アジア、ヨーロッパにおける麻酔看護師について

A net
Vol.14 No.3 2010
アジア、ヨーロッパにおける麻酔看護師について
聖マリア学院大学看護学部 基盤臨床看護学領域
滝 麻衣
PROFILE ────────────────────────────────
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滝 麻 衣 聖マリア学院大学看護学部 基盤臨床看護学領域 講師
Mai
Taki
学歴
1992年 3 月:聖マリア学院短期大学看護学科卒業
1993年 3 月:聖マリア学院短期大学専攻科地域看護学科国際看護コース修了
2004年 3 月:九州大学大学院医学系学府医療経営管理学講座修了
職歴
1993年
1999年
2004年
2005年
2007年
4 月∼:雪の聖母会聖マリア病院循環器センター CCU
4 月∼:聖マリア学院短期大学看護学科 講師
4 月∼:社団法人日本看護協会医療・看護安全対策室
2 月∼: 同 政策企画部 政策企画係
7 月∼:聖マリア学院大学看護学部 講師
(現在に至る)
趣味:二千円札を集めること
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はじめに
Nurse anesthetists(NA)といえば、米国の麻酔提供者である看護師が想像されが
ちですが、歴史的にも独特な背景を持つ米国1〜3)は、NA制度を持つ他諸国からも
一目置かれている存在です。本稿では、アジア、ヨーロッパのNAを中心に一部を
紹介したいと思います。
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1. NAとは
International Federation of Nurse Anesthetists(IFNA)は、NAを「周術期におけ
る麻酔管理や麻酔科診療に従事するための教育、トレーニングを履修した看護師」
と定義している。これは、国や制度で活動範囲が異なる点や、麻酔科医と共に周
術期における医療安全・患者安全に対する責任ある役割を担っており、麻酔科医と
同等程度の知識と技術の修得が必要との観点が考慮されている。IFNAは、NAの
competency(能力)と教育の基準を設けており、教育課程の 3 〜 5 割を臨床研修に充
てることを推奨している4)。
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2. アジア、ヨーロッパのNA
IFNAにはTable 1 に示す35カ国の国々と 6 万人を超える個人会員が加盟してお
4)
り、アジア 4 カ国、ヨーロッパ20カ国が加盟している(2010年 6 月現在)
。
Table 1. IFNA加盟国
■ ヨーロッパ
(20カ国)
オーストリア、クロアチア、ベルギー、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、
ハンガリー、アイスランド、イタリア、ルクセンブルク、オランダ、ノルウェー、
ポーランド、スロベニア、セルビア共和国、スペイン、スウェーデン、スイス、イギリス
■ アフリカ
(協会員国 1カ国を含む9カ国)
ベナン、コンゴ共和国、コートジボワール、ガボン、ガーナ、モロッコ、ナイジェリア、
ウガンダ、チュニジア
(協会員国)
■ アメリカ
(2カ国)
アメリカ合衆国、ジャマイカ
■ アジア
(4カ国)
カンボジア、インドネシア、韓国、台湾
(文献4より引用)
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特 集
NA制度を持つ国のほとんどが看護師資格を最低要件とし、それぞれの認定制度
を設けているため、近年ではcertified registered nurse anesthetist
(CRNA)
という名
称を用いることが多い。関連情報をTable 2 に示す。
Table 2. アジア・ヨーロッパのCRNA概要(抜粋)
MDA:medical doctor of anesthesiology、麻酔科医
1)
アジアのCRNA
アジアでは、台湾、韓国、インドネシア、カンボジア、タイ5)、ベトナム、ネパー
ル6)などでNA活動が確認されている。
(1)
台湾:CRNAは麻酔科に所属し、医師の監督の下、麻酔科医と共にその業務に
従事している7)。ほとんどが退役軍人病院などの麻酔科認定施設である大規模
医療施設に勤務している8)。
(2)韓国:無資格者の医療行為を根絶させ、国民に水準の高い麻酔管理を提供する
ため、1973年、医療法第54条、56条において、麻酔看護師の養成と教育に関す
る法律が制定された。後の医療法改正に伴い、2004年度からは修士課程修了と
国家試験が要件となり、2008年12月現在、580名の麻酔看護師が認定されてい
9)
。
る
(法改正後、2009年までの認定者は26名)
(3)
インドネシア:麻酔科医または外科医から委託された症例に対し、CRNAが麻
酔を担当する。基本的にASA PS 1 〜 2 の患者に麻酔が提供される。全身麻酔の
際の気管挿管、抜管、薬剤投与はNAの判断で実施できるが、腰椎麻酔、硬膜
外麻酔は医師の監督下でも実施不可。医師がCRNA 3 名までを監督する並列麻
酔が一般的である10)。
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2)
ヨーロッパのCRNA
ヨーロッパ圏では、CRNAのみならず、看護労働者の国外流出が多いため、近隣
諸国と連合を組むなど、能力と質の保持を目的とした独自のシステムを有している。
(1)
イギリス:CRNAの多くが麻酔管理チームの中で麻酔科医のアシスタントとし
て、周術期のモニタリングやPGD(patient group directive)に基づいたカニュ
レーション、気管挿管、静脈内注射等を実施している。
(2)フランス:第二次世界大戦後、米軍によるフランスの解放がきっかけとなり
1947年から医師・看護師を対象とした麻酔教育が開始された。CRNAは麻酔科
医の責任と監視下で、気管挿管、動脈ラインの確保、吸入麻酔薬、静脈麻酔薬、
筋弛緩薬、麻薬の投与が可能11)であり、術後回復室での術後管理も担う12)。
(3)
スイス:麻酔科医の監督下で麻酔管理や集中ケアに従事している。気管挿管は、
最低200例以上を実施することが卒業要件の 1 つである。
(4)その他:北欧には、1970年に NA団体が設立した Nordic association of nurse
anesthetist and intensive care nurses(NOSAM)と呼ばれる組織があり、デンマー
ク、ノルウェー、フィンランド、フェロー諸島、アイスランド、スウェーデンが
加盟している。
①デンマーク:CRNAは、術中麻酔、PACU/リカバリー室、集中治療室など
で活躍している。
②スウェーデン:4,000名のCRNAが術前・術後管理、疼痛管理、プレホスピタ
ルケアを含む救急ケア領域で活動している13)。近年、術中における麻酔管理
の必要性が指摘され、小児領域での導入が開始された施設も出てきた14)。
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おわりに
NAは、nurse practitioner( NP)とともに高度専門看護師(advanced practice
nurse:APN)として位置づけられていますが、APN導入の背景には必ず「医師不
足」が存在したと言われています。NAに関する議論は様々ですが、諸外国の活動
実態や制度、利点や欠点を比較し、日本にとっての最善策を決定することが、患者
を含む全ての関係者にとって“win-win”な関係の実現に繋がるのではないかと考え
ます。
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引用文献
1 )American Association of Nurse Anesthetists:Advancing the Art and Science
of Anesthesia for 75 Years A Pictorial History of the American Association
of Nurse Anesthetists, 2006.
2 )滝 麻衣:米国における麻酔看護師の活動 Mayo Clinicにおける活動の実際.
看護 58:58−63, 2006.
3 )Kleinpell RM, ed.:Outcome Assessment in Advanced Practice Nursing, 2nd
edition. Springer Publishing Company, 2009.
4 )滝 麻衣:海外における看護の専門性 International Federation of Nurse Anesthetistの活動.インターナショナルナーシングレビュー 31:89−93, 2008.
5 )天木嘉清:タイにおけるNurse Anaesthetist(NA;麻酔看護士)制度. 看護学雑
誌 65;646−648, 2001.
6 )Jariya Lertakyamanee, Thara Tritrakam:Anaesthesia Manpower Shortage in
Asia.(http://www.nda.ox.ac.uk/wfsa/html/wa03_01/w03_1_12.htm)
7 )台湾麻酔看護師協会ホームページ(http://www.tana.org.tw/)
8 )Dai WJ, Chao YF, Kuo CJ, et al.:Analysis of manpower and career characteristics of nurse anesthetists in Taiwan: results of a cross-sectional survey of
113 institutes. Acta Anaesthesiol Taiwan 47:189−195, 2009.
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特 集
9 )韓国看護協会 麻酔看護師協会ホームページ(http://www.korea-ana.co.kr/)
10)天木嘉清:インドネシアにおけるNurse Anesthetist( NA;麻酔看護師)制度.
看護学雑誌 67:792−795, 2003.
11)水野 樹, Yann D, Almeida S, 他:フランス麻酔看護師. 麻酔 55:1506−1509,
2006.
12)Syndicat National des Infirmiers Anesthesistes(http://www.sna.asso.fr/)
13)Riksföreningen för anestesi och intensivvård & Svensk sjuksköterskeförening
– SSF:Description of competence for Registered Nurse with Graduate Diploma in Specialist Nursing– Anaesthesia Care, 2008.
14)Gunilla Henrincsson, et al.: The role of the nurse Anesthetist at Astrid Lindgren Children Hospital in Stockholm(Karolinska university hospital),Yokohama, Japan, World congress of CNR・ICN 2007, P.1.103.
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