現代社会のインターネット上における 「呪い」ビジネスの展開

西 南 学 院 大 学 大 学 院
「国際文化研究論集」第 6 号抜刷
平 成 24 年 1 月 発 行
現代社会のインターネット上における
「呪い」ビジネスの展開
早
瀬
遼
子
現代社会のインターネット上における「呪い」ビジネスの展開
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現代社会のインターネット上における
「呪い」ビジネスの展開
早 瀬 遼 子
はじめに
頭に鉄輪をかぶりろうそくを銜え,白い衣装を身にまとい,手には憎い相手
を模した人形と五寸釘。丑三つ時に,神社からかーん,かーん,と音が響く─
そんな昔話のような「呪い」の姿を現代目にするには,歌舞伎や芝居,ある
いはマンガや小説,映画などを見るほかない。もちろん,ある神社に行くと,
神木に写真や持ち物,ワラ人形などが所狭しと打ち付けてある光景を見かける
ことはある i。しかし呪いを行うには,呪いを行っている姿を誰にも見られては
ならない,という規則がある。「夜になっても明るい」と言われる現代社会にお
いて,呪いを現実的に実行するには都合が悪い時代になっているようである。
しかし,インターネット上には「呪い」グッズを販売したり,
「呪い」の代行
を請け負ったりする業者が多数存在する。「呪い,代行」と検索するだけでもお
よそ 51 万件以上の関連ページが存在する。もちろん,その全てが「呪い代行」
のサイトではないのだが,51 万件以上という検索結果は非常に興味深い。
もちろん,インターネットの世界が現実社会の全てを反映している,とは一
概に言うことはできない。しかしながら,インターネットのサイトやそこで語
られる言説が,現実社会をある程度表象するものであることは疑いのないとこ
ろである。こうした認識の下,本稿ではインターネット上における「呪い」ビ
ジネスの実態を調査することで,現代社会において「呪い」という行為やその
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背景となる人々のメンタリティが,どのように展開しているのかについて考察
してみたいと考えている。
日本の呪いについては,柳田國男(1970)や桜井徳太郎(1971),井之口章次
(1975),藤井正雄(1979),小松和彦(1995),中村雅彦(2003),成末繁郎
(2008)など様々な研究者が,研究を行ってきた。こうした研究は実生活に残
る呪いや俗信などを手掛かりに,それらを概念化し,呪いを含む俗信研究の体
系化を試みたり,現代社会において呪いが人々の生活とどのような関わりをもっ
ているかという,より実践に即した呪いについての考察・研究であったといえ
るだろう。
一方,本稿が取り扱うようなインターネット上における呪いについて論じた
研究はきわめて少ないといえる。それは,インターネットが一般に普及しはじ
めて十数年しか経っていないため研究自体がほとんどなされていないためであ
るが,その背景にはインターネットの情報の不確実性といった理由が挙げられ
るであろう。そこで,本稿がこうした研究分野の嚆矢として,呪いビジネスが
インターネット上でどのように展開しているのかについて,少しでも明らかに
することができ,これからの呪い研究の発展につながれば幸いである。
第 1 章 日本社会における「呪い」のはじまりと展開
( 1 )用語の確認
まずはじめに,本稿で取り扱う「呪い」という用語とこれに関連する,ある
いは,混同されがちないくつかの用語に関する意味を明確にしておきたい。
『国史大辞典』の「呪い」の項を見ると,
呪い …「超自然的な力によって特定の人物や集団に災厄を発生させようとす
る呪術のこと。呪詛とも。人類学で言う邪術・黒呪術に相当するとされている。
呪いの歴史は古く,トコイ・呪詛などと称されて古代から行われており,呪禁
道・陰陽道・密教などによって発達させられてきた。原初的には言霊信仰にも
とづいて相手に呪いの言葉を吐くだけで呪いが実現するとされていたが,いわ
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ゆる丑の刻参りのように呪う相手に見立てたワラ人形や相手の写真に釘を打ち
込んだり,狐や犬神・イズチ・蛇などの動物霊や式神と称する陰陽道の使役霊
を駆使したりして相手を苦しめる方法が呪いの技法として伝承されている(下
線部筆者)」
とある。
また,関連する語句を辞書で確認すると,以下のようになる。
呪詛 …「呪いのこと。ずそともいう。呪詛の語は「続日本紀」や「宇津保物
語」
「枕草子」
「宇治拾遺物語」をはじめとして多くの用例があるが,現行の民俗
語彙としては高知県物部地方の「すそ」が知られている」
(『日本民俗大辞典』
p829)。
マジナイ …「霊的存在や呪力などの超自然的要素を用いて自然や環境に働き
かけ,何らかの願い事を実現させようとする観念および行為。禁厭とも書く。
呪いには,呪い師あるいは呪術師などと呼ばれる呪術宗教的な職能者によって
行使される場合と,一般の人々が地域に伝承されている呪法を用いて行う場合
とがある。前者の役割は,僧侶・神職・民間巫者などによって担われることが
多い。また,呪いは,田遊びや成木責めなどの予祝儀礼や虫送りのように年中
行事化したものと,病気平癒や失せ物探しなどのような臨時に対処するための
ものとに分けられる。呪いはある現象を,それと類似した内容を象徴的に表す
儀礼行為を実践することで現出しうるという信念・信仰に支えられている」
(『日
本民俗大辞典』p. 569)。
「予測される災難厄事を防ぎ,または治療のために行う消極的な呪術的行為の
こと。宗教的な行為が敬虔な態度と畏敬の情操を伴うのに対して,呪術的行為
は行為それ自体に効力があり,方式どおりに順序・次第さえ間違わなければ「気
持ち ii」は問題にならず,特に禁厭は呪法によって超自然的な怪異の力を駆使
して病気をなおし,災厄のおこらぬように祈念することとされる(『国史大辞
典 iii』p512)。
禁厭は以下の 3 つの原理に基づいている。
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①類感呪術あるいは模倣呪術:似たことをすれば似たことが起こるという原
理
②伝染呪術あるいは感染呪術:一度触れ合ったものはいつまでも関係しあっ
ているという原理
③意思呪術:自分の願望を言葉であらわし,心中に強く意念すると相手に通
ずるという原理
呪術 …「超自然的な存在や力(呪力)を動員し利用してさまざまな目的を達
成・実現しようとする行動と観念または信仰。呪術は magic の訳語で,語源は
古代ペルシャの祭司 magi または magus であるとされる。日本ではマジナイが
これに相当する。ある人を恨み災厄を与えるためにその人を表わすワラ人形を
作り,これに呪い釘を打ったり呪い針を刺したりする行為や,ある人の病を治
すためにその人の身代りの人形を作り,これを病人の体に擦りつけて,その悪
運や憑依霊を転移させた後に焼却する行為は広く見られる。前者はある人に不
幸や災厄を与えることを目的とした呪術であり,黒呪術と呼ばれる。後者はあ
る人の不幸・災厄を取り除くことを意図した呪術であり,白呪術と称する。こ
のように呪術は望ましいことであれ望ましくないものであれ,ある目的や意図
を実現しないではいられない個人や社会の強い願望の表現である点に特色があ
る」
(『日本民俗大辞典』p.826)。
「目的を達するために定められた方式によって神霊の力を利用する行為。規定
通りに行いさえすればたとえ力もしくは力の持主(神霊)に対し,尊敬や崇拝
の気持ちを持たなくとも,機械的,必然的に目的が達せられるという原始的な
因果観の上に立つ」
(『国史大辞典』p.374)
呪い≒呪術・呪詛
マジナイ≒禁厭
禁厭≒呪術的行為
呪術≒マジナイ
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以上が呪いあるいは呪術に関する用語の意味であるが,次に,先行研究を参
考にして本稿における「呪い」の定義づけを行ってみたい。
そもそも呪いとは,
「客観的にみると理不尽なことで他人を恨み,現実的な方
法ではなく,超自然的な力を利用すること」であるとはすでに述べた。藤井正
雄は「呪いは不測の事態を予防ないし対抗する積極的な技術である。(中略)そ
の範囲は広く,形態もさまざまで,一定した定義づけは難しく存在していない。
まじな
わが国で呪術にあたる語は,呪いないし呪法である。〈のろう〉とも読むが,
のろ
〈宣る〉に由来する〈呪い〉で,呪術の一部としての呪文を指すことばである」
(藤井 1979:186)と述べている。
また小松和彦は「人には多かれ少なかれ誰かを恨んだり妬んだり,はたまた
呪いたくなる心性がある。
(中略)現代の複雑な人間関係にあってはさして珍し
いことではないだろう。これは,「怨念」と呼んでもいいものだ。(中略)
「呪
い」にはもうひとつの側面がある。すなわち,こうした「呪い心」に導かれて,
実際に誰かに危害を加えるために,呪文を唱えたり,道具を使ったりなどといっ
た神秘的な方法に訴えかけることだ(小松 1995:21)」という。小松は「「呪い
心」と「呪いパフォーマンス」とがセットになって」呪いが出来上がるという。
成末繁郎は「呪いが告知される前と後では犠牲者の世界に対する解釈,ある
いは物語の構造が変わり,告知を受けた犠牲者は呪いが原因で災厄が生じたと
経験を解釈し,遡及的に呪術の効果を作りだしてしまうのである。さらに呪い
の告知をわざわざしなくても呪った方の人は常にターゲットに注目しており,
ターゲットに何か災厄が起これば,自分の呪いが成就したと解釈し,事後的に
効果が作られる(成末 2008:68)」という。
以上 3 名の呪いの研究を参考に,本稿では「呪い」の定義を「他者から見た
場合には理不尽であると感じられることでも,当人にとっては重要な問題であ
り,それを解決するには正常な手段を取ることでは不可能な場合に取る,極め
て主観的・偶発的・漠然的な不幸を念じる言動」としておきたい。
また,呪い(呪術)によく似た言葉として「妖術」があるが,これは「人に
害を与える神秘的な力に対する信仰のうち,相手に敵意とか嫉妬をもつと,本
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人の気付かないうちにその力が相手に作用して,病気にしたり殺したりしてし
まうと信じられている無意図的なものを妖術といっている。それに対して,邪
術は呪いを行なったり呪文をとなえたり意図的に相手に害を与えようとするも
のをいう。日本の憑物信仰は,世界的に見れば精霊憑依信仰の一種だが,憑物
持ちとされる本人が意図しなくてもその家の動物霊や本人の生霊が相手に害を
与えるとする点では妖術信仰に似ている」
(『日本民俗大辞典』p.772)というも
のである。このように,妖術は無意図的であるという点で,呪術とは性格が異
なる。従って,本稿では妖術については特に触れず,別の機会に考察したいと
考える。
( 2 )呪術のはじまりと現在
弥生時代にはすでに鳥装したシャーマンと見られる人々が存在したことが,
文様に残されているし,卜骨などの占いも行われていた。それらを大きな枠組
みで呪術とくくるならば,弥生時代,あるいはそれ以前からも呪術は存在して
おり,何千年後の現代になってもなお呪術的な行動は,変化しつつも連綿と続
き残っている。特に弥生時代以前は,人間は常に大自然の恵みと脅威とにさら
されており,呪術師は大自然がもたらす負の側面を打ち消す能力を求められた。
次第に呪術師は共同体をつかさどるようになり,クニを支配する呪術師も出た。
卑弥呼もそのうちの一人である。
それから時代を経て,呪いが社会において大きな影響力を持つ時代が到来す
る。奈良時代から平安時代にかけてである。長屋王の変に始まり,井上内親王
や早良親王など様々な怨霊や呪いが跋扈していた。その時代に活躍したのが,
僧侶や神官などの宗教者や陰陽師や山伏などの呪術者であった。天皇や皇族を
はじめ,貴族たちは呪術師を何人も抱えていたし,常に「呪い」
「呪われる」と
いうことを意識しながら生活していた。この時期,幾度となく「呪術の禁止令」
が発布されたが,それでも呪術に関わる事件は後を絶たなかった。当時の人々
は自分や身の回りで起こる出来事は「呪い」のせいである,という解釈をする
ことがあった。そのため,呪いが広く民衆にまで浸透し,ついには生きている
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人間の呪いだけでなく,死者の魂(怨霊)による呪いを怖れるようになった。
その典型的な怨霊が早良親王であり,崇徳天皇の呪いである。いわゆる怨霊信
仰が登場し,死者の霊に生者(主に天皇や貴族)の生活が左右されるようになっ
たのである。小松が「死者の呪い─私たちは,現代に至ってもなおこの観念を
捨てることができないでいる」
(小松 1995:93)というように,死者からの呪い
について,我々は現在も気にかけ,ときにお祓いという手段を執ることもある。
時代は下り,明治時代になり,外国から様々なものが日本に入ってくること
になった。日本は海外と肩を並べるべく,富国強兵,殖産興業を中心とした政
策を採って行くことになる。また,1972 年の学制発布により,新たな学校制度
が定められ,近代教育が始められた。こうしたプロセスの中で,前近代的なも
の(迷信・俗信・妖怪・呪術など)は排除されるようになり,近代国家たるに
ふさわしい教育が試みられるようになった。そして,同時に人々は科学が万能
であると考えるようになっていった。
しかしながら,
「科学万能主義」の風潮が強くなった現代日本社会において,
非科学的なものが失われたわけではない。現代社会においても「呪い」を行う
には,宗教者や呪術者,あるいは寺社仏閣などの,いわゆる「プロ」に依頼す
るケースがある。例えば,小松の「日本の呪い:
「闇の心性」が生み出す文化と
は」
(1995)の中にも紹介されているが,京都・鞍馬の貴船神社や岐阜県平田町
の千代保稲荷神社,高知県・物部村の「いざなぎ流」など各地にその筋の専門
家は現在でも存在している。またそれ以外にも護符や呪符などを神社や寺で受
けること,また願掛けなどもそのカテゴリーに分類されるであろう。
小松が報告している「いざなぎ流」という陰陽道の中にも呪術的な要素がみ
てとれる。「いざなぎ流」は,高知県・物部村に伝わる陰陽道を中核とした,民
間信仰である。村内の旧家に祭られる宅神や神楽,地神の祭儀,山や川の鎮め
祈祷,霊的な病に対する祈祷など様々な祈祷・神楽などを現在も行っている。
神楽は神霊たちと交渉する場であり,その力を担うのが太夫と呼ばれる「司霊
者」である。太夫は普段はそれぞれの生業をし,我々と変わらない現代的な生
活を送っている。
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基本的に非公開である「いざなぎ流」の祭儀が,1999 年に全面的に「最後の
大祭」として公開された。「いざなぎ流」は「祭文」がたくさん伝え残っている
こと,
「呪い」の信仰や儀礼が存在していること,また「神楽」の古い形態が実
修されていることなどから,多くの人々の関心を集めた。小松が「いざなぎ流」
に惹かれたのは,
「呪詛の祭文」という儀礼があったからであるが,齋藤英喜は
「目にふれることはそれほど多くはないものの,これらの事例は「呪詛」なる
ものが,いかに祈祷や呪術の根幹に深く根付いているかを物語ってくれよう(齋
藤 2002:207)」と述べている。また,「いざなぎ流の祈禱師のなかには人から
懇願されてやむなく誰かを呪ってやったという経験をもっている者もいるし,
ある祈禱師のところには今でもどこから聞きつけてくるのか呪いを依頼する物
部村以外からの電話が,年に十件以上もかかってくる。…(中略)…またとき
どき村の神社や山中などで大木に釘で打ち込まれた人形や写真が発見されると
いうから,この村の中には「呪いのパフォーマンス」を行う人が,確実に存在
しているのだ」
(小松 1995:32)という。こうしたことから,少なくとも現代で
もなお,呪いを行う技能集団が存在し,彼らを頼りにしたいと考える人々がい
る,ということは事実であろう。
このように,現代社会においても「呪い」あるいはそれに関わる要素は,排
除されているわけではない。「呪い」はそうした非科学的なものの一例である
が,現代社会においても確実に存在しつづけているのである。
「「呪う」側と「呪
われる」側の,いってみれば一方通行的な断絶した関係は,現代社会のさまざ
まな人間関係においてもみられるもの」
(小松 1995:27)なのである。
第 2 章 現代社会におけるビジネスとしての「呪い」
( 1 )従来,呪いはビジネスとして成立していたのか?
1986 年に,あるマンションの住民が隣に建築中の工場に日照権を奪われたこ
とに対する抗議として,ドクロマークを逆さにした旗を掲げたという記事が,
朝日新聞(大阪版の夕刊)に掲載された iv。また,2008 年には愛知県では,夫
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が妻を水難事故に見せかけて殺害するという事件が起こったが,呪いサイトへ
のアクセスがあったことがわかっている。また後述するが,筆者が今回実施し
たアンケートの中に「ワラ人形ストラップを購入した経験がある」という回答
もあった(詳しく話を聞くと,
「ワラ人形」ではなく「ヴードゥー人形 v」のこ
とであった)。こうしたできごとは,現代社会における「呪い」の一端を示して
いるといえるが,これらが「呪い」ビジネスに直接,関わりがあるかどうかは
多少疑問が残る。
マンションの事例に関していえば,逆さになったドクロの旗の制作にはその
制作を依頼した業者への支払いが発生したであろうが,その旗の制作業者が「呪
い」ビジネスを専門にやっているかどうかは疑問である。愛知県の事例でも,
犯人である夫のパソコンには呪いサイトへのアクセス記録が残されており,呪
い関係の書籍なども警察に押収されたというが vi,夫が妻の殺害のために呪い
サイトに直接依頼したわけでも,呪いを行ったという証拠もないという。人形
にしても,願いを叶えてくれる人形として小さな「ヴードゥー人形」が売られ
ているとはいえ,それらを危害を加える呪いの目的で購入する人が果たしてど
れだけいるのか,甚だ疑問である。このように,現実社会における「呪い」に
関わる出来事が,ビジネスとして広く成立しているとみるにはかなりの疑問が
残る。
しかしながら,
「呪い」がビジネスとして,まったく成立していないか,とい
えば,そうとも言い切れない証拠は多数存在する。後述するように,インター
ネット上において「呪い」に関わるサイトが多数存在し,それらのサイト利用
者が少なからずいるという事実が,現代社会において,ビジネスとしての「呪
い」が存在し,展開していることをうかがわせるからである。そこで,インター
ネット上における「呪い」に焦点を絞って考えてみよう。
( 2 )呪いビジネスのマーケットとしてインターネット
呪いは秘匿性を持ち,誰にも呪いという行為を行っている姿を見られてはな
らないが,現代社会において「誰にも」
「見られず」に「呪いをかける」こと
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は,細心の注意を払っても困難を伴う。ところが,それを可能にしてしまう
「場」が存在する。それが,インターネット上に展開する「呪い代行」や「呪
いグッズ販売」のサイトである。
総務省が毎年発表している「通信利用動向調査の結果 vii」の平成 22 年度調査
報告では,インターネットの利用人口は 9462 万人にのぼり,人口普及率は 78.2 %
である。年齢別にみると,13 ~ 19 歳が 95.6 %,20 ~ 29 歳が 97.4 %,30 ~ 39
歳が 95.1 %,40 ~ 49 歳が 94.2 %であり,中学・高校生以上の年代において
は,インターネットの普及率は 90 %を超えている。このように,高度情報化社
会の中で,パソコンや携帯電話・スマートフォンなどが爆発的に普及し,イン
ターネットが人々の生活に不可欠なものになってきていることは,誰もが否定
することのできない事実である。そこで,インターネット上において「呪い」
がどのように展開しているのかについて考察をすすめてみたい。
インターネットの人気サービスとして,「ネット通販」がある。平成 22 年度
の「通信利用動向調査の結果」にも個人におけるインターネットの利用目的の
上位 3 位に「商品・サービスの購入・取引(デジタルコンテンツの購入を含み
金融取引を除く)」があげられている。日常生活に必要なありとあらゆるもの
が,インターネットで手に入る。また紙や CD などの物質的な物を伴わずに,
デジタル信号で音楽や映画,ゲームなどを購入することが可能なのである。
デジタルコンテンツは,つまり「形のないもの」を売るという商売なのであ
る。デジタルコンテンツビジネスを研究している野島美保は「最も「インター
ネットらしい」ビジネスであるデジタルコンテンツでは従来のモノの世界の論
理が通用しない(野島 2008: 6)」という。本来なら価値のないもの(インター
ネットサイト内でのみ使用可能な家,服,金銭などの仮想アイテム)が有料に
なり,本来的に価値のあるもの(音楽や動画などの無料配信;You tube など)
が無料で提供されたりするデジタルコンテンツビジネスにおいては「価値のあ
るものを提供すればそのまま金になるという,従来の発想を一旦取り払わねば
ならない(野島 前掲書 p7)」のである。
もちろんこれをそのままインターネット上における呪いビジネス viii にあて
─ ─
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はめることは出来ないにしても,インターネット上に様々な商品のマーケット
が存在し,気軽に欲しいものを購入することができることは間違いない。そし
てそれは,
「呪い代行サイト」
「呪いグッズ販売サイト」においても,同等のサー
ビスが展開しているということを意味している。
繰り返しになるが,
「呪い」において秘匿性は重要な要素である。呪い代行サ
イトにおいても,呪術者が術を行っている動画や写真などの記録を提示・提供
してほしいと依頼者からの注文があるという。しかし,どのサイトにおいても
「術中の様子を画像やデータで記録することは,術師にとって危険な行為のた
め,お断りいたします」といった文言が「Q&A」に掲載されている。しかし,
依頼者(消費者)としては,呪いが実行されているかどうかは不可視であり,
インターネットでの呪い代行の依頼は究極の「デジタルコンテンツ」であるが
ゆえに,自分が依頼した呪いが実際に施行されているのかを「目に見えるかた
ち」で提示してほしいと考えるのは当然である。そこが「呪い」ビジネスとそ
の他のデジタルコンテンツビジネスとの大きな違いであろう。
しかしながら,依頼者の心理的な側面から見ると,呪いビジネスのマーケッ
トとしてインターネットを考えたとき,非常に分かりやすい構造をしている。
「匿名性」を旨とし,
「その場所に自分が行かなくてもよく」,
「後ろめたさ」が
少ない。インターネット上では実名を公開している人もいるが,ハンドルネー
ムを使用する人々が大多数である。いわば仮想の仮面をかぶっているようなも
のなのだ。名前を変えることにより,別の人格へと変わる。また,別の人間や
別人格へのなりすましさえ容易である。つまり,呪術者や宗教者が仮面を被っ
たりすることで,「一般性(と考えられるモノ)」を持つ公共性のモノになるこ
とと同等のことなのである。一般性をまとった人々は,自分の名前(本名)を
提示せず,自分の手を「汚す」ことなく,比較的「お手軽な」感覚で呪いを依
頼することができる。しかし,一般性をまとってはいるものの,彼らは非常に
強い人格をもった「個人」なのである。
内田樹は,
「固有名を隠し,顔を隠したときに,その仮面が一気に公共性の仮
象をまとい,あたかも数万人,数十万人の総意を代表しているかのように語り
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だす(釈・内田・名越 2010 p28)」ことが,インターネットにおけるもっとも
危険なことだという。呪いビジネスにおいては「固有名を隠し,顔を隠す」こ
とが非常に重要な要素としてあげられる。呪いビジネスにおける「匿名性」は,
「呪い」本来がもっている秘匿性の名残である。
そもそも,
「呪い」は非常に理不尽で個人的な行為であるが,現実的に制裁を
加えることが不可能,あるいは法を犯すことになることもあるため,あくまで
もひっそりと,秘密のうちに処理してしまわなければならない。「匿名」という
隠れ蓑により,
「個」をわざと消し(そこにはある意味強烈に「個」が残されて
いるのだが),他者を攻撃することにためらいをなくしていたのではないだろう
か。それが現代のインターネット社会の構造と通じ,マーケットとして花開い
たのではないかと推察する。
第 3 章 実態研究
( 1 )アンケート調査の実施
2011(平成 23)年 11 月 24 日,25 日にS大学の学生 34 名および,SNSix に
よるアンケート調査(SNS の回答は 20 名)を実施した。総回答数は 54 件,男
女比は男性:11 名,女性:43 名だった。また,20 代からの回答は 52 名で,30
代からの回答は 2 名であった。アンケート回答者の年齢層に偏りがあるが,後
に述べる体験者の声で一番多かった年齢層である。
アンケート調査項目は,
①「呪い」という言葉から抱くイメージ,②「呪い」という言葉を口にしたこ
とがあるか,③今までに「呪い」グッズを買ったことがあるか(ノリで購入し
た場合も含む)また,買ったことがある場合は,どこで何を購入したのか差支
えがない程度に,④「呪い」に関するサイトを見たことがあるか。(呪いグッズ
の販売や呪い代行など)見たことがあればサイト名も,⑤「呪い」を行ってみ
ようと思ったことがあるか。もしあれば具体的に,⑥「呪い」を回避する方法
を知っているか。知っていれば具体的に,⑦言葉で言うことも「呪い」だと思
─ ─
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うか,⑧マンガなどのメディアの影響を受けて呪いについて調べたことがある
か
という項目を設定した。以下詳述である。各項目の所見については,後に述
べたい。
①恐怖やホラー映画・暗い・隠れる・女性・火・ろうそく・黒,紫,赤のイメー
ジ・ネガティブ・恨み・復讐・万国共通・結果的に自分自身に降りかかる・
古風・殺人のイメージ・おぞましいもの・人が人であるために触れてはいけ
ない領域・捕らわれるもの・絡みつくもの・怨念・陰陽師・わら人形・長年
の恨み・人に知られずにするもの・一種のストレス解消法・負の強い力を持っ
ている恐ろしい近づきたくないもの・生きる力を奪われる・エクソシスト・
呪い返し・コックリさん・心の闇・人→人へ,モノ→人へなどいろいろパター
ンがある・言葉や模擬儀式による,他人の不幸・身体の一部を入れて行う・
コトリバコ・一族を根絶やしにする・不気味・強い執念・魔術・魔法・非現
実的なモノ・呪術信仰・邪悪・人を呪わば穴 2 つ・伝統医療など,よい呪術
もあるのでは・非科学的で前近代的な慣習・憎しみ・科学的に証明されてい
ないが,人々が信じてしまうもの・恨みを夜に発散・愛・血・学校・山奥・
現実世界とはかけ離れたもの・ただの迷信」
②「冗談で・ホラー映画などを見ているときに・人から恨みをかったようなと
き・古いものに触った時・○○の呪いがついた!(という遊び)
・尋常でない
頻度で嫌なことが重なったとき自分を慰めるときに使う・怖い話をしている
とき・ものを粗末にしたとき・他人に対して嫌悪感を持ったとき・悪いこと
をした人に「呪われるよ」・心霊スポットに行ったとき」など。
③「呪いかどうかはわからないが,京都の神社で購入したお札を貰った・わら
人形のストラップ(天神のインキューブ)・10 年ほど前にヴードゥー人形を
購入したことがある・神社のお札やブレスレットなど・おまじないだと購入
したことはある」
④「三瀬峠の道のりを探しているときに色々出てきたが,怖くてちゃんと見て
いない・占いなどのサイトを見ているときに偶然開いてしまった・「呪い代
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行,承ります」
・民俗学について勉強しているとき友人だちと「呪い,神社」
というキーワードを入れてインターネットで検索した・そのようなサイトが
あること自体知らなかった・授業でワラ人形の HP を見た・あるけど忘れた・
特になし」
⑤「ない・持ち物を叩きつける・好きな人と両想いになるマジナイをした・心
の中で嫌な人物に対して心の中で「死ねばいいのに」と思ったことはある・
行動はしないけど「嫌なことが起こればいいのに」と思ったことがある・コッ
クリさん」
⑥「お祓い・「むらさき鏡」という言葉を二十歳まで覚えていたら死ぬが,「白
い水晶玉」というワードを覚えていれば助かる・髪の毛を渡さないようにす
る・お守り・相手を呪う場合,その相手の一部を用いるということを聞いた
ことがあるので,掃除をこまめにしている・呪いがえし(霊能者などに頼ん
で何らかの方法で呪いをかけた相手を呪い返す)・お札・霊がつかないよう
に,中指と親指で体中を触れないではじくと,呪われないというのを母から
聞いた・呪文を唱える・守護霊が守ってくれている・水を触ると浄化されそ
う・呪いをかけている現場を見る・塩・パワーストーン」
⑦「直感的に威力を持つとは思えないが,ことばによって心理的にはそれがス
トレスとなって何らかの影響はあると思う・言葉こそ呪いだと思う・
「言う」
ということはその前に「思う」ということだと思うので,「思う≒願う≒呪
う」につながるのでは・思わない・思う(他人に影響を与えるものだから)
・
相手のいないところで相手と良好な関係を保つためにストレス発散を兼ねて
言うのであれば心理療法になるのではないかと思う。しかし相手が聞いてい
るときに,故意に相手の傷つくことを言ったら,「呪い」なのでは・「言霊」
という言葉があるぐらいだから,言葉でいうことも呪いだと思う・言葉のエ
ネルギーはすごい・呪いに言葉はつきものだと思う・儀式が伴うものは呪い
だと思う・気持ちがこもっていないと呪いではない・言葉より行動の方が「呪
い」っぽい」
⑧「都市伝説,学校の怪談について調べたことがある・丑の刻参り・ワラ人形
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に興味がある・「呪われた話」・インターネットの怪談投稿サイト等で呪いを
使った作品は見たが,呪い自体を調べたことはない・百鬼夜行について調べ
たことがある・長屋王の話を聞いて・京極夏彦の本を読んで・興味本位で調
べたことはある・不思議な現象や都市伝説には興味があるので,その延長上
に「呪い」に関することを知った気がするが,それ以上は知らない」
①「呪いについてのイメージ」の回答で筆者が特に注目した回答は,以下の
8 点である。
「女性(的)」
「結果的に自分自身にふりかかる(=人を呪わば穴 2 つ)」
「一種の
ストレス解消法」
「科学的に証明されていないが,人々が信じてしまうもの」
「愛」
「学校」
「現実世界とはかけ離れたもの」
呪いが女性的なイメージだというのは,おそらく小説や戯曲などの芸能から
くるイメージであろう。しかし,現実的に女性が反抗,攻撃できない事実に直
面したときに,間接的な攻撃を選択せざるをえないのは,歴史上女性の置かれ
てきた立場を考えれば,当然のことのようにも思われる。また,
「愛」というイ
メージがあるのも意外だった。呪いとは,「暗く」
「不気味」で「怨念」が強く
こめられた「怖い」ものであるという回答が多いと予想しており,事実調査で
も回答のほとんどがそのような「負」のイメージを喚起させるものであった。
しかし,その中にあって「愛」という回答は注目するべき回答である。なぜな
ら,人はより近い人間関係にある人しか呪わない(正確には「呪えない」)し,
またより近い人間にこそ,最も有効な攻撃手段であるからだ。
②「「呪い」という言葉を使ったことがあるか」に対しては,ほぼ全員が「冗
談で」という調査結果になった。例えば不運なことが連続して起こる時などに,
「誰かから呪われている」と言ったり,尋常でない頻度での災厄や不幸に対す
る説明として使用しているといった回答もあった。自己を納得させる手段とし
て「呪い」という言葉を使用しているのである。
先の高知県・物部村の人々は「自分や家族に生じたさまざまな災厄・不幸,
とくに病気の原因を,
「呪い」によるものと考える傾向が極めて強い(小松 前
掲書:34)」という。それは,今回の調査の回答者にも通じると考える。①の回
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現代社会のインターネット上における「呪い」ビジネスの展開
答に「科学的に証明されていないが,人々が信じてしまうもの」という回答も
ある通り,人々の心性には根強く「呪い」という観念が残っているのであろう。
一方で「現実世界とはかけ離れているもの」として捉えている面もあり,い
わば娯楽と化している側面もある。それが子どもの遊びにつながったり,ホラー
映画などとも関連するのである。
③「「呪い」グッズを購入したことがあるか」の設問になると,やはり購入す
る人は少ない。中には「ワラ人形ストラップ」や「ヴードゥー人形」を購入し
た,という回答者はいたが,それもかなり商業化されたものであることは間違
いない。むろん商業化されていようが,
「呪い」を前提に購入しているのかもし
れないが,残念ながらそれを前提として購入した回答者は今回見受けられなかっ
た。
④「「呪い」関連サイトを見たことがあるか」という項目の回答については
「呪い」に関連するサイトを閲覧した回答者は少なかったし,
「呪い」ビジネス
関連のサイトを見たという回答者についても「占いのサイトを見ていて,そこ
から飛んだ」など消極的な意見が多数を占めており,積極的に「呪い」に関連
するサイトを閲覧した回答者は少なかった。また,民俗学に興味があり,「呪
い,神社」という検索ワードを入れて検索したが,
「呪い」についてあまり関心
がないためそれ以上は知らないという回答者もいた。
⑤「実際に呪ったことがあるか」という項目に対しては「心の中で「不幸に
なればいいのに」と思ったことがある」という回答があるように,
「思う」こと
はするが,実際に呪ったことはない,という回答が多数だった。
明治期に導入された近代教育を受けてきた日本人の多くは,表面的に「呪い
は非科学的であり,実際の因果関係はない」と考える。そのため,儀式などの
動作を伴う呪いを滑稽に感じ,実際に行うことはない。しかし,メンタルの部
分を考えると,今回の回答者は少なくともメンタルの面では呪いを引き起こす
“感情”を踏襲しているのではないだろうか。
⑥「呪いを回避する方法を知っているか」との質問の回答では,「お祓い」
「呪い返し」など専門家に依頼するとする回答の他,
「髪の毛を渡さないように
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する」
「相手を呪う場合,その相手の一部を用いるということを聞いたことがあ
るので,掃除をこまめにしている」など,フレイザーの言う「感染呪術 x」を
回避するような回答も見られた。またしぐさを伴うものとしては,
「霊がつかな
いように中指と親指で体中を触れないではじく」という回答があったのも興味
深い。しぐさを伴うマジナイについては,常光徹がまとめた『しぐさの民俗学
─呪術的世界と心性』に詳しいが,体中を触れずに「はじく」という行為は,
見えないものを「祓う」意味合いがあるのではないだろうか。常光は「エンガ
チョ」や「バリア」などを例にあげているが,
「中指と親指で身体中を触れない
ではじく」,というこの回答も,目には見えない,汚いもの・穢れたものから身
を守るために行う,可視的な動作であると考えられる。
⑦「言葉で言うことも「呪い」であると思うか」に対しては,筆者は当初,
「思わない」が多数であろうと考えていた。しかし,意外にも「思う」と答え
た回答者が 36 名おり,そのうち「「言霊」を信じているから」という回答者は
9 名だった。「呪い」は藤井の言うように「宣る」に通じているため,「言葉」
というのは非常に重要な要素である。しかし,回答者のなかには「強く怨む気
持ちや行動が伴わないと「呪い」ではない」という回答もあり,小松のいう「呪
いのパフォーマンス」と「呪い心」がそろって初めて「呪い」が出来上がるの
だ,と考える回答者もいた。小松は「「呪いのパフォーマンス」なき“呪い”
が,現代でも様々な形で表出している」が,しかしその「“呪い”や“祓い”は
人間をますます奈落へと引きずり込んでいくようなものにみえる(小松前掲書:
248)」と言い,本来呪いは「ネガティブな形をとった人間同士のコミュニケー
ション,つまり人間を互いに規制する倫理的なコードのシステムだった(小松
前掲書:248)」という。
「呪いについて調べたことがある」という回答者は少なく,54 名中 9 名であっ
た。「呪い」ではなく,学校の怪談や都市伝説について調べたことがあると答え
たのも 9 名で,全体的に「呪い」という言葉に反応する回答者は少なかった。
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現代社会のインターネット上における「呪い」ビジネスの展開
( 2 )アンケート調査の実施(サイト運営者)
呪い代行ビジネスのサイトは「闇サイト xi」と混同されがちである。インター
ネットがきっかけで発生する犯罪に,
「闇サイト」は深く関わっている。しかし
現状ではインターネットの情報に信頼性が欠けることや,個人の特定に時間を
要することから,警察の介入が遅れることもある。そのため,犯罪の温床とな
ることがしばしばあるのである。しかしサイトを目にするユーザーはいずれに
しても自分の抱える闇を解消したい,と考え,依頼したり,書き込んだりする
のである。一方サイト運営側からみると,そういうニーズがあることを感じ取
り,情報を発信しているのである。そうしたものの中に,呪い代行サイトも存
在しているのだろう。
今回,呪いグッズを販売するサイトへの聞き取り調査・アンケート調査 xii の
実施 xiii を試みたが,回答は 0 件で,サイトに記載してある事務所の住所も虚偽
の記載が多かった。福岡市内に事務所を構えるサイトの住所は全く別の飲食店
が営業していた。なかには,
「取材歓迎」というサイトも存在したのであるが,
残念なことにそのサイトも記載してあった住所にはあるビルの 5 階との記載が
あったが,実際の建物は 2 階部分までしか確認できなかった xiv。グッズ販売を
行う会社についてさえ,連絡が取れないという状況である。メールアドレスに
ついても存在しないドメイン名があった。呪いビジネスを行っているはずの会
社(呪術者)の所在や連絡先がことごとく不明なのである。サイト内には別個
に「投稿フォーム」なるページが用意してあり,直接連絡を取る,というより
もそこに書き込むことで注文を受け付けるスタイルにしているサイトが多いの
だろう。つまり,呪術を行う会社の所在が「分かる」ことは,運営者にとって
は好ましくないのである。
考えられる理由としては,①いたずら防止,②呪術を行える環境にない,③
占い・マジナイ関係のサイトのおまけとして機能しているなどであるが,本論
文の内容から考えると,④呪いの秘匿性,に関係するのではないかと考える。
呪いを実行している現場を他人に目撃されると,術は全て術師(呪いを実行し
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ている人物)に跳ね返ってくると言われている。人を呪うにはそれなりのリス
クがあるのである。そのため,人目のつきにくい場所・時間等を選び,呪いを
実行するのであるが,もし呪い代行サイトが実際に呪いを実行していると仮定
すると,事務所の住所が公になるのはあまり好ましくない。また不確実なビジ
ネスであるがゆえに,効果の出ない場合,依頼者から訴えられない,とも限ら
ない。そのため,サイト運営側はあえて連絡先を分からなくしていたり,架空
の住所を記載していたりするのではないだろうか。
( 3 )体験者の声
呪い代行サイトの中には体験者の声を掲載しているサイトがある。今回筆者
が調査を行った 15 件のサイト中,約半数の 8 件が「体験者の声」を掲載してい
た。
しかし先の住所虚偽記載の件もあるため,全てが本当に依頼者の声であるか
は疑わしい。また体験者の声としてあげられている「声」のいくつかには,記
載しているサイト名が違うものの,ほぼ同様の内容があげられていることや,
明らかに倫理に反している内容 xv のものもあり,その点から見ても全てが依頼
者の声であるとは断言できない。しかし「体験者の声」を集計することで,依
頼者の多くが呪いに何を期待しているのか,またもしサイト側の作為的な意見
であるとすれば,サイト側が持つ呪いのイメージや一般的に考えられている,
「呪い」から連想される年齢層を推察することが出来る。
体験者の声を参考にしながら,以下の項目で統計をとった。
①依頼者の性別,②依頼者の年代,③対象者の性別,④依頼者と対象者の関係,
⑤呪いの内容(恋愛・復讐・その他),⑥相手に現れた呪いの効果(身体的影
響・金銭的影響・精神的影響)
尚,各サイトの「体験者の声」の合計は 194 件であった。
結果として,
①女性:130 名 男性:49 名 不明:15 名 (計 194 名)
② 20 代:72 名 30 代:52 名 40 代:20 名 50 代:2 名 10 代:2 名
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不明:55 名
③女性:37 名 男性:87 名 その他:83 名
④不倫・浮気相手:37 名 恋人(元恋人含む):35 名 片思い相手:26 名
夫・妻(元も含む):19 名 会社の人間関係:12 名 上司:10 名
友人:10 名 パートナーの不倫・浮気相手:10 名 近隣:4 名 家族:2 名
不倫・浮気相手のパートナー:1 名
⑤恋愛またはそれに類するもの:99 復讐またはそれに類するもの:60
その他:40
⑥精神的影響:126 身体的影響:34 社会的影響:28 金銭的影響:21
(複合して効果が表れることがある)
という統計になった。
依頼者は圧倒的に女性が多い。さらに相談者の中で一番多い年代は 20 代,30
代である。宮田登は若い女性の霊性を論文で多く取り上げてきたが,この統計
結果はそれに通じるものがあるのかもしれない。若い女性や子どもたちの持つ
「霊力」について,日頃は表に出ない「霊力」は,気持ちの起伏や婚礼,出産
などを経ることにより表面化するという。また江馬務は「女性が男性よりも執
着心が深い(江馬 1976:116)」ため,「愛恨のため出る幽霊」には女性が多い
のだという。死後の女性が江馬の主張のとおりならば,生身の女性はなおさら
である。呪いの依頼者の性別や年齢を考慮するとき,現代における若い女性の
霊力が 1 つの注目すべき要素であると言える。
先述したとおり,呪いはより近い関係の間柄において,最も有効な攻撃の手
段である。呪いの対象者として,恋人や夫・妻などの身近な人間が多いのも,
それを表わしている。
また,呪いの依頼内容としては「恋愛」が「復讐」よりも若干上回った。し
かし「復讐」の内容についても,動機は恋愛のもつれであることが多く,それ
を含めるとほとんどの依頼者が恋愛問題を抱えていたと言える。しかも多くが
不倫や浮気の問題であり,世間的には認められない問題である。そのため自分
の抱える深い苦しみ xvi や恨み,憎しみの感情をどうにかして消化したい,自分
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あるいは周囲を納得させたいという願望を抱くのであろう。
呪いの効果として,もちろん精神的に負荷をかけ,追い込んだり,金銭的な
ダメージを与えたり,社会的地位をなくすなどといった,負の効果に対する「体
験者の声」が多数寄せられていたが,一方で「彼の浮気を止めさせた」
「元彼と
よりを戻せた」
「宝くじがあたった」などの,本稿で取り扱う呪いとは違う「正」
の効果に対する声も記載されていた。呪いとマジナイが混同されてきているの
だろうか。
第 4 章 まとめ
インターネット上に存在する「呪いビジネス」関連サイトを閲覧すると,な
んとも形容しがたい“感情”を強く感じてしまう。科学万能主義の現代日本で
は,
「呪い」という言葉に対する反応は非常に薄いものである。しかし,それは
あくまでも「伝統的」な呪いに対する反応であり,心性として「呪い」は現在
でも存在しているといえる。もちろん近代化を目標としたのが明治期であり,
現代に至るまで 100 年余りしか経っていないのである。時代の流れは早くとも,
人間のメンタルの面では,羨望や嫉妬の念がなくなることはない。表層が変化
したとて,呪い心が消えることはないであろう。つまり,
「呪い」の在り方が変
化しているだけなのである。
奈良時代や平安時代のように呪術師や宗教者などに呪いや呪い返しの依頼を
している状況は,現代日本には当てはまらない。もちろん現代日本においても,
小松の言う「呪いのパフォーマンス」があってこそ呪いは成り立つものである,
と考える人々が多く存在するものの,呪術師であろうと自分自身であろうと,
行為や動作,いわゆる「呪いパフォーマンス」を伴った呪いを現実的なものと
して捉える人々は少なくなった。
呪いビジネスを取り巻く環境は,非常に早いスピードで変容してきている。
特にインターネットが登場し人口に膾炙してからは,圧倒的な速度で「呪い」
ビジネスを含む,デジタルコンテンツビジネスに対する意識が変わってきてい
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る。高度情報化社会が進む現状においては,
「呪い」はインターネットを媒体に
展開しているといえるかもしれない。呪いの秘匿性はインターネットの匿名性
へと転化し,また家にいながらにして自分の心願を成就させることができ,比
較的安易な気持ちで依頼ができるのである。そのようなインターネットの構造
により,デジタルコンテンツとして「呪い」がネット通販されることになった
のである。現代社会のインターネットにおける呪いは,パフォーマンスを他人
に依頼するというある種の気楽さ,そしてインターネットの匿名性を背景に展
開している。
しかし一方で「本当に「呪い」たいなら,他人には絶対に頼まないで自分で
やる」という声も聞かれる。またアンケートの回答にもみられたが,
「ある種の
ストレス解消法」や,
「人との良好な関係を築くために必要なシステム」である
という回答があった。インターネット上に展開する呪いビジネスは,人々がリ
アルな世界では呪いの効果を期待できなくなったことを意味している。言いか
えれば,リアルな世界において,充実した人間関係を構築することが不得意に
なっている人々が増えている,とも言えるだろう。しかし呪いに対する反応が
希薄になってしまった現代においてなお「呪い」が展開していることは,現代
社会における人々が抱える諸問題やストレスからの解放を願う心性が関係して
いることは疑いないであろう。
i
京都の貴船神社や岐阜県千代保稲荷の様子について,小松和彦が紹介している。
(小松
1995:『日本の呪い:「闇の心性」が生み出す文化とは』)
ii 「」は筆者による強調
iii 国史大辞典には「まじない⇒禁厭」と掲載
iv 小松 1995
v そもそもはヴードゥー教の儀礼に使用する呪具の 1 つだった。
vi 渋井 2009
vii 総務省。平成 23 年 5 月 18 日発表。
(http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/statistics/statistics05.html)
viii 本稿で言う「呪い」ビジネスとは,呪いの術を代行,あるいは呪いを行うためのグッ
ズを販売することを目的としたビジネスのことを指す。
ix mixi(招待制で友人・知人との交流を目的としたウェブサイト)上でアンケート調査
の依頼を呼び掛けた。
─ ─
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x
対象者の身体の一部(爪や髪など)に呪いをかけることにより,本人にも同様の効果
を期待する呪術。
xi 犯罪の温床になりやすいサイトのこと。管理者が違法な商売を目的に開設したサイト
と,管理者の意図に関係なく,ユーザー同士が犯罪の情報交換を行う掲示板サイトな
どがある。実際にそのサイトで知り合った人々が起こした殺人事件が起こっている。
また集団自殺を目的として,自殺志望のユーザーが利用する掲示板サイトもあり,そ
こに犯罪者が目をつけ,実際に 2005 年には殺人事件が起こっている。
xii 連絡先が明記されておらず,問い合わせフォームやメールアドレスでの対応をしてい
るサイトには,メールで回答を依頼した。
xiii 調査方法はアンケート調査票をメールにて添付。
xiv google マップストリートビューによって検索。
xv 呪った対象者が死亡するなどの体験談が数件あった。
xvi その多くが世間的に見ると「理不尽」なことである。
参考文献
小松和彦「日本の呪い─「闇の心性」が生み出す文化とは」1995 光文社
桜井徳太郎編「信仰 講座日本の民俗 7」1979 有精堂出版所収
藤井正雄「禁忌・呪い」
柳田國男「定本柳田國男集第 27 巻」1970 筑摩書房
井之口章次「日本の俗信」1975 弘文堂
片山隆裕編「アジアから観る,考える」2008 ナカニシヤ出版所収
成末繁郎「「呪い」は効くのか?─タイのヒーリング・カルトの治癒力」
中村雅彦「呪いの研究 拡張する意識と霊性」2003 トランスビュー
釈徹宗・内田樹・名越康文「現代人の祈り 呪いと祝い」2010 サンガ
野島美保「人はなぜ形のないものを買うのか 仮想世界のビジネスモデル」2008NTT
出版
竹内郁郎・宇都宮京子編
「呪術意識と現代社会 東京都二十三区民調査の社会学的分析」2010 青弓社
江馬務「日本妖怪変化史」1976 中央公論新社
宮田登「ヒメの民俗学」1987 青土社
宮田登「妖怪の民俗学 日本の見えない空間」1990 岩波書店
松尾恒一「物部の民俗といざなぎ流」2011 吉川弘文館
斎藤英喜「いざなぎ流祭文と儀礼」2002 法蔵館
斎藤英喜「呪術の知とテクネー―世界と主体の変容」2003 森話社
渋井哲也「実録・闇サイト事件簿」2009 幻冬舎
2011 年 11 月 24 日,25 日実施のS大学でのアンケート調査
2011 年 11 月 23 日~ 11 月 30 日までの mixi でのアンケート調査
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