彷徨 第63号 (7.5MB)

彷
徨
第 63 号
早稲田大学ワンダーフォーゲル部
彷徨63号
目次
巻頭言
• 部長 田島照久………………………………………………………
• 監督 大家敏宏………………………………………………………
1
2
上半期
• 63
代年間方針………………………………………………………… 8
18
• 冬合宿… ……………………………………………………………… 68
• プレ春合宿…………………………………………………………… 96
• 63 代上半期総括… …………………………………………… 128
• 秋合宿… ………………………………………………………………
下半期
• 63
代下半期方針…
……………………………………………
• 山岳技術確認合宿……………………………………………
• 新歓合宿… …………………………………………………………
• 錬成合宿… …………………………………………………………
• 夏合宿… ……………………………………………………………
• 63
代年間総括……………………………………………………
134
150
172
200
254
384
ワンダリング
• 63
代ワンダリング一覧… ………………………………… 410
現役部員紹介
• 現役部員紹介… …………………………………………………
• 部員の本音を大調査!………………………………………
414
420
卒部生雑感���������������������� 427
1
巻頭言
部長 田島照久
(早稲田大学文学学術院教授)
63 代は、主将の小山恭平君、主務の渡部ゆかりさん、会計の佐
藤由梨さん 3 人で部の運営に当るという、6 人体制の 62 代に比べ
るときわめて人少の代であったが、その分しっかりとまとまった団
結の強固な代であったと思う。
「一年間の旅を共にする一隊のキャラバン」という 63 代のスロー
ガンは、多様な活動を追求しながらも部全体の一体感を大事にした
いという趣旨であるという。「この奥秩父の地で私たちが体現する
キャラバンは、甲武信ヶ岳への道のりである。甲武国境隊は東から、
甲信国境隊は西からそれぞれ甲武信ヶ岳を目指す。最後はどちらの
隊も、式典で美しい拳を突き上げることだろう」と「63 代秋合宿
計画 全体主旨」にはその意気込みが記されている。
しかし下半期の部活動は、3 月に起きた乗鞍での佐久間亮平君滑
落死事故を承け、3 月からの活動全面休止の止む無くに至った。新
人勧誘も安全対策の見直し、再構築が完了するまでは禁じられると
いう、今後の部活動展開にとっては厳しい状況となった。春の部活
動始動は、競技スポーツセンターの運営委員会で正式に活動再開が
承認された 5 月の連休明け後にまでずれ込むこととなった。この
間は個人山行・ツーリング・ラフティングもできず、個人レヴェル
の体力維持活動のみがかろうじて許可されるという部存続にとって
の危機的状況が続いた。63 代はそうした中、事故報告書作成に関
わりながらも部員全員のモチヴェーションを失わせることないよう
サポートしながらひたすら部活動再開に向けて前向きに全員を引っ
張ってきた。この間 1 人の退部者も出なかったことは 63 代の努力
の賜であるとその労をねぎらいたい。
「一年間の旅を共にする一隊のキャラバン」は一丸になって部の
危機的状況を乗り切り、キャラバン集大成の四国の夏合宿打ち上げ
で皆「美しい拳を突き上げた」ことであろう。63 代の諸君ごくろ
うさま。
2
3
事故と安全対策について
監督 大家敏宏
まず、はじめに佐久間亮平君の四ツ岳での滑落事故死に対しご遺
族の皆様には深くお詫び申し上げます。指導者として大いに責任を
感じると共に、佐久間亮平君のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
また、大学、競技スポーツセンター関係各位の皆様、及び OB・OG
会の皆様には、ご心配ご迷惑をおかけしたことを心よりお詫び申し
上げます。今後は二度とこのような事態が発生しないよう安全対策
に取り組む所存です。
さて、この一年を簡単ですが振り返ってみます。63 期は「一年
間の旅を共にする一隊のキャラバン」という方針をたて部一隊と
なって活動に取り組む方針を策定しました。上半期は、3月に八幡
平での山スキー合宿を最終目標にし、秋には奥秩父での藪漕ぎ・縦
走合宿、冬には妙高山小屋でスキー合宿、2月には吾妻連峰での山
スキー・プレ春合宿と準備を重ねていました。しかし、プレ春合宿
において4名の部員が凍傷になる事故が発生しました。悪天も重
なったこともありますが、リーダーシップ・メンバーシップの欠如、
計画に対して実力不足が原因として考えられました。下山後に2名
の部員が専門病院に入院しましたが、幸いにも大事に至ることなく
順調に回復することが出来ました。
この凍傷事故を受けて春合宿の計画を見直している矢先でありま
したが、あってはならない事態が発生しました。部活動を引退した
卒業間近の4年生部員の佐久間亮平君が3月8日に四ツ岳にて単独
で山スキーの活動中に滑落し遭難しました。ヘリによって一時は救
助されましたが、発見が遅く低体温症のため帰らぬ人となりました。
この事態を受けて部は活動を休止し、先の凍傷事故と滑落事故を含
め原因究明作業を行いました。部の活動の抜本的な見直作業を行い
安全対策を検討しました。競技スポーツセンターに事故報告書を提
出し、その後の大学管理委員で審議され5月25日に活動再開とな
りました。
活動再開と共に新人勧誘時期ではありませんでしたが志ある3名
の新人部員が入部しました。部の現状を考えれば嬉しい限りであり
ます。活動再開後はまずはコーチ同行の活動を行い基本的な原則が
しっかり身に付いていることを確認する作業を行いました。不足の
場合は再度を行うという一歩一歩の作業となりました。その上で、
上州武尊で新歓合宿、南アルプスで錬成合宿、四国で夏合宿を実施
しました。各々の活動内容は縮小せざるを得ませんでした。しかし
ながら活動再開から夏合宿まで3ヶ月という短い期間で例年と同じ
数の合宿が実施出来ました。辛く苦しい時期もありましたが 4 年
生部員の努力と部員の活動に対する熱意の結果として部活動が継続
され次世代に引き継がれました。
このような一年でしたが、2月に吾妻連峰のプレ春合宿で発生し
た凍傷事故と四ツ岳遭難事故について、私なりの安全対策の考え方
について述べたいと思います。
山や川等の多くの自然をもつ我が国において、登山をはじめとす
るアウトドアでの活動は盛んに行われています。厳しい大自然の中
での集団での行動は人間的な成長を促し、人と人との絆を強くし、
社会的に有意義な行為であることは言うまでもありません。さらに、
我部ではオーソドックスな登山を基本として、沢登り、川下り、自
転車、冬山等の多種多様な方法を用いて自然に接することにより、
より想像力を発揮できる活動を目指しています。しかしながら、そ
の反面、アウトドアでの活動は多くのリスクを伴います。安全を考
えるならばアウトドア領域に行かないことが最善の策であります。
然しながら、それではこのスポーツとしての意義は失われてしまい
ます。アウトドアで活動することは、このようにある意味矛盾した
行為であることを理解した上で、可能な限り危険というリスクを排
除し、最大限安全を確保して活動することが求められるスポーツで
あります。この活動の意義が社会的に広く認知され普及されるため
にも常に安全であることが求められます。
4
5
アウトドアで活動する上で、もっとも重要なことは、「すべての
事に優先して安全を考えなければならない」ことにあります。どん
なに意義がある活動に挑戦しようとも無事に活動を終えなければ意
味がありません。特に将来のある若い学生は十分に安全に配慮して
活動しなければなりません。大学のワンダーフォーゲル部は初心者
でアウトドアを始めるものも多いですが、多くのリスクを伴う活動
は若い学生には相応しくありません。レベルが高い活動は部員の充
実感に繋がり、部の発展に寄与するものでありますが、それはあく
までも安全が確保された範囲で実施されるものであり、充分に安全
が確保できないと判断される場合は行なってはいけません。「安全
>活動内容」の式は常に成り立ち、このことを部員は意識する必要
があります。
では、如何にして安全が確保するのでしょうか。まず最優先で確
認されなければならないことは、参加するメンバーよって構成され
る隊の実力に対して、企画立案された計画が妥当なものであるかど
うかであります。隊を構成するメンバーの体力、経験、技術的なス
キル、判断能力、精神力等がまず確認され、これらのメンバーがど
のような割合で隊を構成しているかによって総合的に評価し判断し
ます。特に注意しなければならないことは、過去の先輩の記録や、
他大学、社会人倶楽部の記録を参考にする場合であります。計画は
同じであっても、メンバーの実力は異なり、隊の実力も異なります。
同じルートをたどるとしても、気象条件が必ず同じになるとは限り
ません。過去に行われた計画が同じように実行できる保障はありま
せん。このことを充分に認識した上で、自らの実力を常に「客観的
に評価」し、実力以上のことが要求される計画になっていないかど
うかを検討し計画を策定する必要があります。また、我部の特徴と
して合宿では最上級生(4年生又は3年生)から1年生の全ての学
年が混在したパーティ編成による活動を基本としています。経験の
ある上級生が、経験の少ない下級生を導き、計画を終えることを目
的としています。当然のことながら最上級生から1年生まで全ての
メンバーの安全が確保できる前提で、計画は企画立案され実施され
なければなりません。活動内容の向上や先鋭的な活動への挑戦はあ
くまでもこのメンバーの範囲内で行う必要があり、隊の実力を考慮
した上で計画が吟味されなければなりません。
基本的な安全対策の取り組みは大きく分けて2つに分類されると
考えています。一つは組織としての取り組みです。計画の準備段階
に於いては、作業を係りに分担にして組織的に訓練、スクーリン
グ、必要ならば準備合宿を行います。計画の実施段階に於いては、
リーダーの判断のもとに隊員が各々の役割に応じて安全対策を行い
ます。もしも負傷者等が発生した場合は組織的にレスキューを行い
ます。必要ならば事前にその訓練を行います。そして活動終了段階
に於いては、必ず総括を行い、活動内容を評価及びチェックし、不
備があれば改善し次の計画に反映します。このように計画 (P) →実
施 (D) →評価 (C) →改善 (A) の PDCA サイクルを組織的に回すこと
で安全を確保して行きます。このサイクルが適切に行われているか
をチェックすることが指導者の役割と考えています。
もう一つは個人としての取り組みです。アウトドアは自己責任で
行なっている活動でありどんな状況に陥っても自らの力で生還する
ことが求められます。つまりセルフ・レスキューが出来なければな
りません。組織的にセルフ・レスキューを行うことも重要ですが、
個人的にも取り組む必要があります。個人の意識が低いと避けられ
ないものも多くあります。例えば、体調不良、怪我、転倒、捻挫、
滑落、脱水症状、日射病、熱射病、火傷、凍傷、低体温症、雪盲等
の疾患です。これらは個人の危険に対する意識が大きく影響します。
たとえグループで行動していても最終的には「自分の身は自分で守
る」という意識が必要です。このような考え方を部員に認識させ、
実践させることが指導者の役割と考えています。
以上のように、活動の意義とリスクの矛盾を理解し、安全を最優
先に計画の妥当性を常に検証し、組織と個人の安全に対する取り組
みを機能させることによって安全対策を行なって行きたいと考えて
います。
最後になりましたが、主将の小山恭平君、主務の渡部ゆかりさ
ん、会計の佐藤由梨さん、一年間本当に御苦労様でした。辛い時期
もありましたが、よく乗り越え、部の活動を維持したと感じていま
す。今後はこの経験を糧にして広く社会で活躍されることを期待し
ます。 6
7
上半期
上半期
部長 田島照久
監督 大家敏宏
コーチ 辻雄貴 春田一真
古川歩 横塚崇弘
主将 小山恭平
主務 渡部ゆかり
会計 佐藤由梨
3年 熊瀬川直也
2年 青木彩 内山義崇
尾形祥吾 竹内和彦
橋下秀司 吉村祐紀
新人・1年 笠井美穗 佐々木透
長谷川祐 福永孟昭
8
9
~キャラバンの歩む道~
下半期は、夏合宿で四国を全員で開拓することを目指す。四国
は早稲田ワンゲルが未だかつて沢・自転車・ボートの 3 つの活
動を同時に展開したことのないフィールドである。現在私達の部
私たちは一年間を通して共に旅をする。各自がそれぞれの役割
が持つ多様なアウトドア活動を駆使して、キャラバン全員で四国
を果たしながら仲間と協力して合宿を目指し、山を下りればまた
が秘める無限の可能性に挑もう。
次の合宿に向けて動きだしていく。秋・冬・春を経て最後に夏合
宿を終えて集結するまで我々は共に旅をするのであり、
63 代は、一年間の旅を共にする一隊のキャラバンなのである。
目標を達成するためには、一人ひとりの下界での取り組みが欠
かせない。部全体のことを考え、自分の担う役割に対して主体的
に取り組んでいく姿勢を忘れないで欲しい。また下界でも元気良
早稲田ワンゲルは一年間を通して多様な活動を行っている。そ
く活気あふれる雰囲気をつくり、目標に向かう “ 勢い ” のあるキャ
れぞれの活動に魅せられ入部した部員が実際に今の部を支えてい
ラバンを目指そう。
るのであり、多様な活動の魅力は部の根幹を成している。しかし、
多様な活動を追求していく過程で部員が活動形態ごとに分かれる
さあ、いよいよ 63 代という名のキャラバンが出発する。
と、部全体としてのまとまりを意識しづらくなる。
だからこそ私たち 63 代というキャラバンは一年間を通して、
多様性を保持しながらも「部全体での一体感が感じられるような
活動」を行っていく。
上半期は、春合宿で東北八幡平において一隊での山スキー合宿
を行うことを目指して活動していく。時に静寂で美しく、時に猛
然と厳しい雪山に入り込み、協力し合いながらキャラバン一丸と
なって進んで行くのだ。62 代では天災によって春合宿を実現す
ることができなかった八幡平で、今代こそは最高の合宿を成功さ
せたい。そのためには個人の体力・技術・知識・精神力、そして
キャラバンの結束力が必要となってくる。上半期の活動を通して
これらの力を向上させていき、八幡平へのリベンジに臨もう。
年間方針
八幡平、 四国を目指す旅
上半期
63代年間方針
10
11
秋合宿
@奥秩父
冬合宿
秋合宿は一年間のキャラバンの旅の第一歩で
あり、キャラバンの土台となる。無積雪期の行
田島照久
動、基本技術を確実に習得し、自信を持って積
顧問
関仁已 大谷孝一
雪期を迎えたい。
監督
35 代 大家敏宏
55 代 辻雄貴 57 代 春田一真
61 代 古川歩 61 代 横塚崇弘
コーチ
主将
小山恭平 (3)
主務
渡部ゆかり (3)
会計
佐藤由梨 (3)
沢活動リーダー
小山恭平 (3)
熊瀬川直也 (3)
ボート活動リーダー
渡部ゆかり (3)
係
チーフ
メンバー
竹内和彦 (2) 小山恭平
長谷川祐
橋下秀司 (2) 佐藤由梨
遭難対策
装備食糧
キャラバンの旅は積雪期を迎える。我らが妙
高の山小屋を基点にゲレンデでスキー練習を行
い、春合宿に向けた基本的なスキー滑降・シー
2 隊に分かれ東西から甲武信ヶ岳を目指し、奥
ル歩行技術・遭難対策技術を習得する。
秩父の稜線を全員で繋ごう!
全員で妙高山外輪を目指そう!
上
期
半期
上半
春合宿
プレ春合宿
@八幡平
春合宿を見据えた一隊での山スキー行
上半期の集大成である春合宿。部員全員が一丸となり、
一隊で八幡平へと挑む!
動・雪上生活を行い、山スキー技術・雪上技
術を磨いていく。一隊での行動を実際に確認
今まで身に付けてきた知識・技術・精神力・体力を生
し、春合宿に向けた足掛かりを作ろう。
かして八幡平の厳しい自然を乗り越えれば、幻想的な樹
(3) 尾形祥吾 (2)
(新)
(3) 佐々木透 ( 新 )
適な滑降を楽しむことができるだろう。
医療トレーニング
青木彩
気象
内山義崇 (2) 渡部ゆかり (3)
吉村祐紀 (2)
記録広報
尾形祥吾 (2) 小山恭平
(3)
福永孟昭 ( 新 )
新人をキャラバンに迎え入れ、下半期の幕開け
庶務
竹内和彦 (2) 熊瀬川直也 (3)
佐々木透 ( 新 )
となる新歓合宿。学年が変わりそれぞれが新たな役割を担
山小屋
吉村祐紀 (2) 渡部ゆかり
内山義崇 (2) 佐藤由梨
佐々木透
青木彩
(2) 小山恭平
(3) 長谷川祐 ( 新 )
(3) 橋下秀司 (2)
(新)
(3) 福永孟昭(新)
う中、上半期で築いてきたまとまりを発揮して新たな仲間
実技
実行委員
(2) 熊瀬川直也 (3)
氷の森やどこまでも見渡せる展望、また広い斜面での快
福永孟昭 ( 新 )
新人を
迎えて…
自転車活動リーダー
@妙高
錬成合宿
錬成合宿ではワンゲル活動の基本である
新歓合宿
と共に全員で山の頂を目指そう!
下
期
半期
下半
縦走を行い、体力・技術・生活のすべての面
で厳しくすることで自らの限界を超え、心身
を鍛え上げる。夏合宿に向け、全員でキャ
ラバンの力の底上げを図ろう!
夏合宿
@四国
キャラバンの旅の集大成となる夏合宿。我が部ではあま
り馴染みのない四国を舞台に、部員全員の力で合宿を作
り上げていく。それぞれの活動の魅力を味わいながら、四
国の夏を思い切り味わい尽くそう!
沢
自転車
ボート
年間方針
部長
上半期
63 代上半期組織図
12
13
【活動方針】
Ⅱ . 沢藪活動の魅力を多くの部員に伝える。
11 月
Ⅲ . 沢活動の安全性を高めるためのマニュアル強化に取り組む。
沢登りは日本の山に合わせた自然との触れ合い方である。山か
ら無数に湧き出る沢をつめ、山頂に至る。山の麓から源流に向かっ
12 月
ンゲルの山岳活動において中心になっている沢登りや縦走だけで
1月
2月
3月
4月
はなく、ルートファインディングの楽しみが味わえる藪漕ぎや、
5月
て、生命溢れる川のはじまりをめぐる旅。そこには数々の魅力が
あり、その魅力を追い求める活動がしたい。さらには、早稲田ワ
麓から山を見上げる里歩きの活動も行っていく。これは、稜線を
辿る縦走・藪漕ぎ、山麓を巡る里歩き、それらを繋ぐ沢登りを一
体として楽しむことで山の魅力をさらに深く知ることができると
考えるからである。
62 代から、沢活動を中心に活動する部員によるミーティング
が恒常的に行われるようになった。そのマニュアルを継承し、発
展させるためにミーティングを継続する。ミーティングで沢の L、
SL で必要な条件のマニュアル化を図り、沢の技術の向上・定着
を目指す。また、沢の体験ワンダリングを積極的に出すことによっ
て、新人だけでなく上級生にも沢の魅力をより実感してもらえる
ようにする。それにより、部全体で沢の魅力が共有でき、沢の活
動に関心を持ってもらえるようになる。互いに興味を持ちあうこ
とは、部員同士の交流の場を生み出し、キャラバンの結束を強め
ることとなる。
6月
7月
8月
下界活動期間
上級生 W-ing
上級生 W-ing
体験 W-ing
体験 W-ing
PW
PW
夏合宿
ミーティング ( 夏合宿を見越して )
沢マニュアルの改訂
( 沢のゲレンデ化 )
沢マニュアルの改訂
( 沢リーダーへの道 )
( 沢サブリーダーへの道 )
( 沢のセルフレスキュー )
( その他 )
沢の技術練習 ( 戸山公園 )
沢マニュアル 63 代版の完成
夏合宿計画の検討
新人のミーティングへの参加
夏合宿ルート決定
夏合宿準備
文責:小山恭平
年間方針
Ⅰ . 山をあらゆる角度から見つめ、新たな魅力を発見する。
【年間計画】
活動
上半期
沢藪活動年間方針
14
15
【活動方針】
Ⅱ . 自転車活動の魅力をより多くの部員に伝える。
Ⅲ . 自転車活動を行う上で必要な知識を研究し、部員に定着する。
自転車活動の特徴とは何であろうか。それは自転車の機動力を
活かして様々な場所に行けること、そして季節を問わず活動でき
ることだと考える。そのような自転車の特性を活かし、63 代で
は自転車での旅を通して豊かな日本の四季を味わうことを 1 つ
の軸に活動していく。秋には紅葉の美しい場所を目指して自転車
を漕ぎ、冬には厳しい寒さを肌に感じながら、春には満開の桜を
求めて疾駆する。夏には緑あふれる山、暑い夏にあって涼しげな
川・海を目指して自転車を漕いでいく。
また、自転車活動は部内において人気が高く、基本的な活動を
行う上でのハードルも高くない。63 代ではキャラバンの交流の
機会として積極的に体験ワンダリングを出していく。
下界においては自転車隊ミーティングを開いて自転車活動に必要
な知識を隊内で共有していく。上半期は自転車メンテナンス技術
を習得していき、下半期には夏合宿に関して話し合いを進めてい
く。
【年間計画】
11 月
12 月
1月
2月
3月
4月
5月
6月
7月
8月
活動
w-ing( 紅葉・体験 )
オフシーズン
w-ing( 冬・体験 )
w-ing ( 桜・体験 )
w-ing( 体験 )、PW
PW
夏合宿
ミーティング・勉強会
自転車活動年間方針
ブレーキ
チェーン
シフター
ディレイラー
夏合宿に関して
文責:熊瀬川直也
年間方針
Ⅰ . 自転車での旅を通して季節を味わう。
上半期
自転車活動年間方針
16
17
【活動方針】
Ⅱ . より多くの部員にボート活動の魅力を伝える。
Ⅲ . 経験や技術、知識を次代へつなげる。
日本には美しい自然に囲まれた川や迫力のあるホワイトウォー
2月
ターが数多く存在する。その中で現在の部員が経験したことの
3月
4月
ある川は実に少ない。63 代では今までに行った事のない新たな
5 月 GW
フィールドでの川下りを積極的に取り入れ、ボート活動の魅力を
再発見すると共に活動の幅を広げていきたい。同時に、一部の部
員だけでなくより多くの部員にボート活動の魅力を感じてもらう
ために、大会に向けた練習以外でも積極的に体験ワンダリングを
出していく。ラフティングや河原でのキャンプが、キャラバンの
中にある “ 遊び心 ” を刺激してくれるだろう。
また、リバーベンチャー選手権大会 ( =リバベン ) が開催され
る群馬県利根川や、日本三大暴れ川の 1 つ、高知県吉野川 ( 大歩
危、小歩危 ) といった日本最大級のホワイトウォーターを目標と
して計画的にボートトレーニングを行っていく。その過程におい
て過去数年間に渡り培ってきた経験や技術、知識を改めて共有し、
新たに得られた内容も確実に記録に残し次代やその先へとつなげ
ていきたい。
御岳カップ
W-ing( ※全部員対象 )
& 強化 W-ing
( ※リバベン選手対象 )
吉野川調査
中旬
下旬
6 月上旬
中旬
下旬
7月
8月
夏合宿隊決定
レスキュー技術養成
吉野川調査 W-ing
& 強化 W-ing
( ※リバベン選手対象 )
W-ing( ※全部員対象 )
& 強化 W-ing
( ※リバベン選手対象 )
リバベン
PW
夏合宿
文責:渡部ゆかり
年間方針
Ⅰ . 新たな川に挑戦する。
【年間計画】
11 月
12 月
1月
上半期
ボート活動年間方針
18
19
いよいよ 63 代のキャラバンのの一歩となる合宿が始まる。
私たちが目指す最初の目的地、それは「奥秩父」である。すで
にワンゲルではおなじみになっている奥秩父ではあるが、この時
期にこの長さの縦走を行ったことのある現役部員はいない。この
時期の奥秩父は紅葉が美しく、秋山の魅力を追求するにはうって
つけの場所といえよう。
この奥秩父の地で私たちが体現するキャラバンは、甲武信ヶ岳
への道のりである。甲武国境隊は東から、甲信国境隊は西からそ
れぞれ甲武信ヶ岳を目指す。最後はどちらの隊も、式典で美しい
拳を突き上げることだろう。
この合宿は今後のキャラバンの行方を左右するといっても過言
ではない。年間方針にもある通り、この合宿が春合宿の土台、ひ
いては下半期の大事な土台となるのだ。隊員一人一人が自分の役
割を自覚し、その責任を果たすことが重要となる。無積雪期最後
の合宿としての各学年の目標を強く意識して欲しい。
63 代のキャラバンが素晴らしい門出を迎えられるよう、全員
で一体となって合宿に臨もう!
【隊員構成】
甲武国境隊
L 佐藤由梨(記録・カメラ) L
SL 渡部ゆかり(渉外・会計) SL
2 年 青木彩(気象)
2年
内山義崇(装備)
吉村祐紀(医療・食糧 C) 新人 福永孟昭(食糧)
新人
長谷川祐(食糧)
甲信国境隊
小山恭平(記録・カメラ)
熊瀬川直也(渉外・会計)
尾形祥吾(気象)
竹内和彦(医療・食糧 C)
橋下秀司(装備)
佐々木透(食糧)
秋合宿
【全体主旨】
上半期
秋合宿
20
21
上半期
甲武国境隊
紅葉に彩られた奥秩父の山々を縦走し、秋山の魅力を存分に味
わおう!奥秩父は我が部で行き慣れた山域だと感じる人もいるだ
ろう。しかし奥秩父では、11 月に入っても色鮮やかな紅葉を楽
しむことができ、またその控えめながらもしんみりとした雰囲気
がまさに秋合宿にふさわしい場所だと言える。
7 人のキャラバンで 4 日間共に行動し、秋という時期ならでは
の山深さを感じよう。
【行動計画】
行程
予定時間
11/2(水)高田馬場駅=(電車)=奥多摩駅 C0
0h
11/3(木)C0 =(バス)=鴨沢―七ッ石山
5.5h
―雲取山―雲取山荘 C1
11/4(金)C1―飛龍山―将監峠―笠取山
―笠取山荘 C2 10.5h
11/5(土)C2―雁坂峠―破風山―甲武信小屋 C3
9h
11/6(日)C3―甲武信ヶ岳―西沢渓谷
5h
11/7(月)予備日
0h
11/8(火)予備日
0h
【使用地形図】
国土地理院発行 1/25000 地形図
「丹波」「雲取山」「雁坂峠」「金峰山」
【隊員構成】
L 佐藤由梨(記録・カメラ)
SL 渡部ゆかり(渉外・会計)
2 年 青木彩(気象)
内山義崇(装備)
吉村祐紀(医療・食糧 C)
新人 福永孟昭(食糧)
長谷川祐(食糧)
今合宿のベストビューかもしれない。
富士山と、味わいのある奥秩父の山々。
秋合宿
【各隊主旨】
22
23
11 月 2 日 C0
「余裕のある一日。幕場でまったり~」
起床は 6:05 発の鴨沢行きのバスに乗るために、5:30。まだう
す暗い。しかしそれほど寒くはない。今回は暖かく、また天候に
19:54 発の電車に乗るため 19:20 に高田馬場集合ということ
も恵まれているようだ。朝食やトイレ、準備を済ませバスに乗り
であったが、皆それよりも早くに到着していた。優秀でよろしい。
込む。祝日ということもあってか、人が結構いた。バスの中から
先発隊ということもあり、OB や 4 年生の方、また甲信国境隊の
外を見ていたが、紅葉はなかなか綺麗。山ではどうかな、と期待
多くが見送りに来てくださり、差し入れも多くいただいた。ごっ
をしていた。
つあんです。早めに体調・装備・気象チェック、今後の流れを確
鴨沢に着き、各チェックをして準備体操をする。いよいよ秋合
認する。気象係で天気図書き忘れのミスがあり、一喝する。次回
宿だ、という気が今更ながらしてきた。気を引き締めて臨む。
からは絶対にないようにして欲しい。その後は出発の時間まで各
本日のオーダーは吉村・福永・渡部・内山・長谷川・青木・佐
自話をしたり、写真を撮ったりしていた。
藤。今日は雲取山荘までひたすらアップだ。とはいえ、行動予定
集合写真を撮り、電車に乗り込む。この時間の西武新宿線は相
時間は 5 時間なのでサクサク行くだろう。
当混んでいるだろうなー、と思っていたが、端の車両に乗ったた
6:50 行動開始。まずは、七ツ石山を目指してアップだ。久し
めそうでもなかった。拝島で青梅線へ乗り換え。ここもそれほど
ぶりの山行の者もいたが、皆調子が良さそう。だが、最初はなか
の混雑ではなかった。ボーっと考え事をしていたら青梅に到着。
なか歌いださない。最初に歌いだしたのは、長谷川。カントリー
乗り換え時間が 1 分なので、ヒヤヒヤだ。次は座れるくらい空
ロードを歌っていた。ノリノリで楽しそうだ。つられて皆も歌い
いていた。2 年生は皆で地図チェックを、新人も 2 人で話をして
だす。天気も良く、良い雰囲気である。
いた。仲が良さそうで何より。SL は就活に向けて新聞を読んで
七ツ石山への尾根に乗るあたりで一本取ったが、ここで新人は
いた。
現在地が分かっていない…。分かりやすいとこだよ!と言うが、
奥多摩駅に 22:53 に到着。ステビにぴったりな場所があるので、
新人は悩ましそうな顔をしている。2 年生にしっかりと指導をし
今夜はそこで泊まります。主将からの美味しいパンの差し入れを
てもらう。今回の合宿では、読図が一つの鍵となりそうだ。
食べたり、トイレに行ったり、明日の準備をする。福永が就寝時
間ギリギリまで準備をしていたので、軽く注意をした。23:30 就
寝。
秋合宿
「63 代、出発します!」
11 月 3 日 C1
上半期
甲武国境隊 記録
24
25
コを巻き小雲取山を目指す。今日の行程も残すところあと少しだ。
天気も回復してきたようで、ひとまず安心。12:50 雲取山に到着。
これが山岳サイクリングかー、きつそうだなと考えていた。
あとは、雲取山荘へ向かう下りのみ。内山が長谷川に「明日こ
れ上り返しだよ」、とか「明日は 14 時間行動だ!」とかと言っ
て脅していた。びびりすぎです。今年の錬成がよほどトラウマに
なっていたのだろう。確かに明日は今合宿で勝負の日ではありま
すが。
2 年生による読図チェック。「うーん…(新人たち)」
13:10 雲取山荘到着。とても立派でびっくりだ。水も豊富。ト
今日は登りが続くけど、読図も怠らないでね!
イレもキレイ。山とは思えませんな。幕場代を払ったりして、し
ばらく休憩。すっかり晴れて本当に良かった!その後は設営を行
七ツ石山を目指す一本前から、社会人の集団と何故か一緒に
う。時間も余裕で 3 分を切れていた。明日からもこの調子で頑張っ
なって(社会人の集団が後ろから着いてくるような感じで)いた。
てもらいたい。
歌っていると、「いつも歌っているの?」だとか「どこの集団?」
時間があったので、15:30 の食当まで各自自由に過ごす。山で
とか色々と質問された。社会人も社会人同士で盛りあがっていた。
のこういう時間って良いなぁ、と思う。秋合宿ならではの余裕。
トップの吉村はペースを気にし、足を速めていた。10:10 七ツ石
2 年生、新人も楽しそうに話をしたり、寝ていたりしていた。今
小屋到着。小屋の主人が出てきて、小屋の裏の方で休ませてくれ
夜のメニューはキムチ鍋。辛くて(個人的にはこのくらいの辛さ
た。さっきの社会人もいるが、社会人に先に行ってもらうように
は全く問題なかったが)、また米も多くて皆ハマリ気味…。今の
調整した。ここでは、富士山がよく見えた。
現役には食いキャラがいないのが残念だ。もっと食べられるよう
10:30、七ツ石山に到着。集合写真を撮り、少しの下り。この
になってほしい。この様子を見て、明日からは米を減らすことに
辺りから雲行きが怪しくなりだす。天気予報では、晴れだったは
した。
ず…。明日以降もこんな感じであったらどうしようか…、と様々
その後は上ミ済ませ、TP、全ミ。TP は秋を意識して、干し芋
な思いが交錯する。ひとまず、下りに集中する。下りきって一本
とじゃがりこのいも祭りじゃ!また、差し入れに梨が。秋です
取っていると、福永が右膝に違和感を覚えるとのこと。ここから
なぁー。今日の反省と明日の確認をし、就寝まではパパリコで
ストックを使って行動してもらうことにした。また、雨も降って
起床係を決めた。結果、吉村が起床係に。明日の行程は長いた
くる。雨具の上だけを着用させた。
め 20:00 最終就寝としたが、皆 19:00 頃には眠りに落ちていた。
秋合宿
ここでも集合写真を撮る。自転車で来ている人がいて、驚いた。
上半期
しばらくは平坦な道を歩いて奥多摩小屋を過ぎ、1830m のポ
26
27
「まさかの 14 時間行動!?いやいや、そこまでいきません…。」
内山のトップの底力だ!
とはいえ、今日の行程はまだ残っている。峠を越えなだらかな
牛王院平を歩き、唐松尾山を目指す。少しのトラバースがあり、
リーダー層テントである G-Light だけ先に撤収する。撤収を済ま
尾根に乗ると山頂はすぐそこ。だが、パッとしないのでスルー。
せ、ダンロップテントに入る。食当をやっているおかげか、暖か
下りきったところで一本取っていると、大休止のリクエストが。
い。今朝のメニューはコンソメスープ。あっさりしていて、朝に
確かにここまで結構きつかっただろうし、比較的余裕もあったの
はちょうど良い。米の量も調整したため、問題なかった。
で 20 分の大休止とした。後からの話だが、この大休止は皆嬉し
食後はまだまだ暗いが、素早く撤収・パッキングを行う。皆時
かったとのこと。時間があったので、差し入れを出し軽量化を図
間内で出来ていた。明日はもう少し厳しめの時間設定でいっても
る 2 年生もいた。
問題なさそうだ。
さあ、今日もあと少しだ。稜線を歩き、笠取山を巻けば今日の
トイレや水汲み、各チェック、体操を済ませ 4:25 出発。今日
幕営地である笠取小屋が見える。皆疲れており、嬉しがっていた。
の行動予定時間は 10.5h。リミットも厳しめの勝負の日。リーダー
14:54 到着。予定通り 10h30min でした。またもやちゃんとし
である私は緊張していた。リミットさえ切れれば、という思いで
たトイレに豊富な水場あり。今回は天気、幕場に本当に恵まれて
あった。
いる。しばらく休んで、設営を開始する。今日も素早くできてお
最初はヘッドライトを付けての行動。今まであまりそういった
り、よろしい。食当開始を 16:45 とし、それまではまた各自しっ
経験がなかったため、不思議だ。暗いので慎重に行ってもらう。
かりと休んでもらった。
まずは雲取山までの上り返し。山頂では星がキレイであった。再
今夜のメニューは定番のカレー。疲れた心身に沁み渡ります。
度集合写真を撮った。山頂から下り、しばらくは長いトラバース
やはりカレーがワンゲルの食事の中で一番美味しいと思う。差し
が続く。なかなか良いペースである。なだらかな狼平を通り、ど
入れのウインナーもまたポイントだ。しっかりと栄養を補給し、
んどん距離を稼ぐ。飛龍山付近までは同じような景色が続き、飽
その後は上ミ・TP・全ミの流れ。TP は予定の甘栗とクッキー +
きた。また意外と道が細くちょっとした橋もいくつかあり、神経
差し入れのパイナップル、カール、アルフォートなどでとって
を使った。皆も少し疲れているようであまり歌わない。
も豪華。ありがたいですね。その後はお決まりのパパリコをし、
飛龍山の巻き道を通り過ぎると、ここからは甲武信ヶ岳まで
21:00 最終就寝とした。
62 代の錬成とコースが被る。錬成ではここから将監小屋まで 4
時間くらいかかっていた。それではリミットはきれない。だが結
果的に今回は早く、2 時間半くらいで将監峠に到着することがで
きた。11:00 頃であったので 12:30 のリミットは余裕で間に合っ
た。良かった、良かった!ホッと肩をなでおろす。優秀な 2 年
秋合宿
3:00 起床。三季用のシュラフであったが、それほど寒くない。
上半期
11 月 4 日 C2
28
29
「早くも今夜が最終夜。毎日快適な幕場、トイレでした!」
山の前には東破風山があり、新人は「だまされた!」と言ってい
た。確かに地形図にはその名は書いていないからね。東破風山か
ら破風山までは、岩が多かった。慎重に足を進める。11:06 破風
日は昨日より少し寒いが、星が見え天気は良さそうだ。朝食はコー
山登頂。地味なピークではあったが、皆で写真を撮る。
ンスープ。朝にコーンスープは久しぶりである。ご飯にコーンスー
急な下りを終えると、甲武信小屋を目指す。今日もあと少しだ。
プが不評であったのだ。久しぶりで美味しく感じられたが、やは
そして 14:30 のリミットも切れそうだ。小屋までの登りはなか
りパンと一緒に食べたいと思った。その後、撤収・パッキングを
なかキツい。ここも、皆で歌って励まし合う。福永が辛そうな顔
済ませる。時間は 15 分以内としたが、皆早い。新人はザックが
をしていたが、彼にも歌ってもらう。すると、結構な声量でまだ
大きく余裕がある、というのもあるのではないだろうか。トイレ・
まだいけそうだと思った。辛くても顔に出さないようにすること
体操を済ませ 5:25 出発。今日のリミットは余裕があるので、心
が大切である。難しいが、是非メンタルの強化にも励んでもらい
も軽い。
たい。
今日はさりげなくアップダウンのある一日。まずは雁峠を過ぎ、
登り切り、巻き道を歩くとすぐに甲武信小屋に到着。13:24 で
少し登って稜線に上がる。新人と 2 年生は楽しそうに、歌を歌
した。今日もまたまた立派な小屋だ。トイレも普通の家のものの
いまくっていた。内山の好きなクロマニヨンズやブルーハーツ、
ようだ。今合宿で一番のキレイさに感動であった。受付が 14:00
ザ・ハイロウズだっただろうか。私はよく知らないバンドだが、
ということであったので、それまでに休憩と設営、ピストン個装
盛り上がって良い雰囲気であった。古礼山を巻き(巻かずに山頂
への切り替えをする。設営は今日も問題はない。今年の新人は設
に行くルートもあるようだ。地形図には載っていないが)、次は
営が得意なようだ。読図や食当はともかく…。
水晶山まで登りだ。とはいえ、あっという間。この山では 62 代
受付を済ませ、甲武信ヶ岳を目指す。ピストンで、心も体も軽
の錬成で面白いエピソードがあり、錬成で同じ隊の人間で懐かし
い。紺碧の空を歌い、すぐに山頂に到着。嬉しい差し入れがあっ
いね、と話していた。それは錬成ならではの、上級生から下級生
たり、写真を撮ったりしてしばらく過ごす。2 年生は、新人にコ
への理不尽なエピソードである。
ンパスを使った読図を丁寧に教えている。長谷川は今合宿で、だ
水晶山の下りから雁坂峠までは非常に歩きやすい道で、また左
いぶ読図が出来るようになったようだ。式典に移りたかったのだ
手には富士山が大きく構えていた。なんとも素敵な景色だ。新人
が、無線交信を行っている人がいたためかなりの小音量での式典
長谷川もその景色に感動したようだった。気持ちの良い稜線歩き
となった。なんとも心残りである。まあ、良しとしよう。ここま
である。雁坂峠もまた見晴らしの良い峠で、せっかくなので写真
で皆無事で来られただけで幸いだ。後発である甲信隊へメッセー
を撮った。時間は 8:45。今日は予定より早く着けそうだ。
ジを残し、小屋へと戻る。しかしそのメッセージは、悲しいこと
しかしそこからは結構な登りが続く。気合いを入れ直し、また
に読まれることはなかった…。
歌を歌って皆で乗り切る。雁坂嶺を越え、破風山を目指す。破風
15:15 に小屋に到着。16:30 食当開始とする。本日、最終夜の
秋合宿
今日は 4:00 起床。また G-Light テントだけ先に撤収した。今
上半期
11 月 5 日 C3
30
31
でも、カレーが一番なのは変わりない。その後、上ミ・TP・全ミ。
11 月 6 日 ( 日 ) 下山日
「美しい紅葉に包まれ、下山。バス停までまさかのダッシュ!」
4:30 起床。今朝のメニューは味噌汁。だが、非常に濃い…。
と多くて、嬉しい。自分のものがちゃんと消費されるか心配であ
塩分の取りすぎだ。皆頑張って食べていた。その後はいつも通り
る。新人の感想、そして 2 年生のありがたいお言葉が続く。新
素早く準備を済ませ、5:50 出発。
人は 2 人とも、秋合宿で山を楽しむことが出来たようだ。そう言っ
ほんの少しだけ登れば、あとは本当に下るだけ。長谷川は登り
てもらえて、リーダーである私も本当に嬉しかった。2 年生も皆
が終わりということで、とても嬉しそうだ。
良いことを言っていた。そんなこんなでお決まりのパパリコをし
下りは急あったが、皆下山パワーであるのかどんどん標高を下
たりして、楽しく時間が過ぎていった。就寝は 21:30。
げる。標高が下がるにつれ、紅葉も鮮やかになっていく。とても
キレイで、写真を撮ったりして見とれてしまった。
10:00 には西沢渓谷に到着。10:12 のバスには乗れないと思っ
たが、新人・2 年生は走り出す。3 年生はとぼとぼと歩いていたが、
バスに乗れないと彼らに申し訳ないためスピードアップした。す
ると、ギリギリセーフで間に合った。温泉に向け、バスに乗り込む。
温泉の名は、「花かげ温泉」。ここで垢を落として人間に戻りま
す笑。下山後の温泉は本当に天国のようだ。ゆっくりと湯につか
り、ホッとする。その後、併設されている食事処で美味しい食事
を各自堪能する。そこの特大天丼にはびっくりであった。一部に
ハマっている人もいた。
食事を終え、駅を目指してまたバスに乗り込む。塩山駅前で降
り、あとは電車で帰るだけ。皆さん、本当に合宿お疲れ様でした。
100 名山・甲武信岳山頂にて。全メンバー集合。
皆のおかげで、楽しく雰囲気の良い合宿になったと思います。た
おっと、拳はあげていませんね…。
だ、各自課題は残ったと思うので反省して次につなげていきま
しょう!
記録:佐藤由梨
秋合宿
そして今日は早くも最終夜だ!それぞれ差し入れを出す。意外
上半期
メニューはハヤシライス。牛肉がないのが残念だが、美味しい。
32
33
恵まれた天候のもと、爽やかな秋山縦走を楽しみながら無事に
たが、メンバー全員で力を合わせることで乗り切った。キャラバ
ンの旅の第一歩として、私たちは良いスタートを切ることができ
たのだ。
さあ、次は積雪期だ。各自反省すべきところはしっかりと反省
をし、自信を持って臨もう。
【行動判断】
11 月 5 日 C3 <最終日に登る予定だった甲武信ヶ岳を C3 である 11 月 5 日に
登ったことについて>
→合宿前の天気予報、また合宿中に携帯電話で天気予報を確認し
たところ 11 月 6 日の予報は雨になっており、悪天が予想された。
そのため晴れが予想される 5 日中に甲武信ヶ岳登頂を目指すこ
ととし、甲武信小屋到着リミットを天気図、日の入りから逆算し
14 時 30 分とした。隊のメンバーも 5 日中の甲武信ヶ岳登頂を
積極的に希望し、実際に 5 日は予想よりも早く甲武信小屋に到
着できたためこの判断は適切であった。
11/3( 木 ) C1
行動時間 6h
05:30 起床
06:40 鴨沢着
06:50 行動開始
10:50 七ッ石山
12:50 雲取山荘着
15:20 食当点火
16:10 夕食
17:00 上ミ
17:45 全ミ
20:00 就寝
11/4( 金 ) C2
11/5( 土 ) C3
行動時間 10h30min
行動時間 8h30min
03:00 起床
04:00 起床
04:25 行動開始
05:25 行動開始
06:26 狼平
07:11 2004m ポコ
08:55 飛龍権現
08:47 雁坂峠
11:00 将監峠
11:06 破風山
13:09 唐松尾山西のコル
13:24 甲武信小屋着
14:54 笠取小屋着
14:06 甲武信小屋出発
16:45 食当点火
14:22 甲武信ヶ岳
17:30 夕食
15:15 甲武信小屋着
18:10 上ミ
16:30 食当点火
18:45 全ミ
17:15 夕食
21:00 就寝
17:45 上ミ
18:15 全ミ
21:00 就寝
11/6( 日 ) 最終日
行動時間 4h15min
04:30 起床
05:55 行動開始
06:16 木賊山
10:10 西沢渓谷入口着
20:30 高田馬場駅集合
22:53 奥多摩駅着
23:30 就寝
秋合宿
全行程を歩き通すことができた。時には長く辛い行程の日もあっ
【行動概略】
11/2( 水 ) C0
上半期
甲武国境隊 総括
34
35
上半期
甲信国境隊
甲信国境隊はその名の通り、日本でも有数の山岳地帯を持つ山
梨県と長野県の県境を辿る隊である。そして、私たちのキャラバ
ンが辿る県境は日本有数の高原リゾート野辺山から始まり、道が
切り開かれてこなかった奥秩父の西部にある無名のピークを進
む。その後は日本百名山にも数えられる金峰山を経て甲武信ヶ岳
に至る。このように一本の県境を辿るだけで、山の様々な顔を見
ることができる。山の多様な側面から秋山の魅力を追求していき
たい。
【行動計画】
行程
予定時間
11/3(木)高田馬場 = 野辺山駅 C0
0h
11/4(金)C0 -飯盛山-三ツ沢ノ頭-横尾山
9h
-信州峠 C1
11/5(土)C1 -石ッコツ-萱ダワ-松ネッコ
10h
-大日小屋 C2
11/6(日)C2 -金峰山-大弛小屋-甲武信ヶ岳
10h
-甲武信小屋 C3
11/7(月)C3 -戸渡尾根-西沢渓谷
4h
11/8(火)予備日
11/9(水)予備日
【使用地形図】
国土地理院発行 1/25000 地形図
「八ヶ岳東部」「谷戸」「瑞牆山」「御所平」「金峰山」「居倉」
【隊員構成】
L 小山恭平(記録・カメラ)
SL 熊瀬川直也(渉外・会計)
2 年 尾形祥吾(気象)
竹内和彦(医療・食糧 C)
橋下秀司(装備)
新人 佐々木透(食糧)
C1 カヤトの原より瑞牆山方面を望む
秋合宿
【各隊主旨】
36
37
自分で起きましょう。軽くミーティングをした後、秋合宿の第一
歩を踏み出す。これは、私にとっての 63 代の始まりの大きな大
きな第一歩なのだが、寒かったのでその時はそんなこと考えてい
「63 代初合宿」
なかった。なんせ、ここからしばらくは車道歩きなわけで、しか
17:10 新宿駅集合のところ、全員が 17:00 前に集合したため
も辺りは牧場の香り満載なわけで、そんなこと考えていられない
17:00 からミーティング開始。体調は全員良好。団配忘れもなし。
のである。車道沿いには国立宇宙電波観測所なるものがあり、ス
気象係の 2 年尾形は天気図を描いてこなかった。こういう時に
カラー波と間違えられて追撃を受けないように、なるべく無害な
限って雨が降るのだろう。見送りは 4 年生の大池さん、大門さん、
顔をして通った。登山道へは、獅子岩のところから入る。その手前、
保延さん。時間が悪かったのか、祝日というのが悪かったのか、
スキー場入り口のあたりから近道のようなものがあったが、よく
OB・OG の方があまりいらっしゃらない。秋合宿を成功させて、
分からないので入るのをやめた。獅子岩は獅子なのかどうか分か
OB・OG の方々の関心を集めようと思う。中央線が 5 分くらい遅
らなかった。象岩といわれれば象岩だし、アルダブラゾウガメと
れているらしいので、予定より一本早い列車に乗って出発。電車
いわれればアルダブラゾウガメ岩である。登山道に入ると、なだ
も次第にすき始め、八王子くらいで座れた。小淵沢駅はすでに標
らかな登りが続く。そして、振り返れば朝焼けと紅葉で真っ赤に
高が高く、吐く息は白かった。そこから、野辺山まではわずか 4
染まる八ヶ岳最高峰の赤岳が見える。なんとも美しいので惚れ惚
駅だが、30 分ほどかかる。野辺山駅を降りると牧場の素敵な芳
れするのである。
しき香りが。そして、駅前には牛の像。後頭部にも顔が付いてい
そして、しばらく行くと合宿最初のピーク平沢山である。平沢
る。尾形、橋下は歩いて 10 分くらいのところにあるというコン
山はなかなかの展望で、赤岳を眺めるのにはもってこいのところ
ビニに買い物。23 時就寝。
である。その後、きれいな円錐形の飯盛山を横目に見ながら、エ
アリアで言う破線区間へと進む。確かに、前に比べて道は不明瞭
11 月 4 日 C1
「初日にして道迷う」
になったが、進むのには困難はない。踏み跡はしっかりしていて、
すいすいと進める。すいすいと進んでいると、沢に出た。やった、
5 時起床。まだ暗い。そして、寒い。秋合宿を行うには遅めの
水場だ。。。ではない。稜線を歩いていたはずが、いつの間にか沢
この時期に秋合宿を行うことになってしまったことを後悔。起床
ではないか。急いで GPS で場所をチェックする。どうやら、間
後は、昨晩に突然駅の電話が鳴ったという話で盛り上がる。爆睡
違えて三ツ沢方面へ降りてしまったらしい。来た道を 15 分ほど
していて気付かなかったリーダーは盛り上がれず。野辺山駅前の
登り返す。そこにあった看板には衝撃の事実が。看板の裏側だけ
愛すべき牛の像を見て元気を取り戻す。5 時半には全員出発準備
に、こっそり正しいルートが記載されている。しかも、明らかに
完了。2 年尾形の準備がギリギリだったようだが、これはどうや
踏み跡は三沢方面のほうが濃い。これはやられた。その先、元の
ら起床係の新人佐々木が起こしてくれなかったかららしい。でも、
ルートに戻って進むと、前にあったのは金柵である。目の前に壁
秋合宿
11 月 3 日 C0
上半期
甲信国境隊 記録
38
39
こんな柵に挫けてはいけないと思いながらも、とりあえず、壁を
11 月 5 日 C2
「奥秩父の奥の奥」
いよいよ、藪のディープな一日が始まる。朝食は棒ラーメン。
分け入っても 分け入っても 左に柵
通称ボーラー。まだ、暗いうちの出発。前日少し偵察した感じだ
そんなこんなで、途中から柵がとんでもない方向に進んでいる
と、この先は濃い藪がすぐ出てくる感じではない。くるぶしほど
ようである。どうしようもないので、柵をこじ開けて向こう側へ。
の背丈のササをさくさく進む。
もちろん、柵はしっかり元に戻しておきました。ヤマレコを読む
萱ダワまでは藪が薄いため意外とあっさりと進む。石ッコツか
と、前日にもここで困っていた人がいた模様。どこかに扉があり
らは、急傾斜がありいったん真南に行ったほうがおりやすいかも
はずなのですが、その答えはまさに「藪の中」である。そこから
しれない。萱ダワで給水。給水は長野県側に林道を下る。5 分も
先は、わかりやすいルートでのんびりまったり進む。幕場の信州
かからない左カーブのところで汲む。そこにあった標柱によると
峠には 14 時着。なかなかのペースではないだろうか。信州峠では、
ここも東京電力の土地であるらしい。尾瀬が東京電力の管理下に
ちょうど紅葉の盛りでなかなか良い幕場でした。ただ、意外と交
あることは有名だが、ここもそうだとは。尾瀬は保護運動が盛ん
通量が多めで、夜中も結構走っていたので気になる人はカヤトの
なので、これからも東電によって保護されるだろうが、ここは知
原をお勧めする。また、水場については、信州峠の駐車場からまっ
名度も低く、登山道もないので経営悪化で売り払われてしまうか
すぐ沢に進んでいくと 2,3 分ほどで見つかる。ただ、沢の道路沿
もしれない。あれはあれ、これはこれで頑張ってほしいものだ。
いには不法投棄のごみが多く、積極的に飲む気になれない。謎の
萱ダワから先も藪は薄そうなので通常装備で進む。そして、気が
ゲル状の物質が放置されていた。気にしないのが一番 ? 夜には 2
つけば藪。低木に虐められる。適当なところで、藪装備。グラサ
年尾形の性癖が発覚。小さいは正義 !
ンが似合う 2 年橋下、新人佐々木を尻目にグラさんと喧嘩をし
ているようなリーダー。ここからは濃くなったり薄くなったり、
ペースは今までよりも落ちるのは確か。そして、こんな藪の中で
も、上級生の魔の手によって何曲も何曲も歌わされる佐々木。佐々
木は体力のある新人であるが、佐々木の十八番ベストテンを歌い
切った時は、直前の急登もあってさすがにきつそうだった。小川
山に到着するのは、14 時。この時、リーダーはすでに到着が 16
時を回るかもしれないとの予測をしていたが、大日小屋まではこ
れまでとは異なり、奥秩父のしっかりと整備された道であるので
大きな危機感は抱いていなかった。どことなく急かしていけば遅
くない時間に到着するであろうと。しかしそこからが長く、いつ
秋合宿
越えずに壁の右側を進む。
上半期
が立ちふさがったとしても、それよ越えて行くのが人間である。
40
41
まっているため、予想よりも小川山からのペースが上がらない。
11 月 6 日 C3
「長い長い藪よりきつい道」
今朝は、大日小屋の東側の広い空き地からスタート。隊員にも
ンバーで設営のために先に進むことにする。分岐を越えると、稜
昨日の疲れが見られる。しかし、今日は今日で、藪こそないもの
線から外れ急な傾斜が続く。これから暗くなってくることもあり、
の距離は昨日の 1.5 倍くらいあるという長丁場で決して侮れない
また天気図要員と分隊もしているので、大日小屋東の適当なとこ
行程なのである。この日の行程で何がきつかったかといえば、延々
ろで C2 とする。ちょうど良い場所があって助かった。水は少な
と繰り返されるアップダウンと、曇天である。今合宿でもっとも
いが、明日の大弛小屋までは順調にいけば 2 本で到着し、今晩
標高の高い地点である金峰山では景色が見えないだけではなく、
の食袋が節水メニューなので問題はないと判断。暗くなるころに
風が強く、五畳岩で風を凌ぎつつの一本であった。また、大弛峠
テントを張る。長い長い一日だった。
の車道に出る地点では、トップの 2 年竹内が吹っ切れたかのよ
うにその直前から走りだし、到着するや否や全員で肩を組んでの
大合唱である。ワンゲル部員はどうしてここまで変人奇人が集
まってしまうのだろうか。女子部員の増員はしばらくは無理かも
しれない。助長だったと思われるこの一日にもきっとなにか大切
なものがあるはずだ。ここまでの道は獅子岩からずっと日本の中
央分水嶺を歩んできた。我々の左手に降る雨は信濃川を流れ日本
海へ、右手に降る雨は冨士川を経て太平洋へとそれぞれ注ぐ。小
雨がちらつく残念な天気だが、我々のたかが 4 日間の日程よりも、
壮大でドラマチックな旅が続くのである。などと、単調な道で考
えていると長かった一日も、あとは甲武信の山頂に登れば小屋に
到着する。時間もすでに天気図を描く 16 時が迫っていることだ
藪装の橋下はなぜかラッパーに
し、さっさと甲武信の山頂に行きましょうと、私の一言。「竹内!
この空の色は何色だ!」「紺碧でーす!」竹内の雄叫びと共に隊
員が歌いだす。「♪パーカパン、パーカパン、パーカパンパカパン」
歌の出だしで全員が気付く。これは都の西北のイントロである。
山頂直前でリーダーの失態。仕切り直して今度は無事に紺碧の空
を歌う。山頂では雲が多かったものの、これまで来た奥秩父の山
塊が見渡せた。特徴的な八ヶ岳赤岳が遠くにあるのを見ると、こ
秋合宿
仕方がないので、分岐上で天気図要員 2 名を分隊し、残りのメ
上半期
までたっても大日小屋への分岐が見当たらない。隊員の疲労も溜
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きた差し入れである、団子粉。佐々木はありったけの粉を使って
が気になるが、男らしく山頂で決める。今度は一発で終えること
団子を作り、腹いっぱいの上級生に食べさせてくるのだ。まっ
ができた。
たく、実に恐ろしい新人である。ほかの上級生はというと、3 年
つられて 2 年 3 人も大爆笑といったところである。2 年橋下は、
今日はシュラポンするとのこと。しかし、夜中に雨が降ってきた
ようで、翌朝には前室にいた。
11 月 7 日 下山日
「最後まで全力」
いよいよ最終日。後は下山だけである。きっと、隊員の頭の中
は下山後のことでいっぱいなのだろう。起床は 5 時。朝食はご
飯と味噌汁。至極まともな食事が食えるだけでも幸せになる。昨
日、一昨日の棒ラーメンは人によって評価の分かれるところ。ラー
メンだけでは少ないか。リーダーはまあまあ好きですが。朝食後、
出発は 6 時 40 分。撤収は最後の最後には素早く終えてほっとす
長い長い旅路の末にたどり着いた甲武信ヶ岳で拳を突き上げる
る。最終日までグダグダなのと、最終日だけでもきれいに終わる
のでは、隊の雰囲気も大きく変わってくる。出発すると、本日唯
すでに時間は 16 時直前だったので、2 年竹内と 3 年熊瀬川を
一にして、この合宿最後の登りが約 30 分。昨日の苦難を乗り越
山頂に残して甲武信小屋へ。テント泊のお客さんは我々のほかに
えてきた我々にはかわいいものである。そして、その後木賊山へ。
は 2 張ほど。明日下山なので、もちろんほかのテントから離れ
本合宿最後のピークであるが、昨日、甲武信ヶ岳で式典を挙げて
たところにテントを張る。設営は、無積雪期では最後にもかかわ
いるし、この山頂はスルーされる。隊員は山頂よりも下山に心が
らず、何回もやり直し。これまでの行程で疲れが溜まっているの
弾んでいるのだろう。それでもいいのだと私は思う。山はつらい。
は分かるが、言い訳は許されない。初めての長期縦走リーダーは、
だから、下山後の飯がうまかったり温泉が気持ち良かったり。そ
なかなか難しい。夕食を作っているときは、新人佐々木がどこと
のために山に行くのでもよいのだ。山の楽しみ方の一つではない
なく不機嫌である。先ほどの設営がうまく行かず、また今日の長
だろうか。形式ばって美しい自然は素晴らしいなんて言っている
い長い行程で疲れがピークに達しているのだろう。そんな佐々木
と、余計に山が嫌いになるのである。僕らは自由な渡り鳥なのだ。
がストレスをぶつけたのは、最終夜で新人にもかかわらず持って
後は下るだけ。下り途中には、63 代夏合宿で目指す予定の四国
秋合宿
熊瀬川はかなり酒がまわったようで、ムービーをとって大爆笑。
上半期
れまでかなり歩いたのだなと実感できる。式典は小屋から近いの
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動物園も定休日のため、全員が即帰京。63 代最初の合宿は、な
り美味しい食べ物らしい。讃岐うどんや愛媛のみかんなどが四国
かなか運営が難しかったが印象深いものとなった。
のイメージである。特に新人の佐々木は、去年以上に充実した休
ほしい。下山で使う徳ちゃん新道は比較的急なため、見る見るう
ちに標高が下がっていく。途中の休憩で、このペースだと 10 時
12 分のバスに間に合うかもしれないということが発覚。それを
逃すと 1 時間以上待つことになるため、是が非でもそのバスに
乗ろうと隊が一致団結。下っていくと、徐々に紅葉の真っ只中
へ。流石、日本有数の紅葉の名所西沢渓谷なだけある。この様子
だと、下界に下ると人で溢れかえっているのではないかと少し憂
鬱に。臭い男 6 人が観光地のど真ん中にいるのは大変申し訳ない。
林道に出たころには、すでに 10 時を回っていた。隊員全員で必
死に走る。バス発車時間の 10 時 12 分ギリギリに西沢渓谷入り
口に辿り着いたときにはほっとする。汚い男 6 人がバスの出発
ぎりぎりに駆け込んできたため、運転手のおじさんは多少不快な
様子だったが、おじさんはシートが汚れないようにとビニールを
用意していて準備は万全なのだ。そしてバスで笛吹の湯へ。笛吹
の湯は小さな温泉施設で、登山の疲れを癒すのにちょうど良い大
きさである。臭い男共を優しく迎え入れてくれる。ちなみに加温
されていないピュアな温泉のためか、露天風呂は温水プールくら
いの温度である。1 時間ほどの滞在のあと、山梨市駅前のほうと
う屋に。私はなんだか面白そうな焼きほうとうを注文する。ここ
で新人の佐々木は何を血迷ったのか、うどんの全部乗せを頼んで
いた。ここはほうとう屋なのだが。さらには、2 年橋下は明らか
に酒のつまみであろうと思われる鳥もつ煮を注文。量が少ないと
思ったが、面白いので黙っておいた。案の定大食家の彼には少な
すぎる小鉢がやってきた。その後、山梨市駅で自由解散。月曜で
秋合宿
養日を目指すらしい。ぜひともそのパワーを本編の方にも回して
文責:小山恭平
上半期
についての話題で盛り上がる。部員にとって四国といえば、やは
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11 月 5 日 C2
○小川山到着リミットについて
小川山の到着リミットを 14 時としていたが、到着したのは
できた。このことは、各自、自信を持ってほしい。一方で、それ
14 時 4 分だった。しかし、所持していた水に余裕があり、翌日
ぞれに課題も見つかったはずである。いよいよ始まる積雪期を迎
に大弛小屋まで十分に行動できると考えたので、水を汲みにいか
えるためにも、その課題を乗り越えて、春合宿成功の糧にしてほ
ないという条件で先に進んだ。しかし、下に述べるようにリミッ
しい。
トの設定自体に問題があり、幕場到着が遅れてしまった。余裕の
あるリミットを設けなければ、安全に山行することはできない。
【行動判断】
リーダー層の認識の甘さは反省しなければならない。
11 月 4 日 C1
○ C1 でのルートミスについて
○ C2 幕場到着リミットについて
C1 の三ツ沢ノ頭から、北東に伸びる尾根を下ってしまった。
上に書いた通り、14 時 4 分に小川山に到着したのち、大日小
この尾根には稜線よりも明らかに明確な踏み跡が付いていたた
屋に向かった。しかし、小川山から大日小屋までで予想よりも大
め、ルートミスをしてしまった。しかし、大量の下りと、進む方
幅に時間が掛ってしまい、到着が遅れた。それによって、大日小
角により、より早くミスに気付くことができたはずであり、隊員
屋手前の幕営可能な平地で幕営した。しかし、その時点で暗くな
全員の油断が招いた問題であるといえる。登山道がなかったら大
りかけていたことを考えると、より早く幕営する判断を下すべき
きなタイムロスになっており、しっかりと反省すること。
であったと考える。
○平沢牧場の柵が閉まっていたことについて
※ GPS について
事前の情報によると、平沢牧場の柵は外側を歩くとのことで
この合宿では、団体装備として GPS を持っていった。今回のよ
あったが、柵が立ち塞がっていたために、内側を歩き、最後は柵
うな藪漕ぎや山スキーなど登山道のない場所での活動において
を止めてあった針金を一度外し、通過後元に戻すことにより柵の
は、GPS は重宝する。
外側に出た。改めて調べてみると、柵にはドアがあったようだが、
その標識がなくなっていたようである。結果として通過できたの
で良かったものの、事前にもっと情報を集めておけば、このよう
な心配もなかった。
秋合宿
厳しい行程ではあったが、その中を無事予定通りの行程で行動
上半期
甲信国境隊 総括
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秋合宿
11 月 4 日 C1
行動時間 8h30min
17:10 新宿駅集合
05:00 起床
21:54 野辺山駅着
05:38 野辺山駅発
22:30 就寝
06:27 登山口
07:15 平沢山
08:02 三ツ沢分岐
(ルートミス)
08:55 三ツ沢分岐
10:46 槍着
12:47 横尾山
14:02 信州峠着
15:30 食当点火
16:20 夕食
16:45 上ミ
17:15 全ミ
19:00 就寝
11 月 5 日 C2
11 月 6 日 C3
行動時間 11h30min
行動時間 11h
04:00 起床
04:40 起床
05:23 行動開始
05:50 行動開始
06:09 石ッコツ
08:55 金峰山
08:04 萱ダワ着
09:45 大弛峠
08:28 萱ダワ発
10:36 国師ヶ岳
11:17 松ネッコ
12:04 国師ノタル
14:04 小川山
15:47 甲武信ヶ岳
15:42 八丁平
16:17 甲武信小屋着
16:48 幕営地着
17:30 食当点火
17:30 食当点火
18:10 夕食
18:15 夕食
18:30 上ミ
18:40 全ミ
18:50 全ミ
20:30 就寝
22:00 就寝
11 月 7 日 最終日
行動時間 3h30min
05:00 起床
06:39 行動開始
07:06 木賊山
10:12 西沢渓谷入口着
上半期
【行動概略】
11 月 3 日 C0
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をつなげ、共通の目的地を持つことができる場所としてあがった
のが奥秩父である。そこで、県境でもある奥秩父の稜線を東西か
ら歩き、奥秩父のほぼ中央に位置する甲武信ヶ岳を共通の目的地
を感じながら東西からルートをつなぎ、両隊とも甲武信ヶ岳で誇
とした。我が部で 11 月上旬に秋合宿を行われる場所として他に
り高き拳を突き上げた。穏やかな天候のもと秋山縦走を満喫し、
も尾瀬や日光などがあったが、尾瀬は積雪により撤退、また日光
奥秩父の新たな魅力を発見することができた。しかしもちろん合
も一部に積雪があり今年一度も雪上訓練をしていない新人を連れ
宿中は楽しいことばかりではなく、険しい藪と闘ったり、また
て行くという判断は取らなかった。奥秩父は 11 月上旬でも紅葉
長時間の行動をしたりと辛い時もあったに違いない。そんな中、
が見られるなど秋らしさが感じられ、秋合宿にふさわしい場所で
隊員一人ひとりが自分の役割を果たしお互いに協力することで、
あったといえよう。
キャラバンの上半期、特に春合宿に向けた土台をしっかりと形成
することができたのは、大きな成果である。63 代の第一歩に相
○隊員構成○
応しい合宿であったといえるだろう。
秋合宿時点では、部員は 13 人であった。ここ数年は 3 隊での
キャラバンの旅は、いよいよ積雪期に入る。今合宿で見えた課
秋合宿が多くなっているが、13 人という人数で 3 隊を出そうと
題や反省点をしっかりと踏まえ、臨んでいこう!
すると、1 隊あたり 4、5 人となる。1 隊で 4 人では、団配など
の面から合宿を行うことが困難になる。よって、2 隊での合宿は
【計画省察】
妥当であったと考える。
○時期○
日程の関係で甲武国境隊に女子が集まることになったが、食糧
今年は年間方針の発表が例年より遅くなることで、必然的に秋
や装備の軽量化を図ったので問題は特になかった。秋合宿や錬成
合宿も遅くなり 11 月上旬に行うこととなった。早いと 10 月下
合宿では女子隊を組みやすいので、もし組む場合はそういった工
旬には山だと積雪に見舞われる可能性も高くなり、選択肢が少な
夫をすれば良いだろう。
くなってしまう。今後ある程度積雪が見込まれる地域を目指すの
ならば早めに計画を作成し、10 月中旬頃出発するのがよいだろ
○日程○
う。それには年間方針の早めの完成も必要になるので注意である。
今回は部員の日程の関係で、どちらの隊も C3 という日程となっ
た。しかし、甲信国境隊ではそれにより、10 時間を超える行動
○場所○
が 2 日間続くことになった。また、日程を合わせることにより
秋合宿では 63 代の年間方針にある「キャラバン」という言葉
甲武信ヶ岳山頂で会うなどの演出も可能になったであろう。早い
の体現方法として、「同じ目的地を目指す」ということを秋合宿
うちから余裕を持って日程を決めることで、よりよい合宿ができ
では目標とした。11 月上旬になっても積雪がなく、またルート
た可能性があることは否めない。今後は、年間方針の作成と時期
秋合宿
私たちは奥秩父の地で秋合宿を行い、紅葉に包まれ去りゆく秋
上半期
秋合宿全体総括
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いだろう。
秋合宿感想文
秋合宿感想文
新人 佐々木透
今回、秋合宿では甲信国境隊のみで藪を取り入れた。これにつ
今回の秋合宿では錬成合宿の際にも行った奥秩父の山々を藪と
いては、ワンゲルの活動の一つである藪漕ぎを、より多くの部員
いうフィールドで十分に楽しむことが出来たと思う。また、錬成
に経験して欲しかったこと、さらに、別の方向から甲武信ヶ岳を
と同じルートを歩いている際にはその道で苦しんでいた自分が懐
目指したかったことから藪を取り入れることにした。そして、読
かしく思えた。
図において長谷川と福永は基礎を、佐々木は更に発展した内容を
藪活動に対して、当初は内心「ただ辛いだけだろう」と考えて
学ばせたかったことから藪漕ぎを取り入れた隊と縦走のみの隊に
いた。道の明らかではない山を進むという事はその分読図も難し
2 隊編成とした。結果として、これまで藪を経験したことのない
くなるので、沢活動を通して慣れてきた読図であったが正確に行
部員にも藪の経験をさせられた。また、新人の読図に関してもそ
えるか不安だった。しかし実際に行動すると、想像していた以上
れぞれのレベルに合わせたものができたのは良かった。
に進むことが出来ず驚いたが、藪活動は面白いものだと思えた。
また、起伏が明らかな尾根上を外さずに進むという事が読図を簡
単にするという事を実感した。そして、山を楽しむ方法は登山道
や沢だけには留まらないと確信した。
藪の中にいると、周囲の景色は全く見えない。自然の中に潜り
込んだ小さな自分たちを感じた。
「大学では新しい事に挑戦した
い」という思いが今回の合宿でまた一つ達成されたと思う。
‘ 山に行くという事はリスクを伴う ’ とよく言われるが、これ
までの活動を通してもそれは実感していた。山の天候には全く敵
わないし、怪我をする危険性も山のあらゆる場所に潜んでいる。
今回の合宿では怪我をする事は無かったが、突然のまとまった雨
に打たれ、且つ空気も一気に冷えた為、自分は簡単に体力を奪わ
れてしまった。着実に鍛え上げてきた体力だったが、最後の1本
でその雨に打たれた後は行動力がそれまでの半分程度に落ちてし
まった。その後、幕場に到着し設営を行うが、3分の時間制限を
なかなか越える事も出来なくなり、テント内では食欲も失せ、夕
秋合宿
※藪を取り入れたことについて
上半期
が重なることを念頭に入れ、早いうちからの準備を心がけると良
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55
と痛感させられた。
今回は印象深い山々がたくさんあった。特に夜明けに見た富士山
冬合宿では寒さの厳しさがはるかに増すと言われた。夏に引き
は圧倒的な存在感を見せてくれた。山の良さが少しわかったかな。
続き秋でも寒さに対応出来なかった為冬に対して多くの不安を残
山に登るのは達成感を得るためだが、それが一番実感できるの
してしまう事となったが、自分の苦手を自覚して積極的に対応を
は、下山後温泉に入る時ではないだろうか。ホントこのまま天国
行い、冬では隊の行動に迷惑をかけないようにしたい。
に行ってもいいぐらい気持ち良すぎて涙する。文明は最高なのだ。
そして温泉で静かに安堵しテンションが上がり、誰も見ていない
秋の山々は紅葉が美しく、見ることが出来て本当に良かった。
のを見計らい泳ぎまくっていた某先輩の満面の笑みが忘れられな
錬成で一度行ったとはいえ、秋の奥秩父はまた違った良さを
い。
持っていた。
そして、錬成に引き続き自分に山の厳しさを与えた。
紅葉は紅蓮の輝きを放ち、落葉は新緑の糧となる
新人 福永孟昭
奥秩父はこれからの自分にとってとても意味深い山域になると
今回の秋合宿では、先ず何よりも右膝に異常が生じなかったこ
思う。
とを喜びたい。高校時代の試合中の怪我によるもので、錬成フォ
ローの時以来、自分にとってもだが、何より現役の先輩方や監督
こだまでしょうか、いいえ山です
新人 長谷川祐
コーチ会をはじめとする OB の方々にも多大なご心配をおかけし
今回は錬成ぶりの合宿ということで、かなり気合が入っていた。
ていた。今回の合宿では、無事に全行程を終えられたことが自分
今回の目標は「潰れず最後まで元気でいること」とした。正直山
にとっての自信にもなった。行動終了後から食当までにアイシン
はきつかった。山ではやることが多い。特に朝は地獄のようにタ
グやストレッチの時間を作って貰えたことも大きな要因であった
イトでシビアな世界だ。しかし一度歩き出してしまえば、あとは
と言える。先輩方には本当に感謝したい。
行動に集中するだけだった。
また、夏合宿で一度もやり直しを起こさなかったテント設営も
読図を先輩方に根気強く教えてもらったおかげで、現在地把握
一度もやり直さず終えることが出来た。夏合宿では積極的に声を
まではなんとかできるようになったかもしれない。素直に嬉し
出すようにした(明確な指示出しを途中から決めていなかったか
かった。行動面では荷物が錬成の時に比べて 5 分の 1 というパ
もしれない)から上手くいったと思っていたが、逆に指示出しの
ラダイスのお陰で、楽しく縦走することができた。歌もガンガン
人の声と混ざってこんがらがってしまうと言われてしまった。自
歌った。TOKIO は勿論、ジョン・デンバーのカントリーロード
分にとって 2 分 30 秒(C1 と C2)、2 分 40 秒(C3)は速いタ
も持ち歌になった。
イムではないので、夏合宿の最高記録 2 分 9 秒を切れるように、
(中略)
また、如何なる状況でも的確な設営が出来るようにしたい。また、
秋合宿
今回の合宿は、自分の山に対する思いを変えてくれた気がする。
上半期
食を食べきることが出来なかった。やはり、まだ経験不足である
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2 年 青木彩
しみである。
秋合宿は錬成とほとんど同じルートであったが秋の方が何倍も
辛いときは辛そうな顔をする…夏合宿でも注意されたことであ
良いと感じた。奥秩父は秋に行った方が良いことが分かった。虫
る。メンタルが弱いのだと言われた。確かにそうかもしれない。
はいないし、天気は良いし、紅葉が綺麗である。また長谷川が山
ロシアでは本当に死にそうになる時もあったが、今回の精神的な
の良さを見つけて楽しんでいる姿を見せてくれたのも嬉しかっ
ダメージになりうる単なるものは「疲れ」や、錬成フォローでな
た。秋合宿は非常に楽しんだ合宿だった。ただ合宿にしては体力
らなかったから大丈夫だと高をくくっていた靴擦れによる「痛み」
的に余裕があり、張り合いがない感じに終わってしまった。これ
であった。振り返ってみると「あの程度で…」と思ってしまう。
が秋合宿なのか。
メンタルの強化は「疲れ」や「痛み」といったものを緩和してく
ここで改めて感じることは、新人指導の課題である。2 年だか
れる「気がする」のである。「気のせい」かもしれない。しかし、
ら他人から吸収するだけでなく伝えてかなきゃならない。言葉足
それが重要なのであろう。どんどん歌を歌ってがむしゃらにでも
らずなのか頭で分かっていることを説明し理解させることが難し
気持ちを高めて楽しんでいこうとする同期を見習いたいものだ。
い。また新人に厳しく出来ない。同じミスをさせない為にも必要
(それにしても同期が一緒の合宿って良いなぁ~と思う。)
なことであると分かっているが叱れない。きっとそれは自分に自
「大きな声を出す」自信が無くても大きな声を出さねばならな
信がないことの現れなのだと思う。先輩、同期を見ていても見習
い。山だけではなく、これからボートで後ろを漕ぐ自分にとって
わなきゃと思う。きちんと知識を整理して、他人に自信を持って
それは最早必須条件になってくる。恐らく、今回の合宿の反省の
伝えられること、これが今後の課題である。
中で最も素早く改善できる要素であろうと思われるので、しっか
秋合宿の感想
りやりたいと思う。
最後に、山が好きかと聞かれれば、私は好きだと答える。でも、
2 年 内山義崇
重い荷物を持って歩くのは嫌いだ。(勝手な想像かも知れないが、
秋合宿が終わった。10 月は主に上半身を鍛えていたため、下
ワンゲル部員の誰もがそう思っていると思う。)個人的には正直、
半身のトレーニングが不足していた。案の定、行動時間が長くな
山より川の方が好きである。川には川ならでは、即ち川でしか味
ると足がガクガクになってしまった。冬合宿に向けて、下半身も
わえない楽しみが存在する。今回の秋合宿では山ならではの楽し
鍛えたい。それに加え、体幹も鍛えてみようと思う。この合宿で
みをまた一つ味わえた気がする。
体重が 3kgも減ってしまった。冬に備えて増量しなければ。下
山後の温泉は最高。
秋合宿
(中略)
上半期
秋合宿
今合宿から始まったパパリコ無敗記録もどこまで伸ばせるのか楽
58
59
2 年 竹内和彦
久しぶりの普通の縦走登山ということで大した苦も無く行ける
今回の秋合宿はなかなかしんどかった。若干錬成みたいだなと
だろうと出発までは思っていたが、何故か予想以上に疲れが出て
思った。やはり行程とリミットに余裕がなかったのではないだろ
しまう結果となってしまった。少し水物を多く持ち過ぎてしまっ
うか。
たのかもしれない。
たとえば 2 日目で言うと、C1 幕場から小川山山頂までが記録
藪漕ぎでは基本的に尾根の上を歩くことが多いとはいえ曲がり
の平均では 10 時間ほど、そこから C2 幕場までが 1 時間 30 分
くねっている印象を受けたルートだったのでそちらでは少し不安
から 2 時間ほどであり、合計では 12 時間ほどにまで及ぶ。11
もあったが、大きく外れることもなくすんなり通過できたことは
月上旬の日の出・日の入りの時刻を考えると、たとえ 5 時から
良かった。ところどころ下草がなく歩きやすいところもあったが
エレキ行動をしたとしても幕場着は 17 時になってしまう。行動
やはり濃いところでは突入するのをためらってしまうくらいな場
力のあるメンバーを揃えたといっても、藪という要素がある以上、
所もあった。前の日に比べて赤いテープが多いように感じたこと
もう少し行程・リミットに余裕を持たせるべきではなかっただろ
もあったが、藪のほうが緊張して地形図を読んでいることもあり、
うか。
初日のルート逸脱については完全にトップに任せきっていた事と
しかしそのような中でも皆元気で歩き通したことは素晴らし
油断が原因であったので、冬前に良い教訓になった。正直な自分
かったし、僕の大好きな雰囲気だった。また最終日の紅葉はやは
の感想としては藪は一日漕ぐより、沢登りのあとの登山道に出る
り観光地といった感じで最高だった。素晴らしい場所を選んでく
までの間でいいかなと思った。さらにその後に大日小屋に向かう
ださった委員の皆さんに感謝したい。
途中では道は外れていなかったものの分かれ道がよく分からなく
これから積雪期、厳しい環境下での行動となるが、新人をサポー
なってしまい薄暗い中を歩いているときは久しぶりに少し怖い思
トできるよう、しっかり勉強していきたい。
いをしました。半分位はビバークの可能性もあるかと、ツェルト
秋合宿の感想文
昨日まで団配であったけど今日は無いやと、岩の下なら最悪雨は
防げるかなと、でも食当道具幾つか自分持ってるなぁまでは考え
2 年 橋下秀司
ていました。
体力不足が課題となった合宿であった。久しぶりの山で筋力が
最後に同期に自分の疲れているときの半ば無意識な癖を見ぬか
落ちているのか、登りではペースを落としてしまった。体に不安
れてしまいました。
があり、けいれんを起こさないために、休憩時間中は水分と栄養
補給に専念し、無言だった。のどがすぐ乾き、歌もあまり歌えな
かった。
また自分自身で精いっぱいになっていたように感じる。自分も
秋合宿
2年 尾形祥吾
上半期
63 代秋合宿感想文
63 代秋合宿感想文
60
61
だしていきたい。そのためにも、まず楽しい合宿、良い雰囲気と
た。トップとして歩いていた私はその威圧感から上りのペースを
は何なのかはっきりと考えていかないといけない。まだ自分には
早めた。恐怖であった。後ろのグループからは談笑が聞こえ、上
よくわからないが。
りにハアハア入っているワンゲル部員が場違いなのではないかと
考えてしまった。それは違うぞという気概から「歌いまーす!」
といったのは間違った選択ではなかった。歌っている時に反応こ
63 代秋合宿感想文
2 年 吉村祐紀
そ見えなかったが、ヘアピンカーブで目があったとき「また歌っ
もう一度秋合宿をしたい。今、下界にいながらそう感じている。
てよ!」と言われたことは嬉しかった。
合宿中、特に後輩がいるという状況で体も心も高揚感に溢れてい
天候に恵まれていた。ちょっと暑い程度で行動のしやすさは抜
たと思う。一味違った感覚で山行を楽しむことができたし、秋合
群だった。これぞ秋の山行といったものが堪能できた。トレーニ
宿の楽しみ方を体得できた。楽しい思い出しか残ってないから尚
ングの一環かつ隊員へのご褒美(つまり差し入れ)を出せば、そ
更もう一度行きたいと思える。
れはもう至福のときだ。ポリタンに入っている水とは違う。ごく
初日と最終日にトップをした。コースタイムとほぼ同じという
ごくと音を立てながら喉を流れていく甘いジュース。噛み付くよ
ことで、良いペースで歩けていたことだろう。新人を意識して段
うな痛みをもたらす炭酸は一本をとっているときにはこの上な
差を避けるようにしたが、どうだったろうか。最終日はキツい傾
い。うまいのだ。炭酸飲料は多数ある。しかし山で飲むなかでは
斜の下りがあった。上から落ちてこられたら怖いなと考えたが、
コーラがダントツで最高だ。この旨さは山で汗かいて行動してい
皆大丈夫だった。心の中ではスリルを楽しみながら下っていたの
る時にしか得られない。最低 2 本、出来れば 3 本のペットボト
で印象深い道である。基本的に問題なく行動していたので指導に
ルを忍ばせていくべきだと考える。最終夜でしか飲まない(飲め
関しては最小限になってしまった。くどくてももっと指導をする
ない)ビールよりは山行中に飲める飲料の方が遙かに嬉しい。そ
姿勢が必要があっただろう。次回から意識していきたい。
れでも最終夜のビールは美味い。エビスであったらなおよい。差
今回は皆が積極的に歌っていると感じた。同期は新人とデュ
し入れに入っていたことは嬉しかった。
エットして楽しそうに歌っていた。これまでの布教活動の成果の
新人の成長が見られたことが嬉しかったし楽しかった。今年の
賜物だろう。曲がヘビーローテーションなので私もちょっと覚え
新人は成長の伸びしろが大きかった分、秋合宿では大きな成長を
てしまった。歌は楽しい雰囲気が醸し出せる良策だ。歌の調子に
実感できた。しかし読図問題に素早く返答できない。行動中に本
乗るのは楽しいし、逆に自分の歌の調子に乗ってもらうのも楽し
当に地図を見ているかは疑問だが、現在地把握は出来ていた。読
いことだ。行程がきつくないので歌いやすかったし、山の中は人
図には地図を頻繁に見るようにすることが一番の方法だろう。こ
が少ない分、声を大きくできる。みんなノリノリで歌っていた。
れからの成長に期待する、努力してもらいたい。これからは積雪
新人の積極性は良かった。これからもたくさん歌い続けて欲しい。
期だ。冬山の読図は道が埋まっている。地図・コンパスを頻繁に
秋合宿
七つ石小屋へと登る道中、一時総勢 15 人ほどの大団体となっ
上半期
状況の一部であることを意識して、楽しい合宿、雰囲気をつくり
62
63
下山後にバスに乗るためにダッシュした。横を走る同期、後ろ
思っている。やはり、旅にはアクシデントがつき物で、ほどほど
から追いかける新人。新人を励まし走らせ、追いついたらさらに
のアクシデントは旅の大事な要素だと思う。その、ほどほどのア
先へ走っていく私たち。なかなか体力が残っているものだなと自
クシデントが平沢牧場の柵事件ではないだろうか。隊としても、
分たちに感心した。走っている途中すれ違う人に「こんにちは」
何も悪いことをしておらず、ただ、柵に表記がなかったことが大
と声をかけ、「すごい荷物だね」と言われながら疾走。なかなか
きな問題である。ルートがきちんと整備されていないのが最大の
走りがいのあるラストだった。身体の調子に余裕があってすっき
問題であるわけで、それを乗り越えたときのワクワク感やドキド
りした気分だったので、どこまでも走り続けられるようだった。
キ感は、それはもう一体感を生むのにもってこいだったと思って
何度か歩いたが、何だかんだで全員がバスにも間に合った。その
いる。
後は温泉に入り、打ち上げを行った。のど自慢で高校生がチャン
一方、それと対照的な存在は 2,3 日目の長い行動時間である。
ピョンになったのを見守った。食後は満腹を通りこして吐き気を
あれは、結果として合宿の楽しい要素を削ぎ落とすことになって
感じる程だったが、美味しい特大あなご丼を食した。駅で解散、
しまった。山において常に大事になってくるものの一つに「余裕」
新人の買った漫画を先に読ませてもらいながら電車で過ごした。
というものがある。余裕は安全に合宿を行うためには勿論のこと、
合宿の楽しみを見出すためにもとても大事なことである。今回の
合宿の主旨の一つに秋山を楽しむというものがあった以上、そし
気が付けば藪
3年 小山恭平
て、そもそも山に行く以上、楽しむことを忘れてはならない。と
合宿リーダーの感想文というのは難しいものである。記録で基
いうか、忘れたくない。感想文だから書くが、そこまでして甲武
本的な行程の内容は書いてしまっているから、いつものような行
信を目指すことに疑問を覚えなくもない。
程をつらつら書いただけの感想文を書くことができない。私はど
私の感想文に「反省」が出てくるのは珍しいことである。何も
うも素直な感情をいえないとってもピュアで素敵な性格なので、
考えずに書いてみたらこうなった。きっと、これは楽しみたいと
感想文はいつも感想文らしくない感想文を書いていた気がする。
いう欲望が体の中から溢れ出したものだと思う。気付けば最後の
とりあえず、記録には書かないようなことを書いてみよう。
秋合宿はあっという間に終わってしまったが、3 回の秋合宿の中
まず、何で藪に行くのかということ。これはくるりのハイウェ
でも印象的なものとなったのは間違いない。ただ、来年の秋も秋
イの歌詞を引用して「僕らは旅に出る理由なんて何一つない」と
合宿に行きたくなったのは、今回の秋合宿に、少なからず後悔が
しておこう。そして、僕には藪を漕ぐ理由もないのだ。強いて言
あったからなのかもしれない。
うなら、漕ぎたいから漕ぐということ。それに付き合ってくれた
隊員たちには感謝感謝である。
そして、ルートミスやら、平沢牧場の柵についてやらだが、正
秋合宿
直あれは、合宿を程よく面白くするナイスなスパイスだったと
上半期
見ることを無意識にできるようになって欲しい。
64
65
に留めておこう。63 代は始まったばかりで、これから一年間か
最後の秋合宿が終わった。天候にも恵まれ、行程も無事に全員
けてもっと良い合宿を作っていく。最後には「最高の合宿ができ
で踏破することができて、良い秋合宿だったと思う。
た!」と言えるように!!
秋合宿
3 年 渡部ゆかり
思い返せば、新人の時初めて参加した秋合宿では藪の強烈さに
圧倒され、思うように先へ進めないことに絶望した。2 年生の時
初のリーダー合宿、最後の秋合宿
は天気が悪くて、行動後にも衣服が乾かずかつて経験したことが
3 年 佐藤由梨
ないくらい寒かった。そんなこんなで、私は秋合宿とあまり相性
最後の秋合宿が終わってしまった。行く前は初の合宿でのリー
が良くないんだと思っていたが、いざ自分がリーダー層として合
ダーで緊張していたが、皆の協力で雰囲気のいい合宿を運営する
宿を運営していくことになればそんなことも言っていられず、今
ことができたと思う。協力してくれた同期、また後輩たちに改め
回は最後にして最高の秋合宿にしようと思って臨んだ。何をもっ
て感謝をしたい。
て最高とするかというと、私の場合、①下級生が楽しめること②
リーダーとして大切なのは、全体の安全管理をしっかりと行う
下級生が成長すること③自分自身が楽しみ、成長できること、こ
こと。しかしそれだけではなく、雰囲気づくりも大切だ。雰囲気
の 3 つが満たされることだ。
が下がっていれば、下級生もそれを感じてしまい悪循環となって
まず①だが、最終夜で新人長谷川が、「錬成はきつかったが今
しまう。楽しいときは楽しく、締めるときはしっかりと締める。
回は楽しかったです」と言ってくれたのが本当に嬉しかった。天
メリハリのある雰囲気作りが合宿においては必要なのだ。果たし
気が良かったのも大きいと思うが、行動中も新人・2 年生が積極
て今回そういった合宿であっただろうか。雰囲気は良かったが、
的に歌って盛り上げてくれたりして全体的に楽しもうとする雰囲
個人的には少し厳しさが足りていなかったのかなとも思ってし
気ができていたのがとても良かった。②の『下級生の成長』とい
まった。2 年生が新人に対してもそうであるし、3 年生もしかり。
う点を見ると、2 年生はよく新人の面倒を見るようになってくれ
厳しく叱るような場面が少ないならば、細かいところで厳しく
たと思う。2 年生になってから半年が経つが、食当や読図などで
するのが良かったのかもしれない。これからは積雪期だ。更に
指導する場面以外でも普段から新人と話をすることが多くなっ
63 代として気を引き締めていく必要があろう。
た。自分だけでなく周りの部員も巻き込んで楽しむということが、
色々と反省はあったが、今回は純粋に合宿を楽しむことができ
2 年生たちにもわかってきたのだと感じた。③については、紅葉
た。天気にも恵まれ、気持ちのいい秋山縦走を満喫できた。また
に彩られた奥秩父の味わいを感じられたのと、どんな時も自然と
紅葉も残っており、綺麗であった。何よりも嬉しかったのは後輩
「隊の雰囲気をより良くしていくために何ができるか」というこ
たちが楽しそうに歌を歌っていたり、実際に山が楽しいと言って
とに頭を使えるようになったのが大きな収穫だったと思う。
くれたことだ。自分なりに山の良さを伝えることができたのかな。
全体を通してほぼ満足のいく合宿を行えたが、これはまだ『最
キャラバンの旅はまだ始まったばかりだ。これから、大切な仲
間とともに色々な思い出を作っていきたい。
上半期
高の合宿』ではない。
「良い秋合宿だった」というくらいの表現
最後の秋合宿
66
67
3 年 熊瀬川直也
秋合宿が終わって 1 週間経ってこの感想文を書いているが、
立、つまり 3 年生としては合宿の運営能力の向上ということで
今回の秋合宿に取り組んだが、全て小山に任せっきりであった。
が、昔のように今できないことを心から悔しがって猛省すること
はなく、やはり、楽しかったな、というのが今回の秋合宿の第一
印象だ。
初めてで天気もよかったから秋山が新鮮に美しく感じられて、
最上級生だったから楽に自由に出来たからなのか。自分が下級生
の立場だったらどう思うのだろうか、とことあるたびに試してみ
るが、あんまりうまくいかない。
知識・技術もなく、また必死にそれを身につけようともせず、
合宿が終わって「楽しかった」だなんて、私は無責任で頼りなく、
情けないバカな人間だと告発でもされるだろうか。
まじめすぎるのである。今のワンゲルは、まじめすぎる。
議論の場で大義を唱えられれば反論しづらい。でもその大義は
議論の場におけるただの口実であって、心から唱えている者がい
るのが気持ち悪い。
ワンゲルは遊びじゃないのか。だったらなんなのだ。
「楽しい」と「楽」は同じ「感じ」ではないか。
ちょっと過激な冗談を書いてみた。感想文をストレス解消に使
う、なんと自由で独創的な考え方だろう。
次はエッチなことでも書いてみようか。
秋合宿
もう 1 か月前くらいのことに思える。1 年間の組織行動の土台確
上半期
不真面目の紅葉
68
69
11 月に新たな仲間を迎え、キャラバンの旅はいよいよ積雪期
を迎える。63 代では、春合宿で東北八幡平において一隊での山
スキー合宿を行うことを目標に掲げた。それに向けての第一歩と
【冬合宿日程表】2011 年 12 月 19 日~ 12 月 31 日
午前
20
なるのが、冬合宿だ。八幡平での滑降、縦走を楽しむためには高
いスキー技術・シール歩行技術・遭難対策技術・幕営技術が必要
とされる。そのため、まずはゲレンデでの練習を積んでいく。そ
して、プレツアーでは主に遭難対策技術・幕営技術を確認し、ツ
アーでは山スキーを実践する。全員で妙高山外輪を目指し、一丸
となって冬合宿に臨もう!
【隊員構成】
L 小山恭平(記録・カメラ)
21
22
23
24
25
SL 渡部ゆかり(渉外・会計・カメラ)
3年 熊瀬川直也(気象係・装備係)
佐藤由梨(医療係・食糧係)
2年 青木彩(装備係) 内山義崇(気象係 C)
尾形祥吾(医療係 C) 竹内和彦(装備係 C)
橋下秀司(食糧係 C) 吉村祐紀(生活係 C)
新人 佐々木透(食糧係・医療係) 長谷川祐(食糧係・医療係)
福永孟昭(食糧係・装備係) 笠井美穗(生活係)
※ 4 年若林恵一朗に、23 日から山小屋に入ってもらい、山小屋
キーパーをお願いする。
昼
夕方
19
26
夜
出発
天気図
夕食
掃除
本隊赤倉着
シール歩行
スキー練習
就寝
( 軽装 )
シール歩行
スキー練習
スキー練習
天気図・夕食・就寝
( 軽装 )
スキー練習
山小屋へ移動 天気図・夕食・就寝
シール歩行
( 全装 )
休養
天気図・夕食・就寝
スキー練習
シール歩行 ( 全装 )・プレツアー
ビーコン捜索・搬出法・埋没体験
天気図
夕食
休養
スキー練習
掃除
就寝
X’mas Party
(25 日 )
シール歩行
( 全装 )
スキー練習
天気図・夕食・就寝
スキー練習
27
休養
28
29
30
31
ツアー ( 妙高外輪 )
雪崩総合シミュレーション、イグルー製作
昇格式準備
解散式
昇格式
冬合宿
【主旨】
上半期
冬合宿
70
71
12 月 28 日 C1
Aパーティー
L 小山恭平(記録・カメラ)
Bパーティー
L 渡部ゆかり(記録・カメラ)
SL 佐藤由梨(医療)
SL 熊瀬川直也(食糧)
2 年 青木彩(装備)
2 年 尾形祥吾(医療)
内山義崇(気象)
竹内和彦(装備)
橋下秀司(食糧)
吉村祐紀(気象)
ツアー当日も起床後はいつもと同じように朝食。大きなザック
新人 長谷川祐
新人 佐々木透
が山小屋の土間に並べられているので、やはりツアー当日なのだ
福永孟昭
笠井美穂
と気合が入る。ザックが大きいせいか、いつもより若干時間がか
さて、いよいよツアー当日。我々は冬合宿で 1 週間のスキー
練習を終えてきた。青木の友達や、内山の友達がサンタクロース
としてやってきたクリスマスパーティーがありと様々な合宿を越
えてきたのである。
かりつつ山小屋前に集合。新人の 4 人は、どちらかというと不
安なようだ。今年の新人 4 人は、とてつもなくうまい人も、と
【ツアー日程】
日付
12 月 28 日
行動概略
山小屋―オバケ平―1685 m付近(B.C.)
【遭対練習 雪崩総合シミュレーション】
12 月 29 日 B.C.―妙高山外輪―B.C.
12 月 30 日 B.C.―山小屋
予定時間
てつもなく下手な人もおらず、リーダーとしては大変やりやすい。
5h
出発するときから、妙高外輪からの滑降が楽しみである。体操を
8h
3h
終え出発すると、山小屋キーパーをお願いしている 4 年の若林
恵一朗さんが途中まで見送ってくださる。恵一朗さんはクリスマ
ス前から山小屋に来られて、練習にも参加して頂いている。最上
級生が(急遽)3 人のため、大変ありがたい。新人は昇格式で歌
う安曇節の練習をしながら進む。吉村の安曇節は新人にとって良
いお手本となる。もちろん、読図も。林道の段階では無積雪期と
変わりはないのだから、確実に当ててもらいたい。今年は、去年
に比べて降雪が多く、ほとんどの日で雪が降っていた。そのため、
林道を越えるとラッセルに苦労するようになる。新人も混ぜつつ、
ラッセルを交代しながら進む。今回は、テントごとで無線を使っ
て交信しながら進む。とはいえ、登りでは大きな差が空くことも
ないので、問題を感じるようなこともない。ラッセルはきついも
のの、今日が晴天で気合が入るからか、ペースは例年通りだ。ルー
冬合宿
「積雪期の活動が本格的に始動」
【基本隊編成】
上半期
冬合宿ツアー記録
冬合宿ツアー計画
72
73
場が見当たらない。適当なところで C1 とする。到着後は設営。
たまたまだということで対処。しかし、今回も慢性的にはがれて
赤倉に遠征していた時に、テントが除雪車の除雪した雪の下敷き
くる。取扱いについて、今後検討の余地ありだ。全員でラッセル
となってしまい、破損して使えなくなってしまった。幸い、テス
をするからか、なかなか良いペースだ。部員の体力に大きな差が
トのために遅れて山小屋入りする部員に頼むことができたが、そ
ない場合には全員で交代するのが良く、差が大きい場合はそこで
れがなければ合宿に大きな支障がでていた。冬合宿はほかの合宿
ラッセルをするのが良いのだろう。
とは異なり、下界要素が大きいのでいろいろと気を使う必要があ
妙高山外輪にはなんと 10 時前に到着! 3 年間で最も早い到着
る。
ではないだろうか。天候に恵まれたこと、C1 が例年よりも標高
遭難対策シミュレーションは時間の都合で 1 回しかできなかっ
が高い位置であったことが挙げられるが、やはり部員全員の頑張
た。毎年のことながら、準備にも時間がかかってしまい、時間が
りがここに全員で到達できた理由なのだ。天候は朝よりも曇って
おしてしまう。ただ、両パーティーとも目標タイムの 20 分を切
はきたが、妙高山の様子はしっかりと拝める。この外輪から見る
ることができ、61 代から始まったこの取り組みも、部にしっか
妙高山山頂は、部員ならだれもが No.1 といってもらえるだろう。
りとしみついてきているように感じる。食当は、休養日に部員全
員で作ったペミカンを使って作る。昨年度から、ペミカンの効果
を上げるためにレンコン、ゴボウを使ってペミカンを作っている
が、食感が通常に比べて生まれ、ご飯が進むように思う。今晩降
り積もらなければ、明日は今日のペースでは進めるはずだ。21
時就寝。
12 月 29 日 C2
「WWV3 年連続の妙高外輪」
5 時起床。今日は妙高山外輪へ。妙高山外輪までは、毎年のこ
とながら藪と急登が行く手を阻む。ラッセルはなるべく短いスパ
ンで交代する。去年はラッセル隊とその他の隊を分けたが、今年
はα隊とβ隊が 1 時間ごとにトップを交代して進んでいる。だが、
次第に傾斜がさらに増していき、全隊でラッセルを回しながら進
むことに。ここで気になったのは、今年から部員も導入した「吸
盤で貼りつく」タイプのシールがすぐにはがれてしまうことであ
妙高外輪に集合!!
冬合宿
る。立山のワンダリングでもはがれたことがあったが、その時は
上半期
トは例年と同じところを来ているはずだが、毎年利用している幕
74
75
に 1 本では、向こうの状況もわからない。とりあえず、幕場で
かき氷を食べながら待つことにする。β隊も昼前に到着した。食
それを共有したいという積雪期のテーマにのっとり、フリーとす
る。雪洞を掘って楽しむものや、テントでパパリコにいそしむも
のなどがいたが、雪洞組の 2 年生はもう少し新人といっしょに
楽しむ姿勢を見せてほしかった。食当は気象通報にあわせて 16
時から。
夕食、ミーティングのあとは、最終夜。α隊のテントは比較的
飲食物が充実していた。尾形が仙台で買ってきた牛タンはβ隊の
テントにばれないようにα隊で美味しくいただいた。一方で、β
これから新人にとって初めての山での滑降が始まる
隊のテントでは酒が足りないと渡部が不満を漏らしていた。α隊
には十分すぎる酒があったのか、尾形は翌日気持ち悪そうだった。
式典や、個人写真を撮影するといよいよ滑降。妙高外輪からの
新人の感想は、明日の昇格式で聞くことにする。
滑り出しは、新人にとっては傾斜もあり、先が見えにくいのでか
なりの恐怖感があるだろう。2 年前の自分を思い出す。だが、今
年の新人は割と慎重派が多いのか、ゆっくりとこけないように
12 月 30 日 下山日
「こける、そして昇格する」
滑っている。もっとも、新人はどれだけ慎重に滑ってもこけるも
下山日。昨日の滑降ではα隊とβ隊の間が空いてしまったので、
ので、こけると 2 年生は駆け寄って励ます。稜線付近は木も少
あまり間を空けないように注意し、無線での更新も 1 時間に一
ないので、こけても比較的立ちやすい。長谷川はボーゲンの姿勢
回から 20 分に 1 回にした。下りは新人のこけ具合によってペー
を崩さず、一度もこけないと意気込んでいる。福永はこける回数
スが大きく変わるので気を付けなければならない。
は少ないものの、こけるとリカバリーに苦労している。今後の積
開始早々、長谷川がこける。2 年生はむしろ嬉しそう。私もう
雪期で苦労しないためには、素早く楽にリカバリーをする技術が
れしいのである。新人は新雪全装でこけて強くなるのかなと思う。
必要だろう。
ぜひとも長谷川にはこれからもこけてほしい。福永はバランス感
幕場には昼前に到着。我々α隊は早く到着したが、後ろのβ隊
覚の問題か、よくこける。そして、リカバリーには昨日以上に苦
は少し苦労しているようである。九州大分出身の新人笠井はス
労している。リカバリーで疲労し、さらにこけやすくなっている
キー場ではスキーを難なく滑れるレベルにはなったが、山ではほ
悪循環に完全にはまっている様子である。β隊の佐々木や笠井も、
冬合宿
当まで時間ができたが、「幕営生活」も積雪期の楽しみであり、
上半期
かの新人に比べて苦労しているようだ。無線での連絡が 1 時間
76
77
オバケ平からは再びシールを付け、シール歩行。吸盤組のシー
冬合宿総括
冬合宿では様々な事情があり、計画と大きく異なることになっ
てしまう。気持ちはとてもよくわかるが、焦ってもいいことはな
た。しかし、そのような状況下でも妙高山外輪へ全員で到達す
い。どの学年でも当てはまることだろう。林道からは快適に滑れ
ることができたのは一人一人の努力と協力によるものであった。
る予定であったが、新雪が多く傾斜が緩いため勢いがつかない。
キャラバン全員での登頂を喜び、皆に感謝したい。
なかばシール歩行のような状態で進み、山小屋へ到着。すでに、
計画で掲げた 3 つの目標を振り返ってみよう。
61 代 62 代の方々は山小屋に。夜には、たくさんの OBOG の方々
と共に昇格式。笠井は入部してから間が無く、まだまだ経験が不
①シール歩行・スキー技術
足しているため昇格は先になったが、他の 3 人は昇格。各々の
新人が目標であったシュテムターンまで出来るようになった。
思いを聞くことができた。これから先も、ワンゲルの活動を存分
また、シール歩行に関してもツアーで余裕を持って外輪に到達し
に頑張ってほしい。積雪期の滑り出しを新人(1 年)の笑顔で締
たことから見ても、一定の実力は付いていると考えられる。
めくくることができた。
文責:小山恭平
②遭難対策技術・幕営技術
シミュレーションで課題が見つかったため、それについての研
究を行っていく必要がある。遭難対策技術の項目を見てこれから
の活動に生かしていく。
③ツアーでの山スキー実践
これについては、冬合宿終了の時点では大きな問題はなかった。
ただ、それぞれに更に高みを目指すことは十分可能である。体力
の増強も含めて更に快適な山スキーを目指してほしい。
達成できた目標もあるが、まだ課題は残っている。今後は冬合宿
で不十分だったところをしっかりと反省し、プレ春・春合宿の成
功に繋げていこう!
天気図を描く新人と、模範解答をつくる 2 年生。
冬合宿
ルはよく外れる。新人福永のシールも外れてしまい、本人は焦っ
上半期
α隊よりも後ろにいるところを見ると苦労しているようである。
78
79
12 月 20 日(火)
①本隊
06:00 起床
08:12 長野駅発
09:30 赤倉観光スキー場
15:30 スキー練習終了
16:00 幕営・食当・夕食
21:00 就寝
12 月 21 日(水)
12 月 22 日(木)
04:30 起床
05:00 起床・朝食
08:30 スキー練習
06:40 出発
09:30 尾形、長谷川合流 08:30 シール歩行終了
11:50 練習終了
15:30 渡部合流
13:30 杉野沢上着
16:15 スキー練習終了
15:40 山小屋着
19:15 上ミ
19:30 上ミ
20:00 全ミ
20:30 全ミ
22:00 就寝
22:00 就寝
12 月 24 日(土)
12 月 25 日(日)
プレツアー
05:00 起床・朝食
05:00 起床・朝食
07:10 出発
06:30 撤収
09:30 幕場着・設営
06:40 出発
10:30 ビーコン捜索
08:00 山小屋着
14:00 搬出法・埋没体験・ 12:00 昼食
弱層テスト
13:00 スキー練習
16:00 天気図
16:00 スキー練習終了
隊毎に食当
17:00 食当・夕食
21:30 就寝
X’mas Party
21:00 就寝
12 月 27 日(火)
②荷揚げ隊
(小山、内山、吉村)
妙高高原駅
↓バス
杉野沢上着
09:30 荷揚げ、挨拶回り
15:00 杉野沢上
16:00 赤倉観光リゾート
本隊に合流
12 月 23 日(金)
05:00 起床・朝食
06:45 出発
08:30 シール歩行終了
09:30 熊瀬川・福永合流、
尾形離脱
12:00 昼食・休養
19:00 上ミ
20:00 全ミ
22:00 就寝
12 月 26 日(月)
05:00 起床・朝食
06:45 出発
シール歩行(全装)
スキー練習
16:00 スキー練習終了
17:00 食当・夕食
22:00 就寝
07:00 起床・朝食
09:00 ツアー準備
12:00 昼食・休養
14:30 尾形合流
16:00 食当・夕食
21:00 就寝
12 月 30 日(金)
昇格式
05:00 起床・朝食
06:30 撤収
06:50 出発
10:30 山小屋着
16:00 食当・夕食
19:00 昇格式
12 月 28 日(水)
ツアー C1
05:00 起床・朝食
06:45 出発
13:08 B.C. 着・設営
14:00 ~ 15:45
雪崩総合シミュレーション
16:00 食当・夕食
21:00 就寝
12 月 31 日(土)
12 月 29 日(木)
ツアー C2
05:00 起床・朝食
06:58 出発
09:45 妙高山外輪・式典
10:40 滑降開始
11:38 幕場着
16:00 食当・夕食
21:00 就寝
06:00 起床・朝食
08:00 解散式
【計画省察】
・荷揚げの日程について
63 代では荷揚げや挨拶回りを行う先発隊を設けず、本体と同時
に出発した。そして、荷揚げのメンバーは初日は練習を行わず、荷
揚げ、挨拶回りを行った。これのメリットは、出発が同時なので、
見送り時に部員が増えることがある。今代はキャラバンをテーマに
しているので、そのテーマにも合致しておりよかったと考える。デ
メリットとしては、練習が一日減るため、特に新人には参加させ辛
いということがある。今回は新人は日程の都合でもともと参加でき
なかったので、問題はなかった。最近は授業と冬合宿の日程が被っ
てしまうため、部員の負担を減らすという意味でもこのような考慮
をしてもよいだろう。
冬合宿
12 月 19 日(月)
19:00 集合
20:00 出発
23:30 長野駅着
24:00 就寝
上半期
【行動詳細】
80
81
・12 月 21 日 早朝テントが破損したことについて
赤倉観光スキー場での幕営は昨年と同様に駐車場の脇で行っ
冬合宿感想文
上半期
【行動判断】
冬合宿感想文
新人 笠井美穗
年は駐車場を除雪していた除雪車から捨てられた雪の塊がテント
冬合宿は私にとってはじめての合宿だった。また、はじめてス
の側に降ってきてテントを破損した。除雪車で固められた雪がテ
キーで山に挑戦した合宿でもあった。
ント周辺に勢いよく降ってきたため、テントが裂け、またテント
全くのスキー初心者であった私は合宿が始まる前は不安でいっ
が雪に埋もれた。除雪車は 6 時ごろまで動いていた。例年と同
ぱいだった。しかし、ゲレンデでスキー練習を重ねるうちに自分
じようにすれば大丈夫と思いこんでいたことに原因がある。例え
のスキースキルが少しずつ向上していることを実感できた。つ
ば、一度スキー場に確認をとるなどすれば問題は発生しなかった
きっきりで指導してくださった由梨さんと青木さんに本当に感謝
かもしれない。来年以降の合宿では、この点はしっかりと検討し
している。ただ、プレ春合宿と春合宿に課題が残る。荷物も今回
てもらいたい。
の合宿以上に重くなるだろうし、斜度が大きい場所や木の多い場
所でのシール歩行技術、キックターンに自信がない。プレ春合宿
・12 月 28 日 リミットに到着しなかったことについて
までにイメージトレーニングと体力トレーニングに励みたい。
当初の計画では 12 時までに幕場適地を見つけて幕営するとし
ツアーで読図を行なった。しょっちゅう地図を見て現在地を確
ていたが、幕場到着が 13 時 8 分となってしまった。これは当日
認することができた。しかし、体力に余裕がなくなると読図がお
に前日までの降雪でラッセルを強いられたため、ペースが思った
ろそかになりやすいので気を付けたい。
ほど上がらなかったこと、隊員がまだ行動できそうであったこと、
天気図を10分以内に二枚書く事が出来てとても嬉しかった。
翌日の行動を減らしたかったことから、このような判断をした。
ただ、この冬合宿中に観天望気をほとんど意識してやっていない
翌日の行動のことを考慮するあまり、その日のするべき行動をな
ので、普段のトレーニング時に練習しておきたい。
いがしろにしてしまったことは反省すべきである。冬合宿の合宿
冬合宿では冬山の良さや美しさを感じることができた。また、
主旨が何であるのかの自覚が足りなかったといえる。もっと、意
積雪期ならではの注意すべきところも発見することができた。下
識を徹底させなければならなかった。また、遭難対策訓練に関す
界でしっかりとプレ春合宿に向けて準備をしたい。
る計画を、初日の幕場到着時間に合わせて、初日に行うのか二日
目に行うのかを変更できるような柔軟な計画を作れば、このよう
な問題は起こらず、実際に二日目は時間が余ったため、遭難対策
訓練を行うことができたはずである。さまざまな可能性を考えて
計画を作成するべきであった。
冬合宿
た。この場所は、昨年度は問題なく幕営できていた。しかし、今
82
83
1 年 長谷川祐
1 年 佐々木透
今回の合宿は今までとは一味違った。何と言っても山小屋が快
今回の合宿を通して一番強く感じた事だ。あれ程までに寒さの
適だった。そこが私のメンタルを支えてくれた。スキーのシール
厳しい場所には当然今まで行ったことは無く、身の回りのあらゆ
歩行、幕営生活は過酷だった。1 日 8 時間位滑ってきつかった。
るものが瞬く間に凍り始めた事に対して自然の恐ろしさを感じ
シール歩行は基本的にきつかった。テントは狭くて嫌だった。し
た。
かし居心地はとてもよかった。昇格もできたし、妙高山にも登れ
だが、恐ろしい雪山であるからこそ今まで見た事のないような
た。これからも頑張れる。
景色を見ることも出来た。そして何よりスキーも存分に楽しめた
冬合宿・昇格式雑感
ので、積雪期は良いものだとも感じた。
1 年 福永孟昭
(中略)
また、今回の合宿ではこれまでの無積雪期に行ってきた他のど
先ずは無事に行程を終えられたこと、そして無事に昇格出来た
の合宿よりも『部』としての団結力を感じた。シール歩行は勿論
ことを素直に喜びたい。
のこと、滑降場面においても大勢で滑っているからこその面白さ
(中略)
を感じ、他にも様々な場面で「ワンゲルって良いな」と思えた。
冬合宿は遅れて入る形となり、大変だった。シール歩行、特に
これまでの合宿では常に新人1人という立場だった為、活動中の
キックターンはなかなか慣れず、プレツアーも大変だった。山小
他の同期の様子を知る機会は今まで無かった。だから今回はその
屋までの道のりよりもザックがかなり軽いというのが唯一の救い
分、楽しいことばかりでなく、辛いことも共に乗り越えていく同
であろうか。滑降についても上達を実感している同期に比べ、自
期の存在にも有難さを感じた。極端に言えば他の3人は性格がお
分が退化していくような感覚ばかりに襲われ、苦虫を噛むような
互いに全く違う方向を向いている上、自分もまた他の方向を向い
思いであった。
ている気がする。だが、そうであるからこそ良いのであって、い
(中略)
ざという時にはお互いがお互いをカバーし合っていくことが出来
山での滑降は正直、苦痛であった。下りを楽しむために登る、
ると今回確信した。『one for all all for one』の精神は自分たち
というのが山スキーのスタンスであり、下りこそが山スキーの醍
にとってとても大切なものだと思う。
醐味であるのだが、自分はどうしてもそう思えなかった。先輩方
は皆「時間の問題だ」とおっしゃるので、それを信じてこれから
冬合宿を終え、これから厳冬期に入り増々環境が厳しくなって
頑張りたいと思う。登りは楽しめているので、これから下りを楽
いくと思うが、キャラバンの力を信じて全力で取り組んでいきた
しめるようになれば積雪期を存分に楽しめるようになるだろう。
いと思う。
(中略)
冬合宿
「冬山は想像以上に過酷なものだった」
上半期
冬合宿感想文
63 代冬合宿感想文
84
85
OB・OG の方々や田島部長と話が出来たのでとりあえずよしとし
キャラバンの中でどれだけのものを吸収できるのか、また、これ
たい。木札を掛けたときはこみあげてくるものがあった。主将の
からどのような道が広がっていくのか、非常に楽しみである。
小山さんから渡された小さな箱の中から輝く部章を取り出した
臙脂の渡り鳥の飛べる空は見渡す限り紺碧なのだから。
時、同様の感動を覚えた。この小さな紋章こそ、早稲田大学ワン
冬合宿感想文
ダーフォーゲル部の部員としての誇りの象徴なのである。
昇格式で言いたかったことは 2 つあった。「『部の中で誰にも
2 年 青木彩
負けない!』と誇れるものを持つ」ということ、そして「4 年間
今年の冬合宿は雪が豊富だった。おかげでゲレンデ練習からツ
ボート活動を続け、早稲田ワンゲルのボート活動の全盛期を作り
アーまでパウダーを楽しめたし、激ラッセルも楽しめた。去年も
上げる!」ということであった。
感じたことだが、私は全員でラッセルしながら妙高外輪を目指し、
(中略)
登頂する、達成感が好きである。今年も外輪に行くことができて
一年になった。もう、自分のことは自分で出来ると認められた
本当によかった。
というわけだ。喜びと不安が混在する。今まで「分からない」と
冬合宿は新人にスキー登高・滑降の技術を教え、最後にツアー
いう不安と戦いながらがむしゃらにやってきたが、その戦いに終
に臨むという流れである。つまり新人には冬合宿だけでツアーに
止符が打たれたという喜び。そして、あと数ヶ月で「上級生」と
行けるだけの技術の習得してもらわなければならない。しかし今
いう立場になる不安。ワンゲルに関する一通りの基礎が「出来る」
合宿で新人は日に日に上手くなっており、目を見張るばかりだっ
のが 1 年、「教えられる」のが上級生である。自分が出来ても教
た。教えていて非常にやりがいを感じた。そして自分ももっと教
えられるかどうかは別…塾講師のバイトで学んだことだ。そうい
えるネタを用意しておけばよかったと少し後悔した。ツアーでも
う意味では、もう時間が無い。
去年の私たちより歩行や滑りに関しては上をいっていた。また同
胸の部章に味が出てくるには、もう少し時間がかかりそうだ。
期も去年と明らかに滑りが変わっていて驚いた。確実に腕を上げ
ている同期を見て自分も負けられないと感じた。
キャラバンにとって合宿とは何か。私はキャラバンの道におけ
冬合宿を終え、これからの積雪期に期待が膨らんだ。しかし自
る街であると考える。キャラバンは長い道のりにおいて、様々な
分が L をとることを考えると、時間がなさすぎる。そもそもたっ
街を通ってきたし、それらの街を発展させてきた。63 代という
た2シーズン経験しただけで L をとるなんてかなり無茶だと思
キャラバンは 7 つの大きな街を通り、その街の中で様々なもの
う。しかし今シーズン、とにかく経験と知識を積み上げて行くし
を吸収し、街そのものを次の隊を見据えて発展させていくのであ
かない。
る。
冬合宿
キャラバンの道のりは始まったばかりである。自分がこれから
上半期
昇格式では早く寝てしまったことが悔やまれるが、色々な
86
87
2 年 尾形祥吾
新人はスキーが上手かった。ゲレンデ練習はあんな風に楽しん
冬合宿はこれ以前にワンダリングで積雪期活動をしていたので
でやれればよいと思う。ビーコン練習の時間があまりなかった。
心理的な余裕はかなり持って臨むことができて良かった。去年と
スキー技術が申し分なければ、スキー練習を切り上げ、気象条件
は比べ物にならないくらい合宿自体が楽しみであったし、そのた
の良い日を選んで日帰りでビーコン練習や雪洞作成に割くことも
めにぬかりなく準備出来した。新しい板を買うという冒険もして
よいと思った。うん、やっぱり冬は気象条件が重要。今年はラッ
みたがおかげで非常に滑降を楽しむことができた。シールについ
キーだったが。気象条件に合わせ、プレツアー・ツアーの日程を
てはいまいちその効果が発揮しきれなかったところがあったが普
変更するのもありかなと思った。冬合宿の長さとしてはちょうど
通に対処すれば問題ないのでこのままとなる。歩行でも前回はハ
良い。ただし、雪かきで休養日がつぶされてしまうので除雪機の
マりまくったが、滑らずに歩けるというのはとてもうれしかった。
導入を検討する。一応山小屋の前に埋まっているのだが、使える
残念ながら全部の日数をこなせ無かったが、ツアー前に何とか
のだろうか?荷揚げも前日入りしなくても OK かな。どうせ最初
戻ってこれた。プレツアーでのビーコン捜索の練習等が抜けてい
は赤倉に行くんだし。ラッセルは頑張りすぎちゃうので L が指
るので今後はその埋め合わせを自分でしなければならない。
示した方がいいかな。太い板の人はたくさんやってくれw サン
冬が始まって
アントンでの昼食は最高だったな。お楽しみとして 1 日くらい
はあるとよい。スキーレーションは今年は十分な量だった。お願
2年 竹内和彦
いです。ノンアルコールより普通のソフトドリンクの方がみんな
今合宿で 63 代の積雪期がスタートを切った。全員で外輪まで
飲むと思うので、差し入れはぜひソフトドリンクでお願いします。
行けてよかった。いい思い出になるだろう。しかし反省しなくて
ツアーの差し入れが少なかったようだけど、余って持ち帰るより
はならないこともある。
はマシかなと。冬合宿は代え着やらプレゼントやらで荷物が多い
まずツアー 2 日目の余った時間の使い方について。行動がス
からしょうがないと思う。
ムーズに終わったのは良かったが、その後の時間の有効活用がで
(中略)
きなかった。ビーコン訓練や雪崩総合シミュレーションなどに割
やっぱり放出品はあまり使わない方が正解。去年は散々だった。
くこともできたのではないか。でないと自分たちの行動力を低く
今年はまだマシ。4 年生が新人に放出して使うのが限界かなと。
見て、早く終わることを想定できていなかったと解釈する下級生
再放出は不可。天気図は二回合格でちょうど良いと思った。全装
がいてもおかしくない。自分自身何か提案ができたのではないか
滑降が今年はなかったのはなんでかな?まああれはリフト乗り降
と反省している。
りのときに危ないからなしでいいんだけど。以上!反省点を踏ま
もう一つは特小、カメラ、携帯などの電子機器の使い方につい
え来年じゃなくて今年!の冬合宿に活かす。
て。これらに関しては節度が守られていなかったように感じる。
冬合宿
2 年 内山義崇
上半期
冬合宿感想文
冬合宿の感想
88
89
2年 橋下秀司
らも、遠慮してしまったことを後悔している。
今年の冬合宿は、去年と比べて、時間がたつのがかなり早く感
何が良かったかというと新人が伸び伸びと活動できているところ
じられた。やはりスキーができると積雪期の印象はかなり変わ
だ。また、個人的に一番嬉しかったのはやはり SL を任せてもら
る、そう感じた。幸いにも、今年の新人はスキーがうまく、皆楽
えたこと。これは嬉しかった。昇格式ではふざけていたけど、真
しくスキー練習ができたのではないだろうか。スキー場でさえド
剣に嬉しかった。やはりそれは遅れて入った分、周りより劣って
ハマった自分が、今となっては憐れで仕方がなかった。
いるというコンプレックスがあったからだろう。そういった意味
しかし新人のスキーがうまいとなると、初心者の私には教えら
では、少しずつ信頼を得られてきているのかなと思った。次の機
れることはほとんどなかった。合宿前には、自分が1年かけて掴
会をもらえるかは分からないが、あれば全力でやりたい。
んできたコツを少しでも教えられればと思っていたが、私ができ
63 代は雰囲気のいい代だと思う。下級生が活き活きとしてい
ていることは、すでに彼らもできていた。こうなるとどうしよう
る所が今までとは大きく違う。委員会の方々にはこの部分を大事
もない。うまくもない人間からアドバイスされても、誰も聞く耳
にしていって欲しい。ただその中にもけじめは必要だ。口うるさ
を持たないものである。もっとうまくなろうと思った。自分自身
い嫌われ役も必要だと思うから、それは自分が率先してやりたい。
のスキー技術の上達が、この合宿を通しての一番の目標になった。
組織にとって不可欠なはずだ。
もちろんもっと上手くなれば、もっとスキーが楽しくなるはずだ
まずは八幡平。63 代のサポートと自分のなりたい姿をイメー
とういう単純な気持ちもかなり強く働いていたのだが。
ジしながら精力的に取り組んでいく。
結果として、少しはマシな滑りになれた。もちろん、他の上手
い2年生が新人に積極的に指導し、新人も教えられなくても自分
から試行錯誤していたという環境があったからこそ、自分の技術
向上に集中できたからである。
そして一つ思ったことがある。技術は教えられるより、自分で
試行錯誤した方が伸びるし、楽しいということだ。自分の実感で
もあるし、新人の見ていてもそう思った。そうなると必要なのは
明確な方向性、理想像だけである。私がそうなるには、まだまだ
足りない。
冬合宿
以上が反省点である。でもそれ以外は本当に良い合宿だった。
上半期
冬合宿の感想文
楽しむことと、ふざけることは違う。そのことを疑問に感じなが
90
91
最後に来年を見越してという点について、運営の方は同期と一
合宿前にブログ上 (12/16) で設定した目標を一旦振り返って
緒に行なっていくにしても、個人的な OBOG の方々との交流は
みる。1 つ目のスキー技術の向上・安定化について、ゲレンデで
積極的に持ちたいところ。昇格式では能動的に動けなかった自分
はそれなりの滑りは出来る。未圧雪でもスーパージャイアントほ
がいるので、写真を撮る最中にでも話をどんどんしていけば良い
どの斜度でなければ苦はない。斜度がある所での滑降に慣れるこ
かなと反省。それでも OB 会の行事には部員の中でも一番多く参
とが課題として残った。読図も去年通った道ということもあり、
加しているはずなので、これからもその姿勢は崩さずにいきたい
外すことはなかった。初見の道で迷わないようにする努力がこれ
ところ。OBOG と現役との窓口になる勢いで関わっていきたい。
から必要だろう。冬山は怖い。
合宿の感想。お土産を部室に置き忘れたことに始まり、長野駅
2 つ目の新人指導については、今年の新人が思ったよりスキー
にステビし、妙高高原駅で本隊と別れ荷揚げを行い、アカカンに
が上手であったことから苦労は少なかった。そんな中でも私のア
もどりハプニングあり山小屋に戻りスキー練習し、キラキラ輝く
ドバイスのおかげでコツが分かったと言ってくれた新人がいてく
風景に心洗われたり、プレツアー行ったり、山小屋の周りに雪洞
れたことは嬉しかった。後輩たちはこの時期としては総じてレベ
掘ったり、妙高山外輪で上裸になったり、昇格式では無駄に最後
ルが高いので、これから色々なところへ行くことができる期待で
まで起きていたり、睡眠時間 2 時間なのにスキー場で滑りまくっ
自分はワクワクしている。これからは体力面、地図読み・生活面
て昼過ぎに帰宅の路につき、年が変わる 1 時間半前に無事家に
で頑張っていこうというお話だ。ラッセルが楽しいと言っている
着き、合宿が終わった。
1 年もいることだし、良いところを生かしながら活動していけば
今年のスキーはパラレルをいかにきれいに滑るかということに
いいのではないだろうか。チームはいろいろな能力を持った人が
焦点を当てた。結果あまりうまくならなかった。しかし、スキー
いるから。
練習は色々とチャレンジできたので楽しかった。ツリーランなど
次に積極的コミュニケーションについて、もっと話をしても良
格別な楽しさだった。早朝のシール歩行中に見ることができた黒
かった。しかし、心配していたほど後輩たちにマイナスの感情は
姫の雄姿、妙高のそそり立つ姿には感動した。満足である。ツアー
なかった。と、見ている限りではそう思った。むしろ、積極的に
中も吹雪に襲われることなく快適な天候で外輪まで上り詰められ
楽しむ姿が見えていた。スキー練習・プレツアー・ツアーの中に
たこと、道中はるか向こう側まで続く山の姿が望めたことは本当
はつらい場面もあっただろうが、山小屋の快適さに感動したので
に印象的でいつまでも眺めていたいと。
はないだろうか。山小屋係を務める自分としても次代山小屋係?
来年も妙高外輪を踏むことができるよう祈願して終わり。
を品定めするいい機会であった。今合宿新人たちの楽しそうな姿
には和んだ一面もある。楽しむことが一番だ。
冬合宿
2 年 吉村祐紀
上半期
63 代冬合宿〜目を向ける先〜
92
93
4 年 小山恭平
ていないだろう)、妙高山外輪を全員で目指したり。一緒に行動
するからこそ、これが 63 代なんだと強く意識することができる。
ボードは持つ必要がないから、空気が重いのかもしれない。そん
この冬合宿、新人や 1 年生はどう感じただろうか。転んでは
な高気圧ボーイの小山です。
リカバリー、この繰り返しではまだ山スキーを楽しむまでに至ら
冬合宿の感想ということで、感想のみを手っ取り早く書いてし
ないかもしれない。だが、それ以外の部分でも良いので、冬合宿
まうと、ありがとうの一言に尽きるのである。ありがとうござい
を少しでも好きになってくれていたら嬉しい。これからの積雪期
ました。ただ、これだと長谷川君の感想文よりも短くなってしま
を通して山スキーの楽しさを味わい、積雪期が終わってもまた次
う恐れがあるため、もう少し書きたいと思います。この合宿は本
の冬合宿を楽しみに思えるようになってもらいたい。
当に一人一人の努力と貢献によって支えられた合宿だったのでは
ないかと、合宿が終わってからさらに思うようになりました。逆
Simple is the best
にいえば、合宿中は自分が一杯いっぱいで、そのことは感じては
3 年 佐藤由梨
いたものの気づきにくくなっていたのではないだろうかと反省も
今年の冬合宿は色々なことがあったが、あっという間でとても
します。この努力と貢献に対して私が報いることのできる最高の
充実していたように思う。私は今まで積雪期が嫌いで、冬合宿も
手段は、春合宿の成功に他ならないことは重々承知しています。
好きになれなかった。しかし、今回は違った。ようやく好きにな
これから、また春に向かって一歩一歩歩んでいこうと思います。
り、山スキー、雪山自体も楽しめるようになったのだ。これは自
そんなことで、高気圧にも耐えかねるので少しでも気圧を下げ
分でも驚きである。新たな価値観が生まれたようだ。今後の積雪
るために今年もどんどん山に登っていきたいと思います。きっと
期活動にも積極的に取り組んでいきたい。
今年は、沼の底のナマズさえも天高く昇っていくような年になる
結果として、ツアーは成功した。3 年連続で外輪に登頂するこ
ことでしょう。おあとがよろしいようで。 とができ、本当に良かった。天候も比較的安定しており、景色も
雪質も最高だった。雪山でトイレに行くのは寒いので嫌だが、そ
の時に見えた街がきらきらと輝いていてとても美しかったのも印
冬合宿が一番!
3 年 渡部ゆかり
象深い。本当の美しさってこういうものなのだろうな、と思う。
最後の冬合宿が終わってしまった。冬合宿はワンゲルの合宿の
下界にいては絶対に感じられないだろう。最近こんな感じで、山
中で一番好きだ(夏合宿と良い勝負だけど)。何故かというと、
の良さを再確認している。山にいると便利な下界が恋しくなる
ずばり、部員全員が揃うから。他の合宿だとなかなか全員が揃う
ことも多いが、下界は下界で煩わしいことが多いのだ。Simple is
ことはないが冬合宿はほぼずっと一緒だ。山小屋でのみんなとの
the best! このような生き方をしていきたいものである。
生活も好きだが、それだけじゃない。ゲレンデで 12 人でいっせ
話がずれたが反省ももちろんあるので、軽く触れておきたい。
冬合宿
嗚呼、筆が重い。いや、キーボードが重い。ちょっと、待てよ。キー
上半期
いに滑ったり(それほど他の客も多くなかったので邪魔にはなっ
積雪期の始まりにおもう
94
95
不足」だったのかなと思う。装備や食糧のミスであったり、下級
生についてだったり、熊瀬川の件であったり…。雰囲気の良い合
りていなかった気がする。また、もっと思っていること、気にな
ることは遠慮をせずに言った方が良い。そういった細かい積み重
ねが信頼関係や活動中の安全を生み出すのだと思う。私自身、今
後そういうことに気を付けて、部活動に取り組んでいきたい。
冬合宿
宿であったとは思うが、下界からの準備を含めて細かい連携が足
上半期
まとめると、解散式にも言われたことだが「コミュニケーション
96
97
【隊員構成】
【主旨】
早稲田ワンゲル 63 代のキャラバンは冬合宿で積雪期活動を安
全に、楽しく行うための山スキー技術・生活技術・遭難対策技術
を身に付けた。しかし、各自課題が残ったのも事実だ。プレ春合
宿では、その課題を改善させ、春合宿を成功させるためのステッ
プを踏む。
春合宿の目標は、年間目標にもある通り『全部員での八幡平縦
走!』である。その目標を見据え、プレ春合宿でも部が一体となっ
て 13 人全員の力を合わせて縦走を行う。そしてその舞台となる
のは、八幡平と似た、東北ならではのたおやかな稜線を有する吾
妻連峰である。この時期は、天候が厳しくなることも少なくない
が、樹氷の多い広い稜線、白銀のベールに包まれた山々を歩行・
滑降する楽しさや感動を味わってほしい。
【山域】
福島・山形県境 吾妻連峰
【使用地形図】
国土地理院発行 1/25,000 地形図
「板谷」、「土湯温泉」、「吾妻山」、「天元台」
総SL 渡部ゆかり
A パーティー
B パーティー
L 小山恭平(記録・カメラ)L 渡部ゆかり(記録・カメラ)
SL 佐藤由梨(会計・渉外) SL 竹内和彦(医療 C)
2年 内山義崇(食糧 C・医療) 2年 青木彩(装備)
橋下秀司(気象)
尾形祥吾(気象 C・食糧)
吉村祐紀(装備 C) 1年 佐々木透(装備)
1年 長谷川祐(気象)
福永孟昭(気象)
新人 笠井美穗(食糧)
【行動予定】
日付
行動概略
予定時間
2 月 8 日(水) 高田馬場駅 = 南福島駅 C0
0h
C0= 高湯温泉-吾妻スキー場跡-賽河原
2 月 9 日(木)
-慶応吾妻山荘 C1
5h
≪雪崩総合シミュレーション実施予定≫
C1 -五色沼-烏帽子山-東大巓
2 月 10 日(金)
7.5h
-明月荘 C2
C2 -中大巓-西吾妻山-西吾妻小屋 C3
2 月 11 日(土)
5h
≪雪洞・イグルー作成予定≫
C3 -西吾妻山-二十日平-グランデコ
2 月 12 日(日)
5h
スキー場=猪苗代駅=東京
2 月 13 日(月)予備日 1
2 月 14 日(火)予備日 2
2 月 15 日(水)予備日 3
プレ春合宿
総L 小山恭平
上半期
プレ春合宿
98
99
2 月 8 日 出発
習得できているようなので、1 年生に指導しながらだと時間がか
かってしまうというところだろう。どこかで練習の機会を設けた
方が良いかもしれない。弱層テストの結果は、層はみえるが崩れ
63 代プレ春合宿は吾妻山域で行われた。ほかの候補として、
るような感じではない。スキー場と樹林帯の境目あたりを進むこ
八ヶ岳なども上がっていたが、最終的には春合宿で計画している
とに。
八幡平のスキー縦走へのステップアップとして、環境が似ている
吾妻で行うことにしたのである。リーダーの私、小山にとっては、
1 年、2 年のプレ春合宿も吾妻連峰であり、プレ春合宿=吾妻の
方程式が頭の中に燦然と輝いていた。3 年のプレ春合宿でも吾妻
に行くことは非常に楽しみである。ところが、初日の移動からミ
スが発生する。高田馬場駅から南福島駅まではいつものワンゲル
と同じく鈍行で行く予定であった。しかし、途中赤羽にて乗り換
えをミスした部員が 4 人発生。急遽、その 4 人は新幹線で来る
ことになる。総勢 13 人がかたまってくるのは難しいが、こんな
斜面に入る前にはしっかりと弱層テスト
つまらないミスはなんだかなあと思う。南福島駅に全員集合でき
たので明日から気合を入れ直そう。1 年の時と全く変わらない南
再び林道へ。そのまま林道を進むと林道とスキー場の間に沢が
福島駅にて就寝。
現れる。まずいなと思いつつ進むと、沢に小さな橋があり一安心。
そこからはゲレンデトップまで、2 時間弱。現在の部員のいいと
2 月 9 日 C1
「長い長いプレ春合宿の幕開け」
ころは、支えあいの精神といえる。積雪期の活動は、トップのラッ
セルに負担が大きくのしかかる。もちろん、順番に交代しながら
朝はタクシーで旧吾妻スキー場手前へ。ここは、2 年前のプレ
進むわけだが、ラッセルしない部員は歌を歌ったりなどしてトッ
春合宿の出発地点よりも少し手前である。雪があってこれ以上は
プを励ます係となっている。過去の彷徨を読むと、積雪期にも歌
入れないといわれたが、出発した後に、向かいから乗用車が走っ
集を持ってきて歌っていたようだが、少なくとも私が入部してか
てきたのを見た時には少しがっかり。しかし、仕方ないものは仕
らはそのような習慣は無積雪期だけだった。私はこういった部の
方ないので、林道を黙々とシール歩行。肩慣らしだと思えばちょ
雰囲気は好きなので、これからも歌えるくらいの元気を持って活
うど良い。吾妻スキー場では、スキー場跡地でもちろん無樹林
動してほしいと思う。ゲレンデトップには赤テープがあり、無積
帯であるため、弱層テスト。10 分で一通り終わらせることを目
雪期は道がないことから山スキー用のテープと思われる。この
プレ春合宿
「合宿前夜から、こんなミスがありました」
標にしたが、時間がかかってしまう。2 年生は、手順については
上半期
プレ春合宿記録
100
101
る。夏場の登山道かと思ったが方向がおかしいので、気にしない。
プダウンの連続する縦走となる。この時点で、13 時を回ってお
テープもいろんな方向に延びている(別ルートもあるのだろうか)
り、今日は明月荘に到着することは出来そうもない。適当なとこ
ので、あてにならない。コンパスを頼りに進むと、2 年前の記憶
ろで切り上げることにしよう。昨年は、逆側からではあったが西
にもある、平らで開けた場所に出る。そこから 10 分くらいで慶
吾妻山荘から明月荘まで 3 本くらいで進んでしまったので、今
応吾妻山荘。1 年の時はこの時期にも管理人さんがいたが、今回
日は少し手前でも問題はない。兵子の南側にちょうどテントが 3
はいないようだった。時間が、遭対シミュレーションをするには
張入りそうな平らな場所があったため、そこで C2。吸盤型シー
やや足りないので、今日はカット。明日は天気も悪くなさそうな
ル組にはしっかりと雪がつかないようにしてもらうことに。
ので、明日時間があれば行うことにする。
2 月 11 日 C3
2 月 10 日 C2
「急登×シールトラブル=遅延」
「積雪期-パウダースノー=ガリガリ斜面」
今日の目標は西吾妻山荘。昨日のロス分は取り戻せるだろう
天気は雪。このまま降り続くのだろうか。今日は、最初から急
か。今日は最初は順調。ニセ烏帽子山まで 1 本で進む。このペー
傾斜の登りなので、天気は崩れてほしくない。この五色沼までの
スで進めればちょうど良い。が、次第にペースはゆっくりに。ニ
急登は、2 年前も大きく遅れてしまったため今年も余裕を持って
セ烏帽子山は山頂まで樹林におおわれているが、烏帽子山や昭元
計画している。冬合宿から気になっていたシールがはがれるトラ
山は山頂付近はハイマツや疎林で、風の影響で雪面がガリガリに
ブルが、今日は特にひどい。福永は藪の中でシールがはがれてし
なっている。極力巻いて対処するが、シール歩行も滑降も時間が
まい、板を外し、シールを貼り、板をはくという作業にかなり時
かかってしまう。
間がかかっている。どうやら、吸盤式のシールは、少なくとも部
員の雑な装備の扱いの中では力を発揮できないようだ。笠井は靴
下が濡れてしまったので交換。兼用靴のバックルの締め忘れが原
因。急な傾斜を登り終えると五色沼。初めてシートラをした思い
出の地である。今年は雪が多いこともあり、シートラの必要もな
さそうだ。ここで、福永のシールが外れ 30 分くらい待つ。風が
防げる場所があればよかったが、強くなり始めた風を防げる場所
はなかった。すぐそこの、家形山の登り始めで弱層テストをしな
がら待つ。ここは樹木の少ない傾斜なので注意が必要だ。福永が
復活すると、家形山を登る。登った先は、台地状になっているた
強風の中、烏帽子岳からガリガリの斜面を滑る
プレ春合宿
め、家形山の正確な山頂はよくわからない。ここから先は、アッ
上半期
テープを意識しつつ、コンパスを頼りに進むと、開けた場所に出
102
103
月荘に到着するのは難しいと分かった時点で、東大巓を南から巻
返してもショックである。実際の西吾妻山荘はそこからもう少し
こうとしてしまったのである。東大巓南側と北西側では北西側の
進んだところにあった。その間にも、実際には何もないのに、
「あ
ほうが傾斜が緩く、風も少なかったと思われる。時間いっぱいま
そこに小屋が見えませんか」という話がいくつもあった。疲労で
で進む前に、防風壁を作る時間の余裕を見て行動終了。明日下山
幻覚が見えたのか、ガスがそのように見えたのか、理由は分から
できるかどうかわからないが、下山への気合を入れるためにも最
ない。西吾妻山荘は 1 回の扉が凍っていたため、2 階から入る。
終夜とする。ザックも軽くなるので、明日は早く進めるだろうか。
1 階の扉は中からなら開いた。女子部員にとっては、この小屋に
トイレがあることがかなりの感動であるらしい。男どもには理解
2 月 12 日 C4
「強風+視界不良=・・・」
できない話なのだろう。2 階の方が温かいだろうと 2 階を利用す
ることに。凍傷に初めて気が付いたのはこの時である。昨日も最
朝から風が強い。今日はなるべくスムーズに進みたいところだ
終夜をしたが、まだ飲食物はあるので真の最終夜を行う。予定よ
が、出発前に福永がシール紛失。気付いた尾形が即雷。結局、用
りも 1 日長い合宿となったが、いよいよ明日で終わりとなるめ
を足しに行くときに落としていたらしい。シールは雪の中から見
どがついた。
つかる。見つからなかったら、かなりまずい状況になっていた。
すぐにつけさせて、出発。風が強いため、目出帽を着用させる。
このあたりは木が疎らであり、北側斜面から登ってくる風を強く
2 月 13 日 下山日
「長い長いプレ春合宿の幕切れ」
受ける。休憩も風が防げる場所がないため、一回を 7 分と短め
この日まで取っておいたかのような晴天。西吾妻山山頂まで
にした。後から聞くと、とくに 1 年生は読図で時間がかかり、レー
30 分ほど。式典の後は写真を撮る。あたりの山は一望でき、実
ションを食べる時間が少なくなってしまったようだ。ラッセルは
に気持ちが良い。山頂付近は傾斜が緩いので滑り出せそうなとこ
2 年生中心で。交代のテンポも速くして、スピードアップを図る。
ろまでシールで進んでから弱層テスト。昨日までは気温が上がら
藤十郎の 3 つのポコは南から巻く。天候が悪いので、ポコはぼ
なかったこともあり、問題はない。最初はモンスターの間を潜り
んやりと確認できる程度である。中大巓の登りあたりからは、視
抜けながら進む。1 年生はモンスターに激突して雪まみれになる
界が少しずつ良くなってくる。中大巓からは西吾妻小屋まで直線
者が続出。大変微笑ましい。次第に、モンスターから普通の樹木
で進むことに。このころには視界は十分よくなっていて、コルか
へと変わりだすと、滑りやすくなる。ここまで、長い距離を滑る
ら登ってしばらく行くと、小屋らしき建物が見える。もうすぐだ
ことが少なかった分、楽しんでいるようだ。二十日平を越えると、
と思って進んでいくも、そこにつくととても小さな小さな建物。
トレースを発見。トレースは沢の方へと延びているので軌道修正
小屋ではなく、その手前の天狗岩もお堂であった。実は、似たよ
をするが、結局は渡渉手前で急な坂を滑ることになる。渡渉後は
うな経験をこの半年後にもするのだが、それはまた別の話。ただ
林道を経てスキー場へ。スキー場の温泉につかり、会津名物ソー
プレ春合宿
一つ言えるのは、この時はかなり落ち込んだということ。今思い
上半期
さらにルートに関して、(これが最大のミスだったが)今日明
104
105
になってから帰るとのことだ。凍傷については、12 日の時点で
プレ春合宿総括
プレ春合宿では予定を超える 5 日間の行動となった。荒天が
かったことが問題である。その他の予防面に関しては、コミュニ
続いたが、最終日には抜けるように青い紺碧の空のもとで式典を
ケーションをより綿密にとることが何よりの対策になるだろう。
行うことができた。これは、部員 13 名一人ひとりの努力による
文責:小山恭平
ものであり、西吾妻から見た風景はそれぞれの胸に焼き付けられ
たことだろう。
一方で、凍傷による負傷者を 4 名も出してしまったことは、
今後への大きな課題である。このような事故を二度と起こさない
よう、体制を立て直していく。
【計画省察】
◯吾妻山域で合宿を行ったことについて
今回のプレ春合宿は 2 月の初旬に C3 の日程で行った。この時
期にこの合宿を行ったことについての考察をしたい。
プレ春合宿は例年 2 月に行われており、63 代でも例年同様に
2 月に行うことにした。しかし、2 月の初旬(2 月 1 日~ 10 日)
に合宿を行っているのは 56 代、58 代のみで山域はそれぞれ四
阿山、頸城である。また、日程はそれぞれ C1、C2 である。つま
り、2 月の初旬に行われた合宿は全て入下山が容易で、短い日程
で行われている。一方今回の合宿は、吾妻で行ったが、この時期
の吾妻は西からの風が強く、悪天が続くことも多い。実際に入山
西吾妻山山頂にて。この日は抜けるよ追うな晴天だった。
した時も悪天が続き、凍傷になったものも現れた。また、日程
は C3、またエスケープは最大で 1 日以上かかるルートであった。
自分たちの実力と、合宿を行う時期、場所、期間を十分に照らし
合わせる必要があった。例えば、時期を 2 月の後半にずらしたり、
山域を別の場所に変えるなどの考慮ができたはずである。合宿の
計画はより慎重に検討すべきであった。
プレ春合宿
確認できていたが、その程度が把握できず、適切な処置を行えな
上半期
スかつ丼を食べてから帰京。吉村は、61 代宮澤さん宅でお世話
106
107
プレ春合宿では春合宿を見据えて 1 隊での行動を行った。そ
れについての考察を下に記す。
シール歩行時
基本的に A パーティーと B パーティーは一緒に行動した。ラッ
セルの時は 1 時間ごとにパーティーの前後を入れ替え、負担を
減らした。また、2 月 12 日(C4)では、ラッセルの効率を上げ
るために、体力に余裕のあるメンバーでパーティーを越えてラッ
セルを回した。これに関しては、隊全体の負担が減り、パーティー
間の垣根を下げるので良かったが、一方で 2 年生が新人、一年
指導を行い辛いという問題も生じた。
滑降時
A パーティーと B パーティーは基本的に別々で行動していた。
一本をとるペースがずれたため、休憩も別々となった。途中、A
パーティーが B パーティーよりも先に行きすぎて、特小無線が
通じなくなったが、A パーティーが B パーティーを待ち、B パー
ティーは A パーティーのトレースを追いかけて来たので問題は
なかった。
<行動の反省点>
13 人が全員で行動すると、誰かが止まってしまい隊が止まる
時間が長くなることは事前にも予想していた。しかし、今回は予
想以上にシールトラブルが多く、それに長い時間を割くことに
なってしまった。シールトラブルを起こした者が反省するのは当
然だが、例年とは異なる体系での合宿に対して十分対策をしてこ
なかったことはリーダー層の反省でもある。
2 月 8 日(水)出発
2 月 9 日(木)C1
行動時間 7h40min
18:15 高田馬場駅集合
05:30 起床・朝食
23:54 南福島駅着
06:00 タクシー乗車
24:30 就寝
06:50 高湯温泉着
07:10 出発
08:00 旧吾妻スキー場
11:00 旧吾妻スキー場トップ
14:50 慶応吾妻山荘着
16:00 食当
21:00 就寝
2 月 10 日(金)C2
2 月 11 日(土)C3
行動時間 8h25min
行動時間 7h50min
04:30 起床
04:30 起床
06:40 出発
06:30 出発
11:00 五色沼
07:30 ニセ烏帽子山
13:15 家形山
09:20 烏帽子山山頂南
15:00 兵子南(幕場)
11:00 照元山山頂南
16:30 食当
14:30 東大巓南西幕場着
21:00 就寝
16:45 食当
21:00 就寝
2 月 12 日(日)C4
2 月 13 日(月)下山
行動時間 9h05min
行動時間 7h15min
04:30 起床
06:00 起床
06:55 出発
08:10 出発
11:10 藤十郎
08:30 西吾妻山山頂
14:10 中大巓
14:20 渡渉点
15:45 天狗岩
15:00 グランデコスキー場
16:15 西吾妻山荘
18:00 食当
23:00 就寝
プレ春合宿
<行動の仕方>
【行動詳細】
上半期
◯ 1 隊での行動について
108
109
・2 月 11 日:烏帽子山を南側から巻いて行った
→それより先は車道が除雪されておらずタクシーが進めなかっ
→シールに問題のある者がいたため、滑降を少しでも減らした
た。予定していたよりは手前だったが、想定の範囲内だったので
いと考え烏帽子山山頂の南側斜面をトラバースすることとした。
行動に大きな支障はなかった。
烏帽子山の南側斜面は風が強く、雪面の雪が飛ばされモナカ
⇒車道がどこまで除雪されているかは事前に把握することが難し
雪状態になっていた。斜度は約 25 度で、樹林がまばらなところ
い場合もあるので、ある程度時間に余裕を持って計画を立てるこ
もあった。したがって樹林の多いところを選び、間隔を開けて一
とが大切である。
人ずつ通過することとした。
⇒先行する B パーティーが途中で A パーティーが来るのを待っ
・2 月 9 日:雪崩総合シミュレーションが行えなかった
ていたが、もう少し下りたところに樹林がさらに濃くなっている
→「慶応吾妻山荘に 14 時到着」というリミットをオーバーし
場所があったので、B パーティーはその樹林帯まで行って A パー
てしまったため。吾妻スキー場での弱層テストに 1 時間かかっ
ティーを待っていた方が良かった。
たことや、慶応吾妻山荘を見つけるのに時間がかかってしまった
ことが原因である。その後、C3 予定地だった西吾妻小屋で行う
・2 月 11 日:東大巓を南西から巻いて行った
ことも検討したが、結局、西吾妻小屋についた時間も遅かったの
→シールに問題のある者がいたため、滑降を減らすために東大
で雪崩総合シミュレーションは行えなかった。
巓を巻くことにした。
⇒雪崩発生時の動きについては冬合宿ツアーで一度だけ確認し
⇒東大巓を巻くことにより読図が難しくなってしまった。東大
ているが、まだまだスムーズに行えておらず課題も残っている。
巓やその南西側は傾斜が緩く読図がし辛いことは予め分かってい
たことなので、ここでは巻かずにピークを目指すべきだった。
・2 月 10 日:C2 幕場を兵子のやや南側 (1780m 付近 ) にした
→この日の行動中は膝までのラッセルが続き、さらにシールト
・2 月 11 日:C3 幕場を東大巓の南西側 (1850m 付近 ) にした
ラブルも相次いだため、行動がスムーズに進まなかった。したがっ
→ 1850m 付近は樹林帯であったがどこも風が強かった。行
て C2 予定地まで行けず兵子の南側 C2 とした。
動リミット (15:30) まで行動しても状況は変わらないと判断し、
⇒樹林帯の中で、風の影響はほとんどなかった。幕場としては
14:30 に行動を終了、テントを立てる場所に風を防げる防風壁を
問題なく、快適であった。
作ることにした。
⇒行動を早めに切り上げることで防風壁を作るのに充分な時間
をとることができた。C3 幕場付近は翌朝も風が強かったが、防
風壁のおかげでテントは風の影響を受けずに済んだ。
プレ春合宿
・2 月 9 日:予定よりも 700m ほど手前でタクシーを下車した
上半期
【行動判断】
110
111
に、その日の行動中のペースを踏まえて幕場までいけるか判断し
⇒この日は向かい風が強く吹くことが予想されたため、出発時
たり、ペースを調整したりする必要がある。
に目出帽を着用させた。実際、行動中は右前からの風(北西の
・2 月 12 日:C4 を西吾妻小屋にした
になっていた可能性が高い。
⇒小屋の中は風の影響こそなかったものの、壁も凍っていてか
だが、この時に五本手も着用させておくべきだった。五本手
なり寒かった。A パーティー/ B パーティーがお互いに顔を合わ
を着用させていれば、顔だけでなく手指の凍傷も防げていたかも
せられるようにと思って、小屋の中ではテントを張らずツェルト
しれない。
を張ることにした。しかし、ツェルトでは大して暖まらなかった。
寒さを凌ぐためには、テントを張るか、中間着や防寒着を全員に
・2 月 12 日:A パーティー/ B パーティーの両隊から、ラッセ
ル要員を決めた
→ A パーティー/ B パーティーを合体させ、両隊から 4 名ず
つラッセルする者を選び、8 人が交代してラッセルを行った。酷
い時は膝上のラッセルをすることもあった。
⇒行動力を最大限発揮する方法だったといえる。だが、ラッセ
ルをしない 5 名は体が冷えてしまうことにもなるので、一日中
全くラッセルをさせないのは良くなかった。
・2 月 12 日:行動リミット (15:30) を超えて行動した
→この日は吹雪だったため、風に晒されるよりは西吾妻小屋に
泊まるのが良いと判断した。行動リミットには間に合わないこ
とが分かったが、前日までの状況から 16:30 までは暗くならな
いことが分かっており、16:00 ~ 16:30 の間には小屋に着ける
だろうと考えていた。実際、小屋に到着したのは 16:10 であり、
ガスってはいたがまだ明るかった。
⇒今回は暗くなる前に行動を終えられたので良かったが、行動
リミットは安全に行動を終えるために事前に設定しているので、
原則として守らなくてはいけない。行動リミットを守れるよう
着させるべきであった。
プレ春合宿
風)が強く吹いていたので、目出帽をしなければ顔の一部が凍傷
上半期
・2 月 12 日:出発時に全員に目出帽を着用させた
112
113
的なミスがあった。これでは新人を指導する立場になったときに
困るということをしっかりと自覚して、今後の食当にあたりたい。
プレ春合宿を終えて
今回のプレ春合宿では実践的な弱層テストをした。最終日に小
私は今回の春合宿は寒さとの戦いだったと感じている。ラッセ
山さんから「笠井主導で弱層テストをしよう」と言われ、やって
ルや読図の難しさから隊が進む速さはやや遅く、行動にそれほど
みた。大まかな方法は押さえられていたが、「2×1×1.5」や
遅れることはなかった。しかしマイナス十五度という気温や強風
「太陽の影になっている方の面をみる」「ゾンデに目盛りが無い場
が私を体力的に、精神的に私を追い詰めていたようだ。冬合宿の
合は、自分で付けておく」など細かい注意事項が定着していない
反省から、中間着を二枚持ってくる、カイロを持ってくる、イン
ことが分かった。スクーリングでしっかり確認しておきたい。
ナー手を濡れにくい素材のものにするなど対策はしていたが、そ
最後に、私は凍傷で医師から「今シーズン(6月まで)は雪山
れでも寒かった。
に行ってはいけない」と言われてしまった。ワンダリングや合宿
もっとも、行動中にあまり読図が出来ていなかったことを寒さ
を通して山スキーを楽しいと感じられるようになった矢先のこと
のせいにしてはいけない。先輩方は厳しい気象条件においても難
だったので、とても残念だ。私個人としては、今後は足先に負担
しいルーファイをしていたのだ。三日目、吉村さんに「あの山は
をかけない自転車に力を入れていきたいと考えている。病院生活
なんでしょう」と聞かれたときに「吾妻山」が答えられなかった。
での筋力の低下は仕方ないだろう。退院後のトレーニングで挽回
近くの地形や距離感から現在地を見つけることにはだいぶ慣れて
したい。また、昇格出来るのかも怪しいが、先のことを思い煩わ
きたのかもしれないが、コンパスが使えていない証拠である。
ずに、とにかく今できることを精一杯やるという私のモットーを
行動中はシールに悩まされた。今回は隊を止めてシールを貼り
貫いていこうと思う。
直すことはあまりなかったが、シールの付きが悪かったため、テー
プレ春合宿感想文
ピングをしていた。そのテーピングが最後までもつかどうかでひ
やひやした。しかし、橋下さんに教えていただいたシールをヤッ
1 年 佐々木透
ケのズボンのポケットに入れて温めておく方法がとても有効だと
今回のプレ春合宿には、冬合宿での自分の失敗を挽回するつも
分かった。ポケットにチャックがついているのでうっかりシュラ
りで臨んだ。
フと一緒にしまってしまう心配がない。朝、取り出しにくいこと
冬合宿では想像以上の寒さに手足が冷え、また集中力も欠いて
が難点だが今後はこの方法を使いたい。
しまっていた。その為、今回は防寒対策を改め、絶対に寒さに
水作り食当には回数を重ねるうちに慣れていった。しかし、ポ
よって行動力が著しく低下することが無いようにしようと思って
ンプの故障も原因とはいえ、ついに水作り食当で50分を切るこ
いた。
とができなかったのが残念だ。また、コメコッヘルとチタンコッ
しかし、厳冬期の山は自分の想像をはるかに超える厳しいもの
プレ春合宿
新人 笠井美穂
上半期
ヘルを交換する際、手が届かずに片手になってしまうなど、初歩
プレ春合宿 感想文
114
115
1 年 長谷川祐
以降の合宿への課題として残ってしまった。
今回の合宿は、錬成以来の地獄を見た。その分達成感が半端な
力が切れてしまうかということが分かった。この気づきを今後の
かった。しかし錬成とは違った苦しみであった。敵は我にあり、
合宿、更には新たに迎える新人達への指導にも活かしていきたい
されど自然は友とはいかなかった。厳しい雪山、狭いテント、辛
と思う。
い滑降。
また、今回の合宿で凍傷の恐ろしさを痛感したと共に、長期入
一寸先は闇?知らないぜ。
院が必要になってしまった隊員が出てしまった事は非常に残念
山の化粧
だった。
個人的にはテント内で時間を意識しすぎるあまり、凍傷のよう
1 年 福永孟昭
な前兆が起きてもただ我慢するしかなく十分な処置が行えない環
山は良い。四季折々、様々な表情を魅せてくれる。我々もその
境があると思った。
美しさに惹かれ、化粧をした美しい山を一目見ようと山に入って
実際に我慢が必要な場合もあるが、出来る限りの事は積極的に
ゆくのである。此度もまた、美しく着飾った峰々を目指し、歩み
行わないと取り返しのつかない結果になるということを今回の一
を進めていったのであった。
件で思い知らされたので、今後は治療を最優先し、二度とこのよ
災害故のことなのか、山は朝から泣いていた。何かに悶え苦し
うな事が生じないような環境を作っていこうと思う。
むかの如く、天候も暴れて止まぬのだ。山よ、ああ山よ、どうか
これまでの合宿ではただ自分が怪我や失敗をしないようにする
我等に微笑んではくれまいか。願い虚しく、山は我等に牙を剥く。
ことだけで、周囲に気を配る余裕があまりなく、‘ 個人としてで
日のある時には風を吹かせ、夜には大きな雪を降らせる。山に与
はなく、隊として活動しているのだ ’ という意識が今までの自分
えられし試練は我等の行く手を大きく阻んでいった。
には欠けていたと思う。
手は皸 ( あかぎれ ) が酷く、指先は痛むばかりである。足も靴
今後は、とりあえず ‘ 自分を無事に ’ という意識だけではなく、
擦れ・霜焼けと、日に日に悪くなるばかり。肩にかかりしこの重
‘ 隊として無事に ’ という覚悟をもって活動に取り組まなければ
みに、何度重力を恨んだことか。シールが剥がれ、テーピングが
ならないと実感した。
尽き、己の覚悟の無さを恨む。何故に己はこの山に、この冬山に
やってきたのか。其を求めて歩み続けた。
最終日、小屋より出て気付く。ああ、あの山々、あの街並みは、
私の作りし表紙の画ではないか。文字通り、辺一面銀世界である。
山は最後に微笑んでくれた。この日もまた、「都の西北」が空に
響き渡ったのであった。
プレ春合宿
だが、今回でようやく自分がどのような時に寒さによって集中
上半期
プレ春感想文
で、再び行動中に集中力が切れてしまうことがあったので、次回
116
117
2 年 内山義崇
しい化粧とは何であろうか。雪化粧か紅葉化粧か。はたまた春の
金田正樹医師の講演会の内容をまとめたブログから凍傷につい
山の多様な化粧を見て、人は皆、こう思うのだろう。どの化粧
ての新たな知識を得た。
も美しい、と。その中でとりわけ美しく魅せられる化粧は、やは
・顔面や耳の凍傷は血管が豊富な場所なので自然治癒することが
り笑顔なのである。それは人もまた然りというわけだ。
多い。
・足より手指の受傷率が高い。
・水疱は行動中に出現しない。
プレ春合宿感想文
1 年 青木彩
・加温で感覚がもどるようであれば良い徴候。
今回は私の積雪期活動で一番厳しい合宿だった。三日目は楽し
・山中の応急処置は加温しかない。40 ~ 44 度のお湯に 30 分以上。
めるほどの辛さであったが、四日目は、雪と風でかなり体力を消
ただし温度を一定にすること。ゆえにコッヘルだと難しいと思う。
耗していた。そんな中同期がルーファイ、ラッセルする姿、一年
・凍傷の予後、寒冷に対して異常に敏感になる。=再発しやすい。
を気遣い、指導する姿は頼もしかった。私はとても嬉しくもあり、
3 年くらい続く。
自分自身への焦りも感じた。また 1 年の積極的に歌い、盛り上
・ストレスも原因の一つ。
げる姿に元気をもらった。笠井の「まだまだ元気です!」という
・稜線に長く留まらない。登山スピードを上げる。ラッセルをし
言葉と笑顔に精神的に成長していることを実感した。最終日の吾
て体を温める。
妻山頂でのピーカンは忘れられない。
http://blog.livedoor.jp/buntak2/archives/50835865.html
私は今合宿で凍傷になった。事前にスクーリングや凍傷になっ
一応ドロポにも以上のメモは up しておく。
た人の記事を読んでいたが、正直自分もこんな簡単になってしま
さてここからが本題。今年の冬は以上に寒い。寒気が入り、去っ
うとは思わなかった。原因はいろいろ考えられるが、結局は自己
たと思ったらまた寒気が入る。ちなみに私の C4 の時の衣服を紹
管理を怠ったということに尽きる。新しい板も買ったし、SC に
介しておく。ウルシ+長袖ジャージ+ウインドブレーカー+ヤッ
も行ったのに、こんなことで今シーズンを棒に振ってしまったこ
ケ。インナー手 2 枚にオーバー手。目出帽+ゴーグル。完全装
とは本当に情けない。また今後の数ヶ月の痺れと凍傷のリスクと
備で凍傷を免れた。休憩時やラッセル待ちの際は寒かったが常に
つき合わなければならない。去年春の捻挫にしても今回の凍傷に
グーパー運動をしていた。それなりの覚悟も。「死んでもいい」
しても私は部員に多大な迷惑をかけ続けている…。
という気持ちで登った。しかし本当に「死んでもいい」という覚
悟ならば全裸で登るべきであろう。いわばハッタリである。ハッ
タリをカマし自分を鼓舞する。「失うモノは何もない」と思いな
がらあの娘のことを考えている。それでもハッタリが重要。全然
プレ春合宿
新緑か。
上半期
プレ春合宿の感想
山は四季折々、様々な化粧を魅せてくれる。その中で、最も美
118
119
イル。
いルートで前を歩けるというのは、少し間違えると危ない状態に
下界って最高。生米って最高。コーラって最高。文明っていい
なってしまうが、楽しさの方が大きい。雪山ではラッセルの大変
な。ブラックボックス化しているものも多いけど、そこが案外魅
さが加わるがそれに上回ると思う。一度ラッセルをやる人を限定
力的だったり。日本って平和。ソマリアではヤバいことになって
して進んだ時があったが、その時は時間によってラッセルの交代
る。日本最高じゃん。「他人の不幸は蜜の味」じゃないけど他人
をするのではなく、各々が好きな時に交代するということにした
の不幸を見て自分の現況にホッっとすることってあるよな。罪悪
が、あれはとてもやりやすかったと思う。10 人以上いる隊員を
感を感じなくてもいい。「エミール」の中ではむしろそういうこ
有効に使うことができたとも思うし、疲れを感じた段階ですぐに
とを肯定している。よく分かんないけどボランティアに行きたい
交代できてペースの維持もしやすかったようだ。
やつは行ってなんとなく気乗りがしないやつは行かなくてもいい
行程が一日延びてしまったが春合宿もこのままいけば C4 の予
じゃん?就活のアピールのために行くのもよし、ヒロイズムで行
定なので、雪山での 4 日間はこういう感じなのかと感じは分かっ
くのもよし、理由なしで行くのもよし。理由なしで行かないのも
た。当然天気が良い時と悪い時がありそのギャップで気分の上が
よし。他人のことを認めよう。日本がひとつにならなくったって
り下がりがあるのはいつもの山行と変わらないが、無積雪期と違
いいだろ?
い常に帽子をかぶっていなくてはならないので、頭がかゆくなっ
てしまうのが自分にとっては一番の問題のようだ。
プレ春合宿感想文
プレ春合宿を終えて
2 年 尾形祥吾
2 年 竹内和彦
今回の合宿では出発前が一番怖かったように思う。忘れ物とか
ルートの困難さについてとかというより雪崩の心配が一番大き
プレ春合宿が終わった。実感としては大分疲れたという感じだ。
かった。直前に講習会に行ったということもあったのかもしれな
その理由は今までよりも周りに気を使うようになったからだと思
いが、係活動の一環として調べている間に良くない条件が結構集
う。
まっているようで純粋に怖かった。後半の西吾妻付近の稜線は去
SL として何をすべきなのか、合宿前から何となくだが考えて
年行ってなだらかで、そんなに心配していなかったが、前半は斜
いた。他の同期の方が経験も能力もある。では自分には何ができ
度もありそうなので心配していた。そんなことで一度目の弱層テ
るのか。その結果は「バランスをとること」だった。
ストで、素人目にも分かるくらいの雪の層が見えたときは正直ま
「バランス」には二つの意図があった。一つは学年間のバラン
ずいかなと思った。実際に叩いてみてなんともなかったのは本当
スをとること。同期や一年・新人の思いを汲み取り、委員とのパ
に安心した。
イプ役になることである。下級生としてはなかなか意見しづらい
何度かトップを歩く機会があったが、やはり一番前はとても面
ことが多い。反対に委員から全体に伝えても正確には伝わらない
プレ春合宿
白い。沢でもいつも感じることだが、登山道とは違い自由度の高
上半期
余裕じゃないのに「超余裕だぜ」とカマす。これが俺の登山スタ
120
121
た。
そして、知らず知らずのうちに忍び寄る凍傷の恐怖も。
もう一つは雰囲気のバランスをとること。隊の雰囲気が緩みが
13 人という大人数での冬山行動において、迅速さがこれから
ちなとき、それを引き締める。反対に悪天や疲労でモチベーショ
の課題であろう。1 人でも遅れれば、他の 12 人は凍えるような
ンが下がっているとき、盛り上げる。そのようにしたいと思って
寒さの中で立ち止まっていなければならない。今回試したラッセ
いた。
ル隊も、それまでと比べるとかなり距離は伸ばせたが、あまりラッ
結果はどうだっただろうか。自分ではよく分からないし、多分
セルをしてないものは凍傷になってしまった。しかし、前日から
周りも「騒がしいヤツだな」くらいにしか思ってなかっただろう。
ラッセル隊とそうでない隊に分ければ、そうでないものはより徹
でも組織にはそのような人間が必要だと信じているから、その軸
底した防寒が準備できるので、凍傷対策ができるのではないだろ
は崩さずにやっていきたい。
うか。シールトラブルも、視界が悪くなければ、無線をもった上
また、全体に関していうと、冬合宿よりもメリハリのある雰囲
級生と共に本隊から切り離せば、本隊はラッセルをし続けられ、
気で良かった。ただ、留意すべくは、今回の合宿はそれほど長い
トラブった人は後からついてくることもできる。何かあれば無線
行程でもなく、それほど荒れた天候でもなかったということだ。
があるし、トレースもあるので迷わないだろう。
確かに予備日を使ったし、C4 は悪天での行動だった。しかし、
13 人もいれば盛り上がって、それだけ楽しいことは実感でき
その印象が強すぎるあまり、本当に反省すべき点を忘れてしまっ
た。今回浮かび上がった大人数のデメリットをどう克服し、メリッ
てはならない。
トを活かせるか。春合宿ではこの点をリベンジし、もっと楽しめ
私の考えるそれは「隊自体の行動力が高くないこと」、「ルート
るよう、頑張りたい。
取りの甘さ」、「シールトラブル」だ。「プレ春はキツくて良かっ
たね」というまとめではダメだ。真摯に反省点と向き合わないと
向上しない。雨飾、調査、四ツ岳と、しっかりと目的意識を持っ
63 代プレ春合宿感想文
2 年 吉村祐紀
部員会で詳細なルートを教えてもらった後から、合宿出発前い
て臨み、八幡平合宿を絶対に成功させたい。
や合宿が終わるまで「今回死ぬかも、やばい」と考えていました。
なので無事に今キーボードを打つことができていて何よりです。
プレ春合宿の感想
2 年 橋下秀司
出発前にニコニコ動画で見つけた吾妻での遭難事故のドキュメン
冬山の恐ろしさが身にしみて感じられた合宿であった。今の 2
タリーを見ておいた甲斐があったのかな?なまじ似たようなルー
年はなかなか天候に恵まれたおかげで、荒れた冬山を知らなかっ
トだったので、絶対に遭難は避けるという心構えは作ることがで
た。風で芯から凍える程寒くなること、ラッセルが腰まであって
きていたと思います。いろいろはしょりますが、今回はなんだか
予定の半分も進めないこともあること、雪崩跡の上を通過するこ
考えてしましました。合宿は天気によって大きく 2 つの面があ
プレ春合宿
と。どれも初めて体感する事実で、恐怖と共に頭に刻み込まれた。
上半期
こともあるだろう。それをフラットな目線で話したいと思ってい
122
123
これまでの合宿は何だかんだで天候に恵まれていることが多く
さて二つの面についてだが、簡単に言うと「景色を楽しみなが
楽しく活動ができた。それは感想文で「今回は天候に恵まれた」
ら和気あいあい単純に山行を楽しむ」と「天候とのバトル、自分
とさんざん書いてきたことからよくわかる。天候がいいと懸念す
の能力の限界を知り行程を終えきることに集中する」といった感
べきは自分の体力であったり、前の人についていく根気といった
じだろうか。大きく二つに分けたことが問題あるかもしれないが、
部分だけである。それくらいの苦労であれば、美しい景色が見れ
天候という一面から見た合宿の特性である。当然だがあくまで個
るだけでプラマイゼロ、簡単に辛さなんてチャラに出来る。いや
人的な見方。
実際山行とはそういった見返りというものがあるからこそ惹かれ
天候は重要だ。予備日を使った後、最終日の天候には本当に救
るものである。天候・展望はいやいやほんとに重要な項目だ。太
われました。天気はホント影響力が大きい。晴れた日の遠望ほど
陽の恵みはありがたい。
こころ踊る風景はない。これからも天気に恵まれることを祈りま
しかし今回はどうだろう。晴れる日もあった。天候が回復気味
す。
な日もあった。それで大体の辛さはちゃらにできたものだが、な
雑感を少し。今回凍傷になってしまった部員がいた事は反省し
にぶんあの一日はこれでもかというほど辛い行動になったため全
なければならないのは当然ながら、自分の代そして後代において
体として振り返るとあまり印象が良くないかもしれない。気温
も再発を防止していく心構えが必要と考えた。各合宿ワンダリン
は零下二桁、強風が吹き荒れ視界も良くなかった。まさに THE
グ前には、再三凍傷についての確認事項をチェックするような体
BAD DAY である。自分はラッセルをちょくちょく行っていたお
制を作っていくことが重要だろう。そして凍傷についての実例に
かげで体が温まったが、やはり後続してくる人はただ歩いている
ついてより深いスクーリングを行うことが必要だと考える。治療
だけでは寒かっただろう。かく言う私も 2 年生ラッセル隊が編
が遅れれば最悪の事態もある。やればいいと思うことはたくさん
成される前は、ラッセルをゆっくりと行っている前の隊を待つ時
出てくる。今度は今列記したことについて効果を上手く発揮させ
間が寒くてしょうがなかった。止まってないで動き続けてくれと
るための戦略立てといった努力が必要になるだろう。これは思い
ずっと思っていたが、なかなか前の隊は行く手を遮られ思うよう
込みだろうが、印象では 2 年生の雰囲気は SC が近い日に行われ
に進んでくれなかった。ラッセルは疲れるので今まではやりたく
たことから、雪崩については充分に注意が行き渡っていたと思う
なかったが、あまりにも遅々として進まなかったので自分の隊の
が、凍傷についてはほとんど意識が向いていなかったのではない
ラッセルの番が回ってくることが嬉しかった。素早いルーファイ
かと感じる。こと凍傷については、これまでの合宿で実例を見て
能力が部全体に必要だと思った。自分もそれほどではないが絶え
こなかっただけあり、的確な対応が出来なかった。低い気温、強
ず動きつづけハマらない様な道を作り続けたつもりである。後ろ
風というキーワードを胸に刻み、二度と今回のような事故を起こ
にいるとやっぱりとろとろと進んでいると感じたのだろうか。そ
さないように気を付ける。
れでも自分ではずんずん進んでいるつもりであったことを付言し
そして今回感じたことは、表面的で相手に入り込めていない状
プレ春合宿
ておく。
上半期
ると。
124
125
は分からないということ。合宿中、意識して「寒いか」「元気か」
のではなく、その反省をするものや、改善策を提示するもの、治
と聞いてはいたが、下級生は「大丈夫です」と答えてくれる。他
療後のことに目を向けるものなど、皆、部に対して前向きである。
にも意識して「下山したら何を食べたい」とかどうでもいいよう
この前向きさは、上ばかり向いている坂本九にも見習ってもらい
な事を話したが、実際その子が凍傷になったわけで、なんとも言
たいものがある。
いがたい。なまじ自分は行動する面で寒かったり、辛かったりが
で、我々の目の前にあるのは春合宿というわけである。春合宿
ない分、下級生の状況を把握しきれていない面があった。反省で
では、八幡平を目指してこれまで活動を続けてきた。当初目指し
ある。
ていた「全員での」春合宿が、プレ春合宿の失敗によって叶わぬ
最終日の景色は綺麗だった。澄み渡った空気を通して見えるの
夢となってしまったのが、大変つらい。凍傷になったものだけで
は雪化粧をした雄大な山容。それまで撮れていなかった写真を思
なく、リーダーである私を始め周りの人間もしっかりとしている
う存分撮りまくった。デジイチが欲しい。自分の目で見たまんま
べきだった。そのことは、全分が重々承知していて、そのうえで
の景色を収めたい。山々に行くようになって、そういう感情が芽
皆前を向いている。このことは、非常に心強い。全員で春合宿に
生え始めたのもある種の成長といったところだろうといって終わ
行けなくても、全部員が力を合わせて、この早稲田大学ワンダー
り。
フォーゲル部が動かせればよいと、心から思っている。
キャラバンの旅はまだまだ終わらない。まずは一歩、前に踏み
出そう。でも、雪庇には気をつけてね。
感想文の感想文
3 年 小山恭平
プレ春の感想文と言えば、1 年の頃は愉快な文章が書けなくな
ありがとう、そしてごめんなさい
り、叫びまくった感想文を書き、2 年の頃はどんな感想文を書い
3 年 佐藤由梨
たのか自分でも覚えていない。彷徨の出版が楽しみである。そし
冬山は厳しい。改めてそう考えさせられた合宿であった。行く
て、今年の感想文。記録的要素は、リーダーとして別に書くこと
前から気象情報を確認して不安に感じていたが、実際に山に入る
ができるので、他のことを書こうと思う。
とその不安が的中した。雪は多く、常にラッセルを強いられた。
しかし、いつも通りの遅筆で、感想文が思うように進まない。
気温も常に低く、レイヤリングにはかなり気をつかっていたがそ
ましてや、プレ春の記録は、、、、、。感想文を仕上げるために、ほ
れでも寒さから逃れることができなかった。3 日目は強風にさら
ぼ出そろった他の部員の感想文を読んだ読書感想文でも書いてみ
され続けた。結果として、最上級生でありながら凍傷になってし
ようかと思う。
まった。同期、そして下級生の皆には本当に申し訳なく思う。い
一通り目を通して思ったのは、ほとんどの部員が「前を向いて
つ活動に復帰できるかの目途はついていないが、今は治療に専念
いる」ということだ。今回の合宿では、凍傷による負傷者を複数
し、自分が部に対してできることを少しでも行っていきたい。
プレ春合宿
出してしまったものの、それでふさぎこんだり落ち込んだりする
上半期
況で、下級生と会話をしているようでは本当の彼らの体調の状況
126
127
部員全員でこの合宿を成し遂げることができたことは喜びたい。
特に、最終日の西吾妻山頂は快晴で、とても気持ちが良かったの
まで来ることができて本当に良かったと思った。そして、その喜
びを全員で共有できたのが嬉しかった。「キャラバン」を感じる
ことができた。
恐らくこのプレ春合宿が現役最後の積雪期合宿となってしまっ
たが、これで良かったと思うようにしたい。もちろん、上半期は
八幡平での春合宿成功のために頑張ってきたので悔しい気持ちは
あるし、部員に大きな迷惑もかけることになってしまった。しか
し、今は次の一歩に向けて前向きな気持ちでいこうと思う。
そして、最後に皆に伝えたいことは「ありがとう、そしてごめん
なさい」ということである。
プレ春合宿
が印象深い。またその時の部員の笑顔がとても輝いていて、ここ
上半期
反省であったり、大変だったことは色々とあったが、13 人の
128
129
~キャラバンの歩む道~
起きた。
プレ春合宿にて 4 名の凍傷者を出してしまったことは、深く
我々 63 代は一年間の旅を共にする一隊のキャラバンである、
反省しなければならない。この事故により、4 名は春合宿参加が
と年間方針で掲げた。早稲田ワンゲルは多様な活動を持つことを
不可能となってしまった。年間方針から目指してきた部員全員で
魅力としているが、しかしそれを追求していく過程で部全体とし
の春合宿は実現できなくなってしまったが、残りの 9 名での八
てのまとまりが意識しにくくなる、という事実があった。だから
幡平での合宿を成し遂げようと前に進もうとしていた。
こそ、我々が大切にしたいのは「キャラバン」であり多様性を維
しかし、それも四ツ岳遭難事故の発生により中止となった。
持しながらも「部全体での一体感が感じられるような活動」を行
うことを目指してきた。
だが、キャラバンの旅はまだ終わっていない。そのことを忘れ
てはいけない。今は部員全員で力を合わせ、部の現状を認識しコ
上半期、キャラバンは春合宿で東北八幡平において一隊での山
ミュニケーションを深めていくことが大切となる。
スキー合宿を行うため、秋合宿に始まり冬合宿、プレ春合宿で一
歩一歩レベルアップをはかってきた。秋合宿では奥秩父を 2 隊
キャラバンの集大成となる四国での夏合宿に向け、各自が今で
の力を合わせて繋ぎ、冬合宿では妙高山外輪に全員で登頂するこ
きることを行い前に進んで行こう!
とができた。プレ春合宿は自然の厳しさを身をもって経験したが、
最終日に晴天の下西吾妻山頂から見た景色は皆の心にしっかりと
焼き付いているだろう。
合宿以外でも、様々なワンダリングも行ってきた。また下界で
もトレーニングや係活動など精力的に励んできた。これらにより、
個人の体力・技術・精神力、そして全体の結束力は確実に向上した。
あとは今まで高めてきたキャラバンの力を最大限に発揮し、上半
期の集大成となる春合宿に臨むだけであった。
上半期総括
八幡平、 四国を目指す旅
しかし、そこで現役部員 4 名の凍傷事故・四ツ岳遭難事故が
上半期
63代上半期総括
上半期
上半期総括
12 月 11 日 皇居駅伝大会にて
130
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部長 田島照久
監督 大家敏宏
コーチ 辻雄貴 春田一真
古川歩 横塚崇弘
主将 小山恭平
主務 渡部ゆかり
会計 佐藤由梨
3年 青木彩 内山義崇
尾形祥吾 竹内和彦
橋下秀司 吉村祐紀
2年 佐々木透 長谷川祐
福永孟昭
新人 奥平祐介 藤田啓輔
本間大喜
下半期
下半期
134
135
63代下半期方針
沢活動では、西日本最高峰の石鎚山周辺での沢活動を展開する。
青い国、 四国へ。
動を行う。ボート活動では、日本最後の清流四万十川に加え、日
本一の水質を誇る仁淀川を目指す。それぞれの特徴を生かしたや
り方で、青い国、四国での活動を楽しむ。キャラバン全員での縦
走活動では、四国の中でもとりわけ奥深くにある剣山周辺で、キャ
加わった。そして、キャラバンの旅も残すところあと 3 か月となっ
ラバンの最後を締めくくる。この 1 年間での思い出を語り合い
た。我々が目指すキャラバンとは、早稲田ワンゲル 63 代が結束
ながら、集結地へと向かうのだ。4 つの活動で四国の自然を味わ
力を持ち、安全に楽しく活動している状態である。結束力を持っ
い、その経験を全部員で共有したい。四国の青い山、青い川、青
て活動することは、安全面の強化や、活動の充実にも直結してく
い海が待っている。
る。そのために、63 代を結束力の強いキャラバンにしたい。
63 代下半期の流れは次のページの図のようになっている。山
四国での夏合宿を成功させるために欠かせないのが、それぞれ
岳技術確認合宿に始まり、新歓合宿、錬成合宿、そして夏合宿と
の活動における安全性の確立である。特に、63 代上半期には凍
続く。今年は例年に比べて下半期のスタートが遅れているため、
傷事故・四ツ岳遭難事故という 2 つの大きな事故が起こってし
一つ一つの合宿に向けた準備期間が短く、時にはそれが負担と
まったことから、部全体での安全対策の強化が強く求められてい
なってしまうかもしれない。だが、それぞれの合宿は全て 63 代
る。
が目指すキャラバンへとつながっている。夏合宿の集結で最高の
安全性を確立させるために、下半期では 2 つの事故の反省を
キャラバンとなり語り合えるよう、一致団結して各合宿に臨みた
しっかりと行い、活動に必要なこと一つ一つについて精査してい
い。
かなければならない。下界のうちから安全対策の強化に努め、ス
夏合宿の舞台となる四国は豊かな自然に富み、ボート・沢・自
クーリングで知識や技術を身に付けると共に、各活動のマニュア
転車の各活動それぞれを楽しむことができるフィールドだが、近
ルを見直すといった取り組みにも力を入れる。そして実際に活動
年、早稲田ワンゲルでは活動していない。さらに、この 3 つの
する中でも二重、三重のチェック体制を敷くなどして安全性の確
活動を同時に展開したことは未だかつてない。自然豊かな環境で、
立に努め、安全性を確認する合宿・ワンダリングも実施していく。
しかも未だ開拓されていないフィールドで、63 代の集大成とな
る合宿を行いたい。そして各活動の魅力を味わった後は、全隊が
そうしてワンゲル活動の安全性について十分な確証を得た上
再び集まり、我が部の活動の中核である縦走活動を行う。最後は
で、夏合宿は全員で四国へと向かうのである。
全員でキャラバンの集大成を迎えよう。
四国の自然の中で、活動の魅力を存分に味わい尽くそう!
下半期方針
いよいよ下半期の幕開けとなり、キャラバンにも新しい仲間が
下半期
~キャラバンの旅は終わらない~
自転車活動では、山川海の四国の魅力すべてを味わえるような活
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63 代下半期組織図
田島照久
顧問
関仁已 大谷孝一
監督
35 代 大家敏宏
55 代 辻雄貴 57 代 春田一真
61 代 古川歩 61 代 横塚崇弘
コーチ
小山恭平
渡部ゆかり (4)
(4)
会計
佐藤由梨
沢活動リーダー
小山恭平 (3)
自転車活動リーダー
佐藤由梨 (3)
ボート活動リーダー
渡部ゆかり (3)
下半期方針
主将
主務
下半期
部長
(4)
係
チーフ
メンバー
遭難対策
青木彩
(3) 小山恭平
装備食糧
(4)
橋下秀司 (3)
(4)
(4)
(2)
(4)
長谷川祐 (2)
内山義崇 (3)
気象
尾形祥吾 (3) 佐藤由梨
吉村祐紀 (3) 渡部ゆかり
佐々木透
竹内和彦 (3) 渡部ゆかり
福永孟昭 (2)
記録広報
尾形祥吾 (3) 小山恭平
(4)
福永孟昭 (2)
庶務
竹内和彦 (3) 小山恭平
(4)
佐々木透 (2)
山小屋
吉村祐紀 (3) 渡部ゆかり (4)
内山義崇 (3) 佐藤由梨 (4)
佐々木透 (2)
青木彩
(3) 小山恭平 (4)
医療トレーニング
実技
実行委員
福永孟昭 (2)
橋下秀司 (3)
長谷川祐 (2)
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139
沢活動下半期方針
【活動方針】
【下半期活動計画】
①沢技術確認 W-ing、上級生 W-ing
・沢技術確認 W-ing:6 月 10 日(日) 場所:小川谷カロー川谷
Ⅱ . 沢藪活動の魅力を多くの部員に伝える。
の再開を決める。
Ⅲ . 沢活動の安全性を高めるためのマニュアル強化に取り組む。
内容:3,4 年生のザイルワークを確認。2 年生の沢の基礎技術
確認。
63 代下半期では活動が 5 月下旬まで休止していたために、そ
・上級生 W-ing:6 月 17 日(日)
の分沢活動ができる時間が短くなってしまう。しかし、年間方針
目的:上級生が、活動に新人を迎えられるように実力を高める。
で掲げた 3 つの目標は変えずにいきたい。夏合宿では、短い区
場所:水無川新茅ノ沢(予定)
間ではあるが、藪や里歩きを取り入れ山岳活動の充実を図りたい。
内容:4 年生のリーダー経験補強。2,3 年生のザイルワーク補強。
9 月には体験ワンダリングを出すことで、多くの部員と沢の魅力
を共有したい。また、沢マニュアルの見直しを週一度のミーティ
②パーティーワンダリング(PW)
ング時に進め、より安全な活動を確立する。
・PW ①:6 月 30 日(土)
目的:新人の沢体験。新人に沢の楽しさを知ってもらう。
沢隊が夏に目指すのは、仁淀川源流で日本百名瀑の一つに数え
・PW ②:7 月 1 日(日)
られる御来光の滝を抱える面河渓谷、暴れ川吉野の静かな始まり
目的:新人の沢体験。新人に沢での基本的な技術を習得させる。
を感じられる白猪谷の二本である。そして、その間を縦走や里歩
・PW ③:7 月 22 日(日)
きで繋ぐ。四国最高峰の石鎚山をはじめとする、自然面でも文化
目的:沢の技術の上達。セルフレスキュー技術を沢で確認する。
面でも豊かなフィールドでの活動は、忘れられないものになるに
・PW ④:8 月 4(土)~ 5 日(日)
違いない。
目的:沢中泊の経験を積む。
沢中泊や、藪漕ぎなど沢活動の醍醐味と呼べるものを詰め込ん
だコースとなる。この合宿を通して、登攀だけではない沢の魅力
③体験 W-ing
をさらに知ってほしい。そして、64 代、65 代と沢活動を続ける
9 月には体験 W-ing を行う。今年は例年とは異なり、隊決定
糧にしてほしい。
前に体験 W-ing ができなかったため、できるだけ多くの新人に
夏合宿では「青い国 四国」で、最高の青春を味わおう!
参加してもらえるように促していく。ただ単に沢を楽しむだけで
はなく、温泉の湧いている日光湯ノ沢など、付加価値の高い沢を
選び、より多くの部員が参加したくなる W-ing を実施する。
下半期方針
目的:部の沢活動が安全に行えているかを確認し、今後の沢活動
下半期
Ⅰ . 山をあらゆる角度から見つめ、新たな魅力を発見する。
140
141
④セルフレスキュー研究
62 代で作成した沢マニュアルを総点検し、さらにセルフレス
キューについての内容を盛り込むことにより、沢活動の安全性を
高める。また、そこでまとめた技術を実際に行い練習する機会を
具体的には、以下の 3 つを研究する。
下半期
ワンダリングで設けることによって、安全性を確かなものにする。
・特殊な懸垂下降(介助懸垂、背負い懸垂)
下半期方針
・自己脱出
・ロワーダウン
【下半期計画】
活動
5月
6月
7月
8月
9月
ミーティング
夏合宿計画の第一案作成
沢マニュアルの改訂
沢技術確認 W-ing
新人の隊決定
上級生 W-ing
下界での練習(ザイル通過、懸垂下降)
PW ①
夏合宿ルート決定
夏合宿準備
PW ②
新人の地域研究
PW ③
係研究
PW ④
夏合宿実施
夏合宿・年間総括
体験 W-ing
来期に向けて
文責:小山恭平
142
143
自転車活動下半期方針
【活動方針】
【下半期活動計画】
①技術確認 W-ing
・自転車技術確認 W-ing:6 月 10 日(日)
目的:部の自転車活動が安全に行えているかを確認事項の表を基
Ⅱ . 自転車活動の魅力をより多くの部員に伝える。
に OBOG に確認してもらい、今後の自活動の再開を決める。
Ⅲ . 転車活動を行う上で必要な知識を研究し、部員に定着する。
・上級生 W-ing:6 月 24 日(日)
下半期
Ⅰ . 自転車での旅を通して季節を味わう。
目的:上級生が安全に新人を迎えられるように、活動の実力を高
める。
は主に I とⅢの項目に焦点を当て、四国での夏合宿に臨みたい。
今年の夏合宿は上記の通り、四国で行う。「青い国 四国」とも
②パーティーワンダリング(PW)
言われるこの地には、未だ早稲田ワンゲルで行かれていない魅力
7 月から 8 月上旬にかけて、四国での夏合宿を見据えた PW
的な山や海岸線、そして川がある。自転車の機動力を生かし、山・
を最低 3 回行う。
海・川すべての魅力を味わい、夏という季節を思い切り満喫した
・PW ①:7 月 1 日(予定)
い。また、沢隊やボート隊では活動がなされない香川県にも足を
目的:新人の自転車活動体験。上級生の技術確認。
伸ばしたいと考えている。3 隊で四国の全県の魅力を味わうため
・PW ②:7 月 29 日(予定)
の、架け橋となろう。
目的:夏合宿計画の内容に合わせた活動を行う。
もちろん、その目標を達成するには安全対策が欠かせない。ミー
・PW ③:8 月 4 日~ 5 日(予定)
ティングでのマニュアル作成、そして実際に技術確認ワンダリン
目的:C1 で、2 日間連続の漕ぎを経験する。
グを行い、安全対策を深めていく。詳細は以下に示す。
Ⅱの目標に関しては、上半期の事故によりワンダリングの回数
③マニュアル作成
が減少し目標が達成されていない。これに関しては、夏合宿後の
63 代の上半期では事故があったため、下半期は山岳活動では
ワンダリングや 9 月にワンダリングを出し、未だ自転車活動を
ない自転車活動でも安全対策をしっかりと行う必要がある。自転
経験したことのない部員にも魅力を味わってもらいたい。
車活動を行う際の安全対策として挙げられるのが、セーフティ
活動できる時間は短いが、その中でも自転車で思い切り四国の
トーク確認とメンテナンス法取得である。
自然を楽しみにいこう!
次頁にそれらの技術をいかに向上させるか示す。
下半期方針
年間方針では以上の 3 つを方針として掲げていた。下半期で
144
145
◆セーフティトーク
今まであったものを、3 年生中心に見直して作成してもらう。
第 1 回目のワンダリング前までには完成させる。
2 年生中心にメンテナンス方法(チューブ交換、ブレーキ調整、
下半期
◆メンテナンス法
チェーン交換・注油、ワイヤー交換など)をまとめ、ミーティン
【下半期計画】
活動
5月
6月
技術確認 W-ing
上級生 W-ing
PW ①
7月
PW ②
8月
PW ③
夏合宿実施
9月
体験 W-ing
ミーティング
夏合宿計画の検討
各種マニュアルの作成開始
新人の隊決定
夏合宿ルート決定
夏合宿の係の研究開始
夏合宿準備
新人の地域研究
係研究
夏合宿・年間総括
来期に向けて
文責:佐藤由梨
下半期方針
グの場で発表してもらう。必要に応じ、実演形式で行う。
146
147
ボート活動下半期方針
【活動方針】
【下半期活動計画】
①技術確認 W-ing
・ボート技術確認 W-ing:6 月 10 日(日) 場所:御嶽
目的:ボート活動を安全に行うための最低限の知識や技術が備
Ⅱ . より多くの部員にボート活動の魅力を伝える。
わっていて、実際に行えているかどうかを確認する。61 代横塚
Ⅲ . 経験や技術、知識を次代へ伝える。
コーチに確認事項の達成状況を確認して頂く。
下半期
Ⅰ . 新たな川に挑戦する。
・上級生 W-ing:6 月 24 日(日) 場所:長瀞
目的:新人を連れていくために必要な力が上級生に備わっている
相応しい豊かな水の恵みをもつ四国で、心行くまで “ 川の流れ ”
ことを確認する。
と “ 時の流れ ” を感じたい。四国でラフティングができる川とし
ては、日本屈指の秘境を流れる 四万十川、日本最大級の激流 吉
②パーティーワンダリング(PW)
野川、そして日本有数の透明度を誇る仁淀川、那賀川がある。中
・PW ①:6 月 30 日 ( 土 ) ~ 7 月 1 日 ( 日 )
でも四国の川を代表する四万十川は、早稲田ワンゲルでボート活
目的:新人のボート活動初体験。ボート活動の魅力を伝える。
動が誕生した 36 代の夏合宿で下った川でもあり、我が部のボー
・PW ②:7 月 22 日 ( 日 ) もしくは 7 月 29 日 ( 日 )
ト活動の歴史の中でも特別な川である。この川で、改めてボート
目的:川の見方を学ぶと共にセルフレスキューの実践練習を行う。
活動の魅力を感じたい。
・PW ③:8 月 4 日 ( 土 ) ~ 5 日 ( 日 )
目的:これまでに学んだ内容の確認を行うと共に、河原での生活
さて、下半期では年間方針で掲げた上記の 3 つの方針に従い
に慣れる。
ボート活動を行っていく。先に述べた四国の川への挑戦が、第一
の目標である。第二に掲げるのはより多くの部員にボート活動の
③南砂町(荒川)での静水練習
魅力を伝えることであり、体験ワンダリングによって実際にその
土日のワンダリング以外でも、朝練等を行うことで漕ぎ力や基
魅力を肌で感じてもらいたい。第三の目標は経験や技術、知識を
本的な操船技術の向上に努める。夏合宿までの短い時間の中でも、
次代へ伝えることであり、ワンダリングや朝練を通して漕ぎ方や
着実にレベルアップしていきたい。
セルフレスキューの知識・技術、川の見方などを教えていく。こ
れにより、ボート活動の奥深さを感じてもらいたい。
目的: 1.漕ぎのフォームに慣れる
2.長時間漕ぐことに慣れる
3.漕ぎを合わせる意識の強化
4.基本的な操船技術の習得と確認
下半期方針
63 代夏合宿の舞台は「青い国 四国」である。そう謳われるに
148
149
④体験ワンダリング
7 月中に 1 回、9 月中に 1 回以上体験ワンダリングを出し、夏
合宿ボート隊以外の部員にもボート活動に参加してもらいたい。
ボート活動にとって最高の時期に、ラフティングの魅力を他の部
下半期
員にも伝えていく。
⑤マニュアル作成
していく。またセルフレスキューについての記述も加え、活動の
安全性を強化していく。
【下半期計画】
活動
5月
6月
技術確認 W-ing
上級生 W-ing
PW ①
7月
PW ②
体験 W-ing
8月
PW ③
夏合宿実施
体験 W-ing
長良川 WWF に向けた練習
9月
ミーティング
夏合宿計画の検討
夏合宿で目指す川の決定
新人の隊決定
新人の装備買い出し
夏合宿ルート決定
夏合宿準備
新人の地域研究
係研究
夏合宿・年間総括
来期に向けて
文責:渡部ゆかり
下半期方針
W-ing を行う中で、ボートトレーニングマニュアルを随時更新
150
151
山岳技術確認合宿
63 代プレ春合宿において、監督・コーチ会で協議を積み重ね
承認を出したにも関わらず、凍傷事故を招く結果となってしまっ
プレ春合宿での凍傷事故と四ツ岳遭難事故を重く受け止め、部が
た事実は、監督・コーチが現役部員の実力を十分に把握できてい
活動休止になっていたためである。
なかったこととして重く受け止めている。また、今後の現役部員
プレ春合宿凍傷事故では、時間管理の甘さや装備トラブル、医
の育成プログラムや合宿計画の難易度については、既往の実績を
療面での事前知識不足・予防不足など危機意識の低さが見られた
踏襲するのではなく、全ての部員の総合的な実力に応じた地域や
と同時に、必要な指示や報告など、隊としての規律にも問題があっ
期間、行程とするなど弾力的に対応していくように改善すること
た。四ツ岳遭難事故では、計画から実行までの準備不足・装備不
を決めた。その第一弾として、今回は、合宿に同行し、山岳技術
備が明らかとなった。このように、両事故は現在の部における様々
がきっちりと継承されているかを確認するとともに、現役部員の
な問題が重なって起きてしまったものである。
実力を把握することを目的とする。但し、現役部員が客観的な視
今回の合宿では、この問題を克服するべく、今まで行ってきた
点で自らの実力を計り、監督・コーチと共有するというのが本来
我々部員の活動が安全に行えるものかどうかを一つ一つ確認して
の姿であることを認識し、早稲田大学ワンダーフォーゲル部の組
いく。よって、何か特別な技術を身に付けたり、新しく何かを取
織作りに努めていく。
り入れたりするものではない。部員には、今まで上級生から教わっ
てきたことを確実に行ってもらいたい。
今まで技術の伝承は口で伝わってきただけであり、何年も前に
確立され現在ではその安全性が確かではないのも事実である。こ
の合宿でコーチの方に我々の合宿を見ていただき、客観的に我々
の活動の安全性を確かめたい。
また、前回の合宿であるプレ春合宿から約 3 か月の時間が空
いてしまった。もう一度、合宿の流れや役割を確認してからこの
合宿に臨む。この合宿はこれからの活動のために重要なステップ
アップとなる。夏合宿の成功のために、新たなスタートを切ろう。
63 代委員会
監督・コーチ会
山岳技術確認合宿
63 代の下半期の始まりは例年とは大きく異なるものになった。
下半期
【主旨】
152
153
【隊員構成】
【行動計画】
L 小山恭平
4年
SL 渡部ゆかり
4年
佐藤由梨
4年
青木彩
3年
内山義崇
3年
尾形祥吾
3年
竹内和彦
3年
橋下秀司
3年
吉村祐紀
3年
佐々木透
2年
長谷川祐
2年
福永孟昭
2年
古川歩
コーチ
係
雨具
上:青
記録
下:青
渉外
上:ピンク
会計
下:灰色
上:ピンク
カメラ
下:ピンク
上:ピンク
気象
下:ピンク
上:青
食糧 C
下:青
上:赤
装備 C
下:黒
気象 C
上:赤
福永付き 下:灰色
装備
上:青
長谷川付き 下:灰色
医療 C
上:赤・黒
佐々木付き 下:赤・黒
上:青
医療
下:灰色
上:緑
装備
下:黒
上:緑
気象
下:緑
上:緑
下:灰色
ザック
緑
カバー:青
緑
カバー:黄
青
カバー:緑
オレンジ
カバー:青
青
カバー:青
赤
カバー:青
青
カバー:青
灰色
カバー:水色
灰色
カバー:水色
水色
カバー:水色
水色
カバー:水色
赤
カバー:緑
黒
カバー:緑
行程
距離
5/31(木)高田馬場駅=(電車)=奥多摩駅 C0
6/1(金) C0―六ツ石山―鷹ノ巣山―七ツ石小屋 C1 15.4㎞
6/2(土) C1―雲取山―飛龍山―将監小屋 C2
14.9㎞
6/3(日) C2―唐松尾山―笠取山― 一ノ瀬
11.3㎞
石尾根を登る 13 人。
【テント割】
コーチ
テント
A
61 代
古川コーチ
B
C
4年
3年
内山義崇
小山恭平
吉村祐紀(佐々木付き)
青木彩(気象)
渡部ゆかり
竹内和彦(福永付き)
尾形祥吾
佐藤由梨
橋下秀司(長谷川付き)
時間
8.0h
9.5h
7.0h
山岳技術確認合宿
学年
下半期
名前
2年
佐々木透
福永孟昭
長谷川祐
雲取山までもう少し・・・!
154
155
山岳技術確認合宿 記録
5 月 31 日 出発
「ワンゲル再始動」
下半期
山岳技術確認合宿は、2 月の凍傷事故、3 月の滑落遭難を受けて、
部の活動の安全性を確認するために行う合宿である。スタンダー
ドな奥秩父での縦走であるが、部員にとっては 3 か月以上ぶり
山岳技術確認合宿
の山行となる。4 年生 3 人は事前に念には念を入れてミーティン
グをしてこの合宿に臨む。もちろん、他の部員も活動に対する思
いをぶちまけてくれる合宿になるだろう。また、今回は 61 代の
古川コーチも合宿に同行してくださる。
20 時に高田馬場に集合して奥多摩駅へ。いつものステビポイ
ントは、全部員が入りきらないが、天気が良いので助かった。星
を見ながら就寝。
6 月 1 日 C1
「初日の長い道」
部員全員で記念写真、鷹ノ巣山にて。
古川コーチに撮っていただきました。
今日の行程は石尾根を縦走し七ツ石小屋まで。基本的には尾根
を延々と進むだけなので、読図も難しい場所はないだろう。奥多
七ツ石小屋手前で小雨が降り出す。もう少しで七ツ石小屋なの
摩駅からは石尾根縦走路までは徒歩。今日迷うとしたら、石尾根
で、雨具を着る方が却って時間がかかり濡れてしまうだろうと、
縦走路に入るまでだが、トップの内山は昨日の電車の中で予習を
急ぎ気味で小屋へ向かう。小屋直前で雨脚が強くなり、結局かな
していたので大丈夫だろう。石尾根縦走路は七ツ石小屋まで小さ
り濡れる羽目に。七ツ石小屋は、幕場はダンロップ 3 張りでちょ
なピークをいくつか越えていくが、ほとんどはピークを巻いてい
うど埋まってしまう程度の小ぢんまりとした幕営指定地である。
るので体力的にきつい行程ではない。そのうち、地形図では城山
今日は金曜日であるため他に登山者も来ないであろうから大丈夫
のピークを踏むように登山道が描かれているが、実際にはその城
だろう。設営を済ませ、食当。上ミ、全ミを済ませて就寝。
山も巻いていた。いつもだったら当たり前のように巻くが、今回
はルーファイも確認項目にあるので登る。こんな機会がなければ
登らない山ではあるだろうから、なかなか良い経験ができた。
156
157
6 月 2 日 C2
「2 日目のもっと長い道」
6 月 3 日 下山日
「3 日目の黒い犬」
泊 3 日なのでどうにも短く感じられる。出発した次の日には、
「明
見えている。早めに出発すれば大丈夫だろう。今日は唐松尾山か
日は下界だ」と思うのでは山に浸かっている気分にはなれない。
ら笠取小屋を経て一ノ瀬へと下山する。唐松尾山までは、昨日の
学生のうちに、そのような登山を満喫しておきたいものだ。
ような森の中を進む道。いかにも奥秩父といった感じだ。
朝、カメラが壊れる。今思えば、狭い幕場でテントが隣接して
唐松尾山で式典。地味な式典ポイントとなってしまったが、お
いたので、外から踏みつけて液晶が割れたのだろう。夏場など、
かげで他の登山者には合わなかった。笠取小屋付近は林道のよう
混み合った幕場では注意が必要だ。
に道が広くなっている。笠取小屋で、下山場所にタクシーを呼ぶ
雲取山では 2 年生が遠くの地形の読図に四苦八苦。これから
が話がかみ合わず、少し心配。地形図をもとに話しているが、向
の新人指導が心配になる。雲取山を越えると、その後は奥秩父主
こうが見ている道路地図とは差異があるのだろうか。
脈南側を延々とトラバースが続く。ここでは、部員の歌が鳴り響
沢沿いの太い道になったところで野犬が登場。この秩父は古く
く。人数が多いせいか、歌が途切れない。
から狼信仰が栄えた場所だが、部員にとって野犬は崇める対象に
将監小屋には、昨日とは打って変わってたくさんの登山者が。
はならないようだ。一本をとろうと思うが、「野犬がいるから」
土曜だということも、場所が奥秩父主脈上だということもあるの
とのことで引き延ばす。見えなくなったあたりで一本をとると、
だろう。テントだけで、すでに 10 張近くはある。我々は、邪魔
しばらくして野犬が登場。内山が「気」を送ることによって野犬
にならないように一番端にテントを張る。天気図では、明日の天
は逃走していった。タクシーは結局、我々が意図していたところ
気は悪い方向へと向かうようだ。明日の行程はコースタイムが今
よりも、林道を上まで上がってきてくれていた。そこでタクシー
日と同じくらいのため、悪天であると下山がかなり遅くなる。授
に乗り合宿終了とする。タクシー運転手の奥さんは、週末には犬
業期間であり、もともと日曜に下山できるようにエスケープも考
を連れて山に行くそうだ。先ほどの犬は運転手の刺客かもしれな
慮してあったので、明日の行程は天気次第だ。最終夜は、小屋の
い。
前で。今回はザックが軽かったのか、思いのほか差し入れが集ま
運転手の紹介で塩山温泉へ。塩山には山の行き帰りで何回も来
る。この合宿で、長谷川=スミノフのイメージが定着する。
ていたが、温泉に立ち寄ったことはなかった。御主人もいい人だっ
たので、また利用してもいいかもしれない。中央線に揺られつつ
帰宅。
文責:小山恭平
山岳技術確認合宿
4 年生だけ 3 時に起床。雨は降っていない。雲は多いが、星も
下半期
今日の行程は将監小屋まで。この合宿は、合宿とはいっても 2
158
159
山岳技術確認合宿 総括
山岳技術確認合宿の目的は、63 代プレ春合宿凍傷事故と四ツ
岳遭難事故を受けて今一度我が部の活動の安全性を見直すことで
が確実に継承されているかどうかの確認と、現役部員の実力の把
握をお願いした。具体的には、時間管理・装備管理の能力や、各
に付いていて実行されていることを確認するための合宿であっ
た。
合宿前の準備は、各学年・各係でほぼ問題なく行えていた。た
だ、レスキューシートを計画書に記載し忘れたこととテントに不
備があったこと、気象予想が的確でなかったことなどは反省しな
くてはいけない。
合宿中は、カメラの破損があったことと、2 年生の読図で遠く
の地形を見る技術がやや足りていないこと、天気図や観天望気か
らの気象予想の精度の低さといった問題が明らかになった。
今回の合宿は、上記の目的のもと一つの問題もなく合宿を行っ
ていくことを目指していたために、いくつかのミスや問題点が明
らかになったことを重く受け止めなくてはいけない。その上で、
今後の合宿・ワンダリングでは同じような問題を起こさないよう、
意識を高く持って臨んでもらいたい。
【計画省察】
(1)山岳技術確認合宿について
この合宿は積雪期に起きた二つの事故の反省を受け、我が部の
技術レベルを今一度確認するために計画されたものである。例年
はこのような合宿は計画されておらずイレギュラーなものであっ
た。しかし、改めて技術を確認し部の活動の安全性を見極めるこ
とができたという点では有意義な合宿であった。
山岳技術確認合宿
学年・各係活動に求められる役割が山岳活動を行う上で十分に身
下半期
あった。そのために 61 代古川コーチに同行して頂き、山岳技術
【行動概略】
5/31( 木 ) C0
6/1( 金 ) C1
行動時間 0h
行動時間 8h18min
20:00 高田馬場駅集合
04:00 起床
22:53 奥多摩駅着
04:34 出発
23:30 就寝
08:01 六ツ石山分岐
09:01 城山
10:15 鷹ノ巣山
11:48 高丸山
12:52 七ツ石小屋
15:40 食当点火
16:15 夕食
16:50 上ミ
17:45 全ミ
20:30 就寝
6/2( 土 ) C2
6/3( 日 ) 下山日
行動時間 9h06min
行動時間 6h20min
03:00 起床
03:00 起床
04:25 行動開始
04:30 行動開始
06:31 雲取山
05:53 唐松尾山
08:00 狼平
08:16 水干
09:31 三ツ岩
08:51 笠取小屋
10:31 飛龍権現
10:50 作場平橋
13:31 将監小屋
15:00 食当点火
15:30 夕食
16:30 上ミ
18:00 全ミ
21:00 就寝
160
161
(2)確認項目について
今回は古川コーチに合宿同行をお願いし、部が現在持っている
【行動判断】
(1)6 月 3 日に 4 年生のみ 3 時起床にしたことについて
2 日夜の予報では 3 日は高い確率で雨が降ることが予想され
項目」として作成した。この合宿の目的である部の技術確認のた
た。また気温・風力ともに悪化する予報だったので、エスケープ
めに、活動の安全に最低限必要なことを項目に挙げた。
を取る可能性を予め念頭に置いた。
エスケープルートで下山する場合、将監小屋からのコースタイ
(3)合宿地について
ムは 1 時間 30 分のため 3 時に起床する必要はない。一方、予定
通りのルートを進む場合、悪天でのペースダウンも考慮すればな
6 月の初旬に残雪のないこと、C2 の行程が十分に取れることか
るべく早めに出発したい。よって、早く起きて出発する可能性と、
ら奥秩父の山域での合宿を計画した。また、このルートは 63 代
遅く起きてエスケープをとる可能性の両方を残しておきたかった
秋合宿のルートと被っているところが多く、他の部分でも委員の
ため、4 年生が 3 時に起床し天候を踏まえて判断したうえでその
誰かが歩いたことのある部分が多く合宿の運営を行いやすかった
場で起床するか、6 時起床にするかを決めることにした。
ので、このルートはこの合宿に適していたと言える。
結果として 3 時には降雨がなく、その場で下級生を起こし、
エスケープではなく予定通りのルートを行くという判断ができた
のでよかった。
テント割は、係別で分けた。通常の合宿であれば、1 パーティー
でそれぞれの係が完結しているが、この合宿ではテントごとで別
(2)下山後、作場平橋でタクシーに乗車したことについて
のパーティーとはしなかったために、テント毎で係は完結しな
計画では合宿の終了地点は一ノ瀬集落となっていた。しかし、
かった。かえって同じ係の 3 年と 2 年が同じテントにいた方が
その手前の作場平橋でタクシーに乗車した。笠取小屋でタクシー
係活動に関する指導も行いやすく、2 年生が係活動の方法を学ぶ
会社に電話を入れた時に、一ノ瀬集落に来てほしいということを
のには良い機会になった。
伝えたのだが、タクシーの運転手が気を利かせて作場平橋まで来
てくれたのである。
(5)計画書について
あらかじめ、タクシーを呼びたい場所の住所を番地まで調べて
今回、計画書にはオーダー・食当・食当見についてあらかじめ
おくか、近くの施設の名前を調べておきそれを伝えておけば、意
記載していた。これは、2 年生全員が食当で火の係・水の係を行
図する場所に確実にタクシーを呼べただろう。
えるように、また、3 年生全員がトップ・食当見を行えるように、
事前にいつ何を行うのかをシミュレーションし、確認を行いやす
くしたためである。
山岳技術確認合宿
この合宿は無積雪期縦走の技術を確認することが目的のため、
(4)テント割について
下半期
技術を確認して頂いた。その時に確認して頂きたい部分を「確認
162
163
ことはただ与えられた「やるべきこと」だけだったように思う。
山岳技術確認合宿 感想文
やろうと思えば自分が出来ることはまだまだ沢山あったはずだ。
流れに任せるのではなく、合宿中でも隊のために出来ること、もっ
山岳技術確認合宿感想文
2 年 佐々木透
とよくなる方法を自分で見つけ行動して行かなければならない。
共に、自分の読図等の技術確認をすることが出来たので充実した
る積極性と体力を持って合宿に臨んで行きたい。
ものになった。
また今回山に行ける喜び、有り難さを再確認した。今後も一回
また今合宿に参加する上での自分の意義として、今後、山岳活
一回、一瞬一瞬の山行を大事にしていきたい。
動中における新人指導をいかにして行っていくかについてのイ
山岳技術確認合宿の感想
メージを持つということを決めていたが、それについても達成出
来たと思う。更なる体力、知識を身につけて、長くなる行程にお
3 年 内山義崇
いても新人の安全を確保しつつ、楽しませられる 2 年生になっ
・
「食袋作成の神」の称号を得たので、何か分からないことがあっ
ていきたい。
たら聞いてほしい。
13 名での行動となった今合宿は、大勢で活動することによる
・塩山での温泉の人たちが優しかった。
楽しさもあったが、隊の人数が増える事による短所も実感した。
・犬が追いかけてきた!犬は嫌い。猫が好き。
今回の良い経験、失敗だと思う経験を今後の自分の山岳活動に
・鹿ってあんまり頭良くないのね。登山道に平気で出てくるし。
活かしていきたいと思う。
・雨あんまり降らなくて良かった。俺の雨具はもうダメだ。ニク
ワックス使おう。
・ハイドレーション神
確認合宿感想文 3 年 青木彩
・雲取 2 回目の登頂
プレ春以来の久しぶりの縦走。3 ヶ月間活動出来なかっただけ
・やっぱり登りは嫌だ
に皆と山に行けたことは非常に楽しかった。また奥多摩の山の温
・平地、下りが好き。でも永遠トラバースは勘弁。
かさ、奥深さに包まれ、「やっと戻って来たー!」という喜びで
・上半身鍛えてよかった。肩が痛くならなかった。
終始ワクワクしていた。
・下半身もっと鍛える
今回は確認合宿ということもあり、「ひとつひとつを確実に」
・久しぶりの食当。米がおいしく炊けてよかった。
ということを意識して臨んだ。反省するに、やるべきことはそれ
・ベーコン(笑)
なりに出来たと思うが、自分の中でいろいろと理由をつけてまあ
・福永の歌やばい
いいかと動かなかったところもあった。今回確実にやろうとした
・差し入れチキりすぎた
山岳技術確認合宿
今後の上級生、リーダー層としての可能性を広げるためにも更な
下半期
今回の合宿は半年ぶりに無雪期の縦走を楽しむことが出来たと
164
165
山岳技術確認合宿感想文
・コーラ最高。温泉最高。文明に感謝。
3 年 竹内和彦
・下山後の電車帰りって楽しいよね。
・幕場に着いてから一時間位フリータイムがあったのがよかった。
いつもは真面目に書いているけど、今回はぶっちゃけて書く。
ストレッチ&のんびり
正直、今回の合宿に行く前、嫌で嫌で仕方なかった。まず、1ヵ
思った。「寝坊をしない」
「返事をしよう」とか小学生かよって思っ
山岳技術確認合宿感想文
3 年 尾形祥吾
下半期
月前にチェックリストを見せられた時点で勘弁してくれよって
たし、自分が留年してまで続けたかった部活は、こんなレベルの
低いとこじゃないよって感じ。
しかった。出発前の用意段階では、訓練合宿という名目があり普
もちろん活動再開には不可欠なステップだというのは頭では分
段以上に緊張していて、家から出る前の時間は怖かった。数か月
かっていたけど、でも、やってらんねーみたいに思っていた。監
の期間であったがしばらく合宿にもワンダリングにも行っていな
督コーチ・委員会の皆さん、すみません。
かったので突然の 2 泊の山行はいろいろと勝手を思い出しなが
本当にデキる人は、その中でもうまく切り替えてやれるんだろ
らの行動となってしまった。せっかく近くに歌集を入れておいた
うけど、今の自分には無理だった。だから良くない意味で開き直っ
のにザックに入れたまま最初の一本を始めたことに気がついた時
た。トップや 2 年指導に関しては文句を言われないようにやろう。
はそのことを嫌でも感じさせられた。体力的にも不安な面はあっ
その他は知らんと。いつもはどうやったらより安全に、より面白
たが思ったより体は動いてくれたので、とりあえず今回くらいの
くできるか自分なりに考えながらやるんだけど、今回は全くナシ。
山では不自由しないくらいの体力が保たれていると思えた。
で、最低限求められることはやって、後は自分が楽しめることだ
しかしだんだん歌を歌っている時の雰囲気が特に最終日には嫌
けを考えた。今まで山の楽しみとかよく分からなかったから、見
いになっていった。歌っているときに合っていない場所で変な掛
つかるかなと。とりあえず 5000 円分元をとろうと思ってた。
け声を入れたり、奇声をあげていたり、歌い方を茶化しているよ
いつもは合宿前にスイッチを入れて別人格で行くんだけど、今
うなのが後ろの方から聴こえてきて歌う気をなくし、最終日には
回は OFF のまま。合宿やってるうちに入るかなーと思ってたけ
ほとんど参加していない。やっている時は楽しいのかもしれない
ど、全く入らなかった。そしたら、周りもみんな OFF のままだっ
が傍から聞いているとただ不快で混じりたくなかった。
た。雰囲気としては明るかったけど、多分あの感じで冬山 C4 やっ
たら死ぬなと思いながら見てた。楽しくやるのと、ユルくやるの
は違う。有事の時にみんなのことを思って冷静に動けるか、そし
て普段からそういうリスクまで考えられているか。いい雰囲気っ
てそういうとこまで含まれる。じゃあやっぱり自分がやんなきゃ
と思った。めちゃくちゃ偉そうだけど。
山岳技術確認合宿
ふたたび山に登ることができるようになったことはとてもうれ
166
167
山岳技術確認合宿の感想
で、肝心の「山を楽しむ」はどうだったか。うん、やっぱり楽
3 年 橋下秀司
しくない。相変わらず景色見ても「ふーん」て感じだし、後輩に
同期とか後輩とかイジってたけど、別にそれは山でやることじゃ
久しぶりの山でしたが、まったく久しぶりに感じなかったという
ない。むしろ何か虚しい。やっぱり、何か真剣にやっている仲間
か、山での行動が自然なくらいまで、ワンゲルに染まっているよ
と、たまにふざけるから面白いんだ。ワンゲルで山を真剣にやれ
うです。
ないんだったら辞めた方がいい。当然だけど。やっぱり山はガチ
これが大事なんだと思います。安全に関すること、基本的なこ
じゃなきゃダメだ。みんなで楽しくワイワイ登山なんて、歳とっ
とは、わざわざ頭を使わなくても自然とできる。安全に登山する
てからやったらいい。多分やらないけど。
上でも、山を楽しむ上でも決して欠けてはならない点です。あと
自分がやりたい山は、超悪条件下で、行程もハード。ぶっ倒れ
は、頭を使っても判断に迷うような微妙なラインのもの。これを、
そうになりながら、自分を鼓舞して、周りを鼓舞して頑張る。で、
どう素早く、自信をもって決断するか。リーダーになるまえに、
帰ってきたら、身も心も疲弊しきって、3 日間ベットから動けな
是非とも習得しておきたい要素です。
いみたいな、そんな登山。明らかに普通じゃないけど、自分の性
格ってそんな感じだ。
巻き道の単調性
歌うたうのもいいけど、楽なとこで歌ってもあんまり楽しくな
3 年 吉村祐紀
い。ホントにしんどい時に周りを鼓舞するために唄うのがかっこ
山岳技術確認合宿は、プレ春以降初めての合宿になる。3 ヶ月
いい。じゃなきゃただのカラオケか、ピクニックだから。
とちょっと、これほどの間でかくて重たいザックを担いでいな
今までは厳しくする意味って何なんだろうと思っていた。別に
かったのは、なかなかない。思い返せば 2 月にはプレ春があり、
みんな楽しけりゃいいのに、何でそんなのする必要あるのって
その一週間後にはスキー祭で福島へ行った。ファットを使って新
思ってた。でも今回やっと分かった気がした。まずは安全のため。
しい境地に達したい、春で、八幡平で使ってやろうと思い、スキー
当たり前。もう一つはユルい=楽しい登山ではないこと。おちゃ
板を新調した。3 月初めには自転車ワンダリングを行った。6 日
らけ登山にはできるけど、楽しいってまた別のものだと思うから。
から山小屋に入り妙高のゲレンデで板慣れのために滑っていた。
今回、5000 円払って山の楽しみ方を知りたいと思っていたけ
一人の生活は正直心細かったのは言うまでもない。そんなある日、
ど、一般的な山の楽しみ方は分からなかった。でも自分のやりた
メールがあって、そして信じられないような結果となった。活動
い山は分かった。今後どう活かされるかはこれからの自分次第だ
しない期間が生まれた。この期間を使い自動車免許の取得をした。
と思う。
OBOG の方とたくさん会った。新歓を行わないまま 4 月に大学
が始まり、同期で年間方針に向けて話し合いを頻繁に行うように
なった。新入生から連絡が意外なほど来たことには驚いた。しか
山岳技術確認合宿
ワンダーフォーゲル部に入部して早 2 年が過ぎました。今回、
下半期
は「景色きれいだね」とか言ってみるけど、別に何とも思ってない。
168
169
し GW には再開できると思っていた活動も、5 月の最後になるま
「違和感」
もより掃除を丁寧にできたし、軽いハイキングもできた。東京に
久々の山行ということで、合宿前は結構緊張していた。安全に
帰らずにそのまま残りたいと思った。
合宿が行えるか、体調不良が続いていたので体力的にも心配で
今まで何度か歩いたことのある道。必要なことは新たな発見を
あった。結果どちらもほぼ大丈夫であったが(疲労や筋肉痛は非
していくことで、これができていればいつだって山行は楽しいも
常に感じているが…)、合宿中は常に複雑な気持ちで久しぶりの
のになると思う。いつ行っても新しい発見ができることは、山へ
部員との山行であったのにもかかわらず正直あまり楽しむことが
のモチベーションにつながると信じている。全ての山行がそんな
できなかった。「確認合宿」だから楽しむ必要なんてないのかも
活動であるように努力していきたい。
しれないけど。反省は総括ですれば良いので、今回は今の自分の
山岳技術確認合宿で通った道は一度歩いたことがある道だっ
正直な気持ちを書きたいと思う。
た。新鮮味が無かったといえばそれまでであるが、実際は新しい
何故楽しむことができなかったのか。もちろん行き慣れた山域、
発見はあった。同行メンバーの多様性だ。いろんな人と山に行く
というのも理由の一つであろう。昨年の錬成、秋ともかなり被っ
ことは楽しい。いままで知らなかった人の一面を知れたらもっと
ているコースだ。新鮮さも感動も、ない。
楽しくなる。そんな事を求めて山に行くという考えが私にはある。
しかし、それだけではもちろんない。合宿中常に心の中にあっ
たのは、「違和感」。この合宿に対する違和感、計画を作成したの
は自分たちなのにそう感じてしまう違和感、今更だがワンゲルの
ヒサビサノヤマ
4 年 小山恭平
登山スタイルへの違和感、山が好きでない部員が一緒に山に行っ
久々に山に行った。久々の山はとっくの昔に春を迎えたように、
ているという違和感、合宿中の妙にハイテンションな雰囲気への
シャクナゲやつつじが咲き誇っていた。そのひとつ前の山行が、
違和感、などなど。様々なことに違和感を感じながら、この合宿
真冬の吾妻だっただけに、山域が違うせよ表情に変化には驚きを
を運営して後輩の指導や技術確認にあたっていたわけである。4
禁じ得ない。
年生という最上級生がこんなことを感想文に書くなんて、と思わ
今回の奥秩父山塊は沢登りでもおなじみだが、この時期は例年
れてしまうかもしれないが、合宿中はそんな素振りを見せずに臨
錬成合宿で南アルプスへ向かうので初めてである。行ってみれば、
んだつもりなので許して欲しい…。
花がきれいでこの時期ならではの奥秩父を見ることができた気が
なんだかとても悲しいのです。山が好きでないのに「参加義務」
した。ブランクがあると、その分新鮮でピュアな気持ちで山を見
だから山に行っている部員がいるとか…。そして、歌を歌って登
ることができるのだろう。その気持ちは忘れずに生きたいものだ。
山の辛さを紛らわそうとしているところとか…。私は山の、時に
は厳しいけど全てを包み込んでくれるようなところとか、静かな
鳥のさえずりとか風の音が好きです。山で歌を歌うのは私も気持
山岳技術確認合宿
4 年 佐藤由梨
下半期
で足止めされた。GW は部員を引き連れて山小屋に行った。いつ
170
171
ち良くて好きだけど、今回はなんだか違うなと感じてしまった。
皆は何で山に来ているのだろうか?と思ってしまった。そんな雰
囲気にしてしまった自分たちがいけないのだろうか。山の魅力を
伝えられていない自分たちがいけないのだろうか。よく分からな
合宿中から思っていたことだが、「単独行」がしてみたい。し
下半期
くなった。
ばらくは無理だけど、山と本当に向き合うには、一人で登った方
山岳技術確認合宿
が良いと思う。
172
173
新歓合宿
この合宿が終わった後、様々な気付きから新人はまた山に行き
たいと思い、上級生となったときには活動の原体験となり、何年
か後に振り返ってみれば大切な思い出としてよみがえる。63 代
First Impression を!
新人諸君!まずは早稲田大学ワンダーフォーゲル部に入部して
のキャラバンの一員として共にそんな First Impression を得られ
るような合宿を創り上げよう。
下半期
【主旨】 新人に最高の
くれたことに感謝を述べたい。これから君達の学生生活がより充
期待が膨らんでいることだろう。今合宿は君達が早稲田大学ワン
ダーフォーゲル部の部員として参加する初めての山行となる。君
たちは山に登る準備として、基本的な訓練・練習を行ってきた。
もちろんそれらの技術を確認することも大事だが、山は実に多く
のことを気付かせてくれる場であることも覚えていて欲しい。山
に対する理解を深めていくことで次の活動への期待も膨らんでい
くはずである。
上級生においてはそれぞれの学年が変わってはじめての合宿と
なる。上半期の事故の反省を踏まえ、無事に活動を再開できる喜
びと、下級生に対し責任感を持って参加する覚悟を持って欲し
い。また、これまで支えてくださった OB・OG の協力への感謝を、
新しい仲間を加えての山行を成功させることで示したい。
今回の新歓合宿の舞台は、ヤマトタケルノミコトが登ったとさ
れる武尊山である。日本百名山にも数えられるこの山の頂からは、
北には至仏山、西には谷川岳、そして東には日光の名峰を見るこ
とができる。それらの景色はこれからの活動に対する期待感をさ
らに強めるだろう。また、山頂に至るまでの過程においても、岩
場や雪田など地形の変化に富み、さらにつつじやシャクナゲなど
の植物が登山の魅力を伝えてくれる。新人を歓迎する合宿として、
最高の舞台だと信じている。
【隊員構成】
【山域】
A パーティー
武尊山
3 年 尾形祥吾 (総 L、隊 L、記、カ)
3 年 内山義崇 (隊 SL、食糧 C)
【使用地形図】
3 年 竹内和彦 (医療 C、渉外、会計)
4 年 佐藤由梨
「鎌田」
2 年 佐々木透 (医療、気象)
(国土地理院発行
2 年 長谷川祐 (装備、食糧)
1/25000 地形図)
新人 奥平祐介
新人 本間大喜
B パーティー
3 年 吉村祐紀 (総 SL、隊 L、記、カ)
3 年 青木彩 (隊 SL、装備 C)
3 年 橋下秀司 (気象 C、食糧)
4 年 小山恭平
4 年 渡部ゆかり
記: 記録
2 年 福永孟昭 (気象、医療)
カ: カメラ
新人 藤田啓輔
【行動計画】
月/日
行動
予定時間
6/21(木)甘泉寮
0h
甘泉寮 = 武尊牧場スキー場
6/22(金)
2h
-武尊牧場キャンプ場(BC)
BC―武尊避難小屋―武尊山 P
6/23(土)
7h
- BC・キャンプファイヤー
6/24(日)解散式
0h
新歓合宿
実していくことを願う。初めての合宿に臨み、やる気も高まり、
174
175
新歓合宿記録
6 月 21 日 甘泉寮
「はじまりはいつも甘泉寮」
てくださったので差し入れを受け取り、体育館の前で記念撮影。
後はバスに乗り込み出発。が、どうやら予想以上に前線が早く動
いたらしくバスに乗っている間に気がついたら晴れ間が見える。
予定時間より早くスキー場の駐車場に着くと暑い位でもう心配は
置き、新人の装備確認。真新しい登山靴は固く履きにくい様子。
スキー場の林道を時々登山道のようなショートカットを使い
そこから雨具を一式つけてもらうと、靴を履いたまま雨具を着る
登っていく。全装の登りとなるが新人にはこれからのことを考え
のに手間取り、ザックカバーのつけ方を知らないなどの練習不足
ると良い経験だろう…。
が発覚。山に入る準備が出来ていない、とそこからしばらく一連
途中 1 回休み、すぐにキャンプ場に到着。そしてすぐに設営
の流れを通して練習タイム。
となる。各隊での設営ではどちらも時間は切れているので、試し
ロープワークも一通り確認した後は、スクーリングに入る。修
に新人 3 人で設営してもらうと大変なことに。
理道具の説明と雷について。この山域は雷が多いとのことで晴れ
こちらも練習に時間を割き、その後の予定を少しずつずらす。
ていても油断はできないとのこと。ここで OB の方にアイスの差
錬成前に良く練習しておきましょう。
し入れをもらう。
上ミ、全ミを経て起床係を決めるライターゲームをやるが、当
6 月 23 日 BC ~武尊山ピストン
然新人は知らない。やれば分かるさ、ととりあえず一度始めるが、
「武尊山登頂!下山後のキャンプファイヤーも大いに盛り上がる」
どうにも細引きのある所が限定されそこそこ続いたが一周するこ
3 時起床。いつもの通りに朝の食当をし、用意をして出発。両
となく、青木が負ける。2 度目は本番と意気込んで始まるがやは
パーティーで完成の時間に差が出たようだ。
りさっきと同じ領域にとどまり続け、またしても青木の敗北。ゴ
少し雲が多いようだったが、問題なく出発。気持ちの良い白樺
リ押しで 3 回目が始まり今度こそは、となるが何故か新人藤田
の遊歩道を抜け、登山道に入る。しばらくなだらかな林の中を、
とまたしても青木の勝負となり、このゲームでは奇跡ともいえる
時々誰か歌いながら、最初なのでゆっくりと進む。
3 連敗。これ以上は L といえどもテコ入れできません。その後は
ここから少しずつ泥濘の予兆はあった。避難小屋を通過した後
布団を並べて就寝。
からはほとんど湿った登山道しかなく、時々靴の上にまで泥がか
ぶってしまうようになってしまう。ある程度は予想していたが予
6 月 22 日 甘泉寮~武尊牧場キャンプ場(BC)
「キャンプ場に到着!新人はテント設営に悪戦苦闘」
想以上の進みにくさだった。そのうちに雪も出て来る。休んだと
ころでスパッツを履きたい人だけ付けるように言ったが、この時
夜の間雨の音が聞こえた。マジかー、となるがどうしようもな
点で内側の脛半分までドロドロなのか、あるいはあんまり汚れて
いのでおとなしく甘泉寮を出発。雨の中 62 代の方が見送りに来
いないかの二分となっていた。
新歓合宿
いらなかった。
下半期
63 代の新歓合宿も例年通り甘泉寮から始まる。早々に荷物を
176
177
下半期
新歓合宿
残雪も結構ありました。
山頂にて、全員で記念写真。
大きな雪の塊を越えて少し進むと鎖場が出てくる。近づいてみ
下山する時にはすれ違う人が多く、譲ったり譲られたりしたた
るとなかなか高さがあり、慎重に行きたいところだった。その先
め、鎖場を過ぎるまで結構な時間がかかってしまった。避難小屋
には残雪が結構あるが、雪は柔らかくキックステップで十分歩け
にリミット時間までに着くことができず、今後の予定変更の恐れ
る。しかしトラバースは注意して歩かないと元の登山道を見逃し
があるため渡部さんと竹内の 2 人に先行してもらう。避難小屋
てしまい、藪こぎをして戻ることになる。
からは道も良くなるので一気に進み、なんとか予定時間の内に下
残雪を登り切り稜線に出ると右手に山頂が見える。銅像で写真
山できた。
を撮り、紺碧を歌いながら山頂に着く。歌うのは 2 回までが良
キャンプファイヤーは最初ものすごい勢いで燃えて、しばらく
いという要望が多く、ぎりぎりまでためて少し遅かったような
近付けなかった。新人紹介と御返杯したのち校歌、エール。自分
気もしたが、案外ちょうど良かった。オレンジや栄養ドリンク、
はそこで酔いが回ってしまい、離脱。同期に付き添われながらテ
ジュースが出て来て、ピッケルでスイカ割りをしたが(かなり綺
ントに収容される。 麗に真二つになった)、ずいぶんと水分の多い差し入れだった。
展望も良く全周を見渡せた。少し雲のかかった谷川岳が非常に魅
力的に見えた。各々記念撮影をして、ちょうど山頂に着いた OB
の方と一緒に式典。方角に困ったが一応東京の方を向いた。
178
179
6 月 24 日 解散
「無事に合宿終了!」
6 時起床。朝のお茶漬けがありがたい。解散式で一本締めをし、
無事合宿は終わる。
て花咲温泉まで歩く。車でボート隊に、普通に自転車隊に抜かれ
下半期
その後何もない新人と沢隊は、スキー場まで下り、林道を抜け
る。温泉は広く、露天もありとてもよかった。何人かはジェラー
かう。自分は初めて山彦に行き、噂のとんかつを頂く。下界のご
飯は非常においしかったのか、普段は小食なはずの新人までお代
わりをする(結局手伝ってもらっていたが、その意気や良し)。
晴天の下、キャンプファイヤー
6 月の梅雨の晴れ間に丁度合ってくれて、とても気持ちの良い
山行だった。主役の新人たちも楽しんでいてくれたら幸いだ。ま
たキャンプファイヤーにはたくさんの OB・OG の方々に来てい
ただき、差し入れも様々贈ってもらった。来られなかった方から
も応援を頂き、大変な励みとなった。この場を借りて、お礼致し
ます。また、この合宿に参加した全部員へ、お疲れ様でした。
文責:尾形祥吾
多くの OB・OG とともに。
新歓合宿
トを食べたようだ。その後 OB の車に乗せていただき沼田駅に向
180
181
新歓合宿総括
例年より遅い新歓合宿となり、6 月の梅雨の時期に行われたが、
幸いなことに好天に恵まれ非常に気持ちの良い登山ができた。山
ことができた。ワンダーフォーゲル部員となって初めて山に登る
6/21(木)
出発
6/22(金)
C1
18:30 部室集合
19:00 甘泉寮着
20:55 上ミ 21:45 全ミ
23:00 就寝
07:00 起床
08:30 甘泉寮発
09:00 バス出発
12:00 武尊牧場スキー場駐車場着
12:20 行動開始
13:53 武尊牧場キャンプ場着
16:13 食当点火
17:41 上ミ
18:30 TP
20:00 就寝
6/24(日)
解散
合宿として、新人にとって武尊山が強く心に残る最高の結果に
期待が大きくなったと思うが、全ての合宿が今回のように恵まれ
るとは限らない。そのことを肝に銘じてこれからの活動に取り組
んで欲しい。
合宿中に目立った問題は起きなかったものの、準備段階で不足
している部分が多かった。甘泉寮でチェックを行ったことによ
り、準備不足の点が確認でき練習時間を設けられたことは良かっ
たが、新人指導に抜けがあり、安全に山に連れて行ける状態でな
かったことは反省しなければならない。また係活動でもその達成
6/23(土)
C2
行動時間 9h23min
03:00 起床・食当点火
06:00 起床・食当点火
04:30 行動開始
07:00 解散式開始
09:20 武尊山着
07:15 解散
09:55 武尊山発
12:50 武尊避難小屋
13:53 武尊牧場キャンプ場
15:50 食当点火
17:30 報告会
18:00 キャンプファイヤー点火
度には差があった。事前準備から抜かりがないように、各係活動
に取り組んで欲しい。問題があったことは反省し、次回からは同
じ問題を起こさないようにしなければならない。
【行動判断】
①休憩の取り方
1850m を過ぎた所で 6:45 に休憩をし、6:55 に出発をした後
は山頂に到着する 9:20 まで休憩を挟まずに行動し続けた。これ
は、途中の登山道が非常にぬかるんでいて行動に時間がかかっ
たこと、またザックを置けるような所が少なかったこと、さら
に 15 人の鎖場の通過にも時間がかかっていたことが原因である。
合計時間は長いものの実際に歩いていた距離と時間はそこまで長
くなかったため、1 本で山頂まで行く判断をした。
新歓合宿
なったはずだ。今回得られた First Impression で今後の活動への
行動時間 1h33min
下半期
頂からは全方位を遠くまで望むことができ、周囲の山々を見渡す
【行動詳細】
182
183
事前の調べに合ったように山頂付近 2100m 以上の所では残雪
により 14:00 から 15:00 の間に下山をしていればその後のスケ
があった。2 年生は登山靴で雪の上をキックステップで歩いた経
ジュールには問題なくなった。そこでそれ以前の時間設定にも余
験がないため、それまでの 2 年福永から 3 年橋下にトップを変
裕ができた。
えた。その後、トラバースで 2 年福永に雪上での歩き方を教え、
2、実際に時間がかかった理由は鎖場でのすれ違い、路面状況
本人に確認したところ大丈夫だということ、また、下には藪が茂っ
の悪さにあったと思われる。避難小屋以降の登山道はぬかるみの
ているため万が一滑落しても大事には至らないと判断したため、
少ない歩きやすい道が続き、隊の行動力に問題はなかったので
途中でトップを福永に交代した。
ペースアップができて、結果的に 14:00 前に下山することできた。
下りでは危険性も少なく、2 年生も慣れていたため、トップの
今後は臨機応変な対応を心がける。
交代は行わず 2 年長谷川のまま行動した。(南向きの斜面で、登
山靴でも蹴り込めるくらい雪は柔らかかった。時刻は 8:00 で気
④予定行動時間を過ぎたことについて
温は 13℃。)
計画時の予定行動時間は、コースタイムに基づいて 7 時間と
していた。しかし実際は休憩時間を含めて 9 時間を超える行動
③ 4 年渡部と 3 年竹内の分隊
となってしまった。この原因として、前日の雨や雪解けによるぬ
行動準則に則って 12:30 に武尊避難小屋に辿りつけなかった
かるみを避けるように進んでいたこと、鎖場の通過に 15 人分の
ため、2 人には OB への連絡係としてキャンプ場に先行してもらっ
時間がかかり、さらにそこのすれ違いに多くの時間を費やしてい
た。今回の場合は先に来ている OB への対応という役目もあった
たことが上げられる。
ので、先についてもらい事情を説明してもらうことができて良
かった。
しかし時間設定と隊全体の行動力への判断については良くな
かった点がある。
1、食当点火の時間を 15:00 から 16:00 にした
2、何らかのアクシデントがあって隊の行動力が落ちている前提
での時間設定だった
新歓合宿
1、については甘泉寮に入る前に決定したことだが、このこと
下半期
②残雪の歩き方
184
185
【計画省察】
2 月のプレ春合宿での凍傷事故、3 月の四ツ岳遭難事故を受け、
3) 主旨に適うかという視点での絞り込み
部の活動が一時休止していたため、63 代の新歓合宿は例年より
遅い 6 月に行うことになった。
・山頂に長居できるようなスペースがあること。(山頂での時間
①合宿地選定の経緯
下半期
を大事にしたいため)
・行動中にも景色が楽しめる。
・山自体が地形的(谷・岩場・はしごなど)、また植生的にバラエティ
に富んでいる。
アップ
・普段の合宿であまり行くことがない(新人に新歓合宿で行った
山としての印象を持っていてもらいたいため)
・OB・OG に来ていただけるよう、アクセスが良い。(遠くても
↓
浅間山
東京から車で 5 時間程度)
山頂での長居
○
○
○
行動中の景色
○
○
○
○
△ ( ※ 1)
地形・植生
△ ( ※ 2)
○
○
○
○
新歓合宿としての印象
○
○
×
×
×
もある)
浅間山・武尊山・高妻山・金峰山・瑞牆山・両神山・会津駒ヶ岳
両神山
○
・キャンプ場がある。(キャンプファイヤーができて、屋内施設
↓
武尊山 金峰山 瑞牆山
× ( 火山ガス )
↓
武尊山 !
2) 登山を初めて行う新人でも問題のない条件での絞り込み
※ 1: 現 3 年生が新人ワンダリングで行った際、樹林の中を歩く
・予定行動時間が 7 時間以内。
時間が長く、行動中に景色を楽しめる時間は限られていた。
・アイゼン・ピッケルが必要になるような残雪がない。
※ 2 : 山頂付近は火山岩で出来ているため、植生の変化に乏しい。
・岩場・鎖場などがない。あったとしても安全性が確保されている。
↓
浅間山 武尊山 高妻山 金峰山 瑞牆山 両神山
会津駒ヶ岳
予定行動時間
○
○
× (8.5h)
○
○
○
○
残雪
○
○
○
○
○
○
× ( 残雪多 )
安全性
○
○
○
○
○
○
○
↓
浅間山・武尊山・金峰山・瑞牆山・両神山
新歓合宿
1) 新歓合宿において、絶対的に必要な条件を満たす山のリスト
186
187
②合宿地事後考察
新歓合宿感想文
1) について
新歓合宿の感想
車でのアクセスは良く、キャンプ場に関してはキャンプファイ
今回の新歓合宿は私にとって初めての山登りでした。
初日の林道を登っているときは山頂まで体力が持つか不安でした
が、天候に恵まれたこともあり無事にたどり着きました。また、
行動時間は予定よりも大幅に伸びてしまった。これは予想以上
歌集の重要さを実感しました。山頂から見える景色は格別で、写
に登山道の状態が悪かったこと、登山客が多く鎖場でのすれ違い
真のそれとは大きく異なり何とも言えない満足感を得ることがで
に時間がかかったことが原因と考えられる。またもし天気が悪
きました。
かった場合は、登山道の状況がより悪くなり、山頂に至ることは
しかし、装備や設営など準備不足だった部分が多く先輩に迷惑
難しくなっていただろう。
をかけてしまったので、下界での鍛錬の必要性を痛感しました。
残雪はあったがアイゼン、ピッケルは必要なかった。鎖場は少
また、先輩の差し入れの多さとそれを軽々と運ぶ体力には驚かさ
し難易度が高く、時間がかかる要因となってしまった。 れました。私も経験を重ね余裕を持ったワンダリングを行えるよ
うに頑張りたいと思います。
3) について
山頂では十分なスペースがあり、また景色も楽しめた。高度が
新歓合宿感想文
上がると植生も変わり周りを見渡すこともできた。
新人 藤田啓輔
自分が部員になって初めての山行ということで、今回の合宿は
【まとめ】
とてもわくわくしていました。けれど、結果は散々なものでした。
山自体は非常に良く、また近隣の施設も充実していて最有力候
持ち前の不器用さに加え、事前の準備不足がはっきりと露呈して
補として申し分なかった。
しまいました。特に幕営生活での失敗が多すぎたと感じます。自
しかし今回は無事終わったものの、悪い条件が重なると新歓合
分の欠点や短所を実感するという意味でとても意義があったのか
宿としての成功は難しくなったであろう。今後はより様々な事態
もしれません。
を想定して合宿地を選定してほしい。
しかし、合宿中に一番印象に残ったのは部員全員で山を登って
いるという感覚でした。歌の掛け合いはもちろん、上級生の方々
は常にお互いのことを考え行動していることが自分にも少し分か
りました。ただ山を登ればいいと思っていた自分には、とても驚
新歓合宿
2) について
下半期
ヤー場、屋内施設等設備が整っていて非常に良かった。
新人 奥平祐介
188
189
きでした。そして、お忙しい中、監督さん、コーチ、OBの方々
注意され続け、新人だけでの設営は何度繰り返しても3分を切る
が来てくださったこともうれしかったです。
ことができませんでした。それでも、読図の楽しさ、観天望気の
これから、同期の仲間と協力しあってワンゲルの部員として頑
難しさ、テントならではのルールを学び、百名山からすばらしい
張っていこうと思います。
景色を見て、雲1つない空の下でのキャンプファイヤーで OG、
「飴と鞭」の両方を体験したこの合宿では正確な相性はわかり
3147
ません。この合宿以上の「鞭」を打たれ続け、一切の「飴」が無
計算結果が「10」となる計算方法を見つけてください。ただ
いと思われる例の合宿を経験してから判断します。相性が悪いと
し、解が存在するとは限りません。
占われたとしても、その占い結果を覆すようなトレーニングを、
好き。
この合宿での反省を生かした準備、食当・設営練習、日々の生活
嫌い。
を占われる前から心がけています。そんなこんなで、中学生の自
人それぞれ、モノに対する意識の持ち様は異なります。数学が
分と今の自分とを重ね合わせながら思います、数週間後の噂の占
好きな私はとことん数字を追い続けられます。切符、車のナン
い師との出会いが楽しみです。
バープレートが示す4桁で「10」を作る暇つぶしが好きな私が、
ところで、「10」を作れたでしょうか。
新歓合宿中で最も苦労した難題は、車のナンバープレート「31
63 代新歓合宿感想文
‐ 47」でした。嫌いなタイプです。
2 年 佐々木透
昔は登山が好きではありませんでした。どこまでも続く登山道、
近い様で遠い頂上、せっかく登った道をわざわざ下らなくてはい
今回の新歓合宿を迎えるにあたり、1 年の経過が非常に速く感
けない現実など苦手意識が満載でした。小学生の頃から家族でた
じた。自分のワンゲル生活が始まった新歓合宿がつい最近にあっ
しなんできた登山が好きになったのは中学生の頃です。陸上班(*
たようで、いかにその後の日々が詰まっていたかということの証
私の学校では部でなく班と呼ぶ)に入班し、体力が向上したため
なのだろう、とふと思った。
です。おかげで、登山が好きになりました。
今回の合宿では、2 年としての『責任』を非常に感じた。
しかし、重いザックを背負っての登山はどうなのか、私と相性
今回は、合宿主旨にもあったように、そして自分も新歓合宿
は良いのか悪いのか、楽しみにしていた新歓合宿は最初でつまず
でワンゲル部に希望を抱いたように、新人に対して最高の First
きます。部室から甘泉寮に向かう坂で尻の筋肉がピクピクっとな
Impression を与えたいと考えていた。
り、腰は重く、余裕そうな他の新人の立ち振る舞いの真似をして
しかし、楽しい部分を求めるあまり、メリハリがつかなくなっ
いるので精一杯でした。登山道に入り、始めの1本目で既に下半
てしまった。
身に疲れを感じました。山では初めての設営・食当は、先輩方に
楽しむだけなら誰でも出来る。しかし、メリハリを付けられてこ
新歓合宿
新人 本間 大喜
下半期
OB の方と話せた事はとてもうれしく楽しかったです。
190
191
しかし、そういう観点から見ると、30 点だった。何と言っても
動が出来るのだと思う。
新人指導がまだまだ甘かった。
そして、そのメリハリを付け、新人が山を安全に楽しめるよう
反省はたくさんあるが、新人が楽しそうだったので、今回はよ
に必要な知識を与えるのが 2 年としての責任だと思う。
しとしよう。
その点から今回の自分を振り返ると、無責任な部分が多かった
しかし、錬成では鬼になる。そう心に決めて、前を向こう。
と思う。
己の過信
自分のすべき事をこなしつつ、後輩の面倒を見ることがこれ程
今後は増々やらなければならない事が増えてきて、自分のこと
今回の合宿について感じたことを感じたままに書き綴りたいと
だけで後輩に手が回らなくなりそうな不安があるが、一つ一つの
思う。特筆すべきは己の過信である。新人指導は不備が多く、自
事を手早く終えて、少しでも余裕を作れる能力を身につけたいと
分達の新人指導が如何にガサツであったか、装備確認の際に最も
思う。
顕著に現れた。指導不備などありえない話である。今後の合宿で
は決して無いようにする。
新人に対しては 2 年の中で三者三様の指導があった。どの指
2年 長谷川祐
導法が良いものなのか正確に答えが出るわけではないが、自分達
今回の合宿は今までとは違い、後輩がいた合宿であった。その
なりに考えた上での指導なので、今後も続けていきたいと思うし、
分負担も大きかったがやりがいのある合宿となった。
不足等については是非とも教えていただきたい。
今までは先輩に従い、装備チェックをしてもらい、行動中も励
トップについて。壊滅的という言葉が最も合うだろう。後ろが
ましてもらっていたが、今回はそうはいかない。自分のことは自
見えていない、ペースが整っていない。想像以上に難しかった。
分でやり、かつ新人のことも見なくてはならない。責任重大であ
今後の山行に於いての成長をここに誓う。
る。初めて新人に教える立場の人間になって迎えた新歓合宿。私
係活動について。気象係、初日に気象予報を外す。己の甘さを
は自分自身に密かに課題を課した。
感じる。確認合宿の反省を何も生かせていなかった。猛烈に反省。
一つ、へこたれない。これは錬成合宿で私がへばり、隊の士気
観天望気は合宿中にミスも無く、無事に総括も完成を見た。今後
を下げてしまっていたので。
もミスのない係活動を行っていく。
一つ、新人にワンゲルの様式に慣れてもらう。
合宿全体を通して。天候も晴れ、キャンプファイヤーも盛り上
一つ、新人に楽しんでもらい、かつ私も楽しむ。
がり、新人達にとって素晴らしい First Impression になったと思
一つ、新人指導を意欲的にこなす。
う。羨ましい限りである。ただ一つ、不満を伝えるといえば紺碧
これらが完璧にできて、初めて成功した合宿だったと言えよう。
の空についてである。同期の行き過ぎた行動によって妨害された
新歓合宿
2 年 福永孟昭
大変だとは正直思っていなかった。
新歓合宿感想文
下半期
そ、本当の楽しさを味わえるのであり、厳しい環境でも安全に活
192
193
ことに私は今でも怒りを覚える。もし当時、私の手元にピッケル
新歓合宿の感想
3 年 内山義崇
ことだど捉えている人も多いのかもしれないが、こういうことを
・あそこまでぬかるんでいるとは…。調査不足でした。ヤマレコ
重要視している人もいる。少なくとも私は後者である。もし、こ
をもっと多くの山屋が利用し、詳細な記録を書いてほしい。今は
のような行き過ぎた悪ふざけに気づいたときは、3 年生には助長
事前調査にすごく時間がかかる。記録がもっとあればスムーズな
するような動きをとるのではなく、制止させて欲しかった。トッ
入山が可能に。日本全国の山屋のネットワークがあれば、日本の
プを行う新歓合宿はもう二度と無いのだから。
山界はもっと発展すると思う。ラフティングについても然り。
入り込み、星を見に行ったが、最高だった。デートスポットにも
新歓合宿感想文
3 年 青木彩
いいな。うへへへへへ…。
今回の合宿、本当にやってよかったと心から感じる。初めての
・湿原に行けなかったのは残念!
L 層として合宿運営をした。合宿を作り上げるためには計画、準
・バンガローを掃除している時、リスを捕まえた!
備段階から多くの時間を要することを今回気付かされた。過去の
・花咲の湯に行きたかった orz
先輩方が行ってきた合宿で私が見てきたのはほんの一部分でしか
・鎖場は意外と好きです。
ないのだと痛感させられた。
・次は錬成だ。アサヨ峰攻略へ。
なにはともあれ、無事に合宿をやり遂げられたことは本当に嬉
しく、協力してくださった多くの方々に感謝を述べたい。夜のキャ
ンプファイヤーで校歌を歌ったとき、本当に感動し、達成感?感
63 代新歓合宿感想文
3 年 尾形祥吾
謝?これからの不安?期待?いろんな感情が込み上げてきた。
合宿の L という立場であったが、実感の難しいものだった。
最後に温泉まで新人 3 人がダッシュし始めた時に、3 人のパ
責任においては一手に受けるようなものという認識はあったが、
ワー、可能性を感じ、嬉しかった。新歓合宿を頑張ってくれた新
運営に関しては同期で動かしている感じだったのでやりやすかっ
人の 3 人にはこれからワンゲル生活、大いに期待したい。
たからかもしれない。とりあえず合宿の計画、準備にはワンダリ
そして今回の合宿で新人に大きな期待を持った反面、総括を終
ングとは比べのものにならないくらいのエネルギーを使った。新
え、自分の上級生としての甘さが出てしまった。多くの場面で、
人をはじめて山に連れていく、という内容の特殊さで、言葉の 1
チェック・確認を疎かにしていた。特に 2 年生に対する確認が
文 1 文に神経を使って主旨を組み立てていく過程も忘れられな
甘く、ミスをさせてしまったことは反省しなければならない。2
くなりそうだった。はじめは御座山で計画を立てていたが、ここ
年生に対してもやることには目を配り、なぜそうなのか考えさせ、
でいいのだろうかという迷いがありながらの立案で、計画の見直
また一緒に考えていけるようにならなければ、と感じた。
しを勧められた時は正直見透かされたような気がした。最終的に
新歓合宿
・キャンプ場が広くて綺麗で最高だった。夜中起きてスキー場に
下半期
があったなら、間違いなく投げつけていただろう。どうでもいい
194
195
た。
やはり新人とのコミュニケーションは密にとるべきだ。自分達に
隊全体を動かすのは非常に不安なことが多く、これで良いのだ
は当たり前と思えることが、彼らにとってそうではない。少しで
ろうなという確信の持てないままだった。どう判断を下しても今
も不審・不満に感じているところがあれば、それを察知して、対
回は条件が非常によく、確かに成功して当たり前だが、ここから
話して解決していかなくてはならない。最近の若い子は「黙って
良い条件をとっていくとどうなっていくのかと考えると未だに怖
ついて来い」といってもついて来ないのではないだろうか。大学
い。雨が降っていたら登山道はさらに進みにくくなり、鎖場でも
4年のおじさんとしてはそう感じてしまう。
難易度は上がっていたことは考えられる。山頂に辿りつけないま
2 年生は「叱る人」、「フォローする人」と上手く 3 人で役割分
ま撤退の可能性があったはずであった。行けて本当に良かったと
担しながらやっているようだ。「ワンゲルの新人指導は叱ればい
思うが、そういう環境で自分がどういう判断を下すのかとも考え
い」と誤解されることを懸念していたから、そのように考えてく
る。
れているのなら良かった。ただ 2 年生に覚えていて欲しいのは、
いずれにせよ成功と考えられる結果で終わったのはとてもうれ
「新人指導の目的は事故を防ぐこと」、これが全てだと思う。新人
しい。山頂で新人のうれしそうな様子が見れたのは良かった。天
を楽しませることも、活動に対するモチベーションを高め、自発
気についても申し分なく初めての人にしては良い印象を残すこと
的に努力していくことのサポートとするなら、全てはこれに帰結
になっただろう。差し入れはいろいろ持ってくるだろうと思って
する。
自分は夕飯用のにしたが、山頂では予想以上の種類と多さだった。
だから 2 年生には「事故を防ぐ」ために、どのような接し方
一応スイカも考えて保留にしたがホントにもってくる奴がいると
をするのがベターなのか常に考えてほしい。優しくフォローする
は思わなかった。そろそろ差し入れについては目新しいものを考
のか、厳しく注意するのか。その際念頭に置いてほしいのは「厳
えた方が良いかもしれない。
しく接すること」の方がはるかに難しいということ。人は誰でも
楽なほうを取るから、つい甘くしてしまう。その方が自分に対す
るハードルも下がるからだ。ただ自分を甘くしているのではない
新歓合宿を終えて
3 年 竹内和彦
かと、シビアに考えながら、新人に対する接し方を真剣に考えて
初めて L 層として臨んだ新歓合宿が終わった。天候に恵まれ
いってほしい。
たことも大きいが、怪我もなく、大きなミスもなく終えられたと
3 年はやはりコミュニケーション不足。食当の時間が遅れた事
いう結果はポジティブに捉えていいと思う。
も、トップの問題も全てはこれに集約される。言われたことをた
新人は三者三様であるが、皆楽しんでくれたと思う。ただやは
だやればいいのではなく、周りの人間が何をやっているのかとい
りワンゲルの活動には最初は理解し難い事もある。上ミでは何を
う所まで視野を広げる必要がある。それが出来ていなければ、6
話しているのか、自分達の批判をしているのかと感じた新人もい
人という人数は無関心な状況を招きかねない。その点での意識の
新歓合宿
たようだ。それを聞いたのも合宿後に話している時だったから、
下半期
武尊山になったのは個人的にも満足のいく結果となって良かっ
196
197
2 日目に山に登っても、足元がぬかるんでいる以外は申し分
の素地となるものである。メーリスでも、dropbox でも、口頭で
なかった。(これも最後は逆に楽しんでいたが)雪が残っていた
もいいから、常に報告・連絡し、相談することを怠らないこと、
り、鎖場のような岩場があったり飽きることなく楽しむことがで
そして周りもそれに対してしっかり耳を傾けること、6 人でやっ
きた。他にも山頂からの大パノラマが絶景であったり、様々な差
ているのだという意識をしっかりと持つこと。そのような意識付
し入れがあったり…。自分はもちろんのこと、新人にも「最高の
けをしていかなければ、と思う。
First impression!」を与えることができたのではないだろうか。
下半期
低さが今回の合宿で露呈したと思う。しかもこれは代を執る上で
キャンプファイヤーでは色々あったが、なんだかんだで面白
4 年 小山恭平
ンプファイヤーはあった方が良いと思った。次代でもぜひ行って
さーて、4 年生として参加した新歓合宿の感想文に何を書けば
ほしい。
よいのでしょうか。去年も、同様に迷いました。さながら、遭難
全体を通し、3 年生はよく頑張っているなという印象であった。
です。そうなんです。困ってしまうんです。きっと、他の素敵な
人数が多い分役割に差が生まれている点が気になったが、そこは
女子部員二名は、もう少し真面目に書いてくれるでしょうから、
フォローをしあっていって欲しいところだ。バトンを渡す時はも
わたしはちょっぴり謎のテンションで行きたいと思います。
う、すぐそこ。自分の思いをこの短い時間で伝えていかなければ。
新歓合宿サイコー!楽しかったー。うぃー。うぃー。それでも、
僕は感想文を書き続けるのでしょう。なぜなら、部員だからです。
部員は感想文を書き続けたり、部員は山で歌を歌ったり合いの手
を打ったり、部員はスーツを着て部員会に出るのです。それにど
んな意味があるのかわからなくても、とにかくやるのです。
残り数カ月、とにかくやるっきゃないっ!
気持ちの良い山行
4 年 佐藤由梨
今回の新歓合宿の舞台は、武尊山。今まで行ったことがなかっ
たため、わくわくしていた。そして、その期待を裏切られること
はなかった。キャンプ場は自然がきれいで広々としていて、すぐ
に気に入った。また色とりどりの花も咲いていて、すぐにテンショ
ンが上がった。3 年生のチョイスはなかなかであると思った。
新歓合宿
かった。昨年はスケジュールの関係で行えなかったが、やはりキャ
新歓合宿の感想文だよ
198
199
下半期
新歓合宿
武尊山山頂でのスイカ割り。新人藤田、満面の笑み!
燃え上がるキャンプファイヤー!
200
201
錬成合宿
いよいよ錬成合宿が始まる。新歓合宿を終えたばかりではある
が、本格的な無積雪期縦走が始まるのはここからだ。気持ちを切
63 代錬成合宿で我々が目指すのは南アルプス北部、2967m の
名峰 甲斐駒ケ岳、そして同じく百名山の一つ、鳳凰三山の踏破
である。先発隊は日本三大急登の一つ黒戸尾根から甲斐駒ケ岳を
目指し、さらに鳳凰三山へと歩みを進める。後発隊は鳳凰三山を
踏破したのち、南アの “ 女王 ” 仙丈ヶ岳、そして甲斐駒ケ岳山頂
を目指す。
この道のりは決して楽なものではなく、体力的・精神的な厳し
さから自らの限界を超え、心身共に鍛え上げていくことを目的と
する。新人は自分の中にある甘えや弱さに負けないように努め、
また、山岳技術の習得にも励んでもらう。
一ヶ月後に迫った夏合宿に向けて、全員でキャラバンの実力の
底上げを図ろう。
吉村祐紀 (気象)
2 年 福永孟昭 (装備・気象 C)
新人 本間大喜
目指せ Queen !鳳仙駒隊
渡部ゆかり (記録・カメラ)
佐藤由梨 (渉外・会計)
青木彩 (医療 C)
3年
内山義崇 (装備 C)
佐々木透 (装備・食糧 C)
2年
長谷川祐 (気象 C・医療)
L
SL
新人
奥平祐介
藤田啓輔
錬成合宿
り替えて臨んで欲しい。
【隊員構成】
駆けろ!翔ばたけ!駒鳳隊
L 小山恭平 (記録・カメラ)
SL 竹内和彦 (渉外・会計)
尾形祥吾 (食糧)
3 年 橋下秀司 (医療)
下半期
【全体主旨】 202
203
駆けろ!翔ばたけ!駒鳳隊
【各隊主旨】
【地域】南アルプス
北東部に延びる甲斐駒・鳳凰山系を北から南へ完全踏破する。こ
【使用地形図】(国土地理院発行 1/25000 地形図)
の山系は日本三大急坂の一つに数えられる黒戸尾根に始まり、重
「長坂上条」、「甲斐駒ケ岳」、「仙丈ケ岳」、「鳳凰山」、「夜叉神峠」
蔵岳、白砂が美しい薬師岳と個性あふれる山々が連なっている。
【行動計画】
その中で 4 日間の合宿を行い、自らの心身を錬成する。時に
は辛く感じる時もあるかもしれないが、それを乗り越えた先の感
7/6( 金 )
動が必ず待っている。この 4 日間でのメンバーの成長に期待し
7/7( 土 )
たい。
7/8( 日 )
【隊員構成】
駆けろ!翔ばたけ!駒鳳隊
L 小山恭平 (記録・カメラ)
SL 竹内和彦 (渉外・会計)
尾形祥吾 (食糧)
3 年 橋下秀司 (医療)
吉村祐紀 (気象)
2 年 福永孟昭 (装備・気象 C)
新人 本間大喜
7/9( 月 )
7/10( 火 )
7/11( 水 )
7/12( 木 )
行程
予定時間
高田馬場駅=(電車)=長坂駅
0h
=(タクシー)=竹宇駒ケ岳神社 C0
C0―黒戸尾根―七丈第一小屋 C1
8.5h
C1―甲斐駒ケ岳―仙水峠―アサヨ峰
―早川尾根小屋 C2 10.5h
C2―白鳳峠―地蔵岳―観音岳―薬師岳
11h
―杖立峠―夜叉神峠 C3
C3―高谷山―桃の木温泉―芦安
4.5h
予備日
予備日
錬成合宿
厚感あふれる存在感が人気の甲斐駒ケ岳、岩の尖峰が印象的な地
下半期
錬成合宿、
「駆けろ!翔ばたけ!駒鳳隊」は、南アルプスのうち、
204
205
駆けろ!翔ばたけ!駒鳳隊 記録
7 月 6 日(金) 出発
「錬成の出発は雨の中」
2 年が一番辛いものだ。がんばれ福永。
錬成なので、歌を歌う。七夕なので「君の知らない物語」が聞
けてリーダーは満足である。
行程が進んでも、福永は依然辛そうである。3 回目の脚吊り休
革靴を履いて登場。なぜなら、オシャレだからです。嘘です。直
時間以上の休止を取った。福永の表情は険しく、足の痛みは引か
前まで大学院の説明会があって直接かけつけたからであった。集
ず、そして立つのも辛いとのこと。これ以上止まっていると、今
合時間には全員間に合い、忘れものもなし。極めて快調。見送りは、
日の幕場に到着できなくなるので、已む無く福永を帰すことに。
廣光さん、古川さん、横塚さん、大池さんに加え現役一同。唯一
脚の痛みがあるので、3 年竹内と橋下の 2 人を付き添わせる。福
の 2 年、福永のザックがとてつもなく重く、2 年前を思い出す。
永は体力的に錬成しなおさなければならない。
それに比べて、新人、3 年はまだまだ持てそうだ。グフフ。中央
ここからは、予期せぬ 4 人での錬成合宿となる。オーダーは
線の立川駅で、偶然、、、ではなく待ち合わせていた保延さんに会
尾本吉小。3,4 年のザックはものすごいことになる。というこ
う。その日は、韮崎駅からジャンボタクシーで竹宇駒ケ岳神社へ
とで、差し入れをどんどん食べながら進むことに。飲み物や果物
と向かう。韮崎駅では雨が降っており、神社へ着くころにはもう
が次々と出てくる。途中、スイカとメロンを同時に食べたらおな
本降りである。梅雨のど真ん中だからなと思いつつも、ちょっと
かがタプタプになる。本間は梯子の連続に難儀しているが、体力
テンションが下がる隊員たち。神社で、ちょうど雨宿りができる
的にはまだ大丈夫そうだ。どんどん錬成せねばならない。
場所があったため、そこで C0 とする。
この日の幕場到着は 17 時過ぎ。途中に大休止があったことを
考えると、遅いとは言えない。また、4 人パーティーで新人がい
7 月 7 日(土) C1
「最初にして最大のアクシデント」
ると、天気図を書くために分隊ができずに途中に 20 分少々の休
憩が入った。4 人での錬成は、思った以上にやりにくそうだ。そ
5 時起床。5 時半出発。さすがにテントのないこの時は、本間
して、そのやりにくさの真骨頂はこの後すぐに開花する。
も遅れることはない。余裕とは言わないが、十分こなしている。
この日の夕食は錬成の定番メニューであるすき焼きである。そ
今日のオーダーは福尾本吉橋竹小。今日は日本三大急登に一つに
して、上級生からは次々と差し入れが出される。うっ、4 人では
数えられる黒戸尾根を登るので、最初から飛ばしすぎないように。
食いきれん、、、全員がそう思ったはずだ。いくら錬成とは言え、
私が二年の時は、初日に飛ばしすぎて翌日に自分がばててしまっ
これは食の錬成のレベルを超えている。とりあえず、すき焼きを
た苦い経験がある。錬成は長いのだから、まずは様子見で行こう!
作るがどうしても食べきれないので、明日の朝食はこれに継ぎ足
とか思っていたら、福永は早速ばてる。脚が吊ったようだ。私
して作ることに。尾形は特に苦しそうだった。起床係はパパリコ
が二年の時は、塩見岳の手前で脚をつった思い出がある。錬成は
で吉村に決定。
錬成合宿
憩で大休止。福永の表情は苦しそうである。ここでは、正味 1
下半期
集合時間の 18 時 45 分に、リーダーである私小山恭平は黒い
206
207
7 月 8 日(日) C2
「甲斐駒に響く新人の悲鳴」
3 時半起床。いつもながら、夜に苦しくても、朝にはおなかが
空いている。と思いきや、それはリーダーだけのようである。し
下半期
かし、このコッヘルを空けなければ出発はできない。野菜はきち
んと切らせてすき焼き風味噌汁を作らせる。なかなかの味。ただ
し、具が多い。
錬成合宿
何とか食べきり、5 時半出発。5 時過ぎには出発する予定でい
たが、本間がパッキングに時間をかけているのと、それ以上に朝
食に時間がかかってしまったのでこの時間に。
今日は甲斐駒ケ岳を越えて、早川尾根小屋までの長い道のりで
ある。まずは、甲斐駒ケ岳までの 3 時間少々の道のり。今日は
日曜と言うこともあり、登山者は多い。ここから甲斐駒までは、
新人本間の苦悶の表情。錬成で頑張る新人は美しいのだ!
梯子や鎖場も多く、昨日の本間の様子を見ると時間がかかると思
われる。このあたりの鎖場は、初心者の本間には難しそうだ。しっ
甲斐駒ケ岳から、隊のペースが落ち始める。やはり、本間の体
かりと 3 年 2 人はサポートしてくれるので安心だ。本間はもの
調は万全ではないようだ。特に、大きな段差では「ヒャッ」と声
すごく恐怖心をあらわにする。私が新人の時にここに来ていたら
が出る。女子力発揮である。題して、「新世代山ガール本間」。こ
同じ顔をしていたに違いない。残雪の上では同じ顔をしていただ
れからは、もう少し機動力をつけてほしい。
ろうから。
今日の仙水峠のリミットは 12 時ジャスト。一方、駒津峰から
甲斐駒ケ岳山頂には 9 時過ぎに到着。途中雲の合間から青空
仙水峠への下り途中で、現在 11 時 57 分。もう、間に合わない。
も見えたが、山頂ではあいにくの曇天。記念撮影などをして休
12 時になったので 1 本を取る。タッパー飯を出しつつ休憩をし
憩。ここまでの時間は悪くはないペース。本間が鎖場でてこずっ
ていると、本間が「ここで長いこと休憩するなら、、、」といって、
たことを考えると上々だろう。本間が休憩中に一言。「吐いてき
スイカを差し出す。ここまでよく頑張った。昨日も思ったことだ
ます。」、、、大丈夫だろうか。聞いてみると、大量の食事の後に体
が、スイカやメロンを四人で分けると一人当たりの量がかなり多
を動かしたのが良くないのかもしれないとのこと。心配ではある
くなる。水分補給にはちょうど良いのだが。ここで 30 分近くの
が、頑張ってもらうしかない。今日トップの吉村も、2 年前新人
休憩を取って、その後仙水峠へと向かう。ここからは、リミット
の時に同じ状態だったのだ。良い意味で同じ轍を踏んで、強い上
を切れなかったことにより疲労感がぐっと増したのか、仙水峠到
級生になってほしいと切に願う。
着が 14 時、仙水小屋が 15 時と大きくコースタイムを上回るこ
208
209
かったと語っていた。仙水小屋の水は駒津峰で出会ったおじさん
は行動時間が1時間半ずつの根性一本となった。それぞれの山頂
がおいしいと言っていたので、水をポリタンに汲み直す。味音痴
でパイン、メロンが登場し今日もフルーツ三昧の一日が続く。言
の私には残念ながら繊細な味はわからないが、とりあえず冷たく
うのが何度目になるか分からないが、4 人だとフルーツが 4 分の
ておいしい。今日の夕食は麻婆豆腐である。麻婆豆腐も錬成の定
1 カット食べられる。直角カットである。これほどの贅沢はほか
番メニューではあるが、差し入れを受け入れにくいところが難点
にない。
である。そんな麻婆豆腐にも、うどんや大根など、差し入れをがっ
しかし、残念ながらというか、当然のようにというか本間のペー
つり入れ、さらには人数が減ったために使いきらなかった、タッ
スが下がる。この 2 本も、できれば 1 時間で進みたかった行程
パー飯の食べるラー油をいれる。そんな、麻婆豆腐なのか何なの
である。予定していた鳳凰小屋への道は黄色信号である。ただ、
かわからない食事ではあるが、おいしい。辛いので米も進む。ち
焦って無理しても仕方がないので、本間の様子を見ながら、それ
なみに、仙水峠への幕場は木の根っこがはびこっているので、快
でもできる限り飛ばしていく。いつものことだが、下りでは本間
適な幕場とは言えないことを付け加えておく。明日の行程につい
の女々しい声が響く。今日は昨日よりもいっそう高く響いている
ては、コースタイムとにらめっこして早川尾根小屋のリミットを
気がする。
12 時半として就寝。
7 月 9 日(月) C3
「俺たち、スイカ・メロン・パインだらけだね。」
3 時起床。今日は鳳凰小屋まで向かうのが目標だ。昨日のペー
スでは到底間に合わないので、今日はどうにかしてペースを上げ
ていかなくてはいけない。そのために出発から本間をせかしてい
く。最初の一本を終えたところで、仙水峠と栗沢山の中間点。こ
れはコースタイム通りかそれよりもやや早い程度である。このあ
たりで、私と本間の靴ひもが切れる。ちょうど岩場に差し掛かっ
たあたりなので、鋭利な岩に擦れて切れたのだろう。本結びで継
ぎ合わせる。太さが同じ 2 本のロープをつなぐときには、本結
びが適していて、ちなみに太さが異なる場合は一重継ぎが良いの
で現役は確認しておいてもらいたい。このペースでこの先も行け
れば、今日は鳳凰小屋に十分到着できるはずだ。
錬成合宿にしては珍しい晴天。合宿中は基本的に小雨だった。
錬成合宿
その後、栗沢山、アサヨ峰で 2 本目 3 本目を取る。この 2 本
下半期
とになった。本間も後日談で、この日の仙水小屋までが一番きつ
210
211
4 本目の休憩は、アサヨ峰から 1㎞ほど東に進んだ場所。ここ
費できそうにない差し入れの量。そんな素敵な空間で、本間の感
までも 1 時間半かかったので、時速 700m 弱のペースである。
想と 3 年生からのありがたい言葉。就寝フリーであるが、上級
今日は早川尾根小屋のリミットを 12 時半に設定していた。現在
生は酒の回りが早いので遅くない時間には就寝。
の時刻は 11 時であり、次の 1 本で早川尾根小屋に着けるかどう
下半期
かが勝負になる。仮に着けないのであれば、その時点で早川尾根
小屋を C3 とし、翌日は下山となる。ここで隊員 4 人は気合を入
れ直す。ここが勝負だ!ちなみに、このルートは昨年私が逆方向
錬成合宿
から進んだ時にも、新人が苦しめられたルートである。合宿後半
の、体力疲労が顕著になってきたときにアップダウンの繰り返し
である早川尾根は、結構な関門となるはずである。この関門を突
破して新人の本間を鍛え上げたい。と思うのであるが、本間は相
変わらずのペースである。吉村は本間のペースをどうにか上げさ
せようとするも、本間はついてこられない。ただし、ここから先
は傾斜の緩いところも少しずつ出てくるので、そこでペースを上
げさせればまだ間に合う可能性は十分にある。
しかし、いよいよ本間の疲労もピークに達しているのだろうか、
もう気力だけで歩いている状態になる。12 時半になっても、い
たった 4 人での最終夜。
まだ早川尾根小屋手前にいる我々。無念。その場で一本にし大休
消化器が大根で占拠されているため、差し入れはあまり減らず。
止。早川尾根小屋には 13 時半前に到着。ここをキャンプ地とする。
幕場のおじさんに幕場代を払いに行くと、まだオープン前だから
とサービスしてもらった。ありがとうございます。食当までは時
間に余裕があるので、これまでの雨で湿ったテントや装備を乾か
7 月 10 日(火) 最終日
「最終日は意外とあっさりと」
す。ちょうど天気も良く、これまでの疲れを癒すのには最高の場
今日の行程は、赤薙沢ノ頭を経て広河原へと下りる。コースタ
所である。
イム的には長くない行程であるが、下りがほとんどであるため本
食当はこれまでに使わなかった差し入れを使って、具だくさん
間のペースが上がらず時間がかかるかもしれない。それを考慮し
キムチ鍋をつくる。今日もまた大根がたっぷりと入っている。こ
て、いつもと同じくらいの時間に出発。赤薙沢ノ頭までは 1 本
の夕食はあまりの大根の量に、3 年生もまさに大根に食傷気味と
で到着。朝早いため人もおらず、式典も無事に終了。ここで、本
いったところである。そして、いよいよ最終夜。4 人では到底消
間のパオーンも済ます。ここからは下りが延々と続く。本間がハ
212
213
マる可能性が大のため、上級生で歌などを歌って励ましながら進
む。すると、本間も「歌います!」との声。ここから、本間の快
駆けろ!翔ばたけ!駒鳳隊 総括
マル・モリ・モリ!」など個性的な歌が並び、歌うたびに本間が
ンバーも、4 日間歩いたメンバーも、イレギュラーにイレギュラー
元気を取り戻してくる。意外なことに、林道に出るまでは赤薙沢
が重なる状況でよく頑張ってくれた。今回の経験は、それぞれの
ノ頭から 3 本ほどであった。本間に元気なまま錬成合宿を終え
メンバーにおいて貴重なものになっただろう。
てもらうことはできないので、最後の林道 10 分ほどを全力ダッ
一方で、この合宿で課題が見えたのも確かである。各々の課題
シュ。これまでの行程で脚に疲労がたまっているはずなので、本
は各学年反省にも記すが、それを自覚して、これからのフォロワ
間は相当きつそうである。これで最後だ頑張れ。そして、広河原
ンや夏合宿で克服していってほしい。代が替わってから後悔のな
のゲートをくぐる。本間にとっては永遠よりも長く感じられたか
いように、今できることを探していこう。
もしれない錬成合宿終了の瞬間である。そのあとは、乗り合いタ
夏合宿に向けても、この隊の隊名のようにキャラバンを駆け、
クシーで芦安へと向かい、温泉で打ち上げ。そこで本間が食べて
翔ばたくようなものにしてほしい。
いたのは素麺である。山での食事が相当こたえたのであろう、素
麺のような食事が本間にとって御馳走のようである。長かった錬
【行動判断】
成合宿であったが、本間は少し強くなった。夏合宿、その後の活
(1)2 年福永、3 年竹内、3 年橋下をエスケープさせたことに
動で本間もそれを実感してくれるだろう。また、尾形と吉村の 2
ついて
人は 2 年生がいない中で、隊の立ち回りを上手にやってくれた。
7 月 7 日 11 時 10 分に 2 年福永、3 年竹内、3 年橋下を下山
ザックもかなり重かったはずだが、そこはさすが 3 年生である。
させた。下山させた理由として、2 年福永が左太ももを攣り、こ
福永とともに下山した竹内と橋下は、不完全燃焼に違いないが、
れ以上先に進ませることができなくなったためである。そのため、
逆に言えばあまりない経験ができた。自分たちが代をとった時に
福永を下山させ、介助のために 3 年竹内と 3 年橋下を付き添わ
も行動判断は慎重に的確に行ってくれると思っている。福永は、
せた。
自分自身が一番ふがいないと思っているに違いない。下級生の前
18 時にはその日の行動を終了したく、そのために七丈第一小
では弱いところを見せてはいけない。福永の性格なので、この失
屋に到着する必要があった。大休止をした地点から小屋までは、
敗は必ず次に生かしてくれると信じている。いろいろあった合宿
コースタイムが 4 時間 10 分で、休憩時間も含めると 5 時間を考
ではあったが、新人の成長が少しでも見られたことは、とても意
える必要がある。一方で、福永を山小屋まで行動させるとすると
義のあったことだと思う。
コースタイムより遅れることは確実であった。行動にコースタイ
文責:小山恭平
ムの 1.5 倍はかかることを想定して、11 時には最終判断をして
福永を帰すかどうか判断することにした。結果として、11 時に
錬成合宿
まずは、錬成合宿お疲れ様でしたと言いたい。途中下山したメ
下半期
進撃が始まる。本間のレパートリーは「ラジオ体操の歌」「マル・
214
215
なっても福永の状態は回復せず、脚を伸ばすことも難しかったの
吉村を付けることもできた。リーダーは隊員のスケジュールを把
で、福永を下山させることを決定した。
握しなければならない。
文責:小山恭平
また、3 年生 2 人を付き添わせたのは、福永が足を痛めていた
ために下山に困難が伴うことが考えられたためである。
G-light メイン、G-light ポール、ビニールシート、ツェルト、ストッ
クを持たせ、残りは本隊が持った。
あらかじめ決めていた行動準則に従って、C2 を仙水小屋、C3
を早川尾根小屋とした。C2、C3 はともにコースタイムの 1.5 倍
以上かかっており、特に行動の後半になるとさらにペースが落ち
て来た。行動準則に従えたので、適切な判断ができたと考える。
また、今回は問題なかったが、行動準則について考える時は行動
中にペースが落ちてくることを考え、余裕を持った準則と臨機応
変な判断が重要である。
(3)白鳳峠から下山したことについて
7 月 10 日は、行動準則通りいけば、夜叉神峠小屋を目指す予
定だった。しかし、3 年吉村の授業の関係で、その日のうちに下
山する必要があった。また、前日までも新人本間のペースが上が
らず、ペースは上がらないと考えられた。しかし、すでに 3 人
が下山している状況で、これ以上分隊することは不可能なので、
全員で下山することにした。そこで、早川尾根小屋から白鳳峠経
由で広河原へ下りるように、C3 の上ミで決定した。
授業のためであるので仕方のない判断ではあったが、本間につ
いて読図などで課題が残ったままの下山となってしまった。全員
のスケジュールを細かく把握していれば、福永の付き添いとして
7/6( 金 ) C0
7/7( 土 ) C1
行動時間 11h26min
18:45 高田馬場駅集合
05:00 起床
19:30 高田馬場駅発
05:37 出発
22:38 韮崎駅着
12:22 刃渡り
23:15 竹宇駒ケ岳神社着
14:31 五合目
23:30 就寝
17:03 七丈第一小屋着
18:15 食当点火
20:00 上ミ
20:30 全ミ
21:45 就寝
7/8( 日 ) C2
7/9( 月 ) C3
行動時間 9h31min
行動時間 8h23min
03:30 起床
03:00 起床
05:37 行動開始
04:51 行動開始
06:56 八合目
07:21 栗沢山
07:56 九合目
09:08 アサヨ峰
09:06 甲斐駒ケ岳山頂
13:14 早川尾根小屋
11:01 駒津峰
14:45 食当点火
13:55 仙水峠
16:30 上ミ
15:08 仙水小屋着
17:30 全ミ
16:15 食当点火
20:00 就寝
18:00 上ミ
19:00 全ミ
20:30 就寝
7/10( 火 ) 最終日
行動時間 4h53min
02:30 起床
03:57 行動開始
04:25 広河原峠
05:10 赤薙沢ノ頭
06:09 白鳳峠
08:50 広河原
錬成合宿
(2)C2 を仙水小屋、C3 を早川尾根小屋としたことについて
【行動概略】
下半期
残 り の 4 人 の メ ン バ ー は、 予 定 通 り 行 動 さ せ た。 団 配 は、
216
217
目指せQueen!鳳仙駒隊
【各隊主旨】
【地域】南アルプス
を目指して 4 日間の縦走活動を行っていく。鳳凰山は地蔵ヶ岳、
【使用地形図】(国土地理院発行 1/25000 地形図)
観音ヶ岳、薬師ヶ岳の総称であり、中でも地蔵ヶ岳は “ オベリス
「鳳凰山」、「仙丈ケ岳」、「甲斐駒ケ岳」
岳は、白く輝き聳え立つその雄姿が印象的で、一度登れば心に焼
き付くこと間違いない。
そして私たちは美しい山々を縦走する中で、山で活動すること
の厳しさと感動とを共に経験していく。自分にも周りにも厳しく、
真剣に合宿に臨んで欲しい。8 人という大人数の隊編成となるが、
一人ひとりが隊全体のことを考え自分の役割を全うし、全員で鳳
凰山・甲斐駒ケ岳を踏破しよう。
【隊員構成】
目指せ Queen !鳳仙駒隊
L 渡部ゆかり (記録・カメラ)
SL 佐藤由梨 (渉外・会計)
青木彩 (医療 C)
3年
内山義崇 (装備 C)
佐々木透 (装備・食糧 C)
2年
長谷川祐 (気象 C・医療)
新人
奥平祐介
藤田啓輔
【行程】
行程
予定時間
7/11( 水 ) 高田馬場駅=(電車)=韮崎駅 C0
0h
C0
=(タクシー)=青木鉱泉―薬師ヶ岳
7/12( 木 )
8.5h
―観音ヶ岳―鳳凰小屋 C1
C1―地蔵ヶ岳―白鳳峠―広河原峠
7/13( 金 )
―早川尾根小屋―アサヨ峰―栗沢山 11.5h
―仙水峠―仙水小屋 C2
C2―北沢駒仙小屋―小仙丈ケ岳
7/14( 土 ) ―仙丈ケ岳―小仙丈ケ岳―北沢駒仙小屋
9h
―仙水小屋 C3
C3―仙水峠―駒津峰―甲斐駒ヶ岳(P)
7/15( 日 )
―駒津峰―双児山―北沢峠
8h
=(バス)=甲府駅
7/16( 月 ) 予備日
7/17( 火 ) 予備日
錬成合宿
ク ” と呼ばれる大岩塔でその存在感を際立たせている。甲斐駒ケ
下半期
私たちは日本百名山としても名高い鳳凰山、そして甲斐駒ケ岳
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目指せQueen!鳳仙駒隊 記録
7 月 11 日(水) C0
「大量の差し入れとともに、いざ錬成合宿へ」
にはタクシーに乗り込み韮崎駅を後にした。既に雨が降っている。
昨日の目的地変更のお願いは認めてもらえたようで、私たちは「中
道登山口」へ向かう。タクシーに乗ること一時間、6:10 に中道
登山口に到着した。タクシーを降りてすぐに雨具・スパッツを着
した。先発隊は昨日(7/10)錬成合宿を終えたばかりで、小山
始めから雨というのはやはり辛いものがある。下級生の表情が
や尾形、吉村が見送りに来てくれた。さらに、平日のこの時間に
暗い。休憩のとき、差し入れのミニトマトを回したりしていると、
もかかわらず、石川さん(38 代)や佐藤理沙さん(61 代)も見
だんだんと皆の顔も笑顔になってきた。やっぱり食事は人を幸せ
送りに駆けつけてくれた。ここで、錬成合宿恒例の大量の差し入
にするんだなぁ。その後も雨は降り続き、ドロドロの道を進んだ。
れをいただく。大根が多いのは、先発隊からの嫌がらせである。
薬師ヶ岳を過ぎたあたりには、青木鉱泉への道を示す矢印がいく
19:15 ごろ、出発前の元気な笑顔で集合写真を撮り、温かく見
つも書かれていた。大きな岩に赤いペンキで『青木 →』と書い
送られながら出発した。今日のステビポイントである韮崎駅に到
てあるので、つい、青木(彩)を見てしまう。皆もまだまだ余裕
着したのは 22:33 であった。駅に着くと明日お世話になるタク
そうだな。ただし、観音ヶ岳を過ぎるころには、新人奥平はもう
シーの運転手がいて、明日の時間や目的地について確認をとった。
だいぶ疲れていた。それでも雨の中最後まで頑張って、15:17 に
予定では、青木鉱泉を目的地としていたが、翌日悪天の中での行
C1 の鳳凰小屋に到着した。
程を少しでも短くしたかったので、目的地を「中道登山口」に変
地図をつけたらまずは休憩、ということで、差し入れのトマト
更したい旨を伝えた。運転手はその場では YES とは言えないら
(潰れかけている)を皆で食べた。設営をして、16:10 食当点火。
しく、上の者に確認してみてくれるとのことだった。それから私
今日のメニューはすき焼き!ということで、差し入れをできるだ
たちは駅のそばにある「韮崎市民交流センター」の屋根の下にお
け消費してしまおうと試みたようだが、当然、野菜を切る量も新
邪魔して、速やかにシュラフやら山靴やらを出して寝る準備を始
歓合宿より多いため、苦労している。新人藤田は、惣菜をよそう
める。長谷川の両足には既にテーピングが巻かれている。私は、
ときに丸食を引っ繰り返したり、缶を切る時に手を切ってしまっ
寝る時はテーピングをしていたくないので、明日の朝起きてから
たり・・・そそっかしくて危ない。でも、新人の奥平・藤田が作っ
巻くことにする。特に何をするでもなく、23:00 就寝。
てくれたすき焼きは冷えた体を温めてくれて、とても美味しかっ
た。
7 月 12 日(木) C1
「一日中雨に打たれながらの行動。まさに錬成。」
その後は、鳳凰小屋にお邪魔して上ミを行った。寒さで体が震
える。予定では、明日は仙水小屋まで行って C2 とするはずだっ
5:00 起床。シュラフを畳んでコンタクトレンズを入れて山靴
たが、そこまでの道のりは長く、今日の疲れ具合と必要な睡眠時
を履いて・・・いつものように慌ただしく身支度を整え、5:15
間を考えると、仙水小屋を目指すのは無茶だと思った。そのた
錬成合宿
用、準備体操をして、6:24 行動開始。
下半期
私たち後発隊も、先発隊と同様に 18:45 に高田馬場駅に集合
220
221
決めた。この決定により、今晩は濡れた物を乾かすための時間も
なく、皆も比較的元気に歌いながら進んでいく。なかなかいいペー
多少確保することが出来るし、十分に睡眠をとって明日の行程に
スだ。8:40、高嶺に登り切って皆の良い笑顔を写真に撮った。
備えることも出来る。T.P. では差し入れのパイナップルを食べた
私は、新人のときからいつもこの時間(朝の 9 時前後)にな
り、明日のためのタッパー飯を詰めたりして、楽しく過ごす。タッ
ると考えてしまうことがあって、何かというと、「下界ではこの
パー飯については賛否両論あるが、私は強く賛成する。というか、
時間にようやく一限の授業が始まるところだけど、山ではもう何
タッパー飯を好きな気持ちは部内でも一番ではないかと自負して
時間も前から歩き続けているなんて、何て有意義で贅沢な過ごし
いる。
方なんだろう!!」といった感じのことだ。そんなことを考えな
その後は、とにかく着ている物を乾かしてから寝たいと思って
がら、何というか、今生きていることを実感したりしている。
いたが結局完全には乾かないままシュラフに入ることとなった。
曇っていた空も次第に雲がなくなっていき、遠くの山々や雲
21:00 就寝。
海が見渡せるくらいの天気になった。時々、青空も垣間見える。
10 時半ごろ赤薙沢ノ頭を過ぎて、少し下りたところでタッパー
7 月 13 日(金) C2
「短い行動。しかし、靴擦れの恐怖がはじまる。」
飯にした。何だかんだ言って、タッパー飯を食べているときも皆
楽しそうだ。キムチと鶏そぼろ、梅干しがおかずで、ご飯が進んだ。
4:00 起床。雨は止んでいて、晴れてはいないけど、これから
の天気に明るい兆しが見え始めた。朝食の味噌汁はいつものよう
に濃いので、私は丸食によそってもらった味噌汁にポリタンの水
を加えて薄めて食べるようにしている。調度良い美味しさになる
し、熱いのも緩和されるので、私としては結構ハマっているのだ
が、残念なことに同じように真似して食べる人はいない。そんな
こんなで素早く朝食を済ませる。
5:40 行動を開始する。今日は長谷川がトップである。ちょっ
と張り切り過ぎてペースが速くなることもある。赤抜沢ノ頭に向
かう登り坂では、奥平がバテ気味で転んだりもしていて、早速新
人の洗礼を浴びている。起き上がるのもやっとといった感じでよ
うやく立ち上がる。3 年青木が奥平のすぐ後ろについて、「早く
歩け」と言わんばかりに奥平のザックを押したり叩いたりしてい
るのが何とも頼もしい。登り切ったところで、たくさんのお地蔵
「タッパー飯、最高ー!!」
錬成合宿
様に迎えられた。まだ 7 時前である。その後も雨が降ることは
下半期
め、明日は無理をせず、手前の早川尾根小屋で C2 とすることを
222
223
く今日の行程が終わって、皆嬉しそうだ。今日は、食当点火まで
入れた(たしか私だったと思う)サフランの粉を入れて炊いた黄
にも結構時間があるので、新人たちもゆっくり休むことが出来る。
金色のご飯が、いつものカラーライスとはちょっと違った特別な
設営を終えて、昨日濡れた衣類やシュラフを皆が乾かしているそ
感じを演出してくれる。カレーに大根を入れるかどうかというと
ばで、藤田が困った顔をして「靴下が脱げないんです・・・」と
ころで、由梨の大反発があったが、ここは新人や 2 年生が早く
よくわからないことを言っている。見てみると確かに、二重にし
差し入れを消費したい気持ちを酌んで、リーダーの権限で大根を
た靴下同士が張り付いて脱げなくなっている。強く引っ張ろうと
カレーに入れることに決めた。実際、カレーに大根はありだと思っ
すると靴擦れが痛いらしく、苦痛に顔を歪める姿が何とも可哀想
た。そのあとの上ミ、全ミ、T.P. はささっと済ませ、20:00 に就寝。
だ。奥平が手伝って、ようやく脱ぐことが出来た。2 年佐々木は、
その隣で終始笑っていた。佐々木とはそういう男である。
7 月 14 日(土) C3
「実は大したことなかった、アサヨ峰」
3:30 起床。天気が悪い。今日の行程には余裕があるので、天
気が多少回復するまで出発を待つことにする。6 時半ごろに雨が
上がり、行動を開始した。
雨が降ったり止んだりする中で、アサヨ峰を目指す。アサヨ峰
は、3 年内山や 2 年長谷川が強い思い入れを持っていた(62 代
錬成合宿を参照)ので、この合宿が始まる前から、アサヨ峰を越
えるのがいかに厳しいことかを新人の 2 人に語ったりして怖が
らせていた。実際、アサヨ峰までの道のりはそうキツくはなく、
やはり去年の錬成だったからこその苦い思い出だったのだろう。
とはいえ内山や長谷川はアサヨ峰へのリベンジに燃えていたこと
もあり、歓喜のポーズとドヤ顔で何枚か写真を撮った。10 時ご
ろアサヨ峰を出発して、12 時頃に栗沢山に着いた。奥平はもう
ヘトヘトな顔をしている。雷鳥を発見するが、奥平の反応は薄い。
靴下が脱げない藤田。奥平が手伝い、佐々木は笑っていた。
仙水峠への下りの途中で、石川さんからの差し入れのゼリーをい
ただく。フルーツがたくさん入っていておいしかった。このあた
りから天気が良くなってきて、最終日に登る予定の甲斐駒ケ岳が
山頂まではっきりと見えた。13:48、仙水峠に到着。地図を付け
錬成合宿
さて、お楽しみの今日の夕飯はカレーライスである。私が差し
下半期
12:38、C2 の幕場である早川尾根小屋に到着した。だいぶ早
224
225
ます。今日は土曜日なので、仙水峠には他にも 10 人ほどの登山
ぱりこんな靴擦れが初めての新人には、痛いし辛いことだっただ
者がいた。私たちほどの荷物を背負った人はいないのだが。
ろう。この痛みに耐えて行動を続けたことで、また一回り成長し
14:22、C3 幕場である仙水小屋に到着した。ここもかなりお
ただろう。もちろん、次からは靴擦れにならないようにより入念
客さんが多く、テントを張る場所も譲り合うような状態であった。
に対策をすべきなのは言うまでもない。
食当をして、上ミ。議題として上がったのが、2 年長谷川の下山
8 時ごろ、ようやく 5 合目に到着した。北沢峠や小仙丈ケ岳を
についてである。長谷川は明後日(16 日)の 5 限にテストがあ
指し示す看板には、英語表記だけでなくハングル文字も書かれて
るため、それまでに下山したいとのことだった。そこで、明日(15
いた。最近では韓国人登山客も多いのだろうか。ところで今日は
日)仙丈ケ岳のピストンを終えて C4 までいることとし、16 日
日曜日、しかも明日は海の日で祝日なので登山者がとても多い。
の朝に他のメンバーが甲斐駒ケ岳を目指して出発するタイミング
行列が出来てしまって、なかなか先に進まない。まったく、海の
で長谷川一人下山させることに決めた。全員で最後まで行程を踏
日でも山に来る人は来るんだなぁ。人のことは言えないが。他の
破できないのは残念。長谷川には、明日の仙丈ケ岳ピストンで最
登山者が多いので、今日は全然歌えない。
後のトップをしっかりと努めてもらおう。T.P. と全ミでは、すぐ
山頂に着いたのは 10:40。やはり人が多すぎるので、式典は行
隣にテントを張っている他のお客さんにも配慮して、大声を出し
わないことにした。残念・・・。雲が多くて景色を楽しめないの
たりしないように注意した。20 時半、就寝。
もかなり残念だった。山頂付近はかなり風が強くて寒かったので、
写真だけ撮ってすぐ下りることにした。少し下りたところで休憩、
7 月 15 日(日) C4
「目指せ Queen! でも天気は悪かった。」
タッパー飯の時間としたが、寒かったのでタッパー飯も冷たかっ
た・・・。
3:00 起床。今日はいよいよ仙丈ケ岳である。隊名にも「目指
15:20、仙水小屋に戻ってきた。今日は最終夜だ。本来であれ
せ Queen!」とある通り、今合宿、甲斐駒ケ岳と並んで大きな目
ば最終夜らしく大いに盛り上がりたいところだが、今回は他のお
標としてきた山だ。何としても全員でその山頂に登りたい。
客さんの迷惑になってしまうので、あまり騒げない。いつものよ
5:13 に行動を開始して、まずは林道を目指す。途中の北沢駒
うに大量の差し入れを広げ、小さな声で乾杯!今回注目の差し入
仙小屋にはなんと 50 以上のテントが張られていて、その異様な
れは、内山からのカップラーメンと、佐々木の網焼きトウモロコ
までに多い数とカラフルな光景にビックリしてしまった。6 時ご
シだろう。骨付きウインナーを焼いたのもおいしかった。長く楽
ろ林道に着いて休憩しているときに、奥平の靴擦れが酷いという
しみたいところではあったが、他のお客さんが寝ているのと、明
ことでその処置をするのに時間をとった。確かに皮が剥けて痛そ
日の行程も長いのとを考えて、最終夜にしては早い 22:00 就寝
うではあったが、私としてはさすがに 4 年目にもなるともっと
とした。
酷い靴擦れは何度も見ているし、自分も酷い靴擦れになったこと
錬成合宿
があるので、正直、そのくらい我慢してくれと思った。でもやっ
下半期
る姿も元気がない奥平。あともう少しだから頑張れ!みんなで励
226
227
7 月 16 日(月) 最終日
「まさかの事態。長かった一日。」
3:30 起床、5:40 行動開始。周りのお客さんたちも撤収を始め
ていた。今日はこれから甲斐駒ケ岳を目指す。ただし 2 年長谷
川に見送られる形で、私たちは仙水小屋を後にし、まずは仙水峠
下半期
川は今日の 5 限にテストがあるため、一人下山するのだ。長谷
へ。岩場に出てから、新人奥平の様子がおかしいことに気が付い
らかに息が上がっていて気分が悪そうだ。仙水峠で、様子を見る
ことにした。
6:20、仙水峠着。ザックを下ろすと、奥平は倒れ込むようにし
て地面に横になった。視線を合わせられなかったり、意味不明な
言葉を発したりする。そのうち、寒気を訴えて震えだした。20
分くらい様子を見たあと、全員で仙水小屋に戻りそのまま昨日歩
いた道を通って下山し、バスに乗ることを決めた。内山や佐々木
に奥平を背負わせるが、不安定でなかなか先に進まない。ザック
搬送に切り替えると、多少安定して歩きやすくなったようだ。そ
の後も嘔吐を繰り返し、話しかけても反応がなかったりする。奥
平の搬送は内山と佐々木に任せ、他の者で奥平・内山・佐々木の
ザックを何度かに分けて運んだ。
奥平たちよりも早く仙水小屋に着いて、小屋で電話を借りて大
家監督に状況を伝えた。8 時になってようやく奥平たちが仙水小
仙丈ケ岳山頂にて。一人だけ俯いています・・・。
屋に到着したので、水分補給などをしてから、そのままバス停ま
で下りてバスで広河原に向かうように指示した。この間、新人藤
田は、仙水峠から仲間のザックを運んだり、途中まで奥平の搬送
を手伝ったりしてくれて、最終的に仙水小屋に戻ってきた。初め
ての錬成合宿でこんなことになってしまって動揺しているだろう
に、錬成合宿最終日とは思えないくらいの体力を発揮してくれた。
錬成合宿
た。ペースが速いわけでも、登り坂というわけでもないのに、明
228
229
平たちを追って同じバスに乗るように指示した。バスの時間が多
梨・藤田・内山が到着するのを待つことにした。
少ぎりぎりではあったが、青木なら間に合うだろう。
北沢峠に残った由梨・藤田・内山は同じころ 11:00 のバスに
9:35、奥平・青木・佐々木を乗せたバスが北沢峠から広河原
乗って、広河原に向かっていた。そして 11:40、広河原に到着し
に向けて出発した。ずっと奥平を搬送してくれていた内山は、バ
た。奥平の状態も徐々に良くなっていることを伝えると、3 人と
スには乗らずに仲間のザックを回収するため仙水小屋に戻ってき
もホッとした様子だった。私たち 4 人は、ここから一番早く出
た。一方の仙水小屋では、私と由梨、藤田が北沢峠に向かい出発
発する 12:45 の芦安行きのバスに乗ることにした。奥平たちとは、
したところだった。私はこのとき自分のと奥平のザックを持ち、
あとで甲府駅で落ち合うことができるだろう。青木とも電話(衛
ワンゲル人生最初で最後のダブルザックをした。火事場の馬鹿力
星電話だが)が繋がったのでそのことを伝えることができた。
とはこのことだろうなと思うくらい、不思議と平気な感じでバス
私たち 4 人は芦安温泉で、奥平たち 3 人は奈良田温泉で、そ
停に着いた。そして内山も、仙水小屋に戻ってからダブルザック
れぞれ疲れと汚れを洗い流した。奥平も温泉に入り、このころに
で北沢峠まで下りてきてくれた。奥平搬送のあとでもこの体力、
は歩行・会話ともに正常に戻っていたらしい。本当に、大事に至
さすがは男・内山である。
らなくて良かった。温泉に入った後は、それぞれ甲府駅を目指し
北沢峠では、私だけ先のバスに乗って奥平・青木・佐々木がい
た。私たちは芦安から甲府駅までバスで向かったのだが、そのバ
る広河原に向かい、状況を見て指示を出すことにした。というの
スでなんと青木のお姉さんに会った!私たちの会話を聞いて早稲
も、この辺りは携帯電話の電波が繋がらないので連絡が取れない
田ワンゲルだとわかり、お姉さんの方から声をかけてくれたのだ。
のだ。由梨にはそのまま藤田と一緒にいてもらい、内山が北沢峠
青木が奈良田の方にいたのが残念だったが、すぐにメールしてこ
に下りてくるのを待って、3 人でバスに乗って広河原に来てもら
の偶然の出来事を伝えた。
うことにした。10:10、私の乗ったバスが北沢峠を出発した。バ
先に甲府駅に着いたのは私たちだった。ちょうど 16:00 ごろだ。
スの中で一人になって、これまでのことやこれからのことをいろ
その 10 分後くらいに奥平たち 3 人も甲府駅に着いた。結局、同
いろ考えたり、窓から甲斐駒ケ岳を眺めたりして(今日は快晴だっ
じくらいのタイミングで甲府駅で落ち合うことができたのだ。7
たのだ)、涙が出てきた。
人が再集合を果たし、元気になった奥平を皆が笑顔で迎えた。た
10:40、広河原に着いてすぐ青木を見つけて、状況を知ること
だし佐々木は、奥平搬送のため自分のザックを持っていなかった
ができた。奥平は、バスの中や休憩所で寝ていたり、ココアを飲
ので、温泉の後また同じ衣服を着なければいけないという残念な
んだりして、少しずつ落ち着いてきたらしい。まずは一安心だ。
状況だった。最集合してすぐ着替えに行った。
さらに標高を下げるために、一番先に出るバスに乗せて温泉施設
お腹も空いていたので、皆で打ち上げをして “ ほうとう ” を食
かどこかで休ませることにした。奈良田行きのバスが一番先に出
べた。お腹も満たされて、皆も笑顔で、何とか合宿を終えられた
るということだった。11:10、奥平・佐々木・青木を乗せたバス
ことにホッとした。その後は解散して、私と奥平と由梨とで甲府
錬成合宿
が広河原から奈良田に向けて出発した。私は、広河原に残って由
下半期
さすが藤田だ。同じく仙水小屋に戻った青木には、先に下りた奥
230
231
共立病院に行き、奥平の検査をしてもらった。やはり、高山病の
可能性が高いということだった。奥平は今後の山行でも注意して
いく必要がある。
目指せQueen!鳳仙駒隊 総括
私たちは、鳳凰山からアサヨ峰を越えて仙丈ケ岳、甲斐駒ケ岳
を踏破する計画であった。結果として甲斐駒ケ岳登頂は叶わな
て力を発揮してくれたことに心から感謝しているので、出来るだ
丈ケ岳に登頂できたことは、一つの目標達成だったと言えるだろ
けこの経緯を記録して残しておきたいと思った次第である。奥平
う。初日から雨に打たれながら行動したり、最終日には新人奥平
が無事で本当に良かったし、この経験を通して私は今まで以上に
が高山病で倒れたりと、波乱の錬成合宿であったことは言うまで
ワンゲルが好きになった。甲斐駒ケ岳に登れなかったのは残念
もない。この合宿を乗り越えたことで、一人ひとりが大きく成長
だったが、それ以上に大きな意味を持つ合宿となった。
したことを自信に思ってもらいたい。そして、合宿中に見つかっ
隊員の皆、本当にありがとう!お疲れさまでした!
た各自の課題を今一度反省し、63 代最後の夏合宿に向かってこ
文責:渡部ゆかり
れからも全力で活動していってもらいたい。
【行動判断】
(1)12 日(行動初日)に韮崎駅から中道登山口までタクシーで
移動したことについて
計画では、12 日は韮崎駅から青木鉱泉までタクシーで移動す
ることとしていた。しかし、11 日夜(C0)の時点で既に 12 日
の悪天は明らかで、さらに翌 13 日は 11.5 時間という長い行程
を予定していたため、12 日は出来るだけ早く行動を終えるべき
だと考えた。よって、タクシーの運転手に頼んで中道登山口まで
行ってもらうことにした。これにより、行動時間を約 1 時間短
縮することができる計算であった。実際、12 日は予想通りの悪
天であったため、行動時間を短縮するという意味で適切な判断で
あった。
再集合を果たし、みんなで打ち上げ!
錬成合宿
かったが、「目指せ Queen !」という隊名にふさわしく全員で仙
下半期
さて、かなり長い記録になってしまった。最終日、皆が協力し
232
233
(2)予備日を使うことを決め C2 を早川尾根小屋にしたことに
ついて
ンを行うことも考えていたが、奥平は自立歩行も不可能な状態で
あり、この時点で奥平の搬送と隊員全員での下山を決めた。
12 日の行動中は一日中雨が降っていたため、行動後は全身濡
のうちに出来るだけ濡れた物を乾かすことと、十分な睡眠時間の
奥平の搬送を、隊の中で最も体力がある 3 年内山と 2 年佐々
確保が欠かせないと考えた。そのためには翌日の行動開始時間を
木に指示して、2 人が交代で奥平を搬送した(ザック搬送)。今
遅くすることも止むを得ないと考え、そうなると C2 予定地であ
回のようなことがあれば、体力があり、歩き辛い岩場も歩きなれ
る仙水小屋まで行くことは無茶だと判断した。したがって、12
ている上級生男子に搬送を任せるべきである。
日夜(C1)の時点で、C2 を早川尾根小屋にすることを決めた。
その後は計画書の行動準則の通りに予備日を一日分使って C3、
( Ⅲ ) 奥平と 2 年佐々木・3 年青木(医療係)を、バスで広河原
C4 を仙水小屋とした。
まで行かせた
奥平を少しでも早く標高の低い場所へ移動させるために、隊
(3)新人奥平の体調不良により全員で下山したことについて
(計 7 人)の分隊を決めて、奥平・2 年佐々木・3 年青木を北沢
[ 概要 ]
峠から出ているバスで広河原まで向かわせた。2 年佐々木には、
16 日の行動中に、奥平が吐き気や寒気などの症状を訴え(後
奥平を背負わせたり肩を貸したりしてもらい、青木には医療係と
に高山病と診断される)、行動を中止、隊員全員で下山すること
して奥平に付き添ってもらった。
を決めた。奥平は搬送中に嘔吐を繰り返し、呼びかけに対する反
今合宿の隊員数から考えて、奥平に付き添わせる人数を 2 人
応も薄かった。高度を下げるにつれて症状は良くなり、奈良田に
としたのは妥当であった。なぜなら、残りの 4 人(4 年渡部・佐
着くとほぼ回復した。病院での診察の結果、高山病の可能性が高
藤・3 年内山・新人藤田)で 6 つのザックを山から下ろして行く
いと診断された。
必要があり、4 人未満ではこれが困難になっていただろうと考え
るからである。
[ 判断のポイント ]
( Ⅰ ) 奥平の状態から判断して、全員での下山を決めた
( Ⅳ ) 広河原から奥平・2 年佐々木・3 年青木だけを奈良田へ行
奥平の体調不良により、仙水峠でしばらく休憩を取ることにし
かせた
た。奥平の状態が回復すれば、団配解除をして行動を続けさせら
広河原からのバスで一番早く出るのが奈良田行のバスであっ
れるだろうとも考えていたが、奥平の状態は一向に良くならな
たため、奥平・佐々木・青木の 3 人を奈良田に行かせた。その後、
かった。奥平はこれ以上行動不可能であると判断した。
遅れて広河原に到着した 4 人(4 年渡部・佐藤・3 年内山・新人
奥平に SL 佐藤を付き添わせ他の隊員だけで甲斐駒ケ岳ピスト
奥平)は、奈良田行のバスよりも早く出発する「芦安温泉駐車場」
錬成合宿
( Ⅱ ) 奥平の搬送を 3 年内山と 2 年佐々木に任せた
下半期
れた状態であった。風邪などの体調不良者を出さないために、夜
234
235
行きのバスに乗車することにした。
【行動概略】
奈良田と芦安温泉駐車場とに分かれた理由は、広河原からのバ
スに乗ってしばらく経たないと携帯電話の電波が入らず、連絡の
取りようがなかったからである。奈良田に向かった 3 人と、芦
18:45 高田馬場駅集合
19:15 高田馬場駅発
22:33 韮崎駅着
23:00 就寝
05:00 起床
05:16 タクシー出発
06:15 中道登山口着
06:24 行動開始
12:05 薬師ヶ岳
13:35 観音ヶ岳
15:17 鳳凰小屋着
16:10 食当点火
17:45 上ミ
19:15 全ミ
21:00 就寝
7/14( 土 ) C3
駅に向かうように指示して 7 人全員が再会できるようにした。
結果として、分隊したことによる問題はなく、両隊がほぼ同時
に甲府駅に着くことができた。
文責:渡部ゆかり
7/13( 金 ) C2
行動時間 6h58min
04:00 起床
05:40 行動開始
06:58 赤抜沢ノ頭
08:40 高嶺
10:32 赤薙沢ノ頭
11:47 広河原
12:38 早川尾根小屋着
14:40 食当点火
16:45 上ミ
18:20 全ミ
20:00 就寝
7/15( 日 ) C4
行動時間 10h07min
03:00 起床
05:13 行動開始
05:50 北沢駒仙小屋
06:00 林道(2000m 付近)
07:24 三合目
10:05 仙丈小屋への分岐
10:40 仙丈ケ岳
11:08 仙丈小屋への分岐
12:03 小仙丈ケ岳
15:20 仙水小屋着
16:30 食当点火
18:10 上ミ
19:40 全ミ
22:00 就寝
行動時間 8h53min
錬成合宿
7/12( 木 ) C1
下半期
安温泉駐車場に向かった 4 人とで、温泉に入った後で共に甲府
7/11( 水 ) C0
行動時間 7h49min
03:30 起床
06:33 行動開始
09:54 アサヨ峰
11:53 栗沢山
13:48 仙水峠
14:22 仙水小屋着
15:45 食当点火
17:40 上ミ
19:15 全ミ
20:30 就寝
7/16( 月 ) 最終日
行動時間 4h53min
03:30 起床
05:40 行動開始 ※長谷川は下山
06:23 仙水峠着
07:10 仙水峠出発
09:35 青木・佐々木・奥平が北沢峠出発
10:10 渡部が北沢峠出発
11:00 佐藤・内山・藤田が北沢峠出発
12:00 青木・佐々木・奥平が奈良田着
13:45 渡部・佐藤・内山・藤田が
芦安駐車場着
16:00 渡部・佐藤・内山・藤田が甲府駅着
16:10 青木・佐々木・奥平が甲府駅着
17:10 解散
17:20 甲府共立病院
236
237
錬成合宿全体総括
・日程を C3 にしたことについて
ツかった、もう辞めたいと思ったかもしれない。それぞれの感じ
ことができなくなった。そのため、錬成合宿の日程が例年の C4
たままの思いを大切にしてほしい。今回の経験は、今後のワンゲ
から C3 へと短くなってしまった。しかし、団配の重量を調整す
ルの中で、あるいはその後の糧になることだろう。
るなどして、新人を肉体的、精神的に錬成することはできた。た
今回の錬成合宿では、両隊ともに行動ができなくなるほどの体
だし、日数が少なくなると、食当や設営の回数が必然的に少なく
調不良者を出してしまった。無理なく下山できたことは良かった
なり、新人の山岳経験を積む時間が少なくなってしまう。今年の
が、それで錬成が不十分になってしまう者もいたので、必要なも
ように、夏合宿にも縦走を取り入れるなどしてフォローしなけれ
のは今後フォローを行っていく。
ばならない。
錬成が終われば、いよいよお待ちかねの夏合宿である。夏合宿
が目前であるので、最後まで体調管理や事前準備を抜かりなく
・今合宿のルートについて
行ってもらいたい。夏合宿の地、青い国四国へ向かってキャラバ
今回錬成合宿で予定していたルートは、両隊とも完全に辿るこ
ンの旅もラストスパートである。最後まで、気合を入れていこう!
とはできなかった。C3 にしては長いのではないかとも考えられ
るが、駒鳳隊では 61 代錬成合宿黒甲斐仙隊(C4)の計画から仙
【計画省察】
丈ヶ岳ピストンの 1 日の行程を抜いたものであり、妥当であっ
・7 月に錬成合宿を行うことについて
たと考える。また、鳳仙駒隊についても行動予定時間に無理はな
今年は部の活動再開が 5 月末であったために、錬成合宿が 7
く(行動予定時間については両隊ともエアリアのコースタイムに
月になってしまった。駒鳳隊は 7 月 6 日~ 7 月 10 日、鳳仙駒
1 時間当たり 10 分の休憩時間を加えた時間)、妥当であったと
隊は 7 月 11 日~ 16 日であった。7 月に錬成を行うことで問題
一見すると思われる。しかし、錬成合宿という普段の縦走とは違
となる点として、テスト前のために日程が組みづらいこと、また、
い荷物が重くなりそれに伴い隊の進むスピードが遅くなるような
従来であればパーティーワンダリングを行っている時期であり、
合宿であったことを考えると、負担が大きい行程であったことは
パーティーワンダリングのスケジュールが立て辛いということが
否めない。特に、鳳凰小屋から仙水小屋に一日で向かう行程は昨
あった。ただ、スケジュールの都合上雪上訓練が行えず、6 月に
年の 62 代錬成合宿鳳凰甲斐駒隊の行動時間(14 時間)を見て
錬成合宿を行う場合にはルートが限られてしまうため、ルートの
も妥当とは言えなかった。今後錬成合宿の計画を立てる際は、エ
面では逆に幅が広がり良い結果となった。今後、7 月に錬成合宿
アリアだけに頼らず、過去の記録など自分たちの実力がわかる資
を行うことはほとんどないだろうが、万が一 7 月に行う場合は
料を基に予定行動時間を算出して計画を立ててほしい。
参考にしてほしい。
錬成合宿
上記の通り、テストの日程の都合上長い期間を錬成合宿に割く
下半期
錬成合宿を終えて、新人の感想はどうだろうか。辛かった、キ
238
239
【全体考察】
・体調を崩した者が多数現れたことについて
錬成合宿感想文
今回、駒鳳隊では C1 で福永、鳳仙駒隊では最終日で奥平がそ
れぞれ体調を崩し、隊の行動に影響を与えてしまった。今年の場
錬成合宿の感想文
新人 奥平祐介
それにより、スケジュールが過密になり体調管理を難しくさせて
な点が目立ち数多くの課題が見つかりました。
しまった。また、トレーニングに関しても例年に比べて錬成合宿
< C 0、1>
までの回数は少なくなってしまった。やはり、錬成合宿の主旨か
高田馬場駅に集合し OB・OG、在京する先輩から多くの差し入
ら考えてもその準備は入念に行う必要があった。今後、入部時期
れをいただいたのですが、二年生のザックの重さに驚きました。
が遅いなどで錬成合宿までに時間があまりとれない時は、新人の
来年、自分が持つことを考えると今からでも不安になります。そ
体力を見つつ、きつくなりすぎないスケジュールで錬成合宿の準
の後、電車に乗りステビをしましたが、上手く眠りにつくことが
備をさせなければならない。
できませんでした。今後の合宿でもステビをする機会は多いと思
うので早く慣れたいと思います。
翌朝、山道でタクシーに乗ったのですが、自分が車酔いに弱い
のを全く考えていませんでした。朝食も食べる気になれず、山で
の行程に悪影響を及ぼしたので酔い止めを飲むのを忘れないよう
にしたいです。その後、行程に入ったのですが、マップケースに
ボールペンを入れ忘れるという致命的なミスを犯しました。下界
でも自分は忘れ物が多いので、普段から意識する必要性を感じま
す。行程に入ってすぐに靴擦れをしたのですが、前日の電車の中
で自分は靴ずれはしないだろうと、根拠のない思い込みで乱雑に
テーピングしたのが原因だと思います。また、一日目は山登りに
おける初めての雨の体験だったのですが、登っているときに周り
の景色が見えなかったり、テントの外でパッキングができなかっ
たりと、ものすごく雨に対する嫌悪感を抱きました。靴擦れと雨
のためか、薬師が岳に登った記憶はほとんどありません。相当つ
らいときに食べようと思っていた、出発前に福永さんにいただい
たウイダーをこの日に食べ干してしまいました。幕営生活に関し
錬成合宿
今回の合宿は入部してから二回目の合宿でしたが、自分の未熟
下半期
合は、6 月から活動が始まり夏合宿のまでの準備期間が短かった。
240
241
いう意識が薄く、個装の整理が全くできていませんでした。食当
もあやふやになってきて、返事をする気力すらありませんでした。
に関しては、藤田が水の係で差し入れの多さに困惑しているのを
ザックのチェストベルトを壊したときに、自分の休憩する時間を
見てすごく不安になりました。
犠牲にしてまでも直していただいた青木さんのやさしさに、器の
< C 2>
違いを感じました。その後、だんだん天候は良くなってきました
この日は、疲労がそんなに溜まっていなかったので朝食を普段
が、それを素直に喜ぶ元気は残っていませんでした。仙水小屋に
通りに食べることができました。しかし、撤収のときに手順があ
ついたときには、ザックを背負ってなくとも歩くことがつらいほ
まりわからずに時間をかけてしまいました。今回で、ある程度の
ど気が滅入っており、設営でも何度もやり直すことになりました。
撤収の流れを把握することができたので次の合宿では素早く行え
食当では筋肉痛のためか立て膝ができずに苦戦しました。また計
るようにしたいです。先輩に散々脅されていた地蔵が岳では、砂
画書を雑に読んでいたために具材を入れ忘れるというミスも犯し
の斜面が予想以上につらくこのとき既に精神的に追いやられてい
ました。
ました。そのとき、すぐ後ろにいらっしゃった青木さんのあまり
< C4 >
にも余裕そうな表情に驚きと焦りを感じました。栗沢峠は特にこ
この日はピストンであったので撤収もなんなくこなしました
れといった感想もなく、単にまあまあだな、と思いました。内山
が、靴擦れが限界でイライラしており、歩いているときに転がっ
さんの歩き方がすごくきれいだなと感動しながら早川尾根小屋に
ている石を蹴飛ばしてやろうかと思いました。ピストンであると
到着しました。天候も良く設営も一発で終わり気分が良かったの
完全に舐めきっていたのですが、仙丈ケ岳は予想以上にきつく面
ですが、食当で差し入れの多さに狼狽えながら作った大根カレー
喰いました。同期の藤田はあまりにも余裕そうな顔を見て、高校
の味が何とも言えないくらい口に合わず、一気に気分が悪くなり
三年間適当にやってきたツケがまわってきたと思いました。最終
ました。
夜では、二年の佐々木さんと長谷川さんから熱い言葉を頂き、先
< C3 >
輩の差し入れの多さに驚愕しながらも内山さんに頂いたカップ
小雨が降ってきてテンションも下降する中、スパッツがつけら
ヌードルのおいしさに泣きそうでした。
れずに隊の皆に迷惑をかけました。今回でスパッツが閉まらなく
< C 5>
なるということがわかったので、次からは気をつける必要があり
テントの傾き故に全く眠れず、朝食もほとんど喉が通らないま
ます。この時点で、肉体、精神的に全く余裕がないうえに、この
まこの日を迎えることになりました。撤収もなんなくこなし、団
日から団配に中金が加わり、雨のためにザックの上方に付ける必
配の重さも余裕がありこの時点で勝ったな、と思っていました。
要があったため重心が悪く行程中はずっとフラフラしました。何
授業の為に下山しなければならない長谷川さんを見送りながら行
度か意識が朦朧とし視界が白く霞んでいきました。この時点で自
程に移りました。開始数十分後まではゆとりがあり、特に何も考
分の体力不足を痛感しました。アサヨ峰に着くまでに、もう無理
えずに歩いていました。しかし、何かおかしいと思い始め、汗が
錬成合宿
なんじゃないかと何度も思いました。人に何と言われているのか
下半期
ては、長谷川さんにも注意を受けたように集団で行動していると
242
243
抜き、余裕をもって迎えてしまった。他のメンバーの方々に迷惑
のに必死で、視界が不安定になりました。どうやら高山病のよう
をかけながら。そして、同期の奥平が倒れてしまい合宿は終わっ
です。この日に初めて高山病という症状があることを知り、自分
た。自分は何もできずに。
の勉強不足を感じました。下山後自分で調べてみると、主な原因、
来年は自分が2年となり新人を指導する立場になる。二度と自
徴候である、水不足、食欲不振、ザックベルトの締め付け、睡眠
分に対しても後輩に対してもこのような結果を出したくない。
不足、飲酒など、これでもかというばかりに当てはまっていまし
そして、出してはいけないと思う。だから、自分のことも周りの
た。自分が実際に症状に掛かってはじめて山の怖さを知りました。
ことも冷静に観察して、支えられるようになりたい。
甲府は思っていたより都会だった
てしまったため、深く反省し二度と起こさないようにしたいです。
今回の合宿では自分の至らない点が多々露呈し、先輩の偉大さに
新人 本間大喜
気づかされました。部の力を上げるためにも、また、すぐに迫っ
バスを降りて隊の全員が一言、「暑い」。正午過ぎの甲府駅の気
ている夏合宿を最高のものにするため、日々一歩ずつ努力し一人
温は30度近く、町の人たちや先輩方が呆れたように笑っている
前の部員になるために精進したいと思います。
中、私だけが熱帯樹林地獄の中を迷走している。そんな感じがし
ました。
合宿は初日から最終日を除いて雨が降り続けていたため、暑す
「錬成合宿を終えて」
新人 藤田啓輔
ぎず、寒すぎず、ちょうど良かったです。その上、ずっと雨具を
自分は実は錬成合宿を楽しみにしていた。ワンゲルに入って以
着ていたため、その分パッキングが楽になりました。さらに付け
来自分を追い込みたい謎の衝動に駆られるからである。結果、自
加えると、パッキングに慣れていない初日に雨具とスパッツをも
分を追い込むことは出来なかったのだが。
し着ていなければ、その他の道具をパッキングできていなかった
錬成を通じて思ったことは、自分の欠点をまざまざと見せつけ
でしょう。
られたということである。真剣に目の前のことを見ていないとこ
そこは、覚えています。他の記憶はありません。かすかに目に
ろである。それは、特に読図の時に顕著であった。行動中、無駄
映った景色は美しく、初めての縦走という行動自体は楽しかった
な体力を使いたくないという思いがあり、コンパスや地図を見る
ことは確かですが、もう2度とあれほど重いザックを背負いたく
ことを怠っていた。分かりやすいポイントさえ気を付ければいい
は無い事も事実です。ただつらかったです。 しかし、私より重
と。しかし、そこが甘いのだと今なら分かる。一つ一つの小さな
いザックを背負われている先輩方は「ただ歩いている感じ」とおっ
甘えが大きな読図ミスにつながった。そして、お付きの先輩や他
しゃり、登山での疲れがまったく見られませんでした。体力的に
のメンバーの人にも迷惑をかけてしまった。
最もつらいと耳にする来年の2年生としての錬成に向けて1年間
そして、最終日まで自分は全ての行動、体力 精神ともに手を
のトレーニングでどこまで成長できるのか。本当に自分を錬成す
錬成合宿
今回は自分の体力不足、知識不足のため、多くの人に迷惑を掛け
下半期
全く出ないことに気づきました。頭がフラフラし吐き気を抑える
244
245
重いザックのつらさを知らず精神的に弱ってしまう新人、多く
表情で歩き、辛そうな表情を見せていたにも関わらず、体力的に
の差し入れを持ち体力的に弱ってしまう2年生、登山を楽しみ続
疲労しているだけだと思い、根性で歩かせていた自分が本当に情
けられるほど体のできてくる3年生4年生。今回の合宿では、絶
けない。
対に精神的には負けないと決めていたにもかかわらず負けてしま
また、食糧係として、休憩時に水とレーションの摂取を促さな
した。今年は入部してから合宿までの期間が短かったことで言い
ければならないにも関わらず、付きの新人指導に追われて隊全体
訳できても、準備期間が1年間もあっては来年は言い訳できませ
がほとんど見られておらず、結果的に奥平に水分摂取を呼びかけ
ん。新歓合宿以降、できる限りのトレーニングを積んできたので、
られていなかった点についても大いに反省しなければならない。
何ひとつ後悔はしてませんが悔しいです。今年同様、伝統の名の
怪我なく終える事が出来、本当に良かったが、事故の為に活動を
下に体力的に潰されてしまうのでしょうが、それでもあがき続け
休止していたにも関わらず、再び同様の事を起こしてしまってい
ます。3年生以上の方が楽しめるのならば、私は2年生でも錬成
ては、安全に山岳活動を行っているとは言えないという事を痛感
合宿を楽しみたいです。
した。
バスを降りて一言、「暑い」続けて「山に戻りたい、でも練成
今回の合宿を通して、下界での更なる知識の取得と実践力が今
は嫌だ」。それでも気持ちを整理して今は思う、「錬成に再び挑み
後の自分の大きな課題である事、山には想像以上の恐ろしさがあ
たい」と。
る事を深く実感した。
今回の経験を、今後の自分のワンゲル生活における成長の糧と
したい。
未熟
2 年 佐々木透
今回の合宿では、自分の山岳活動に関する認識の甘さを思い
今回の合宿で感じたこと
3 年 青木彩
知った。
錬成合宿という事で、昨年の合宿を通して自分が感じたような
錬成合宿の目的は精神的体力的に自らを錬成することである。
達成感を新人達に味わってほしいと思い、ただ一方的に厳しくし
この合宿に L 層として自分だったらどう臨むのか常に考えさせ
ていたがそれは大きな間違いであった。
られた合宿であった。新人は体力の限界を越える(錬成させる)
最終日の行動中に奥平が高山病で倒れてしまった事は、上級生
ためにはどうするのか。でも山で本当に体力を使い切ってしまっ
として反省するべきであり、今後二度と起こしてはならないと思
たらそれは危険なことなのではないか。この合宿の「目的」と「安
う。
全な山行」の両立の難しさを感じた。
もし、あのまま行動を続行させ、何かの拍子に滑落していたら
ただ言えることは時間意識や装備、メンバーシップなど山での
と考えると背筋が凍る思いがする。
生活に絶対に必要なことはこの合宿で身につけさせなければなら
錬成合宿
合宿中の奥平の行動を振り返ると、途中から常にぼんやりした
下半期
べきはこれからだと思っています。
246
247
ないということ。これは一緒に活動していく上で自分自身にとっ
・また来年もアサヨに行くのか!?私は北岳に行きたいが。雪が
ても他人にとっても大事なことだと思う。
なあ…。
来年自分が L となる時、前者については出来る限り後輩と自
63 代錬成合宿感想文
分の体力を把握しておくこと、後者については「まあいいか」と
一度新人の時の錬成で通った道とほとんど同じだったので、非
たい。
下半期
3 年 尾形祥吾
思わず、伝えるべきことをきちんと伝えること、を忘れないでい
常に懐かしい気持ちで今回の合宿に臨んだ。C0 は土砂降りの中
3 年 内山義崇
感じで自分の記憶を探っていた。地形図の休んだところ一つ一つ
・アサヨ峰のエセピークが意外と少なかった。思えば去年はアサ
をすべて覚えていたわけではないが、それでも歩きながらこんな
ヨ峰の時点ですでに 10 時間くらい歩いていたから精神がおかし
とこあったなということがあった。1度行った山に数年後に行く
くなっていたのだろう。鳳凰小屋から仙水小屋まで 1 日で行く
のはあまりないことであり、特に錬成というある種特別な合宿で
のは、たとえ食中毒がなくても厳しいだろうと感じた。早川尾根
再び行くのは非常に面白い体験だった。
小屋までだと短すぎるかもしれないが、団配を増やせば十分錬成
去年の錬成には参加していないため、今年に2年のような役が
になると思う。
回ってきたのはある意味ではよかったかもしれない。ホントは行
・C2 の食袋の重さが驚愕の 7.0kg。過去最高ではないか?
く前は3年なのでもう少し荷物は軽いと思っていたのだが。それ
・栗沢山が意外と鬼畜。
でも山は楽しめたし、できればもう少し先まで行きたかったが、
・知名度・鬼畜度的には、アサヨ峰>双子山>>>越えられない
最終日は特に天気に恵まれたのはうれしかった。
壁>>>北岳・千丈・甲斐駒。
しかし新人にとってはどうであったのか気にかかる。行動には
・人が多かった。6 月だと誰もいないのに。
余裕がないようで体力的、精神的な錬成はできたであろうが、人
・韮崎のヤンキーは知多のヤンキーに似ている。
数が少ない中で錬成合宿とはどのようなものだったのだろうか。
・甲府駅周辺はいい雰囲気。地方都市の若干さびれた風情がなん
少し態度をとりずらかったという反省はこちらにもある。
とも。
そして最終日に見えた北岳は素晴らしかった。甲斐駒と千丈は
・3 年生ともなると、団配が軽いし、余裕。頑張りすぎて余裕が
2度ずつ行っているので来年自分たちで合宿を出す時はぜひ北岳
なくなるのも良くないし。本気で頑張れるのは新人、2 年の内だ
に行きたい。
けですよ。頑張って。
・新人の足を見て、靴ズレにならないって最高だと気づいた。神
に感謝。
錬成合宿
で寝ることになり、あのときは晴れてて星が見えたなぁ、という
錬成合宿の感想
248
249
今回の判断はベストだったと思う。あの場で下せる判断として
錬成合宿を終えて
3 年の錬成が終わった。今回の合宿に臨む前、「L の判断を見
をさせてでも計画の完遂にこだわったと思う。しかし今回はスム
ながら、自分だったらどうするか」という事を常に考える合宿に
ーズに福永を下山させるという決定ができた。最初、Lに福永を
したいと思っていた。L 層になる前の最後の長期縦走であるから、
下山させるよう言いに行ったときは、正直厳しいかなと思ってい
そのような目標を立てたのである。実際は初日の午前中で下山し
た。スケジュールを考えれば彼のフォローを行うのが難しいのは
たから、特に考えることもなかったかというとそんなこともない。
明らかだったし、彼自身 2 年連続で錬成をしていないという習
行動判断については大いに考えさせられる部分があった。
熟度の問題、そして合宿計画を作ったこだわりから、この時点で
三度目の福永の足がつった時、考えられるのは以下の選択肢で
下山という判断は下さないかなと思っていた。しかし予想に反し
ある。
て同じことを考えていたから驚いた。
①福永の回復を待って C1 の七丈小屋を目指す。
この判断は凍傷事故の反省を踏まえたベストな選択だった。今
そこから黒戸尾根の長い長い本格的な登りが始まる所で、福永
後の合宿における行動判断のモデルにしてもいいと云えるくらい
の脚の状態を見ていれば、全員で C1 まで行くことが難しいのは
だと思う。その一方気になったのが、下山連絡をした時の監督コ
容易に判断できた。
ーチの反応である。「合流できたのではないか」「福永のフォロー
②行けるところまで行き、その場でビバークし、水を汲みに行か
をどうするのか」これらももちろん大事なことである。しかし、
せる。
それ以前に福永の症状やメンタル面を気遣う声が出てほしかっ
分隊して水を汲みに行かせることも考えられたが、その時点で
た。また、残りの4人の行動に関して、装備の受け渡し漏れがな
予備日を使うことがほぼ決定してしまう。本間の授業の関係上、
かったか、本間の状態がどうだったかなどを確認すべきだと感じ
予備日を使えないことは分かっていた。「使えないなら予備日で
た。その点でいうと、失礼は重々承知だが、監督コーチこそまだ
はないではないか」という意見もありそうだが、テスト直前の時
まだ甘いと思う。習熟度いかんに拘泥し、部員一人一人の様子ま
期に7人の部員が一週間もスケジュールを空けるのは困難であ
で細かく見れていない。本当に事故の教訓を活かせていたのは、
る。それは合宿の在り方に問題がある。そのため、プレ春の「予
現役のほう、今回のLの判断であったとさえ思う。
備日を使えるのに使わなかった」こととは本質的に異なる。そも
そも使えなかった。
この時点で、福永を下山させるしかなくなった。全員で下りて
フォローを行うという選択肢も考えられたが、今後のスケジュー
ルから難しいと判断した。その結果、今回のような行動判断に至
った。
錬成合宿
最善だった。もし、プレ春の凍傷事故以前であったら、多少無理
下半期
3 年 竹内和彦
250
251
私の最後の、最高の錬成合宿
錬成合宿の感想文ですが、
こんにちは。小山です。錬成合宿もこれで最後となってしまい
錬成合宿ももう最後になってしまった。本当に時が経つのは
ました。残すは夏合宿だけ!もう、ほんとのラストスパートです。
あっという間だ。もう差し入れでたくさんになったカレーや鍋を
ま、その前に錬成合宿を振り返ってみるとしましょう。錬成合宿
食べることもないのかな、山でスイカもないのだろうな、と考え
の意味合いというのは、やはり無積雪期の山岳技術の完成。夏合
ると、少し寂しい。最後の錬成…わたしにとっては今までで最高
宿の準備です。私は沢をはじめとして、夏合宿は山岳活動に過去
の錬成になったと思う。隊員全員に「ありがとう」と言いたい。
3 年間勤しんできて、今年も沢登りを行うのですが、ご存知の通
そう考える理由は、久しぶりに「皆で一つになって」合宿に臨
り、夏合宿ではボートや自転車など山岳活動以外の活動もあるわ
んでいる感じがあったから。今までももちろん一つになって臨ん
けで、それらの活動を行う人はどうなのでしょうか。と考えると、
でいたとは思うが、やはり最近の合宿は人数が多かったせいか、
山岳技術の完成に何の意味があるのかとなってしまいますね。縦
あまりそれを感じることができなかった。今回は一人一人が自分
走はワンゲルの基本活動だから?いえいえ、スキルシートを見て
の役割を持ち、今合宿に臨んでいたと思う。特に、最終日に新人
みれば、縦走よりもボートを多くやっている人は何人かいます。
奥平が高山病になってしまってからの皆の行動には、感動、とい
それでいて基本活動と呼べるのでしょうか。山岳技術というより
う言葉は少し違うかもしれないが「あぁ、ワンゲルの良さってこ
も、ワンゲル技術と言った方が良いのかもしれません。食当とか、
れだよな」と感じた。人のために何かをする。その大切さを私は
行動とか、山に限らずしっかりやるところはやってくれと、それ
恥ずかしながら、ワンゲルに入って初めて知ったのだ。私はワン
が錬成合宿の意義なのでしょう。新歓だけだと、どうしてもワン
ゲルに入って、今まで人に色々な恩恵を受けてきたから…。
ゲルの一側面しか見られないので。
行程はというと、新人の時以来の南アルプス(錬成では)で懐
で、錬成合宿どうだったのと聞かれれば、何と答えればよいの
かしく、そしてやはり南アは良いなと思った。天気があまり良く
でしょうか。結局、その結果が表れるのが夏合宿だと思っている
なく、最後の方は人が多かったのが気になった点ではあるが。も
のですが、夏合宿前に反省するなら、やりにくい合宿だったなと
う少し晴れて、高いところにいるという高揚感を感じたかった。
思います。福永についても、普段からしっかりと見ていなかった
ガスだと何も見えないので…。あと甲斐駒に行けなかったのは、
のは上級生であるし、それがこの合宿でたたったのは明らかでは
残念!新人の時も行けなかったのに、今回も行けなかった。呪わ
ないかと思うのです。普段からしっかりと見るというのが、とて
れているのだろうか!?次回は絶対に行きたい。
も重要なのだと思うのです。
最後にまた甲斐駒の話になるが、北沢峠に降りて、そこからの
残り短い期間ですが、なるだけ見ていきたいなと思うのです。
バスから見えた甲斐駒が、何とも格好良くて、美しかった。その
閉じたままの眼を解き放つぜ。キラッ
姿と今回の合宿を重ね合わせると、何故か涙が出てきた。その場
では何とかこらえたが。最近は、本当に涙もろくて困る。歳なの
かな。集結式でも気を付けないと。
錬成合宿
4 年 佐藤由梨
下半期
4 年 小山恭平
252
253
下半期
錬成合宿
駒鳳隊、甲斐駒ケ岳山頂にて!
鳳仙駒隊、アサヨ峰にて!
254
255
夏合宿
~ボート~
“ 日本最後の清流 ” 四万十川と、“ 青の神秘 ” 仁淀川。1 ラウン
向かう。四国は今まで沢、ボート、自転車の活動が同時に展開さ
ドでは、四万十川と沈下橋が織りなす風景を眺めながら、5 日間
れたことのない場所で、早稲田ワンゲルの合宿地として大きな可
のロングツーリングを行う。2 ラウンドの仁淀川は、
「仁淀ブルー」
能性を持っていると考えられる。
と謳われる青く澄んだ水質を誇っている。この 2 つの清流を下
これまで 63 代というキャラバンは、一年間を通して「部全体
りながら、川下りの魅力を存分に味わう。
での一体感が感じられるような活動」を行っていくことを目指し
てきた。上半期では春合宿に向けて一致団結し、キャラバンとし
~自転車~
ての土台を固めた。春合宿は事故により行うことが出来なかった
道後温泉で有名な松山から始まり、反時計周りでと山と川と海
が、その後は無事に新人 3 名を迎え、新たなキャラバンのスター
全てを味わいながらゴールの香川県を目指し、四国の自然、そし
トを切った。新歓合宿、錬成合宿、パーティーワンダリングを経
て夏という季節をのんびりと満喫する。
て、いよいよ待ちに待った四国での夏合宿が始まろうとしている。
夏合宿前半は、我が部の魅力である各活動(沢、ボート、自転
夏合宿後半は、63 代をともに歩んできた仲間たちとの最後の
車)で四国の自然を思い切り楽しもう。
活動となる、部員全員での縦走ラウンドである。各活動での思い
出を皆で共有しながら、最後まで活動を楽しもう。
~沢~
四国一の名渓面河本谷を遡行し、87m の御来光ノ滝を見上げ
63 代の合宿の中で、今合宿が最も楽しいものとなるに違いな
る。沢をつめれば、古来より信仰の対象とされた、西日本最高峰
い。なぜなら、この一年間を通して我々の結束力は強くなり続け
の石鎚山が待っている。その後、石鎚山脈を東へ向かい、シラサ
てきたからである。この強い結束力を持って、我々のために用意
峠から白猪谷へと降りる。白猪谷では暴れ川として名高い吉野川
された舞台、「青い国 四国」へと向かおう!
の穏やかな始まりを目にする。最後は笹ヶ峰から秘湯木の香温泉
へと足を運ぶ。
夏合宿
63 代というキャラバンはいよいよ夏合宿の地である四国へと
下半期
【全体主旨】
256
257
【隊員構成】
叩け最硬の石鎚隊
四国清流満喫隊
それ行け!漕げ!焦げ!しっこく隊
L
小山恭平(記録・カメラ)
L
渡部ゆかり(記録・カメラ)
L
佐藤由梨(記録・カメラ)
SL
尾形祥吾(気象・医療)
SL
内山義崇(渉外・会計)
SL
吉村祐紀(渉外・会計)
3 年 竹内和彦(気象・医療)
3 年 橋下秀司(気象・医療)
2 年 佐々木透(食糧 C・装備)
2 年 福永孟昭(食糧 C・装備)
2 年 長谷川祐(食糧 C・装備)
新人 藤田啓輔(食糧・地域研究)
新人 本間大喜(食糧・地域研究) 新人 奥平祐介(食糧・地域研究)
【行動計画】
各活動ラウンド
縦走ラウンド
8/9(木)
8/10(金)
8/11(土)
8/12(日)
8/13(月)
8/14(火)
8/15(水)
8/16(木)
8/17(金)
8/18(土)
8/19(日)
8/20(月)
8/21(火)
8/22(水)
8/23(木)
8/24(金)
8/25(土)
8/26(日)
叩け最硬の石鎚隊
出発 移動日
移動日
面河―犬吠谷出合 C1
C1―石鎚山―山荘シラサ C2
C2―白猪谷遡行―大滝 C3
C3―丸山荘 C4
C4―桑瀬=高知
予備日1
予備日 2
休養日
準備日
西熊渓谷―フヨスベリ谷――
C1―高ノ瀬―次郎岌―剣山――
C2―剣山―川上=徳島
予備日
集結式 @とらまる公園キャンプ場
解散式
四国清流満喫隊
出発 移動日
移動日
土佐大正―十川大橋 C1
十川大橋―四万十ひろば C2
四万十ひろば―川登大橋 C3
川登大橋―四万十川橋 C4
四万十川橋―四万十川河口
休養日・移動日
越知―仁淀川橋=伊野
休養日
―三嶺―白髪避難小屋 C1
―剣山―西島キャンプ場 C2
それ行け!漕げ!焦げ!しっこく隊
出発 移動日
移動日
松山―五段高原 C1
五段高原―四万十川沿い C2
四万十川沿い―高知 C3
休養日
高知―室戸 C4
室戸―美波 C5
美波―かがわ C6
予備日
休養日
夏合宿
3 年 青木彩(渉外・会計)
下半期
63代
夏合宿
258
259
叩け最硬の石鎚隊
【各隊主旨】
【行動計画】(アンダーラインは沢の遡行)
行程
時間
8/10(金) 出発
沢隊では夏は石鎚山系の 2 本の沢を中心とした山岳活動を行
8/11(土) 移動日
う。仁淀川の源流である面河本谷と吉野川の源流である白猪谷と
8/12(日) 面河―面河渓谷遡行―犬吠谷出合 C1
の 2 つの沢を遡行し、石鎚山系の縦走を続ける。ボート隊が下
る仁淀川の源流を遡行し、四国の背骨である石鎚山脈を縦走する
8/13(月)
5 日間の第 1 ラウンドで、山の魅力を味わい尽くす。沢隊の 5
人が 1 枚のスラブのような結束力を持つキャラバンになろう。
8/14(火)
【隊員構成】
叩け最硬の石鎚隊
L
小山恭平(記録・カメラ)
SL
尾形祥吾(気象・医療)
3年
青木彩(渉外・会計)
2年
佐々木透(食糧 C・装備)
新人
藤田啓輔(食糧・地域研究)
8/15(水)
C1―御来光ノ滝―石鎚山―土小屋
―山荘シラサ C2
C2―吉野川―白猪谷遡行
―源流モニュメント C3
C3―西黒森―伊予富士―笹ヶ峰
―丸山荘 C4
8/16(木) C4―ちち山―一ノ谷―桑瀬=高知
8/17(金) 予備日 1
8/18(土) 予備日 2
8/19(日) 休養日
8/20(月) 準備日
4h
8.5h
6h
9.5h
5h
夏合宿
してきた。4 回の PW を経て、夏合宿はその集大成となる。
下半期
これまで、PW(パーティーワンダリング)で様々な沢に挑戦
260
261
叩け最硬の石鎚隊 記録
とは明日の朝にお別れなので、互いの成功を祈願して酒を飲んで
から就寝。
8 月 10 日 出発
「長い長い電車での話」
「UDON」
起床後、ボート隊はすぐに旅立っていった。なんといっても、
まずはメンバー紹介をしよう。新人は、高校時代は陸上部で競歩
高松から四国の対角線上にある土佐大正駅へと向かうので慌ただ
の選手であり、トレーニングでもその体力をいかんなく発揮して
しいのである。一方で、今日の移動には余裕のある我々は、前日
いる藤田啓輔、2 年は早稲田ワンゲルで現在 20 分間走トップ、
に自転車隊が訪れたという讃岐うどんの店「さか枝」に行く。こ
今回は沢でトップをこなしてくれる佐々木透、3 年は我が隊の紅
この良いところは朝 7 時から営業している点である。トッピン
一点でいつも笑顔の青木彩と、隊のサブリーダーで新人の時から
グもお手頃なので、今後合宿で四国に行くことがあれば利用して
夏合宿は沢一筋の尾形祥吾、そして 4 年はなんだかんだで 63 代
ほしい。その後は、四国を西へ西へと移動して昼過ぎには松山に
では 6 回も合宿リーダーを務めてしまった、稀代の雨男小山恭
到着。四国最大の街とのことだが、駅前はさほど大きくない。と
平である。
りあえず、近くのショッピングセンターで昼食。夕方に再集合と
集合はいつもの通りの高田馬場駅。ただ、いつもと違うのは集
して一時解散。残念ながら時間が中途半端であったため、道後温
合時間が早朝であるということ。これまでの合宿では授業後に出
泉へと向かった部員はいなかったようだ。その後、駅から伊予鉄
発が多かったのだが、今回は朝に出発しても入渓点に到着するの
で横河原の街に向かう。予定より 1 本早い電車に乗るが、横河
が次の日の夕方になるのだ。また、今日一日の移動は四国清流満
原駅には少し早目にタクシーが到着しているだろうとの予想で、
喫隊と同じである。今日の目的地高松までは、なんと半日以上。
ちょうど良いはずであった。しかし、そのタクシーが予約してい
長い長い行程を普通電車に揺られていくことになる。ちなみに、
た時間よりやや遅れてくる。これが四国では当たり前なのだろう
石鎚山のある愛媛へ向かうには高松に一度よるのは遠回りになっ
か。タクシーで一気に入渓点の近くへ。そこへ至る道は、とてつ
てしまうが、讃岐うどんを食べるために高松へ向かうのである。
もない山道でカーブの連続だった。これが四国か。入渓点に着く
電車での道中は、出発時に頂いた差し入れを食べたり、ボート隊
ころには真っ暗になっていた。そこにある宿舎では、昆虫採集だ
リーダーの渡部は自分で作ったおにぎりをとてもおいしそうに食
ろうか、白い布にライトを当てて青年たちが作業をしていた。ま
べていた。食事するときの表情では渡部の右に出る者はいないだ
た、近くのキャンプ場でも、若者たちが楽しそうに騒いでいたの
ろう。姫路を出るころには、外はすっかり暗くなり、瀬戸大橋を
で邪魔をしないようにそっと隅へ。しかし、そこは昆虫の巣窟で
渡って四国に上陸するときも、果たしていつ上陸したのか、車窓
新人藤田の頭上に昆虫が降ってきた。そのため、藤田が起床係と
を見てもよくわからなかった。夜は、高松駅でステビ。ボート隊
なり就寝。
夏合宿
リーダーの私小山を含め、計 5 人のメンバーで構成されている。
下半期
いよいよ夏合宿のスタートである。我々「叩け最硬の石鎚隊」は、
8 月 11 日 移動日
262
263
8 月 12 日 C1
「アブを止めて」
いよいよ入渓の日を迎える。今日の予定は面河渓谷の犬吠谷付
近である。待ちに待った夏合宿沢隊も本格始動である。さて、こ
下半期
の隊では 2 年が佐々木しかいないので、佐々木にトップをお願
いする予定である。パーティーワンダリングでは、なかなか行き
やすいルート取りに苦労していたようだが、この合宿ではどうだ
夏合宿
ろうか。セカンドの 3 年生は 2 人ともしっかりしているので、佐々
木のトップが多少おかしな方へ行っても安心である。
面河渓谷へはすぐに出会う。しばらくは遊歩道があるようなの
でそれを利用して進むことに。この面河渓谷は、かつてはこの渓
谷美を鑑賞しながら石鎚山へと至るルートがあったとのことだ
今日から活動開始。入渓点付近は大きな岩がごろごろ。
が、今では石鎚山の近くまで車道が伸び、この登山道は廃道になっ
ている。その廃道を再び復活させようと、地元が現在修復中であ
一番後ろから観察してみると、アブは特に佐々木にまとわりつ
るらしい。まだ、立ち入り禁止であるが、何年かすれば今よりも
いているように見える。カは血液型によって寄り付き方が違うと
容易に御来光ノ滝を拝めるようになるのだろう。登山者にとって
聞くが、ここには佐々木以外にも B 型人間が多数おり、それだ
はありがたいものであるが、沢の静けさが失われることを考える
けでは説明できないのである。アブはその先もどんどんエスカ
と寂しくもある。
レートしていき、特に滝を巻く際には、トップの佐々木がかわい
その遊歩道もすぐに終わり、いよいよ入渓。しかし、沢はまだ
そうなほど纏わりつくのである。一本をとった時に青木が虫除け
「沢」とは呼べず、「川」と呼ぶのが相応しいと思われる、大きな
スプレーを佐々木に貸すも、アブは気にもしない模様。ハチと同
水量を湛えている。これには、トップの佐々木をはじめ少し尻込
じで黒い服がいけないのではないかと、替え着の白い服を取り出
みするメンバーたち。入渓しても、深いところでは勢いがあり身
すも、佐々木には相変わらずアブがまとわりついている。テレビ
体が流されてしまうので、巻き気味で。それでも、朝の涼しい時
でハチに襲われる人の映像を見たことがあるが、それに近いもの
間帯から体が腰まで濡れて、少し寒く感じる。特に、藤田は途中
があるかもしれない。
でおかしな方へ行き首までつかっていた。流れがないところでよ
13 時半ごろに、強い雨が降り出す。増水する前に安全な幕場
かった。金山谷のあたりから、アブが目立つようになってきた。
を探すために、両岸を手分けして、幕営適地を探す。少し進むと、
しかしこの後、このアブがまだ序章に過ぎなかったことを知る。
左岸に広く平らな土地がある。高さも十分にあるため増水に耐え
四国の山中ではこの後もアブに悩まされることになるのである。
られると判断し、ここをキャンプ地とする。今回はテントは持た
264
265
ずツェルトだけのためそれほど大きなスペースは必要ない。ツェ
ルト 3 張は十分張れるスペースである。ちなみに、隊員が 5 人
のため 3 つのツェルトのうち 1 つを荷物用として、残りの 2 つ
に人が寝ている。雨はしばらくすると止むが、1 時間後にさらに
下半期
強い雨。1 時間ほど続く。テントとは違い、ツェルトではどうし
てもすきまから雨が入ってくる。それは仕方がないことではある
が、雨を避けるべく悪あがきを繰り返す。雨が弱まってくると、
夏合宿
その後は尾形が焚火に勤しむ。焚火は沢の醍醐味である。しかし、
雨のため木が湿っておりなかなか火が大きくならないようであ
る。ここで、藤田が今日の食袋を浸水させていることが発覚。首
佐々木の耳はアブによってパンパンに腫れ上がる。
までつかっていた時にでも濡れたのだろう。パッキングを丁寧に
するように指導。食当中に私がトイレに行きズボンを下ろすと、
石門の手前あたりで、佐々木のビール壜が割れ、あたりに芳醇
股間にアブが集まってくる。できれば刺激してほしくないあたり
な香りが漂う。山の神に酒を捧げるのも悪くはないが、2 年生に
を、アブが集中攻撃するので、用を足すのに必死である。これが
はもっと丁寧なパッキングをしてほしい。
四国の洗礼か。その後は、尾形が火事まがいの事件を起こすなど
沢の両岸に岩が聳え立つ石門をくぐると、御来光ノ滝はそこか
して眠りにつく。
らすぐだった。最初は遠くに見えていたが、近づくとかなり大き
い。四国最大はもちろんのこと、全国でも有数の規模を誇る御来
8 月 13 日 C2
光ノ滝である。前後の滝を合わせれば、その高さは 100m を超
「小屋がない!」
えるともいう。たしかに、これまで沢を続けてきた中でも、見た
朝食は毎度おなじみの棒ラーメン。MSR の調子があまり良く
ことの無い規模である。高さでいえば、ヨセミテで見たヨセミテ
ないが、調理はできる。今日はこの合宿でも大きな見せ場である
滝が勝っているはずだが、水量や周りの雰囲気など迫力は十分に
御来光ノ滝と石鎚山へと向かう。御来光ノ滝より上は濡れている
勝っている。この滝の近くでしばしの休憩。佐々木は藤田を引き
と滑りやすいとのことで、御来光ノ滝から直接稜線に出てしまう
連れて滝へ近づく。滝に近づくと、水しぶきで身体がびしょびしょ
ことにする。6 時ごろに出発するが、昨日よりもアブの量が少な
になる。そして、その光景を写真に捉えようと奮闘する私だが、
い気がする。それは朝が早いためなのか、昨日雨が降ったからな
滝が大きすぎて、人と滝を同時に捉えることが難しい。結局、写
のか原因は分からない。ただ、昨日アブに集中攻撃を受けていた
真の中の佐々木と藤田はとても小さいものとなった。集合写真、
佐々木は、右耳がパンパンに張れている。
個人写真ももちろん撮影。
266
267
長かった 1 本を終えると、そこからは稜線まで古い登山道の
あとをたどる。一応、赤テープがところどころに巻かれているの
で、それを頼りに進む。踏み跡もついているが、藪の背丈が高い
ので思うように進まない。知床のハイマツよりはマシなのだが、
2 本を要した。藪を越えると、愛大石鎚小屋はもうすぐだ。
下半期
空気が湿っている分不快指数は高い。この藪を越えるのに、実に
小ぢんまりとした小屋を越えると、あとは快適な登山道。では
る。このあたりは笹原が沢地形に広がっており、そこをトラバー
スするので行く先が良く見える。石鎚山には神社があり、多くの
登山客でにぎわっている。実は、我々が登ってきた面河渓谷とは
反対側にはロープウェーもあり、夏休みには多くの行楽客も訪れ
るのだ。沢を登ってきた我々とは少しギャップがある。
神社があるピークはその隣のピークよりやや低く、本当の西日
本最高峰はここから少し東にある。そこまでは、岩場を越えてい
くため軽いバリエーションルートのようになっている。往復 30
分くらいとのことであるため、我々も西日本最高峰へと向かう。
確かに、岩の上を進んでいくため、登山道よりも歩きにくく、稜
線であるため高度感は十分である。ここで、青木がハマる。沢で
は滝や岩場も難なくこなしてしまう青木ではあるが、どうも沢を
出るとその感覚がなくなってしまうようだ。もしかしたら、青木
の本体はハーネスかヘルメットなのかもしれない。
御来光ノ滝に打たれる。
夏合宿
あるが、見通しが良い分、なかなか進んでいないような気分にな
268
269
苦笑いする佐々木が。下に書いてあったのでは、全く意味がない
のである。そして、佐々木が苦笑いしている理由は上から見えた
小屋が実は小屋ではなく、材木が積んであるだけだったのである。
二ノ鎖元小屋はもう少し下のようだ。少し下ると、そこには「小
いた。ムムム・・・。嫌な予感。とりあえず、佐々木と尾形に偵
下半期
屋が建っていそうな」場所があり、プロパンガスや柱が転がって
察を頼む。二人が帰ってくるも、この先しばらくは小屋がなさそ
の前には小屋の残骸と思われる資材が散乱。これは、残念ながら
小屋がなくなっていると考えるのが妥当であろう。小屋がなくて
もツェルトが張れれば構わないのだが、あたりは整地されており
ツェルトを貼れるような木がない。近くにあった物置を使わせて
西日本最高点にて。
もらう。中には「御接待」と書かれた紙と、食べ物があった。我々
あの藪をこえてきたからこその達成感がある。
も御接待にあずかろうと思ったが、私以外のメンバーは「いつの
食べ物かわからないから・・・」と遠慮している。私だけ食べる
さて、この時点で 14 時を回っているので、今日のうちに C2
のもあれなので、飴をポケットに忍ばせるだけにした。今日は藤
予定地に到着できそうにない。よって、C2 を手前の二ノ鎖元小
田の体調が悪いので、早々に就寝。
屋とする。石鎚山山頂から二ノ鎖元小屋まではすぐであるが、そ
の間には鎖場が存在する。巻道もあるが、時間もできたので挑戦
することに。御来光ノ滝ほどではないが、鎖の上から下をのぞく
8 月 14 日 C3
「四国の登山道は至酷だった。」
とかなりの高さがありそうである。二ノ鎖元小屋も見えており、
昨夜は午前 2 時くらいに、寝相の悪い私の体が伸びた衝撃で
この鎖を越えればいよいよ幕場である。まずは、トップの佐々木
建物の扉が外れる。扉は外へと放り出され、取りに行く羽目に。
が慎重に下っていく。この鎖場は鎖が 3 本あるものの、隣り合っ
朝に青木に聞いたら、私が霊に憑りつかれたのかと思ったとのこ
ているため下から登ってくる人がいると落石を避けるために待
と。霊に憑りつかれるのは御接待を素直に受け取らない君たちの
たなければならない。人を待ちながら佐々木が下り終わるのに、
方だと思う。今朝は、私が高松のスーパーで購入した海鮮汁を
30 分近くかかった。このままのペースでは全員が下りるまでに
使って、海鮮うどんをつくる。分量が分からなかったため、かな
日が暮れてしまうので、残りは巻道を使うことにする。佐々木の
りしょっぱい朝ごはんとなった。藤田の体調不良は相変わらずで、
待つ鎖場の下につくと、そこには「登り専用」と書かれた看板と
焦っても仕方がないので、8 時まで様子を見ることに。8 時に藤
夏合宿
うとのこと。やはり、小屋がない。上にも下にも小屋がなく、目
270
271
田に体調を聞くと「行けそうです」と答えるので、様子を見なが
ら進むことに。遅くとも、シラサ避難小屋までは到着できるはず
8 月 15 日 C4
「快適な小屋に入り浸る」
ている。土小屋までは 2 本弱。尾形は土小屋で久しぶりに便座
いっても、他のメンバーは起床時間前に全員起きていて、佐々木
に出会い、素晴らしい時間を過ごしたようだ。ここから先は、林
が起きないのをニヤニヤしながら見守っていたので、出発には支
道が併設されているも、登山道があるためそちらを利用。しかし、
障がない。6 時に出発するも、直後に激しい雨。このまま降り続
その道は昨日我々が沢から稜線へと至るときの道のように、半ば
きそうなので小屋に戻って様子を見ることに。雨はしばらく降り
藪に覆われている。四国では東京近郊のように登山者も多くな
続き、止む気配がないので今日は停滞に。ちょうど入渓の日と雨
く、その結果、道が荒廃していくのだろう。佐々木はルーファイ
が重なってしまった。藤田の元気を取り戻すために(?)、藤田
に苦しみ、藤田は読図に苦しんでいる。これはこれで、部員の力
を山荘シラサに行かせる。山荘シラサとは林道沿いにある一軒宿
を上げるのによい方法だとは思うが、すぐ下に林道が見えている
で、ライダーの溜まり場になっているらしい。しかし、藤田は出
中を藪に近い道を歩くのは気持ちのいいものではない。名野川越
かけてすぐに帰ってきた。下界の雰囲気と、ワンゲルスタイルの
で林道に出て、その後は林道を利用することに。林道では、全長
自分とのギャップで落ち着かなかったのだという。さもありなん。
が 30cm はありそうなミミズ(シーボルトミミズ)が地面を這っ
しかし、その後青木に、各下山口からの交通と、OB・OG への絵
ており、四国には思わぬ生物がいるのだと感心した。藤田は、出
葉書を買いに山荘へ行ってもらったが、雑誌がたくさんあり快適
だしこそ体調が良かったものの、また昨日のように体調が悪くな
だったとのことである。感じ方は実に人それぞれなのだ。避難小
り、林道でもかなりゆっくりと進んでいる。いくら体力のある新
屋にはダルマストーブがあり、佐々木が薪をくべて濡れたものを
人とはいっても、周りが上級生だけでは精神的なところも含めて
乾かしている。しかし、ふとした瞬間に佐々木がストーブの煙突
キツいのかもしれない。シラサ避難小屋到着は 13:40。このまま
に触り火傷。休養日だからと言って気を抜いてはいけない。けが
白猪谷の入渓点まで行ってしまってもよかったのだけれど、明日
は軽そうで何よりだ。14 時を回ってから、避難小屋にほかの登
の天気が心配なのと、藤田の疲労を考慮して今日はここまでに。
山者がやってきた。東京でカメラマンをされている方で、伊予西
シラサ避難小屋はまだ建ってから間が無いようで、きれいで快適
条から歩いてきたのだという。この後は剣山へも行くとのこと
な小屋である。きれいなトイレには全員が感動。雨水タンクもあ
なので、縦走ラウンドで会うかもしれない。ほかにもこの日は 2
るが、飲み水はせっかくだから沢で汲む。今晩の食事は、ベーコ
人ほど登山者が来た。この休養で藤田の体力も回復し、雨雲の通
ン丼。軽量化に真っ向から対抗したようなメニューであるが、味
過も待てたのでよかっただろう。
はうまい。哲学者もびっくりのお味である。こんがりとロースト
した肉厚のベーコンが、意外なほどにご飯に合う。濡れた荷物を
干しながら就寝。
夏合宿
今朝は起床係の佐々木が寝坊。2 日連続の寝坊である。とは
下半期
だ。昨晩の雷雨の影響で、沢上の地形では登山道が水浸しになっ
272
273
8 月 16 日 C5
「満天の星空と最終夜」
今日はいよいよ吉野川の源流白猪谷へと向かう。四国を代表す
る河川である仁淀川と吉野川の源流がこの石鎚山塊に集まってい
下半期
るのは、狭い四国で 2000m を越える山が存在しているからなの
だろう。白猪谷の入渓点までは、シラサ避難小屋から登山道をた
どる。この登山道はどういうわけか昭文社のエアリアには記載が
のかもしれない。白猪谷入渓点までは 1 時間半ほど。思った以
吉野川源流モニュメントにて。四国から飛び出す新人藤田。
上に快適な道だった。白猪谷を覗くと、昨日の雨の影響か若干水
が多いように感じられるが、普段の様子が分からないのであくま
逃していたようで、反省する。大休止のあと、今日の幕場である
でも感じられるだけである。この白猪谷には遊歩道もついている
瓶ヶ森ヒュッテまで向かう。瓶ヶ森で式典を行う。全員で記念撮
とのことだが、途中で数か所、沢を渡る橋が崩落している場所や
影。幕場には 4 時半に到着し、ツェルトを張る。この幕場には、
登山道が崩れている場所があったので、今は遊歩道として使われ
他にファミリーもきていて、天体観測をするようだ。後になって
ていないのだろう。逆に、沢登りとしては静かに登れてよい環境
分かったことだが、この夜は流星群が見られたらしい。今日は天
である。
気も良く、ツェルトの外で最終夜を迎える。新人の藤田は、体調
10 時半ごろに源流モニュメントにつく。遊歩道の終点で、四
を崩しながらもよく頑張った。体力は部の中でも上位なので、こ
国の形にくりぬかれたオブジェがある。また、この奥に 15m の
こまでバテる経験もなかなかないだろう。2 年佐々木も、この合
滝があるが、これを高巻くのに苦労する。ルート取りはよかった
宿の最初は沢のルートファインディングで覚束ないところがあっ
のだが、このあたりは、土が崩れやすく、岩も多いため落石を起
たが、後半になると行きやすいところを選べるようになってきた。
こしやすい。藤田は行動中に落石を起こして、下にいた尾形が危
一つの合宿で成長が見られて、リーダーとして嬉しい。3 年の尾
ないところだった。大滝の上はさらに沢が続いていて、地形図を
形も青木も、次代の沢活動の中心となるメンバーなので、合宿が
見ながら本流を詰める。適当なところで、沢から尾根に出て藪の
終わると忙しくなるだろうが頑張ってほしい。そして、自分は部
急登を詰める。こちらの藪は、例の御来光ノ滝の藪をはるかに超
での沢活動がこれで終わってしまうのが名残惜しいが、また機
えて、かなりきつい。この藪を越えると、時間は 2 時を回って
会があればこの場所に戻ってきたいと思うような合宿ができた。
いた。詰めたところから、沢装を解除しながら景色を眺めている
瓶ヶ森の幕営指定地は、きつい行程を乗り越えた我々にとって、
と、林道を 200m ほどいったところに吉野川源流の石碑が見える。
とても美しく見えたのである。部員と積もる話をしながら、夜の
どうやら、詰める沢が一本東だったらしい。5 人ともが分岐を見
微睡の中へ。
夏合宿
ない。どちらかといえば、登山者よりも地元の人に使われる道な
274
275
8 月 17 日 下山日
「初めての高知」
夕方に再集合して、沢装備一式を東京に送り返し、ボート隊が
来るまでボーリング場で楽しんだ。ボーリングでは、後輩たちが
だが、これまでの行程に比べるとずいぶん快適だ。それでも、快
追い抜いて行くという、スペクタクルショーを見せてくれた。負
適すぎてかえって長く感じられるのはどうしてだろうか。下界へ
けたら、酒を持つらしい。まあ、鮭を一匹もつより、酒を一升持
と気持ちが完全に向いているからかもしれない。下山するまでは、
つ方がましと考えることにする。
この合宿でなかなか歌う機会がなかったので、全員(ほとんど藤
ボート隊とは夜の 20 時くらいに合流したが、みな日焼けをし
田)が歌っていく。登山口にある集落に人気がないと思ったが、
ていて本間も少したくましくなったように思う。
どうやら、この先の道が土砂崩れで、車両が通れないためらしい。
そして、この道路では再びアブに悩まされる。今になって言える
話だが、私はこの時アブに最も攻撃されている藤田から、若干距
8 月 19 日 休養日
「休養日その2」
離を開けて歩いていた。アブが自分の方へ移動するのを防ぐため
この日は朝に日曜市が催されているとのことで、6 時半ごろか
である。温泉でさっぱりして、下界の味に舌鼓を打った我々は、
ら日曜市へと向かう。高知市の中心街でのイベントであり、毎週
バスと電車を乗り継いで高知駅へ。高知駅までは半日かかり、そ
この規模の市が開かれることはすごいことだと思う。佐々木が、
の間は対向車両や特急列車を待つためにいくつもの駅で 10 分ほ
高知名物の冷し飴を購入。冷し飴とは一般的な固形の飴ではなく
どの停車を繰り返しつつ、気が付くと真っ暗になっていた。高知
て、液状の飴で生姜風味だという。一口もらうが、、、、味は好み
では、沢ラウンドの打ち上げとして焼肉屋を探し食べ放題を楽し
が分かれるかもしれない。日曜市は野菜などが中心だったため、
んだ。若い女性の店員さんの土佐弁に心が奪われたのは私だけで
高知の名物が揃う「ひろめ市場」へ。カツオ、クジラなど高知の
はないだろう。疲労のためか焼肉の途中から眠たくなり、駅前で
名物を食す。もちろん、リーダーの好物である茄子は忘れない。
早々にステビ。
この日も終日フリー行動であった。リーダーは牧野富太郎を記
念して造られた牧野植物園を訪れたが、新人本間がいた。植物園
8 月 18 日 休養日
「休養日その1」
に行きそうな部員はいないと思っていたので意外な発見である。
また、私が昨日動物園で収穫してきた情報をもとに、高知の美術
大都会に見える高知だったが、翌朝になってもまあまあ都会で
館で行われる新海誠の映画上映会に足を運んだ部員も多かったよ
あった。この日は装備を送り返すまではフリーとし、自由行動に
うだ。
した。リーダーはわんぱーくこうちアニマルランドとのいち動物
夜は、自転車隊と合流し、高知城のビアガーデンに。高知城は
公園という 2 つの動物園を巡った。また、縦走ラウンドに向け
ライトアップされていて、入館しようとしたら入場料が掛かると
て差し入れを買い足した。
のことだったので外から眺めるだけにした。モノ好きな渡部と福
夏合宿
私に接待プレーをしているように見せかけて、最後は優雅に私を
下半期
いよいよ下山日。今日は西之川へと下山する。長々とした下り
276
277
永は入館していた。実にモノ好きな連中である。そのあと、別の
飲み屋に行って酔いつぶれる。さらには、ステビポイントでも飲
叩け最硬の石鎚隊 総括
んでいたため就寝は翌日になってからであったとおぼろげに記憶
沢活動を中心とした「叩け最硬の石鎚隊」であるが、予定して
している。
いたすべての行程を踏破することはできなかったが、沢は 2 本
とも遡行することができ、充実した合宿となった。
63 代夏合宿では四国の沢というこれまで早稲田ワンゲルでも
下半期
文責:小山恭平
あまり行かれていないところに挑戦した。四国の沢は水量も多く、
た。夏だからこそ味わえたこの合宿での経験をこれからの糧とし
て頑張ってほしい。
一方で、今回の合宿では火事になりかけたり、火傷をしたりと
個人の不注意から起こる事故が多かった。沢と直接関係のないと
ころでも、注意するべきところでは気を引き締めていくという姿
勢をしっかりと持ってほしい。
63 代叩け最硬の石鎚隊の 6 日間は沢隊の技術、経験、結束力
をより強固なものとしてくれた。63 代最後の合宿はメンバー一
人ひとりの活躍によって成し遂げられたものであり、その活躍は
必ず次の代へと引き継がれるだろう。64 代での沢活動の成功を
期待したい。
夏合宿
これまで経験してきた沢とは一味異なる手強さと魅力を持ってい
278
279
【行動概略】
8 月 10 日 出発
07:40 高田馬場駅集合
21:38 高松駅着
23:30 就寝
8 月 17 日 下山日 行動時間 3.5h
04:30 起床
05:40 出発
09:00 西之川着
12:02 西之川発
12:56 伊予西条駅着
13:29 伊予西条駅発
20:27 高知駅着
23:30 就寝
夏合宿
8 月 16 日 C5 行動時間 11h
03:30 起床
05:00 出発
06:22 白猪谷着
06:55 入渓
10:34 源流モニュメント
10:57 15m 大滝
14:30 瓶が森林道(遡行終了)
15:42 瓶が森山頂
16:10 瓶が森ヒュッテ着
17:10 食当点火
18:15 上ミ
19:00 全ミ
22:30 就寝
8 月 18 日 休養日 06:30 起床
― 休養
18:00 集合
22:30 ボート隊と合流
下半期
8 月 12 日 C1 行動時間 8h
05:30 起床
06:02 出発
06:40 入渓
09:02 ゆりあげ
09:37 金山谷出合
11:04 1 つ目の堰堤
12:18 2 つ目の堰堤
12:47 番匠谷出合
13:47 幕場着
16:30 食当点火
18:00 上ミ
19:30 全ミ
21:30 就寝
8 月 14 日 C3 行動時間 5.5h
05:00 起床
05:40 朝食
08:15 出発
10:19 土小屋
12:34 よさこい峠
13:40 シラサ避難小屋着
16:00 食当点火
17:20 上ミ
18:10 全ミ
21:00 就寝
8 月 11 日 移動日
05:30 起床
07:45 高松駅発
12:17 松山駅着
17:02 大手町駅発
17:36 横河原駅着
18:00 横河原駅発(タクシー)
19:30 面河渓谷渓泉亭着
21:00 就寝
8 月 13 日 C2 行動時間 10h
05:00 起床
05:50 出発
06:12 魚留の滝
09:10 御来光ノ滝
10:48 平坦地(沢装解除)
11:46 愛大小屋
13:58 石鎚山弥山
14:32 石鎚山天狗岳
15:40 二ノ鎖小屋跡
17:00 食当点火
18:15 上ミ
19:00 全ミ
21:30 就寝
8 月 15 日 C4 行動時間 0.5h
04:30 起床
06:03 出発
06:15 撤退
15:00 食当点火
20:00 就寝
8 月 19 日 休養日
06:00 起床
― 休養
18:30 集合
18:50 自転車隊と合流
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281
【行動判断】
・C2 の位置の変更と二ノ鎖小屋がなかったことについて
・C1 の位置が予定よりも手前になったことについて
かし、二ノ鎖小屋到着時に既に 15 時 30 分となっており、二ノ
8 月 12 日は行動開始時には雨はなかったものの、13 時 30 分
鎖小屋で C2 とすることを決定した。しかし、二ノ鎖小屋が地形
ごろから強い雨が降り出し、沢での行動を続けることは危険と判
図に記載されている場所には小屋が無く、更地となっていた。下
断したため、幕営適地を探し 13 時 47 分に行動を終了した。行
山後に調べたところによると、2011 年に解体されたとのことで
動終了地点は C1 予定地の魚留の滝上ではなく、その手前の七ツ
ある。事前の調査不足で隊員に不安を与えてしまった。エアリア
釜前で行動を終了した。C1 地点は沢から離れ高くなっている地
の記載を信用せずに、電話などを利用して自分で確かめるべきで
点で、増水の危険はなかった。また、行動終了後沢は水量を増し、
あった。
一時褐色に濁っていた。早めに沢から離れたことで増水前に行動
を終えることができたので、良い判断ができた。
・C2 でツェルトを張らず、小屋を利用したことについて
また、翌日には増水も収まり遡行を続けることができた。C1
二ノ鎖小屋跡地で新人藤田が体調不良を訴えたため、藤田の体
予定地までは出発から 1 時間程度であった。
調回復を優先して、近くにあった信仰登山者用の掘っ立て小屋を
利用することにした。ツェルト設営の機会は減ってしまったが、
8 月 13 日(C2)
中は完全に風雨が防げて、夜中にあった強い雨の中でも体を休め
・御来光ノ滝から旧登山道を利用したことについて
ることができたので良かった。
御来光ノ滝より上も、予定では沢を遡行することになっていた。
しかし、事前の情報で御来光ノ滝よりも上部の滝ではホールド等
8 月 14 日(C3)
はあるものの、岩が濡れていると登るのは難しいという記述を複
・出発を 8 時まで遅らせたことについて
数見た。この時点で雨は降っていなかったが、前日の激しい雨で
前日の幕場到着時から新人藤田は体調不良を訴え、微熱が
岩は濡れており、安全のためにエスケープとして用意していた旧
あった。14 日の朝起床した後も、微熱が残っている状態だった
登山道を利用して登山道へ出ることにした。旧登山道は藪が激し
ため、その日の目的地である白猪谷入渓点までのコースタイム
いものの、踏み跡はしっかりしており安全性は十分にあった。た
(4h50min)と前日までのペースから考えて、8 時を出発リミッ
だし、旧登山道の急登が新人藤田を疲労させ、藤田の体調不良に
トとし、それまでは様子を見ることとした。8 時になり、藤田自
繋がったと考えられる。だが沢を詰めさせても同様の急登であ
身は楽になったと申告し、行動できそうだったので出発した。そ
り、旧登山道を選択したことで危険が回避できたので、適切な判
の後、道が荒れていたこともあり藤田は体調があまり上がらず、
断だったと言えるだろう。
途中林道も利用し、シラサ避難小屋を C3 とした。その日の夜に
は体調もかなり改善し、その後の行動は問題が無かった。今回の
夏合宿
当初の計画では C2 予定地はシラサ避難小屋になっていた。し
下半期
8 月 12 日(C1)
282
283
ように、途中で泊れるところがある場合はしっかりと調べ、それ
こで言い出せるようにするべきであった。
を利用できたことは良かった。
・瓶が森ヒュッテを C5 とし、西之川へ下山したことについて
・C4 を停滞としたことについて
ことが分かっていた。白猪谷から先の縦走部分は距離が長くエス
C3 の時点で一日分の行程が遅れていた。翌日の行程について
ケープも長くなってしまう部分が多いため、食袋は最低 1 つは
は、晴天だったら白猪谷へ下り、入渓できるかを目視で確認する
残して下山できるスケジュールが必要だった。16 日に取れる行
こととした。夏合宿計画では、C4 がシラサ山荘の時は、C5 は丸
動としては、白猪谷入渓と白猪谷をカットして縦走の 2 つがあっ
山荘としていたが、沢沿いに登山道もあり、それを利用すれば無
た。隊員との協議の上、16 日が晴天であれば白猪谷入渓を優先
理なく瓶が森ヒュッテまで行けること、登山道を利用してでも沢
し 17 日は西之川へ下山し、悪天であれば林道を使いつつ C4 予
の方を優先したいとの声が多かったことから、入渓できるなら入
定地の丸山荘を目指すこととした。16 日は雨が無かったため白
渓し、C3 予定地かそれよりも上流部で C4、入渓できないなら入
猪谷へ入渓し、その日のうちにつめ、瓶が森ヒュッテを C5 とした。
渓点で C4 とした。また、雨が降っていれば、入渓できない可能
時間的にも無理なくつめ上がることができ良かった。
性が高いので、シラサ避難小屋で停滞という準則をその日に設け
た。
【計画省察】
15 日は朝は曇りだったため準則通り出発したが、出発直後か
・面河本谷、白猪谷を選定した経緯
ら雨が降り出し次第に強くなってきた。このまま白猪谷まで下り
63 代年間方針で四国を掲げていたため、最初から四国の中の
ても入渓できない可能性が高く、行動開始後 10 分で引き返すこ
沢を調べた。文献としては、「日本登山体系 10」、「関西起点沢登
とにした。15 日は雨が断続的に降り続いていたため、引き返し
りルート 100」の 2 つを利用した。山域としては、長期間の入
て正解であった。
山を目指し、縦走と組み合わせることにより長い活動ができそう
な石鎚山系と剣山系を調べた。また、沢活動とボート活動が川を
8 月 16 日(C5)
舞台にしているという共通点を生かして、ボート活動で予定して
・白猪谷のツメで右側の沢に入ってしまったことについて
いる河川の本流や支流は重点的に調べた。その結果、剣山系はレ
白猪谷の 1320m 付近の二俣を見落とし、東側の沢に入ってし
ベルの高い沢が多く、石鎚山系に絞られた。まず仁淀川面河本谷
まった。遡行し終えて林道に出るまで気づかなかった。沢自体は
が第一希望として挙がった。また、仁淀川では他に奥安居渓谷が
本来遡行予定のものとは方向が異なっているが、一時的なものと
候補として挙がった。また、上記の 2 冊には掲載されてはいな
して見過ごしてしまっていた。隊全体でコンパスを見ようとする
いが、吉野川本流の源流に当たる白猪谷の記録がネット上で見つ
意識が足りていなかった。また、少しでもおかしいと思ったらそ
かり、その人が参考にした「渓谷散歩」を購入した。また、日本
夏合宿
15 日夜の時点で、残りの食袋が翌日の出発時には 2 つとなる
下半期
8 月 15 日(C4)
284
285
百名谷として滑床渓谷も候補に入れた。滑床渓谷は石鎚山系では
今後は、極力山での確認ができるように、早めに幕営技術を確認
ないが、1.5 ラウンドとして実施することも考えた。結果として、
して、できなかったことがある場合に他の日程で行えるようなス
仁淀川面河本谷と吉野川白猪谷の 2 本の沢を中心とした活動を
ケジューリングをするべきである。
行うことになった。
先にあるものとして、手応えのあるレベルであった。ただ、水量
て
の多い沢であったので、それに見合った PW を実施した方が良
C1 の予定行動時間は 4.5h と設定していたが、実際には 8h か
かったと感じた。また、より新しく具体的な情報を得るためにも
かってしまった。沢登りについては、PW などからコースタイム
地元の沢登りを行っている山岳会に問い合わせることをすればよ
よりも時間がかかることは分かっていた。そのため、予定行動時
かった。特に、四国での沢登りは久しぶりであり水量の多いイメー
間はコースタイムの 1.5 倍に休憩時間を加えたもので設定してい
ジが湧きにくかった。今後、馴染みのない山域で活動を行う際に
た。C1 地点までは大きな滝もなかったが、水量が多いため通過
は、山岳会に電話かメールで確認すればそのようなこともなくな
に手こずる箇所がいくつかあった。その結果、予想よりもかなり
るだろう。
時間がかかる結果となった。また、今回利用した沢の資料は関西
のもので、いつも利用しているようなガイドとはコースタイムで
・PW について
想定されている遡行者のレベルが異なることも考えられる。新し
今年は新歓、錬成合宿が例年よりも遅くなった影響で、PW の
いガイドを利用する際には、その点も十分注意しなければならな
時間を確保することが難しくなってしまった。よって、錬成合宿
かった。
前から PW を実施し、PW の回数を確保できるようにした。
今回は、目標に向かってステップを踏むため、4 回の PW を実
・事故後の流れ
施した。それぞれのワンダリングで確実にステップアップができ
2 つの事故の後、技術を一から見直すために、技術確認 W-ing
るように、日程を組んだ。また、大雨などでワンダリングができ
を行った。技術確認 W-ing では、ザイルワークのみならず、沢
なくなる可能性を考慮して、なるべく早めにパーティーワンダリ
で安全に活動ができるための知識を確認した。そこで確認しきれ
ングが実施できるようにした。
なかったものについては、上級生 W-ing にて確認した。技術確
今回、PW ③で沢での幕営技術習得の一環で MSR を使用して
認 W-ing、上級生 W-ing で沢活動の安全性とレベルの確認が行
の食当を行う予定であったが、MSR ボトルに入っていた灯油が
えたので、7 月から夏合宿に向けて、新人も含めた PW を行った。
古かったためか使用できず、焚火での食当となってしまった。今
今回、技術確認 W-ing ではチェックリストを使用したが、今後
回は日程上、他のワンダリングで実施することはできなかったた
もチェックリストを活用して、定期的に沢活動の安全性を確認す
め、下界で確認するだけで夏合宿に行くことになってしまった。
るようにしてほしい。
夏合宿
・C1 において行動時間が予定よりも大幅にかかったことについ
下半期
実際に夏合宿を行って、2 つの沢は PW でのステップアップの
286
287
【その他】
境づくりは、事故を未然に防ぐことに直結する。少しでも、違う
・MSR の使用について
と感じたら遠慮なく言える体制を作らなければならない。
MSR は、62 代夏合宿より夏合宿沢隊の装備として取り入れら
文責:小山恭平
れた。MSR は必要な量だけを持っていくことができるため、EPI
めガソリンスタンドで燃料を入手できるという手軽さもある。
下半期
に比べて軽量化できるという利点がある。また、灯油が燃料のた
一方で、MSR は普段使い慣れていないため、慣れない作業
MSR の灯油が焚火に引火し、火事になるところであった。火の
気のあるところには灯油を近づけてはならない。また、沢では雨
が防げないため、雨天の場合はツェルトの下で食当をすることに
なり、火が高く上がってしまうこともある MSR は危険を伴う。
以上のように、MSR は利点もあるが、EPI に比べて危険も多い。
今後は沢で使う際には、軽量化が絶対に必要などで本当に必要な
場合を除き、EPI の使用が良いだろう。また、MSR を使用する
場合は根拠をはっきりとさせ、安全に使えるように最低一度は山
で確かめてから合宿に臨まなければならないので、それによる負
担が増えることも考えた計画を組んでほしい。
・装備の外付けについて
藪漕ぎ中の装備の外付けは決して行ってはいけないのは、装備
の紛失を防ぐためには当たり前である。沢登りではツメや高巻き
が激しい藪になることはよくあることであり、また傾斜が強いた
め、外付けした装備をザックにしまうことが難しいこともある。
沢登りに関しても、ウレタンを含めて外付けをせず、予めザック
の中に閉まっておくべきであった。
また、装備の外付けに関しては、前後の気付いた人が指摘すれ
ば未然に防げたことだった。気づいたらすぐに指摘するという環
夏合宿
で正しく使えなくなってしまうこともある。今回の夏合宿では
288
289
四国清流満喫隊
【各隊主旨】
【行動計画】
ト活動が誕生し、その夏合宿で下ったのが四万十川である。今な
お豊かな自然の残るこの地で、川下りの魅力を味わいたい。また、
る仁淀川である。40m 先まで見えると言われるほど澄んだ川で、
日常では感じ得ない自然の美しさを肌で感じることができるだろ
う。これら 2 つの川を下り、ボート活動の魅力を追求していく。
【隊員構成】
四国清流満喫隊
L
渡部ゆかり(記録・カメラ)
SL
内山義崇(渉外・会計)
3年
竹内和彦(気象・医療)
2年
福永孟昭(食糧 C・装備)
新人
本間大喜(食糧・地域研究)
時間
8/10(金)出発
8/11(土)高知=土佐大正
―リバーパーク轟 (C0)
リバーパーク轟
8/12(日)
―十川大橋右岸(C1) 28.4km
8h
8/13(月)十川大橋―四万十ひろば(C2) 20.0km
6h
四万十ひろば
8/14(火)
―川登大橋右岸 (C3) 26.5km
6h
8/15(水)川登大橋―四万十川橋右岸 (C4) 12.4km
4h
8/16(木)四万十川橋―四万十川河口
青砂島=中村=佐川 10.1km
8/17(金)休養日・移動日
佐川=宮ノ前公園 (C0)
宮ノ前公園―仁淀川橋左岸
8/18(土)
=伊野=高知 30.0km
8/19(日)休養日
3h
8/20(月)準備日
8h
夏合宿
四万十川を上回るほどの透明度を誇るのが、同じく高知県を流れ
距離
下半期
行程
日本屈指の秘境を流れる、四万十川。我が部では 36 代でボー
290
291
四国清流満喫隊 記録
8 月 10 日 出発
「旅の始まり ~前編~」
しかった。これからこの大きな島で、みんなとの最後の夏合宿が
始まるんだ・・・!胸が高鳴って、さっきまでの眠気もすっかり
覚めてしまった。
21:38、高松駅に到着。駅近くの庁舎前広場がステビするのに
もいよいよ出発の時を迎えた。今日は、二隊で 18 きっぷの旅を
を描いてもらい、他のメンバーはスーパーへ買い出しに向かった。
して、高松駅に向かうのだ。個人的には、メンバーが多い方が楽
高松駅はあまり栄えているといった感じではなく、このスーパー
しいし、そして何だか心強い。
も 22 時閉店だし、コンビニもサンクスが一つあるだけだった。
多くの OB・OG に見送られ、朝 8 時頃に高田馬場を出発した。
天気図や買い出しを終えた後は、合宿の成功を祈って飲んだり食
まずは山手線で品川まで行って、そこから東海道線で 1 時間半
べたりしながら 2 時半くらいまで語り合ったのだった。
以上かけて熱海へ向かう。9 時頃通過した蒲田駅辺りには「タイ
ヤ公園」というものがあって、タイヤで出来たゴジラに少し感動
した。小山曰く、ここは電車の撮影スポットでもあるらしい。さ
らにその 30 分後、大船駅付近では大きな大仏(?)の頭が見えた。
「大船観音」だと、小山が教えてくれた。
8 月 11 日 移動日
「旅の始まり ~後編~」
5:00、起床。まずは全員いることを確認するのだが・・・な
ぜか新人本間がいない。一瞬焦ったが、しばらくして現れたので
熱海で電車を乗り継ぎ、静岡へ向かう。途中、由比(ゆい)駅
安心した。公衆トイレにでも行っていたのだと思う。3 年尾形は
というところで、
「ここから周波数が 60Hz(関東)から 50Hz(関
やはりといった感じで二日酔いになっていた。
西)に変わるんだ」ということ、さらに、
「桜えびの町として有名」
6 時頃、沢隊に見送られる形で私たちボート隊は一足先に高松
だということまで小山に教わった。小山がウンチクを披露するた
駅を出発した。今日は 9 時間半かけて高知県土佐大正駅へと向
びに私は感心していたが、実際のところ小山は、故郷・名古屋に
かう。昨日より短いとはいえ、今日も相変わらず長い長い電車の
近づいていくのが嬉しくて仕方なかったんだと思う。
旅だ。しかも電車の接続が悪いので、乗り過ごしたら今日中に目
静岡からさらに東海道線の旅を続けること 7 時間(!)、19
的地に着けなくなる可能性もあり、油断できない。
時頃ようやく姫路に到着した。15 時に名古屋を通過したときに
高松からマリンライナーで坂出へ、坂出から予讃線で琴平へ、
は私は爆睡していたので、小山の表情を確認することは出来な
そして琴平から土讃線で阿波池田へ向かった。7:47 に阿波池田
かった(おそらく目を輝かせていたと思う)。さて、姫路から山
に到着して、ここから高知に向かう 8:42 の電車に乗るまで、1
陽本線で岡山に向かい、岡山からはいよいよ瀬戸内海を渡って四
時間ほどの待ち時間があった。付近を散策しに行ったが、この時
国へ上陸!である。マリンライナーの車窓からの眺めはというと、
間では大型スーパーもまだ閉まっていて、小さな商店が一軒開い
真っ暗な海の向こうに四国の港の明かりが輝いていて、何とも美
ていただけだった。
夏合宿
最適であり、即決。気象係の 3 年尾形、竹内には 22 時の天気図
下半期
自転車隊出発から一夜明け、私たちボート隊と小山率いる沢隊
292
293
駅に到着。途中から電車がかなり混んできたことに驚いた。やは
がきちんと届けられていることを確認して、幕場まで運ぶことに
り高知駅は四国で一番栄えているのだろうか。次に乗る電車まで
した。幕場にはすでに何組か他のお客さんがいたが、広さ的には
また 1 時間ほど待ち時間があったので、駅から少し歩いたとこ
充分だった。幕営後は各自夕食をとり、ミーティングを行って明
ろにあるうどん屋さんでみんなでお昼ご飯を食べた。お昼を食べ
日の行程を確認し、すぐに就寝とした。外は蚊がいるからと言っ
た後もまだ時間が余っていたので、出発前に送っていた装備が今
てテントもしっかり閉めていたので、テントの中は耐え難い暑さ
日の目的地である “ リバーパーク轟 ” にきちんと届けられている
だった。暑さを我慢するか、それとも外に出て蚊を我慢するかで、
か確認の電話をした。問題ないことが確認できたので、ほっと一
私は外に出ることにした(実際、蚊は気にならなかった)。他の
安心。
4 人は蚊の恐怖の方が勝ったらしく、テントで寝ていたようだ。
電車に乗って窪川を目指す。1 時間経った頃には、本間・福永・
内山・竹内、4 人とも爆睡状態だった。お昼ご飯を食べてすぐだ
からというのもあるが、やはり、慣れない電車での長旅に心身と
もに疲れていたのだろう。私はというと、スマホの電池が残り
13% になっていたので、持ってきた充電器(今合宿のために高
性能のモバイルバッテリーを買ってきた!)で充電を始めた。こ
の充電器でフル充電が 2 回できる上に、さらにスマホの電池も
もう一つ予備で買ってきていたので、今合宿でのケータイのバッ
テリー対策としては、まず間違いなく私以上の者はいなかっただ
ろう。もちろん、沢隊・自転車隊も含めてである。やはり、特に
リーダーであるなら、ケータイが繋がる環境であるならいつでも
外部と連絡をとれる状態でなければいけないので、バッテリー対
策には力を入れるべきなのだ。
15 時半、土佐大正駅に到着。買い出しを済ませ、リバーパー
ク轟へと向かう。意外と距離があって、疲労がたまっていたこと
もあり足取りは重かった。
リバーパーク轟にて。明日からの行動に備えて装備をチェック。
夏合宿
ようやくリバーパーク轟に着くと、ボートやパドルなどの装備
下半期
高知に向かう電車に乗り込み、2 時間半ほど乗って 11:04 高知
294
295
8 月 12 日 C1
「意外と激しい瀬を越えて、初めての沈下橋。」
しばらくして「動画撮るから、4 人でいい感じに飛び込んでみ
ングに向かう。スタート地点の目の前には、予想していたよりも
なかなかいい感じの飛び込みを見せてくれたのだ(一人ずつ順番
激しい瀬「轟の瀬」があり、失敗すると危険だ。安全第一のライ
に飛び込み、“ し・ま・ん・と ” を一文字ずつ叫んでいた)。無茶
ンを考えた。無事にこの瀬をクリアし、ほっと一息。内山や福永
振りもたまにはしてみるものである。そうこうしているうちに
を筆頭に、本間、竹内も泳ぎはじめた。ゴーグルを持ってきたり
30 分程が経ち、まだまだ先が長いので出発することにした。
もしていて、用意周到である。今日は天気がよく、晴天の空が広
10 時半ごろ、本日 2 つ目の難所「二双の瀬」に差し掛かる。
がっている。
右岸の中州のようなところにボートをつけて、歩きづらいところ
9 時ごろ、一本目の沈下橋「里川沈下橋」が見えて、ここでし
を進んで瀬のすぐ横まで行った。ここも失敗すると危険だ。一番
ばらく休んでいくことにした。内山や福永は躊躇せず沈下橋から
安全なラインに決めるが、狭いところを上手く操船して通過しな
川へ飛び込んでいくが、竹内や本間は渋っている。かく言う私も、
くてはならない。ボートに戻り、いざ、二双の瀬へ。緊張して心
飛び込めないのだが。内山は沈下橋からぶら下がって懸垂しよう
臓もバクバクだったが、何とか無事に通過することが出来た!そ
としていたが、竹内に指を攻撃されて、川へ落ちていった。
の後は大きな瀬もなく、休憩を挟んでレーションをとったりしな
がら、漕ぎ進めていった。
14 時半ごろ、十川大橋が見えてきた。今日の幕場予定地である。
初日はこれで終わりかと思うと、なぜか無性に泳ぎたくなってき
て、4 人にボートを任せて泳ぐことにした。中州には家族連れが
いて、犬も泳いでいた。トロ場とはいえそれなりに流れもあった
ので、犬が流されていってしまうように見えたが、大丈夫だった
ようだ。15 時頃、右岸に上陸してボートを残して偵察に向かった。
なかなか幕場適地が見つからなかったが、結局、左岸側の橋の下
にテントを張ることにした。
今日は、チャリ隊もここに到着することになっている。私たち
がテントを張って、灯油を補充していた 17 時ごろ、ようやくチャ
沈下橋で懸垂しようとする内山。
リ隊が到着した。合宿はまだ始まったばかりだが、雨も降ったせ
この後、やって来た竹内に攻撃される。
いで汚れている。ささっと買い出しを済ませてから、十和温泉に
入ることにした。やっぱり温泉はいい、出来ることなら毎日入り
夏合宿
て!」と声をかけてみると、橋の上で何やら作戦を立ててから、
下半期
四万十川ツーリングの初日。朝食をとった後、全員でスカウティ
296
297
かった!新人や 2 年生も同じ隊に同期がいないので、久しぶり
いや、いけるか?でもなぁ・・・と散々悩んだあげく、地元のお
に同期と会っていろいろと積もる話をしたことだろう。
じさんにも励まされる始末だ。そうこうしているうちに時間が経
温泉のあとはそれぞれの隊で食当、夕食、ミーティングを行っ
ち、他のメンバーもそろそろ飽きてきた様子で、出発したそうな
た。その後、ボート隊の私と福永、そしてチャリ隊の由梨、吉村、
雰囲気。よし!ここは意を決して人生初ダイブ!福永、本間、渡
橋下、長谷川、奥平で大富豪をした。さすがチャリ隊、トランプ
部の順に飛び込むことになった。福永がいくと、すぐその後に本
を持ってきているのかと感心していたが、我がボート隊の福永も
間がいった。心の準備ができないまま、やめるわけにもいかず、
持っているらしい。早く言ってくれ。こうして、次の日からボー
ついに橋から飛んだ!落ちていた時間はどれくらいだろう、たぶ
ト隊でも毎晩のように大富豪を行うこととなった。
んほんの 1 秒 2 秒のはずだが、私には耐え難い時間だった。叫
ぶのを止められなかった。おそらくこれが一生に一度の大ジャン
8 月 13 日 C2
「四万十ひろばは最高の幕場だった。」
プとなるだろう。
(長瀞であの場所から飛び込む勇者たちにはこ
の気持ち分かるまい)
6 時起床。朝からいい天気だ。ボート隊、チャリ隊それぞれ朝
さて、14 時半ごろに今日の幕場である「四万十ひろば」に到
食をとる。ボート隊は、朝からがっつりハヤシライスを食べる。
着した。幕場の少し手前にはカヤッカーがたくさんいた。四万十
昨日チャリ隊にもらった茄子がおいしい。7 時ごろ、先に出発す
ひろばには既にたくさんのお客さんがいて、テントも車も多く、
るチャリ隊を見送った。橋の下の幕場から見上げると、一列に走っ
賑わっていた。階段を上ったところに売店もあって、四万十グッ
ていくチャリ隊の姿がかっこ良かった。
ズや防虫スプレーなどが売られていた。コインランドリーもある
10 時ごろ、流水での漕ぎを練習できそうな良い場所を発見し
ので、あとで洗濯しよう。
た。10 月に開催される長良川 WWF への出場が決まっているの
設営のあと、橋を渡ってすぐのところにあるスーパーに買い出
で、30 分ほど 4 人で練習をさせた。何度かフェリーをしたりして、
しに向かう。焼肉セットを発見したので、今晩か明日の朝にでも
それぞれのポジションでの動きを確認。本間も、だいぶ上手くなっ
と思って買うことにした。スーパーの近くで 16 時になって、竹
たなぁ。10 時半ごろになると結構雲が出てきた。途中で休憩を
内が天気図を描こうとするが、なかなか電波が入らない。電柱の
とると、みんな昨日買い込んだパンなどをほうばっている。福永
近くで頑張って、ようやく気象通報が聞き取れた。天気図を描き
は、パンをくわえたまま川に落とされている。川に落ちてもパン
終わると、皆でまた橋を渡って「ホテル四万十星羅」へ。昨日に
は口から落とさなかったところが、偉い。
続き今日も温泉で、大満足である。
12:40 ごろ、長生の沈下橋へ到着。この沈下橋はだいぶしっか
幕場に帰ってきて、食当の間にコインランドリーで洗濯。私以
り造られていて、車も頻繁に通過する。子供から大人まで次々と
外は男子で、まとめて洗濯をしているのが羨ましい。女子部員が
川へ飛び込んでいくのを見て、私も飛べるんじゃないかと思い、
少ないとこういう場面で苦労するなぁ。夕飯はそうめんに魚肉
夏合宿
橋の上から川の様子をうかがってみた。
・・・う~ん、厳しいかも。
下半期
たいくらいだ。それに、久しぶりに同期の由梨と話が出来て楽し
298
299
ソーセージを入れたような簡単なものだったが、おいしくいただ
く。今日の幕場には蚊があまりいないので、みんなで外で寝るこ
とにした。やっぱりシュラポンだよなぁと思いながら、20:30 就
寝。就寝後しばらくしてから雨が降ってきて、テントに移動する
下半期
羽目になった。残念・・・。
8 月 14 日 C3
夏合宿
「ハードだった、1 時間漕ぎ ※リーダー渡部は 1 時間の休息」
6 時起床。朝から曇り空かぁ、ハァ~。まぁ雨が降っていない
だけよしとする。朝ご飯はもやし入りビーフンとわかめスープ、
それと、昨日私が買った焼肉セット。ビーフンに焼肉が加わり、
なかなかおいしかった。朝食のあと撤収しながら、「こんなに良
C3 幕場は何もない場所だった。
い幕場はこの先ないだろうなぁ」と思い、名残惜しい気持ちにな
る。7:50 に四万十ひろばを後にした。
14 時ごろ幕場に到着した。川登大橋の下、右岸。本当に、何
出発後しばらくして雨が降り出した。9:10 ごろ岩間沈下橋の
もないところだ。ボートを河原につけて、流されないようにロー
近くで休憩。新人本間がハゼを捕まえようとしているので、私も
プで結びつける。設営のあとは、内山がせっせと物干し用のロー
参戦。見事に 1 匹のハゼをゲットして、ペットボトルに入れて
プを張っていた。細引きとパドルを使って、良い感じの物干し場
一緒に連れて行くことにした。
が出来上がった。こういうところも内山の得意分野である。
10:40 から私以外の 4 人が 1 時間漕ぎをしてくれたので、こ
その後みんなで偵察に向かったが、事前の情報通り、買い出し
の 1 時間で船はかなり進んだ。本間はこのハードな漕ぎ練を楽
ができそうな店はない。それでも一軒、小さな商店を見つけたの
しめたらしい。12 時半ごろ、鵜の江の沈下橋に到着。河原には
で、ヤマザキの薄皮シリーズのメロンパン味というものを購入。
大川観光キャンプ場があり、ここでプラティパスに水をくむこと
おいしかった。今日の夕飯はカレーである。前日に材料を買って
にした。というのも、今日の幕場である川登大橋には水場も何も
おいて正解だった。食後には大富豪を楽しみ、福永が勝つと他の
ないからである。キャンプ場で水を汲んで、公衆トイレがあった
4 人から野次が飛ぶというお決まりの展開が続いた。そしてこの
のでトイレも済ませた。ところで、先ほどゲットしたハゼは途中
日も私と福永は当然のようにシュラポンをした。20 時、就寝。
どこかで内山が逃がしてしまったので、今はもういない。残念・・・。
300
301
8 月 15 日 C4
「久しぶりのラーメン。大きなショッピングモールに感動。」
これは正直どうなんだろうと思ったが、コインランドリーの駐車
日は今合宿中で一番行程が短い日である。3 時間ほど漕いで、
にしないことにした。洗濯している間に、散歩しながらガリガリ
10 時半に四万十川橋(今日の幕場)に到着してしまった。まぁ、
君梨味を買ったら予想以上においしくて感動した。後から調べて
たまにはこういう日もないとね。四万十川キャンプ場の少し下流
みたら、梨味はやはり人気らしく、9 月までの期間限定販売だと
の右岸が幕場適地。ボートを置いてから四万十川橋の下まで荷物
のこと。食べておいてよかった!
を運ぶのが少し大変だったが、みんなで頑張る。すぐに設営し
最集合の時間になって、皆集まっているのに何故か福永だけが
て、衣類やシュラフなど干したいものを干して(天気は回復して
いない。食当や天気図の時間もあるので、私だけ福永を待つこと
いた)、いざ、散策へ!
にして他の 3 人は先に幕場に戻らせた。まったく、福永はどこ
はじめに小さな薬屋さんを見つけた。ここでムヒを買う下級生。
で遊んでいるんだか・・・。いや、これはもしかして夏合宿中の
話に聞いていたとおり四国には蚊がたくさんいて、持ってきた虫
脱走!?でも福永に限ってそんなことは・・・。少し心配になっ
除けやムヒの消費速度が速いのだ。毎晩これでもかというくらい
てきたころようやく福永を発見。集合場所を勘違いしていたらし
蚊取り線香を焚いているにもかかわらず、効果はいま一つ。この
い。注意して、皆が待つ幕場へ向かう。安心より呆れたという感
合宿は蚊との戦いだったと言っても過言ではないだろう。
じで少しイライラしてしまい、帰り道は無言で何だか微妙な雰囲
さて、どんどん歩いていくと、次にラーメン屋さんを発見した。
気だった。でも、幕場に着くころ雲がとっても幻想的で絵に描い
会計係内山によると、「合宿費的にはラーメンを食べるくらい余
たような空だったので、それまでの負の感情はさっぱりなくなっ
裕」とのことなので、ここでお昼ご飯とする。久々の外食に、み
て、普通に福永に話しかけていた。どんな話をしたのかは思い出
んなのテンションも上がる。店に入って、T シャツに短パン(お
せないけど、たぶんどうでもいいような話だったのだろう。
まけに川臭かったと思う・・・)なのがちょっと気になったが、
今日の食当は、竹内と内山による上級生食当だ。と言っても、
そんなことを気にしていても仕方がない。久々に食べたラーメン
讃岐うどんに餃子をのっけただけのシンプルなもの。内山が餃子
がおいしかったのとお腹が満たされたのとで、幸せな気持ちに
の焼き方にこだわっていたのが何だか面白かった。夕食のあとの
なった。
全ミで、本間から「今日は漕ぎ足りなかった」との感想。“ もっ
店を出てからスマホで周辺を検索して大きなスーパー見つけ
と漕ぎたい ” という前向きな気持ちに嬉しくなった。全ミのあと
た。スーパーで買い物を済ませてから、しばしフリータイムとす
はいつものように大富豪をして遊んだ。
る。始めは皆でコインランドリーに向かった。考えることは同じ
である。ただし、男子たちは乾燥機を使わず、地面(晴れていた
ので温かい)に洗い終わった衣類を広げて乾かそうとしていた。
夏合宿
スペースはガランとしていたし人通りもない場所だったので、気
下半期
6 時起床。天気は悪い。朝食をとって、7 時半に出発する。今
302
303
8 月 16 日 四万十川最終日
「長かった、四万十川。 長かった、滑り台。」
6 時起床。天気良し。今日はついに四万十川の河口に出る日だ!
長かった川旅も、ここで一区切りを迎える。朝ご飯にコーンスー
の道のりがちょっとキツい。7:30、出発。
下半期
プと食パンを食べて、撤収して荷物をボートまで運ぶ。やはりこ
合宿の前に OB の方々から「河口に出るのはなかなか大変だ」
なか進まない感じもした。川幅がだいぶ広くなって、現在地も分
かり辛かった。それでも頑張って濃いで、2 時間ほどで海が見え
てきた。河口まで来ると波が高く立っていて、時折大きく揺られ
た。9:25、四万十川河口の左岸に上陸。今日はそんなに風が強
くなかったのだろうか、予想していたほどキツくなかった。
無事ゴールにしたということで、例のごとく式典を行う。校歌
夕食後に大富豪をするのが日課になってきた。
を歌って、動画もしっかり撮った。しかし、ここで一つ大失態。
あろうことか集合写真を撮り忘れてしまった。悔やんでも悔やみ
夜になってから、皆で川エビを取りに行った。地元のおじさん
きれないミスだ・・・。
も来ていたので、話しかけようと思って近づいたら、ヘッドラン
10:20 ごろ、温泉施設「四万十いやしの湯」に向かう準備を始
プの明かりを消すように注意されてしまった。私たちも川底の石
めた。荷物をまとめてラフトカートに乗せる。出来る限り積んで
をどかしてみたりして頑張って探したが、結局一匹も取れなかっ
楽をしようと、みんな必死だ。積み過ぎて、重いばかりかバラン
た。やっぱり、仕掛けを用意しておくべきだったかな。残念。
スも取り辛くなったカートを、福永が頑張って押していく。やは
りキツかったようで、途中から竹内に交代した。
途中で大きなモニュメントを発見したので、写真撮影。集合写
真を撮ることができたので、満足。その近くに、今度は長い滑り
台を発見!皆が滑るのを撮っているうちに、楽しそうに思えてき
て私も滑ることにした。これが意外と楽しかった。
夏合宿
と聞いていた。確かに、時折向かい風が強く吹いたりして、なか
304
305
リで、内山のは半分カツオの猫、福永のはピンク色のブルドッグ
である。私もミカンに顔がついたストラップをもらった!みんな
それぞれ見えるところに付けていたが、福永だけは躊躇っていた。
13:50 ごろ、昼食。昼ご飯は、いやしの湯の中にある食事処で
ビをゲットすることは出来なかったが、食べることが出来たので
下半期
贅沢に。川エビの盛り合わせを注文して、みんなで食べた。川エ
良しとしよう。
天気も良く、四万十川がきれいで、バスからの眺めは最高だ。
14:50 に中村駅に着いて、まずはみんなでコインランドリーへ。
その後、フリータイムとする。私は近くのショッピングモールで
サーティーワンを発見したので、本間を誘ってアイスを食べた。
少し離れたローソンでは、最近我が部でも密かなブームとなって
いる「魔法少女 まどかマギカ」のフェアをやっていた。このア
ニメについては合宿中も何度か話題に上がったが、ここでは紙面
の都合上割愛する。フリータイムを終えて中村駅に最集合したあ
と、皆でスーパーへ買い出しに向かった。スーパーに入ってすぐ
のところに、なぜか犬小屋のようなものが。本間が入ってみる、
・・・
四万十川をあとにし温泉へ向かう。高台に見えるのは滑り台。
楽しそうだが、他のお客さんに見られたらと思うと恥ずかしい。
今晩は最終夜なので、飲み物やおつまみ類を買って、魚屋でちょっ
11:30、いよいよ温泉!その前に、ヤマト便でボートやパドル
といい感じの酒の肴も買った。
などの大きな荷物を送った。温泉施設で荷物を送れるのは便利だ。
中村駅近くに戻って、今日のステビポイントを決めると、さっ
温泉ではちょっと長めに時間をとって(ここはリーダーの特権で
そく乾杯!四万十川、長かったね。みんな、お疲れさま!飲ん
ある)、旅の疲れを癒す。極楽極楽。温泉から出ると、何故か本
で、食べて、またいつものように大富豪をした。もちろん蚊取り
間がみんなにお土産を買ってくれると言う。よく分からないまま、
線香も忘れずに。他のみんなが寝始めたころ、福永と恋愛トーク
本間が買ってくれたお土産を一人ひとつずつ受け取る。一人ひと
でちょっと盛り上がった。具体的な内容は覚えていないのだけど、
りに一番「似ている」キャラクターを選んでくれたのだが、たし
酔いもまわっていたせいか、結構熱く語った気がする。そんなこ
かに、本人とどこか似ている。竹内のはちょっと釣り目のニワト
んなで最近にしては遅めの 22 時就寝。
夏合宿
14:25、温泉を出てバスに乗った。これから中村駅へ向かう。
306
307
8 月 17 日 休養日・移動日
「土佐中村は、いい町でした。」
8 月 18 日 仁淀川
「トロ場、釣り師、おまけに浅い・・・」
今日は昼過ぎまで休養のため、起床フリー。中村駅に再集合す
6 時起床。良い天気だ。宮ノ前公園は仁淀川を下るパドラーに
る 13:30 まではフリータイムである。私は自転車をレンタルして、
人気のスポットなだけあって、なかなか快適そうな公園だった。
公衆トイレもある。各自で朝食をとって、7:20 出発。
仁淀川は想定外に浅くて、釣り人も多かった。おまけにトロ場
押して歩いたりもした。入場料 310 円を払っただけあって、最
ばかりで、漕ぎ続けないと進まない。正直なところ、私たちのボー
上階 6 階の展望台からの眺めは最高で、中村の町が一望出来た。
トで下るのには適さない川だった。11 時半ごろ、ようやく川辺
1 階の展示室には四万十川水石という石が展示されていて、何で
の駅あいの里に到着した。ここでお昼ご飯とする。川辺の駅の中
も、全国の水石マニアに最も貴ばれている石だそうだ。あと、幸
には食堂もあったようだが、私たちは外のベンチでレーションを
徳秋水がここ中村で生まれたそうで、ゆかりの品々が展示されて
食べる。ゴールまではまだまだ先が長いのに、思うように進まな
いた。私の他にお客さんが誰もいなかったので、のんびり過ごす
いことによる精神的ダメージが大きく、早くも挫けそうだ。気合
ことが出来た。郷土資料館で思いのほか時間を使ってしまったの
入れていかないと・・・!
で、そのあとはささっと温泉(平和な湯、という温泉がある)に
結局、それから 3 時間ほど頑張って漕いで、14:45 に仁淀川
入ってからお昼ご飯を食べて、家族にお土産を買って、集合場所
橋に到着。精神的にも肉体的にも疲れた一日だった。いやー、頑
に向かった。
張った!仁淀川には正直がっかりだったが、これはこれで、最後
13:30 に中村駅に集合し、13:49 発の電車に乗った。これか
まで漕ぎきったことを誇りに思いたい。何はともあれ、ボートラ
ら佐川駅に向かう。明日は、ボート隊第 2 ラウンドの仁淀川。
ウンドが終了した。右岸にボートを付けるが、仁淀川橋上流部の
明日だけの日帰りツーリングなので、気構えることも少ない。
河原は遊びに来た地元の人たちで賑わっていて、自分たちがどう
16:21、佐川駅に到着。バスが来るまで 1 時間ほどあるので、スー
見られているのかと思うとちょっと恥ずかしい。ボートを畳んだ
パーで買い出しをして、さらに余った時間で本屋で立ち読みをし
り装備を片付けたりして、ヤマト便に連絡をとって集荷の手配を
た。
済ませる。今は 16 時。これから、ちょっと離れたところにある
その後、バスに乗って佐川駅を出発。途中、柳瀬という停留所
コインランドリーへ行き洗濯をして、もう使わないボートラウン
で降りて、この近くにあるヤマト運輸に荷物を取りに向かう。無
ド中の衣類は他のボート装備とともにヤマト便で集結地まで送る
事に荷物が届いていて一安心した。また柳瀬からバスに乗って、
のだ。コインランドリーに行って、ここ仁淀川橋まで戻ってくる
宮ノ前公園で下車。19 時ごろに宮ノ前公園に到着した。宮ノ前
まで、2 時間半くらいだろうか。ということで、ヤマトの人には
公園が今日の幕場であり、明日のスタート地点である。明日のた
ここに 18 時半に来てもらうことにした。
めに今日は早く寝よう。21 時半就寝。
さて、コインランドリーへ。仁淀川橋を渡って川の左岸側へ。
夏合宿
があって、とても自転車(いわゆるママチャリ)では登れなくて、
下半期
「四万十市立郷土資料館」へ向かうことにした。途中でキツい坂
308
309
が合流。積もる話をして、盛り上がる。ただ、昨日から高知に着
あるいた。途中のスーパーで、濡れた衣服を着替えた。濡れた物
いていて今日一日休養日だった沢隊と、ハードな一日を終えた
全部洗ってしまえるのが嬉しい。コインランドリーに着いて、洗
ボート隊とではテンションに差があった・・・。両隊そろっての
濯や乾燥をしている間にまたみんなで大富豪をした。思えば合宿
打ち上げも遅くならないうちに切り上げ、沢隊が見つけた高知駅
中本当に毎日大富豪をしたなぁ、トランプがあって良かった。
ステビポイントへ。眠い者はすぐに寝て、そうでない者は語り合っ
仁淀川橋に戻ってきて、ヤマト便が着くのが遅れるとの連絡が
たり大富豪をしたり。明日はチャリ隊がここ高知に到着する。み
入り、しばらく待つことになった。内山や福永、本間が何やら昔(小
んな、元気だろうか。明日を詫びながら、24 時就寝。
んなのよくやってたなぁ~とか思いつつ、どんな遊びだったか何
となくしか思い出せなかった。ヤマト便が 19 時ごろ到着して、
8 月 19 日 休養日
「高知を堪能した一日。夜は、全隊そろって高知城で乾杯!」
縦走ラウンドに必要な装備以外は集結地に送った。結構安く済ん
今日は休養日なので起床はフリー。でも、だいたいみんな同じ
だ。その後は近くにある温泉、かんぽの宿に向かった。19:45 く
時間に起きて 6 時半ごろから日曜市へ向かった。新鮮な果物や
らいから 1 時間ほど温泉で疲れをとった。計画では、これから
野菜、鰻なんかも売っている。鰻に惹かれたが、我慢した。あと、
伊野駅で電車に乗り 20 分かけて高知駅に行く予定だったが、か
この近くには「海がきこえる」の舞台となった学校があり、私も
んぽの宿からは隣の波川駅の方が近かったので、波川駅に向かっ
見ることが出来た。合宿に来る前に内山に小説を借りて読んでい
た。歩いてもそんなに遠くない。
たので、高知の観光が 2 割増しで楽しめたと思っている。内山
波川駅に着いて、電車が来るまで結構時間があったので、近く
は今日は聖地巡礼を楽しむのだろう。そのあと「ひろめ市場」に
の神社に肝試しにいくことになった(!)実は肝試しらしい肝試
入り、小山と割り勘でカツオや鯨肉を食べた。朝から豪華だ。さ
しをしたことがないので、ちょっとワクワクした。実際はそんな
て、今日の休養日をどう過ごそうか。いろいろと考えながら、市
肝試しらしい感じではなく、途中の階段の辺りで大きなクモの巣
場を離れた。
があったのが一番怖かった。21:17、波川駅から電車に乗り高知
まずはレンタサイクルを借りるため高知駅へ戻った。自転車で
駅へ向かった。
まず向かったは、高知県立文学館。「こびとづかん」が有名な、
21:45 高知駅に到着。ここ高知では、既に沢隊がいて私たちの
なばたとしたかさんの絵本原画展を見た。そのあとは高知県立美
到着を待ち侘びていた(はず)。一緒に打ち上げをすることにし
術館で新海誠監督の映画「秒速 5 センチメートル」を見る。新
たが、とりあえず私たちボート隊だけで先に店に入ることにした。
海誠監督の映画の上映会が休養日にあるなんて、奇跡だった。沢
ボートラウンド、お疲れさまでした!ということで乾杯!時間も
隊の尾形、藤田もこれらの映画を見に来ていたらしい。藤田には
時間なのでもうみんな眠そうだ。今日の仁淀川は予想外にハード
美術館で会って、隣の隣くらいの席に座っていた。
だったので、疲れていて当然である。22 時半ごろになって沢隊
映画は 13 時~ 14 時で、そのあと温泉に入り、遅めの昼食を
夏合宿
学生時代?)流行ってよくやっていた手遊びをしていて、あ~そ
下半期
伊野駅よりもさらに遠いコインランドリーまで歩いていく。結構
310
311
とり、17 時には自転車を返却した。18 時半に再集合して、ボー
ト隊は縦走ラウンドに必要な装備(ザックなど、合宿前に部室か
四国清流満喫隊 総括
に到着し、久々の再会!お互いの思い出話をしながら、沢隊・チャ
本有数の透明度を誇る仁淀川を下ることで、川下りの魅力を味わ
リ隊・ボート隊のみんなで高知城へ向かう。今日は、「夏のお城
おうという主旨のもと活動を行った。
まつり in 高知城」というイベントが開かれていて、高知城でビ
1 ラウンドの四万十川では、リバーパーク轟からスタートし、
アガーデンをやっている。これは行くしかないだろう。ビアガー
直後に「轟の瀬」という迫力のある瀬を漕ぎ抜けた。初日には他
デンで、3 隊そろって乾杯!縦走ラウンドも頑張ろう!!という
に「二双の瀬」という大きな瀬もあったが、全員でしっかりとス
ことで合宿費でビールを飲んだあと、私と福永は高知城の入場券
カウティングを行うことでフリップすることなくこれらを通過す
(320 円)を買って天守閣へ。高知の町は夜景も綺麗だった。み
ることができた。それからは長い瀞場を漕ぎ続け、時には向かい
んなも見に来ればいいのに、うちの部は 320 円をケチる部員ば
風に押し戻され心折られながらも、5 人で海を目指して漕ぎ切っ
かりだった。
た。泳いだり、沈下橋から川へダイブしたり、漕ぐこと以外の楽
高知城でビアガーデンを楽しんだあと、駅に戻る途中の居酒屋
しさも味わうことが出来ただろう。
で二次会。飲んだり食べたりして、だいぶ酔いがまわった者もい
2 ラウンドの仁淀川は、期待していたほどの透明度ではなく、
た。このあとは就寝フリー。シュラフに入るまで誰とどんな話を
川が浅かったためにスタック※することも少なくなかった。釣り
していたのか、思い出せない。23 時、就寝。
師が多いことにも悩まされた。そんな中でも 5 人で力を合わせて、
文責:渡部ゆかり
一つのボートでゴールを目指した。間違いなく、5 人の結束力と
一人ひとりの漕ぎ力が強化されたことだろう。
行動中や河原での幕営生活などを振り返ってみると、様々な思
い出とともに、各自今後の課題も見えてくるはずである。これか
らの活動で改善できるところはどんどん改善していこう。そして、
次代以降でも川下りの魅力を味わい、伝えていってもらいたい。
※スタック
川が浅くなっているところや川底の岩などにボートが乗り上げてしまうこと。
夏合宿
四国清流満喫隊では、日本屈指の秘境を流れる四万十川と、日
下半期
ら高知に送っていた)を回収する。そしてついにチャリ隊が高知
312
313
【行動概略】
8 月 10 日(金) 出発
07:40 高田馬場駅集合
21:38 高松駅着
23:30 就寝
夏合宿
8 月 16 日(木)四万十川最終日 8 月 17 日(金)休養日・移動日
行動時間 1h55min
06:00 起床
― 起床
07:30 出発
― 休養
09:25 四万十川河口着
13:30 中村駅集合
11:30 温泉@四万十いやしの湯 13:49 中村駅発
13:50 昼食
16:21 佐川駅着
14:25 バス乗車
19:00 宮ノ前公園着
14:50 中村駅着
19:30 夕食・全ミ
― 休養
21:30 就寝
19:15 打ち上げ(最終夜)
22:00 就寝
8 月 18 日(土) 仁淀川
8 月 19 日(日)休養日
行動時間 7h25min
06:00 起床
― 起床
07:20 出発
― 休養
11:30 昼食@水辺の駅あいの里 18:30 集合@高知駅
14:45 仁淀川橋着
18:50 自転車隊と合流
20:00 温泉@かんぽの宿
打ち上げ
21:17 波川駅発
23:00 就寝
21:45 高知駅着
22:30 沢隊と合流
打ち上げ
24:00 就寝
下半期
8 月 11 日(土) 移動日
05:00 起床
06:08 高松駅発
11:04 高知駅着
12:02 高知駅発
15:30 土佐大正駅着
17:00 リバーパーク轟着
22:00 天気図作成
22:30 就寝
8 月 12 日(日) C1
8 月 13 日(月) C2
行動時間 8h20min
行動時間 6h10min
06:00 起床
06:00 起床
07:10 出発
08:20 出発
14:35 十川大橋右岸着
14:30 四万十ひろば着
幕場探し
17:00 温泉@ホテル四万十星羅
15:30 十川大橋左岸着
18:20 食当・夕食・全ミ
15:45 設営完了
20:30 就寝
17:30 温泉@十和温泉
19:00 食当・夕食・全ミ
22:00 就寝
8 月 14 日(火) C3
8 月 15 日(水) C4
行動時間 6h12min
行動時間 3h00min
06:00 起床
06:00 起床
07:50 出発
07:30 出発
14:00 川登大橋着
10:30 四万十川橋着
15:40 食当・夕食・全ミ
12:00 昼食
20:00 就寝
15:50 食当・夕食・全ミ
20:30 就寝
314
315
【行動判断】
これらは、ボート(アキレス、青)1 艇に十分積みきれる量で
計画では 8 月 16 日に四万十川河口に到着後、中村駅から佐川
あった。ボートに積む時には、細引きやカラビナを使ってボート
駅までその日のうちに移動することにしていた。しかし佐川駅周
に固定した。固定する際のロープワークもスムーズに行うことが
辺よりも中村駅周辺の方が休養日が充実すると考えられたため、
でき、途中から緩んできてしまうこともなかった。
8 月 16 日はそのまま中村駅にとどまることにした。翌日 17 日
(3) ボートの上でのポジションについて
実際に中村駅と佐川駅とを比較してみても、中村駅周辺の方が
今合宿では新しい試みとして、毎日全員が全てのポジションで
温泉・コインランドリー・物産館などの施設が充実していたので、
漕ぐことが出来るようにポジションを交代していった。これによ
正しい判断であったと言える。
り、隊員一人ひとりがこれまであまり経験してこなかったポジ
ションでもしっかりと漕ぐことができ、ある程度漕ぎ慣れたこと
(2) 装備の量と防水について
だろう。
団体装備として 30ℓ防水袋を 2 つ持って行き、特に防水が必
ボート活動はいつも同じメンバー、同じポジションで行えるも
要な団体装備及び食糧を防水袋に入れることとした。これにより
のではない。そのため、複数のポジションで漕げる者の存在が大
防水すべき装備・食糧等は全て防水できたため、防水対策として
事になってくる。複数のポジションを経験しておくことが必要な
妥当であったと言える。30ℓ防水袋が 1 つでは入りきらなかっ
のは、そのためである。
ただろうと思う。
最近のボート活動においては、夏合宿でないとそのような経験
なお、今合宿中にボート(アキレス、青)へ積んだ装備は以下
を積む機会もなかなか持てないため、今合宿でその経験が積めた
の通りである。
ことは非常に有意義であった。
・30ℓ防水袋
【計画省察】
団体装備として × 2
(1) 川の選定の経緯
個人装備として × 5
四国において、ラフトボートで下れる川として「四万十川」「仁
・カモバック
淀川」「吉野川」「那賀川」の 4 つがある。このうち吉野川は、
全隊員の銀マット・ウレタンマット用 × 1
隊の実力不足のため自分たちだけで 1 艇で下ることは危険だと
コッヘル・ゴミ等 × 1
判断し、除外した。また四万十川は、日本を代表する清流として
・ラフトカート × 1
名高く、我が部のボート活動の歴史の中でも特別な意味を持った
・ポンプ(カールソン)× 1
川であるため、今合宿で下る川として最も優先された。
夏合宿
の午前中まで中村駅周辺で休養し、昼過ぎに佐川駅へ向かった。
下半期
(1) 1 ラウンド終了後の幕場を中村駅にしたことについて
316
317
各隊ラウンドの期間から考えて、四万十川に加えてもう一本別
≪轟の瀬≫
の川を下ることとした。そして、①四万十川からより近くアクセ
リバーパーク轟からスカウティングができる。左岸沿いに歩い
スが良い、②四万十川をも上回る透明度を誇っている、という理
て、瀬の全体を確認した。さらに、リバーパーク轟からボートで
由により仁淀川を下ることに決めた。
右岸側に移動し、右岸側からもスカウティングをした。(左岸側
川のほぼ中央に轟の瀬の核心部があり、そこが落差 1.5m ほど
初日の区間には迫力のある瀬「轟の瀬」「二双の瀬」を通過し
の大きな落ち込みになっている。落ちたところが凶悪なホールに
たが、どちらも予想以上にテクニカルな瀬であった(後述の≪轟
なっていて、危険である。ここは通らず、右岸沿いの狭いルート
の瀬≫≪二双の瀬≫を参照)。今回のメンバーにはボート活動を
を通るのがセーフティーコース。ただし、右岸側からもスカウティ
十分に経験している者が多かったので良かったが、そうでなけれ
ングをして、右岸沿いのルートを通れるかどうか見極める必要が
ばこれらの瀬だけポーテージするという選択を取ることも考えた
ある。2 級~ 2 級+の瀬と言える。
だろう。
二日目以降は瀞場が事前の情報通り瀞場が多く、また午後にな
≪二双の瀬≫
ると向かい風が吹いて来て苦しめられた。ただ、この向かい風は
右岸沿いの草が生えている辺りの歩き辛いところを頑張って歩
天気の良い日ほど強く吹くので、今合宿のように曇りや雨の多い
いてスカウティングしたが、左岸の河原の方がボートも付けやす
時にはそこまで大きな影響とはならなかったと言えるだろう。
く、スカウティングもしやすそうだった。
長いツーリングが出来る、水質が良い、水深が十分深いなどの
右岸に近いところに二双の瀬がある。瀬の始まりの部分で、川
長所があり、合宿で下るのに適した川であると言える。
底が陥没しているところに水が流れ込んでいる。落差は 1.5m ほ
ど。流れ込んだところに一際大きな岩が見えるので、この岩のす
≪水量について≫
ぐ右を行くイメージで。強烈なバックウォッシュ※に突っ込まざ
スタート前日にリバーパーク轟の管理人に聞いたところ、「こ
るをえないが、しっかり漕いで、ボートが横になることもなけれ
の時期の平均的な水量よりもやや多いくらい」だと話していた。
ば問題ない。2 級~ 2 級+の瀬といえる。
8 月 12 日 AM 6:20 時点で家池川ダム放水量は 16 トンであった。
幸い、初日の区間を下るためには十分な水量であった。※渇水の
※バックウォッシュ
場合はこの区間を下れないこともあるので注意が必要である。
川の上流側から流れ込んできた水が、川底の窪んでいるところなどで一度
下方に落ち込み、それが再び上方に上がってきて、上流側に向かって逆流
しているような流れのこと。
夏合宿
(2) 四万十川について
下半期
からではよく見えない部分があったため)
318
319
隊員の熱意もあり、実際に PW ではフェリーやエディーキャッ
「40m 先まで見渡せる」と謳われるほどの水質ではなく、川の
チなどの操船練習に力を入れると共に、スローロープ投げの練習
透明度は四万十川とほとんど同じだったのが残念であった。水質
にもかなりの時間を割いた。特に新人本間の指導には力を入れ、
が良くて透明度が高いと言われるのは、面河本谷などの源流部を
朝練を行ったこともあった。その結果として、夏合宿を無事に終
指していたのだろうと考えられる。
えることが出来た。今後も、PW の目標を明確にして、PW を充
また、川には釣り師が非常に多く、長良川並みかそれ以上だった
実させていって欲しい。
(ただし土曜日だったことも影響している)。川自体も浅いところ
≪水量について≫
8 月 18 日 AM6:10 時点で筏津ダムの放流量が 5t、発電使用水
量が 42t であった。
「63 代夏合宿計画書」の p.19 に書いたように、
この水量は「放流量 0~20t、発電使用水量 40t 以上」の範囲内で
あり『水質・迫力共に良好』という段階に該当する。仁淀川でも
水量には恵まれていたと言える。※ただし、この水量でも川は浅
かった。
(4) 技術確認ワンダリング、PW、朝練について
2 月、3 月の事故を受けて、ボート活動でも技術の確認、安全
性の確認を行う必要があった。そこで、ボート活動の再開にあたっ
てまず初めに「技術確認 W-ing」を行った。十分安全に活動でき
るレベルであると判断し、その後「上級生 W-ing」を行った。
技術確認 W-ing や上級生 W-ing を通してボート隊の上級生の
実力を確認したところ、夏合宿で下る四万十川・仁淀川の川自
体のレベルは充分に実力の範囲内であった。そこで PW の目的・
目標を考えたとき、夏合宿だけでなく、今後よりレベルの高いホ
ワイトウォーターで活動することも考慮して、そのための実力
アップを図ることにした。
文責:渡部ゆかり
夏合宿
が多く、ボートを下りて手で引いていくこともしばしばあった。
下半期
(3) 仁淀川について
320
321
それ行け!漕げ!焦げ!しっこく隊
【各隊主旨】
【行動計画】 全走行距離 544.8km・総獲得標高 5413m
距離
標高差
時間
8/9(木)出発
転車という機動力を生かし、他の隊では活動が行われない香川県
8/10(金)移動日
松山―五段高原
1991↑/ 716↓
8/11(土)
80.3km
6.5h
姫鶴平キャンプ場 C1
(1271m)
五段高原―四万十川沿い
698↑/1890↓
8/12(日)
88.2km
6h
十川大橋右岸 C2
(1354m)
993↑/1072↓
8/13(月)四万十川沿い―高知 C3 106.7km
7.5h
(299m)
8/14(火)休養日
高知―室戸
516↑/ 334↓
8/15(水)
84.4km
6h
夕陽丘キャンプ場 C4
(251m)
室戸―美波
645↑/ 819↓
8/16(木)
83.0km
6h
恵比寿浜キャンプ場 C5
(219m)
美波―かがわ
570↑/ 563↓
8/17(金)
102.2km
7.5h
とらまる公園キャンプ場
(116m)
8/18(土)予備日
にも足を伸ばしてキャラバンの架け橋になるのだ。
1 ラウンドは、道後温泉で有名な松山からスタートし、今合宿
で山場となるであろう牧歌的な雰囲気の四国カルストへと向か
う。初めからキツい峠越えだが、高原の緑、のんびりと居座る牛
たちが我々を癒してくれるに違いない。そこからは透明感あふれ
る日本最後の清流四万十川へ向かい、高知まで足を伸ばす。
2 ラウンドは、高知から始まり室戸岬へと向かう。室戸岬では、
荒々しい風景と共に太平洋を望もう。そこからは、讃岐うどんで
有名なかがわまで美しい海岸線沿いを走っていく。煌めく海を横
目にしながら、最後まで 5 人で駆け抜けよう!
【隊員構成】
それ行け!漕げ!焦げ!しっこく隊
L
佐藤由梨(記録・カメラ)
SL
吉村祐紀(渉外・会計)
3年
橋下秀司(気象・医療)
2年
長谷川祐(食糧 C・装備)
新人
奥平祐介(食糧・地域研究)
8/19(日)休養日
8/20(月)準備日
夏合宿
を満喫しながら四国の道をのんびりと駆け抜けていく。また、自
下半期
行程
今年の夏自転車隊は、海・川・山全てを味わい、夏という季節
322
323
それ行け! 漕げ! 焦げ!しっこく隊 記録
8 月 9 日 出発
「ながーい移動の一日。甘い多くの差し入れにやられる。」
今日は長い移動の一日だ。最初は話をしたり、差し入れを食べ
たりして電車の旅を楽しんでいたが、次第に飽きて本を読んだり、
寝たりしていた。移動日とはこんなものである。でもなんだかん
だ言って、この夏合宿ならではのゆとりの時間が好きだ。行動ま
わくわくしていた。当日の朝は早起きしたにも関わらず、集合時
20 時半頃に、無事姫路にて大阪の実家に帰っていた新人奥平
間である 8:00 ギリギリに到着。何故だろう。馬場歩きをゆっく
と合流する。髪が茶色くなっている。金じゃないのか。思い切り
りとしていたからか。他の皆は(途中合流する奥平を除き)既に
が足りないぞ。移動で疲れていた隊内に少し活気が生まれた。
到着していて、「由梨さん、ぎりぎり攻めますね!」などと言わ
その後もまた移動。22:53 に、この日の幕場である岡山県の上
れてしまった。ワンゲル生活で一回も遅刻をしたことのない私に
の町という駅に到着。駅からしばらく歩き、快適な幕場を発見す
何てことを!と思ったが、そこは大人な対応をしてやり過ごす。
る。体育館のある施設で、ベンチもあるし蚊もいないし、快適で
自転車隊は沢隊、ボート隊より一日早い出発なので、朝早いが
あった。恐らく、今自転車ラウンドで一番快適な幕場……。24
他の隊の人も見送りに来てくれた。OB の方もいらっしゃり、差
時には就寝。
し入れをいただく。甘いものが多かった。写真を撮り、皆としば
しのお別れを告げる。
8 月 10 日 C0 上の町~松山 「行動前から、まさかのアクシデント」
5 時半起床。今日は準備日という名の、半移動・半休養日。高
松行の始発電車に乗る。天気が良くて、気持ちいい。瀬戸大橋を
渡り、やっと四国に上陸!なんだか嬉しかった。高松に到着後、
時間があったのでご当地グルメ「讃岐うどん」を食べに行く。早
朝から開いているお店を発見したのだ。電車と歩きで 20 分くら
いの距離。「さか枝」、というお店で安くてとてもボリュームのあ
るお店だった。薬味も無料。大サイズを頼んでいた人は、苦しそ
うであった。並サイズでちょうど良い。味も並といったところか
笑。正直、少し期待外れかも?
また電車に乗り、松山まで移動。途中で、昨日食べられること
のなかった、主将からの差し入れである「あじゃり餅」をいただ
自転車隊、一足お先に出発します!
く。食べるのが初めてで、とても美味しかった。京都の味らしい。
夏合宿
での、心の準備の時間。
下半期
いよいよ夏合宿の始まり、始まり!リーダーは初めての四国に
324
325
14 時頃に松山に着いた後は、預けていた自転車を回収しに行
行きます!」と宣言していた。確かにそれはあるだろう。今年は、
く。駅からしばらく歩いていたが、日差しが強く、暑いこと何の
初日が一番獲得標高あるしね。23 時最終就寝。
その!これも「しこくおりてぃ(四国+ Quality)」です。翌日か
らの行動に若干の不安を覚える…。
「初日から、どしゃぶりの雨…。」
5 時起床。やはり天気はあまり良くなさそうだ。空が暗く、曇っ
自転車にもダメージが。行動前からのまさかの事態にたじろぐが、
ている。各自朝食を摂り、5 時半には出発。この時はまだ少し雨
時間はあったので落ち着いて対応をする。吉村はヤマト運輸の担
がぱらつく程度であった。行動開始後、徐々に雨足が強まってく
当者と部品を交換しに行き、橋下は近くの自転車屋で対応しても
る。登りに入るまではなんとか持ったが、登りに入ると本当に酷
らった。しかし、またアクシデントが。なんと一つ使えない空気
いどしゃぶりになった。初日からこれかー、という気持ちであっ
入れを持って来ていたのだ。装備係であった、長谷川のミス。一
た。1 本取ると同時に、行動をどうしようかと 3 年生と 4 年生
喝するが、全員で確認しなかったということもあるので、皆で反
で話し合った。結局、このまま進むことに決定。登りも雨も続き、
省しなければならない。橋下に、修理をしてもらった自転車屋で
テンションが下がった。後輩たちには申し訳ないが、頑張っても
新規購入して来てもらった。吉村の部品交換も終わり、17 時に
らいたいところである。
は待ち焦がれていた、かの有名な道後温泉に自転車で向かう。やっ
そのまま進むもさらに雨が強くなり、漕ぐのにも支障が出るほ
と一息入れられる。
どになる。自転車に乗っている時にどしゃぶりだと、前が見えな
そう思ったのも束の間。温泉は夏休みのせいか、とても混んで
いのだ。行動するには、危険な状態である。なので、その日買い
いた。女子に限っては混み過ぎていて、入場すら待たなければな
出しをする予定であった久万高原町で買い出しをしつつ、雨の様
らなかった。いざ入っても人ばかりで混んでいて、さっさと出て
子を見ることにした。再度 3・4 年生で話し合い、この日は結局
しまった。確かに雰囲気の良い温泉ではあったので、空いている
予定地までは行かず、しかし少しでも距離を稼いでおきたかった
時に来たいと思った。20 時まではフリーにしていたので、私は
ため、ここから 10km 程度先の美川の道の駅まで行くことに決
周辺を歩いていた。途中長谷川と奥平に出会い、ともに食事をす
定した。
る。雰囲気の良い食事屋兼居酒屋であった。焼き鳥がとても美味
14 時半に久万高原町のコンビニに再集合とし、それまでは各
しかった。(鶏肉は、焼き鳥が一番だと思う。)
自自由に過ごした。雨で濡れていたのでコインランドリーで服を
その後、全員合流。今夜の幕場探しへと向かう。良さそうな公
乾かしたり、近くの図書館で本を読んだり、まるで休養日のよう
園をみつけ、翌日からの行動を確認するためにミーティングをす
な時間だ。初日なのに、という気もするが、ここまでで結構登り
る。天気が心配なところだ。今合宿でトップを務めてもらうこと
もあったし、天気も天気であったし、なかなかハードであったの
になる長谷川は、「初日は筋肉が発達していないので、ゆっくり
だ。翌日の本格的な登りの足慣らしと考えるのが、妥当である。
夏合宿
が曲がっていた。交換しなければならないことに。また、橋下の
下半期
自転車を受け取ると、吉村の自転車のクイックリリースレバー
8 月 11 日 C1 松山~美川
326
327
雨は 11 時頃から弱まり、再集合の時間には止んでいた。なん
8 月 12 日 C2 美川~十川大橋
快調で、15 時前には到着。近くに川があったので、食当・天気
ボート隊との再会」
図の前にしばらくそこで遊んでいた。天気図の時間になったが、
5 時起床。昨日とは打って変わって、気持ち良く晴れている。
電波状況が悪く天気図が書けない。なんてことだ。仕方がないの
カルストまでこの天気が持ってくれることを願う。朝食はあっさ
で、天気は携帯で確認することに。食当は 16 時 45 分開始の予
りと味噌汁にさんまご飯。自転車隊なのだからもっとこだわって
定であったが、また急に雨が降り出し、しばらく待機することに
も良いのになぁ、と個人的には思うのだが、皆はこのシンプルな
なった。雨を防げるあまり良い場所がなかったのだ。雨が落ち着
朝食が好きなようだ。
いてから、食当準備に取りかかった。夕食は、ワンゲルお決まり
6 時半には行動開始。いよいよ今合宿で一番キツい登りが待っ
のカレー!温かく、美味しい。しかも下界ということを生かして、
ている!しかし、天気がこのまま良ければ最高の展望も待ってい
夏野菜のナスも入っている。これがチャリ隊の良いところ!毎日
る。牧歌的な雰囲気のカルスト。橋下が恋焦がれていた場所であ
美味しい食事をいただけるのです。
る。彼は自転車の登りが好きとのこと。昨年まではボート隊で活
夕食後は、ミーティング。現在地は今日の行動予定の半分程度
躍していたが、今年から自転車隊に参加。持ち前の器用さで自転
のところだが、明日は予定通りの幕場まで移動することを伝える。
車活動も卒なくこなし、楽しんでくれているようだ。行動開始か
もともと翌日の移動距離が短かったため、可能と判断したのだ。
ら 15 分程度で、橋下の自転車がパンク。初めてのパンクであっ
とはいえ、四国カルストへの容赦ない登りが待っていることも忘
たが、修理も難なく終えていた。さすが 3 年生。
れてはならない。しかし、その後は快適な下り。そして、ボート
隊の皆にも幕場で会える。これも自転車の機動力のおかげだ。そ
してその後は、フリータイム。長谷川が持って来てくれたトラン
プで盛り上がる。テーマは大富豪。トランプは、これからの毎日
のお楽しみとなった。とっても盛り上がって、嬉しかった。チー
ム力が上がっていく感じに、わくわくした。22 時就寝。
まだまだ登るぜ!カルストに向かって。
夏合宿
「まさかの 10 時間越え行動、そしてゲリラ豪雨。
下半期
だか天気運がついていない。気持ちを取り直し、美川まで向かう。
328
329
のもの。初めは傾斜もそれほどでもないが、次第にきつくなって
が好きなようで、車が少なく、皆で一緒に励まし合って登るとこ
くる。男子たちは競争をして、どんどん前へ進んでしまう。私も
ろがポイントのようであった。新人で登りが好きと言えるのは立
負けじと漕いでいた。登ること約 3 時間、10 時半頃にやっと姫
派だ。これからが楽しみである。厳しい 3 年生達について、ど
鶴平に到着だ。実はまだ少し登りがあるが、とりあえずここで長
んどん力を蓄えて行ってもらいたいところだ。
めの休憩を挟むことにした。だんだん雲がかかり、展望はあまり
その後はお決まりのトランプ大会。しかしボート隊は行動初日
良くなかった。残念。気を取り直して、ここにいる牛のソフトク
なのに疲れていて、睡眠を優先していた。リーダーと福永だけが
リームをいただく。濃厚で、とても美味しい。疲れた身体に染み
参加。せっかくの交流の機会なのに残念であったが、自転車隊と
渡った。そして、また漕ぎ出す。五段高原からは、待ちに待った
その 2 人で楽しんだ。22 時には就寝。
下り。天気があまり良くなく、次第に雨が降り出す。どしゃぶり
ではなかったのでそのまま進んだ。途中で休憩を取っていると、
8 月 13 日 C3 十川大橋~高知
おじさんに茄子をいただいた。丸っこくて、可愛い茄子である。
「童心に帰り、気持ち良い川遊び」
ありがたく、今夜の夕食に使うことに決定。こういう出会いは、
5 時半起床。素早く、恒例の味噌汁の朝食を済ませて準備をす
夏合宿らしくて好きだ。新人の時も秋田の人から、たくさんの夏
る。今日を乗り越えれば、待ちに待った休養日である。今日はそ
野菜をいただいたことを思い出した。2 年の時の北海道、3年の
れほどアップダウンはないが、今までの疲労もたまっているので
時の九州ではそういったことはなかったなぁ…。
皆休養日パワーで頑張ってもらいたいところ。ボート隊に別れを
439 号線は「国道」、そして酷道、とも言われており、えんえ
告げ、一足先に出発をする。
んと同じような道が続く。登りではないのだが、皆もそろそろ疲
まずは登り返しだ。ボート隊と同じ幕場にするため、少し余計
れが出てきたようだ。しかしそこは頑張って、四万十川を目指す。
に下ったのである。昨日この道を漕いでいた時には結構な登り返
川沿いに出ると、とても漕ぎやすくなった。今日の幕場はボート
しになると思っていたのだが、実際はそうでもなくスムーズで
隊と同じ場所。16 時頃には幕場に到着し、ボート隊と一緒に買
あった。四万十川沿いの道は、事前に調べた通りに車も少なくと
い出しを行った。ボート隊によると近くに温泉があるとのことで、
ても走りやすい。快調だ。天気も良くて気持ちが良い。
温泉に行くことに決定。頑張ったご褒美である。しかし、自転車
一本取っていると、長谷川が川遊びをしたいと言い出す。確か
隊の多くは温泉ではなく、川遊びを選んだ。川好きが多い自転車
にせっかく清流四万十川に来ているのだし、時間もあるので了解
隊らしい選択だ。私は久々の(そうでもないか?)お湯を満喫。
の指示を出す。川に降りられそうなところで止まってもらうこと
また、久々に同期と会えて嬉しくて色々と話をした。
にした。漕ぎ出してしばらく経ったところで、長谷川が止まると
食当は 19 時から開始。メニューは肉野菜炒め。茄子入り。運
いうサインを出さずに、急に止まった。そのせいで前が詰まり、
動後にはタンパク質が大切ですね。その後ミーティング中に今日
私は道路に転倒。車がいなかったので無事故・無傷で済んだが、
夏合宿
の感想を聞いてみると、奥平は結構登りが好きなようだ。特に峠
下半期
そこから気を取り直し、本格的な登りに入る。これはなかなか
330
331
窪川からは登りで、登った後は久礼まで一気にダウン。そして、
気を付けてもらいたい。自転車活動をする上で、車との事故は絶
海が近くなった。磯の香りを感じつつ進む。下りなのに吉村が遅
対に起こしてはならない。肝に命じること。
いな、と思っていたらどうやらパンクしていたようだ。パンクし
気を取り直し、また少し漕いで川辺まで降りた。皆服を脱いで、
ながらの下りって…。怖い。30 分ほどでパンク修理終了。吉村
川遊びをする。気持ち良さそうで、男子は良いなーと思っていた。
の自転車はよくパンクするようで、パンク修理も手際が良くス
私が出来るのは、せいぜい足を水に浸すくらいだ。それでも十分
ムーズだ。良いのか悪いのか分からないが…。気を取り直して進
に気持ち良いのだが。
む。この辺りは海岸線が近く、少しアップダウンがある。また、
須崎を過ぎると、いよいよ町が近づいてくる気配を感じる。コ
ンビニの増加と共に、交通量も増加。そのせいか、暑さも増して
くる気がした。そしてアイスが異様に美味しい。普段はあまりア
イスを食べない私も、この時ばかりは我慢が出来なかった。あと
はアップダウンもなく、平坦な車の多い道を進んで行くだけ。高
知までもうすぐのところで一本取り、幕場をどこにするか話し
合った。結果とりあえず駅近くの公園を色々と見て決めることに
した。色々調べて回ったが、あまり良さそうな幕場は見つけられ
なかった。そのため駅まで行ってそこで今日の行動は終わりにし、
再集合の時間を決めてリーダーが幕場を探すことにした。高知駅
に着いたのは 16 時頃。再集合は夕食の時間に合わせ、18 時半
とした。
清流・四万十川で遊ぶ後輩たち。夏休みの一コマ、って感じ。
私はまた幕場探しだが、とりあえず 1 ラウンドが無事に終了
してホッとした。雨や厳しい峠越えがありなかなか大変なラウン
今日は高知に向かうので、次第に今まであまりなかったコンビ
ドであった。明日は休養日なので、皆にはしっかりと休んでもら
ニが顔を出し始める。一本をコンビニで取れるのはやはり幸せだ。
いたい。幕場は早々に高知城の近くの公園に決定し、再集合まで
涼しく、トイレもキレイで、美味しいレーションも調達出来る。
私もまったりとした時間を過ごした。気に入ったのが、充電でき
自転車隊の皆ももちろんコンビニが大好きで、久々の光景に喜ん
る駅前のブックオフカフェ。行動以外では駅の近くにいてあまり
でいた。
動きたくない私には、ぴったりな場所であった。
夏合宿
海岸線沿いらしくトンネルも多かった。
下半期
もしいたらどうなっていたことか!もちろんここで一喝。本当に
332
333
長谷川がスマホで美味しいお店を検索し、ナビしてくれた。食べ
と思いだした。大気が不安定で、夕立が多かったのです。
放題ではなかったが、ここはお金を気にせずどんどん食べる。い
今日は気象係である橋下と一緒に、奥平にも 16 時の天気図を
やー本当に、お肉は美味しいですね。行動後のタンパク質摂取
書いてもらった。17:45 から食当開始としそれまでに新人と食当
で、筋肉にもなるしね。自転車隊はお酒よりも、お肉のようです。
見は買い出しを済ませ、全員あの公園に集合。今日の夕食は肉野
せっかく新人も含めて皆飲める歳なのにもったいない気もします
菜炒めと郷土料理のカツオのたたき。今年はあまり郷土料理がな
がね。まぁ、お酒は沢隊に任せれば良いということで。ひたすら
かったが、初の郷土料理。料理なのか…?と思うものの、美味し
食べて、ごちそう様でした。一旦幕場まで行き、今日の反省や明
いので許す。その後全ミに移る。奥平の天気図は、全然書けてい
日の流れを確認。明日の再集合の時間だけ決めて、就寝も起床も
ないとのこと。そもそも今まで放送されたものを原稿化したもの
フリーとした。皆に節度をわきまえた行動を呼びかけ、あとは自
で天気図を書いていたらしい。つまり、ラジオを聴きながら書く
由。それぞれ好きなところへと散っていった。
のが初めてだったというのだ。そのため放送の速さについていけ
ず、混乱してしまったとのこと。これは下界の気象係の問題でも
8 月 14 日 休養日 高知
「休養日なのに、まさかの雨!」
ある。今回はしょうがないので、またこれから頑張ってもらいた
い。明日からの流れを確認し、2 ラウンドへの気持ちを高める。
朝からまさかの雨。萎える。せっかく自転車を持っていること
気を引き締め直し、かつ海を楽しんでいきたい。そして始まる、
を生かして充実した休養日を過ごせるはずであったのに、非常に
大富豪。いつものように盛り上がった。22 時半最終就寝。
残念である。これでは何も出来ないよー、といった気分であった。
仕方がないので雨が収まる瞬間を狙って温泉に行ったり、コイン
ランドリーを求めて大きいイオンに行ったりしていた。イオンは
8 月 15 日 C4 高知~室戸岬
「大雨、海、沈む夕日、満点の星空。自然を大満喫の一日」
かなり大きく、暇つぶしには持って来いの場所であった。しかし
5 時半起床。いよいよ海ラウンドの始まりだ!とテンションを
何にせよこんな格好をしているので、可愛い女子的なお店に入り
上げていきたいところであったが、生憎の雨。そのため 7 時に
たくても人目が気になり、入れない。結局スーパーをぶらついた
は味噌汁の朝食、準備を済ませるもしばらく待機をしていた。降っ
り、本屋で立ち読みをしていた。私はスーパーが好きなので、そ
たり止んだりで、なかなか出発できそうにない。高知は本当に雨
れなりに楽しめた。その土地にしか売っていないものを探すのが
が多いなという印象であった。何とか止むかなと思ったため、弱
好きで、毎年の夏合宿の楽しみの一つなのである。そんなこんな
まった 8 時頃に出発。しかし漕いでいると、また雨足が強まっ
で時間は過ぎ、最終的には昨日と同じブックオフカフェに入り
てきた。ますます激しくなり危険だと判断し、しばらくコンビニ
浸っていた。観光できなかったのが心残りではあるが、しっかり
で雨宿りをする。弱まっては漕ぎ、強まったら避難。その繰り返
休養は出来た。しかし高知(四国全体?)は、雨が降ったり止ん
しで何とか行動を続けた。しかし、昼頃からは雨も完全に止み、
夏合宿
だりで困ったものである。去年の九州もこんな感じであったなー、
下半期
18 時半高知駅再集合。今夜は打ち上げで、焼き肉に行きます!
334
335
太陽が顔を出してきた。そのためむしろとても暑かった。
今日は移動距離もアップダウンも少ないので、13 時頃にはキ
ラメッセ室戸という道の駅でしばらくのんびりとした。道の駅に
は、魚介類や地元の野菜、お菓子など、さまざまな物産が売られ
下半期
ていて見ているだけでも楽しい。実はコンビニよりも道の駅の方
が好きなのです。後輩たちは、お決まりのソフトクリームを食べ
ている。
「食べないと損ですよ!」と長谷川に言われるも、レーショ
夏合宿
ンでお腹いっぱいの私は遠慮しておいた。少し残念だったなぁ…。
その後は走りやすい平坦な道を漕ぎ、スーパーに向かって買い
出しを済ませた。残すは、キャンプ場までの上りだ。これが、地
味にキツい。皆で「きつー」と言いながら、登っていた。登りは
正直あまり好きではないけれど、この皆で乗り切ろうとする雰囲
気は好きである。登り切り、少し下るとそこはキャンプ場。15
時到着。今日も一日お疲れ様でした!
沈みゆく夕日と共に。忘れられない光景でした。
食当開始を 17 時としたので、しばらくのんびりする。キャン
プ場を見渡すと、なんと自動販売機がない!それに気づいた皆は
そのような景色を後にし、18 時 45 分からミーティング。雨
動揺を隠せないようで、わざわざさっき来た道を登り返し、一番
の中の行動について意見を聞くと、色々な意見が返ってきた。奥
上の展望台の自販機までコーラやらを求めて漕いで行った。つい
平は、雨の漕ぎは晴れの時のものとは違うが、それ程嫌ではない
でに私もお茶を頼んだ。根気のある奴らだ。
とのこと。橋下や吉村はやはり雨は嫌らしく、最後の晴れの天気
今日の夕飯は、海老チリ。チャリ隊の定番かもしれない。中華
が続いて欲しいとのことであった。私もそうである。奥平は登り
にすると汁物がないためいつも若干量が足りないのだが、とても
も好きだし、結構 M なのではないか!?ワンゲル向きで良いけ
美味しい。ご飯が進みます!その後は海に沈む夕日を見るため、
れどね。明日は海を満喫しましょう!
キャンプ場内の小さな展望台に行く。二階建てになっており、と
その後、TP の梨を食べつつ、大富豪をする。22 時半就寝。星
ても気持ち良い場所であった。まだ時間があったので、話をした
がとってもとってもキレイな夜でした。
りして過ごす。だんだん日が沈みかけ、とてもロマンチックな雰
囲気に。皆とこんな景色が見られて、とっても幸せであった。今
日も雨に降られたりして大変だったけど、それを吹き飛ばす景色
であった。感動!!
336
337
8 月 16 日 C5 室戸~美波
「快晴の天気の中、快走路を飛ばす!
その後はまた道を漕いでいく。とても平坦な快走路で、長谷川
は飛ばす、飛ばす。一本で 20km くらいは稼いでしまった。長
5 時半起床。朝食は餃子スープ。朝から餃子?といった感じだ
ていくのが大変なくらいである。もう少し後ろを意識してもらい
が、とても美味しい。朝食の中で一番美味しかったかもしれない。
ところ。コンビニもないので道の広くなっているところで休憩。
昨夜は星がキレイで展望台で寝ていたのだが、まさかのにわか雨
奥平は「飛ばしすぎですよ~。何とか付いて行ってますけど…。」
にあってしまった。雨に気づいて起きると、橋下もそこで寝てい
と言う一方で、吉村は「これ位がちょうど良い。」と言っていた。
た。橋下を起こし、各自避難した。私は下の階に移動。橋下は今
自転車のスピードや車間距離は人によって好みが変わるので、難
合宿初めて立てたテントへと向かったようであった。朝食後準備
しい。毎年チャリ隊内で議論になる。結局結論は出ないのだが…。
を済ませ、7 時に出発。まずは室戸岬に向かって一気に下る。天
また漕いで行く。途中で川があり、そこで遊びたいというので
気も良く、気持ち良い!あっという間に到着し、しばらく岬を探
許可を出した。とてもキレイな野良川という川で、しばらく時間
索する。岩、海の感じがとてもダイナミックであった。ここで気
をとった。皆は水着を着て、楽しそうに遊ぶ。その様子はきらき
が効く橋下が、パネル写真を意識して海を背景に私の写真を撮っ
らしていて、まるで小学生の夏休みの 1 ページを切り取ったか
てくれた。橋下はいつも写真を撮ってくれる。ありがとう!
のようだ。私も足を浸して、涼しさを感じていた。その後、横に
広がる海は本当に綺麗であった。私は海が好きなので、とてもテ
ンションが上がった。昨年の九州合宿でも、宮崎の海に見とれて
いたなぁ。しばらく漕いでいると、また川があった。そしてまた
そこで後輩たちは遊んでいた。そんな様子を私は微笑ましく見て
いた。
さて、今日の行動もあと少しである。しかしここから少しずつ
登りが出てきた。今まで平坦であった分、辛く感じる。海岸線地
形で、アップダウンが続く。今日の頑張りどころだ。天気が良い
分、太陽の照りつけも厳しかった。
13 時半頃には日和佐のスーパーに到着し、買い出しをする。
日和佐はまさに田舎、といった感じであった。遠くにお城が見え
た。日和佐城ですね。幕場まで登りがあるが、今日もあと少しだ。
スーパーは本当に涼しくて、快適である。買い出しもメニューで
荒々しくも美しい、室戸岬の海。
揉めることもあるが、なんだかんだ言って楽しい。今日はとても
夏合宿
谷川は体重もあるおかげで、飛ばしがちである。特に下りは付い
下半期
キレイな海が見渡せる温泉でゆっくり~」
338
339
少し登って、幕場であるキャンプ場に 14 時到着。海がすぐ横
す。正直 1 本目はもう少しソフトに行ってもらいたいところで
に広がっている。それにしても行動は明日で終わりかーと思うと、
ある。朝食が消化されきっていないし。そんなこんなで最後は下っ
本当に早い。近くに温泉があったので、食当の時間まで皆そこで
て、55 号線に合流。徳島の市街地を目指して進んで行く。
のんびりする。今回は温泉に入れる機会が多く、幸せだ。しかも
市街地へ向かうにつれコンビニが増えたり道が広くなるのは良
ほぼ貸切り状態。また露天風呂からは海が一望でき、最高のロケー
いが、交通量もかなり増えてくる。正直走りにくいし、暑い。た
ションであった。
だでさえ暑いのになぁ。今ラウンドで、この日が一番暑く感じた。
17 時半点火。今夜のメニューは回鍋肉。また中華です。中華
休憩時には思わずアイスを購入。本当に美味しく感じる。中には
は失敗もなく、美味しいので人気なのです。少し味が濃かったが、
寒い時にこたつで食べるのが良い!という人もいるが、やはりア
運動で汗をかいて失った塩分を補うのにはちょうど良いだろう。
イスはこういう暑い日に食べるのが最高だと思う。そして、自転
その後ミーティング。今日は皆川遊びができて、楽しかったとの
車隊の特権だ。
こと。天気も良かったしね。海より川派の吉村も楽しめたようで、
その後徳島駅付近で一本取っていると、後輩が「徳島ラーメン
何より。吉村は海の潮っぽさが嫌らしい。そんなところ、吉村ら
が食べたい。」と言い出す。確かにお昼時の時間なのだが、もう
しいなぁ。今日も大富豪をやっていたが、疲れがたまっていたの
少し早く言ってほしかった。レーション食べちゃったよ!しかし
か、長谷川を筆頭に皆眠りに落ちていく。20 時半には就寝。長
時間に余裕はあるし、せっかくなので食べに行くことに。駅近の
谷川は寝たことに気付かず、夜中起きた時にびっくりしたようだ。
小さなラーメン屋さんへと向かう。私以外はお得なランチセット
道路の近くの変な所で寝ていたからね。
を頼んでいたが、かなりボリューミー。「これ食べたら午後は漕
げないよー」、と言っていたがそこは頑張ってもらわないとね。
8 月 17 日 最終日 美波~とらまる公園キャンプ場
「とうとう、自転車ラウンド最終日!」
私はあまりお腹が空いていなかったのと、行動に支障をきたすの
が嫌であったため、餃子を注文。美味しかったです。ごちそう様
5 時半起床。とうとう今日で自転車ラウンドも最終日か、と思
でした!なんだかんだ 11 時から 1 時間ほどこのお店でのんびり
うと感慨深い。しかし最終日にふさわしい快晴で、気持ち良いぞ。
してしまった。
最後まで元気に漕いで行こう!
さて、ゴールは本当にあと少し。また、道は基本的に平坦である。
当初はキャンプ場から大通りである 55 号線に戻ろうという予
大通りを進み徳島県を越え、香川県に入る。そして、しばらく海
定であったが、ショートカットをするため「狭い峠越えの道 所々
沿いを走った。鳴門海峡に行けなかったのは残念だが、海が綺麗
展望良し」と、ツーリングマップル(略してツーマー)に書かれ
で気持ち良かったので良いとしよう。これが瀬戸内海というやら
た 25 号線を走ることに変更した。確かに地味に登りがあり、く
ですな!香川県に入ると、すぐにゴールが近づいてきた。私は寂
ねくねとしている。私はあまりこういう道は好きではないなー、
しさより、何と言うかすがすがしさを感じていた。全力でペダル
夏合宿
と思いながら走っていた。おまけにトップの長谷川が地味に飛ば
下半期
暑かったので、皆アイスを食べていた。しばらく日陰で休憩。
340
341
とらまる公園キャンプ場に到着。本当にホッとした。ここまで一
てきた。正直、今後の人生で来るか分からない。行くなら今しか
人も欠けることなく、無事に来られて良かった~、そんな気持ち
ない!と思った。船以外にも格安の高速フェリーがあり、私はそ
で溢れていた。これも私について来てくれた、後輩たちのおかげ
れで小豆島に向かった。船に乗るのは久しぶりでわくわくしてい
である。感謝!
たのだが、揺れる感じが気持ち良くて島までの 30 分はずっと寝
そこでしばらく休憩した後、今後どうするかを話し合う。結局
てしまった。
休養は高松で取り、縦走ラウンド前に一度ここのキャンプ場に
船を降りてからはバスで道の駅まで移動。大きな道の駅がいく
戻ってきて、縦走装備を回収することに決定した。自転車もここ
つかあるようだ。道の駅の近くにはオリーブがたくさんなってい
にデポさせてもらった。集結式後のワンダリングで使用するため
て、とてものんびりとした雰囲気であった。良いなぁ、これこそ
だ。高松までは電車移動で、自転車はもう使わない。
私が想像していた四国だ!と思った。すっかり小豆島が気に入っ
16 時にはキャンプ場を出発。最寄りの三本松駅までは贅沢に
てしまった。道の駅では、オリーブを使用した製品が色々売られ
タクシーを使用した。こう言うのも何だが、車は涼しいし、便利
ていた。そこで少し遅い昼食をとったり、試食をしたり、縦走ラ
だなーと思ってしまった。ずっと自転車を漕いでいたからそう思
ウンド用に差し入れを買ったりした。
うのもしょうがない。その後電車で高松駅まで移動。
そうこうしているうちに時間が過ぎ、またバスで乗り場に向か
高松に到着後、まずは温泉に入り、汚れを落とす。そしてその
い、船に乗り高松へと戻った。実に良い、というか今までで最高
後は打ち上げへと向かった。打ち上げは何故かまた焼肉。美味し
の休養日であった!休養日は大体疲れを取るために、だらだらし
いから良いのだけどさ。自転車隊はどうも肉食のようです。恋愛
ていたからなぁ。
では絶対草食系なのになぁ。さ、それはさておき明日・明後日の
さて、明日は高知まで移動し、沢隊・ボート隊と合流する。久
ことを伝え、その日は解散・就寝フリーとした。お休みなさい。
しぶりの再会を楽しみにして、眠りに着いた。
8 月 18 日 休養日
8 月 19 日 移動日
「今までで最高の休養日!@小豆島」
「久しぶりの再会!」
今日は、起床もフリー。休養日ですからね。ちなみに全体での
今朝は 8 時 33 分発の電車に乗るため、8 時 20 分に高松駅に
再集合もありません。高知での休養日と違い、今日はよく晴れて
集合。皆ちゃんと集合していて、ホッとした。今日はまずとらま
いる。私はお土産を買ったり、ただぶらぶら歩いていた。高松は
る公園キャンプ場に行って縦走道具を回収し、そこから沢隊・ボー
日差しがとても強く、正直歩いているだけでも疲れる。そのため、
ト隊のいる高知まで向かう。到着予定時間は 18 時半頃。今日も
なるべく室内で過ごすようにしていた。しかし昼間は外に出て、
長い移動の一日になりそうである。
高松港で船を眺めていた。この船に乗れば、小豆島に行けるんだ
まずはとらまる公園の最寄駅の三本松駅に行き、そこからタク
夏合宿
な…、と考えていた。そう考えているうちに、無性に行きたくなっ
下半期
を漕いでいた。14 時 20 分、ゴールである(集結式の場でもある)
342
343
シーでキャンプ場まで移動。手早く縦走道具を回収し、再度タク
シーに乗り込み駅に向かう。それからはずっと電車移動だ。とは
それ行け!漕げ!焦げ!しっこく隊 総括
を摂ってもらった。皆はまた徳島ラーメンでも食べていたのだろ
海を味わいつくし、夏を思い切り満喫しよう」という主旨の下、
うか。私は、駅近のドトールで済ませてしまった。しかし、意外
夏合宿を行った。結果誰一人欠けることなく、無事に全行程を漕
とそういったファーストフードも食べたくなるのです。
ぎ通し、キャラバンの架け橋になることが出来た。皆の頑張りに、
昼食を済ませ、また電車移動。私は自転車ラウンドを振り返っ
心から感謝したい。
たり、縦走ラウンドに思いを馳せたり、久しぶりに他の隊の皆に
1 ラウンドは松山から四国カルストを目指し、キツい峠越えを
会えることを楽しみにして風景を眺めていた。まあ、最後はそん
行った。序盤から厳しい行程であったが、皆で励まし合いながら
な電車移動も疲れてきますけどね。
乗り切ることができた。その後四万十川まで下り、清流での川遊
18 時 43 分、高知駅到着!また戻ってきました。何かとご縁
びを楽しんだ。次の日には高知に向い、休養日を満喫した。
がありますね。ホームから駅構内へ向かうと、沢隊の皆が出迎え
2 ラウンドは待ちに待った海岸線沿いだ。まずは室戸岬を目指
ていてくれた。久しぶりの再会は、やはり嬉しい。それからザッ
すことから始まった。荒々しい岬の姿が、皆の心に焼き付いてい
クを目立たない場所に置き、ボート隊とも合流。その日は高知城
るだろう。その後も美しい海を横目に漕いでいった。そして照り
でビアガーデンが催されているということで、全員でそれに向
つける太陽の下ゴールを目指し、最後まで 5 人で四国の道を漕
かった。
ぎ切った。
ビアガーデン会場はとても雰囲気が良かった。高知城がライト
振り返ると、天候が悪かったり、暑かったり、登りがきつかっ
アップされていて、何とも幻想的であった。皆で飲むお酒も美味
たりと楽しいことだけではなく、辛く感じることもあっただろう。
しい。これこそワンゲルの良さだなー、と思った。
また行程は順調に行ったが、各自課題も残ったと思う。63 代の
21 時頃には終了したため、二次会へ。そこでもそれぞれのラ
自転車活動は終わったが、よく反省し、64 代で是非生かしていっ
ウンドの思い出話に花を咲かせながらお酒を堪能した。そんな楽
て欲しい。
しい夜はあっという間に更けて行き、沢隊とボート隊が発見した
今合宿で得た自転車隊の『結束力』は、63 代で終わりはしない。
ステビポイント(?)に向かい、就寝。確かに快適な「ステビポ
64 代にも続いていくと信じている。
イント」でした!
文責:佐藤由梨
夏合宿
私たち、それ行け!漕げ!焦げ!しっこく隊は「四国の山・川・
下半期
言えちょうどお昼時に徳島で長い乗り換え時間があり、各自昼食
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345
【行動概略】
8 月 9 日(木) 出発
08:00 高田馬場駅集合
22:53 坂出駅着
24:00 就寝
距離 106.7km
標高差 993m ↑/ 1072m ↓
行動時間 7h
05:30 起床・朝食
激しい雨により停滞
08:00 出発
13:00 道の駅キラメッセ室戸
15:00 幕場着
17:00 食当・夕食・全ミ
22:30 就寝
8 月 16 日(木) C5
行動時間 7h
05:30 起床・朝食
07:05 出発
14:00 幕場着
17:30 食当・夕食・全ミ
22:30 就寝
距離 84.4km
距離 83.0km
標高差 516m ↑/ 334m ↓
標高差 645m ↑/ 819m ↓
8 月 17 日(金) C6
8 月 18 日(土) 休養日
行動時間 7.5h
05:30 起床
― 起床
07:00 出発
― 休養
10:40 徳島
― 就寝
14:20 幕場着
16:00 幕場発
高松まで電車で移動
19:45 夕食(打ち上げ)
― 就寝
距離 102.2km
標高差 570m ↑/ 563m ↓
8 月 19 日(日) 移動日
― 起床
08:20 高松駅集合
08:33 高松駅発
09:39 三本松駅着
タクシーで移動
10:00 とらまる公園キャンプ場
タクシーで移動
11:03 三本松駅発
18:43 高知着
沢隊・ボート隊と合流
― 就寝
夏合宿
距離 47.6km
距離 134.3km
標高差 801m ↑/ 438m ↓ 標高差 2279m ↑/ 2557m ↓
8 月 13 日(月) C3
8 月 14 日(火) 休養日
行動時間 9h
― 起床
05:30 起床
― 休養
07:05 出発
17:45 食当・夕食・全ミ
09:54 窪川
22:30 就寝
16:00 高知
18:30 再集合・夕食(打ち上げ)
― 就寝
8 月 15 日(水) C4
下半期
8 月 10 日(金) 移動日
05:30 起床
06:15 坂出駅発
06:32 高松駅着
08:57 高松駅発
14:07 松山着
17:30 道後温泉着
20:00 道後温泉発
20:30 幕場(公園)着
23:00 就寝
8 月 11 日(土) C1
8 月 12 日(日) C2
行動時間 3.5h
行動時間 10h
05:00 起床
05:00 起床
05:30 出発
06:30 出発
08:40 久万高原町着
10:35 姫鶴平
雨のため停滞。
16:13 幕場着
14:30 再集合
19:00 食当・夕食・全ミ
14:50 幕場着
22:30 就寝
17:15 食当・夕食・全ミ
22:00 就寝
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【行動判断】
・C1 の位置が予定よりも手前になったことについて のメンバーにも感じてもらいたいと思い、海岸線沿いが多めの行
8 月 11 日は行動開始時(5 時 30 分)には雨は降っていなかっ
程にした。それと活動可能期間とのすり合わせをし、今計画が出
たものの、次第に雨が降り出し、その後行動を続けることが困難
来た。
なほど雨が強まってきた。そのため、その日買い出しを行う予定
主旨に「キャラバンの架け橋になる」というものもあったが、
であった久万高原町まで向かい、そこで一時行動を見合わせた。
実際にボート隊と同じ幕場を設定して交流したり、他の隊では活
その後は次第に雨が弱まってきたが、その日は C1 予定地までは
動がなされなかった香川県でも活動を行うことができた。
向かわずに、手前の美川の道の駅で C1(その日の行程の半分)
また、
「山川海を満喫する」という主旨に関しても、達成された。
にすることと判断した。
山は四国カルストで皆で協力して峠越えを乗り切ることができた
その判断理由としては、翌日の行程に余裕があり翌日中に C2
し、群がる牛たちに癒された。川は四万十川やそれ以外の川に実
予定地まで行けると考えたこと、美川から先はまた雨が激しく
際に入り、水遊びを楽しんだ。海は海岸線沿いを走り、煌めきを
降ってきた場合に避けられる場所や幕場適地がないこと、初日で
感じることが出来た。どちらの主旨に関しても達成され、期間は
あったので美川までにするのが足慣らしに適切だと考えたこと
例年より短かったが、満足のいく夏合宿となった。
(美川から先は、四国カルストまで長い登りが続く)である。
結果として、翌日距離や獲得標高が増え、多少の時間はかかっ
・四国で実際に活動してみての所感
たが、問題なく C2 予定地に到着できたため、この判断は適切で
四国の道 あったと考える。
今回のルートは 1 ラウンドでは四国カルストを目指したため、
かなりのアップダウンがあった。一方 2 ラウンドは海岸線沿いで、
【計画省察】
アップダウンは少なく快走路であった。また、川沿いも走りやす
・今回の合宿のルート選定及び主旨について
かった。交通量は、大きい街に近づくにつれ増える。それ以外は
今回の夏合宿で、63 代は四国を舞台に選んだ。自転車活動も
適量であった。
過去あまり行われておらず、どういった活動ができるか好奇心に
駆られていた。
四国の天気
ルートの選定過程としては、
「山・川・海を味わい、夏を満喫する」
高知は雨が多い。全体的に、気温は東京や本州とさほど変わら
という主旨を説明後、メンバーの行きたい場所を聞いた。
ない。日差しは強烈だが湿度は少なく、思ったより快適であった。
夏合宿
なるべくそこを行けるようにしたのと、海岸線沿いの魅力を他
下半期
8 月 11 日(C1)
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特に夕方~夜は過ごしやすい。今回の活動場所は四国の太平洋側
また、今回は例年と同様に自転車を現地まで送ったが(ヤマト
が多かったが、瀬戸内海側の方が天気は安定しているので、次回
運輸利用)
、その搬送の際に自転車に破損があった。昨年も破損
四国で自転車活動を行う場合は瀬戸内海側で行うのが良いかもし
があったため、自転車を現地まで輸送するのは要検討事項であろ
れない。
う。自転車の破損ゼロを目指すか、快適な移動を優先するかは、
・技術確認ワンダリング及び PW について
今年は 3 月に起こった事故により、その事故後の対応として
山岳活動と同様に、各活動でも OB 付き添いの下、技術確認ワン
ダリングを行った。次に上級生だけの技術確認を行った。それら
2 回のワンダリングで自転車活動の安全性を確認したうえで、新
人も含めた PW に入っていった。
技術確認ワンダリング後は、上記の 3 回の PW を経て夏合宿
に臨んだが、特に問題なく行程を終えられた。結果として、PW
は夏合宿を乗り切るのに十分であったと言える。1 回目と 2 回目
の PW に差があったが、今年はスケジュールの関係で PW の前
に体験ワンダリングが出来なかったということがあるので仕方が
なかった。例年は体験ワンダリングで様子を見てから PW に臨
めるので、1 回目の PW からキツめの計画も出来るだろう。
≪自転車の輪行及び輸送について≫
別項目として PW を経て思うことは、自転車の輪行は時間が
かかるため(駅までの移動や乗り換え)かなり早めの時間設定を
しておいた方が良い。時間がかかるのに加え、混雑した車内で大
きい自転車はかなり迷惑になるので、電車の時間帯も意識したほ
うが良い。
文責:佐藤由梨
夏合宿
上級生の技術を確認するための活動を行う必要があった。そこで
い。
下半期
自分たち次第である。今期の反省を踏まえ、次代で生かしてほし
350
351
縦走ラウンド計画
【ラウンド主旨】
【行動計画】
ンの魅力を深めた我々は、縦走ラウンドでその経験を共有する旅
行程
時間
となるだろう。
8/23(木)C2―剣山―一ノ森―コリトリ―川上=徳島駅 5.5h
この縦走ラウンドの地として、剣山山系を選んだ。剣山は四国
8/24(金)予備日
の中でも最も山深く、開発の波から逃れてきた地である。そのた
8/25(土)集結式 @とらまる公園キャンプ場
め標高はそれほど高くないが、豊かな自然が残るワンゲルにとっ
8/26(日)解散式
へと向かう。この 3 日間で各々の思い出を語り合い、キャラバ
ン全員での思い出へと昇華させていく旅をしたい。互いの健闘を
てうってつけのフィールドである。
集結式に向けて、このラウンドで夏合宿を完成させていこう!
【隊員構成】
縦走ラウンド
小山恭平(記録)
渡部ゆかり(渉外・会計)
佐藤由梨(カメラ)
内山義崇(医療) 尾形祥吾(装備)
竹内和彦(装備) 橋下秀司(医療 C)
吉村祐紀(気象)
2 年 佐々木透(気象 C) 長谷川祐(装備 C)
福永孟昭(食糧 C)
新人 奥平祐介(食糧) 藤田啓輔(食糧)
本間大喜(食糧)
L
SL
4年
3年
※ 3 年青木彩はゼミ合宿のため縦走ラウンド不参加
6h
6h
夏合宿
たたえ合い、これからのワンゲルに思いを馳せる大事な 3 日間
西熊渓谷―フヨスベリ谷―三嶺
8/21(火)
―白髪避難小屋 C1
C1―高ノ瀬―次郎岌―大剣神社
8/22(水)
―西島キャンプ場 C2
下半期
63 代は 1 つのキャラバンである。それぞれの活動でキャラバ
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縦走ラウンド 記録
8 月 20 日 準備日
「後半戦、縦走ラウンドへ」
道が続く。しかし、2 本先からは渡渉の連続に。通常であれば橋
が架かっていてしかるべきような場所にも、橋はなく靴を脱いで
渡渉を繰り返す。また、トップの福永も、慣れないトップのため
か体調がすぐれない。佐々木に交代して様子を見る。すると、今
ない。今晩には剣山塊の入山口である光石へと向かう。今日は最
と 38 度あり、行程はまだ半分くらいあるがここで行動を終える。
後の休養日であるが、この日は多くの部員が休養日後半の、手持
福永と私で、前方でテントが張れそうなところを探しに行く。
ち無沙汰な雰囲気にのまれていたようだ。図書館や本屋で長い時
沢を渡渉した後に、高くて平らな場所を発見。少し狭いがテント
間をつぶした部員も少なくないだろう。
3 張りはギリギリ行けるだろう。長谷川には、最後の一頑張りを
夕方に再集合すると、天気図を描く 2 年生を除いてスーパー
してもらう。3 年生は、竹内をはじめとして長谷川の面倒をよく
へ買い出しに。縦走ラウンドの食袋を作成する。買い出しに少し
見ている。長谷川の風邪の蔓延を防ぐため長谷川にはゴアライト
ミスがあったが、その場で買い足して問題なく終了。夕食は皆で
で寝てもらい、私は買ったばかりのハンモックで寝ることに。標
どこかのお店で食べたかったのだが、時間的に押してしまったの
高が高くなければ、快適に眠れるはずだ。長谷川は体調が回復せ
で、各自でということにした。
ず、夕食も受け付けない。とりあえず、レーションのゼリーを食
高知駅から土佐山田へ、そこからバスで大栃へ、そして、タク
べさせて様子を見る。明日には回復してくれるだろうか。
シーで光石へと向かう。この日の晩は、テントを立てて就寝。シュ
ラポンするものも半分くらいいるようだ。
8 月 21 日 C1
「長谷川のダウン。そしてハンモック。」
未明に雨が降り、シュラポンしていたメンバーがテントに駆け
込んでくる。今日はシュラポンしなくて正解だったようだ。光石
から今日目指す白髪山避難小屋まではコースタイムで 6 時間ほ
ど。沢ラウンドよりはスムーズにいくだろうと計算していた。人
数こそ多いものの、C2 の予定のため装備も多くなく、メンバー
の行動力は十分である。
今日のトップは福永。錬成合宿にほとんど参加できなかったた
めに、今日は頑張ってほしい。登山口から、比較的しっかりした
C1 の幕場にて。ハンモックでくつろぐ尾形。
夏合宿
度は長谷川がダウン。福永よりも体調は悪そうである。熱を測る
下半期
昨日の晩は飲みすぎたせいか、今日の朝の目覚めはあまりよく
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355
8 月 22 日 C2
佐々木はふざける時はとことんふざけるが、何だかんだで色々
「剣山から白髪避難小屋へ。」
と考えている、人科のホープである。私が卒部すると、人科が佐々
あり、長谷川の様子を見ながら進むのにはちょうど良いだろう。
て欲しい。
起床後、長谷川の熱を測ると、相変わらず 37 度台で微熱がある。
幕場の白髪避難小屋は一部屋の板の間で、はっきり言って綺麗
風邪というよりも、疲労からくるものかもしれない。他の隊員は
な山小屋ではない。ただ、小屋の前はこれでもかという草地で、
大きな問題はなさそうだ。目標を白髪避難小屋にして、長谷川の
ここでテント泊はためらわれるため、小屋泊とする。しかし、新
様子を見ながら 8 時まで停滞とする。テントではパパリコが始
人の設営練習は新歓合宿の時からの課題だったので、それはきっ
まる。福永は気合十分だが、私とてパパリコでは負ける気がしな
ちりとこなしてもらう。福永や佐々木に指導を受けながら、新人
い。結局、8 時までの 2 時間ほどをパパリコに費やした。長谷川
3 人で設営をするが、なかなか目標の 3 分を切ることが出来ない。
の様子は、まだ回復はしないが熱は下がってきた。ここに停滞し
いつまでたっても終わる気配がないので、適当なところで切り上
てもこのまま下山するだけになってしまうので、出発とする。長
げさせる。2 年生の指導も含めて、改善の余地は大きい。
谷川が動けないようであれば下山するしかない。
今日のトップは佐々木で。昨日は体調が悪かった福永も、今日
はよく歌っている。やはり、合宿で歌とパパリコでは福永の右に
出る者はいない。新人も、頑張って歌っている。最初は歌うのを
拒んでいた奥平も、上級生によって半ば強制的に歌わされている。
そして、佐々木によって福永の物まねをさせられている。
設営練習は厳しい 2 年生の目が光る。C2 幕場にて。
水汲みは橋下と私で行く。登山道から 10 分弱沢の方へと降り
ていく。沢の近くにはアザミが多く、難儀である。また、トリカ
ブトが多く咲いている。あまり気持ちのいい水場ではないかもし
れない。就寝前に、渡部と私でもう一度水を汲みに行ったが、水
場から帰る時に踏み跡から外れてしまい、さまようことに。シカ
福永さんが 3 人!?
柵沿いに登山道に出られたので良かったが、真っ暗な中で水を汲
みに行ってはいけないと反省した。
夏合宿
木だけになってしまうので、次の新歓では必ず所沢生を入部させ
下半期
今日は、丸石避難小屋を目標にする。手前にも白髪避難小屋が
356
357
8 月 23 日 C3
「63 代最後の最終夜。」
8 月 24 日 下山日
「四国の山に別れを告げる」
いよいよ、夏合宿の活動は今日で終わり。まだ、アルコールが
題なく行けそうだ。やはり、最後は全員体調も万全で臨みたい。
体内に残る中、食当を済ませ、出発する。まずは朝一で剣山山頂
縦走ルートが続く行程は、風を強く受ける。風と雨のコンビネー
へ。山頂近くは風が強く、朝で気温が低いこともあり、昨日より
ションは気持ちの良いものではない。このあたりは、笹原の中に
も寒い。山頂でも雲で展望はなく、式典を早々に終わらせる。周
薄い林が混じるといった様子で、風をもろに受ける。気温が低い
りを見ても、ここに長居したそうな人はいなそうだ。
夏合宿
日にこの風は想像以上にきつい。次郎岌を越えると樹林が増えて
くる。途中に名水と名高い水場があり、幕場には水場がないので
ここで汲んでいく。
西島キャンプ場はリフト乗り場のわきに開放されている幕営指
定地で、水場がないとの情報だったが、しっかりと水道があった。
利用者は我々だけだったので広々と使うことが出来た。昨日は設
営練習が散々だったので、今日は一回で終えられるように新人 2
年に念を入れる。しかし、今日も何回やってもうまくいかない。
場所が狭いのは分かるが、3 人で十分できるはずなので、確実に
やってほしい。この課題は 64 代へと引き継ぐことになってしまっ
た。食当も山でやるのは今回が最後なので、2 年生もシミュレー
ションに余念がない。こちらは、無事においしい料理を食べるこ
とができた。最終夜はテントごとで。他にお客さんもいないので、
テントをまたいで会話。次第に脱落者が増えて、生存者は一つの
テントに固まる。その後はあまり覚えていない・・・。
下半期
長谷川はほぼ問題なく回復した。今日は西島キャンプ場まで問
剣山山頂で 63 代最後の式典。
荒天の中、式典をするのがやっとでした。
剣山山頂ヒュッテのおじさんに話しかけられ、シカ避けの柵に
シカの角が絡まり、抜けなくなっているとのこと。シカ避けの柵
には、立派な角を持ったシカがいた。なるほど、ネット状の柵だ
と絡まってしまうという問題があるのだ。我々は剣山を後にする
と、一ノ森まで縦走。一ノ森ヒュッテには「追分から花畑まで通
358
359
いとのこと。ここからの下山は、森の中の気持ちの良いルートで
遠路はるばる四国まで来られる方も、逆に四国在住の方も、多く
ある。風も強くないため、余裕も生まれ話が盛り上がる。途中で、
の OB・OG の方々に集まって頂きありがたい。集結式は吉村に
ルーファイのことで 3 年が軽い口論に。人数が多くても、それ
仕切ってもらう。新人の感想は 3 人ともそれぞれに夏合宿を楽
ぞれのポジションでどうするべきなのかを考えて欲しい。神社ま
しめたようで、4 年生としては、これが一番の成功の証明なので
で 2 本。山の中とは思えないような立派な神社である。ここま
はないかと思う。4 年生の言葉では、言いたいことが整理できず、
で林道はひかれているが、管理している人は苦労も多いだろう。
かなり長く話していたように思うが、兎にも角にも、感謝の一言
ここでタクシーを呼び、タクシーが入れるコリトリを目指す。福
に尽きる。支えてくれたたくさんの人に感謝である。
永におすすめのラノベを聞いたが、未だに読んでいない。
その後、4 年生 3 人で酒を酌み交わしたが、同期がバカみたい
コリトリで装備を干していると、タクシーが到着。途中の温泉
に酒を入れてくるのでその後の記憶はおぼろげである。その点は
で下してもらう。温泉にゆっくりと浸かり、休憩。食事をしてか
感謝していない。
ら徳島へと向かう。徳島では、ネットカフェがワンゲル部員によっ
て占拠されるという事態が発生。徳島のみなさまには申し訳ない
ことをした。
8 月 26 日 解散式
「夏合宿もこれにて終了!ありがとう!!」
昨日はいつの間にか眠っていた。寝たのが早かったからだろう。
8 月 25 日 集結式
「集結式!」
どちらかといえば早かったと思う。ただ、まだ酒が回っていたの
か、この時の記憶もおぼろげである。
午前中は徳島でフリータイム。新人も休養日の感覚が分かって
朝食後、記念撮影をした。学年写真では、なぜか組体操をした。
きたようで、図書館や本屋で多数目撃される。昼過ぎに集合して、
その後は吉野川ワンダリングへと向かう監督に駅まで送っていた
三本松駅へと向かう。
だき、石川さんとは高松駅まで一緒に向かった。
電車の中では 4 年生で今後の流れを確認。こうやって 3 人で
最後の合宿である、夏合宿はこうやって後から記録を書くと、
ミーティングするのも残り少ないと思うと、時間があればミー
実にあっという間に終わっていったと思う。楽しいことは一瞬で
ティングをしていたこれまでが懐かしく思える。同期の渡部と由
通り過ぎて行ってしまうのだ。この 1 年間、長いような短いよ
梨には、本当に感謝感謝だ。
うな、ただ、思い返すと数えきれないほどの思い出であふれてい
三本松駅からは、買い出しをしてとらまる公園キャンプ場へと
る。忘れられない思い出は多いが、忘れてしまいそうな思い出も
向かう。小ぢんまりとして明るい、気持ちの良いキャンプ場だ。
記録に留めて残していきたい。
自転車もしっかりと保管されており、ボートも無事到着している
ようだ。
文責:小山恭平
夏合宿
夕方になるにつれ、OB・OG の方々がキャンプ場に到着される。
下半期
行止」との看板があり、少し戸惑うが我々のルートには関係がな
360
361
縦走ラウンド 総括
今年の夏合宿では、いつもとは異なり「全隊での縦走」を取り
入れた。これは 63 代が一つのキャラバンとして、部の一体感を
ながら縦走ができたので良かった。
下半期
持つことを目標としていたためで、実際に多くの部員と交流をし
この縦走ラウンドが早稲田大学ワンダーフォーゲル部 63 代の
伝えられたのではないだろうか。このラウンドが行えたことは、
63 代のキャラバンの最高の締めくくりだったと言えるだろう。
夏合宿終了。そして、63 代の活動の全てが終了した。
C2、白髪避難小屋を目指して
夏合宿
最後の合宿で最後の活動になったことは、63 代らしさを最後に
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363
― 就寝
8 月 26 日 解散式
06:30 起床
07:00 朝食
08:00 解散式
8 月 21 日 C1 行動時間 3.5h
05:30 起床
06:20 出発
08:13 カンカケ谷出合
09:46 さおりが原分岐手前
大休止
14:30 食当点火
16:30 上ミ
17:30 全ミ
20:30 就寝
8 月 23 日 C3 行動時間 8h
04:30 起床
05:40 出発
08:15 高の瀬
11:39 次郎笈
13:35 西島幕営地着
15:30 食当点火
17:00 上ミ
18:00 全ミ
23:00 就寝
8 月 25 日 集結式
― 起床
― 自由行動
12:00 徳島駅集合
12:16 徳島駅発
13:28 三本松駅着
14:20 とらまる公園キャンプ場着
17:00 食当点火
18:00 夕食
18:30 報告会
19:00 集結式
(1)高知にて合宿準備を行ったことについて
高知にて、装備食糧の準備を行った。C0 の 8 月 20 日に全員
で集合し、天気図を書く気象係以外はスーパーでの買い出しと食
袋作成、団配振りを行った。3 隊の装備を 1 隊にまとめるため、
装備係計画でその流れを明示したため団配振りでは大きな問題は
なかった。ただし、食糧については買い出しの量でミスがあり、
二度買いに行くということが起こった。事前の確認を徹底させて、
大人数でもスムーズにできるようにするべきだった。
(2)C1 をフスベヨリ谷右岸にしたことについて
C1 で 2 年長谷川が体調を崩し行動ができない程になった。熱
が 38.1℃あり、これ以上行動させるのは危険と判断し、2 年福
永と 4 年小山で幕営適地を探し、沢からできるだけ離れ、増水
しても安全な幕営適地を C1 とした。翌 22 日は体調不良は続い
ていたものの、熱もやや下がり行動ができるほどには回復した。
幕営した場所も十分安全であり、長谷川の体調も回復したのでよ
い判断であった。
(3)C2 白髪避難小屋で就寝前に水を汲みに行ったことについて
C2 の全ミ後 19:40 ごろ、4 年小山と 4 年渡部で水を汲みに行っ
た。水場から小屋に戻る途中で道を見失い、稜線に出たところで
ようやく小屋を確認することができた。
水場は白髪避難小屋から南に 7 分行ったところにあり、同日
15:30 ごろにも小山と 3 年橋下とで水を汲みに行っていた。その
ため、一度歩いた道なら暗くても迷わずに行って帰って来られる
だろうと判断し、結果的に道に迷ってしまった。
夏合宿
8 月 22 日 C2 行動時間 6h
04:00 起床
04:40 朝食
08:30 出発
11:07 三嶺
13:00 カヤハゲ
14:34 白髪山避難小屋着
16:00 上ミ
16:30 食当点火
17:30 全ミ
20:30 就寝
8 月 24 日 下山日 行動時間 5h
05:30 起床
07:00 出発
07:51 剣山
09:14 一ノ森
11:01 剣神社
12:00 コリトリ発
13:00 ブルーヴィラ穴吹着
16:20 ブルーヴィラ穴吹発
16:41 穴吹駅着
16:57 穴吹駅発
18:13 徳島駅着
【行動判断】
下半期
【行動概略】
8 月 20 日 準備日、C0
06:30 起床
15:30 集合・合宿準備
18:59 高知駅発
19:26 土佐山田駅着
20:07 土佐山田駅発
20:49 大栃着
21:50 光石登山口着
22:30 就寝
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365
今後、今回のように水場が小屋から離れている場合は、夜間に
今回は、装備の受け渡しにミスが無くスムーズに終えることが
水を汲みに行かないこと。翌朝明るくなってから、道を知ってい
できて良かった。今後も途中で編成が変わるような合宿を行う場
る上級生が汲みに行くようにして欲しい。
合には、装備・食糧については特に綿密に準備をする必要がある。
文責:小山恭平
(1)剣山で縦走を行ったことについて
下半期
【計画省察】
縦走ラウンドでは四国第二位の高さを誇る剣山で実施した。四
つ沢隊が活動する石鎚山系以外の場所として剣山系を選んだ。各
活動の隊からのアクセスも良く、スムーズに縦走ラウンドに入る
ことができた。また、剣山山頂周辺以外は登山者も少なく、静か
な縦走を楽しむことができた。集結地も OB・OG のアクセスか
ら香川県と徳島県で探していたため、集結地までのアクセスも良
かった。合宿の途中で隊編成が替わる時には、隊同士のアクセス
や引き継ぎ方法などを入念に考える必要がある。
(2)合宿中に隊の編成が変わることについて
今回の合宿では各活動ラウンドで 3 隊だった編成が、縦走ラ
ウンドでは 1 隊となった。それにより、一番ミスが起きやすい
のは装備と食糧と考えられた。個人装備については、各隊で送り、
団体装備については装備確認を行った後、縦走でしか使わない装
備は高知にまとめて送った。また、各活動でしか使わない装備に
ついては、各活動ラウンド終了後、いらない個人装備とともに送
り返すか、ワンダリング用に集結地に送った。食糧に関しては、
高知市のスーパーで買い出して食袋作成をした。
夏合宿
国で全員での縦走をやる上で、縦走のやり甲斐がある場所で、か
366
367
夏合宿全体総括
まずは、63 代夏合宿が無事に終了したことを喜びたい。3 週
【計画省察】
(1)四国での夏合宿について
りの努力と協力によるものであることは言うまでもない。
てこなかった「部員全員で四国で活動する」ということにこだわっ
今回の合宿では各活動ラウンドと縦走ラウンドの二つの構成で
て合宿を行った。その結果、沢・ボート・自転車・縦走の全てを
合宿を行った。各活動ラウンドでは、沢は四国の水量の多いダイ
四国で行うことができた。それぞれの活動はこの後の総括を見れ
ナミックな 2 つの沢を辿り、ボートでは四国の 2 つの清流での
ば分かる通り、充実したものとなった。また、活動のまとまりや
ツーリングを楽しみ、自転車は四国 4 県の山川海を味わった。
夏合宿の一体感も得られた。今後も、夏合宿で何を重視するのか
そして、最後には 3 つの隊が 1 つの大きな隊となり、キャラ
を考えて合宿地選定をすると良いだろう。
バン最後の活動である剣山縦走を楽しんだ。体調不良や、天気の
あまり良くない中でも、全員で思い出を共有できたことの価値は
(2)全員での縦走を取り入れたことについて
とても大きかった。
部のまとまり、一体感を得られる活動がしたいとの思いから全
今年の下半期は、2 月 3 月に起きた事故の影響もあり、一から
員での縦走活動を行った。新人の感想にもあった通り、隊毎の活
自分たちの活動を見直してきた。5 月末に活動を再開した後、山
動に終始してしまうと隊間での交流が持ちづらいという問題が
岳技術確認合宿や、技術確認 W-ing、下界でのマニュアル作りな
あったが、今合宿では隊の枠を超えた交流が持てて非常に良かっ
ど部の技術を一から見直した。活動再開後、限られた時間の中で
た。63 代が目指した部のまとまり、一体感を感じることができた。
活動のレベルよりも結束力を重視して計画を進めて、実際に目指
今後も同様の活動を検討する際には、特に以下に述べる点を参
していた結束力が感じられたことは素晴らしい。
考にしてほしい。
夏合宿に向けて、部員一人ひとりが PW や係計画、その他下
63 代では、「思い出の共有」を重視していたため、それが成し
界での活動に取り組んできた。その成果が、この 63 代夏合宿の
遂げられる全員での縦走を行った。また、錬成合宿が例年より一
場で発揮できた。この合宿で得た、経験、技術、感動はこれから
日少ない C3 だったため、全員で縦走を行うことで山岳技術を付
のワンゲル活動の中で大きなエネルギー源となるはずだ。このエ
けられたことも良かった。
ネルギー源を大事にして、64 代の活動にも挑んでほしい。
一方で、沢、ボート、自転車の各活動に割ける時間はその分短
くなった。ただし、合宿後のワンダリングにほとんどの部員が参
加し、それぞれの活動を味わうことができた。このように合宿以
外のところでフォローすることで、各活動の量を保つことができ
た。
夏合宿
63 代夏合宿は、年間方針に掲げた通り、これまで部で行われ
下半期
間近い合宿が大きな問題もなく成功させられたことは、一人ひと
368
369
また、14 人という大きなパーティーでは隊の統括がしにくく
なる。これについては、新人、2 年をそれぞれ誰が見るのかを明
夏合宿感想文
確にしたことで、統括をしやすくすることができた。
夏合宿の感想文
今回の合宿ではいろいろな発見がありましたが、まず一つ目は
「ワンゲルの活動そのものがより楽しくなった」ということです。
ンプ場」で開催した。選定基準として、①四国にあるキャンプ場、
PW や錬成では体力的、技術的に足りないところが多すぎて楽し
②交通の便が良い(高松や徳島からのアクセスが良い)、③雨天
める余裕というものが少なかったですが、今回の合宿では存分に
時に使える会議室がある、④ OB・OG の方々が宿泊できる、⑤キャ
満喫できたと思います。
ンプファイヤーができる、⑥夜まで騒いでいても近隣に迷惑をか
つぎに、「充実した活動をするためには入念な準備や計画が必
けない、などの点を考えた。
要である」ということです。
結果として、18 人もの OBOG の方々に集まって頂いた。特に、
日頃なんとなく理解した気になっていることも、合宿を終えて
普段部室の近くで行う部員会や懇親会などになかなか参加される
から身に染みて分かることが多々ありました。これからもそのよ
ことが難しい四国在住の方にも来ていただけたことは、今回の合
うなことが続くと思います。
宿の一つの成果であった。また、首都圏からも多くの OBOG の方々
また、多くの未熟な点も見られたために新人という立場に甘ん
にも足を運んでいただけたのは、アクセスが良かったからという
じずに模範的な部員となるために、麻の中の蓬の精神でこれから
のも大きかったと考えている。
も活動に精力的に取り組んでいきたいと思いました。
また、とらまる公園にてワンダリングで使う自転車やボート、
集結式の飲み物などを預かってもらえた。このような対応はキャ
夏合宿感想文
ンプ場によってどこまでできるのか異なるので、事前に確認して
おく必要があるだろう。
新人 藤田啓輔
夏合宿が終わり、もう一週間以上たった。夏合宿の疲れはやっ
ととれたなと実感する。正直、感想文を書くのは苦手なので何を
書いていいか分からない。ただ、8 月は密が濃かったことは断言
できる。
得たものは大きいと思う。問題はこれからどうするか。この部
活に入るという選択をした自分に自信を持ちたい。そのためにす
るべきことはなんなのか。それを考える必要がある。
また、この合宿の中で自分がやりたいことがやっと見えてきた
夏合宿
63 代夏合宿集結式は香川県東かがわ市の「とらまる公園キャ
下半期
(3)集結地について
新人 奥平祐介
370
371
気がする。それをやるためには、まだ自分には課題が多い。だか
ていません。縦走ではトトロを見たそうです。そんなメモがあり
ら、この先誰に何を言われても進みつづけるしかないと思う。そ
ましたが、もはや謎です。
の覚悟はできた。
入部して半年が経ち、ようやくワンゲルの合宿に慣れてきまし
た。これから先のワンゲル生活が楽しみです。
下半期
ぼくの夏休みの3分の1
夏合宿感想文
新人 本間大喜
2 年 佐々木透
や、正確には私が合宿の事をあまり覚えてないから、あっという
今回の合宿は、特に大きな傷病者も出ずに終える事が出来て本
間に感じているのかもしれません。
当に良かったと思う。
私にとって夏合宿のメインイベントであったはずのボート活動
四国の沢は、とにかく水が綺麗で、スケールも大きく、非常に
をした事実は計画書を見てようやく思い出した程であり、記憶に
満足出来た。
残っていません。行動中は漕ぎ方、読図と観天望気で注意された
だがその反面、虻も非常に多く常時 100 匹近くが自分の周囲
事をひたすら頭の中で繰り返し唱え続け、行動外では食当、幕営
に群がっており、精神的にかなり追い詰められ、景色に感動して
生活とパッキングにのみ集中し、余計な事は考えないでただ新人
いる余裕が無かった場面もしばらくあった。
としてするべき仕事をこなす事で精一杯でいた気がします。よく
しかし、自然の中に挑戦していくというのはこういう事なの
わかりません。
か、と新たな自然の脅威を知ることが出来たと考えれば、良い経
一方、縦走ラウンドではそういった仕事に慣れてきた為、読図
験だったのかもしれない。
のみに集中していれば済みました。そのため活動を楽しむ余裕が
今回、計画を見る限りでは、沢の遡行があまり多くなく、物足
でてきて、天気が悪いときも、急な上り坂でも、いつどこでも気
りない合宿になるのではないかと不安を感じていたが、実際はこ
持ちが高ぶっている自分がいました。これは確かです。そうだと
れまでで一番辛かった錬成合宿よりもハードな行程ではなかった
思います。そんな自分の姿は、記憶にあります。でも景色は、あ
のではないかとも思える程、骨太な沢ラウンドだった。
まり記憶に残っていません。
詰め上がる時は、急傾斜に加え 2m 程の藪が行く手を遮り、ま
普段の旅行では自分自身でカメラにたくさんの場面を収めてい
さに戦いであった。
るので忘れませんが、ワンゲルでは未だ自分で写真を撮るほどの
そのような状況下、もがいている自分達は本当に小さな存在だ
余裕はないので機会があるたびに自分で意識して覚えておく必要
なぁと、しみじみと感じさせられた。
があることを学びました。今回私は、あの有名な四万十川と仁淀
しかし、巨大な滝を見た時や、藪の中を必死に進んでいく時に
川に行ったそうです。しかし何も覚えてはいません。沈下橋と呼
感じられる「自分達の小ささ」が、自然に対する感動であり、ワ
ばれる一風変わった橋があったそうです。どんな橋だったか覚え
ンゲルを続けているモチベーションになっているのではないかと
夏合宿
2週間という期間は長いようで短く、あっという間でした。い
372
373
新人について語る。
思えた。
2 年 福永孟昭
そして、仲間で挑戦するというのはやはり気持ちが良いものだ
かなりの課題が残った。それが第一印象である。いや、残して
自分は、つい自分の事だけに目が行きがちだが、今回の合宿の
しまったと言うべきだろう。特に藤田と奥平には大きな課題が残
様々な場面を通して、周囲の仲間に気を配る姿勢を上級生から学
るようになってしまった。藤田は読図がまだまだである。私も新
べたと思うので、今後に活かしていきたいと思う。
人時代、読図にはかなり苦戦した。今でも得意とは言えない・・・
下半期
と改めて感じた。
というのはオフレコの話。夏合宿では細かく指導をしたが、地形
図の読み方が甘いというか雑である。もっと丁寧に見る癖を付け
かったので、その反省を今回は ( 自分が行きたい所を主張してい
させなければならない。パッキングについても装備管理が雑であ
ただけの気もするが…) 大いに活かせたのではないかと思う。
る。装備を回収したかどうかなど分かるはずである。
とても濃い休養日を過ごす事が出来て非常に満足出来た。
奥平についてはパッキングだ。彼のパッキングについては入部
…昼間から飲みだす先輩方には驚いたが ( 苦笑 )
当初からずっと言われ続けていることであるし、何とか 63 代中
に改善させたかったが、出来なかった。「もういいや」という意
最後に、今回の合宿を一言でまとめるとするならば、以下の言
識から変えていかなければならない。
葉に尽きると思う。
新人指導が出来ていないという現実を付きつけられ、自分の無
「山でも観光でも四国を満喫出来た今回の夏合宿は本当に楽し
力さが嫌になった。
積雪期が近い。自分自身もそうであるが、新人達を一度、鍛え
かった!」
直さねばなるまい。
夏合宿感想文
3 年の夏
2 年 長谷川祐
3 年 青木彩
今回の夏は、四国だった。後輩の奥平とずっと一緒にいたこと
は、覚えている。
夏合宿は毎年色が全然違う。四国は天気が安定せず、思うよう
色々なことがあった。辛いことも、腹が立ったことも、勿論楽
に行程が進まなかった。しかし今回の合宿で感じたことは、私は
しかったことも。
やはり沢が好きであること。停滞した次の日に入渓できた日は、
充実した夏だった。 皆で沢を楽しみ沢に入れる喜びを感じた。また悪天時には何もで
きなくなってしまうことを分かっていたようで分かっていなかっ
たのでその辺りも来年の計画の際は考えないといけないと思っ
た。
夏合宿
また、昨年の夏合宿では休養日をあまり楽しむことが出来な
374
375
・松屋もない。
なので、これから一緒にワンゲルの沢を引っ張ってほしい。私も
・すき屋はある。休養日は一日二食すき屋だった。
まだまだ未熟であるし、まずは沢 L をやらないといけない。来
・「海がきこえる」聖地巡礼できてよかった。もう一度観たい。
年の夏に二人+新人には私が本当に楽しいと思う沢旅を一つの経
・レンタサイクル便利だなあ。
験として感じてもらえるようにしたい。
・桂浜の海で泳ぎたかった。遊泳禁止かよ。
夏が終わり、いよいよ 64 代が始まる。今年の集結には四国に
・泳ぐことが好きになった。冬もプールに行こう。
も関わらず多くの OBOG の方々が来てくださった。64 代応援し
・次、四国に行く機会っていつだろう?
夏合宿
てくださる声をいただき非常に有り難かった。OBOG、その他応
63 代夏合宿感想文
援してくださる方々へ日々感謝し活動していきたい。
3 年 尾形祥吾
とにかくこれから 1 年頑張るしかない!
沢ラウンドでも、縦走ラウンドでも行動判断について考えるこ
とになる今回の合宿だった。天候の良くならない中で、どの程度
夏合宿の感想
3 年内山義崇
の雨で停滞するのか、実際あまりそういう事態になっていなかっ
・高知、徳島、高松はわりと都会だった。
たので、今回のは今後の判断に向けた一つの例となった。新人の
・蚊は大きくないけど何をやっても効かない。蚊取り線香複数炊
夏でも初日から強めの雨が降り停滞となったが、沢で天候によっ
きが一番。
て行動に制限がかかったのはこのくらいしか記憶になかった。連
・魚釣りたかったけど、面倒くさい(笑)
日の雨で増水の危険があると予想される中での停滞は初めてだっ
・川エビは簡単に捕れるはずだったのになあ。
た。あまり体調の良くないメンバーがいる中で、隊の安全のため
・仁淀ブルーとは何だったのか。
の判断を必要な時に自分が下せるのか、他にどのような可能性が
・水のきれいさ 吉野>四万十>仁淀
あったのか具体的に考えることのできる状況だった。
・激しさ 吉野>>越えられない壁>>四万十>仁淀
・吉野川最強すぎる。2 日間で 5 回脱沈。ホールデカすぎ。落ち
新たな代を迎えて
3 年 竹内和彦
込み深すぎ。
・四万十川鬼漕ぎしたからかなりダウンリバーは鍛えられたと思
う。
下半期
佐々木と藤田も夏合宿を通して沢に積極的になってくれたよう
63 代の一年間が終わった。今期は様々な経験をさせてもらっ
た。委員の方々には感謝したい。
・沈下橋は意外と低い。飛び込むのは易しめ。
そして今期うまくいかなかった原因は、自分と自分を含めた 3
・何もない所は本当に何もない。田んぼしかない。
年の力不足・意識不足が大きい。課題に目を瞑りながら先送りに
・セブンイレブンが一店もない。
してきた事実は、64 代のスタートがゼロというよりむしろマイ
376
377
しこくおりてぃ
ナスから始まることを意味する。サボったツケは必ず、しかも最
4 年 佐藤由梨
後の最後に回ってくる。抽象的な表現だが、夏合宿中に強く感じ
64 代はいろいろな人に喜んでもらえる活動をしたい。ワンゲ
る。そう、今は 2013 年のお正月も終わろうとしている 1 月 7 日。
ル関係者だけでなく、早稲田大学や、体育会一般、ひいてはアウ
彷徨に載せるため、今更ではあるが書いているのです。四国…良
トドア界など、広く影響を与える部にしたい。そして何より部員
かったなぁ。半年も経つと、正直思い出は美化されている。それ
自身が主体的に、充実感・使命感を感じながら活動できるように
でも、本当に楽しかった。ワンゲルやって良かった、と思うのです。
できたら嬉しい。
自転車ラウンド、縦走ラウンド、休養日、集結式。どれも忘れ
最後の一年、辛い思いや、苦しい思いもたくさんすることにな
られない。けど、人は忘れていく生き物で、こうやって感想文を
るだろうが、それ以上に得られるものが大きいと信じている。悔
書いたり、記録を書いたり、写真を見たりしないと、2012 年の
いのない一年を送りたい。
夏を思い出すことは少ない。だから忘れないように、ここに書い
ておく。行動の詳細は、記録で思い出せばいい。行動以外の、主
に休養日の印象深いことを書こう。
夏合宿感想文
4 年 小山恭平
最後の合宿が終わった。
・休養日に行った小豆島
オリーブが生っていて、のんびりとした雰囲気。四国らしかった。
早いような短いような。
というか、私がイメージする四国、って感じだった。暖かい感じ。
(中略)
満足なような、もっとしたいような。
成功のような、心残りがあるような。
・休養日の朝のモーニング
夏合宿でトーストが食べられる幸せ。徳島のお店がベスト!とて
でも、これが私のしてきたこと。
も雰囲気のあるお店だった。少し厚めなのが新鮮だった。店主も
事実はこれひとつだけ。
個性的だったー。
いとおしい事実を大切に、愛してみよう。
・縦走ラウンド終了後の温泉、食事
部員全員でこういうことをするのは最後かな、と思って少し寂し
ワンゲルが終わった。
かった。でもやっぱり最後に全員で縦走出来たのが嬉しかった。
63 代らしい合宿が出来たと思う。食事は、確か魚の定食を食べた。
これまで、頑張ってきて良かった。
あとは、後輩の頼んだ刺身定食がかなり少量であったことが印象
ありがとう。
深い。
夏合宿
四国での夏合宿。早いものでもう約半年が過ぎようとしてい
下半期
たことだ。
378
379
とりあえず、ぱっと思い出したのがこれら。少ないし大したこ
とないようなものだが、ぱっと思い出しからには、私の中での大
切な思い出なのだろう。
下半期
2,3 月に部内で事故があって、安全にかつ後輩を楽しませられ
るような合宿が出来るか、とても不安であった。活動再開後から、
輩方がいてくれた。それで何とか合宿をやり遂げられたと思う。
そのことに改めて感謝するとともに、この夏合宿を絶対に忘れ
ないぞ!
ビバ・しこくおりてぃ!
夏合宿
不安と隣り合わせだった。でも、周りにはいつも同期、後輩、先
380
381
下半期
夏合宿
382
383
下半期
夏合宿
384
385
63代年間総括
夏合宿、 四国を目指した旅
下半期は年間方針で掲げた通り、夏合宿に四国を全員で開拓す
ることを目標とした。自分たちの目標は変えたくない、何として
も 8 月に夏合宿を四国で行いたいという熱い思いがあったから
として活動を行ってきた。63 代が目指したのは、一年間を通し
である。
て多様な活動を追求していきながらも部全体での一体感が感じら
れるような活動をすることであり、その象徴として「一隊のキャ
活動再開を果たしてから、短い準備期間を経て四国での夏合宿
ラバン」というあり方を掲げたのだった。
を大いに充実させることができたのは、部員一人ひとりが自分の
役割に全力で取り組み、部全体が「四国」という目標に向かって
上半期は、春合宿に八幡平で一隊での山スキー活動を行うこと
一体となって進んで来た証である。まず、真っ先に行った技術確
を目標としていた。秋合宿では 2 隊が共に甲武信ヶ岳を目指し、
認合宿では、部の実力を把握し、より安全な活動を行い、新人を
冬合宿では全員で妙高外輪を目指し、プレ春合宿では吾妻山域で
迎えるためのステップを踏んだ。また、新歓合宿、錬成合宿、パー
5 日間に及ぶ山スキー活動を全員で行った。部全体がいつも一つ
ティーワンダリングも、それぞれが夏合宿へ向かう大きなステッ
の目標に向かって、下界でのトレーニング・係活動や、ワンダリ
プアップであった。下半期のスタートが遅れたために非常に短期
ングを通して一歩一歩着実に成長していくことが出来た。
間でこれらを行わざるをえなかったが、それでも新人を始め部員
しかし、プレ春合宿での自分たちの実力不足が招いた凍傷事
一人ひとりが努力を重ね、成長していった。さらに、下界のうち
故、そして 62 代主将の佐久間亮平先輩の事故を受けて、春合宿
から他の隊の活動状況や四国での動きに興味を持てるように夏合
を中止せざるを得ない状況となってしまった。部の活動が休止す
宿自体の構成を工夫したことによって、部全体がより「四国での
る中で、自主トレーニングや係活動を行いながらモチベーション
夏合宿」という共通の意識のもとで一体となれた。
を保った。
私たちこそ、最高のキャラバンである。
年間総括
私たち 63 代は、「一年間の旅を共にする一隊のキャラバン」
下半期
~キャラバンの歩んだ道のり~
そして 5 月の終わりに、活動再開が認められた。
386
387
2 つの事故を受けて
<凍傷事故概要>
休止は 5 月 27 日までの 3 カ月ほど続き、その間は合宿、ワンダ
63 代プレ春合宿(2012 年 2 月 8 日~ 13 日)で部員 4 名が
リング、トレーニング、新歓活動は行わなかった。
凍傷になった。そのうち新人笠井美穗と 3 年佐藤由梨は手や足
活動休止期間中に行ったことは、事故報告書の作成と下界での
の指先が凍傷になり、患部には皮膚の変色と水疱が見られたが、
活動である。具体的には、定期的なミーティングとスクーリング
12 日間の入院と治療を経て回復し、2 月 27 日無事に退院した。
かけるなど、部員一人ひとりのモチベーションの維持に努めた。
<四ツ岳遭難事故概要>
3 月に八幡平で予定していた春合宿は中止とした。活動再開後
2012 年 3 月 8 日、4 年佐久間亮平が北アルプス四ツ岳にて単
の 5 月 31 日~ 6 月 3 日に山岳技術確認合宿を行い、古川コー
独で山スキーを行っていた最中に滑落した。警察により救助され
チに同行していただき部の実力を把握して頂いた。その後、沢登
病院に搬送されたが、同日夜に死亡が確認された。
り、ボート、自転車の各活動に関してもコーチや OB に同行して
いただく技術確認ワンダリングを実施し、部の実力と活動の安全
性を確かめた。上級生のみで行う上級生ワンダリングにより、各
活動が安全に行えることを確認してから、新たに入部した新人を
本格的に活動に参加させた。
2 つの事故により活動を休止せざるを得ない状況となり、部員
のモチベーションを保つことに苦労した。監督・コーチを始め多
くの OB・OG から温かいご支援をいただき、無事活動再開に至
ることが出来た。支えていただいた全ての方々に、心から感謝の
意を述べたい。
63 代委員会 小山恭平 渡部ゆかり
佐藤由梨 年間総括
などを行った。また、体力維持のために自主トレーニングを呼び
下半期
四ツ岳遭難事故の後、部は活動を休止することとなった。活動
389
388
下半期
年間総括
390
391
沢活動年間総括
【活動方針】
秋合宿までの週末を有効的に使えるようにスケジュールを組む必
要がある。また、今年は活動休止のため実施できなかった 5 月
の体験 W-ing についても、夏へ向けた上級生 W-ing とバランス
を取って実施してほしい。64 代では、計画的にスケジュールを
Ⅱ . 沢藪活動の魅力を多くの部員に伝える。
作り積極的に体験 W-ing を出してほしい。
Ⅲ . 沢活動の安全性を高めるためのマニュアル強化に取り組む。
下半期
Ⅰ . 山をあらゆる角度から見つめ、新たな魅力を発見する。
②上級生 W-ing
上 級 生 W-ing は 秋 に 1 回、6 月 に 2 回 行 っ た。 秋 の 上 級 生
Ⅰ . 年間方針では、「沢藪活動」として、藪漕ぎも含めた縦走や
W-ing では、2 年生(当時)のザイルワーク確認と、沢のゲレン
里歩きと言った山岳活動全体を念頭に置いていたが、夏合宿を計
デ作りの 2 つの目的で実施した。新茅ノ沢は早稲田ワンゲルで
画していく中で沢活動中心の夏合宿となった。しかし、四国とい
もよく行かれている沢であり、この時に作成した資料には滝の特
う現在の部員が行ったことのない山域に挑戦することで、地域の
徴やトップの仕方などが書かれているので、今後も定期的に更新
魅力を感じることができた。
しながら活用して欲しい。また、この時は年間方針作成に時間が
Ⅱ . 体験ワンダリングは 1 回しか出せなかった。沢活動は最低で
かかり 4 年生が参加できないということもあったので、特に 10
も 2 人以上のザイルを扱える部員が参加する必要がありワンダ
月は早めのスケジューリングが重要になってくる。
リングを出しづらかったこと、また事故の影響で 3 ヶ月間活動
6 月の上級生 W-ing は、事故後の部の活動を確認する一環と
ができなかったことが影響してしまった。
して行われた。来年以降は、必ずしも行う必要はないかもしれな
Ⅲ .63 代ではセルフレスキューの研究を行った。実際に訓練する
いが、沢のシーズンが始まる時に上級生 W-ing を行い、実力を
ことができなかったので、次代では訓練をしてすぐに使えるよう
再確認してから体験 W-ing に臨むべきだろう。
にしてほしい。
③ PW
【W-ing について】
今年は、事故の影響もあり PW が始められる時期が早くても 6
①体験 W-ing
月末になってしまった。そのため、例年と同じ量の PW を行う
63 代では、体験 W-ing が 1 回しか行えなかった。活動休止期
ためにはタイトなスケジュールになってしまった。このような場
間が 3 カ月あり下半期に体験 W-ing を行えなかったことが大き
合、どうしても参加できないメンバーが出てくることがある。そ
な原因である。また、秋には上級生 W-ing を出した関係で体験
のような際に、参加できないメンバーをいかにフォローするの
W-ing があまり出せなかった。沢のシーズンを考えると、沢登り
かを考える必要がある。今回は PW ③に 2 年佐々木、PW ④に 3
活動ができるのは秋合宿前までなので、忙しい時期ではあるが、
年青木が参加できなかったが、上級生であり必要な実力はあった
年間総括
【方針を受けて】
392
393
ため特にフォローは必要なかった。
のみの活動とした。63 代の年間方針である、キャラバンと照ら
し合わせると、全員での縦走は隊員同士の交流や経験の共有がで
【夏合宿について】
きる良い機会であり、妥当な判断であった。
夏合宿は年間方針の段階で四国へ行くということは決まってい
【下界での活動について】
ミーティングは、5 月から週に 1 回のペースで行ってきた。そ
とにインターネットなども利用して調べた。『日本登山体系 10』
こでは、マニュアルの改訂や夏合宿についてを話し合った。週に
は情報が古く、遡行対象の沢の名前を調べる程度に利用し、新し
一回、昼休みにしか集まれなかったため長いミーティングを実施
い情報はインターネットで補った。また、
『関西起点沢登りルー
するのが難しかった。少なくとも、下半期にはミーティングをす
ト 100』は最近の情報が載ってはいるが、関西地方が中心なので、
ると思うので、下半期に入る前にスケジュールを合わせておくこ
四国の沢は数本しか掲載されていない。『渓谷散歩』は沢登りと
とで十分な時間を確保することができるだろう。
いうよりも沢歩きといった趣旨で、内容も紀行文に近いものがあ
マニュアルの改訂では、セルフレスキュー技術を扱った。PW
るので参考程度とした。また、藪漕ぎについても当初は行う予定
の回数の関係で実際に沢で確認できなかったので、来年の新人が
だったので『四国分水嶺』という本を利用して調べた。
PW に参加するまでには確認する機会を設ける必要がある。セル
63 代夏合宿では、最終的には沢登りと縦走の 2 つに絞った活
フレスキューで研究したのは『介助懸垂・背負い懸垂』
『自己脱出』
動を行った。PW で沢登りに専念できたため、沢のレベルを予定
『ロワ―ダウン』の 3 点である。
から落とすことなく、夏合宿でも充実した沢活動を実施すること
その他、新人には夏合宿に向けて地域研究をしてもらった。高
ができ、良い活動ができた。今年のように準備期間が短くなって
知県の名物や観光スポットなど休養日の充実に一役買ってくれ
しまうような時には、活動を絞り一つひとつの PW でレベルが
た。
飛躍しすぎないようにすることも必要である。
【ステップアップについて】
【下半期に藪活動が実施できなかったことについて】
○ゲレンデ
上半期では、秋合宿において甲信国境隊が藪漕ぎ活動を行い、
沢活動においては、特にザイルワークを中心とした技術を確実
藪漕ぎ活動の魅力を伝えることができた。下半期でも、当初は、
に習得しなければ上級生になれない。ザイルワークの技術を図る
夏合宿において沢活動を中心に藪や縦走、里歩きを含めた山岳活
ためには、その基準が必要である。そのために、63 代ではゲレ
動を楽しむことを目標としていた。しかし、その後全員での縦走
ンデとして新茅ノ沢を設定した。新茅ノ沢は入渓点から沢が連続
の計画が立ち上がり、その結果、沢隊にかける時間は減少した。
するため、ザイルワークの練習をじっくりと時間をかけて行うこ
結果として、藪漕ぎと里歩きについては実施せず、沢登りと縦走
とができる。今後は、どの滝では何の練習といった詳細なプログ
年間総括
体系 10』『関西起点沢登りルート 100』『渓谷散歩』の 3 冊をも
下半期
た。四国の沢については、あまり資料が無かったが、『日本登山
394
395
ラムや、他の沢のゲレンデ化を進めてほしい。
の石鎚隊」のメンバーの沢活動への取り組みが評価されたためで
ある。メンバー一人ひとりに感謝したい。また今後も、安全には
○マニュアル
十分に気を付けて、沢活動を存分に楽しんでほしい。これからの
62 代でマニュアルを作成したが、63 代では十分に生かしきれ
早稲田ワンゲルの沢活動の発展を期待している。
るべく早くマニュアルを説明し、新人に必要なものについてはマ
文責:小山恭平
下半期
ているとは言い難かった。夏合宿の隊決定をしたら、新人にはな
ニュアルを見ながら練習する必要がある。
【来期に向けて】
63 代では事故の影響もあり、活動の安全性を再確認しながら
W-ing や合宿を行ってきた。そのため、活動のレベルを高めるよ
りも、今のレベルでより安全に活動するということを重視して活
動してきた。来期では今年再確認できた安全性を元に、今年より
レベルを上げることは十分に可能だろう。ゲレンデとして利用し
ている、水無川新茅ノ沢、日原川鷹ノ巣谷などを利用して、実力
を高めていってほしい。ただし、レベルを上げると当然ながら危
険性が増すことは忘れずに、活動のレベルは安全性を伴って高め
ていかなければならない。また、ワンゲルの活動はレベルの高さ
だけではなく、沢の経験があまりない部員とともに沢に行くなど
の魅力もあるはずだ。次の一年間でさらに多くの魅力を見つけて
ほしい。
【最後に】
63 代では 2 つの山岳事故があり、その後は活動の安全性が再
度見直された。沢登りという活動は、過去にも部内で大きな事故
が出ていることからも分かるよう、安全を常に意識していなけれ
ば、大きな事故に繋がりかねない活動である。事故後最初の夏合
宿で、例年と同じように沢活動ができたのは、夏合宿「叩け最硬
年間総括
396
397
ボート活動年間総括
【活動方針】
①技術確認 W-ing 及び上級生 W-ing
ボート活動を行う上での安全性を確保するために、上級生(2
年生以上)の操船技術やボート装備の扱い方、セルフレスキュー
などの実力を把握する目的で行った。
Ⅱ . より多くの部員にボート活動の魅力を伝える。
技術確認 W-ing については、61 代横塚コーチに同行していた
Ⅲ . 経験や技術、知識を次代へつなげる。
だき、各チェック項目を客観的に評価することとした。上級生
下半期
Ⅰ . 新たな川に挑戦する。
W-ing は、63 代夏合宿でボート隊となる上級生(2 年生以上、4
Ⅰ . 63 代の部員が誰も下ったことのない川として、夏合宿で
名)のみでボート活動を行い、自分たち自身で各チェック項目を
評価した。
「四万十川」「仁淀川」を下り、夏合宿後のワンダリングで「吉野
上記の 2 つの W-ing を行ったことで、ボート活動における基
川」を下った。四万十川は過去の代でも下っているが、仁淀川と
本的な安全管理に問題はないと判断され、それ以降も新人を迎え
吉野川については我が部で下ったのは初めてであった。
て共に活動していくことが認められた。
Ⅱ . 体験ワンダリングを行うことは出来なかった。
Ⅲ . 次代以降をも見据えたレベルアップを図った。「川に関する
②パーティーワンダイング(PW)
基礎知識」を新たにマニュアルとして導入しリバーサインなどを
63 代夏合宿ボート隊は、高知を流れる 2 つの清流「四万十川」
覚えるようにしていたが、「トレーニングマニュアル」は改訂出
と「仁淀川」を下ることを目標として掲げた。PW では、夏合宿
来なかった。
での活動だけでなく、今後よりレベルの高いホワイトウォーター
で活動することも考慮して、そのための実力アップを図ることに
【W-ing について】
63 代で行ったボート W-ing は計 8 本であった。
した。
PW は計 3 回行った。
ここでは、
①技術確認 W-ing(上級生 W-ing 含む)、②パーティーワンダリ
PW ①
ング(PW)、③吉野川 W-ing、④体験 W-ing の 4 つについて分
新人本間の初めてのボート活動の場所として、多摩川を選択し
析していく。
た。御嶽から河辺までのこのコースは、近場の川の中では比較的
( ※詳しい行程は各ワンダリングの報告書を参照 )
ロングコースであるため、本間にボート活動を楽しんでもらいな
がら漕ぐことにもある程度慣れてもらえるだろうと考えた。
⇒川下りを楽しみながら、基本的な漕ぎ方を教えることが出来た。
コースの長さも調度よかった。
年間総括
【方針を受けて】
398
399
さらにガイドの方(有限会社サファリ 河原拓也さん)にも 2 日
本間に漕ぎ方やセルフレスキューなどを本格的に教えるため
間併走していただくことを決めた。
に、静水練習に適した白丸湖、及び流水練習に適した御嶽での練
吉野川の瀬の具体的な情報については、ワンダリング中に作成
習を午前・午後に分けて行った。上級生は、御嶽で操船技術の確
したリバーマップがあるので、部の財産として大切に保管しても
認を行うこととした。
らいたい。いつかまた吉野川を下ることがあれば、このリバーマッ
⇒ 1 日で静水練習、流水練習の両方を行うことができて良かった。
プを参考にすると共に、今回参加したメンバーが数人同行すると
上級生の操船技術も確認することができた。
良いだろう。また、必要に応じて地元ガイドの方に協力を要請す
PW ③
2 日間かけての川下りと川原でのキャンプに慣れることを目的
④体験 W-ing
として、最後の PW を天竜川で行うこととした。
63 代ではボートの体験 W-ing を一つも行えなかった。上半期
⇒天竜川の最後の方などは瀞場が続くため、夏合宿で下る「四万十
に行えなかった原因としては、長良川 WWF への出場とそれに向
川」ともその点で共通していて、PW を行う場所としては妥当で
けた練習で、10 月のはじめまでは体験ワンダリングを出せる者
あった。ボート隊 5 人全員で、荷物の積み方や川原での幕営生活、
がいなかったことが大きい。ただ、その後 10 月~ 11 月で寒い
朝の撤収と出艇準備などの流れを確認することができた。
ことは寒いがボート活動を行うことが出来ないわけではない。来
期以降は検討しても良いだろう。また下半期に行えなかった原因
以上の 3 回の PW を経て夏合宿に臨んだ。各 PW の内容と、
としては、活動休止期間があったことが大きい。7 月には PW を
PW を行った回数(3 回)は、夏合宿に向けて隊の実力アップを
行わない土日もあったのだが、7 月は期末試験もありなかなか余
図るのには充分であり、妥当だったと言える。
裕がなく結局体験 W-ing が行えなかった。ボート活動では、大
会に向けた練習期間などに体験 W-ing を行っている余裕がなか
③吉野川 W-ing
なかないので、出せるタイミングがあれば積極的に出していく必
吉野川は国内最大級のホワイトウォーターであり、吉野川を下
要がある。あるいは、大会に向けた練習に未経験者も連れて行き、
ることは我が部にとって初めての挑戦であった。この挑戦を実現
一部体験を織り交ぜたりするやり方もあるだろう。今後も、良い
することが出来たのは、ここ数年でレースラフティングに向けて
やり方を考えていってもらいたい。
練習をするようになってから、ボート活動の実力が飛躍的に伸び
てきた一つの成果だと言えるだろう。
【朝練について】
ただし今回のワンダリングでは、現役部員 6 人の実力だけで
昨年までは、朝練といえば大会に向けた練習という認識が強
は危険と判断し、OB・OG の方々にも一緒に下っていただくこと、
かった。今年は夏合宿前の PW と同じような意味合いで朝練を
年間総括
ることも検討してもらいたい。
下半期
PW ②
400
401
まっているような状態であった。今後は冬の間に一度はメンテナ
けでは指導しきれない新人本間のフォームの指導や、漕ぎ慣れを
ンスをして欲しい。また、ボートのゴム生地が乾いてもサイド
つくることが出来た。また、PW と PW の間で日が開いてしまう
チューブに張ったロープはなかなか乾かない。きちんと乾くまで
とせっかく教わったことも忘れてしまうので、今回のように朝練
待つか、一度畳んでから時間をおいてもう一度干し直すなどの工
を挟むのは新人だけでなく上級生にとっても効率の良い練習方法
夫をしてもらいたい。
下半期
行い、隊員のレベルアップを図った。これにより、3 回の PW だ
であったと考える。今後もボートの練習に力を入れたければ朝練
を効果的に行っていくと良いだろう。
【最後に】
【トレーニングマニュアルについて】
くなったことが残念だった。例年は 3 月から本格的にリバベン
「ボートトレーニングマニュアル」は、61 代から部の財産とし
に向けた練習を開始しており、5 月末の大会本番まで朝練での静
て引き継がれている。今年は、新たに加筆・修正をするつもりで
水練習、御嶽での流水練習、水上での公式練習などを通してレベ
いたのだが、誰がいつどこを直すかを具体的に決めなかったため
ルアップをしてきた。それができなかった今期は、特にレベルの
に、ほとんど修正できなかった。だがトレーニングマニュアルの
高いホワイトウォーターでの操船練習の機会が減ってしまったと
更新は、ボート活動のレベルアップと下級生への技術の伝承の
言わざるを得ない。64 代では、長良川 WWF への出場を既に決
ために欠かせない。64 代では、担当者と期限をしっかり定めて、
めているということなので、ホワイトウォーターでの練習経験を
更新を行ってもらいたい。
積んで、久々の大会を大いに楽しんでもらいたい。
また、63 代では新たに「川に関する基礎知識」をボート活動
また、スケジュールが過密であったために今期は体験 W-ing
のマニュアルとして導入した。これは、リバベン(日本リバーベ
を行うことができなかった。今シーズンが終わる前に、まだボー
ンチャー選手権大会)の HP からダウンロード出来るもので、川
ト活動に参加したことがない者を誘って体験 W-ing を行っても
の見方やリバーサインなどについて詳しく書かれている。リバー
らいたい。
サインを覚えるのには大変役立った。次代以降でも有効に活用し
最後になるが、私たちボート隊は夏合宿までの約 3 か月間、
てもらいたい。
共に一つのボートを漕いできた。このことを忘れないで欲しい。
最高の思い出を作ってくれたメンバーに、心からの感謝を述べた
【ボートのメンテナンスについて】
今年は、11 月の御岳カップ以降 3 月に入るまでボート活動の
オフ期間が続き、その間ボートは畳んだままであった。しかし、
久々にボートを膨らませてみるとカビが生えていたり、虫が住み
着いていたりして不衛生であり、ボート自体の劣化も早めてし
い。
文責:渡部ゆかり
年間総括
今期のボート活動を振り返ると、やはりリバベンに出場できな
402
403
自転車活動年間総括
【活動方針】
Ⅰ . 自転車での旅を通して季節を味わう。
山岳活動と同様に、各活動でも OB 付き添いの下、技術確認ワン
ダリングを行った。その次に、上級生だけの技術確認を行った。
どちらの W-ing においても特に問題もなく、自転車活動の安全
性が確認された。
Ⅲ . 自転車活動を行う上で必要な知識を研究し、部員に定着する。
② PW
下半期
Ⅱ . 自転車活動の魅力をより多くの部員に伝える。
63 代夏合宿自転車隊は、「四国の山川海を味わい、夏という季
Ⅰ . 秋には紅葉ワンダリングを、夏には合宿で山川海を満喫でき
節を満喫する」という主旨を達成することを目指した。夏合宿に
向けて行った PW は計 3 回である。
た。冬と春には季節を感じられる活動は行うことが出来なかった
が、春ならば体験ワンダリングで桜を見に行ったりするのが良い
PW ①
だろう。冬は寒くて活動が行いにくいが、防寒対策をした上で漕
新人の初の自転車経験ということで距離や獲得標高を抑えめに
ぐというのも、新しいスタイルで良いかと思う。ただ、冬は山ス
し、新人に自転車活動を経験し、慣れてもらうことを目指した。
キー活動がメインなので、そこは代によって考えて欲しい。
また隊の動きを確認した。 Ⅱ . 上半期に 4 回のワンダリングを出し、自転車活動未経験者に
⇒新人にとって負担のない計画であったが、PW ということを考
魅力を伝えることが出来た。
えればもう少し厳しめにしても良かった。(90km、500up 程度)
Ⅲ . これに関しては、上手くまとめることが出来なかった。詳細
は別項目である【ミーティング】に記載されているので、そこを
PW ②
参照してもらいたい。
2 つの峠越えをし、夏合宿の獲得標高最高日(1900up 程度)
を見越して隊の登りの実力を養成することを目指した。
【W-ing について】
63 代 で は 自 転 車 W-ing が 8 本 出 た。 そ れ ぞ れ を 技 術 確 認
⇒ PW ①からかなり飛躍のある計画となってしまったが、問題
なく登りの力を確認することができた。
W-ing(上級生 W-ing 含む)と PW、体験 W-ing の 3 つに分類し、
分析していく。( ※詳しい行程は各ワンダリングの報告書を参照 )
PW ③
夏合宿の海ラウンドを見越して海岸線を選んだ。また、MSR
①技術確認 W-ing
食当や 2 日連続の自転車の活動に慣れておくために C1 の計画で
今年は 3 月に起こった事故により、その事故後の対応として
行った。
上級生の技術を確認するための活動を行う必要があった。そこで
⇒海岸線沿いは風が強かったり、アップダウンがある地形であっ
年間総括
【方針を受けて】
404
405
たりと特徴的なため慣れるのにちょうど良かった。ただ、房総半
【ミーティングについて】
島より伊豆半島の方がアップダウンがあるので、夏で結構なアッ
主に下半期の活動再開後より、夏合宿に向けたミーティングを
プダウンがある海岸線沿いを目指す場合は、伊豆を選んだ方が適
行っていった。内容としては、夏合宿の主旨を説明したのちに具
切だろう。
体的にどういった場所に行きたいかや何を行いたいかなどを聞
果、皆が満足のいく計画を作成できた。
程を終えられた。結果として、PW は夏合宿を乗り切るのに十分
しかし上半期にほとんどミーティングを行わず、メンテナンス
であったと言える。1 回目と 2 回目の PW に差があったが、今
法などの勉強会も出来なかった点は反省しなければならない。次
年はスケジュールの関係で PW の前に体験ワンダリングが出来
代では、あまり活動がなされない上半期にも積極的に集まり、知
なかったということがあるので仕方がなかった。例年は体験ワン
識の習得に臨んでもらいたい。
ダリングで様子を見てから PW に臨むので、1 回目の PW から
キツめの計画も出来るだろう。
【安全対策について】
①セーフティトーク
③体験 W-ing
3 年生主導の下、今まであったレジュメを見直し、新たに作成
上半期に 4 回、下半期の 8 月の夏合宿後に 1 回の計 5 回行った。
し直してもらった。現時点で活動を安全に行うのに十分な情報が
活動禁止期間中であったため 3 月~ 5 月にかけ体験 W-ing を出
掲載されているが、今後も必要だと思うことが出てきたら、常時
すことができなかったのは残念ではあるが、それ以外の機会で普
更新していって欲しい。
段あまり自転車活動を経験できない人にも多く参加してもらうこ
とができ、良かった。
②メンテナンス法
今後は自転車活動にあまり参加しない部員もいるのでそういっ
上半期は予定していたミーティングを行っておらず、また下半
た部員にも参加してもらえるようなテーマ性のある W-ing を出
期も時間がなく、上手くまとめることが出来なかった。年間方針
すのが良いと提案する。また、体験ワンダリングで今までリーダー
作成の時点で何月に何を学ぶかを予め決めておき、それに沿って
経験がない者に経験を積ませておくのも次代に向けた動きとして
少しずつ学んでいくべきであった。そして、それをマニュアル化
大切なので、積極的に行ってほしい。
していくのが良いだろう。次代では是非そうして欲しい。また、
自転車は机上だけでは学べないので、実物と共に学んでいく必要
である。
年間総括
以上の 3 回の PW を経て夏合宿に臨んだが、特に問題なく行
下半期
き、メンバー全員で合宿を作り上げていけるように工夫した。結
406
407
【最後に】
63 代では 3 月に事故があり、下半期に体験ワンダリングを出
すことが出来なかったが、それでも上半期のうちに 4 回ものワ
ンダリングを出せて自転車活動経験者を増やすことができ、良
ように思う。それは上記でも触れたことだが、自転車の知識の定
下半期
かった。しかし、上半期の時間の使い方にはもう少し工夫出来た
着や研究である。63 代で行えなかったことを反省し、64 代では
ただ下半期は活動禁止期間が長く続いたにもかかわらず、夏合
宿は、四国の山川海を味わいつくし、皆の満足のいく形で「夏」
という季節を思い切り満喫することができた。この場を借りて、
協力してくれたメンバーに感謝したい。64 代の自転車活動が、
充実したものになることを期待する。
文責:佐藤由梨
年間総括
積極的に行っていって欲しい。
408
409
ワンダリング
W-ing
410
411
63代ワンダリング一覧
地域 ・ 形態
2
奥多摩 鷹ノ巣谷 (沢登り)
3
岐阜 長良川 (ボート)
4
丹沢 新茅ノ沢 (沢登り)
5
東京 ・ 神奈川 (自転車)
6
東京 御嶽 ・ 多摩川 ( ボート )
7
8
中部山梨 ・ 静岡 ( 自転車 )
東京 御嶽 ・ 多摩川 ( ボート )
9
北アルプス 立山 ( 山スキー )
10
東京 奥多摩 ( 縦走 )
11
神奈川 丹沢 ( 縦走 )
12
静岡 富士裾野 ( スキー練習 )
13
群馬 丸沼高原 ( スキー練習 )
14
長野 黒姫 ( 山スキー )
15
千葉 ・ 埼玉 江戸川 ( 自転車 )
16
奥多摩 カロー川谷 ( 沢登り )
17
三浦半島 ・ 湘南 ( 自転車 )
18
白丸湖 ( ボート )
19
丹沢 新茅ノ沢 ( 沢登り )
20
埼玉 長瀞 荒川 ( ボート )
21
日光 ( 自転車 )
22
埼玉 秩父 ( 自転車 )
23
丹沢 葛葉川本谷 ( 沢登り )
24
東京 御嶽 多摩川 ( ボート )
25
東京 ・ 山梨 ・ 神奈川 (自転車)
26
丹沢 水無川本谷 (沢登り)
27
奥秩父 笛吹川東沢釜ノ沢
(沢登り)
28
白丸湖 ・ 御嶽 (多摩川) (ボート)
29
千葉 房総半島 (自転車)
30
静岡 天竜川 (ボート)
31
奥多摩 鷹ノ巣谷 (沢登り)
32
愛媛 ・ 広島 しまなみ海道
(自転車)
33
吉野川 (ボート)
34
北アルプス 剱岳 (登山)
35
御嶽 多摩川 (ボート)
36
岐阜 長良川 (ボート)
L 佐藤 SL 吉村
橋下 奥平
L 小山 SL 尾形
7/21
青木 佐々木 藤田
小山 SL 尾形
7/28-29 L
青木 藤田
L 渡部 SL 内山
7/28
竹内 福永 本間
佐藤 SL 吉村
7/28-29 L
橋下 長谷川 奥平
L 渡部 SL 内山
8/4-6
竹内 福永 本間
L 尾形 SL 小山
8/5
佐々木 藤田
L 橋下 SL 吉村
8/26-28 青木 尾形 佐々木
長谷川 奥平 藤田
L 渡部 SL 内山 佐藤
8/26-28 竹内 福永 本間
大家監督 春田コーチ
横塚コーチ 宮澤 (61 代 )
吉村 SL 青木
8/30-9/1 L
尾形 長谷川 奥平
L 福永 SL 内山 竹内
9/21
橋下 長谷川 本間
福永 SL 内山
9/23-25 L
竹内 橋下 本間
7/21
11 月 25 日 立山にて(山スキー)
63
代ワンダリング一覧
神奈川 三浦半島 (自転車)
メンバー
L 若林 ( 慧 ) SL 大池
10/8
佐藤 ( 由 ) 青木 佐々木
L 小山 SL 古川コーチ
10/8
吉村 沼田 (61 代 )
内山 SL 橋下 竹内
10/7-10 L
尾形 福永 長谷川 渡部
L 保延 SL 尾形
10/16
青木 佐々木
L 吉村 SL 大池
10/30
橋下 若林 ( 慧 )
L 竹内 SL 内山
11/12
橋下 福永
11/20
L 熊瀬川 SL 佐藤 橋下
11/23
L 渡部 SL 福永 熊瀬川
L 小山 SL 熊瀬川
11/24-27 青木 尾形 橋下
大家監督 佐久間
L
渡部 SL 吉村
11/25-27 笠井 福永 大池
佐藤 SL 小山
12/3-4 L
若林 ( 慧 ) 笠井
L 小山 SL 内山 佐々木
12/3
福永 長谷川 若林 ( 恵 )
12/4
L 渡部 SL 竹内 尾形
小山 SL 渡部 青木
1/14-15 L
内山 尾形 竹内 吉村
L 吉村 SL 橋下
3/4
福永 長谷川
L 小山 SL 尾形
6/10
青木 佐々木 古川コーチ
L
佐藤 SL 吉村
6/10
橋下 長谷川 若林 ( 慧)
L 渡部 SL 内山
6/10
竹内 福永 横塚コーチ
L 小山 SL 尾形
6/17
青木 佐々木
L 渡部 SL 内山
6/24
竹内 福永
L 佐藤 SL 吉村
6/24
橋下 長谷川
L
佐藤 SL 吉村
6/30
橋下 長谷川 奥平
L 小山 SL 尾形
7/1
青木 佐々木 藤田
L 渡部 SL 内山
7/1
竹内 福永 本間
W-ing
1
期間
412
413
現役部員紹介
現役部員紹介
414
415
現役部員紹介
4年
主将 小山恭平 Kyohei Koyama
学部 ・ 学年
出身高校
(都道府県)
趣味
好きな
フィールド
自分をフィールド
に例えると?
63 代を
振り返って
人間科学部 4 年
私立東海高校
(愛知県)
動物園めぐり、 地図鑑
賞、 面白いものを探す
こと
動植物が多い道は、 い
つも飽きることがない。
四国の登山道 ( 整備さ
れておらずなすがまま )
皆に感謝
4年 小山恭平 渡部ゆかり
佐藤由梨
3年 青木彩 内山義崇
63 代を
振り返って
尾形祥吾 竹内和彦
橋下秀司 吉村祐紀
2年 佐々木透 福永孟昭
1年 奥平祐介 藤田啓輔
本間大喜
先進理工学部 4 年
私立市川学園
(千葉県)
「ちはやふる」 が面白い !
天竜川
(晴れの日限定で)
新宿御苑
涙の数だけ強くなれたと
思う (アスファルトに咲く
花のように)
会計 佐藤由梨 Yuri Sato
学部 ・ 学年
出身高校
(都道府県)
趣味
好きな
フィールド
自分をフィールド
に例えると?
63 代を
振り返って
法学部 4 年
私立湘南学園
(神奈川県)
ヘルシーなお菓子作り ・
散歩 ・ ラジオ鑑賞
稜線の上、自分の部屋、
キレイな港町
南ア?
Gracias por todo!
みんなの笑顔が大好き
でした。
現役部員紹介
主務 渡部ゆかり Yukari Watabe
学部 ・ 学年
出身高校
(都道府県)
趣味
好きな
フィールド
自分をフィールド
に例えると?
416
417
3年
青木彩 Aya Aoki
学部 ・ 学年
出身高校
(都道府県)
趣味
好きな
フィールド
自分をフィールド
に例えると?
63 代を
振り返って
法学部 3 年
私立早稲田実業高校
(東京都)
自然の中であそぶ
山
八ヶ岳
みんなで活動した感の
ある1年でした。
自分のやりたい活動を
模索できた1年でもあり
ました。
竹内和彦 Kazuhiko Takeuchi
学部 ・ 学年
出身高校
(都道府県)
趣味
好きな
フィールド
自分をフィールド
に例えると?
63 代を
振り返って
内山義崇 Yoshitaka Uchiyama
教育学部 3 年
県立横須賀高校
(愛知県)
ステビ
下界
駅
めがね!
尾形祥吾 Shogo Ogata 学部 ・ 学年
出身高校
(都道府県)
趣味
好きな
フィールド
自分をフィールド
に例えると?
63 代を
振り返って
文学部 3 年
私立桐朋高校
(東京都)
読書 (SF)、 ネット
沢
仙丈ケ岳
一年を駆け抜けたと思う
くらいあっというまでした。
下界全般
内山
去年の彷徨には少女
時代にハマりそうと書き
ましたが、 やはり KARA
の方が好きで、 二コル
の方が好きです。
橋下秀司 Syuji Hashishita
学部 ・ 学年
出身高校
(都道府県)
趣味
好きな
フィールド
自分をフィールド
に例えると?
63 代を
振り返って
文化構想学部 3 年
県立掛川西高校
(静岡県)
読書、 映画、 すいみん
峠、 冬山、
展望の良いところ
学部 ・ 学年
出身高校
(都道府県)
先進理工学部 3 年
私立敬愛学園
(千葉県)
冒険、 宝あつめ、
私腹を肥やす
武田山
(地元で、 小学校のころ
よく登った山)
東海道線
激動の一年でした。
吉村祐紀 Yuki Yoshimura
趣味
好きな
フィールド
自分をフィールド
に例えると?
63 代を
振り返って
千里の道
多くの気付きがある一年
現役部員紹介
学部 ・ 学年
出身高校
(都道府県)
趣味
好きな
フィールド
自分をフィールド
に例えると?
63 代を
振り返って
教育学部 4 年
県立希望ヶ丘高校
(神奈川県)
温泉めぐり、
子どもと遊ぶこと
418
419
2年
1年
佐々木透 Toru Sasaki
学部 ・ 学年
出身高校
(都道府県)
趣味
好きな
フィールド
自分をフィールド
に例えると?
63 代を
振り返って
人間科学部 2 年
私立青稜高校
(東京都)
ランニング (長距離)
沢、 山
環状7号線
あっという間に過ぎ去っ
てしまった感じです。
楽しい日々でした。
奥平祐介 Yusuke Okuhira
学部 ・ 学年
出身高校
(都道府県)
趣味
好きな
フィールド
自分をフィールド
に例えると?
63 代を
振り返って
福永孟昭 Takeaki Fukunaga
趣味
好きな
フィールド
自分をフィールド
に例えると?
63 代を
振り返って
政治経済学部 2 年
県立瑞陵高校
(愛知県)
読書、
ワンゲル活動全般
川全般
長良川
私達も少ない人数での
代運営となりますが、
頑張りたいと思います!
環八高速
過ぎるのは早かった。
が、 あれこれ思い返す
には長い時間が必要。
藤田啓輔 Kesuke Fujita
学部 ・ 学年
出身高校
(都道府県)
趣味
好きな
フィールド
自分をフィールド
に例えると?
63 代を
振り返って
社会科学部 1 年
県立平塚江南高校
(神奈川県)
読書、 マラソン
電車の中
鍋割山
63 代という言葉は自分
の中でいい感じの位置
を占めてます。
本間大喜 Hiroki Honma
学部 ・ 学年
出身高校
(都道府県)
趣味
好きな
フィールド
自分をフィールド
に例えると?
63 代を
振り返って
基幹理工学部 2 年
私立巣鴨高校
(東京都)
散歩、 読書
天気の良い山
川の “とろ場”
山の楽しさ、 川の楽しさ
を知りました。
半年があっという間に過
ぎて、 充実した 63 代で
した。
現役部員紹介
学部 ・ 学年
出身高校
(都道府県)
社会科学部 1 年
私立清風学園
(大阪府)
音楽、 デニム集め
自転車、 縦走、
雪山
420
421
◇特別企画◇
9
9
9
9
9
9
9
9
9
99
部員の本音を大調査!
今回、彷徨第 63 号を作成するに当たり、アンケート企画として下級生に様々な質
問をぶつけてみました。アンケートへの回答を、63 代の 3 人による座談会風に紹
介していきます。
※回答を「 」で、回答者のイニシャルを( )で示しました。
「緊張感を持ち続ける」( T.F )
渡:一転して真面目な回答。
小:一つ前みたいな人もいるし、まぁバ
ランスだね。
渡:メリハリが大事!
こんなワンゲルは嫌だ!
「全員男子」( A.A )
山で一度はやってみたいこと
「山頂でシュラポン」( K.F / Y.O )
「縦走中の温泉 or 風呂」( H.H )
佐:これいいね。
渡:サルと一緒に入ったりしてね。
小:そういえば JMT でやったけどね。
「全裸」( Y.U )
小:北岳の山頂でやりました。
山で一度は食べてみたいもの
「イカの塩辛」( K.T )
佐:確かに塩分は取れるよね。
小:山で酒飲む時は甘い系が多いから、
いいかもね。
佐:え?つまみ?塩辛はご飯のおともで
しょ。
「山菜を取って天ぷらにする」( A.A )
佐:手間がかかるなぁ・・・
小:かっこいいけどね。天ぷらうどんと
かいいかも。
佐:え?うどん作るの?山じゃ伸ばして
作れないじゃん。
小:いや、そこを頑張って小麦粉で作り
たい。水さえあればね。
小:いいね!
佐:食べたい!
小:クーラーボックスを担いででも、食
べたい!
「
“ビーフ”シチュー」( K.F )
小・佐・渡:その気持ちよく分かる!
※いつもカルパスのシチューなので。
「焼きいも」( Y.O )
佐:楽しそうだね。
小:焚火とかでね。盛り上がりそう。
「かつ丼」( T.S )
小: 山 じ ゃ な か な か 油 使 え な い か ら
なぁ・・・。
まぁ夢ではあるよね。
佐:そう?胃がもたれそう・・・。
小:おばあちゃんか!
これだけは譲れない!
山でのマイルール!
「炭酸ジュース一本以上」( Y.Y )
小:分かる。とりあえず炭酸。疲れたと
きにリフレッシュできる。
渡:普段飲まないけど、山でのコーラは
美味しいよね。
「前夜発のワンダリング、CO で一杯!」
( S.O )
渡:誰の答えだかわかりやすいね ( 笑 )
小:翌朝寝坊しないように注意。
渡:二日酔いも禁止!
佐:ありえない・・・!
渡:でもそうなりそうで怖いよね・・・
※新歓活動、頑張りましょう!
「毎日、夕食がカレー」( T.S )
佐:私はそれでもいいかな~。
「歩調をそろえて縦走」( Y.O )
小:軍隊みたいな感じか。
佐:それって難しいよね。10 時間行動
する日もざらにあるし。
小:パタゴニアが人気だね。
トレッキングは、パイネのことかな。
「スコットランドのトレッキング制覇
と自転車購入」( S.O )
小:マニアックだね。
渡:でもこういう夢良いよね!
「クルージングで世界一周」( Y.O )
小:ワンゲルじゃないでしょ。
渡:ラフトで、ってことかな ( 笑 )
佐:それ死ねるね・・・
小:寒いでしょ。
「ヘリから山を眺める」( A.A )
小:現役が登ってるとこを見たい ( 笑 )
佐:いいね、見たい ( 笑 )
渡:「岳(映画)」の映像は感動した!
「3 人以上ザック・雨具の種類が被る」
( H.H )
小:これ、A 木から俺に対して・・・?
※ A 木のヤッケを真似して買った疑惑。
小山恭平
(主将)
100 万円あったら、
どんな活動をする?
「カヤックスクールに通い、道具を揃
えて練習しまくる」( T.F )
渡:誰だか分かりやすい ( 笑 )100 万円
なくてもやって欲しい。
小:100 万円でできるの?
渡:できるでしょ!
渡部ゆかり
(主務)
「百名山を制覇(小屋泊)
」( Y.Y )
渡:これも 100 万なくてもできるんじゃ
ない?
小:時間かかるけどね。短くて 2 ヶ月。
佐:おじいちゃんが制覇したよ!(!)
佐藤由梨
(会計)
作 ・ 笠井美穗
現役部員紹介
渡:これは気持ちよさそう!
佐:寒くなければいいかな。星空!
小:光岳の山頂でシュラポンしたけど、
寒かったよ。
「山頂でアイスクリーム(夏)
」( H.H )
「パタゴニア」( S.H )
「パタゴニアでトレッキング」( K.F )
422
423
山での、
密かな自分だけの楽しみ
「柿ピーを新人に投げつける」
「新人の軍手を隠す」( ともに K.T )
渡:それも愛情だよね ( 笑 )
「単価の安いレーションだけ食べる」
( K.F )
小:偉い。俺は高いレーションから食べ
ちゃう。
渡:偉い?値段より、食べたいものを買
うかな。
佐:粉レーション(※つぶれて粉になっ
た レ ー シ ョ ン。 焼 き 菓 子 に 多 い。)
もおいしいよね!
小:・・・エコだね。
佐:どこでもトイレだからね。
渡:積雪期は辛いよね。あと雨の時も。
「積雪期のトイレ作り」( A.A )
渡:楽しんでやってたんだ ( 笑 )
うれしい!
「歩きながら MS の新しい動き方・設定
を考える」( S.O )
※“MS”が分からないためググって
(= Google 検索して)みた。
小:“モビルスーツ”のことか!
渡:マニアックすぎ!山でもそんなこと
考えていたのか ( 笑 )
佐:O 形は日高でもそういった趣味のこ
とを考えていて、自分を励ましてい
たらしいよ。
「ゆっくりと寝られる(睡眠時間が確
保できる)
」( T.S )
佐:分かるかも。現役のときはそうだっ
た。
渡:私も。普段あんまり寝ないもんね。
小:でも山だと何回か起きない?
渡:起きないよ。
佐:起きても、「まだ寝れる!」って喜
びにつながるよ。
小:分かる!
渡:最初の新歓合宿とかね。音痴だとか
らかえる。T 内は上手くなったね~。
下山してから帰宅までの
定番コース
「温泉→電車でぼーっと→帰宅後はす
ぐ装備を洗い、干す→風呂に入って
おやすみなさい」( A.A )
佐:普通だね。装備すぐ洗うのは偉い。
小:下山後は飯派と温泉派に分かれるよ
ね。俺、飯派。
佐:温泉だな。
渡:K 山は下山して汚れたまま、お風呂
入らないで布団に入るんだよね。
佐:ありえない!
「4 桁の数字を探しながら帰宅→風呂
→夕食→ベッドへ直行」( H.H )
小:絶対、H 間でしょ ( 笑 )
佐:合宿終わってからそんなに頭使いた
くないなぁ。
「スマホチェック(メールが来ていな
いことを確認)→炭酸飲料と iPod で
電車に乗り込む→洗濯と並行して読
書→就寝」( T.F )
渡:うーん。そういえば誰かを思い出す
ね!新人の時、GW の山行で ( 笑 )
佐:覚えてる ( 笑 )K 山だね。
小:最後の錬成の時は、迷惑メールが
40 通来てたけどね!
涙が出そうになった
or こぼれた瞬間
「コンビニがない」( Y.U )
渡:ロシアかな?
小:コンビニないと生活できないよね。
佐:いろいろ心配になるよね。
「とてつもなく辛いカレーを食べてい
る時」( Y.Y )
佐:耐えろ!男なら食え! ( 笑 )
小:それは体罰だよ・・・
「新人の錬成合宿ですべって泥だらけ
→一人で汚れたズボンを洗う」( A.A )
小:最初に汚したときってテンション下
がるよね。で、だんだん気にならな
くなる。
佐:一回汚れちゃうとね。
「積雪期で全装の状態で転び、もがい
ている時」( T.S )
渡:分かるね~
小:叫びたくなる!
佐:どうしようもない。キツい。理不尽
この上ない。辱めを受けている感じ
だよね。同期が余裕だとさらに。
小:リカバリーが上手くなるといいよね。
「コケた流れで立ち上がる」くらい
になると気持ちいい。
佐:コケなかったかのように振る舞うこ
ともできるようになったよ。
一番嬉しかった差し入れ
「くさや(K 山さんから)
」( K.T )
「スイカ」( T.S )
渡:そのスイカ持つのが自分じゃなくて
他の人だとなお嬉しいよね。
小:スイカと言えば錬成合宿。
渡:私は夏合宿の印象が強い。61 代夏
合宿でのスイカ ( 笑 )
小:俺は 63 代錬成でも持った! 4 年生
なのにね。
イラっときた差し入れ
「くさや(K 山さんから)
」( K.T )
小:分かっとらん ( 笑 )
「大根」( Y.O / K.H / T.S / Y.U /
S.O / Y.Y )
佐:おいしくない。カレーに合わない。
渡:わりと合うよ!
小:63 代錬成で、先発隊がやられたの
を後発隊にもやり返したんだよ。
「なし」( S.H )
渡:いいね!どんな差し入れでも喜んで
受け取って欲しいよね。
“2 時起床 14 時行動終了”
“5 時起床 17 時行動終了”
どっちを選ぶ!?
小:分かる人には分かるってことで。
「61 代夏合宿、羅臼町役場の方から
知床峠でおにぎりときゅうりの漬物。
おにぎりは今まで食べた中で一番お
いしかった!!」( A.A )
小:チャリ隊だね。
渡:心が温かくなるね。
佐:食べてみたい!
「61 代錬成のプロテイン」( S.O )
小:この手のものは味にもよるかな。
渡:そういえば、U 山はボートの大会で
いつも栄養ドリンクを差し入れてく
れる!
「2 時起床(朝歩くのが好き)
」
「5 時起床(朝は行動したくない)
」
「むしろ 8 時起床でのんびりしたい」
「男は黙って 234 !」
「7 時間睡眠あれば問題ない」
「2 時起床。17 時終了は焦りしか感じ
ない」
小:234 派が多いね。まあそうだろうな。
朝ゆっくりしたいってのも確かにあ
るけど。
佐:8 時起床だと逆に心配になるよね。
小:朝まったりするより終わってから
まったりしたい。
佐:気分的にね。
現役部員紹介
「のぐそ」( Y.U )
「新人の歌を聴くこと」( T.F )
424
425
目 or 耳を疑った瞬間
「佐々木を代々木と呼んでしまう」
( K.T )
渡:初めて聞いた ( 笑 ) 面白い!
小:T 内はネタ師だね。
「63 代夏、二の鎖小屋がない!!」
( A.A )
小:さっきちょうどその記録書いてた!
渡:確かに目を…というかリーダーを疑
うよね。
「コンビニが遠い」( Y.U )
「知床、登山道から出て一面ハイマツ」
( S.O )
佐:分かるよね、これ。
小:どうしようもなかったよね。愕然っ
て感じ。稜線に出たらアップダウン
がなくなって楽になると思ってたの
に・・・。
「63 代夏合宿で大量のアブに囲まれた」
( T.S )
小:あれこそ防ぎようなかった。実は
あの時、F 田の周りにアブが集まっ
てたから、ちょっと離れて歩いてた
(笑)
渡:F 田、かわいそう・・・。そういえ
ば由梨も新人のときアブに囲まれた
んだよね?
佐:そうそう。61 代の M 木さんはもは
や避けてなかったけどね ( 笑 )
渡:さすがです!!
ワンゲル生活で一番燃えた時
「部室大掃除」( K.T )
小:そういう人も必要!
渡:確かにね。でもやっぱり、一番は活
動であって欲しいね・・・。
「63 代プレ春でのラッセル」( A.A )
「ゴリラッセル」( Y.U )
渡:ラッセルは燃えるよね。
小:燃えないとやってられないでしょ。
「長良川ダウンリバー」( H.H )
渡:これはもう燃えるよね!!
「63 代夏、自転車のカルスト登頂」
( Y.O )
佐:これは分かる!山頂でのソフトク
リームが濃厚で最高だった!
「吉野川ワンダリング、ダッキーに一
人で激流に挑むのがたまらない」
( T.F )
渡:さすがだよ、ほんと。
佐:確かにすごかった。参加した自分は
ビビってたから ( 笑 )
「62 代錬成合宿の行動中、63 代 W さ
んから熱い言葉をかけられた時…あ
まりの理不尽さにカッとなりました
( 笑 )」( T.S )
渡:理不尽って言われても・・・。むし
ろあの場面は 62 代 D 門さんだよね。
小:いつかはいい思い出になるよ!
渡:S 木を追いこめたのは、後にも先に
もあれだけかな。
「肉いっぱいのペミカンカレー」
( S.H )
佐:分かる!おいしい!
小:ペミカンはハズレないよね。
佐:でも、ペミカンの材料に カブはど
うなんだろう…。(64 代で取り
入れられたらしい)べたべたしそ
う。ナッツは良いと思うけど。
「合宿で米に飽きてきた頃食べた朝食
のパン」( H.H )
佐:これも分かる!
小:休養日にフレンチトーストつくって
食べたのはおいしかったよ。
渡:つくったんだ、いいね!
「62 代夏合宿、両俣小屋で作ったカ
レー風リゾット。きのことか入って
ボリュームがあった」( S.O )
朝起きて天気が悪かった時の
気持ちをオノマトぺで表すと?
「ジーザス!」
「シトシトピッチャン」
「あーあー」
「オワタ」
「ムゥ」
「あー↑、あー↓」
「はぁ~・・・。
」
「あべし」
※“あべし”が分からないためググって
(= Google 検索して)みた。
小:元ネタは「北斗の拳」か。
渡:そりゃ分からないよ・・・
佐:「ムゥ」がかわいい ( 笑 )
渡:「ジーザス!」がもう聞けなくなる
のかと思うとなんだか寂しい。
小:こういう系はハズレがないよね。沢
隊の最近のヒットだよ。
渡:リゾット系が?
佐:沢隊にしてはおしゃれだね。
小:コッヘルが一つしかなくてもできる
からね。
渡:なるほど!
「63代冬合宿の親子丼。
自信作だった。
」
( T.F )
佐:これはおいしかった!
小:F 永はシェフだからね。
以上、いかがだったでしょうか。
楽しかったことだけでなく、あの時の辛かったことも振り返ってみれば良い思い
出ですね。そんな思い出の積み重ねによって、私にとってワンゲルでの 4 年間が
人生の宝物になったのだと思っています!
下級生の皆さん、アンケートへの協力ありがとうございました。
これからも活動していく中で、いろんな思い出を作っていってください!
現役部員紹介
渡:四国のことかな。あるだけましだけ
どね。ロシアにはなくて、買い物大
変だったなぁ。
小:ロシアは別でしょ。せいこま(=セ
イコーマート。主に北海道で展開し
ているコンビニ)は優秀だよね。
渡:コンビニまで歩いたのも、いい思い
出だね。
佐:新人の夏合宿、ボート隊を思い出す
なぁ。
渡:ボート隊ってそうだよね。チャリ
があるとコンビニまですぐなんだよ
ね。
活動中 (合宿 or ワンダリング)
一番美味しかった食事
426
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卒部生雑感
卒部生雑感
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雑感
63 代主将 小山恭平
動。あのときの疲労は、新人の時以上だった。あの 2 人はよ
くついてきてくれたと思う。
彷徨 63 号がいよいよ完成である。63 代の 1 年間の活動記
3 位は 2 年の夏合宿で訪れたペテガリ岳。この山も、山頂ビ
録はお楽しみいただけましたでしょうか。卒業生雑感は、63
バークだった。客観的にみれば、新人の時の北岳よりもきつい
代委員の 3 人があんなことやこんなことをウダウダと呟くコー
状況だったかもしれない。シビチャリ沢川を遡行後、嵐の中を
ナーです。
縦走、強風に侵されて辿り着いたピークだった。3 人用のゴア
この雑感に何を書こうか、迷うものである。最初に書こうと
ライトを 4 人で利用した夜の不快感は、ダンロップの中がく
したのは、「ワンゲルガールの不思議な暮らし」。しかし、4 年
さやの香りで満たされるよりもきついものであった。
間の観察もむなしく、特に面白くもないので却下。結局は、
「ワ
番外編としては、3 年連続で行くことのできた冬合宿の妙高
ンゲル勝手にベスト 3」というありふれた内容にしようと思う。
外輪が挙げられる。3 年間とも比較的天気に恵まれ、外輪に行
くことができたのはよい思い出である。
<思い出のピーク>
1.ホイットニー
<思い出の休養日>
2.北岳
長い夏合宿では休養日も合宿を彩る 1 ページである。あえて、
3.ペテガリ岳
活動ではなく休養日について語ってみたい。
1 位のホイットニーは新人の夏合宿、海外遠征で訪れた、
2.駒ヶ根
JMT のゴール。部室のパソコンには、10 年後の自分にあてた
3.高知
メッセージビデオが入っているはずなので、今度回収に行きた
い。3 週間歩き続けた先にあったゴールは、4418m という標
1 位は JMT から下山したところにあるローンパイン。3 週
高以上に立派なものであった。もちろん、山頂で愛するマーモッ
間も風呂に入っていない私の身体からは、シャワーを浴びると
トが出迎えてくれたことは言うまでもない。
黒い液体がしたたり落ちてきた。当時、二等兵として活躍して
2 位の北岳は新人の錬成合宿で山頂ビバークを決め込んだ
いた私であるが、あとから冷静に考えてみれば、全てはあの泥
山。ワンゲルを 4 年間続けてきて、「やばい」と思った瞬間は
沼温泉のせいだったのかもしれない(詳しくは JMT 報告書参
いくつかあるが、この時が一番きつかった。6 月で氷点下を経
照)。また、下山直後に食べたパンケーキのアメリカンサイズ
験するとは夢にも思わなかった新人時代の話である。また、2
にも驚いた。あの街は、最も下界が嬉しく感じられ、また最も
年の錬成で訪れた際には、当時新人だった内山と吉村の涙に感
山が恋しく感じられる街だった。
卒部生雑感
1.ローンパイン
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当時新人の佐々木の親戚宅にお世話になった駒ヶ根が第 2
多すぎて選曲に悩む。最終的には、技術確認合宿での印象が強
位にランクイン。佐々木の親戚はなんとリンゴ農家であり、農
いサウダージにした。
作業のお手伝いもした。たった 1 日見ただけのリンゴではあ
3 位は、当時新人の本間が錬成合宿で歌った「ラジオ体操の
るが、とてもかわいく感じられた。
歌」。キツイ錬成合宿でも、前向きなこの歌に励まされたのは、
3 位は 4 年の四国での合宿より高知がランクインである。路
他でもない本間自身だったのであろう。
面電車が走っていたり、大きな商店街があったりと雰囲気の良
い街である。そして、これからも愛用していく予定の山用のハ
ワンゲル勝手にベスト 3 はこのあたりで終了。こうやって
ンモックを購入したのもこの街である。あのハンモックを買っ
思い返すだけでも、この 4 年間に様々な経験をしたことが思
たからには、これからも山へと繰り出さなくてはなるまい。ま
い返される。この雑感だけでは到底語りつくせないのが残念で
た、ボーリングで負けて一升瓶を担がされたのは一生の思い出
ならない。この大切な思い出を支えて頂いた、先輩、後輩、同
なので、その点は沢隊のメンバーは忘れないように。
期にただただ感謝である。本当にありがとうございました。
番外編としては、冬なのにシュラポン(修羅ポン)をした 1
2013. 1. 31
年の倶知安や、藤田の忘れ物により秦野で過ごすこととなった
1 日が挙げられる。
63 代主務 渡部ゆかり
ワンゲルの山行では、必ず歌う羽目になる。特に、近年では
歌うのが好きな 2 年のあの人の影響か歌う回数が増えてきた
ワンゲルに入るのを決めたのは、ブログを読んでいて楽しそ
ように思う。ワンゲルの活動で部員が歌った思い出の歌を紹介
うだなーと思ったのがきっかけです。本キャンで新歓活動をし
したい。
ているというので、学科で仲良くなった女の子たちと本キャン
1.哀戦士
まで行って、ワンゲルのブースを見付けたので友達とは別れて
2.サウダージ
ワンゲルのことをいろいろ聞きました。体力がなくても大丈
3.ラジオ体操の歌
夫だと言われたので安心して、高校では 1000m 走完走できな
かったこともあるくらい体力(+気力)がなかった私でも、楽
1 位は、現役部員なら皆が納得するであろうこの曲。3 年尾
しくやっていけそうだなぁ!と、今思えば大きな間違いでした
形の持ち歌である。
がそんなこんなで深く考えずにその日のうちに入部を決めたの
2 位は福永の歌から選択をしようと思ったが、何せ持ち歌が
でした。高校時代までの私はいわゆる優等生で、勉強やスポー
卒部生雑感
<思い出の曲>
決意表明
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いなんだと思います)、悔しいと思うし、負けたままでいたく
りとも自信を持っていました。でも、何かに本気で打ち込んで
ないと思います。気付かない振りをしたままでいることは、簡
一生懸命になったことはたぶん一度もありませんでした。
単だし気持ち的にもラクですが、本当は気付いているのに向き
ワンゲルに入って、本気で活動することを求められました。
合わないことで後になって絶対後悔します。なんて、本当はこ
私は、それがどんなに難しいことか知らなくて、出来ているつ
んなこと今さら言わない方が良いのでしょう。でも、満足した
もりでずっとやってきましたが、でも最近になってやっぱり
ら「自分はここまで」だと認めることになってしまうので、満
何か違っていたと思っています。本当だったらワンゲルでの 4
足した気になって感動とか感謝の言葉だったり偉そうな言葉
年間は誇るべき輝かしい思い出なのに、少しだけその輝きが小
だったりを並べることは、本当は少し辛いことです(やっぱり
さくなってしまうような感覚になります。こんなことを書くと、
負けず嫌いだからでしょうか)。
同期や先輩が読んだとき残念に思うだろうし、後輩にも誤解を
ネガティブなことを言っているつもりではないんです。ワン
招くと思いますが、それでも敢えて、私は私のために大事なこ
ゲルに入って本気になること(考えて、納得して、行動するこ
とをここに書きます。決して、4 年間本気でやっていなかった
と)の難しさを知って、自分の至らなさに気が付いて心から変
わけではなくて、時間やお金以上のものをワンゲルにかけてい
わりたいと思えたので、それだけでも(もちろんそれだけじゃ
たし、そうしたいと思って自分の意思でしてきたことだから後
ないですが)ワンゲルに入って良かったと思っています。それ
悔は全くありません。同期や先輩、後輩とだったら、どんな活
どころかワンゲルでなければ私は私のままだったと思うし、こ
動も本当に楽しかったです。出来ることは全部やりました。
れからもそのままだったと思います。これまでのあり方に後悔
でも、私が出来ると信じていたことのうちいくつかは、実際
するというよりは、今現在のこととこれからのことをプラスに
には私には出来ないことでした。「出来ないんじゃなくてやら
捉えています。私は本質的にポジティブな人間なんです!(そ
ないだけ」という考え方もありますが、ここではむしろ「やれ
う思ってくれない人もいるかもしれませんが、そうなんです。)
ば出来ると思っていても、やらなければ出来ないのと一緒」と
これから社会人になりますが、私たちワンゲル部員は OB や
いう考え方をしています。やらない理由を挙げることは言い訳
OG になってからこそワンゲルで得たものを発揮していくので
をすることと同じですが、一つ言えるのは、頭をフル回転させ
はないかと思っています。それができないとしたらとても残念
て考え続けることを怠って、すべきことが何となく分かってい
なことです。私は OG として現役のとき以上に輝きたいので、
ても完全には納得せず、納得しないからやらない(こういうと
ワンゲルで得た多くの教訓と、本気になることがいかに難しく
ころで頑固なんです)ということ。私よりずっとこれが出来て
て大切なことかという気付きを生かして、輝くように毎日を生
いる先輩や後輩を見ていると、私は負けず嫌いなので(私が思っ
き生きと過ごします!
ている以上に周りがそれに気付いてて、本当はもっと負けず嫌
これが私の決意表明ということで、誰のためでもなく私自身
卒部生雑感
ツで(体力はなくても運動神経は悪くなかったようで)多少な
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のために、この「彷徨第 63 号」に書きました。最後の最後に
た。寂しかったが、先輩や他の同期に囲まれ楽しく活動してい
こんな自分本位な文章を書きましたが、私は本当はすごく自分
た。壁にぶち当たったのが、積雪期に入ってからのこと。山ス
勝手なのです。と、こんな風に自分の弱さをも打ち明けられる
キーはなかなか上達しないまま、2 年生になった。
ワンゲルが、大学時代の私の全てでしたが、これからはワンゲ
とは言え、もう 2 年生である。後輩の前ではしっかりとし
ルに甘えることなく新たな環境で成長していきます。
なければならない。ワンゲル時代で一番悩んだ時期であった。
4 年間、ありがとうございました!
活動に魅力を感じることが出来ず、退部を考えた。何度も先輩
2013. 2. 19
に話を聞いてもらった。出た結論は、「続ける」。先輩の少し厳
しめの言葉に感化され、ここで辞めるわけにはいかないと思え
たからであった。この頃から責任というものを感じ始めたのだ
「青春?」
と思う。良い意味で。また、次第に私は活動中に後輩の笑顔を
63 代会計 佐藤由梨
見ることに何よりの喜びを覚えるようになった。そしてこれが
私の活動中のモチベーションとなった。後輩のためであったら
頑張れる。本当に後輩の存在は大きかったし、ありがたかった。
いた。それを聞いたのは現役時代であったが、私は到底そんな
そして、3 年生。代を見据えての活動となる。人数も少なかっ
風には感じることが出来なかった。前に迫りくるものに追われ、
たため不安が大きかったが、同期と力を合わせてやるしかな
とにかく余裕がなかったのである。しかし今はまさしくそう
かった。代を執ってからは、ひたすらミーティングに計画作成
だったな、と思える。過ぎていく時間がそう思わせてくれるの
の毎日。時にはぶつかり合いもあったが、同期のことをよく理
だろう。不思議であるが、私にとってワンゲルで過ごした日々
解できたと思うし、何より同期というのはとても心強い存在だ
は、何にも替えがたい “ 宝物 ” である。
と実感した。春には自分自身が凍傷で入院したり、大切な先輩
そんな日々を思い返すと、とても懐かしい。何も知らないま
が亡くなって活動禁止になったりと心が痛む時期が続いたが、
ま、ほぼ部の雰囲気に魅了され入部を決めた新人時代。そこか
それも同期が常に一緒で傍にいて励まし合えたからこそ、乗り
ら私のワンゲル生活はスタートを切った。初めての合宿に行く
切ることができたのだと思う。
と、思ったよりハードで驚いた。これじゃあ、ついていけない!
2 か月間の活動禁止期間を乗り越えた後は、何とかして短い
そんな風に思いながらも、先輩に必死でついていった。先輩は
時間で夏合宿までステップアップを踏んだ。そして、出来る範
厳しくも、しかしとても温かかった。また、低山では見ること
囲内で最後の、そして最高の夏合宿を行えることが出来た。余
のできない圧倒的な山の景色にも魅了されていった。
裕のない中で頑張ってついてきてくれた後輩たちにも、本当に
夏合宿を終えると、次第に当初 10 人ほどいた同期は減っていっ
感謝であった。
卒部生雑感
とある OB の方が、「ワンゲル時代は青春だった」と言って
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こうして振り返ると、この 3 年半で本当に色々なことがあり、
とても充実した毎日を送っていたのだと思った。そして、私は
何より周りの先輩・同期・後輩たちに励まされて最後まで活動
できたのだと実感した。「ワンゲルは人が命」まさしく、そう
思う。もちろん山も好きなので、これからも一つの趣味として
細々と続けて行きたい。そんな私の、徒然なる雑感でした。今
まで関わってきてくれた方々に、感謝に意を込めて。
2013. 2. 4
2012 年 11 月 28 日 部室前にて。
後輩たちにもらった早稲田手拭いとともに。
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編集後記
今年も「彷徨」を無事発行できた。早稲田ワンゲル 63
代の 1 年間の活動記録である。彷徨の編集をしつつ、我々
が 1 年間行ってきた活動を見返すと、実にいろいろなこ
とがあったものだと改めて気づく。事故の多い代であった
ということや、その後の対策などを「彷徨」を作成するこ
とにより今後に伝えていければ、同じような事故を無くす
ことができるだろう。後輩たちには、この 1 年間の活動
から、多くの反省点を感じ取って活動に反映させてほしい。
また、そのような状況の中で部を支えてくれた後輩たちの
笑顔は、63 代 1 年間の活動の何よりの報いとなった。今後、
63 代 3 人の人生を支える 1 冊がここに完成したといって
も過言ではない。
最後に、63 代の活動を支えてくださった OB・OG の皆
様に感謝するとともに、今後の現役の活動が安全に行われ
ることを祈りたい。
佐藤由梨
彷徨第 63 号
発行日 2013 年 3 月 22 日
編集企画 早稲田大学ワンダーフォーゲル部 63 代
編集責任者 渡部ゆかり
印刷所 プリントメディア研究所
早稲田大学ワンダーフォーゲル部
東京都新宿区戸山 1-24-1
TEL:03-3207-1937
http://wasedawangel.sakura.ne.jp/