要旨 - 日本保険学会

【平成 20 年度日本保険学会大会】
報告要旨:久保英也
生命保険買取制度における買取価格の評価
滋賀大学
久
保
英
也
200 5 年 11 月 17 日 の 生 命 保 険 の 買 取 に 関 す る 東 京 地 裁 の 判 決 ( そ の 後
200 6.3.2 0 東 京 高 裁 の 東 京 地 裁 の 原 審 支 持 、20006.1 0.12 の 同 上 告 を 退 け る 判
断)は、保険契約者及び保険金受取人を買取会社に変更する際の保険者の同
意について、生命保険会社の同意拒否は権利の濫用や信義則違反には該当し
ないという判断を示した。一方、同判決は、保険者の裁量を広く認めつつ、
傍 論 と し て 、原 告( 契 約 者 )の 窮 状 に は 一 定 の 理 解 を 示 し 、
「買取事業者に対
する規制も含めた保険買取に関する法令の整備や保険者の同意の可否基準に
つ い て の さ ら な る 議 論 を 今 後 必 要 と す る 」と の 問 題 提 起 を 同 時 に 行 っ て い る 。
欧米では、生命保険の買取制度は、一定の規制の中で国民に受け入れられ
ている。国民の保険買取会社や買取ブローカーへのアクセスはインターネッ
トなどを通じ非常に簡便なものとなっている。その範囲も従来の重篤な疾病
に よ る 余 命 2 年 以 内 の 限 定 的 な 被 保 険 者 が 利 用 す る 制 度( VS と 呼 ば れ て い る )
か ら 、65 歳 以 上 の ご く 一 般 の 高 齢 者 が 自 分 の 財 産 ポ ー ト フ ォ リ オ を 見 直 す た
め に 利 用 す る 制 度( LS と 呼 ば れ て い る ) に 変 化 し 、汎 用 性 の あ る 市 場 と な っ
て い る 。 今 後 、 ア メ リ カ は 、 ベ ビ ー ・ ブ ー マ ー 世 代 が 高 齢 化 し 、 LS 適 合 年 齢
で あ る 65 歳 に 到 達 す る こ と か ら 確 実 な 成 長 市 場 と な る と の 見 方 多 い 。市 場 規
模 は 、 現 在 の 約 5000 億 円 が 2010 年 に は 1 兆 6,000 億 円 に ま で 拡 大 す る と 試
算されている。
一言で、生命保険の買取といってもその内容は、欧州とアメリカでは大き
く異なっている。すなわち、欧州の保険商品は、キャッシュバリューが高い
貯蓄性商品が主であり、まさに財産としての生命保険の流通市場の役割を果
たしている。一方、アメリカでは死亡保障商品が主力であり、不確実性の高
い死亡保険金の前払いを実現する市場である。日本の生命保険市場のアメリ
カのとの類似性やアメリカ以上に厳しい高齢化社会を迎える中で高齢者の経
済的基盤を強化する意味においても、海外の動きを参考に、生命保険市場の
本来の役割をさらに強化する保険買取の仕組みを日本においても考えていく
ことが重要である。
生命保険の買取制度をめぐっては、アメリカでも、①当初から投資対象と
し て 意 図 さ れ た 被 保 険 利 益 の 乏 し い 買 取 ( IVO と 呼 ば れ て い る ) の 増 加 、 ②
保険金に比してかなり低い買取価格への疑問(買取会社や介在ブローカーの
高 手 数 料 )、③ 不 十 分 な 投 資 家 保 護 、な ど 解 決 す べ き 問 題 が 数 多 く 存 在 し て い
【平成 20 年度日本保険学会大会】
報告要旨:久保英也
る。
本 論 文 で は 、契 約 者 変 更 に 伴 う 保 険 会 社 の 承 認 な ど の 法 的 議 論 は 他 に 譲 り 、
同市場が健全な姿を維持し、さらに発展する際に鍵となる「買取価格の妥当
性 」 の 評 価 を 目 的 と す る 。 買 取 市 場 は 、 情 報 の 非 対 称 性 が 高 く 、 か つ 過 去 20
年間にわたり市場の実際の取引から買取価格が形成されてきた歴史的特性を
有する。公正な買取価格の評価は、前述①と②の問題点の解決に寄与すると
ともに、契約者・被保険者にとっても、また投資家にとっても極めて重要な
命題である。
本論文の大まかな構成(目次)は、以下の通りである。
1. 欧 米 の 生 命 保 険 買 取 市 場 と 買 取 事 業 の 概 要 。
2. NAIC モ デ ル 法 に よ る 契 約 者 保 護 と 投 資 家 保 護 の 実 情 。
3. 欧 州 と ア メ リ カ に お け る 買 取 契 約 の キ ャ ッ シ ュ フ ロ ー と IRR の 算 出 。
4. 死 亡 保 障 契 約 の 買 取 価 格 の 妥 当 性 の 検 証 。
買取価格の評価については、上記 3 で、欧州の買取会社の売却リストにあ
る買取契約の利回りを算出し、投資家に受け入れられるものかどうかを判断
する。次に、アメリカの買取契約において死亡保険金が契約者、買取会社、
買取ブローカー、投資家などの利害関係者にどのように分配され、また、被
保険者の死亡時期によりどのように投資家利回りが変化するかを分析する。
次に、上記 4 では、死亡保険金前払い型の買取について価格評価を行う。
買取の対象となる保険契約は、大きな保険母体から特定の少数契約を抜き出
すことになるため、相当高い死亡率に見合う責任準備金が本来必要となる。
ここでは、契約当時の責任準備金と買取時の責任準備金を算定し、追加で必
要 と な る 責 任 準 備 金 額 が 、死 亡 保 険 の 前 払 い リ ス ク を 取 る 対 価 で あ る と 考 え 、
買取価格の妥当性を評価する。なお、計算にあたっては、伝統的な決定論的
な責任準備金評価ではなく、モンテカルロ・シミュレーションを用いた確率
論的な責任準備金の評価手法を用いる。
日 本 に お い て 保 険 買 取 制 度 の 実 現 を 考 え る 場 合 、法 制 や 規 制 の 枠 組 の 整 備 、
公正な価格評価と市場の整備、契約者・投資家保護の強化など取り組むべき
課題は大きい。この論文を契機に、生命保険買取制度についての多面的な議
論が起これば幸いである。