呼吸困難と呼吸不全

研修医のための小児救急ABC
Ⅱ.症候
呼吸困難と呼吸不全
さいとうひろひさ
斎藤 博久 国立成育医療センター研究所免疫アレルギー研究部
要旨
はじめに
救寿外来においてしばしば遭遇する呼吸困 救急外来において,しばしば遭遇する呼吸困
難や呼吸不全を呈する小児の診療の進めかたに
難や,呼吸不全を呈する小児の診療の進めか
たについて.とくに呼吸器ウイルス感染と気
ついて記載する.研修医は,小児病棟において
管支喘息を中心に述べる,呼吸困難の定義は.
新生児,先天性心疾患,神経筋疾患,悪性腫瘍
文字どおり.呼吸するときに不快と感じる主
末期などの呼吸不全患者と遭遇する機会も多い
観的な経験のことで.呼吸不全の症状である
と思われるが,本特集号の趣旨を考え,呼吸器
低酸素血症や高炭酸ガス血症は必ずしも含ま
ウイルス感染と気管支喘息を中心に述べる.
れない.小児は成人と比べ解剖学的.生理的
特徴により急速に呼吸困難をきたしやすい.
呼吸困難と呼吸不全
迅速に呼吸困難症状を見極めることが重要で
ある.
呼吸困難(dyspnea)は,米国呼吸器学会の定
義1)によれば“asutりeCtlVeeXPerienceofbreath−
1ngdiscomfortconsistlngOfqualitativelydistinct
sensationsthatvaryinintensity”を意味する.つ
まり,呼吸困難という日本語(語源ギリシャ語
の意味の直訳)は客観的な状態を示したtachyp−
nea(多呼吸)などの症状を伴うが,基本的に主
観的な状態について説明している用語である.
呼吸困難の定義には,呼吸不全の症状である
呼吸困難
呼吸不全
気管支喘息
hypoxia(低酸素血症)やhypercapnea(高炭酸
RSウイルフ
「呼吸不全」調査研究班2)によって定義されて
ライノウイルス
いる通り,「肺がガス交換を果せなくなった状
ガス血症)は必ずしも含まれない.
一方,呼吸不全は1996年厚生省特定疾患
態」のことであり,「喚気不全またはガス交換
0386−980‘ノ0‘〝1α)/頁〝CLS
′ト児科診療・200()年・5号(89)705
障害または同者の合併」によりもたらされる.
すい.その理由として,表1に示すような多く
血液ガス所見としてⅠ塑:低酸素血症のみ
の原因がある.これらの解剖学的,生理的特徴
(PO2<60to汀)とⅢ型:低酸素血症と高炭酸ガ
を理解して迅速に呼吸困難症状を見極めること
ス血症(PCOz>45to汀)の二つに大別され
が重要である.もっとも重要な指標としては,
る.急性呼吸不全では,血液ガス所見と呼吸困
意識障害の有無,陥没呼吸など呼吸パターンの
難に関連する諸症状は相関するが,慢性呼吸不
変化,皮膚や口唇のチアノーゼの有無,起坐呼
全では高炭酸ガス血症に呼吸中枢が順応してし
吸などの体勢の変化,食欲などがあげられる.
まい必ずしも相関しない.
客観的な呼吸困難時の指標としては第一に多
呼吸があげられる.しかし,年齢により正常な
呼吸匝 )メカ=ズム
表1小児が成人よりも呼吸困難.呼破不全をきたしや
すい理由
化学的刺激,神経刺激,機械的刺激,情動不
安などのメカニズムにより呼吸困難を感じる.
1.解剖学的な間毘
1)気道抵抗が増加していること
化学的刺激とは低酸素ヤ高炭酸ガスの血流が呼2)気道のサイズが小さい=浮腫や分泌物により容易
吸中枢に達することにより,呼吸困難を感じて
呼吸のパターンを変化させる.神経刺激を感じ
るのは,おもに気道平滑筋に存在するstretch
receptorと気道上皮に存在するimtantreceptorで
ある.気管支喘息などで肺が過膨脹した状態で
は,気道平滑筋は刺激される.そしてstretch
receptorを介して神経反射により気管支を収縮
させようとするので患者は,胸を締めつけられ
るような感覚を訴える.ほこりなどの異物,窒
に閉塞しやすい
3)喉頭や気管軟骨=頭部の屈曲や伸展により気道閉
塞がおこる
4)胸郭が柔らかく陰庄がかかることにより容易に胸
壁が内側に動く(陥没呼吸:呼吸不全の最初の
サインとして重要),そのことにより小児は胸郭
内庄を増加させることが困難となる
2.肺の応答性の問題
1)比較的数が少なくサイズの大きな肺胞(換気能
力の余力が少ない)
2)腹部が膨脹しやすい=横隔膜の動きが制限されや
すい
素酸化物などの化学物質の吸入により気道上皮3)肋間筋があまり発達していないので強制呼吸を横
隔膜に依存している
細胞上のirrltantreCeptOrが刺激されると,神経
反射により急速な気管支平滑筋の収縮がおこり,
あえぐような浅い呼吸状態が出現する.気管支
喘息患者では,このimtantreceptorを介した神
経反射が克進している.気管支喘息の本質的な
3.生理学的原因
新陳代謝が速く,酸素消費量が大きい=より速く呼
吸することが必要
赤血球のヘモグロブリンの酸素運搬能力が低い
比較的に大きい体表面積
病態は下気道において好酸球や肥満細胞などの
炎症細胞が増加し,活性化されている慢性炎症
であるが,麻酔を施すことにより重積発作でさ
えも改善するのは,上記の神経反射が病態に必
須だからである.
・ll児の呼吸の特徴
車齢別生理的脈拍数,呼吸数早見表
表3 小児の人工呼吸器の適応(文献3)より引用)
A.絶対適応
1)不適切な肺胞換気
ても,ライノウイルスなどの呼吸器ウイルス感
染がしばしば合併していることが判明しており,
実際上,鑑別が困難なことが多い.一般的には
●無呼吸
▼PaCO2>50∼55to汀(慢性高炭酸ガス血症を
除く)
●急速に進行する低換気状態:PaCOヱの上昇など
2)動脈血の不十分な酸素化
●チアノーゼ(FiO2=0.6以上にて)
●PaOユ≧75to汀(FiO2±0.6以上にて)
●その他の酸素化能障害の指標
A−aDO2>ユ00torrなど
B.相対適応
1)換気パターン,機能の保持
●頭蓋内圧完進
●循環不全
2)呼吸による代謝消費量を減らす
気管支喘息発作では,/9三刺激薬吸入により,呼
吸機能が速やかに改善するとされているが,大
発作においては紺気管支炎と同様反応が悪い場
合が多い.したがって,呼気性呼吸困難を伴う
ウイルス性の神気管支炎や呼気性呼吸困難を伴
う気管支炎の治療は,喘息発作の治療に準じて
行われている.もちろん,呼吸不全の徴侯がみ
られたときは,すぐに人工呼吸を開始できるよ
うに体制を整えておく必要がある.
呼気性呼吸困難を訴える気道感染をおこす代
●慢性呼吸不全
表的なウイルスは,3歳以下ではRSウイルス,
●循環不全
4歳以上ではライノウイルスであるといわれて
いる.RSウイルスは代表的な乳幼児の細気管支
呼吸数が異なることを理解する必要がある(表
炎の原因ウイルスである.乳幼児期にRSウイ
2).
ルスによる細気管支炎をおこす場合,将来喘息
に移行する確率が高まる.しかし,これはアレ
人工口
ルギー疾患全般の発症には影響しない4).いず
れにしても,呼吸困難を伴うウイルス感染症が
乳幼児期の呼吸不全の診断基準は臨床症状と
疑われる乳幼児症例において,RSウイルスの迅
して,呼気性呼吸音の低下あるいは消失,高度
な陥没呼吸,チアノーゼ(FiO2=0.4以上のと
速診断は非常に重要な診断的価借をもつ.
ライノウイルスは,鼻かぜ症状をひきおこす
き),意識レベルおよび痛覚反応の低下,筋緊
もっともありふれたウイルスで症状を欠く健常
張の低下などがあり,血液ガス分析値はPaCO之
児の20%に検出されるほどである.また,喘息
≧75to汀,PaO2≧100torr(FiO2=1.0にて)が
発作にて政急外来を受診する患児の8割以上に
指標となる.小児の人工呼吸器管理の適応を表
ライノウイルスが検出されるので,発作の誘因
3に示すとおりである.詳細は引用文献j)を参
として重要であると考えられている.乳幼児期
照されたい.
には無症状にもかかわらず,ライノウイルスが
検出される場合が多いが,和気管支炎症状を呈
呼吸器ウイルス感染と呼吸困難
することもあり,そのような乳児は将来,喘息
に移行することが多い5).なお,RSウイルスが
乳幼児期に呼吸困難をきたす疾患として,RS
冬季に流行するのに対し,ライノウイルスは春
ウイルスなどによる和気管支炎が多いことがよ
と秋に流行する.ウイルス感染症の診断に関し
く知られている.しぼしば気管支喘息の初発作
との鑑別が問題になるとされているが,ダニア
て,流行時期を才巴撞,あるいは情幸糾文集するこ
とがもっとも重要であることはいうまでもない.
レルギー反応が関与した気管支喘息発作においその他の呼吸困難をきたす呼吸器ウイルス感
小児科診療・2006年・5号(91)l707
染症としては,パラインフルエンザウイルスに
内異物など,別な原因を考慮すべきである.
よる急性喉頭炎がよく知られている.冬季に悪
化することが多い.この場合は,下気道ではな
気管支喘息発作の治戸’+
く上気道の炎症による気道閉塞,呼吸困難が主
喘息発作といっても軋′{伊)′から急速に呼
体であり,吸気性の呼吸困難を呈する.アドレ
ナリンやステロイド薬の吸入が有効である− な
吸不全状態に陥るものまで広い幅があり,また
お,話は変るが食物アレルギーなどによるアナ
個人差も大きい.重症の患者においては,強い
フィラキシー反応において,重篤な例では上気
呼吸困難を訴えないのに,PaOユの低下が認めら
道の浮腫により急性喉頭炎と同様な気道閉塞症
れる症例が存在することが多い.発作の原因と
して,小児喘息患者においてはダニに対するア
状が出現する.この場合は,全身の血管拡張,
血祭成分の血管外への流出が本態であるので,
レルギー反応がもっとも重要である.しかし,
中発作机以上の場合,ダニに対するアレルギー
発症一時間以内のアドレナリンの筋肉注射が必
反応が潜在的で持続的な気道炎症を持続させ,
要である.
その状態でライノウイルス感染が引き金となる
生後3カ月までは母体からの免疫グロブリン
の移行により,これらの呼吸器ウイルス感染症
ことが多いことも判明している5).
わが国の中等症6)以上の喘息患者は,自宅に
に雁患することはほとんどない.そして,5歳
吸入器を保有していることが多いので,発作時
以上の場合は気管支喘息を発症している息児で
もない限り,呼吸器ウイルス感染のみで呼吸困
には自宅でノブ2刺激薬を使用していることが多
難をきたすことはほとんどなくなる.したがっ
い.また,スパイロメ一夕一による一秒率測定
て,生後3カ月以下あるいは,5歳以上で,喘
値と同様に気道の収縮や,閉塞状態を反映する
ピークフロー(PEF)の簡易型測定装置も普及
息を発症していない息児が急に呼吸困難を訴え
しているので,患者は日誌に毎日の測定値を記
来院した場合は,たとえば,ピーナッツに気道
表4 医療機関における小児喘息の急性発作に対する治療(文献‘)よF」引用)
菜
÷\ぬゝTェ
β∼吸入爺 β豪吸み鍵
・
>60%
.∴
の吸入
>80%
.
≡一’、
窒三1孟芸孟慧
92一−95%
30∼60% 50、80% ●β2刺激薬の吸入反復
●アミノフィリンの静注,点滴静注
儀
著明な喘鳴,呼吸困難.起 91%以下
坐呼吸を呈し,時にチア
<30%
ノーゼを認める
<50%
●酸素吸入下でのβユ刺激薬の吸入
●アミノフィリンの点滴静注と輸液
●アシドーシスの補正
●ステロイド薬静注
●イソプロテレノール持続吸入
著明な呼吸困難,チアノー 91%以下
呼
吸
ゼ,呼吸音減温床便失禁, (酸素投与下で)
不 意識障害(痔痛などへの反
測定不能 測定不能 ●上記治療継続
金 応低下)
ヰl:木方イドラインにて,動脈血酸素飽和虔(SpO】)の測定は強く推奨されている
*ヱ:ピークフロー(PE甘)測定値は自己ベストあるいは予測値を100%とする
70$l(92)小児科診療・第69巻・5号
●ステロイド薬増量
「ソプロテレノール増量吸入
し工呼吸考慮
載することを推奨されている.したがって,救
急外来にてこれらの患者を診察する場合,普段
の投薬,自宅で吸入の回数等をよく確認する必
要がある.これらのことを判断した上で,小児
気管支喘息,管理診療ガイドライン(表4)4ノに
従い,診療をすすめる.
なお,喘息発作には気道炎症が伴っており,
●文 献
l)AmericanThoracicSociety:Dyspnea.AITLJRespir
Crlt Care Med159:321−340,1999
2)厚生省特定疾患「呼吸不全」調査研究班:呼吸
不全一診断と治療のためのガイドライン.メ
ディカルレビュー社,東京,199()
3)安田 正:小児疾患の人工呼吸管軋 小児科診
療12:2157−216】,2004
4)HendersonJ,Hilliard TN,Sherriff A et al.:
発作を治療しても根本的な原因の解決にはなら
Hospitaliza【ion for RSV bronchio]itis before12
ない.根本的な治療手段として,普段の発作を
mont71S OfaBe and subsequent asthma,atOPy and
コントロールする薬剤をガイドラインに従って
Wheeze:alongitudinalbirtllCOhor【Study.Pediatr
持続的に佗用しているのかどうか,Pl三Fの測定
A]lergylmmunol16:3B6392,2005
を毎日行っているなどの自己管理は十分である
5)LemanSkeRFJr.,JacksonDJ,GangnonREetal.:
かどうかなどをチェックし,指導することが発
Rhinovirusillnessesduringinfancypredic【subse
作治療以上に重要である.なお,発作をコント
quentchildhoodwheezlng.JALlergyClir]lmmunol
ll():571577,2005
ロールするための第一選択薬としては,フルチ
6)日本小児アレルギー学会:小児気管支口乱良治療・
カゾンヤプデソニドなどの全身移行の少ない特 管理ガイドライン2002.協和企画出版,2004
殊構造をもつ吸入ステロイド薬である.
著者連絡先
〒157−8535 東京都世田谷区大蔵2−10−】
おわりに
小児の呼吸困難は,低年齢であるほど急速に
国立成育医療センター研究所
免疫アレルギー研究部
斎藤博久
進行する.救急外来における児の呼吸困難の程
度の把撞は迅速でなければならない.ゆっくり
判断している暇はないので躊躇したら,すぐに
専門医に相談することも必要である.
小児科診療・2006年・5号(93)709