2D および 3D 動画における滑らかで高速な動きの表現の研究

2D および 3D 動画における滑らかで高速な動きの表現の研究
伊藤裕之
(九州大学大学院芸術工学研究院・准教授)
1. はじめに
テレビ、映画、コンピュータの動画等、人工的なディスプレーにおいては、動きの表現はすべ
て「パラパラ漫画」のような静止画の連続提示で成り立っており、連続的な動きを直接表現でき
るディスプレーは現状では使用されていない。その一方、人間の視覚のメカニズムにおいては、
静止画の連続から動きを知覚する「仮現運動」とよばれる機能・特性があり、この特性なしには、
いかに高価なディスプレーを使用しても滑らかな動きは知覚されない。つまり、動きの表現はハ
ードウエアシステムと人間の視覚システムの共同作業で成り立っているのである。したがって、
ハードウエアを改善すると共に、人間の視覚の研究を行い、最適な動画表示を行うことが必要で
ある。そこで、本研究では、静止画の連続による動画においては破綻しやすい、高速な動きの表
現を扱う。
2.モーションライン
モーションライン(motion line)は、スピードライン(speed line)、アクションライン(action line)
その他様々な呼称がある、漫画およびアニメーションの表現技法のひとつである。高速で動いて
いるように表現したい対象の主に後ろに、動きの軌跡に沿った線を描く手法であるが、奥行方向
の移動を表現する場合や、しばしば動きの軌跡とは関係の無い線が使われる場合があり(Ito, Seno
& Yamanaka, 2010)、しかも静止画か動画かにかかわらず有効であることから、画像のリテラシ
ーを含めた多くの要素がからみあって成立しているものと思われる。さらに、視覚現象としては、
path-guided 仮現運動(Shepard & Zare, 1983)、Illusory line-motion (Hikosaka, Miyauchi &
Shimojo, 1983)、 transformational 仮現運動 (Tse, 2002 )との関連性も考えられるが、動画提示
の手法としてはあえてそれらを区別する必要はうすい。仮現運動の最適な範囲を超えた場合のな
めらかな動きの表現として、モーションラインが有効に機能することが考えられる。
3.知覚実験
ここでは、モーションラインが仮現運動に及ぼす影響についての実験を紹介する。仮現運動を
起こす対象は正方形であり、第1フレームにて提示した後、第2フレームで消失し、第3フレー
ムで再び場所を変えて提示された。第2フレームでは、モーションラインのみが提示された。
最初の実験では、モーションラインによって仮現運動が生じるフレーム間の移動距離の限界
(Dmax)が大きくなるかどうかを調べた。第1フレーム提示時間、第2フレーム提示時間を変化さ
せると共に、モーションラインの描き方も変化させた。その結果、第2フレーム(モーションラ
インの提示時間)が長くなると移動距離の限界は長くなる傾向が見られたが、モーションライン
が、第1フレームと第3フレームの対象間に提示された条件、第1フレームと第3フレームの対
象を含んで画面のすみまで延長されたモーションラインの条件、全画面に平行なラインが引かれ
た条件との間において有意な差は見出されなかった。また、第1フレームから第3フレームまで
モーションラインを提示し続ける条件との間においても有意な差が見られず、Dmax そのものに
及ぼすモーションラインの効果は顕著とはいえない。
次の実験においては、Kim & Francis (1998 )が用いた曖昧な仮現運動におけるモーションライ
ンの優位性について調べた。この実験においては、上記の条件のうち、第2フレームにのみかつ
仮現運動する対象の間にモーションラインが提示された条件でのみ、仮現運動が強くなり、第2
フレームが長いほど(ただし133ms まで)その効果が高まった。
3番目の実験においては、上記のモーションラインの効果が両眼立体視による3D 動画におい
てどのように機能するかを調べた。この実験では、第2フレームに提示するモーションラインに
視差をつけ、仮現運動する対象より手前に見えたり奥に見えたりするよう変化させた。その結果、
仮現運動する対象とモーションラインは奥行位置が一致する必要はなく、手前に見えていても奥
に見えていても同様に仮現運動を強化することがわかった。つまり、モーションラインの効果は
2D の表象において成立しており、3D 動画においても機能する反面、仮現運動の奥行移動感を
強化する効果は弱いことが予想される。
4番目の実験においては、モーションラインと仮現運動する対象を両眼分離提示した。たとえ
ば、仮現運動する第1フレームと第3フレームの対象を右目に提示、第2フレームのモーション
ラインを左目に提示した。このときの仮現運動の強さとすべてのフレームを右目に提示したとき
の強さを比較した。その結果、仮現運動は、同一の目に提示しても他方の目に提示しても同じ効
果を示した。このことは、モーションラインの効果が両眼性 OR の性質をもっており、どちらの
目からの情報であるかを区別しない処理システムによっていることを示しており、比較的高次の
運動処理レベルによる現象であることを示唆している。
4.まとめ
本研究では、動画表示の基礎である仮現運動においてモーションラインを用いることによる効
果を検証した。その結果、Dmax そのものを拡張する証拠は得られなかったが、曖昧な仮現運動
の解決という意味においては、確かにその効果は確認された。またモーションラインは両眼視差
による立体視場面においては、奥行位置がずれていても機能するなど、2D の表象における仮現
運動を強調する効果が得られた。人間の視覚システムにおいては、両眼性 OR の特性を示す比較
的高次なレベルの運動処理であることが確認された。
研究業績
[1]Ito, H. (in review) Binocular-OR Property of the Motion-Line Effect on Apparent-Motion
Correspondence.