中国残留孤児の「高齢化」 そして「介護」問題

中国残留孤児の「高齢化」
そして「介護」問題
東海外国人生活サポートセンター
代表
木下貴雄(王榮)
私の父は、昭和二十年七月に旧満州で生まれ、中国の養父母に育てられて、一九八〇年
代に中国から帰還した中国帰国者です。
父は50歳代中ごろにパーキンソン病を患い、薬で病状の進行を抑えながら日々の生活
を送っていましたが、定年後に病状が一気に進行し、「要介護2」から「要介護4」になり
ました。また、認知症状も現れ、徘徊することもたびたびありました。そのため、浴室や
トイレ、寝室、居間などに手すりを付けたり、介護ベッドや車椅子、感知センサー、ポー
タブルトイレなどの介護福祉用具を取り入れたりしました。一年ほど前に、誤嚥性肺炎で
倒れてからは入退院を繰り返し、状態はさらに悪化しています。今は二度目の気管切開の
まま、声を出して話すことはできず、一般の食事を摂ることもできず、日々鼻からの流動
食で栄養を摂っている状態です。
これは私がいま直面している、高齢化した「中国帰国者一世」の介護という現実です。
厚生労働省が平成21年に実施した「中国残留邦人等生活実態調査」の結果によると、
平成21年10月末現在、
『中国残留孤児』や『中国残留婦人』の平均推定年齢は71.6歳、
高齢化が進んでいる実態があります。
厚生労働省の定義によれば、
『中国残留孤児』とは、敗戦時に13歳未満で自分の意思に
関係なく中国に残留した人、
『中国残留婦人』とは、敗戦時に13歳以上で自分の意思で中
国に残留した婦人のことです。また、
「中国帰国者」とは、中国から日本に永住帰国した『中
国残留孤児』と『中国残留婦人』及びその家族に対する総称です。
高齢化した中国帰国者一世は今、さまざまな課題に直面しています。中国残留孤児たち
は帰国後、一生活者として家族を養うために言葉や生活習慣などのさまざまな「壁」を乗
り越えながら懸命に働いてきました。そして、定年を迎え、老齢を迎えたときに、生き甲
斐作りや生涯学習、健康管理などなど、中国からの帰国者であるがゆえに直面し意識せざ
るをえない問題に改めてぶつかっています。差し迫って最大の課題は介護です。
私の父親のように高齢化に伴って、加齢や病気などによって介護が必要となる人も現れ
てくると思います。生活実態調査の結果をみると、調査当時の中国帰国者本人及び配偶者
の中で、介護保険制度における要介護認定を受けている人は18.4%でした。また、要介
護認定の程度では、
「要支援1」が3.6%、
「要支援2」が1.3%、
「要介護1」が1.6%、
「要介護2」が0.9%、
「要介護3」が0.9%、
「要介護4」が0.8%、
「要介護5」が0.
5%となっています。さらに、介護サービスの利用においては、
「ホームヘルパーなどの介
護訪問」が20.7%、
「車椅子や介護ベッドの賃与」が32.6%、
「ディサービスなどの施
設への通所」が19.8%、
「介護施設などへの短期入所」が7.2%、
「特別養護老人ホーム
などへの入所」が4.0%、「その他の介護サービス」が6.9%でした。この数字を多いと
みるか少ないと見るか、総数からみれば決して少なくない数字だと私は思います。
私の父親は誤嚥性肺炎で倒れるまでは、週4回のディサービスと時折のショートスティ
を利用していました。父親の介護を通じて感じたのはまず「言葉」の問題です。病状の進
行もあって、いまは中国語と日本語が入り混じった会話になっています。ディサービスで
も時々こうした状態に陥るため、介護職員がその対応に苦労しているようです。また、ま
ったく日本語がしゃべれない人はこうした施設を利用しても、言葉によるコミュニケーシ
ョンが取れず、生活の習慣による違いも手伝って、多くいる日本人利用者の輪に入れずか
えって孤独感を感じ、ディサービスの利用や施設への入所を拒否してしまうケースも発生
しているようです。
今後ますます増えてくる中国帰国者の介護においては、中国語・中国生活様式を備える
介護施設の開設や、中国語が出来かつ中国の文化(生活・風習など含め)を知っているホーム
ヘルパーやソーシャルワーカー、介護通訳・社会福祉専門者などの養成が急務であると思
われます。また、中国帰国者や関係者に対して中国帰国者の介護に関する講習会を定期的
に開いて、介護に関する知識や心得などを教えることが必要です。私自身の経験から、介
護する家族に対する母語によるメンタルケアの必要性も痛感しています。さらに、各介護
支援団体のネットワークの形成と相互の情報・意見交流を行うことも大切です。
多文化共生社会が形成されつつある今、中国帰国者をはじめとする「在日外国人」の介
護支援の現状調査を行い、対策を早めに講じるべきだと思います。医療・介護において、
中国帰国者のみならず、
「在日外国人」の高齢者が安心して医療・介護サービスを受けられ
るように「多民族・多文化・多言語」共生社会を支える、異文化に通用する「多文化医療
&介護・社会福祉専門要員」の養成を切に願っています。
以上