研 究 紀 要 - 日本社会事業大学

ISSN 0916 ― 765X
Issues in Social Work
No. 57
Nursing-care and profile relationship analysis using the National Survey
Takashi Goto
on Lifestyle preferences 2001 data
Ruriko Takahashi
for Persons with Disabilities System for Persons with Physical Disabilities
Akira Imai
for Workers with Disabilities
Differences in the stress response of nursing home staff by improvement
Tadashi Sugiyama
Keiko Kodama
日本社会事業大学
研 究 紀 要
大橋謙策教授退任記念号
in environment of conventional institution for introducing unit care.
集 二〇一〇年 57
Living in Community
Characteristics and Current Issues of Work Order Promotion Measures
第
The Tasks in Support of the use of Assistive Devices under the Welfare
日本 社 会 事 業 大 学 研 究 紀 要
Study Report of the Japan College of
Social Work
―A comparison of before the improvement with three months later.―
Effectiveness of psycho-education for people using Supplemental
Security Income program, and possibilities to systematically
第 57 集
Kosuke Takahasi
Iwao Oshima
introduce its approaches in Japan
Status quo and Issues on Instruction of Social
Work Practice in Social Work Education
Nami Matsui
Ruriko Takahashi
Kyoko Kurokawa
The Direction of Inter-professional Learning in the Social Work Education
Noriko Kido
Nationwide diffusion of the“institutional environment creation
Keiko Kodama
support program catering to elderly people with dementia”
Taka-aki Koga
Kyoko Numata
Hikaru Shimogaki
Application of Neuroscience to Social Work Education---Aiming at
Kurumi Saito
Teaching to Improve Communicative Ability
facilities on the Stand point of Compassion Fatigue.
2010
Japan College of Social Work
3-1-30 Takeoka, Kiyose-city, Tokyo 204-8555
Takashi Fujioka
日本社会事業大学
On the Construction of Support Program for Care Givers in Child welfare
2011 年 2 月
ISSN 0916 ― 765X
Issues in Social Work
No. 57
Nursing-care and profile relationship analysis using the National Survey
Takashi Goto
on Lifestyle preferences 2001 data
Ruriko Takahashi
for Persons with Disabilities System for Persons with Physical Disabilities
Akira Imai
for Workers with Disabilities
Differences in the stress response of nursing home staff by improvement
Tadashi Sugiyama
Keiko Kodama
日本社会事業大学
研 究 紀 要
大橋謙策教授退任記念号
in environment of conventional institution for introducing unit care.
集 二〇一〇年 57
Living in Community
Characteristics and Current Issues of Work Order Promotion Measures
第
The Tasks in Support of the use of Assistive Devices under the Welfare
日本 社 会 事 業 大 学 研 究 紀 要
Study Report of the Japan College of
Social Work
―A comparison of before the improvement with three months later.―
Effectiveness of psycho-education for people using Supplemental
Security Income program, and possibilities to systematically
第 57 集
Kosuke Takahasi
Iwao Oshima
introduce its approaches in Japan
Status quo and Issues on Instruction of Social
Work Practice in Social Work Education
Nami Matsui
Ruriko Takahashi
Kyoko Kurokawa
The Direction of Inter-professional Learning in the Social Work Education
Noriko Kido
Nationwide diffusion of the“institutional environment creation
Keiko Kodama
support program catering to elderly people with dementia”
Taka-aki Koga
Kyoko Numata
Hikaru Shimogaki
Application of Neuroscience to Social Work Education---Aiming at
Kurumi Saito
Teaching to Improve Communicative Ability
facilities on the Stand point of Compassion Fatigue.
2010
Japan College of Social Work
3-1-30 Takeoka, Kiyose-city, Tokyo 204-8555
Takashi Fujioka
日本社会事業大学
On the Construction of Support Program for Care Givers in Child welfare
2011 年 2 月
日本社会事業大学
研 究 紀 要
大橋謙策教授退任記念号
第 57 集
2011 年 2 月
目 次
献呈の辞 ………………………………………………………………………… 髙橋 重宏 1
大橋謙策教授年譜及び業績目録 ……………………………………………………………… 5
最終講義「
『社会事業』の復権とコミュニティーソーシャルワーク」… …… 大橋 謙策 19
(研 究 論 文)
平成 13 年度国民生活選好度調査にみる<介護と世帯>に関わる
国民意識の分析 … ………………………………………………………………… 後藤 隆
45
在宅身体障害者の補装具活用をめぐる支援の課題 ………………………… 髙橋流里子
63
障害者の就労に対する発注促進策の特徴と当面の課題 …………………… 今井 明
79
従来型施設のユニット化改修に伴う特養職員のストレス反応の変化
―改修前と改修 3 ヶ月後の比較― ……………………………… 杉山 匡・児玉 桂子
99
生活保護における心理教育アプローチの有効性とその導入・実施への示唆
…………………………………………… 高橋 浩介・大島 巌
111
(研究ノート)
社会福祉実習教育における実習指導の現状と課題
…………………………… 松井 奈美・髙橋流里子・黒川 京子
137
ソーシャルワーク教育における専門職間連携教育の方向性
~イングランドにおける IPL 実習をふまえて~ ……………………………… 木戸 宜子
157
(研 究 報 告)
「認知症高齢者に配慮した施設環境づくり支援プログラム」の全国レベルでの
普及を目的とした実践研究 ……………… 児玉桂子・古賀誉章・沼田恭子・下垣 光
167
脳科学を福祉教育に活かす
~コミュニケーション能力を高める授業をめざして …………………… 斉藤 くるみ
179
共感疲労の観点に基づく援助者支援プログラムの構築に関する研究 …… 藤岡 孝志
201
業績リスト ………………………………………………………………………………………
241
献呈の辞
日本社会事業大学学長 髙 橋 重 宏 学校法人日本社会事業大学は、本学の教育・研究に永年携わり、退職された先生の業績を讃
え、その先生の教育・研究の視座を確認し、継承していくという方針で日本社会事業大学研究
紀要の記念号を刊行してきました。
本紀要は、大橋謙策先生に献呈すべく編纂されたものです。先生は 1974(昭和 49)年 4 月
1 日に日本社会事業大学社会福祉学部専任講師として赴任され、2010(平成 22)年 3 月に退職
されるまでの 36 年間にわたり、本学の教育・研究に携わられ、かつこの間の 2005(平成 17)
年 4 月より退職されるまでの5年間学長として本学のトップリーダーとして、本学を牽引され
てこられた先生の多年のご高導とご貢献に深謝するものです。
大橋謙策先生は 1943(昭和 18)年 10 月 26 日生まれ、1967(昭和 42)年 3 月に日本社会事
業大学を卒業、1970(昭和 45)年 3 月に東京大学大学院教育学研究科修士課程(社会教育専
攻)を修了、
1973(昭和 48)年 3 月には東京大学大学院教育学研究科博士課程(社会教育専攻)
を満期退学されました。1970(昭和 45)年 4 月から 1972(昭和 47)年 12 月までは女子栄養
大学栄養学部助手として勤務されています。先生の履歴と詳細な研究業績と社会的活動につい
ては別掲されていますのでご参照ください。
大橋謙策先生といえばバイタリティ、リーダーシップ、熱い情熱、アイディアマンという言
葉を連想します。先生が事務局長に就任されると、まず定期的なニュースが発行されます。そ
して意欲的な諸活動が開花します。社団法人日本社会福祉教育学校連盟がその一例です。大橋
謙策先生がその基礎を築かれました。まさに、日本のソーシャルワーク教育、専門職団体、行
政を結びつけ、7月の海の日(18 日)をソーシャルワーカーデイとして設定され、過去二年
間ソーシャルワークを一般の市民に理解してもらう活動が活性化しています。これも大橋謙策
先生のアイディアと努力によるものです。
先生の学問的業績は①地域福祉学の構築とその普及、②コミュニティ・ソーシャルワークに
関わる体系化、③社会福祉協議会や共同募金会の活性化、④長野県の茅野市をはじめ自治体に
おけるソーシャルワーク実践の構築と高度化などを挙げることができます。
さらに、多くの大学院生の修士論文指導、博士論文指導によって多くの研究者が誕生してい
ます。修士号の授与が 99 件、博士号の授与が 15 件となっています。
数多くの業績の中から先生の主な社会的貢献活動の一部を以下に紹介します。
日本学術会議第 18 期・第 19 期会員(平成 12 年 7 月~平成 17 年 9 月)として科学研究費の
細目を社会学から独立し社会福祉学という細目を確立していただきました。これは日本社会福
祉学会等の研究者にとっては画期的な出来事です。
日本社会福祉学会会長
(平成 11 年 10 月~平成 16 年 9 月)としても精力的に活躍されました。
特に、日本社会福祉学会研究倫理指針を策定されました。また、韓国社会福祉学会(当時の金
聖二会長・前保健福祉家族部長官)と学術交流協定を締結され、以降、韓国の春期学術大会に
は日本社会福祉学会の代表が招かれ、秋の日本社会福祉学会大会には韓国からの代表を招待し
― 1 ―
ています。日本社会福祉学会学術賞も創設されました。さらに、日本地域福祉学会会長として
も学会の発展に貢献されました。
日本社会福祉教育学校連盟会長(平成 19 年)として、入会審査基準の改定、APASWE(ア
ジア太平洋ソーシャルワーク教育学校連盟)への貢献など多くの業績を残されています。
社会福祉士国家試験の副委員長として、試験問題のねらいを明確にして出題をするという改
革を行われました。
ソーシャルケアサービス従事者研究協議会は元学長の仲村優一先生とともに、日本における
学会、社団法人日本社会福祉教育学校連盟、社団法人日本社会福祉士養成校協会、社団法法人
日本精神保健福祉士養成校協会などの専門職養成団体、社団法人日本社会福祉士会、社団法人
日本精神保健福祉士協会、社団法人日本社会医療事業協会、NPO 法人日本ソーシャルワーカー
協会などの職能団体を繋いだ日本におけるソーシャルワーク実践の組織です。まさに大橋謙策
先生のバイタリティと行動力によって組織化され牽引されています。
これらの活動の成果として第21回アジア・太平洋ソーシャルワーク会議(APC 21)の
開催の企画・準備が進められています。ソーシャルワークの新たな地平:共生と連帯(Crossing
Borders: Interdependent Living and Solidarity)のテーマのもと大橋謙策先生が大会長として 2011
(平成 23)年 7 月 15 日から 18 日まで早稲田大学で開催されます。
大学行政では、イギリスのサザンプトン大学及び北京大学との姉妹校提携、日本社会事業大
学アジア福祉創造センターの開設があります。
その他の大学行政としては、全学教授会の設置、学長選考への管理事務職員の参加、機関別
認証評価の実施(専門職大学院の第三者評価を含む)、中期目標・中期計画の遂行と新中期目標・
中期計画の策定、文京キャンパスの改築と同窓会サロンの設置、埼玉県との連携協定の締結な
ど数多くの事項が列挙されます。
文部科学省のGP(Good Practice)では、学長在任中、「コラボレーション型実践教育シス
テムの構築」
(専門職大学院教育推進プログラム)、「組織的な大学院教育改革推進プログラム」
(プログラム評価)
、
「大学教育学生支援推進事業」(ことばのバリアフリー)、「大学教育充実の
ための戦略的大学連携支援プログラム」
(連携GP)を受託して成果を挙げています。
大橋謙策先生は本学 4 年制大学卒業生として初の学長として活躍されました。卒業生として
の立ち位置を活かして、文京キャンパスの同窓会サロンの設置、教育後援会(学生父母の組織
化)の設置、地方支部会との連携強化等を図りました。同窓会・地方支部会との連携・訪問は
学長在任中に限らず長年にわたり大橋先生は大切にしてこられました。学長在任中に2分の1
程の支部会を訪問されています。
また、キャンパス内の四季折々の花壇の花は学長のポケットマネーで購入され、社団法人東
久留米市シルバー人材センターの皆さんの努力で美しいキャンパスが維持されています。
大橋謙策先生の本学へのご高導とご貢献に対し、衷心より深く感謝し、先生がますますご健
勝で、ご活躍されることを祈念しています。幸い先生は日本社会事業大学大学院の特任教授と
して大学院生の指導をお願いしています。また、日本社会事業大学社会福祉学会会長としても
ご活躍いただいています。
さらには、本人の長年の願いであった四国巡礼を今年 11 月には無事に貫徹されました。
今後とも引き続き本学およびアジアや世界のソーシャルワーク教育・研究の発展のためにご
教導賜りますことを願いまして、先生の退任記念号の辞とさせていただきます。
― 2 ―
大 橋 謙 策 教 授
大橋謙策教授年譜及び業績目録
〈年 譜〉
学 歴 等
昭和 42 年 3 月 日本社会事業大学社会福祉学部 社会事業学科卒業
45 年 3 月 東京大学大学院教育学研究科 修士課程修了(社会教育専攻)
48 年 3 月 東京大学大学院教育学研究科 博士課程満期退学(社会教育専攻)
職 歴
昭和 45 年 4 月 女子栄養大学栄養学部助手(~昭和 47 年 12 月)
49 年 4 月 日本社会事業大学社会福祉学部専任講師
52 年 7 月 日本社会事業大学社会福祉学部助教授
59 年 4 月 日本社会事業大学社会福祉学部教授(~平成 22 年 3 月)
平成 元 年 4 月 日本社会事業大学大学院福祉学研究科修士課程兼担(~平成 22 年 3 月)
2 年 4 月 日本社会事業大学社会福祉学部社会事業学科長(~平成 3 年 3 月)
平成 2 年度
九州大学大学院文学研究科非常勤講師「地域福祉社会学」担当
平成 5 年度
東京大学大学院教育学研究科非常勤講師
「社会教育学特講」
、
「地域福祉と社会教育」担当(~平成 7 年 3 月)
5 年 4 月 日本社会事業大学大学院研究科長(~平成 10 年 3 月)
6 年 4 月日本社会事業大学大学院社会福祉学研究科博士課程兼担教授
(~平成 22 年 3 月)
6 年 4 月 放送大学客員教授(~平成 15 年 9 月)
7 年 4 月 淑徳大学大学院社会福祉学研究科非常勤講師(~平成 17 年 3 月)
10 年 4 月 日本社会事業大学社会福祉学部長(~平成 12 年 3 月)
10 年 4 月 川崎医療福祉大学大学院医療福祉学研究科非常勤講師(~平成 12 年 3 月)
13 年 4 月 高知女子大学大学院非常勤講師(~平成 16 年 3 月)
14 年 4 月 東北福祉大学大学院客員教授(~現在に至る)
14 年 8 月 学校法人日本放送協会学園非常勤理事(~現在に至る)
16 年 4 月 同志社大学大学院非常勤講師(~平成 20 年 3 月)
17 年 4 月 日本社会事業大学学長(~平成 22 年 3 月)
20 年 4 月 放送大学客員教授(~現在に至る)
学会及び社会における活動等
昭和 45 年
日本社会福祉学会会員 日本教育学会会員 日本社会教育学会会員
― 5 ―
46 年
東京都稲城市社会教育委員(~昭和 58 年)
55 年
全国社会福祉協議会福祉教育研究委員会委員長(~昭和 59 年 3 月)
57 年
日本社会事業学校連盟事務局長(~昭和 59 年 3 月、昭和 61 年 4 月~ 63 年 3 月)
58 年
東京都稲城市福祉委員(~平成 3 年)
61 年 4 月 文部省初等中等教育局産業教育(福祉科)調査協力者(~昭和 62 年 3 月)
61 年
東京都児童福祉審議会委員(~平成 6 年)
平成 2 年 1 月 日本地域福祉学会理事(~平成 8 年 6 月)
2 年
厚生省生活支援事業研究会委員長(~平成 2 年 8 月)
2 年 4 月 日本学術会議会員推薦人(日本社会福祉学会選出)
2 年 4 月 社会福祉士国家試験委員(地域福祉論担当 ~平成 4 年 3 月)
2 年 10 月 東京都福祉マンパワー対策検討委員会 小委員長(平成 3 年 11 月)
2 年 10 月 日本社会福祉学会理事(~平成 8 年 10 月)
2 年 12 月 東京都目黒区地域福祉計画策定委員会委員長(~平成 4 年 3 月)
3 年 6 月 東京都狛江市地域福祉計画策定委員会委員長(~平成 4 年 3 月)
4 年 9 月 日本社会教育学会常任理事(~平成 5 年 9 月)
4 年 10 月 東京都社会福祉審議会臨時委員(~平成 6 年 6 月)
4 年 10 月 東京都豊島区障害者福祉計画等委員会委員長(~平成 5 年 3 月)
5 年 1 月 東京都目黒区障害者福祉計画策定委員会委員長(~平成 5 年 6 月)
6 年
厚生省地域保健基本問題検討委員会委員(~平成 5 年 7 月)
6 年
厚生省公衆衛生審議会専門委員(~平成 8 年 8 月)
6 年
厚生省保健医療福祉地域総合調査研究企画委員(~平成 9 年)
6 年
文部省大学設置・学校法人審議会専門委員(~平成 11 年 3 月)
6 年
東京都児童福祉審議会専門部会長(~平成 14 年 3 月)
6 年
東京都社会福祉審議会委員(~平成 18 年)
6 年
日本地域福祉研究所所長(~現在に至る)
6 年
大和証券福祉財団評議員・選考委員(~現在に至る)
6 年
21 世紀を迎える共同募金のあり方委員会委員長(~平成 8 年)
6 年
東京都狛江市市民福祉推進委員会委員長(~平成 20 年)
6 年 5 月 東京都豊島区基本構想審議会委員(~平成 9 年 1 月)
6 年 10 月 日本学術会議社会福祉・社会保障研究連絡委員会委員(~平成 12 年 9 月)
7 年 4 月 日本社会事業学校連盟副会長(~平成 15 年 12 月)
7 年 11 月 日本福祉教育・ボランティア学習学会会長(~平成 10 年 10 月)
7 年
東京都稲城市生涯学習計画策定委員会委員長
7 年
東京都 21 世紀行政財政あり方検討委員会委員(~平成 9 年 3 月)
7 年
東京都地域福祉財団評議委員(~平成 14 年 3 月)
7 年
東京都障害者施策推進協議会専門委員(~平成 14 年 3 月)
8 年
文部省 21 世紀医学・医療懇談会教育部会協力者(~平成 10 年 3 月)
― 6 ―
8 年
都から区市町村への分権のあり方検討委員会委員(~平成 9 年 5 月)
8 年
東京都生涯学習審議会委員(~平成 13 年 4 月)
8 年
日本地域福祉学会副会長(~平成 14 年 6 月)
9 年
日本学術会議推薦人(日本社会福祉学会選出)
9 年
厚生省必要病床等に関する検討会委員(~平成 10 年 3 月)
9 年
東京都高齢者事業振興財団理事(~平成 13 年 3 月)
9 年
長野県茅野市行政アドバイザー(~現在に至る)
9 年
東京都都民のための都政改革を考える会委員(~平成 10 年)
9 年
東京都福祉施策研究会委員長(~平成 10 年)
9 年
日本看護協会・先駆的保健活動交流推進事業検討委員会委員(~平成 11 年
3 月)
10 年
文部省幼稚園・小学校・中学校・高等学校・盲学校・聾学校及び養護学校の
学習指導要領等の改善に関する調査研究協力者(~平成 11 年 3 月)
10 年
東京都介護保険事業支援計画作成委員会委員長(~平成 12 年 3 月)
10 年
東京都目黒区地域福祉審議会会長(~現在に至る)
10 年
東京都狛江市地域福祉計画策定委員会委員長(~平成 12 年 3 月)
10 年 7 月 東京都豊島区介護保険事業計画策定委員会委員長(~平成 12 年 1 月)
10 年 7 月 厚生省大臣官房障害保健福祉部福祉用具給付制度等検討委員会委員(~平成
11 年 3 月)
10 年 11 月 日本福祉教育・ボランティア学習学会副会長(~平成 20 年 10 月)
11 年 4 月 「高等学校学習指導要領解説・福祉編」作成協力者(~平成 12 年 3 月)
11 年 7 月 日本生命財団・高齢社会助成選考委員(~現在に至る)
11 年 10 月 日本社会福祉学会会長(~平成 16 年 9 月)
12 年 1 月 日本学術振興会科学研究費審査専門委員(~平成 13 年 3 月)
12 年 4 月 文部省教育助成局高等学校教員資格認定試験委員・専門委員(~平成 14 年
3 月)
12 年 4 月 東京都豊島区介護保険推進委員会委員長(~現在に至る)
12 年 4 月 文部省教育助成局高等学校教員資格認定試験委員・専門員(~平成 15 年 3 月)
12 年 5 月 ソーシャルケアサービス従事者研究協議会代表(~現在に至る)
12 年 6 月 文部省教育職員養成審議会臨時委員(~平成 13 年 3 月)
12 年 6 月 東京都豊島区介護保険推進会議会長(~現在に至る)
12 年 7 月 日本学術会議・第 18 期・第 19 期第 1 部会員(~平成 17 年 9 月)
12 年 7 月 社会福祉士国家試験委員会副委員長(~平成 18 年 3 月)
13 年 4 月 損保ジャパン・社会福祉文献賞選考委員(~平成 15 年 3 月)
13 年 4 月 東京都生涯学習審議会会長(~平成 21 年 5 月)
13 年 6 月 厚生労働省社会・援護局国際障害者分類の仮訳作成のための検討委員(~平
成 14 年 3 月)
― 7 ―
13 年 8 月 厚生労働省厚生科学研究費補助金事業(障害保健福祉総合研究事業)分担研
究者(~平成 14 年 3 月)
14 年 5 月 東京都社会教育委員の会議会長(~平成 18 年 3 月)
14 年 6 月 日本地域福祉学会会長(~平成 20 年 6 月)
14 年 8 月 厚生労働省障害保健福祉総合研究事業(分担研究者)
14 年 10 月 社会福祉法人敬心福祉会監事(~平成 21 年 5 月)
15 年 3 月 社団法人全国社会教育委員連合会長(~現在に至る)
15 年 4 月 損保ジャパン・社会福祉文献賞選考委員長(~平成 21 年 3 月)
15 年 9 月 厚生労働省厚生科学研究費選考委員(~平成 17 年 3 月)
16 年
中央共同募金会企画・推進委員会委員長(~現在に至る)
16 年 4 月 日本学術振興会特別研究員等審査会専門委員(~平成 17 年 7 月)
16 年 5 月 日本生命財団・評議委員(~現在に至る)
17 年 5 月 社団法人国際社会福祉協議会日本国委員会理事(~平成 22 年 3 月)
18 年 4 月 中央教育審議会初等中等教育分科会産業教育専門部会委員(~平成 20 年 3 月)
18 年 10 月 厚生労働省社会保障審議会統計分科会生活機能分類専門委員会委員(~現在
に至る)
19 年 4 月 社団法人日本社会福祉教育学校連盟会長(~平成 22 年 3 月)
19 年 10 月 厚生労働省これからの地域福祉のあり方に関する研究会座長(~平成 20 年
3 月)
19 年 10 月 第一回塙保己一賞選考委員長(~現在に至る)
20 年 10 月 東京都世田谷区地域保健福祉審議会会長(~現在に至る)
21 年 2 月 社会福祉法人 中央共同募金会 評議員(~現在に至る、平成 22 年 6 月よ
り理事兼務)
21 年 10 月 富山県福祉カレッジ学長(~現在に至る)
21 年 10 月 豊島区保健福祉審議会会長(~現在に至る)
〈業績目録〉
Ⅰ 著書(編著、監修含む)
昭和 51 年
『保母 ・ 社会福祉主事になるには』ぺりかん社
53 年 2 月 『社会教育と地域福祉』全国社会福祉協議会
59 年 4 月 『地域福祉教室』有斐閣
59 年 10 月 『地域福祉計画』全国社会福祉協議会
59 年 10 月 『生活構造の変容と社会教育』東洋館出版
60 年 1 月 『高齢化社会と教育』中央法規出版
― 8 ―
61 年 2 月 『社会福祉教育論』全国社会福祉協議会社会福祉研究センター
61 年 8 月 『社会福祉を学ぶ人のために』全国社会福祉協議会
61 年 9 月 『地域福祉の展開と福祉教育』全国社会福祉協議会
61 年 10 月 『学校における福祉教育実践Ⅱ』シリーズ福祉教育 第 3 巻 光生館
62 年 2 月 『社会福祉教育論』-増補版- 全国社会福祉協議会社会福祉研究センター
62 年 9 月 『福祉教育の理論と展開』シリーズ福祉教育 第 1 巻 光生館
62 年 12 月 『社会教育の福祉教育実践』シリーズ福祉教育 第 5 巻 光生館
63 年 3 月 『社会福祉概論』NHK学園高校専攻科コミュニティ・スクール教科書
63 年 3 月 『ボランティア論』NHK学園高校専攻科コミュニティ・スクール教科書
63 年 4 月 『学校における福祉教育実践Ⅰ』シリーズ福祉教育 第 2 巻 光生館
63 年 7 月 『学校外の福祉教育実践』シリーズ福祉教育 第 4 巻 光生館
63 年 10 月 『地域福祉』NHK学園
63 年 10 月 『現代家族と社会教育』東洋館出版社
平成 元 年 2 月 『社会福祉士 ・ 介護福祉士になるには』ぺりかん社
元 年 4 月 『福祉レクリエーションの実践』ぎょうせい
2 年 3 月 『高齢者教育の構想と展開』全日本社会教育連合会
2 年 4 月 『社会福祉の専門教育』シリーズ福祉教育 第 6 巻 光生館
4 年 3 月 『地域福祉論』中央法規出版
4 年 8 月 『社会福祉論』NHK学園
5 年 3 月 『福祉教育資料集』シリーズ福祉教育 第 7 巻 光生館
5 年 6 月 『地域福祉史序説』中央法規出版
7 年 3 月 『地域福祉論』放送大学教育振興会
8 年 8 月 『地域福祉計画策定の視点と実践-狛江市あいとぴあへの挑戦』第一法規出版
8 年 8 月 『地域福祉実践の視点と方法』東洋堂企画出版社
9 年 4 月 『社会福祉基礎』高校生が学ぶ社会福祉シリーズ 第 1 巻 中央法規出版
9 年 8 月 『地域福祉実践の課題と展開』東洋堂企画出版社
10 年
『ボランティア論』NHK学園
10 年 4 月 『社会福祉制度』高校生が学ぶ社会福祉シリーズ 第 2 巻 中央法規出版
10 年 4 月 『高齢者 ・ 障害者の介護』高校生が学ぶ社会福祉シリーズ 第 3 巻 中央法規
出版
10 年 4 月 『社会福祉実習.2』高校生が学ぶ社会福祉シリーズ 第 6 巻 中央法規出版
10 年 4 月 『社会福祉援助技術社会福祉援助サービスの考え方と方法』高校生が学ぶ社
会福祉シリーズ 第 4 巻 中央法規出版
10 年 5 月 『社会福祉実習.1』高校生が学ぶ社会福祉シリーズ第5巻 中央法規出版
10 年 8 月 『社会福祉基礎構造改革と地域福祉の実践』東洋堂企画出版社
11 年 1 月 『福祉のこころが輝く日』東洋堂企画出版社
11 年 3 月 『いきがい発見のまち―宇部市の生涯学習構想』東洋堂企画出版社
― 9 ―
11 年 3 月 『地域福祉』放送大学教育振興会
11 年 4 月 『介護に役立つ医学的知識』高校生が学ぶ社会福祉シリーズ 第 8 巻 中央法
規出版
11 年 4 月 『精神保健 ・ 地域医療 ・ リハビリテーション』高校生が学ぶ社会福祉シリー
ズ 第 9 巻 中央法規出版
11 年 6 月 『高齢者の生活と衣食住』高校生が学ぶ社会福祉シリーズ 第 7 巻 中央法規
出版
11 年 8 月 『介護保険と地域福祉実践』東洋堂企画出版社
11 年 12 月 『社会福祉士になるには』ぺりかん社
12 年
『社会福祉基礎』-策 2 版-高校生が学ぶ社会福祉シリーズ 第 1 巻 中央法
規出版
12 年
『社会福祉制度』-第 2 版-高校生が学ぶ社会福祉シリーズ 第 2 巻 中央法
規出版
12 年
『社会福祉施設と地域社会 : 市町村における地域福祉の推進と社会福祉施設
の位置』全国社会福祉協議会
12 年 2 月 『介護福祉士になるには』ぺりかん社
12 年 8 月 『コミュニティーソーシャルワークと自己実現サービス』万葉舎
12 年 8 月 『安らぎの田舎への道標 : 島根県瑞穂町未来家族ネットワークの創造』万葉
舎
13 年
『地域福祉論』
(新版 ・ 社会福祉学双書 ・ 第 7 巻)全国社会福祉協議会
13 年
『地域福祉論』
(新版社会福祉士養成講座 ・ 第 7 巻)中央法規出版
13 年
『社会福祉援助技術』-第 2 版-高校生が学ぶ社会福祉シリーズ 第 4 巻 中
央法規出版
13 年 3 月 『社会福祉基礎』-改訂版-高校生が学ぶ社会福祉シリーズ 第 1 巻 中央法
規出版
13 年 3 月 『社会福祉制度』-改訂版-高校生が学ぶ社会福祉シリーズ 第 2 巻 中央法
規出版
13 年 3 月 『21 世紀 ・ 社会福祉の展望』沖縄国際大学公開講座委員会
13 年 4 月 『新社会福祉援助技術演習』中央法規出版
13 年 5 月 『地域福祉と社会福祉施設』全国社会福祉協議会
13 年 9 月 『地域福祉計画と地域福祉実践』万葉舎
14 年 4 月 『福祉科指導法入門』中央法規出版
14 年 9 月 『21 世紀型トータルケアシステムの創造―遠野ハートフルプランの展開』万
葉舎
15 年
『社会福祉基礎』
(高校福祉科教科書)中央法規出版
15 年
『社会福祉援助技術』
(高校福祉科教科書)中央法規出版
15 年
『基礎介護』
(高校福祉科教科書)中央法規出版
― 10 ―
15 年 1 月 『社会福祉援助技術演習』
(新版社会福祉士養成講座 15)中央法規出版
15 年 2 月 『福祉 21 ビーナスプランの挑戦―パートナーシップのまちづくりと茅野市地
域福祉計画』中央法規出版
15 年 3 月 『社会福祉士になるには』改訂 なるには BOOKS 61 ぺりかん社
15 年 6 月 『地域福祉の源流と創造』中央法規出版
15 年 9 月 『介護福祉士になるには』改訂 なるには BOOKS 100 ぺりかん社
19 年 5 月 『地域福祉と社会福祉施設』福祉施設長専門講座第 32 期 全国社会福祉協議
会中央福祉学院
19 年 5 月 『日本のソーシャルワーク研究 ・ 教育 ・ 実践の 60 年』相川書房
19 年 7 月 『アジアのソーシャルワーク教育』学苑社
20 年 3 月 『社会福祉入門』新訂 放送大学教育振興会
22 年 3 月 『地域福祉の新たな展開とコミュニティソーシャルワーク』社会保険研究所
Ⅱ 論文(単著論文のみ)
昭和 44 年
「社会教育主事の「専門職化」に関する一考察」『日本社会教育学会紀要』
No5 45 年 3 月 「戦前 ・ 大正期社会事業における「教育」の位置」東京大学大学院教育学研
究科修士論文
45 年 7 月 「自治研で考える」( 第 13 回自治研全国集会 ) 『月刊社会教育』14(7)
45 年 11 月 「国際障害者年と社会教育」
『東海の社会教育』第 24 号
46 年
「社会教育法制と社会事業-地域福祉をめぐる隣保館と公民館-」『社会教育
法の成立と展開』東洋館
47 年
「権利としての社会教育と社会教育行政」『都政』17(12)
47 年
「児童指導員解雇事件に内在する課題」『季刊福祉問題研究』2(1)
47 年 1 月 「社会教育職員論研究の一視角」『月刊社会教育』16(1)
47 年 4 月 「日教組賃金 ・ 時短方針」の抜すい ( 社会教育資料 )『月刊社会教育』16(4)
47 年 9 月 「教育経営管理 ( 論 ) と社会教育職員」『月刊社会教育』16(9)
47 年 11 月 「へき地 ・ 夜間中学一貧困の世代継承と「教育福祉」-」
『教育と福祉の権利』
勁草書房
48 年
「地域青年の学習活動と形態-青年学級から青年自由大学-」『社会教育の方
法』東洋館
48 年
「
「世帯保護」の原則と「教育を受ける権利」、「教育扶助と教育補助」『扶助
と福祉』至誠堂
48 年 6 月 「社会福祉労働者の養成 ・ 研修問題-福祉労働者の自律性と有給教育休暇」
『ジュリスト』(537)
48 年 9 月 「地域福祉施設 ・ コミュニティオーガニゼーション ・ 公民館」
『月刊社会教育』
17(9)
― 11 ―
48 年 11 月 「新しい貧困と住民の教育 ・ 学習運動」『月刊福祉』56(11)
49 年
「児童指導員解雇問題に内在する課題」『社会福祉労働論』鵠の森書房
49 年 7 月 「新しい公民館像と職員像を求めて」『月刊社会教育』
49 年 7 月 「公民館の新しい発展-職員集団のひろがりと実践のたかまり」『月刊社会教
育』18(7)
49 年 10 月 「現代児童の問題構造と分析視角」『ジュリスト』(572)
49 年 11 月 第 1 分科会「社会福祉と社会教育-障害者の生活に根ざした教育を」『月刊
社会教育』18(12)
49 年 12 月 「社会福祉と社会教育」
『社会教育実践講座第 1 巻』民衆社
49 年 12 月 「新しい貧困下におけるスポーツの位置」『女子体育』
50 年 7 月 「住民自治をきりひらく社会教育委員会-社会教育法第 4 章」
『月刊社会教育』
19(7)
50 年 11 月 「少年自然の家の現状と問題点」『月刊社会教育』19(11)
50 年 11 月 「第 1 分科会社会福祉と社会教育-障害者の社会教育保障確立のために」『月
刊社会教育』19(12)
51 年 12 月 「施設の性格と施設計画」
『社会福祉を学ぶ』有斐閣
52 年
「社会教育実践と職員集団の形成」『講座・現代社会教育第 6 巻』亜紀書房
52 年 1 月 「社会福祉のための社会教育-その 3 つの枠組 ・ 試論」『月刊福祉』60(1)
52 年 1 月 「地域福祉の主体形成と社会教育」『月刊福祉』60(1)
53 年
「権利としての社会教育」
『権利としての社会教育をめざして』ドメス出版
53 年 3 月 「社会問題対応策としての教育と福祉」『教育と福祉の理論』一粒社
53 年 9 月 「施設の社会化と福祉実践」
『社会福祉学』19 号
53 年 10 月 「教育権保障と社会福祉」
『扶助と福祉の法学』一粒社
54 年 3 月 「学校外教育問題と青少年施設」『講座 ・ 現代社会教育第 7 巻』亜紀書房
54 年 3 月 「高齢者の福祉と教育」
『老人福祉』55 号
54 年 3 月 「福祉教育の視点と方法」
『月刊福祉』62(3)
54 年 6 月 「社会教育と地域福祉」
『月刊社会教育』23(6)
54 年 9 月 「地域青年自由大学の創造」
『講座日本の学力 14 巻』
54 年 11 月 「自からの街づくりを考える」『青年と奉仕』125 号
54 年 11 月 第 1 部門「生きぬく権利と社会教育」『月刊社会教育』23(12)
55 年 6 月 「現代の貧困と要養護問題」
『季刊児童養護』第 11 巻第 1 号
55 年 9 月 「学校での福祉教育に期待する」『福祉のひろば』第 10 号
55 年 11 月 「障害者の学習 ・ 文化 ・ スポーツ活動-社会教育行政における実態調査」『月
刊福祉』63(11)
55 年 12 月 「障害者の学習、文化 、 スポーツ活動の現状と課題」『三多摩の社会教育』第
53 号
56 年 2 月 「社会福祉とレクリエーション」『レクリエーション』1981 年 2 月号
― 12 ―
56 年 2 月 「高度成長と地域福祉問題-地域福祉の主体形成と住民参加-」『社会福祉の
形成と課題』川島書店
56 年 3 月 「障害者の社会教育」
『障害児の教育課程と指導方法』総合労働研究所
56 年 3 月 「福祉教育活動と社協」
『地域福祉活動研究』
56 年 4 月 「国際障害者年と社会教育」
『月刊社会教育』25(4)
56 年 4 月 「障害者問題と社会教育」
『季刊教育法』39
57 年 3 月 「社会福祉とレクリエーション」『社会事業の諸問題』28
58 年 7 月 「現代の貧困の構造と子どもの発達」『国民教育』57 号 1983 年夏季号
58 年 7 月 「社会福祉問題と社会教育」
『講座社会福祉第 9 巻』有斐閣
59 年 2 月 「青少年のボランティア活動の意義」『青少年のボランティア活動』全国社会
福祉協議会
59 年 3 月 「第 15 分科会選抜制度と進路指導-輪切りの選抜に立ち向かう実践」『教育
評論』441
59 年 4 月 「高齢者の社会教育」
『月刊ゆたかなくらし』
59 年 6 月 「公民館職員の原点を問う」
『月刊社会教育』28(6)
59 年 9 月 「私の福祉教育論」
『グラスルーツ』第 12 号
59 年 10 月 「生活構造の変容と社会教育」東洋館
60 年 3 月 「地域福祉計画のパラダイム」『地域福祉研究』13 号
60 年 4 月 「社会教育と社会福祉」
『月刊社会教育』29(4)
60 年 6 月 「共に生きる心をはぐくむ教育-福祉教育の理念と構造-」『学校経営』第
30 巻第 7 号
60 年 9 月 「高齢化社会における教育 ・ 福祉 ・ 文化」『月刊社会教育』29(9)
60 年 12 月 「地域福祉の現状と課題」
『高齢化社会年鑑 85』新時代社
61 年 1 月 「地域福祉の展開」
『転換期の福祉問題ジュリスト』増刊号 41 号
61 年 3 月 「社会福祉教育の実践と卒後教育」『社会福祉教育年報』第 6 集 1985 年版
61 年 10 月 「社会福祉におけるボランタリズムと有償化」『社会福祉研究』39 号
61 年 11 月 「社会福祉教育の構造と課題」『社会福祉の現代的展開』勁草書房
62 年 2 月 「在宅福祉サービスの構成要件と供給方法」『地域福祉活動研究』第 4 号
62 年 9 月 「社会福祉教育の基本的あり方について」『日本社会事業大学社会事業研究所
年報』第 23 号
63 年 2 月 「社会福祉士 ・ 介護福祉士制度の概要と課題」『福祉研修』
63 年 3 月 「社会福祉思想 ・ 法理念にみるレクリエーションの位置」『日本社会事業大学
研究紀要』第 34 集
63 年 3 月 「福祉教育の実践的視点と今後の検討課題」『月刊福祉』71(3)
63 年 6 月 「社会福祉と社会教育」
『現代社会教育の創造』東洋館
63 年 9 月 「高齢化社会の到来と社会教育の課題」『日本の社会教育』28
63 年 10 月 「幼保一元化の問題」
『現代教育問題セミナー第 6 巻』第一法規出版
― 13 ―
63 年 10 月 「児童福祉と教育」
『現代教育問題セミナー第 6 巻』第一法規出版
63 年 10 月 「地域福祉はどのようにして発展してきたか」『地域福祉』日本放送協会学園
平成 元 年 4 月 「コミュニテイ ・ ワーカーと関連職員」
『社会福祉士養成講座 7 巻地域福祉論』
中央法規
元 年 1 月 「福祉教育 ・ ボランティア」
『社会福祉士養成講座 7 巻地域福祉論』中央法規
元 年 4 月 「関連行政との共同化 ・ 有機化」『社会福祉士養成講座 7 巻地域福祉論』中央
法規
元 年 6 月 「社会福祉研修の方向 -1- 社会福祉教育の歴史」『月刊福祉』72(6)
元 年 7 月 「社会福祉研修の方向 -2- 今日の社会福祉研修所の現状と研修需要」『月刊福
祉』72(8)
元 年 8 月 「社会福祉研修の方向 -3- 研修の質的向上をめざして」『月刊福祉』72(9)
元 年 10 月 「高齢化社会における家庭 ・ 地域の福祉力と社会教育」『日本の社会教育』32
2 年 9 月 「シルバー人材センターの社会的な意味」『高齢者が働くことの意味』財団法
人東京都高齢者事業振興財団
3 年 1 月 「福祉教育 ・ ボランティア学習の意義」『豊島の教育』
3 年 10 月 「地域福祉の展開と社会教育」『月刊社会教育』35(11)
3 年 11 月 「地域福祉の実現と社会福祉協議会」『月刊福祉』74(13)
4 年 5 月 「学校教育と地域福祉-福祉の視点から学校を問う-」『地域福祉研究』20
号
4 年 6 月 「社会福祉「改革」とマンパワー」『社会福祉学』33 - 1 号
5 年 3 月 「イギリスのボランティア活動」『世界の福祉』32
5 年
「社会福祉におけるネットワークとネットワーキング」
『子ども家庭福祉情報』
第6号
5 年 6 月 「戦後地域福祉実践の系譜と社会福祉協議会の性格および課題」『地域福祉史
序説』中央法規
5 年 7 月 「総合的福祉計画と地域福祉の構築」『社会福祉研究』57 号
5 年 7 月 「地域福祉推進と施設の役割 1」『月刊福祉施設士』
5 年 9 月 「地域福祉推進と施設の役割 2」『月刊福祉施設士』
5 年 10 月 「障害者の地域自立援助と地域福祉計画」『発達障害研究』第 15 巻第 3 号
6 年 1 月 「地域福祉推進と施設の役割 3」『月刊福祉施設士』
6 年 3 月 「高齢者の健康 ・ 生きがいづくりと地方自治体の役割」『調査資料 77』東京
都議会議会局
6 年 12 月 「ボランティア革命 -12-“社会の神聖な責務”としてのボランティア活動」
『月
刊福祉』77(14)
8 年
「市町村児童福祉行政のパラダイム転換と子ども家庭支援センター構想」『世
界の児童と母性』41 号
8 年
「地域福祉の実践-研究到達段階と今後の課題」〈1996 年度公開研究発表会〉
― 14 ―
『日本社会事業大学社会事業研究所年報』32
8 年 1 月 「児童福祉行政のパラダイム転換と子ども ・ 家庭支援センター構想」『季刊児
童養護』第 25 巻第 3 号
8 年 10 月 「21 世紀に向けて新しい「寄付の文化」の創造をめざして一共同募金の 50
年と改革の課題」
『月刊福祉』79(11)
9 年 6 月 「子ども ・ 青年の『生きる力』と福祉教育実践」『信濃教育』1327 号
9 年 7 月 「社会福祉マンパワー問題と社会福祉系大学における教育」『大学と学生』
387 号
9 年 9 月 「戦後 50 年の社会福祉を考える」『中央法規出版』
9 年 10 月 「福祉教育 ・ ボランティア学習の理論化と体系化の課題」『福祉教育 ・ ボラン
ティア学習の理論と体系』東洋堂企画出版
9 年 9 月 「戦後福祉の 50 年と日本社会事業大学の教育」『戦後 50 年の社会福祉を考え
る』: 日本社会事業大学創立 50 周年記念総合科目公開授業演習集
9 年 11 月 「我が国における社会福祉改革の動向とリハビリテーション」『リハビリテー
ションの理念と実践』日本障害者リハビリテーション協会
10 年
「ケアマネジメントシステムの視点と課題」『ケアマネジメントの実践的展開
とそのシステムに関する研究』社会事業研究所
10 年 1 月 〈教員研究報告〉
「在宅福祉サービスにおける要介護者 ・ 介護者の自己実現
サービスの位置 、 役割とプログラムに関する研究」『社会事業研究』37 号
10 年 4 月 「生きる力をはぐくむ職業教育と福祉教育 ・ ボランティア学習」『産業教育』
48(4)
10 年 6 月 「住民参加による福祉のまちづくり-住民の生涯学習と地域福祉の推進」『か
んぽ資金』No241
10 年 6 月 「21 世紀ゆとり型社会システムと社会サービス」『月刊都政研究』
10 年 11 月 「戦後社会福祉研究と社会福祉教育の視座」『戦後社会福祉教育の五十年』ミ
ネルヴァ書房
11 年 6 月 「新教科「福祉」と福祉教育の在り方」『産業教育』49(6)
11 年 6 月 「
「改革はこう進める」(1) 地域福祉の充実の視点から見た社会福祉基礎構造
改革」
『月刊福祉』82(7)
11 年 6 月 「住民参加による福祉のまちづくり-地方分権における地域福祉の推進」『市
政第 48 巻第 6 号』全国市長会
12 年 4 月 「社会福祉基礎構造改革と人材養成の課題-地域自立生活支援とコミュニ
ティソーシャルワーク-」
『社会福祉研究』77
12 年 5 月 「社会福祉基礎構造改革とコミュニティソーシヤルワーク-コミュニティ
ワークからの発展」
『月刊福祉』83(7)
12 年 12 月 「住民参加による福祉のまちづくり-総合支援型社会福祉協議会活動を求め
て-」
『総合支援型社協への挑戦』中央法規
― 15 ―
13 年
「地域福祉の視点から」
『老年社会科学』23(3)
13 年 2 月 「地域福祉計画とは何か」
『月刊地方分権』2001 年 2 月号
13 年 3 月 「社会福祉法の改正理念と社会福祉の実践」『WIBA』2001 年版
13 年夏
「地域ケアを担う介護福祉士の役割」『介護福祉』2001 夏季号
14 年春
「地域福祉計画とコミュニティソーシャルワーク」『ソーシャルワーク研究』
28(1)
14 年夏
「保健 ・ 医療 ・ 福祉の連携 、 統合有るべき姿」『東北開発研究』(125)
14 年 4 月 「戦後社会福祉におけるマンパワー対策と社会福祉教育の課題」『戦後社会福
祉の総括と 21 世紀への展望 ・ Ⅲ政策と制度』ドメス出版
14 年 6 月 「高齢者医療 ・ 福祉が活発な地域の特性」『ジェロントロジー』14(3)
14 年 12 月 「地方主権時代の自治体福祉政策の課題」『月刊自治フォーラム』(519)
15 年 3 月 「ケアマネージャーの役割と位置-地域自立生活支援とコミュニティソー
シャルワーク」
『総合リハビリテーション』31(3)
15 年 4 月 「転換期を迎えた大学の社会福祉教育の課題と展望-学際的視野も含めて」
『社会福祉研究』(86)
15 年 9 月 『講座現代社会教育の理論 2』東洋館出版「現代的人権と社会教育の価値-
地域福祉と社会教育の相乗効果と課題」
15 年 10 月 「
『統合科学』としての社会福祉学研究と地域福祉の時代」『社会福祉学研究
の 50 年-「日本社会福祉学会のあゆみ」』ミネルヴァ書房
16 年 12 月 「学会の新たなる 10 年に向けて」
『日本福祉教育 ・ ボランティア学習学会年報』
N0.12
17 年春
「わが国におけるソーシャルワークの理論化を求めて」『ソーシャルワーク研
究』31
17 年
「高校福祉科教員養成における教育課題」『社会事業研究所年報』第 41 号
17 年 7 月 「新しい社会福祉システムとしての地域福祉-地域福祉計画策定の必要性と
意義」
『都市問題』vo1.95,N0.7
17 年
「コミュニティソーシヤルワークの機能と必要性」『地域福祉研究』第 33 号
17 年 5 月 「 地 方 分 権 化 に お け る ま ち づ く り と 社 会 教 育 委 員 の 役 割 」『 社 会 教 育 』
vo1.61,N0.5
18 年 3 月 「21 世紀の生活科学 : ヒューマンセキュリティの担い手として」
『生活科学研
究誌』vo1.5
18 年 6 月 「社会福祉に求められる新たな社会哲学」『両親の集い』
18 年 11 月 「博愛の精神に基づく寄付の文化の醸成」共同募金 60 周年『月刊福祉』第
89 号
19 年 7 月 「市町村社会福祉行政と地域福祉-福祉事務所の位置」『生活と福祉』N0.616
19 年 10 月 「地域トータルケアと国際的ヒューマンセキュリティーソーシャルワーク教
育を中心に」
『学術の動向』12(10)
― 16 ―
19 年 10 月 「
「地域の教育力」と社会教育委員の役割」『社教情報』No.57( 社 ) 全国社会
教育委員連合
20 年 6 月 「地域トータルケアとコミュニティ・ソーシャルワーク」『住民主体の地域福
祉論』
法律文化社
20 年 10 月 「住民参画による社会教育の展開-社会教育委員の位置と役割-」『住民参画
による社会教育の展開』
美巧社
21 年 11 月 「
「社会事業」の復活-住民と行政の協働による地域福祉の推進」『月刊自治
フォーラム』第一法規
― 17 ―
最終講義「
『社会事業』の復権と
コミュニティーソーシャルワーク」
日本社会事業大学学長 大 橋 謙 策 はじめに
皆さん、こんにちは。ただいま、長尾立子理事長並びに阿部實学部長から過分なご紹介をい
ただいて大変照れておりますが、今日は、私の最終講義に多数お集まりいただき、本当にあり
がとうございました。南は沖縄から北は青森、秋田、山形から、本当に駆け付けていただきま
して、うれしい限りでございます。
また、私の敬愛する大先輩である板山賢治先生、あるいは前同窓会会長の上田忠義先生、青
森から中村晃先生も、今日はご出席いただいて、恐縮しているところでございます。
また、今回の最終講義は、大橋ゼミの卒業生を中心に大学が呼びかけていただきましたけれ
ど、今日は、大阪大学の斉藤弥生先生、同志社大学の上野谷加代子先生をはじめ、東海大学、ルー
テル学院大学の先生方も多数ご出席いただきまして、本当に心から感謝とお礼を申し上げる次
第でございます。
今日、最終講義で、どういう形式でどういう内容で話をしたらいいか大変悩んでいて、実は、
手元に、実業之日本社という出版社から出ている『最終講義』という本があります。これは、
矢内原忠雄先生、大内兵衛先生、大塚久雄先生、桑原武夫先生、清水幾太郎先生、中根千枝先
生とか、いろいろな分野の錚錚たる方々の最終講義が収録されています。これをぱらぱらとめ
くりながら、私は、どのレベルでどういう内容で話をするか考えたのですが、どうも思いがま
とまりません。
1981 年に日本社会事業大学の吉田久一先生が、「戦後社会事業について」という最終講義を
されました。あるいは、私の恩師の一人である小川利夫先生が、1990 年に名古屋大学で、「社
会教育研究 40 年~その回顧と展望」という最終講義をされました。それらも読ませて頂きま
した。
いろいろな先生方の最終講義を参照しながら、いったい何を話すべきかいろいろ悩みました
けれども、結果的に、私が日本社会事業大学にお世話になってから 36 年間教育・研究に携わ
り何を求めてきたのか、何を明らかにしようとしたのかを述べることが一番素直かと思い、そ
れに落ち着きました。
その結果から、
今日のテーマは、
そこにあるように「『社会事業』の復権とコミュニティーソー
シャルワーク」ということで話をさせてもらうことにしました。
〝自然科学の研究者は、大体、研究をし始める 20 代のときの発想・研究の視点が、その人の
研究の一生を左右してしまう〟と、よく聞かされていました。考えてみると、私の 36 年間の
研究あるいは実践的研究も、私が 20 歳代に考えたことをどう深めるかに尽きると思っていま
― 19 ―
す。
私がどんなことを考えていたかというと、一つは、なぜ社会福祉の分野で「憲法 13 条」が
位置付いていないのか。なぜフランスの自由・平等・博愛の「博愛」が、日本では重視されて
こなかったのかということ。あるいは、
学部の時代に習ったコンドルセの生涯学習の考え方が、
日本ではどうして受け入れられなかったのかという問題。それが、のちの「自己実現サービス」
あるいは「国際的なヒューマンセキュリティー」という問題につながってくる一つの流れです。
詳しいことは、のちほどまた話をします。
二つ目の柱は、生活者の主体をどう形成するか。結局、社会福祉は、生活している一人一人
がどう自立して生きていくかを援助することに尽きるわけで、その生活者の主体形成をどう考
えたらいいかが大きな二つ目です。
これも、のちほど話しますが、戦前の海野幸徳の社会事業の重要性、それを戦後、岡村重夫
先生や嶋田啓一郎先生が、
「主体性」ということで言っていますけれども、行き着くところは
戦前の社会事業になります。それは、戦後で言うならば、戦後の「社会教育法第3条」の「実
際生活に即する文化的教養を高める」ことにつながり、私の言葉に替えて言えば、「地域福祉
の主体形成」にかかわってくる、この二つ目の流れが私の研究でもありました。
三つ目の流れは、今、私は、日本保健医療福祉連携教育学会の副理事長を務めていますが、
もう福祉の分野だけではなくて、保健・医療・福祉のトータルケア、あるいはそれをできる教
育をどう進めるかということで、インタープロフェッショナルエデュケーションが大変重要に
なってきています。
日本社会事業大学もイギリスのサザンプトン大学と姉妹校になりましたけれど、イギリスで
は 2003 年から「IPE」と呼ばれるインタープロフェッショナルエデュケーションをやっていま
す。私は学生時代に実習に行ったときにその重要性を味わったわけです。
そういう意味では、大体、私が 20 代で、おぼろげながらこんなことが重要だと感じていた
ことを 36 年かけて少しずつ明らかにしてきて、こんにち、まだ十分体系化できているとは思
いませんけれども、そんなことが私の研究生活だったと考えています。
今日は、
そのことを「
『社会事業』の復権とコミュニティーソーシャルワーク」ということで、
手元の資料にある柱に即して話をさせてもらいたいと考えています。
Ⅰ.研究者としての「心象風景的原点」
まず、
「1番目」の「研究者としての『心象風景的原点』」ですが、これはある意味で、日本
社会事業大学で私が学部生としてどういう教育を受けたかです。
ただいま、阿部学部長から紹介がありました小川利夫先生を中心として、私はいろいろな先
生の教えを受けました。私の大学時代のことは、「資料5」に書いてあります。それは、のち
ほど見てもらえるかと思いますけれども、いずれにしても、研究者になろうと自覚していたわ
けではありません。結果的に、研究者になってから思い起こしてみると、どうも学部時代ある
いは日本社会事業大学に進学しようとしたときの思いが心象風景的な原点としてあったと思っ
― 20 ―
ています。
一つは、私は、大変悩みながら、結果的に日本社会事業大学を選びました。高校の先生方は、
みんなこぞって反対をして、
〝何でそんな大学を選ぶのか〟と随分怒られもしましたけれども、
私は日本社会事業大学でした。高校の先生方からは、〝あんたは本当に奇人・変人だ〟と。〝何
で日本社会事業大学みたいなところを選ぶんだ〟と言われていました。
しかし、私は、社大に来ていろいろな同級生とも話をしてみて、みんな、多かれ少なかれそ
ういう体験、経験を持っていたように思います。私が日本社会事業大学を選んだのは、実は、
高校のときに島木健作の「生活の探究」
(河出書房)という本を読んだときです。
島木健作は、
のちの鶴見俊輔などの「思想の科学」のメンバーから言わせると、
「転向文学者」
と規定されてしまう人です。島木健作は北海道の出身ですが、香川県木田郡平井町(現・三木
町)に居住したことがあります。その島木健作が書いた「生活の探究」は、東京帝国大学に進
学した杉野駿介という主人公が、東京帝国大学で学びながら社会の矛盾に目を向け、どう生き
るべきか悩み、自分の郷里に帰って、こんにちで言う「地域福祉的なこと」をやるわけです。
私はその本に引かれて、自分がやろうとしていることは、駿介と同じように苦しみながらそ
こに生きることだというのが、私が日本社会事業大学を選んだ最大の理由です。それは、「福
祉の閲覧室」という本学図書館の機関誌にエッセー風に書いたので、それを見てもらえればと
思います。
(
「資料1」
に書いてあります。最終講義資料集の 27 ページに書いてあると思います)。
二つ目の心象的風景は、先ほど述べた保健・医療・福祉の連携にかかわってくるわけです。
私は、岩手県遠野市あるいは長野県茅野市の地域福祉計画作りのアドバイザーを担ってきまし
た。そのときに、私が一貫して言っていたのは、「トータルケアシステムをどう地方自治体で
作るか」でした。
その原点は、私が学部の三年生のときに行った長野県下伊那郡阿智村の実習です。そのとき
に社会事業実習で泊まった家が、実は、現在、阿智村の村長さんをやっている家でした。その
岡庭一雄さんの家に泊めさせてもらって実習をさせてもらいました。
そのときに、保健師さんと生活改良普及員の方、それから公民館主事の方と私のように社会
福祉と社会教育を学んだ人間の4名が、チームを組んで地域に入らせてもらいました。そのと
きに、私は、地域実践は本当に大変だと感じました。
まず、保健師さんに、
〝あなた、問診をしてよ〟と言われて、受付で住民の方々の問診をす
るわけです。今でも記憶に残っているのは、生年月日を聞くのに、〝4年何月何日〟と言われ
たのですが、私は、
「4年」と言うからその人の顔を見て、当然、大正4年だと大正に「○」
を付けたら、烈火のごとく怒り出して、
〝私は昭和4年なのに、何を間違えるか〟と怒られた
ことがありました。それほど住民の方々の顔が疲れているように私は思えてならなかったわけ
です。
そして、そこで保健師さんたちが血圧を測り、血圧が高いことを指摘し、塩分の取り過ぎを
指摘し、生活改良普及員の方が塩分の少ない料理を教えて食事を作るわけです。その食事をみ
んなで食べようとなると、皆さん、参加者が部屋の隅のほうに行って風呂敷包みを持ってきま
す。その風呂敷包みを開けると、野沢菜やたくわんがたくさん入っていました。さっき、「塩
― 21 ―
分が多すぎるでしょう」と言ったにもかかわらず、住民の方々はそれをばりばりと食べました。
そういう、いわば生活の難しさ、厳しさをそこで随分教えられたように思います。
私は、保健・医療・福祉がきちんと連携を取り、実際生活に即した知識・能力を身に着けな
ければ、いくら口で百万遍説いてもだめだとその実習の中で随分教えられたように思っている
次第です。
三つ目のことは、こんにちの私に非常に大きな影響を与えたわけですが、私の恩師の小川利
夫先生が、日本社会事業大学の紀要『社会事業の諸問題』第十集に書いた「わが国社会事業理
論における社会教育の系譜」があります。それを学部時代に読んで、おぼろげながら私が進も
うとしている島木健作の「生活の探求」の内容と軌を同じくする課題だと学びました。ただ、
その頃にはまだ研究者になれる、なろうというところまで固まっていませんでしたけれども、
そんなことを学部時代に感じていました。
そんな心象的風景の原点を持ちながら、私は、東京大学の大学院に行って社会教育を学び、
それに飽き足らず、また戻ってくるわけです。そんなことは、今日の最終講義にあまりふさわ
しくありませんからその程度にします。
Ⅱ.戦後社会福祉の展開における制度設計思想上の語謬、思想の箍
そこで、大きな「2番目」の柱ですけれども、私は、今日、やや大胆に「『社会事業』の復権」
という言葉、あるいは「復活」という言葉を提起させてもらいたいと思っています。
「2番目」の柱として、やや過激とも思えること、「戦後社会福祉の展開における制度設計思
想上の誤謬、思考の箍」と、あえて大胆に書かせてもらいました。実は、小川利夫先生の論文
に触発されながら、私は、戦前の社会問題対応策としての教育と福祉の問題を東京大学大学院
の修士論文として書かせてもらいました。
その中で、社会事業という大正7、8年から昭和 15 年ぐらいまでに使われる、いわば救済
制度にかかわる用語があります。救済制度の歴史をどこから始めるかは論議はありますが、一
つの基準でいくと、1908 年(明治 41 年)に、中央慈善協会ができます。その頃は、
「慈善事業」
という言葉が使われるわけですし、
そのあとは「救済事業」という言葉が使われます。そして、
大正7、8年から昭和 15 年の間に「社会事業」という言葉になります。昭和 15 年以降は、
「厚
生事業」
、今の厚生労働省の「厚生」が使われます。そして、戦後、「社会福祉」、「社会福祉事
業」と言われるわけです。
私どもは、戦後の社会福祉あるいは社会福祉事業は、戦前に比べてずっと民主的で進歩した
ものだとやや教え込まれました。私自身は、それはポツダム教育ではないかと思っています。
ポツダム宣言を受ける前はみんな古くて、封建的で、ポツダム宣言を受諾した以降は全部民主
的で文化的であると、どうも思い込まされてきたと思っています。いずれにしろ、戦後の社会
福祉はすばらしくて、戦前は古いかのようにどうも思い込まされてきた節があったと思ってい
ます。
私は、先ほど言った大学院の修士論文で、戦前の社会問題対応策としての教育と福祉のかか
― 22 ―
わりをずっと研究してきました。その大正7、8年から昭和 15 年の間の社会事業の思想は、
大変重要な意味を持っていると考えたわけです。ただし、その当時は、若造が大それた発言を
なかなかできなくて、今、定年退職を迎える頃になってようやくそれが言えるというのが、何
とも恥ずかしい限りです。
その戦前の大正中期から昭和 15 年までの社会事業時代に、ある意味では、海野幸徳が最も
わかりやすく問題提起をしているわけです。海野幸徳は、1930 年(昭和5年)に『社会事業
学原理』を書いていて、その中で、
「消極的社会事業」と「積極的社会事業」と「統合的社会
事業」と「超越的社会事業」という4段階を言っています。四つ目の「超越的社会事業」まで
行くと、どうも眉唾的になりがちなわけですけれども、「消極的社会事業と積極的社会事業、
そしてそれを統合する」という考え方を海野は述べています。
この海野と同じ考え方は、当時の大林宗嗣とか、高田慎吾とか、もろもろの人たちが述べて
いるわけです。民生委員制度の前身である方面委員制度を作った小河滋次郎も同じようなこと
を述べています。
その考え方は、何も日本だけではありません。今日もドイツのアリスザロモン大学の先生が
参席されておりますが、日本社会事業大学の姉妹校がドイツのアリス・ザロモン大学です。こ
のアリス・ザロモン大学は、1908 年(明治 41 年)に作られています。そのアリス・ザロモン
大学を作ったアリス・ザロモンも、実は、この積極的社会事業と消極的社会事業を統合的に展
開することの重要性を指摘しています。
今日、私どもが、
「戦後社会福祉」と言っているのは、いわばその消極的社会事業の部分を
継承して、
「物質的な給付」
、
「金銭的給付」を言っています。皆さんの手元の資料集の 170 ペー
ジに、大河内一男先生の論文を少し引用しています。大河内一男先生が、1938 年(昭和 13 年)
に「わが国における社会事業の現在及び将来」という論文の中で、〝社会事業においては精神
性の強烈なることをもって云々〟と言っています。
大河内一男、あるいはそのあとに出てくる堀秀彦も、実は、「社会事業における精神性と物
質性」という問題を採り上げているわけで、両者等も戦前の救済制度の中では、あまりにも精
神性を強調し過ぎたことを指摘して、物質的な援助の重要性をうたっています。
それは、ある意味では、内務省の井上友一が進めた風化行政に対する一種のアンチテーゼで
あったかもしれませんけれども、この物質的な援助に対しては、「消極的な社会事業の部分だ」
と思うのです。
では、海野幸徳などが言う「積極的社会事業」は何かというと、「その人の主体性を確立す
ることだ」と述べています。
〝生活に打ちひしがれ、生活の困難な状況に陥っている人に寄り
添い、その人の生きる意欲を引き出し、その人が人生を再設計したいと思わせる、そういう主
体性の確立にかかわることこそが、実は、積極的社会事業だ〟というわけです。
積極的社会事業のもう一つの側面は、
〝本人が頑張ろうと思っても、それを打ち砕いてしま
うほどの差別・偏見が社会にあるとすれば、その社会の差別・偏見を解消していく活動も積極
的社会事業である〟と述べています。
小河滋次郎は、ある意味では、その考えをもっと大胆に、「救済の精神は精神の救済である」
― 23 ―
と述べています。イギリスのエリザベス・フライと全く同じで、〝救済をするということは、
単にものを与えるというようなことではない。その人がもう一度人生をやり直したい、そうい
う希望、意欲を見いだし、それが可能になるように援助することこそが積極的社会事業だ〟と
言っています。
先週の土曜日に、日本社会事業大学は市民公開講座をさせてもらいました。その際に、ビッ
グイシュー(NPO 法人ビッグイシュー基金)という、大阪を中心として、ホームレスの人た
ちの自立支援をするための NPO 法人の活動をしている佐野章二さんという方に来てもらいま
した。ホームレスの方々に、単に金銭的給付をするだけでは問題の解決にならない。「ビッグ
イシュー」という雑誌を本人が主体的に街角で販売をする。それはある意味で自分がホームレ
スであることを社会的に晒すことで勇気がいります。そのような主体的な活動が重要だという
わけです。その売れた本の中の手数料を自分が手に入れて、それをためて自分の人生を再設計
していくことをお手伝いする NPO 法人の理事長が来てくれました。
私自身は、ビッグイシューの考え方を 1992 年の段階でイギリスで学んでいました。これは、
まさに戦前の社会事業と全く同じです。物質的な給付をすることが良いことだとわれわれは思
うけれど、そうではない。その人が主体的に生きることを援助することこそが、実は、最も大
事なことだということを、社会事業の積極的側面として強調したわけです。
実は、これだけでも本当に時間を取って丁寧に話さないといけないかもしれませんが、この
ような積極的社会事業、消極的社会事業を統合的にせっかくやっていた歴史があるわけです。
その実践はどこでやっていたかというと、隣保館でやっています。それは、大阪の北市民館
の実践を基にし、関東大震災以降、東京にその実践は広がってきています。「隣保館」あるい
は「セツルメント」と呼ばれる、あるいは昭和の初期になると、「市民館」あるいは「市民会
館」と呼ばれる施設の中で実践されますけれども、その実践の考え方を集大成したものは、大
正 14 年に同志社大学の大林宗嗣がまとめています。『セッツルメントの研究』(慧文社)とい
う本の中で、大林宗嗣がまとめていますけれども、その中を見ていると、隣保館のメニューは、
こんにちで言う「地域福祉」と、
こんにちで言う「社会教育」をまさに統合的にやっています。
その頃の実践を見ると、保育所はやっているし、食事サービスをやっているし、入浴サービス
をやっているし、訪問看護サービスもやっています。一方、法律相談、身の上相談、健康相談
という個別カウンセリング的な対応もしています。一方では、社会教育のさまざまな講座をやっ
ています。
驚くことに、東京市民館の実践を見ていると、戦後本学の教授でもあった小島幸治先生が、
無産運動を教えています。あるいは、当時の東京商科大学(現一橋大学)の先生が、唯物論に
ついて講義しています。実は、こういうことを公立の隣保館で教えているという、驚くような
状況があったわけです。
そこには、高田慎吾とか、大林宗嗣も言うように、〝支配階級の文化を貧困層に注入するの
ではなくて、貧困者自身が自分で自分の文化を作り上げる学習の機会を確保し、提供すること
が最も大事だ〟ということをいろいろなかたちで伝えています。
そのように、教育と福祉は車の両輪のように考えられているわけで、事実、その頃に書かれ
― 24 ―
た友枝高彦の「生存権と教育」という論文は、こんにちでも大変重要な意味を持っていると私
は思っています。
何となく「生存権」というと、戦後では「憲法 25 条」と思いますが、その頃、生存権ある
いは救済を考えた人は、ほとんど教育を考えていました。それは、学校教育ではなくて、「一
人一人が自らの人生をきちんと客観化し、自分の要求を明確に自覚し、それをどう実現してい
くことができるようにするか。そういう主体性の確立こそが大事だ」と述べています。
われわれ地域福祉を学んだ人間は、すぐ岡村重夫先生の「主体性論」に目が行きますが、私
は、どう見ても岡村重夫先生あるいは同志社大学の嶋田啓一郎先生の考え方は、戦前の社会事
業に学説的な意味での思想的な源流があったと思っています。
嶋田先生は、
『社会福祉体系論~力動的統合理論への途』(ミネルヴァ書房)という本を書い
ています。嶋田先生は敬けんなクリスチャンですからキリスト教のもつ意味を考えないといけ
ませんが、社会福祉理論、学説という点ではその内容を見ても、どう見ても、これは、戦前の
社会事業理論を自分の言葉に換えて話しているのではないかと思っています。岡村先生は、
「ど
この誰から引用した」と書いていないけれども、どう見ても戦前の社会事業理論だと私は思っ
ています。岡村理論に関するコラムを資料の中に入れているので、のちほどそれも参考にして
もらえればと思っています。それが一点です。
それとの関係で言うと、では、戦後、なぜ社会福祉は消極的になったのかということですが、
積極的社会事業の部分は、GHQ の指示もあって文部省に事実上移管すると私は考えています。
昭和 21 年7月に、
「公民館の設置運営について」と題する文部次官通牒が出ています。その
通牒の最後に、
「この通牒は、内務省、大蔵省、厚生省、農務省と協議のうえ出している」と
書いてあります。その一行が大変気になっていました。また、その次官通牒を出す上で中心的
な役割を担ったのが、寺中作雄で、昭和 21 年9月に『公民館の建設―新しい町村の文化施設』
を書いて上梓しています。そこでも、社会事業部の設置とか、託児所、共同炊事場等の設置の
提案をしています。
なぜ公民館が文部省の所管になったのか、戦前なら、その活動内容は隣保館とか市民館に近
いわけです。
ある時大阪府知事をされた中川和雄先生にインタビューをしている際に、〝GHQ の指示があっ
た〟と指摘されました。戦後、GHQ は、救済・援護に関する指令をしきりに出したわけで、
まさに国民が疲弊した状況の中で生活困窮を救うために、GHQ は立て続けに緊急援護に関す
る「スキャップィン(SCAPIN)何号」という指令を出しました。
一方では、積極的な社会事業の側面は公民館で文部省にやらせる。従って、公民館には、産
業経済部や社会事業部、あるいは保健部、文化部などがありました。寺中作雄の『公民館の建
設』には「社会事業部」ときちんと書いてあります。こうして、どうも戦前、積極的社会事業
と消極的社会事業を地域という圏域で隣保館という施設を拠点にして統合的にやろうとしたも
のが、戦後、縦割りになっていくということです。
その公民館に移管された機能が、昭和 24 年に社会教育法の中に公民館が組み込まれていく
中で変質してきます。それ以前は、公民館で生活保護業務などもやっています。それらは資料
― 25 ―
の中に書いてあります。例えば 141 ページに、
「公民館経営と生活保護を施行の生活保護施設
との関連について」ということで、公民館で宿所を提供する事業、託児事業、授産事業なども、
実はされています。
ところが、公民館は昭和 24 年に変質する。そこで、今度は牧賢一さんをはじめとした、戦前、
社会事業をやっていた人たちが、
〝積極的社会事業の部分がなくなっていくじゃないか。どう
するんだ〟
ということで、
市町村社会福祉協議会を作ることになるわけです。全社協の資料集(こ
の資料集は、第1集が 1951 年に出され、1956 年第 24 集まで刊行される)の第5集(『社会福
祉協議会からみた公民館』1952 年9月刊行)には、その公民館と社会福祉協議会の関係につ
いての問題が整理されています。
牧賢一さんは、
『社会福祉協議会読本』
(中央法規出版)という本の中で、「公民館が当初予
定した目的をやってくれるならば、われわれは社会福祉協議会を作る必要はなかった。公民館
が当初予定したことをやらない。だから、われわれは市町村社会福祉協議会を作る」と書いて
います。
1951 年に社会福祉事業法が作られますが、制定当初には実は、隣保館は入っていなかった
わけです。それが、1958(昭和 33 年)に法律改正され、「隣保館」という言葉が入ってきます
けれども、
実は、
そのときには、
戦前の隣保館とは似て非なるものになったと私は思っています。
私が言いたいことは、要は、戦前の社会事業の積極的側面が、戦後、十分意識されないまま
に、
「消極的社会事業」イコール「戦後の社会福祉」になっていってしまったということです。
それを補完するような意味では、先ほど述べた昭和 13 年の大河内論文に非常に引き付けられ
過ぎたということです。
日本の社会政策は、諸外国のソーシャルポリシーに比べて非常にゆがんでいます。私は、労
働経済学の立場に立った社会政策になっていると考えています。これは、ある意味では、ドイ
ツと日本は同じような側面を持っているのではないでしょうか。それは、後進資本主義国とし
ての宿命だったかもしれませんし、焦りだったかもしれませんが、労働経済学的なところに非
常に引き寄せられていくわけです。
戦後の社会福祉は、ある意味では、賃労働と資本という労働経済学の側面に目が行きます。
マルクス経済学的な問題の整理です。従って、戦後の社会福祉研究界で一世を風靡した孝橋正
一先生のような、
『
(全訂)社会事業の基本問題』(ミネルヴァ書房)に見られる論調が非常に
強く出てきます。いずれにしても、労働経済学に引き付けられてしまったということです。
大きな「2番目」の柱で言いたい戦後の社会福祉を問い直す次のポイントは、自由と平等は
教えたけれども、博愛を教えてこなかったということです。われわれは、社会福祉教育におい
て労働経済学的な視点から救貧を捉えて、1601 年以降の救貧制度をずっと教えてきます。し
かし、それだけで社会福祉を本当に捉えきれるかという問題があると私は思っています。
フランスは、実は、封建的な身分差別に抵抗して、自由と平等をすべての人に保障しようと
いう思想で市民革命を成し遂げるわけです。そのときに出てくるのは、実は、博愛です。こ
の世に生きとし生けるものの中には、すべて幸福を追求する権利がある。日本国憲法の「憲法
13 条」で幸福追求権をうたい、
「何人もそれを侵してはならない」とうたいました。フランス
― 26 ―
と同じように、
「この世に生きとし生けるものすべての自由と平等を保障する」とうたったわ
けです。
しかしながら、その崇高な理念はそうだとしても、この世に生きとし生けるものの中には、
生まれながらにして労働をする力を持てない者、あるいは生まれながらにしてコミュニケー
ション手段を十分に持てない者、あるいは生まれながらにして判断する力を十分に持てない者
が当然いるわけで、その方々の幸福追求権は誰が代弁するのか、代替するのか。そのアドボカ
シー機能は何なのかという問題です。
労働経済学の立場から考えると二元論に考えるしかないですし、全ての人の生きる権利、幸
福追求権は労働経済学では説明がつかないと考えていました。
アドボカシー機能が社会システムとしてきちんと担保されなければ、自由と平等の思想は生
きてこないわけです。ある一定の線以上の人を線引きして、〝ある一定の線以上の人には幸福
追求権はあるけど、それ以下の人はだめよ〟と言ったのでは、迫力を欠いてしまうわけです。
その自由・平等を求める論理の帰結として、博愛が求められたと私は思っています。
フランス人権宣言あるいは憲法の中で、この博愛という語句・思想は出たり入ったりするほ
ど社会的な位置づけは難しいものです。この博愛という哲学、思想を社会システムにどう落と
し込んでいくのか、具現化させるのか。これは大変難しかったと思います。しかし、思想とし
ては自由と平等を標榜する以上、博愛はなければいけなかったと思っています。
フランスの救済事業の歴史研究をずっとやっている方の中に、花園大学の林信明先生あるい
は東大の経済学部の中西洋先生がいらっしゃいます。中西洋先生は、『<自由・平等>と≪友
愛≫~“市民社会”
;その超克の試みと挫折~』(ミネルヴァ書房)という本を書いています。
林信明先生は、
『フランス社会事業史研究』
(ミネルヴァ書房)を書いていますが、いずれの本
にしても、
「この博愛をどう位置付けるか、大変難しい」と思っているようです。
しかし、私は、この博愛という思想・理念をきちんと受け止めていかないと、こんにち、何
となく「ノーマライゼーション」とか、
「ソーシャルインクルージョン」という言葉を使って
いますが、その原理は何なのか、哲学は何なのかが見えてこないと思っています。
私は、クリスチャンではありませんから、原罪から説き起こすわけにはいきません。仏教徒
でもありませんから、慈悲から説き起こすわけにもいきません。もう少し違う視点で考えたと
きに、フランスの社会を成り立たせる社会哲学として、博愛を位置付けたことの持つ意味を考
えてみる必要があると私は思っています。
私は、学部時代、朝日訴訟にかかわってきて、「憲法 25 条」の持つ意味はいろいろな意味で
重要だということは、
嫌というほど学ばせてもらいました。当時、
「ジュリスト」、
「判例時報」、
「法
律時報」を使いながら、
「憲法 25 条」をはじめとした生存権なり社会権の持つ意味は随分学ん
だつもりでいます。
しかし、ずっと腑に落ちなくて、朝日茂さんの最高裁の判決が出たあとの会合で、私は、
〝ど
うも
『25 条』
だけでいいんだろうか〟
という問題提起をしました。大変若いときにその話をして、
当時の社大の先生から随分こっぴどく怒られたのを記憶しています。
しかし、私は、
「
『25 条』と同時に『13 条』も大事だ」と言ったときに、当時の朝日訴訟の
― 27 ―
中央対策委員会の事務局長をしていた長宏先生が、
〝大橋くん、それは大事なことかもしれない。
『13 条』というものにもっと着目しろ〟と応援をもらって、それ以来、私は、めげずに、
〝『25 条』
からだけ説き起こす社会福祉論はいかがなものであろうか。『25 条』の重要性もさることなが
ら、
『13 条』論はいったい何なのか〟と。それが行き着くところは、いわば、フランスの博愛
であり、あるいは私がその頃使った「自己実現サービス」という言葉です。
なぜ社会福祉の自立論は狭いのだろう。
もっと人間が生きとし生けるものとして、障害を持っ
た人もこの世に生れた以上、自己実現したいという願いを持っているはずではないか。われわ
れは、1834 年のイギリスのニュー・プアロー(新救貧法)における劣等処遇原則を教えるけ
れども、日本の中でこの「自己実現」という問題についてどれだけ社会福祉の関係者が論議を
したのかが、どうもそのときからの一貫して悩みでした。
今も悩んでいるわけです。それは、中西洋先生とか、林信明先生のようなフランスの研究の
泰斗でさえも十分わからないものを私がわかるとは思えませんけれども、その博愛の持つ意味
を考えたいということです。
先ほど、学部時代に習ったコンドルセの名前を出しました。よくわかりませんでしたけれど
も、コンドルセの(
『公教育の原理』
(明治図書 松島釣訳))という本を、当時、小川利夫ゼミ
で読みました。なぜ、
「子どもの教育以上に大人の教育を公の金でやるべきだ」と、大人の教
育の重要性をコンドルセは指摘したのか。
行き着くところは、結局、博愛という崇高な理念を具現化できるには、〝人間はどうしても
エゴイスティックです。どうしてもわが田に水を引きがちですから〟、そこで〝理性を、社会
契約の重要性を大人こそが学ぶべきだ〟とコンドルセはしきりに言うわけです。
私は、やはり生涯学習の原点は、大人たちが社会契約をできる力をもつということだと思い
ます。幸福追求権を認める。その際に、障害を持っている人たちを排除しない。その人たちの
権利を代弁し、包み込んでいく。あのジャン=フランソワ・ミレーの「落ち穂拾い」のすばら
しい絵がありますが、あれは、まさに博愛の一つの具現的なシステムの現れだと思います。落
ち穂を母子家庭の親が拾うという、一つのいわば営みなわけです。われわれは、ミレーの絵を
見てそのすばらしさだけに目を奪われますけれども、その背後に持つ、その当時のフランスの
思想について、もっと学ばないといけないと考えた次第です。
そういう意味で、私は、
「憲法 13 条」の論議をやっていくと、権田保之助研究もしないとい
けないと思っているわけです。権田保之助は、三つの研究業績を持っています。一つは、月島
調査に見られるように、
「日本のフリードリヒ・エンゲルス」と称されるほど、月島の住民の
生活実態を丁寧に絵入りでやっています。二つ目には、映画教育について研究を持っています。
三つ目には、民衆の娯楽論について書いています。
劇作家の飯沢匡さんが、
『武器としての笑い』(1977 年)という本を岩波新書から出してい
ますが、日本人はいつから笑わなくなったのか。飯沢匡さんの言葉を借りると、「明治 20 年代
だ」と言っていますが、そういう笑い、娯楽を社会福祉の分野がどれだけ採り上げてきたか私
は気になってしょうがありません。
ヨハン・ホイジンガは、1938 年に『ホモルーデンス』(高橋英夫訳、中央公論社、1971 年)
― 28 ―
を書いています。
「人間は、そもそも遊び人だった」と書いています。実は、権田保之助は、
それよりも早く 1931 年に『民衆娯楽論』という本の中で、「人間は、そもそも遊びというもの
が大事だったんだ」と言っています。
つまり、
「幸福を追求する」
、
「自己実現をする」ことは、
「遊び」の持つ意味の重要性をうたっ
ているわけです。今回、私が、資料集の 131 ページに、
「社会福祉思想、理念に見るレクリエー
ションの位置」という日本社会事業大学の紀要に書いたものを載せました。
それは、社会福祉は、どうしてもまじめに「生活を救わなくてはいけない」というところに
目が行くわけですが、それはその人の呼吸を保障する、救うということなのか、その人が生活
を楽しむ、自己実現することを目指した救済なのかが気になってしょうがなかったわけです。
そんなことで、
「自己実現サービス」をそこに書かせてもらっています。
実は、こんなことをやっているときに、私は、あるとき気が付きました。1970 年に作られ
た心身障害者対策基本法は、1993 年に障害者基本法に変わりましたが、その 1970 年に作られ
た心身障害者対策基本法の「第 25 条」の条文を読んだときに、同じように考えている人がい
ることに大変驚きを持ちました。その頃は誰が作ったということまで十分に目が行きませんで
したけれども、その「25 条」で、
〝障害を有する人が、文化・スポーツ・レクリエーションを
やれるように環境を醸成しなさい〟と書いてあります。
これは、
ある意味で、
「環境醸成論」
としてはそのとおりです。ところが、その同じ条文の中に、
〝障害を有する人が、文化・スポーツ・レクリエーションをやれる、やりたくなるように意欲
を喚起しろ〟と書いてあります。この〝意欲を喚起しろ〟という条文を読んだときに、私は本
当に驚きました。これを書いた人は誰なのだ。どういう思いなのかです。今で言うなら、「エ
ンパワーメントアプローチ」です。意欲喚起論を 1970 年段階で書いた。
しかし、私の勉強不足かもしれませんが、正直なところ、日本の障害者福祉論の本の中に、
心身障害者対策基本法の「第 25 条」の意欲喚起論に触れた論文は、残念ながら、発見できて
いません。もし、知っている人がいたら、教えてもらいたいと思います。いかに日本の障害者
福祉論がゆがんでいるのかと私は思っています。
こんにち、パラリンピックは、当たり前のようになってきましたが、実は、〝意欲を喚起し
ろ〟、それも、
〝チャンピオンシップのスポーツではなくて、日常的なレベルにおいて、障害を
有する人が、文化・スポーツ・レクリエーションをやりたくなる意欲を喚起しろ〟と。これは、
すごいと思いました。
私は、ちょうどその頃、障害者の青年学級に関する実践と研究をしていました。障害を持っ
ている人も、みんな、スポーツをやりたいわけです。レクリエーションをやりたいわけです。
それが、なぜ障害者福祉論の中にきちんと書き込まれていないのか、私にとっては何とも不思
議な状況があったということです。
もう一つ、戦後の社会福祉で気になることは、日本の社会保障制度は、イギリスのウィリア
ム・ヘンリー・ベバリッジの 1942 年の『社会保険及び関連サービスについて』と題する、い
わゆる第一リポートを学んで作られました。1950 年の社会保障制度審議会の勧告は、まさに
ベバリッジリポートに通ずる内容でした。
― 29 ―
ところが、ベバリッジは、1948 年に『ボランタリーアクション』を書いています。日本の
社会福祉のテキストを見ても、ほとんどこの『ボランタリーアクション』について触れていま
せん。今までに触れた人と言えば、上智大学の籠山京先生が書いています。これは、「籠山京
著作集」
(ドメス出版)の第一巻に出てきますが、どちらかといえば否定的です。四国学院大
学等の先生をされた岡田藤太郎先生も、実は、『ボランタリーアクション』に触れています。
それ以外の文献では、残念ながら、私はあまり知りません。
なぜ『ボランタリーアクション』を採り上げなかったのか。ベバリッジは、『ボランタリー
アクション』の中で、
〝政府が、国家が社会保険制度を中心とした社会保障制度を確立するこ
とは当然の責務だ。しかし、
それだけでは問題解決にはならない。国民一人一人に向かって、
『あ
なた方は、どういうボランティア活動をするんですか』
〟ということを、実は、述べています。
残念ながら、
『ボランタリーアクション』を日本は教えてきませんでした。「憲法 25 条」あ
るいは「憲法 89 条」の桎梏(しっこく)があったかもしれませんが、戦後はほとんど、「社会
福祉」イコール「行政がやるもの」であり、できれば無料でやるべきだと教え込まれてきてし
まいました。
『ボランタリーアクション』等をなぜ日本は学ばなかったのか。あるいは、意識
してそれを採り入れなかったのか。
同じようなことでは、1968 年のシーボームリポートを採り上げます。日本は、随分、フレ
デリック・シーボームが委員長としてまとめた報告書に学ぶわけです。それによって日本の在
宅福祉サービスは整備されていくわけです。1969 年の東京都社会福祉審議会の「東京都にお
けるコミュニティ・ケアの進展について」
、
あるいは 1971 年の中央社会福祉審議会の「コミュニ
ティ形成と社会福祉」
、
いずれも源流は、
イギリスの 1968 年のシーボームリポートにあります。
しかしながら、1969 年にエイブスリポートが出てきます。シーボームは、〝エイブスリポー
トについて、コミュニティケアをやっていけば、当然ボランティア活動は重要だと。だけど、
それについては、ジェラルディン・エイブスを委員長とする委員会が別にあるので、それに委
ねる〟と。そして、事実、シーボームは、エイブスリポートの冒頭に、「刊行の辞」を寄せて
います。
〝行政が、地方自治体におけるソーシャルサービスをやらなくてはいけない〟と。〝一方で、
ボランティア活動というものが必要だ〟と。この両方を言っているわけですけれども、日本の
関係者はエイブスリポートをほとんど採り上げていません。全国社会福祉協議会が翻訳をして
くれましたけれども、残念ながら、そこに十分、目が行きませんでした。
もっとひどいことは、われわれは、学生に向かって、1601 年の救貧制度を教えます。われ
われも学んできました。世界で最初に法律によって集大成された救貧制度、1601 年のプアロー
(救貧法)です。
ところが、同じ 1601 年に、
「スタチュート・オブ・チャリタブル・ユーシーズ(Statute of
Charitable Uses 公益信託法)
」と呼ばれる法律が作られていることを、残念ながら、学びませ
んでした。このスタチュート・オブ・チャリタブル・ユーシーズは、今日、来られている、古
英語の専門家である本学の斉藤くるみ先生が翻訳をしてくれて日本語になっています。
その中身は、
〝国民が慈善、博愛、宗教、教育、土木事業にお金を寄付する場合には、エリ
― 30 ―
ザベス一世、女王といえども税金を掛けてはいけない〟という大変画期的な法律です。王様の
課税権を制約するというものです。
日本は、
「ボランティア活動」
、
「NPO」と言っていながら、残念ながら、寄付に関わる税制
上の免除はそれほど十分ではありません。イギリスは、1601 年から始めているわけです。そ
れをベバリッジは、1948 年の「ボランタリーアクション」の中で同じようなことの重要性を
提起し、それを受けて、ネイサンリポートが作られ、その報告を基に、1960 年に、チャリティー
ズアクトという法律が作られて、イギリスの民間福祉活動は飛躍的に伸びていくわけです。
400 年前から民間財源を確保するシステムがイギリスで作られている。なぜ日本は、1601 年
の救貧法しか教えなかったのか。なぜ 1942 年の「社会保険及び関連サービスについて」とい
うリポートしか教えなかったのか。なぜ 1968 年のシーボームリポートしか教えなかったのか
という問題を、われわれはもっと謙虚に反省しなければならないと思います。私はしきりに、
事あるごとに言っていますし、私が使ったテキストにはそれを書き込んでいますけれども、多
勢に無勢で、多くのテキストには、残念ながら、ほとんど触れられていないのが現実です。
こういう中で、
「憲法 89 条」と「25 条」だけを教えて、
「社会福祉」イコール「行政責任」で、
かつ「社会福祉」イコール経済的給付であるという図式ではいけないということです。これが、
戦後の社会福祉で考えなくてはいけない大きな問題です。
結果的に、戦後の社会福祉研究も、都合のいいときは経済的給付を中心に考えますから、社
会保障と社会保険と社会福祉と公的扶助をごっちゃにして話しています。私は、社会保障、社
会保険、公的扶助、あるいは社会手当と対人援助としての社会福祉は分けて考えなくてはいけ
ないと思います。
だから、戦後の社会福祉行政は、どうしてもその制度設計は、労働経済的な視点での貧困と
いう経済の貧困に着目して制度設計をされてきました。したがって、戦前の社会事業の積極的
社会事業、いわゆるソーシャルワークという視点が、十分に加味されたかたちで展開されてこ
なかったと考えています。
所得保障は国家責任の問題です。しかし、対人援助は、イギリスを見てもわかるように、イ
ギリスは 1970 年以降、地方自治体社会サービス法で、〝対人サービスは地方自治体でやる〟こ
とになっているわけです。それらに関しては、
〝サービス提供の中心的役割を担うソーシャル
ワーカーをどう育成するか〟ということが常に問題になります。
日本も、所得保障としての部分と対人援助としての社会福祉を分けて考えるなら、対人援助
としての社会福祉は市町村というレベルで、戦前の社会事業的な積極的社会事業と消極的社会
事業を統合的に展開していくシステムを作らない限り、問題解決につながらないのではないか。
そういう意味では、今日の貧困問題やホームレスの問題をはじめとして、派遣村であれ、あ
るいは労働者派遣法の見直しの問題であれ、その経済的な側面からの見直しは大いに問題提起
すべきですけれども、もっとソーシャルワーク的にも考えるべきだと私は思っています。
1960 年代末から 1970 年代に、本学卒業生であり、のちに北星学園大学の教授になった白沢
久一先生(亡くなりましたけれども)が、
今日来られている宮武正明さんたちと一緒になって、
『生活力の形成~社会福祉主事の新しい課題』
(勁草書房 1984 年)という本を書いてくれまし
― 31 ―
た(1987 年にはその続編として『生活関係の形成』が刊行されています)。
まさに、
〝福祉サービス利用者の生活力、主体性を確立しないでいいのか〟という問題提起
をしてくれました。宮武さんも私の同級生ですが、福祉分野でずっと頑張ってくれました。ま
さに、制度を問題にするだけではなくて、制度も問題にするけれども、主体的な側面をどう考
えるかが大変大事なことだと思っているところです。
資料集の 31 ページに、岡村重夫先生の論文を少し引用しました。31 ページの下から7、8
行目に、
〝岡村理論の真髄は、社会関係の客体的側面だけに着目する一般的な政策だけでは不
十分であって、社会関係の主体的側面を問題にし、個別化援助の方策がなければならない〟と
述べています。まさにこの部分は、戦前の社会事業の思想、考え方と全く同じです。
われわれは、ついつい、戦後、客観的な側面だけに注目して、〝制度が足りないから国民の
生活は貧しい〟というところにばかり目が行って、それを変えるために、〝運動で改善すれば
いい〟という、非常に社会運動的な社会福祉研究に偏ったのではないかということを、今さら
ながら考えてみる必要があるのではないか。
今こそ、市町村というメゾレベルでソーシャルワークを展開できるシステムを作らなくては
いけないと私は思います。日本学術会議の、第 18 期社会福祉・社会保障研究連絡委員会が、
2003 年6月に日本学術会議の運営会議の承認を得て、「ソーシャルワークを展開できる社会シ
ステムづくりへの提案」という対外報告書を出しました。その内容こそが社会福祉学ではない
かと考えています。
そのうえで、先ほど述べた自立論ではありませんけれども、簡単に触れておくと、実は、私
は、1970 年代のときから、福祉六法に見る自立論は大変狭すぎると考えて、社会福祉の六つ
の自立要件ということで、
「労働的・経済的自立、精神的・文化的自立、身体的・健康的自立、
社会関係的・人間関係的自立、生活技術的・家政管理的自立、政治的・契約的自立」と書きま
した。
1976 年当時は、有斐閣から『社会福祉論』という本が出ています。それを読んでいると、
〝主
体は、
サービスを提供する側である〟と。福祉サービスの利用者の人は、全部、客体、対象になっ
ています。私はどうもそれになじめなくて、違うのではないだろうか。大先生が編集した本で
すから、若造の私としては、
〝福祉サービスを必要とする人自体が主体ではないか〟となかな
か言いづらかったわけです。しかし、自立論の捉え方が違うとずっと考えていて、1970 年代
の半ばに、実は、そういう問題提起をしました。
そうすると、仲村優一先生の「補充・代替論」では、もうもたない。それを克服する新しい
社会福祉理論を考えないと、いつまでたっても労働経済学的な、〝本来ならなくてもいいんだ
けど。盲腸のようなもんで、社会福祉は〟と言われ続ける、そういう時代ではないと考えてき
たということです。
しかも、その頃には、アブラハム・マズローの「欲求階梯(かいてい)説」が非常にわかり
やすいものですから、随分使われていました。基礎的・生理的な欲求が満たされたあとに安全
の欲求が出、安全の欲求が満たされたあとに帰属の欲求が現れ、そして、自己表現の欲求、最
後に自己実現の欲求です。
― 32 ―
なぜ最後に自己実現の欲求になるのだ。それでは寝たきりのお年寄りとか、障害を有してい
る方々は自己実現してはいけないのか。
「憲法 13 条」との関わりで考えればとても説明がつき
ません。それを看護学の分野でも社会福祉学の分野でも随分多くの人が引用しています。私は、
どう見ても変だと。こういう自立論の見直しをしない限り、本当にサービスを必要とする人た
ちが、
〝この世に生きていてよかった〟と、
〝自らの人生を自分で切り開いていこう〟というこ
とや、そういうことを支援するソーシャルワークにならないと思った次第です。
2001 年に WHO が、
「ICF」
という国際生活機能分類を出してきました。本学の佐藤久夫先生も、
随分頑張ってこの ICF の翻訳や日本への紹介に尽力してもらっています。ICF の考え方は非常
にわかりやすいものを使っていますが、私に言わせれば、実は、もう 1960 年代から、同じよ
うなことですが〝生活機能障害が問題でしょう。自立生活の援助の仕方も従来の自立論ではな
いでしょう。活動や参加も含めて自己実現とかが必要でしょう〟と言ってきました。
そういう意味では、
ICF が出されたときには、
わが意を得たりと思いました。1980 年の「ICIDH
(国際障害分類)
」ではなくて、それを ICF に変えた。参加と活動、環境因子、個人因子をき
ちんと位置付けていく。身体的な機能障害だけではなくて、生活上の機能障害と考えたら、本
当に、誰が障害者で誰が障害者ではないと区分すること自体が大変難しい。
ある意味では、私は、妻にいつも怒られていますが、〝ごみ出しができない〟という意味で
は、
生活技術能力が自立していないわけで、
生活機能障害かもしれません。〝料理もできません〟
となるわけで、そういう意味では、
「障害者」とレッテルを張る枠組みは、いったい何だろう
かと思うのです。
私は、厚生労働省の担当者に、
〝もし、ICF というものを本当に採り入れるとすれば、障害
者福祉法なり、障害者手帳等の障害概念を根本的に変えない限り、こんにちの障害分類に基づ
く金銭給付というものはまずいですよね〟と言ったことを覚えています。多分、障害等級に基
づいて金銭・サービス給付をする部分は、大きく変えなければならないかもしれません。しか
しながら、そこまでやれるだけの状況になるかは、われわれはもう少し注目しないといけない
のです。
Ⅲ.「地域における『新たな支え合い』を求めて―住民と行政の協働による新し
い福祉」とコミュニティソーシャルワーク機能
しかし、こんにちの高齢社会、一人暮らしの高齢者の問題等を含めていけば、この生活機能
障害は大変大きいです。NHK の「おはよう日本」でも少し採り上げてもらいましたけれども、
限界集落は過疎地だけではありません。東京の豊島区は、65 歳以上の高齢者のうち、34%が
一人暮らしです。そして、その多くの人たちが、あの豊島区という都会の中で、日常生活圏域
の中に買い物するところがない状況に陥っています。まさに、生活上の機能障害がいろいろな
かたちで現れてきています。
そう考えると、福祉サービスの利用者の抱える生活課題は、本当に、こんにち、すべての国
民の課題になっています。私自身は、1967 年だったと思いますが、当時、日本社会事業大学
― 33 ―
に教えに来てもらっていた江口英一先生が書いた論文「日本における社会保障の課題」(小谷
義次編『福祉国家論』筑摩書店、1966 年、別冊)に触発されました。〝住民の生活を守ろうと
すれば、多様な社会サービスを地方自治体において整備しないと、本当に国民はすぐに生活困
窮世帯に陥ってしまう〟という趣旨の論文があります。これは、さまざまな調査に基づいた江
口英一先生の貧困論だと思います。
私はそれに触発されて、社会福祉問題の「国民化」と「地域化」という言葉を使いました。
もう国レベルで何かをやってくれるという時代ではないのではないか。地方自治体レベルでや
る。国が、
〝やってはいけない〟という法律がない以上は、地方自治体で、住民参加で条例を
作り出してやってもらえばいいではないか。ある意味では、それが、私の研究スタンスでもあ
りました。
社会福祉問題の、いわば国民化と地域化です。すべての国民がそれを必要とし、そのサービ
スを利用しないと簡単に生活困窮に陥ってしまう不安定な状況である。その不安定な状況を
守っていくためには、地方自治体レベルで生活に関する、生活機能に関するサービスを整備し
ていくしかない。これが、私が江口英一先生から学んだところでした。
私は、それを基にして、国に要望することもさることながら、地方自治体でやれるところを
やる。そのためには、地域住民の主体性を作らなくてはいけないのではないか。研究者は、国
の政策を評論ばかりしていないで、自分が住んでいる自治体でやれるところをやったらいいと
いうことで、その頃から地方自治体の地域福祉計画づくりにずっとかかわり、条例でさまざま
なものを作ってきたことにつながるわけです。
そういう意味では、私は、ICF をみても、私が従来言ってきた自立論を含めて、随分世の中
が変わってきたと思います。その中で、ちょうど私が日本学術会議の会員をやっているときで
すが、2003 年の6月に、日本学術会議は、
「新しい学術の体系」を出しました。〝どうも従来
の学術論、学問論は、旧帝国大学の講座、学部に引きずられている〟というのが、そもそもの
見直しのいわば大きな背景です。
「旧帝国大学の講座」
イコール
「日本の学問体系」なのか。時代が変わってきているではないか。
それを推奨してくれたのが、当時の日本学術会議の吉川弘之会長でした。私は、本当にもろ手
を挙げて賛成でしたし、すっきりしました。
その「新しい学術の体系について」の中で、〝学問の中には、認識科学と設計科学がある〟
と整理をしました。
〝自然科学と社会科学の融合、あるいは俯瞰型研究〟という問題提起をし
ました。そういう論議を通じて、私は、
「社会福祉学は、分析科学と設計科学を統合した統合
的臨床科学」だと整理をして、日本社会福祉学会やそういうところで問題提起をしました。
つまり、どういう生活問題を抱えているかを分析しなければならない。それは、社会環境に
問題があるのか、
本人の主体的な側面に問題があるのか、両者のかかわりに問題があるのか。
「社
会環境」と言っても、それは、制度的な問題であるのか、あるいは、ソーシャルサポート・ネッ
トワーク上の問題なのか。これを使うアプローチも含めて、その人の生活を多面的・多角的に
アセスメント、分析をする。社会福祉学はこのことをきちんと投げ掛けていない。かつ、社会
福祉学は分析しっ放しで評論をしていればいいとはならないと思います。
― 34 ―
最近、子どもの貧困等を含めて、いろいろ分析したものが出てきました。社会学や経済学の
人が分析しています。では、分析してそれでおしまいなのか。われわれ社会福祉関係者は、お
しまいにするわけにいきません。目の前の苦しんでいる子どもや一人親家庭、あるいはその子
どもたちをどう救うかという問題が当然あります。
従って、われわれは、その分析した結果を基にして、人生をどう再設計するかという設計図
を描かなければいけないわけです。設計図を描くときに、専門家面をしてパターナリズムをす
ることはあり得ません。福祉サービスを必要とする人の意見を引き出し、専門家としての判断
を結び付け、両者の合意でやらなくてはいけません。私は、「求めと必要と合意に基づく援助
方針の確立」と述べています。
日本人は、ついつい自分の意見を述べません。『ものいわぬ農民』(岩波新書 1958 年)を書
いた大牟羅良ではありませんが、自分の意見を表明できません。そういう意味では、1970 年
代にイギリスのジョナサン・ブラッドショーが述べた、「フェルトニーズ」をどうきちんと把
握するのかが非常に重要です。同時に、専門家としてきちんとした「ノーマティブニーズ」の
分析がなければいけません。専門家としての分析も重要です。この両者の「求めと必要と合意」
に基づいた援助方針で、設計科学をきちんと成り立たせなければいけません。
では、
〝設計図ができたから、あとはお願いね〟で済ますわけにいきません。われわれは、
戦前の社会事業家ではありませんけれども、その人に寄り添い、その人が潰れそうになるのを
支え、一緒にパートナーとしてその人の人生を確立していくという援助者でなければいけませ
ん。
そういう意味では、本当に「分析科学と設計科学を基にした統合的臨床科学」こそが社会福
祉学だと私は思っています。社会福祉の制度を適用すればいいということではないのです。
このようなことをやっていくためには、本当に人間理解、社会理解を含めた教養、まさに生
きた教養が大事になると私は考えていま。そういう豊かな、いわば学問に裏付けられた資質が
なければ、ソーシャルワークは展開できないと私は考えていました。目の前の資格が欲しいと
いうだけで動くわけにはいかないのがソーシャルワーク教育の難しさだと、私は、今考えてい
ます。
このようなことを基にして、コミュニティーソーシャルワークが必要だと考えました。先ほ
ど、阿部学部長の紹介の中にも、ちょうど 1982 年、バークレイリポートがイギリスで出され
たときに、
私は、
三浦文夫先生と一緒に、
イギリスのブライトンの国際会議に出ていました。バー
クレイリポートに触れたときに、非常に感動したことを覚えています。
しかし、それをどう日本に定着させられるかについては、正直なところ、自信がありません
でした。バークレイリポートで言っているのは、ある意味では、島木健作の「生活の探求」や
戦前の社会事業思想、あるいは岡村重夫理論そのものです。しかし、岡村重夫理論の中には、
地方自治体論はありません。職員論もありません。援助方法論もありません。しかし、言って
いることは大変崇高ですばらしいものです。
では、どういうシステム、どういう方法でバークレイリポートを日本に定着させられるのか。
今日、同志社大学の上野谷先生も来られていますが、上野谷先生たちは、バークレイリポート
― 35 ―
のパッチシステムなどを日本に紹介してくれました。しかし、それを日本的な土壌でどう定着
させられるかが問題です。随分悩みました。
ちょうどそのころ、1990 年に、当時、厚生省社会局の保護課長をされた炭谷茂さんが、「生
活支援地域福祉事業に関する研究会」をしてくれて、私を座長に招聘してくれました。
そこで、炭谷さんあるいはその課の人たちと一緒に論議する中で、「日本でもコミュニティ
ソーシャルワークはできる」と考え、
日本の公文書の中で、多分、初めて「コミュニティソーシャ
ルワーク」という言葉を使ったと思います。そこでは、問題発見、そしてアセスメント、制度
との連携、制度の中で解決できない場合には、サービスの開発をすることを含めて図柄を描き
ました。
それは、その後、国の補助事業「ふれあいまちづくり事業」という大型補助金で展開されま
したけれども、必ずしも私が思うようなかたちではなかったと私自身は考えています。
そうこうしているうちに 1990 年代のなかば、実は、岩手県の湯田町の実践を見て、フォー
マルなサービスとインフォーマルなサービスを統合的に提供する実践をやっている。しかも、
サービスを必要とする一人一人にサービスネットワーク会議を持って行っているという実践を
見聞きして、これは大変なことができている。日本でもできる。小さなところだからできたの
か。それとも、システムを作れば自治体でもできるのかと私は考えました。
1990 年のときには、観念的に東京の目黒区の計画とか、いろいろな自治体にコミュニティ
ソーシャルワークの考え方を持ち込みましたけれども、必ずしも十分展開できませんでした。
1995 年頃に、湯田町のそういう実践に触れて、〝これこそ、地域で自立生活を支援するという
方向に政策や考え方がなっているときの、最も重要な方法だ〟と。制度的なサービスと近隣住
民が持っているボランティア活動をきちんと結び付ける。そして、個別化課題を抱えた人に全
部ネットワーク会議を作って、サービスを総合的に提供できる。
このような考え方と方法が、1990 年に改正された社会福祉事業法の、〝保健医療サービスと
福祉サービスとを有機的連携を持って、創意工夫して総合的に提供する〟というあの条文の理
念そのものだと実感できたわけです。
あとは、
それをどう、
いかに広げるか。
実践的な裏付けを持つかです。ですから、
「コミュニティ
ソーシャルワーク」という言葉を使うと、バークレイリポートの二番煎じで、ただ日本で使っ
ているだけだと思われるかもしれませんが、私は、かなり似て非なるものを作り上げてきたと
思っています。
しかし、観念的な抽象理論では始まりません。まさに、地方自治体が私に委託し、地域福祉
計画を作るという役割の中で、その思いを、押し付けではなくて、可能性として実現できるか
と考えてきました。
ちょうどその頃、長野県の茅野市という人口5万7千人の市で、私は地域福祉計画の行政ア
ドバイザーの委託を受けました。当時の市長は、諏訪圏域6市町村 22 万人の広域合併論者で
すけれども、結果的には、広域合併をせずに、茅野市内を分権化してくれました。このシステ
ムは 2000 年度から始まりました。
5万7千人の市を四つの保健福祉サービス地区に分けて、保健師と行政のソーシャルワー
― 36 ―
カーと社会福祉協議会のソーシャルワーカーをその保健サービスセンターに配属して、チーム
を組んでアセスメントし、チームで対応していく。そこでは、子どもも、障害を持っている人
も、お年寄りも、すべてワンストップサービスできるシステムを作ってくれました。
これが、こんにち、2006 年度から始められた介護保険の「地域包括支援センター」のモデ
ルです。地域包括支援センターのモデルは、
広島県尾道市の実践も一つのモデルとなりますが、
もう一つのモデルは、長野県茅野市です。茅野市では、障害、児童、高齢者という縦割りをや
めました。障害を持っている人も、子どもの問題も、お年寄りの問題も、全部、保健福祉サー
ビスセンターでワンストップサービスをする。そして、それは、保健師、行政ソーシャルワー
カー、社協のソーシャルワーカーがチームを組んで対応していく。
そして、サービスの提供にあたっては、制度的なフォーマルなサービスと近隣住民が持って
いるインフォーマルなサービスとを統合的に提供する。そういうシステムを長野県茅野市で
作ってもらったわけです。これこそが、私がずっと求めてきた、保健・医療・福祉の連携のシ
ステムです。
もちろん、その基には、1990 年のときに岩手県の遠野市の地域福祉計画づくりの中で、か
なりトータルケアを意識して、いろいろ問題提起していました。(『21 世紀型トータルケアシ
ステムの創造-遠野ハートフルプランの展開-』大橋謙策、野川とも江、宮城孝編、万葉舎。
2002 年を参照)
。そのときには、県立病院は動きましたけれども、医師会が必ずしも動きませ
んでした。長野県茅野市の場合には、諏訪中央病院の鎌田実先生も大賛成でしたし、医師会の
会長の土橋先生も大賛成してこのシステムができました。
この実践の中で、私は、ソーシャルワークは見える。ソーシャルワークこそが日本の社会を
よくすることができると実感しました。その当時、高齢化社会の進展の最中で、〝ケアワーク
は見えるけれどもソーシャルワークは見えない。ソーシャルワーカーである社会福祉士は見え
ない〟と言われ続けていましたけれども、私は、そうではないと思いました。
ケアワークの重要性はある。だけど、ケアワークは、施設の中のケアワークにどうしても特
化している。そこに重点がある。地域で自立生活を支援しようと考えたら、改正された社会福
祉事業法の理念のように、
〝多様な福祉サービスと多様な保健医療サービスとを有機的に結び
付け、創意工夫して総合的にサービスを提供する〟というあの理念をやれるシステムはこれし
かないと、私は実感しました。
そこでは、保健福祉サービスセンターの職員は、年間 365 日の中で 280 日ぐらい地域に入り、
問題を発見し、それにこたえるサービスの在り方を考えてくれています。そのような実践を踏
まえて、2008 年に、
「これからの地域福祉のあり方に関する研究会」の中で、私は、それらの
実践を整理して提起しました。2008 年3月に、「地域における『新たな支え合い』を求めて~
住民と行政の協働による新しい福祉」という報告書が出されましたが、 この研究会ができる
前に、事前にヒアリングを受ける機会がありました。私は、この数十年間やってきた地方自治
体での実践を基にして、空理空論ではなくて、
〝こういうことができるではないか。地域福祉
という新しいサービスシステム、新しい考え方に基づいて行政再編成できるし、住民が求めて
いるサービスを提供できるのではないか〟と提起し、その理念、考え方が「これからの地域福
― 37 ―
祉のあり方に関する研究会」の中ではかなり採り入れられて、あの報告書が作られたと考えて
います。
そういう意味では、社会福祉も、従来の縦社会の中で縦割り行政的に、障害、高齢、児童と
いう属性分野ごとにやるのではなくて、地域ですべての人が、自立生活が可能になるように支
援する横断的なサービスシステムとしての地域福祉が、これからますます重要になるのではな
いか。その理念を具現化する方法は、コミュニティソーシャルワークという方法ではないかと
考えてきたところです。
どうしても社会福祉というと、やはり、戦後長く、〝国家レベルでやるべきだ〟という意識
が強かったので、なかなかメゾレベルという市町村でソーシャルワークを展開できるシステム
を作るとはいかないかもしれませんが、かなりのことができると私は思っています。
この4月から学校法人の理事会で認められれば学長になられる高橋(重宏)先生と一緒に東
京都児童福祉審議会でメゾレベルにおける児童福祉行政のあり方について問題提起し、実現さ
せてきました。私は、東京都の児童福祉審議会の専門部会長として子ども家庭支援センターの
問題提起をしました。
この考え方は、もともと、東京都の東大和市の地域福祉計画で、そこにある障害児の通所施
設をどう改編・整備するかという中で、私が企画したものですが、その考え方を東京都の児童
福祉審議会の論議の俎上に上げました。
現在では、東京都は 58 カ所でしょうか、子ども家庭支援センターを造っています。それは、
問題を抱えている子ども・家庭と児童相談所を点と点でつなぐということでは、とても子育て
ができない。子どもの権利が守れない。子ども・家庭を支援するため、できるだけ福祉アクセ
シビリティという考え方に基づいて、身近なところで、子どもと家庭の支援を総合的に提供で
きるセンターがないといけない。それが、子ども家庭支援センターだと考えたわけです。区市
町村に必置にしてもらいました。
その児童福祉審議会に委員として市長会からの代表で入っていたのが、三鷹市の安田養次郎
市長でした。いち早く三鷹市はそれを採り入れてくれました。人口 17 万人で二つの子ども家
庭支援センターを造り、一つは JR 三鷹駅の真ん前に子ども家庭支援センターを造りました。
いろいろな問題を抱えている若い親たちが、子どもの問題、家庭の問題で悩んだときに、あ
そこに飛び込めばワンストップサービスで受け止めてくれる。より専門的な支援の判定が必要
ならば、それは児童相談所につないでくれる。そういうワンストップサービスができる子ども
家庭支援センターを造ることが東京都ではできました。
その後児童福祉法が改正され、市町村が児童福祉に関する相談業務を持つようになりました
けれども、実態はなかなかうまくいっていないのが現実ではないでしょうか。
そういう意味では、私は、
〝児童相談所が要らない〟と言っているわけではなくて、それは、
より専門的な診断や判定や措置はやるけれども、住民の身近なところで子ども家庭支援セン
ターなどを造り、そこには保健師もいる、ソーシャルワーカーもいる、保育士さんもいる、そ
ういう機能が作られてくることによって初めて、少子化社会を乗り越えていく一つのシステム
が成り立ってくると私は考えています。
― 38 ―
保育所の数を造ればいいというだけではできない。児童手当を出せばいいというだけでもな
いのではないか。そういうものは当然必要ですが、もっと身軽に気軽に相談できる福祉アクセ
シビリティが大事だと考えました。
区市町村の行政の理解をまだまだ十分得られていなくて、子ども家庭支援センターは非常に
格差がありますけれども、そういう流れの中で、子どもや子育てに関するソーシャルワーク機
能がもっと意識されてくれば、児童虐待もなくなってくるのではないか。あるいは、そういう
ことを通してなくしたいというのが、ある意味では、私の思いです。
先ほど言ったように、私どもは、
〝やれない〟と考えるのではなくて、あるいは〝国が決め
ていないからやらない〟と考えるのではなくて、われわれ専門職として、地域の抱えている問
題をどう分析し、それをどう解決するかを考えていく。まさにソーシャルワーク実践です。戦
前の社会事業は、
「ソーシャルウォーク」と訳されていますが、まさに、ソーシャルワークです。
戦前の小沢一さんは、
「ソーシャルウォーク」と書いてルビを振って論文を書いていますけ
れども、こんにちで言う「ソーシャルワーク」は、問題を分析し、その問題を抱えている人に
寄り添い、
必要があれば新しいサービスを開発していく機能まであったはずです。われわれは、
制度の中で仕事をする、制度が何も言わないと何もやらない状態にいつの間にか陥っている。
日本社会事業大学の卒業生は、専門職として、もう一度「ソーシャルワーク」というものを
思い起こして、必要があれば新しいサービスを開発していく、あるいはいろいろな資源をコー
ディネートしていくことが必要だと思った次第です。
私の研究視点と思いは、草の根を生きるコミュニティソーシャルワーカーから学び、それを
理論化し、それを政策化することだったと思っているわけで、まさに、問題としての事実に学
ぶことが大事だと思っています。
おわりに
話したいことがたくさんありますが、時間になりました。
皆さんの資料の裏表紙にアガペの像があります。アガペの像を、私は大変好きです。このア
ガペの像の台座は、戦前、原宿の建物が海軍博物館であった時代、その博物館にあった零戦の
戦闘機を載せていた台座でした。戦後、日本社会事業大学がその建物を使うようになって、そ
の台座には零戦の替りに、このアガペの像が、今載っているわけです。戦前の戦争の象徴、零
戦から、戦後の「ウブゴエカラ灰トナリテマデ」ではないですが、まさに、アガペの像こそが
日本社会事業大学の生い立ちを象徴しているものです。
同時に、日本社会事業大学の建学の精神は、「窮理窮行」、「忘我友愛」、「平和共生」です。
生活問題を抱えている人の問題をきちんと科学的に分析する。分析して評論するだけではだめ
です。それを解決するために実践する。それが、統合的臨床科学であり、それが「窮理窮行」
です。
そして、
「忘我友愛」は、人間は弱いものです。私も、大変弱いものです。いつも自分の弱
さと闘いながら生きてきたと思っています。それでも弱いものです。どうしても自分がかわい
― 39 ―
い。わが田に水を引きがちです。そのわが田に水を引くのを一歩控えて、どうしたら周りが、
みんながよくなるかを考えていました。校歌に書いている、まさに「忘我友愛」が本学の二つ
目の建学の精神です。
そして、
「平和共生」です。アガペの像に代表されるように、障害者を生み出す最大の原因
は戦争です。われわれは、平和を希求し、異なる価値観、異なる文化、異なる言語、異なる民
族の人たちと共生していくことが必要ではないでしょうか。
聖徳太子が十七条憲法の「第 10 条」で、
「忿るな、瞋るな。違うを怒るな」と言っています。
われわれは、ついつい、聖徳太子の十七条憲法の「和をもって貴しとなす」ばかりに目が行き
ますが、もっと大事なことは、
「忿るな、瞋るな。違うを怒るな」という、お互いが違うんだ。
そこを前提にしながら考えていく。まさにそれが人間性尊重、個人の尊厳の保持につながると
私は思っています。
36 年間、私は、社大にいて本当によかったと思っています。弱いものですから、社大に来
るときに、東京学芸大学に就職するか、日本社会事業大学に就職するかのちょうど分岐点でし
た。結果的に、私は、恩師の後任として日本社会事業大学を選ばせてもらいました。
そのあと、上智大学が、
「6年に一度、1年間サバティカルをあげるから来い」と言われて、
随分気持ちが揺らぎました。そのあと、立教大学、同志社大学にも声をかけてもらいました。
社大にいるのがいいかと随分悩みました。時には、高知女子大学の学長、長野大学の学長にも、
「来い」と言われました。それらのいずれも大変魅力的でした。その関係者には、今でもお礼
を述べる次第ですが、やはり、どこかいろいろなことがあっても、私はこの社大の卒業生だし、
社大が好きだったのだと思います。
結果的に、
社大に 36 年間いてよかったと思っています。今日も、多数の学部のゼミの卒業生、
卒業論文を指導した卒業生が来てくれています。約 600 名を超える学部生を卒業させることが
できました。そして、修士課程では修士の学位を授与した人は 96 名に上ります。博士の学位
を授与できた人は、
13 名です。博士課程を担当してからまだ 10 年少ししかたっていませんから、
そんなに出せません。それでも、おかげさまで 13 名出させてもらえました。
そして、教え子たちの中の、大学院で研究指導をした人たちで大学教員となって教育・研究
をしている人が 45 名にもなりました。
学部のゼミ生の中から、今日、大学の教員になっている方を含めると、約 50 名の教え子た
ちが、福祉系大学で後を継いでくれています。そういう意味では、日本社会事業大学に 36 年
間勤めさせてもらって本当によかったと私は思っています。
ある意味では、あの世に行ったときに、五味百合子先生、小川利夫先生、吉田久一先生や、
いろいろな人に怒られないで済むかなと思います。社大の伝統である教育を大事にしたという
点で、
〝少しは私の役割を果たして後輩たちに社大の伝統を引き継いでもらえる〟と言えるか
なと思い、正直なところ、今、ほっとしているところです。
この 36 年間、皆さん方に支えていただいたことを本当に心から感謝し、お礼を申し上げて、
まだ話し足りないことはやまやまですが、私のつたない最終講義を終わりにさせていただきま
す。本当に、どうもありがとうございました。
― 40 ―
『社会事業』の復権とコミュニティソーシャルワーク(レジュメ)
―最終講義―
2010 年3月13日
日本社会事業大学 大橋 謙策
はじめに
・1974 年 4 月 日本社会事業大学専任講師として赴任
・小川利夫先生の社会教育、教育原理等後任として担当
・1980 年 鷲谷善教先生退任に伴い、地域福祉論、コミュニティオーガニゼーションを担当
・2005 年 京極高宣先生退任に伴い、社会福祉原論、社会福祉理論研究等を担当
Ⅰ 研究者としての心象風景的原点
① 島木健作『生活の探求』
『続・生活の探求』の読書―コミュニティソーシャルワークの原型
、
② 日本社会事業大学の社会事業実習体験―長野県阿智村における保健・社会教育・生活改良
普及・社会福祉の連携とチームアプローチ―地域トータルケアシステムの原型
③ 小川利夫論文「わが国社会事業理論における社会教育の系譜」(日本社会事業大学研究紀
要『社会事業の諸問題』第 10 集所収・1962 年)の学習―「社会事業」における地域福祉
と社会教育の学際的研究
Ⅱ 戦後社会福祉の展開における制度設計思想上の誤謬・思考の箍
① 戦前「社会事業」における積極的側面と消極的側面の継承―緊急援護対策と積極的社会事
業の分離及び公民館への委譲―海野幸徳、高田慎吾、小河滋次郎、乗杉嘉寿等の思想と隣
保館、市民館の実践―1951 年社会福祉事業法に隣保館規定なし・1958 年改正で復活
② 労働経済学的救貧観と金銭的給付―大河内・昭和 13 年論文の桎梏、GHQ の緊急援護指令
③ 憲法 25 条、89 条の桎梏と憲法 13 条の幸福追求権―権田保之助説、井上友一の風化行政
と小河論争、朝日訴訟と憲法第 25 条説
④ 自由と平等に関する教育と「博愛」理念教育の欠落―林信明、中西洋、廣澤孝之
⑤ 社会保険制度を軸にした所得保障中心の「福祉国家」体制とボランタリズム涵養の欠落―
籠山京、岡田藤太郎―民間財源論(1601 年 Statute of Charitable Uses 1960 年 Charities
Act)
⑥ 社会福祉研究の誤謬・思考の箍―社会政策、社会保障、社会保険、社会扶助(公的扶助、
社会手当)
、社会福祉の未分化的研究―広義の社会福祉、狭義の社会福祉―社会福祉政策
研究と社会福祉援助技術研究との乖離―岡村重夫、嶋田啓一郎(社会福祉力動的統合論)
Ⅲ 戦後社会福祉体制における「自立」論と地域自立生活における「自立」論
① 福祉六法体制にみる「自立」論と入所型施設サービスにおける「自立」論―経済的自立と
― 41 ―
ADL によるアセスメント
② 1970 年「心身障害者対策基本法」
第 25 条の環境醸成論、意欲喚起論の規定と障害者福祉論
③ 社会福祉の目的と6つの自立要件(労働的・経済的自立、精神的・文化的自立、身体的・
健康的自立、社会関係的・人間関係的自立、生活技術的・家政管理的自立、政治的・契約
的自立)と自己実現サービス(1978 年)―社会福祉対象論から主体形成論―補充・代替
論の克服
④ アブラハム・マズローの欲求階梯説と自己実現サービスの考え方―権田保之助の娯楽論
⑤ 対人援助としての社会福祉学とは設計科学を統合した実践科学であるが、生活者の主体性
確立と「自立」論―ICF の視点でケアマネジメントの手法を活用したソーシャルワークの
展開―生活機能(ICF)の低下予防と改善及び向上に関する実践科学
Ⅳ 「地域における『新たな支え合い』を求めて―住民と行政の協働による新しい福祉」の報
告書が意味するもの
① 「これからの地域福祉のあり方に関する研究会」の設置と意義と内容
② 稲作農耕という産業構造が創りだした地域の文化、生活館、人間観と今日的課題―「タテ
社会」から「ネットワーキング型ヨコ社会」への転換を図る実践の意味―
③ 個別ネットワーク会議を支える福祉コミュニティづくり・ソーシャルサポートネットワー
クづくり
④ 日本的地域の“負”の側面の認識とソーシャルインクルージョンおよび福祉教育
Ⅴ 新たな支え合いの地域作りとコミュニティソーシャルワーク機能
① 住民参画による地域福祉計画づくりと地域福祉の 4 つの主体形成
② 地域福祉推進のプラットホームづくりと住民の組織化―社会福祉協議会、福祉 NPO 法人、
社会福祉法人のミッションと役割
③ コミュニティソーシャルワークの機能―問題と資源と人のネットワーキング
④ コミュニティソーシャルワーク機能を展開できるシステムづくり―ナショナルミニマムと
しての国レベルの社会福祉政策とメゾレベルである市町村におけるソーシャルワークを展
開できるシステムづくり及び地域福祉政策
おわりに
・アガペの像にみられる象徴と込められた願い―海軍博物館から社会福祉館への転換
・社会事業研究生制度に淵源をもつ日本社会事業大学と建学の精神(「窮理窮行」、「忘我友
愛」
、
「平和共生」
)
・日本社会事業大学校歌に謳われた理想と日本社会事業大学の教育の伝統
・憲法前文“全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を
有することを確認する”
― 42 ―
研
究
論
文
平成 13 年度国民生活選好度調査にみる
<介護と世帯>に関わる国民意識の分析
後 藤 隆
Nursing-care and profile relationship analysis using the
National Survey on Lifestyle preferences 2001 data
Takashi Goto
Abstract: This paper anlayses nursing-care and profile relationship using the National Survey on
Lifestyle preferences 2001 data. The National Survey on Lifestyle preferences 2001 was researched
and reported by the Cabinet Ofice the next year after the nursing-care insurance started in Japan.
Around those days, some researches analyzed the nursing-care needs and services relationship
targeting on the samples mainly used the nursing-care insurance services or the old age group. On
the contrast, the National Survey on Lifestyle preferences 2001 samples have much more various
profiles. Through this paper’
s 3 types multiple-variants analysis techniques (association analysis,
cluster analysis using BIC criteria, multiple probit analysis), we get ‘profile hypothesis: the popular
consciousness about nursing-care and profile relationship depends on each profile’
.
はじめに
本稿の目的は、内閣府より利用許諾をえた平成 13 年度国民生活選好度調査個票データの内、
「老後の生活と介護」
、とくに<介護と世帯>に関わる国民意識を分析することにある。
平成 13 年度国民生活選好度調査は、
「家族と生活に関する国民意識」をテーマとしており、
平成 14 年4月に発表された同「調査結果のポイント」によれば、大きく4つのポイントがある。
すなわち、
「家族の意識(親子の意識、結婚、パラサイト・シングル)」、「女性の就業(働き方、
注1)
在宅勤務)
」
、
「老後の生活と介護」
、
「家意識と遺産」である。
平成 13 年国民生活選好度調査に限らず、国民生活選好度調査は、もともと、たとえば直近
の平成 21 年度国民生活選好度調査が「個人の幸福観の現状とその要因」をテーマとしている
ように、わが国の家族、社会、関連政策等、広く生活(暮らし)に関する国民意識(満足や意
向)に光を当ててきた調査である。
ただ、そうしたベースは共有しつつも、平成 13 年国民生活選好度調査は、独自の特徴を持っ
ている。それは、平成 12 年の介護保険制度導入と関わって、上記ポイントで紹介したように、
「老後の生活と介護」に関わる質問回答項目が設けられた点である。平成 13 年度国民生活選好
度調査個票データは、全体としては 19 項目のフェイス・シートと 24 項目の質問票から構成さ
― 45 ―
れているが、その中から、本稿が「老後の生活と介護」、とりわけ<介護と世帯>に関わる質
問回答項目に注目する理由の1つはここにある。
くわえて、もう1つ理由がある。それは、やはり介護保険制度導入と関わって、<介護と世
帯>に注目した詳細な先行研究が存在することである。代表的なものを3つ挙げる。
1つめは、
平成 13 年度厚生労働省の国民生活基礎調査である。そこには、
「介護票」
(介護サー
ビス利用状況に関する質問回答項目)および世帯状況に関する質問回答項目が含まれており、
1節で紹介するように、山村・栁原によって両者の関係が分析されている。2つめは、主に内
閣府経済社会総合研究所による介護サービス/労働市場に関する一連の調査分析であり、1節
で紹介するように、清水谷・野口によってまとめられている。3つめは、内閣府経済社会総合
研究所からの委託をうけた京都大学経済研究所附属先端政策分析研究センターの分析である。
もちろん、国民生活選好度調査とこれら先行研究とでは、調査目標、質問回答項目、回答者
等が異なっており、単純に各々の分析結果を突き合わせることはできない。だが、国民生活
基礎調査が全国に居住する 15 歳~ 79 歳までの多様な回答者(層化二段無作為抽出、有効回答
者数 3988 人)を対象にしたものであるのに比して、先行研究の回答者は、介護サービスを既
にうけているか、その家族、あるいは 65 歳以上高齢者を対象にしたものである。いわば、先
行研究が、<介護と世帯>について差し迫った状況にある回答者の分析だとすれば、国民生活
選好度調査では、幅広い国民意識の分析が可能である。また、先行研究はいずれも、Heckman
& Mcfadden 以来の計量経済学のミクロ・データ(家計/世帯別の個票データ)分析の系譜に
位置づけられ、最終的な分析ゴールも介護サービス/労働市場の需要予測におかれている。注2)
これに比して、国民生活選好度調査の分析では、上記のような回答者の多様性、幅広さから、
介護サービスの利用希望やその担い手について介護保険導入時の国民がどのように感じ考えて
いたかを世帯のあり方と関わらせて明らかにすること、いわば当時の世論あるいは社会通念を
明らかにすることが可能である。
本稿の構成は次のとおりである。まず1節において、介護保険導入前後の時期に、<介護と
世帯>を扱った3つの先行研究を読解し、要すれば、世帯のあり方、とくにオカネとヒトの違
いが、介護の選択肢の選択を左右していることを確認する。次にそれを手がかりに、2節にお
いて、平成 13 年度国民生活選好度調査の中の、<介護と世帯>に関わる質問回答項目をどの
ように選定し、どのような分析にかけていけばよいかを、検討する。3節では、その検討をう
け選定した、3つの被説明変数、すなわち care(在宅、施設、その他)、icare(高齢者介護の
望ましい担い手:配偶者、息子、娘、息子の妻、その他の家族や親族、施設型介護、在宅介護、
地域社会)
、pcare(高齢者介護の実際の担い手:icare と同項目)、そして3つの説明変数、す
なわち sex(男、女)
、profile(1高校、予備校、短大、大学、大学院などの生徒または学生、
2高校を卒業して就職、アルバイト、習い事や家事手伝いをしている 40 歳未満の独身者、340
歳以上の独身者、4子のない夫婦、5第一子が小学校入学前の親、6第一子が小学校または中
学校の親、7第一子が高校の親、8第一子が大学、大学院などの親、9就職または結婚した子
供を一人でも持つ親、10 全ての子供が就職、または結婚した親)、hprop(世帯全体の年間収
入と所有不動産評価額と世帯全体の貯蓄残高の和から世帯全体の借入金残高を差し引いて作っ
― 46 ―
た合成変数)を、多変量プロビット分析にかけている。4節では、その分析結果から、
「在宅か、
施設かの選択には、性別と profile の違いが影響しているが、世帯の経済状態の影響は確認で
きなかったこと」
、
「在宅でもなく、施設でもない介護希望の選択は、profile と世帯の経済状態
が影響していること」
「在宅の選択には、
、
実際の介護者が影響していること」を整理したうえで、
介護保険導入直後の国民意識からは「回答者の profile、つまりライフコース上のポジションを
含めた回答者像の違いによって、<介護と世帯>についての切迫度、緊急度等が変化し、それ
が介護サービス/形態の選択に影響をもたらす可能性」、すなわち profile 影響仮説が導き出せ
ることを明らかにしている。
1.先行研究における<介護と世帯>の分析
先行研究の1つめは、平成 13 年度国民生活基礎調査に関する、山村・栁原の「「国民生活基
礎調査」データに基づく居宅介護サービス利用に関する多変量プロビット分析」(『統計数理』、
55 巻、1号、2007)である。なお、簡便のため、同論文を、以下では山村・栁原の分析と呼ぶ。
山村・栁原の「分析対象者」は、介護保険の「第1号被保険者(65 歳以上の要介護者およ
び要支援者)で、居宅介護サービスのみを利用しており、施設介護サービスは利用していない」
「1,964」名の利用者(除欠損値)である。居宅介護サービスの種類は、本来、訪問介護、訪問入浴、
訪問看護、訪問リハ(ビリテーション)
、通所介護、通所リハ、短期入所生活介護、短期入所
療養介護、認知症対応型共同生活介護(グループホーム)の9種類であるが、当時の利用者数
が少なかったため、認知症対応型共同生活介護(グループホーム)は分析対象から除かれてい
る。また、短期入所生活介護と短期入所療養介護はショートステイとして併合されている。結
果、山村・栁原の分析で扱う居宅介護サービスは7種類となるが、利用者ごとの回答内容は複
数サービスの併用を含むものとなっている。たとえば、ある利用者は、「訪問介護」だけを利
用しているが、別の利用者は「訪問介護」に加え「ショートステイ」も利用している、……と
いった形である。
山村・栁原の分析では、こうした7種類の居宅介護サービスの利用者(含併用者)を「被説
明変数」とし、それらと、8種類の「説明変数」、すなわち「要介護度」、
「疾病」、
「歩行」、
「日
常生活の自立状況」
、
「通院期間」
、
「就床日数」
、「世帯状況」、「世帯年間所得金額」との関係を
明らかにしようとしている。
「被説明変数」
は
「利用の有無」、すなわちデータ種別で言えば、
「1/0」
の2値変数(名義尺度のダミー変数)であり、
「説明変数」は、たとえば調査期間(平成 13 年
5月)での「就床日数」が「ない」
、
「1~3日」、
「4~6日」、
「7~ 14 日」、
「15 日以上」の「5
段階に分かれている」ように、順序尺度の変数である。
このように、
名義
(目)
尺度2値変数でありなおかつ複数サービス併用を含むダミー変数の「被
説明変数」と順序尺度の「説明変数」との関係を明らかにしようとする場合、分析技法として
は、計量経済学分野では、パラメータ推定に最尤推定法を用いた多変量ロジットあるいはプロ
ビットモデルが適切であることが既に知られている。山村・栁原の分析でも、同理由から、多
変量プロビットモデルが用いられている。また、多変量プロビットモデルによるパラメータ推
― 47 ―
定は、複数の算出結果をもたらすので、その中から最適な結果を選ぶ必要がある。山村・栁原
の分析では、
「説明変数」数(8変数)の多さに考慮し、BIC(ベイズ情報規準量)が用いら
れている。注3)なお、
BIC とは、
「複数数の算出結果」の内ある「算出結果」の説明力を、あるデー
タの下でえられるその「算出結果」の母数の尤度の総和とした場合、その説明力と別の「算出
注4)
結果」の説明力の比をとったものである。
山村・栁原の分析は、
基本的にはここまで紹介したデータ、
「説明変数」-「被説明変数」関係、
分析技法によるものである。そして、BIC 規準で最適だった多変量プロビットモデル算出結果
からは、<介護と世帯>に関わって、概ね次の3つの結論が導かれている。
1)
「訪問系サービス」
(
「訪問介護」
、
「訪問看護」)では、「世帯状況」としては、「世帯員数
3人以上の世帯と比較して」
「高齢者単独世帯」が多い。「世帯年間所得金額」としては「300
万以上~ 1000 万未満」で「訪問介護」の利用が少ない。
2)
「通所系サービス」
(通所介護、通所リハ)の内、「通所介護」では、「世帯状況」が「世
帯員数3人以上の世帯と比較して」
「
「高齢者単独世帯」、「高齢者夫婦世帯」、「高齢者夫婦
世帯以外の2人暮らし」が少な」く、
「通所リハ」では、「「高齢者夫婦世帯」が少なかっ
た」
。こうした「世帯状況」の特徴にくわえ「「世帯年間所得金額」では有意な結果がみら
れな」いことから、
「通所系サービス」利用者の「属する世帯」は「家族介護力の高い世帯」
と表現されている。
3)
「ショートステイ」では、
「世帯状況」としては、
「高齢者夫婦世帯」での利用は少なく、
「世
帯員数8~9人」の利用が他の世帯状況と比較して多い」。「世帯年間所得金額」としては、
「
「300 万未満」と比較して、
「300 万以上~ 1000 万未満」、
「1000 万以上」」の「利用が多かっ
た」
。
先行研究の2つめは、平成 13 年、14 年の2度にわたって内閣府が行なった「高齢者の介護
利用状況に関するアンケート調査」の分析であり、清水谷諭・野口晴子『介護・保育サービス
市場の経済分析:ミクロデータによる実態解明と政策提言』(東洋経済新報社、2004)にまと
められているものである。なお、以下では清水谷・野口の分析と呼ぶ。
清水谷・野口の分析の「対象サンプル」は、平成 13 年調査では、住民基本台帳からランダ
ム抽出した 13 万余世帯の中から、要介護者(要介護認定を受けていない者を含む)と同居し、
要介護者が1人の世帯をスクリーニングしたものであり、結果 1005 名の回答者数がえられて
いる。平成 14 年調査は、基本的には平成 13 年調査の 1005 名の回答者の追跡調査であり、ほ
ぼ同程度の回答者数がえられている。
清水谷・野口の分析は、
「介護」に限っても、
「賃金コスト」、
「サービスの質」、
「供給効率性」、
「価格・所得弾力性」
、
「家族負担」
、
「需要予測」等多岐にわたるものであるが、ここでは本稿
の注目する<介護と世帯>と関わって、前掲書第6章「介護・保育サービスの利用と家族負担・
労働供給」の「A. 介護サービス利用が家族負担・労働供給に与える影響」を紹介する。なお、
― 48 ―
以下ではこれを清水谷・野口の「介護サービス/家族負担」分析と呼ぶ。
清水谷・野口の「介護サービス/家族負担」分析では、平成 13、14 年調査データを使って、
家族による長時間介護(1日あたり平均8時間以上、10 時間以上、12 時間以上)を説明する
ための5種類の理論仮説が統計的な検証にかけられている。結果、「介護サービス利用の周知
が不十分なことが長時間介護につながる」
、
「施設入所待機中であることが長時間介護につなが
る」という2種類の仮説は棄却されている。残りの3種類については、次のア)~ウ)のとおり
である。
ア)
「random effect 付きの probit 推計」による「世帯の年間所得」の限界係数がマイナスで
有意であることから、
「世帯の年間所得額の多寡が長時間介護につながる」という「低所
得者仮説」は支持されている。このことはまた、介護保険導入による自己負担率上昇が介
護サービス需要手控えにつながった結果家族による長時間介護が強いられるという介護事
情の一側面をとらえている。
イ)
「介護保険でまかなえない部分で家族介護が必要」という質問回答項目の、上記「推計」
による限界係数が、長時間介護の内「1日あたり平均8時間以上」と「10 時間以上」で
は有意だが、
「12 時間以上」では有意ではないため、「家族介護非代替仮説」(介護には、
介護保険でまかなえない部分があり、それは家族がしなければならない)は、「比較的程
度の軽い世帯には当てはまるのに対し、あまりに介護時間が長時間になると必ずしも当て
はまらない」とされている。
ウ)
「対価を期待しているわけではないが遺産を相続する」、「対価として生活費を余分にも
らっている」という質問回答項目の、上記「推計」による限界係数が有意でない場合と有
意な場合があるため、
「戦略的遺産動機仮説」(家族介護と遺産動機との結び付き)は「棄
却されない可能性」が示唆されている。
先行研究の3つめは、京都大学経済研究所附属先端政策分析研究センターが、日本大学によ
る「健康と生活に関する調査」の平成 11、13、15 年のデータを対象とした分析であり、『世帯
構造の変化が私的介護に及ぼす影響等に関する研究報告書』(平成 19 年度内閣府経済社会総合
研究所委託調査、平成 20 年)としてまとめられているものである。なお、以下では、京大の
分析と呼ぶ。
京大の分析では、全国 65 歳以上 100 歳未満から無作為抽出した 6700 名から、上記3年各々
5000 名をやや下回る 4000 名台後半の回答をえている。京大の分析は「ランダム効果プロビッ
トモデル」を用いたもので、本稿の注目する<介護と世帯>と関わって、概ね次の a. ~ c. を
結論としている。
a.
「配偶者と同居」の場合、介護者として配偶者を期待する確率が有意に高く、それ以外
の介護の選択肢(子供、病院・老人ホーム、等)への期待を低下させる。
b.
「子供と同居」の場合、
「子供数が多」いと、介護者として「子供とその配偶者」を期待
― 49 ―
する確率が有意に高く、
「配偶者」
、
「病院・老人ホーム」への期待を低下させる。
c.
「対数所得」が上がると、
「病院・老人ホーム」を期待する確率が有意に高く、「子供と
その配偶者」への期待を低下させる。
ここまで、介護保険導入前後の時期に、<介護と世帯>を扱った3つの先行研究を読解し、
各々の要点を整理してきた。具体的な質問回答項目の細部は異なっているが、要すれば、世帯
のあり方、とくにオカネとヒトの違いが、介護の選択肢の選択を左右していることが確認でき
た。
次節では、先行研究を経たこの要点を手がかりに、平成 13 年度国民生活選好度調査の中の、
<介護と世帯>に関わる質問回答項目をどのように選定し、どのような分析にかけていけばよ
いかを、検討する。
2.平成 13 年度国民生活選好度調査の<介護と世帯>に関わる質問回答項目の
選定と分析方針
平成 13 年度国民生活選好度調査は、
「はじめに」でふれたように、24 の質問回答項目が「大
きく4つのポイント」に分けられ、
その内の1つが「老後の生活と介護」である。またその他に、
19 のフェイスシートと呼ばれる質問回答項目(性別、職業、所得等、回答者像を構成する項目)
がある。これらの中から、1節で確認した「オカネとヒト」という要点からみて、本稿での分
析にふさわしい質問回答項目の候補を挙げていこう
まず、
「老後の生活と介護」
に関わる質問回答項目は、問 17 ~ 23 の7問であるが、リバースモー
ゲージに対する関心度をきく問 17 とその付問、公的年金への信頼度をきく問 18、公的年金の
問題点をきく問 19、将来の年金の給付水準をきく問 20 については、マクロな政策への関心度
等をきくものとみなし、
本稿の分析対象としない。すると、問 21 ~ 23 が残ることになる。この内、
問 21 には、問 21 で「在宅」希望と答えた場合の理由に踏み込んだ付問がある。だが、問 22 で
全回答者を対象とした
「望ましい介護者」
、問 23 で同じく「実際の介護者」をきいており、内容
上重複するとみなし、
分析対象としない。注5)結果、「老後の生活と介護」に関わる質問回答項目
の内、
問 21、
22、
23 の3つの質問回答項目を、
平成 13 年度国民生活選好度調査の中でもとりわけ
「介護」に焦点を当てた質問回答項目として、
本稿の分析対象の候補とする。なお、「→」の後の
英語表記は、コンピュータで処理する際の本稿での略称であり、詳細は※を参照されたい。
問 21:老後介護は在宅、施設、それ以外のどれを希望するか → care( 1~3)
問 22:高齢者介護の望ましい担い手 → icare(spo,son,dau,wif,rel,ins,hom,com)
問 23:高齢者介護の実際の担い手 → pcare(spo,son,dau,wif,rel,ins,hom,com)
※問 21、care の1は在宅、2は施設、3はその他。問 22、高齢者介護の望ましい担い手
の icarespo は配偶者、icareson は息子、icaredau は娘、icarewif は息子の妻、icarerel はそ
― 50 ―
の他の家族や親族、icareins は施設型介護、icarehom は在宅介護、icarecom は地域社会。
問 22、高齢者介護の実際の担い手の pcarespo は配偶者、pcareson は息子、pcaredau は娘、
pcarewpf は息子の妻、pcarerel はその他の家族や親族、pcarepns は施設型介護、pcarehom
は在宅介護、pcarecom は地域社会。
次に、F1 ~ F19 からなるフェイスシートについてである。19 項目にのぼるフェイスシート
の内、本稿の分析に理論的に強い関連がないと考えられるもの(たとえば、「携帯電話」、「イ
ンターネット」の利用)
、また、本稿の分析からみた場合にはフェイスシート内のある項目が
おさえられれば他の関連項目は必要ないと考えられるもの(たとえば、年間収入については、
回答者本人のもの、配偶者がいる場合配偶者のもの、そして世帯全体のものと、3種類きいて
いるが、前2者は本稿の分析では不要であるとみなした)を除いた、次の8個の質問回答項目
を候補とする。
「→」で略称を、※で詳細を示す。
F1 :性別 → sex(1,2)
F2 :調査時満年齢 → age(1 ~ 13)
F6 :プロファイル → profile(1 ~ 10)
F12:家族形態 → family(1 ~ 6)
F15:世帯全体の年間収入 → hincome(1 ~ 10)
F16:所有不動産評価額 → realest(1 ~ 10)
F17:世帯全体の貯蓄残高 → hsave(1 ~ 8)
F18:世帯全体の借入金残高 → hloan(1 ~ 9)
※ F1、sex1 は男、2は女。F2、age1 ~ 13 は、15 歳から 79 歳まで5歳きざみ。F6、profile は、
1高校、予備校、短大、大学、大学院などの生徒または学生、2高校を卒業して就職、
アルバイト、習い事や家事手伝いをしている 40 歳未満の独身者、340 歳以上の独身
者、4子のない夫婦、5第一子が小学校入学前の親、6第一子が小学校または中学校
の親、7第一子が高校の親、8第一子が大学、大学院などの親、9就職または結婚した
子供を一人でも持つ親、10 全ての子供が就職、または結婚した親。F12、family は、1
単独世帯、2夫婦のみ世帯、3核家族世帯、4二世代世帯、5三世代世帯、6その他。
F15、hincome1 ~8は、200 万円未満から 1600 万円未満までの 200 万円きざみ、9は
1600 ~ 2000 万円未満、10 は 2000 万円以上。F16、realest の1は所有していない、2~
5は 500 万円未満から 2000 万円未満までの 500 万円きざみ、6~8は 2000 万円以上か
ら 5000 万円未満までの 1000 万円きざみ、9は 5000 万円~1億円未満、10 は1億円以
上。F17、hsave の1~4は 250 万円未満から 1000 万円未満の 250 万円きざみ、5、6
は 1000 ~ 2000 万円未満の 500 万円きざみ、7は 2000 ~ 3000 万円未満、8は 3000 万
円以上。F18、hloan の1はない、2~5は 250 万円未満から 1000 万円未満の 250 万円
きざみ、6、7は 1000 ~ 2000 万円未満の 500 万円きざみ、8は 2000 ~ 3000 万円未満、
― 51 ―
9は 3000 万円以上。
既に1節で確認したように、
「オカネとヒト」の違いが介護の選択肢の選択を左右するのだ
から、国民生活選好度基本調査において<介護と世帯>に注目した分析を行う場合にも、ここ
まで候補としてきたフェイスシートを説明変数、問 21、22、23 を被説明変数とする説明変数
―被説明変数関係を想定することは妥当である。
ただ、いずれの変数についても、検討の余地がある。
まず、説明変数については、候補として残した
フェイスシートの F1、F2、F6、F12、F15、F16、F17、
F18 では、とくに F6 がライフコース上のポジショ
ンを含め、内容上互いに似通ったものになっている
とみなせることから、少なくとも F1、F2、F6、F12
のすべてを説明変数とするかどうかを検討すべきで
ある。また、F15、F16、F17、F18 は、例えば世帯
全体の年間収入が高くても借入金残高が大きければ
世帯の経済状態(収支)としては単純に「オカネ」
持ちとは言えないなど、F15、F16、F17、F18 の 4
つを総じて整理しなおした方が合理的である。
そこで、F1、F2、F6、F12 については、その相互
の関係をアソシエーション分析にかけ、
「インパク
ト」規準(Jmeasure を加工したもの。注6))いずれも
正の値について取り出してみたところ、図表1のよ
うに、age と profile と family の間は相互に独立とは
言えない関係にあることがわかった。結果、上記の
図表 1
― 52 ―
A
age=1~4
family3
profile8
family5
age=10~13
age=10~13
profile2
family2
family1
family2
profile9
family1
profile10
family3
profile3
family6
profile7
family3
profile9
age=5~7
profile2
age=5~7
age=1~4
profile10
profile5
family1
age=1~4
age=8~9
age=5~7
profile8
profile4
age=5~7
family3
profile5
age=1~4
profile3
profile9
family2
profile1
profile1
age=5~7
profile3
profile10
age=8~9
age=8~9
profile6
profile2
profile6
age=1~4
family4
profile6
profile10
family3
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
B
インパクト
profile5
2.587
profile6
0.407
age=5~7
1.158
profile6
0.256
profile10
10.361
family2
3.314
age=1~4
10.011
profile4
3.204
age=1~4
0.292
profile10
3.782
family3
0.219
profile3
1.903
age=8~9
0.461
age=1~4
0.799
family1
2.106
profile3
0.489
age=5~7
2.152
profile5
0.69
age=10~13
0.202
profile6
4.894
family3
0.47
profile7
1.256
profile2
6.476
family2
3.232
family3
1.429
profile2
1.129
profile1
3.532
profile8
0.237
profile8
0.763
age=8~9
0.301
family2
4.733
family3
0.561
profile2
0.26
age=1~4
3.771
family1
0.226
family6
0.462
age=8~9
2.92
age=10~13
3.851
family3
0.354
age=1~4
7.025
profile3
0.359
age=5~7
0.524
age=10~13
10.255
profile10
0.517
profile9
2.784
family3
0.72
family1
1.064
age=5~7
6.829
family3
1.186
profile10
0.371
family5
0.263
family4
0.283
age=5~7
0.397
理由も併せ、F1、F2、F6、F12 からは、sex と profile だけを説明変数として残すこととした。
また、F15、F16、F17、F18 については、本来、いずれも等間隔性の保証のない順序尺度で
あり加減乗除計算にはなじまないが、ここでは簡便のため次のような合成値を算出し、それを
hprop として分析に用いることにした。
hprop =(F15:hincome + F16:realest + F17:hsave)- F18:hloan
こうして、本稿では、説明変数として、sex1(男)、sex2(女)、profile1 ~ 10、hprop を選定
したことになる。
次に、被説明変数の候補であるが、実は、icare、pcare は、いずれも「○はいくつでも」
と調査票に注記された複数回答項目である。また、既にみたように、「icarespo は配偶者、
icareson は息子」等、名目(義)尺度であり、F15、F16、F17、F18 を hprop としたような合成
値も作りにくい。そこで、icare1 ~8、pcare1 ~8については、各々のダミー変数行列(例え
ば、icarespo に「○」と回答されていれば、
「1」を、そうでなければ「0」を与える。これ
を icareson 等 icare の残りの項目についてもおこなった結果えられる表のこと)を、合理的に
分類するべく、クラスタ分析にかける。
今回使用したクラスタ分析のアルゴリズムは、「部分母集団とクラスタの対応の最尤推定値
につき BIC によるモデル選択」を適用したものであり、一般にクラスタ分析と関わって指摘
のある、分析者によるクラスタ数の予めの指定の難を避けることができる。図表2に icare、
注7)
、注8)、注9)
pcare の順に、そのクラスタ分析の結果を示す。
図表2
icare のクラスタ分析結果
> DATAicaredum.Mclust=Mclust(DATAicaredum)
> DATAicaredum.Mclust$G
[1] 4
> DATAicaredum.Mclust$modelName
[1] "EEV"
> DATAicaredum.Mclust$BIC
EII VII EEI
VEI
EVI
VVI
EEE
1 -28733.34 -28733.34 -27853.70 -27853.70 27853.70 -27853.70 -24078.73
2 -24702.27
NA
NA
NA
NA
NA
NA
3 -23430.15
NA
NA
NA
NA
NA
NA
4 -22866.91
NA
NA
NA
NA
NA
NA
5 -21406.23
NA
NA
NA
NA
NA
NA
6 -20246.04
NA
NA
NA
NA
NA
NA
7 -19142.08 NA
NA
NA
NA
NA
NA
8 -18375.74
NA
NA
NA
NA
NA
NA
9 -18072.61
NA
NA
NA
NA
NA
NA
― 53 ―
EEV VEV VVV
1 -24078.73 -24078.73 -24078.73
2 -19859.44
NA
NA
3 NA
NA
NA
4 -13299.05 NA NA
5 NA
NA NA
6 NA NA NA
7 NA
NA NA
8 NA
NA NA
9 NA
NA NA
pcare のクラスタ分析結果
> DATApcaredum<-read.csv("E:/DATApcaredum.csv",header=T)
> DATApcaredum.Mclust=Mclust(DATApcaredum)
> DATApcaredum.Mclust$modelName
[1] "EEV"
> DATApcaredum.Mclust$G
[1] 2
> DATApcaredum.Mclust$BIC
EII VII
EEI
VEI EVI
VVI
EEE
1 -26914.39 -26914.39 -23547.41 -23547.41 -23547.41 -23547.41 -22860.37
2 -25385.69 NA
NA
NA
NA NA
-21925.58
3 -24541.77
NA
NA
NA
NA NA
NA
4 -23672.78 NA
NA
NA
NA NA
NA
5 -22830.72 NA
NA
NA
NA NA
NA
6 -21996.79
NA
NA
NA
NA NA
NA
7 -21118.23
NA
NA
NA
NA NA
NA
8 -20529.13
NA
NA
NA
NA NA
NA
9 -19916.65
NA
NA
NA
NA NA
NA
EEV
VEV VVV
1 -22860.37 -22860.37 -22860.37
2 -16910.14
NA
NA
3 NA
NA
NA
4 NA
NA
NA
5 NA
NA
NA
6 NA
NA
NA
7 NA
NA
NA
8 NA
NA
NA
9 NA
NA
NA
図表2のクラスタ分析結果は、とくに icare について、最適とされた EEV モデル(なお、
EEV モデルが何を表すかは、注9)を参照されたい)が、クラスタ3つ分の BIC 値しか算出でき
― 54 ―
ていない(NA は算出結果がえられていないことを示す)こと、EEV モデル以外の他のモデル
では複数のクラスタがえられえていないこと、が問題点である。だが、「複数回答」を合理的
に処理することを優先し、以下では、この問題点に留意しつつ、icareclust1 ~4、pcareclust1
~2を用いることにした。
ここまでで、説明変数として sex1(男)
、sex2(女)、profile1 ~ 10、hprop を、被説明変数
として care1 ~3、icareclust1 ~4、pcareclust1 ~2を選定したことになる。また、これらの
内1つでも回答に欠損のある場合、回答者ごと削除したので、分析対象データ数は 2901 名分
となった。
最後に、このままの説明変数―被説明変数関係だけでもよいのだが、念のため、care1 ~3、
icare1 ~4、pcare1 ~2相互の関係を、図表1と同じやり方でアソシエーション分析にかけて
みた。結果を図表3に示す。
図表3からは、care1(在宅希望)の場合、理想の介護者は icareclust1、4を、実際の介護者
は pcareclust1 であること、care2(施設希望)の場合は理想の介護者は icareclust3、実際の介
護者は pcareclust2 であることが推察できる。ここから、被説明変数である、care、icareclust、
pcareclust の間にどのような関係があるか分析することにも、意味があると考えられる。
図表3
A
pcareclust1
pcareclust1
care1
care2
icareclust1
pcareclust1
icareclust3
icareclust4
care1
pcareclust2
icareclust1
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
->
B
インパクト
icareclust4
0.323
icareclust1
0.869
icareclust1
0.022
pcareclust2
0.021
pcareclust1
1.226
care1
0.032
pcareclust2
1.375
pcareclust1
0.441
pcareclust1
0.024
icareclust3
1.132
care1
0.04
以上から、本稿では、次の2つの説明変数―被説明変数関係を分析にかけることとする。
① 説明変数(sex、profile、hprop)―被説明変数(care、icareclust、pcareclust)
② 説明変数(icareclust、pcareclust)―被説明変数(care)
次節では、実際の分析結果を示し、①、②の説明変数――被説明変数関係について、統計的
に有意なレベルでなにが導き出せるかを明らかにする。
― 55 ―
3.平成 13 年度国民生活選好度調査の<介護と世帯>に関わる説明変数―被説
明変数関係の分析
①、②とも、被説明変数は基本的にダミー変数であり、説明変数は2つ以上であることから、
分析技法としては、1節での先行研究がそうだったように、BIC 規準を用いた多変量プロビッ
ト分析(多重プロビット分析(モデル)等と、
呼称は異なるが同じもの)が適切である。そこで、
R2.10.1 の、一般化線形モデル(generalized linear model)を扱う glm 関数を用いる。一般化線
形モデルとは、
「正規分布を拡張した分布族(family)に対応させ、非線形の現象を線形モデ
ルの場合と同じく」扱うための分析技法であり、それが R2.10.1 では glm 関数なのである。注 10)
また、1節で既にふれたように、
「多変量プロビットモデルによるパラメータ推定は、複数の
算出結果をもたらす。その中から最適な結果を選ぶ必要がある」ので、以下の分析でもそのた
めの BIC 規準をくりかえし算出する R2.10.1 の関数も用いてある。次式の step がそれである。
>step(glm(care1 ~ sex1 + sex2 + profile1 + profile2 + profile3 + profile4 + profile5 + profile6 + profile7
+ profile8 + profile9 + profile10 + hprop,data=DATA,family=binomial(link=”probit”),k=log(2901))
上式中、
「step(」の後の「glm glm(care1 ~ sex1 + sex2 + profile1 + profile2 + profile3 + profile4 +
profile5 + profile6 + profile7 + profile8 + profile9 + profile10 + hprop」までは、care1 を被説明変数に、
sex1、sex2、profile1、profile2、profile3、profile4、profile5、profile6、profile7、profile8、profile9、
profile10、hprop を説明変数にしなさい、という意味である。その次の「data=DATA」は分析
対象データファイルの指定、
「family=binomial(link=”probit”)」は被説明変数がダミー変数(あ
る回答が care1(在宅)であれば 1、そうでなければ 0)の場合の多変量プロビット分析の指定、
「k=log(2901)」は BIC 算出用にデータ数を指定するものである。
上式による計算結果として、まず、α、β、γを説明する。
α
Step: BIC=3988.82
care1 ~ sex1 + profile2 + profile3 + profile4 + profile5 + profile6 + profile7 + profile8 + hprop
Coefficients: Estimate
Std. Error
z value
Pr(>|z|) (Intercept) 0.079769
0.058518
1.363 0.17284 sex1
0.272171
0.047307
5.753
8.75e-09 ***
profile2
-0.427819
0.079249
-5.398
6.72e-08 ***
profile3 -0.295458
0.124992
-2.364
0.01809 * profile4
-0.231989 0.105597
-2.197
0.02803 * profile5
-0.181387
0.090659
-2.001
0.04542 * profile6
-0.232901
0.073847
-3.154
0.00161 **
profile7
-0.270303
0.130855
-2.066
0.03886 * profile8
-0.329262
0.117117
-2.811
0.00493 **
hprop 0.007014
0.004555
1.540
0.12357 ― 56 ―
β
Step: BIC=3968.55
care2 ~ sex1 + profile1 + profile2 + profile3
profile9 + hprop
Coefficients: Estimate
Std. Error
(Intercept) -0.185662
0.067761
sex1
-0.293796 0.047519
profile1
0.136670
0.114292
profile2
0.426044
0.085067
profile3
0.325265
0.129070
profile4
0.285252
0.110437
profile5
0.154136 0.096731
profile6 0.252055
0.080596
profile7
0.337332
0.134623
profile8
0.374811
0.121069
profile9
0.082220
0.072214
hprop
-0.004194
0.004582
γ
Step: BIC=680.17
care3 ~ profile5 + hprop
Coefficients: Estimate
(Intercept) -1.83300
profile5
0.30953
hprop
-0.02294
Std. Error
0.09425
0.14981
0.01047
+ profile4 + profile5 + profile6 + profile7 + profile8 +
z value
-2.740
-6.183
1.196
5.008
2.520
2.583
1.593
3.127
2.506
3.096
1.139
-0.915
Pr(>|z|) 0.00614 **
6.30e-10 ***
0.23178 5.49e-07 ***
0.01173 * 0.00980 **
0.11106 0.00176 **
0.01222 * 0.00196 **
0.25489 0.36004 z value
Pr(>|z|) -19.448
<2e-16 ***
2.066
0.0388 * -2.191 0.0285 *
α は、care1 を 被 説 明 変 数 に、BIC 規 準 で、sex1、profile2、profile3、profile4、profile5、
profile6、profile7、profile8、hprop を説明変数とすることが最適と計算された分析結果である。
だが、その直後の「Coefficients」の「Pr(>|z|) 」をみると、「hprop」の「0.12357」のところだ
け無印である。そこは、統計的に有意か否かを検定にかけた結果の表記であり、R では、その
表記は「Signif. codes」として「 0‘***’0.001‘**’0.01‘*’0.05‘.’」となっている。
つまり、αは、BIC 規準では、被説明変数 care1 を hprop を含む説明変数で説明する分析結
果を選択できるが、hprop は統計的には有意とみなされないことを意味している。別言すれ
ば、 α は、care1 を 被 説 明 変 数、sex1、profile2、profile3、profile4、profile5、profile6、profile7、
profile8 を説明変数とする関係が統計的に有意に確認できる。また、これら有意な説明変数の
「Estimate」をみると、sex1(男)だけがプラスで、後はマイナスの符号が付いているので、αは、
回答者が男の確率がこのまま固定されれば、profile2(40 歳未満の独身者)、profile3(40 歳以
上の独身者)
、profile4(子のない夫婦)
、profile5(第一子が小学校入学前の親)、profile6(第一
子が高校の親)
、profile7(第一子が大学、大学院などの親)、profile8(就職または結婚した子供
を持つ親)の確率(正確にはオッズ比)が各「Estimate」分マイナスの方向にあることを意味
している。
― 57 ―
同 じ よ う に み て い く と、 β で は、care2( 施 設 ) を 被 説 明 変 数、sex1、profile2、profile3、
profile4、profile6、profile7、profile8 を 説 明 変 数 と す る 関 係 が 成 り 立 ち う る こ と が わ か る。
(profile1、
profile5、
profile9、
hprop は統計的に有意ではない。)
「Estimate」をみると、αとは異なり、
男がマイナス、profile2、profile3、profile4、profile6、profile7、profile8 がプラスの符号を付けら
れている。これは、回答者が男の確率がこのまま固定されれば、profile2(40 歳未満の独身者)、
profile3(40 歳以上の独身者)
、profile4(子のない夫婦)、profile6(第一子が高校の親)、profile7
(第一子が大学、大学院などの親)
、profile8(就職または結婚した子供を持つ親)のオッズが各
「Estimate」分プラスの方向にあることを意味している。
したがって、α、βからは、被説明変数が care1(在宅)か、care2(施設)かの選択は、説
明変数が sex1(男)であるかどうか、によって、符号が反対となるいくつかの profile によっ
て区別されることがわかる。
別 言 す れ ば、care1( 在 宅 ) を 選 択 す る の は、 男 で profile2、profile3、profile4、profile5、
profile6、profile7、profile8 ではない回答者であり、care2(施設)を選択するのは女で、profile2、
profile3、profile4、profile6、profile7、profile8 にあたる回答者である確率が高いということにな
る。ただ、1節での先行研究の知見と異なり、care1、care2 の選択に hprop(経済状態)が影
響を与えていることは確認できない。
γの分析結果は、care3(その他)を被説明変数に、profile5(第一子が小学校入学前の親)、
hprop を説明変数とする関係が統計的に有意であることを意味している。profile5 はプラス、
hprop はマイナスの符号がつけられている。これは、care3(その他)は、調査時点以降子育て
期間が長い親で、profie5 を固定した場合、世帯の経済状態がマイナスの影響を与える回答者
が選択する選択肢であることを示している。
care1、care2 については、さらに説明変数の異なる分析結果もえられている。δ、εを見比
べてほしい。
δ
Step: BIC=3965.53
care1 ~ sex1 + profile2 + profile6
Coefficients: Estimate
Std. Error
(Intercept)
0.05894
0.03574 sex1
0.26769
0.04705
profile2 -0.34813
0.07655
profile6 -0.16765
0.06963
z value
1.649
5.689
-4.548
-2.408
Pr(>|z|) 0.0991 . 1.28e-08 ***
5.42e-06 ***
0.0161 *
ε
Step: BIC=3928.01
care2 ~ sex1 + profile2 + profile8
Coefficients: Estimate
Std. Error
(Intercept) -0.09305
0.03456
sex1
-0.29099
0.04723
z value
-2.692
-6.162
Pr(>|z|) 0.0071 **
7.20e-10 ***
― 58 ―
profile2
profile8
0.29816
0.23771
0.07593
0.11501
3.927
2.067
8.61e-05 ***
0.0387 * δは、care1(在宅)を被説明変数、sex1(符号+、男)、profile2(符号-、40 歳未満の独身者)、
profile6(符号-、第一子が小学校または中学校の親)を説明変数とする関係が統計的に有意
であることを示している。εは、care2(施設)を被説明変数、sex1(符号-、男)、profile2
(符号+)
、profile8(符号+、第一子が大学、大学院などの親)を説明変数とする関係が統計
的に有意であることを示している。別言すれば、δは、care1(在宅)は、回答者が男で、独
身、調査時点以降子育て期間が長い親にあたる場合選ぶ回答選択肢である確率が高く、εは、
care2(施設)は、回答者が女で、独身、調査時点以降の子育て期間がδに比し相対的に短い
場合選ぶ回答選択肢である確率が高いことになる。
さて、ここから後は、2節末で選定した②の被説明変数-説明変数関係、すなわち、care1(在
宅)か、care2(施設)かを、icareclust(理想の介護者)、pcareclust(実際の介護者)で説明し
ようとするものである。
分析結果を、θにまとめて示す。
θ
Step: BIC=4008.8
care1 ~ icareclust1 + icareclust3
Coefficients: Estimate
Std. Error
(Intercept)
0.07932
0.04507
icareclust1
0.13043
0.06733
icareclust3
0.05075 0.05562
z value
1.760
1.937 0.912
Pr(>|z|) 0.0784 .
0.0527 .
0.3615 Step: BIC=3970.92
care2 ~ icareclust1 + icareclust3
Coefficients: Estimate
Std. Error
(Intercept) -0.14770
0.04520
icareclust1 -0.13497
0.06766
icareclust3 -0.03696
0.05578
z value
-3.268
-1.995
-0.663
Pr(>|z|) 0.00108 **
0.04606 *
0.50758
Step: BIC=4001.48
care1 ~ pcareclust1
Coefficients: Estimate
(Intercept) 0.09940
pcareclust1 0.08396
z value
3.269
1.768
Pr(>|z|) 0.00108 **
0.07699 .
Std. Error
0.03041
0.04748
θの1番めの、被説明変数 care1(在宅)
、説明変数 icareclust1、icareclust3 では、icareclust1 の
みが統計的に有意(
「Estimate」の、icareclust の値 0.0527 の後に「.」が付いている)である。
2番めの被説明変数(施設)
、説明変数 icareclust1、icareclust3 では、icareclust1 のみが統計的に
― 59 ―
有意(1番めの場合より有意度は高い)である。3番めの、被説明変数 care1(在宅)、説明変
数 pcareclust1 では、pcareclust1 が統計的に有意である。
なお、
この他の被説明変数-説明変数関係では、有意なものはえられなかった。既述のように、
icareclust、pcareclust ともに「複数回答」をクラスタ化したものであり、とくに icareclust のク
ラスタ化には問題点があった。その点に留意すると、ここでの分析結果については、図表3の
一部(図表3左側)の、icareclust1 と pcareclust1 の被説明変数-説明変数関係が有意であるこ
とが明らかになった、に止めておくべきである。
次節では、3節での分析結果をふまえ、結論として今後検討すべき理論仮説を提示する。
4.結論
平成 13 年度国民生活選好度調査個票から<介護と世帯>に関わる質問回答項目を被説明変
数、説明変数として選定し、アソシエーション分析、BIC 規準によるクラスタ分析、BIC 規準
による多変量プロビット分析にかけえられた結果について、あらためて大きく整理すれば、次
の3点となる。
1)在宅か、施設か、の選択には性別と profile の違いが影響しているが、世帯の経済状態
の影響は確認できなかったこと。
2)在宅でもなく、施設でもない介護希望の選択は、profile と世帯の経済状態が影響してい
ること。
3)在宅の選択には、実際の介護者が影響していること。
これら3点と、1節で紹介した先行研究とを突き合わせると、次のような理論仮説が示唆さ
れる。
A 先行研究からは、
「オカネとヒト」が介護サービス選択を左右するという知見がえられ
ているが、本稿の分析では、とりわけ profile の違いが注目される。
B このことは、
「はじめに」でふれたように、先行研究が、「<介護と世帯>について差し
迫った状況にある回答者の分析」であり、国民生活選好度調査が「幅広い国民意識」に焦
点を当てた調査であるためだと考えられる。
C A、B から、回答者の profile、つまりライフコース上のポジションを含めた回答者像の
違いによって、<介護と世帯>についての切迫度、緊急度等が変化し、それが介護サービ
ス/形態の選択に影響をもたらす可能性が考えられる。
これを、<介護と世帯>に関する profile 影響仮説と呼ぶ。
profile 影響仮説は、本稿のここまでの分析から示唆されたというだけでなく、次の2点にお
いて有用と考えられる。
― 60 ―
① 本稿で分析対象とした平成 13 年度国民生活選好度調査は、介護保険導入直後の調査で
あり、広く国民が<介護と世帯>をめぐる考察、実感を深めていたとは考えにくい。別言
すれば、介護保険導入という制度の進行と、介護と世帯についての国民意識との間にズレ
が生じていた可能性がある。
(一種の文化遅滞とも表現できるだろう。)そこで、介護保険
導入以降 10 年余が経過し、介護サービスについても以前より周知の進んだ現段階で、あ
らためて<介護と世帯>をめぐる国民意識を調査することは有用である。
② 「介護と世帯」に関する profile 影響仮説が確かめられることは、ライフコース上のどの
時点、ポジションにある場合、どのような介護サービスを想定すると効果的かが明らかに
なることと同じである。そこで、profile ごとの介護広報や教育の考案に有用である。
今後、②の応用の観点までつなげうる、profile 影響仮説の検証を進めることとしたい。
※末尾となったが、本稿で分析対象とした個票データについては、御多用中、内閣府政策統
括官(経済社会システム担当)付参事官(総括担当)付政策企画専門職野村容子氏に利用
申請手続き等でたいへんお世話になった。記して、感謝申し上げたい。また、筆者所属社
会福祉学部では決してポピュラーとは言えない、本稿のような計量分析について、仔細な
検討のうえ、大学院生等への教材としての有用性も認めてくださった査読委員に御礼を申
し上げたい。
<注>
1)http://www5.cao.go.jp/seikatsu/senkoudo/h13/point.html
2)蓑谷千凰彦『計量経済学大全』
、東洋経済新報社、2008、17 章
3)実際、山村・栁原の分析では、BIC 規準による最適モデルからえられた、7種類の居宅介
護サービス利用の、21 の併用組み合わせについて、χ2 検定を行い、有意水準1%で帰無
仮説(21 の併用組み合わせは関連がない)を棄却し、次のように結論付けている。「その
ため、このデータでは変数を個別にプロビットモデルにあてはめるのではなく、それぞれ
相関を入れて同時に多変量プロビットモデルをあてはめた方がよいことがわかる」。
4)この BIC の説明は、査読委員の指摘をうけ、涌井良幸『道具としてのベイズ統計』、日本
実業出版社、127-128 頁をかみくだいて、筆者が補筆したところである。
5)このほか、問 17 リバースモーゲージへの回答では「あまり関心がない」、「全く関心はな
い」を足すと 70%を越えること、問 18「老後の生活を公的年金に十分頼れると思う」が
1.2% にすぎないこと、問 19「公的年金の問題点」は「いくつでも」の複数回答であるこ
と、問 20 の「将来の年金の給付水準」は回答の 40% 以上が「その時の状況による」であ
ること、も本稿の分析対象から除いた理由として付け加えておく。また、F12 の付問とし
て、
「家族の中」の「介護を必要とする方」の有無をきいているのだが、「いない」との回
― 61 ―
答が 89% なので、これも分析対象から除いた。
6)Ef-prime.inc の natto1.0.3 を用いた。
「インパクト」とは、下記 J-measure
に、
を付加した「符号付き J-measure」のことである。鈴木、永井、谷口「Natto 情報理論的
アプローチによる探索的データ解析ツール」、http://ef-prime.com/。
7)F raley,C.,A.E.Raftery, MCLUST:Software for Model-based Cluster Analysis, Journal of
Classification, vol.16, pp297-306.
8)R2.10.1 を用いた。R は、既に説明の必要がないだろうが、フリーの統計、データ分析
パッケージの集積であり、アルゴリズムの公開、新しい分析技法の開発、公開スピード
の速さなど、いくつもの優れた利点をもっている。参考書や関連ホームページも多数。
幅広い分析技法をカバーした次を参照。金明哲『R によるデータサイエンス』、森北出
版、2007 年1版2刷。なお、R使用時のクレジットは次のとおり。R Development Core
Team (2009). R: A language and environment forstatistical computing. R Foundation for Statistical
Computing,Vienna, Austria. ISBN 3-900051-07-0, URL http://www.R-project.org. また、本文中、
BIC によるクラスタ分析のプログラムは Mclust である。Mclust は R とは別に利用許諾が
必要である.それを記す.by using mclust, you accept the license agreement in the LICENSE
file and at http://www.sta.washington.edu/mclust/licence.txt
9)荒木孝治編著『R と R コマンダーではじめる多変量解析』、日科技連、2009、166 頁。なお、
BIC によるクラスタ分析の結果、ここで採り上げられる EEV モデルとは、クラスタの大
きさが「同等(Equal)
」
、形状が「同等(Equal)」、方向が「異なる(Vary)」であること
を示している。荒木、同書、168 頁、注 10) ~ 12)。
10)金前掲書、155 頁。
― 62 ―
在宅身体障害者の補装具活用をめぐる支援の課題
髙 橋 流里子
The Tasks in Support of the use of Assistive Devices under
the Welfare for Persons with Disabilities System for
Persons with Physical Disabilities Living in Community
Ruriko Takahashi
Abstract: This purpose of this paper is to propose tasks which support the use of assistive devices
under the Welfare System for persons with disabilities for persons with physical disabilities living in
community.
I examine the difference between the assistive devices services system and the care services in the
Welfare System for persons with disabilities and the issues of the services through the three cases in
the practice of support in the use of assistive devices for persons with disabilities living in community.
This article discusses support in the use of assistive devices for persons with physical disabilities
living in community from the following three view points: support of the right to the application of the
assistive devices, comprehensive support of the health and social professions, the front-line support
system of autonomous municipalities for the use of the assistive devices for people with disabilities
living in community.
Key wards: Persons with Physical Disabilities Living in Community, Tasks in Support of the use
of the Assistive Devices, Welfare for Persons with Disabilities System
在宅の身体障害者の地域における自立した生活を目指して障害者福祉制度で補装具を支給
している。本論では、補装具の支給システムの特徴を明らかにし在宅身体障害者の補装具の
支給を巡る実態を通してその活用のための課題を提起することを目的とする。
障害者福祉制度に契約制度が導入されても、補装具の支給は介護給付のサービスと異なり
支給決定過程とサービス利用過程が一体化した措置時代の専門職による技術的支援の考え方
が残されている。しかし、在宅身体障害者には職権主義の残骸はみえても技術的支援は行き
わたり難い実態がある。その支援の課題として、申請権の実質化への支援、専門性に裏付け
られる支援、地域での支援体制と市町村の自律性のある対応について考察した。
キーワード:在宅身体障害者、補装具活用のための支援、障害者福祉制度
はじめに
国際障害者年の影響を受け、政府機関が身体障害者福祉に障害者の主体性、自立性、自由を
基本とする全人間的復権の理念を導入した 1)ことが、1990 年の身体障害者福祉法(以下「身
障法」
)2)の目的の改正、
「更生」から「自立と社会経済活動への参加の促進」、につながった。
― 63 ―
この改正は、障害者を客体として扱っていた政策が、社会の一員として参加する主体として認
めたという大転換といえる。その後、社会福祉基礎構造改革により社会福祉サービスの利用の
仕組みに契約概念が導入されたものの、契約概念では障害者の権利が護りきれないことから新
たな権利擁護の仕組みも創設した。こうして、障害者福祉は障害者の自己決定に基づく自立を
肯定して政策を進めている。
そして、障害者自立支援法(以下「障自法」
)には、障害ごとの法律で規定されていたサー
ビスの多くをまとめ、補装具の支給 3)は障自法の自立支援給付の一環として位置づけられた。
自立支援給付の目的である、障害者が「自立した日常生活又は社会生活ができるよう」になる
こと(
「障自法」第 1 条)は、障害者が社会生活をする手段としてサービスを活用するという
自立の理念の表われといえる。補装具の支給目的では「身体障害者の職業その他日常生活の能
率の向上を図る」4)と、個人の能力に着眼しているが、障害福祉制度下の補装具の支給である
から、これは障害者福祉の理念・目的を具現化させる中間的目標と解釈できる。
したがって、障害者福祉制度下の補装具の支給は、生活主体としての障害者の自立の確保に
向けた制度であるということができる。その際に、障害者権利条約の差別の概念である合理的
配慮の視点や身体障害者は在宅で生活する人が圧倒的に多く 5)、高齢化の割合も高い 6)という
利用者の実態も踏まえなければならない。
本論では、これまでの補装具の支給にかかわる支援の論点の整理及び補装具の支給システム
を介護給付等障害福祉サービスと比較してその特徴を明らかにした上で、在宅身体障害者(以
下在宅障害者)の補装具支給を巡る支援の実態から、その活用をめぐる支援の課題を提起する
ことを目的とする。
Ⅰ 補装具活用の支援とは
1.障害者福祉における補装具の特徴
「補装具」は障害者福祉の行政用語である。補装具の定義をみると、身体機能を補完し、又
は代替し、かつ長期間にわたり継続して使用され(障自法第 4 条 19 項)、身体への適合を図る
ように製作され、装着により日常生活、就労、就学のために、使用されるもの(障自法施行規
則厚生労働省令第 72 号第 6 条 13)
と、
日常生活、社会生活の自立のために身体機能の欠陥を補っ
たり、代わりをするための製品といえる。
補装具の1つである下肢装具の目的をリハビリテーション医学のテキストでみると、身体機
能の補完・代替に加えて、変形の改善 ・ 予防、不随運動の抑制、治療のための局所の固定 ・ 免
荷 7)、という機能障害の治療や予防もある。機能障害に関し医学的かかわりが薄くなる在宅障
害者こそ、二次的障害の発生の可能性は高くなるから、補装具装着により、新たな機能障害の
発生予防を期待することができる。このことは中枢神経の障害に対して筋緊張をコントロール
し変形の矯正・予防という治療目的で補装具が処方・支給されていた事実 8)からも理解できる。
社会福祉の制度上の目的から補装具が有する機能障害への積極的な意義を前面に押し出すこと
はないにしても、在宅障害者にとっての補装具は、身体機能を補完・代替し、かつ使用過程で
― 64 ―
機能障害の改善等の可能性を秘めている製品といえる。したがって、補装具という製品は身体
に適合させることと、利用する障害者の生活にも適合させること、そして、それを活用するこ
とを通して補装具の支給が障害者福祉の理念に向かい得るといえる。
2.補装具活用の支援の視点
補装具の支給や利用の支援については医学、福祉等分野で取り上げられているが、補装具が
機能障害と直接関連し、リハビリテーション医学のアプローチの 1 つと捉えられている 9)こ
とから、リハビリテーション医学の立場からの文献が多い。補装具の支給や利用の支援をめぐ
る議論の論点を整理すると、以下の3つに大別できる 10)。
その1つは、補装具の判定機関である身体障害者更生相談所(以下更生相談所)の充実・機
能の強化を前提に、その医学的判定に資するための議論である。補装具の専門知識・技術を有
して意見書を作成できる医師の不足から、医学的判定を行う人材の養成・研修や資格が議論さ
れ続けている 11)。また、補装具の要否や種類を決めるための処方の要素に関する議論もある。
障害の原因、機能障害の状況などの人体に関する情報以外に、使用場所・目的、介護者の状況、
住居環境などに加え、補装具の種類の ADL の関連性を分析し、ADL のパターンが補装具の種
類の見極めの指標になる可能性を示唆する研究もある 12)。これらは補装具の基準に「医師等
による専門的知識に基づく意見又は診断に基づき使用されることが必要とされる」(障自法施
行規則厚生労働省令第 72 号 第6条の 13)と、身体に適合する処方・判定、そのための医学的
の専門知識・技術重視からの議論といえる。
次に、在宅障害者の補装具の利用状況の実態から障害状況の変化を見据えてどのような指導
をするかという議論がある 13)。ADL の自立度等障害状況と補装具の利用状況の関係などから、
障害悪化予防の訓練、補装具の修理の時期や耐用年数に関する情報提供、家族・介護者への使
用法等の教育が指導内容として挙げられている。専門職がどのような機能障害や活動制約を対
象にし、そこに付与すべき情報はなにかを挙げ、個人・家族に変化することを求めるという視
点がみえる。
最後に、更生相談所や病院の立場から補装具支給過程における支援体制を議論したもので、
処方や適合状況のチェックの際に医師、PT、OT、義肢装具士、福祉職等のチームアプローチ
が必要であることや、更生相談所と福祉事務所、地域の医療機関等他機関との支援体制の必要
性を指摘したものがある 14)。補装具は身体に適合しないと使えないから、製作や適合状況の
チェックの過程で複数かつ多分野の専門職の関与の必要性が議論されるのである。最近では医
療制度の変更の影響で補装具作成を、急性期医療から在宅に至るまで多施設が連携して行わざ
る得ない実態も指摘されている 15)。
以上は、医学に依拠した文献を対象にしたことから、医学的知識・技術が前面に押し出され、
障害者主体の視点は弱いといわざるを得ない。というのは更生相談所が在宅障害者の補装具活
用のために機能しているか、個別性の高い在宅障害者のニーズと補装具の関連性を通しその権
利をどのように支援するかという利用者主体の視点が見えにくいからである。力を振り絞って
やっと補装具の修理や再支給のために市町村の申請窓口にたどりついたとしても、そこに専門
― 65 ―
的な知識・技術を備えた相談がなければ、その力が失せてしまう場合がある。また、社会関係
の在り方など在宅障害者の生活が補装具の活用に影響される 16)こともある。だから、既述し
た在宅障害者の補装具の特徴を踏まえると、身近で在宅障害者が補装具を主体的に活用できる
ような支援、つまり、医学とソーシャルワークの専門的の知識・技術を活用した支援が欠かせ
ない。しかし、先行文献においてはこうした議論は少ない 17)。
Ⅱ 補装具の支給の仕組みの特徴
措置制度下と契約制度下の支給決定とサービス利用のプロセス、補装具支給の申請権、市町
村と更生相談所の関係、同じ自立支援給付である介護給付等障害福祉サービスとの違い等を整
理・検討することを通して、
在宅障害者に補装具の活用を支援できる補装具支給の仕組みになっ
ているか否かを明らかにする。
1.支給決定とサービス利用のプロセスにおける責任体制
補装具の支給までのプロセスは、①必要性(ニーズ)の発見や判断、②支給決定、③サービ
スの種類・内容の決定、④サービスの質の担保 ⑤アフターフォローや効果の測定、に整理で
きる。現在、障害福祉サービスを利用する場合、支給決定過程である障害程度区分認定(ニー
ズ判定)と支給決定(措置)は行政に、サービス利用過程は事業者と利用者に責任がある。行
政は事業者と利用者の間に介入しない仕組みになっているため、サービス請求権が保障されず、
サービスを利用できない例が出ている。
表1は更生相談所の直接判定(来所・巡回)による補装具の①から⑤までの流れについて、
措置制度下は、旧身障法、旧身障法施行規則及び「補装具給付事務取扱要領」、契約制度下は、
新身障法、
障自法、
障自法施行規則 、
「補装具費支給事務取扱指針」を基に整理し比較した。また、
障自法における介護給付についても①から⑤までを対比させた。
補装具の支給は、身体障害者手帳を所持する者(児童については保護者)が市町村に申請す
ることで開始する。市町村は申請者の相談に応じ、支給・却下決定(措置)をする(旧身障法
第 20 条、障自法第 76 条)
。市町村が医学的判定を更生相談所に求める場合があり(新・旧身
障法第 9 条)
、更生相談所の直接判定か、医師意見書による文書判定かを含めて、医学的判定
を必要とする補装具の種目や医学的判定を要する再支給・修理などの状況は「補装具給付事務
取扱要領」
「補装具費支給事務取扱指針」で示されている。
介護給付は行政が支給を決定し受給者証発行後は、利用者が事業者と契約しサービス提供を
受ける。補装具の支給の場合は、更生相談所(医師の意見書)が、サービスの種類・内容であ
る補装具の種類等を決める。更生相談所の直接判定の業務(補装具の処方、採型、仮合わせ、
適合判定)には、市町村の担当者が同席し、更生相談所の医師が補装具業者に製作の指導を行
う(障自法施行規則第 65 条の8)
。さらに、市町村は更生相談所と連絡・連携し、装着訓練に
必要な計画策定・実施すること、支給した補装具の装用状況をチェックし、訓練を必要とした
ものを発見した場合、
速やかに適切な訓練を施すことに留意する(「補装具給付事務取扱要領」、
― 66 ―
「補装具費支給事務取扱指針」
)
。つまり、更生相談所による直接判定の補装具の支給では、行
政(市町村、
更生相談所)が支給決定過程とサービス利用過程を一体化しており、相談からサー
ビスの内容・質の担保までを行った措置の考えを継承している。これには障自法の制定準備と
平行して行われていた補装具の見直し過程で 18)、補装具の身体への適合等個別性の高さと技
術的支援の必要性から、その供給には市場原理が適応しにくいとする考えが強調されたことに
よると考えられる。補装具の支給は他の障害福祉サービスと比べて、契約の論理には馴染みに
くい職権主義、専門職主義が色濃く残されている。
表1 支給決定とサービス利用のプロセスにおける責任体制
補装具支給
プロセス
措置制度
契約制度
市町村
介護給付の
サービス
相談(発見を含む)
市町村
ニーズ判定
・新規交付の場合、要 ・義肢、装具等種目に 程度区分認定調査
否・処方は更生相談
よって新規交付は来 審査会の意見聴取
所の医学的判定
所・書類で更生相談
・再交付・修理で医学
所の判定
的判定を要しない場 ・市町村が決定できる
合は市町村が決定
種目有
・再交付・修理は医学
的判定を要しない場
合は市町村
支給決定権限
市町村(交付券)
サービスの種類・内 更生相談所(処方)
容の決定
市町村
サービスの質・フォローと効果測定
市町村(支給券)
市町村(受給者証)
更生相談所(処方)
利用者が内容・種
類を決めて申請
更生相談所等医師
サービス事業者
採型、仮合わせ
更生相談所等医師
適合判定
更生相談所(来所判定 更生相談所(来所判定)
の場合)
市町村は適合判定が行
われたことを確認
装着等訓練計画 市町村が更生相談所と 市町村が更生相談所と
策定
連絡し、計画を立て実 連携し計画をたて実施
施
支給後の観察
市町村が装用状況を観
察し装着訓練を必要と
する者を発見したら場
合速やかに適切な訓練
を施すよう留意
市町村が装用状況を観
察し装着訓練を必要と
する者を発見したら場
合速やかに適切な訓練
を施すよう留意
給付後の質の保 3 ヶ月以内の破損不適 9 ヶ月以内の破損・不
障
合は補装具業者の責任 適合は補装具業者の責
任
一方、市町村が医学的判定を要しないと認める再支給・修理等や更生相談所の判定対象でな
い種目の場合は、措置制度では特例を除き現物給付であるから、市町村が委託契約をした補装
具業者と市町村が連絡し支給した。契約制度では補装具支給(修理)券の発行後は、利用者が
補装具業者と契約し、市町村が両者の間に介入しないで補装具の購入が行われる。全国で修理
― 67 ―
費を含めた支給決定総数は 267,
122 件(特例補装具費を除く)で、医学的判定が必要な種目の
購入件数は 13 万 4 千件を超えているが、更生相談所の補装具判定書交付件数 82,032 件 19)で
ある。このことは、直接判定の対象種目でも文書で判定している更生相談所があることを意味
している 20)。また、市町村が医学的判定を要しないと認めた再交付や修理等も多く、在宅障
害者が補装具を活用する際の支援の課題はここに潜んでいる。
2.補装具の支給決定申請権について
補装具の活用の鍵の1つに補装具の支給申請権の有無がある。措置制度では、支給が決定さ
れればサービスの内容も種類も一体的に行政が責任を持つ制度であるが、その請求権の有無は
明らかではなかった。そして、旧身障法では、申請を前提に、「援護の実施者が…支給するこ
とができる」という「できる規定」であり、行政の職権行為による行政処分の反射的利益とし
てのサービスで、サービスの権利を保障するものではないという解釈があった。一方、措置時
代から申請書を受理した後の決定通知書を発行するまでの期限の明示がされていた(「補装具
給付事務取扱要領」
)ことをみると、申請に対する応答を前提としていたと考えられる。また、
障害者福祉の措置制度は個々の障害者にサービスの請求権(措置請求権)が認められていたと
の解釈もある 21)。
障自法では支給決定の請求と事業者に対するサービス請求権を分離し 22)、利用者の支給決
定の申請権、市町村の申請に対する応答義務が課せられた。補装具の支給の 「 申請があった場
合、
市町村が必要とするものであると認めるときに、補装具費を支給する」
(障自法第 76 条1項)
と、支給決定は市町村の裁量権でも、支給決定の申請権はあると解釈されている 23)。市町村は、
申請に対して、原則として申請書の提出があった翌日から起算して2週間以内に要否を決定す
る支給事務に係る標準処理期間を定めること(
「補装具費支給事務取扱指針」)と行政手続法を
適用している。この点は、通知とはいえ、申請から支給決定通知までの期間が定められていな
いことが問題とされる 24)介護給付等障害福祉サービスとの違いがある。
3. 利用者に及ぼす市町村と更生相談所の関係
補装具の支給に関し、市町村は措置権者であり、更生相談所は市町村への技術的支援機関で
ある(身障法第9条第6項)
、という役割に違いがある。市町村は相談・指導業務にあたり、
特に医学的、心理学的及び職能判定を必要とする場合に、更生相談所に判定を求めなければな
らない(身障法第9条7項)が、市町村は「補装具費の支給に当たって必要があると認めると
きは更生相談所の意見を聴くことができる。
」
(障自法第 76 条第3項、同施行規則 65 条の8)。
更生相談所は、自立支援給付の適正な運営のために市町村に対し必要な助言、情報の提供を行
い(障自法第2条)
、また、市町村が適切に援護を実施できるように支援として市町村に助言・
指導ができる(身障法第 11 条第1項)
。補装具の支給に関し、更生相談所の医学的判定は重視
されているものの、措置権者である市町村が障害者支援に当たり各種判定を必要とする場合に
更生相談所を活用するのであるから、市町村が更生相談所に判定を依頼するか否かを決められ
るはずである。そして、在宅障害者の立場からみると、相談や判定のための手続き等を行って
― 68 ―
くれるのは市町村であり、
更生相談所は直接判定の時のみかかわる遠い存在である。ところが、
在宅障害者が補装具を活用するにあたり市町村の上位機関である県や更生相談所の指導・助言
内容と市町村に対する姿勢が、在宅障害者には技術的支援以上の影響を与える。
その例として、S更生相談所の「更生相談所手引き」で市町村への指導内容を示す 25)。そ
の1つに、支給判定を受けた種目と同じものを2個支給する場合に、更生相談所の社会的判定
を受けることと、国の指針 26)にない「社会的判定」を設定した例がある。また、根拠を示さ
ずに「障害者自立支援法施行前の2個支給は有職者のみの理由で2個として取り扱っていた経
緯」と、身体障害福祉が職業的自立を前提にした「更生」を目的とした過去を彷彿させるよう
な記載もある。これらは裁量の範囲とはいえそうだが「補装具費支給事務取扱指針」の内容を
超え、こうした指導に忠実な市町村は法的根拠のない社会的判定という指導に振り回される制
度運営を、そしてその影響は在宅障害者に及ぶのである。
更生相談所や県が市町村に福祉運営の適正化の名のもとで行う指導・助言によって、財政抑
制を狙う支給抑制の機能に符号し、個別性の高い在宅身体障害者のニーズを反映したサービス
とは程遠いものいなりかねない危惧をもつ。
Ⅲ 補装具の活用に向けた支援の実態
1.在宅身体障害者の補装具をめぐる特徴と事例の背景
障害発生初期に障害者は、病院等の医師やソーシャルワーカー等の専門職の支援を受け、補
装具入手に至る。補装具は使用すれば、磨耗や故障・破損が生じ再支給や修理が必要になった
り、加齢等で障害状況が変化すれば新たな種目の補装具が必要になったりする。こうなった場
合に、医学や法令などの専門的知識・技術が求められるが、一般的に在宅身体障害者がこれら
を用意することは不可能である。在宅障害者と行政・専門職の間の情報の非対称性や力の不均
衡は他の障害福祉サービスより大きいから、補装具活用には支援が必要になる。
以下は、
在宅障害者とその家族が、
保健福祉の相談を行うボランティア組織(以下ボランティ
ア)の理学療法士(以下 PT)等との協働による活動で、直接判定を受けずに補装具活用に至っ
た事例である。これらの実態から補装具活用に至る支援の課題を見出す。なお、これらの事例
の遺族・家族が以下の内容を確認し、本論への掲載を了解している。
2.事例Ⅰ:介護保険サービス利用者への車椅子支給
 概要
1994 年:
(70 歳)女性、脳出血発病、左片麻痺、近隣病院のリハビリに数ヶ月通院後、自宅
で夫(72 歳)が介護を開始した。
1995:
(71 歳)老人デイサービスに1回/週の通所を開始。
1997 年冬:ボランティア組織が支援を開始し、往診可能な医療機関、ホームヘルプサービス、
身体障害者手帳、特別障害者手当につなげた。
― 69 ―
 車椅子作成に関わる支援体制
1999 年4月:食事以外の時間はほとんどベッドで過ごし、寝たきり高齢者に該当。
内科医で身障法指定医(肢体不自由)が主治医となり2回/月往診し、ボランティアの
PT とともに身体機能もチェックした。 1999 年7月:主治医が診断書を作成し身体障害者手帳1種1級取得。
文書判定にてオーダーメイドの車椅子(室内用)を作成。車椅子を食事、日中の離床時
に活用している間に、座位が安定し座位時間の延長、左上肢筋緊張の低下、共同運動か
らの解放がみられ両手動作が可となった。
2000 年4月:
(76 歳)介護保険開始により訪問介護(5回/週)、通所介護(5回/週)、訪
問看護、居宅療養管理指導等利用
 2台目の車椅子のニーズ把握から活用まで
2000 年 12 月:主治医、看護師、PT、ヘルパー、デイサービス職員等と数回のケア会議を経
て、5回/週の通所介護で利用する車椅子が必要であることから作成する方針をまとめ
た。通所介護では施設の車椅子を借用しているが不適合のため障害悪化の可能性有り。
具体的には、臀部が前方へ移動、骨盤後傾、体幹の麻痺側への傾斜で座位支持性が悪く、
共同運動が出易い。また、車に積み込める仕様にする。
同年 12 月~ 2001 年1月:市の身障担当の訪問調査の後、医師、PT、市担当者立会いの下、
自宅で車椅子の採寸。主治医が医学的意見書、介護保険の福祉用具の貸与では不適合で
ある意見書を添付して、市が文書判定依頼を更生相談所に提出した。
2001 年3月7日:更生相談所から「介護保険対象者の車椅子交付判定に必要な記入項目」
の記載要求が、市を通して主治医に連絡された。それらは①脊柱の変形状況、下肢関節
の拘縮・変形状況、四肢の短縮という障害状況②大柄・小柄といった身体状況、身長・
体重の数値 ③介護支援専門員が既製品での対応が困難なことを実際に確認すること。
2001 年3月 13 日:主治医と PT が合議し、枠内のような追加意見を提出
医学的意見:更生相談所から要求された上記①②の情報は、体型、機能障害にフィッ
トとするかどうかの指標でしかない。本車椅子の場合、中枢神経疾患による運動
機能障害の特徴を理解し、その改善と悪化の予防に着目する。姿勢による筋緊張
の変化に留意し、座位の支持性を高める。このことが食事動作の自立を高める結
果につながる。障害状況にあうように車椅子の採寸し、パーツの選定をする。
心理社会的意見:1台目は室内室外兼用で判定されたが、毎日デイサービスの通所
に使うのは、外履きと内履きを区別する和式家屋のスタイルになじまず、高齢の
介護者には受けいれ難い。障害を理由に日本の一般生活スタイルと異なるスタイ
ルを強いるのは障害を理由に当たり前の暮らし方を許さないという考え方につな
がる。
介護支援専門員については、医師、PT より訪問頻度が少なく、車椅子の適合を
観察し判断するには無理がある。
― 70 ―
同年7月:更生相談所からの判定結果に基づき市が支給を決定し、主治医の処方通りの車椅
子を作成し、ボランティアの PT が障害との適合のチェックをした。
3.事例Ⅱ:実態把握なしの申請書不受理と不要な医学的判定の強要(旧身障法下)
 概要
1995 年5月:
(60 歳)男性、脳出血発症 右片麻痺、
1995 年7月:リハビリセンター(更生相談所付設)転院、同年8月身体障害者手帳取得 1996 年月5月:
(61 歳)リハビリセンターを退所
2004 年3月までリハビリセンター通所
リハビリセンター通所中に表2のような3種類5個の補装具を新規支給された。
表2 リハセンターの医師の処方で作成された補装具
交付年月
処方の種目
医学的判定の有無
No.1
1996.5
右短下肢装具支柱付(PPT)
直接判定有
No.2
1997.10
両短下肢装具(靴型)
直接判定有
No.3
1998.5
右短下肢装具支柱(室内用)
直接 ・ 文書判定無
No.4
2000.5
両短下肢装具(A-6)
直接 ・ 文書判定無
No.5.
2003.10
右短下肢装具(シューホンブレイス) 直接判定有
 再支給付決定から活用の確認まで
2004 年6月8日:家族が使用中の No.3 の支柱付短下肢装具の足部のひび割れ、カフの破損
等があり、耐用年数も超えていたので再支給申請に行った。しかし、No.5 のシューホ
ンブレイスが、室内・室外兼用で、耐用年数内だから使えるはずと市から申請を拒否さ
れ、困っているとボランティアに相談があった。
実態を見ると、No.3(室内)と No.4(室外)を毎日使用し、No.5. は、「医師が作って
くれたが、使えない」と使っていなかった。No.5 の医師の意見書では「軽量が望まし
い、
足関節背屈0度で歩行が可能になる」との記載があったが、短下肢装具の足継手(ク
レンザック)の角度のわずかな底屈位による反張膝で歩行を可能にし、足継手の角度の
わずかに変更で歩行は不可能な状況であったから、足関節背屈0度では歩行はできなく
なっていた。また、長年、支柱付装具を使っていたため本人がシューホンブレイスに違
和感を持っていた。ボランティアが市に再支給の申請書の受理と市担当者による実態把
握を依頼。
同年6月 25 日:実態把握をしないまま、市職員3人が更生相談所に相談に行ったところ、
更生相談所は、新規交付に該当するから医学的判定(直接判定)が必要と助言した。
同年6月 28 日:市からボランティアに「医学的判定が必要と更生相談所が判断したから、
市は更生相談所の指導に従う」との連絡があったので、ボランティアが電話で更生相談
所の担当者に医学的判定が必要な理由を尋ねた。その担当者は「病状が変化したら医学
― 71 ―
的判定を受ける」「 市には判断ができない 」「直近の補装具以外の再交付の場合医学的
判定(直接判定)が必要」等応答内容は曖昧であった。
同年7月1日:市から No.5 と違う補装具の作成にあたるので、直接判定と決定したとの連
絡があった。ボランティアが、No.3 は No1 の、No.4 は No2 の再支給として医学的判定
をせずに支給決定したことを指摘し、No.3 の再支給に当たる今回が前例の対応と異な
る理由を尋ねたところ、更生相談所の助言であり、市は医学的判定が必要かどうか分か
らないが直接判定を依頼する、と回答。
同年7月 28 日:ボランティアが県の障害福祉課に電話、補装具交付記録を基に説明したと
ころ、その場で医学的判定不要と判断された。同日に県から市に、市からボランティア
に連絡があり、医学的判定を要しない場合としての扱いでの支給が決定された。
ボランティアの PT と補装具業者が協議し、支柱付き短下肢装具の採型、仮合わせを、
そのPTが適合と出来上がり後の装用状況をチェックし活用していることを確認した。
本人は出来上がった補装具に満足感をもち、毎日使っていた。
4.事例Ⅲ:利用者と事業者による補装具製作と複数支給をめぐる申請拒否(障自法下)
 概要
25 年前に結核性髄膜炎で四肢不全麻痺となった 70 歳の女性。病院等で入院・通院にてリハ
ビリテーション医学を行った後、23 年前から車椅子を利用し在宅生活をしている。左下肢に
シューホンブレイスを装着して立位可。移乗動作に困難があるものの ADL は半自立、特に介
助を要するのは入浴である。介護者である夫は 74 歳。
 支給決定後に利用者責任で行う補装具作成
2010 年1月5日:シューホンブレイスのカフベルトが機能しなくなったので、夫が市役所
に修理の申請に出むいた。窓口で再交付の手続きを勧められ、再支給の申請をした。
ボランティアの PT に補装具作成への支援要請があり、その PT が型採りから出来上
がりまでの支援を予定し、夫が補装具業者と日程調整した。
ボランティアが使用中のシューホンブレイスを確認後、補装具業者(義肢装具士)と
軽微な変更についての協議をした。使用中の補装具の足背屈角度では立位時に、踵部の
みでの体重支持となり、股関節屈曲位と体幹の前傾となり上肢に体重がかかることから
不安定かつエネルギーを要する姿勢となっていた。そこで、足背屈角度をわずかに変更
した。
同年2月 23 日:出来上がり、体重を足底全体で支持した立位姿勢の改善が確認できた。
立位時にハンマートウ(hammer toe)が発現していたので足底尖部にパッドによる対
処を施した。数週間装着後に、左足 指内側に痛みが発生。ボランティアの PT は立脚
時に、左足 指の内側に体重がかかることが痛みの原因と判断。
同年4月 13 日:自宅にてボランティアの PT と業者が協議し、足底突部のパッドの形状を
変更する修理を行った。1週間後に、ボランティアの PT が補装具装着時の立位姿勢、
体重負荷時と免苛時の足 指の動きの状況の改善を確認した。その後、痛みは発生して
― 72 ―
いない。
 更生相談所の指導に対する市のジレンマ
2010 年4月 13 日:夫が古いシューホンの修理申請をしたところ、窓口で拒否されたものの、
修理の申請書を提出し、行政手続きを待った。
同年6月 29 日:書類提出後ボランティアが、1ヶ月の間隔を置き2回の実態調査依頼した
結果、
市の担当者が実態調査に出向いた。市は2個支給に該当するので更生相談所の医学
的判定が必要であると主張し、
ボランティアは「補装具費支給事務取扱指針」の、同一種
目のカフベルトの交換だから補装具の複数支給と再支給の要件から「市町村が医学的判
定を必要と認めない場合」に該当し、市の判断でできる事例であることを主張した 27)。
同年7月 13 日:次に市はS県「身体障害者更生相談所利用の手引き」の「補装具費の支給
判定を受けているものと同じものを2個支給する場合は、リハセンターの社会的判定」
が必要との指導に従うと、市は「社会的判定」のための調査を行なった。
平行してボランティアは県に、市町村の補装具の支給決定権限者の確認と社会的判定
の法的根拠等疑義のため数回問い合わせ、社会的判定の法令的根拠は更生相談所の指導
の範囲であり、その結果に市が従う義務がない事を確認した。
同年9月7日:市も更生相談所に出向き協議、更生相談所は医学的判定の必要な種目である
ことを根拠に判定の必要性を市に指導したとのことだが、市は「医学的判定を要しない
と認めない場合」と判断し、支給決定通知、補装具費支給券を交付することを決めた。
Ⅳ 在宅身体障害者の補装具活用のための支援の課題
1.申請権の実質化への支援
現在審議が重ねられている障がい者総合福祉法(仮称)の論点として、利用者負担の問題が
あり、補装具も応益負担が問題とされている。しかし、障自法で申請権が認められても、市町
村の窓口で申請書が受理されることなくして負担の問題は発生しない。事例Ⅱ、事例Ⅲのよう
に行政窓口で相談として処理されても申請を断られ、申請権を行使できない在宅障害者は少な
くないと推測できる。情報・知識がないまま市町村の窓口に出向く在宅障害者やその家族には、
行政の不合理な申請拒否には対抗できる力はないからその支援が必要になる。さらに申請行為
に続く行政処理手続き等の実体化の支援も補装具の活用の前提になる。
2.専門性に裏づけられる支援
直接判定の対象にならない在宅障害者の補装具の支給は、専門性に裏付けられた知識・技術
より、適正化の下での行われる上位行政機関の指導に従う傾向がある。これは数十年にわたり
繰り返し議論されてきた専門的知識・技術を活用した支援や古くから通知等に明記されている
専門的知識・技術による支援とはほど遠いものである。補装具費支給券の発行に続く補装具作
成(特に再支給と修理)が、在宅障害者と補装具業者に任されている実態は措置制度から現在
まで続いている。在宅障害者は専門知識が不足し、事業者の技術の質を判断できないから、そ
― 73 ―
の作成過程(サービス過程)に意見を挟めず、事業者にお任せの補装具作成にならざるを得な
いという問題がある。
紹介したすべての事例の支援過程で、医学、福祉等の知識と技術が、補装具の活用を導いて
いる。技術を使う背景には知識が必要であるが、それらの知識とは医学の知識、補装具の処方
と ADL の関連性の必要性の示唆 28)等の医学的知識に加え、在宅障害者の場合、生活姿勢等補
装具を活用する主体が抱える課題 29)、家族やサービス利用との関係等を見極める知識や技術
も必要になる。これらの把握が補装具の活用の支援に求められる個別性の具体化につながる。
また、専門的知識・技術を使う目的が適正化という財源抑制か障害者の自立支援か、によっ
ても専門性が問われる。それは、専門的自律性にかかわることである。これには、介護保険施
行直後に身障法による車椅子の新規交付が激減している現実を 30)、要介護者が判定を受けに
くくなっていると解釈し、要介護者の不利を招かないように医師が行政を納得させるような医
師意見書を作成するのが義務 31)と専門的自律性を表明した例があり、事例Ⅰとも通じている。
ここには一般政策に対する補充性を特徴とする社会福祉(障害者福祉)が、介護保険制度で貸
与できる車椅子の支給を認めているという知識の裏づけが必要になる。
3.地域での支援体制と市町村の自律性
いかに専門性の高い支援があっても、それが在宅障害者から離れた場所に存在していては役
に立たない。高齢化してきた在宅障害者は心身障害に加え、体調や介護状況の変化も重なりや
すいからである。したがって、市町村は、住民に最も身近な相談機関であり、「医学的判定を
要しないと認める場合は…」と、住民の福祉に向けて措置権を発動できる機関でもある。これ
が在宅障害者に重大な意味を持つこと再認識しなくてはならない。そして、多くの在宅障害者
には、市町村が専門性に裏付けられる「医学的判定を要しないと認める場合」か否かの判断が
できることが補装具活用の支援のスタートになる。
事例Ⅱは支給決定までに2ヶ月もの期間を費やしたが、実態把握と補装具支給歴を確認すれ
ば医学的判定の要否は判断できたはずである。事例Ⅱが直接判定になったとしたら、利用者、
家族、市役所等関係者は、より多くの労力と作成までの時間を費やし、
「適正さと迅速さを持っ
た処理」という業務の効率化に逆行した。また、利用者への心理的影響も否めない。市が利用
者の補装具利用状況等実態や補装具支給履歴の把握を怠り、更生相談所に指導・助言を求めそ
の判断も依存・従属する組織決定をするという、上位行政機関との力関係で措置内容が左右さ
れる状況を作っていたことが問題である。医学的にも、福祉的にも、行政的にも専門性を裏づ
けにした業務とはいえないからである。これに対し事例Ⅲ(3)は上位行政機関からの力を受け、
市がジレンマを持ちつつも自律的に措置権を行使したといえる。補装具の支援には医学的知識
だけでなく、利用者のサービス利用状況等生活の把握や社会福祉の原理等の知識が必要で、こ
れらの活用に価値を内在化することで専門性になっている。市町村の福祉行政に社会福祉士を
配置する傾向もみえ、彼らの専門性を活用すればこうした専門的支援は不可能ではない。
しかし、社会福祉基礎構造改革以降は措置権者に補装具の相談からサービスのアフターフォ
ローまでの技術的支援、相談援助を求めた時期 32)とは異なり、市町村の直接援助機能が縮小
― 74 ―
させられ、
市町村からみれば措置のような一体的なサービスはしにくくなっている。とはいえ、
地域には制度・非制度下の医療や福祉などの専門的な社会資源等が散在しているはずである。
市町村がこれらを把握し、これらに働きかける可能性は残されていている。地域特性と散在す
る資源を活かし、在宅障害者の身近で補装具の専門的技術支援体制を社会福祉の価値のもとで
構築する可能性である。そうすることで住民の福祉の増進を図ることを基本としている(地方
自治法第1条の2)市町村の責任を果たしうるが、具体化の際には、自治体としての市町村の
自律性と、県・更生相談所が市町村の自律性を醸成かつ育成できるような指導助言の力が鍵に
なることを重ねて述べる。
注・引用文献
1)身体障害者福祉審議会答申(1982)
「今後における身体障害者福祉を進めるための総合的
方策」
2)障害者自立支援法の制定前の身体障害者福祉法は「旧身障法」、障害者自立支援法の制定
後の身体障害者福祉法は「新身障法」と区別する。
3)現物給付の措置制度下は「補装具給付事務取扱要領」(平成2年3月 22 日)にあるように
「給付」を、補装具費用の支給になった現在は「補装具費支給事務取扱指針について」(平
成 22 年3月 31 日)と「支給」という用語を使っているが本論では「支給」に統一する。
4)本論では「補装具の種目、受託報酬の額等に関する基準の改正について、別紙「補装具給
付事務取扱要領」平成2年3月 22 日、社更第 102 号厚生省社会局通知、第 73 号改正」と
平成 22 年3月 31 日障発第 0331029 厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部長「補装具費
支給事務取扱指針について」について、前者を「補装具給付事務取扱要領」、後者を 「 補
装具費支給事務取扱指針」称する。
5)平成 20 年版障害者白書によれば 18 歳以上の身体障害者 356 万 4 人中 348 万 3 千人が在宅
生活をしている。
6)厚生労働省平成 18 年身体障害児・者実態調査結果によれば 65 歳以上の身体障害者は 221
万 1 千人で 63.5%にあたる。
7)川村次郎・竹内孝仁編(1992)
『義肢装具学』医学書院、199 - 200 頁
8)江口寿栄夫(1979)
「脳性麻痺の補装具についてーアンケート調査より」
『リハビリテーショ
ン医学』第 16 巻第4号 240-241 頁
9)上田敏(1982)
「リハビリテーションにおける義肢、装具、補助具の位置づけ」『障害者問
題研究』第 28 号3‐5頁、上田は ICIDH の障害構造を適用し能力障害への基本的アプロー
チと位置づけているが、機能障害との関係があることも示唆している。
10)
“補装具”で CiNii 検索をしたところ 1965 年から 2010 年までの 400 件がヒットし、内容
は①機能障害の治療・補完・代替により障害を軽減するための補装具の開発、②開発した
補装具を実験・治療に応用しての評価、③病院内・身体障害者更生相談所(以下「更生相
― 75 ―
談所」
)における補装具の処方 ④処方・支給した補装具の利用実態、⑤補装具の支給に
関わる制度の解説・紹介、に分類でき、うち③と④の 23 件の文献と関連学会・紀要の文
献を基にした。
11)井出精一郎(1975)
「身体障害者福祉法における補装具制度について」『リハビリテーショ
ン医学』第 12 巻第4号 262-263 頁、黒田大次郎(1982)「補装具・日常生活用具給付制度
をめぐる諸問題」
『障害者問題研究第 28 号』70-80 頁、日本リハビリテーション医学会障
害保健福祉委員会(2002)
「身体障害者福祉法による補装具交付の判定に関する調査」『リ
ハビリテーション医学』第 39 巻第 10 号 604-60、高岡徹(2010)
「医学的判定の考え方」
『適
切な判定と正確な知識・技術のための特例補装具・判定困難事例』テクノエイド協会、16
- 17 頁などがある。
12)正岡悟・山中緑
(2009)
「 身体障害者更生相談所における補装具処方を受けた者の ADL 分析」
『The Japanese Journal of Rehabilitation Medicine 』第 46 巻 510-518 頁
13)井口茂他(1989)
「在宅障害者における補装具使用状況についてー機能訓練事業対象者を
中心にー」
『長崎医療技術短期大学紀要』209-212 頁、石上宮子他(1984)「荒川区立心身
障害者福祉センターにおける過去 10 年間の補装具作成と使用状況調査 」『リハビリテー
ション医学』21 巻 322-323 頁
14)安藤徳彦他(1977)
「地域障害者の補装具サービス」『リハビリテーション医学』『リハビ
リテーション医学』14 巻1号 5-6 頁、清宮清美他(2006)「在宅身体障害者の補装具(車
いす)処方―更生相談所との連携事例からー」『理学療法学』第 33 巻 554 頁
15)高木聖他(2008)
「急性期病院における脳卒中片麻痺患者に対する下肢装具作製状況」『日
本義肢装具学会誌』Vol.24 No.2,107-113 頁
16)髙橋流里子(1985)
『身体障害者福祉法により交付された補装具使用実態報告書―北本市
の在宅障害者を対象として』
、個人研究費による報告書
17)千葉真理子(1998)
「福祉用具をめぐる制度とその運用」『東洋大学大学院紀要』175-185
頁では、サービス供給論から市町村に補装具の知識のある専門職が不在であるという体制
の問題を指摘している。
18)補装具等の見直しに関する検討委員会
「補装具等の見直しに関する検討委員会中間報告書」
(平成 17 年6月)において、
「障害者固有のものが多いので市場の原理に乗りにくく供給
量が少ないから公的給付制度の中で障害者に対して安定的に給付されることが当然、補装
具は製作指導や適合判定により個々の障害者に適したものが給付される必要性」、「障害者
のある人に適切に対応した補装具の給付、使用状況の確認、いわば最初から最後までを保
障できる仕組みの必要性」に見られる。
19)厚生労働大臣官房統計情報部編『平成 20 年度社会福祉行政業務報告』によれば、義肢
7605 件、装具 44946 件、座位保持装置 9703 件、電動車椅子 3028 件、補聴器 41972 件、
車椅子 26783 件、重度障害者用意思伝達 486 件である。
20)「 特例補装具・判定困難事例のアンケート結果 」(2002)『適切な判定と正確な知識・技術
のための特例補装具・判定困難事例』テクノエイド協会 37-38 頁
― 76 ―
21)伊藤周平(2009)
『障害者自立支援法と権利保障』明石書店、86-88 頁
22)21)と同じ 95 頁
23)21)と 134 頁
24)21)と 141 頁
25)S 県「身体障害者更生相談所・知的障害者更生相談所利用の手引き」(平成 21 年4月、平
成 22 年4月一部改正)の 1 - 18 頁
26)
国は平成 15 年3月 25 日障発 0325001 号
「身体障害者更生相談所の設置及び運営について」
で更生相談所の判定業務として、
“医学的判定”、“心理学的判定”“職能的判定”“総合的
判定”を示している。
27)ボランティアは障自法
(第 76 条)
、
身障法
(第9条)、及び「補装具費支給事務取扱指針」の「障
害者の状況を勘案して、職業又は教育上等特に必要と認めた場合は、2個とすることがで
き、…医学的判定を要しないと認めた場合は更生相談所の判定は必要ないこと。再支給に
ついては「再支給(軽微なものを除く)に際しても、障害状況に変化のある場合、身体障
害者本人が処方内容の変更を希望する場合、又は、それまで使用していた補装具から性能
等が変更されている場合等は同様の判定(医学的判定)を行うこと」を根拠に主張した。
28)12)と同じ
29)髙橋流里子(1986)
「在宅障害者が補装具を使用するために基盤となる条件」
『理学療法学』
第 13 巻 pp269-273
30)厚生労働大臣官房統計情報部編『社会福祉行政業務報告』によれば、車椅子の新規交付が
1999 年は 70,699 件、2000 年度は 31,212 件である。
31)11)の日本リハビリテーション医学会障害保健福祉委員会(2002)と同じ
32)
「補装具給付事務取扱要領」
、厚生省社会局(昭和 46 年)『新福祉事務所運営指針』全国社
会福祉協議会、179-201 頁
― 77 ―
障害者の就労に対する発注促進策の
特徴と当面の課題
今 井 明
Charactaristics and Current Issues of Work Order
Promotion Measures for Workers with Disabilities
Akira Imai
Abstract: Measures that support the securing of jobs (job receipt) at work places employing
workers with disabilities such as employment support facilities and continuous employment support
facilities, were systematically examined and discussed, and the characteristics and issues of each of
these measures were considered.
During the categorization process, each measure was first divided by whether the ordering party
was a private enterprise, or a national or regional government organization. Each measure was then
examined to bring to light the differences and commonalities.
Following this process (1)the popularization of such measures, (2)visualization of initiatives and (3)
the relationship to employment support measures, were discussed as current issues for work order
promotion measures.
Key Words: w ork order promotion, priority order placement, procurement for government
organization, optional agreement, "work-at-home" support system (for persons with
disabilities)
就労移行支援型事業、就労継続型支援事業など障害者の就労現場における仕事(受注)の
確保を支援する施策全般について把握・精査し、これら施策の特徴及び課題について検討を
加える。
施策の整理にあたっては、大きく、発注者が民間企業である場合と国・地方公共団体であ
る場合とに分け、個々の施策について、支援策の内容や差異、共通する特徴について明らか
にする。
その上で、発注促進策をめぐる当面の課題として、①施策の普及、②取組の可視化、③雇
用支援策との関連などについて述べる。
キーワード:発注促進 優先発注 官公需 随意契約 在宅就業支援制度
― 79 ―
本稿の構成
1 はじめに
2 発注促進策の概要
(1)基本法上の規定など
(2)発注側が民間企業である場合の施策
① 発注促進税制(租税特別措置法第 46 条の3)
② 在宅就業支援制度(障害者の雇用の促進等に関する法律第 74 条の2、第 74 条の3)
(3)発注側が国・地方公共団体である場合の施策
① 随意契約による国の物品の購入等(会計法第 29 条の3第5項)
② 随意契約による地方公共団体の物品の購入等(地方自治法第 234 条第 2 項)
③ 身体障害者の援助を行う法人からの国・地方公共団体の製品の購入
(身体障害者福祉法第 25 条)
④ 地方公共団体独自の施策
3 発注促進策の特徴と当面の課題
(1)発注促進策の性格、特徴
① 発注側が民間企業である場合
② 発注側が国・地方公共団体である場合
(2)発注促進策をめぐる当面の課題
① 施策の普及
② 取り組みの可視化
③ 雇用支援策との関連など
4 結語
1 はじめに
平成 19 年に「工賃倍増5か年計画」がスタートして以来、が 4 年が経過した。
平成 21 年度工賃(賃金)月額の実績(厚生労働省調査)によると、計画の対象となる就労
継続支援B型事業所、入所・通所授産施設、小規模通所授産施設の平均工賃は1万 2695 円と
なっている。前年度(平成 20 年度)の平均は 1 万 2587 円、平成 19 年度は 1 万 2222 円であっ
た。厳しい経済情勢の中、その道のりは険しいものがある。
全国社会就労センター協議会が行った「景気後退に伴う社会就労センターへの影響調査(平
成 21 年5月版)調査結果」によると、調査回答のあった全国 766 の就労移行支援型事業所、
就労継続支援型事業所(A、B)
、授産施設などのうち、47.5%が売上高(加工高)が減ってい
ると回答している。官公庁と企業の別でみると、特に企業からの受託が減っているとする割
合が 63.1%にのぼっている。当然その影響は工賃(賃金)の状況に現れ、平成 21 年5月分と
平成 20 年5月分の工賃(賃金)月額実績を比較すると、減っていると回答した割合が 46.2%、
増えているが 25.0%となっている。
― 80 ―
こうした調査結果をみるまでもなく、受注の確保は、工賃(賃金)の向上、就労機会拡大の
取り組みのカギである(注1)。厳しい経済情勢ではあるが、事業所(施設)自らの努力はもとよ
り、受注を得やすくするための支援策の活用が重要である。
障害者の就労に対する発注については、従来より官公需をはじめ発注促進(奨励)の取り組
みがなされてきた。随時、会議、通達等によって働きかける形をとる場合が多いが(注2)、最近
では、自治体の物品購入等に当たっての契約手続きの特例や民間企業が行う発注にあたって税
制上の優遇措置も創設されている。これらは、その都度、個別に立案、実施されてきているの
が現状である。前述の通り、障害者の就労の場における仕事の確保が、工賃の水準や訓練素材
の確保の観点から大きな課題となっている中、今後は、全体としてこれらの施策が果たしてい
る役割、実績の点検・評価を行い、必要に応じてより効果的なものにしていくことが重要であ
ろう。
そのためには、まず、従来、個別に立案されてきた障害者の就労の場に発注を促す施策を一
群のものとしてとらえ、その特徴や課題を明らかにすることが必要であるが、現状では、これ
らを全体として一覧性をもって取り上げ、整理を試みた文献は乏しい。このことは、利用者の
利便という観点からも必要な取り組みではないかと考える。
本稿は、このような問題意識に立ち、障害者の就労に対する発注促進策を個別にみながら整
理し、これら施策の特徴、課題を明らかにすることを目的とする。
具体的には、まず、障害者の就労に対する発注を政策的に進めていくことについての基本法
及び行政指針・計画上の根拠を確認する。次いで、既存文献・資料及び関連法令・通達、並び
にこれら関連法令等の制定改廃の経緯・趣旨についての文献等により、個々の発注促進策を一
通り把握した上で、施策の利用者である発注側がどのような施策を利用できるのかという観点
から、発注者側が民間企業である場合と行政主体(国・地方公共団体)である場合とに区分し
つつ、施策毎に当該施策によって付与される優遇措置などの誘導手段の具体的中身はいかなる
ものであるのか、当該施策の対象となる発注者又は受注者の範囲はどうなっているのか、施策
間で違いはあるのか等の視点から一覧し、検討を加える。その上で、これら施策の性格、特徴
を明らかにするとともに、これら施策が目にみえる形で効果をあげ、さらなる展開が図られる
ためには現状においていかなる課題があるのか、周辺施策との関連も含めて考察をしていきた
い。
2 発注促進策の概要
(1)基本法上の規定など
個別施策の中身に入る前に、障害者の就労への発注を政策的に進めることについての基本
法ないし行政指針・計画上の根拠等を確認してみる。
障害者基本法は、その第二章において障害者の福祉に関する基本的施策を列挙し、その推
進についての国、地方公共団体の責務を規定している。同章中、就労に直接関わる条項は 第 15 条「職業訓練等」及び第 16 条「雇用の促進等」である。
― 81 ―
このうち、第 15 条第3項は、
「国及び地方公共団体は、障害者の地域における作業活動の
場及び障害者の職業訓練のための施設の充実を図るため、これに必要な費用の助成その他必
要な施策を講じなけらばならない。
」と規定している。ここでいう地域における作業活動の
場等の充実を図るための「その他必要な施策」の一つとして、職業訓練に必要な訓練素材の
確保、即ち仕事の受注を助けるための施策も位置づけることができよう。
また、障害者基本法は、第9条において障害者基本計画の策定について規定している。
これに基づき政府が定めた障害者基本計画(平成 15(2003)年度から 24(2012)年度ま
での 10 年間に講ずべき施策の基本的方向を定めるもの)においては、その中の「5.雇用・
就業」において、
「障害者雇用等の社会的意義を踏まえ、国の行う契約の原則である競争性、
経済性、公平性等の確保に留意しつつ、官公需における障害者多数雇用事業所等及び障害者
雇用率達成状況への配慮の方法について検討する。」、「在宅就業を行う障害者の仕事の受発
注や技能の向上に係る援助を行う支援機関の育成、支援等の充実を図る。」としている(「三
分野別施策の基本的方向」中、
「5.雇用・就業」)。
この基本計画に基づき5年毎に重点施策実施5か年計画が定められているが(現行計画は、
平成 19 年 12 月 25 日 障害者施策推進本部決定)、ここではさらに具体的に「福祉施設等に
おける障害者の仕事の確保に向け、国は、公共調達における競争性及び公平性の確保に留意
しつつ、福祉施設等の受注機会の増大に努めるとともに、地方公共団体等に対し、国の取組
を踏まえた福祉施設等の受注機会の増大の推進を要請する。」としている(「Ⅰ 重点的に実
施する施策及びその達成目標」中、
「5 雇用・就業」)。
また、障がい者制度改革推進会議の第一次意見(平成 22 年 6 月 7 日(注3))においては、
「国
及び地方公共団体の物品、役務等の調達に関し、適正で効率的な調達の実施という現行制度
の考え方の下で、障害者就労施設等に対する発注拡大に努めることとし、調達に際しての評
価のあり方等の面から、障害者の雇用・就業の促進に資する具体的方策について必要な検討
を行う。
」とされ、これを受けて閣議決定された「障害者制度改革の推進のための基本的な
方向について」
(平成 22 年 6 月 29 日閣議決定)においても同じ内容が盛り込まれている。
障害者の就労に対する発注促進策は、どのような種別の事業所(施設)に発注する場合を
対象にしたものか、発注側は民間企業か国、地方公共団体など公的な主体(注4)か、どのよ
うなメリットが付与されるのかなど、各施策を一群のものとして把握しようとする場合、そ
の整理の視点は様々なものが考えられる。以下では、施策の直接の利用者、即ち発注者がど
ういった施策を利用できるのかという視点から、大きく発注側が民間企業である場合(民需)
と、国、地方公共団体である場合(官公需)とに分け、一つ一つの施策毎にみていくことと
する。実際の活用状況はともかく、現行制度上存在するものを一通り拾ってみることとする
(その結果を踏まえて、各発注促進策の事業(施設)種別の適用状況を本稿末尾の別表に整
理した(P 97)
。なお、各発注促進策の利用実績については(2)②の在宅就業支援制度以
外は不明である。3(2)に述べることとも関連するが、今後、可能なものについては利用
実績が把握され明らかにされることが望ましいと考える。)。
― 82 ―
(2)発注側が民間企業である場合の施策
① 発注促進税制(租税特別措置法第 46 条の3)
企業が障害者の就労の場に対する発注額を前年度より増加させた場合に、固定資産の割増
償却を認める税制である。
ⅰ)概要
青色申告者である全ての企業、個人事業主が対象で、前年度からの発注増加額について固
定資産の割増償却を認めるものである。
割増償却が認められる固定資産は、事業の用に供されているもののうち、事業開始年度及
び事業年度開始の日 2 年以内に取得又は製作したもので、固定資産の特別償却限度額(普通
償却限度額の 30%)の合計額を限度として、前年度からの発注増加額につき、償却が認め
られるものである。
本措置は、平成 20 年度より創設され、5 年間(平成 20 年 4 月 1 日~平成 25 年 3 月 31 日)
の時限措置である。
ⅱ)対象となる発注先
上記にいう発注増加額とは、一事業年度に、以下の事業所、施設等に発注した金額の合計
額が前の事業年度よりも増加した場合の当該増加額である。
・ 就労移行支援事業所
・ 就労継続支援事業所(A型、B型)
・ 特例子会社
・ ハローワークの所長の証明書を受けた障害者を 5 人以上雇うことなどの要件を満たす
事業所
② 在宅就業支援制度(障害者の雇用の促進等に関する法律第 74 条の2、第 74 条の3)
仕事を請け負って自宅等で就労する障害者や在宅就業支援団体(就労移行支援事業所、就
労継続支援事業所(B型)などであって登録をした法人)に対して企業が発注した場合、当
該企業に対して障害者雇用納付金制度から特例調整金、特例報奨金が支給される制度である。
ⅰ)概要
企業が自宅等で就労する障害者に発注した場合、その企業の年間の発注合計額に応じて特
例調整金又は特例報奨金が支給される。障害者の雇用の促進等に関する法律(以下「障害者
雇用促進法」という。
)の改正により平成 18 年4月より始まった制度である。
特例調整金:発注企業の規模が障害者雇用促進法に基づき納付金を納めるべき規模に該当
する場合(常用雇用労働者数 201 人以上(注5))は、年間の発注合計額 105 万
円毎に6万3千円が支給される。
特例報奨金:発 注企業の規模が上記規模未満の場合は、年間の発注合計額 105 万円毎に
5万1千円が支給される。
ⅱ)対象となる発注先
発注先は、自宅等で就労する障害者個人に直接発注する場合の他、就労移行支援事業所、
― 83 ―
就労継続支援事業所(B型)などの法人であって一定の要件を満たして在宅就業支援団体と
して登録を受けたものに発注する場合が対象となる。在宅就業支援団体に発注した場合、発
注金額の計算(上記 105 万円の計算)は、在宅就業支援団体への発注額そのものではなく、
発注された仕事により在宅就業支援団体において働く障害者が受け取った報酬(工賃等)の
額の合計額により計算する。
在宅就業支援団体とは、必要なスタッフを確保して在宅就業障害者に対する支援の業務を
継続的に実施している法人であって厚生労働大臣の登録を受けたものである。
主な登録要件は、知識経験を有する3人以上のスタッフ(うち1人は専任)を有し、概ね
以下の4業務を常時 10 人以上の障害者に継続的に実施していることである。
・ 障害者のために仕事を確保し、提供すること
・ 知識技能を習得するために必要な職業講習を行うこと
・ 情報提供を行うこと、業務を適切に行うための助言等の援助を行うこと
・ 就職を希望する者に対して助言等を行うこと
在宅就業支援団体として登録することが具体的に想定される事業所としては、就労移行支
援事業所、就労継続支援事業所(B型)
、地域活動支援センター、小規模作業所などが考え
られる。
ⅲ)制度の利用実績
平成 22 年 8 月末時点で、在宅就業支援団体として 16 の法人が登録されている。
特例調整金等の支給実績(支給件数、支給金額合計)は平成 19 年度 6 件 618 千円、平成
20 年度 7 件 858 千円、平成 21 年度 12 件 5,004 千円となっている(注6)。
(3)発注側が国・地方公共団体である場合の施策
① 随意契約による国の物品の購入等(会計法第 29 条の3第5項)
国は、慈善のため設立した救済施設から直接に物件を買い入れ又は借り入れるときは随意
契約によることができる。
ⅰ)概要
国が行う物品の購入等(厳密にいうと売買、貸借、請負その他の契約)は、原則として一
般競争入札によることとされ、随意契約ができる場合は政令(予算及び決算会計令)に定め
られた場合にのみ認められている。
予算及び決算会計令第 99 条は随意契約によることができる場合を列挙しており、その中
に「都道府県及び市町村その他の公法人、公益法人、農業協同組合、農業協同組合連合会又
・・・・・・・・・・・・・
は慈善のため設立した救済施設から直接に物品を買い入れ又は借り入れるとき」という規定
が存在する(注7)。
ⅱ)対象となる発注先(予算及び決算会計令第 99 条第 16 号)
随意契約が認められる発注先として規定されている「慈善のため設立した救済施設」とい
う文言については、明治 22 年に制定された会計法の規定ぶりに由来しているが、「「慈善の
ため設立した救済施設」とは、身体障害者福祉法(昭和 24 年法律第 283 号)の規定により、
― 84 ―
(注8)
国、都道府県又は市町村等が設置する身体障害者更生援護施設のようなものをいう。」
と
されていることから、障害者自立支援法の体系下においては、就労移行支援事業所や就労継
続支援事業所などがこれに該当するもの解してよさそうである(なお、「慈善のため設立し
た救済施設」という文言からは、その対象を特定の障害種別に限定した趣旨とはもちろん解
されない。
)
。
② 随意契約による地方公共団体の物品の購入等(地方自治法第 234 条第2項)
地方公共団体は、就労移行支援事業所や就労継続支援事業所などから物品の購入等を行う
ときは随意契約によることができる。
ⅰ)概要
地方公共団体が行う物品の購入や役務の提供を受ける契約等(厳密にいうと売買、貸借、
請負その他の契約)は、原則として一般競争入札によることとされ、随意契約ができる場合
は政令(地方自治法施行令)に定められた場合にのみ認められている。そして地方自治法施
行令は、地方公共団体の規則で定める手続きに従い、就労移行支援事業所や就労継続支援事
業所などから物品を購入したり役務の提供を受ける契約を締結する場合は随意契約によるこ
(注9)
とができる旨を規定している(地方自治法施行令改正により平成 16 年 11 月施行)。
ⅱ)対象となる発注先(地方自治法施行令第 167 条の2第1項第3号)
対象となる発注先は、
・ 障害者支援施設
・ 地域活動支援センター
・ 障害福祉サービス事業のうち生活介護、就労移行支援、就労継続支援の各事業所
・ 小規模作業所(障害者基本法2条に規定する障害者の地域における作業活動の場とし
て同法 15 条により必要な費用の助成を受けている施設)
ⅲ)各都道府県等の規則制定状況
上記地方自治法施行令の規定を受け、実際に各地方公共団体で物品の購入や役務の提供に
ついての随意契約を行うためには、ぞれぞれの地方公共団体の財務規則を改正して手続きを
定めることとなる。内閣府(障害者施策担当参事官室)の調べによると平成 20 年度で 42 の
都道府県(注 10)、15 の政令指定都市で財務規則の改正等を行っている。
③ 身体障害者の援助を行う法人からの国・地方公共団体の製品の購入(身体障害者福祉法
第 25 条)
身体障害者の援助を目的とする社会福祉法人で厚生大臣の指定するものは、その援護する
障害者の製作した特定の物品について、国又は地方公共団体に購買を求めることができる。
ⅰ)概要
身体障害者の援助を目的とする社会福祉法人で厚生大臣の指定するものは、その援護する
障害者の製作した特定の物品について、国又は地方公共団体に購買を求めることができる。
対象となる物品は、ほうき、はたき、ぞうきん、モップ、清掃用ブラシ及び封筒とされてい
― 85 ―
る(身体障害者福祉法施行令第 27 条)
。
購買を求められた国又は地方公共団体は、適当な価格により、自らの指定する期間内に購
買できるときは自らの用に供する範囲内において、その求めに応じなければならないとされ
ている。なお、国が購入する場合は、受注、納入を円滑にすることを目的とする社会福祉法
人で厚生労働大臣の指定するものを通じて、購入することができる。
ⅱ)対象となる発注先
対象となる発注先として厚生労働大臣が指定した法人としては、身体障害者福祉法制定後
間もない昭和 26 年1月に財団法人北海道拓明興社が指定されて以降、社会福祉法人北海道
リハビリー(昭和 46 年 12 月)
、社会福祉法人東京コロニー(昭和 57 年)が指定され、現在
に至っている(他に昭和 27 年 10 月、社会福祉法人友愛十字会(東京都台東区)が指定され
たが、昭和 57 年3月指定を辞退。
)
。
ⅲ)その他
本条は若干の改正を経ているものの昭和 25 年の身体障害者福祉法の制定当初から存する
規定であり、重度障害者(注 11)の授産施設の経済的支援のため、特定の物品について国又は
地方公共団体の行政機関がこれを購入し、販路確定の面において支援していく趣旨で設けら
れた。既に述べたとおり、会計法の規定により「慈善のために設立した救済施設」に対する
発注は随意契約が認められており、これにより行政機関が積極的、自発的に購入するのが望
ましいが、それだけでは不十分のおそれがあるので、会計法の一般原則に対する特別規定を
置いたものとされている(注 12)。
本規定を受けて、指定法人において、かつては例えば北海道内の各学校に座敷ほうきを
納入する等の実績をあげたことがあると聞くが、徐々に対象製品が時代のニーズにあわなく
なったり、施設の主力事業が民間企業からの受託生産・加工に切り替わったこと等により、
現在は、一法人が印刷業務の一部について本規定を利用しているほかは、実質的に本規定は
あまり機能していないようである。
なお、発注促進そのものではないが、障害者の仕事の場の確保に資する措置として、身体
障害者福祉法は、国、地方公共団体等の公共的施設の管理者は、身体障害者からの申請があっ
たときは、その公共的施設内において、新聞、書籍、たばこ、事務用品、食料品その他の物
品を販売するために売店を設置することを許すように努めなければならないという規定を設
けている(同法第 22 条)
。
④ 地方公共団体独自の施策
従来より、各地方公共団体において、障害者の就労に対する優先的な発注等や障害者の雇
用の場を提供する企業に対する発注の優遇などについての独自の取り組みがなされてきた。
(2)②に述べた随意契約による物品の購入等に係る地方自治法施行令の改正の背景には、
こうした従来からの各地方公共団体独自の取り組み実績が背景にあったものといえよう。
都道府県で行われている取り組みについては内閣府の行った調査結果がある(官公需にお
ける障害者雇用企業・障害者福祉施設等に対する特例措置について(平成 21 年度))。発注
― 86 ―
促進策という概念よりもやや範囲が広くなるが、その内容を集約、パターンを例示、列挙す
ると以下の通りである。
・ 高い雇用率を達成している企業(例:法定雇用率の 2 倍の 3.6%以上など)は、競争
入札参加資格の等級別格付けに当たって加点を行う。
・ 障害者支援施設又は高い雇用率を達成している企業は、指名競争入札に当たっての優
先指名を行う。
・ 随意契約を行う場合は、障害者支援施設又は高い雇用率を達成している企業に優先発
注を行う。
・ 清掃業務、テープおこし、名刺等簡易な印刷を発注する場合は、障害者支援施設に優
先発注を行う(年間5千万円というように具体的に予算配分枠を決めている例もある
(群馬県)
)
。
など様々である(なお、上記のような奨励策のほか、大阪府は、府と取引のある企業であっ
て障害者雇用に改善のみられない一定の要件に該当する企業を公表、府との取引を制限する
制度も設けている。
)
。
3 発注促進策の特徴と当面の課題
2において個々の発注促進策の概要等をみてきたが、これを踏まえ、これら施策の性格、特
徴等を明らかにするとともに、当面の課題を考えてみる。
(1)発注促進策の性格、特徴
① 発注側が民間企業である場合
物品、役務の調達自体に公共性が認められる行政主体の場合とは異なり、発注側が民間企
業の場合は、自然体で考えれば、発注先の選択にあたり、価格、品質(性能)、納期等といっ
た要素以外のものが入り込む余地は少ない(注 13)。そこで、政策として障害者の就労に対する
発注を誘導するための手立てを、ということになる。現在ある発注促進策は、発注側に経済
的なメリット(割増償却、特例調整金等の支給)を与える形をとるが、これら発注促進策の
経済的なメリットそのものだけで直ちに障害者の就労に対する発注の決定的な要因になるか
といえば、現実はそう単純ではなかろう(なお、周辺施策との連携については後述(2)③
参照。
)
。
しかし、例えば、企業が CSR 活動として様々な取組みの道筋を考えるに当たり、障害者
の就労に対する発注が政策的にも奨励されていること( = 発注促進策)を知れば、これを
実践に移すそれなりの動機づけになり得るのではないか。
また、発注促進策を利用する者、発注促進策のメリットの直接の対象となる者(発注側=
企業)と、当該施策が本来支援をしようとしている者(受注側)とが異なっているという点
も留意すべきで、実際に発注に持ち込むためには、発注促進策の存在についての積極的な周
知が必要であろう。行政による施策の周知はもとより、最終的に施策の効果を享受する側(受
― 87 ―
注する側。多くの場合、福祉施設。
)も、営業活動の一環として、発注側の企業に対し施策
の存在を紹介するように努めることが、施策の利用の広がり、効果の発揮の上で重要であろ
う。
なお、障害者の就労機会の提供という視点に立つと、発注(外注)もさることながら、そ
れ以上に企業自らが雇用の場を提供することが重要である。この点、特に民間企業を対象と
した発注促進策は雇用支援策との整合が求められる(後述(2)③ア参照。)。
また、障害者雇用法に基づく在宅就業支援制度は、雇用形態である就業継続支援型事業(A
型)や特例子会社等への発注を対象としていない(本稿末尾の別表参照)。その理由は、こ
れらの事業所は障害者を雇用する事業主として障害者雇用促進法のいわば主たるスキームで
ある障害者雇用納付金、調整金や各種助成金の支給対象となっているからである(注 14)。
② 発注側が国・地方公共団体である場合 租税等を財源とする国や地方公共団体の会計処理に当たっては、国民(住民)全般の利益
のために公正に行われなければならず、特に支出の原因となる契約については、貴重な財源
が効率的に使用されるように配慮しなければならないことはいうまでもない。こうした公正
の原則、経済性の原則の要請から、一般競争入札が原則とされているのであり、その特例と
して随意契約を認めた点に2(3)①、②の措置の意義がある(注 15)。
随意契約を認める趣旨としては、非営利の場合の方が価格面で有利な条件で買い入れるこ
とができると考えられること(経済性の原則)と、当該事業への支援という意味合いがあ
る(注 16)。すなわち、当該事業により生みだされる製品、サービスは、障害者の就業、自立
を支援する目的を実現する過程において当然に派生するものであり、その発生は政策目的に
とって当然のものであり、また、これを地方公共団体が調達することが政策目的に合致する
ものであるとされる(注 17)。この趣旨から、地方自治法ないし会計法において随意契約による
ことができるとする範囲は、発注先の事業ないし法人の営利性の有無により線引きがなされ
ているようであり、特例子会社や重度障害者多数雇用事業所は対象となっていない(本稿末
尾の別表参照)
。
この点は、障害者に就労の場を提供しているかどうかという視点に徹すると、制度のつく
りとしては特例子会社や重度障害者多数雇用事業所も随意契約の対象として認めるというい
き方もあるのではないかと思われる。なお、2(3)④で述べた通り、都道府県独自の取り
組みの中には、高い雇用率を実現している企業に対して、競争入札上の評価を与えたり、随
意契約の対象とすることにより、受注の機会を与えようとするものがある。
(2)発注促進策をめぐる当面の課題
①施策の普及
2においてみた通り、現在の発注促進策を一覧するに、その適用範囲、使い勝手はともか
く、政策手段という点では一応のメニューが準備されていることがわかる。当面はこれら発
注促進策を実際にいかに利用するかということが課題ではないかと考える(注 18)。
― 88 ―
特に障害者雇用促進法に基づく在宅就業支援制度については平成 18 年4月の制度施行以
来、4年目にして未だ在宅就業支援団体の登録が 16 法人(平成 22 年 8 月時点)、支給実績
も合計 12 件、総額 500 万円程度(平成 21 年度)という状況である。2(2)②において述
べた通り、制度の対象となる就労は就労移行支援型事業所や就労継続支援型事業所(B型)、
地域生活支援センターなどの場における就労も含まれる。「在宅就業」というネーミングが、
この制度の潜在的な活用可能性、本来の適用範囲よりも狭い語感を与えてしまっている点は
否めない。特例調整金等の支給は、発注側企業の障害者雇用納付金関係の実務にのる形で運
用することが想定されている。受注側が在宅就業支援団体の登録を受けて、発注側企業に利
用を働きかけることで 一層利用が進み、効果が発揮されることが期待される。
なお、在宅就業支援団体の登録という手順については、そのために何か新しい法人を立ち
上げることを念頭においているのではなく、従来から外注を受けて業務を行っている既存の
就労移行支援、就労継続支援 B 型の事業者等が就業支援団体として登録することを典型例
として制度設計されている点に留意するべきであろう。
また、この在宅就業支援制度は非雇用の就業形態を広く支援するもので、請負などにより
個人で就労している家内労働(内職)や自営の障害者に対する発注も業態によっては対象と
なり得ることに留意するべきである。障害者の就業実態調査によると、内職に従事する身体
障害者は約1万人、
精神障害者は約5千人と推計される。職種別にみると、例えばあんま、マッ
(注 19)
サージ、はり、きゅう(身体障害者)は約2万3千人と推計される。
かなり人数の障害
者が内職等に従事していることがわかる。あんま、マッ サージ、はり、きゅうなどの分野
での利用のほか、農業などの分野においても制度の利用実例が生まれることが期待される。
固定資産の割増償却についても、平成 20 年度から5年間の措置であり、利用実績が芳し
くなければ、5年経過後の継続は見込めない。(1)に述べた通り、発注促進策によって最
終的にメリットを受ける側(受注側)が、営業活動の一環として施策の存在を企業に周知す
ることが、施策の利用が進み、所期の効果が発揮される上で重要であろう。
②取り組みの可視化
個別具体的な発注促進策の活用・普及とともに、特に官公需にあっては、具体的な取り組
み目標を定めるスキームがあることが望ましい。
中小企業の受注機会の確保や環境物品等の調達の推進といった分野では、国や地方公共団
体等の取り組みについての法制度が設けられている(注 20)。
環境物品等の調達推進の法制度(いわゆるグリーン購入法)の例でいうと、国は毎年度、
国及び独立行政法人の環境物品等の調達推進の基本方針を定め、これに即して各省庁、各独
立行政法人は当該年度における環境物品等の調達目標を定めること、年度終了後、調達実績
を取りまとめて公表することなどが定められている。また、地方公共団体等においても環境
物品等の調達推進の方針を作成するよう努めることとされている。
環境物品等の調達と同様、障害者の就労に対する発注促進についても、国、地方公共団
体を通じて障害者の就労に対する発注の促進の取り組みを進めることを一つの法体系の形で
― 89 ―
示し、基本方針、調達目標の設定等により、その取り組みの状況を明らかにしていくことが
考えられる。いわゆるハート購入法案(注 21)は、このような法制度に範をとったものとみら
れる。
最近の契約方式をめぐる全般的動向をみると、行政コスト削減の観点から随意契約につい
ては見直しが進められ、より競争性のある契約方式への移行が進められている。このように
全体としては随意契約について厳しい目がむけられる中で、障害者の就労に対する発注を進
めていくためには、上述の通りその取り組みの意義・必要性を法制度上明確に示すことが有
用であろう。また、法制化により、契約の目標、実績を数値で示し、国、地方公共団体の取
り組み状況を可視化することも、障害者の就労、仕事の確保についての世上の関心を高める
上で意味が大きいと考える。
ちなみに、ハート購入法案類似の発想は、半世紀以上前、制定当初の身体障害者福祉法(昭
和 24 年制定。施行は翌年4月。
)からも見出すことができる。すなわち、制定当初の身体障
害者福祉法は、身体障害者を援助する法人からの製品の購入に関する規定(身体障害者福祉
法第 25 条。2(3)③参照。
)に関連して、国、地方公共団体からの指定法人に対する発注
の状況を調査したり、改善方策を検討するために内閣総理大臣の下に身体障害者製品購買審
議会を置くこととしていた(制定当初の身体障害者福祉法第 26 条(注 22))。現在とは時代状況
も制度環境も大きく違うが、このような規定からは、具体的な実績を把握、評価しながら障
害者の就労への発注を進めていこうという発想をうかがうことができる。
③ 雇用支援策との関連など
障害者の就業機会を拡大し、職業的な自立を目指すための施策としては、発注促進策はあ
えて言えば補助的な存在であり、障害者の雇用の促進等に関する法律や福祉関係の諸制度な
どに基づく関連施策の存在、役割を踏まえつつ、これらに発注促進策を効果的に組み合わせ
るという視点が必要であると考える。
そこで、発注促進策と雇用支援策をはじめ周辺の施策との関連を踏まえた今後のあり方に
ついて考えてみる。
ア.雇用支援策との関連
発注促進策のねらいは、障害者の就労における仕事の確保、就労機会の提供にあるが、
就労機会をつくり出すという視点に立った場合、発注者(ここでは企業ということにする)
が仕事を社外に発注することによる方法もさることながら、その企業が自ら労働者を雇用
するということが重要である。
仕事を社外に発注する場合 企業が自ら雇用する場合とは異なり、発注先の就労につい
て発注元は基本的には直接的に管理の任を負うことはない(注 23)。一方、自ら雇用する場合
には金銭的に換算し難いものも含めて雇用管理上の責任、負担が生じることはいうまでも
ない。
また、雇用契約の場合、最低賃金の適用、雇用保険をはじめとした労働関係法令、社会
保険などの諸制度が適用される(注 24)のに対し、社外に発注された先の就労の場は必ずし
― 90 ―
も雇用形態であるとは限らない。
現行制度を前提に、こうした点を踏まえて考えると障害者の就労機会の創出のための施
策については、まずは、雇用形態によるもの、しかも企業が自ら雇用することを目指すこ
とが考えられる。もちろん、
仕事を外部に発注する形で就労機会を創出する方法も重要で、
障害者が雇用されている場に仕事を提供する役割はもとより、雇用以外の就労形態であっ
ても、働き方の選択肢を増やしたり、雇用されるまでの訓練の過程の就労(障害者自立支
援法の事業体系でいえば就労継続支援型事業(B 型)や就労移行支援型事業などにおける
就労)を支援するなど、その意味は大きいことはいうまでもない。
いずれにしろ、障害者の就労機会の創出の方法の一つとして発注促進策をみるにあたっ
ては、企業が自ら雇用することに対する施策と発注促進策との均衡、整合を意識する必要
がある。
これに関して、従来より、ドイツ、フランスなどのように企業が自ら雇用する場合だけ
でなく、一定の金額を福祉的就労に発注した場合にも、当該企業の雇用率にカウントして
はどうか(発注代替による、いわゆる「みなし雇用率」)、あるいは障害者雇用納付金を減
額してはどうかという意見がみられる(注 25)。
外注することにより、その金額に応じて雇用率に算定されることになれば、当該企業に
とって大きな動機づけになるであろう。CSR の理念が浸透しつつある昨今、企業規模に
よっては、経済的なメリットを付与する手法以上に、雇用率算定による誘導効果は大きい
だろう。しかし、この点については、上述のように、何らかの支援策を講じるにしろ、就
労機会の創出の方法として、企業が自ら雇用することと、社外に発注することとを同等に
扱うか、あるいはどちらかに重きをおくかといった視点が必要であり、発注促進策の制度
設計はこうした視点からのバランスが求められるものと考える。筆者は、前述のような現
在の労働、社会保障制度を視野に入れて考えた場合、ただちに外注=雇用率算定というい
き方をとることには、就労の質や一般雇用への移行促進という面からみて、現状において
は慎重であるべきと考えている(注 26)。
なお、一定金額を発注した場合に雇用率算定ではなく、当該企業の障害者雇用納付金を
減額するべきとの意見については、現行制度上、既に類似の仕組みが存在することに注意
を要する。
2
(1)
の②に述べた在宅就業支援制度に基づく特例調整金の支給がそれである。
障害者雇用納付金の減額という方法は、その対象が雇用率未達成企業(かつ従業員 201 人
以上の企業)に限られることを考えれば(注 27)。納付金の算定とは別途に、一定の金額を
奨励的に支給する(すなわち特例調整金の支給。その財源は障害者雇用納付金)の方が形
として柔軟であろう(注 28)。障害者雇用促進法に基づく制度によって発注を促進していく
方途として、当面とるべき道筋は、まず現在の在宅就業支援制度の認知度を高め、その上
で(利用してみての評価を踏まえて)これをより使い勝手の良いものにしていくことであ
ろう(注 29)。
イ.その他の施策等との関連
発注促進策は、就労移行支援型事業、就労継続支援型事業の機能を補強する手段として
― 91 ―
運用がなされるべきことはもちろんである。さらにいえば、例えばこれら事業の報酬体系
における就労移行支援体制加算、目標工賃達成加算の対象事業者と発注促進策の対象とを
連動させることなどにより、一般雇用への移行や工賃の増加に対する事業者の取組を加速
する材料として活用することも考えられる。
障がい者制度改革推進会議の第一次意見において、物品、役務の調達等の官公需につい
て、障害者就労支援施設の発注拡大に努める旨言及していることは2(1)において述べ
たが、このほか、同意見においては、いわゆる「社会的事業所」について、地方公共団体
における先進的な取組を参考にしつつ、その一層の普及がされるよう必要な措置を講ずる
とされている。仮にそうした事業所の普及が図られるのであれば、普及策の一環として発
注促進策を連動させることは当然考えられよう。
請負など自営業的な就労形態への支援も重要である。障害者の権利に関する条約におい
ては、あらゆる形態の雇用における差別を禁止し、職場において障害者に合理的配慮が提
供されることを求めているが、併せて、
「自営活動の機会、起業能力、協同組合の発展及
び自己の事業の開始を促進すること」のための適当な措置をとるべきことが規定されてい
る(第 27 条(f)
)
。現在ある発注促進策は、法人ないし事業体に対する発注が対象になっ
ているものが多いが、ここでも、個人単位での適用が可能な在宅就業支援制度は利用が可
能であり、移動等に制約のある場合はもとより、働き方の選択肢を増やすためにその役割
を果たすことが考えられる。
税制による就労支援に目をむけると、給付付き税額控除の検討が注目される。平成 23
年度税制改正大綱においては、所得控除から税額控除・給付付き税額控除・手当へという
改革を進めるとされている。給付付き税額控除の活用目的の一つとしては勤労税額控除・
給付があげられるが(注 30)、労働による稼得行為と税額控除・給付をリンクさせることに
より労働インセンティブを高めるための前提として、当然就労機会の確保が必要であり、
今後仮にこうした税制が導入されるのであれば、発注促進策もこれと何らかの整合を図る
ことが考えられよう。
4 結語
冒頭にも述べた通り、厳しい経済情勢の下、障害者の就労の現場において受注の確保は切実
な問題である。障害者制度全般について改革の検討が行われる中、障害者の就労に対する発注
促進策についても、これまで講じられてきた施策が障害者の就労に対する発注の動機付けとし
てどの程度効果的に機能しているのか、点検・評価が必要とされるているのではないかと考え
る。
このような点検・評価の取り組みに資するため、本稿では、障害者の就労現場における仕事
の確保を支援する施策について、これを一群のものとしてとらえるとともに個々の施策につい
て把握し、全体を通じて特徴、課題を明らかにすることを試みた。
これまでみてきた通り、
障害者の就労に対する発注促進策を整理、一覧すると、大きく分けて、
― 92 ―
経済的なメリットを付与する形(民間企業の場合)、契約手続きについての特例を認める形(随
意契約。行政の場合)とがあり、それぞれ発注主体の性格に即した手法がとられている。対象
となる発注先については、営利性の有無や就業形態の違い(雇用か非雇用か)などによって施
策毎にその扱いに違いがあることがわかる。各施策がどの程度効果的に機能しているかは必ず
しも明らかではないが、利用実績が判明しているものについてみるとその実績は低調である。
当面の課題として、まずは施策の存在自体を広く知らしめ、使い勝手についての情報を集約
すること、あわせて具体的な取り組み目標の設定や実績の把握を行うことにより、取り組み状
況の可視化を図ることが重要である。施策の周知、利用者の声の把握などにあたっては、発注
促進策の恩恵を最終的に享受する側(多くの場合福祉施設)が果たす役割も軽視できない。こ
のようにして障害者の就労に対する発注促進策を政策評価のフレームにのせ、さらに本論に述
べたような雇用支援策など周辺施策との連携を意識することで、これら施策が仕事の安定的な
確保や工賃水準の向上に目にみえるような効果を及ぼすよう発展させていくことが求められて
いるといえよう。
施策の周知・取組の可視化等の取組みの意義はそれだけにとどまらない。官公需にあっても
民需にあっても、障害者の就労に対する発注に対する動機付けは、最終的には消費者(住民)
の理解と支持に帰する。発注促進策の利用、取り組み実績の可視化等が進むことにより、障害
者の就労の機会の確保が持続可能な社会づくりに資するという理念が、事業活動はもとより、
個人の日常生活レベルにまで浸透していくことが望まれる。
<注>
(注1) 受注の確保の重要性に関連して、山田は、福祉工場、特例子会社に対して行った調査
結果から、重度障害者の雇用拡大を阻む大きな要因の一つとして適当な仕事が十分確保
できないことを指摘している。同調査結果は、その解決方策として職務創出・職域拡大
が官公需の優先発注制度などが必要であるとする企業、法人が少なくないことを示して
いる(山田雅穂「重度障害者の雇用政策の在り方及び総合政策との関連について-特例
子会社及び福祉工場の調査を通じて-」
(総合政策研究(中央大学)2009 年 3 月 10 日))。
(注2) 最近の例では、平成 21 年2月、
「障害者を多数雇用する事業所、障害福祉施設等に対
する官公需の発注等の配慮について」と題する通知が厚生労働省より各都道府県等宛に
出され、官公需の発注にあたっての配慮、庁用物品としての調達や各種行事等の記念品
としての活用などを働きかけている。また、同年3月には内閣府、厚生労働省の連名で
ほぼ同趣旨の通知が各府省宛に出されている。
(注3)「障害者制度改革のための基本的な方向(第一次意見)」(平成 22 年 6 月 7 日 障がい
者制度改革推進会議)
(注4) 国、地方公共団体以外の公的な主体としては、独立行政法人、地方独立行政法人が典
型としてあげられる。本稿ではこれらについては特に記述はしないが、契約に関する基
― 93 ―
準などは基本的に国、地方公共団体に準じて行われている。
(注5) なお、納付金を納める企業の規模は従来は常用労働者数 301 人以上であったが、平成
22 年7月より段階的に引き下げられ、平成 27 年 4 月から常用労働者数 101 人以上とな
るよう法改正がなされている。特例調整金の支給対象企業の規模もこれに連動する(平
成 22 年6月までの発注に係る特例調整金の支給対象企業規模は常用労働者数 301 人以
上。
)
。
(注6) 独立行政法人評価委員会(厚生労働省)に提出された高齢障害者雇用支援機構の各年
度の業務実績評価シートより。
(注7) ②に述べる地方公共団体の場合(地方自治法施行令第 167 条の2第 1 項第 3 号)とは
異なり、役務の提供を受ける契約については法文上明定されていない。なお、予算及び
決算会計令は、契約の種類に応じ、予定価格が一定金額以下(例えば予定価格が 160 万
円を超えない財産を買い入れるとき)には契約事務の簡素化の観点から随意契約による
ことができるとしている(予算及び決算会計令第 99 条第 2 号~第 7 号)。このような小
額随契が、結果として障害者の就労に対する発注につながることはあり得る。地方公共
団体の場合にも同様の規定がある(地方自治法第 167 条の2第 1 項第 1 号、別表第5)。
(注8) 福田淳一編「会計法精解」
(大蔵財務協会)P530、540
(注9) 当初は物品の購入のみであったが、その後の改正により、役務の提供を受ける場合も
追加された(平成 20 年 2 月施行)
。
(注 10) 残る5府県も規則改正ないし既存規則で対応可能との取り扱いで措置済み(平成 22
年2月現在。筆者調べ)
。
(注 11) 制定当初は政令で障害程度を定めていた。現在は法文上単に「身体障害者」とある
のみで、重度の身体障害者に限定はしていない。
(注 12) 松本征二編「身体障害者福祉法解説」
(昭和 26 年2月。中央社会福祉協議会)
(注 13) CSR 活動の一環として障害者の就労に対する発注を行うことはあり得る。なお、本
文の文意は、障害者の就労する施設、事業所の場合は市場に出す物、サービスの品質等
が見劣りのするものであってもよいという趣旨ではないことはもちろんである。
(注 14) 障害者雇用促進の体系における在宅就業支援制度や多様な就労形態の位置づけ、他
の雇用支援策との関係については、拙稿「在宅就業支援の政策意図と活用可能性-就労
移行支援事業との相乗をはじめとして-」
(職業リハビリテーション第 20 巻№1)参照。
(注 15) 随意契約は契約の相手方の選択方法の特例であって、不利な条件による契約の締結
までも許容したものではないことはもちろんである。また、会計法、地方自治法は特定
の場合に随意契約にすることができる旨を規定してしているのであって必ず随意契約に
よるべき旨を規定しているわけではない。政府調達における随意契約を取り巻く近年の
状況としては、年々計画的に見直しがなされ、行政コストの削減・効率化等の観点から
競争性が高い契約方式への移行がなされてきている(「随意契約見直し計画」。なお、地
方公共団体においても同様の傾向。
)
。最近の取り組みでは、行政刷新会議ワーキンググ
ループ(事業仕分け)においても個別に取り上げられていることは周知のとおりである。
― 94 ―
なお、入札及び契約に係る取扱い等について定めた財務省通達(「公共調達の適正化に
ついて」( 平成 18 年 8 月 25 日財計第 2017 号))では、従来、競争性のない随意契約を行っ
てきたものについて見直し、一般 競争入札又は企画競争若しくは公募を行うことによ
り、競争性及び透明性を担保することとしている。
(注 16) 前掲「会計法精解」P529、530
(注 17) 松本英昭「逐条地方自治法第5次改訂版」(学陽書房)P834
(注 18) なお、前述の通り、できればそれぞれの発注促進策の利用実績が調査され、明らか
にされることが望まれ る。その上で、これら個々の施策の評価がなされ、より使い勝
手の良い仕組みに改善がなされていくことが施策普及の一つのポイントであると考え
る。
(注 19) 身体障害者、知的障害者及び精神障害者就業実態調査(平成 20 年1月 18 日厚生労
働省発表)によると、
平成 18 年7月1日現在で、身体障害者の就業者は 57 万8千人、
就業形態別でみると内職は 1.7%自営は 16.7%、同様に知的障害者は 18 万7千人、自営
0.9%、精神障害者は6万1千人、内職 0.9%、3.1%。
(注 20)官公需についての中小企業者の受注の確保に関する法律、国等による環境物品等の調
達の推進に関する法律
(注 21) 国等による障害者就労施設からの物品等の調達の推進等に関する法律案。平成 20 年
5月 27 日
第 169 国会に提出され
(衆法第 20 号)
、第 171 国会において審議未了、廃案となったが、
同じ名称で、
ほぼ同内容の法律案が平成 21 年 11 月 26 日第 173 国会に再度提出され(衆
法第 12 号)
、継続審査となっている(平成 22 年 8 月現在)。
(注 22) 制定当初の身体障害者福祉法第 26 条第1項は、「前条に規定する業務の運営につい
て調査審議するため、
内閣総理大臣の下に、身体障害者製作品購買審議会(以下この条
中「審議会」という。
)を置く。
」とし、同条第2項は、審議会は、その調査審議の結果
を内閣総理大臣又は厚生労働大臣に報告しなければならない。」同条第3項は、「審議会
は、前条に規定する業務の運営について、必要があると認めるときは、国又は地方公共
団体の行政機関に対し勧告をすることができる。」と規定していた(第4項は省略)。こ
の製品購買審議会の設置、任務等を定めた制定当初の身体障害者福祉法第 26 条は、審
議会等の整理合理化の一環として昭和 26 年5月の同法改正により削除され、行政機関
に対する勧告権限は中央身体障害者福祉審議会(当時)に移された(昭和 26 年改正後
の同法第6条第4項)
。その後、さらに変遷し現在は第 25 条第4項に社会保障審議会の
権限として勧告権限が規定されている。
(注 23) ただし、家内労働法は委託を受けて物品の製造、加工等に従事する労働者(家内労
働者)について就業時間や工賃、安全衛生に関し、委託者の責任を定めている。また、
情報通信機器を利用して在宅で請負の仕事を行う労働者向けに在宅ワークガイドライン
が策定されている。なお、障がい者制度改革推進会議の第一次意見においては、「いわ
ゆる福祉的就労のあり方について、労働法規の適用と工賃の水準等を含めて、推進会議
― 95 ―
の意見を踏まえるとともに、総合福祉部会との整合性を図りつつ検討し、平成 23 年内
にその結論を得る。
」とされている(
「障害者制度改革の推進のための基本的な方向(第
一次意見)
」
(平成 22 年 6 月 7 日 障がい者制度改革推進会議)。推進会議第一次意見を
受けた閣議決定(平成 22 年 6 月 29 日)も同旨。
(注 24) なお、例えば雇用保険の場合、31 日以上雇用見込みのある者、一週間の所定労働時
間が 20 時間以上あることといった被保険者資格の要件がある。また、(注 23)に述べ
た家内労働の場合、労働条件の改善を図るため必要があると認めるときは、一定の地域・
業務について最低工賃を定めることができることとされている。
(注 25) 障害がい者制度改革推進会議における松井亮輔委員意見(第4回資料1)、朝日雅也
「障害者の就労支援と保護雇用」
(障害者問題研究第 36 巻第2号)P100 など。なお、松
井委員は法定雇用率が極めて低い我が国の現行雇用率制度下でこうした見なし雇用を制
度化することは、企業や公的機関での雇用をさらに進めるうえでは、必ずしも得策では
ないと思われる、としている。また「労働・雇用分野における障害者権利条約への対応
について(中間整理)
」
(平成 21 年 7 月 8 日労働・雇用分野における障害者権利条約へ
の対応の在り方に関する研究会)においては、「就労継続支援事業に優先発注した場合
に実雇用率に算入できるようにするべきではないか」との意見が盛り込まれている。
(注 26) 上記朝日論文は、
「一般雇用促進策にとって、逆効果にならないような条件設定が必
要であるという認識は共通していると考えられる」としている。筆者も(現状では慎重
であるべきとの立場ではあるが)
、仮に「みなし雇用率」を取り入れるとしたら、発注
先労働者(障害者)についての賃金等労働条件が、より制度的に整った形になることが
必要とされるのではないかと考える。なお、障害者の就業に発注した場合の特例調整金
等の支給(在宅就業支援制度)の雇用率制度上の位置づけについては、(注 14)の拙稿
P34,35,40,41 参照。
(注 27) 2015 年4月1日より従業員 101 人以上の企業に拡大。
(注 28) ただし、在宅就業支援制度に基づく発注促進(特例調整金等の支給)は就労移行支
援型事業、就労継続支援型事業(B 型)における就労や自営業など雇用以外の就労形態
に対する発注が対象(その理由については3(1)参照。詳しくは(注 14)の拙稿参照。)。
(注 29) 在宅就業支援団体としての登録を受け、発注元に数百万円の特例調整金をもたらし
ている(株)研進の須藤亮は在宅就業制度の利用者としての立場から同制度の問題点、
改善点を具体的に提言している(
「在宅就業支援団体株式会社 研進の活動事例」(第
37 回日本職業リハビリテーション学会寄稿・演題発表)。
(注 30) 森信茂樹「給付付き税額控除の具体的設計」税経通信(2010 年 4 月号)
― 96 ―
― 97 ―
2
(3)
2
(2)
有
○
○
○
○
○
○※2
○
就労継
続支援
事業所
(B型)
無
無
無
○
△
○
○
△
○※2
○
○※3
△
○※2
小規模作業
所(生活介
地域活動
生活介護
護、地域活動
支援セン
事業所
支援センター
ター
に該当しない
もの)
無
*1,2 本文の記述は*2,*1の順。
③身体障害者を
援助する社会福
祉法人からの製
品購入の求め*2
○※4
○※4
○※4
△
※4
△
※4
△
※4
・ 指名競争入札に当たっての優先指名
④各地方公共団 ・ 随意契約を行う場合の優先発注
体独自の取り組 ・ 清掃業務、テープおこし、名刺等簡易な印刷を発注する場合の優先発注 等
み*1
○
○※2
○
②物品の購入、
役務の提供を受
けるに当たって
の随意契約
○※1
○
○
特例子
会社
無
重度障
就労継
就労移
害者多
続支援
行支援
数雇用
事業所
事業所
事業所
(A型)
有
①物件の購入・
借入れに当たっ
ての随意契約
②在宅就業支援
制度(特例調整
金・報奨金の支
給)
①発注促進税制
(固定資産税割
増償却)
促進策
事業所の
種類
有
○
個人で
仕事を
請け
負って
働く障害
者
無
(筆者作成)
(※4)厚生労働大臣が指定する
法人に限る(現在3法人が指定)
障害者施策関係単独事業の実施
状況等(内閣府調べ)より
(※3)作業所として費用の助成を
受けている施設が対象(本文2
(2)②のⅱを参照)。
「慈善のための救済施設」の解釈
については本文参照
(※2)在宅就業支援団体として
の要件を満たし登録を要する。な
お、生活介護事業所は在宅就業
障害者の就業場所の「典型例」で
はないが、全く排除されているわ
けではない。
(※1)雇用障害者5人以上、雇用
率20%以上等の要件を満たすも
のとして公共職業安定所長の証
明を受けた事業所
別表
注1) △は、不明又は一部適用の可能性。
注2) 旧法における授産施設は、上記表中、2(2)①、②、2(3)①、②の適用対象。福祉工場は2(2)①、2(3)②の適用対象(2(3)①は△)。2(3)④は、授産施設、
福祉工場ともに地方公共団体によって扱いが異なる。
注3) 上記表2(3)記載のほか、国・地方公共団体のいわゆる小額随契の適用可能性について本文(注7)参照。
国・地方
公共団体
地方公共
団体
国
民間企業
(数字は本文中の章
立て番号)
発注元
雇用関係
発注促進策の一覧と事業種別にみた適用の有無
従来型施設のユニット化改修に伴う
特養職員のストレス反応の変化
―改修前と改修 3 ヶ月後の比較―
杉 山 匡 ・ 児 玉 桂 子
Differences in the stress response of nursing home staff
by improvement in environment of conventional institution
for introducing unit care.
―A comparison of before the improvement
with three months later.―
Tadashi Sugiyama ・ Keiko Kodama
Abstract: The purpose of this study was to examine the influence on stress response of nursing
home staff by introduce unit care system and compare their stress response with other attribution.
Before and three months after the improvement in institutional environment of conventional nursing
home for introducing unit care, 26 staffs’stress response was measured. The results indicate that
their stress response of after improvement was not significantly lower or partially higher than before
improvement. In consideration of preceding studies, theses results suggest that three months after the
improvement was the timing when the stress response of staff had not changed significantly yet.
In addition, the results of comparison of their stress response with other attribution indicate that
physical stress response of staff was significantly higher than the other attribution. Therefore, nursing
home staff requires appropriate copings immediately.
Key Words: unit care, nursing home staff, stress response
本研究は、特別養護老人ホームでのユニットケア導入が、施設で働く職員のストレス反応
に与える影響について検討することを主目的とした。また、職員のストレス反応を他種職業
労働者などの他属性と比較することを目的とした。
従来型特別養護老人ホームにおいて実施されたユニットケア導入のための施設改修前およ
び改修 3 か月後に、26 名の職員のストレス反応を測定した。その結果、施設改修に伴い特
養職員のストレス反応は低下していないか、部分的には上昇していた。先行研究の結果を考
慮すると、ユニットケア導入から 3 か月という時期は、特養職員のストレス反応に大きな変
化を生じさせる時期ではないと考えられた。また、特養職員のストレス反応を他属性の標準
得点と比較した結果、身体的ストレス反応の一部で職員のストレス反応が有意に高く、適切
な対処を迅速に行う必要があると考えられた。
キーワード : ユニットケア、特養職員、ストレス反応
― 99 ―
Ⅰ 研究背景
1.介護職員のストレス反応
特別養護老人ホーム等で働く介護職員の離職率の高さは、近年では広く社会問題としてとら
えられるまでに至っている。この原因として、夜勤時の不安、仕事内容に対する賃金の低さな
ど、介護職員に特有の身体的・精神的ストレス反応の存在が指摘されている 1)。
介護職員のストレスに関する多くの研究では、介護職員に特有なストレッサーを特定し、そ
れらに対する反応の強度を確認することがひとつの目的とされている。このため、これらの研
究で使用されるストレス尺度の質問項目は、介護職員に特有のストレスに注目した内容を中心
として構成されており、必然的にこれらの尺度の適用対象は介護職員に限定される。これまで
に行われてきた多くのストレス研究で使用されたストレス尺度のほとんどは、適用対象の職業
等の立場や年齢などを極めて狭い範囲に限定している 2)。これは、介護職員を対象としたスト
レス研究と同様に、属性に特有のストレスを的確にとらえることが目的とされるためであると
考えられる。
介護職員のストレスに関する特徴は、研究で使用するストレス尺度の適用範囲を介護職員に
限定することで明確にされているが、一方で、他属性との客観的な比較を行った研究はほとん
ど存在しない。介護職員のストレス反応の強度を他属性のそれと比較することで、介護職員の
ストレス反応への対処の緊急性の高さを客観的に示すことができるものと考えられる。しかし、
上記のような介護職員用のストレス尺度は他属性に対して使用することができず、同一尺度を
用いた属性間のデータ比較を実現することができない。属性間でのストレス反応を比較するた
めには、属性の幅広さと莫大なサンプルから得られたデータに基づく標準化が行われた、適用
対象の汎用性の高いストレス反応尺度を使用することが求められる。
2.特別養護老人ホームにおけるケアシステムの変化
2000 年の介護保険制度の導入以降、特別養護老人ホームでの高齢者ケアシステムも制度の
利用を前提として変化している。その中で、入居者の施設での生活を自宅での日常生活に可能
な限り近づけることが次第に重視されるようになった。長年に渡り特別養護老人ホームで行わ
れていた従来型ケアシステムでは、入居者の生活空間は4人部屋が一般的であった。しかし、
近年では入居者のプライバシーがより重視され、個室・ユニット型のケアシステムが推奨さ
れるようになった。2003 年に厚生労働省 3) は、今後整備する特別養護老人ホームについては、
全室個室・ユニットケアを原則とする方針を示した。これ以降、既存の施設においても施設改
修が行われ、ユニット型のケアシステムが広がりを見せている。
従来型からユニット型へのケアシステムの移行は、今後も続くものと考えられる。こうした
施設環境の整備は、入居する高齢者の生活環境に対する配慮を主目的としたものである。一方
で、施設で働く介護職員にもケアシステムの変化に伴う適応が求められ、身体的・精神的反応
の変化が予想される。こうした変化に関する研究では、ケアシステムの変化に伴うポジティブ
な反応の増加が主として報告されている。田辺・足立・田中・大久保・松原 4) は、ユニットケ
― 100 ―
アの導入後に、
バーンアウトの一要因である
「情緒的消耗感」の低下傾向を確認している。また、
介護職員に特有なストレッサーの内、
「職務の方針や権限に関する問題」と「仕事自体の問題」
の有意な減少が確認されている。鈴木 5) は、従来型からユニット型ケアへの移行前後の介護職
員の精神的健康状態を比較している。その結果、介護職員の「情緒的消耗感」は、移行前と比
べ移行9か月後に有意に低下することが確認された。児玉・原田・潮谷・足立・下垣 6) は、特
別養護老人ホームにおける認知症高齢者への環境配慮の必要性と実施度に関する介護職員らの
認識について調査している。その結果、介護職員が環境配慮の必要性を高く感じながら実施度
が低い場合に、介護職員のストレス反応が高くなることを示している。このことから、田辺他 4)
や鈴木 5) における介護職員の「情緒的消耗感」の低下は、施設に入居する高齢者への環境配慮
が実現されたことを介護職員らが感じている結果であると考えることができる。
上述の通り、特別養護老人ホームでのユニットケア導入は、入居高齢者の生活に対する配慮
を主目的としたものである。しかし、ユニットケアの導入によって施設で働く介護職員への負
担が増大してしまうことは問題であり、導入後にストレス反応が低下し、その水準が他種職業
労働者に近づくことが理想的である。上記の研究例では、ユニットケアの導入が介護職員にも
ポジティブな影響を及ぼしていると考えられるが、介護職員の反応をバーンアウトに関する尺
度でとらえている。職務内容等から、介護職員のバーンアウト傾向が高いことは容易に推測さ
れ、この傾向をとらえることは極めて有意義であると考えられる。一方で、身体的・精神的ス
トレス反応について他種職業労働者との比較を前提とする場合には、バーンアウト傾向に限ら
ずストレス反応をより幅広く総合的にとらえる必要がある。
3.目的
本研究は、特別養護老人ホームでのユニットケア導入が、施設で働く職員のストレス反応に
どのような影響を与えるのかについて検討することを主目的とした。また、職員のストレス反
応は、他種職業労働者などの他属性と比べどのように異なっているのかを同時に検討すること
を目的とした。
Ⅱ 方法
1.調査対象
東京都内にある特別養護老人ホーム M は 1995 年に開設され、従来型ケアシステムが実施さ
れていた。2003 年度以降、外部有識者と施設スタッフがミーティングを繰り返し、「寄り添う
ケア」を目標とした取り組みを行うことが決定した。ユニットケアの導入に向けた施設環境整
備の必要性が検討され、従来の集団処遇型のフロア構造を3つのユニットに分割し、食堂お
よびデイルーム機能を持ったリビングをユニットごとに設ける改修工事を実施することとなっ
た。なお、居室については従来の個室・2人室・4人室の構成が維持された。2007 年7月に
施設改修工事が開始され、一部追加工事等を除き工事が終了したのは同年 12 月であった 7)。
本研究では、特別養護老人ホーム M で働く職員のうち施設改修前後の両方で了解が得られ
― 101 ―
た 26 名(男性7名、女性 19 名、第1回調査時平均年齢 34.32 ± 10.80 歳)を調査対象とした。
調査対象者の内 20 名は介護員、3名は看護師であり、その他機能訓練指導員、栄養士、相談
員が各1名含まれていた。本研究で調査対象とした施設では、介護員以外の職員も介護員と同
様に入居高齢者と深く関わる勤務形態をとっていた。また、調査対象者の内4名は非常勤の職
員であったが、彼らの勤務時間等は、ほぼ常勤職員と変わらない内容であった。研究対象施設
の職員の勤務形態等を十分に考慮し、同一グループとしてデータを扱うことが可能であると考
えられた職員のみを、本研究の調査対象者とした。調査対象者の介護現場経験年月数の平均値
は、66.48 ± 48.12 か月であった。
なお、調査対象者には回答しなくとも不利益はこうむらないことや途中での脱退が自由であ
ること、調査データは匿名化するなど研究倫理に十分配慮することを文章で説明し、同意を得
た。
2.調査時期
施設改修前の特養職員らのストレス反応を測定するために、2007 年6月に第1回の調査
を実施した。また、施設改修後の特養職員らのストレス反応は、工事終了から約3か月後の
2008 年3月に測定した。先行研究との結果比較を考慮すると、より長期的な継続調査が必要
であると考えられた。しかし、調査対象施設に新施設棟が設置され、職員の配置転換が行われ
たため、同一集団を対象とした調査を継続することができなかった。
3.調査内容
本研究では、特養職員らのストレス反応を測定するため、PHRF ストレスチェックリスト・
ショートフォーム(以下、PHRF-SCL(SF)
)8) を使用した。既存のストレス反応尺度の多くは
適用対象が限定的であるのに対し、PHRF-SCL(SF)は3万人以上の成人健常者に対するデー
タ収集に基づく標準得点が年齢別に算出されており、一般勤労成人を広く適用対象としている。
「不安・重責感」
、
「身体症状」
、
「自律神経系不調和」、「疲弊・うつ」の4因子について、24 の
質問項目で測定する。各質問項目に対する回答は、「ない」、「時々ある」、「よくある」の3件
法で求めた。
Ⅲ 結果
1.施設改修に伴う特養職員のストレス反応の変化
施設改修前後の PHRF-SCL(SF)の各質問項目に対する特養職員らの回答結果について、
「な
い」を0点、
「時々ある」を1点、
「よくある」を2点とし、質問項目ごとに平均得点と標準偏
差を算出した。尺度に含まれる全質問項目は上記の4つの下位尺度のいずれかに属しており、
各下位尺度に属する質問項目に対する得点を合計し、これを下位尺度得点とした(表1)。各
調査対象者の下位尺度得点は、各下位尺度に属する質問項目のすべてに対する回答を得られた
場合にのみ算出し、1項目でも未回答の質問項目が含まれた下位尺度の得点は欠損値とした。
― 102 ―
施設改修前後で、施設で働く職員のストレス反応がどのように変化するのかについて検討す
るため、PHRF-SCL(SF)に対する特養職員らの回答を施設改修前後で比較した。
各下位尺度得点についての施設改修前後での比較では、施設改修前後の両調査で下位尺度
得点の算出対象となった調査対象者のデータのみを分析対象とした。「不安・重責感」につい
て施設改修前後の下位尺度得点を t 検定を用いて比較した結果、条件間に有意差は認められな
かった (t (22)=1.27, n.s. )。
「身体症状」について施設改修前後の下位尺度得点を t 検定を用いて
比較した結果、条件間に有意差は認められなかった (t (22)=0.54, n.s. )。「自律神経系不調和」に
ついて施設改修前後の下位尺度得点を t 検定を用いて比較した結果、条件間に有意差は認めら
れなかった (t (24)=0.13, n.s. )。
「疲弊・うつ」について施設改修前後の下位尺度得点を t 検定を
用いて比較した結果、条件間に有意差は認められなかった (t (21)=1.61, n.s. )。
特養職員らの回答から求めた施設改修前後の質問項目ごとの得点を Wilcoxon の符号付順位
和検定を用いて比較した結果、2つの質問項目で有意差が認められた(図1、2)。「物事を
積極的にこなせない」に対する回答の平均得点は、施設改修前が .44(SD=.58) 点、施設改修後
は .80(SD=.71) 点であった。両者について Wilcoxon の符号付順位和検定による比較を行ったと
ころ、施設改修後の得点が施設改修前よりも有意に高かった (p <.05)。「どこでも、気心のあわ
ない人がいて困ることがある」に対する回答の平均得点は、施設改修前が .44(SD=.58) 点、施
設改修後は .80(SD=.71) 点であった。Wilcoxon の符号付順位和検定を用いて施設改修前後の得
表 1 施設改修前後のPHRF-SCL(SF)の各下位尺度得点
平均値
標準偏差
不安・重責感
改修前 改修後
3.78
4.64
2.35
3.51
0.9
身体症状
改修前 改修後
6.52
6.08
3.12
3.35
0.9
*
0.8
自律神経系不調和
改修前 改修後
1.52
1.62
1.58
1.58
*
0.8
点 0.3
点 0.3
0.1
0.1
( )
0.7
項 0.6
目
0.5
得
点 0.4
( )
0.7
項 0.6
目
0.5
得
点 0.4
疲弊・うつ
改修前 改修後
4.35
4.96
2.66
3.24
単位:点
0.2
0.2
0.0
0.0
施設改修前
施設改修後
*p<.05
図 1 「物事を積極的にこなせな い」への
施設改修前後の反応
施設改修前
施設改修後
*p<.05
図 2 「どこでも、気心のあわない人がいて
困ることがある」への施設改修前後
の反応
― 103 ―
点を比較した結果、施設改修前よりも施設改修後の得点が有意に高かった (p <.05)。その他の
質問項目の得点については、施設改修前後で有意差は認められなかった。
2.特養職員と他属性でのストレス反応の比較
本研究でストレス反応の測定に用いた PHRF-SCL(SF)には、年齢別・性別の標準得点が下
位尺度ごとに示されている 9)。この標準得点は成人健常者のデータに基づき算出されたもので
あり、本研究で得られた特養職員らのストレス反応をこれと比較することで、客観的データと
して介護関連職とストレス反応の関係を示すことができると考えた。
PHRF-SCL(SF)では、4段階の年齢層別および性別の計8カテゴリーに成人健常者を区分
し、各下位尺度についてカテゴリーごとの標準得点が算出されている。本研究で得られたデー
タについても、標準得点の算出方法に従い8つのカテゴリーに調査対象者を区分し、各々につ
いて比較を行うことが望ましいと考えられた。しかし、区分を行うことで各カテゴリーに含ま
れる調査対象者数が極めて少なくなり、客観的分析を行うことが困難になる。そこで本研究
では、PHRF-SCL(SF)の8カテゴリーの標準得点の平均値を下位尺度ごとに算出し(表2)、
全調査対象者の施設改修前後の下位尺度得点(表1)と比較した(図3~ 10)。
PHRF-SCL(SF)の「不安・重責感」の下位尺度得点について標準得点の平均値と施設改修
前の値を Welch 法による t 検定を用いて比較した結果、特養職員らの下位尺度得点の平均値が
標準得点よりも有意に高い傾向が認められた (t (22.04)=1.74, p <.10)。標準得点の平均値と施設
表 2 PHRF-SCL(SF)の各下位尺度の標準得点
平均値
標準偏差
点
5.0
4.5
4.0
3.5
3.0
2.5
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
身体症状
4.76
2.98
自律神経系不調和
2.25
2.20
†
下
位
尺
度
得
点
疲弊・うつ
3.55
2.55
単位:点
*
5.0
4.5
4.0
3.5
3.0
2.5
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
( )
( )
下
位
尺
度
得
点
不安・重責感
2.91
2.59
点
標準得点
施設改修前
†p<.10
図 3 「不安・重責感」の標準得点と施設
改修前の得点の比較
標準得点
施設改修後
*p<.05
図 4 「不安・重責感」の標準得点と施設
改修後の得点の比較
― 104 ―
*
7.0
6.0
下
位
尺
度
得
点
6.0
2.0
下
位
尺
度
得
点
1.0
点 1.0
5.0
4.0
3.0
5.0
4.0
3.0
( )
( )
点
†
7.0
2.0
0.0
0.0
標準得点
施設改修前
*p<.05
図 5 「身体症状」の標準得点と施設改修
前の得点の比較
標準得点
†p<.10
図 6 「身体症状」の標準得点と施設改修
後の得点の比較
*
2.5
施設改修後
†
2.5
2.0
2.0
下
位
尺 1.5
度
得 1.0
点
点 0.5
点 0.5
( )
( )
下
位
尺 1.5
度
得 1.0
点
0.0
0.0
標準得点
施設改修前
*p<.05
図 7 「自律神経系不調和」の標準得点と
施設改修前の得点の比較
標準得点
施設改修後
†p<.10
図 8 「自律神経系不調和」の標準得点と
施設改修後の得点の比較
6.0
*
6.0
5.0
5.0
下
位 4.0
尺
度 3.0
得
点 2.0
点 1.0
点 1.0
( )
( )
下
位 4.0
尺
度 3.0
得
点 2.0
0.0
0.0
標準得点
施設改修前
標準得点
図 9 「疲弊・うつ」の標準得点と施設改修
前の得点の比較
施設改修後
*p<.05
図 10 「疲弊・うつ」の標準得点と施設改
修後の得点の比較
― 105 ―
改修後の値を Welch 法による t 検定を用いて比較した結果、特養職員らの下位尺度得点の平均
値が標準得点よりも有意に高かった (t (24.02)=2.42, p <.05)。
PHRF-SCL(SF)の「身体症状」の下位尺度得点について標準得点の平均値と施設改修前
の値を Welch 法による t 検定を用いて比較した結果、特養職員らの下位尺度得点の平均値が
標準得点よりも有意に高かった (t (22.03)=2.65, p <.05)。標準得点の平均値と施設改修後の値を
Welch 法による t 検定を用いて比較した結果、特養職員らの下位尺度得点の平均値が標準得点
よりも有意に高い傾向が認められた (t (25.03)=1.97, p <.10)。
PHRF-SCL(SF)の「自律神経系不調和」の下位尺度得点について標準得点の平均値と施設
改修前の値を Welch 法による t 検定を用いて比較した結果、特養職員らの下位尺度得点の平均
値は標準得点よりも有意に低かった (t (24.07)=2.26, p <.05)。標準得点の平均値と施設改修後の
値を Welch 法による t 検定を用いて比較した結果、特養職員らの下位尺度得点の平均値が標準
得点よりも有意に低い傾向が認められた (t (25.08)=2.01, p <.10)。
PHRF-SCL(SF)の「疲弊・うつ」の下位尺度得点について標準得点の平均値と施設改修
前の値を Welch 法による t 検定を用いて比較した結果、条件間に有意差は認められなかった
(t (22.03)=1.40, n.s. )。標準得点の平均値と施設改修後の値を Welch 法による t 検定を用いて比較
した結果、特養職員らの下位尺度得点の平均値が標準得点よりも有意に高かった (t (23.02)=2.08,
p <.05)。
Ⅳ 考察
本研究は、特別養護老人ホームでの従来型ケアシステムからユニットケアへの変化が、施設
で働く職員らのストレス反応にどのような影響を与えるのかについて検討することを目的とし
た。ユニットケア導入のための施設改修工事の前後に、施設で働く職員らのストレス反応を測
定した。
その結果、ストレス反応の測定のために使用した PHRF-SCL(SF)の持つ4つの下位尺度に
対する反応は、いずれも施設改修前後で有意差が認められなかった。また、個々の質問項目に
対する反応は、2項目で施設改修後の有意な得点の上昇が確認された(図1、2)。先行研究 4)5)
では、ユニットケア導入に伴う介護職員のストレス反応は、バーンアウトに関連する要因につ
いて主としてポジティブな変化を示すことが確認されていた。これに対し、本研究の結果は、
施設改修に伴い特養職員のストレス反応は低下していないか、部分的には上昇していたことを
示していた。
この結果は、施設改修を伴うユニットケア導入は、本研究で調査対象となった施設で働く特
養職員にとって、ストレス反応を低下させる効果を持つものではなかったことを示唆するもの
であった。しかし、施設改修後の調査実施時期について、十分に留意する必要がある。介護関
連施設で働く職員にとって、ケアシステムの変更に伴う仕事内容の変化は、大きな身体的・精
神的負担を強いるものであると考えられる。従って新システム導入直後には、システムの変更
内容を問わず、強いストレス反応が経験されるものと予測される。本研究では、施設改修後の
― 106 ―
特養職員らのストレス反応の測定を、ユニットケア導入のための工事終了から約3か月後に実
施した。施設改修後の調査実施時期までに、新システムに対する十分な「慣れ」が特養職員ら
に形成されていなかったのであれば、本研究の結果は、ケアシステムの変更に伴う一時的なス
トレス反応を反映しているとみなす必要がある。
鈴木 5) は、特別養護老人ホームにおいて、ユニットケア導入前と比較し、導入3か月後に介
護職員らのバーンアウト得点が一旦上昇し、導入9か月後に情緒的消耗感が有意に低下したこ
とを示している。従来型からユニット型ケアシステムへの移行に要する期間、施設改修工事の
規模、施設に入居する高齢者の要介護度、各ユニットを担当する介護職員数など、様々な要因
によって、
新しいケアシステムへの介護職員の馴化速度は大きく異なるものと考えられる。従っ
て、異なる施設におけるユニットケア導入過程を単純に比較することは困難であるが、鈴木 5)
の結果と同様に、本研究の結果もユニットケア導入から3か月という時期が、特養職員のスト
レス反応に大きな変化を生じさせる時期でないことを示唆していると考えることができる。本
研究では、調査対象施設での職員の配置転換に伴い、ユニットケア導入後の特養職員らのスト
レス反応の測定を一度しか実施することができなかった。しかし、特別養護老人ホームでのユ
ニットケア導入による職員のストレス反応への影響は、より長期的な継続調査の結果から判断
する必要があると考えられる。
本研究では、2種類の異なるケアシステムが引き起こすと想定される、特養職員のストレス
反応の違いのみを研究対象とし、新システム導入から3か月の時点では違いが生じないことが
示唆された。ストレスプロセス 10) を考慮すると、介護関連施設で働く職員のストレス反応は、
ケアシステムと一対の関係にあるのではなく、彼らがケアシステムをどのように評価するかに
よって変化する。従って、ユニットケア導入後の長期的な経過観察過程には、職員の認知的評
価傾向がどのように変化するのかにも合わせて注目する必要があるものと考えられる。
ユニットケア導入前後の特養職員のストレス反応の変化とともに、本研究では、特養職員の
ストレス反応が、他種職業労働者などの他属性と比べどのように異なっているのかを同時に検
討した。PHRF-SCL(SF)の標準得点の平均値を下位尺度ごとに算出し、全調査対象者の施設
改修前後の下位尺度得点と比較した結果、特養職員のストレス反応が標準得点よりも有意に高
いケースが多数確認された。
PHRF-SCL(SF)の4つの下位尺度のうち、精神的ストレス反応と関係する「不安・重責感」
では、特養職員らの施設改修前の反応が標準得点よりも有意に強い傾向が認められ、施設改修
後の反応は標準得点よりも有意に強いことが確認された。この結果より、「不安・重責感」に
対する反応は、他属性よりも介護関連施設で働く職員で強くなる可能性が高いものと判断する
ことができる。介護労働安定センターによる調査 1) で介護職員に特有の身体的・精神的ストレ
ス反応として指摘された、夜勤時の不安などを反映した結果であるものと考えられる。同じく
精神的ストレス反応と関係する下位尺度である「疲弊・うつ」では、特養職員らの施設改修前
の反応と標準得点の間に有意差は認められなかった。しかし、施設改修後の反応は標準得点よ
りも有意に強いことが確認された。特養職員らの施設改修前後の下位尺度得点(表1)の差は
有意ではないため、
「疲弊・うつ」に対する反応が、他属性よりも介護関連施設で働く職員で
― 107 ―
強くなると断定することは避け、可能性の考慮にとどめるべきであると考えられる。
我々人間がストレッサーに直面すると、外部刺激に対する抵抗水準は一時的に低下する。こ
れは、ストレッサーへの抵抗の準備が整っていないためであり、準備が整い次第抵抗水準は回
復する。その後、ストレッサーが除去されないままの状態が継続された場合、我々は抵抗水準
を平常時よりも高めることで安定した状態を保つ。しかし、この状態が一定期間持続したにも
関わらずなおもストレッサーにさらされ続けた場合には、抵抗水準は低下の一途をたどり、や
がてストレス関連疾患の発症に至る。この一連の過程は汎適応症候群 11) と呼ばれ、ストレス
反応が身体症状として表出される場合、最終段階である疲弊期に位置している可能性が懸念さ
れる。PHRF-SCL(SF)の「身体症状」では、施設改修前の特養職員らの反応は標準得点より
も有意に強く、施設改修後の反応は標準得点よりも有意に強い傾向が示された。本研究の結果
から、この下位尺度に対する介護関連施設で働く職員の反応が他属性よりも有意に強い可能性
が高く、早急な対処が必要であると考えられる。
一方「自律神経系不調和」では、施設改修前の特養職員らの反応が標準得点よりも有意に弱
く、施設改修後の反応は標準得点よりも有意に弱い傾向を示した。この下位尺度に対する反応
が、介護関連施設で働く職員では標準得点を下回る可能性が高いものと考えられる。同じ身体
的ストレス反応に関する下位尺度である「身体症状」に対する反応とは、異なる方向の結果で
あると判断することができる。
介護関連施設で働く職員に求められる職務内容が引き起こすストレス反応は、精神的ストレ
ス反応については、他属性と比較して強くなる可能性があると考えられるものの、断定するこ
とは避けるべきであると考えられる。一方で、身体的ストレス反応については、筋疲労や関節
疲労などの症状は他属性よりも有意に強く引き起こされており、適切な対処が必要であると考
えられる。
介護関連施設で働く職員と他属性のストレス反応の差異に関するこれらの結果は、本研究で
調査対象とした施設で働く職員に限定される可能性も否定できない。サンプル数を増やしよ
り客観的な分析を行う必要があるものと考えられる。なお、PHRF-SCL(SF)の標準得点算出
時の調査対象者と、本研究で調査対象となった特養職員らを比較した場合、両集団を構成する
男女比が異なっていた。このため、本研究で調査対象とした特養職員らを性別により区分し、
各々について標準得点との比較を行うことが望ましいと考えられた。しかし、調査対象者数の
少なさから、区分が分析の客観性を低下させる可能性があり、これを断念した。本研究の結果
の解釈は、この点を考慮して行う必要があるものと考えられる。また、ストレッサーに対する
認知的評価に基づき対処方略が選択され、その結果としてストレス反応が喚起される。ストレ
ス反応に関する客観的分析とともに、どのような認知的評価傾向や対処方略の選択傾向を持つ
職員が強いストレス反応を示すのかについて分析することによって、介護職員のストレス反応
を軽減させる方略を検討することが可能になるものと考えられる。介護職員にとっての主なス
トレッサーは、責任の重さ、賃金の低さ、勤務体制の問題などであるが、これらを除去するこ
とは容易ではない。介護職員が直面するストレッサーが、同一の内容・水準であっても、認知
的評価傾向や対処方略の選択傾向の違いでストレス反応に変化が起こる。本研究では、特養職
― 108 ―
員に「不安・重責感」や「身体症状」に関するストレス反応が強く表れることが示唆されたが、
ストレッサーの直接的除去が困難である現状では、これを軽減させる手段を、認知的評価傾向
や対処方略の選択傾向に求める必要があると考えられる。
引用文献
1)介護労働安定センター (2004).介護労働者のストレスに関する調査報告書.
2)杉山匡・児玉昌久 (2010).パブリックヘルスリサーチセンター (PHRF) 版ストレス認知的
評価尺度およびコーピング尺度の開発 ストレス科学研究、25、46-58.
3)厚生労働省 (2003).全国介護保険担当課長会議資料、5、介護基盤整備等について.
4)田辺毅彦・足立啓・田中千歳・大久保幸積・松原茂樹 (2005).特別養護老人ホームにおけ
るユニットケア環境移行が介護スタッフの心身に与える影響 ―バーンアウトとストレス対
処調査― 日本認知症ケア学会誌、4(1) 、17-23.
5)鈴木聖子 (2005).ユニット型特別養護老人ホームにおけるケアスタッフの適応過程 老年
社会科学、26(4)、401-411.
6)児玉桂子・原田奈津子・潮谷有二・足立啓・下垣光 (2002).痴呆性高齢者への環境配慮が
特別養護老人ホームスタッフのストレス反応に及ぼす影響 介護福祉学、9(1)、59-70.
7)児玉桂子・古賀誉章・沼田恭子・大久保陽子 (2009).従来型特養のユニット化改修支援プ
ログラム-マザアス東久留米での試み- 地域ケアリング、11(14)、10-19.
8)今津芳恵・上田雅夫・坂野雄二・村上正人・児玉昌久・長澤立志 (2004).PHRF ストレスチェッ
クリスト・ショートフォームの作成 ストレス科学研究、19、18-24.
9)青木和夫・長田久雄・児玉昌久・小杉正太郎・坂野雄二(編)(2004).ストレススケール
ガイドブック、実務教育出版、419-421.
10)Lazarus, R.S. & Folkman, S. (1984). Stress, appraisal, and coping. New York : Springer Publishing
Company.
11)Selye, H. (1936). A syndrome produced by diverse nocuous agents. Nature , 138, 32.
注)本研究は、平成 21 年度共同研究「認知症高齢者に配慮した施設環境づくり支援プログラ
ムの全国レベルでの普及を目的とした実践研究」の一環であり、古賀誉章・沼田恭子との共
同研究の一部である。
― 109 ―
生活保護における心理教育アプローチの
有効性とその導入・実施への示唆
高 橋 浩 介 ・ 大 島 巌
Effectiveness of psycho-education for people using
Supplemental Security Income program, and possibilities to
systematically introduce its approaches in Japan
Kosuke Takahashi ・ Iwao Oshima
生活保護制度の運用においては自立支援のあり方が課題とされている。生活保護自立支援
プログラムが平成 17 年からスタートし、徐々に全国で策定・実施が行われ、早期自立が課
題として取り上げられている。早期自立のためには開始時から自立支援をスタートすべきで
ある。しかしこれまで実施機関は開始時点において「生活保護のしおり」等での情報提供が
所得保障に偏りがちであった。このような現状に対して、本研究は、生活保護での自立支援
を行うために、心理教育アプローチを応用して生活保護サービスの中に取り入れ、事例分析
を通じてその有効性を明らかにする。その上で、自立に対して効果的な心理教育アプローチ
の手続きを明確にし、体系的な実施・導入に向けた可能性を検討する。研究の対象者は、平
成 1X 年度に A 市 B 地区公的扶助実施機関で著者の一人(KT)が担当した約 90 例のうち心
理教育を提供した 13 例である。提供した心理教育は、生活保護の法解釈と、制度上の特徴
と課題に関する情報提供と、情報提供に必要なメタファーや仮説モデルの提示という支援技
法からなる。
心理教育開始前の平成 1X-1 年度には KT 担当例のうち生活保護の利用終結になったのは
1 例だったが、平成 1X 年度は 10 例に増加した。生活保護の法解釈と制度上の特徴と課題に
関する情報提供は全例に提供した。情報提供のための支援技法は 13 要素からなるが、使用
頻度の多い技法はメリットの具体化、生活保護の悪循環の提示に代表される面接の構造に大
きく関わる技法で、使用頻度の低いものは気づきの活性化やワーカーへの否定的認識による
申請拒否防止など面接をより効果的なものへと運ぶための技法であった。個別利用者ごとに
その人の状況に応じて組み合わせの異なる支援を提供していた。以上に基づき、生活保護利
用者に対する心理教育アプローチの有効性と効果をもたらす支援方法について検討を加え、
心理教育アプローチを生活保護サービスに体系的に実施・導入する可能性について考察した。
キーワード:心理教育、生活保護、予防教育、自立支援
Key Words: psycho-educational intervention , Japanese Supplemental Security Income, preventive
education, independence support
― 111 ―
Ⅰ.はじめに
近年の深刻な不況の長期化に伴い、生活保護受給世帯の増加が社会保障給付費の増大をもた
らし、公的な財政支出に対する社会的関心が高まっている。これに対して、現行の福祉制度が
就労・自立意欲を逆に阻害するという指摘もされるようになった(藤原ら,2007)。このよう
な指摘からも早期自立が重要であることは明らかである。しかし、公的扶助実施機関は開始時
の情報提供が所得保障に偏りがちである。
改めて言うまでもなく、貧困への対応はソーシャルワークの重大な課題である。「生活を生
活保護で守りながら福祉依存を克服し、生活の再建をめざす自立支援のあり方が課題」(杉村,
2003)であるにもかかわらず、生活保護に従事する支援者の多くは早期自立支援の方法はおろ
か、ソーシャル ・ ケースワークの基礎的な理論の獲得や訓練の機会も与えられずに仕事に従事
することを余儀なくされている。生活保護業務に従事するケースワーカーの 23.8% は現業経
験が 1 年未満の人たちから構成されるという厳しい状況もある(厚生労働省,2003)。
生活保護における自立支援の方法論が明確になっていない中、従来の生活保護利用者へのア
プローチは「仕事はどうしましたか」などの指示的アプローチや、「大変でしたね」などねぎ
らいのことば掛けを中心とした保護的アプローチに終始せざるを得ない。このような現状に対
し生活保護ケースワークの教育的機能については白沢久一(1997)が被扶助者の権利主張が自
立の助長を促すとして論じたが、具体的な言葉かけの方法にまでは言及しておらず、心理学的
アプローチについては竹中哲夫(1968)が「心理主義ケースワーク」について登校拒否児の心
理治療において論じているものの、組織・制度とのマッチングについて課題が残っている。こ
れに対して、心理教育は「精神障害やエイズなど受容しにくい問題を持つ人たちに(対象)正
しい知識と情報を心理面への十分な配慮をしながら伝え(方法1)病気や障害の結果もたらさ
れる諸問題・諸困難に対する対処方法を習得してもらうことによって(方法 2)主体的な療養
生活を営めるよう援助する技法(目的)
」
(大島ら ,2009)と定義される。生活保護分野に応用
された本研究における心理教育は、この定義における対象と方法 1 があてはまる。つまり生活
保護利用という受容しにくい問題を持つ人たちに正しい知識と情報を心理面への十分な配慮を
しながら伝えることを指す。この方法はこれまで生活保護行政が目指してきた「人間の尊厳を
守るものとしての最低生活の保障、疾病の治療、自立への意欲の増進により、対象者の社会生
活への適応を図るという法の基本理念」
(厚生省社会援護局保護課 ,1993)と通ずるものである
と考える。
そこで、本研究では、自立支援に心理教育を応用して生活保護サービスの中に取り入れ、事
例分析を通じてその有効性を明らかにする。
その上で、自立に対して効果的な心理教育アプロー
チの実施要素と実施手続きを明確にし、生活保護サービスの中での体系的な実施・導入に向け
た可能性を検討する。
― 112 ―
Ⅱ.方法
1.対象
対象者は、A 市 B 地区の生活保護実施機関で著者の一人(KT)が平成1X 年度に担当した
約 90 例のうち、当該年度1年間に生活保護受給を開始した 12 例中 10 例と、その年度迄に複
数年生活保護を受給していたが、
アセスメントの段階でサバイバルクエスチョン(後述(1)①)
に答えることができた3例(いずれも母子世帯)を加えた計 13 例である。精神科の既往歴が
ある人、もしくは精神科通院が適当とアセスメントされた人2例を除いている。上下関係では
なく並行関係をつくる最大限の配慮をした後、研究への同意を得た。また、著者 KT の所属福
祉事務所の上司に対し正しい知識と情報を心理面への十分な配慮をしながら伝えることを報告
し同意を得た。
心理教育を導入する最も効果的な時期は生活保護開始時と想定し対象とした。ここで開始時
というのは生活保護の経験の無い人がなんらかの理由で生活保護を開始した時点のことであ
る。
全員に対して、一律に心理教育を提供することは避けた。見立てをし、その見立てに基づい
て心理教育をするかどうかを判断した。なぜなら、精神疾患を患っていたり緊急度が高い人た
ちにとって、
心理教育の情報提供がかえって認知のゆがみを引き起こし、ケースワーカー(CW)
との関係を悪化させかねないからである。
そのためケースワークの原則、ケアマネージメントのプロセスを踏まえた上で心理教育を導
入した。
2. 本研究で実施した心理教育アプローチ
本研究の心理教育アプローチがめざしたものは、対象者の認識論的枠組みの拡大である。
これにより、早期自立の困難さという制度上の問題点に巻き込まれることを最小限に抑え、
対象者のおかれた状況によらず健康的に暮らし、個々人の力を最大限に伸ばすことはできる。
取り入れた心理教育アプローチでは、そのために必要な情報を的確に伝え、個々人にマッチし
た課題への取り組みを編み出すよう働きかけた。
必要な情報はただ単に提供するのではなく、当事者の認識論的枠組みの拡大のために改善の
モデルやメタファー(暗喩)
・成功事例の体験談などを適切に時期に応じて語りかけるという、
その語り掛け方に配慮した。また集団での心理教育も有効だが、本研究では個別面接で行った。
心理教育で提供した主な情報は2つある。
1つは、生活保護の法解釈である。すなわち、「生活保護サービスは生活保護法という法律
を背景に行われる。生活保護法は憲法第 25 条の生存権を具現化するために作られた法律であ
る。つまり、生活保護サービスの目的は『健康で文化的な最低限度の生活を保障する』ことで
ある。この生存権を国民が主張したとき、国はその主張の真偽を確かめた上で保障を行うこと
が国の義務である」
。このような説明を、心理教育セッションの中で行い、生活保護の受給が
恥ではなく権利の行使であることを理解してもらう。
― 113 ―
もう1つは、生活保護の制度上の特徴と課題についてである。生活保護は金銭給付という形
態上、利用に際しての選択肢が無限にある。サービス提供が無限の選択肢を通過する点が生命
維持に関する警察・消防・医療などの他のサービスと大きく異なる。無限の選択肢は利用者に
大きな責任を生じさせる。また、
生活保護の開始時にほとんどの方が自立を望んで開始するが、
自立する方は非常に少ない。サービス利用者はこうしたサービスの負の側面を踏まえた上で契
約を結ぶことによって利用者自身の課題に集中してもらうわけである。
この二つを、次項で述べる支援技法である仮説モデル・メタファーなどを使いながら、利用者
本人が十分納得できるように説明した。
そのプロセスの進行はあくまで利用者中心であり、ペー
スを決める指揮者のような役割を利用者は担うことになる。支援者は半歩下がった形で利用者
の理解を確認していく態度が必要になる
3.心理教育アプローチで使用した支援技法
(1)利用者との関係調整
心理教育アプローチの基盤となる。公的機関の支援者と利用者は社会・文化に根ざした偏見
によって多かれ少なかれ生活保護に対してネガティヴなイメージを持たざるを得ない。その偏
見によって公的機関と利用者は上下関係になりがちである。よほど細心の注意を払っていかな
いとあっという間に上下関係の対話が始まる。本来の法の元の平等関係を保つにはいくつかの
工夫が必要になってくる。それらの工夫を駆使し、平等関係を保とうとする取り組みをする。
目的は平等関係を志向するチームとしてお互いを認識・同意することである。あまりに上下
関係を前提とした対話が横行しているため、平等関係を保つことは大変な努力を要する。カウ
ンターの隣で、待合室で、上下関係を前提とした対話を聞き、上下関係に流されず、平等関係
を保つことは目的として現実的ではない。しかし、上下関係に何回流されても、それでも平等
関係を志向していくことを貫くという態度を保つことに同意を得て志向し続けることは可能で
あると考える。
①サバイバルクエスチョン(コーピングクエスチョン)(DeJong ら,1988)
利用者がこれまで生き抜くためにしてきた対処法を聞く質問。
目的:公的機関と利用者との関係を上下から平行にすることと、自身の対処を語ることで
利用者自身がエンパワーされることと、利用者の自分に対する認識がマイナスな自
分からプラスな自分へと変化すること。
例:
「これほどのご苦労の中、どのように生き抜いてこられたのですか?」
②状況説明の契約
生活保護に関連する状況を情報提供する契約を取る。
目的:情報を受け取るか受け取らないかという権利があることを示すこと。上下関係では
ないことを示すこと。
例:
「生活保護のサービスにはメリットとデメリットがあるんですがご存知ですか?」
③メリットの具体化
生活保護サービスを利用することで利用者にとってどのようなメリットが生じるかを明確
― 114 ―
化・具体化する。
目的:メリットを具体化することで生活保護サービスの利用を客観的に捉えることと、利
用する際に利用者自身に起きることを具体的にイメージすることと、デメリットに
気づく基礎をつくること。
例:
「生活保護のメリットはなんだと思いますか。」
④ノーマライズ(Zeig.,1980)
問題を自分一人が抱えているものという枠組みから多くの人が抱えているものへと枠組み
を拡大する。
目的:問題との距離をとり、客観的に見れるようにすること。自分一人という枠組みに付
随する孤独感と分離すること。
例:
「驚かれるかもしれませんがそのような大変さはサービス利用中の方の多くの方から
聞かれます。
」
⑤気づきの活性化~比較の導入
利用者が既に持っている知識を比較対象として言語化し、偏見を直面化した際に気づきが
起きやすくする。
目的:偏見を直面化した際、自身の偏見への気づきの受け入れをスムーズにすること。
例:
「はい。生活保護って公的機関のサービスの一つですよね。図書館も公的機関のサー
ビスの一つですよね。でも生活保護を受けることと図書館で本を借りることにはずい
ぶん差がある。同じ税金を使うサービスを受けているだけのはずなのにずいぶん印象
は違いますよね。図書館のサービスも生活保護のサービスも法律を背景にしてサービ
スとして受けていいと判断されたから受けることができるわけです。でも受ける段に
なると印象がずいぶん違う。生活保護の方が重い印象になる。これが生活保護という
サービスにまとわりついた否定的なイメージなんです。」
⑥前提の説明
情報提供の受け入れを阻む言語化・共有化されていない情報を語る。
目的:共通理解をはかること。
例:
「そしてそのような情報は K さん含めて利用者の方々は持っていないんです。ワーカー
はたくさんの利用者にお会いする機会があるからなんとなくこんなことが起きてるの
かなというのがあるんです。
」
⑦畏敬の念を示す
利用者がデメリットも含めた現実を踏まえることにはかなり意思の力が必要となる。利用
者が強い意思の力を使ってらっしゃることを捉えた際に支援者に自然とわいてくる感覚を言
語化する。
目的:信頼関係の強化。情報提供の後で平行の関係性に戻ること。
例:
「はい。了解しました。凌ぐための苦渋の選択だとは思いますが・・・。」
― 115 ―
(2)権利の説明
利用者との関係調整において平等関係を志向することができてきたのであれば、法的な情報
提供も一方的な教育ではなく、お互いの権利の確認としてできる可能性が出てくる。権利の説
明が上下関係なのであれば一方的な情報提供となり、利用者と支援者をエンパワーすることに
はならないが、平等関係なのであればそこにはエンパワメントが生じており、権利の確認は互
いの大きなエンパワーになる。法の下で平等な存在である支援者と利用者は、お互いが貧困と
対峙する仲間であり、法を使って権利を行使していくチームであることを再確認する。
この目的は、法的な情報提供をすることにより支援者と利用者が貧困と対峙するチームであ
ることを再確認しお互いをエンパワーすることである。
⑧法的な情報提供
生存権・幸福追求権など基礎的な法律知識を確認する。
目的:利用者と支援者の関係性を上下ではなく平行にすること。
例:
「憲法第 25 条に生存権というものがあります。全ての国民の文化的で最低限度の生活を
保障します、というものです。これは憲法で決まっていることです。」
(3)偏見の説明
ここでは、対峙している貧困と権利行使の手段である生活保護には社会・文化に根ざした偏
見があることを確認していく。その際、偏見の原因は個人の性格・行動などではなく社会・文
化であること、持つ持たないの選択なしに多かれ少なかれ偏見の影響を全ての人が受けている
こと、偏見が貧困や病気と同様に我々がチームとして立ち向かっていくべきものであることな
どを理解していただく。
この目的は、
利用者と支援者が貧困とともに偏見とも対峙していくチームになることである。
偏見は一人ではなく二人だからこそ対峙できるものである。支援者と利用者が協力しあってお
互いの偏見と対峙することが重要である。
⑨利用者の偏見のケア
利用者自身が抱えざるを得なかった偏見を支援者が充分に認めることでケアする。
目的:利用者が自分の中の偏見を対象化しやすくなること。
例:
「生活保護に対するそのような捉え方は○○さんだけでなく多くの方から聞かれます。」
⑩偏見の外在化への布石
偏見の外在化がスムーズにいかないことが予想される際、外在化がスムーズにいくような
ヒントを入れること。
目的:偏見の外在化をスムーズに導入すること。偏見がどの程度の強度があるものか判断
すること。
例:
「先ほどTさんが
『そういう人が保護を受けている』っておっしゃったじゃないですか。
ご存知だとは思うんですがこれは偏見ってやつです。」
⑪生活保護の偏見とは?
生活保護に対する偏見について利用者自身の偏見と社会的偏見に分けて説明すること。
目的:生活保護への偏見を二つに分けて説明することで、自分の中にある偏見を明確化す
― 116 ―
ること。社会的偏見についても解説することで誰もが持っているものという認知を
持ってもらうこと。生活保護の偏見は誰もが持っているという認知により、偏見を
持つことへの自責の念を抑えること。
例:
「この否定的なイメージは俗に言う偏見ってやつです。ただこの偏見のやっかいなの
は他人が自分に向けてくるだけじゃなくて、生活保護の偏見は利用者自身に向かって
くるという点です。他人から偏見で見られて嫌な思いをしたというのなら対処はそれ
なりにできるかもしれないんですが、自分自身の内側にあるとなるといつの間にか自
分を傷つけてしまうことになる。
」
(4)悪循環の説明
ここでは利用者と支援者が対峙する貧困と偏見に対して権利の行使として使う生活保護法の
特徴を理解する。利用者と支援者は、生活保護法という法律を使って貧困と偏見を打破してい
こうとするわけである。しかし、この生活保護法は貧困に対しては生命維持の観点からは多大
な成果をあげている一方で、自尊心低下などが明らかに蔓延していても偏見に対する対策は不
十分な現状である。現状がそうなのであれば、あとは利用者と支援者がともに生活保護法のそ
うした特徴を理解し、残された課題である偏見に対しどのように対峙していくかを検討・共有
することで、喫緊の課題が明確になる。
この目的は、貧困対策である生活保護法の特徴を理解し、もう一つの重要な課題である偏見
に対する対策を立てることである。そのために偏見から派生する自己肯定感低下や意欲低下な
どを位置づけ偏見がどのように利用者と支援者チームを脅かすかを検討・共有しておくことに
なる。
⑫CWへの否定的な認識による申請拒否の防止
生活保護のCWへの否定的な認識の存在はよく知られている。「生活保護CWは申請を受
理したがらない」という認識である。そのため、デメリットを語る際、CWが申請を受理し
たくないのではという誤解が生じやすい。その際、機先を制して誤解を解き、申請を促す防
止策が必要となる。
目的:生活保護CWへの偏見を調整し、関係悪化を防止する。
例:
「いや、それでも現在の K さんの状況をお聞きした限りでは生活保護サービスは是非
受けたほうがいいと思います。もちろん受給できるかどうかは審査が通らなければな
んとも言えない所ですが、申請はすべきだと私は思います。先ほどからサービスの使
用上の注意をお伝えしているわけです。そうした注意点はあるものの人生の中の急迫
したある時期にはこうしたリスクのあるサービスをも使うべきだと思います。」
⑬メタファーの活用
暗喩をすることで伝えるべき情報に利用者自身がアプローチするきっかけを提供する。
目的:伝えるべき情報に自分自身でアプローチすることができるようにする。
例:
「アトピー性皮膚炎にステロイドという副腎皮質ホルモンを塗るんです。ご存知かも
しれませんがホルモンは体の中で作られるものです。それを誘発する物質を外から薬
で塗るので、副作用として体で作る機能を弱めてしまうことがあります。申請してい
― 117 ―
ただいた生活保護はこのステロイドと同じようにいい薬だけれども処方を間違えれば
かえって自分の生活の質を下げてしまいます。」
⑭問題の外在化(White,C.& Denborough,1998)
問題を本人と分離し、対象化すること。
目的:問題を客観的に捉えること。問題に付随する自責の念と自分とを分離することで楽
な感じを得ること。問題に対する対処を増やす基礎をつくること。
例:
「○○さんの人生を阻んでいるものは何ですか?」「□□が○○さんにくっついたのは
いつごろですか。
」
⑮生活保護の悪循環の提示
生活保護サービスにおけるデメリットとして一般には気づきづらい悪循環について解説す
る。
目的:悪循環について対象化・明確化すること。悪循環が利用者自身に起こるかどうか検
証してもらうこと。悪循環というCWと共通の課題を設定することで信頼関係を強
化する。
例:
「偏見によってもたらされる影響ですが、自分に対して否定的な捉え方をするので、
自分が OK な存在であるという感じ、専門用語で自己肯定感なんて言ったりしますが、
自分で自分の存在を肯定する・OK だと思う気持ち、これが減るということです。さ
らにその結果として意欲が低下してしまう。意欲が低下し行動できなければ、偏見は
さらに自身に向けて強化されます。このような心理的悪循環が続けば、欧米の研究で
指摘されているように社会的格差が不健康につながる可能性はますます高まります。
短期間で保護を抜け出したいと考えていたのに保護が継続してしまう結果となりま
す。そして保護が継続してしまうと自己肯定感がさらに低下してしまうという大きな
悪循環に陥る方も多くいらっしゃいます」
(5)悪循環への対処
ここでは、貧困・偏見対策チームである利用者と支援者が、生活保護法のウィークポイント
である偏見対策として、偏見が助長されていく悪循環への対処を検討していく。利用者と支
援者は、貧困対策は生活保護法の適用を主に行っていく形だが、偏見対策は利用者と支援者の
チームにかかっている。偏見は、社会・文化から発信されるもので、個人が生まれた状態で持っ
ていることはあり得ない。全ての人は後天的に偏見を持たざるを得ないのである。そして、偏
見が外に向いている状態より自分自身に向くことのほうがストレスフルであることが想定でき
る。まずは偏見がこれ以上このチームを脅かさないようにするためにどうすればいいかを話し
合う。つまり偏見がこれ以上大きくならないための手段を話し合っておくのである。
この目的は、偏見を助長する悪循環への対処を共有化し、偏見の助長を最小限に抑えること
である。
⑯対処法説明の契約
目的:対等な関係性を確認すること。契約後のアプローチに対するモチベーションを高め
ること。
― 118 ―
例:
「さて、早速ですが、先ほど伝えた生活保護のデメリットを最小限に抑える方法をお
伝えしておいたほうがいいと思うんですがいかがですか。」
⑰悪循環への対処法の提示
目的:悪循環に対する理解を深めること。
悪循環に対峙するモチベーションを高めること。
例:
「まずは知ることです。悪循環はこのような構造であることが想定されます。要する
にこの循環にブレーキをかける。ブレーキのかけどころはここです。偏見が自己肯定
感低下に繋がる。この部分であれば、生活保護サービスについて今説明しているよう
な知識を身に付ければ偏見が自分の中でわいてきたときに勝手に修正されます。」
⑱対処のモチベーション増加
対処をしなかった場合のデメリットを明確化することで、対処することへのモチベーショ
ンを高める。
目的:対処の行動化を促す。
例:
「これが一番効果的という印象です。でも多くの人はこの構造を知らないために不健
康になってから努力する。でもそうなってからだと努力の量が多く必要になってしま
います。
」
⑲副作用への対処
生活保護のデメリットの提示は、副作用として申請拒否を生じる場合がある。申請拒否的
な言動が出てきた際に機先を制して対処する。
目的:申請拒否を回避し、現実にあった選択を利用者ができるよう支援する。
例:
「生活保護怖いな。
」
「そうですね。ただ、Kさんのように急に生活保護を受けざるを得ない方はいるので
このような注意事項をよく知っていただいたうえで上手に使ってほしいんです。」
Ⅲ.結果
1.生活保護利用の終結数
心理教育アプローチを開始した X1 年は新規ケース 7 例が生活保護を「終結」し、X1 - 1
年以前開始ケースのうち 3 例(いずれも母子世帯)が同じく X1 年に「終結」した。心理教育
を受けた 13 例中、残りの3例も利用終結に向けて努力中である。
2.事例分析
以下終結事例を提示して、心理教育の情報提供と、支援技法がどのように提供されたのかを
明らかにする。なお、本事例は、個人情報保護の観点から、今回の取り組みで終結した3事例
の共通部分を加工して1つの事例としてまとめた架空事例であることをお断りしておく。
(1)事例の概要
K さんは 50 代男性。塗装業を営んでいたが、
静脈瘤ひどくなり立っていられない状態で入院、
保護受給となった方。単身生活。
― 119 ―
(2)心理教育アプローチを用いた支援
Y月Z日(Kさん宅に訪問。Kさんはドアを開け、頭を数回下げ恐縮した様子で)「いやぁ、
すみません。わざわざ来てもらっちゃって。
」
(Kさんは目を合わさず、
下をむいたままである。ワーカーは 30 代後半、Kさんは 50 代である。
どう考えても人生の大先輩であるKさんがこれほど恐縮しなければならない生活保護ケース
ワーカーと利用者との関係性を今再び目にし、CWとして胸の痛みを感じる。そしてこの関係
性に慣れて何も感じなくなってしまってはいけないと考え、手を横に振り答えた。)「とんでも
ない。こちらこそ、お時間いただいて恐縮です。」
(Kさんはきょとんとし、少し間があく。
)
「いやいや、こっちがお願いする立場だかんね。」
(Kさんがきょとんとしたことや間があいたことでKさんがいかに上下関係を前提として生
活保護の申請がなされていたかがより明確になり、ワーカーとして再び胸の痛みを覚え、同時
にこれはしっかりと関係作りしなくてはいけないぞと思いを新たにする。)「(あせりながら)
いやいや、それこそとんでもない。ご苦労された方が申請でさらにご苦労されてしまうことは
なるべく避けないといけないのですが、いくつか確認しなくてはいけなくて。」
(少しの間、少々こちらの伝えていることがわからない感じできょとんとしたままである。)
「
(2・3度うなづいて)はいはい。ま、お宅さんも仕事だかんね。なんでも聞いてよ」
「恐れ入ります。
」
「生活保護申請にいたる経過からお聞かせいただいてよろしいでしょうか。」
*通常の傾聴技法で申請までの経過を聞き具体化明確化とねぎらいを示す。利用者との関係
調整は非常に長い利用者の生き方への傾聴が入るため、紙面の都合上割愛する。
「これほどのご苦労の中、どのように生き抜いてこられたのですか?」
「どのようにって、あれだよ。ま、○○工業で世話になってたんだな」
「○○工業が命綱だったと」
「ま、そういうわけでもないんだけど、そこ紹介してくれたのも友達だしな」
「友達との関係でこれまでやってこれたということですか」
「ま、そうだな。
」
「お友達を大切にされてるんですね。
」
「そうでもねぇけどよ。この世界お互い様ってやつよ」
「では、生活保護のサービスにはメリットとデメリットの両面があるんですがご存知でしょ
うか。
」
「
(少し上のほうを見て考え)いや、知らんね」
「説明させていただき充分ご納得いただいた上でサービスを利用される形が望ましいと考え
るのですがいかがですか。
」【契約】情報提供をする契約を結ぶ。
「ま、そうだね。よくは知らんから教えてよ。」(利用者は姿勢を崩しリラックスし始め、役
割として支援者に情報提供を求めるという民間サービスを受ける際の言葉が出ている。そのた
― 120 ―
め上下関係が薄らいできていると判断。メリットの具体化を選択。)
「メリットはもうおわかりだとは思うんですが、なんだと思われますか?」【メリットの具体化】
答えが出やすいメリットから聞くことで、利用者にとって必要性を明確化する。メリットを言語化し具体化す
ることでメリットとデメリットを相対化できるようにする。
「まぁ、オレにとっちゃ、命助けてもらうって感じだわな。正直。」(Kさんは頭をかきなが
ら目線をはずした。Kさんは、認識としては平等関係を志向しつつもこれまで上下関係を感じ
ていたのでその間で揺れている表現と捉えられる。正直に言ってくれていることで支援者と平
等関係を志向するチームになりつつあると判断。支援者自身もKさんとつながっている感じや
Kさんといて支援者自身が元気になる感じが湧いている。そこで「利用者との関係調整」から
「権利の説明」へ移行することを選択)
「医療とお金という形でですが。
」
「そうそう。
」
「そうですか。おわかりだとは思いますが
『助けている』訳ではないんです。ちょっと込み入っ
た話になりますがよろしいですか。
」【契約】
「ああ」
「憲法第 25 条に生存権というものがあります。」
「憲法?」
「はい。全ての国民の健康で文化的で最低限度の生活を保障します、というものです。これ
は憲法で決まっていることです。だから、国民がこの生存権を主張した場合、国はその権利を
保障する責任が発生するのです。そして保障の具体的方法が生活保護法になります。」
「なるほど。
」
(Kさんは真剣に聞き入る神妙な表情になる。)
「冬になると、毎年路上で生活をする人の中に凍死者が出ます。都会の真ん中で凍死です。
変ですよね。生存権があるのに、国が守ってやれよって話です。」
「確かに。
」
「国も市も浮浪者対策はやっていますがなぜこんなことが起こってしまうかというと先ほど
言った生存権を本人が主張しないことが大きな要素になっています。権利を主張しないんです。
つまり、Kさんからの権利の主張が申請という形であって初めてお手伝いをさせていただける
訳です。
」【法的な情報提供】生存権について情報提供。路上で生活する方を例に出し、権利義務関係につい
ての気づきを高める。
「・・・ありがとう。
」
(Kさんはほっとした表情をする。Kさんが平等関係の理解が深まっ
たと捉える。同時に感謝する感謝されるという上下関係になりがちな言葉であると捉え、改め
て平等関係を志向するチームであることを確認するために感謝を伝える)
「いやこちらこそ申請していただいてありがとうございます。」
(Kさんはとても穏やかな表情。支援者はとても大きな元気・勇気を体で感じており、エン
パワメントされている状態。権利について明確になってきたと判断し、
「権利の説明」から「偏
見の説明」に移行できると判断。
)
「ところで話は変わりますがアトピー性皮膚炎はご存知ですか。」
― 121 ―
「アトピーだろ。
」
(Kさんは少々楽しげな言い方。平等関係志向を背景に知的な理解をする
ことに対する意欲が高まっていると捉える。
)
「アトピー性皮膚炎にステロイドという副腎皮質ホルモンを塗るんです。ご存知かもしれま
せんがホルモンは体の中で作られるものです。それを誘発する物質を外から薬で塗るので、副
作用として体で作る機能を弱めてしまうことがあります。申請していただいた生活保護はこの
ステロイドと同じようにいい薬だけれども処方を間違えればかえって自分の生活の質を下げて
しまいます。
」【メタファーの活用】メタファーを用いて、デメリットの説明をすることで気づき促す。
「そりゃ、甘えなきゃいいんだろ。要するに」(少々、ぶっきらぼうな言い方。発言内容とし
ては生活保護者は意志が弱く依存心が高いという偏見を背景とした発言と捉える。ぶっきらぼ
うな言い方からあまり直接考えることをしたくないというメッセージと捉え、これまで薄々気
づいていたことで対処としては「考えない」という対処をしていたことを想定した。支援者自
身には少々緊張が感じられた。平等関係志向が低下していると捉え、利用者が提供してくれた
偏見をケアすることを通して偏見との対峙を試みることを選択する。)【利用者の偏見】利用者の
偏見の一端が出る。生活保護者は意志が弱く依存心が高いという偏見を背景とした発言の可能性がある。
「生活保護を開始する方のほとんどはそのように考えて短い期間の保護を希望して開始する
んですが、ほとんど長期化してます。
」【利用者の偏見のケア】枠組みを拡大してノーマライズする。
「なぜだ?」
「なぜだかはっきりはしてませんが、何人もの保護利用者を見ているワーカー達の中での仮
説はあります。
」
「ほほう。
」
(興味深そうな表情に変わる)
「そしてそのような情報は K さん含めて利用者の方々は持っていないんです。ワーカーはた
くさんの利用者にお会いする機会があるからなんとなくこんなことが起きてるのかなというの
があるんです。
」
【前提の説明】クライエントとワーカーとの間に情報の格差がある。その背景を伝えるこ
とで、情報の格差を埋めることの意義を明確化し心理教育に対するモチベーションを喚起する。
「そうか。そりゃなんだ?」
(少々笑顔がみられる)
「はい。生活保護って公的機関のサービスの一つですよね。図書館も公的機関のサービスの
一つですよね。でも生活保護を受けることと図書館で本を借りることにはずいぶん差がある。
同じ税金を使うサービスを受けているだけのはずなのにずいぶん印象は違いますよね。(Kさ
んは大きくうなづく)図書館のサービスも生活保護のサービスも法律を背景にしてサービスと
して受けていいと判断されたから受けることができるわけです。でも受ける段になると印象が
ずいぶん違う。生活保護の方が重い印象になる。これが生活保護というサービスにまとわりつ
いた否定的なイメージなんです。
」【気づきの活性化~比較の導入】生活保護への偏見を同じ公的機関の
サービスとして図書館と比較。「偏見を持っていること」これ自体にネガティヴなイメージが付いている。よっ
て「生活保護への偏見を持っていますね。」とシンプルに直面化しても、否定される形になることが多い。そこ
で他の公的機関のサービスと比較することで自分が持っている偏見に気づいてもらう。
「ほほう。
」
(少々しかめた顔になるが興味深そうな表情)
「この否定的なイメージは俗に言う偏見ってやつです。ただこの偏見がやっかいなのは他人
― 122 ―
が自分に向けてくるだけじゃなくて、生活保護の偏見は利用者自身に向かってくるという点で
す。他人から偏見で見られて嫌な思いをしたというのなら対処はそれなりにできるかもしれな
いんですが、自分自身の内側にあるとなるといつの間にか自分を傷つけてしまうことになる。」
【生活保護の偏見とは?】生活保護への偏見は、知らず知らずのうちに植え付けられ、その後自分が受給すると
きになって、自分自身にその偏見が向けられるという性質がある。人種・ジェンダーなどの先天的なことに対
する偏見は他者の評価を否定するという対処が役に立つが、生活保護のような後天的への偏見は他者の評価を
否定するだけでなく、自己の評価からも距離を置く必要がある。
「なるほどな」
「これが生活保護の偏見の怖さです。
」
「ま、自分が思っているより意外と傷つくっちゅうことだな」(軽い言い方。重く捉えない対
処と捉える。そのような対処は自然で健康的な反応と捉え、同時にKさんの理解が進んでいる
背景を想定する。
)
「おそらく。もちろん人によって程度は違うと思いますが、生活保護にまとわり付いている
偏見は、社会全体に巣くっているものですのでなんらかの影響はあると考えたほうが妥当かと
思います。
」
「そうか。
」
(大きくうなづき、視線を落とす。熟考するような間がある。頭での理解は十分
に進んだと判断。
「偏見の説明」から次の「悪循環の説明」に移れると判断。)
「偏見によってもたらされる影響ですが、自分に対して否定的な捉え方をするので、自分が
OK な存在であるという感じ、専門用語で自己肯定感なんて言ったりしますが、自分で自分の
存在を肯定する・OK だと思う気持ち、これが減るということです。さらにその結果として免
疫機能が低下し、
慢性的な疾病になりやすいことがこれまでの欧米の研究で指摘されています。
慢性的な疾病になったりすれば、短期間で保護を抜け出したいと考えていた利用者としては保
護が継続してしまう結果となります。そして保護が継続してしまうとさらに自己肯定感が低下
してしまうという悪循環に陥ります。
」【悪循環の説明】偏見が起点となってもたらされる悪循環の提示。
問題と個人を分け、あたかも問題が実在するかのごとく、その構造までも語ることで、利用者が問題と自分と
を切り離し考え始め、自分自身をエンパワメントすることを意図した介入。
「それはこえ~な。
」
(少々自嘲気味の笑みを浮かべながら。正直な感情の吐露でとても健康
的な反応と捉える。正直な感情の吐露により平等関係が保たれた状態であると判断。「こえ~
な。
」という言葉の内容から偏見に対する理解が進み、同時に偏見による申請拒否の危険性が
高まったと判断。感情的な部分へのアプローチより認知的な部分へのアプローチが重要と見立
てる。
)
「そうです。現実はもっと多様で様々な要素がからんでくるとは思うのですが、100 名の利
用者がいれば開始時にほとんどの方は短期の保護を望みます。にもかかわらず自立する方は1
年間に1・2名です。ほとんどの利用者が長期化しています。このことからすると何かが作用
していることは確かでしょう。
」
「じゃ、保護受けないほうがいいじゃないか。」(斜めにかまえ、視線をそらして。こちらを
試すような言い方であるが、迷いが高まりどうしていいかわからないということが言いたいと
― 123 ―
捉える。事前に予測していた申請拒否的な反応が出たと判断。申請拒否に対する対応を入れる
ことを選択。
)
「いや、それでも現在の K さんの状況をお聞きした限りでは生活保護サービスは是非受けた
ほうがいいと思います。もちろん受給できるかどうかは審査が通らなければなんとも言えない
所ですが、申請はすべきだと私は思います。先ほどからサービスの使用上の注意をお伝えして
いるわけです。そうした注意点はあるものの人生の中の急迫したある時期にはこうしたリスク
のあるサービスをも使うべきだと思います。
」
(誠実に真剣に。決して誤解されてはならないと
いう覚悟で伝える)【生活保護のCWへの否定的認識のケア】生活保護を受給するかしないかは本人の判断。
メリット・デメリット理解していただいた上で本人が選ぶことである。しかし、生活保護のCWに対するネガ
ティヴなイメージがからんでくる場合がある。生活保護のCWは利用者に働け働けと言って受給させたがらな
い、というイメージである。このイメージを強く持っている利用者にとってデメリットの提示は、暗に受けさ
せないようにしているのでは、という誤解を招きかねない。「保護を受けないほうが」などのこうした問いに対
して、受給が適切な場合はっきりと受給したほうがいいとアドバイスすることでこちらが提供している情報が
利用者自身を案じて言っていることが伝わる可能性が拡がる。
「そうか。大事なことを教えてくれたんだな。」(上方を見ながら。力の抜けた感じで。言葉
の内容から、平等関係志向の方向性に一つ楔が打ち込まれたと捉える。言い方から、理解は進
んだものの、少々疲れたという感じを受ける。
)
「おそらく・・・。
」
(疲労感に共感的間をとる)
「ま、とりあえず世話になるかな」
(軽い咳払いの後、椅子に深く腰をかけていたが座りなお
して。ゆっくりとした言い方。言葉の内容と言い方から多大なエネルギーを使った決断(継続
した意思になりやすい選択)をしたと捉える)
「はい。了解しました。凌ぐための苦渋の選択だとは思いますが・・・。」(「畏敬の念を持つ」
はどの場面でも適宜使用する)【畏敬の念を持つ】メリット・デメリット両面を意識化した状態で一歩目
を踏み出すことは勇気のいることである。その勇気に対し畏敬の念を持つことは自然なことである。
「まぁな。
」
(上目遣いでにやっと少し照れたように笑う。言葉の内容から自分を取り巻く環
境に関する説明を受け、十分に理解したと捉えていることを感じ、言い方・しぐさからは平等
関係に根ざした対処であれば一歩が踏み出せる勇気が出ていると捉える。支援者側にも今日の
面接の中で最も強い勇気・元気の感情が湧き出ており、エンパワメントされていると感じてい
る。そこで「悪循環の説明」から「悪循環への対処」へと移行できると捉え、移行を選択する。)
「さて、早速ですが、先ほど伝えた生活保護のデメリットを最小限に抑える方法をお伝えし
ておいたほうがいいと思うんですがいかがですか。」【契約】一般的にメリット・デメリットを理解し
た上で決断したら、今度はデメリットを最小限に抑える方法へとニーズが移ってくる。
「そうか。そりゃ必要だな。
」
(なるほど、そりゃそうだ、という言い方。契約に十分納得し
ていると捉える。
)
「
(図に描いて)この悪循環がやっかいだということはお伝えした通りです。」図に示すことで、
生活保護のデメリットを自分と分離した状態に保ちやすくなる。
「ああ」
― 124 ―
「この悪循環自体を完全に無くすことは困難としてもブレーキをかけることはできます。こ
こでブレーキのポイントが重要になってきます。ポイントは偏見と自己肯定感低下を結ぶこの
矢印です。ここでこの矢印が行かないように努力します。すでに長い年月をかけ教育されてい
る偏見についてはなかなか払拭できるものではないかと思います。だから、その偏見が自分に
向いてしまった時、自己肯定感が低下しそうになるかと思います。例えば、この面接の後一人
になったとき、
ふと全て嫌になったと思うかもしれない。しかし、この自分自身の思いではなく、
偏見がそう思わせている可能性がある、ということです。そのことに気づくことがこの矢印に
ブレーキをかけることになります。要するにこの悪循環は注意深く監視すればいいのです。監
視するだけでブレーキがかかります。なんだか落ち込んでるけどあの悪循環が起きてるかもし
【悪循環への対処】
エネルギー
れないな~と思っていただくことは監視になりブレーキになります。」
を傾けるお勧めのポイントをわかりやすく解説することで悪循環に取り組む意欲を喚起する。
「そうか。なるほどな。
」
Y月Z+14日 (2週間後)Kさん来所。収入申告書受理。収入申告書裏面の求職状況報
告欄はかなり細かな字で電話をかけた会社の名前と電話番号が書いてあった。前回の訪問以降、
Kさんは就職活動を開始していたのだ。
(カウンターの向こうで立ったまま、ぶっきらぼうに)「年齢がひっかかるな」と言った。
私も立ったまま、Kさんの収入申告書を見ながら「たくさん求職活動をしてらっしゃるんで
すね。大変な雇用情勢の中どうやってがんばってるんですか?」と聞いた。
Kさんは「ま、大変なのはわかってるからな。数こなすしかないと思ってんだ。」そう言っ
て笑った。
私は何度か頷いた。
Kさんは手を振って帰っていった。そのKさんは初めてお会いした時と同じような雰囲気で
あった。それは自分のことは自分で決めるという雰囲気である。後からわかったことだが、仕
事を探す分野はこれまでの慣れ親しんだ塗装業以外にも拡げていた。また就職活動方法も変化
していた。これまでは友人のつてが中心であったが、求人広告を利用し始めていた。
Y+1月Z+14日 Kさん来所。収入申告書受理。担当者不在のため受付にて受理。収入
申告書の裏面にはさらに多くの企業の名前と電話番号、そして日付と不採用理由が加わってい
た。一日に数社電話していたり、面接に行った日もあった。私は、Kさんの留守電に「収入申
告書確かに受け取りました。
」と入れた。Y+2月Z日 訪問から 2 ヵ月後、突然Kさんから
電話が入る。
「タクシーの運転手の試験に合格しました。つきましては来月で生活保護の廃止の手続きを
していただきたいと考えております。
」
(この後、収入が保護費を越えたことを確認し、生活保護の廃止の手続きをする際、再保護
の際には前回のように医療費を支払えなくて困る前に必ず申請するよう情報提供する。)
Kさんは求職活動範囲を拡げ、求職方法もこれまで自分が取り組んだことのない方法を取り
入れた。その行動の変化からは「このままじゃいけない」という強い決意が読み取れる。尊厳
を失わずに生活保護を利用する知識と技術は身につけ始めたのかもしれない。
― 125 ―
3.事例表分析
心理教育の対象となった利用者 13 名について、どのような心理教育の支援技法を用いたか
をまとめたのが表である。なお情報提供として、生活保護の法解釈と、制度上の特徴と課題に
関する情報は全例に提供した。
表 事例ごとの心理教育支援技法使用
利用者との関係調整
悪循環への
対処 結果
⑲副作用への対処
⑱対処のモチベーション増加
⑰悪循環への対処法の提示
⑯対処法説明の契約
⑮生活保護の悪循環の提示
⑭問題の外在化
⑬メタファーの活用
A
30 代 男 ひきこもり 開始時 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
○
○
B
70 代 男
単身
開始時 ○ ○ ○ ○
○ ○
○
○ ○ ○
○
C
40 代 女
母子
数年前 ○ ○ ○ ○
○
○
○ ○
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 利用終結
D
70 代 男
単身
開始時 ○ ○ ○ ○
○
○
○
E
50 代 男 単身傷病 開始時 ○ ○ ○
○
○
F
50 代 男
開始時 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
○
○
G
50 代 男 単身傷病 開始時 ○ ○ ○ ○
○ ○
○
○
H
30 代 女
母子
開始時 ○
○
○
○
I
50 代 男
単身
開始時 ○
○ ○
○
○
J
60 代 女
単身
開始時 ○ ○ ○
○ ○
○
K
30 代 女
母子
数年後 ○ ○ ○ ○ ○
○
○
L
50 代 男 単身傷病 開始時 ○ ○ ○
M
40 代 女
単身
母子
数年後 ○ ○ ○
支援技法の提供数合計
13 11 13 8
○
悪循環の
説明 ⑫CWへの否定的認識による申請拒否の防止
⑪生活保護の偏見とは?
⑩偏見の外在化への布石
⑨利用者の偏見のケア
⑧法的な情報提供
⑦畏敬の念を示す
⑥前提の説明
⑤気づきの活性化~比較の導入
④ノーマライズ
③メリットの具体化
②状況説明の契約
介入時期
概 要
性 別
年 齢
①サバイバルクエスチョン

権利 偏見の
の説 説明 明 利用終結
○ ○ ○ ○ ○ ボラ開始
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
○ ○
○ ○
○
利用終結
○
○ ○ ○
利用終結
○ ○ 通院開始
○ ○ ○ ○ ○ ○ 利用終結
○
○ ○ ○ ○ ○ ○
利用終結
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
利用終結
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
○
○ ○ ○ ○ ○
○
○
○ ○ ○
○
○ ○
4
13
9
6 13
○ ○ ○ ○ ○
○
6
○ ○ ○
○ ○
8
○
利用中
○ 利用終結
○
利用終結
○ ○ ○ 利用終結
4 10 11 13 10 12 9
6
表は、ケースによって支援技法に違いが出ている。その背景として面接の短期的サイクルが
あげられる。面接は利用者のちょっとした生理反応の観察から利用者への見立てと関係性への
見立てをし、支援者の生理反応・感情パターン・思考パターンへの気づきがあり、それによっ
て対応を選択し、対応を実行し、再び利用者の観察というサイクルの中で行われている。その
サイクルの中でケースによって支援技法に違いが出てくる。
表中「○印」が付されている箇所が、該当の支援技法を用いたことを示している。最後の行
に○の合計数を示した。合計数を見ると、支援技法によって4から 13 と開きがある。使用頻
― 126 ―
度を高群(10 項目以上)
・低群(9項目以下)に分ける。使用頻度が高い支援技法は①②③⑦
⑧⑬⑭⑮⑯⑰である。それに対して使用頻度が低い技法は④⑤⑥⑨⑩⑪⑫⑱⑲である。
使用頻度高群の共通点としては、メリットの具体化・法的な情報提供・生活保護の悪循環の
提示など、面接の構造に大きく影響するものが多い。
意識することのほとんどは下部構造である平行関係である。その上で慎重に契約を結び、そ
の上で心理教育をしていく。観察・見立て・気づき・技法選択・実施・観察という短期的サイ
クルを一回のやりとりごとに繰り返し、面接の構造の中で平行関係・契約・心理教育行ったり
来たりしながら、5つのカテゴリーを少しづつ進んでいくのである。
それに対して、使用頻度低群では気づきの活性化・CWへの否定的認識による申請拒否の防
止に代表される面接をより効果的なものへと運ぶための技法と位置づけることができる。これ
らは利用者の反応によって提供するかどうかを決めている側面が強い。「CWへの否定的認識
による申請拒否の防止」は利用者が申請を嫌がる反応を示したとき提供するものである。
表から、各利用者に対して一律に支援技法を用いているのではなく、それぞれの人に組み合
わせの異なる支援を提供していることがわかる。
Ⅳ.考察
1.生活保護行政の課題と心理教育アプローチの有効性
(1)生活保護サービスの課題の構造
生活保護の特徴は金銭給付と偏見である。一般的に周囲から偏見を持たれた不平等な環境だ
けでも健康を損なう危険性は高まる(イチロー・カワチ,ブルース ・P・ケネディ 2004)。生
活保護利用者の場合、受給前に生活保護利用者に対して偏見を形成しており、その後利用者と
なるのである。つまり「偏見」は生活保護利用者となると、自分に対して向いてくる「自責」
へと変化する。周囲からの「偏見」にこの「自責」が加わることとなる。
利用者は生活保護サービスを利用している自分を責めやすい環境にある。そのような環境に
あると当然自己肯定感は下がりやすい。社会的格差が不健康を生み出しているためか、免疫機
能が低下するのか、要因は複数想定できるが内科・整形外科・神経科などへ慢性疾患で受診を
開始する人は非常に多い。その結果、保護が継続し、本人が最初に希望していた自立が遠のく。
すると本人の自己肯定感は更に低下する。
このような悪循環が生活保護では非常に起こりやすい。しかも、この悪循環は利用者の中で
自覚されていない場合が多い。その結果、利用者が選ぶ対処は無意識的にならざるを得ない。
観察される主な対処法は考えない・感じない・あきらめなどを示すのである。 (2)生活保護サービスの課題の構造に心理教育アプローチがなぜ有効であったのか。
結果からこの心理教育アプローチは、必ず使用している技法と適宜使用したり使用しなかっ
たりする技法とに分かれていることがわかった。このことはこの心理教育アプローチがおおま
かな面接構造の上にさらに詳細な構造を持っていることを示しており、必ず伝えている内容が
詳細な構造の部分を担っている。そして、現段階ではこの詳細な構造こそが生活保護サービス
― 127 ―
課題に対して有効な要因ではないかと考える。必ず使用している技法として、①サバイバルク
エスチョン、③メリットの具体化、⑦畏敬の念を示す、⑧法的な情報提供、⑮生活保護の悪循
環の提示があげられる。
サバイバルクエスチョンでこれまで生き抜くためにしてきた対処法を聞く。公的機関と利用
者との関係を上下から平行な方向に向き、自身の対処を語ることで利用者自身がエンパワーさ
れる。そして、メリットの具体化することで生活保護サービスを利用するメリットについて明
確化・具体化する。さらに畏敬の念を示し、生活保護を受けざるを得ない苦渋の選択をねぎら
う。そして生存権・幸福追求権など基礎的な法律知識の確認を行い、あらためて権利とともに
法の下の平等である利用者と支援者の関係性も確認する。それから生活保護の悪循環をCWと
共通の課題として提示するのである。
この五つの支援技法がこの心理教育アプローチの詳細な構造をなしており、この組み合わせ
と提示する順番、次のアプローチに移る基準が生活保護サービスの課題とマッチングがいいの
ではないかという仮設が成立する。
つまり、心理教育アプローチが前述のような生活保護の心理的悪循環の感情パターンと思考
パターンに働きかけ、パターン化の大きな要因を占める可能性があるものとして悪循環モデル
を新たな情報を提供したことで、パターン化を避ける行動を選択するようになったと考えられ
る。そのために良好な成果を納めることが出来たと思われる。以下、その要因について、今後
の検討のために記しておく。
a.事実の確認
この心理教育アプローチが有効であった背景として、事実を確認していく態度があげられ
る。一つ一つ丁寧に事実を確認していく態度を示していた。よって指導的に振舞うことはな
く、その人がおかれている環境のあり方を明確にすることに力を注いだ。
b.目標設定
目標は生活保護終結ではなく、利用者の生活の質の向上とした。生活保護は福祉の原点的
な取り組みなので、目標はあくまで生活保護終結ではないことを強く意識した。そして、利
用者の生活の質の向上を考えたとき、それらを阻害する要因がいくつか見出された。それに
対応するのが心理教育で情報提供した内容であった。心理教育していくと利用者は自然と自
らの目標を口にしていった。その目標の多くは就労自立であった。
c.支援者-利用者関係ではない
利用者と出会うことの不思議さについて支援者自身の中で確認していた。支援者にとって
なぜこの利用者とであったのか不思議なことである。なぜこのような形で出会ったのか、ほ
んの少し何かがずれていたら出会うことはなかったはずである。面接担当から地区ごとに割
り振られたからか、自分自身が生活保護の職務に配属されたからか、行政の仕事を選んだか
らか、自分はなぜ今ここにいてこの人となぜ出会ったのか、その意味を考えながら出会って
いた。そのように接することで心理教育をする上で基盤となる並行関係を作ろうとした。
d.課題の共有化
生活保護CWの仕事は「貧困と偏見」から市民の生活を守ることである。「貧困と偏見」
― 128 ―
を前に市民と協力し合い知恵を出し合って闘うのである。市民が上でも、CWが上でもなく、
「貧困と偏見」に対してチームとして闘うのである。支援者としてこのような生活保護法の
基本的理念に基づいた態度を貫いた。このことは、利用者の個人的課題を安易に問題視する
ことを防ぎ、並行関係を作り出す基盤となった。
2.生活保護利用者に効果をもたらす支援方法
心理教育アプローチは、
先にあげた支援者の態度の変容が前提となり、その上で面接構造(並
行関係作り→契約→情報の提供)をもった介入であると言える。
そのプロセスの進行はあくまで利用者中心である。支援者は半歩下がった形で利用者の理解
を確認していく態度が必要になる。事例表分析からそれぞれの人に組み合わせの異なる支援を
していることが示唆されているが、このようになるのはあくまで利用者がどのような理解のつ
まづきを示したかによってアプローチが変わるためである。つまり、どのように異なる支援を
するかは利用者主導で決まっていくと言っていい。しかし、その前提となる半歩下がった形で
心理教育していくにはロールプレイを含んだ研修が必要と考える。なぜなら、ペーパー上の情
報提供や座学形式の情報提供だけでは、心理教育時に大切になってくる支援者の態度を行動レ
ベルでどのように示すかを学ぶことが困難だからである。
心理教育アプローチの視点から実践現場を再考すると、実践での創意・工夫の中には心理教
育アプローチの一部と類するものが散見される。「並行関係作り」としては、「人を人として接
する」態度とか「自分にも 3 歳の子どもがいて」などの自己開示が見られる。「契約」としては、
約束訪問の励行や自立支援プログラム活用の契約などが見られ、「情報の提供」としては「就
労支援プログラムの案内」リーフレット配布などが見られる。それらの地域ですでにやってい
る創意 ・ 工夫を「効果的援助要素」としていかに活かすかが今後の課題の一つといえる。
3.心理教育アプローチを生活保護サービスに体系的に実施・導入する可能性
(1)実施モデルの明確化と実施マニュアルの作成可能性
実施マニュアルに必要な要素である使命と目的として、貧困と偏見に打ち勝ち生活の質を向
上させることなど明確になりつつある。さらに、プロセスや方法も支援者の態度変容を前提に、
並行関係の構築・契約・情報提供という流れに個々の援助技術を乗せていく大枠がある。よっ
て、各地域の福祉事務所の創意工夫をこの大枠に沿って取り入れていけばプロセスモデルは提
示できる。
(2)効果モデルの研修・コンサルテーションの必要性
研修は座学だけでなくロールプレイを導入することが望ましいと考える。なぜなら、ワーカー
は面接をする際、利用者の小さな体の動きをも逃さず感じ取り、自身の生理反応・感情プロセ
ス・思考プロセスに気づき、利用者への見立てをし支援技術を選択し対応することとなるので
ある。そのため、
訓練方法としては体を実際に動かすロールプレイが必要であると想定される。
また一度マニュアルを読んだら終了というような知識中心の研修と違い、観察・気づき・見立て・
対応という一連の流れを何度も反復練習する必要があるため、査察指導員(社会福祉事業法の
― 129 ―
第 14 条の規定に従って、各福祉事務所に設置される職員のことで、生活保護の業務を行うケー
スワーカーを指導する立場にある実務上のスーパーバイザー)に対するコンサルテーション研
修も必要になってくる。
(3)導入に伴うコスト
導入に際して必要なコストは研修講師費用と研修時間となる。既存の研修費用で多くの福祉
事務所がまかなえるであろう。
実施に際しての作業コストとして処遇計画とのマッチングが想定される。生活保護行政の分
野では処遇計画というものを立てる。心理教育アプローチを取り入れることは開始時訪問や生
活実態把握のための訪問がより長くなりがちになったが、処遇計画そのものとは抵触すること
はなかった。これらとは別に通常のハローワークとの連携・就労専門員の活用・病状調査や他
法他施策活用は実施している。しかし、それら処遇計画上のアプローチは一年目である H1X
―1 年にも実施しており、二年目に新しく加えたアプローチが心理教育であったのでその有効
性を報告することを一つの目的とした。面接のあり方が違うだけなので心理教育アプローチに
より、一定の効果があり、それが生活保護廃止につながる流れの中で、従来の処遇計画は通常
通り策定し特にマッチングの課題は生じなかった。
(4)実施組織の構築、チームアプローチ
実施していくにあたり、面接担当・担当CW・就労支援員・査察指導員などがチームで利用
者支援に臨むことが望ましい。面接担当は早期自立計画立案を手がけ、担当CWは計画の同意
と実施、就労支援員は同行を中心とした具体的な支援の一部、査察指導員は計画の進捗管理な
どと大まかに役割分担をするものの、ケースに対し複数の職員が把握することで、職員不在時
時間のゼロを目指し、カンファレンスをしやすく支援の質を安定化させることが望ましい。そ
して、さらに5法担当や民生委員、さらには地元企業・社会福祉協議会やNPO、そして元生
活保護利用者へと実施体制のマンパワーを充実させていくことが望ましい。
なぜなら心理教育アプローチはあくまで並行関係を基盤としている。もちろん、支援の要で
ある公的扶助実施機関も並行関係を志向すべきである。しかし、広く知られているように生活
保護CWと利用者は上下関係になりがちなのに対しNPOや元生活保護利用者とは比較的並行
関係が保たれやすい。よって、心理教育アプローチは将来的に実施組織のマンパワーを外に求
めていく必要がある。
実践上、必要なこととして「付き添い」というものがある。心理教育を導入し、普及させて
いく際に認識の変更や、支援計画の変更だけでは行動の変化が起こらない方もいる。そうした
場合に
「ともに動く」
人が必要になってくる。そのためには様々な地域のマンパワーとつながっ
ておくことが望ましい。地元企業にはワーカーと顔を知った関係性の中で体験的なパート就労
の可能性が拡がり、社会福祉協議会や NPO には OJT を依頼する可能性が拡がる。そうしたマ
ンパワーが行動の変化を分けるケースがある。
(5)CW と査察指導員の意識変革の必要性
・生活保護CWと査察指導員の巻き込まれ現象
支援者である生活保護CWや査察指導員は、生活保護サービス課題の悪循環モデルに薄々気
― 130 ―
づいていることが多い。しかし、生活保護CWも自己肯定感が低下しきった利用者と会う度に
徐々に「あきらめ」という対処を学んでいく。その結果、組織全体に「あきらめ」感(こうい
う人だからしょうがない・こういう人だから保護なんだ)が支配的になっていく。そしてこの
ような「あきらめ」感に耐えることが仕事のようになっていく。
そもそも人間と貧困との闘いには王政国家の時代から非常に長い歴史がある。現在の日本は
法治国家で、貧困との闘いに法律を用いるようになった。法律に従って、市民と公的機関は協
力して貧困を打破するよう期待されている。しかし、現場にいるとこうしたことさえ、絵空事
に感じてしまうほど社会・文化に根ざした偏見等による巻き込む力は強いと私は感じている。
よってCWや査察指導員が「あきらめ」という対処を学び、自身と組織の健康を保つことで所
得保障業務に偏ることはやむをえないことである。そしてだからこそ、一歩目としてCWや査
察指導員が心理教育を学ぶことは、このような「あきらめ」感に対して気づく機会を提供して
くれる可能性があると考える。
心理教育の実施方法を学び、利用者に提供することでケースワー
カー自身の態度に気づきやすくなるからである。
普及にはこの「あきらめ」感への取り組みも含めた普及計画が必要になってくる。まずは
心理教育アプローチを受け入れる公的扶助実施機関側の支援環境を開発していく必要がある。
よって心理教育アプローチを含めた生活保護自立支援プログラムを開発することになる。「あ
きらめ」感が支配的な場合、新しいことをやるエネルギーが不足しているため、既存の創意工
夫を一つ一つ確認していく作業の中で「あきらめ」感を打破するヒントを集めていく必要があ
る。具体的には、各公的扶助実施機関に自立支援における既存の創意工夫をインタビューで集
め、心理教育アプローチの観点から効果的なものをピックアップしていくことが考慮できるだ
ろう。このように実践現場へのアプローチをし、そこで得られた創意工夫を効果的援助要素と
してまとめ理論研究に活かし、さらに実践現場へアプローチしていく。このような実践現場へ
のアプローチと理論研究を平行させることにより、「あきらめ」感そのものを打破していくこ
とが必要となる。
本研究では生活保護における心理教育アプローチの有効性について検討し、生活保護行政の
中でも心理教育アプローチは有効であり、有効に働くための要因としてCWの態度の変容と面
接構造の導入が必要であることが示唆された。また、実施・導入における課題としては、上記
で整理した、
(1)実施モデルの明確化と実施マニュアルの作成可能性や、(3)導入に伴うコ
スト、のように課題解決にさほど時間がかからないものもある。その一方で、(2)効果モデ
ルの研修・コンサルテーションの必要性や、
(4)実施組織の構築、チームアプローチ、ある
いは(5)CW と査察指導員の意識変革の必要性など、組織とのやり取りが必要なものもある。
よって、心理教育の導入・実施には、綿密な実施計画を必要とする。
しかし、すでに多くの就労支援員・ワーカー・査察指導員が現状に疑問を抱きつつ何とかし
たいと感じていることを著者らはいくつかの生活保護に関わる方へのインタビューを通じて確
認している。それら就労支援員・ワーカー・査察指導員の思いが現状を打破する原動力となる
ものと考える。
― 131 ―
注
1)本論文における「心理教育」について
ワーカーと利用者との関係は法の下の平等な並行関係である。そして共通課題として貧
困・偏見・病気と対峙しているチームである。利用者はその課題に関する喫緊の具体的な
情報を提供する役割が期待される。潜水艦の乗組員で例えれば利用者は潜望鏡を見て情報
を伝える役割である。
ワーカーは課題に対して利用者とともにプランを立てる役割がある。
潜水艦の中でいえば、地図を拡げる役割である。その際、プランを立てる専門家として情
報提供することは平行関係を基盤としなければできない。チーム内で貧困・偏見・病気に
関する具体的な情報(ex.「氷山が見えます」)を持っている利用者から具体的な情報をい
ただき、支援者がプランを立てるための情報(ex. 地図)を提供する。平行関係のチーム
内ではそのような助け合いが行われる。この助け合いを「心理教育」という概念に託して
提示している。
2)
「心理教育」の内容について
心理教育で伝える内容の出発点は、
利用者へのインタビューである。
「大変な中、どうやっ
て健康を保っているのですか?」
「他の人が仕事探しで苦労している中、どうやって仕事
を見つけられたのですか?」などの質問で利用者の成功情報を聞き取り、それをヒントに
伝える情報はまとめられ作られていった。
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― 133 ―
研 究 ノ ー ト
社会福祉実習教育における実習指導の現状と課題
松 井 奈 美 ・ 髙 橋 流里子 ・ 黒 川 京 子
Status quo and Issues on Instruction
of Social Work Practice in Social Work Education
Nami Matsui ・ Ruriko Takahashi ・ Kyoko Kurokawa
Abstract: This study is to aim at clarifying an effective guidance regarding generic social work
which the Japan Collage of Social Work has been highly valuing. The project members of this study
have organized our efforts for education in terms of practice based on a societal background. We have
also presented a current system of practice education here.
We illustrate the reality and the issue on a guidance of practice which have been proved by a survey
to field instructors and interviews to social work students.
This study will extend to establish a new method in practice education including developing
teaching materials.
Key Words: education for social worker, social work practice, issues on instruction of social work practice
本研究は、本学が目指すジェネリックソーシャルワーク教育のあり方はいかなるものなの
か、今後の社会福祉援助技術(相談援助)実習教育に何が求められるのか、を明らかにする
ことを目指し、これまでの本学の実習教育について社会的背景を踏まえつつ整理をおこなっ
た。また、現状の実習教育体制を示し、さらに実習指導担当教員に対して実施した実習前指
導に関する紙面調査、学生への聴き取り調査の結果から明らかになった実習指導の実態と課
題をまとめることとした。本研究は、教材開発を含めた新たな実習教育のあり方を検討し展
開することに繋がるものである。
キーワード:ソーシャルワーカー教育、相談援助実習、実習指導の課題
はじめに
本学は学部創設(1958 年)以来、社会福祉実践の重要性を認識していたが故に、実習教育
を重視して社会福祉教育を進めてきた歴史をもつ。社会福祉の実習教育は、社会状況、社会福
祉教育を取り巻く状況等の影響による教育課程の変更等が実習教育の体系に影響を与える。そ
して、新カリキュラムでは、実習教育に重要な学内での実習指導に目が向けられたが、その内
容については模索しているのが現実であろう。
1章では、本学の実習指導体制、実習指導の目的と枠組み等の現在までの変遷を、社会的背
景を眺めつつまとめる。2章では、実習指導担当教員のアンケートと学生のインタビュー調査
― 137 ―
の結果を手掛かりに現在の実習指導の課題を明らかにする。また、学習シートの開発を目指し
た実習指Ⅲ(事前指導)の試みを示すとともに学生のリアクションペーパーの分析を用いて本
学の実習指導体制の評価を試みる。
本研究ノートを通して、現在実習指導が抱える課題を明らかにして、今後の実習指導の質的
向上に向けた示唆になればと考える。
Ⅰ 社大の実習教育の変遷:実習指導の形成から現在
1.実習教育と実習指導の確立まで
学部創設から 1970 年代までは社会調査実習と社会事業実習を実習教育とし、高度な社会科
学的知識を基盤に、配属実習では学生の問題意識を深めさせることを目指して指導が行われて
いた。社会事業実習の配属実習では、1965 年度までは福祉事務所及び施設で4週間の実習を
課し、1966 年からは3週間の分野別配属になった。実習指導の骨格ができたのは 1968 年度で
あり(図1)
、社会福祉六法体制が整う時期と符合している。
3日間の予備実習配属後の実習学習計画、配属実習後に報告書作成と報告会、巡回指導を内
容とした。
図1 1968(昭和 43)年度 社会事業実習の実施手順・経過
12月
~1月
2月17日
~3月8日
実習報告会
個別面接
及び指導
本配属
指導教員巡回(3週間)
第二次
オリエンテーション
12月
2日~4日
予備実習の報告学習
計画を個々に立てさ
せる
第一次
オリエンテーション
11月
予備実習配属(3日間)
9月
施設主任者との打合法
6月
評価
『日本社会事業大学四十年史』(昭和 61 年 11 月) 194 頁
1980 年度に行われた実習教育改革によって現在につながる実習指導体制、実習指導の枠組
みが確立しいる。これには高度経済成長のパイの配分を受けた社会福祉において社会福祉従事
者養成が課題となり、
厚生省が設けた諮問機関の答申「社会福祉教育のあり方について」(1976
年)の影響があった。この答申が本学の実習指導講師の設置や独自に検討してきた類構想等と
して実習指導体制、その下での実習指導の枠組みの確立に繋がった。
社会事業実習から社会福祉実習へと名称を変更し、科目学習、専門演習、卒業論文の有機的
連携を目指し、4年間を通して行う実習指導は体系を作り上げた(図2)。類体制とは、専門
― 138 ―
課程(3,4年次)をⅠ類(児童・発達)Ⅱ類(障害・医療)Ⅲ類(成人・地域)と分野で区
分し、各類に実習助手1名を配置し教員全員が類に所属し、3年次の実習指導を行った。
配属実習の意義を、学生が実践活動に責任を持って参加し自己の体験を吟味すること、目的
を①講義や演習で学んだ理論や知識の深い把握②理論や知識にもとづいた現実の批判的分析に
より改善のための方法の考察③自らの理論や知識の不十分性、学習不足の認識④今後の学習・
研究の課題を明確にしていくこと(1984 年度版及び 1985 年度版『社会福祉実習の手引き』)、
と明示した。年次ごとに目的を掲げプログラムを設定しているが(図2)、それぞれの学習・
研究課題の明確化を最終目標にし、実習指導では実践現場の理解、学習意欲の高揚、主体的な
学習力の習得に指導に力点が置かれたことが読み取れる。
1年次は2年次、3年次の配属実習における学習課題の明確化のための準備として、視聴覚
教室と現場体験学習Ⅰで構成した。現場体験学習Ⅰは、自分の住む地域の福祉事務所やそこか
ら紹介された民生委員を訪問するという主体的行動による学習方法を指導した。
2年次には、3年次の実習に備え、社会福祉の実態に関する知識、問題関心、学生の学習意
欲を高揚のために、①問題関心の裾野を拡げて自己の課題を明確にするための「入門講座」、
②実習の意義の感得、実習意欲と問題意識の高揚のための「現場体験実習Ⅱ」③社会福祉問題
に関する関心を明確にするための福祉施設・機関を訪問する「訪問学習」。①~③については
事前の情報収集等の学習やレポート作成、教員・助手が学習会で指導した。
3年次は、2年次の 12 月のオリエンテーションから開始、3月から4月の実習先決定後に、
全体学習会とグループ学習会を行い、全体学習会で①実習の準備と心得(実習学習計画、事前
訪問等)
、②実習テーマとその展開、③実習記録のとり方と活用、④スーパービジョンの受け方、
⑤評価を、グループ学習会は各類がさらに分野、機関ごとの小グループを編成し、学内教員・
助手と各分野で指導的立場にある学外の実習指導講師が指導した。
2.清瀬移転と社会福祉士資格制度:実習教育体制整備と受験資格対応の枠組み
(1)
社会福祉士の国家資格制度(1987 年)と清瀬移転(1989 年)
社会福祉資格制度の導入によって、
「社会福祉援助技術現場実習」が 180 時間以上の配属実
習を含め 270 時間となり、社会福祉士受験資格への対応が迫られた。本学は「社会福祉援助技
術現場実習Ⅰ」として、1年次の学内での現場実習基礎講座と現場体験実習(1週間)と3年
次に「社会福祉援助技術現場実習Ⅱ」を配置した(図3)。予備実習と本実習の配属実習、オ
リエンテーション、全体学習会、グループ学習会、グループ学習会での専任教員の実習指導(基
礎知識の復習のための講義等)
、ゼミ教員による4年次実習が継続したが、学生の自主性を促
す教育プログラムが影を潜めた。
― 139 ―
訪
視
― 140 ―
自 主
面
実習Ⅱにむけてのオリエンテーション
現 場
体
入 門 講
座
現 場
験 学 習 Ⅰ
体
聴 覚
教 室
13-14 頁
体 学 習
オリエンテーション
学 習
○実習先検討
接
問 学 習
験 学 習 Ⅱ
社会福祉実習の手引き』昭和 60 年 4 月
実習Ⅲ
実習グループ結成
『1985 年度版
全
日本社会事業大学
個別指導
学習
グループ別
実習課題の再検討
実習ノート提出
集中予備実習
実習Ⅱ
3年次
実習課題の再検
実習ノート提出
通年本実習
実習Ⅳ
実 習
実習Ⅰ
2年次
積極的な姿勢が望まれる
問
訪
前
事
の
前
属
次
1年次
学
見
先
習
実
配
通年予備実習
実習先決定の際、見学や訪問して決める等
図2 実習の流れ【1-4年次】
4 年
インテグレーション・キャンプ
集中本実習
図3 実習教育全体日程(91
年度生適用)
日本社会事業大学実習教育室
図3 実習教育全体日程(91 年度生適用)
日本社会事業大学実習教育室
4月
1年
5月
6月
オリ
実習準備講座
3回
(8 回)
7月
8月
グループ
10 月
11 月
1月
実習 A
3月
実 習 Ⅱ オリ
実習先分
実習先配
個別面接
野決定
属仮決定
実習 B
グループ
2年
オリ
オリ
グループ学習会①②③
グループ
グループ
グループ
実習報告
①②
③④
(実習先別)
学習会④
学習会⑤
学習会⑥
会・イン
実習先事前訪問
予備実習
本実習
実習テーマ決定
(1 週間)
(2 週間)
(実習Ⅱ)
2月
り学習会
グループ
3年
12 月
振り返
指導
(実習Ⅰ)
9月
4年
テグレー
実習報告会準備と個
ションキ
別指導
ャンプ
処遇・計画実習
(1992 年 6 月 25 日の学内研究会の際の村井美紀報告の資料)
(1992 年6月 25 日の学内研究会の際の村井美紀報告の資料)
清瀬移転で各学科の下に、運営管理コースと地域福祉コース、家族福祉コース、障害・医
療コース、老人福祉コースを設置し、コースに対応させ1名の実習助手を配置する実習体制に
した。その後介護福祉コースを創設し、他のコースを整理したことで、実習助手(94 年「実
習講師」に変更)とコースの対応関係がなくなった。社会福祉援助技術現場実習Ⅱの実習の手
引きは実習講師ごとに作成するようになった。手引きの一例からみる実習指導内容は、①学部
教育システムの図②3年次実習教育の流れの図③学生の個人票の書き方④コースのゼミ紹介⑤
事前指導コースオリの日程・担当者⑥事前グループ学習会グループ編成と担当者 ・ 日程⑦分野
の文献と講義要綱⑧実習先への連絡事項、というように連絡、事務手続が中心である。分野別
専門にアイデンティティをもった実習講師による独立性の高い分野別の実習指導の傾向が強く
なり、同時に、実習教育と学内教員との関連性が薄くなったとの指摘(1992 年6月 25 日の学内研
究会の際の村井美紀報告)もされていた。
図4
4月
図4 1998
年度 社会福祉援助技術現場実習Ⅱの流れ
1998
年度 社会福祉援助技術現場実習Ⅱの流れ
5月
6月
7月
8月
9月
10 月
11 月
2年
12 月
1月
全体オリ 1 回
コースオリ
3年
6 回(講義)
予備実習
本実習
(1 週間)
(2 週間)
グループ学習会
2 回(ゼミ)
3月
所属コース
種別による
1回
決定
施設見学
個別面接
配属先決定、
2月
実習オリ
個別面接
グループ学習会
実 習 報 告
3~7 回(ゼミ)
会・インテ
実習報告書レポート
グレーショ
指導2~5 回(個別指
ンキャンプ
導)
グループ学習会
1~2 回(ゼミ)
実習先事前訪問
4年
処遇・計画実習
(1998
年度年度 『社会福祉援助技術現場実習Ⅱ
老人・保健福祉コース手引き)
(1998
『社会福祉援助技術現場実習Ⅱ 老人・保健福祉コース手引き)
― 141 ―
(2)
「社会福祉援助技術現場実習」から「社会福祉援助技術現場指導」の独立
1999 年の指定規則の変更で、社会福祉援助技術現場実習指導(90 時間)を社会福祉援助技
術現場実習(180 時間)と分離することになり、本学では図5のように1年から3年の学年で
実習科目を配置した。加えて、4年次実習を廃止し、3年次配属実習では毎週水曜日を帰校日
と位置づけた。実習講師ごとの事前指導体制、学外の実習講師のグループ学習会等の体制は継
続した。2004 年4月に本学は全学の実習教育に取り組む「実習教育センター」を設置、実習
講師4名が本センターの所属となった。
図5 2006 年度の社会福祉援助技術現場実習関連科目と学年配置 ( )は時間数
図 5 2006 年度の社会福祉援助技術現場実習関連科目と学年配置 ( )は時間数
前期
1 年次
後期
社会福祉援助技術現場実習指導Ⅰ
準備講座(30)
2 年次
社会福祉援助技術演習Ⅰ(60)
社会福祉援助技術現場実習Ⅰ:見学実習(45)
社会福祉援助技術現場実習指導Ⅱ(30)
3 年次
社会福祉援助技術現場実習指導Ⅲ(30)
社会福祉援助技術演習Ⅱ(30)
社会福祉援助技術現場実習Ⅱ(配属実習 180)
社会福祉援助技術現場実習指導Ⅲ(30)
社会福祉援助技術演習Ⅱ(30)
3.ソーシャルワーク実習への転換をめざした実習指導体制
2000 年代になると、社会福祉六法体制を超えたソーシャルワークへの期待や新カリキュラ
ムへの対応等 80 年代から続いた実習指導体制の転換を迫られた。特に3年次の分野別実習指
導、施設・機関別の学外指導講師によるグループ学習会の体制の転換が必要となった。
そこで、2007 年度から3年次の社会福祉援助技術実習指導Ⅲの実習指導体制を大きく変え
た。1人の実習講師が 60 人~ 80 人の学生を担当していたこと、定期的に来校し難い現場の実
習指導講師の実習指導体制では、少人数の指導とはいえず、また実習指導の計画性、安定性を
欠き、指導に責任と一貫性が持たせにくいという問題が出ていた。そして、新カリキュラムを
前倒し、社会福祉援助技術実習指導Ⅲは有資格教員を配置し、1人が通年で 15-16 人の学生を
担当することにした。統一的な実習の手引きを作成し、教員には指導の枠組みとして、実習前
指導(実習テーマ・実習計画書の作成指導、実習ノートの意義や書き方等)、実習中指導(実
習計画書の修正指導、巡回指導等)
、実習終了後(報告書作成、報告会に向けての指導、実習ノー
トを使った指導、成績評価)を示した。学生のグループは分野混合で編成し、分野ごとの現場
実習を実習指導によりソーシャルワーク実習へと転換させることを意図した。 (高橋流里子)
4.2007 年度以降の実習指導体制の現状
ここでは、現在の各年次における実習指導、および現場実習(配属実習)の実習先配属プロ
セスとその実情について述べ、2007 年度以降の実習指導体制の現状を示すこととする。
― 142 ―
(1)実習指導の積み重ね
2007 年度以降の実習指導体制を述べるにあたり、まず、学びの積み重ねとして行なってき
た実習指導Ⅰ・Ⅱ・Ⅲを図示する。図6の科目名は旧カリキュラムの名称である。
図 6 2007 年度実習指導体制
図6 2007 年度実習指導体制
実習指導Ⅰ
実習指導Ⅱ
実習指導Ⅲ
(聴いて学ぶ)
(見て学ぶ)
(体験して学ぶ)
・ゲスト講師の
お話を聴く
⇒
・質疑応答
・リアクションペ
ーパーを書く
(1年次、編入 3 年次)
・事前学習
・見学(話を聴く、
⇒
見学、質疑応答)
・現場実習事前学習
・現場実習
・実習中指導
・振り返り
・事後学習
・毎回のレポート
・報告書、報告会
(2 年次、編入 3 年次)
(3年次、編入 4 年次)
① 実習指導Ⅰ(新カリキュラムにおいては、開講課目の一部)
ゲスト講師のお話しを、大教室で聴く授業である(プログラムは実習教育センター年報を参
照されたい)
。様々な福祉現場の実践者のお話から、その現場の実情や経験・考えなどを知り、
㋐社会福祉実践における幅広い視野を培うこと、㋑専門職として大切なことを考えること、㋒
自らの学びのテーマを考えること、というねらいが掲げられている。
新カリキュラムに移行した 2009 年度、本科目自体は閉講となった。しかし、上記の教育効
果が期待されるため、継続を議論した結果、回数を縮小した上で、開講科目の一部分として位
置づけられることとなった。
② 実習指導Ⅱ(新カリキュラムにおいては、実習指導Ⅰおよび演習Ⅱ)
1クラス 16 ~ 20 名程のクラスで、半期間(後期)に、合計5ヶ所の施設・機関(児童、高齢、
障がい、生活保護関連、社会福祉協議会等)の見学と大学での学習(振り返り、事前学習)が
交互に行なわれる。見学先の調整は実習講師がおこなう。
2010 年度からは新カリキュラムにより、同形態ながら、見学は実習指導、学内での授業は
演習と位置づけられ、議論や発表など演習としての要素がさらに重視されることとなった。
事前学習では、根拠法の概要、当該分野の制度・施策、施設・機関の概要について調べ、振り
返りの時間には、学生が進行するなどして、考察、意見交換を行なうとともにレポートを提出
する。レポート指導の視点としては、翌年度の現場実習にむけて、現状の理解と考察ができて
いるかどうか、分析のあり方が意識される。
③ 実習指導Ⅲ(新カリキュラムにおいては、実習指導Ⅱ)
現場実習の対象年次に、実習指導Ⅲ(新:実習指導Ⅱ)が開講されてきた。1クラスに 14
~ 15 人、合計 16 クラスを、実習講師、学内教員、非常勤講師が担当する(2009 年度、非常
勤講師は9名)
。
その指導内容の現状は後章に詳述があるが、各クラスの独自性が強く見られる。
これまでの経緯に示された本学の方針に基づき、様々な分野で実習をおこなう学生が同じク
― 143 ―
ラスで学ぶ構成になっている。ただ、特定分野に深い経験と強いアイデンティティを持つ一部
の教員から、専門分野以外の指導がやりにくいこととの声があがっていた。一方、異なる分野
で実習をしたメンバーと学び合い、
発表会に向けた取り組みをしたことにより、ソーシャルワー
クの根本的に大切な事柄を分野を超えて考える機会となったという、学生からの声も多い。
(2)実習指導のつながり
実習指導Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ(旧カリキュラムの科目名)は、学びの積み上げとなることが目指され、
段階的に獲得したことがすべて現場実習での学びを深め、力量ある専門職に成長することに役
立つという期待が持たれてきた。しかし、現状ではつながりが可視化できる状況になく、その
効果の分析・検証も実習教育研究・研修センターにて始まったばかりである。
社会福祉現場に関するイメージが段階的に得られたことや、文章を書くことに慣れたという
学生からの感想は実習巡回時等に多く聞かれるが、各科目がつながって積み上げとなることを
目指した現在の実習指導体制の検証が望まれる。
(3)実習先配属の現状
① 実習先配属の流れ
図7 2010 年度実習配属の流れ
ディスカッション。担当教員が
入り、聴き取りと観察(12 月)
実習施設・機関より受
入回答が届く
(3 月頃が多い現状)
+
実習指導Ⅱ最終レポートおよび
必要に応じて個人面接
アンケートを提出(1月)
(12 月~配属決定時)
二ヶ所目配属確定(7月初頃)
「学びのテーマ」をグループで
実習先配属確定(6月初旬頃)
グループ面接
本格的に配属開始(3月)
図 7 2010 年度実習配属の流れ
② 実習配属に向けたグループ面接
実習先配属について、2年次(編入3年次)の実習指導Ⅱ(旧名称)の 15 回(後期、1回
は2コマ)のうち、14 回目をグループ面接にあてる。「地域型」以外の 12 クラスについて、
2コマの前半(3限目)に6クラス、後半(4限目)に6クラスのグループ面接をおこなう。
面接は実習講師4人と学内教員、学内業務経験のある非常勤教員が担当した。
グループ面接の前には、全体会で、本学のジェネリック・ソーシャルワーク実習について説
明した後、
「どこで実習をしたいのかを具体的にきくのではない、学びのテーマをグループの
中で話し、他のメンバーの質問や意見をふまえて深める」のだと説明する。
本来は、どこで実習をしてもソーシャルワーカーとしての学びができるという考え方である
が、学生が高い動機づけを持ち得ることを考え、また、実習先からも分野に関心のある学生を
配属してほしいという要請があることから、
「テーマを聴く」ことになる。
また、グループディスカッションから、学生の個性や現状(例えば、リーダーシップをとる、
― 144 ―
考えがまとまっていない等々)を知ることが目的である。しかし、実際には、数人のグループ
を編成しても、その中でのディスカッションはほとんどなく、各自が面接者に対して、「児童
相談所で虐待への対応を学びたい」
「社会福祉協議会に行きたい」など具体的な希望を個別に
話すという、グループ面接の意図が伝わりきれていない現状である。
15 回目(最終回)には、最終レポート「現場実習に向けて~見学実習を踏まえて」および
実習アンケートを、各学生が書いて提出する。最終レポートは、自身が強い関心を持った見学
先についての整理と考察をおこない、その学びをいかに現場実習につなげていくかということ
を文章化する。実習アンケートは、
現場実習で取り組みたいことや福祉分野でのサークル活動・
ボランティア活動の経験、実習における不安等を記載する。
③ 配属作業
配属作業は「地域型」実習のクラスを除き、4人の実習講師が全員で、グループ面接、最終
レポート、アンケートをもとに行なう。ジェネリック・ソーシャルワークの基本はもちろん理
解していつつも、本人の希望する分野や具体的な実習先種類(福祉事務所、児童養護施設など
など)と交通事情を鑑みて配属を行なっている現状である。
実際、学生のほうも、例えば学びのテーマから施設に配属を行なっても、「児童相談所で実
習したいと(グループ面接で)言ったのに」と納得できないこともあり、実習先からも「該
当分野での就職を希望する学生」と受入回答文書に明記されている場合も少なくはない。2007
年度は「決まった実習先は変更しない」という姿勢が明示されていたが、年々変更が多くなっ
てきている現状である。学習目標がきわめて漠然としていたり、心身の配慮を要する場合、グ
ループ面接以外に、1回から数回程度の個別面接をすることが多い。
そして、実習先を学生と実習指導Ⅲの教員に連絡できるのは、1ヶ所で実習する学生には5
月初旬、2ヶ所に実習行く場合の2ヶ所目は6月初旬である。その上、上述のとおり変更や調
整がかなり多くなっており、確定できるのは、図7のようにそれぞれさらに1ヶ月後になる。
配属作業開始後半年後以上しての実習先決定である。2010 年の実習計画書の作成締切が6月
16 日であり、実習先が2ヶ所ある学生は、2ヶ所目の実習計画書作成締め切りまでに実習先
が決定しない事態が生じている。今後の改善を要する課題である。
(黒川京子)
Ⅱ 社会福祉士実習指導の課題と新たな取り組み
1.2010 年度の社会福祉援助技術現場実習指導Ⅲ「事前指導」の実態調査
(1)実態調査の目的と方法
本学の社会福祉援助技術現場実習指導Ⅲ(以下、実習指導Ⅲ)は、実習の手引きに示された
プログラム(時系列に実施すべき内容が示されている)に基づいて授業が展開される。事前指
導に当たる前期の授業は、隔週の2コマ続き、週ごとに社会福祉援助技術演習Ⅱ(以下、援助
技術演習Ⅱ)と交代しながら進める学習スタイルである。今年度の実習指導Ⅲは、合同オリエ
ンテーション3コマを除く 10 コマをそれぞれの担当教員が責任を持って指導するプログラム
であった。
― 145 ―
研究班の議論では、この時間割(学習スタイル)も学習効果を阻害する課題のひとつである
との仮説を立て実習指導Ⅲの事前学習の課題を明確にするために実習指導Ⅲの担当教員と学生
の実態調査を実施した。
教員の実態調査は、実習指導Ⅲの教員反省会の時間に口頭でアンケート協力依頼を行い、前
期の実習指導Ⅲ(事前学習)最終日にアンケート用紙を配布した。なお、締切日の回収率が
29%であったため締切日を1週間延長することで回収率を上げた(16 人中 14 人が回答し 88%
の回収率となった)
。
学生の実態調査の手法は聞き取りである。教員に実施したアンケート内容に沿って半構造イ
ンタビューを実施した。インタビュー協力者の募集は、実習指導Ⅲの担当教員及び所属コース
が偏らないことを念頭に募った。また、インタビュアーを実習指導Ⅲに関わっていない卒業生
2名に依頼することで誘導や強要にならない配慮を行った。最終的なインタビュー協力者は6
名である。
(2)実習指導Ⅲの授業実態調査の結果
授業プログラムに関しては図8-1
図8-1 使用したプログラム
のように、手引きに記載されているプ
手引き通り
ログラム通りに行った教員は約 26%、
手引きとオリジナ
ル半分ずつ
手引きのプログラムと自分のプログラ
ムが半分ずつという教員が約 53%で
ほぼ独自のプログ
ラム
あった。20%に該当する独自プログラ
ムとは、当該研究班の意図的な試みで
ある。
図8- 2 予習、復習の課題
また、独自の学習シートを自分で
作って指導した教員は 60%、特に作
らなかった教員は 40%であった。予
ほぼ毎回出した
習、復習等の課題を宿題として課し
数回出した
たか否かの設問では、ほぼ毎回出した
出さなかった
が 20%、数回出したが約 66%、全く
出さなかったが約 13%となっていた。
この現状から授業時間の少なさが教授法に影響を及ぼしていることが推測された(図8-2)。
授業時間以外の指導の有無に関しては、6割の教員が授業時間外で指導していた。そのう
ちの 40%が学外の教員である。行っていない4割の教員のうちの 66%は学外の教員であっ
た。時間外指導の方法では、メールを使って指導した教員は約 42%、授業終了後の時間、ま
たは昼休みを使って指導した教員は約 28%、電話、郵送、研究室での個別指導は、それぞれ
約 14%であった。この実態から PC メールや携帯メールが重要な指導手段になっているのが確
認できる。
ただし、この時間外の指導は、特定の学生の指導が必要で行ったのか、学内授業の時間数が
少ないことを補完するために行ったのかなどの理由は不明。行っていない事実も、行う必要
― 146 ―
性が感じられなかったのか、行いたくても行えない状況であったのかは不明である。自由記述
で数名の教員の具体的な時間外指導の必要性は把握できたものの全体の把握にはいたらなかっ
た。その反省点として挙げられるのは、時間外の指導を必要とした教員の意識を問う設問が不
足していたことである。
社会福祉実習計画書(以下、実習計画)の作成指導における実態は、担当学生全員の作成指
導・添削を自分が行ったという教員は 10 名(実習講師3名、その他7名)。なお、学外非常勤
講師の指導実態として作成指導は自分だが添削はすべて実習講師だったという教員が2名。さ
らに2か所で実習を行う学生の2か所目の計画書指導に関しては、自分が指導し添削を実習講
師に依頼したという教員は2名。指導・添削ともに実習講師に依頼した教員は1名であった。
このように外部非常勤講師の約半数は実習計画書作成において実習講師のサポートを受けてい
た(図8-3)
。
今年度に関していえば、2か所目の実習先の指導や添削が困難な理由は、配属決定の遅延に
あると考えられるが、そのような状況であっても約半数の外部非常勤講師が、指導・添削とも
に自分で行っていることに着目したい。同じ条件でありながら「やらない」もしくは「やれな
い」理由は何であろうか。教員個々の意識の問題か、グループリーダーの本学実習講師との関
係性が関与しているのか。この点も深く追究してみる必要があろう。
図8-3 外部非常勤講師における実習計画書作成指導状況
図 8-3 外部非常勤講師における実習計画書作成指導状況(実習講師と学内常勤講師を除く)
(実習講師と学内常勤講師を除く)
ソーシャルワーク実習に向けた学生個々人の目的や目標の明確化を図る実習計画書の作成指
導が重要であることは実習指導に関わる人々の共通認識である。実際、学生の知識・技術・モ
チベーション・理解度・感性などが実習目標のレベルや質に大きく影響する。この実習計画書
作成の指導を通して気づいたことを問う設問の回答は、図8-4のようになっていた。
― 147 ―
図 8‐4 実習計画書作成指導上の気づき
図8-4 実習計画書作成指導上の気づき
教員の気づきの中で最も多かったのが「学生にソーシャルワーカーの役割や業務のイメージ
が不足している」
であった。次が
「実習先の制度、法律の理解が乏しい」、続いて「制度、法律、サー
ビスの理解が不足している」
「事前学習の授業時間が少ない」、「ソーシャルワークの全体像の
理解が乏しい」
「利用者理解ができていない」
「配属決定が遅い」
「大学に実習先の資料がない」
「配
属決定後に変更があり指導時間が不足した」などの気づきが挙げられた。このように多くの教
員が学生の学習状況の問題を提起しているが、実習指導を支える環境や支援体制の問題も看過
できない。
実習先の資料の有無に関してだが、配属実習先の資料の存在は実習先と大学間に交流がある
ことの証しであり、学生たちは資料の有無で実習先と大学の関係を確認しているともいえる。
現代社会は学生が必要とする情報は学生自身がインターネットから入手できる時代ではある
が、大学との関係性はインターネットでは確認できない。資料の有無が学生のモチベーション
等の目に見えない部分に影響すると考え、学生の不安を払しょくするために実習先の資料の収
集を進めることも重要ではないだろうか。
さらに実習計画書作成につながる教員個々の授業内容も多様であった。授業の中で教員が指
導した内容は「個人票の作成」と「記録の学習」(同率 93%)が最も多い項目だった。次に多
くの教員が指導したことは、
「実習生としての心構え」「実習生としての立場の理解」「社会福
祉士としての倫理・価値」
「実習テーマや課題の明確化」「実習先の活動と法律・サービスの関
連性」
「実習先の利用者と法律・サービスの関連性」「グループ作り」(同率 86%)であった。
実施した教員が少なかった項目は「事前訪問の準備(チェックリストの作成)」と「自己評価
の書き方」であった。これらは全体オリエンテーションで実施した項目であるため、あえて授
業の中で行わない教員が多かったと推測される。
また、多くの教員が演習型で行ったものには「自己紹介」「テーマ課題の明確化」「実習先の
活動と法律・サービスの関連性」と「実習先の利用者と法律・サービスの関連性」がある。「実
習生と利用者、実習生と指導者の関係」と「実習中起こりうる事態を想定した学習」は講義・
演習の両方の学習スタイルを用いて指導していた。その他(17 項目中の 11 項目)は講義中心
― 148 ―
型の授業であった。
授業の方法は、1グループで行ったクラスが多かった。講義中心型の授業の項目が多いこと
を鑑みれば当然の結果であろう。サブグループを作って学習する場合は、分野混合グループの
ほうが分野別グループより多かった。これはジェネリック・ソーシャルワーク教育の意識が指
導方法に反映された結果と考えてよいだろう。
なお、ここでは法律や支援サービスの学習で約 28%の教員が分野別グループで授業を行っ
ていたことに注目した。なぜなら学生個々の実習を恙無く実施する「実習指導」は分野別学習
で効果が発揮されるが、ジェネリック・ソーシャルワーク学習を目指す「実習教育」は分野混
合学習が効果的であると考えられるためである。このサブグループ授業の実態からは教員の教
育上の迷いや混乱が推測される。
実習指導Ⅲ、事前学習の総合的な分析として、指導内容、時間配分、授業形態、授業の方法
のすべてが多様であることが明らかになった。
つまり当該アンケートからは、同じ目的の授業で
ありながら教員の授業内容、進め方、指導上の留意点などに大きな差があることが確認された。
(3)実習指導Ⅲ履修学生のインタビューによる実態調査結果
学生のインタビュー調査の結果も教員アンケートで導かれた結果と重なる部分が多い。特に
多かった意見は、配属決定の遅れや大学に資料がない、巡回教員の決め方への不満、実習指導
の教員を選択できないことの不満など「大学の支援体制の不備」に関するものであった。また
同じ割合で多かったのは、実習指導担当教員の資質・態度に対するマイナス的な意見であった。
指導内容がアバウトである、
学生の質問に答えられない、指示が的確でない、相談しにくいなど、
「不安を助長させる態度を教員がとっている」という想いを語ってくれた。次に多かったのは、
「授業の内容の差や進行速度の差」であった。教員の実習指導に対する思いに温度差を感じる、
別のクラスの友達と比べて遅れを感じる、学外授業がありその準備等で他の学習ができない、
先生によって教え方に差があるなどの内容が語られた。その他、学生自身の学習不足も問題で
あるという意見を述べた学生や希望する授業内容を具体的に示した学生、担当教員の進め方等
に関する利点を具体的に述べてくれた学生などがいた(図9-1)。
図9-1 学生の実習指導Ⅲ事前学習に対する意見
図 9-1
学生の実習指導Ⅲ事前学習に対する意見
(注:項目別に整理した)
― 149 ―
(注:項目別に整理した)
なお、直接的・具体的な改善につながると考えられる学生自身の希望や教員に対するプラス
の意見を下記に記載する(表1-1、表1-2)。
表1-1 学生の希望する学習内容
① 去年の先輩の話を聞きたい
② 記録についてもう少し具体的に演習などで学びたかった
③ 先輩の話を聞く機会があったらいいと思う
④ 事前授業が短い、もっと時間をかけて丁寧に教えてほしかった
⑤ どんな姿勢で実習に臨んだらいいのかなど、もっと聞きたかった
⑥ 計画書作成の書き方と手順を指導してほしい
表1-2 担当教員の良かった点
① 早めのスケジュールで組んでくれたようで、自己学習が余裕をもってできた
② 実習計画書については、何度も添削してもらったので良かった
③ 実習計画書は去年の先輩の例を参考にさせてもらい、やりやすかった
(4)実習指導Ⅲ、事前学習の実態調査から見えた課題
実習指導Ⅲを担当する教員と受講する学生が同じように感じている課題は、①事前学習の時
間数の少なさ、②配属決定の遅さ、③実習教育室に実習先の資料が少ないことであった。学生
のクラスによって教員の教え方や内容に差があるという指摘は、教員のプログラムの多様性と
合致している。また、教員が独自のシートを使い予習や復習の課題をだしている状況からも教
育レベルに差が生じていることが推測できる。
「教員の授業(指導)に差がある」「先生の言葉
にショックを覚えた」
「聞いても知らないといわれる」などの学生の意見は、教育方法及び教
育内容の差が学生に与えた不利益といえよう。
教員側から出た事前学習段階における学生の知識の少なさや意識の低さが問題であるという
指摘も教育上の大きな課題である。本来は社会福祉援助技術現場実習指導Ⅰ・Ⅱ(以下、実習
指導Ⅰ、実習指導Ⅱ)の積み重ね、援助技術演習Ⅱと実習指導Ⅲの連動が適切であれば実習指
導Ⅲで必要な知識・技術は修得できているはずである。つまり関係科目との関係性も課題のひ
とつなのである。このように実態調査では、実習指導Ⅲの事前学習の教育レベル・学習内容に
差があることが明確になり、①効果的な体制作り、②教育内容・方法の標準化、③実習関連科
目のあり方の検討、などの課題が明らかになった。
また、指導教員の自由記述からは「全領域というより、数ヶ所領域に3名以上が良い」「領
域ごとに丁寧に指導できる体制が良いと思う」という領域(分野)ごとの指導体制希望者と「分
野を超えたクラスでの学びという基本姿勢は素晴らしい」「職員間の共通認識の構築、一定の
共通の方向(それぞれのクラスの持ち味は尊重しつつ、共通の方向に向かう)を見出すことが
― 150 ―
大切」という領域(分野)混合の指導体制を評価する人が混在していることが判明した。この
事実からは、2007 年度に出された実習指導の方針、つまり本学のソーシャルワーク教育方針
のさらなる周知の必要性が課題であることが明らかになった。
このように、実習指導Ⅲの実態調査は、本学の実習指導に多様な課題が山積していることを
明らかにすると共に、これらの多様な課題に真正面から向き合うことの必要性を明示した。
2.社会福祉士教育の見直しに基づいた実習指導Ⅲ(事前学習)の新たな試み
(1)実習指導Ⅲの事前学習の方針
実習指導Ⅲの教材開発研究班3クラスは、2007 年度の社会福祉士制度の見直しに基づいた
実習教育のあり方を議論することから出発した。社会福祉士教育に大きく関連する見直しとし
て社会福祉士の義務規定の追加がある。従来の「信用失墜行為の禁止」(社会福祉士及び介護
福祉士法第 45 条)と「秘密保持義務」
(同法第 46 条)に「誠実義務」(同法 44 条の2)、「連
携義務」
(同法 47 条の1)
「自己研鑽義務」
、
(同法 47 条の2)が新たに加えられた(社養協編、
2009 年)
。この事実は、まさにジェネリックソーシャルワーカーとしての“価値”と“倫理”
をいかに学ばせるかという教員の課題に直結する。この課題に向き合う教育理念として、①人
間の生き方を支えるとは何か、②望ましい人生とは何か、③福祉専門職としての自らの規範と
は何か、
などを学生自身に考えさせることの必要性を強く感じる。そこで、前期実習指導Ⅲでは、
今まで積み重ねた知識・技術を統合すること、そして自らの力で考えることを目標としたプロ
グラムを立てた。
“教員の考えを教える”のではなく“専門職としての考え方を教える”とい
う方針に基づき、学生の反応を見ながら学習シートの開発を進めた。
(2)研究班の実習指導Ⅲの事前学習
教材開発研究班3クラスの学生には、3クラスが研究としての要素をもったクラスであり、
他の 13 クラスと時間割が異なることを説明した。そして学生全員の了解を得て独自のプログ
ラムで授業を展開した。なお、他のクラスとのプログラムの差は表2に示した通りである。
表2 2010 年度実習指導Ⅲ前期プログラム(研究班との対比)
日程・時期
既存の実習プログラム(目的・内容) 日程・時期
モデル的実習プログラム(目的・内容)
4 月 14 日
(2コマ)
1コマ目 オリエンテーション(実習 4月 14 日 1コマ目 全体オリエンテーション
の目的・意義の確認、年間プログラム (2コマ) 2コマ目 クラス別授業
を理解し、主体的に学習計画を立てる)
目的:知識・意識・モチベーションに
2コマ目 クラス別授業
ついて考える(資料1)
自己紹介、実習に対する考えについて
・授業進行の説明
の意見交換
・実習目標の模索(ディスカッション)
・宿題(資料2 )
4 月 28 日
(2コマ)
・実習先の概要、活動を規定している 4月 28 日
法律・制度、実習分野の現状と課題 (2.5 コマ)
を把握する。
・実 習先のある地域について理解す
る。
・各自が実習における問題意識を鮮明
にする。
― 151 ―
目的:実習指導Ⅱの復習(資料 3 )
・実 習における人間関係構築と距離感
について考える(ディスカッション
→発表)
目的:事前学習の取り組み方を考える
・ゲストスピーカー(卒業生)の体験談
と実習に対する後輩へのアドバイス
(3クラス合同)
・宿題(資料 4 )
5 月 19 日
1コマ目 全体オリエンテーション 5月 19 日
(2コマ) (事務連絡、提出書類確認、等)
(2.5 コマ)
2コマ目 クラス別授業
・各 自が実習テーマ・課題を設定し、
実習計画書案の作成をする。
1コマ目 全体オリエンテーション
2コマ目 クラス別授業
目的:実習先研究(実習先理解・SW
業務理解について考える)計画書作成
に向けて
・福祉現場で働く人々を理解する(ディ
スカッション→発表)
・各職種の職務・役割を理解する(ディ
スカッション→発表)
・宿題(資料5-1、5-2 )
6月2日
(2コマ)
クラス別授業
・実習計画書の作成
6月2日
目的:利用者の生活課題を考える
(2.5 コマ) 実習生の役割を考える
・福 祉現場の利用者を理解する(ディ
スカッション→発表)
・利 用者が福祉サービスを利用するま
でのプロセス(個別ワーク→ディス
カッション)。
・宿題(実習計画書作成・資料6 )
6 月 16 日
(1コマ)
クラス別授業
・実習記録の意義を理解し、書き方に
ついて学ぶ。
6月 16 日
(1コマ)
目的:ソーシャルワークをイメージす
る
・実 習生の立場・役割とスーパーヴァ
イザーの役割(ディスカッション→
発表)。
・実 習計画書案の提出(添削指導:授
業外時間を使った個別指導)
・宿題(資料7、8 )
6 月 30 日
1コマ目 全体オリエンテーション
(2コマ) (感染症予防などの健康管理、実習中
の留意点、巡回指導、出勤簿の取り扱
い、諸手続きなどの確認)
2コマ目 クラス別授業
・自己評価表・礼状の書き方について
学ぶ。
6月 30 日
(2コマ)
1コマ目 全体オリエンテーション
2コマ目 クラス別授業
目的:現場で起こりうる事態への対応
について考える(資料9 )
・実 習計画書と実習の関係の確認(講
義)。
・実 習中の不測の事態についての対応
(ディスカッション→発表)。
・2 ヶ所目の実習計画書作成指導 ・・・
不足は授業時間外に実施
7 月 14 日
(2コマ)
クラス別授業
7月 14 日 目的:実習をイメージする(資料 10 )
・事前訪問の準備(チェックリストの (2.5 コマ) ・実 習記録の書き方(具体的な記述ト
作成)をする。
レーニング:学習シート、ビデオ活
用)。
目的:実習目的・目標の再確認(資料 11 )
・ソ ーシャルワーカーの倫理・価値・
専門性の確認(ディスカッション・
講義)。
第1回の授業では、実習に向けた学生個々人の目的を明らかにすることを行った。初回のク
ラス別授業では、簡単な自己紹介を行いながら現場実習に向けた個々人の目的を聞き(将来の
自分、学べること、学びたいこと等を明らかにした)モチベーションを高めた。
また、初回の自宅学習として実習指導Ⅱ(2年次)で見学した施設・機関の知識を確認する
ための課題を課した。各自が見学した施設・機関の「法的根拠と条項」「法的目的」「施設(機
関)固有の理念・目的・特徴」
「利用に至るまでの手続き、プロセス」「利用者が抱える社会福
祉の問題(生活課題)
」
「支援するスタッフの職種と業務」「施設(機関)が抱える課題」を次
の授業時間までに表にまとめてくることを求めた。
3クラスの教員は、それぞれのクラスの学習状況をまとめ、その分析結果を持ち寄り指導上
― 152 ―
の課題を議論した。そして新たに浮上した課題に対応させる学習シートを検討していった。な
お、
第1回の授業で把握した課題は、
①ソーシャルワークのイメージが弱い、②問題意識が弱い、
③学習不足が目立つ、④実習に対する主体性が弱い、などであった。つまり学生たちは、自分
がどのような立場であり、現場にどのように参加して何を学ぶのかというイメージが持てない
状況であることがわかった。教材開発班クラスは、これらの教育課題に有効な学習シートを創
ることを目標として授業の前後の打ち合わせを継続した。また、授業時間はジェネリックな学
習時間であるという基本的な考えに基づき、配属決定に伴った個別学習は自宅学習で行うよう
指導した。なお、自宅学習は授業時間の不足を補うものと位置づけた。
このように教材開発班は学生たちの学習状況を把握しながら自宅学習課題を出し、学生個々
人が考えたこと調べたことを実習分野混合のメンバーでディスカッションするという方法で授
業を進めた(表3)
。
表3 授業展開の基本的プロセス
自宅学習(学生)
グループ学習(授業時間)
学生の学びのまとめと分析(各教員)
せ会議)
学習シートの作成
授業の実施・課題の提示
リアクションペーパー記述
指導に向けた課題の抽出(教員打合
学習シートの確認と授業方法の打合せ会議
自宅学習(学生)
第2回授業日(授業数4コマ目)の「実習における留意点を確認する」ことを目的とした授
業は卒業生をゲストスピーカーとして迎えた。この合同授業は非常に効果的で、事前学習の重
要性を学生たちに理解させることができた。卒業生の講義内容も実習のイメージを膨らませ、
事前学習の重要性を訴えたものであったが、ゲストスピーカーを迎えたタイミングの良さがモ
チベーションの向上につながったようである。
また、実習現場において心がけることを考えさせる学習では、実習の意義や目的、専門職と
しての価値観、利用者理解、学生の立場等の理解が浅いという結果がでた。この部分はとても
重要であり、利用者や職員との関係性や距離感をしっかり考えてもらいたいという教員の意向
から、表現や切り口を変えて再度考える学習シートを作った。この意図的な働きかけを行った
結果、大半の学生が我々指導教員の期待したレベルまで成長してくれた。
指導を始めたころの学生たちは、それぞれの課題に対する答えを教員に求めている様子だっ
た。しかし教員側は、考えることに意義があるという信念を貫き、個々の学生の多様な考えと
その理由(価値観や根拠)を示すコメントを学生に送り続けた。その結果、何を学びたいのか、
何が学べるのか、そして何を学ぶべきなのかを各自の力で考えた実習計画書を書き上げた。
記録の学習では、まず学習シートを使って記録に入れるべき要素を確認した。そのうえで本
学の実習記録用紙に具体的に記録を書くトレーニングを行った。さらに現場の様子がイメージ
できるビデオを見て、その場面に自分が参加したと仮定し実習記録を書くトレーニングを行っ
た。実習体験で生じた思考を可視化する“実習記録の執筆”は、学生にとって負担感を強く覚
える行為である。十分な事前学習とはいえないが、この意図的・段階的な記録の学習は学生た
― 153 ―
ちの不安を緩和させたと考えられる。
前期授業で開発した学習シートや実施した授業が学生たちにどのような影響を及ぼしたかは
後期の事後学習で確認することになるが、学生の授業態度の変化から成長の手ごたえは感じら
れた。当初は課題(宿題)の多さに戸惑う学生達だったが、課題を出すことの意義や学習シー
トの目的などを説明することで教員の意図を理解してくれるようになり、後半の授業は課題に
前向きに取り組む姿勢が見られた。
3.実習指導の実態と新たな取組みからみえた課題
本学の実習指導は3年次に行う実習に焦点を当て、実習指導Ⅰ・実習指導Ⅱ・実習指導Ⅲと
段階的に実施される。実習指導Ⅰは「聞く」
、実習指導Ⅱは「見る」、実習Ⅲは「体験する」と
いうキーワードでソーシャルワークの価値・倫理の体得を目指す。実習目標の明確化を図る実
習指導Ⅲの段階では、Ⅰ段階、Ⅱ段階の実習指導で現場がイメージできていることや社会福祉
援助技術演習などで着実に知識を修得していることが必須である。しかし、実習指導Ⅲ事前学
習の実態調査や教材開発の中で「ソーシャルワークのイメージが弱い」「知識が少ない」など
の課題の存在が明らかになった。
実習指導Ⅰでソーシャルワークのイメージを把握し、実習指導Ⅱで見学した現場の根拠法や
課題の理解を深めることが確実に行なわれることで、実習指導Ⅲにおける実習目的は明確にな
る。つまり、実習に直結する実習指導Ⅲの学びを効果的にするには、実習指導Ⅰ・Ⅱの学びが
適切でかつ積み上げられるという段階的実習指導が求められるのである。
実習指導Ⅰにおいては、①ソーシャルワークプロセスの実際、②該当する根拠法、③ソーシャ
ルワーク実践における課題、④実習に向けた自己の学習課題、などの学習ポイントを示唆する
必要性を感じる。また、Ⅱ段階の実習指導に関しても、実習指導Ⅰとの連動を意識した学習ポ
イントを示す教材を用い、実習指導Ⅲにつながることを意識した指導・教材が求められる。つ
まり、各段階の学習効果を確認しながら次の学習段階に進むことの重要性を認識した上で、丁
寧に指導していくことが必要なのである。
なお、実習指導Ⅲの事前学習の学習効果を高めるには、今回開発した学習シートの見直しを
進める必要がある。共通学習シートとして全クラスで使用し、学習効果を評価しつつ改善を進
めたい。また、実習指導Ⅲの事後学習では、事前学習での学びが実習の中でどのように活かさ
れたかを可視化する学習シートが必要になる。ソーシャルワーク実習での気付きや学びを可視
化させること、個別スーパービジョン(実習報告書の作成への取り組み)とグループスーパー
ビジョン(実習報告会報告書の作成への取り組み)をつなぐ学習シートの開発が急がれる。
さらに実習指導の最終段階を教授する教員には、実習教育(学校教育)に限界があることも
認識して教育に取り組む必要がある。つまり実習指導Ⅲでは、実習を通して学べることの限界
や学校教育の限界を丁寧に指導すると共に卒後を意識した教育を行う必要がある。各教員には、
①段階的な実習指導の意義を理解すること、②卒後教育を視野に入れた教育理念を持つこと、
③対人援助者としての価値や倫理を学生や現場の実習指導者と共に追求する力を有すること、
などの必要性を理解したうえで、意図的な実習指導を行うことが期待される。
― 154 ―
(松井奈美)
Ⅲ 本学の実習教育の課題
社会福祉士制度導入により実習教育が一般化される以前から本学は独自の実習教育体制を作
り上げ、社会福祉教育に影響を与えた事実がある。しかし、社会福祉士制度導入後にはその独
自性が薄れていった感がある。平成 21 年度からの新カリキュラムの導入により社会福祉士養
成はあらたな段階に突入し、
実践力の醸成をめざす実習教育に力点がおかれることになったが、
これは本学の社会福祉教育が目指したことでもある。本報告では複数の方法を用いて、また開
発した教材の検証をしたわけでもない段階であるが、実習教育で重視すべき実習指導に関する
課題が示唆できたように思える。
その課題の1つに、社会的要請に対応するために、分野別の現場実習をソーシャルワーク実
習に転換できるような実習指導にしていくことがある。80 年代に本学が先陣を切って整備し
た実習体制は社会福祉六法体制下の分野別実習教育、実習指導であるが、利用者のニーズと社
会福祉システムが転換した現在の社会状況には、社会福祉六法体制の実習教育では対応できな
い。こうした認識から、2007 年度から3年次実習指導はソーシャルワーク実習を意図して体
制を転換させ、分野別実習指導クラスから分野混合実習指導クラスにした。しかし、各実習指
導クラスでは分野別サブグループでの指導の実施や担当教員から分野混合クラスの指導の困難
さが訴えられるなど、分野別実習指導からぬけ出ることの困難さがうかがわれる。
次に、新たに実習教育の目標を設定し、約 240 人の学生全員に実習指導内容のミニマムレベ
ルを設定するという課題がある。実習指導のクラスの授業内容の違いがアンケートやヒアリン
グに表れ、ここには現在、実習教育全体を年次ごとに、「聞く」「見る」「体験する」という方
法を示しているものの、これらの目標と最低限習得すべき学習内容、そして実習教育の最終目
標がみえないからではなかろうか。このことは特に社会福祉士制度の導入後にみえたことであ
る。実習指導には社会人になるための心構えなど職業前の教育・訓練から専門職としての訓練・
教育につながる指導がある。これらのどのレベルを目標に、どのような実習指導の内容でミニ
マムを確保するのかということである。そして、今後の実習指導では教員ごと独自性を大切に
しつつも、ミニマムの教育内容を確保するためには、教授技術を高めるための道具として教材
開発や教員相互の研修が必要になる。
最後に、今回のアンケート等を通して実習指導のための環境整備も課題としてみえた。具体
的には、配属時期を実習指導Ⅲの授業開始前に終了すること、事前学習時間の適性確保、2007
年度に実習指導Ⅲの教員の役割を明確にしたが役割の混乱が見られること、全体オリエンテー
ションとクラス学習内容を整理・区別化、大学に実習先の資料を整備すること等である。 (高橋流里子・松井奈美)
【参考文献】 日本社会事業大学『日本社会事業大学四十年史』(昭和 61 年 11 月)
日本社会事業大学『日本社会事業大学五十年史』(平成8年 11 月)。
― 155 ―
日本社会事業大学 『1984 年度版 社会福祉実習の手引き』(昭和 59 年4月発行)
日本社会事業大学 『1985 年度版 社会福祉実習の手引き』(昭和 60 年4月発行)
日本社会事業大学 『平成元年度 社会福祉実習のまとめ』(平成2年3月発行)
日本社会事業大学児童福祉学科、臨床福祉研究会における村井美紀レポート「日本社会事業大
学における実習教育の歴史」1992 年6月 25 日
日本社会事業大学 『1998 年度 社会福祉援助技術現場実習Ⅱ 老人保健福祉コース手引き』
(1998 年7月 10 日発行)
日本社会事業大学実習教育センター『2006 年度実習教育センター年報』第1号(2007 年 12 月
発行)
日本社会事業大学実習教育センター『2007 年度実習教育センター年報』第2号(2008 年 12 月
発行)
2007 年 12 月 21 日に行われた実習指導総括懇談会資料
日本社会福祉士養成校協会『相談援助実習指導・現場実習教員テキスト』中央法規、2009 年
日本社会事業大学『2010 年度版 社会福祉実習の手引き』
― 156 ―
ソーシャルワーク教育における
専門職間連携教育の方向性
~イングランドにおける IPL 実習をふまえて~
木 戸 宜 子
The Direction of Inter-professional Learning
in the Social Work Education
Noriko Kido
Abstract: This report will discuss some challenges and the direction hereafter about the interprofessional learning in social work education of our university, referring the inter-professional
learning program in England. In addition, it will also focus on the development of the educational
program, the conception of cooperation and collaboration in social work practice, and the field
practice system based on collaboration between the university and social welfare agencies.
Key Words: Inter-professional Education, Inter-professional Learning, collaboration
本稿では、専門職間連携教育について先駆的な教育実践を行っているイングランドにおい
て、大学が地域の福祉機関との協働で実施している IPL(インタープロフェッショナル・ラー
ニング)実習の取り組みに焦点をあて、本学のソーシャルワーク教育における専門職間連携
教育プログラムの課題と今後の方向性について探った。教育プログラムの開発、連携・協働
の実践概念の構築、実習システムの構築の点について言及する。
キーワード : 専門職間連携教育、インタープロフェッショナル・ラーニング、協働関係
はじめに
地域ケアが進展する中で、保健医療福祉の連携・協働については、実践現場においても教育
においても最重要の課題である。多職種連携、チームアプローチ、機関間連携、地域サポート
ネットワークなどその必要性は認識されてきたが、それだけでは現状は動いてはいかない。実
践としても教育としても、それらを具現化、展開できるスキルをいかにもち、発展させるかと
いうことが喫緊の課題である。
そのためにはソーシャルワーク教育の中でも、保健医療など関連領域の実践者、研究教育者
と協働できる人材を養成するということを考え、その具体的な教育展開方法を探らなくてはな
らない。特に専門職間連携について焦点をあてるということは、①他職種の専門性や視点、価
値観を理解し尊重し、利用者を支えるための協働者となる、また②多職種のチームワークにお
いて、自らの専門性や役割を発揮することができる、といった意義があると思う。
そこで本論では、
本学における専門職間連携教育の課題と今後の方向性について探るために、
― 157 ―
先駆的な教育実践を行っているイングランドにおいて、大学が地域の福祉機関との協働で実施
している IPL(インタープロフェッショナル・ラーニング)実習の取り組みに焦点をあててみ
たい。
1.研究の視点
専門職間連携教育、特に実習を展開していく上では、教育機関と実践現場との協力体制が構
築されている必要がある。本学の実習教育においても、実践現場との連携は常に意識し強化さ
れてきたところであるが、連携・協働を実体化させることを考えるならば、実践現場側にとっ
ての有用性についても今まで以上に考える必要がある。
そのような中で 2010 年3月、本学との姉妹校でもあるサウサンプトン大学で IPL プログラ
ムについて話を伺う機会が得られた。サウサンプトン大学の取り組みには、専門職間連携教育
をめざす日本国内の多くの大学も注視しており、これまでにも多くの報告がなされているとこ
ろである i。IPL プログラムは、保健医療福祉関連学科の学生の合同プログラムで、3つの段
階からなる。各段階のテーマとして、ユニット1は「協働学習」、ユニット2は「専門職連携
のチームワーク」
、ユニット3は「実践における専門職連携の発展」である。ユニット3は各
学科の卒業年次に参加する段階であり、実習生がチームを組んで、実際のフィールドでのプロ
ジェクトに取り組むという実習を行う。実習生はそれまで各課程において専門教育を受けてき
ているので、専門的な技術や視点をもって実習に取り組むことが期待される。
またこの実習を受け入れている保健福祉機関の、ハンプシャー成人サービス部にも訪問する
機会が得られた。当機関には大学から委託されている IPL 実習のファシリテーターを担うソー
シャルワーカーや事務職員がいる。彼らは具体的にどう対応しているのか、実践現場として実
際にプログラムの効果・成果として期待、認識しているものは何か、ファシリテーターの姿勢、
機関としての受け入れ準備体制などの点に一番の関心を寄せた。
これらをふまえて IPL プログラムを実施する上で重要と思われる、大学と実践現場との協働
関係について考察してみたい。またサウサンプトン大学が実践現場との協働において展開して
いる IPL プログラムのねらいや意義、成果などに焦点をあて、本学に IPL プログラムを導入す
る意義と課題を探る。
2.ハンプシャー成人サービス部における IPL 実習
ハンプシャー成人サービス部は、自治体行政機関の中で、成人の障害者や高齢者のケアサー
ビスを担当する部門である。当部門では2週間の IPL プログラム・ユニット3のためにプロジェ
クトを提供している。
(1)実習生が取り組むプロジェクト内容
ハ ン プ シ ャ ー は、 成 人 対 象 の 共 通 ア セ ス メ ン ト 枠 組 み(CAFA; Common Assessment
― 158 ―
Framework for Adults)に関する事業のモデル地区となっている。この事業は、ヘルスケアとソー
シャルケアの情報を共有するための、またサービス利用者に幅広い選択肢を提供するための、
効果的先駆的な方法を探ることを目的としている。これに IPL 実習プログラムのユニット3が
組み入れられている。当部門で 2009 年 11 月に実施された IPL 実習プログラムとして、以下の
3つのプロジェクトがある。
*メッセージ・イン・ボトル ~利用に関する問題点の調査~
(緊急時における利用者の個人情報把握の取り組み)
*終末期ケアの計画
*ハンプシャーの住民は CAFA に投資された 280 £からいかに利益を得るか
(事業の効果性についての評価の取り組み)
2週間の実習期間に 30 人の実習生を受け入れ、プロジェクトごとに3つのグループに振り
分けられる。
(2)実習の進み方
実習生グループのプロジェクトへの取り組み方は、メンバーの主体性に任されている。そこ
には取り組みの中で IPL を十分認識し、他者と協働するスキルを身につけるような意図が含ま
れている。また要所でファシリテーターによる振り返りが行われ、学びのプロセスを十分意識
化するための配慮がなされていることがわかる。
①実習生グループ
各学科(ソーシャルワーク、言語聴覚、看護、医学、助産、作業療法、理学療法、足治療、薬学、
放射線学)から1名ずつ学生が配属され、実習グループを構成する。学生どうしは必ずしも面
識があるわけではなく、グループ内の協力関係構築も取り組みの一つである。終了後には、プ
ロジェクトに対してどれだけ取り組めたかということについて、グループメンバー間で相互評
価が行われる。
②実習のプロセス
初日のオリエンテーションで、実習生どうしの自己紹介が行われ、実習生が取り組む課題が
提示される。その後はグループ内でそれぞれ役割分担などを行い、各自のフィールドワーク(文
献調査、関係者へのインタビューなど)に進んでいく。1週めの終わりにファシリテーターは
振り返りの時間を設け、チームワークのあり方、実習生の長所や、活動の意味づけなどについ
て話し合う。
2週間、学生は役割分担に基づいてそれぞれのフィールドワークに取り組んでいるので、お
互いに顔を合わす機会も多くはない。そこで大学側が開設している IPL のサイトを利用して、
相互に進捗状況を報告しあったり意見を交換しながら、収集された情報を分析し、報告内容を
まとめていく。その結果については、最終日に実習生グループから自治体の職員やサービス利
用者に対するプレゼンテーションが行われる。その後にはまた実習生グループの振り返りの時
間が設けられ、何を学んだのか、学んだことをどう実践現場に活かしていくかということなど
が話し合われる。
― 159 ―
(3)実習機関の受け入れ体制
実習生を受け入れる機関側では、ファシリテーターにも本務がある中で、プロジェクトの準
備や実習生への対応など大変な労力が求められると考える。しかしながら、実践現場としては
外部の立場にある実習生からの報告内容や疑問点などが、サービスの評価や改善につながると
いう、IPL 実習の価値を認め、積極的な受け入れ姿勢があるようである。
①受け入れのための準備体制
機関として実習プログラムを受け入れる準備をするために、ファシリテーターは、どのよう
なプロジェクトに参画してもらうかという企画を練ることから始まり、具体的に関係者に承諾
を得たり、実習生がインタビューをする相手への申し入れ、アポイントメントを行うことや、
所内のパソコン等設備の利用に関する手続きに至るまで、2ヶ月前からの準備を要する。
ファシリテーターは、大学側が行うファシリテーター養成のためのワークショップを受けて
おり、IPL 実習プログラムについての理解、ファシリテーターの役割やスキルを習得している。
大学としては、ファシリテーターがそれぞれの職種・職務において有している専門性を尊重す
る姿勢であり、専門性に関わる内容には触れない。ワークショップとして行う内容は、参加す
る実習生グループの活動に配慮しながらもプログラムをどう進行させるかという、あくまでも
ファシリテーターのスキルを習得することにある。
②ファシリテーターのスキル・姿勢
ファシリテーターとしては実習プログラムの進行にあたって、専門性、対人関係技術、教育
的スキル、マネジメント、ファシリテーター相互支援などを意識しているという。特に対人関
係技術については、グループダイナミクスに重点をおく。実習生グループのメンバー間の相互
作用については、職種による相違があることと同時に、個々人の相違があること、またそれぞ
れが生活や教育の中で培ってきたそれらの経験を発揮、活用できることを意図している。
例えば、グループによってはリーダー的存在となるメンバーがおらず、なかなか取り組みが
進まないグループがあったり、反対に強力なリーダーシップを発揮するメンバーによって全体
が引っ張っていかれるという事態も起こる。
しかしそれもグループダイナミクスの結果であり、
さまざまな取り組み方があると認識されている。
その一方で、実習生がそれぞれフィールドワークに出ている間は、ファシリテーターも実習
生と顔を合わすことがないので、コンタクトをとることの難しさがあるという。そのような中
で、例えば実習生の関心事がプログラムの目的からそれてしまった場合には、IPL のサイト上
での実習生どうしのやりとりに参加して、軌道修正を示唆することもある。
また、例えば活動に参加しなかったり、消極的な実習生がいるという場合に、そこに焦点を
あてて特別の指導をするという姿勢はとられていない。IPL 実習はどの学科にとっても必修単
位であるので、必ず履修しなければならないのだが、あくまでもグループメンバーの主体的な
取り組みに任されており、実習生の取り組み姿勢の問題については、最後のメンバー間相互評
価によって明らかにされることになる。
③受け入れ機関にとっての成果・利益
ファシリテーターとしては、実習生から示される報告内容や、質問、疑問点は、実践現場に
― 160 ―
とっての利益になるという考えをもっている。特に実習生から示されるサービスに関する提案
などには満足しており、プロジェクトとしては成功していると考えている。報告された提案内
容などは、機関として実行していくということである。
3.IPL プログラムの成果の背景
これほどまでに大学と実践現場との協働関係が構築され、教育と実践の現場双方にとっての
成果が見られているのには、イングランド特有の職業や教育に関する文化、システム、またシ
ステムを動かすための理念が影響しているように思われる。これらの点について考察してみた
い。
(1)職業・教育における文化の特性
サウサンプトン大学におけるソーシャルワーク教育は、資格取得のための課程であるが、そ
れをめざす学生であっても、必ずしも福祉に対する意識や動機づけは高くはないという。しか
しながら一般的に職業意識や役割意識はとても高く、専門職ともなればその職務や結果に対し
て強い責任が求められることもある。
そしてソーシャルワーク教育の基本的な姿勢としては、知識の習得よりも考えることに重点
が置かれているという。事象や事柄、歴史を学ぶ際には、それが実践にいかに影響するかとい
うことを考える教育内容である。すなわち実践的、実務的な指向性が高いことがうかがわれる。
そのような中で「The New Generation Project」といわれる IPL プログラムが開発されてきた
ことは、ヘルスケアとソーシャルケアがそれぞれ複雑化する中で、サービス提供上の実践的な
問題が起こってきたことが背景にある。このことはそもそも実践現場にとっての大きな課題で
あり、実践現場としては IPL 実習を受け入れることによって大学と連携し、その具体的な方策
を求めているということが考えられる。いかにも実務的な利益を求める発想と思える。
(2)システムの構築
IPL プログラムにとっては、大学と実践現場との協働関係構築が重要な鍵となる。もちろん
実習受け入れ機関の実習に対する積極的姿勢や、大学でのファシリテーター養成ワークショッ
プなど、双方の努力や姿勢は欠かせないものであるが、それだけではなく政府としてのシステ
ム構築に関する合理的なしくみが働いていることが関連していると思われる。
それは実際に実践現場における問題が生じたときに、その現場の問題としてのみ捉えられて
終わるのではなく、どこでも起こりうる問題として認識し、いかに対応できるシステムを構築
するかという具体策を示しているということである。実際にイングランドでは児童虐待死の問
題が起こったときに、マスコミによって担当ソーシャルワーカーが強く非難されると同時に、
監督・サポートする上司や機関の体制も問われている。そのような問題に対する対応策を検討
するために、政府の審議会や委員会が機能し、制度・政策化に向けての検討がなされる。その
際には専門職養成を担う大学に対しても、教授法や教育プログラムの開発を要請し、そのため
― 161 ―
の予算が与えられるという。
具体的な社会問題を起因として、対応策としての教育プログラムや教育と実践との協働シス
テムが構築されるしくみやプロセスが根づいていることがうかがわれた。
4.本学における専門職間連携教育の展開に向けて
以上をふまえて、
本学における専門職間連携教育の展開に向けた視点について考えてみたい。
①教育プログラム開発の視点
今回学んできたサウサンプトン大学における IPL プログラムは、関連学科合同の演習・実習
がその特徴とも言えるものであったが、その形態だけが必ずしも IPL プログラムの本質では
ないと思う。むしろ実践現場の課題から要請されて実習プログラムが生み出されてきたこと、
実践機関との協働関係のもと進められてきていることを考えれば、実践的・実務的指向性に、
IPL プログラムの特徴があったのではないかと考える。
つまり教育プログラムの開発にあたっては、大学側がどれだけ実践的・実務的指向性をもっ
ているのか、実践現場の利益や求めていることに近づけるのかということが問われてくる。本
学社会福祉学部では地域を基盤とした実習教育をめざし、地域型実習プログラムを開発してき
た経緯がある ii。その特徴は、生活者の視点の育成を重視し、ジェネリックソーシャルワーク
の視点に基づいて、帰納的学習方法を取り入れたことにある。帰納的思考はすなわち教えられ
たことを応用するのではなく、自ら課題に向かってその解決方法やアプローチを探索してい
く問題解決、実務的指向の学習である。また専門職大学院では、実践型実習としてサービス改
善、サービス開発、臨床改善という具体的な実践現場の課題に取り組む実習体制を構築してき
た iii。これらの視点を活用していくことは可能ではないかと考える。
②「連携」
「協働」の実践概念の構築
また実践的、実務的観点から言えば、
「連携」「協働」の実践概念の構築が必要ではないかと
考える。今日の日本の実践現場を振り返ってみれば、「連携」「協働」という言葉が強調される
ようになってきているものの、
「連携が必要」「 連携しましょう 」 という声かけだけでは、現
場は動いていかない。考え方としての「連携」
「協働」や、それらのあり方、また必要性を説
くだけでは意味をなさない。またこうすれば連携や協働がうまくいくというような、どの実践
現場や実践者にも通用するノウハウがあるとも考えにくい。いかに効果的な連携、協働をして
いる実践報告があろうとも、他の実践現場に応用が図られることは難しいからである。
むしろ何が達成できれば連携や協働の成果といえるのか、連携や協働の効果を何によって測
ることができるのかということを明確にしていかなくてはならないだろう。しかしその場合で
も、利用者個人のためにいかに多職種、多機関で連携、協働ができたかという観点だけでは不
十分である。医療保険、介護保険のような、個人に提供されたサービスに対して報酬を支払う
しくみの中では、利用者個人にとっての利益ばかりが評価されがちであるが、本来多職種、多
機関が連携、
協働するということは、
もっと幅広い視野のもとで意義をもつのであり、
「連携」
「協
働」とは地域やケアシステムにとっての具体的な効果や成果が測られなければならない。その
― 162 ―
意味ではハンプシャー成人サービス部で取り組まれていたような、サービス評価・プログラム
評価に関するプロジェクトが意味をもつと考える。
③新たな実習システム・協働関係の構築
IPL プログラムを見聞してくる中で、ハンプシャー成人サービス部における IPL 実習が実習
生の主体的行動に任せているという点、また大学が行うファシリテーター養成ワークショップ
の内容が、ファシリテーターとしてのスキル習得を目的としており、職種の専門性に触れるも
のではないという点について、特に関心を持った。
日本の実習教育の現状から言えば、専門職、実践者が業務や実践の現状を伝承したり、実習
生が体験することを中心に専門職育成がなされており、ハンプシャー成人サービス部の IPL 実
習のような実習生主体のフィールドワークで実習成果がきちんとでてくるのだろうか、また実
習指導者ではなく「ファシリテーター」を養成するという意識が取り込めるだろうか、という
危惧を先にもってしまうからである。
しかしハンプシャー成人サービス部の IPL 実習から見て取れることは、プロジェクトを提供
する機関は、確かに実習生グループのプレゼンテーションや報告内容に期待をしており、それ
が不十分なものであれば、大学と実践現場との協働関係は崩れてしまうことを、実習生自身が
意識せざるをえない。
そこには実習生が自己責任を果たさなければならないという前提がある。
またファシリテーターは、実習教育として指導をしようという姿勢よりも、自分たちの機関に
とっての利益や成果をあげるには、実習生グループのプロジェクト遂行こそが重要であるとい
う意識も持ちえている。つまり自らの職務の責任を果たすという意識の上に、実習生グループ
の動きを見守っているようにうかがえる。IPL 実習プログラム、そのファシリテーター養成を
していくのであれば、このような実習協働関係、契約関係を構築するような企画づくりをして
いく必要がある。
今後これらの知見をふまえて、本学における専門職間連携教育プログラムのあり方を具体的
に検討していきたい。
<注>
i
埼玉県立大学編集『IPW を学ぶ:利用者中心の保健医療福祉連携』(中央法規、2009)
ii日本社会事業大学 社会事業研究所『地域と連携した実習指導モデル研究プロジェクト』
(2009)
iii文部科学省の平成 18 年度「法科大学院等専門職大学院教育推進プログラム」において、
「コ
ラボレーション型実践教育システムの構築-課題解決型福祉実践能力の開発-」として取
り組んだ。
― 163 ―
研
究
報
告
「認知症高齢者に配慮した施設環境づくり
支援プログラム」の全国レベルでの
普及を目的とした実践研究
児 玉 桂 子 ・ 古 賀 誉 章
沼 田 恭 子 ・ 下 垣 光
Nationwide diffusion of the“institutional environment
creation support program catering to elderly
people with dementia”
Keiko Kodama・Takaaki Koga・Kyoko Numata・Hikaru Shimogaki
Abstract: The“institutional environment creation support program catering to elderly people
with dementia”aims first to change the physical environment of institutions, and from there cause
a ripple effect generating improvements in care and management environments, thereby aiming for
the betterment of the lives of elderly people with dementia. The aim of this study is to construct a
support structure in order to facilitate nationwide diffusion of the“institutional environment creation
support program catering to elderly people with dementia”. In this academic year, the institutional
environment creation manual was revised, a website featuring methods of institutional environment
creation and case studies was constructed, institutional environment creation training was developed
and practical research on institutional environment creation was conducted at several sites in Japan
and Taiwan. Through these activities, training and evaluation of the effectiveness of environment
creation related to the“institutional environment creation support program catering to elderly people
with dementia”were implemented.
Key Words: Dementia care environment; Institutional environment creation support program;
Institutional environment creation training; Institutional environment creation practical research
「認知症高齢者に配慮した施設環境づくり支援プログラム」は、施設の物理的環境をまず
変えることにより、ケアや運営的環境に波及して、認知症高齢者の生活の質の向上を目標に
している。本研究は、「認知症高齢者に配慮した施設環境づくり支援プログラム」の全国レ
ベルでの普及のために、支援体勢の構築を目的としている。本年度は、
施設環境づくりマニュ
アルの改訂、施設環境づくりの手法や実践事例に関するウエッブサイトの構築、施設環境づ
くり研修の開発、施設環境づくり実践研究を日本や台湾など数カ所で実施した。これらの実
施を通じて、「認知症高齢者に配慮した施設環境づくり支援プログラム」に基づく研修や環
境づくり実践の有効性の評価を行った。
キーワード:認知症ケア環境、施設環境づくり支援プログラム、施設環境づくり研修、施設
環境づくり実践研究
― 167 ―
Ⅰ.本研究の目的
1.研究の背景
認知症ケアにおける環境の重要性が認識され、家庭的な雰囲気の小規模な環境のもとで、で
きるだけ生活の継続性を大切にしたケアの重要性が認識されるようになってきた。わが国では、
1997 年にグループホームが、
2003 年に個室・ユニットケアの特別養護老人ホームが制度化され、
認知症高齢者に配慮した環境の施設が普及しつつある。しかし、多様なニーズを持つ個々の認
知症高齢者に環境を活かした暮らしやケアを提供する手法について、ケア現場からの要請は高
いが、その手法はまだ普及に至っていない。
正式名称を「認知症高齢者に配慮した施設環境づくり支援プログラム」と呼ぶ本プログラム
は、施設の社会的・物理的・運営的環境を視野に入れ、まず目に見える物理的環境を変えるこ
とにより、ケアや運営的環境の改善につなげ、認知症高齢者にふさわしいケアと暮らしの実現
を目標としている。2000 年より本プログラムの開発・評価研究と実践研究が継続的に進められ、
従来型施設あるいはユニットケアなどの新たな施設のいずれであっても、本プログラムが施設
環境を変え、職員の意識を変え、認知症高齢者など施設利用者の満足度や生活の質を向上させ
ることが幅広く検証されてきた。
本プログラムの認知症ケア分野への普及について、6ステップから構成されるプログラム全
体を本格的に導入した施設は、
首都圏や関西圏に留まっているが、プログラムの一部である「認
知症高齢者への環境支援指針」は、国や自治体の認知症介護者研修の一部に取り入れられ、広
く普及している。
2.施設環境づくりの支援態勢の構築
認知症ケア現場からの要請に応えて、
「認知症高齢者に配慮した施設環境づくり支援プログ
ラム」の全国レベルでの普及を目的として、施設環境づくり支援態勢の構築が本研究の目的で
ある。表1に示すように、施設環境づくり支援態勢として、誰でもがアクセスできる「Ⅰ.施
設環境づくり支援ツール」
、専門的な支援を提供する「Ⅱ.施設環境づくり専門家チームによ
る支援」
、さらにこれらを支える「Ⅲ.専門家組織の養成」の3領域の構築を目標としている。
「Ⅰ.施設環境づくり支援ツール」を構成する環境づくりに活用できる資源の中で、本年度
取り組むのは、①施設環境づくりマニュアル、②各ステップの支援ツール、③ウエッブサイト
活用による情報提供、これらの内容の充実である。
「Ⅱ.施設環境づくり専門家チームによる支援」は、「Ⅱ-1環境づくり研修・教育」と「Ⅱ
-2コンサルテーション」から構成される。本年度は、前述した「施設環境づくり支援プログ
ラム」を適用して、
「①環境づくり入門研修」
「②環境づくり基礎研修」、
、
「③環境づくりリーダー
養成研修」を開発してその有効性を検証すると共に、環境づくりの中心になる環境づくりリー
ダーの養成を広く行う。
「Ⅲ.専門家組織の養成」に関して、認知症ケア環境の専門家はまだ限られており、日本各
地で認知症ケア環境の専門家にアクセスすることは難しい状況にある。日本社会事業大学児玉
― 168 ―
表1 施設環境づくりの支援態勢の構築
Ⅰ施設環境づくり支援ツール
① 施設環境づくりマニュアル
② 各ステップごとの支援ツール
・指針や各種ワークシート
③ ウェブサイトによる環境づくり
・http://www.kankyozukuri.com/
・http://network.kankyozukuri.com/
④ 施設環境づくり実践事例集
⑤ 施設環境のインテリアデザイン
(CD版)
⑥ 関連図書リスト
Ⅱ施設環境づくり専門家チームによる支援
Ⅱ-1環境づくり研修・教育
Ⅱ-2コンサルテーション
① 環境づくり入門研修
① 質の高い施設環境づくり
② 環境づくり基礎研修
② 設計を伴う施設環境づくり
③ 環境づくりリーダー養成研修
④ 環境づくり管理職研修
③ 質の高い認知症ケアの実践
④ 施設環境づくりを通じた職員教育
⑤ 大学・大学院におけるケア環境教育
⑥ ケア環境のインテリア研修
⑤ ケアと環境の調査・評価
Ⅲ専門家組織の養成
① ケアと環境研究会 http://www.kankyozukuri.com/
② ケア環境づくり全国ネットワーク http://network.kankyozukuri.com/
③ 調査等の専門組織
研究室を中心として首都圏や関西圏の研究者や実践家から構成される「ケアと環境研究会」は、
施設環境づくり支援プログラムの開発研究や実践に貢献してきた。本年度の研究では、日本建
築学会福祉施設小委員会等と連携をして、
「ケア環境づくり全国ネットワーク」とそのウエッ
ブサイトの構築を図り、認知症ケア環境に関心のある人がアクセスしやすい状況を作る。
Ⅱ.本研究の成果
1.
「認知症高齢者に配慮した施設環境づくり支援プログラム」に基づく施設環境づくりマニュ
アルの改訂
(1)プログラムの特徴と改訂の必要性
「認知症高齢者に配慮した施設環境づくり支援プログラム」は、介護職員が中心となり多様
な人が参加して進めることを前提に6ステップから構成され、表2に示すように豊かな発想や
コミュニケーションを支援する豊富なツールが用意されている点が特徴である。
これまで、
「認知症高齢者への環境支援指針 (PEAP) を用いた施設環境づくり実践ハンドブッ
ク Part1 ~4
(2004 ~ 2007)
」1)~4)をテキストとして施設環境づくり実践や研修を進めてきたが、
近年の実践研究の蓄積を反映して、マニュアル全体の見直しとステップ4以降の後半部分の充
実が必要となってきた。
さらに、入手しやすいマニュアルが欲しいというケア現場からの声に応えるために、改訂し
たマニュアルをさらに分かりやすくして、これまでの環境づくり実践事例を加えた実践的なマ
ニュアル刊行も求められている。
(2)6ステップから構成されるプログラムの概要
「ステップ1:ケアと環境への気づきを高める」では、認知症高齢者の適応に重要な8つの
次元を示す「認知症高齢者への環境支援指針(PEAP 日本版3)」の学習を通じて、認知症ケ
アと環境のかかわりについて視点の共有を図る。施設環境づくりの環境課題の整理、計画づく
り、評価等このプログラム全体を通じて、PEAP が認知症高齢者の立場に立ったケアの視点を
共有する重要な柱と位置づけられている。
― 169 ―
表2 認知症高齢者に配慮した施設環境づくり支援プログラムを構成するステップとツール
ステップ
プロセス
ツール
ケアと環境への気づ
きを高める
● 認知症ケアと環境を学ぶ
● 自施設の環境について意見交換
◎ 施設環境の現状評価
● 認知症高齢者への環境支援指針
(PEAP 日本版 3)
◎ 多面的施設環境評価尺度等
環境の課題をとらえ
て、目標を定める
● 施設環境を点検する
● 課題の整理
● 施設環境づくりの目標設定
● キャプション評価法
● PEAP に基づくキャプション・カー
ドの分類シート
● 目標設定シート
環境づくりの計画を
立てる
● 暮らし方シミュレーション
● 改善案の収集・整理・選択
○ 中間発表会
● 暮 ら し 方 シ ミ ュ レ ー シ ョ ン・ シート
● 環境づくりアイディアシート
4
環境づくりを実施す
る
● 改善案の実施条件を検討
● 環境づくりを実施
● 実施条件の検討シート
○ 環境づくり.Com 実践事例集
5
新しい環境を暮らし
とケアに活かす
● 新しい環境を暮らしに活かす
● 新しい環境をケアプランに活かす
○ 環境づくりの活用状況把握シート
環境づくりを振り返
る
● 環境づくりの実践の振り返り
◎ 環境づくりの効果の検証
● まとめの報告会
● 環境づくり振り返りシート
◎ 多面的施設環境評価尺度等
環境づくりの効果に関する調査表
環境づくりへの参加状況調査表等
1
2
3
6
●6ステップの環境づくりで取り組む基本項目 ◎環境づくりの効果の検証に必要項目
「ステップ2:環境の課題をとらえて、目標を定める」では、施設環境の写真にコメントを
添えるという「キャプション評価法」を用いて、できるだけ多様な参加者により施設の点検を
行い、キャプションカードの整理を通じて、環境づくりの場所や課題を絞り、環境づくりの目
標を定める。このステップで、多様な立場の職員、入居者、家族、ボランティア等多様な参加
者の視点で施設の課題をとらえるように意図されている。
「ステップ3:環境づくりの計画を立てる」では、新たな環境のもとでの暮らしをイメージ
して、実現するための環境づくりのアイディアを物理的・社会的・運営的環境について広く出
していく。この際には、
「暮らし方シミュレーションシート」や「環境づくりアイディアシート」
が豊かな発想を支援する。
「ステップ4:環境づくりを実施する」では、ステップ3で出されたアイディアを、「実施条
件の検討シート」を用いて、整理を行い、取り組みやすく認知症高齢者への効果が期待できる
ものから実施に移していく。取り組みが難しいものについては、次年度以降の事業計画などで
検討していく。
「ステップ5:新しい環境を暮らしとケアに活かす」では、新たな環境を作っただけでは認
知症高齢者自らがそれを活かすことは難しいので、暮らしやケアプランに活かすように身近に
いる介護者が積極的に取り組むように意図されている。
「ステップ6:環境づくりを振り返る」は、施設環境づくりの実践の振り返りと環境づくり
の効果の検証から構成される。施設環境づくりの実践の振り返りには、これまで使用してきた
各種シートや取り組み内容や認知症高齢者への効果をコンパクトにまとめる「環境づくりの振
り返りシート」が有効である。環境づくりの検証には、環境の変化、ケアの変化、認知症高齢
者を初めとする利用者の変化を捉える評価尺度やチェックリストが整備されている。これらに
― 170 ―
より、環境づくり前に比べて、ねらった効果が得られたか、残された課題は何かを明らかにし
て、その結果を次につなげていくことが可能となっている。
今回の改訂では、環境づくりシート全体の見直しや「PEAP にもとづくキャプションカード
の分類シート」
、
「実施条件の検討シート」
、
「環境づくりの活用状況把握シート」、「環境づくり
振り返りシート」が新たに加えられた。環境づくりの評価指標に関しても見直しや充実が図
られた。この改訂を踏まえて、さらに分かりやすくして、これまでの環境づくり実践を加えた
「PEAP にもとづく認知症ケアのための施設環境づくり実践マニュアル」5)の刊行を行った。
2.
「認知症高齢者に配慮した施設環境づくり支援プログラム」にもとづく研修の開発と評価
本研究では、
「認知症高齢者に配慮した施設環境づくり支援プログラム」にもとづく研修プ
ログラムを開発して、その効果を確認することが目的のひとつである。さらに研修を通じて、
施設環境づくりを進められる人材の育成につながることが期待される。
(1)研修の種類と内容
研修の種類として、入門研修、基礎研修、リーダー養成研修の3種類のプログラムの開発ま
たは従来のものの見直しを行った(表3)
。
入門研修は、施設環境づくりステップ1にあたる認知症ケアと環境の基本を「認知症高齢者
への環境支援指針(PEAP 日本版3)
」の講義により、学習を進める。
基礎研修は、施設環境づくりステップ1~3についてコンパクトに学び、環境づくりの視点
表3 施設環境づくり支援プログラムに基づく研修
基本カリキュラム
研修事例1)
形式:講義(1~2時間)
目標・内容:認知症高齢者への環境支援指針
(PEAP)の学習を通じて、認知症ケアに環
境を活かす視点を学ぶ。
・台湾国立雲林科技大学等と連携した研修会
(2009.9.18 ~ ,22)
・栃木県医師会による研修会 (2009.11.29)
・熊本県益城郡グループホーム部会と連携した
入門研修 (2009.12.14)
基礎研修
形式:講義+演習(5~ 10 時間)
目標:自施設で環境づくりができるように、環
境づくりの視点と課題解決の手法をコンパ
クトに学ぶ。
内容:施設環境づくりのステップ1~3のコン
パクト版を使用。自施設のキャプション評
価を事前に用意して、それに基づき、環境
課題の整理、環境づくりの目標設定、環境
改善の提案の手法をグループワークで学
ぶ。成果の発表を行い、講師が講評を行う。
・名古屋市社会福祉協議会による基礎研修会
(2009.11.16)
・熊本県益城郡グループホーム部会と連携した
基礎研修 (2010.3.8)
・練馬区介護人材育成・研修センターによる基
礎研修 (2010.5 ~ 7 の間2回 )
リーダー
養成研修
形式:講義+演習(5~ 10 時間)
・日本建築学会福祉施設小委員会と連携した研
目標:自施設で環境づくりができるように、環
修会 (2009.6 に3回実施 )
境づくりの視点と課題解決の手法をコンパ ・練馬区介護人材育成・研修センターによる応
クトに学ぶ。
用研修(2010.9 ~ 2011.2 に6回実施)
内容:施設環境づくりのステップ1~3のコン
パクト版を使用。自施設のキャプション評
価を事前に用意して、それに基づき、環境
課題の整理、環境づくりの目標設定、環境
改善の提案の手法をグループワークで学
ぶ。成果の発表を行い、講師が講評を行う。
入門研修
1)2009 ~ 2010 年の研究期間中に実施したものとそれ以前も含めて研修の事例は、http://www.kankyozukuri.
com/ に掲載している。
― 171 ―
や手法を講義と演習により学習して、
各自の施設で取り組めるようにすることを目指している。
事前にキャプション評価法を用いて、自施設の環境課題の把握を行って参加することが効果的
である。
リーダー養成研修は、施設環境づくりステップ1~6の演習や環境づくり実践施設の見学を
踏まえて、小規模な環境づくり実践を研修期間中に行う。講義+演習+施設見学+実践を通じ
て、施設環境づくりのリーダーとしての知識とスキルを身につけることを目的とする。
(2)研修の実施と評価
3種類の研修は、栃木、東京、名古屋、熊本、台湾の地域で実施され、この研修の受講者に
より、各地で環境づくり実践に発展している(表3)。研修にあたっては、事前調査で研修へ
の期待や環境づくり経験の把握、事後評価で研修内容への理解や環境づくりの障害になること
等を把握した。表4にその一部をまとめた。
「PEAP が理解できたか」
、
「環境づくりを具体的にイメージできたか」、「環境づくりの手法
は自施設で役立つか」に関しては全般に高い評価がなされているが、「研修の内容を職場に伝
えられるか」については若干評価が低くなっており、伝えやすくする工夫が求められる。「環
境づくりの経験の有無」に関して、過半数の参加者が身近な工夫や中には浴室などの改修も経
験しており、環境づくりへの関心をしっかり持ち研修に参加しているといえる。これまで研修
参加者は、特養職員が中心であったが、グループホームやデイサービスに広がっている。
台湾での研修データは高雄市と雲林科技大学の2カ所で実施されたものであり、高齢者施設
環境に関する研修の一環として、ステップ1に関する日本で使用しているパワーポイントや資
料を中国語に翻訳して実施された。PEAP に関しては日本と変わらない高い理解が得られた。
環境づくりへの障害に関しては、
「費用の捻出」、「施設の狭さ」、「環境づくりの情報不足」が
上位に上げられ、業務の負担が増えるといったことはそれほど問題にはされていない。自由記
述でも大変関心の高さが示されており、これから高齢化を迎えるアジアの国々でも、施設環境
づくりプログラムの必要性や有効性が示唆された。
3.施設環境づくり支援ウエッブサイトの構築
認知症高齢者に配慮した環境づくりの情報を発信する「環境づくりウエッブサイト」の更新
と「ケア環境づくり全国ネットワーク」の新規開設を本年度行った(表5)。
1)施設環境づくりウエッブサイトの追加更新
このウエッブサイトは認知症ケアと環境をテーマに、施設環境づくりに関するプログラムや
実践事例、住まいの工夫とまちづくり、研修・セミナー、関連資料など豊富な内容から構成さ
れる他に例のないサイトであり、毎日 30 件程度のアクセスが記録されている。施設環境づく
りに必要な各種シートなどはここからダウンロードが可能であり、施設環境づくりの研修や実
践には不可欠なサイトとなっている。本年度は、ツールや実践事例の追加更新を行った。
2)ケア環境づくり全国ネットワークの開設
認知症ケア環境の専門家はまだ限られており、どこにどのような人がいるかを把握すること
は一般的に難しい。日本建築学会や日本認知症ケア学会で活躍する認知症ケア環境の専門家か
― 172 ―
表4 施設環境づくり研修参加者の状況
名古屋基礎研修 練馬基礎研修 熊本入門研修 熊本基礎研修 台湾入門研修
(43 名)
(23 名)
(128 名)
(28 名)
(149 名)
PEAP を理解できた
81.3
95.6
94.6
―
83.2
環境づくりを具体的にイメージ
できた
83.7
91.3
―
―
―
研修の内容を職員に伝えられる
62.7
65.2
68.0
82.2
―
環境づくりの手法は、自施設に
役立つ
65.1
91.3
87.2
100.0
―
環境づくりの経験がある
51.1
69.6
69.5
53.6
―
―
―
―
10.7
2.0
2)管理職の理解が得にくい
―
―
―
10.7
30.8
3)職員の理解が得にくい
―
―
―
28.6
17.4
4)業務の負担が増える
―
―
―
32.1
27.5
5)費用の捻出
―
―
―
53.6
73.1
6)施設が老朽化
―
―
―
21.4
35.5
7)施設が狭い
―
―
―
17.9
65.7
8)取り組み方が分からない
―
―
―
10.7
22.8
9) 環境づくりに関する情報が
不足している
―
―
―
28.6
49.6
10)入居者の負担
―
―
―
28.6
14.7
11)その他
―
―
―
3.6
5.3
〔環境づくりの障害になること〕
1)大きな障害はない
〔施設の種類〕
1)特養・老健
79.0
43.3
33.4
35.7
―
2)グループホーム等
2.3
17.4
50.0
60.7
―
3)デイサービス
9.3
30.4
8.7
10.7
―
4)その他
9.4
8.7
7.9
10.7
―
〔職種〕
1)介護職員
―
75.0
43.6
46.4
2)看護師
―
4.2
9.4
0.0
3)相談職
―
16.7
5.5
7.1
4)管理職
―
0.0
18.8
21.4
5)介護支援専門員
―
4.2
20.3
35.7
0.0
6)その他
―
0.0
3.1
3.6
24.3
30.8
44.9
名古屋基礎研修:ステップ1~3を6時間で実施。キャプション評価も行う。
練 馬 基 礎 研 修:ステップ1~3を2回に分けて6時間実施。キャプション評価も行う。
熊 本 入 門 研 修:ステップ1と2の一部を演習を含めて4時間実施。
熊 本 基 礎 研 修:ステップ1~3を5時間で実施。キャプション評価も行う。
台 湾 入 門 研 修:高齢者の施設環境の研修会の中で、ステップ1について2時間講義。
参加者は高雄市と国立雲林科技大学の2カ所の合計。
らなるネットワークを構築して、地域別に紹介を行った。また、認知症高齢者へのケア環境づ
くりの領域の広がりを示すために、調査研究、研修・ワークショップ・教育、現場と協働する
環境づくり実践、ケア環境の計画・設計・提案に、メンバーの業績を分類してビジュアルに示
した。今後、構成メンバーを増やして、引き続いて充実を図る予定である。
― 173 ―
表5 施設環境づくりを支援するウェブサイトの概要
環境づくりウエッブサイト http://www.kankyozukuri.com/
ケア環境づくり全国ネットワーク
http://network.kankyozukuri.com/
1.組織の紹介
・ケアと環境研究会
・認知症高齢者への住まいの工夫研究会
2.認知症高齢者に配慮した施設環境づくり
・6ステップのプログラム
・実践ハンドブック
・環境づくりのツール
・ケア環境のインテリア
・実践事例集
3.住まいの工夫とまちづくり
・住まいの工夫とは(準備中)
・認知症の人が安心して住めるまちづくり
4.研修・セミナー
・環境づくり研修・教育
・環境づくりセミナー
・海外での研修・セミナー
5.関連資料など
・役立つ参考図書
・環境づくりの実践研究の成果
・リンク集
・ダウンロード集
6.お知らせ
・環境づくりを支援しています
・環境づくり研修・セミナー
1.全国各地の専門家のプロフィール
・北海道
・東北
・関東
・中部
・近畿
・九州
2.ケア環境づくりとは
・調査研究
・ケア環境に関する研修・ワークショップ
・ケア環境に関する教育
・ケア現場と協働で進める環境づくり実践
・ケア環境の設計・計画・提案
4.施設環境づくり支援プログラムにもとづく実践研究
「認知症高齢者に配慮した施設環境づくり支援プログラム」に沿った施設環境づくりの介入
研究とその評価は 22 年度の計画であったが、環境づくり前後の評価には1年以上の期間が必
要なので、前倒しして本年より実践研究を進めた(表6)。以下の環境づくり実践は、リーダー
養成研修や基礎研修を踏まえて、発展したものである。
(1)新規に取り組んだ施設環境づくり
練馬区社会福祉事業団の大泉・富士見台・関町・田柄の4特養において、6ステップのプロ
グラムに沿った実践研究を行った。取り組みのプロセスの分析を行い、さらにより良い施設環
境づくりプログラムに向けて検討中である。また、環境づくり前後の職員の反応を「多面的施
設環境評価尺度」や「PHRF ストレスチェックリスト」で、認知症高齢者の行動変化を「環境
づくりの効果に関する調査表」で把握を行い、環境づくりの効果の検証を進めている。
熊本における施設環境づくりは、久留米大学浜崎研究室と熊本県益城郡グループホーム等部
会の支援により、基礎研修に参加した施設において進行中である。 台湾における環境づくりは、日本で実施した施設環境づくりリーダー養成研修への国立雲林
科技大学曽准教授の参加、児玉らによる台湾における入門研修の実施等を経て、日本の研修資
料を活用して、嘉義市にあるキリスト教病院付属ナーシングホームおよび天主教聖馬爾定病院
付属ナーシングホームで実践が進んでいる。
― 174 ―
表6 現在進行中の施設環境づくり実践研究の概要
施設環境づくり実践
取り組みと支援の概要
練馬区社会福祉事業団施設環境づくり
2009.4 ~ 2011.3
大泉・富士見台・関町・田柄の4特養にお
いて、6ステップの施設環境づくり支援プ
ログラムに沿った介入研究を実施。
熊本県における施設環境づくり
2010.3 ~継続
施設環境づくりリーダー研修に参加した特
養・グループホームで実施。久留米大学浜
崎研究室と連携。
台湾に置ける施設環境づくり
2009.11 ~継続
施設環境づくりリーダー研修に参加した国
立雲林科技大学曽准教授により、嘉義市に
あるキリスト教病院付属ナーシングホーム
および天主教聖馬爾定病院付属ナーシング
ホームで実施。
多摩済生園の施設環境づくり
(東京都小平市)
2009.4 ~継続
多摩済生園は 2005 年のプロジェクト参加施
設である。ユニット型新棟の環境づくりを
支援。
マザアス東久留米の施設環境づくり
(東京都東久留米市)
2009.4 ~継続
2003 年より連携して施設環境づくりを進め
ている。ユニット化改修後の環境の活用を
支援。
新規
継続
新宿区社会福祉事業団かしわ苑の施設環境
づくり
2009.4 ~継続
2007 年よりかしわ苑は、施設環境づくりマ
ニュアルを活用して独力で実施してきた。
ショートステイにおける施設環境づくりを
支援。
名古屋市老健施設かいこうの施設環境づくり
2009.4 ~継続
2006 年より、PEAP を活用した施設環境づ
くりに独自に取り組む。豊田工専加藤研究
室と連携して、多職種で進める施設環境づ
くりとその継続を支援。
新規は、本共同研究により取り組んだ施設。
(2)施設環境づくりへの継続的支援
施設環境づくり支援プログラムは、現場の工夫を取り入れながら発展してきた。現在、下記
の特徴のある施設環境づくりの支援を行っている。
多摩済生園は、2005 年の施設環境づくりプロジェクト参加施設である。近年、新設したユ
ニットの環境の活用を支援している。マザアス東久留米は、2003 年よりケアの改善に取り組み、
従来型施設のユニット化改修を行った。ユニットの環境を活かしたケアの取り組みへの支援を
行っている。かしわ苑は、施設環境づくりマニュアルを参考にショートステイの環境づくりを
進めてきた。ショートステイから施設全体への環境づくりを支援している。名古屋市にある老
健施設かいこうでは PEAP を用いたケアの見直しに長年取り組んできた。老健の特徴である多
職種と進める環境づくりの継続的な実践について、支援を行っている。
― 175 ―
Ⅲ.主な成果の発表
本研究に基づき発表した主な成果は以下のようである。
〈著書〉
1)児玉桂子:認知症ケアのための施設改善の手法と実践、日本建築学会編「認知症ケア環
境事典」
、ワールドプランニング、35-50、2009.5
2)児玉桂子・古賀誉章・沼田恭子・下垣光:PEAP にもとづく認知症ケアのための施設環
境づくり実践マニュアル、中央法規、1~ 174、2010.8
〈論文〉
3)児玉桂子・古賀誉章・沼田恭子・秋田剛:特別養護老人ホーム改修における環境心理的
調査の活用、日本建築学会大会学術梗概集、133 ~ 136、2009.8
4)児玉桂子・古賀誉章・沼田恭子・大久保陽子:従来型特養のユニット化改修支援プログ
ラム-マザアス東久留米での試み-、地域ケアリング、Vol.11、No.14、10-19、2009.12
5)古賀誉章・湯浅豪:馴染みの関係を支える施設環境づくり-かみさぎホームでの取り組
み-、地域ケアリング、Vol.11、No.14、20-29、2009.12
6)下垣光・鍛川薫:グループホームにおける環境づくり-グループホームみんなの家・宮
原での取り組み-、地域ケアリング、Vol.11、No.14、30-36、2009.12
〈学会発表〉
7)沼田恭子・児玉桂子・古賀誉章・大久保陽子:従来型特別養護老人ホームのユニット化
改修とその効果(その1)-ユニット化改修円滑化支援-、第 10 回日本認知症ケア学会、
2009.10
8)児玉桂子・沼田恭子・古賀誉章・大久保陽子:従来型特別養護老人ホームのユニット化
改修とその効果(その2)-多面的施設環境評価尺度によるユニット化前後の比較-、
第 10 回日本認知症ケア学会、2009.10
〈新聞や雑誌の連載〉
9)児玉桂子・古賀誉章・沼田恭子他:環境は変えられる-マザアス東久留米5年の実践-
(1)~(6)
、シルバー新報、2009.8 ~ 10
10)) 児玉桂子・古賀誉章・沼田恭子他:認知症の人の暮らしを支える環境づくり(1)~(12)、
おはよう 21、2010.10 ~ 2011.9
〈講演活動〉
11)児玉桂子:PEAP を活用した施設環境づくりの理論と実践、台湾高雄県政府社会局・国
立雲林科技大学、高雄市、2009.9.18
12)児玉桂子:PEAP を活用した施設環境づくりの理論と実践、国立雲林科技大学・行政院
国家科学委員会、国立雲林科技大学、2009.9.19
13)児玉桂子:PEAP を活用した施設環境づくりの理論と実践、社団法人台湾アルツハイマー
協会・内政部・国立雲林科技大学、台北市、2009.9.22
14) 児 玉 桂 子: 人 に や さ し い 施 設 環 境 づ く り、 名 古 屋 市 社 会 福 祉 協 議 会、 名 古 屋 市、
― 176 ―
2009.11.16
15)児玉桂子:認知症ケアを助ける施設環境づくり、栃木県医師会、宇都宮市、2009.11.29
注
執筆者以外の共同研究者と研究協力者は下記の通りである。
森一彦(大阪市立大学)
、浜崎裕子(久留米大学)、加藤悠介(豊田工業高等専門学校)、
杉山匡(ストレス科学研究所)
、小島隆矢・大島千帆(早稲田大学)、足立啓(和歌山大学)、
曽思瑜(台湾国立雲林科技大学)
、大島巌(日本社会事業大学)、大久保陽子(ケアと環境
研究会)
、廣瀬圭子(日本社会事業大学)
文献
1)主任研究者児玉桂子:認知症高齢者への環境支援指針(PEAP)を用いた施設環境づくり
実践ハンドブック(Part1)
、日本社会事業大学児玉研究室、1~ 24、2004.3
2)日本認知症ケア学会特別重点研究「認知症ケアのための施設環境づくり」プロジェクト+
日本建築学会認知症ケア環境小委員会:同実践ハンドブック(Part 2)-事例からみた取
り組みの工夫-、日本社会事業大学児玉研究室、1~ 36、2005.4
3)同:同実践ハンドブック(Part 3)-ワークショップ:環境への気づきを共有する-、日
本社会事業大学児玉研究室、1~ 23、2005.10
4)同:同実践ハンドブック(Part 4)-施設環境づくりプログラムによる実践とその評価-、
日本社会事業大学児玉研究室、1~ 24、2007.9
5)児玉桂子・古賀誉章・沼田恭子・下垣光:PEAP にもとづく認知症ケアのための施設環境
づくり実践マニュアル、中央法規、1~ 174、2010.8
― 177 ―
脳科学を福祉教育に活かす
~コミュニケーション能力を高める授業をめざして
斉 藤 くるみ
Application of Neuroscience to Social Work Education--Aiming at Teaching to Improve Communicative Ability
Kurumi Saito
Abstract: This is the report of“application of neuroscience to social work education---aiming at
teaching to improve communicative ability”(Research fund of Japan College of Social Work 2009). Highly advanced social work education needs scientific analysis, clarification and visualization of
high level of communicative competence, and teaching method for advancing communicative ability.
Recent neuroscience is greatly contributing to these. The problems of communication in social
work settings and those in support for people with communication impairments can be attributed
to ignorance of communication theories and to insufficient understanding of communication
impairments. The mechanism of communication and its impairment which is newly discovered by
neuroscience will certainly improve support methods.
Besides neuro-scientific development, communication theories, which have studied‘good’or
‘successful’communication, began to focus on diversities of communicative states. In this field,
social work settings offer many valuable examples.
Chapter I discusses newly development of communication theories. Chapter II explains the
relationship between neuro-scientific discovery of communication and social work education, which
we use, in Chapter III, to develop measurements and experiments aiming at social work education. 高度な社会福祉教育のためには、ソーシャルワークに必要なコミュニケーション力を科学
的に明確にし、可視化し、それを習得する方法を開発する必要がある。そのために、脳科学
が一役を担うことは間違いない。また福祉の現場でのコミュニケーションの問題や、コミュ
ニケーションに障害があるとされる人への援助における問題は、コミュニケーションの理論
やその障害の本質を十分理解していないがゆえのものも多い。脳科学により解明されたあら
たなコミュニケーション及びその障害のメカニズムは援助の方法に改善をもたらすことも間
違いない。
またコミュニケーション論はこのような脳科学的な進歩以外にも「よいコミュニケーショ
ン」を目指すだけの理論から多様なコミュニケーションの在り方に注目する理論へと広がっ
ており、この分野では福祉は多くの実例を提案している。
本報告書は 2009 年度日本社会事業大学共同研究『脳科学を福祉教育に活かす~コミュニ
ケーション能力を高める授業をめざして』(代表者斉藤くるみ、共同研究者八木ありさ・槻
舘尚武)の報告書である。まずIでコミュニケーション論の新たな展開について述べ、続い
て II でコミュニケーションの脳科学的発見と福祉教育の関係について研究した成果をまと
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め、III でそれらを福祉教育の中に活かすための研究として開発した測定・実験方法、実施
した実験の結果、今後のさらなる研究の方法を提案する。
はじめに
近年の脳科学の発達により、コミュニケーションのメカニズムは個々の人間の内的変化等の
深いレベルで解明されつつあり、
さらにコミュニケーションする脳の解明は、コミュニケーショ
ンの受信者と発信者との関係においても明らかにされつつある。コミュニケーションする脳は
相手との関係、社会との関係により形成され、その活動も決定されることが明らかになってき
た。
人間関係の経験により形成される脳と社会関係に障害のある自閉症の脳については
L.Cozolino や M.Iacoboni & M.Dapretto ら の 研 究 が あ り(Cozolino 2006、Iacoboni & Dapretto
2006)
、自己と他者の認識については J. Decety & Batson がある(Decety & Batson 2007)。また
自己の身体意識については O. Blanke & S.Arzy、M. Jeannerod らの研究があり (Blanke & Arzy
2005、Jeannerod 2003)、他者の身体動作の認知や模倣については M. A. Giese の研究が注目され
る(Giese 2003)
。
人間関係によって形成され、また活動が決定される脳の解明は、ソーシャルワークのための
コミュニケーションという他者と自己の区別に基づき、かつ他者を自己との関係性で認識する
活動を、より科学的に理解することを可能にしつつある。たとえば視線は顔の一部の認識であ
るが、視線の認知と顔の認知がそれぞれ異なる脳の部位に担われていることが明らかになった
ことはコミュニケーションのより深い理解にも貢献するであろう。また「共感」という概念も
相談援助の中のキーワードではあったが科学的な根拠がなかった。ミラーニューロンの発見は
「共感」をより科学的に理解することを可能にしている。
高度な社会福祉教育のためには、ソーシャルワークに必要なコミュニケーション力を科学的
に明確にし、可視化し、それを習得する方法を開発する必要がある。そのために、脳科学が一
役を担うことは間違いない。
また福祉の現場でのコミュニケーションの在り方や、コミュニケー
ションに障害があるとされる人への援助についての問題は、コミュニケーションの理論やそ
の障害の本質を十分理解していないがゆえのものも多い。脳科学により解明されたあらたなコ
ミュニケーション及びその障害のメカニズムは援助の方法に改善をもたらすことも間違いない。
またコミュニケーション論はこのような脳科学的な進歩以外にも「よいコミュニケーショ
ン」を目指すだけの理論から多様なコミュニケーションの在り方に注目する理論へと広がって
おり、この分野では福祉は多くの実例を提案している。
以下は 2009 年度日本社会事業大学共同研究
『脳科学を福祉教育に活かす~コミュニケーショ
ン能力を高める授業をめざして』
(代表者斉藤くるみ、共同研究者八木ありさ・槻舘尚武)の
報告書である。まずIでコミュニケーション論の新たな展開について述べ、続いて II でコミュ
ニケーションの脳科学的発見と福祉教育の関係について研究した成果をまとめ、III でそれら
を福祉教育の中に活かすための研究として開発した測定・実験方法、実施した実験の結果、今
― 180 ―
後のさらなる研究の方法を提案する。
Ⅰ.コミュニケーション論の転換
従来のコミュニケーション論では、よいコミュニケーションとは受信者が発したメッセージ
がいかに正しく受信者に伝わるか、という視点にかたよっていた。そしてそこから逸脱したも
のはコミュニケーションの失敗とみなされ、ミスコミュニケーションと呼ばれてきた。1980
年代の終わりに、ミスコミュニケーションをコミュニケーション研究の対象とし始めた研究者
として N. Coupland, H. Giles, J. M. Wiemann らが注目される(Coupland et al 1991)。彼らによる
と、コミュニケーションの障害になるものは、言語そのものというよりも、文化的背景であっ
たり、お互いの相手に対してもっている先入観であったりするという。たとえば高齢者と若者
のコミュニケーションは一種の異文化間コミュニケーションであり、また障害者と健常者のコ
ミュニケーションも同様である。その障害が言語表出に支障をきたすわけではない場合でも、
お互いの違いを意識することで、
あるいは文化的・社会的な背景が違うことでコミュニケーショ
ンの支障になる。単なる先入観でコミュニケーションに支障をきたす場合もある。例として、
視覚障害の人がタクシーに乗って、運転手と問題なくおしゃべりをしているときに、運転手が
ふと後ろをふりかえり、白い杖を見た途端に、そのあとのコミュニケーションがはずまなくな
ることがある。
また乳がんで乳房を切除した人は、そのことを知っている人とだけうまくコミュ
ニケーションがとれなくなることがある。つまりコミュニケーションというのは、常に相手の
意図を読み取りながら行っているということである(Coupland et al 1991)
。
このようなことは、
最近の脳科学の発展、
すなわち「ミラーニューロン」の発見や「ソーシャ
ルブレイン」という概念で説明ができるようになってきた。コミュニケーションが取れている
状態とは、相手との共感・一体感ができて「場」が成立しているということなのである。
「場」が成立していれば、たとえ言語的メッセージがほとんど伝わっていなくてもコミュニ
ケーションが成立しているということはあり得ることである。ミスコミュニケーションであ
ると信じて疑わなかった例がはたしてミスコミュニケーションであるのか、と疑わざるを得な
いコミュニケーションの形態に、福祉の現場ではしばしば遭遇するであろう。たとえば、お互
いに相手の言うことを理解していなくても、会話が続いている認知症の高齢者のコミュニケー
ションはミスコミュニケーションと呼べるだろうか。ロボットが人間の発話を理解して、適切
な反応をする場合、
人とロボットのコミュニケーションは成立していると考えてよいだろうか。
まったく言語もなく、あるいは非言語的コミュニケーションのルールも理解していないはずの
赤ちゃん同士が、一緒に遊んでいるとき、その間にコミュニケーションは存在していないのか。
自閉症の子どもが、うれしいときに泣きながら同じ発話を繰り返し、母親やごく近い人のみが、
それを喜びと認識して接しているとき、そこにはコミュニケーションは成立していないと言っ
てよいだろうか。さらに、送信―受信のチャンネルができるはずのない人同士、たとえばろう
者と聴者が、ICT を利用してコミュニケーションをとることができるようになったことは、コ
ミュニケーションが成立する条件というのは無限に広がりつつあることを示している。
― 181 ―
コミュニケーションとは脳のどのような状態で生み出されるのか、という視点が出てきて、
コミュニケーションの概念も変わってきている。当事者がコミュニケーションをとっていると
感じているときの脳の状態があれば、他者から見てミスコミュニケーションに見えるものも、
その人の脳はよいコミュニケ―ションをおこなっている状態になっているかもしれない。
どんなにコミュニケーションスキルが高い人同士であっても、双方の関係が悪いと、コミュ
ニケーションはうまく続かないこともあるし、コミュニケーションを成立させようとしたため
にストレスばかりまして、人間関係がより悪くなることもある。またロボットを相手にコミュ
ニケーションをとろうとするとき、たとえそのロボットがいかに言語能力が高くても、人はコ
ミュニケーションが成立しているという実感を持たないであろう。なぜなら人は自分のコミュ
ニケーション行動によって、ロボットが自分のことを好きになってくれるわけでもないし、ロ
ボットが自分のポジティブな反応を心から望んでいるわけではないことを知っているからであ
る。真のコミュニケーションにはお互いの共感が必須だからである。
コミュニケーション・ミスコミュニケーションを共感との関係でとらえること、コミュニケー
ションとストレスとの関係を解くことが、ソーシャルワークコミュニケーションを考える上で
は必要である。
Ⅱ.コミュニケーションと脳科学
1.言語の障害とコミュニケーションの障害
福祉教育の中で、コミュニケーションの障害を理解するために、脳科学は大きく貢献すると
思われる。ひとことで
「言語・コミュニケーションに障害がある」と言っても、実は本質的にまっ
たく違うものが含まれている。失語症は聞こえていても適切に言語を生成・理解できない状態
であり、コミュニケーションをする意欲もあるし、表情やジェスチャーも理解・生成できるの
に、発話ができない、単語を言い間違えたり、音を取り違える、あるいは相手の言うことが理
解できない。したがってコミュニケーションに支障をきたすが、コミュニケーション全体の障
害とは言えない。失語症は脳の言語野(左の大脳新皮質にあり、言語を生成するブローカ領域
と言語を理解するウェルニッケ領域がある)
の損傷によるものであるので、表情やジェスチャー
などの活用や、脳の損傷を補うリハビリが必要となる。一方、聴覚障がい者は長年「言語に問
題がある」とされてきたが(知能に障害があると間違えられたことすらある)、 実は手話なら
ば「言語的」に聞こえる子どもと同じ発達を遂げる。その他の非言語的コミュニケーションの
障害とも関係がない。失語症が言語能力そのものの障害であるのに対し、聴覚障害は言語野の
障害ではなく、本来言語を生成する能力・理解する能力には問題がない。ただし、ある年齢ま
でに言語野が働く機会がないと(視覚記号による言語の提示がないと)、言語能力が発達しな
いままになってしまう。聞こえない子どもは手話によって言語野を発達させること、言語を十
分に獲得できなかったろう者がおとなになってから手話を学んでも言語野が十分発達しないこ
と、手話を母語とするろう者は言語野で手話を生成・理解していること等の脳科学の発見は、
ろう児には早期の手話導入が有効な支援であることを証明した。このように失語症患者と聴覚
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障害者にはまったく違う支援が必要である。
ろう者が手話を中心とするろう文化に誇りをもち、
自分たちの言語権として手話の使用や手話での教育を主張することには科学的根拠もあったと
いう事実は、聴覚障害者への福祉を変えつつある。失語症の患者には発話等の訓練が有効であ
るが、ろう者には発話(音声言語の)の訓練が有効なわけではない。
もうひとつ対照的なものに、構音障害とディスレクシアがある。構音障害は言語を発する運
動能力に問題があるが、言語の生成や理解そのものに問題があるわけではなく、文字で書けば
問題ない。一方ディスレクシアは言語にまったく障害がないように見えるが、文章を読んで理
解することができなかったり、文字の読み書きに不自由があったりする。構音障害は運動を制
御する脳の部位の障害であり、ディスレクシアは脳の微細機能に何らかの問題があることがわ
かってきている。読み書きに必要な脳のシステムも明らかになりつつある。
さらに自閉症は上記のどれでもないが、
「コミュニケーションの障害」と言われる。自閉症
の中でもまったく言語が習得できないタイプから、アスペルガー症候群のように言語能力の高
いタイプもある。しかし、言語能力の高い自閉症児でも、コミュニケーション能力には問題が
ある。たとえば、相手の気持ちをくみ取った発話ができなかったり、相手の意図とまったく違
う解釈をしてしまったりする。アスペルガー症候群の中には全般的に言語能力そのものは高く
ても、たとえば日本語の場合「こ」
「そ」
「あ」の指示代名詞の区別ができない人が多い。また
表情やジェスチャーを使わない傾向があり、相手の表情やジェスチャーにも気づかないことが
多い。このことがコミュニケーションの大きな障害になることがしばしばある。視線測定によ
ると、一般の人とは顔情報のスキャンの仕方も異なっていると言われる(Daparetto et.al, 2006;
de Gelder, 2006)
。 さて、言語は大脳の左半球の言語野で生成・理解されると考えられているし、またその損傷
が失語症になることは明らかになっているが、
右脳が言語に関係ないかというとそうではない。
右脳の損傷で、プロソディの障害が起きる。プロソディとは言語のメロディーやリズムのこと
で、文法的(たとえば「雨?」と語尾の音を上げると疑問文になる)なものも含め語や文の意
味のあいまいさを解消する言語的プロソディと感情を表す非言語的なプロソディがある。右脳
損傷を負った人の発話は抑揚が平板になると感じられることが多い。また語・文のレベルで理
解ができていても推論や談話分析ができない人もいる。ジェスチャーや表情の表出にも支障を
きたすことがあり、それがコミュニケーションに大きな障害となることもある。
2.表情と視線の脳科学
人は顔の認知に特別の能力を持っていることがわかってきた。同じ図形でも人の顔に似た並
べ方にすると正確に記憶できるし、赤ちゃんはいくつかの図形を顔らしく並べた場合とそうで
ない場合、顔らしく並べた方を注視することがわかっている。また人は、顔に似た模様を見る
と、無意識に顔だと認識して注視することがある。脳の損傷で相貌失認という、人の顔だけわ
からなくなる障害があることから、脳の顔認知システムがあると考えられてきた。現在側頭葉
に6か所の顔認知機能関連の部位、つまり、顔だけを認知する脳細胞のネットワークがあると
されている。さらに表情から他者の心を理解したり、自分の心を表出したりする能力はひとつ
― 183 ―
ではないことがわかってきた。
(たとえば恐怖の表情を理解するのは自分が恐怖を感じるため
に使っている扁桃体であることがわかっている。)顔の表情を読み取ることはコミュニケーショ
ンの中で重要な部分を占めることは確かで、顔が見えない状況で話すのは、見えているときと
明らかに違う。逆に、人はことばにしなくても表情だけでコミュニケーションをとっているこ
ともある。
コミュニケーションをとるときに顔のどこを見ているかを明らかにするために、視線測定を
行うと、目を見ている時間が圧倒的に長いことがわる。扁桃体の損傷により、恐怖の表情が分
からなくなった人(クリューバー・ビューシー症候群)の視線を測定すると相手の目を見る頻
度が低くなっていることもわかった。顔を見るのと、視線を読み取るのは別のシステムである
こともわかってきた。
目の動きに特に反応する脳の部位は上側頭溝にあることもわかっており、
この部分に障害を負うと、相手の視線の動きを理解できなくなる。相手の目の動きに反応でき
ないとコミュニケーションに大きな支障がある。我々は意識的・無意識的に視線を使っており、
視線が読み取れなくなる障害は病識がない場合が多いため、さらにやっかいであると言われる
(福井 2010)
。
コミュニケーションの中の視線で特に重要なのは言語を習得するときの赤ちゃんと育児者
(母親等)の共同注視である。赤ちゃんは母親の視線の行き着くところを見てそのものの名前
を覚えていく。特に指さしにともなう視線はものの名前を覚えるのに必須である。指さしをし
ても視線をそらすと、あかちゃんは名前を覚えない。自閉症児は育児者と視線が合わないこと
で自閉症であることに気づくことがしばしばあるが、このことが言語を覚えないことと関係が
ありそうである。共同注視は同じものを共に見るということの重要性をあらわしており、その
メカニズムは、次章に述べるミラーニューロンの発見で説明できるようになった。脳の中で相
手と同じ体験をするということ、これが人の特徴である。言語は最も体系化(規則化)された
情報共有手段である。
言語とはコミュニケーションをとるもの同士が共通のものに言及する仕組みである。相手が
なくては言語の規則は存在意義がない。同じものを共に見ることや、そのものを指さすことと、
言語は同じ機能を持つ。実際に指さすことができなくても、
「地球の裏側」とか「彼の本心」とか、
ことばで言えば話者と聞き手はその意味するところを共有することができる。言語は、具体的
に指させないものでも言及することができる、抽象的で高度な仕組みである。指さしと意味を
もつ言語との中間にあたるものが指示語(
「これ」「それ」「あれ」「この」「その」「あの」等)
である。つまりコミュニケーションを取り合う者の間で共有されているものに注視させるマー
キングである。自閉症児は指示語や代名詞を間違えることが多い。これは意味するものを「共
有する」ことができないこととも言えるであろう。
手話では指さしがより高度な文法記号として使われることは興味深い。手話では指さしの方
向により、音声言語の指示語や代名詞の機能を果たすことができる。これはどこの手話でもほ
ぼ共通していると思われる文法であるが、指さしのように目に見えるものを指すのではなく、
より言語性をもつのである。視線も手話では言語記号になっている。指さしに伴う共同注視と
は違って、指さしと視線が別々であることも許される。たとえば視線は聞き手を見ながら、指
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さしは斜め上や後ろを指し、第三者を表したり、過去を表す副詞の役割を担ったりする。手話
の中の指さしや視線は言語化されたものと考えられるが、そのことは脳科学的でも証明されつ
つある。共同注視の指さしや視線と、手話の文法としての指さしや視線とでは、それぞれ生成・
理解する脳の部位が違うことがわかってきた。同様に顔の表情も驚いて目を見開き、眉をあげ
るときと、音声言語の疑問詞にあたる、手話の中の眉上げは別の部位で生成・理解されること
がわかってきている。
このことは手話を言語であるとしてきたろう者の主張を科学的に裏付けた。聴覚障害者に対
する福祉にこのような事実は有益な知識である。当事者の「手話は言語である」という主張を
無視して、手話を重視しなかった教育・福祉関係者が、言語学や脳科学によって「手話は言語」
という当事者の主張を納得せざるを得なくなったことは、当事者の主張を聞くことの重要さも
教えてくれた。共同注視のための視線と手話の文法的視線が脳内で別のシステムを利用してい
るということと同様に、手話者はジェスチャーをしているときと、手話のために手を動かして
いるときで、別のシステムを利用している。外から見ていると、同じように見えても、手話で
話しているときはジェスチャーと違って、脳のウェルニッケ領域とブローカ領域が働いている
のである。先に述べたように聴覚障害は言語の障害と関係ないということのわかりやすい証明
である。
言語記号としての手の動き、視線、顔の表情と、感情によるジェスチャーや視線や顔の表情
は脳科学的に違うのであるが、しかしもともとは同じものであったという点も、非常に重要で
ある。身体表現や視線・表情が言語記号となったときに言語野にその役割を渡すのではないか
という考え方がある。たとえば3か月ぐらいから赤ちゃんが指立てというのを表すようになる
が、それには音声が伴うことが多く、あるいは音声言語で声かけをすると指立てが増える傾向
があり、手によるコミュニケーションの最も初期的なものと思われる。この指立ては指さしが
できるようになると減少することがわかっている。つまり指さしは指立てにとって代わるので
ある。しかも手話者として育つときは、この指さしのエラーが現れる。つまり自分を意味する
のに相手を指したり、相手を意味するのに自分を指すことがある。物理的にはあり得ない間違
いであるが、英語話者が1~2歳の一時期、Iと you を言い間違えるのと同じである。この指
さしのエラーは、一般の指さしから手話の代名詞のための指さし等に変わるときに起こると考
えられる。
また赤ちゃんは聞こえる子であっても、聞こえない子であっても、指立てを含め、4種の手
型を発する。これが手話と接触できる聞こえない子どもの場合、やがてどの国の手話でも基本
手型となる 12 ~ 13 の手型に発達する。つまり、人間の発達過程で、自然に生まれる手型は、
コミュニケーションのためのものであり、言語化していく可能性を持ち、その最も完成したも
のが手話の手型と考えることができるのである。
3.身体表現の脳科学
コミュニケーションの手段として用いられる身体表現にはジェスチャー、パントマイムなど
がある。
無意識にコミュニケーションに影響を与えている身体表現もあり、これもジェスチャー
― 185 ―
の中に含めて論じられてきた。
古くはウィルヘルム・ヴントが、
ジェスチャーを指示的ジェスチャー(そのものをさし示す)、
叙述的ジェスチャー(そのものを描き表す)
、
象徴的ジェスチャー(抽象的解釈による)に分け、
さらに叙述的ジェスチャーを、模写的ジェスチャー(全体を描く)と特徴記述的ジェスチャー
(一部特徴的なところを描く)に分けて論じた。さらに彼は模写的ジェスチャーを描写的ジェ
スチャー(指などで描いてみせる)と造形的ジェスチャー(手の形などでその状態を表す)に
分けている。ヴントは北米インディアンの手話やシトー会修道院の手話をジェスチャーに含め
注目しているが、これがろう者の手話とともに言語性を持ったものであることまでは論じてい
ないし、ジェスチャーを「普遍言語」と位置付けている(佐々木 2008)。前述のように、手話
とそうでない手指等を使ったジェスチャーは本質的に違うということが、21 世紀においては
脳科学の常識となっているし、また手話は、
「普遍言語」ではないことも明らかになっている。
手話はそれぞれの国・コミュニティーで生まれた言語であり、そのそれぞれはお互いに外国語
で、手話者同士だからと言って通じるわけではない。(イギリス手話とアメリカ手話はまった
く違う。
)
一方ヴントが手話を使わない先天性ろう児のジェスチャーに注目していたことは今日の普遍
的あるいは必然的な身体表現という視点の研究につながるものである。先天性ろう児の自然な
ジェスチャーの発達を調べようとすることはダーウィンの表情についての進化論的な考え方の
流れを汲むものであり、最近になって再度注目されるようになった(佐々木 2008)。
赤ちゃんは言語音らしい声を発するようになるとき、その声に合わせて、足で空を蹴ったり、
バンギング(手に持ったものをテーブルにたたきつける等)をする。つまり音声言語とジェス
チャーは本来一つのものであると考えられるのである(正高 2001)。これは前述の指立てに音
声がともなうこと、指立てが指さしになり、ろう児であれば代名詞にまで言語的に発達してい
くことにも表れている。
デビッド・マクニール(David McNeill)はジェスチャーと発話との関係に注目して、音声と
共起するジェスチャーをジェスティキュレーションと呼んでいる。さらに意味のない発話に伴
うリズムをきざむような微妙な身体の動きをビートと呼んでいる。彼は発話において話者が表
現するミクロコスモス(小宇宙)がジェスチャーであるとする(McNeill 1982)。手話が音声
と共起するときに、ストーリーは音声言語で、周りの情景は手話で表す、語りの文化をもつ北
米インディアンの種族があるが(斉藤 2002)
、それはマクニールの理論を裏付けるものである。
ゴールディン‐メドウはろう児のジェスチャーの発達の中に言語構造が自然に発生すること
を発見した(Goldin-Meadow 2003)
。親が聴者である場合、親のジェスチャーには明らかな規
則性は見られないが、親の音声言語に関わらず、どの国でもろう児は、SV、SOV からはじめ、
規則性を示していくという。ここに音声言語・視覚言語に関わらず言語の中核となる普遍文法
が現れている可能性がある。
さて、このような個々の身体表現は、実はコミュニケーションにおいて、共同で動いている。
W. S. Condon は、単語を発するときの身体の動きを低速画像で再生すると、音声の変化に応じ
て微妙に全身が動いていることを確認し、セルフシンクロニーと名付けた。これが聞き手のほ
― 186 ―
うにも鏡のように現れることを発見し、インタラクションシンクロニーと名付けた(Condon
1976)
。コミュニケーションは送信者と発信者でつくる「場」ととらえる見方が必要であるこ
とがわかる。これは 20 年後のミラーニューロンの発見で脳科学的に証明され、さらに引き続
き注目されるようになったソーシャルブレインという考え方でコミュニケーションの「場」が
説明されるようになる。
つまり同じ人間が他者の身体表現を瞬間的に理解できるメカニズムや、人の動きを模倣する
ことができるメカニズムがミラーニューロンシステムによって説明されるようになったのであ
る。そしてそのシステムは人が一人でいるときには意味のないシステムであり、他者との関わ
りにおいてはじめて意味をなすのである。人間の社会的脳を説明するソーシャルブレインとい
う概念は、コミュニケーションする脳とも言える。
4.共感とミラーニューロン
人間が言語記号を使った共通理解の手段となる規則(文法等)を共有しなくては、お互いに
理解しあえないとしたら、
非言語コミュニケーション、つまり手話ではない表情やジェスチャー
では互いに理解きないはずである。しかし言語のような規則はないものでも我々はコミュニ
ケーション手段として使っている。
コミュニケーションにもっとも関係の深い心理的・認知的概念は「共感」である。脳科学に
おいて、
共感のメカニズムを明らかにしたのはミラーニューロンの発見である。そもそもミラー
ニューロンはイタリアのリゾラッティらのグループによって、マカクザルの前頭葉の腹側運動
前野F5に発見された (1996)。マカクザルがものをつかんで食べるという動作を行うときに働
くF5の変化を記録していたときに、たまたまある研究者がアイスクリームを食べながら入っ
て来て、それを見ていたマカクザルのF5が動き出したのである。サルはただ見ているだけな
のに、ものをつかんで食べているときと同じF5が動き出したことから、見ているだけで、自
分がやっているように感じる仕組みがあるのだということがわかったのである。興味深いこと
にこのシステムは、同じ手の動きを見ても、それが食べ物を食べるためであると認識されなけ
れば動かない。逆に手が実際に食べ物をつかんでいるところを隠しても、その手が食べ物をつ
かむであろうとわかればF5は反応するのである。相手の意図に沿って、自分が疑似体験をし
ているような反応なのである。またピーナッツをむくときに反応する脳の部位がピーナッツを
むく音を聞いただけで、反応することもわかった(Kohler et al 2002)。
その後の研究でミラーニューロンシステムは人間の脳でもいくつか発見された。スポーツ
などで、バーチャル体験で練習すると、心的マップが構築されるため、本当に実践するときに
役立つとしばしば言われる。ただし、自分自身もやったことがあればあるほど、やっている人
に近い、深いシュミレーションができることがわかってきた。ダンサーがダンスを観ている場
合でも、自分が専門とするダンスの場合は踊っている人と同じような脳のシステムが働いてい
るが、そうでないダンスを見る場合は踊り手と同じような脳の動きにはならない (Calvo-Merino
et al. 2005)。
音だけ聞いて何をしている音か、経験からわかるのもミラーニューロンのおかげである。ミ
― 187 ―
ラーニューロンは人が誰かを模倣しているときに文字通り鏡のように動くが、模倣学習のため
だけではなく、相手のことを理解するためにあると考えられる。つまり相手の意図を知るため
に進化したシステムであろう。必ずしも自分が見ている人の真似ではなく、自分は別のことを
することによって、その人と共同作業をするときにもミラーニューロンは働いている。そして
「自分たち」の空間を提供する。相手の行動を予想するからこそ共同作業ができるのであり、
自分を同調させることができるのである。ここで自分たちの空間というのはコミュニケーショ
ンにおける「場」である。また相手の意図を知るというのは心の理論であり、自閉症児は苦手
なところである。自閉症児はミラーニューロン系が脆弱または欠如していると考えられるよう
になった(Iacoboni & Dapretto, 2006 他)
。自閉症児の遊びの欠如、視線を合わせないこと、他
者の感情を理解しないことはミラーニューロンと関係があると考えるのが自然である。
ミラーニューロンは人間にとって不利益をもたらす場合もある。たとえば暴力シーンを見る
と暴力的になってしまう等の危険性もある。動作だけでなく人の痛みを見ていると自分も同じ
ところを痛いと感じているときの脳の部分が活性化している。
人は自分のことを真似する人には受容性を示し、支配されてしまう傾向がある。そのことを
カウンセリングなどで使い始めている。
このようなミラーニューロンに関する様々な研究は、アメリカなどで、カウンセリング等の
分野でも利用されつつある。人のしぐさをさりげなくまねすると、まねをされた人はまねをし
た人を無意識に受容する傾向があり、まねをすることによって相手をコントロールすることが
できるという実験結果がある(Ekman 2006)
。これを福祉の援助に応用することは当然とも言
える。また精神科医師やセラピストはミラーニューロンの理論から転移・逆転移のメカニズム
を知るようになった。
ミラーニューロンはまた言語と脳の関係の理論も変えつつある。言語野が生得的に存在する
と考えなくてもミラーニューロンによって形成されていくという理論が出てきた。つまり赤
ちゃんは他者の口の動きをまねて理解しながらことばを覚えていき、そのことが言語野を形成
していくと考えるのである。そう考えれば言語が誰にも備わっているのに、環境によっては(た
とえば幽閉時や視覚的情報を適切に与えられなかったろう児の場合)、言語野が働かない状態
になる子どもいることが説明できる。またあることばを聞くときと、発するとき、同一のミラー
ニューロンが活性化する。自閉症がミラーニューロンの問題であるとすると、自閉症児が言語
を覚えないことも説明がつく。さらにそのことばの意味によって、たとえば「蹴る」というこ
とばを聞くと、脳の中の、脚で蹴ることに関わる領域が活性化することもわかってきた。
渡辺富夫はコミュニケーションの中で、人が他者とうなずき等の身体動作のリズムを共有す
ることによる
「引き込み」
が一体感を生むという ( 渡辺 2008)。この「引き込み」がインタラクショ
ンに重要な役割を果たしているという。彼はロボットや CG のキャラクターを使って、身体的
リズムの引き込みを分析し、コミュニケーションの前提となる一体感や、信頼感等、共感する
「場」の設計論を目指している。たとえばわざとうなずきを音声言語とずらすことによる影響
を調べたりもできる。
「引き込み」がずれているとコミュニケーションの「場」がうまく築け
ないのでストレスが大きくなると考えられる。
「引き込み」により情報伝達効果が上がること
― 188 ―
もわかった。CG やロボットであっても、人間のスムーズなコミュニケーションと同じ要素の
引き込みができる CG やロボットであれば、次第に共感し一体感を持つようになり人間同士で
コミュニケーションをとっている気持ちになってくることがわかり、教育教材に CG 等がより
頻繁に応用されるようになってきた。次章でアニメーションの表情を使って共感について調べ
た実験について述べる。
「引き込み」については、相手が見えない状態で、自分が話をきいていることを相手に伝え
る必要がないときでもうなずき反応を無意識にやっていること、引き込み反応が新生児にも見
られることから、これは人が他者と一体感・共有感をもつための生得的にそなわった能力であ
ると考えられる。前節のインタラクションシンクロニーも新生児に備わっていること、自閉症
の子どもの場合、インタラクションシンクロニーでも同期のリズムがくずれることは注目に値
する。
コミュニケーションの中で身体表現は言語的な情報として使われるだけでなく、コミュニ
ケーションの「場」を作るために無意識に使われており、そのための脳のシステムが人間には
備わっているのである。
Ⅲ.脳科学のソーシャルワーク・コミュニケーション教育への応用
社会福祉教育に活かせるコミュニケーション研究として以下を発案、計画、あるいは実施した。
(1) 顔の表情の表出とそれを視認・理解する人の共感について教材ソフトのキャラク
ターで調べる。
(2)
視線測定機を使って、コミュニケーションにおける視線の特徴を調べる。
(3) 身体姿勢および身体動作の視認時の受信者の表情および身体姿勢を分析し、共感に
おける身体表情の役割を調べる。
(4) nIR HEG およびバイタルモニターを使って、言語の発信・受信における脳の状態
と生体情報を調べる。
(5) nIR HEG およびバイタルモニターを使って、視線、表情、同調姿勢、同調動作、や
りとり動作等の非言語コミュニケーションの発信や受信における脳の状態と生体情報
を調べる。
上記(1)では、教師や生徒を模した教育用エージェントの登場するコンピュータ教材を用
い、仮想キャラクターとのかかわりで得られる学習効果を検討した。アナグラム課題や雷の仕
組みを学ぶ教材に APA(Animated Pedagogical Agent)を登場させて、その顔の表情の表出とそ
れを視認・理解する人の共感について調べた(槻舘 2009、槻舘 2010)。実験は以下のような
ものである。
まずアナグラム課題(英単語の文字を入れ替えたものを、正しい順番に並べ替えて英単語を
完成する課題)を与えられた学習者 APA が画面上に現れる。問題を解く際に、明るい表情で
正解を連発する APA が登場するものと、困っている表情で正解できない APA が登場するもの
の二通りを作成する。教材が二通りあり、どちらかを見せられているということを、被験者は
― 189 ―
知らない。そして、被験者は自己効力感を調べる質問に答える。自己効力感とは、望ましい水
準のパフォーマンスを生み出す自分自身の能力に関する信念とされており、効力感への期待の
主な要因のひとつとしての代理経験の概念が提唱されている。日常生活において、私たちは他
者の行動や人間関係の観察からの学習、つまり代理経験や、他者のモデリングを普段から行っ
ている。特に学習場面において、学生の代理経験の源泉となるのは、観察を通してクラスメイ
トと自分を比較することである。このような代理経験が可能になることが他者への共感的な感
覚をもつ一つの段階であることを前提とし、仮想的なキャラクターを対象として代理経験に基
づく自己効力感の向上を検討した。
結果として「生徒が行った課題をあなたはどの程度うまくできると思いますか?」と「○○
大学の学生を対象にした前年度の実験の成績と比較したとき、あなたはどの程度うまくできる
と思いますか?」を合わせた2項目から自己効力感得点の測定において
優秀 APA(M = 7.39,SD = 3.17)<困難 APA(M = 8.69,SD = 2.40)
t (69) = 4.43,p < .10
の有意傾向が示された。
ただし、Baylar (2002, 2006) では前者の「生徒が行った課題をあなたはどの程度うまくで
きると思いますか?」の単項目のみで十分な予測ができると述べており、この単項目のみで比
較すると
優秀 APA(M = 4.02,SD = 1.80)<困難 APA(M=4.86, SD=1.54)
t (69) = 4.43,p < .05
の有意な差が示された。
このことから、課題に困難を示している APA と一緒に勉強した方が自己効力感が若干高く
評価されるということになる。
また、
「APA は頼りない」
「APA と自分は類似点がある」という評価は、課題に不正解を連
発する APA の条件において高く評価され、
「好感がもてる」「課題に取り組むなら、一緒に行
いたい」は課題に正解を連発する APA の条件において、高く評価された。
正解を連発する APA
― 190 ―
不正解を連発する APA
雷の仕組みを理解する教材の実験では、その理解度を表情で示す APA と一緒に勉強した場
合の自己効力感を測定した。ここでは、より正確に測定をするために Bandura(2006)の測定
を用いた。また、前述の実験結果が自己効力感というよりも他者との比較に反応していたので
はないかと考え、
「レクチャーの理解度という点において、自分と彼を比較したと思う」とい
う項目を加えた。
その結果、理解が容易であることを示す APA(笑顔)と理解が困難であることを示すAP
A(困った表情)の比較では
【確信の判定】
理解容易表出 APA 群において、自己効力感得点に事前・事後得点の比較は
事前(M = 91.5,SD = 55.7)<事後(M = 171.4,SD = 114.8)【t (17) =- 2.45,p < . 05】
理解困難表出 APA 群において、自己効力感得点に事前・事後得点の比較は
事前(M = 117.0,SD = 88.9)≒事後(M = 150.4,SD = 129.3)【t (17) =- 1.10,p = n.s.】
「レクチャーの理解度という点において、自分と彼を比較したと思う」については
容易表出(M = 4.72,SD = .96)
<困難表出(M = 3.22,SD = 1.52)
【t (34) =- 2.77,p < .01】
となった。Bandura の自己効力感得点はレンジが広いので今回の結果が確かとは言い切れない
が、課題の種類の問題も含めて、今後は2通りの測定をためす必要がありそうである。
― 191 ―
共感に関しては、
t値
自由度
有意確率
平均値の差
彼と一緒に勉強している気がした
-0.29
34
0.77
-0.17
○彼の様子をみているとやる気になっ
た
2.02
34
0.05
0.94
○彼の様子を見ていると自分も同じよ
うな気持ちになった
-3.26
34
0.00
-1.89
彼に好感をもてた
0.24
34
0.81
0.11
○彼がどんな気持ちでいるのかを察す
ることができた
-3.39
34
0.00
-1.56
○自分と彼は似ていた
-1.84
34
0.07
-0.94
彼は邪魔であった
-0.99
34
0.33
-0.56
「彼を見ているとやる気になった」以外は困難を表出してる APA の方が評定値が高いことが
示された。
アニメーションであっても顔の表情に影響されることや、APA が自信を表すことが、自己
効力感を高めないことは、福祉教育に応用できるであろう。相談援助において、表情が相手に
影響を与えることは言うまでもないが、自信や余裕の表情は、必ずしもよい結果につながらな
いということは注目に値する。
上記(2)は、
アイトラッカーによる視線測定を上記(1)の実験も含め、応用するものである。
まず、マルチメディア学習環境で、PC 上の教育エージェントによる自己効力感の向上に関
する(1)の実験を視線情報によって検討することができると考えた。先行実験において、具
体的な回答という言語情報よりも、表情という非言語情報から学習における遂行状況を示す
ことが自己効力感の源泉になり得ることが示唆された(Tsukidate & Mirishima 2007、槻舘 2009、槻舘 2010)
。この実験で、非接触型アイマークレコーダ EMR-AT VOXER(NAC イメー
ジング・テクノロジ ) によって、視線という指標により、具体的に PC 画面上の対象人物のど
こを見ているかを明らかにすることができるであろう。
また非言語コミュニケーションにおける共感反応を視線情報から検討することも始めた。い
わゆる音声言語を利用しない手話者の文化に焦点をあて、文化差という観点から表情理解を捉
えることを試みている。Masuda et al. (2008) は,協調的な文化的背景を持つ人々は,欧米に代
表される個人主義的な文化的背景をもつ人々よりも、他者の表情の判断において周辺他者の表
情を判断材料に加えることを視線情報から明らかにした。手話では視線が言語的な意味を持つ。
また手話者は独自の文化的背景を持つ。手話者が Masuda et al. (2008) で示されたような視線に
よる一定の傾向を示すかという点はまだ明らかにされておらず、今後検討すべきであると考え
る。
さらに、今後手話という手指動作と顔の表情を使った言語での共感反応を手話者同士のコ
― 192 ―
雷の仕組みを学ぶ笑顔の APA
ミュニケーションを通して視線情報から検討することを予定している。手話者の感情表現にお
ける視線の役割はまだ研究が少なく、検討すべきである。従来、共感の行動指標として、いわ
ゆるミラーリングとして知られる相手の動作を模倣する行動は検討されてきている。しかし、
視線もひとつの言語として扱われる手話においては、目を合わせるというジェスチャーとして
の身体表現と、言語としての視線の境界が不明瞭である。運転中のドライバーの視線を測定す
るケースに用いられる移動型アイマークレコーダーを利用することで、特に前方左右に広範囲
に計測を可能とし、
言語ではなくジェスチャーとしての極端な腕の動きから、手話コミュニケー
ションの中での手指動作に対しての視線における注視点、注視時間を捉えることを試みたい。
上記(3)の実験は次のようなものである。二人組になって、ひとりのいくつかのポーズあ
― 193 ―
雷の仕組みを学ぶ困った表情の APA
るいは動きを見て、もうひとりはどう反応するかを調べた。そのときどこを見て、どういう理
由でそう反応したかを聴き取った。現在までにパイロット的に以下の方法でサンプルを収集し
ている。
① 3つのポーズ、1つの動き、ミラリングという三種類の課題を設定する。
② 反応をビデオに撮影する。
③ それを見ながら被験者の話を聴く。
④ 聴き取った話の内容を整理,比較して、パターンを見つける。
この中で、3つのポーズをどう決めたかは、身体姿勢読解の調査の針金人形の絵を参考に、
Aとして、
「より内向的(斜め向こう向きで正座して背中を丸め肩を落としている。)」、Bとし
― 194 ―
て「より外向的(斜めこちら向きでバンザイをしてやや上を見ている)」というものを考案し、
Cとして「不明(いろいろな要素が含まれ、観る者がより自由に受けとめられる)」を加えた。
また「1つの動き」は、たとえば自閉症児などに見られる、「ぐるぐるまわり+閉鎖的姿勢」
と出会ったときどうなるか、またミラリングははじめから対面で動いている時、共感的に接し、
新しい局面を共に創るという行動が出るかどうか、それがうまくいく時といかない時の分かれ
道は何なのかを調べた。その結果以下の考察を得た。
・新しい場面で出会った相手と関わろうとする時、状況や相手の様子を知ろうとして運動や
運動質の「模倣」を自然と行うことがある。そのとき、関わり手の不安が少ない方が、横
に並んだり、正面に位置したり、と工夫をする傾向がある。
・経験が増えると、相手の反応を引き出すことを試そうとする。その際、相手の動作や形の
模倣を通じて、共通の動きを少しずつ変化させてゆく場合と、新しい動きを投入する場合
がある。
・この新しい動きとは、それまでの共通の動きの延長線上ではあるものの、それまでの変化
のスピードから予測される次のステップよりも大きく発展したものである場合と、予測の
つきにくい、関連性の薄い動きである場合とがある。
・前者の場合、モデルと関わり手の関心が解離していない場合、このギャップは楽しみとし
てとらえられる。モデルと関わり手の関心が異なってきた場合や後者の場合には、共有さ
れていた「場の雰囲気」が途切れることがある。
上記(4)
(5)は、
(1)~(3)の実験を含め、今後の研究にバイオフィードバックを応
用するという計画である。体内の状態を計測器で測定し、視覚記号・聴覚記号にして表すこと
によって、意識できない、あるいは制御できない体内の変化をコントロールすることをバイオ
フィードバックという。脳波の状態を、別の記号によって表したり、あるいは唾液の中のアミ
ラーゼの測定によって、ストレスの状態を数値化するなどの方法が用いられる。スポーツ選手
の精神訓練にも用いられている。
福祉教育においては援助技術の習得のための、コミュニケーションにおける体内の変化を観
察し、トレーニングに応用することが可能になると思われる。近年、脳の活動として、その血
流量の増減が学習者の学習への集中の度合いの反映となり得るか否かなど、脳活動の計測と学
習成果との関係への関心も高まっている。今後 Hemoencephalography(HEG)と呼ばれる脳の
神経活動のレベルを測定する一種の機能的近赤外イメージングによる脳活動の指標と、これま
で学習と関連があるとされてきた諸測度との関係を調べることで、HEG を利用した学習の指
標を提供する予定である。HEG は Hershel Toomim の発案によるもので、Nirs(近赤外分光法)
を利用した計測機で、
Hemo は血液(blood)
、
encephalo は脳(brain)、graphy は計測(measurement)
を意味する (Siever 2008)。額にバンドをまいて前頭前野(リスク管理、予測や計画や意志決定
に大きな役割を果たすと言われる)の血流を計測するもので、EEG(脳波計)よりも筋電のアー
チファクトを受けにくく、瞬き、表情の変化による影響も受けにくい一方で、身体の向き、上
からの明りの影響は受ける。
― 195 ―
HEG は、ヘモグロビン(Hb)と酸素の結合状態によって変化する特定波長域における近赤
外光、赤色光の吸収特性を利用した脳血量変化として評価され、個々人が脳活動の自発的なコ
ントロールを行うためのバイオフィードバックの道具として利用される。そのため、装置の取
り付けは簡便であり、経時的に血流量の増減を記録することができるという利点がある。もし
HEG による計測に基づく前頭葉の血流量の増減と学習に関係する諸測度との間に一定の関係
性がみられれば、学習の進行状況をモニタする道具として活用が可能になる。たとえば各被験
者が複雑性の高い文と複雑性の低い文を読んでいる際の血流量を測定し、そこでの増減と、唾
液アミラーゼに基づくストレス指標、自己効力感得点、アカデミック感情得点との相関関係を
検討することで、前頭葉の血流量の変化と副交感神経系の生理的指標との関係、学習成果への
確信、楽しさや不安といった主観的な感情評定との関連を明らかにすることができる。また、
経時的な視線情報との関連から、たとえば読解に困難を感じて視線が止まったときの前頭葉の
血流量変化を測ることも有効であると思われる。
唾液アミラーゼ計測器もバイオフィードバックのひとつで、唾液を採取すれば、交換神経系
内分泌系、免疫系の動きを知ることができる。血液採取は医療従事者でなければできないが、
唾液ならば簡単に採取できる。唾液は血液から作られるため、唾液の成分から血液の成分のあ
る特定の部分を測定することができる。血液中から唾液になるまでには、細胞内ルート、エキ
ソサイトーシス、細胞間隙ルートの3つのルートがあり、どのルートを通るかで、血液中の濃
度と唾液中の濃度の相関が高いか低いかが決まる。代表的なストレスホルモンであるコルチ
ゾールは油に溶けるので脂溶性のホルモンと呼ばれる。細胞膜を通過して出てくるので、血液
中の濃度と唾液中の濃度の相関が 0.9 を越えるため、唾液で測ることができる。
また強い交感神経作用があるとアミラーゼ濃度が上がる。脳内のノルアドレナリンを測定す
る代わりに唾液で測るというわけである。ストレッサーを加えてから、すぐに反応が出るので、
1~2分後に測定できる。夜間副交感神経優位は低くなる等、一日の中でも変動するのと、個
人差があるので考慮が必要である。
ストレスは不快という単純なものではなく、快適なストレス状態(eustress)と不快ストレ
ス状態 (distress) があるとされており、うつ病、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、慢性疲労
症候群(CFS)
、過敏性腸症候群(IBS)等のストレス性疾患が唾液により計測できる。最近で
は唾液で癌の診断もできるようになってきた。
これを利用して、今後以下のような実験が可能になるであろう。課題の複雑性(たとえば関
係代名詞の数)を独立変数とし、ストレス指標(アミラーゼ)、自己効力感得点、アカデミッ
ク感情得点を従属変数とする。課題を解く前と後でストレス指標の変化を見る。また自己効力
感も事前と事後で比較する。アカデミック感情得点も測る。アイトラッカーを使い、読みが止
まったところで血流量を記録し、その前後の血流量の変化を検討する。
以上のような実験を使って、言語的なコミュニケーションにおける共感やストレス、あるい
は身体表現のみのコミュニケーションを行う場合の自己認識、相手に対する認識、一体感、そ
れに伴う生体変化、ストレス等を測定し、その後、相談援助のような、より複雑なコミュニケー
ションにおける共感やストレスを測定し、そのフィードバックを利用し、今後ソーシャルワー
― 196 ―
ク・コミュニケーション教育に活かすことを目指していきたい。
おわりに
以上、2009 年度日本社会事業大学共同研究『脳科学を福祉教育に活かす~コミュニケーショ
ン能力を高める授業をめざして』の報告として、Iでコミュニケーション論の新たな展開につ
いて論じ、II でコミュニケーションの脳科学的発見と福祉教育の関係について述べ、III でそ
れらを福祉教育の中に活かすための研究として開発した測定・実験方法、実施した実験の結果、
今後の研究の方法を提案し、
ソーシャルワークコミュニケーションの教育への応用を提案した。
コミュニケーション研究は、メッセージの的確な受信 - 発信という視点から、複数の人間の
共感の「場」が成立しているか、という視点に移りつつある。それには脳科学の進歩、すなわ
ちミラーニューロンの発見やソーシャルブレインという概念が活用されつつある。コミュニ
ケーションの脳科学的な研究は、社会福祉の現場で遭遇する多様なコミュニケーション(ミス
コミュニケーションと呼ばれるものも含む)を正しく理解することに貢献するとともに、ソー
シャルワークコミュニケーション教育の改善にも応用されていくべきと考える。
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― 199 ―
共感疲労の観点に基づく援助者支援プログラムの
構築に関する研究
藤 岡 孝 志
On the Construction of Support Program for Care Givers
in Child Welfare Facilities on the Standpoint
of Compassion Fatigue.
Takashi Fujioka
Abstract: Based on the investigation by Japanese edition of questionnaires developed by C. Figley,
I performed a study to relate to standardization of Compassion Satisfaction and Compassion Fatigue.
Furthermore, I examined some support programs in relation with Burnout measures and Compassion
Fatigue and Satisfaction. As a result of data analysis, I was able to get results same as Fujioka (2007).
About Compassion Satisfaction, four factors were extracted. Four factors were named by as
follows; "satisfaction in relations with fellow workers", " satisfaction in relations with a child or
children", "satisfaction as nature of care workers or social workers", and "feeling of satisfaction in life"
About Compassion Fatigue, four factors of "compassion fatigue accumulated as a substitutionrelated trauma", "denial feelings", "PTSD-like compassion fatigue" and "a trauma experience of care
worker or social worker oneself" were extracted.
Correlation of these factors with Burnout standard made by Maslach, C. and Jackson was provided
with statistically significance.
On the basis of these, the following points were suggested.
1 Compassion Satisfaction showed significant negative correlation with "the emotional consumption
feeling" and "de-personification" of standardized Burnout measures. And equilateral correlation with
"sense of accomplishment of each individual" was suggested.
2 With a feeling of consumption and de-personification, equilateral correlation with Compassion
Fatigue was suggested. But Compassion Fatigue was not related with personal sense of
accomplishment.
3 A meaningful difference is seen about the number of years in Compassion Satisfaction. It was
suggested that for ten years it was necessary to regard care givers to be professional.
4 Compassion Fatigue accumulated as a substitution-related trauma was related to Third Traumatic
Stress by care givers’families.
Four tasks for supports to care givers or social workers were discussed as follows. 1, Necessity of
enhancing investigations in other child welfare facilities. 2, Continuity of investigations. 3, Necessity
of construction of individually-related examination 4, Necessity of construction of the academic
domain on Support for Care Giver or other professionals for users and clients.
Key Word: Compassion Fatigue, Compassion Satisfaction, Burn out, Support Program for Care
Givers, Third Traumatic Stress
― 201 ―
本研究では、フィグリーらによって開発された質問紙の日本語版による調査に基づき、今
後の共感満足 / 共感疲労に関する質問紙の標準化に関する研究を行った。さらに、それらを
踏まえた、バーンアウト対策、共感疲労対策との関連性を検討した。
データ分析の結果、藤岡(2007)と同様の結果を得ることができた。
共感満足については、
「仕
事仲間との関係における満足」、「利用者との関係の中での満足」
、
「援助者の資質としての満
足」、
「人生における満足感」の 4 因子が抽出された。共感疲労に関しては、
「代理性トラウマ」
、
「否認感情」
「
、PTSD 様状態」、
「援助者自身のトラウマ体験」
の 4 因子が抽出された。これらは、
マスラックらの作成したバーンアウト尺度との相関も高く、かつ、因子構造も同様の結果が
得られた。それぞれを4群に分けて分析した結果、共感満足、共感疲労、バーンアウトの総
合得点は、施設内におけるバーンアウト予防、共感疲労対策、共感満足への気づきなどに有
効に活用できることが示唆された。これらを踏まえ、以下のような点が示唆された。①共感
満足尺度は、既存の標準化されたバーンアウト尺度の下位因子である「情緒的消耗感」や「脱
人格化」とは負の相関を示し、「個人的達成感」とは正の相関を示すことが示唆された。②
共感疲労尺度は、消耗感や脱人格化とは、正の相関を示し、個人的達成感とは関連していな
かった。③共感満足において、勤務年数について、有意な差が見られ、10 年間の見守りが
必要であることが示唆された。④援助者としての代理性トラウマ(利用児者から受ける二次
的被害、二次的トラウマティックストレス)が、
(援助者自身の)
家族の
「三次的トラウマティッ
クストレス」と関連していることが示唆された
最後に、これらを踏まえた援助者支援における 4 つの課題が提示された。すなわち、①調
査対象領域の展開の必要性、②継続的な調査の必要性、③施設間の違いや特定施設・機関の
個別性の検討、④援助者支援学の構築の必要性。
キーワード:共感疲労、共感満足、バーンアウト、共感疲労対策、三次的トラウマティック
ストレス
Ⅰ.はじめに
本研究の目的は、虐待を受けた子どもたちに対する支援を考える際に、直接子どもに関わる
職員の共感疲労や共感満足を手がかりにすることができるかどうかを検証することである。そ
れは、1990 年代以降アメリカを中心として、理論的にも実践的にも急速に発展してきた援助
者支援、特に「二次的トラウマティック・ストレス(以下、STS)」及びそれに関連する「共
感疲労」
・
「共感満足」の理論と方法論を用いて、被虐待児が多数入所している児童養護施設に
対する援助者支援プログラム及びそれを含んだ被虐待児支援プログラムを、科学的根拠に基づ
く効果的な援助プログラムモデルとして構築することを意味している。
トラウマ体験にさらされた子どもたちに関わることで、援助者自身が STS を受けること、
そしてその状態は、援助者が共感的な関わりという専門性を行使しているときほど被りやすい
ことがわかってきている(Figley ら、1995)
。さらに、共感疲労が高くても、子どもたちとの
関わりから得られる満足感(共感満足)が高い場合は、バーンアウトへと至ることが予防でき
本研究は、平成 21 年度日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究 C「共感疲労の観点に基づく被虐
待児支援プログラムの構築」(研究代表者 藤岡孝志)の助成を受けた。
― 202 ―
ることも示唆されてきている。しかし、共感疲労に対処することが、どの程度バーンアウトを
予防できるのかとの実証的な研究は、いまだ研究の途上にあり、検討すべき課題は多い。
被虐待児との関わりの中で、施設職員は日々疲弊しているが、これは、共感的関与等の援助
者としての専門性を行使しているが故である。藤岡(2006、2007a)も指摘するように、援助
技術のなかで関係性や共感が大事であるといわれている。深く、傷ついた体験は、受容と共感
が保証され、利用者と援助者の支援・援助に向けての特有の信頼関係(ラポール)を前提に語
られる。すなわち、共感と信頼関係の樹立という援助的な専門性を行使すればするほど、この
ような(二次的外傷性ストレスにさらされやすい)場面に遭遇しやすくなるというジレンマが
ここにはある。
深い話を聴いたり、深く関わったりするということが援助職の専門性というならば、援助職
は常にこのようなストレスにさらされる危険性を有しているといえるかもしれない。そのこと
についての意識を強く持つことが必要である。援助者自身のつらかった様々な思いや体験は、
援助場面で、深い共感への道標(みちしるべ)となる。しかし、それは一方で、傷ついた子ど
もたちと関わる際に、
「援助者自身のトラウマの再燃」という援助者であるが故のつらさを誘
発するものである。
その意味で、どの子どもと関わっているときに最も疲労感を覚えるのかということは、その
子どもへの援助・支援をとらえなおすきっかけとなる。安定した構造を提供することが被虐待
児への対処で重要であり、一貫した養育者としての職員が子どもへと安定した状態で関わるこ
とを通して初めて実現することである。しかし、「被虐待児への対処は、援助者支援あってこ
そ成り立つ」ということは、
いまだ十分に検証されていない。藤岡(2010b)、Fujioka(2010)は、
児童養護施設職員における共感疲労、共感満足やバーンアウトリスクの数値が、独自に作成さ
れた愛着形成や愛着修復を阻害する養育行動として知られている FR 行動評定(「おびえたよ
うな・おびえさせるような行動」
(Frightened / Frightening Behavior)及び愛着形成を促進する
愛着養育行動それぞれとの間で有意な相関を示していることを報告しており、今後このような
観点からの研究がさらに進展していくことが期待される。
本研究は、共感疲労及び愛着形成プログラムに関する研究実績を踏まえ、さらに、より効果的
で包括的な被虐待児援助支援プログラムを構築することを目的とする。その際に、筆者らが標準
化を試みている共感疲労・共感満足の自己チェックリスト(Figley ら、1995,2005;藤岡、2006、
2007a 他)を適用していく。援助者の課題が浮き彫りになることで、さらなる個別的な被虐待
児援助プログラムも特定されてくると考えられる。本論文では、その第一歩として、児童養護
施設職員の共感疲労、共感満足、バーンアウトの実態を把握し、合わせて、その対処方略の実
際に焦点付ける。このことによって、
援助者支援の方向性を検討し、今後の子ども支援、特に愛
着臨床アプローチへの共感疲労等の指標の使用の可能性の基礎資料を得ることを目的とする。
Ⅱ.共感疲労研究の意義と背景
バーンアウト研究に代表されるように、アメリカ等の西欧諸国では、ここ 30 年の間に援
― 203 ―
助者支援プログラムが科学的にも実践的にも急速に発展してきている。特に最近 10 年では、
STS 概念とならんで、共感疲労の研究や実践活動(Figley ら、1995,2005)が、援助者支援プロ
グラムの開発・発展と密接に関係している。これは、ひとえに、専門職としての質を確保する
ことこそが、利用児・者への対処の質を保障する上で重要な位置を占めるとの共通認識からで
ある。
これまでの基礎研究によるデータ分析の結果、共感満足については、「仕事仲間との関係に
おける満足」
、
「利用児(者)との関係の中での満足」、「援助者の資質としての満足」、「人生に
おける満足」の 4 因子が抽出された。共感疲労に関しては、「代理性トラウマとして蓄積され
る共感疲労」
、
「否認感情」
、
「PTSD 様の共感疲労」、「援助者自身のトラウマ体験」の 4 因子が
抽出された。これらから、共感疲労には、
(もともとあるトラウマが再燃した)「トラウマ優位
の共感疲労」と(新たなトラウマになる可能性を持つ)「ストレス優位の共感疲労」の大きく
二つがあることが示唆された(藤岡,2008a 他)。
子どもとの関係性がこじれてきた場合に、これらの中の、特に利用児との満足感が低減し、
さらに、共感疲労も、代理性トラウマを中心に増大することが予想される。このように、共感
疲労や共感満足のさらなる細かな検討が、被虐待児への支援プログラムとして有効に機能する
ことが考えられる。これまで、施設内の被虐待児への対処は、個別的な心理療法や生活場面で
の職員による関わりなどが中心であったが、援助者自身がいかに虐待を受けた子どもにとって
の安全基地たりえているのかという日々の生活の中での職員自身のありようこそ、信頼感や安
定感を基礎におく愛着関係が形成される重要な要因になると考えられる。しかし、これらの点
を考える際に、職員への支援という観点は十分ではなかった。これまでは、援助者支援と被虐
待児への支援が切り離されてきたとも言える。これらを統合することこそ、施設内での被虐待
児支援に一石を投じることになると考えられる。
Ⅲ.援助者支援における共感疲労研究の意義
何故、援助者支援が必要であろうか。特に、援助技術を使用する場合、援助者が安定した状
態であるということが子どもとの二者関係を構築するのに重要な要因となる。援助者としての
自分のメインテナンスを考えることが援助者には求められている。精神状態を一定した安定状
態に保つことが、
様々な感性、
感情、
知性を行使する上で大事になってくる。援助者も人である。
援助技術を磨くだけでなく、それを使う使い手の状態にも気を配らなければならない。その意
味で、バーンアウト研究は、援助者を仕事から守り、離職や休職を防ぐという意味があったが、
援助者支援という観点に立つならば、より積極的に、どのような方策や概念によって、援助者
の状態を保ち、最高のパフォーマンス(特に養育行動)を常時、利用児(者)との間で実現し
なければならない。そのような意味でも、バーンアウト概念だけでなく、共感疲労、共感満足
という概念を、援助者支援の中に位置づけることが重要となる。
そのような観点から、援助者支援における課題を整理すると以下のようになる。
1)バーンアウト予防;バーンアウトの予防的な観点に立ち、共感疲労や共感満足の数値と
― 204 ―
バーンアウトの現実性とを比較検討することの意義を検討していく。バーンアウトの原
型のような深刻なバーンアウトにいたることを未然に防ぎ、離職や休職を回避するため
の方法の模索が必要である。
2)援助者としての質の確保;援助者の表情、しぐさ、声、知的な活動、感情・感性の安定
性などの状態を保持する上での、共感疲労対策が重要である。精神的・身体的疲労が持
続すると、援助者としての質の低下を免れない。
3)専門性の行使と援助者としての持続性;援助者であることによって、共感と信頼関係の
構築という専門性の行使が、援助者を傷つきやすい援助・支援場面へといざなってしま
うことがある。共感と信頼関係の構築は、二次的トラウマティックストレス(あるいは
共感疲労)と専門性の行使という両刃の剣という色彩を濃くしている。
4)援助者自身のトラウマ体験;援助者自身のトラウマの再燃をどう援助場面に持ち込むか、
あるいは、どう持ち込まないかというテーマがある。援助者自身の傷つき体験は、利用
者への共感的理解を深いところで支える一方で、援助者自身の傷つきが再燃することで、
生活者全体として破綻する可能性を秘めている。筆者は、援助者自身の傷つき体験ある
いはトラウマは、援助者であるための、あるいは援助者であり続けるための「宝物」(言
い換えると、
「援助者としてのセンスを支えるもの」)であるととらえている。深い共感
は、援助者としての人生の様々な行程を賭して、子どもたちへと向けられていくもので
ある。しかし、これは成長しようという自己努力だけでなく、援助者への支援プログラ
ムが必要となる。
5)援助者支援・専門家の協働;そもそも対人援助職は、利用者のつらさ・きつさと向き合
うことを意味している。個人が引き受けていくには限界がある。チームで関わることが
必要であり。専門職間の支えあいが、援助者としての資質を保持すると考えられる。
6)援助者を続けることと人生の喜び;対人援助職は、援助者を志すものにとって、天職で
ある。対人援助職であることを続けるための課題や日ごろの気付きなどについて、今以
上に共通したプログラムやチェックシートなどが必要であろう。このような点は、一般
的に個人に任せられていたり、援助職としてのありようは、先輩から後輩へと口伝・奥
伝として伝えられてきているものの、
十分に一般化されているとは言いがたいであろう。
このような援助者支援の観点が、援助者と子どもとの関係性構築に寄与するということが本
研究の大きなテーマである。このような観点から、本論文では、共感疲労、共感満足、バーン
アウトのそれぞれの関係性を明らかにして、今後の愛着臨床への展開の礎とする。さらに、こ
のような援助者支援のためになされる自己チェックシートが、援助者支援の対策項目とどのよ
うな関係性を持っているのかも合わせて明らかにする。
Ⅳ.方法
1 調査対象
対象は、関東近郊の児童養護施設に勤める児童指導員または保育士である。施設形態につい
― 205 ―
ては、今回は問わず、児童養護施設という点だけが共通している。
212 名の職員から協力を得られた。その内訳は、以下のとおりである。男女は、男性 96 名、
女性 116 名。年齢は、20 代 106 名、30 代 64 名、40 代 18 名、50 代 21 名、60 代 3 名であっ
た。勤務年数の平均は、8.14 年(標準偏差 8.30)。また、勤務年数の内訳は以下の通りであっ
た。1 年未満 19 名、1 年 18 名、2 年 18 名、3 年 14 名、4 年 28 名、5 年 17 名、6 年 9 名、7 年
11 名、8 年 12 名、9 年 8 名、10 年 6 名、11 年から 15 年までの合計 22 名、16 年から 25 年ま
での合計 18 名。総計 212 名。
2 調査項目
本 研 究 で 使 用 し た 質 問 紙 は フ ィ グ リ ー ら の Compassion Satisfaction/Fatigue Self‐Test for
Helpers(Figley,C.,1995;Figley & Stamm,1996)を「援助者のための共感満足 / 共感疲労
の自己テスト」として、独自に日本語に訳したものである(藤岡、2007a)。この質問紙は、著
者ら(フィグリーら)によって著作権に対する確認が放棄されていて、世界中で広く自由に使
用できるように配慮されている。翻訳に際しては、フィグリーと複数回直接面談の上議論し、
日本語として適切な表現に改めたところもある。さらに、筆者の援助者支援の経験を踏まえ
て、15 項目からなる援助者支援対策項目を独自に作成し、これについても、合わせて施行した。
また、212 名のうち、186 名については、田尾・久保のバーンアウト尺度(マスラックのバー
ンアウト尺度;田尾・久保 1996)も施行し、合わせて検討していった。
3 調査手続き
各施設ごとに質問紙を配布し、研修会の場や自己テストの説明の場などを設けた上で、質問
紙の目的、守秘義務の遵守、個人情報の管理、記入の仕方などを含めて説明し、各職員に質問
紙に記入してもらい、後日一括して回収した。なお、調査は無記名で行われたが、今後の支援・
援助を考える上で、番号だけがふられた質問紙が配布された。調査者は、番号のみを知ってお
り、個人が特定されることがないことを説明した。結果については、番号のみが付記された封
筒の中に入れ、調査者が直接回収した。さらに、結果を分析した後、個人の結果を付した文書
を調査者が作成し、番号のみが付記された封筒の中に入れ、封をして、被調査者に直接結果が
届くようにした。
以上の守秘等に関する了解事項、及び記入・回収・結果のフィードバックの方法などについ
て了解していただいた方のみに調査を実施し、調査文書に記入しないことでなんら不利益が生
じないことも事前に説明された。なお、同意は、調査文書の提出を持って代えることもあらか
じめお伝えした。
Ⅴ.結果
1 共感満足項目の因子分析 因子分析に先立ち、回答の分布状況を調べたが、大きな偏りを示した項目はなかった。共感
― 206 ―
満足 26 項目の因子分析を行った。主因子法により因子を抽出した。分析の結果、初期解にお
ける固有値の(スクリープロットを基準にした)減衰状況(第1因子から第 4 因子まで、6.861、
1.998、1.389、1.103)
、及び固有値 1 以上の因子という観点から判断して 4 因子が採択された。
結果的に、4因子解が選択され、バリマックス回転後の因子付加量を示したのが、Table.1 で
ある。以下、因子負荷量が 0.4(絶対値)以上の項目を負荷量の高い項目とした。なお、各表
には、因子負荷量二乗和(平方和)
、寄与率、累積寄与率も付した。
Table.1 共感満足尺度の因子負荷量(バリマックス回転後)
変数名
因子№ 1
因子№ 2
因子№ 3
因子№ 4
55
0.815
0.248
0.030
0.013
53
0.804
0.219
0.091
0.079
52
0.719
0.153
0.181
0.071
54
0.537
0.048
0.189
0.375
19
0.529
0.007
0.213
0.099
27
0.104
0.818
0.127
0.025
26
0.101
0.677
0.245
0.109
46
0.125
0.545
0.150
0.151
43
0.126
0.492
-0.038
0.025
35
0.082
0.455
0.101
0.300
1
0.259
0.187
0.796
0.019
2
0.246
0.194
0.771
0.151
3
0.130
0.164
0.557
0.272
57
0.117
0.227
0.088
0.648
47
0.128
0.182
0.294
0.645
61
0.132
0.356
0.100
0.633
50
0.045
0.298
0.237
0.553
9
0.426
0.066
0.476
0.190
14
-0.001
0.091
0.412
0.432
11
0.273
0.103
0.308
-0.045
10
0.257
0.195
0.398
0.291
5
0.214
0.391
0.136
0.078
66
0.094
0.176
0.176
0.153
37
-0.033
-0.122
-0.115
0.331
30
0.005
0.469
0.221
0.330
59
0.425
0.151
0.281
-0.054
二乗和
3.207
2.910
2.746
2.488
寄与率
12.33%
11.19%
10.56%
9.57%
累積寄与率
12.33%
23.53%
34.09%
43.66%
― 207 ―
藤岡(2007a)での結果とほぼ一致した結果を得ることができた。第1因子から第 4 因子ま
で、以下のように命名した。第1因子「仕事仲間との関係における満足」、第 2 因子「利用児・
者との関係の中での満足」
、第 3 因子「人生における満足感」、第 4 因子「援助者の資質として
の満足」
。項目 9 及び項目 14 については、2 つの因子にわたって、0.4 以上となっており、2 つ
の因子に寄与していることから、それぞれの因子項目から除外した。59『事務的な仕事(文書
業務)をしなくてはならないが、それでも私の援助すべき人たちのために働く時間はある』に
ついては、第1因子の「仕事仲間との関係における満足」という意味から離れている上に、人
数を変えての分析のたびに、数値が動き(たとえば、236 名で取ると、0.34 と 本論文にお
ける基準値である 0.4 を下回った)
、項目として不安定であることから、第1因子から除外し
た。また、30『自分が援助している人たちのことや、どのように援助できるかということにつ
いて、幸せな考えをもっている』については、第2因子(因子付加量 0.469)と第 4 因子(因
子付加量 0.330)の両方の意味に取れ、これも、第 2 因子から除外した。
なお、尺度の信頼性を検討するために算出されたクロンバックのα係数は、全体としてみて
みると 0.870 であった。さらに、第1因子から第 4 因子まで、それぞれ 0.828、0.771、0.808、0.789
であった。いずれのα係数も、
0.6 を上回っており、項目相互に関連しあっていることが伺える。
それぞれ、負荷量の多い項目の評定値を加算した後、項目数で割った値を、それぞれの項目の
得点とした。これについては、後に分析していく。
以下示すように、各因子の個人ごとの素点の平均値による単相関係数の検定によって、各因
子は、互いに関連しあっていることが示唆された(Table.2)。
Table.2 各因子の個人ごとの素点の平均値による単相関係数
単相関
仕事仲間
利用児(者)
人生
援助者の資質
仕事仲間との関係における満足
1.0000
―
―
―
利用児(者)との関係における満足
0.431**
1.0000
―
―
人生における満足
0.364**
0.315**
1.0000
―
援助者の資質としての満足
0.419**
0.344**
0.465**
1.0000
*:5% **:1%
これらの結果は、共感満足が 4 つの因子に分かれることを示しており、共感満足の総合得点
だけでなく、共感満足そのものの構造を検討することが出来ることを示唆している。
また、26 項目あるフィグリーらの共感満足尺度は、分析を目的とするなら、17 項目に短縮
することが出来る。念のため、17 項目に短縮して、再度、同様の手続きで因子分析にかけた
ところ、同じ 4 因子が抽出され、累積寄与率は、53.07%であった(「短縮版・共感満足尺度」)。
各項目も同じ因子内に配置されていた。因子の一貫性が示唆された。
2 共感疲労の因子分析
因子分析に先立ち、回答の分布状況を調べたが、大きな偏りを示した項目はなかった。共感
― 208 ―
疲労 23 項目の因子分析を行った。主因子法により因子を抽出し、主因子法により因子を抽出
した。分析の結果、初期解における固有値の(スクリープロットを基準にした)減衰状況(第
1因子から第4因子まで 5.36、1.388、1.043、0.895)、及び固有値 1 以上の因子という観点か
ら判断して4因子が採択された。第 4 因子については、固有値が 1 以上ではないが、減衰状況
から判断した。結果的に、4因子解が選択され、そのバリマックス回転後の因子付加量を示し
たのが、Table.3 である。以下、因子負荷量が 0.4 以上の項目を負荷量の高い項目とした。なお、
各表には、負荷量二乗和(平方和)
、寄与率、累積寄与率も付した。
Table.3 共感疲労尺度の因子負荷量(バリマックス回転後)
変数名
因子№ 1
因子№ 2
因子№ 3
因子№ 4
34
18
0.626
0.247
0.102
0.085
0.617
-0.002
0.155
0.245
29
0.598
0.174
0.098
0.096
36
0.551
0.241
0.010
0.154
32
0.521
0.071
0.256
0.332
31
0.431
0.308
0.181
0.109
40
0.278
0.678
-0.023
0.185
39
0.249
0.609
-0.027
-0.021
38
-0.125
0.468
0.136
0.150
13
0.131
0.462
0.118
0.036
28
0.331
0.455
0.264
0.042
4
0.013
0.421
0.200
0.240
6
0.109
0.129
0.836
0.175
7
0.163
0.192
0.805
0.205
21
0.158
0.119
-0.024
0.726
22
0.091
0.089
0.095
0.609
20
0.162
0.091
0.211
0.445
33
0.453
0.457
0.090
-0.005
44
0.272
0.212
0.196
0.183
12
0.229
0.335
-0.003
0.097
15
0.204
0.027
0.219
-0.044
16
0.183
0.310
0.193
0.030
8
0.126
0.117
0.292
0.286
二乗和
2.694
2.456
1.904
1.636
寄与率
11.71%
10.68%
8.28%
7.11%
累積寄与率
11.71%
22.39%
30.67%
37.78%
― 209 ―
藤岡(2007a)での結果とほぼ一致した結果を得ることができた。第1因子から第 4 因子まで、
以下のように命名した。命名の内容もよりわかりやすい表記に変えた。第1因子「代理性トラ
ウマ」
(援助している人たちから引き出されるトラウマ体験、占有)、第 2 因子「PTSD 様状態」
(利用児・者との関わりから受ける否定的感情;拘束感、脅威、おびえ、いらいら、隔絶、共
感疲労の感情的側面)
、
第 3 因子「否認感情」
(つらい体験を思い出すのを避ける)、第 4 因子「援
助者自身のトラウマ体験」
。項目 33 については、2 つの因子にわたって、0.4 以上となっており、
2 つの因子に寄与していることから、それぞれの因子項目から除外した。
尺度の信頼性を検討するために算出されたクロンバックのα係数は、全体としてみてみると、
0.839 であった。さらに、
第 1 因子、
第 2 因子、
第 4 因子まで、それぞれ 0.781、0.720、0.643 であった。
いずれのα係数も、0.6 を上回っており、項目相互に関連しあっていることが伺える。また、3
因子は、単相関係数が 0.797 であった。単相関係数の無相関の検定を行ったところ、1%水準
で、無相関は棄却された。項目間で有意な相関が見られることが示唆された。それぞれ、負荷
量の多い項目の評定値を加算した後、
項目数で割った値を、それぞれの項目の得点とした。なお、
第 3 因子は、2 項目のみによって構成されているが、ここでは除外せず、オリジナル版に忠実に、
共感疲労尺度の重要な要素とすることとした。木村(2009)は、この尺度を用いて,児童養護
施設での職員支援を検討したが、この第 3 因子であるトラウマ体験の否認が、重要な要因とな
ることを指摘している。
各因子の個人ごとの素点の平均値による単相関係数の検定によって、各因子は、互いに関連
しあっていることが示唆された(Table.4)
。
Table.4 各因子の個人ごとの素点の平均値による単相関係数
単相関
代理性トラウマ
PTSD 様状態
否認感情
援助者のトラウマ体験
代理性トラウマ
1.0000
―
―
―
PTSD 様状態
0.322**
1.0000
―
―
否認感情
0.383**
0.378**
1.0000
―
援助者自身のトラウマ体験
0.289**
0.335**
0.461**
1.0000
*:5% **:1%
さらに、因子に分かれた 17 項目のみで再度因子分析を行った結果、同じ 4 因子が抽出され、
累積寄与率は、44.155% であった(
「短縮版・共感疲労尺度」)。
なお、念のため、3 因子での構成を想定して再分析しなおした結果、第 1 因子と第 2 因子は、
同じように、因子付加量を 0.40 以上で定めた場合、因子項目も、因子の内容も全く同じ結果
になった。しかし、第 3 因子のみ、以下のような結果となり、4 因子構成を想定して分析した
場合の第 3 因子(トラウマ体験の否認感情)と第 4 因子(援助者自身のトラウマ体験)が、ほ
ぼ同じ第 3 因子の中に入っていた(Table.5)
。因子付加量 0.40 を基準値とすると、項目 21 と
22 が除外されてしまうが、いずれにせよ、自身のトラウマ体験との関わり方を内容とした因
子で構成されることが示唆された。トラウマに関わる因子が重要な位置を占めていることが改
― 210 ―
めて示されたといえる。このことから、本尺度では、あえて、4 因子構成を採用し、トラウマ
体験の否認感情が亢進するかどうか、ということと、援助者自身のトラウマ体験が賦活されて
いるかという 2 点を援助者支援の指標とすることを本尺度の重要な位置付けとすることとする
ことに決定した。
Table.5 3 因子構成の因子分析の際の第 3 因子の因子付加量
変数名
因子№ 3
7
0.785
6
0.775
8
0.407
20
0.402
22
0.358
21
0.306
3 共感疲労、共感満足、バーンアウトリスクの基準関連妥当性の検討
標準化されたマスラックらの 3 つの尺度との相関を見ていくことで、これら 3 つのフィグリー
らの尺度の基準関連妥当性を検討していく。マスラックらのバーンアウト尺度は、広く使われ
ており、しかも、久保らの標準化の手続きを経て、日本語版が作成されている。
Table.6 マスラック・バーンアウト尺度(下位尺度)と共感満足・バーンアウト・
共感疲労尺度との相関
*:5% **:1%
情緒的消耗感
脱人格化
個人的達成感
共感による満足
-0.294**
-0.409**
0.370**
バーンアウト危険性
0.459**
0.472**
-0.108
共感疲労危険性
0.324**
0.362**
-0.044
共感満足尺度について、情緒的消耗感、脱人格化、個人的達成感との単相関係数は、それぞれ、
-0.294、-0.409、0.370 であり、無相関の検定では、すべて、1%水準で有意であった。以上から、
共感満足尺度は、消耗感や脱人格化とは負の相関を示し、個人的達成感とは正の相関を示すこ
とが示唆された。
次に、共感疲労尺度については、情緒的消耗感、脱人格化、個人的達成感との単相関係数は、
それぞれ、0.324、0.362、-0.044 であり、無相関の検定では、情緒的消耗感、脱人格化と1%
水準で有意であった。個人的達成感と共感疲労の相関は見られなかった。以上から、共感疲労
尺度は、消耗感や脱人格化とは、正の相関を示し、個人的達成感とは関連していなかった。
フィグリーらのバーンアウトリスク尺度については、情緒的消耗感、脱人格化、個人的達成
感との単相関係数は、それぞれ、0.459、0.472、-0.108 であり、無相関の検定では、情緒的消耗感、
脱人格化と1%水準で有意であった。個人的達成感と共感疲労の相関は見られなかった。以上
― 211 ―
から、バーンアウト尺度は、消耗感や脱人格化とは、中程度の正の相関を示し、個人的達成感
とは関連していなかった。特に、マスラックの情緒的消耗感、脱人格化については、3 尺度全
て有意な相関が認められ、個人的達成感については、共感満足についてのみ、有意な相関が認
められた。なお、藤岡(2007a)は、すでにマスラックらの尺度と、フィグリーらが作成したバー
ンアウト尺度との相関を示唆し、また、下位因子の一致を指摘している。
4 共感満足下位因子と他の指標との関係性
さらに、満足及び疲労の因子ごとの基準関連妥当性を見ていった。共感満足尺度の下位尺度
それぞれについて、マスラック尺度日本版との相関を見てみる。
Table.7 共感満足下位因子とマスラックのバーンアウト尺度との関係性 *;5% **;1%
情 緒 的
消 耗 感
脱人格化
個 人 的
達 成 感
人生における満足感
-0.165*
-0.314**
0.266**
仕事仲間との関係における満足
-0.185*
-0.285**
0.244**
利用児・者との関係の中での満足
-0.323**
-0.382**
0.447** 援助者の資質としての満足
-0.275**
-0.300**
0.365**
「人生における満足感」は、情緒的消耗感、脱人格化、個人的達成感との単相関係数は、そ
れぞれ、-0.165、-0.314、0.266 であり、無相関の検定では、情緒的消耗感5%水準、脱人格化・
個人的達成感ともに1%水準で有意であった。
「仕事仲間との関係における満足」は、情緒的
消耗感、脱人格化、個人的達成感との単相関係数は、それぞれ、-0.185、-0.285、0.244 であり、
無相関の検定では、情緒的消耗感5%水準、脱人格化・個人的達成感ともに1%水準で有意で
あった。
「利用児・者との関係の中での満足」は、情緒的消耗感、脱人格化、個人的達成感と
の単相関係数は、それぞれ、-0.323、-0.382、0.447 あり、無相関の検定では、情緒的消耗感、
脱人格化、個人的達成感とすべて1%水準で有意であった。個人的達成感と共感疲労の相関は
見られなかった。
「援助者の資質としての満足」は、情緒的消耗感、脱人格化、個人的達成感
との単相関係数は、それぞれ、-0.275、-0.300、0.365 であり、無相関の検定では、情緒的消耗感、
脱人格化、個人的達成感すべて1%水準で有意であった。以上から、共感満足の 4 つの下位尺
度は、標準化されたマスラック日本版尺度と有意な相関を示していた。
5 共感疲労下位因子と他の指標との関係性
共感疲労尺度の下位尺度(全 17 項目)は、1、援助者自身のトラウマ体験、2、否認感情(つ
らい体験を思い出すのを避ける)
、3、
「代理性トラウマ」(援助している人たちから引き出さ
れるトラウマ体験、占有)
、4、
「PTSD 様状態」(利用児・者との関わりから受ける否定的感情;
拘束感、脅威、おびえ、いらいら、隔絶、共感疲労の感情的側面、PTSD 状態)」とに分かれる。
それぞれについて、マスラック尺度日本版との相関を見てみる。
― 212 ―
Table.8 共感疲労下位因子とマスラックのバーンアウト尺度との関係性 *;5% **;1%
代理性トラウマ
PTSD 様状態
情 緒 的
消 耗 感
0.106
0.294
脱人格化
0.130
個 人 的
達 成 感
0.029
0.413
**
-0.131
*
0.047
否認感情
0.087
0,152
援助者自身のトラウマ体験
-0.044
0.048
-0.009
「援助者自身のトラウマ体験」は、情緒的消耗感、脱人格化、個人的達成感との単相関係数は、
それぞれ、-0.044、0.048、-0.009 であり、無相関の検定では、すべて有意差が見られなかった。「否
認感情」は、情緒的消耗感、脱人格化、個人的達成感との単相関係数は、それぞれ 0.087、0,152、
0.047 であり、
無相関の検定では、
脱人格化でのみ、5%水準で有意であった。「代理性トラウマ」
は、情緒的消耗感、脱人格化、個人的達成感との単相関係数は、それぞれ 0.106、0.130、0.029
あり、
無相関の検定では、
情緒的消耗感、
脱人格化、個人的達成感とすべて有意差が見られなかっ
た。
「PTSD 様状態」
は、
情緒的消耗感、
脱人格化、
個人的達成感との単相関係数は、それぞれ 0.294、
0.413、-0.131 であり、無相関の検定では、脱人格化でのみ1%水準で有意であった。以上から、
共感疲労の 4 つの下位尺度は、標準化されたマスラック日本版尺度と有意な相関については、
脱人格化と否認感情、脱人格化と PTSD 様状態とで見られた。特に、後者は、中程度の相関で
あり、解離傾向を示唆している脱人格化に何らかの形で、PTSD 様状態が関連している可能性
が示唆された。また、共感疲労尺度とバーンアウトリスクなどの関連が大きいことから、下位
項目の前に、まず総合得点としての共感疲労尺度を吟味することの重要性も伺われた。
次に、
これらの尺度を用いてさまざまなことが分析できるかどうかということの例証である。
特に、藤岡(2007a)などから、勤務年数との関連性が指摘されている。
6 共感満足と勤務年数
これについて、一要因の分散分析を行った結果、勤務年数について、有意な結果となった(F
(15,196)= 1.953、p <.05)
。下位検定を、Fisher の最小有意差法で行った結果、1 年未満 -11
年から 15 年、1 年と 4 年・8 年・10 年、2 年・4 年と 21 年から 25 年、4 年と 31 年以上、を含
め、20 項目間で有意な差が見られた。1 年未満から、勤務年数 10 年にかけて、共感満足度は、
隔年で上下していき、11 年から 15 年で落ち着き、16 年以降に一気に高い満足度までいたるこ
とが示唆された (Fig.1)。
― 213 ―
共感満足
共感満足
100
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
共感満足
勤務年数
Fig.1 共感満足と勤務年数
7 共感疲労と勤務年数
共感疲労
共感疲労平均値
45.000
40.000
35.000
30.000
25.000
20.000
15.000
10.000
5.000
0.000
共感疲労平均値
勤務年数
Fig.2 共感疲労と勤務年数
共感疲労については、一要因分散分析の結果、勤務年数による有意差はなかった(F(15,196)
= 0.548、p= 0.911 > .05)
。共感疲労は、勤務年数において差がないことがわかった。
8 バーンアウトリスクと勤務年数
バーンアウトリスクについては、一要因分散分析の結果、勤務年数による有意差はなかった
(F(15,196)= 0.560、p= 0.903 > .05)
。バーンアウトリスクは、勤務年数において差がな
いことがわかった。
― 214 ―
バーンアウトリスク
バーンアウトリスク平 均
45.000
40.000
35.000
30.000
25.000
20.000
15.000
10.000
5.000
0.000
バーンアウトリスク平 均
勤務年数
Fig.3 バーンアウトリスクと勤務年数
9 共感満足下位尺度と性差
利用児・者との関係の中での共感満足
性差については、共感疲労、共
たが、以下の 2 点については、有
意さが見出された。まず、利用児・
者との関係性において、一要因分
共感満足
感満足、
バーンアウトと差がなかっ
散分析の結果、有意な差が見出さ
れた(F(1,210) = 7.935, P < .001)
。
3.1
3.05
3
2.95
2.9
2.85
2.8
2.75
2.7
2.65
2.6
2.55
利用児・者との関係の中での
共感満足
女性
男性
女性、男性
次に、援助者の資質としての満足
では、男性の方が女性よりも高い Fig.4 利用児(者)との関係性における共感満足と性差
満足度を示していた(F(1,210) =
援助者の資質としての満足平 均
共感満足
5.065, P < .005)
。
2.450
2.400
2.350
2.300
2.250
2.200
2.150
2.100
2.050
2.000
1.950
援助者の資質としての
満足平 均
女性
男性
女性、男性
Fig.5 援助者の資質としての満足と性差
10 共感満足 4 群の違いによる分析
次に、共感満足の数値(各被調査者の合計点)を上位から下位まで順序付け、4 等分にした。
その上で、下位から上位まで、それぞれ、共感満足1,2,3,4群と命名した。各群には、43
名が均等に配分された。なお、異なる群に、同数値の被調査者が含まれた場合には、さらに、
― 215 ―
上記分析を経た短縮版尺度の合計値で再度順位付けを行い、高低を区別して各群に配置した。
これは、共感疲労、バーンアウトリスクでも踏襲した。Table.9 及び Fig.6 には、その平均値を
しめしている。各群が有意な差を取っているかどうかを、一要因分散分析を行った。その結果、
有意な差が見出された(F(3,208) = 306.273, P < .001)。また、Tukey 法による下位検定を行っ
たところ、満足 1 群―満足 2 群間など、すべての群間で、1%水準で有意差が見出された。
Table.9 各群内の個人の共感満足度の平均値、標準偏差
満足群名
満足1
満足2
満足3
満足 4
n
53
53
53
53
平均値
53.528
69.377
78.000
90.642
標準偏差
9.364
2.551
3.138
8.003
各共感満足群の平均値
4 群は、それぞれ、母集団の満足低から
100.000
満足高までを想定していることが示唆され
80.000
共感満足
た。
フィグリーらの指標によれば、満足 1 群
60.000
平 均
40.000
20.000
の数値範囲は、満足の潜在性が低い。
0.000
満足1
満足2
満足3
満足4
各共感満足群(低ー高、1,2,3,4)
満足 2 と満足3は、潜在性がまあまああ
る。満足4は、
ちょうどよい潜在性がある、
Fig.6 各共感満足群の平均値
となっている。
各共感満足群のバーンアウトリスク
それぞれのバーンアウトリスクを見てみ
低減している(F(3,208) = 4.258,
P < .01)
。
また、Tukey 法による下位検定を行った。
その結果、満足1群―満足4群間で、1%
水準で有意差が見出された(平均値差;
バーンアウトリスク
ると、満足が高くなるにつれて、リスクが
45.000
40.000
35.000
30.000
25.000
20.000
15.000
10.000
5.000
0.000
平 均
6.792、q= 3.547、P < .01)
。満足が高い
満足1
満足2
満足3
満足4
各共感満足群(低ー高、1,2,3,4)
ことで、バーンアウトリスクが低減するこ
Fig.7 各共感満足群のバーンアウトリスク得点
の平均値
とが示唆された。
共感満足各群と共感疲労度の関連性は見
共感疲労平均値
出せなかった(F(3,208) = 0.718,
P = 0.542
満足群と疲労の図は、満足 2 群が他群に
比べて、疲労が高くなっており、何か特別
共感疲労
(> .05) )
。
な意味を持っているかもしれないが、今後
共感疲労平均値
満足1 満足2 満足3 満足4
各共感満足群(低ー高;1,2,3,4)
の検討課題である。
脱人格化と 4 群との関連を見てみた。一
38.000
37.000
36.000
35.000
34.000
33.000
32.000
31.000
Fig.8 各共感満足群の共感疲労度得点の平均値
― 216 ―
要因分散分析の結果、有意差が見出され
脱人格化
た(F(3,180) = 5.550, P < .01)
。さらに、
果、満足1群―満足4群間で、1%水準
で有意差が見出された(平均値差;3.130、
脱人格化
Tukey 法による下位検定を行った。その結
q= 4.046、P < .01)
。脱人格化は、満足
14
12
10
8
6
4
2
0
脱人格化
感が向上するほど、低減することが示唆さ
満足1
満足2
満足3
満足4
共感満足の度合い(低ー高;1,2,3,4)
れた。
Fig.9 各共感満足群と脱人格化得点
次に、
情緒的消耗感との関連性であるが、
以下のように、情緒的消耗感は、満足が向
各共感満足群と情緒的消耗感
上するほど、減少することが見出された。
満足が低い状態が、消耗感の高さと関係し
情緒的消耗感
ていることが示唆された。
一要因分散分析の結果、有意差が見出さ
れ た(F(3,180) = 3.511, P < .05)
。さら
に、Tukey 法による下位検定を行った。そ
18
16
14
12
10
8
6
4
2
0
平 均
満足1
満足2
満足3
満足4
共感満足の度合い(低ー高;1,2,3,4)
の結果、満足1群―満足4群間で、1%水
準で有意差が見出された(平均値差;2.804、 Fig.10 各 共感満足群の情緒的消耗感得点の平
q = 3.112、P < .05)
。 情 緒 的 消 耗 感 は、
均値
満足感が向上するほど、低減することが示
個人的達成感
唆された。
関連性であるが、
以下の図のようになった。
共感満足が高い場合に、個人的達成感も低
くなっている。この点は意外であり、共感
個人的達成感
次に、個人的達成感と各共感満足群との
満足と個人的達成感との質的違いを示唆し
個人的達成感
満足1 満足2
満足3 満足4
共感満足の度合い(低ー高;1,2,3,4)
ている。
一要因分散分析の結果、有意差が見出さ
14
12
10
8
6
4
2
0
Fig.11 各 共感満足群の個人的達成感得点の平
均値
れ た(F(3,180) = 5.550, P < .01)
。さら
に、Tukey 法による下位検定を行った。そ
の結果、満足1―満足4群間で、1%水準で有意差が見出された(平均値差;3.130、q= 4.046、
P < .01)
。個人的達成感は、満足感が向上するほど、低減することが示唆された。これは、共
感満足が、単に個人的な達成感だけでなく、職務上のさまざまな満足を踏まえていることを示
唆するものである。
― 217 ―
11 共感疲労 4 群と他の指標との関係性
次に、共感疲労の数値を上位から下位まで順序付け、4 等分にした。その上で、下位から上
位まで、それぞれ、共感疲労1、2、3、4群と命名した。各群には、それぞれ 53 名が配置
された。Table.10 及び Fig.12 には、その平均値を示している。各群が有意な差を取っているか
どうかを、一要因分散分析を行った。その結果、有意な差が見出された(F(3,208) = 510.531,P
< .001)
。また、Tukey 法による下位検定を行ったところ、疲労 1 群―疲労 2 群間など、すべ
ての群間で、1%水準で有意差が見出された。4 群は、それぞれ、母集団の疲労低から疲労高
までを想定していることが示唆された。
Table.10 各群内の個人の共感疲労度の平均値、標準偏差
疲労群名
疲労 1
疲労 2
疲労 3
疲労 4
n
53
53
53
53
平均値
18.585
29.358
38.472
52.868
標準偏差 (SD)
4.088
2.442
2.778
7.560
フィグリーらの指標によれば、疲労
1 群の数値範囲は、共感疲労1は、リ
共感疲労平均値
スクがかなり低い。疲労 2 は、リスク
60.000
50.000
まあまああるから高いまで。疲労 4 は、
40.000
リスクがかなり高い、という範囲に
共感疲労
がまあまあある。疲労 3 は、リスクが
入っている。
共感疲労平均値
30.000
20.000
10.000
バーンアウト指標をそれぞれの群で
0.000
集計してみると、
以下のようになった。
一 要 因 分 散 分 析 を 行 っ た。 結 果、
有 意 な 差 が 見 出 さ れ た(F(3,208) =
疲労1
疲労2
疲労3
疲労4
各共感疲労群(低ー高;1,2,3,4)
Fig.12 各共感疲労群内の個人の共感疲労度の平均値
2951.094,P < .01)
。 ま た、Tukey 法 に
各共感疲労群のバーンアウトリスク(平均値)
よる下位検定を行ったところ、疲労2
で、1%水準で有意差が見出された。
4 群は、それぞれ、疲労が高くなれ
ばなるほど、バーンアウトリスクが高
くなることが示唆された。疲労 4 群
は、バーンアウトリスクの平均値も、
バーンアウトリスク
群―疲労3群間を除く、すべての群間
50.000
45.000
40.000
35.000
30.000
25.000
20.000
15.000
10.000
5.000
0.000
平 均
疲労1
疲労2
疲労3
疲労4
各共感疲労群(低ー高;1,2,3,4)
44.377 であり、危険性がかなり高いと
いうところに入っており、他の群と比 Fig.13 各共感疲労群のバーンアウトリスク得点の平
べても、10 ポイントも上回っている。
均値
― 218 ―
共感疲労尺度が、バーンアウトリスク尺度を
情緒的消耗感
次に、情緒的消耗感との関連性であるが、
以下のように、情緒的消耗感は、疲労が高く
なるほど、増加することが見出された。疲労
情緒的消耗感
補う重要な役割を果たすことが示唆された。
が高い状態が、消耗感の高さと関係している
ことが示唆された。
18
16
14
12
10
8
6
4
2
0
情緒的消耗感
疲労1
疲労2
疲労3
疲労4
共感疲労の程度(低ー高)
一要因分散分析の結果、有意差が見出され
た(F(3,180) = 7.803, P < .001)
。 さ ら に、
Fig.14 各 共感疲労群の情緒的消耗感得点の平
均値
Tukey 法による下位検定を行った。その結果、
疲労1群―疲労4群間、及び疲労 2 -疲労 4
群間で、1%水準で有意差が見出された(疲労1群―疲労4群間、平均値差;4.044、q= 4.537、
P < .01;疲労2群―疲労4群間、平均値差;3.304、q= 3.707、P < .01)。情緒的消耗感は、
共感疲労が増加するほど、増大することが示唆された。
脱人格化と 4 群との関連を見てみた。一
要 因 分 散 分 析 の 結 果、 有 意 差 が 見 出 さ れ
脱人格化
た(F(3,180) = 7.091, P < .001)
。 さ ら に、
14
12
Tukey 法による下位検定を行った。その結果、
10
脱人格化
疲労1群―疲労4群間で、1%水準で有意差
が見出された(平均値差;3.370、q= 4.329、
8
脱人格化
6
4
P < .01)
。また、疲労1群―疲労3群間、疲
2
0
労 2 群―疲労 4 群間で、5%水準で有意差が
疲労1
見出された(1-3、平均値差;2.130、q
= 2.737、P < .05;2-4、平均値差;2.457、
疲労2
疲労3
共感疲労の程度(低ー高)
疲労4
Fig.15 各共感疲労群の脱人格化得点の平均値
q= 3.156、P < .05)
。脱人格化は、共感疲
労が増加するほど、増大することが示唆され
た。
個人的達成感
個人的達成感と 4 群との関連を見てみた。
な か っ た(F(3,180) = 1.229, P = 0.301(
>.05))
。個人的達成感は、疲労の度合いに
よって変動することが示唆されたが、統計
的には有意ではなかった。
16.5
個人的達成感
一要因分散分析の結果、有意差は見出され
16
15.5
15
個人的達成感
14.5
14
13.5
疲労1
疲労2
疲労3
疲労4
共感疲労の程度(低ー高)
Fig.16 各 共感疲労群の個人的達成感得点の平
均値
― 219 ―
12 バーンアウトリスク 4 群と各指標
次に、バーンアウトリスクの数値を上位から下位まで順序付け、4 等分にした。その上で、
下位から上位まで、それぞれ、バーンアウトリスク1,2,3,4群と命名した。Table.11 及び
Fig.17 には、その平均値をしめしている。各群が有意な差を取っているかどうかを、一要因分
散分析を行った。その結果、有意な差が見出された(F(3,208) = 383.8956, P < .001)。また、
Tukey 法による下位検定を行ったところ、バーンアウトリスク群 1 群―2 群間など、すべての
群間で、1%水準で有意差が見出された。4 群は、それぞれ、母集団のバーンアウトリスク低
から高までを想定していることが示唆された。
Table.11 各群内の個人の共感疲労度の平均値、標準偏差
リスク群名
バーンアウト 1 バーンアウト 2 バーンアウト 3 バーンアウト 4
n
53
53
53
53
平 均
22.019
32.679
39.075
47.358
標準偏差 (SD)
4.869
2.400
1.674
5.554
なお、上記の4群は、① 36 以下=危険性はかなり低いと、次の区分である② 37-50 =危険
性がまあまあある、の中に入っている。なお、「バーンアウト 4」群には、③ 51-75 =危険性
が高いが、13 名含まれている。
バーンアウトリスク各群平均値
れぞれのバーンアウトリスクを見てみ
ると、バーンアウトリスクが高くなる
につれて、共感満足が低減している
(F(3,208) = 4.027, P < .01)
。
バーンアウトリスク
各群の共感満足度を見てみると、そ
50.000
45.000
40.000
35.000
30.000
25.000
20.000
15.000
10.000
5.000
0.000
平 均
ま た、Tukey 法 に よ る 下 位 検 定 を
行った。その結果、リスク1群―リス
ク4群間で、1%水準で有意差が見出
された(平均値差;9.359、q= 3.285、
各バーンアウトリスク群(低ー高;1,2,3,4)
Fig.17 各バーンアウトリスク群のバーンアウトリ
スク得点の平均値
P < .01)
。また、リスク 2 群―リスク
共感満足平 均
れ た( 平 均 値 差;7.434、 q = 2.609、
P < .05)
。共感満足は、バーンアウト
リスクが増加するほど、低減すること
共感満足
4群間で、5%水準で有意差が見出さ
78.000
76.000
74.000
72.000
70.000
68.000
66.000
64.000
62.000
共感満足平 均
が示唆された。
それぞれのバーンアウトリスクごと
の共感疲労を見てみると、バーンアウ
トリスクが高くなるにつれて、共感疲
各バーンアウトリスク群(低ー高;1,2,3,4)
Fig.18 各 バーンアウトリスク群の共感満足得点
の平均値
労が増加している(F(3,208) = 56.097,
― 220 ―
P < .001)
。 ま た、Tukey 法 に よ る 下 位
共感疲労平 均
60.000
50.000
40.000
30.000
20.000
10.000
0.000
れた。バーンアウト低から高の 4 群は、そ
ト4
ウ
ト3
ア
ウ
ア
ウ
バ
ー
ン
ク 3 群間で、5%水準で、優位さが見出さ
バ
ー
ン
バ
ー
ン
ア
ウ
ト1
が見出された。さらに、リスク 2 群―リス
ア
除く、すべての群間で、1%水準で有意差
共感疲労平 均
ト2
その結果、リスク2群―リスク3群間を
バ
ー
ン
検定を行った。
Fig.19 各 バーンアウトリスク群の共感疲労得点
れぞれ、相応の共感疲労の高さを有してお
の平均値
り、群間の差が、共感疲労の低から高と一
致していることから、バーンアウトリスクと共感疲労の関連性が示唆された。
13 対策項目と各指標との関係性
各指標の並存的妥当性を見ていくために、対策の 15 項目との相関を見ていった(Table.12)。
Table.12 対策項目 1 から 15 の共感満足、共感疲労、バーンアウトとの相関
*
単相関
共感による バーンアウト
満足
危険性
共感疲労
危険性
情緒的
消耗感
対策 1
-0.329 **
0.371 **
0.314 **
0.278 **
0.320 **
-0.215 **
2
0.193 **
-0.222 *
-0.247 **
-0.121
-0.143
0.180 *
3
0.310 **
-0.176 *
-0.092
-0.015
-0.122
0.209 **
4
0.386 **
-0.24 1 **
-0.197 *
-0.261 **
-0.267 **
0.239 **
5
0.400 **
-0.202 *
-0.227 **
-0.088
-0.223 **
0.232 **
6
0.3362 **
-0.1711 *
-0.0707
-0.1671**
-0.2367 **
0.3354 **
7
-0.038
0.064
0.043
0.013
0.020
0.111
8
0.043
-0.134
-0.126
0.065
0.070
0.060
9
0.183*
-0.204*
-0.323 **
-0.057
-0.026
-0.060
10
-0.299 **
0.217 **
0.101
0.187 *
0.186 *
-0.091
11
0.364 **
-0.126
-0.002
-0.124
-0.070
0.252 *
12
0.367 **
-0.310 **
-0.108
-0.166
-0.177
0.335 **
13
0.143
-0.068
-0.028
-0.046
-0.071
0.221 *
14
0.348 **
-0.245 *
-0.106
-0.115
-0.120
0.269 **
15
0.361 **
-0.123
-0.071
0.010
-0.016
0.161
脱人格化
個人的
達成感
:5% . **:1%
その結果、
対策1(施設・機関全体の方針と、
自分の方針が合わないときがありますか?)は、
全てにおいて有意な相関があり。共感満足と個人的達成感と負の相関、それ以外の項目で正の
相関であった。施設方針の食い違いは、満足や達成感を低め、疲労や情緒的消耗感、脱人格化
を低める可能性が示唆された。
― 221 ―
対策2(家族は、仕事上のつらさ・きつさを受けとめてくれていると感じていますか?)、
3 友人は、仕事上のつらさ・きつさを受けとめてくれていると感じていますか?)4(上司
は、仕事上のつらさ・きつさを受けとめてくれていると感じていますか?)、5(同僚は、仕
事上のつらさ・きつさを受けとめてくれていると感じていますか?)、6( 施設長は、仕事
上のつらさ・きつさを受けとめてくれていると感じていますか?)は、全ての項目が、共感満
足および個人的達成感と正の相関があり、バーンアウト尺度と負の相関があった。家族・職場
の支えが、共感満足と正の関連をしており、バーンアウトを予防している可能性が示唆された。
共感疲労との関連性でみると、特に、2(家族・友人),4(上司)、5(同僚)の支えが、共
感疲労を高めすぎない可能性が示唆されている。
対策7(自分が援助職であることで、家族は疲れたり、いらいらしたりしていると感じます
か?)10(家に帰って、
家族や友人にいらいらや不満をぶつけてしまうことがありますか?)は、
藤岡(2007a)が指摘するように、三次的トラウマティックストレスとの関連が示唆されるが、
10 でのみ、共感満足との負の相関が、バーンアウトリスク、情緒的消耗感、脱人格化との有
意な正の相関が見出された。それぞれ、弱い相関ではあるが、三次的トラウマティックストレ
スを家族に与えてしまうことと、バーンアウトなどの不適応感との関連性が示唆された。
対策8
(仕事と私生活とを意識的に区別していることがありますか?)は、仮説に反して、バー
ンアウトなどの尺度との関連性は見出されなかった。家庭での仕事のやり方など、さらに吟味
することが必要であると考えられる。9(趣味や自分の楽しみなどで、仕事を忘れることがあ
りますか?)は、共感満足と正の相関、共感疲労、バーンアウトリスクと負の相関があり、こ
れらのことが、共感疲労の亢進を予防し、バーンアウト対策にもなりうることが示唆された。
また、満足感をいろいろな人に話しているか、という項目では、11(仕事上感じた満足感を
同僚や上司(寮長など)に話していますか?)
、12(仕事上感じた満足感を施設長に話してい
ますか?)13(仕事上感じた満足感を家族や友人に話していますか?)、という 3 つ全ての項
目で、個人的達成感との正の相関が見出された。また、11,12 は、共感満足との正の相関が、
12 はバーンアウトリスクと負の相関が見出された。特に施設長や同僚、上司に話しているこ
とが、バーンアウト共感疲労対策になることが示唆された。
最後に、ユーモアや笑いの効果については、14(ユーモアや笑いを職場で大事にしています
か?)15(ユーモアや笑いを家族や友人との間で大事にしていますか?)ともに、共感満足
との正の相関が見出され、14 については、個人的達成感とも有意な相関が見出された。また、
同じ 14 が、バーンアウトリスクとの負の相関が見出された。
14 共感満足・共感疲労下位尺度と援助者支援対策項目との相関
さらに、被調査者の中で、一施設である X 施設の職員 40 名について、特に、共感満足、共
感疲労の下位因子と援助者支援対策項目との相関を見ていった。その結果を示したのが、以下
の表である(Table.13, 14)
。
― 222 ―
Table.13 共感満足下位尺度と援助者支援対策項目との相関
人生における満足 仕事仲間との関係 利 用 児・ 者 と の 関 援助者の資質とし
感
における満足
係の中での満足
ての満足
単相関
対策 1
-0.079
0.211
-0.075
0.067
2
-0.016
-0.103
-0.284
-0.199
3
0.169
-0.161
-0.029
-0.068
4
0.213
-0.088
0.071
-0.159
5
0.183
-0.128
-0.232
-0.062
6
0.246
-0.142
0.147
0.122
7
0.254
-0.242
-0.010
0.040
8
0.013
-0.073
-0.155
0.039
9
0.128
-0.256
-0.075
-0.091
10
-0.031
0.214
0.255
-0.113
11
0.183
-0.171
0.011
0.028
12
0.342*
-0.214
0.014
0.151
13
-0.081
0.019
0.111
-0.109
14
0.012
-0.210
-0.046
-0.302
0.202
-0.350*
-0.124
-0.264
15
*
**
:5% . :1%
共感満足については、人生における満足と、満足を施設長に話している(対策 12)、という
項目と相関があり、施設長に対して、職務上得られた満足感を話していることが関連している
ことが示唆された。また、仕事仲間との関係における満足感は、15(ユーモアや笑いを家族や
友人との間で大事にしていますか?)と負の相関となっており、仕事仲間において満足してい
ることが、家族や友人への期待感を低くしていることが示唆された。
次に、共感疲労についてみていくと、次のような結果が得られた。
Table.14 共感疲労下位尺度と援助者支援対策項目との相関
単相関
トラウマ体験
否認感情
代理性トラウマ
PTSD 様状態
対策 1
-0.033
0.056
-0.016
0.057
2
-0.106
0.089
-0.113
0.039
3
-0.247
0.063
-0.264**
0.190*
4
-0.206
0.123
-0.129
0.034
5
-0.396*
0.171
-0.147
0.091
6
-0.170
-0.029
-0.030
-0.060
7
-0.041
-0.114
0.234*
0.112
8
0.104
0.108
-0.149
-0.080
9
0.133
-0.037
0.109
-0.008
― 223 ―
10
0.104
-0.055
0.110
-0.152
11
0.084
0.292**
-0.136
0.267**
12
-0.003
-0.018
-0.113
0.121
13
0.277
0.113
-0.092
0.203*
14
-0.088
-0.056
-0.327**
0.174
15
-0.106
0.127
-0.403**
0.153
*:5% . **:1%
援助者自身のトラウマ体験が再燃している可能性である第1因子との負の相関が対策5とあ
り、同僚の受容が、トラウマ体験の再燃を防いでくれている可能性が示唆される。また、否認
感情と 11 が正の相関があり、同僚や上司につらさを話せていることで、上手に傷つき体験を
回避できていることが示唆された。また。代理性トラウマ体験で、友人の受容(対策3)が、
負の相関となっており、友人が受け止めてくれていないと、代理性トラウマ体験の数値が高く
なることが示唆された。また、7(自分が援助職であることで、家族は疲れたり、いらいらし
たりしていると感じますか?)との正の相関があったことから、援助者としての代理性トラウ
マが、家族の三次的トラウマティックストレスと関連していることが示唆された。また、14,
15 と負の相関があったことから、ユーモア・笑いを家族、友人、職場の同僚と共有することが、
代理性トラウマの亢進を予防する可能性が示唆された。最後に、PTSD 様状態と、3,11,13
と正の相関があったことから、友人にきつさを話したり、家族、友人、職場の同僚に職務上得
られた満足を話そうとする行動を促進している可能性が示唆された。
Ⅵ 考察
1 共感疲労・共感満足尺度の妥当性・信頼性の検証
1)共感満足項目の信頼性・妥当性
改めて行った因子分析の結果、藤岡(2007a)での結果とほぼ一致した結果を得ることがで
きた。第1因子から第 4 因子まで、藤岡(2007a)と同様に、以下のように命名した。第1因
子「仕事仲間との関係における満足」
、第 2 因子「利用児・者との関係の中での満足」、第 3 因
子「人生における満足感」
、第 4 因子「援助者の資質としての満足」。これらの下位尺度は、援
助者支援を考える上で、支援の方向性を定める上で有効に機能すると考えられる。特に、利用
児との満足感が低くなっている場合、特にどの子との関わりの中で満足感を低減しているかを
検討することによって、援助者としての満足感の向上に寄与すると考えられる。援助者支援プ
ログラムとしての愛着臨床アプローチに盛り込むことの意義が示唆された。また、尺度の信頼
性を検討するために算出されたクロンバックのα係数は、全体としてみてみると 0.870 であっ
た。さらに、第1因子から第 4 因子まで、それぞれ 0.828、0.771、0.808、0.789 であった。い
ずれのα係数も、
0.7 を上回っており、
項目相互に関連しあっていることが伺える。このことで、
本尺度の信頼性の中で、内的整合性について示唆された。また、各因子の個人ごとの素点の平
― 224 ―
均値による単相関係数の検定によって、各因子は、互いに関連しあっていることが示唆された。
これは、互いに関係しあいあう 4 つの下位因子で、本尺度は構成されており、構成概念妥当性
として示唆された。
さらに、すでに結果でも述べたところであるが、基準関連妥当性の検証のため、既存のマス
ラックらのバーンアウト尺度との関連性を見た。このことによって、基準関連妥当性の中で、
並存的妥当性を検討した。その結果、
バーンアウト尺度の 3 つの下位尺度である情緒的消耗感、
脱人格化、個人的達成感との単相関係数は、それぞれ、-0.294、-0.409、0.370 であり、無相関
の検定では、すべて、1%水準で有意であった。以上から、共感満足尺度は、既存の標準化さ
れたバーンアウト尺度の下位因子である
「情緒的消耗感」や「脱人格化」とは負の相関を示し、
「個
人的達成感」とは正の相関を示すことが示唆された。このことは、それぞれの意味を考えても
妥当な結果であり、基準関連妥当性が示唆された。今後は、この共感満足尺度の高低が、職場
での適応感、休職率、離職率をどの程度予測するのか、という予測的妥当性も合わせて検討さ
れなければならないであろう。
26 項目あるフィグリーらの共感満足尺度は、分析を目的とするなら、17 項目に短縮するこ
とが出来ると考えられる。被調査者の負担を考えても、下位因子の分析も合わせてできること
から、今後、この尺度を用いての更なる共感満足研究が進展することが期待される。以上から、
共感満足尺度(短縮版)の信頼性・妥当性が支持された。今後の活用によって、援助者支援に
関してさまざまな分析が可能になることが示唆された。信頼性については、今後、一定の期間
をおいての再テスト法や、平行テスト法・折半法を通して、信頼性をさらに検討しなければな
らないであろう。
特に、再テスト法によって変化するところと変化しないところは、本尺度の信頼性について
の検証になるだけでなく、仮に変化した場合は、変化しなかった項目との関連性において、共
感満足という測定対象概念の頑健性と柔軟性の両方を示唆するものと考えられる。
2)共感疲労項目の信頼性・妥当性
共感疲労においても、藤岡(2007a)での結果とほぼ一致した結果を得ることができた。
第1因子から第 4 因子まで、以下のように改めて命名した。第1因子「代理性トラウマ」(援
助している人たちから引き出されるトラウマ体験、占有)、第 2 因子「PTSD 様状態」(利用児・
者との関わりから受ける否定的感情;拘束感、脅威、おびえ、いらいら、隔絶、共感疲労の感
情的側面)
、第 3 因子「否認感情」
(つらい体験を思い出すのを避ける)、第 4 因子「援助者自
身のトラウマ体験」
。特に、第 3 と第 4 は、共に援助者自身の内的な状況への支援を行ってい
く際のきっかけとなりうる指標であり、あえて、二つの因子に分けて分析することの意義が考
えられる。
すでに結果でも述べたところであるが、尺度の信頼性を検討するために算出されたクロン
バックのα係数は、全体としてみてみると、0.839 であった。さらに、第 1 因子、第 2 因子、
第 4 因子まで、それぞれ 0.781、0.720、0.643 であった。いずれのα係数も、0.6 を上回っており、
因子内で項目相互に関連しあっていることが伺えた。このことで、本尺度の信頼性の中で、内
― 225 ―
的整合性について示唆された。また、第 3 因子は、2 項目によって構成されているため、単相
関係数を算出した。その結果、
単相関係数が 0.797 であった。単相関係数の無相関の検定を行っ
たところ、1%水準で、無相関は棄却された。項目間で有意な相関が見られることが示唆され
た。信頼性については、今後、一定の期間をおいての再テスト法や、折半法・平行テスト法を
通して、信頼性をさらに検討しなければならないであろう。特に、再テスト法によって変化す
るところと変化しないところは、共感満足尺度と同様に、本尺度の信頼性についての検証にな
るだけでなく、仮に変化した場合は、変化しなかった項目との関連性において、共感疲労とい
う測定対象概念の頑健性と柔軟性の両方を示唆するものと考えられる。
また、さらに、各因子の個人ごとの素点の平均値による単相関係数の検定によって、各因子
は、
互いに関連しあっていることが示唆された
(全てにおいて有意な相関が見られた)。これは、
互いに関係しあいあう 4 つの下位因子で、本尺度は構成されており、構成概念妥当性として示
唆された。
さらに、基準関連妥当性の検証のため、既存の標準化されたマスラックらのバーンアウト尺
度との関連性を見た。このことによって、基準関連妥当性の中で、並存的妥当性を検討した。
その結果、バーンアウト尺度の 3 つの下位尺度である情緒的消耗感、脱人格化、個人的達成感
との単相関係数は、それぞれ、0.324、0.362、-0.044 であり、無相関の検定では、情緒的消耗感、
脱人格化と1%水準で有意であった。個人的達成感と共感疲労の相関は見られなかった。この
ことは、それぞれの意味を考えても妥当な結果であり、基準関連妥当性が示唆された。今後は、
この共感疲労尺度の高低が、職場での適応感、バーンアウト尺度などの高低をどの程度予測す
るのか、という予測的妥当性も合わせて検討されなければならないであろう。
以上から、共感疲労尺度は、消耗感や脱人格化とは、正の相関を示し、個人的達成感とは関
連していなかった。これは、マスラックらのバーンアウト尺度の中の共感疲労に関連すると考
えられる下位尺度との相関が有意であったことから、妥当性が一部ではあるが、検証されたと
考えられる。個人的達成感と共感疲労との関連性が見出されなかったことは、今後さらに検討
していくべきことであろう。
2 共感疲労・共感満足と各下位項目との関連性について
1)共感満足について
さらに、下位因子の並存的妥当性を見ていくために、マスラックらのバーンアウト尺度との
相関関係を算出した。その結果、
「人生における満足感」との相関は、情緒的消耗感5%水準、
脱人格化・個人的達成感ともに1%水準で有意であった。弱い相関ではあるが、関連性が示唆
された。
「仕事仲間との関係における満足」との相関は、情緒的消耗感5%水準、脱人格化・
個人的達成感ともに1%水準で有意であった。
「利用児・者との関係の中での満足」との相関は、
情緒的消耗感、脱人格化、個人的達成感とすべて1%水準で有意であった。特に、個人的達成
感との相関は、中程度であり、利用児との満足感が、達成感と関連していることが示唆された。
「援助者の資質としての満足」との相関は、情緒的消耗感、脱人格化、個人的達成感すべて1%
水準で有意であった。以上から、共感満足の 4 つの下位尺度は、例外なく、すべての因子にお
― 226 ―
いて、標準化されたマスラック日本版尺度と有意な相関を示していた。
2)共感疲労について
下位因子の並存的妥当性を見ていくために、マスラックらのバーンアウト尺度との相関関係
を算出した。その結果、共感疲労の 4 つの下位尺度は、標準化されたマスラック日本版尺度と
有意な相関については、限定された結果となった。有意な相関は、否認感情と脱人格化(正の
相関)
、
PTSD 様状態と脱人格化(正の相関)とで見られた。特に、後者は、中程度の相関であり、
解離傾向を示唆している脱人格化に何らかの形で、PTSD 様状態が関連している可能性が示唆
された。また、これまで見てきたように、共感疲労尺度とバーンアウトリスクなどの関連が大
きいことから、下位項目の前に、まず総合得点としての共感疲労尺度を吟味することの重要性
も伺われた。その上で、否認感情と脱人格化、PTSD 様状態と脱人格化を見ていくことの意義
が示唆された。特に、脱人格化は、自分らしく仕事ができない、一種の解離状態が職務上起き
ていることを示唆する指標であり、今後の援助者支援を考える上で、重要な要因となる可能性
を持っていると考えられる。
3 共感疲労・共感満足と勤務年数等の関係性
バーンアウトリスクは、勤務年数において差がないことがわかった。共感疲労も、勤務年数
において差がないことがわかった。一方で、共感満足において、勤務年数について、有意な結
果となった。下位検定を行った結果、1 年未満 -11 年から 15 年、1 年と 4 年・8 年・10 年、2 年・
4 年と 21 年から 25 年、4 年と 31 年以上、を含め、20 項目間で有意な差が見られた。1 年未満
から、勤務年数 10 年にかけて、共感満足度は、隔年で上下していき(途中、勤務年数 6、7 年
目である程度落ち着いていき)
、11 年から 15 年でさらに落ち着き、16 年以降に一気に高い満
足度までいたることが示唆された。このことは、これまでの藤岡(2006g、2007a)でも指摘さ
れていたことであるが、今回の調査・分析においても、検証された。共感満足がこのように年々
移り変わる一方で、共感疲労やバーンアウトリスクは、個人の中である程度一定であることを
考えると、相対的に、共感疲労を強く感じる年と、共感疲労を感じつつも、むしろ共感満足が
高いことで、
ある程度安定した精神状態を保たれるという年もあることが示唆された。これは、
新任者研修や中堅の研修、研究会等でも提供されてよい知見であり、ある程度のライフ・スパ
ンが、児童養護施設の職員の職能発達に重要であることが示唆された。
4 共感満足 4 群、共感疲労 4 群、バーンアウト 4 群の分析
1)共感満足 4 群の違いによる分析
共感満足 4 群のそれぞれのバーンアウトリスクを見てみると、共感満足が高くなるにつれて、
バーンアウトリスクが低減している。これは、共感満足がバーアウトリスクを低減することが
示唆された。これは、重要な指摘であり、今後の共感満足研究が進展していくことの意義を裏
付ける結果となっている。また、マスラックらのバーンアウトリスクの中の脱人格化は、満足
感が向上するほど、低減することが示唆された。また、情緒的消耗感も、満足感が向上するほ
― 227 ―
ど、低減することが示唆された。このことも、共感満足がバーンアウトリスクを低減する可能
性を下位因子のレベルで検証したことを意味している。また、興味深いことに、個人的達成感
は、共感満足が向上するほど、低減することが示唆された。これは、共感満足が、単に個人的
な達成感だけでなく、職務上のさまざまな満足を踏まえていることを示唆するものである。仕
事仲間との満足や子どもとの満足感が、個人レベルの満足感を超えて感じられている可能性が
あり、児童養護施設職員の方々の志の高さを示唆する結果となっている。
2)共感疲労 4 群の違いによる分析
共感疲労に関してのグループごとの違いの分析によって、共感疲労が高くなればなるほど、
バーンアウトリスクが高くなることが示唆された。共感疲労 4 群(共感疲労が最も高い群)は、
バーンアウトリスクの平均値も、44.377 であり、危険性がかなり高いというところに入ってお
り、他の群と比べても、10 ポイントも上回っている。共感疲労尺度が、バーンアウトリスク
尺度を補う重要な役割を果たすことが示唆された。これまで、共感疲労が、バーンアウトリス
クを低減する可能性については、Figley,C(2005) をはじめ、多くの共感疲労研究者によって指
摘されてきたが、本研究におけるデータにおいても、この点が検証されたといえる。
また、マスラックらのバーンアウト尺度の下位因子との関連性を見てみると、情緒的消耗感
は、共感疲労が増加するほど、増大することが示唆された。また、脱人格化は、共感疲労が増
加するほど、増大することが示唆された。すでに、共感疲労、及び 4 つの下位因子の妥当性に
ついて検討してきたが、4群に分けた場合の分析においても、共感疲労とバーンアウトリスク
との関連性が示唆された。
3)バーンアウト 4 群の分析
さらに、マスラックらのバーンアウトリスクとの関係性が示唆された、フィグリーらの指標
を活用してのバーンアウト4群の分析によって、バーンアウトリスクが高くなるにつれて、共
感疲労が増加していることが示された。バーンアウト低から高の 4 群は、それぞれ、相応の共
感疲労の高さを有しており、群間の差が、共感疲労の低から高と一致していことから、バーン
アウトリスクと共感疲労の関連性がここでも示唆された。
5 共感疲労・共感満足と対処方略との関連性について
次に、対処方略との関連性を見ていく。共感満足については、人生における満足と、「満足
を施設長に話している」という項目と相関があり、施設長に対して、職務上得られた満足感を
話していることと人生全体における満足感が関連していることが示唆された。仕事を続けるこ
とは、施設長との関わりに大きく関係しており、そのような点が図らずも関係していることが
示唆された。また、仕事仲間との関係における満足感は、15(ユーモアや笑いを家族や友人と
の間で大事にしていますか?)と負の相関となっており、仕事仲間において満足していること
が、家族や友人への期待感を低くしていることが示唆された。この点は、意外な結果でもあり、
今後の検討が必要と考えられる。
― 228 ―
さらに、援助者自身のトラウマ体験が再燃している可能性である第1因子との負の相関が対
策5(同僚による、つらさ・きつさの受容)とあり、同僚の受容が、トラウマ体験の再燃を防
いでくれている可能性が示唆される。また、否認感情因子と対策 11 で正の相関があり、同僚
や上司につらさを話せていることで、上手に傷つき体験を回避できていることが示唆された。
また。代理性トラウマ因子と友人の受容が、負の相関となっており、友人が受け止めてくれて
いないと、代理性トラウマ体験の数値が高くなることが示唆された。
また、今回の研究で得られた知見のなかで最重要結果と考えられることであるが、代理性ト
ラウマ因子と対策 7(自分が援助職であることで、家族は疲れたり、いらいらしたりしている
と感じますか?)との間で有意な正の相関があったことから、援助者としての代理性トラウマ
(利用児者から受ける二次的被害、二次的トラウマティックストレス)が、(援助者自身の)家
族の「三次的トラウマティックストレス」(藤岡、2007a)と関連していることが示唆された。
これは、藤岡(2007a)の「三次的トラウマティックストレス」という概念の提唱を裏付ける
結果となっており、今後さらに検証が必要となることである。また、代理性トラウマ因子と対
策 14,対策 15 と負の相関があったことから、ユーモア・笑いを家族、友人、職場の同僚と共
有することが、代理性トラウマの亢進を予防する可能性が示唆された。最後に、PTSD 様状態
因子と、対策 3,対策 11,対策 13 と有意な正の相関があったことから、友人にきつさを話し
たり、家族、友人、職場の同僚に職務上得られた満足を話そうとする行動を促進している可能
性があり、
「語ること」の重要さが改めて示唆された。
Ⅶ.今後の課題
本研究の目的は、共感疲労、共感満足、バーンアウトリスクの尺度の信頼性、妥当性を検討
することであり、その上で、尺度相互の関連性を検討し、さらに援助者支援対処方略がこれら
の尺度とどのように関連しているかを見ることであった。これらの結果を踏まえ、今後の課題
を以下に見ていく。
1 調査対象領域の展開の必要性
今回は、児童養護施設における調査であったが、今後、児童自立支援施設、情緒障害児短期
治療施設、母子生活支援施設、自立援助ホーム、乳児院、子ども家庭支援センター(あるいは、
児童家庭支援センター)
、児童相談所などの職場においても、どのような状況にあるか、また
どのような支援が有効かをそれぞれの特徴を加味した上で、検討しなければならないであろう。
2 継続的な調査の必要性
職員支援という観点に立つならば、同じ施設で継続して調査をしていくという継続的なデー
タの蓄積が必要である。また、このこと自体が、職員支援、施設・機関支援となると考えられ
る。すでに、このようなプロジェクトは始まっており、今後の本研究報告の一連の蓄積の中で
随時報告していく予定である。共感疲労尺度や共感満足尺度、バーンアウト尺度が、個人内で
― 229 ―
頑健性があるのかどうか、それとも、子どもの入所状況や施設形態などによって異なっていく
ものなのか、今後の検討が待たれるところである。
3 施設間の違いや、特定施設・機関の個別性の検討
特定施設の事例研究や介入研究などを通して、施設独自の援助者支援対策を蓄積していくこ
とが必要であろう。同じ援助者支援項目も、A 施設で有効でも、B 施設では有効でない可能性
もある。これは、
「援助者支援が、子育て支援そのものである」という筆者の考えにもよると
ころが大きい。すなわち、援助者支援によって、子どもの前に立ち現れる職員の姿は違ってお
り、また、子育て支援の方針や視座が、子どもとの関係性を大きく左右し、そのことが、職員
の共感疲労、共感満足、バーンアウトリスクを左右すると考えられるからである。いくら、休
日にリフレッシュしても、子どもとの関わりという課題を乗り越えなければ、職員としての状
態(あるいは、職員と子どもの良好な関係性の構築や、子どもの側からの愛着行動の増大への
支援)は、前進しない可能性がある。ただ、援助者の心身状態を良好に保つために、このよう
なリフレッシュやスーパーヴィジョンが重要であることは言うまでもないことであろう。
4 援助者支援学の構築の必要性
本研究が目指していることは、
「援助者支援は、子育て支援そのものである」という基本テー
マを根底にすえた援助者支援学の構築である。その特徴は、援助者を支援することが、同時に、
利用児(者)そのものを支援することにつながるということである。援助者支援をうたってい
ても、当事者である利用児(者)がつらい思いをしていることに気付かなければ、援助者への
支援は、利用児(者)主体という基本理念から大きくそれてしまうであろう。バーンアウトリ
スクの低減も、共感満足や共感疲労の気づきと対処も、常に、利用児(者)との関わりとの関
係性で検討していかなければならないであろう。そのためには、データの蓄積を大前提とした
科学的に検証されたプログラムの構築を目指していかなければならない。
今後は、
今回得られた知見をさらに、
援助者と子どもとの関わりによって実現されていく「愛
着臨床アプローチ」
(藤岡、2008a 他)そのものの中に取り込んでいくことが必要であると考
えている。本論文がそのための礎になることを願っている。
謝辞 本研究をまとめるにあたり、多大なるご協力をいただいた児童福祉施設の施設長
はじめ職員の皆さんに心から感謝の意を表します。
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補足資料 職員 IDNo. 援助者のための共感満足 / 共感疲労の自己テスト
(Compassion Satisfaction/Fatigue Self-Test for Helpers)
―日本社会事業大学版―(短縮版) 他人を援助するということは、他人の人生に直接的に関わることです。皆さんが体験してき
ているように、援助している人に対して抱く共感には、肯定的な面と否定的な面の両方があり
ます。この自己テストは、自分の共感状態について気づくのを助けるものです。他人を援助す
る中で、バーンアウトや共感疲労のリスクがどれくらいあるのか、また満足の程度がどれくら
いであるのかということについて気づくきっかけにしてみてください。
以下の、自分についてや、自分の現在の状況についての項目を考えてみましょう。これから
あげる項目について、この一週間で、あなたがどれくらい頻繁に体験したかということを、正
直に数字でお答え下さい。その後、この自己テストの末尾にある指示に従って、集計してくだ
さい。
なお、本質問紙は、援助者への支援、援助者のバーンアウト・共感疲労の対策に使用される
場合に限って、使用することとします。それ以外の目的で使用されることは一切ありません。
― 233 ―
以下の項目をお答えください。該当する内容に記入し、番号を○で囲んでください。
1.性別: 1 2
女性
男性
2.年齢 0 ~ 19 歳
1 20 歳~ 29 歳 2 30 歳~ 39 歳 3 40 歳~ 49 歳 4 50 歳~ 59 歳 5 60 ~
3.結婚されていますか? 1 はい 2 いいえ
4.お子さんはいらっしゃいますか? 1 はい 2 いいえ
5.社会福祉施設・機関に勤務されている方は、勤務年数をお答えください。 年
(非常勤勤務の年数も含めてください。実質的な勤務年数です。複数の施設の場合は合算
してください。概算で結構です。
)
6.あなたがお勤めの施設の形態は何ですか。あるいは機関の部署はどこですか?
施設の方へ
7.
一つの生活単位として暮らす利用児・者の数は何人ですか? 人 8.何人の職員で、一つの生活単位として暮らす利用児・者をみていますか? 人
機関の方へ(相談活動等の内容・件数の概要をお書きください。)
以下の1から 34 までの項目について、それぞれの文章の後の に、該当する数字(0か
ら5まで)を記入してください。なお、
の脇にある記号は集計の際ご活用ください。
まったくない ほとんどない 2,3度ある 何度かある 頻繁にある かなり頻繁にある
0 1 2 3 4 5
なお、以下の文中の、
「利用児(者)
」は、
「入所児(者)、児童、クライエント、被害者」等
と読みかえてもかまいません。
*
あなたについての項目
1、幸せである。 A 4 2、私の人生は、満たされたものだと思う。 A 4 3、自分を支える信念をもっている。 A 4 4、他人から疎遠であると感じる。 C 2 5、過去のつらい体験を思い出させるような考えや感情を避けようとしてしまう。
C 3 6、過去のつらい体験を思い出させるような活動や状況を避けていると思う。 C 3 ― 234 ―
7、自分が援助している人に関連するフラッシュバック(場面を急に思い出すこと)を体験す
ることがある。 C 1 8、強いストレスを感じる体験をふりかえる時に、仲間からのよい支援を受けることができる。
A 1 9、大人になってから、トラウマ(心の傷)となる出来事を直接的に体験したことがある
C4 10.子どもの頃に、トラウマとなる出来事を直接的に体験したことがある。 C 4 11、自分の人生におけるトラウマとなる体験を「ふりかえる」必要があると考えている。
C 4 12、自分が援助している人たちと関わることで、非常に多くの満足を得ている。
A 2 13、自分が援助している人たちと関わった後に、とても元気付けられる。 A 2 14、自分が援助をしている人が、私に対して言ったことやしたことにおびえている。
C 2 15、自分が援助している人の状況に似た夢に悩まされることがある。 C 1 16、自分が援助した人のなかでもとりわけ難しい人との時間のことで、頭の中がいっぱ
いになった体験をしたことがある。 C 1 17、自分が援助している人と関わっている間、過去のつらい体験を突然、無意識に思いだした
ことがある。 C 1 18、ささいなことで怒りを爆発させたり、いらいらしたりしてしまう。 C 2 19、自分が関わっている利用児(者)をどのように援助できるかということを考えることに楽
しい気持ちを抱いている。
A 2 20、私が援助している人のトラウマとなる体験のことが頭から離れず眠れなくなっている。
C1 21、援助している人たちのトラウマとなるストレスが、こちらに移ったかもしれないと思う。
C 1 22、自分自身が援助している人たちの幸福や福祉についてあんまり考えなくなったと思う。
C 2 23、援助者としての今の仕事に縛り付けられていると感じる。 C 2 24、自分が援助している人たちとの仕事に関連した絶望感がある。 C 2 25、自分が援助している人のうちの何人かについては、その人たちと関わるのが特に楽しい。
A 2 26、援助者という自分の仕事が好きである。 A 2 27、援助者として働く上で必要な手段や資源を持っていると思う。 A 3 28、自分は援助者として、
「成功している」と思う。 A 3 29、仕事仲間と楽しくやっている。 A 1 30、私が必要としている時には、自分の仕事仲間に頼って助けてもらえる。 A 1 ― 235 ―
31、仕事仲間は、助けを必要としている時には、私を頼ってくれる。 A 1 32、仕事仲間を信頼している。 A 1 33、どのように援助していくかという「援助や査定のための技法・知識」の進歩に遅れずにつ
いていくことができていることに満足を感じる。 A 3 34、自分が援助の技術や手順についていくことができるということに満足を感じる。
A 3 A 共感満足4因子
共感満足尺度の下位尺度 (全 17 項目)
A 1「仕事仲間との関係における満足」は、項目8、29、30、31、32 の合計点 A 2「利用児・者との関係の中での満足」は、項目 12、13、19、25、26 の合計点 A 3「援助者の資質としての満足」は、項目 27、28、33、34 の合計点 A 4「人生における満足感」は、項目1,2,3の合計点 A 共感満足全体の合計 C 共感疲労 4 因子
共感疲労尺度の下位尺度 (全 17 項目)
C 1「代理性トラウマ」
(援助している人たちから引き出されるトラウマ体験、占有)は、
項目7、15、16、17、20、21 の合計点 C 2「PTSD 様状態」
(利用児・者との関わりから受ける否定的感情;拘束感、
脅威、
おびえ、
いらいら、隔絶、共感疲労の感情的側面)は、
項目4、14、18、22、23、24 の合計点 C 3「否認感情」
(つらい体験を思い出すのを避ける)は、
項目5、6の合計点 C 4「援助者自身のトラウマ体験」
(自分自身のトラウマ体験の想起)は、
項目9、10、11 の合計点 C 共感疲労全体の合計 ― 236 ―
援助者支援対策項目(以下の項目に該当する番号を記入してください)(藤岡 2008)
この一週間で、あなたがどれくらい頻繁に体験したかということを、数字でお答え下さい。
いつもある しばしばある 時々ある まれにある ない
5 4 3 2 1
1 施設・機関全体の方針と、自分の方針が合わないときがありますか? 2 家族は、仕事上のつらさ・きつさを受けとめてくれていると感じていますか? 3 友人は、仕事上のつらさ・きつさを受けとめてくれていると感じていますか? 4 上司は、仕事上のつらさ・きつさを受けとめてくれていると感じていますか? 5 同僚は、仕事上のつらさ・きつさを受けとめてくれていると感じていますか? 6 施設長は、仕事上のつらさ・きつさを受けとめてくれていると感じていますか? 7 自分が援助職であることで、家族は疲れたり、いらいらしたりしていると感じますか?
8 仕事と私生活とを意識的に区別していることがありますか?
9 趣味や自分の楽しみなどで、仕事を忘れることがありますか?
10 家に帰って、家族や友人にいらいらや不満をぶつけてしまうことがありますか?
11 仕事上感じた満足感を同僚や上司(寮長など)に話していますか
12 仕事上感じた満足感を施設長に話していますか?
13 仕事上感じた満足感を家族や友人に話していますか?
14 ユーモアや笑いを職場で大事にしていますか?
15 ユーモアや笑いを家族や友人との間で大事にしていますか?
自 由 記 述
1.施設・機関で働く中で感じる喜びや充実感について、自由にお書きください。
2.バーンアウトや二次的トラウマティックストレス(共感疲労)について、日頃お感じになっ
ていることがあれば、自由にお書きください。共感疲労とは、援助者として共感的に利用
児(者)に関わることによってストレスを感じ、疲労が蓄積していくことです。
― 237 ―
執筆者紹介
後 藤 隆 社会福祉学部教授
髙 橋 流里子 社会福祉学部教授
今 井 明 社会福祉学部教授
杉 山 匡 社会事業研究所研究員
高 橋 浩 介 日本社会事業大学大学院後期2年
大 島 巌 社会福祉学部教授
松 井 奈 美 実習教育研究・研修センター准教授
黒 川 京 子 実習教育研究・研修センター講師
木 戸 宜 子 専門職大学院准教授
児 玉 桂 子 社会福祉学部教授
古 賀 誉 章 東京大学工学研究科特任助教
沼 田 恭 子 沼田恭子建築設計事務所
下 垣 光 社会福祉学部准教授
斉 藤 くるみ 社会福祉学部教授
藤 岡 孝 志 社会福祉学部教授
(執筆順)
2011 年 2 月発行
日本社会事業大学研究紀要
第 57 集
発行人 髙橋 重宏
編集人 研究紀要編集委員会
発行所 日本社会事業大学
電話 042(496)3000㈹
印刷所 株式会社 共 進