脳卒中治療ガイドライン2015における NOACの位置付け

脳卒中治療ガイドライン 2015 における
NOACの位置付け
Positioning of NOAC for the Prevention of Ischemic Stroke in “Japanese Guidelines for the
Management of Stroke 2015”
富山大学神経内科 教授 田中 耕太郎
岩手医科大学 理事長・学長 小川 はじめに
2015 年 6 月 25 日に発刊された「脳卒中治療ガイドラ
イン 2015 」1 ) で推奨する薬剤の表記の順番については,
以下の基本方針が取られており本ガイドラインの巻頭に
も記載されている。
1 )エビデンスレベルの高いものから並べる。2 )エ
ビデンスレベルが同じ場合は副作用なども含めたトータ
ルベネフィットの高いものから並べる。3 )エビデンス
レベル,副作用なども含めたトータルベネフィットも同
等の場合は日本国内での発売順に並べる。
参考までに脳梗塞再発予防を保険適用とした我が国に
おける抗凝固薬の発売時期について以下に示す。
ワルファリンカリウムが 1962 年に抗凝固薬として発
売が開始され,長らく本薬剤しか経口抗凝固薬として使
用可能な薬剤が無かった。しかし 2011 年以降,新しい
作用機序を有する経口抗凝固薬が NOAC(Novel Oral
AntiCoagulants,New Oral AntiCoagulants,最近はNonvitamin K antagonist Oral AntiCoagulantsの略とするこ
とが諸学会で勧告されている)の総称のもと,我が国で
は非弁膜症性心房細動(NVAF)に伴う心原性脳塞栓の
再発予防を保険適用として発売が開始された。すなわち
直接トロンビン阻害薬のダビガトランエテキシラートメ
タンスルホン酸塩が 2011 年 3 月,第 Xa 因子阻害薬のリ
バーロキサバンが 2012 年 4 月,同じく第 Xa 因子阻害薬
のアピキサバンが 2013 年 2 月に発売が開始された。第
Xa 因子阻害薬のエドキサバントシル酸塩水和物は 2011
年 7 月に下肢整形外科手術時の静脈血栓塞栓症の発症抑
制 を 保 険 適 用 と し て 発 売 が 開 始 さ れ,2014 年 9 月 に
NVAF 患者における脳梗塞発症抑制に対して適応が追
加された。
脳卒中一次予防におけるNOACの位置付け
これに関し「脳卒中治療ガイドライン 2015 」では,
Ⅰ脳卒中一般 3. 発症予防の中の(4 )心房細動で記載さ
れている。この項の推奨は以下の通りである(図 1 )
。
1. 非弁膜症性心房細動(NVAF)患者における脳卒中
発症を予防するためには CHADS 2 スコア 2 点以上の場
合,NOAC もしくはワルファリンによる抗凝固療法
の実施が強く勧められる(グレード A)
。CHADS 2 ス
コア 1 点の場合,NOAC による抗凝固療法が勧められ
る(グレード B)
。CHADS 2 スコア 0 点で心筋症,年
齢 65 歳以上,血管疾患合併の場合,抗凝固療法を考
慮しても良い(グレード C 1 )
。危険因子のない 60 歳
未満の NVAF 患者に対する抗血栓療法を考慮しても
良い(グレードC 1 )
。
2. ワ ル フ ァ リ ン 療 法 の 強 度 は 一 般 的 に は PT-INR
彰
NVAF(非弁膜症性心房細動)
CHADS2
≧2
CHADS2
=1
CHADS2
=0
心筋症
65 歳以上
血管疾患合併
危険因子無し
60 歳未満
グレード A
グレード B
グレード C1
グレード C1
NOAC
NOAC
抗凝固療法
抗血栓療法
ワルファリン
通常
INR=2.0∼3.0
70 歳以上
INR=1.6∼2.6
CHADS2
うっ血性心不全
高血圧
75 歳以上
糖尿病
脳卒中/TIA の既往
1点
1点
1点
1点
2点
図 1 NVAF患者における脳梗塞・TIAの発症予防 1 )
(prothrombin time-international normalized ratio,
以下INR)2. 0〜3. 0 が強く勧められる(グレードA)が,
高齢(70 歳以上)の NVAF 患者では 1. 6〜2. 6 にとど
めることが勧められる(グレードB)。
脳卒中発症リスクの層別化に CHADS 2 スコアの使用
が明記され,抗凝固薬の使用は CHADS 2 スコアに応じ
て推奨されることとなった(図 1 )
。2011 年までは経口
抗凝固薬はワルファリンしか無かったが,それ以降は前
述のように NOAC が次々と上市され,現在我が国で使
用出来る 4 つの NOAC すべてが推奨されることになった
のがガイドライン 2009 年版との最も大きな改訂点であ
る。
NOAC はいずれも第Ⅲ相臨床試験でワルファリンと
比較して脳卒中発症予防効果は同等かそれ以上,重大な
出血発症率は同等かそれ以下,頭蓋内出血は著明に低下
することが示された 2 )。そのため推奨の中の薬剤記載順
番では NOAC がワルファリンよりも先に記載されてい
る。
なお CHADS 2 スコアが 1 点の場合,日本循環器学会な
どの合同研究班から発表されている「心房細動治療(薬
物)ガイドライン(2013 年改訂版)」では,臨床第Ⅲ相
試験での登録患者の背景から,ダビガトランとアピキサ
バンが推奨されているのに対してリバーロキサバンとエ
ドキサバンは考慮可とされ,差別化されていた。
一方,
「脳
卒中治療ガイドライン 2015 」では CHADS 2 スコアが 1
点の場合,4 つの NOAC すべてが推奨されている。この
理由は,血栓塞栓症のみならず出血性合併症リスクが高
い脳卒中二次予防患者での有用性が臨床第Ⅲ相試験で確
認されていれば,CHADS 2 スコアが 1 点という一次予防
の場合にも使用の推奨が可能と判断されたためである。
PTM 8 ( 1 ) JAN., 2016
脳梗塞・TIA(慢性期)
抗凝固薬の開始時期:
脳梗塞発症後 2 週間以内が
ひとつの目安(グレード C1)
NVAF
器質的心疾患
リウマチ性心臓病
拡張型心筋症など
機械人工弁
出血時の対処が
容易な処置・
小手術(抜歯・
白内障手術など)
グレード B
グレード A
グレード A
グレード C1
NOAC(まず考慮)
ワルファリン
INR=2.0∼3.0
ワルファリン
INR>2.0∼3.0
ダビガトラン
リバーロキサバン
アピキサバン
エドキサバン
ワルファリン
通常
INR=2.0∼3.0
70 歳以上
INR=1.6∼2.6
NOACの継続
ダビガトラン
リバーロキサバン
NOACは使用
しない
(グレードD) アピキサバン
エドキサバン
ワルファリンの継続
(INR至適治療域)
グレード A
グレード B
(NVAF:非弁膜症性心房細動)
図 2 脳梗塞・TIA慢性期患者の抗凝固療法 1 )
脳卒中二次予防におけるNOACの位置付け
「脳卒中治療ガイドライン 2015 」の推奨は以下の通り
である(図 2 )。
1. 非弁膜症性心房細動(NVAF)のある脳梗塞または
一過性脳虚血発作(TIA)患者の再発予防にはダビガ
トラン,リバーロキサバン,アピキサバン,エドキサ
バンないしワルファリンによる抗凝固療法が推奨され
る(グレード B)。頭蓋内出血を含め重篤な出血合併
症はワルファリンに比較してダビガトラン,リバーロ
キサバン,アピキサバン,エドキサバンで明らかに少
ないので,
これらの薬剤の選択をまず考慮する
(グレー
ドB)。
2. ダビガトラン,リバーロキサバン,アピキサバン,
エドキサバンのいずれかによる抗凝固療法時は腎機
能,年齢,体重を考慮し,各薬剤の選択と用量調節を
行う必要がある(グレードB)
。
3. ワ ル フ ァ リ ン 療 法 時 は international normalized
ratio(INR)を 2. 0〜3. 0 に維持することが推奨される
(グレード A)。70 歳以上の NVAF のある脳梗塞また
はTIA患者ではINR 1. 6〜2. 6 が推奨される(グレード
B)
。出血性合併症は INR 2. 6 を超えると急増する(グ
レードB)
。
4. リウマチ性心臓病,拡張型心筋症などの器質的心疾
患を有する症例にはワルファリンが第一選択薬であ
り,INR 2. 0〜3. 0 が推奨される(グレードA)
。
5. 機械人工弁を持つ患者ではワルファリンが第一選択
薬でありINR 2. 0〜3. 0 以下にならないようコントロー
ルすることが推奨される(グレード A)
。本患者では
ダビガトランは効果がなく他の NOAC はエビデンス
がないため,NOAC は使用してはいけない(グレー
ドD)。
6. ワルファリン,NOAC の治療開始の時期に関して
は脳梗塞発症後 2 週間以内がひとつの目安となる。し
かし大梗塞例や血圧コントロール不良例,出血傾向例
など投与開始を遅らせざるを得ない場合もある(グ
レードC 1 )
。
7. 出血時の対処が容易な処置・小手術(抜歯,白内障
手術など)の施行時はダビガトラン,リバーロキサバ
ン,アピキサバン,エドキサバンあるいは至適治療域
に INRをコントロールしたワルファリンの内服続行が
望ましい。出血高危険度の消化管内視鏡治療や大手術
PTM 8 ( 1 ) JAN., 2016
の場合はワルファリン,NOAC は中止しヘパリンに
置換することを考慮する(グレードC 1 )。
ガ イ ド ラ イ ン 2009 年 版 と 大 き く 変 化 し た 箇 所 は
NVAF 患者での抗凝固療法として NOAC が追加された
ことである。NOAC の 4 剤とワルファリンの推奨グレー
ド は す べ て B で あ り, 推 奨 す る 薬 剤 の 表 記 の 順 番 は
NOAC 4 剤が日本での発売順番に沿って記載され,ワル
ファリンは最後となっている。この理由は 2014 年のメ
タ解析の結果,NOAC の脳梗塞予防効果がワルファリ
ンと同等ないし有意に優れている一方で頭蓋内出血が有
意に少ないことによる 2 )。すなわち副作用も含めたトー
タルベネフィットに関し NOAC がワルファリンを明ら
かに上回っていることによる。なお現在までの NOAC
のRCT(Randomized controlled trial)の研究対象となっ
た脳梗塞既往患者は,Rocket AF や J-ROCKET AF を
除いてすべて対象患者全体の 19 %〜28 %と少数であり,
脳梗塞再発予防について得られたエビデンスはすべてサ
ブ解析の結果であること,脳梗塞既往患者のみを対象と
した RCT が現在まで無いために NOAC の推奨度はグ
レード B となっている。一方,ワルファリンのエビデン
スは欧米で施行された PT-INR 目標値の上限が 4. 0〜4. 5
の RCT の結果を多く含めたメタ解析によるものであり,
日本での実情に合わないためにワルファリンの推奨度も
グレードBとなっている。
機械人工弁術後の患者に用いる抗凝固薬は,ガイドラ
イン 2015 年版でも RE-ALIGN 研究(ダビガトラン vs ワ
ルファリン)でダビガトランの有用性が実証できなかっ
たために依然ワルファリンのみである。リウマチ性心臓
病,拡張型心筋症などの器質的心疾患を有する症例に対
す る 抗 凝 固 療 法 も, こ れ ら の 患 者 に 対 す る NOAC の
RCT によるエビデンスが現時点ではないので 2009 年版
と同様ワルファリンのみである。
脳梗塞発症後の抗凝固療薬の開始時期について各
NOAC の RCT では,ダビガトラン(RE-LY)は脳梗塞
発症 14 日以内,リバーロキサバン(ROCKET AF)は
14 日以内,アピキサバン(ARISTOTLE)は 7 日以内,
エドキサバン(ENGAGE AF)は 30 日以内の症例は試
験対象から除外されていた。そのためにこの問題につい
ては 2009 年版と同様な内容で,
「ワルファリン,NOAC
の治療開始の時期に関しては,脳梗塞発症後 2 週間以内
がひとつの目安となる。しかし大梗塞例や血圧コント
ロール不良例,出血傾向例など,投与開始を遅らせざる
を得ない場合もある(グレード C 1 )。」となっている。
現在,日本において心原性脳塞栓症に対する早期からの
リバーロキサバン開始の安全性と有効性を検討する
RELAXED試験が進行中であり,その結果が待たれる。
推奨の最後に処置,小手術,消化管内視鏡時の抗凝固
療法の中止・休薬について項目が追加された。これは我
が国の歯科 3 学会合同の「科学的根拠に基づく抗血栓療
法 患 者 の 抜 歯 に 関 す る ガ イ ド ラ イ ン 2010 年 版 」 や,
2012 年に改訂された日本消化器内視鏡学会の「脳血栓
薬服用者に対する消化器内視鏡診療ガイドライン」など
のガイドラインが既に発刊され実臨床で活用されてお
り,
「脳卒中治療ガイドライン 2015 」ではそれらと整合
性をとった推奨となっている。
(文 献)
1)日本脳卒中学会脳卒中ガイドライン委員会:脳卒中治療ガイドライ
ン 2015. 協和企画, 東京, 2015.
2)Ruff CT, Giugliano RP, et al.:Lancet 383:955 -962, 2014.