技術優位性への挑戦 平井 俊邦

技術優位性への挑戦
代表取締役副社長
平井俊邦
著名な経済学者レスター・C・サロー教授が開始授業の冒頭で腕まくりをし、黒板にチョークを使い早口か
つ大きな声で我々生徒に問いかけた。
「Pax Britannica(大英帝国支配による平和)の時代に大英帝国が衰退すると英国人の誰か一人でも想像した
か。Pax Americana(米国の支配による平和)の時代の今、米国が衰退すると考える米国人は一人もいないで
あろう。しかし、英国の二の舞にならないと言い切れるのか、生産性を見よ。米国は日本に遥かに遅れをとっ
てしまっている。日本の生産性の高さをしっかりと学ぶべきだ。」ほぼ20年前のMITスローンスクールに留学
の機会を得た時の衝撃的な一齣である。
第二次大戦後20年間に年3.3%の生産性の伸びを達成し飛躍的な生活水準を実現した米国が、80年代には年
1.2%、日本の1/3の伸びとなり自信を失いかけて懸命に復活の努力をしている時であった。日本の成功要因・
諸システム・技術・企業を徹底して研究し、産学軍共同での新しい技術への挑戦を試みていた。石油危機を乗
り越え自信をもった日本ではあったが、天然資源に恵まれていない中で繁栄していく道は、技術の優位性を確
保し続ける技術立国、それを支える人材育成、これらを継続してやり切る強い意思と覚悟が必要であると痛感
した。
10年後、教授は著書『大接戦』の中で、新しい経済戦争は人間の頭脳が生み出す比較優位が決め手となると
断言した。比較優位を支える力は天然資源ではなく技術力であり、これからの時代は研究開発が非常に重要に
なると指摘した。20年後の著書「21世紀の資本主義の展望(副題)」の中で、80年代は成熟した技術を徐々に
前進させていった時代、90年代は技術の革命的な変化の時代、現在は人間主体の頭脳産業の時代、知識主義経
済の創成期であり後世の歴史家が第三次産業革命と呼ぶはずの時代であると述べ、日本に対し、教育制度を変
え、社会の態度も変え、技術の大きな飛躍を生み出すような創造的思考を促すようにしなければならないと提
言している。
この20年間の日本では、バブル経済への猛進、崩壊後の失われた10年、自信喪失、社会・経済・企業に見
られる閉塞状態は目を覆うばかりであった。重要な時期を無為に過ごしてしまったようだ。米国が苦しい中、
世界・日本から学びとろうとした姿勢こそ、今の日本に必要なものではないか。内向きに閉じ籠るのではなく、
外から学びとる姿勢、もう一度真摯な態度で米国・世界から学び、再挑戦する時ではないだろうか。
IT業界においても、国際的に常に技術先導役を果たしている米国に対し受け入れる努力にとどまっている日
本、特にソフトウェア分野においてその傾向は顕著であった。
産業界が知識主義経済のもと国際競争力強化に努力している中で、あらゆる産業の基盤となっているIT・ソ
フトウェア業界の役割は極めて大きいにもかかわらず、生産性の向上・品質の向上等で企業・産業の競争力ア
ップ要請に充分に応えられているか、新しい技術開発を含め国際的な視点でもの事が考えられているか、大い
に問われているといえよう。
IT・ソフトウェア業界は、知識主義経済を担う一翼であることを強く認識し、世界に通用するノウハウを含
めた技術の優位性を確固たるものにすべく、人材の育成を含め飽くなき挑戦をしていく必要があろう。
もう一度真摯な姿勢で世界から学びとろうではないか。