動物実験における環境エンリッチメント の現状と今後

動物実験における環境エンリッチメント
の現状と今後
(公社)日本実験動物学会 維持会員懇談会
中央大学駿河台記念館
2015年11月27日
アステラスリサーチテクノロジー株式会社
小山公成
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環境エンリッチメントへの取組み
• Guide for the Care and Use of Laboratory
Animals 8th Edition” ILARのガイド 第8版
「環境エンリッチメントの主要目的は、動物のウエルビーングを
増進することである。環境エンリッチメントは動物種に固有の行
動を発現しやすくなるような刺激、構造物および資源を提供す
ることによって達成することができる」
• Reinhardt and Reinhardt (2002)
「環境エンリッチメントは刺激の少ない環境において、動物種に
適した行動的および心理的活動の発現を促進するための刺激
を用意することである。」
2
“各動物種が本来保有する習性及び行動
を、より尊重する飼育形態“
小山公成「動物福祉への取組み-AAALAC認証を通して-」安研協総会(2012)引用
環境エンリッチメントの分類
空
間
 行動特性に配慮した空間
 広さ・高さに加えて、空間内容を
充実
ex.
自由な行動ができるケージサイズ
立ち上がれる、垂直行動が可能
多様な行動が可能なケージ構造
隠れ家、止まり木、ハンモック
運 動
 運動能力の高い動物に運動の機
会を与える
ex.
イヌ・ネコのケージ外での運動
社会性
 動物間の社会性
 人への馴化
ex.
群飼育、隣接ケージの動物と物理
的・視覚的・社会的な交流
人への馴化・親和性向上
飼育環境・実験への馴化
感 覚
 五感を刺激して、環境に変化をも
たせる
ex.
動物種に見合った玩具、鏡
餌の多様化・接触時間延長
巣材・齧り木
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音楽、映像
小山公成「動物福祉への取組み-AAALAC認証を通して-」安研協総会(2012)引用
実験動物に関する規制の世界の動き
2010
国際獣疫事務局実験動物福祉綱領施行
Terrestrial Animal Health Code” by OIE: World Organization for Animal Health
EU実験動物保護法の改正
Directive 2010/63/EU” by the European Commission, then amended by the
European Parliament and the Council, the grouping of EU ministers.
国際的な動物実験指針や法規が
相次いで改正され、動物のウエル
2011
第8版ILARのガイド発行
ビーングの向上が望まれている。
Guide for the Care and Use of Laboratory Animals” by Institute for Laboratory
Animal Research 8 th Edition
CIOMSの動物実験の国際的指導原則改定
International Guiding Principles for Biomedical Research Involving Animals
“by Council for International Organizations of Medical Sciences (CIOMS)
&International Council for Laboratory Animal Science (ICLAS)
2012
動物の愛護および管理に関する法律改訂(日本)
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小山公成「動物福祉への取組み-AAALAC認証を通して-」安研協総会(2012)引用
動物実験に関する国内外の基準、
ガイドラインと環境エンリッチメント
“Guide for the Care and Use of Laboratory Animals Eighth Edition” Institute
for Laboratory Animal Research. 日本実験動物学会監訳(2011)
「エンリッチメントのプログラムは、動物実験委員会、研究者、および獣医師によって定期的に検討し、
当該エンリッチメントが動物のウエルビーングにとって有益であり、かつ動物の使用目的にも合致して
いることを確認すべきである。」
“EUROGUIDE On the accommodation and care of animals used for
experimental and other scientific purposes” Federation of European
Laboratory Animal Science Associations. 池田卓也・黒澤努 監訳、日本実験動物環境研
究会編 (2009)”
「環境エンリッチメント・プログラムは次のように行う。○動物にとって可能な行動特性の幅を拡大し、
その対処行動を高める。○種特異的要求ならびに個体の要求に適合する。○定期的に見直し、更
新する。○新知見を取り入れる柔軟性がある。○新しい取り組みの場合、モニターし、必要に応じて
調整する。」
“実験動物の飼養及び保管並びに苦痛の軽減に関する基準” 環境省告示(2006)
「管理者は・・施設において・・実験動物の生理、生態、習性等に応じた適切な整備に努めること。」
「実験等の目的達成に支障を及ぼさない範囲で、個々の実験動物が、自然な姿勢で立ち上がる、
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横たわる、羽ばたく、泳ぐ等日常的な動作を容易に行うための広さ及び空間を備えること。」
アステラスにおける環境エンリッチメント
への取り組み
背 景
 動物福祉に対する国内外の法令・社会的要請の高まり
 2008年並びに2010年のAAALAC調査において、環境エ
ンリッチメントの充実についてSuggestionを得た
 ILARのガイド第8版が求める環境エンリッチメントへの対応
 環境エンリッチメントの充実が実験の質の向上に寄与できる
と判断
 環境エンリッチメント使用により、動物の状態の好転が認めら
れた
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小山公成「動物福祉への取組み-AAALAC認証を通して-」安研協総会(2012)引用
アステラスにおける環境エンリッチメント
への取り組み
 ~2005年 ILARガイド第7版を意識した取り組み
 ケージサイズ・構造、声かけ、小動物の群飼育、床敷等
 2006年~ 社内マニュアルの策定・使用開始
 ケージ間でコミュニケーション可能なケージ導入、ペアハウジングの試み、玩
具・音楽・副食の提供
 2008年~ AAALACからのSuggestionに従い、マニュアルを強化
 玩具使用の拡大・多様化、ペアハウジング開始、イヌの運動、ケージ、玩具
の多様化、飼料摂取方法の改善(パズルフィーダー)
2010年~ 社内WGをつくり、ILARのガイド第8版に沿った“エンリッチメントガ
イドライン”の運用
 全動物にエンリッチメント提供、IACUCで審査、標準エンリッチメント確定、
玩具のローテーション化、イヌ運動program、サルの群飼育
 2013年~ 効果の測定、人との親和性向上への取り組み
 提供後の動物の評価、人と動物の協力体制構築のため親和性トレーニン
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グ開始(サル)
小山公成「動物福祉への取組み-AAALAC認証を通して-」安研協総会(2012)改変
環境エンリッチメントの利用プログラム
エンリッチメント利用の前提条件
 原則としてすべての動物にエンリッチメントを使用
 実験に影響等から使用できない場合はその科学的妥当性を
IACUCで審議
 動物の行動・習性、安全性、清掃・消毒管理、実験・飼育への
影響を考慮し、動物種毎の標準使用のエンリッチメントを定めた
 導入後は定期的に使用状況をモニターし、適正の評価やロー
テーションを検討
エンリッチメントプログラム
 原則、標準使用エンリッチメントを使用
 標準外のエンリッチメントを使用する場合は各動物種や飼育・実
験条件に適したエンリッチメントを選択
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小山公成「動物福祉への取組み-AAALAC認証を通して-」安研協総会(2012)引用
マウスのエンリッチメントプログラム
 床敷及び群飼
 金網ケージで飼育の場合(IACUCで審議)は、レスティング
ボードもしくはシートを使用
 標準使用エンリッチメント
巣作り用シートまたはハウス(紙・プラ製)
ファイティング等が有る場合はハウス、トンネル等を使用
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小山公成「動物福祉への取組み-AAALAC認証を通して-」安研協総会(2012)引用
ラット・モルモットのエンリッチメント
プログラム
 床敷及び群飼
 金網ケージで飼育の場合(IACUCで審議)は、レスティング
ボードもしくはシートを使用
 標準使用エンリッチメント
かじり棒(木・プラ製)またはハウス(プラ製)
ファイティング等が有る場合はハウス、トンネル等を使用
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小山公成「動物福祉への取組み-AAALAC認証を通して-」安研協総会(2012)引用
ウサギのエンリッチメントプログラム
 床面が平板のケージで飼育
 標準使用エンリッチメント
プラスチック製玩具(体調等に応じてチモシーキューブ)
コンベンショナル動物の場合、野菜を給与
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小山公成「動物福祉への取組み-AAALAC認証を通して-」安研協総会(2012)引用
イヌのエンリッチメントプログラム
ペン型ケージ、連結ケージ
樹脂コーティングの床網のケージで飼育
可能な限りペアもしくはグループで飼育
ケージ洗浄時に仕切り板を外して他のイヌとのコミュニケーション
を図る
 連結したペン型ケージや飼育室内等の広い場所で運動
 標準使用エンリッチメント
数種類の玩具をローテーションで供与




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小山公成「動物福祉への取組み-AAALAC認証を通して-」安研協総会(2012)引用
サルのエンリッチメントプログラム1
 垂直方向の動きが可能な高さのあるケージ
 とまり木やレスティングボードが設置されたケージ
 隣接ケージとの仕切り板を透明板もしくは網状の板で、隣の個
体とコミュニケーションが可能
 群飼ケージ内には、吊り輪、タイヤ、ブランコ等の遊具を設置
 ペアもしくはグループで飼育
 標準使用エンリッチメント:すべての動物に数種類の玩具を定期
的にローテーションして与える
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小山公成「動物福祉への取組み-AAALAC認証を通して-」安研協総会(2012)改変
サルのエンリッチメントプログラム2
 日常的に副食を与える。また、人とのコミュニケーション向上のた
めに嗜好性の高いグミや果物等を利用
 摂食時間の延長を目的として“パズルフィーダー”を使用
 脱毛、便異常、常同行動、自傷などが頻繁に見られた場合は、
隣接ケージのサルとの相性を考慮して収容ケージを移動する等の
処置をとる
 人との親和性向上トレーニングを開始、実験に協力的にすること
で、サル、ヒトのストレス低減、安全性向上を図る
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小山公成「動物福祉への取組み-AAALAC認証を通して-」安研協総会(2012)改変
佐竹弘幸他「マカクザルにおける群飼育の取り組み」 日本実験動物技術者協会総会(2014) 引用
サルの人への親和性トレーニング
エンリッチメント(トリーツ)を用いて、サルへの接触回数を増やすこ
とで、サルのヒトへの親和性を高める飼育方法にチャレンジした。
【方法】
 トリーツ(レーズン)を手渡しで与える
 レーズンの1日3回給与で、サルへの接触回数5回に増やす
 サルの性格に合わせて、レーズンの与え方を変える
【結果】
 サルが人を怖がらなくなり、威嚇行動、忌避行動をとらなくなった
 サルを保定する際に、暴れることがなくなった(=安全)
 サルの異常行動(常同行動、自傷、毛抜き)や異常所見(下
痢、脱毛)が少なくなった
 サルの精神・生理を安定させる必要のある実験が可能になった
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西本愛「カニクイザルにおけるヒトへの親和性強化トレーニングの雌雄差につい
て」日本実験動物学会総会(2015)引用
その他動物種のエンリッチメント
プログラム
ネコ
 とまり木が設置されたケージで飼育し、玩具を供与
 実験に影響のない範囲でグループ飼育
 群飼ケージ:爪とぎ、タワー、レスティングボードを設置
フェレット
 ハンモックあるいはコンテナを設置
ブタ
 定期的にケージを連結し、ペアもしくはグループ飼育
 標準使用エンリッチメントとして、玩具を供与

人とのコミュニケーションの向上のために、副食を利用
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小山公成「動物福祉への取組み-AAALAC認証を通して-」安研協総会(2012)引用
環境エンリッチメントの使用の
実感と課題
研究員・飼育者の実感
 実験への具体的な悪影響はない
 使用継続で抵抗感がなくなった・当たり前になった
 動物の状態が明らかによくなった
 動物がおとなしくなり、安全に実験できるようになった
環境エンリッチメントの導入は一気に進んだ
実際の供与効果に加えて、飼育者・研究者の意識が変化
 使用に際しての課題
 実験への影響(動物が齧ったり、飲み込んだりする、遊ぶこ
と・・)が明確でない
 実験や飼育面で効率が悪くなる場合がある
 コストや管理のための工数が増大する
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小山公成「動物福祉への取組み-AAALAC認証を通して-」安研協総会(2012)改変
環境エンリッチメントの現状と今後
まとめ
 実験動物のウエルビーング向上が求められている
 国外ガイドラインで環境エンリッチメントの使用が推奨されている
 国内でも環境エンリッチメントの使用が一般的になりつつある
 環境エンリッチメント使用による効果が明らかにされてきている
 環境エンリッチメント使用による効果が実感されてきた
今後、環境エンリッチメントの使用が更に一般的になると思われる
 環境エンリッチメントの実験への負の影響は明確にされていない
 環境エンリッチメント使用のコスト増といった側面も存在する
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環境エンリッチメント使用の
今後の取り組み
動物の生理・行動に与える影響評価
動物種毎の最適な環境エンリッチメントの評価
実験に与える影響の評価(実験の種類別)
提供方法の最適化(ローテーション等)
飼育・実験効率やコストダウンの検討
エンリッチメントプログラムを順次改訂して最適化
個別の実験に適するエンリッチメントを選択・使用
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最後に
Quality Animal Care and Use
equals
Quality Science
実験動物への感謝の念を忘れず、適正なケア
の提供に対して継続した努力が求められる。
謝辞
本発表の機会を与えていただきました、
(公社)日本実験動物学会
理事長
浦野
(公社)日本実験動物学会
中外製薬㈱
渡部
㈱ボゾリサーチセンター 阪川
東京大学
桑原
実験動物中央研究所 高橋
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徹 先生
財務特別委員会
一人 先生
隆司 先生
正貴 先生
利一 先生
に感謝申し上げます。