携帯電話システムにおける電波環境評価技術の研究

博士(工学)垂澤芳明
学位論文題名
´携帯電話システムにおける電波環境評価技術の研究
学位論文内容の要旨
本論文は、携帯電話システムに関わる電磁環境両立性(
E
M
C
)
の確保に必要な測定評価技術の研究成
果をまとめたものである。携帯電話システムのハードウェアは主として、携帯電話端末、基地局無線
装置、基地局間を結ぶネットワーク装置から構成される。本研究は、特に携帯電話端末の発射する電
波と不要な妨害波、並びに基地局の発射する電波が存在する新たな電磁環境(電波環境と称する)を
対象とするものである。
第1章では、まず携帯電話システムの発展経緯を概説する。それに伴って生じた電波環境の変化を
分析し、携帯電話サービスの普及した今日さらに将来のユビキタス社会において電磁環境両立性を確
保するためには、新しい測定評価技術が必要となることを述べる。第2
章以降の構成と得られた成果
の概要を以下に示す。
医用電気機器は、生命に関わる重要な電気電子機器である。第2
章では、携帯電話端末の電波によ
る医用電気機器の電磁干渉を正確に評価するための試験法にっいて述べ、ダイポールアンテナと携帯
電話送信シミュレータから構成した電磁干渉の試験法を考案した。医用電気機器の携帯電話電波に対
するイミュニティレベルは、ダイポールアンテナ入カと干渉発生時のダイポールアンテナと医用電気
機器間の最大干渉距離とした。医用電気機器のなかで植込み型心臓ぺースメーカは、胸部に植込まれ
るので、携帯電話との距離が接近する可能性が高い。本提案の試験法を用いて、日本医用機器関係工
業会ぺースメーカ協議会は、大規模な試験調査を行い、平成8
年にぺースメーカ装着者の携帯電話利
用時のガイドラインを発表している。また、病院内で使用している医用電気機器にっいても、電波環
境協議会(旧不要電波問題協議会)は、本試験方法を用いて、平成9
年に「携帯電話端末の使用に
関 する 調査報告書」を発表 し、病院内等の医療施設での携帯電話利用の指針を示し ている。
携帯電話の普及により、携帯電話の航空機ーの持ち込みが日常的に生じており、携帯電話端末によ
る航空機搭載無線装置等への干渉を避けるために、妨害波の測定評価は、重要である。第3
章では、
携帯電話端末から電波を発射した状態で、携帯電話のディジタル回路等からの妨害波を正確に測定す
る方法を考案した。また、携帯電話の発射する電波の電界強度を実際の旅客機内部で測定した結果に
ついても述べており、共振による局部的な電界強度の上昇は、無く、コックピット、機械室の電界強
度は、l
V/
m
以下であった。これらの測定結果は、平成8
年と平成9
年に実施された財団法人航空振興
財団の「航空機内で使用する電子機器の電磁干渉技術基準調査」において、航空機内での携帯電話使
用の指針作成に反映されている。
携帯電話の普及ともに携帯電話基地局は、民間ビルの屋上を利用することが多くなっている。この
ため、基地局アンテナの近くに一般の人が出入りする状況となる。第4
章では、アンテナから発射す
る電波の強度が生体の電波防護のための基準値以下であることを確認するため、簡易推定法の妥当性
一7
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を確 認 し た 。ま た 、 電波 防 護 適合 確 認 川電 界 強 度測 定 装 艟の 構 成 法を提 案し開発 した。
本章で 確認し た推定 法、測 定装置 は、携 帯電話基地局の新たな建設時に、近隣住民への電波強度の
説明に 用いら れ、携 帯電話 基地局 建設の円 滑化に 寄与している。さらに本章では、携帯電話基地局ア
ンテナ から発 射され る電波 による 植込み型 心臓べ ースメーカ電磁干渉評価について述べた。携帯電話
基地局 の送信 信号の ピーク 電カは 、キャリ ア数や コード数に依存して大きくなる。しかし、実際の送
信信号 を用い た心臓 ぺース メーカ 干渉実験 結果は 、ピーク電カに依存せずに、平均電カに依存するこ
とを示 した。
第5章で は、自 動車に 携帯電 話端末 装置を 備えた 場合の EMCについ て検討 してい る。900MHz帯 の送
信アン テナを 自動車 に取り 付けた 時の自動 車周辺 電界強度分布を実測するため、実車の周囲でセンサ
を移動 できる 自動車 用のス キャナ 装置を開 発した 。このスキャナ装置を用いた実測結果から、生体の
電波防 護の基 準値を 超える 電界強 度値は観 測され なかっ た。し かし、 車室内で電界強度がl
OV/m程度
となる 条件も あった 。この ため、 自動車に 搭載す る電子 機器の イミュ ニティレベルとして、l
OV/m以
上必要 である ことを 明らか にした 。
第6章で は、電 波環境 評価の 基本測 定機器 の高性 能化を 目的とし て周波 数シン セサイ ザ、ASK変調
器の新 しい構 成法を 提案し ている 。環境の 電界の 周波数スペク卜ルを正確に測定するため、局部発振
器として使用する周波数シンセサイザの位相雑音低減と正確で高速の周波数切換え特性が重要である。
周波数シンセサイザの位相雑音を低減するため低雑音電圧制御発振器の設計法を明らかにした。また、
ツイン カウン タ型デ ィジタ ルルー ププリセ ッ卜周 波数シ ンセサ イザを 考案し、従来型のPL
L周波数シ
ンセサ イザに 比べて 周波数 切換え 時間は、 1/40以下となった。この周波数シンセサイザは、低消費電
カであ り、デ ィジタ ルIC技術 により 小形化 が可能である。この周波数シンセサイザ技術は、携帯電話
システ ムにお いて、 携帯電 話無線 回路の高 速周波 数スキャニング性能を必要とするモバイルアシステ
ッドハ ンドオ ーバ実 現を可 能にし ている。 さらに 、イミュニティ評価を正確に行うために必要なバー
ス ト 信 号 生 成 用 ASK変 調 器 の 構 成法 を 考 案 し、 小 形 の 回路 で 40dB以 上 の ON/OFF比 を 達 成し た 。
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学位論文審査の要旨
主
副
副
副
査
査
査
査
教
教
教
教
授
授
授
授
野
宮
小
小
島
永
柴
川
俊
喜
正
恭
雄
一
則
孝
学 位 論 文 題 名
携帯電話システムにおける電波環境評価技術の研究
本論 文は 、携 帯電 話シ ステ ム に関 わる電磁環境両立性(E
MC
)の確保に必要な測
定 評価 技術 の研究成果をまとめてい る。携帯電話システムのハードウェアは主と
し て、 携帯 電話端末、基地局無線装 置、基地局間を結ぶネットワーク装置から構
成 され る。 本研究は、特に携帯電話 端末の発射する電波と不要な妨害波、並びに
基 地局 の発 射する電波が存在する新 たな電磁環境(電波環境と称する)を対象と
し てい る。
第1章 では 、携 帯電 話シ ステ ムの 発展 経緯を概説している。それに伴って生じ
た 電波 環境 の変化を分析し、携帯電 話サービスの普及した今日さらに将来のユビ
キ タス 社会 において電磁環境両立性 を確保するための新しい測定評価技術の必要
性 を述 べて いる 。
第2章 では 、携 帯電 話端 末の 電波 によ る医用電気機器の電磁干渉を正確に評価
す るた めの 試験法について述ベ、考 案したダイポールアンテナと携帯電話送信シ
ミ ュレ ータ から構成した電磁干渉の 試験法を明らかにしている。医用電気機器の
な かで 植込 み型心臓ベースメーカは 、胸部に植込まれるので、携帯電話との距離
が 接近 する 可能性が高い。本提案の 試験法を用いて、ベースメーカ協議会は株式
会 社エ ヌ・ ティ ・テ ィ・ ドコ モ と協 カして大規模な試験調査を 行い、平成8
年に
べ ース ヌー カ装着者の携帯電話利用 時のガイドラインを開発・発表している。ま
た 、病 院内 で使用している医用電気 機器についても本試験方法が利用され、不要
電 波問 題対 策協 議会 (現 電波 環 境協 議会)は、平成9年に「携帯電話端末の使用
に 関す る調 査報告書」を発表し、病 院等の医療施設内での携帯電話利用の指針を
示 して いる 。
第3章 では 、航 空機 搭載 無線 装置 等へ の干渉に関して、携帯電話端末から電波
を 発射 した 状態で、携帯電話のディ ジタル回路等からの妨害波を正確に測定する
方 法を 考案 している。実際の旅客機 内部における携帯電話電波の電界強度測定実
験 につ いて も述 べて おり 、測 定 結果 は、 平成 8
年 と平 成9年 に実 施された財団法
人航 空振興財 団の「航 空機内 で使用す る電子 機器の電 磁干渉 技術基準調査」にお
い て 、 航 空 機 内 で の 携 帯 電 話 使 用 の 指針 作 成に 反 映さ れ てい る 。
第 4章 で は、 基地局 アンテナ から発 射する電 波の電 磁界強度 につい て生体の 電
波防 護基準適 合性を評価するために開発した簡易推定法の妥当性を確認している。
また 、適合性 を測定確 認する ための電 界強度 測定装置 の構成 法を提案し開発して
いる 。これら の推定法 と測定 装置は、 携帯電 話基地局 の建設 時等に実際に使用さ
れて いる。さ らに本章 では、 携帯電話 基地局 アンテナ から発 射される電波による
植込 み型心臓 ペース‘メーカヘの電磁干渉について実験評価法を開発している。基
地局 送信電波 を模擬し たマル チキャリ ア信号 と実際の アンテ ナを用いた心臓ベー
スメ ーカ干渉 実験を遂 行して 、干渉特 性がピ ーク電カ に依存 せず、平均電カに依
存す ることを 明らかに してい る。
第 5章 で は 、 自 動 車 に 装備 し た 携帯 電 話 利 用に 関 す るEMCを検 討 し てい る 。
90
0MHz帯の 送 信 アン テ ナ を自 動 車 に取 り 付けた 時の自動 車周辺電 界強度 分布を
高い 空間分解 能で測定 するた めの電界 センサ 走査型測 定系を 開発し、生体防護基
準の 適合性を 評価して いる。
第 6章 で は、 電波環 境評価に 用いる 基本測定 機器を 高性能化 するこ とを目的 と
し て周 波 数 シ ンセサイ ザ、AS
K変調器 の新しい 構成法 を提案し ている 。周波数 シ
ンセ サイザの 位相雑音 を低減 するため 低雑音 電圧制御 発振器 の設計法を明らかに
し、 ツインカ ウン夕型 ディジ タルルー ププリ セット周 波数シ ンセサイザを考案し
てい る。この 周波数シ ンセサ イザ構成 技術は 、携帯電 話シス テムにおいて、携帯
電話 無線回路 の高速周波数スキャニング性能を必要とするモノヾイルアシステッド
ハン ドオーバ の実現を 可能に している 。さら に、イミ ュニテ ィ評価を正確に行う
た め に 必 要 な パ ー ス ト 信 号 生 成 用 ASK変 調 器 の 構 成 法 を 考 案 し 40dB以 上 の
O
N/O
FF
比を 達成して いる。
第7章は結 論であり 、本論 文の成果 を要約 している 。
これ を要する に、著 者は、携 帯電話 端末の発 射する電 波と不 要な妨害波、並
びに 基地局の 発射する 電波に よって生 ずる電 磁環境の 測定評 価技術に関する有益
な新 知見を得 たもので あり、 環境電磁 工学の 発展に貢 献する ところ大なるものが
ある 。よって 著者は、 北海道 大学博士 (工学 )の学位 を授与 される資格あるもの
と認 める。
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