海外修学旅行を通しての国際理解教育の進め方

海外修学旅行を通しての国際理解教育の進め方
−総合的な学習の時間の活用を中心として−
教育経営研究室
【要
橋
本
伸
一
約】
高等学校において、海外修学旅行が取り入れられてきており、生徒にとって異文化を直接体験し、国際理解を深
める上で貴重な機会である。そこで、愛媛県の県立高校での修学旅行の実施状況を調べるともに、海外修学旅行を
通しての国際理解教育の進め方について考察した。その結果、総合的な学習の時間などを活用して海外修学旅行の
事前・事後学習を充実させることで、国際理解教育を一層推進できることが分かった。
【キーワード】
1
海外修学旅行
国際理解教育
総合的な学習の時間
研究の目的
実施状況を見てみると、平成元年度から平成12年度まで
国際化が進展する中で、高等学校においても、海外へ
は参加者数が着実に増加していた。しかし、平成13年度
の修学旅行を実施する学校が増加している。愛媛県の県
に入ってからは、多発テロなどによる世界情勢に対する
立高校では、平成6年度から韓国への海外修学旅行が実
不安やSARSの流行などにより、年度によっては参加
施され、その後、旅行先も多様化してきている。
者数の激減が見られた。
イ
国際理解教育では、広い視野を持ち、異文化を理解し、
愛媛県の状況
これを尊重する態度を育成するとともに、日本の伝統や
愛媛県の県立高校での海外修学旅行は平成6年度に始
文化についての理解を深めることを目標の一つにしてい
まり、毎年度実施されている。平成13年度までは、旅行
る。このような国際理解教育の目標を達成する上で、海
先は韓国のみであったが、平成14年度にシンガポール・
外修学旅行において外国の文化や生活を直接体験するこ
マレーシア、平成15年度にニュージーランド、オースト
とは、大変有効であると考えられる。平成8年7月に出
ラリア、平成16年度にアメリカ(ハワイ)、今年度に中
された中央教育審議会の答申では、国際理解教育を推進
国が新たな旅行先として登場した(表1)。今年度、海
する観点からも、学校段階に応じ、また、各学校の実態
外修学旅行を実施している学校は17校である。また、そ
を踏まえながら、海外修学旅行などの活動が行われるこ
の中で2校は二つの海外コースを設定している。旅行先
とは意義のあることと指摘している。
は、中国10件、シンガポール・マレーシア3件、オース
しかし、旅行そのものは短期間で行われるものであり、
トラリア3件、アメリカ(ハワイ)2件、ニュージーラ
ンド1件となっている。
修学旅行での体験を学びの深まりにつなげていくために
も、事前・事後学習や日常の教育活動との結び付きを考
表1
えた計画的・総合的な取組が重要である。この計画的・
H6∼13年度
韓 国
総合的な取組によって、国際理解教育の観点から見た海
外修学旅行の成果を一層引き出すことができると考える。
海外修学旅行の旅行先
H14年度
韓 国
シンガポール
マレーシア
H15年度
ニュージーランド
オーストラリア
そこで、本研究では、愛媛県の県立高校での海外修学
旅行の実施状況を調査するとともに、国際理解教育の視
H16年度
H17年度
シンガポール
マレーシア
ニュージーランド
オーストラリア
アメリカ(ハワイ)
シンガポール
マレーシア
ニュージーランド
オーストラリア
アメリカ(ハワイ)
中 国
点から海外修学旅行の意義を考察し、事前・事後学習に
総合的な学習の時間などを活用した海外修学旅行への計
⑵
画的・総合的な取組の在り方について考察した。
平成16年7月に松山・上海定期便が就航したことで、
2
研究の内容
⑴
今年度から中国への修学旅行が実施されるようになり、
海外修学旅行の実施状況
ア
海外修学旅行の実施内容
最も実施件数の多い中国への修学旅行の実施内容を分析
全国の状況
した。
ア
戦後の海外修学旅行は、昭和47年に宮崎県の私立高校
中国への修学旅行
が韓国への旅行を実施したのに始まる。公立学校では、
中国への修学旅行は、大きく四つのコースに分けられ
昭和59年に福岡県の県立高校が韓国への旅行を実施した
る。上海・北京コースが7校、上海・蘇州コースが1校、
のが最初である。
上海・西安コースが1校、上海・香港・桂林コースが1
校である(表2)。
平成に入ってからの全国の学校における海外修学旅行
- 30 -
表2
中国への修学旅行の旅程表
た。」「中国語で話し掛けられたとき、ここは外国であ
○ 上海・北京コース(研究員の所属校の場合)
第1日 松山空港-上海空港-北京空港
(北京泊)
第2日 天安門広場・故宮博物院-万里の長城(北京泊)
第3日 頤和園-北京空港-上海空港-上海雑伎団鑑賞
(上海泊)
第4日 豫園- 南京路- 東方明珠塔
(上海泊)
第5日 上海空港-松山空港
り日本ではないんだなと強く実感した。」「自分たちの
○ 上海・蘇州コース
第1日 松山空港-上海空港-(バス)-蘇州
(蘇州泊)
寒山寺-虎丘-拙政園-蘇州運河-(バス)-豫園
第2日
(上海泊)
第3日 現地校との交流−体験学習
(上海泊)
第4日 太極拳体験-上海博物館-自主研修 (上海泊)
第5日 上海空港-松山空港
持ったりすることができたと考える。
生活や文化を少し考えてみるようになった。」などが見
られた。国際社会の中に自分たちは生きているという実
感を持ったり、自分たちのことを考えてみるきっかけを
このように、実際に自分の目で見る、また体験するこ
とのできる海外修学旅行は、国際理解教育を進める上で
有効である。
⑷
○ 上海・西安コース
第1日 松山空港-上海空港-西安空港
(西安泊)
第2日 兵馬傭坑-秦始皇帝陵-体験学習
(西安泊)
陝西歴史博物館-大雁塔-城門-西安空港
第3日
-上海空港
(上海泊)
第4日 現地校との交流-東方明珠塔-南京路(上海泊)
第5日 上海空港-松山空港
ア
海外修学旅行の意義
平成8年7月に出された中央教育審議会の答申では、
国際理解教育について、「この教育を実りあるものにす
るためには、単に知識理解にとどめることなく、体験的
○ 上海・香港・桂林コース
第1日 松山空港-上海空港-現地校との交流(北京泊)
第2日 上海空港-香港空港-香港ディズニーランド(香港泊)
第3日 香港歴史博物館-ヴィクトリア・ピーク-香港空港
-桂林空港
(桂林泊)
第4日 璃江下り-桂林空港-上海空港
(上海泊)
第5日 上海空港-松山空港
⑶
国際理解教育における海外修学旅行
な学習や課題学習などをふんだんに取り入れる」ことの
必要性が指摘されている。また、国際理解教育を推進す
る観点からも、外国への修学旅行などが行われることは
意義のあることと示されている。
生徒へのアンケート調査
海外修学旅行は、外国人との交流や外国の文物に直接
研究員の所属校において、中国への修学旅行に参加す
接するなどの体験によって、国際感覚を養い、視野を広
る生徒94名を対象に、旅行前と旅行後にアンケート調査
げることのできる絶好の機会である。また、自分自身を
を実施した(表3)。
客観的に見つめ直したり、日本や日本文化を相対化して
表3
考えたりすることのできる機会でもある。
生徒へのアンケート調査
○ 中国を旅行先に選んだ理由は何ですか
学校生活の思い出の一つにしたい
中国の歴史・文化に興味・関心がある
親しい友達が一緒に行く
中国の自然・風土・地理に興味・関心がある
歴史的に日本とのかかわりが深い
現代の中国の経済発展に興味・関心がある
中国語でコミュニケーションをしたい
中国の産業・生活に興味・関心がある
その他
中国にどんな印象を持っていますか
旅行前
同じアジアの国で親しみが持てる
24名
人々の経済格差が大きい
21
経済成長が著しく、国に活力がある 25
あまりよく分からない
18
その他
6
イ
37名
23
9
5
5
3
3
2
7
交流活動・体験学習の導入
教育課程では、修学旅行は特別活動の中の学校行事の
うち、旅行・集団宿泊的行事として位置付けられている。
旅行・集団的行事は「平素と異なる生活環境にあって、
見聞を広め、自然や文化などに親しむとともに、集団生
活の在り方や公衆道徳などについての望ましい体験を積
○
むことができるような活動を行うこと」となっている。
旅行後
27名
26
29
5
7
海外修学旅行では、正に平素と異なる生活環境の中で、
異文化に対する見聞を広めていくことができる。さらに、
名所、旧跡、文化遺産などを見学するだけでなく、現地
での高校生との交流活動などを取り入れることによって、
中国を選んだ理由では、「中国の歴史・文化に興味・
関心がある」が23名、「中国の自然・風土・地理に興味
一層国際性豊かな感性や国際社会の中で生きる力を育成
・関心がある」が5名など、旅行先としての中国に具体
することができると考える。
(ア)
的な興味・関心を持って選んでいる生徒がまずまずいる
現地校との交流活動
ことが分かった。中国に対する印象では、旅行前と旅行
今年度、5校が実施している。時間は2時間程度で、
後で「あまりよく分からない」と回答した生徒が18名か
交流内容としては、学校紹介、日本の紹介、地域文化の
ら5名に減少している。また、中国に対する見方が変わ
紹介などについて、生徒が考え準備した活動を行ったり、
ったかという問いに対しては、60名の生徒が「変わっ
現地校の生徒が準備した交流活動を一緒に行ったりする
た」と回答しており、生徒の中国に対する認識に何らか
ものが多い。
の変容が見られる。生徒の感想では、「中国に来てみて、
(イ)
体験学習
言葉や文化の違う人々が、こんなに日本からすぐに来る
体験学習は、太極拳、餃子作り、茶道、中国語など、
こ と の で き る 場所 で 生 活 し て い るこ と に 改 め て驚い
中国の文化を実際に体験することにより、異文化理解を
- 31 -
深めていこうとするものである。
(ウ)
についての話を聞いたり、簡単な中国語会話などを学習
班別自主研修
したりすることが考えられる。第2・3時の中国の訪問
班ごとに生徒の興味・関心に応じて市内研修の計画を
先の資料作成では、日本と中国との関係などについても
立て、大学生などのガイドが一緒に案内して、自主的に
調べるなど、単に観光ガイド的な資料作成とならないよ
研修を行うものである。このときのガイドとの交流も、
うに留意する必要がある。第4∼6時の交流活動の計画
生徒にとって貴重な交流経験になっている。
・準備では、学校紹介、自分たちの住んでいる地域の紹
(エ)
ホームステイ
介、日本の紹介など生徒が交流計画を立てて準備をする
今年度は、中国でホームステイを取り入れた学校はな
中で、日本や日本文化、地域への関心や理解を深めてい
かったが、中国でも生徒の家庭にホームステイやホーム
ることができる。事後学習となる第7∼10時は、修学旅
ビジットしたりすることや、一緒に市内の散策をしたり
行の状況や成果をまとめ、他の修学旅行コースの生徒と
することができる。なお、オーストラリアとニュージー
互いに発表し合うことで、視野をより広めていくことが
ランドではホームステイ(2泊)が行われた。
できる。また、海外修学旅行に参加していない生徒には、
⑸
事前・事後学習についての考察
ア
海外の様子を知るとともに異文化理解のよい機会となる。
イ
総合的な学習の時間の活用
ホームルーム活動の活用
ホームルーム活動では、海外修学旅行と関連させて、
修学旅行は特別活動に位置付けられるので、特別活動
と総合的な学習の時間の関連の在り方について考察した。
国際社会に関する認識を深め、国際社会に生きる主体的
学習指導要領解説では、それぞれの特質を十分に踏まえ、
な日本人としての在り方生き方を探求し、国際協調と豊
各学校において創意工夫を発揮した取組が求められると
かな国際交流の在り方を考えさせていく取組などが考え
している。その上で、実際の指導に当たっては、相互補
られる。
ウ
完的で、相互環流的な関係の在り方が探求されてよいと
教科・科目の授業の活用
指摘している。そのことは、総合的な学習の時間での学
各教科・科目の授業では、海外修学旅行に関連する授
習が特別活動の取組の中で生かされ、特別活動で体験的
業内容を工夫する取組が考えられる。例えば、中国に関
に学んだことが総合的な学習の時間での学習を充実させ
する場合、古典での漢文、世界史での中国史、日本史で
ることになることを意味していると考えられる。
の日中外交史、倫理での中国思想などの中国に関連する
授業内容を工夫したり、音楽で中国音楽を、家庭科で中
そこで、総合的な学習の時間を修学旅行の事前学習・
事後学習の時間として活用していくことで、国際理解教
国料理を取り上げたりすることなどが考えられる。
育の観点から見た海外修学旅行の成果を一層引き出す取
3
まとめと今後の課題
組が考えられる。今回、総合的な学習の時間を修学旅行
海外修学旅行での、外国人との交流や異なる文化に直
の事前学習・事後学習の時間として活用する場合の、10
接接する体験は、視野を広げ、国際感覚を養うとともに、
時間での指導計画案を作成した(表4)。
日本や日本文化を見直し理解することにつながる。そし
表4
て、短期間での海外体験を生かし、一層国際理解を深め
総合的な学習の時間の指導計画案
ていくためには、総合的な学習の時間などを活用するこ
1
ね
ら
い
時
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
進んで他国の文化に触れ学び、尊重しよう
とする態度を育てる。
2 日本と中国とのかかわりについて調べ、国
際社会に生きる日本人としての自覚を高め る 。
3 修学旅行の成果をまとめ、その成果を発表
することで、自分の考えを深め、他人の意見
を聞く態度を育てる。
活 動 内 容
中国人講師による講話
中国の訪問先の資料作成
中国の訪問先の資料作成
交流活動の計画
交流活動の準備
交流活動の準備
海 外 修 学 旅 行
修学旅行レポートの作成
修学旅行レポートの作成
修学旅行レポートのまとめ
修学旅行発表会
形
全
班
班
全
班
班
態
体
別
別
体
別
別
班
班
班
全
別
別
別
体
とによる事前・事後学習の計画的・総合的な取組が重要
である。
今後の課題として、総合的な学習の時間の活用方法の
更なる研究と、海外修学旅行に取り入れられてきている
現地高校生との交流活動の在り方やホームステイの在り
方について研究を進めていきたい。
主な参考文献
○剣持文彦・門田秀雄編
日本修学旅行協会
○文部省
『修学旅行のすべて2005』
2005
『高等学校学習指導要領解説
特別活動編』
1999
○愛媛県中国修学旅行調査団
査団報告書』
第1時の中国人講師による講話では、中国の文化など
- 32 -
2004
『愛媛県中国修学旅行調