高速道路原則無料化を考察する

高速道路原則無料化を考察する
2009 年、
「国民の生活が第一」を掲げた民主党が衆院選で 308 議席を獲得して、圧勝し
た。しかし、民主党に白紙委任した有権者は少ないと私は考える。なぜなら、子ども手当
て・農家の戸別補償制度・高速道路の原則無料化など現在の厳しい財政状態では実行が極
めて難しい政策をいくつも並べてしまったからだ。そこで、このレポートでは何かと批判
されることが多く、朝日新聞の世論調査では 65%の人が反対した「高速道路原則無料化」
について他の交通機関への影響、地球温暖化対策、財源の問題という三つの観点から考察
していきたい。
その前に、なぜ高速道路を原則無料化する必要があるのか。衆院選で配られたマニフェ
ストを確認しておこう。
高速道路を原則無料化して地域経済の活性化を図る
【政策目的】
①
流通コストの引き下げを通じて、生活コストを引き下げる
②
産地から消費地へ商品を運びやすいようにして、地域経済を活性化する
③
高速道路の出入り口を増設し、今ある社会資本を有効に使って渋滞などの経済的
損失を軽減する。
【具体策】
・割引率の順次拡大などの社会実験を実施し、その影響を確認しながら高速道路を無料
化していく
【所要額】
1.3 兆円
それでは、【政策目的】①から他の交通機関への影響について考察していきたい。「流通
コストの引き下げ」は、主に、物流業界に恩恵がいくと考えられる。これ以上下げられな
い人件費、じわじわと上昇する燃料費を考えると良い面もあるのか、と思うものの、現状
の休日特別割引により長距離の乗用車が急激に増え(交通量は高速地方部で約 1.4 倍、平均
利用距離は 30%増加)
、日中もさることながら、以前は乗用車の交通量が少なく長距離トラ
ックや高速バスの量が多い時間帯に相当量の一般の乗用車が走るようになった。これは、
今までは高速バスや鉄道、航空機、船舶の利用客が乗用車で移動するようになったことや、
新規の需要が生まれたためだと考えられる。これにより運送時間が長くなったり、高速バ
スは定時運転ができなくなったり(全国平均 11 時間 8 分の遅延)した。
他の交通機関への影響の例としては、長距離フェリーへの影響が極めて大きい。特に本
州四国関連航路については前年同月比で平日 77.4%、休日では 53.4%と他の東京湾航路や
本州北海道航路に比べ落ち込みが激しい。ただ、本州四国航路や九州阪神間航路で営業し
ている会社は大幅な割引などで休日特別割引に対抗しているため利用者数への影響は少な
いものの経営に対しては大きな影響を与えていると推測される。
その他にもバス業界への影響は各社の経営努力の甲斐もあり高速バスの利用客数の大幅
な減少は避けられてはいるが上に書いたように平均で 11 時間 8 分の遅延が発生していて車
両配備の複雑化や人件費の増加、渋滞による燃費の低下に見舞われた。このようなことが
恒常化してしまえば利用者数の減少も考えられ、高速バスの利益で赤字の地方の生活に密
着した路線のネットワークを維持している会社にとっては悪影響を及ぼし、生活路線の廃
止や第三セクターに転換することなども考えられる。
鉄道業界に対しては距離帯が 200km前後、車で 3 時間圏内と高速道路と並行する在来線
の一部に影響があった。また、新幹線や在来線特急の指定席予約率も低下した。そこで JR
各社は今までに前例のなかった繁忙期における割引を実施し利用客奪還に向けて経営努力
をした。経営側からは無料化中止を訴える声が出ているが利用者からは「繁忙期の割引は
画期的」
「サービスが向上するならよいことだ」などの声があり立場によっては意見が分か
れる。
以上に挙げたのが休日特別割引による他の交通機関への影響である。このようにまとめ
てみると、稼ぎ柱の事業が影響を受け、利益が減ることで生活路線の維持が困難になって
いくという傾向が見られる。よって、他の交通機関への影響という観点から見ると無料化
と既存の交通機関の共存が求められるのではないだろうか。
続いては地球温暖化対策の面から高速道路無料化を考察していきたい。民主党は高速道
路へ車を誘導し、一般道の渋滞を減らすことで全体の二酸化炭素排出量は抑えられると
様々な報道番組で宣伝していたが実際はどうなるのだろうか。再び休日特別割引を例に話
を進めたい。
実はこの問題に関しては二つの省庁から異なる試算結果が出ている。
国土交通省
環境省
年間約 310 万トンの削減
年間約 287 万トンの増加
なんと、ほぼ正反対の結果である。国土交通省は、首都高速、阪神高速を除く全線で終
日無料化した場合で、高速道路への移行で一般道の混雑が緩和されると見込んで算出した。
しかし、道路利用者を一定として、新たな利用者や鉄道からの高速道路への転換は考慮し
ていない。
これに対して環境省は、料金が安くなったことで旅行に鉄道を使わずに高速道路を使う
ようになったことなどで休日の交通量は 1.32 倍に増え、自動車の旅行距離も平均で 1.15 倍
に増えたことで車の平均速度が速くなって燃費が向上する分を打ち消して年間約 287 万ト
ンの増加(一般家庭の排出量では約 60 万世帯分)と算出した。さらに環境省はガソリンの
販売量からも検証した。景気や気温を考慮して休日特別割引がない場合のガソリン販売量
を推計、2009 年 4 月からの実際の販売量と比較した結果ゴールデンウィークや夏休み期間
などで販売量は推計値よりも大きく増え、二酸化炭素排出量は年間約 338 万トンの増加と
算出された。ただ、環境省の試算では生活圏のゾーン分割がアバウト(環境省 207 ゾーン
に対して国交省 6238 ゾーン)なため誤差が大きいことが考えられる。
さらに、財団法人運輸調査局の資料によると、204 万トンの排出量の増加となっており地
球温暖化問題に対しては悪影響を与えているのではないかと懸念される。
最後に財源の問題について書いていきたい。
そもそも現在、高速道路は日本道路公団の民営化に伴い 3 つの高速道路会社と首都高速・
阪神高速道路の 5 つの会社が運営している。当初、高速道路は建設時の借入金が返済され
るまで無料開放されない、すなわちその路線ごとの収益によって借金が返済されれば無料
開放される予定だったが、田中角栄内閣で料金プール制が導入、全国の高速道路の収支を
合算するようになる。その結果、東名高速などのドル箱路線の収益や国税の投入により全
国津々浦々に採算性に疑問符がつく高速道路が建設され、道路公団の借金は雪だるま式に
増加した。
このような経緯で道路公団は民営化されたわけだが、
それでも借金は 34 兆円残っている。
これからも借金して 20 兆円分を地方に作る予定で金利上昇などを考慮すると返済額は 200
兆円を超える。さらに東・中・西日本高速道路会社は高速道路維持管理費として毎年約四
千億円を支出しながら道路公団の借金を 40~50 年かけて返済していく計画である。そんな
中で 2010 年度の国債残高が 637 兆円(一般会計税収の約 10 年分)を超え主要先進国の中
でも最悪の借金体質で、今年は新規国債発行額が税収を上回ってしまって、高齢化の進行
で社会保障に関する経費が急速に増加、膨大な国債残高が生む金利や元本の返済(約 20 兆
円)の問題もある日本政府が、国費 1.3 兆円を毎年投入して高速道路を無料にする必要があ
るのだろうか。
また、国費を投入する上に当面無料化されない東名高速などのドル箱路線・首都高・阪
神高速の通行料収入で無料化コストをまかなうとしたら、都市部の負担で地方を無料化す
ることになり、
「受益者負担の原則」が崩れることになるのではと苦言を呈する有識者もい
る。
これに対し無料化推進派の一人は今までは大都市を地方の交通格差や不公平が大きかっ
た地方は自動車以外に交通選択肢がない上に高速は高くて使えなかったので大都市以外の
無料化を実施し、交通格差が地価の格差につながっているので無料化で地方へのアクセス
がよくなり利用できる土地が増え、産業の一極集中が避けられ国土の均衡な発展が可能に
なると主張する。また、財源の問題に関してはガソリン税や自動車重量税を一般道建設に
回さず無料化に使うことで物流コストが下がり地方産業が恩恵を受け、税収が増えると言
っている。
このように有権者の半分以上が反対している高速道路無料化であるが、一部の有識者は
賛成側に回っていて民主党の政策ブレーンとなっている。ただ、無料化の所要額は 1.3 兆円
という莫大な金額であるあえに国民的な同意がないままではこの制度を実施するのであれ
ば国民の民主党に対する支持率は低下してしまうのではないだろうか。「国民の生活が第
一」なのであれば、マニフェスト実行に固執せず、財政の状況に応じて柔軟に、そして国
民の声を幅広く聴いた上で政策を実施していただきたい。
参考文献
・民主党マニフェスト
・朝日新聞 2009 年 12 月 27 日 「国債、こんなに発行して大丈夫?」
・朝日新聞 2010 年 2 月 3 日
「ささやか無料高速」
・朝日新聞 2010 年 5 月 7 日
「高速千円 CO2 300 万トン増」
・国土交通省「高速道路料金引き下げについて」
http://www.mlit.go.jp/commom/00045629.pdf
・
【金曜討論】高速道路無料化法案 猪瀬直樹氏、山崎養世氏
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100402/plc1004020743003-n1.htm