高井先生の中国断面エッセイ(1) 「中国の個人主義と日本の集団主義

高井先生の中国断面エッセイ(1)
「中国の個人主義と日本の集団主義」
「中国人は信用できない。中国人に騙された。裏切られた」−これは中国に進出した日
本人・日本企業の多くが一度は口にする言葉である。しかし、中国人は必ずしもそのよう
な民族ではない。むしろ現在では、日本人が中国人のみならず同胞まで騙す事例の方が増
加しているのだ。そして「日本人は信用できる」という言葉は過去のものとなりつつある。
そもそも、「中国人は信用できない」という誤解は、日本人と中国人の民族性の根本的な違
いを理解しないことに大きな原因があると言えるだろう。
孫文先生(1866〜1925)は『三民主義』の中で、「中国人はひとにぎりのバラバ
ラな砂である」との論説を紹介した。つまり、乾いた砂は決してくっつかず、石にも岩に
もなり得ないということである。一方、日本最初の憲法である聖徳太子の17条憲法第1
条には、「和を以て貴(たつと)しと為す。忤(さから)ふこと無きを宗とせよ」の一節が
ある。島国日本は、天皇制を軸として国に対する信頼と国民同士の結束を営々と強め、結
果として集団主義が形成されてきた。ところが、大陸国家の中国は古来より異民族との葛
藤が絶えざる課題であった。王朝も絶えず変転し、漢民族が異民族に支配される時代も多
かった。モンゴル民族による元王朝(1271〜1368)や、満州族による清王朝(1
636〜1912)がその代表である。このような中国の地理的・歴史的プロセスから、
漢民族は
国民
という概念をもち得ず、 人民
という概念をもつに至り、ここに中国
人が個人主義となった所以がある。
中国人は個人主義という民族性から、権利の極大化と義務の極小化を図ることがすべて
の局面において大前提となる。よく日本人は、
「中国人と契約しても契約を守ってもらえな
い。代金を支払ってもらえない」と嘆いている。しかし、代金を極力支払わないというこ
とは彼らが義務の極小化に努めた結果であり、民族性に適ったごく当たり前の言動と言え
るのである。そこで、日本人経営者や財務担当者は、この点において抜かりのないよう慎
重を期し、結果として契約書は詳細でかつ多義的解釈を許さないものでなければならない
ことになる。また、個人主義は中国社会のシステムや習慣の中にも度々見られる。例えば、
中国人が自動車を我勝ちに走らせることは権利の極大化に、交通ルールが守られないこと
は義務の極小化に拠るものと言ってよい。また、個人主義の延長線上に家族主義、地方保
護主義、さらには人治主義がある。中国人は国家を信用していない代わりに、家族や真の
友人をとても大切にする。家族や真の友人に対する自己犠牲の精神は日本人以上と言える
だろう。
このように、我々日本人の多くが頭を抱えている中国人との様々なトラブル、葛藤の多
くは、彼我の民族性の違いについての我々の理解不足に端を発しているといえるのである。
しかし、個人主義はなにも中国人特有のものではない。他民族の支配を受けやすい大陸国
家、即ちヨーロッパ諸国や、移民で結成されたアメリカもまた同様である。このように、
世界の民族の大部分が個人主義であるのに対し、島国であるが故に他民族からの侵略を受
けることなく、日本国土を脈々と支配し続けてきた日本民族は、世界の中でも珍しく集団
主義の国だったのである。
ところが近時様相が違ってきた。日本においてもグローバルスタンダードという名のア
メリカンスタンダードの採用により、国家や地域の共同体意識が失われ、若い世代は中国
人以上に個人主義化している。それに伴い、日本人が中国人及び同胞を騙すという事例が
増加している。弊所のクライアントに衣料服装メーカーを経営している中国人女性がいる。
彼女は日本に十年以上住んだ経験があり、「日本人は皆いい人で信用できる。日本人は人を
騙さない」という認識をずっと持っていた。ところが、近時、日本人に約1,500万円
分の衣料製作機械を発注したところ、届いたのはガラクタ機械で、「私が発注した製品では
ない。」とクレームを述べたところ、当該日本人は「輸入代理会社との契約書に会社の確認
印があるじゃないか」と開き直ったそうだ。彼女および会社役員を務める彼女の息子2名
も「日本人が人を騙すはずがない」と油断していたため、簡単に会社の確認印を押したそ
うだ。それ以外にも、日本人投資コンサルタントが中国に投資希望を持つ日本人を騙す事
案も多い。まず始めに「当該事業を始めるためには2,000万円の投資金を先に振り込
んで貰う必要があります。」等と述べ、お金が振り込まれた後は姿をくらますという手口で
ある。
これまで多くの日本人の努力によって作り上げられた日本人に対する信用が今失われつ
つある。ライブドア事件、村上ファンド事件が象徴するように、日本人はこれまで培って
きた集団主義・共同体意識というものを捨て去り、市場経済至上主義・拝金主義へと移行
している。小学生までもが市場経済の一員として株式投資に夢中になっている現状では、
日本人の個人主義化はますます進むに違いない。他方中国も一人っ子政策により「小皇帝」
と言われるわがまま放題の子供が成長し、社会の中枢を担ってくる。将来の日中関係を担
うのはこのような個人主義の権化達である。両国とも次代を担う子供達の教育についても
っと真剣に考える必要があろう。さもなければ将来の日中関係は互いの金銭的利益のみを
頑なに主張しあうギスギスした関係になるに違いない。
「中国人は自己を犠牲にしても家族
や真の友人を大切にする」「日本人は善良な民族で人を騙さない」という両国民の美徳が子
供達に引き継がれていくことを願ってやまない。
以上
〔筆者〕高井伸夫
高井伸夫法律事務所
弁護士