16中学校技術教科におけるPICを使った制御教材の実践と知的財産教育

4.2.16 中学校技術教科におけるPI
Cを使った制御教材の実践と知的財産教育
−トレーニングボードとライントレーサの教材化−
山本尚登*
藤山秀公**
*
三重大学教育学部 **三重県上野市立成和中学校
1.はじめに
中学校技術科の目標は生活に必要な
基礎的な知識と技術の習得を通し生活
と技術との関わりについて理解を深め、
進んで生活を工夫し創造する能力と実
践的な態度を育てることである。これは、
知的財産の基になる独創的なアイデア
や新技術を生み出す知的創造には科学
知識に裏付けされ て創意工夫がなされ
る事と同じ考え方である。今回、知的財
産教育の一つの方法として技術科の単
元に知的財産と関連させた指導を計画
し実践を試みたので報告する。
具体的には、「情報とコンピュータ」で
制御を採り上げた。技術科における「情
報とコンピュータ」教育は、生活や産業
の中で情報手段の果たしている役割に
ついて、コンピュータの基本的な構成と
機能及び操作について、コンピュータの
利用について、情報通信ネットワークに
ついて、コンピュータを利用したマルチメ
ディアの活用について、プログラムと計
測・制御について指導すると学習指導要
領には書かれている。そして多くの中学
校では、コンピュータの操作を学び、文
書処理、図形処理、Web等を利用した情
報収集などのアプリケーションの活用が
多く、コンピュータによる制御等の学習は
少ない。
しかし、技術科としての情報教育はコ
ンピュータによる制御が重要であると考
える。私たちは、朝起床してから就寝す
るまでコンピュータで制御された製品に
関わって生活をしている。私たちの生活
に密着した技術を学ぶ事でコンピュータ
技術への興味関心を抱かせ知識を習得
させる事が重要である。また、物作りの過
程でアイデアに繋がる創意工夫を育み
ながら、プログラミング等の難しい作業を
体験させ著作権などの知的財産につい
て学ぶ事も重要である。
以上の事から授業では、開発したPI
C
(Peripheral Interface Controller:ワンチ
ップマイクロコンピュータ)トレーニングボ
ードを使用して制御学習の基礎・基本を
学び、創意工夫に発展させる題材として
ライントレーサ(黒地に白線が引かれた
上を走行する車)の製作を与え、知的財
産に関わる内容を関連させながら授業
案を計画し実践した。
また、コンピュータ制御の位置づけは、
重要であると認識はされているが、実践
は容易ではないという認識が一般的であ
る。本実践は,このような状況を解決させ
る一つの教材実践でもあると考える。
2.教材について
授業実践で用いた教材は、平成14年
度大学教育学部向け知的財産教育研
究調査報告書中の「PI
Cを使った制御
学習における創意工夫」(三重大学教育
学部教授田中啓勝による)で報告された
PI
Cトレーニングボードとライントレーサ
である。筆者も教材開発に携わった一人
である。
PI
Cトレーニングボードで使用したPI
Cは、米マイクロチップテクノジー社が開
発した装置組込み用のマイクロコントロ
ーラー16F877に5V電源、RS232C、発
振モジュールを25×40mmの基板上に実
装し内蔵フラッシュ・プログラムメモリー に
BASI
Cインタープリタが書き込 まれ、
PIC-BASICモジュールとして(株)秋月通
商から発売されている製品である。
また、統合環境として専用の開発環境
とデバッガ、ライターソフト等が含まれて
いる。
図1.にPIC-BASICモジュールを示す。
4.2.16-1
図2.学習用に開発したPICトレーニング
ボードを示す。
ターン化した。製作されたライントレーサ
へのプログラムの書き込みは、PI
Cモジ
ュールを取り外す必要がないようにRS2
32C経由でパソコンと直接に接続できる
ようにした。
また、プログラムの書き込みやテスト走
行での電源は、乾電池以外に外部電源
でも接続できるようにした。完成したライ
ントレーサを図3に示す。
図1.PIC-BASICモジュール
図3. ライントレーサ
図2. PI
Cトレーニングボード
PICトレーニングボードの特徴は、205
×140mmの基板上に実装されているPIC
−BSICモジュールのI/Oポートから3種
類をトレーニングボード上に8ビット、3ビ
ット、4ビットを入出力ポートとして外部に
取り出せるようにした。
特に8ビットは出力として設定した場合
に発光ダイオードの点滅が可能である。
また、トレーニングボードから外部電源
(5V)として3カ所に供給できるようにした。
液晶表示パネルを取り付け、文字の表
示も可能にした。
ライントレーサ自体は他でも製作されて
いるが、教材は白線を検知できるセンサ
2個を入力用として2ビット、2個のモータ
制御用に出力用として4ビットで制御でき
るように設計した。基板は、部品の実装
だけで半田付けが出来るように配線はパ
3.授業計画
三重県上野市成和中学校の藤山秀
公教諭の指導で第2学年1組、2組(計4
7名)で技術教科本科の授業で平成15
年7月から実践中である。
尚、授業計画は三重大学教育学部教
授田中啓勝、三重大学教育学部教員養
成課程技術コース学生高洲由貴 さんと
の共同で作成した。
PI
Cトレーニングボードによるプログラ
ミング学習は2名に一台、ライントレーサ
は各自1台で学習できるように 準備をし
た。以下に授業計画を示す。
授業単元名: ロボットとしてのライントレ
ーサの製作
指導計画:全22時間
・はじめに
2h
・ライントレーサの製作
5h
・PI
Cの使い方
9h
・ライントレーサのプログラム作成
3h
・まとめ
1h
4.2.16-2
・知的財産との関わり
2h
最初に電子部品の名前と特徴等を説
明する。その後に工具の使い方等を説
教育内容について
明する。大まかな作業内容は、プリントと
・はじめに
Webに説明されている。しかし、具体的
実践の導入としてビデオ鑑賞とWeb に部品を取り付ける順番等は各自が考
等の検索で資料を集めロボットと社会の
えて組み立てる。ここでは、組み立てる
関わりについて学習する。ライントレーサ
部品の順番と工具の使い方の応用が課
についても同様である。
題になる。
・ライントレーサの製作
・PI
Cの使い方
ライントレーサの組み立て方は、三重
PI
Cの使い方の授業時数は9時間で
大学教育学部技術教室のサーバーにW
ある。内容を以下に示す。
ebの形で掲載した。中学校の技術教室
PI
C−BASI
Cの基礎
2時間
にはインターネットに接続されているコン
課題(日本時間との時差を求める) 1時間
ピュータがあるので直接にWebを見る事
出力の学習
2時間
も可能であるが、印刷して配布も行った。 課題(クリスマスツリー の点滅) 1時間
図4.及び図5.に製作の様子を示す。
入力の学習
2時間
入出力の課題
1時間
生徒は、1学年でコンピュータの一般
的な操作は学習している。従って、PI
Cト
レーニングボードを利用したPI
Cの開発
環境の使い方、基本的なPI
C−BASI
C
の基礎、出力の使い方、入力の使い方
が学習の目的である。
図6にPI
Cトレーニングボードを使用して
いる様子を示す。
図4. 半田付け作業の様子
図6.PI
Cトレーニングボードの学習
図5. 生徒の作品
ライントレーサの製作授業数は、5時
間である。
PI
C−BASI
Cの基礎を学習後の課
題は、日本時間と海外都市との時差を
求めて同時に液晶表示器に時間を表示
させる事である。PI
C−BASI
Cでは解が
負になる減算はできないので、I
F文を使
用してプログラムを作成する事に気付く
4.2.16-3
のが鍵となる。
図7に生徒によるプログラムの実行例を
示す。
ードに取り付けられている外部電源を入
力として入力ポートへ接続しポート単位
で扱うプログラムを学習する。学習後の
課題は、入力に1ビットの光センサを接
続し、出力には2ビットで正逆転・停止の
操作が可能なモータドライバーを接続し
た直流モータを取り付け、光センサの反
応によりモータを回転・停止させるプログ
ラムを作成する。 課題のためのセンサと
モータが取り付けられた学習基板は準
備した。学習基板を取り付けた様子を図
9に示す。
図7. 生徒による実行例
出力の学習ではPI
Cトレーニングボー
ドに取り付けられている発光ダイオード
の点滅のさせ方を学習する。
学習後の課題は、8個の発光ダイオー
ドを点滅させるパターンと各自のメッセー
ジを液晶表示器に表示させることが出来
るクリスマスツリーを製作する。クリスマス
ツリーと発光ダイオードの点滅回路は準
備した。生徒は、点滅パターン等のプロ
グラムを考えるのが課題である。
図8生徒によるクリスマスツリー の製作風
景を示す。
図8. 生徒によるクリスマスツリー の作品
以上が、筆者が報告書をまとめている
段階での実践が終了した内容である。
以下は、これから実践を予定している
具体的な計画である。
入力の学習では、PI
Cトレーニングボ
図9. 入出力の課題
・ライントレーサのプログラムの作成
ライントレーサを走行させるためのプロ
グラム作成時間は3時間である。前回PI
Cトレーニングボードを使用し、ライントレ
ーサの片側を動作させるプログラムは作
成している。2個の入力センサと走行パ
ターンとの組み合わせを考えられるかが
課題である。プログラムが完成した生徒
からコースを一周する時間を計測する。
・まとめ
授業のまとめとしての時間数は1時間
である。ライントレーサの製作、PI
Cトレ
ーニングボート
、ライントレーサのプログ
ラム作成に至るまでを振り返りコンピュー
タ制御についてまとめる。
・知的財産との関わり
知的財産との関わりについての授業
4.2.16-4
時数は2時間である。
1時間目は、特許庁から配布されてい
るCD−ROM,テキスト等(アイデア活か
そう未来へ)から特許の歴史や重要な発
明などを抜粋して導入用の授業を展開
する。
2時間目は、1時間目の授業を踏まえ
て自分たちが製作したライントレーサと特
許や著作権との関わりを考える。
以上が、授業計画と教育内容である。
難しいが楽しい
12名
難しい
3名
その他
3名
クリスマスツリー の点滅課題
簡単
1名
楽しい
9名
難しいが楽しい
17名
難しい
4名
その他
4名
計35名
掲示板の利用は自由意志で、全員の
4. 掲示板の利用
書き込みではないが感想からは、難しい
当初、教材実践中は中学校と大学間
が楽しい、が一番多い。次に楽しい。そ
をテレビ会議システム等で接続し双方向
して難しいと感じているのは数名しかい
で学習を支援する計画であった。しかし、 ない。実践途中の書き込みであるので総
インターネットへの接続上の問題でテレ
合的な教材評価はできないが、半田付
ビ会議等が利用できず、大学側で掲示
けなどの細かい作業は難しいが部品を
板を設置した。生徒による掲示板への書
取り付けてライントレーサが完成してくる
き込みに対応するために大学で待機し
と徐々に達成感がこみ上げてくる。また、
た。
プログラムの作成もパズルを解くようで難
図9.に掲示板に書き込む様子を示す。
解であるが液晶表示器に正しく表示させ
る事が出来たり、またプログラムの命令に
従い発光ダイオードが点滅すると感動し
た等の書き込みが多い。
その他には、「最初おもいっきり取り組
んでおもしろかった。途中わからないこと
もあったけど他の人に教えてもらいよくわ
かった。ミニ四駆やクラッシュギアで動く
ものには慣れていたけど、こういうもの機
械系は初めてでした。けど今のところで
はわからないこともあるけれど、他の人と
協力しあってここから頑張って仕上げて
図9. 掲示板への書き込み
完璧には作れないと思うけど頑張ってい
きたいと思います。」といった書き込みが
以下に、掲示板へ書き込まれた感想
あった。
などをまとめた。
以上の様に、生徒が工夫し問題解決
をしながら達成感を得て学習している教
ライントレーサ製作
計18名
材である様子 が掲示板 からもうかがえ
楽しい
6名
る。
難しいけど楽しい
9名
難しい
3名
5.まとめ
PI
C−BASI
Cの使い方
楽しい
7名
計25名
学校教育法で中学校の各授業科目時
数が決められている。現行では、必修教
4.2.16-5
科として技術・家庭の授業時数は、第1
学年70,第2学年70、第3学年35時間
である。授業時数を家庭と等分した場合
には35、35、17.5時間、計87.5時間
が3年間で学ぶ技術の授業時数である。
授業時数の少なさからも新たに知的財
産教育だけの教育を組み込むのは難し
い。
本教材実践は、まだ実践中であるが
掲示板からもうかがえるように生徒は難し
いと感じながらも意欲的に取り組んでい
る。学習ボードを使い基礎を学びながら
クリスマスツリーの点滅プログラムなど興
味を持たせる様な課題を与える事で、自
ら進んで工夫しようとする姿が見られる。
これらは、創造的なアイデアや新技術
を生み出す知的創造には科学知識に裏
付けされた創意工夫が知的財産の基と
なる考え方と同じである。
掲示板の中には、作成したクリスマスツ
リーの点滅プログラムを“どっかにプログ
ラムを売り込みだ”と書き込みがある。ま
だ知的財産との関わりについて説明して
いないが特許との繋がりを感じている生
徒もいる。以上の様に、実践途中ではあ
るが報告した内容に補足して知的財産
の導入を図る授業を取り入れる事で知的
財産教育にも十分に発展できる。
また、技術教科は知的財産教育 に関
わる単元が多くある。
たとえば、材料加工ではデザインを通
して意匠権、プログラミングでは著作権
など知的財産に関わる部分がある。それ
らの学習時に知的財産を意識させた指
導案を組み入れる事で知的財産教育が
可能になると考える。
現在の生活水準を維持していくため
にも知的財産教育は必要であり、義務教
育の段階における指導にも意義がある。
しかし、各教科共に基礎・基本の指導
に大きな重点をおき授業を構成していく
中で知的財産の取り扱いは、今後検討
を積み重ね各教科での内容と有機的関
連をはかり構成する必要もある。
一方、学習指導要領の技術分野で知
的財産教育に関わるような内容の取り扱
いは「情報とコンピュータ」の中で、情報
化が社会や生活に及ぼす影響を知り,
情報モラルの必要性について考える内
容としてインターネット等の例を通して,
個人情報や著作権の保護及び発信した
情報に対する責任について扱うことと書
かれている。それに対応して教科書では、
知的財産についてではなくソフトウェア、
文章や図、写真などの著作権あるいは
情報モラル としての扱いになっている。
故にもう少し、知的財産として広い内容
であれば、技術教科として積極的な取り
扱いができるであろう。
4.2.16-6