アプラウト(母音交替) - DHC総合教育研究所

猪浦道夫の
猪浦道夫(いのうら みちお)
米国ニューポート大学日本校准教授。横浜市立大学、
東京外国語大学イタリア語学科卒業後、同大学大学
院修士課程修了。イタリア政府留学生としてローマ大
学留学。帰国後、ポリグロット外国語研究所を主宰。著
書に『語学で身を立てる』
『3語で話すスペイン語』など
がある。DHCカルチャーセミナーの講師としても活躍中。
第3回
アプラウト(母音交替)
〜語感の磨き方〜
英語の属するゲルマン系言語の面白い性質のひとつに、
「Ablaut/
さて、
ここからが肝心です。
ドイツ語に頻繁に見られる「自動詞VS
アプラウト
(母音交替)」という現象があります。これは、
ある語の中
他動詞」の交替の例を見てみましょう。sitzen(すわる)VS setzen(す
の母音を変化させることによって、
別の単語を派生させる現象です。
わらせる>置く)、
liegen(横たわる)VS legen(横たえる)、
fahren(乗
本来ドイツ語の言語学用語ですが、同時にれっきとした英単語で、
などがそうした例です。当然、昔の英
り物で行く)VS führen(運ぶ)
ちゃんと辞書に載っています(ただし、
名詞を大文字で書き起こすド
語にもこういう現象がたくさん見られましたが、
英語は中世期に夥し
イツ語とは異なり、
英語では小文字で書き起こします)。ab- は「分離」
い数のフランス語を移入したため、
このようにきれいな対立をもつペ
を示すドイツ語の接頭辞で、語源的に英語の off に対応します。
アは少なくなってしまいました。それでも、
最初の2つの例は sitとset、
「音」の意味で、
こちらは英単語の loud に対
-laut の部分はもともと
lieとlay であることはすぐおわかりでしょう。riseとraiseもその例です
応します。はなから何やら難しいことを書きましたが、今回の話はと
ね。これらを専門家は「姉妹動詞」などと呼んでいますが、
この現象
っても面白いのですよ。
がまさにアプラウトです。
英語をお教えしていて感じるのですが、
日本の英語教育の欠陥
皆さん、南ドイツの「黒い森」って知っていますか 。
ドイツ語で
のひとつに、
単語をやみくもに丸暗記させる、
というのがあります。個々
Schwarzwald といいます。schwarz はドイツ語の形容詞で「黒い」と
の単語を少し立ち止まってじっくり味わってやる、
ということをしない
というの
いう意味です。
ドイツの安ワインに Schwarze Katz( 黒い猫)
のです。単語には、
いろいろ素性があって、
それぞれに味わいがあ
があって、
よく酒屋に並んでいます。また、
バイオリン製作で、
イタリア
るものです。
ところが英語学習者は、
どんな単語でもすぐイコールで
のクレモナと並び称されるチロルのミッテンヴァルト Mittenwald は「真
結びたがります。
ん中の森」というわけですね。中森明菜は「アッキーナ・ミッテンヴァ
例えば、
dog は「犬」で、
はいおしまい、
というわけで、
もう完璧に暗
を見
ルト」と改名したら運がよくなるかも。私は、先日この Wald( 森)
記したと思っています。こういう単語の覚え方をする人はなかなか
て、
ふとこれは英語の wild と関係があるのではなかろうかと思って、
翻訳を勉強しても力が伸びないのです。辞書をじっくり読んで、英
という英単語があること
調べたらそうでした。ついでに wold(荒野)
などと観察をしない人は、
語の dog って変な熟語句を作るんだな〜、
も知りました。おわかりですね、
これもアプラウトです。
「語感が鋭く」なりません。そう、今回のテーマは、
「単語を増やす」
なぜ「ふとそう思ったか」
というと、
ラテン系言語でも
「森=野蛮な、
というよりは、
この「語感を磨く」ひとつの方法です。アプラウトはそれ
荒れた」というイメージがあるからです。イタリア語で「(大きな)森」
と大いに関係があるのです。
この形容詞形は selvaggio(野生の)
といいま
のことを selva といい、
せっかく引き合いに出したので、dog について話しますと、
「犬」
す。この selvaggio はフランス語では sauvage という語形になっていま
はドイツ語では Hund といいます。ダックスフントの「フント」です。オラ
す。そう、
女性なら「ソヴァージュ」
という髪型、
知っていますね。年配
デンマーク語では hund です。なぜ英語だけ他の
ンダ語では hond、
の方ならカトリーヌ・ソヴァージュという歌手をご存じでしょう。
というわ
ゲルマン系言語と異なるのでしょう。フランス語、
イタリア語、
スペイン
けで、今回はアプラウトに注目すると、単語同士の意味やイメージの
語ではそれぞれ chien、
cane、
perro ですので、
これらの言語からの
つながりがはっきり見えて、
語感が鋭くなるというお話でした。
移入語でもありませんね。実は、dog は中世の英国で盛んだった闘
最後に、
ひとつ次回までの宿題。blond、blend、blind という3つの
犬に使われる「哀れな犬」を意味した語で、
それが本来の語 hound
英単語は母音の部分だけが異なっています。果たして同じファミリ
(これは現在、
スヌーピーみたいなタイプの猟犬を指すようです。そう
ーの語なのでしょうか。出題しているんだから、
「違います」
じゃ洒落
いえば、昔「ハウンド・
ドッグ」というバンドがあったような気が…)
にと
になりませんね。実際そうなのですが、一体ご先祖様の単語がどう
というイ
って代わったのです。ですので、
英語の dog には「惨めな」
いう意味の語だったら、
この3語、
それぞれの意味を持つに至りうる
メージがつきまとっているのです。このことを踏まえて、
辞書で dog の
か推察できますか。皆さんの想像力を試してみてください。
項目をもう一度読んでみてください。
じ〜んと何か伝わってきます。
ではまた次回。