけた老舗。往時の繁
栄ぶりがうかがわれる。
【 20 】
【Ⅳ】 活用のストーリー
(1) 遺産活用のきっかけ
現在、岡山県には3つの重要伝統的建造物群保存地区がある。倉敷市
倉敷川畔美観地区と津山市城東地区とこの高梁市吹屋地区である。このう
ち吹屋地区は、昭和52年に岡山県下初の国の選定を受けている。
また吹屋集落では、町並保存地区や中野地区、坂本地区、下谷地区が、
1974年(昭和49年)に岡山県の「ふるさと村」に指定され、早くから観光まち
づくりに取り組んできた。備中地域の中でも“鉄の歴史”という点では様々な
観光資源が存在し、地域の拠点性を有しており、吉岡銅山やベンガラ館、
吹屋の町並みは往時の歴史を彷彿とさせる魅力的な地域となっている。さ
らに、明治33年築の旧吹屋小学校など、高梁市では地域資源の活用を模
索しており、さらに面的な整備が計画されている。
【重要伝統的建造物群保存地区
「吹屋」の町並み】
(2) 遺産活用戦略
現在吹屋地区は、周遊型観光ができる産業遺産をめぐる観光の拠点とな
っている。各観光施設は点在しているものの、地域の駐車場スペースが広
く、待ち時間もなく、自然を楽しみながらゆったりと見学できるのが特徴。
また平成16年の市町村合併により、高梁市は市域が大きく拡大したことか
ら、新たに観光戦略アクションプランを策定し、官民連携による観光まちづ
くりを推進している。
さらに、岡山県備中県民局が事務局となって、備中地域が連携した「備
中地域広域観光振興協議会」が平成18年に立ち上がり、「高瀬舟に銅や
ベンガラを載せ、高梁川を下った歴史をたどるツアー」など、「鉄の径」プロ
【明治のベンガラ工場を復元したベンガラ館】
ジェクトで広域連携による産業遺産観光を行ったことがある。
(3) 具体的活用方法(活用例)
吹屋地区では、新たな遺産の活用が模索されている。2012年(平成24年)
に廃校となった旧吹屋小学校は、それまで現役の木造校舎として国内最古
のものであった。1900年(明治33年)竣工の西校舎・東校舎(木造平屋建)と
1909年(明治42年)竣工の本館(木造2階建)とで構成される。
今後は耐震構造を強化する目的で一旦解体し、その後、元通りの外見に
復元した上で文化財として保存され、閉校から6年後を目途に資料館として
開館する予定である。
吹屋地区は里山の固有の文化が残る大変貴重な美集落で、銅やベンガ
ラを運んだ高梁川等の「鉄の径」の活用のほか、高梁市全体でも、備中神
楽や渡り拍子、備中たかはし松山踊りなど、伝統的祭事の保存伝承にも力
を入れている。
【現役木造校舎として国内最古であった
旧吹屋小学校】
【Ⅴ】 遺産活用のポイント
◆「備中地域広域観光振興協議会」による“線・面的整備”
近代化産業遺産に認定されている吉岡銅山遺跡やベンガラ館、笹畝坑道だけ
でなく、鉄の歴史を中心として、新見から瀬戸内海への経路(高梁川と高瀬舟等)
を取り上げて、広域的に連携した活用が図られている。また、高梁川を龍になぞ
らえた、高梁川に点在するモノづくり企業が地域文化の展示・販売を行う「龍の仕
事展」なども展開されている。
◆吹屋地域における町並み保存とさらなる面的活用
高梁市では、銅やベンガラで栄えた重要伝統的建造物群保存地区になった
吹屋の町並み整備に早くから取り組み、さらに旧小学校等の校舎の活用を図る
など、面的整備と町並み整備の充実を図りながら、常に前進し続けている。
◆官民連携の観光戦略アクションプランによる遺産活用
【複数の水門の開閉によって水深を調節
し船を通す閘門式運河「高瀬通し」】
また同市では、近代化産業遺産の活用を単なる地域産業の歴史の保存にとど
まらず、地域の生活・文化を含めた町並みや伝統的祭事に広げて活用している。地域の産業発展の
歴史と生活が密接につながり、官民が一体となって線的・面的に魅せるための工夫が随所に見られる。
【 21 】
事例11
産業遺産活用をリードする“産業観光先進地”
福岡県北九州市
【Ⅰ】 地域の概要
【北九州の象徴・東田第一高炉】
日本の近代化・高度背経済成長を牽引してきた「北九州市」は、わが国の産業の過去
から未来を展望する膨大な遺産と現役工場の資源を有する。同時に、「産業観光」な
ど産業遺産活用面での様々な表彰を受け、そのトップランナーとして役割を果たして
きた。
2011年には九州新幹線が開通、東九州自動車道の全通も視野に入り、新たな「交
通の結節点」としての期待も高まっている。「世界文化遺産登録」の動きも見据えた北
九州市の今後の取り組みが注目される。
【Ⅱ】 歴史(産業)のストーリー
九州からアジアを望む陸路・海路の結節点に位置する北九州市は、石炭・
鉄鉱石等の資源に近い地の利を有し、1901年の近代製鉄業の開始を皮切り
に化学・窯業・電機など様々な素材産業を生んだ「ものづくりのまち」で
ある。戦後は、機械・金属加工業、加工・組立・先端産業へと展開する一
方、官民一体の独自の取組みで深刻な公害問題を克服し、その経験を活か
した新たな環境産業の創出に成功、「環境未来都市」を目指している。過
去・現在・未来の産業をフルセットで展望する北九州市は、日本の近代
化・高度成長を牽引してきた原動力であるとともに、その産業そのものを
資源とする「産業観光」の点でもわが国のトップランナーとなってきた。
5市対等合併で生まれた北九州市は、背景に多様な地域特色・文化を有す
るまちでもある。近代化産業遺産の多くは八幡地区の重厚長大産業に集中
しているが、門司港地区にはビールなどの醸造・食品産業が集積し「門司
港レトロ」のエリアを形成。城下町・軍都として古い歴史を持つ小倉には、
労働者の生活文化「角打ち」などに触れられる旦過市場などの魅力的な資
源も残る。これら5市の有する多様な地域資源の連携・活用も期待されて
いる。
【歴史を感じさせる数多くの
産業遺産(旧大阪商船)】
【Ⅲ】 近代化産業遺産
認定遺産
国内初の超高圧高炉「東田第一高炉」を保存公
【東田第一高炉跡】
開する
国内初の超高圧高炉「東田第
一高炉」を保存公開する巨大モ
ニュメント。八幡製鐵所創業の
地・東田の再開発の際に史跡
広場に設置された。
【門司・赤煉瓦交流館】
旧サッポロビール九州工場の倉
庫棟を改装。ホール、会議室、
レストランを設置。NPO法人赤
煉瓦倶楽部が取得して管理運
営。
【 22 】
認定遺産
(現:西日本工業倶楽部)
【JR門司港駅】
門司港レトロエリアの代表的建
築。明治24年築のネオ・ルネッ
サンス調木造建築で、駅舎とし
ては初めて国の重要文化財に
指定された。
【旧松本家住宅】
九州の炭坑王・松本健次郎の
旧邸。洋館と日本館からなる明
治期の大規模な邸宅建築。現
在は西日本工業倶楽部会員の
専用会館で随時公開。
【Ⅳ】 活用のストーリー1
(1) 遺産活用のきっかけ
戦前の重厚長大産業とその遺産、戦後の環境産業など、北九州市の産業
は幅の広さと歴史的な厚みを持っている。全国を代表する産業都市として、
市内の企業は早くから工場開放や見学の受け入れを行い、産業観光先進
地として早くから知られてきた。
1988年には北九州市の観光政策の中に「産業観光」が位置づけられ、以
後、行政と産業界が呼応する形で産業観光を推進してきた。2010年には
商工会議所に「産業観光推進委員会」が設置、 2014年には行政・商工会
議所・観光協会の3者連携による産業観光のワンストップ窓口「北九州産業
観光センター」を開設。全国に先駆けた取り組みとして評価されている。
【環境未来都市を目指す北九州市】
(2) 遺産活用戦略
北九州市では「北九州の強みを活かした産業観光(ものづくり観光)の4本
柱」を活用戦略の要としている。近代化産業遺産の活用の視点で中心とな
るのは、明治~大正の製鐵所関連や港湾関係の近代化産業遺産を見学
する「産業遺産」であるが、これに加えて多彩な技術を直接見て学ぶ「工場
見学」、夜の景観の魅力に新たなフォーカスを当てた「工場夜景」、公害克
服の歴史と環境未来都市への展望を学ぶ「環境観光」等の柱をセットに、
産業の価値と魅力に多面的に触れる取り組みを推進している。
「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」の構成資産に旧官
営八幡製鐵所関連施設が選ばれた。稼働中の工場としては初となる世界
文化遺産の登録を見越した地元の取り組みにも拍車がかかっている。
【現役工場の産業観光】
(3) 具体的活用方法(活用例)
厚みのある産業観光の活用手法を持つ北九州市だが、とりわけ注目される
のが活用戦略の一つ「工場夜景」である。マイナスのイメージを持たれがち
な工場の景観の魅力に光を当て、九州初・九州唯一の「工場夜景観光」を
実施している。旅行会社によるツアーの商品化、船上から夜景を観賞する
クルーズの就航、日本初となる現役工場の煙突(「アイアンツリー」)のライト
アップなどの多彩な活用を展開。全国の5都市と連携した「全国工場夜景
サミット」も開催している。
産業観光の魅力を肉声で伝える「ガイド」の充実も、活用推進における重
要なポイントだ。「工場夜景ナビゲーター」や「環境修学旅行ガイド」など、
テーマ毎に特徴あるガイドを揃え、ガイド人材の育成にも力を入れている。
【工場夜景】
【Ⅴ】 遺産活用のポイント
◆「地域密着型」の遺産活用
行政と大企業を先頭に扉を開けてきた北九州の近代化産業遺産活用。次なる課題
として挙げられるのは、中小工場等の巻き込み、そして合併前の5地域それぞれの
特色ある地域資源を深掘りし、まちあるきによる回遊性を高めるといった、地域に密
着した取組みだ。そうした活動に取り組む団体の一つに「NPO北九州タウンツーリズ
ム」がある。産業遺産ガイドツアーのほか、小倉市街のナイトツアーなど、市民の目
線・まちづくりの目線で、多彩なまちあるきツアーを積極的に企画・実施している。
【まちあるきツアー】
◆本格的な全国・海外集客の実現
わが国の産業観光をリードする北九州市のもう一つの課題が、全国・海外からの産
業観光集客の本格的拡大である。とりわけアジアと近い北九州は、韓国・中国の巨
大な潜在顧客がターゲットとなる。門司地区は、こうした外国人客の通過するルート
上にあり、交流館内のレストラン「ARK」では近年こうした外客の姿が目立つという。こ
うした産業遺産施設・拠点の情報発信やツアーへの組み込みなどを通じて、北九州
への広域集客のいっそうの拡大が期待される。
【外客も利用するレストラン】
【 23 】
ⅢⅢ 遺産の「活用」と支援の方向性
遺産の「活用」と支援の方向性
※本図は近代化産業遺産所有企業等を対象とするアンケート調査(平成26年10月実施)結果及び事例調査結果
※本図は近代化産業遺産所有企業等を対象とするアンケート調査(平成26年10月実施)結果及び事例調査結果
等をもとに、遺産の活用の類型及び支援の方向性を整理したものです。
等をもとに、遺産の活用の類型及び支援の方向性を整理したものです。
※図中の数字は、アンケート調査結果をベースに推定した近代化産業遺産所有企業等の分布の概数を示しまし
※図中の数字は、アンケート調査結果をベースに推定した近代化産業遺産所有企業等の分布の概数を示しまし
た。
た。
■ハード面
■ハード面
活用の類型
活用の類型
活用実態
活用実態
25%
25%
遺遺
未未
活活
産産
用用
活用の具体例
活用の具体例
■「(維持管理)コスト」面のみ認識
■「(維持管理)コスト」面のみ認識
■遺産活用の意志がない
■遺産活用の意志がない
「何も検討していない」
「何も検討していない」
などなど
70%
70%
30%
30%
――
■遺産の価値は認識している
■遺産の価値は認識している
■活用に関心はある
■活用に関心はある
などなど
「何らかの検討中」
「何らかの検討中」
75%
75%
60%
60%
■遺産活用の意義を認識・評価
■遺産活用の意義を認識・評価
■外部主体(行政等)による活用は
■外部主体(行政等)による活用は
随時公開
随時公開
容認・協力
容認・協力
「受動的活用」
「受動的活用」
(地域の求めに応じて公開等)
(地域の求めに応じて公開等)
など
など
■所有者自身は活用主体とならない
■所有者自身は活用主体とならない
など
など
■遺産(活用)の意義を高く評価
■遺産(活用)の意義を高く評価
40%
40%
1 自ら進んで受け入れ
1 自ら進んで受け入れ
■所有者自ら活用主体として活用
■所有者自ら活用主体として活用
遺遺
既既
活活
産産
用用
2 リノベーション
2 リノベーション
・ミュージアム化
・ミュージアム化
(=所有と経営の分離)
(=所有と経営の分離)
・ショップ・レストラン化
・ショップ・レストラン化
・宿泊施設等
・宿泊施設等
■子会社や外部主体へ売却して活用
■子会社や外部主体へ売却して活用 ・レジャー施設化
・レジャー施設化
など
など
・体験スペースの設置
・体験スペースの設置
・創作工房等の設置
・創作工房等の設置
■子会社や外部主体への活用委託
■子会社や外部主体への活用委託
「能動的活用」
「能動的活用」
3 復元的活用
3 復元的活用
など
など
■ソフト面
■ソフト面
※ハードの活用・未活用を問わない支援。主として行政による支援が想定される。
※ハードの活用・未活用を問わない支援。主として行政による支援が想定される。
【近代化産業遺産関連商品の販促等】
【近代化産業遺産関連商品の販促等】
■ミュージアムショップの設営
■ミュージアムショップの設営
■地域産品のアンテナショップの設営
■地域産品のアンテナショップの設営
■ツーリズム商品の造成・事業化
■ツーリズム商品の造成・事業化
■展示会等への出展支援
■展示会等への出展支援
など
など
【 24
【 24
】 】
【調査実施・計画策定等】
【調査実施・計画策定等】
■活用にかかわる調査(ニーズ調査、マーケ
■活用にかかわる調査(ニーズ調査、マーケ
ティング調査など)
ティング調査など)
■遺産活用ビジョンの策定
■遺産活用ビジョンの策定
■地域全体の活用プラン作成(地域内連携)
■地域全体の活用プラン作成(地域内連携)
など
など
支援の方向性
支援の方向性
支援の具体例
支援の具体例
備 考
備 考
■遺産の価値認識を高める
■遺産の価値認識を高める
■遺産の価値を啓発する情報の提供 ■遺産の価値を啓発する情報の提供 ■遺産活用の可能性示唆(気づき)
■遺産活用の可能性示唆(気づき) ■活用事例に関する情報提供・共有 ■活用事例に関する情報提供・共有 ■活用・保全に関する相談
■活用・保全に関する相談
などなど
などなど
■遺産活用の価値の示唆
■遺産活用の価値の示唆
・企業自身への経済効果
・企業自身への経済効果
■外観補修経費の支援
■外観補修経費の支援
■視察・見学コースの設営に係る支援
■視察・見学コースの設営に係る支援
・地域への波及効果
・地域への波及効果
などなど
などなど
■活用のボトルネックの解消
■活用のボトルネックの解消
■周辺環境整備・景観形成(注1)
■周辺環境整備・景観形成(注1)
・道路改修・駐車場整備・電線地中化等
・道路改修・駐車場整備・電線地中化等
事例4(富岡市)など
注1注1事例4(富岡市)など
■財政・金融支援
■財政・金融支援
■公共交通整備とアクセス向上(注2)
■公共交通整備とアクセス向上(注2)
事例3(桐生市)など
注2注2事例3(桐生市)など
■規制緩和
■規制緩和
■さらなる活用への動機づけ
■さらなる活用への動機づけ
さらなる
さらなる
受け入れの促進
受け入れの促進
さらなる
さらなる
関連投資の
関連投資の
促進
促進
・地域鉄道・バス・自転車・コミュニティビークル
・地域鉄道・バス・自転車・コミュニティビークル
事例2(小坂町)など
■都市計画再生(注3)
注3注3事例2(小坂町)など
■都市計画再生(注3)
・産業遺産の集積・修景等
・産業遺産の集積・修景等
事例3(桐生市)など
■リノベーションの支援(注4)
■リノベーションの支援(注4)
注4注4事例3(桐生市)など
・情報提供・マッチング等
・情報提供・マッチング等
・古民家活用・空屋活用等の資金援助
事例1(空知・小樽・室蘭)、事例8
・古民家活用・空屋活用等の資金援助
注5注5事例1(空知・小樽・室蘭)、事例8
・外部活用主体への土地建物取得経費助成
(愛知県)、事例10(高梁市)など
・外部活用主体への土地建物取得経費助成
(愛知県)、事例10(高梁市)など
■用途変更などの規制緩和
■用途変更などの規制緩和
■広域連携の後押し(注5)
■広域連携の後押し(注5)
■投資支援
■投資支援
・投資可能性調査・コンサルティング
・投資可能性調査・コンサルティング
・投資事例情報の紹介
・投資事例情報の紹介
などなど
などなど
【その他】
【その他】
■ファンド形成・活用
■ファンド形成・活用
■人材育成支援(後継者・技能伝承等)
■人材育成支援(後継者・技能伝承等)
■地域のホテル・レストランなど地域の多様な
■地域のホテル・レストランなど地域の多様な
主体との連携促進
主体との連携促進
■地域ぐるみの取組み促進のための推進組
■地域ぐるみの取組み促進のための推進組
織の設営
など
織の設営
など
【 25
【 25
】 】
近 代化産業遺産活用ハンドブック
平成26年度地域新成長産業創出促進事業費補助金
(地域資源活用ネットワーク構築事業(地域資源活用先進事例共有事業)
)
平成 27 年3月発行
公益社団法人日本観光振興協会
問合せ先
〒105-0001
東京都港区虎ノ門 3-1-1 虎の門三丁目ビルディング6階
日本観光振興協会総合調査研究所
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:[email protected]
TEL:03-6435-8333 E-mai
近代化産業遺産活用.indd 1
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