PDF 190KB - 株式会社 中山製鋼所

○1919~1929年
西暦
和暦
1919年 大正8年
中山製鋼所90年のあゆみ
歴代社長
初代
9月
中山悦治
主な出来事
兵庫県尼崎において中山悦治個人経営で日本初期の
亜鉛鉄板製造工場を新設 操業開始(現尼崎市西松島町)
〔敷地:1,000坪、従業員10名、めっき釜1基〕
関西亜鉛鍍金工業所設立
登録商標
三星印の商標設定
1920年 大正9年
4月
1923年 大正12年
12月 (株)中山悦治商店を設立
〔設立:12月22日、資本金:50万円、本社:大阪市西区〕
1月 丸釘製造開始
3月 亜鉛鉄板輸出開始
12月 東京支店設置(日本橋区)
1月 資本金:100万円に増資
1月 現船町工場において大阪市唯一の薄板工場を新設
2月 尼崎の亜鉛めっき工場設備を船町へ移設 操業開始
本店所在地を船町5番地に移転
1924年 大正13年
1925年 大正14年
1928年 昭和3年
1929年 昭和4年
○1930~1939年
西暦
和暦
1930年 昭和5年
1931年 昭和6年
1933年 昭和8年
1934年 昭和9年
1935年 昭和10年
1936年 昭和11年
1937年 昭和12年
1938年 昭和13年
1939年 昭和14年
歴代社長
主な出来事
10月 賀陽宮邦憲(かやのみや くにのり)殿下来社
八幡製鐵、徳山鐵板、日本鋼管などとともに日本黒板共販組合
4月
薄板部を結成
8月 秩父宮雍仁(ちちぶのみや やすひと)殿下来社
3月 資本金:500万円に増資
4月 製鋼工場 第1号平炉操業開始
6月 線材工場 操業開始
7月 厚板工場 操業開始
2月 中型工場 操業開始(シートバー生産)
5月 小型工場 操業開始(棒鋼生産)
製鋼工場第2、3号平炉 操業開始
6月 (株)中山悦治商店を(株)中山製鋼所と商号改称
資本金:2,000万円に増資
7月 線めっき工場 操業開始(亜鉛引鉄線、鬼針金生産)
満州奉天に工場建設、中山鋼業所と称す
4月 船町製釘工場操業開始
5月 本社事務所竣工
面積:建坪 344.47坪、延坪 885.54坪、
設計:村野藤吾
6月 本店を大正区船町3番地に移転(表示変更)
中板工場操業開始
11月 東久邇宮稔彦(ひがしくにのみや なるひこ)殿下来社
1月
6月
10月
11月
12月
3月
5月
製鋼工場第4号平炉 操業開始
電気炉工場操業開始
ブリキ工場 操業開始(錫めっき板生産)
中国天津に工場建設、中山鋼業廠と称す
鋳鋼工場 操業開始(鋳鋼品)
第1高炉建設工事開始
株式上場(東京・大阪市場)
製鋼工場第5号平炉 操業開始
9月 中山商事設立
10月 中国 青島(ちんたお)に営業所設置
5月 資本金:4,000万円に増資
2月 繋船岸壁(現東本岸壁)完成
7月 第1高炉(450トン/日)及び付属設備 竣工
銑鋼一貫体制を確立
9月 南海化学工業(株)を合併
10月 株式上場(福岡市場)
社会と鉄鋼業界の動き
第一次世界大戦後、日本鉄鋼業は未會有の不況
6月
ベルサイユ講和条約成立
9月
関東大震災発生
12月 鉄鋼協議会(現鉄鋼連盟の先駆組織)設立
10月 ニューヨーク株式市場大暴落(暗黒の木曜日)
世界恐慌始まる
鉄鋼業界・世相
1月
3月
3月
ドイツ首相にヒットラー就任
米大統領にルーズベルト就任
日本国際連盟を脱退
1月 日本製鐵㈱設立(八幡、釜石、輪西、三菱、九州富士合併)
9月 室戸台風、関西を襲う(死者・行方不明 3,036人)
12月 日本政府、ワシントン条約を破棄通告
9月
住友金属工業㈱設立(住友伸銅、住友製鋼所合併)
事務所内部
本社事務所
2月
5月
8月
12月
2.26事件発生
大船橋完成
第11回オリンピック、ベルリンで開催
西安事件発生
2月 日本製鐵八幡製鐵所、日本初の1,000t高炉火入れ
8月 上海事変勃発
10月 日本鉄鋼連合会設立
4月 鉄鋼協議会を改組、鉄鋼連盟設立
9月 第二次世界大戦勃発
10月 日鐵広畑製鐵所1高炉(1,000t)火入れ