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12/01/18-16:51 武見敬三・東海大学教授に聞く「海洋国家日本」の新しい構想のための視点
2012/01/18-16:51
武見敬三・東海大学教授に聞く
「海洋国家日本」の新しい構想のための視点
■日本近代化と海
■海洋法制定の経緯
■海洋安保の視点
■海洋戦略と政治家の役割
■海洋戦略を見直す時期に
◇日本近代化と海
─最近、海洋にスポットライトが当たっております。安全保障の分野でもそうですが、
フロンティアとしての海洋、経済的、資源的な意味を含めて、現代状況における「海洋」
の意味や国際政治におけるとらえ方について先生にうかがいます。
武見敬三氏 日本は四方を海に囲まれた島国ですので、自
国の存立と海洋が表意一体であることは一目瞭然です。加え
て日本が世界と交流する時には必ず海を媒介にしており、そ
の中で日本人の世界観が形成されてきました。例えば国の外
を日本人は「海外」、すなわち「海の外」と呼んできたこと
を見ても、海には危険もありますが、そこには資源があり、
大きな志をもってチャレンジする対象であったと思います。
また、近代国家として日本が成立する過程で、明治維新以
降、特に日本海軍がわずか30年の間でバルチック艦隊を撃
滅するという、『坂の上の雲』の中に描かれているようなこ
とが可能になったのは、そういう素地が日本の中にあったか
らだろうと思います。
それは長期の鎖国にあった江戸時代においても、決して消
え去ることはなかった日本人の特性ではないかというのが、
私が持つ海洋に関する日本人の歴史観です。
戦前におけるわが国の海洋戦略は、海軍を中心とした軍事
力を裏付けとして持ちながら、国の発展に必要な資源の確保
や、あるいは航路の安全を確保することで発展し、常に近代化による軍事力の強化と不可
欠な関係を持っていました。わが国がそうした海外に対する拡大・発展路線を近代化とと
もに推進し、海洋戦略が特に南方に向かって発展したと思います。
それが太平洋戦争で敗北をして、軍事力を失ったことにより、わが国は戦後、全く新し
い形の海洋国家として再出発しました。それは、軍事力は同盟国となった米国に依存し、
「軽武装・通商国家」として、特に自由貿易に大きく依存した形で国の発展を考える中
で、海洋をとらえるということとなりました。
ただ、残念なことに戦後の日本の歴代政権を見ても、高坂正堯先生が『海洋国家日本の
構想』という名著を出されたにもかかわらず、決して本気で海洋の問題を戦略的にとらえ
て、総合的に政策立案した内閣はありませんでした。戦後のわが国は、他国に軍事力を全
面的に依存しつつ、明確な海洋戦略を持たずに今日まで来た、というのが正直な私の認識
です。
◇海洋法制定の経緯
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─先生が尽力した海洋基本法の制定など、海洋に関する法整備をしようというお考え
は、そのような問題意識があったからですか。
武見氏 そうです。国連海洋法条約が制定されて、2年後に日本で批准をして発効、と
いう時期に私は参議院議員になり、その時に徐々に海洋が国際社会における新たな競争お
よび対立の対象になってくる、ということを感じ始めていました。
特に、東シナ海における中国の調査船活動が、日中間の中間線よりも日本側で始まった
時期でもあったので、そういう歴史的な視点と、国連海洋法条約の持つ新たな意味を考え
ながら、日本の総合的な海洋政策を立案する法的基盤を作りたいと思ったのです。その時
に、東シナ海などの身近な海域で現実に隣国との競争および対立の構図が見えてきたこと
が、より大きな視点から海洋の問題に取り組む必要を認識するきっかけとなりました。
1995年(平成7年)12月、私は参議院外務委員会の委員でしたが、そこで、中国
公船「向陽紅09号」の尖閣諸島周辺海域から奄美大島沖に至る海域での海洋調査、石油
掘削船「勘探12号」の東シナ海中間線の日本側にはみ出して行われていた試掘を取り上
げて、今後、東シナ海で、日中間で厳しい対立が起きる可能性があるので、日本の立場を
きちんと守っていくための明確な方針を政府にただしたのです。
加えて、こうした活動にどう対処するかということを政府側に問うたのです。ところ
が、政府側は、事を荒立てずケースバイケースで、話し合いで対応するという基本姿勢を
示すのみでした。
確か外務大臣は河野洋平さんで、アジア局長は加藤良三さんの時だったと思います。そ
れで、中国が92年の領海法制定により人民解放軍の任務に海洋権益の擁護を入れて戦略
的に取り組み始めており、話し合いを通じてのみでは解決できない場合の懸念を表明しま
したが、政府側の答弁は冷静に話し合いを通じて対処すると言う立場を述べるのみという
状況でした。
私は、それでは対応できなくなる場合を想定した政策方針の策定の必要を痛切に認識し
ました。
─政府は「海洋国家」などと一般的なことを口にしていても、そこまで突き詰めて考え
てみたことはなかったということでしょうか。
武見氏 皆、真剣に考えていなかったと思います。
─海洋についても、管理するような視点が出てきた。日本は排他的経済水域(EEZ)
も含めれば世界第6位の海域を持ち、海は日本の財産なのです。そういう意識すらなかっ
たということでしょうか。
武見氏 まさに当時、排他的経済水域が定められて、日本が国連海洋法条約を批准し排
他的経済水域が定められましたが、どこまで主権を行使できる対象なのかを自分で考えな
がら、これは大きな話になると思ったのです。
しかし、それに対しての日本の国内法は、批准と同時に「排他的経済水域を確定するこ
と、同水域においては国内の関連法を適用する」という極めて短い法律を作って済ませて
しまいました。その問題点があったために、私は、日本はもっと海洋国家としての国内法
の枠組みをきちんと作っていく必要があるという問題意識を当時から持っていました。そ
れが、海洋基本法につながるのです。
◇海洋安保の視点
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─21世紀に入ってからは中国の膨張路線が具体的に目に見える形になってきたと思い
ます。目に見えるものが出てこないと、人々を覚醒させるのは難しいのでしょうか。
武見氏 不幸にも、海洋の問題に皆が関心を持つきっかけ
となったのが、東シナ海をめぐる中国との対立という、安全
保障面からです。私はそれが本来の姿ではないと思います。
しかし、国民が一番分かりやすく関心を持つだけに、そう
いう切り口から徐々に関心を広げていくという形で進めてま
いりました。
─東シナ海や南シナ海については、基本的には中国との対
立を軸とした安全保障面から、皆が問題意識を持つように
なったのですね。
武見氏 そういう観点から関心を持ってきたのは事実で
す。しかし、最近は特にマクロな意味で海洋に対する日本の
戦略的な政策策定と、そのための体制整備が、今までにも増
して重要になってきたと考えています。
それは、国際政治のダイナミズムが構造的に変化し始めて
おり、特にアジア・太平洋地域がヨーロッパ中心の経済のダ
イナミズムから独立した形で、大きなダイナミズムを持ちうるような状態になってきてい
ることが挙げられます。もちろんどこまで行くかどうかまだ分かりませんが、国際政治の
パワーシフトが起こる可能性があります。
その中で、着実に中国とインドの経済力が大きな役割を担うようになってきております
ので、それによって、将来さらに大きく発展するであろうアジア・太平洋のダイナミズム
が、どういう国々の経済が、どういう形で組み合わさった連合体としてのダイナミズムに
なっていくのかということが、重要となります。
日本経済が引き続きダイナミズムを失わないようにするのと同時に、日本の安全保障を
考えた時に、一国の経済のダイナミズムにのみ従属的な立場に追い込まれないようにする
必要があります。そういう点で、米国経済をアジア・太平洋のダイナミズムの中にきちん
と組み込んで、中国とインドの経済と共存させることによって、結果として日本が独自の
経済および安全保障における立場を確保できるようにすることが求められています。
さらにアジア・太平洋には非常に複雑な新たな対立と協調の構造ができるでしょう。経
済的には確実に相互依存関係が深まりながらも、米中間の海をめぐる覇権の争いは顕在化
してきて、日本はその二つの海軍力を中心とした軍事力の狭間で、相当、翻弄されるよう
な状況に置かれることは明らかです。
かつて20世紀の米ソ冷戦は、陸上を中心に展開して、それによってヨーロッパではド
イツが分断国家になりましたが、これから21世紀に起こる超大国間の新たな対立と構図
を見ていくと、対立の構図の舞台は陸上ではなく海になります。
従って、海洋をめぐる超大国間の対立に翻弄される立場にあるわが国は、では今後どう
やって世界第6位の排他的経済水域を保って、日本の海洋の権益をきちんと確保しなが
ら、わが国の発展にも資するような形で活用をし、そしてなおかつ国際的な海洋の協調体
制は原則としては「海洋における航海の自由」という大原則をきちんと守りながら、日本
の排他的経済水域に関しての新たな法整備を進めていくことが、今、大変重要になってき
たと思います。
幸い、わが国は海洋基本法を制定しており、排他的経済水域の活用については12の基
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本的政策の中にもきちんと書いてありますから、その基本法に基づく国内法の整備をして
いく必要があるということです。
◇海洋戦略と政治家の役割
─政治の役割としてはどういうことが必要になってきますか。
武見氏 政治の役割は大局的に物事をとらえて、それに
よって中長期的な方針を明確にすることが政治の要諦です。
そのためには安全保障だけではなく、経済や産業、さらには
科学技術、さまざまな分野が総合されて大局観が形成されな
ければいけません。
そこでは当然に政治的なリーダーシップが必要になりま
す。宇宙も同じですが、海洋も各省庁にそれぞれ分割されて
行政が行われているために、放っておくと必ずばらばらにな
るという性格があります。
そうすると、どうしても各省庁の政策をパッチワークで組
み合わせるのみとなり、各省庁の政策を連携させて意図的に
シナジー効果を作り出し、それによって政策全体をより大き
く組み立てていくという戦略性のある政策にはならないので
す。その戦略性のある政策を作ることが政治の役割です。
政治家は、政治工学にかかわる分野なのです。どういうこ
とかと言うと、一つの法律が国会で採択をされて、それが着
実に実施されていくためのデザインをすることなのです。そ
うすると、まず一つの目標として作らなければならないのは、海洋が国策の議題として政
治的モメンタムを確実に持つようにするための政治の仕組みを作ることなのです。
われわれにとってそれは、海洋政策研究会という超党派の議連がまさに国会の中で最も
大きくアジェンダとしての海洋を取り上げるためのモメンタムを作り出す装置だったので
す。そういう装置をどうやって作るかは政治工学なのです。
加えて、これを実際に超党派だけではなく各党の中で海洋に対する取り組みができるよ
うな仕組みをそれぞれに作ってもらう必要があります。自民党の中ではワーキンググルー
プでしたが、ワーキンググループから海洋権益の特別委員会、さらには海洋政策の特別委
員会になって、確実に党の中の海洋を議題として取り上げる仕組みができあがってきて、
それによって党内のモメンタムを常に確保すると同時に、そこを通じて政策を具体化して
いくことができるようになるのです。そういう仕組みを作っていくことも政治家の役目で
す。
それは一人ではできません。同じこの戦略的な発想を持った同志を、自分の党内だけで
はなくて、他の党にも確実に持って、常に連携を取りながら、お互いにきちんと信頼関係
を持ちながらそういう仕事を共有してやっていくようにするのです。これを私たちは自民
党、民主党、公明党の間で着実にやって成功しました。
◇海洋戦略を見直す時期に
─中国の外洋化も加速しつつある中で、現実問題としてそれを考えていかなければなら
ない段階に来たと思います。しかし、今、日本は米中の狭間にあって、非力な形でしか表
れてこないのではないかという気がするのですが。
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武見氏 自分たちの国の基盤を自分たちの実力に合った形できちんと固めるということ
が必要です。それがなければ、巨大な2つの国がこれから大いにせめぎ合う時に、自分の
領分を守ることはできないのです。そういうのがあるからこそ、同時に日米同盟は基軸で
すが、全体のバランスをある程度取る戦略的な立場を確保して、日本としての独自の立場
を確保することも可能になるのです。その基本は法治国家ですから、法律なのです。法律
によって国の意思を作り上げて、法律によって意思を実行するための体制を整備するので
す。それが政治家の役割です。われわれはそれを海洋基本法でやったのです。
非常に運がいいと思ったのは、ちょうど今、改めて地政学的な構造変化が起きようとし
て、そしてアジア・太平洋のダイナミズムが、海をめぐる対立になる可能性が出てきてい
ます。
日本が排他的経済水域を中心に、自分たちの海洋戦略をもう一度しっかりと考え直す時
期に、ちょうど海洋基本法が2012年に5年ごとの見直しになり、海洋基本計画が20
13年に見直しという年に入っているので、もっとダイナミックな日本の海洋戦略を策定
し直すためのきっかけとする時期になるのです。
─その時期をチャンスとして政治的モメンタムに変えなければいけないですね。
す。
武見氏 そうです。総合海洋政策推進本部が官
邸に設置されていますが、海洋本部にはかなり大
きな権限を持たせてあり、その中に作られている
参与会議は本部長である総理大臣に直接諮問でき
る形になっています。そこにわれわれはかなり専
門的な人を配して、意見具申ができるようにして
おいたのです。ところが、政権交代と政局の混乱
の中で、参与会議は10人以内で2年任期という
格好になっていたのだけれども、いつの間にか委
員が任命されていなくて、今は休眠状態なので
─休眠状態はいつからですか。
武見氏 民主党政権になってからです。見直しの時期に入って、われわれが本来考えて
いた海洋戦略、特に排他的経済水域に関する法整備を進める大事な時期に入ったので、そ
のために、超党派の議連をさらに活性化させて、政治的なモメンタムを再構築すると同時
に、今度は政府の中でこの課題について専門的な知見を持ちながら、ドライビングフォー
スとして総合的で戦略的な政策を推進していくような仕組みを作り直すべきだと考えま
す。その第一の課題は、参与会議の強化活用であり、もう一度委員を任命し、今度任命す
る時には、いわゆる純粋な各部門の専門家だけではなくて、かなり官僚組織に対しても影
響力を持ち、特に産業政策との結びつける必要があることから、産業界も動かすことがで
きるような実力者をそろえた参与会議とすることによって、新たな推進母体として総理が
活用できるようにしたらいいのではないかと思います。
─2012年、13年に向けて、第2段階として政治が本当の意味で取り上げていかな
ければいけない段階に来ているのですね。
武見氏 宇宙に関しては野田(佳彦)総理もかなり関心が高くて、内閣府に新たに推進
母体を作って進んでいるようですが、海洋の方も宇宙と同じようにもう一回きちんとした
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政治的リーダーシップを発揮していただく必要があると思います。
その第一は、総合海洋推進政策本部の参与会議再構築、新たな推進母体の確立によっ
て、大きく政策論が展開できるようにすることが必要です。それから、超党派議連をさら
に再活性化させて、その仲間がそれぞれの党の中で海洋分野の議題設定と、党の中の取り
まとめの役割を果たし得るようにしなければいけないと思います。
〔武見敬三氏略歴〕
武見敬三(たけみ・けいぞう)
東海大学教授、日本国際交流センターシニアフェロー、元参議院議員。
1951年元世界医師会会長・日本医師会会長 武見太郎の三男として生まれる。57年
慶応義塾幼稚舎入学。幼稚舎5年生よりラグビー部に所属、全国学生ラグビー選手権大会
第3位など好成績をおさめる。74年慶應義塾大学法学部政治学科卒業、76年台湾師範
大学留学。77年ハーバード大学東アジア研究所客員研究員。80年慶應義塾大学法学研
究科政治学専攻博士課程満期退学。83年東海大学政治経済学部専任講師、助教授を経て
95年同大学教授。同年、参議院議員初当選、2期務める。その間、外務政務次官、参院
外交防衛委員長、厚生労働副大臣を歴任。2007年ハーバード大学公衆衛生大学院およ
び日米関係プログラム客員研究員に就任。08年より日本国際交流センターシニアフェ
ロー。長崎大学客員教授就任。09年に帰国した。その他、「CNNデイ・ウォッチ」の
アンカーマンやテレビ朝日「モーニングショー」のメインキャスターも歴任。
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