偶発記憶に及ぼす適合性効果と奇異性効果 Congruity Effect and

奈良教育大学紀要 第51巻 第1号(人文・社会)平成14年
Bull. Nara Univ. Educ., Vol. 51, No. 1(Cult. & Soc.)
, 2002
191
偶発記憶に及ぼす適合性効果と奇異性効果
豊
田
弘
司
奈良教育大学学校教育講座(心理学)
(平成14年4月25日受理)
Congruity Effect and Bizarreness Effect on Incidental Memory
Hiroshi TOYOTA
(Department of Psychology, Nara University of Education, Nara 630-8528, Japan)
(Received April 25, 2002 )
Abstract
The present study investigated whether or not the image determined the occurrence of
congruity effect and bizarreness effect on incidental memory. The subjects performed an orienting task involving two conditons, followed by unexpected free recall and cued recall tests.
In a choosing condition, the subjects in congruity group were asked to choose one of the two
sentence frames into which each target could fit more congruously, whereas those in image
group were asked to choose one of the two ones into which each target could arouse more
vivid image. In a rating condition, the subjects in congruity group were required to rate the
congruity of each target to its sentence frame on 5-point congruity scales, whereas those in
image group were asked to rate the vividness of image that aroused by each target and its
sentence on 5-point vividness scales. Four types of sentence frames were provided; congruous
image sentences, congruous nonimage sentences, incongruous image sentences and incongruous nonimage sentences. In a free recall test, the bizarreness effect, namely superiority of
incongruous sentences to congruous sentences was observed only for image group in choosing
condition, but the effect was not observed for both groups in rating condition. In a cued recall
test, the congruity effects, namely superiority of congruous sentences to incongruous sentences were observed for both group in rating conditions, but the effects was not observed
only for image group in choosing condition. These results were interpreted as showing that
the image of each target and its sentence frame determined the occurrence of the congruity
effects and the bizarreness effects on incidental memory.
Key Words: congruity effect, bizarreness effect,
キーワード:
適合性効果,奇異性効果, 偶発記憶,
incidental memory.
1.は
じ
め
に
て,記銘語が枠組み文に適合すると判断した場合が,適
合しないと判断した場合よりも再生率が高いという現象
Craik & Tulving(1975)以来,偶発記憶手続きの方向
を見いだした.この現象は適合性効果(congruity
づけ課題としては,記銘語が枠組み文に適合するか否か
effect)と呼ばれており,Craik & Tulving(1975)によ
の判断を求める適合性判断課題が用いられてきた.そし
れば,この現象が生じる理由は,次のように考えられて
192
豊
田
いる.すなわち,被験者が適合すると判断した場合には,
弘
司
(ex.
はわたしよりとしうえです)
(以下,適・低文),
記銘語が枠組み文のもつ文脈にうまくあてはまることに
意味的に適合しないが,イメージ喚起性の高い文(ex.
よって認知構造に統合される.一方,適合しないと判断
__はひげをはやしている)(以下,不・高文)及び意
した場合には,統合されない.統合された場合には,被
味的に適合せず,イメージ喚起性も低い文(ex.
験者の認知構造に関連づけた豊富な符号化がなされ,そ
わたしよりとししたです)(以下,不・低文)という4
の結果,この効果が生じるというのである.ただし,こ
文である.偶発記憶手続きを用い,方向づけ課題に適合
の適合性効果がいつも生じるわけではない.Hall &
性判断課題を採用した実験1では,自由再生において,
Geis(1980)は,自由再生においては,適合性効果の生じ
イメージ喚起性が高い場合には,適合文(適・高文)を
る場合(Craik & Tulving, 1975; Goldman & Pellegrino,
枠組み文とする記銘語の再生率よりも不適合文(不・高
1977; Moscovitch & Craik, 1976; Schulman, 1974)と生
文)を枠組み文とする記銘語のそれの方が高かった.一
じない場合(Geis & Hall, 1976; Roenker, Wenger,
方,イメージ喚起性が低い場合には,その逆になり,
Thomson, & Watkins, 1978; Weiss, Robinson, & Hastie,
適・低文を枠組み文とする記銘語の再生率が不・低文を
1977)のあることを指摘している.そして,適合性効果
枠組み文とする記銘語のそれよりも高かったのである.
が生じる場合に比べて,生じない場合には,方向づけ課
この結果は,イメージ喚起性が高い文が与えられると,
題において被験者に対する時間制限が比較的ゆるやかで
そこで記銘語と枠組み文とのイメージが形成され,その
あり,時間的に余裕がある.時間的に余裕がある場合に
イメージによって適合性効果と奇異性効果の出現が規定
は,不適合な文脈であっても,記銘語を認知構造へ統合
されると考えられる.すなわち,イメージが形成される
し,豊富な符号化がなされる可能性があることを指摘し
と,奇異性効果が生じ,形成されないと,適合性効果が
ている.日本語材料を用いたToyota(1996)においても,
生じるといえよう.実験2では方向づけ課題としてイメ
時間的制限が厳しい場合において,意味的適合性効果が
ージが鮮明度を判断させるイメージ課題を用いた場合に
生じることを明らかにしている.
おいても上述と同じ結果が追認されている.イメージを
は
このように,適合性効果は時間的制限の条件さえ整え
積極的に処理させる課題を用いた場合においても同じ結
ば,非常に頑健な現象であるといえる.しかし,この適
果が得られたことは,イメージ形成が適合性効果及び奇
合性効果とは全く矛盾する記憶現象が存在する.それは,
異性効果の出現を規定する要因であることを支持するも
奇異性(bizarreness effect)効果である.奇異性効果と
のである.さらに,意図記憶手続きを用いたToyota
は,記銘語が奇異文によって呈示された場合が普通文に
(2002)においても,同じ結果が明らかにされている.
よって呈示された場合よりも記銘語の再生率が高いとい
イメージが形成された場合には,不.高文と記銘語によ
う現象であり,多くの研究において明らかにされている
る奇異なイメージの方が適・高文と記銘語によって形成
(Wollen & Cox, 1981a, 1981b; Cornoldi, Cavedon, de
される普通イメージよりも差異性(distinctiveness)が
Beni, & Pra Baldi, 1988; Imai & Richman, 1991;
高く,記銘語が検索されやすくなる.一方,イメージが
McDaniel & Einstein,1986, 1989; McDaniel, Einstein,
形成されない場合には,適・低文によって記銘語が認知
DeLosh, May & Brady, 1995).では,何故,適合性効
構造に統合される可能性が,不・低文を枠組み文とする
果と奇異性効果が矛盾するかを具体的に説明すると以下
場合よりも高いというわけである.
のようになる.例えば,記銘語(ex.あかちゃん)に対
する適合文(ex.
本研究においても,イメージが適合性効果と奇異性効
はミルクをのむ)が与えられた場
果の出現を規定する要因であるか否かを検討するが,こ
はビールをのむ)が与えられた
れまでの研究とは異なる方法を用いる.具体的には,方
場合の記銘語の再生率を比較して,前者が後者よりも高
向づけ課題として,記銘語の枠組み文に対する適合性の
くなる場合が適合性効果であり,その反対に後者が前者
判断を求める適合性課題と,記銘語を枠組み文に入れた
よりも高くなる場合が奇異性効果ということになる.
際のイメージの鮮明度に関する判断を求めるイメージ課
合と不適合文(ex.
では,適合性効果と奇異性効果のいずれが生じるかを
題を設ける.さらに,それぞれの課題において,判断型
規定する要因は,何であろうか.著者はその可能性のあ
として2つの条件を設定する.その2つの条件とは,2
る要因として,記銘語と枠組み文によって形成されるイ
つの枠組み文からより適合する文,よりイメージの鮮明
メージを考えている.豊田(1987a)は,枠組み文のイ
度が高い文を選択させる条件(以下,選択条件)と,こ
メージ喚起性の高低と適合・不適合という要因をかけ合
れまでの研究と同じように,記銘語に対して1つの枠組
わせて4つの枠組み文を作成した.例えば,記銘語
み文を呈示し,適合する程度,もしくはイメージの鮮明
(ex.ねえさん)に対して,意味的に適合し,イメージ喚
度を評定させる条件(以下,評定条件)である.なお,
起性の高い文(ex.
はスカートをはいています)(以
下,適・高文),適合するが,イメージ喚起性が低い文
選択条件における枠組み文は,適・高文と適・低文,
不・高と不・低文が対にされている.言い換えれば,イ
193
記憶に及ぼす適合性効果と奇異性効果
メージ喚起性の高い文と低い文が対になっているという
と干渉されるというものである.この仮説から考えると,
ことである.
符号化時の文脈が復元されない場合が多い選択条件で
まず,選択条件に関しては,方向づけ課題が適合性課
は,適合性効果は出現しないが,復元される評定条件で
題の場合,いずれの選択においても,選択肢である2つ
は適合性効果は出現するであろう.すなわち,判断型
の枠組み文のうち1文はイメージ喚起性が高い文,1文
(選択・評定)×文型(適合・不適合)の交互作用があ
は低い文である.しかし,被験者の選択の基準は適合性
るであろう.この予想(実験仮説2)を検討するのが,
にあるので,イメージ喚起性の高い文と低い文が選択さ
本研究の第2の目的である.
れる確率は同じであると考えられる.それ故,もし,イ
2.方
メージの形成が奇異性効果の出現に貢献しているのであ
法
れば,イメージ喚起性の高い文が半数しか選択されない
のであるから,奇異性効果は生じないと予想できる.一
2.1.実験計画
方,イメージ課題では,被験者の選択基準はイメージの
2(方向づけ課題型;適合性,イメージ)×2(判断
鮮明度なので,ほとんどイメージ喚起性の高い文が選択
型;選択,評定)×2(文型;適合,不適合)の要因計
されることになる.それ故,奇異性効果が生じると予想
画である.方向づけ課題型が被験者間要因,判断型及び
できる.また,評定条件においては,イメージ喚起性の
文型が被験者内要因である.
高い文と低い文が1文ずつ同数呈示されるので,方向づ
2.2.被験者
け課題に関わりなく,奇異性効果及び適合性効果ともに
大学生54名(男21,女33)であり,適合性課題群に30
生じないであろう.すなわち,方向づけ課題型(適合
名,イメージ課題群に24名が割り当てられた.これらの
性・イメージ)×判断型(選択・評定)×文型(適合・
学生の平均年齢は,18歳11か月(18歳6か月〜21歳3か
不適合)の2次の交互作用が有意になるであろう.この
月)である.
予想(実験仮説1)を検討するのが,本研究の第1の目
2.3.材
的である.
2.3.1.方向づけ課題リスト
さて,自由再生は上述したような予想が可能であるが,
料
本研究で用いた記銘語及び枠組み文は,豊田(1987a)
手がかり再生については,被験者に選択を求めることに
と同じであった.記銘語と対応する枠組み文例は,
よって適合性効果もしくは奇異性効果に影響が生じるの
Table1に示されている.上述したように,適合性(適
であろうか.残念なことに,手がかり再生では奇異性効
合,不適合)とイメージ喚起性(高,低)の組み合わせ
果は,一貫して生じていない(Wollen & Cox, 1981a,
から,1つの記銘語に対応して,4つの枠組み文,すな
1981b; McDaniel & Einstein,1986; 豊田, 1987a).反対に,
わち適・高文,適・低文,不・高文及び不・低文が作成
適合性効果は,一貫して認められている(Craik &
された.
Tulving, 1975; Goldman & Pellegrino, 1977; Moscovitch
方向づけ課題に用いるリストは適合性課題群及びイメ
& Craik, 1976; Schulman, 1974; Geis & Hall, 1976;
ージ課題群・それぞれ6種類ずつ作成された.各リスト
Roenker, Wenger, Thomson, & Watkins, 1978; Weiss,
は6条件(選択条件:不適合文同士(不・高文と不・低
Robinson, & Hastie, 1977; Hall & Geis, 1980)
.それは,
文)からの選択,適合文同士からの選択(適・高文と
手がかり再生率は,手がかりとして呈示される枠組み文
適・低文),評定条件:適・高文,適・低文,不・高文
と記銘語との連合の強さによって規定されるからであ
及び不・低文)にそれぞれ4文ずつ,これに前後4文ず
る.適合文の方が不適合文よりも記銘語との連合は強い
つのバッファー文を加えた計32文から構成されていた.
ので,適合文が不適合文よりも有効な検索手がかりとし
これらのリストはB6判の大きさの小冊子にされた.小
て機能するのである.しかし,本研究では,被験者に枠
冊子の選択条件に該当するページには,上部に記銘語が
組み文を選択させるのであるから,適合性課題の場合に
1語,その下に記銘語が入る部分を下線で表した枠組み
は,適合文の方が選択されることになる.手がかり再生
文が2文印刷されていた.また,枠組み文の左側には被
では被験者が選択した枠組み文が呈示される場合と選択
験者が選択した枠組み文に丸印をつけるための(
しなかった枠組み文が呈示される確率は同じであ.した
がって,従来の手がかり再生では符号化時の文脈が必ず
復元されていたが,本研究の選択条件では,符号化時の
T abl e 1
本研究で用いられた記銘語と枠組み文例
文型
文脈が復元されない場合が半数になる.
Tulving & Thomson(1973)による符号化特殊仮説
(encoding specificity theory)は,符号化時と検索時の
文脈が特殊化されると検索が促進され,あいまいになる
)が
適合
イメージ
喚起性
高(適・高)
低(適・低)
不 適 合 高(不・高)
低(不・低)
記銘語
ねえさん
は
ひげ
は
わたし
を
は
スカート
は
わたし
はやしています
より
を
より
としうえ
です
はいています
としした
です
194
豊
田
弘
司
示してあった.評定条件に該当するページには,上部に
での5段階で評定させるものであった.小冊子のページ
記銘語が1語,その下に記銘語があてはまる部分をアン
例は,Fig.1に示されている.
ダーラインで表した枠組み文が1文,さらに,その下に
2.3.2.挿入課題用紙
評定尺度が印刷されていた.この尺度は,適合性課題群
豊田(1987a)と同じく,方向づけ課題と自由再生テ
あてはまら
ストの間に挿入課題を行うが,そのための用紙が用意さ
までの5段階で,イメージ課
れた.この用紙はB4判の大きさで,縦置きにした上半
題群では記銘語を枠組み文にあてはめたときに形成され
分に有意味なひらがな文字列が,下半分に無意味なひら
るイメージの鮮明度を
がな文字列が印刷されていた.
では記銘語が枠組み文にあてはまる程度を
ない
から
あてはまる
ぼんやり
から
はっきり
Fig.1
ま
本研究で用いられた小冊子のページ例
195
記憶に及ぼす適合性効果と奇異性効果
2.3.3.自由再生テスト用紙
Table 2
平 均 自 由 再 生 率
自由再生テスト用紙は罫線の入ったA5判の大きさ
で,上部に学籍番号と氏名を書く欄,その下に思い出し
た記銘語(小冊子の一番上に書かれていた単語)を1語
ずつ思い出した順に左から右へと記入していくようにな
っていた.
判 断 型
文 型
M
SD
イ メ ー ジ M
SD
課 題 型
適 合 性
2.3.4.手がかり再生テスト用紙
があらかじめ印刷されており,記銘語部分が下線で示さ
れていた.なお,先にも述べたように,選択条件に割り
当てられた記銘語に対応する枠組み文はイメージ喚起性
適 合
.26
.18
.33
.15
評 定
不 適 合
.25
.15
.31
.18
Table 3
平 均 手 が か り 再 生 率
手がかり再生テスト用紙はB4判の大きさで,上部に
氏名を書く欄,その下に24の記銘語に対応する枠組み文
選 択
適 合 不 適 合
.44
.41
.25
.24
.30
.56
.28
.27
判 断 型
文 型
M
SD
イ メ ー ジ M
SD
課 題 型
適 合 性
選 択
適 合 不 適 合
.75
.80
.18
.24
.84
.77
.19
.22
適 合
.78
.19
.84
.16
評 定
不 適 合
.70
.20
.79
.19
の高い文と低い文が各条件ごと半数ずつランダムに印刷
った.被験者は上述した用紙に印刷された枠組み文の空
されている.
欄に該当する記銘語を記入していった.この書記手がか
2.4.手続き
り再生テストは5分間行われた.
実験は,偶発記憶手続きを用いて被験者の所属する大
3.結
学の一室で集団的に実施された.
果
2.4.1.方向づけ課題
まず,上述した小冊子及びテスト用紙をあらかじめ被
方向づけ課題において用いられた小冊子をチェックし
験者に配布した.適合性課題群の被験者は選択条件にお
たところ,いずれの被験者においても記入漏れ等はみら
いて記銘語がより適合する枠組み文の方に○をつけるよ
れなかった.また,方向づけ課題において記銘の意図を
うに,評定条件では適合する程度を5段階で評定するよ
持った者に挙手を求めたが,挙手はなく,全員が記銘の
うに求められた.一方,イメージ課題群の被験者は,選
意図のなかったことが示された.したがって,偶発記憶
択条件では記銘語を枠組み文に当てはめた際により鮮明
実験として,適切に実施されたことが明らかになった.
にイメージできる文の方に○をつけるように,評定条件
3.1.自由再生率
ではイメージの鮮明度を5段階で評定するように求めら
れた.
Table2には,平均自由再生率が示されている.この
自由再生率を角変換して,2(方向づけ課題型)×2
実験者は,いずれの群の被験者に対しても,例を示し
(判断型)×2(文型)の分散分析を行った結果,精緻
ながら,課題の進め方に関する教示を与えた.被験者が
化型の主効果(F(1,52)=12.19, p<.001),方向づけ課題×文
課題の内容を理解したことを確認した後,実験者の合図
型(F (1,52)=7.61, p<.001),精緻化型×文型(F (1,52)=5.37,
に従って10秒ごとに各ページに対応する作業を行ってい
p<.05)及び方向づけ課題×精緻化型×文型の交互作用
った.作業終了後,小冊子は閉じた状態で机上におくよ
(F(1,52)=7.33, p<.001)が有意であった.この2次の交互
う指示された.
作用について単純交互作用検定を行ったところ,適合性
2.4.2.挿入課題
課題群では精緻化型×文型の交互作用が有意でなかった
上述した挿入課題用紙を配布した.そして,すべての
が(F=.08),イメージ課題群においては両者の交互作
被験者に対して,例を示しながら,用紙に印刷されたひ
用(F(1,52)=12.62, p<.001)が有意であった.そこで,イ
らがな文字列の中から3文字以上で構成されている名詞
メージ課題群について単純・単純主効果検定を行ったと
を丸で囲むように教示した.被験者が教示内容を理解し
ころ,選択条件では不適合文を枠組み文とする記銘語の
たことを確認した後に,この課題を行った.この課題に
再生率が適合文を枠組み文とする記銘語のそれよりも高
要した時間は,約3分であった.
かったが(F(1,104)=23.02, p<.001),評定条件では,両文間
2.4.3.自由再生テスト
に有意差はなかった(F=.23)
.
挿入課題終了後,書記自由再生テストを行った.被験
3.2.手がかり再生率
者は小冊子の各ページの上部にひらがなで書かれていた
Table3には平均手がかり再生率が示されている.こ
記銘語を上述した自由再生テスト用紙の上に思い出した
の手がかり再生率を角変換して分散分析を行った結果,
順に書き出していった.この書記再生時間は5分間であ
方向づけ課題の主効果(F(1,52)=4.15, p<.05)が有意であ
った.
った.また,方向づけ課題×精緻化型×文型
2.4.4.手がかり再生テスト
自由再生テスト終了後,書記手がかり再生テストを行
(F(1,52)=3.44, p<.07)の交互作用が有意傾向であり,単純
交互作用検定を行ったところ,選択条件において方向づ
196
豊
田
弘
司
け課題型×文型の交互作用(F(1,52)=3.71, p<.07)が有意
題群においてむしろ不適合文を枠組み文とする記銘語が
傾向であった.この交互作用について単純・単純主効果
再生率が高くなっている.したがって,符号化時に選択
検定を行ったところ,適合文を枠組み文とする記銘語の
させることによって,検索時における文脈の復元が低下
再生率においてはイメージ課題群が適合性課題群よりも
する場合には,いくら手がかり再生であったとしても,
高かったが(F(1,208)=4.43, p<.01),不適合文を枠組み文と
適合性効果は生じないといえよう.したがって,これま
する記銘語のそれにおいては両課題群間に有意差はなか
での手がかり再生における適合性効果は,符号化時の文
った(F=.56).なお,実験仮説2に対応する判断型×
脈が復元されることを前提とした現象であるといえる.
文型の交互作用は有意でなかった(F=1.05)
.
4.3.自己選択精緻化効果について
本研究の主な関心ではないが,本研究で用いた選択条
4.考
察
件と評定条件は,精緻化(elaboration)研究で用いられ
てきた自己選択精緻化(self-choice elaboration)条件と
4.1.実験仮説1について
実験者呈示精緻化(experimenter-provided elaboration)
自由再生率については,イメージ課題群の選択条件に
条件と同じものである.精緻化とは,記銘語に情報を付
おいてのみ奇異性効果が認められた.したがって,実験
加することであり(豊田,1987b),付加される情報を精
仮説1は支持された.先に述べたように,豊田(1987a)
緻化情報と呼ぶ.自己選択精緻化は,被験者が記銘語に
及びToyota(2002)からは,奇異性効果と適合性効果
対して精緻化情報を選択するというものであり,実験者
の出現を規定する要因として,イメージ形成が考えられ
呈示精緻化は,実験者によって精緻化情報が提供される
た.本研究は,選択条件と評定条件を比較し,イメージ
場合をいう(豊田, 1998).そして,自己選択精緻化が実
形成が確かに2つの効果の出現を規定するのか否かを検
験者呈示精緻化よりも記憶成績が優れる現象が自己選択
討するものであった.実験仮説1が支持されたことから,
精緻化効果である(Toyota & Tsujimura, 2000).
イメージ形成が規定要因であることを示す実験的証拠を
自己選択精緻化と実験者呈示精緻化の有効性を比較し
提供できたといえよう.従来の研究では,奇異性効果と
た一連の研究では,自己選択精緻化の有効性は方向づけ
適合性効果はそれぞれ別の記憶現象として検討され,こ
課題における符号化困難度(豊田・高岡, 2001),被験
の両者の関連性について言及する研究はなかった.その
者 の 知 識 量 ( 豊 田 ・ 辻 村 , 2001), 被 験 者 の 年 齢
理由は,奇異性効果に関する研究が主に意図記憶手続き
(Toyota & Tatsumi, 2002)といった要因によって規定
を用いており,近年の研究では記銘語を文の中に2語
されることが示されている.
(McDaniel & Einstein, 1986; Riefer & Rouder, 1992)も
本研究の自由再生率においては,適合性課題群では文
しくは3語(McDaniel,DeLosh, & Merritt, 2000)含め
型に関係なく,選択条件が評定条件よりも再生率が高く
るような方法が用いられ,適合性効果に関しては,主に
なり,自己選択精緻化効果が認められている.一方,イ
偶発記憶手続きを用いて検討されてきたことによると考
メージ課題群については不適合文についてのみ自己選択
えられる.しかし,この両者はお互いに矛盾する記憶現
精緻化効果が認められた.手がかり再生率においては,
象であり,いずれが出現するかを規定する要因がイメー
適合性課題群における不適合文においてのみ自己選択精
ジ形成であることを示したことは意義のあることであろ
緻化効果が認められている.これらの結果を考慮すると,
う.今後,この両現象を規定する他の要因を検討するこ
方向づけ課題型及び文型も自己選択精緻化の有効性を規
とが課題となろう
定する要因になるといえよう.
4.2.実験仮説2について
手がかり再生については,実験仮説2は支持されなか
(付記)本研究の材料作成とデータ入力に関しては,平
った.ただし,予想したように,評定条件では,どちら
成12年度奈良教育大学小学校教員養成課程心理学専攻卒
の方向づけ課題においても,適合文を枠組み文とする記
業の松吉優美子さんの協力を得た.記して感謝の意を表
銘語の再生率が不適合文を枠組み文とする記銘語のそれ
します.
よりも一貫して高くなっている.これは,同じ材料を用
いた豊田(1987a)の結果と一致するものであり,従来
5.引用文献
の適合性効果に関する研究(Craik & Tulving, 1975;
Goldman & Pellegrino, 1977; Moscovitch & Craik, 1976;
Schulman, 1974; Geis & Hall, 1976; Roenker, Wenger,
Thomson, & Watkins, 1978; Weiss, Robinson, & Hastie,
1977; Hall & Geis, 1980)とも一致する.
しかし,本研究で設定された選択条件では,適合性課
Cornoldi, C., Cavedon, A., de Beni, R., & Pra Baldi, A. 1988
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