別冊Ⅱ - 東京大学高齢社会総合研究機構

東京大学ジェロントロジー・コンソーシアム
2009-10 年度活動報告書
【別冊Ⅱ】
生活者視点による
超高齢未来のシナリオ
~シナリオによるロードマップの解説~
2011 年 3 月
東京大学ジェロントロジー・コンソーシアム
生活シナリオ WG
1
ジェロントロジー・コンソーシアム 2009-10 年度活動報告書 【別冊Ⅱ】
生活者視点による超高齢未来のシナリオ
~シナリオによるロードマップの解説~
◆ジェロントロジー・コンソーシアム生活シナリオ WG の概要と活動経緯....................................1
1.
生活シナリオ WG の目的........................................................................................................................................... 1
2.
生活シナリオ WG メンバー ........................................................................................................................................ 1
3.
生活シナリオ WG の活動経緯 ................................................................................................................................. 2
◆「生活者視点による超高齢未来のシナリオ~シナリオによるロードマップの解説~」 ..............3
Ⅰ. 登場人物の紹介 .............................................................................................................................................................. 3
Ⅱ. 生活シナリオ ..................................................................................................................................................................... 5
第 1 章 聡一の朝 ............................................................................................................................................................... 5
第 2 章 健康に暮らす....................................................................................................................................................... 8
第 3 章 食を豊かに ......................................................................................................................................................... 11
第 4 章 生活支援 ............................................................................................................................................................. 14
第 5 章 玲奈からの電話 ............................................................................................................................................... 16
第 6 章 廉の場合 ............................................................................................................................................................. 19
第 7 章 彩の場合 ............................................................................................................................................................. 22
第 8 章 島田氏の場合 その1 ................................................................................................................................... 24
第 9 章 島田氏の場合 その2 ................................................................................................................................... 28
第 10 章 靖枝の場合 その1...................................................................................................................................... 31
第 11 章 15年ぶりのフルサト..................................................................................................................................... 34
◆ ロードマップとの対応......................................................................................................................................................... 39
2
ジェロントロジー・コンソーシアム生 活 シナリオ WG の概 要 と活 動 経 緯
1.
生活シナリオ WG の目的
ジェロントロジー・コンソーシアムでは、2030 年の未来社会に向けたロードマップの内容を
広く一般の方にも分かりやすく伝える必要性から、ロードマップをベースにした未来の生活を
描いたシナリオを作成することになった。
実際にロードマップの作成に携わった有志のメンバーが集まり、2030 年の生活像について議
論し、その上で各人のイメージを加えて書き上げたのが本報告書にある生活シナリオである。
シナリオ中には、ロードマップとの関連性を示す注釈を入れている。本シナリオとロードマ
ップを見比べていただき、未来社会をより身近にイメージする助けになればと思う。
2.
生活シナリオ WG メンバー
【メンバー】(社名 50 音順)
髙田
久義(日立製作所)
細田
祐司(日立製作所)
平山
知子(ライオン株式会社)
高塩
仁愛(東京大学高齢社会総合研究機構)
尾崎
亘彦(パナソニック ヘルスケア株式会社)
芳賀
孝子(P&G)
古谷
純(日立製作所)
瀬川
雅也(株式会社
関根
千佳(株式会社ユーディット)
今井
朝子(株式会社ユーディット)
榊原
直樹(株式会社ユーディット)
ジェイテクト)
(敬称略・計 11 名)
【イラスト作成】
赤澤瑛莉(デジタルハリウッド大学)
1
3.
生活シナリオ WG の活動経緯
生活シナリオ WG は、ロードマップを一般の人分かりやすく解説することを目的に設置された。
各 WG から有志のメンバーを募り、全 4 回のミーティングとオンラインのディスカッションによ
って、登場人物とシナリオの作成を実施した。
9月
10月
MTG
11月
12月
MTG
募集
1月 2月
MTG
統合作業
執筆作業
キックオフ
統合方針
決定
メンバー
募集開始
3月
MTG
A班シナリオ執筆
最終確認
統合シナ
レビュー
リオ
(ドラフト) 完成
B班シナリオ執筆
C班シナリオ執筆
生活シナリオ WG 活動歴
2
生 活 者 視 点 による 超 高 齢 未 来 のシナリ オ ~ シ ナ リ オ に よ る ロ ー ド マ ッ プ の 解 説 ~
Ⅰ.【登場人物の紹介】
地方の町に一人で暮らす母
岡靖枝(91 歳)
政令指定都市に住む高齢の夫婦
高木聡一(73 歳)鞠子(68 歳)
都会に住む息子一家
高木廉(43 歳)彩(43 歳)玲奈(18 歳)
高木聡一(たかぎ そういち)73歳
地方都市出身、地元の大学を出た後、東京のメーカーに就職、地方転勤の経験数回。
定年退職後、かつて転勤で住んだことのある政令指定都市に、Jターンで移住。両
親はすでにいない。健康には自信があったが、このところ膝が痛み、趣味のゴルフ
や家庭菜園での作業に困難がでてきている。
高木鞠子(たかぎ まりこ)68歳
夫と全く違う地方都市出身。東京の大学を出た後、50歳まで編集の仕事をときど
き手伝う。夫の転勤に伴う転居が多かったためフリーランスになった。父が死んだ
後、地方に一人残る母、靖枝が気がかり。少し近い場所に転居できたのが嬉しい。
このところ、物忘れが激しく、ポカも多くなり、認知症かもと少し不安になってい
る。孫の玲奈には、おばあちゃんではなく、マリンバと呼ばせている。
岡 靖枝(おか やすえ)91歳
鞠子の母。かなり過疎の進んだ地方に一人で暮らす。元気いっぱいだったが、半年
前に心筋梗塞を起こし、さすがに無茶は避けるようになった。歯も目もまだまだ達
者、ボケてないと人には言っているが、実際は腰も痛めている。連れ合いが亡くな
ってからしばらく外出を控えていたが、この数年、ボランティアで人生相談に乗る
ようになった。自分の孫くらいの年代の人からもオンラインで相談が来る。ひ孫の
玲奈は、鞠子と区別するためにヤスンバと呼んでいる。
高木 廉(たかぎ れん)45歳
聡一、鞠子夫婦の長男。東京で両親が残していった家に暮らす公務員。地方に住む
両親や祖母が気がかりではあるが、いつもは仕事にまぎれてあまり訪問していない。
ときどき、ネットでいろいろな高齢者支援機器を探して贈っている。
高木 彩(たかぎ あや)45歳
廉とは大学の同級生。カナダからの帰国子女でさばさばした性格。両親は海外に移
住してしまったので、高木夫婦を大事にしている。家の近所で語学講師をしたり障
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害者作業所でお菓子を焼く手伝いをしている。
高木 玲奈(たかぎ れいな)18歳
廉、彩の娘で大学1年生。子供のころアトピーがひどかったので家や食べ物のアレ
ルギーについて関心がある。イタリアにスローフードの勉強に行くのが夢。
島田佳樹(しまだ よしき) 73 歳
聡一の大学時代の友人で、熟年離婚した。趣味に、コミュニティビジネスにと、大
活躍だが、大病をして人生観が変わったらしい。
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Ⅱ.生活シナリオ
第1章
聡一の朝
高木聡一は今朝もコーヒーを淹れている。自分好みに豆を挽いて、ゆっくりサイ
フォンで淹れるのが好きだ。コポコポとコーヒー豆が音を立てて盛り上がり、すう
っと落ちて行くのを見ていると、理科の実験の、幸せなバージョンのような気がし
てくる。この朝のコーヒーは、家庭円満にも役立っている。薫り高いコーヒーにつ
られて、妻の鞠子が起きて来るのだ。
「おはよう、今日もいい薫りね、ありがとう」
退職してから、誰かに感謝されることがめっきり減った 73 歳の聡一にとって、
朝一番にありがとうと言われるのは、悪くない。68 歳の鞠子にとっても同じだ。夫
が家にいることのうざったさを、朝のコーヒーが救ってくれる。互いに笑顔で一日
を始めることができるのだ。
65 歳で退職してからしばらくの間、聡一は時間を持て余していた。中小企業の役
員だった聡一にとって、地域との繋がりは皆無だったからだ。妻の後をついて行っ
ては「濡れ落ち葉」と言われ、「わしも族」と揶揄され、かつての上司風を吹かせ
5
ては嫌がられ、ジタバタしていた。だが退職して 2 年後、妻の父の介護をきっかけ
に、かつて鞠子と転勤で住んだことのある、この政令指定都市に引っ越したのが幸
いした。まるで新婚時代のように、新しい人間関係を作り直し、新生活に入ってい
けたのだ。
それは聡一にとって、新しい会社に転職したような気分だった。違っているのは、
これまでのように、肩書が重要ではないことだ。会社の看板や役職で評価されるこ
とはない。名前とメルアドだけ入った名刺、いわば素の自分で勝負するのだ。爽快
だった。
地域の中で、自分ができることを探す。お金のためでなく、地域の人々、シニア
や子供たちのために、役に立てることを見つける。それは、楽しい実験のようなも
のだった。たまには失敗もする。でも成功すると楽しい。家庭の中でも同じだ。自
分のできること、貢献できることを探して、喜ばれるのは気持ちがいい。朝のコー
ヒーもその一つだった。
鞠子の父が介護の末に亡くなり、91 歳の母、岡靖枝(おか やすえ)はまだ故郷
でがんばっている。スープは冷めてしまう距離だが、何かあったら新幹線とJRで
1 時間半という場所である。でも、このくらいの距離感がいいのかもしれない。東
京に住む 45 歳の息子夫婦、廉(れん)と彩(あや)や、18 歳の孫の玲奈(れいな)
とも同じくらいの時間で会える。自分たちのことはほっといてくれていいよ。おば
あちゃんは僕らがついているから。聡一夫婦が選んだ距離感なのだ。定年後、20 年
近く生きることを考えたら、自分たちはもっと自由に生きる場所を選んでいいんだ
[1]。東京の家を息子夫婦に貸して、もっと自然に近い場所に住みたいね。都会に
いたら大きな虹を見ることなんてできないし、温泉も海も山も、ゴルフ場も菜園も
遠いんだもの。そこそこの地方都市の方が、映画館も美術館もすいてていいわ。さ
さやかでも年金もある。もうどこで生きてもいい。どこで死んでもいいんだよね。
もう少し老いた親とともに、できるだけ楽しんで生きて死にたい。
その母、靖枝は、90 を過ぎても一人で暮らしている。半年前には心筋梗塞も起こ
したし、腰も痛めているし、確かに身体は弱ってきている。でも、元気だ。ときお
り、自分や鞠子より、頭はクリアなんじゃないかと思うことさえある。たまには同
じ話を繰り返したりするが、どこか超越した境地に入っていることを感じる。地方
に一人で住んでいるからこそ、日々、やるべきことがたくさんあるので、結果とし
てボケないのかもしれない。たぶん、ありがとうと言われることが、靖枝の生活に
は多いのだろう。聡一のコーヒーよりも、もっと何度も。
そして、聡一と鞠子は気づいている。靖枝自身も、何度もありがとうと言ってい
る。街の人にも、バスの運転手にも、畑の野菜にも。きっと毎朝、日が昇るたびに、
暮れるたびに、お日様に向かって手を合わせ、ありがとう、と言っているのだろう。
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ありがとう。今日も目が覚めてお日様が拝めた。ありがとう。今日もつつがなく、
夕陽を見送った。今日というのは、今の日なのだ、暮らすというのは、無事に日暮
れを迎えることなのだと、いまさらのように思う。靖枝の自然体の生き方を知ると、
聡一は長生きするのは素敵だと思うようになった。生かされていることに感謝し、
自分ができることを見つけて生きる。ありがとうと、言うこと、言われること。そ
の関係性の中に、靖枝のいのちがある。確かに周りは限界集落だ。でも、その分、
人も自然も、関係が優しい。自然そのものが、いのちの源であって、人間は、その
うちの一部にすぎないのだ。
老い支度を、20 年も時間をかけて考えることができる、いい時代になったと、今
の聡一は思っている[1]。どんな風に老いて、そして死んでいくのか、自分で選べ
るようになったからだ。都会と田舎の、ちょうど真ん中の都市で、そのどちらの良
さも満喫しながら、老いていきたいと思っている。
7
第2章
健康に暮らす
聡一は、3 次元空間パネルをリビングに表示し、画面にタッチした。今日の健康
メニューをチェックする。パネルに、メニューが現れる。『本日の聡一ヘルシーラ
イフメニュー』[7]。珈琲をゆっくり飲みながら、段取りを考える。
「まずは、地区
センターまで2kmを早足で散歩、そこで、いつもの仲間とロコモ体操を20分。
そのあとは・・・」妻の鞠子は、すでに珈琲カップを自分の部屋に持って行き、地
域情報誌の編集を始めているようだ。『本日の鞠子ヘルシーライフメニュー』は、
編集作業に拠る物忘れ予防プランが入っている。認知症かもと不安になるほどに物
忘れがひどくなっていた鞠子だが、以前の経験を生かした編集の手伝いを始めたこ
とで、活力を取り戻してきているようだ。隔週に行われる編集会議に参加するため
に、普段より念入りに化粧をすることも、認知症予防には有効らしい。まちかどほ
っとスポットでの様々なイベントにも、もっと頻繁に一緒に行くようにしよう。
辛うじて国民健康保険の制度は存在しているものの、自己負担率は上がる一方で、
個人で掛けた保険サービスで幾らかは助かっていても、まずは自己管理をして医療
のお世話にならないことが一番。そのためにも、検診の結果に基づき、それぞれの
ライフスタイルや人生経験を踏まえて作成されて配信されてくるヘルシーライフ
メニューは有難い。今の聡一メニューのメインは、加齢の王道(?)であるロコモ
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ティブシンドロームの臨床データに基づくものだ。ロコモ体操は、かつては単調な
ものだったが、今ではダンスの要素を取り入れてとてもかっこいい体操になってい
る。腰の痛む聡一には、独自の振り付けがなされている。
地区センターへ出向けば仲間に会えて情報交換も出来るので、励みになる[2]。今
日は、元整形外科医の木内先生が来られる日でもあるので、腰痛予防についても教
えてもらうことにしよう[7]。85歳の木内先生も10年前には歩行が辛いときも
あったらしいが、今やまさに健康予防のロールモデルだ。人生の先輩として何でも
相談できることも有難い。健康・生活モニタリングデータや医療データの分析結果
を元にした本人への健康予防指導はもちろん、それらのデータが、今後、より有効
性の高い健康予防プログラムの開発に使われることを思えば、息子たちの世代のた
めにもしっかりと協力したいと思う。
そう言えば、先日受診した遺伝子検査の結果はどうだったのだろう。廉たちも受
けたと言っていたな。これは、バーチャル会議で結果を聞けるはずだ[7]。 健康―
>検診―>結果 の順番でパネルをタッチする。『○月△日(土)午前11時 結
果とカウンセリング』の表示。すでに、息子たちは「オンラインで参加する」と返
答している。最も気にかかっているのは、鞠子の父親の死因となった胃がんの遺伝
子と循環器系の遺伝子だ。結果には不安もあるが、体質を知った上で、予防に努め
ることがより効果的であり大切であると思うようになった。しっかりと聴いてくる
ことにしよう。
パネルの イベント をタッチ。 『明日午後1時~ サンライズスパ(元は日
の出銭湯という名前だったのだが)広場特設会場にてお笑い芸人卵たちの予選会』
の表示[1]。笑いが免疫力アップに有効であることが科学的に立証されて以来、芸
人を応援するイベントが増えているようだ。最近の私のお気に入りは『タマちゃん
ズ』。鞠子は、韓国から来たルックスの良い『ツインズ』がお気に入りのようだ。
一緒に出かけてみようかな。鞠子のお化粧の機会にもなることだし。予選会の後の
スパでの批評会も楽しみだ。鞠子お気に入りのツインズは、彼らが働く介護センタ
ーでも、週に1回は漫才を披露している。先週の彼らのライブは、3D ネット配信
で、離れて暮らす鞠子の母、靖枝も観たらしい。鞠子から母への笑いのプレゼント
だ。最近出不精になってきている母も、まるでライブに出向いているような雰囲気
を楽しんでくれたようだ。ここ数年、少しずつ心臓が弱ってきていた母が、心筋梗
塞で倒れたのは半年前。医療と連携した見守りネットに登録していた母の不整脈の
兆候に気づいたヘルパーさんが駆けつけてくれたおかげで、大事に至ることはなか
った[7]。 が、それをきっかけに、在宅医師の訪問とヘルパーさんの訪問頻度を
増やしてもらっている。年と共に気になる入れ歯など口腔ケアや目のかすみなど、
気にかかることはなんでも診てもらえるので、体調の方は安心できたようなのだが、
倒れるまでは、それなりに元気いっぱいだった母も、やはり少し気落ちしたのか、
外出も少なくなってきている。健康の源は免疫力!笑いはそれを応援してくれる。
そして食事と会話!今のところは3D ネットを通じて、我が家からの『料理宅急便』
9
での食事を囲むことや、笑いのプレゼントに頼っているが、少し元気を取り戻して
くれたら、近所の人にわいわい食堂や地区センターへも連れ出してもらおうエラ
ー! 参照元が見つかりません。。
おっと、パネル上に、『廉からの3D コンタクト』の表示が点滅している。 OK
―>会話 とタッチする[4]。
「父さん、最近の調子はどう?」出勤仕度途中の廉が現れる。
「相変わらず膝が少し痛むかな」と返事をする。
「膝に優しいオーダーメイドのウォーキングシューズを見つけたのだけど試して
みない?」3D で映し出されたシューズに触れてみる。なかなか良さそうな感触だ。
「ありがとう。見てみるよ。今日も仕事がんばりなさい」
まるで、同じ家の中で話をしているような錯覚に陥る。週に何度も3D での連絡を
入れてくれる息子家族だが、やはり来月の来訪が待ち遠しい。母も同じような気持
ちでいるに違いない。今度は玲奈も誘って、一緒に母のところへ行ってみようかな
あ。
<補足>
パネル:
ロコモティブシンドローム:
3次元空間タッチパネル。好きな空間にオンデマ
ンドで呼び出すことができる
加齢による運動器の障害により、要介護となる危
険性の高い状態
10
第3章
食を豊かに
鞠子がリビングに戻ってきた。聡一が廉と話している声が聞こえたのだろう。鞠
子はお笑いも好きだが、このところ食の改善にも関心がある。年齢と共に好みも変
わってきたし、塩分やカロリーのコントロールも求められるようになってきたから
だ。自分たちの年齢にあった食生活になっているのか、今後、ロコモなどが進んだ
ら調理をどうすべきか、もっと学びたいと思っていた。食育は、年代を超えて人気
のメニューである[6]。
鞠子は近所で受講できそうなプログラムを探してみた。自分の健康状態のデータ
(PHR)を記録したカードをパネルにかざし「体調を良くするためのプログラムを
教えて」とつぶやいた。すると『鞠子のヘルシーライフメニュー』の中に「豊かな
食」という項目が表示され、美味しい地産地消、美と健康を保つヘルシー料理、地
元野菜で作るイタリアン、効果的な運動のプログラムなどが表示された[7]。
「食事
もだけど、運動も重要よね。でも、まずは地産地消を勉強しようかな。」鞠子は、
その講習会に申し込んだ。聡一も、地元の農と食には関心があり、少しは料理もで
きるようになりたいので、一緒に参加することにした。会場は自宅から少し離れて
いるため、オンデマンド乗り合いバスの送迎も申し込んだ[6]。
講習会当日、鞠子も聡一も、今日は気合を入れて化粧をした。今では男性が化粧
をするのは、シニアの間ではごく当たり前になっている。しみのカバーはエチケッ
トである。互いにきれいになって、なんとなくこころがうきうきする。バスが来る
時間になると、自宅の居間の壁にかけてあるパネルから音楽が流れ「♪あと 10 分
でまちかどほっとスポットにバスが来ます。」と表示された[3]。物忘れの多い鞠子
も、安心してイベントに参加できるので、とても重宝している。まちかどほっとス
ポットで待っていると、高齢者や家族連れを乗せたバスがやってきた。バスの後ろ
の座席には、近所の農家でとれた野菜や果物がたくさん積まれており、元気なおば
あさんが子どもに解説をしている。その中には、聡一や鞠子が知らないものもあっ
た。
講義の時間になった。あのおばあさんが、先生として教壇に立った。その野菜に
どんな歴史があり、どうやって栽培されているのか、地元の伝統野菜や新種の野菜
についても教えてくれる。旬の野菜の栄養価や、年代にあった調理法や、効果的な
保存法を教えてくれた[6]。講義の中では、採りたての野菜を料理し試食させてく
れた。地元の農家が野菜の食べ方を教えたり、栽培の指導をしてくれるのだ。農家
から苗とウェブカメラサービスをセットで購入すると、農家に苗の画像を送って相
談することや、仲間内で作物自慢ができることもわかった。聡一は採りたて野菜の
おいしさに感動し、これからは夫婦そろって、散歩のついでにこの農家に野菜を買
いに行こうと思った。農業指導もしてくれるという。聡一はさっそく申し込んで、
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庭でもできるレタス栽培から始めることにした。少しだけでも農と食を自分でつな
ぐのは、楽しいことだ[1]。
地産地消の講座がとても勉強になったので、今度は美と健康を保つメニューとい
う講座に夫婦そろって行くことにした。聡一は一人のときは、出来あいのお惣菜に
頼っていたのである。これでは今後、鞠子が入院でもしたら、途端に栄養バランス
が悪くなるだろう。送迎バスを申し込むと「この会場は近いので、歩いた方が健康
に良いですよ。終了時間が遅いので、帰りだけバスをご利用になるのはいかがでし
ょう?」というコメントが返ってきた。PHR を登録してあったので、運動不足がば
れたのだ。で、今回は、歩いて会場に行くことにした。
料理教室に行くと、広くて明るいキッチンに通された。高齢者や子供にも安全で
使いやすい、ユニバーサルデザインのキッチングッズを使って、一緒に料理をした。
聡一がまるで子供のようにはしゃいでいるのが、鞠子にはおかしかった。聡一は、
新しい実験をしているようで楽しかったのだ。料理教室では、体調にあわせた塩分
やカロリーのコントロール方法や、栄養バランスのいい食事のための冷凍食品の利
用方法、シニアの認知特性に配慮した最新の調理器具の使い方なども教わった[6]
加齢に伴う心身機能の変化に対応し、体調に合わせて器具や調理法を変えることな
どを実践で教えてもらい、鞠子はこれからも、無理なく料理を続けられる自信がつ
いた。できあがった後は、参加者全員でテーブルセッティングをして、ボケ防止に
良いとされる赤ワインを飲みながら、楽しいお食事タイムとなった。年齢を超えて
地域での新しい友人を作る、いい機会のようだ[6]。
数日後、パネルの電子回覧板に「子供たちと一緒に食事を作ろう!○月○日 16
時から。参加ご希望の方は、下をタッチ」という案内が出た。前と同じ場所で、共
働き家庭の親が主催したイベントで、費用は子供たちの親たちが負担しているため、
高木夫妻の費用負担は一切ない[1]。郷土料理などの先生として、地元のシニアに
自治体から報酬が出るものもある。あれから料理にはまっている聡一は「腕試しに
参加してみるか」と申し込みボタンにタッチした。鞠子も子供たちが好きなので、
一緒に参加することにした。
イベントの当日、乗り合いバスは、子供たちのはしゃぎ声であふれていた。バス
は最寄りの小学校を回り、子供たちを乗せてきていたのである[3]。エネルギーの
塊のような子どもたちと接していると、自分たちも元気になる。もっとも、毎日だ
と大変かもしれないが。。。聡一も、今日は料理を教える側で奮闘している。なんと
か時間内に出来あがった!子供たちと一緒ににぎやかに食事をとっていると、仕事
が終わって帰ってきた親も、一緒にテーブルについた[6]。鞠子は、廉が小さい時
にもこんなサービスがあったら、寂しい思いをさせずにすんだのにと思った。高木
夫妻はたくさんの家族に感謝され、子供たちのエネルギーをもらい、幸せな気分で
帰宅した。
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翌日、聡一は、自信作となった料理を再び作り、鞠子の母に『料理宅急便』で
発送した。料理宅急便とは、自分で調理した食品を、理想的な状態で日本全国に
配送してくれるサービスのことである。食品を配送に最適な状態に保ってくれる
『魔法箱』を宅配業者から借り、料理をそれに入れれば、翌日には届けてくれる。
靖枝は魔法箱が自宅に着くと、そこに書かれた指示に従って、食品を温めた。聡
一と鞠子は、魔法箱が開封されたのを確認し、ビデオ電話を靖枝にかけた[4]。靖
枝はパネルを食卓に立て、高木夫妻と食卓の画像を共有しながら、聡一の初めて
の料理の先生体験や、子供達のおとぼけ行動の話に大笑いしながら食事をした。
遠く離れていても、まるで一緒に暮らしているかのように食事を楽しめるのだ。
13
第4章
生活支援
鞠子の現在住んでいる政令指定都市は、結婚後、聡一の転勤に伴う転居のなかで
かつて住んだことのある街。鞠子は、大学生活を送った東京よりも買い物や日常生
活を送りやすいこの街が気に入っている。この街の住み心地がよい理由のひとつと
して、地域社会のゆるやかな繋がりが多く、住んでいて温かい気持ちになることが
挙げられる。別に遠くの町に出かけなくても、何の心配もいらない。地域の拠点で
ある地区センターは自宅から徒歩 5 分のところにあり、よく利用するショッピング
センターの近くにあることから、取り立てて用事がなくても、だれか来ているかな
~と顔を出すことも多い[2]。この街の中心にある地区センターには「まちかどほ
っとスポット」や「まちかどほっとカフェ」「わいわいプラザ」などがあり、様々
な活動が活発に行われており、地域の人の憩いの場にもなっている。鞠子が「まち
かどほっとスポット」のサービスのなかでも特に気に入っているのは、「リビング
サポーター」である[5]。
「リビングサポーター」とは、主に高齢者の相談や疑問に対して相談にのり、丁
寧に回答してくれるワンストップのサービスである。生活のお困りごとに対して、
だれに何を相談していいのか、わからない・・・???そんなときに、リビングサ
ポーターに話をすると、まず話をしっかりと聴いて、困りごとの解決に最適な方法
を一緒に考えて、導きだしてくれるのだ。リビングサポーターには守秘義務があり、
個人的な相談がしやすいように配慮されている。リビングサポーターは50~60
代の女性が多く、自分自身の老いや親の介護なども肌で感じていることから相談者
への共感と理解があり、またチームとしての課題解決能力に長けていることから、
地域になくてはならない存在として着実に定着しはじめている[1]。
いつも行く「まちかどほっとスポット」には、常勤とパート 10 名のリビングサ
ポーターがシフトを組んでいる。鞠子は中でも相性の良い大石良子さん(65歳)
がお気に入りで、彼女のいる時間を見計らって地区センターを訪問することが多い。
良子さんは、大手企業のスタッフを定年退職後、リビングサポーターの資格を取得
した。鞠子の隣町から毎日自転車で通っている。鞠子と良子さんは、年が近いこと、
家族構成が似ていること、趣味が同じこともあって、共感しやすいのかもしれない。
鞠子は年の近い良子さんがイキイキと働く姿に刺激を受けて、自分もリビングサポ
ーターになってみようかと考えたこともある。今日は、編集を手伝っているタウン
誌に、良子さんのインタビューを掲載しようと、取材を兼ねて訪ねたのである。
リビングサポーターは、医療、介護、日常生活サポート、行政手続き、お金の相
談、趣味、就労などあらゆるお困りごとに対して、解決策やヒントを提供してくれ
る。もし最初に相談したサポーターでは思うような解決策が見つからないときには、
他のメンバーの知恵を借りることでチームとして解決への糸口を提示してくれる
14
[5]。
鞠子は、これまでにリビングサポーターを介して色々な悩みを解決してきた。最
近では、遠くに住む母、靖枝の見守りについて相談した。靖枝は鞠子の住む街から
電車を乗り継ぎおよそ 1 時間半のところに住むため、なかなか訪ねていけない。鞠
子は、母にこまめに電話するようにしているが、母に様子を聞くと「まだ、私はひ
とりで大丈夫。」と答えるばかりで、心配がつのっていた。リビングサポーターに
相談したところ、母の住む街のリビングサポーターと連絡をとり、母の「見守り」
について安心なシステム(IT 技術とご近所のダブルの見守り)を作ってくれたエラ
ー! 参照元が見つかりません。。
IT を使った見守りシステムは、母が IH 調理器や洗濯機など家電製品を使った信
号や、外出したとき、帰宅したときなど玄関を出入りした信号が自動的に鞠子のも
とに送られてくるため、自宅にいながら遠くに住む母の動きを確認できるようにな
った。また、母のご近所の方が、毎日の暮らしのなかで、例えば洗濯物がとりこま
れずにそのままになっているなど、普段とちがう様子がないかを気にかけてくれ、
ときには縁側でお茶を一緒に飲む。また、地震などの緊急時には母の安否を確認し
てくれる。リビングサポーターは、行政に働きかけ、安価に IT 見守りシステムの
手配をしてくれるとともに、定期的に母を訪問して、靖枝が家にこもりがちになっ
ていないか、食事はちゃんととっているか、足腰は衰えていないかなどを確認して
くれる[7]。靖枝は見守りがご縁で、ご近所の方から人生相談を受けることになっ
た。今では、ICT を介して、地域以外からも相談を受け付けているそうだ。母は、
自分の人生経験が周囲の方々の役に立つことを知り、それを生きがいとして、イキ
イキとした91歳を過ごしている[1]。なんだか、羨ましいなあ、こんな風に歳を
とっていけたらいいな、と、鞠子はいつも思うのだった。
ふと、モバイルを見ると、孫の玲奈から、何度も着信があったようだ。良子と話
すときはいつもマナーモードにしているので、それを切り忘れていたことに気づい
た。どうもこのところ、もの忘れが激しくていけない。でも、玲奈、こんなに何度
もかけてきて、どうしたんだろう?めったにないことなんだけどな。
15
第5章
玲奈からの電話
チョーカー(腕時計式モバイルフォン)の振動に気がついてふいに立ち上がろう
とした聡一は、腰の痛みに耐えかねてそのままよろけてしまった。残念なことに踏
みつぶしてしまったのは、いまから収穫しようとしていたレタスだった。つぶれて
しまったレタスを恨めしそうに一瞥すると、チョーカーの表面を指でなぞった。
「おじいちゃん、いるー?」
チョーカーは小型の携帯になっており、骨伝導で音声が直接聞き取れるようにな
っている。[4]電話の相手は孫娘の玲奈だった。
「居るよ。いま家庭菜園にいるから、ちょっとまっとくれ」
話しながら聡一は、土を払いながら、母屋の方へ向かった。ベランダから居間に
入り大型テレビの前に立つと、センサーを指でなでる。[4]画面に玲奈の姿が映し
出された。レタスを1つダメにしてしまったが、孫娘から電話がかかってくるとい
うのはいいものだ。「おじいちゃん、久しぶり。元気だった?」
聡一は久しぶりに見る玲奈を見て嬉しくなった。
「ところでマリンバは?
さっきからなんど呼んでも反応がないのよねー」
自分が目当てじゃないのかと、少しへこんでしまったが、大人なので、それは飲
みこんで、聡一は応えた。
「マリンバは朝からタウンガイドの取材に行くとかいって出かけていったぞ。今頃
は編集会議かもしれん」玲奈は、鞠子のことをマリンバと呼ぶ。鞠子がおばあちゃ
んと呼ばせたくないのでこんな名前を考えた。
「そうなんだ…。ところでこの前送ってくれた野菜、おいしかったよ。ありがとう。
あの中に入っていた赤い皮のカボチャかな? それの食べ方を教えて欲しいんだ
けど…」
玲奈の言っているのは「打木赤皮甘栗かぼちゃ」の事だろう。めずらしい品種だ
が、鞠子の故郷の味だからといって、わざわざ取り寄せて植えたものだ。料理は一
通りできるようになったものの、さすがに聡一はそのカボチャの料理法までは知ら
ない。鞠子の故郷の味なんだから、靖枝は知っているかも。
「もしかしたら、ヤスンバが知ってるかも知れんぞ」
「わ、そうだね、連絡してみよう!」玲奈は曾祖母の靖枝をヤスンバと呼ぶ。マリ
16
ンバと区別するためだ。
聡一はカレンダーを見てみる。たしか今日は靖枝さんのところに ICT サポーター
が来ている日だ[4]。オンラインでの人生相談が生きがいになっている靖枝だから、
曾孫に料理を教えることも喜んで引き受けてくれるに違いない。テレビの画面に向
かって靖枝を呼び出すように話しかけると、自動的に検索が始まった。すぐに検索
結果が表示される。ちょうどオンラインだ。呼び出すと画面には若い青年の姿が表
示された。ほう、あの村にもこんな好青年がいるのか。
「こんにちは。ICT サポーターです。岡さんに人生相談のご用件ですか?」
青年はいたずらっぽい笑顔を浮かべると、振り返った。肩越しに靖枝の姿が見える。
「おじいちゃん、いまの誰!?」画面は玲奈にも見えていたようだ。
「あぁ、ICT サポーターといってパソコンや携帯の使い方を教えてくれる人だよ。
今日はメンテナンスに来てくれる日だったからね」
これまで靖枝のところには古い電話しかなかったのだが、ICT サポーターの手助
けでユニバーサル情報ユーティリティがようやく使えるようになったのだ[4]。
「これで接続テストは OK ですね。もう自由にお話しできますよ」
青年に促されて靖枝が話し出した。画面に映っているのが誰だか一瞬分からなか
ったが、すぐに娘婿の聡一だと気がついた。次に玲奈の写っている画面をまじまじ
と見つめる。
「画面を大きくするには、こうしてくださいね」青年がユーティリティの使い方に
ついて靖枝にアドバイスした。直感的に操作できるユニバーサル情報ユーティリテ
ィは、使い方を覚えるのも簡単だ。靖枝は拡大した画面をもう一度見つめた。
「もしかして玲奈ちゃんかい?
大きくなったねぇ。私に人生相談かい?」
「うん、ヤスンバ、相変わらずイケメン好きだね!」青年のさわやかな笑い声が聞
こえた。18歳の孫が91歳の靖枝と楽しそうに会話している。どっちも若いなあ、
と聡一は思った。
「玲奈ね、ヤスンバに相談したいことがあるんだ。で、おじいちゃん、どうもあり
がとう。じゃあね!」突然、聡一の画面だけがチャットモードからはずされた。な、
なんだ、つまらないな。でも、玲奈の相談って何だろう。かぼちゃの料理法なら、
一緒に聞きたかったのに。もう一回アクセスを試みたが、内緒話モードに入ってい
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て参加できなかった。聡一は今度こそ、本当にがっかりしてため息をついた。
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第6章
廉の場合
「いかん、食べ損ねる!」
廉は、海外からの医療ツーリズム円滑化法案の原案作成に追われていた。気づけ
ば、昼食の時間を10分過ぎていた。メガネだけを外し、庁舎2階の社員食堂エム
サロンへ走った。ピッ、社員カードをかざし入出門ゲートを通ると、昨日一日の歩
数、運動消費量がカードに表示される[7]。
昨日は 9,250 歩、276 キロカロリーか。会議が多かったからなぁ。今日のお奨め
昼食メニュー欄は、やっぱり「ヘルシーランチ」か。1 万歩を超えないと「ボリュ
ームランチ」は表示されないよなぁ。
19
廉は、カードのお告げに従い、ヘルシーランチの列に並び、味噌汁は迷わず薄味
を取った。いつもヘルシーランチは長蛇の列だ。いまや健康維持や運動も社員の任
務ということだ。
「ピッ」カードで精算する。480 円・合計 438 キロカロリーか、まずまずかな。摂
取カロリーも個人の健康管理サーバーに保管され、日々の変化をモバイルフォンで
見ることができる
少し秋色がかった光がさしこむ、一番窓側のいつもの席につき、慌しく喉に流し
込む。片手ではモバイルフォンをいじりながら。
いつも見るサイトは決まっている。慣れた手つきで操作すると、かわいいおばあち
ゃんアバターがスタスタ歩いている画面が現れた。その下には、
「月」
「目覚まし時
計」「女の人」「ごはん」のキャラクターアイコンも表示されている。
それを見た廉は、にやっとしながら、
「ヤスンバは今日も出かけてるのか。人生相談を始めてから活動的になったな。」
誰にも聞こえないくらいの声でつぶやいた。
91 歳になる祖母が住む自治体では高齢化が進んだため、4 年前からみまもりケア
ネットを導入してくれた。そのおかげで、家や街のいたるところに置かれた やん
わり見守るセンサーによって、何時何分までは分からないものの、朝ちゃんと起き
たか、お風呂場で倒れてないか、くらいは、離れていても分かるので安心だ[7]。
アイコンを読み解くと、今日のヤスンバは、夜はしっかり寝て(月)、朝いつもど
おりに起きた(目覚まし時計)ようだ。そして、女の人のアイコンがあるというこ
とは、介護ヘルパーの福井さんが朝ごはんを持ってきてくれて、しっかりごはんを
食べて(ごはん)から出かけたということだ。在宅ケアシステムが整備されている
ので、半径数kmの中学校区の大きさに一通りの医療施設や介護施設が揃っている
[2]。24 時間 365 日 1 日に数回は、福井さんが訪問してくれる。たとえ何かあっ
ても心配ない。例えば、お風呂で長時間動かないことをセンサーが検知するやいな
や、近所のネットワークに連絡が行き、お隣さんがすぐに駆けつけてくれる。
いつもこのサイトをきまってお昼に見ているのは、心配だからというよりは、実
は、ヤスンバと話すきっかけを探している自分がいる。昼の間は、
「よし、今日、会社終わったらどんな人生訓をアドバイスしたのか聞いてみよう」
とか思っている。結局は3回に1回くらいしか電話しないんだけど。。
ブィーン Zzz、ブィーン Zzz、モバイルフォンが勢いよくバイブレーションしだ
した。手からこぼれ落ちそうになったモバイルフォンを、あやうく味噌汁の中に落
としてしまうところだった。
錠剤のアイコンがくるくると回っている。展開すると、「高木聡一さんがレミオ
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イドを2錠飲みました。」というポップアップメッセージが現れた。
服薬見届けサポーターになったのは、聡一のかかりつけ医をして頂いている佐藤
先生からの薦めもあったけど、健康にはあれだけ自信があった父が、膝が痛くてゴ
ルフに行けんだの、階段の上り下りがきついだの、ぼやくようになったからだ[7]。
ただ、レミオイドを服用してからというもの、すこぶる調子がよいようだ。佐藤先
生がおっしゃるには、最新の免疫製剤の権威 繁藤先生に作ってもらった、父の遺
伝子に一番ぴったりな特注の薬らしい。繁藤先生は、普段は東京の大学病院にいら
っしゃるけど、情報開示の許可を出してある父の電子カルテをどこからでも見るこ
とができるので、万が一、副作用が出た場合でも、いつでも、父は自宅のTVから
ネットで相談できるのだ。安心だな。でも、あの、どこかが痛いとぼやくのは、俺
たちに会いたいからなんだよな。
蓮は、見届けメッセージを送信した後、モバイルフォンをポケットにしまいこん
で、席を立とうとした。そのとき、母の鞠子からのメールが入った。
「廉、元気?玲奈はどうしてる?電話もらったみたいなんだけど、こっちから連
絡がつかないんだけど。」おかしいな、今朝は元気に大学へ行ったようだったのに。
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第7章
彩の場合
リビングのラジオから懐かしい曲が流れてきた。45歳の彩は思わず掃除の手を
止めて聞き入った。「トイレの神様」。ちょうど20年前に大ヒットした曲だ。
こども時代を過ごしたカナダから帰国後数年経っていたので、日本語としては完
璧に理解できたが、意味は正直よくわからなかった。トイレ掃除と美容に何の関係
が有るのか?そもそも神様はトイレなどにはいないのではないか?大学卒業後す
ぐに結婚したばかりの夫の廉(45歳)と、議論をした記憶がある。廉は、神は遍
在するっていうユビキタスと、日本のやおよろず(八百万)が、根っこは同じだと
言ってたな。トイレにもかまどにも、もちろん山にも川にも、神様がいるってアジ
アの人は信じてきたんだと。たしかに、バリ島でもアイルランドでも、どこかに神
様がいて、自分たちを見守っていると信じてた。
この歌が流行ったのは、ちょうど日本経済が縮小の坂道を下り始めた時期で、皆
の不安ととまどいが“神様”の小さな奇跡を求めていたのだろうか。たしかに今振
り返るとその時期を境に人々の価値観がゆっくりと変わっていったように思う。経
済は縮小していったが、幸いにして日本にはそれまで築き上げた高度な社会インフ
ラがあった。それこそトイレを磨き上げるようにコツコツと自分たちの住む地域の
古い町並みや自然を再生し、日常の暮らしを無駄の無い美しいものにして、10数
年後には徐々に自信を取り戻していった。
電柱や護岸コンクリートが減り、手入れの行き届いた美しい町並みや自然に惹か
れて、海外からの観光客も年間1千万人の大台に乗った。気が付くと20世紀後半
とは違った形で日本は世界の中での存在感を増しつつあるようだ。
その変化の大きな牽引力になったのが、当時高齢者の仲間入りをしはじめた団塊
世代の、知恵と技術と記憶と財力とバイタリティだった。彼らの社会からの引退を
あのまま放置していたら、おそらく取り返しの付かない損失になっただろう。
「生きがい就労」。その取り組みの広がりが、めぐりめぐって日本の地域コミュニ
ティを再生し、健やかで美しい暮らしぶりが持続する循環型社会の芽となったよう
に思う[1]。
彩自身、娘の玲奈の子育てではずいぶんと助けられた。自分、夫ともに両親とは
離れて暮らしていたが、元気高齢者を核とした地域コミュニティのおかげで“孤育
て”に陥ることもなく無事育てることが出来たと感謝している[1]。
その娘の玲奈も色々悩みがあるようで、昨日は、あちこちに連絡をとっていたよ
うだ。もしかすると恋の悩みだろうか?うかうかすると自分たちも祖父母の仲間入
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りをしてしまう。その自分たちにはまだ祖母が健在。すごい時代になったものだ。
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“Rrrr
鞠子さんからメッセージが届きました”
リビングの壁に画面が広がり、義母
鞠子からのメールが映った[4]。
「へぇ。お菓子の材料を探してるのかぁ」
鞠子は最近、新型の調理器具を使いこなせるようになって色々作りたがっている。
今度のチャレンジはちょっと難易度が高く、お菓子作りのボランティアをしている
彩に助けを求めてきたようだ。ネット販売なので当然どこでも買えるのだが、未だ
に検索が苦手な義母に代わり、探して注文をしてあげた。ついでに祖母の靖枝の冷
蔵庫を覗いて、なくなりかけた食材を発注しておいた。さらにカナダに住む自分の
両親にも旬の日本の食材を手配しておく。ネット販売と配達網が発達したおかげで、
IT&食材リテラシーさえあれば居ながらにして離れて住む家族の食事管理がで
きるのだ[6]。しかも彩の場合外国語も堪能なのでグローバルに食材調達が出来
る!見守りや健康管理は廉の分担なので、食生活の遠隔支援は彩が担当し、ひそか
に自分のことを“彩(いろどり)物産”と呼んでいる。
今は家族向けにやっているこのサービスを、ゆくゆくは自分の仕事にしたいと思
う。就職2ラウンド制の広がりで50歳を区切りに再度、新卒募集があるのだ[1]。
現在それに向けて貿易事務や栄養士などの勉強をコツコツとはじめている。家族向
けの活動実績もちゃんとキャリアにカウントされるので、毎日に張り合いがある。
廉はどうやら70歳の定年まで今の仕事を続けるつもりらしいが、自分は50歳で
再出発するだろう。もう一度新しい世界に飛び込めると思うと、今からワクワクす
る。
彩が世界を舞台に、これからの人生設計を夢見ていると、またモバイルが揺れた。
廉からだ。
「玲奈はどこ?みんなが、玲奈につながらないって探しているよ」おかしいな、今
日は大学の後にバイトに行くと言っていたけど、電話やメールにそんなに長くレス
しないなんてことなかったのに。もしかして、家出???
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第8章
島田氏の場合
その1
その夜、聡一の家に大学時代の同級生、島田佳樹が訪ねて来た。たまに泊まりに
来て鞠子の手料理で一緒に飲む。親密な話にはテレビ電話でなく、やはり飲食を一
緒にしたい。同じ 73 歳だが高木と違って島田は老けこまないし、隠居(死語にな
って久しい)もする気がないという。島田は 10 年程前に熟年離婚して、一人暮ら
しだが、家族を否定するのではなく、夫婦それぞれが自分らしく生きることを突き
詰めた結果、別れたということらしい。もっとも鞠子の観察では彼は家族思いの好
いヤツだから、早晩、元の鞘に戻るのでは、と。別れた奥さんがロコモティブシン
ドロームを発症しているからだ。
島田は民間企業でバリバリ働いて、セカンドライフは生活支援や生涯教育の NPO
に参加して走り回っている。ワークライフバランスの政策が国民の生き方の自由度
を拡大して、老若男女、誰でも不安のない人生設計が可能になっている。ジェロン
トロジーの普及のお陰で、人生の各フェーズに関する認識、特に老いる喜びが理解
されて来たことは、シニアの生きる支えになっていた。島田はその申し子のような
男で、仕事も趣味も幅広く、人生を楽しんでいる[1]。
「島田君は心身ともに元気だよね」
「いやいや、俺だって、人にはあまり言ってないが、実は3年前に倒れて大変だっ
たんだよ。」
「え、そうだったのか、ごめん、詳しく知らなかったなあ」
「俺の自分史サイトに書いてある。ちょっとアクセスしてもらえるかな」
鞠子は、リビングのテレビから島田のサイトを探して数年前の日記を映し出した。
60歳を過ぎると、みな、自分史をサイトに掲載するのが今では普通になっている。
島田の話は、なかなか壮絶な闘病記だった。
≪その日、それから/復活の日≫
うっ。頭が痛い。その日、突然の頭痛に佳樹はのけぞった。一人暮らしももう 8
年になる。佳樹は妻と 60 歳半ばで離婚し、一人暮らしを決意した。唯一の子供は、
大学卒業後商社に就職し、現在はベルギーに暮らしている。妻とは相思相愛で結婚
したが、ゼネコンの営業であった佳樹はいつも帰りが遅く、また毎週末もゴルフな
どでほとんど家庭を省みなかったため、愛想を尽かされた。いわゆる熟年離婚とい
うパターンである。
24
定年後用意された 5 年間の会社のシニア制度も卒業し、佳樹は、離婚を機に母親
の暮らす故郷に戻ることにした。母親もかなりの高齢で既に自立した生活は困難と
なり、地元の有料老人ホームに入居していた。かねてから、なにかあったら直ぐに
対応できる地元に戻ろうかと思っていたのだが、妻が東京から出たくないと主張し
ていたため、踏ん切りがつかなかったのである。佳樹は営業をやっていたが本当は
人付き合いが好きでなく、やや偏狭な性格である。とはいうものの意外と多趣味の
男で、大学まで過ごした地元の S 市には思い入れもある。高校までの親友であった
高木聡一も地元に帰ったと聞いたこともあって、自然も豊かな地元で一人暮らしを
選んだ。
最初の内は快適な生活であった。いままで煩わしかった人間関係もなくなり、母
親に会いに行ったり、時々親友の高木や親戚と連絡を取ったりするものの、一人で
暮らすことは、存外苦にはならなかった。趣味でやっていたクラシックギターも IT
仲間で時々ミニ・コンサート等があり、故郷の懐かしい山や川に一人出かけ、スケ
ッチをしたりしていた。
ところが、今日は急な変調である。一人ではもう起き上がれない。と、そこへコ
アラのロボットが様子を見に来てくれた。コアラのロボットは、必要に応じ飼い主
の表情や体の具合を尋ね、いざという時には必要な所に連絡を取ってくれる、いわ
ゆるペット兼生活支援ロボットである。佳樹はなにかあった時のためということで、
25
高齢者仕様の自宅に付いたライフセンシング機能とマッチするコアラのロボット
と、数年前から暮らしていたのである[7]。また「地域マスタープランに基づく自
立する生活圏」の考え方が行き渉り、そうした高齢者住宅の近隣には商業施設、文
化施設に加えて、病院や介護施設・看護施設、包括ケアセンターが整備されている
[2]。そのためか、その日はその後の対応も早かった。コアラのロボットは佳樹の
変調を一瞬で察知して、病院、そして地域の搬送サービスへと直ぐに連絡を取って
くれた。クモ膜下出血であった。20 分経たないうちに緊急用カートで佳樹は病院に
運ばれ、すぐに手術を行なうことができたので、なんとか助かったのである。
しかし、いくら時代が進んだからといっても人間は変わらない。術後、日常に戻
るためにはリハビリが必要だった。一人ではこのリハビリはこなせない。技術の高
い介護士・PT の他、食事や介助には、地域の包括ケアセンターの生活支援サービス
が利用できた。リハビリに関しては、最初の内はプロの PT が優しく、厳しく、そ
して濃密にスケジュールを組んで対応してくれたが、次第にバーチャルな手段に移
行する[7]。元気なときには一人でも暮らせたが、体が不自由になると途端に一人
暮らしは寂しくなる。会話する人がいないと本当につらい。こんなとき、生活支援
サービスのスタッフや地域のボランティア、同じ病気の先輩たち、リハビリの仲間
たちが助けてくれて、慢性期のとかく怠りがちなリハビリも何とかこなすことが出
来た[5]。
6 ヵ月後、佳樹はほとんど全ての機能を回復するまでになった。しかし、この 6
ヶ月の体験は佳樹の人生観を一変させた。ひとは一人では生きられないことを悟っ
たのである。そして、同じような高齢者に、同じ高齢者が出来ることの多さにも気
が付いたのだ。佳樹はこれまで無視していた地域支援サービス事業に登録してみた。
この地域生活支援サービスは、各地域でそれぞれ整備されているものであるが、地
域同士でネットワークもあり、先に移住していた聡一が、この街での地域サービス
を受けることを進めてくれたからである。
地域サービスを、受ける側から渡す側に移るのは、意外に速かった。地域を見直
すと、やるべき事は意外と多かったのだ。もっと高齢の方の安否確認、買い物代行
にはじまり、地域には必要とされていることはたくさんある。課題を発見すると、
有償で解決できるビジネスモデルも多く、小遣いの稼げる仕事が地域にはたくさん
存在していることがわかり、地域支援の NPO を立ち上げたのである。地域には、コ
ミュニティビジネスを立ち上げるための IT インフラが出来あがっていたエラー!
参照元が見つかりません。。また一人で楽しんでいた趣味も、地域のサークルに加
入し、積極的に活動を始めた。サークルでも IT が活用されていた。比較的緩やか
な繋がりで、さまざまな人と関われる。また実際にミニ・コンサートや展示会を、
持ち回りで開いたりする。それを口実に?酒を酌み交わしながら熱く語り合うのが
楽しみになっていった。また、離婚してから疎遠となっていた息子家族との繋がり
も大切にするようになった。息子一家は、海外に赴任して長い。孫は佳樹の顔をネ
26
ットでしか知らないが、誕生パーティにもオンラインで招待してくれる。離婚した
妻とも、友情は続いていた。病気の後、以前より頻繁に連絡が来るようになった気
がする。病気のおかげで、一時はもう駄目かと思ったが、地域にある各種の支援機
能を使い、今まで以上の充実した生活が見えてきた。地域の「まちの絆」のおかげ
で、どうやらこれからも安心して暮らせそうだエラー! 参照元が見つかりません。。
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第9章
島田氏の場合
その2
壮絶な佳樹の自分史を読んで、みな、声を失っていた。今はこんな元気いっぱい
で、世のため人のためにかけまわっている佳樹が、大病の末に到達した境地だとわ
かったからだ。
「俺はこのとき、生きることの意味や有難さを痛感したな。辞世の和歌や俳句があ
るだろう。この日本人の美学、人生観が凝縮された辞世という精神の静寂と対峙す
ると、それぞれの生き様がいとおしくなる。親の死に目に会うのと同じくらいイン
パクトがあったね。それで寿命ということを再認識して健康に気を遣うようになっ
た。遺伝子解析や予防検診のお陰で大腸がん、糖尿病、骨粗鬆症は発症の前に処置
できた。心臓病やアルツハイマー、認知症の兆候はないというから、まだ社会貢献
して生きられるだろう。ただ、筋肉が落ち、膝が痛いので、体力や筋力を回復維持
するソフトも電子端末に入れて、運動メニュー、運動量と食事の解析、そして体調
チェックに活用しているよ[7]。」
「すごいなあ、ばりばりに先端技術を使いこなしているね」聡一には羨ましい状況
だ。
「最近はプラチナ(高齢)マッチョが流行っているので挑戦してみようかと思って
いる。高木君もやらないか。マスターズ競技会で活躍する奴らも増えたので、ここ
らで競泳も再開して肉体美をプールで披露しようよエラー! 参照元が見つかりま
せん。。いや、これは冗談。」
「うらやましいわ。島田さんはお一人で何でもお出来になって。高木と大違いね。」
と鞠子がかぼちゃの煮つけを勧めながら言った。
「お一人様の生活は気ままでいいですよ。しかし、心配も、そりゃ多いですよ。短
期記憶も怪しくなっている。むかし流行った振り込め詐欺みたいな犯罪も怖い。急
に分からなくなって徘徊状態になったり、倒れて孤独死したら、周囲に迷惑を掛け
ることになる。だから、いつも GPS 付き3D ライフログ電子端末を首から掛けてい
ます[7]。」
「えっ、それ、磁気ネックレスじゃなかったの?」と高木。一同で爆笑した。
「しかし、島田君が生活支援 NPO に萌えるとは、意外だったね。」
「いま、町内会長もやっているよ。まちかどほっとスポットの運営も軌道に乗って、
やれやれだ[1]。更なる工夫や改革も考えているよ。だから仕事は面白い。通信教
育で地域コンシェルジュの資格も取ったし、生き甲斐再生論で放送大学の学位もと
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るぜ。所属先がない不安をいかに自由と捉えるか。これまで縁の薄かった地域の生
活をいかに自ら貢献できるものに変えていくか。生き甲斐の考察は深いんだぜ。」
「それじゃ、お暇な時はないんでしょうね。高木と大違いだわ、ねえ、貴方。」
「おいおい、俺をそんなにものぐさに扱うなよ、ちゃんと朝の珈琲、いれてるだろ」
「いいな、それ。俺、実は学生時代から、その後の人生を3つに分けて考えていた
から当然なんだよ。会社時代、社会貢献時代、そして世話してもらう時代。世話を
されやすい高齢者の心得というのがあるそうなので、まず、介護 NPO に参加して世
話学を体系的に体験してその日に備えよう、とね。」
「お暇な時は何をしていらっしゃるの?」とビールを勧めながら鞠子が聞く。
「自由な時間はたっぷりありますよ。好奇心は生き甲斐の要素の一つだね。実は今
までやり残したことが気になっている。これにお金を掛けることは余り苦にならな
い。例えば若いころ読み損ねた書籍を入手して、ようやく今、楽しんでいる。単語
が出て来ないことが時々あるでしょう。俳句・短歌を詠むのは頭の体操になるとい
うので、バーチャル教室で勉強を始めたところだ[1]。それから、行ったことのな
い名所・旧跡を旅行で訪ねるのが楽しみでね。地域の隠れた名物を発見しては情報
発信を手助けしているよ。見守り・治安のシステムが旅行中も動いていて本当に安
心だ。実は別れた女房を誘ってイタリアに3回、オペラを観に行ったんだ。」
「まあ、島田さんはお優しいのね。私もイタリアに行きたいわ。孫の玲奈も憧れて
いるのよ。聡一さんも見習って頂戴。」聡一も玲奈と一緒なら行ってみたいと思っ
てしまう。
「いや、少し運動能力が怪しくなったので動けるうちに、と思ってね。空港の施設
も職員も親切で、本当にいい思い出になった。彼女に借りた車椅子は目的のゲート
まで自動走行するから、僕はついて行けばよい。ナビゲーションシステムで情報は
双方向に発信されるから、空港の乗り継ぎでも遅れる心配がないのが有難いね。タ
クシーと連動していてホテルまで案内してくれる[3]。」
「おひとり様生活はどういう点が御不便なのかしら?私も今後のために聞いてお
きたいわ」「おいおい」鞠子は自分が独身貴族に戻れると思っているのだろうか?
「シニアマンションの生活に不便はないけど、食事は大問題ですね。健康とも密接
に関係するし。自炊もするけど、たいていは宅配サービスやワイワイ食堂も活用し
ています。うちのマンションでも、コレクティブハウスのように、空き部屋のキッ
チンを使って、コモンミールを提供するようになったんですよ。担当になった住人
29
数名が、依頼された人数分の料理を作り、みんなで楽しく食べるんです。子どもか
らシニアまでいろんな人と会えるので、いつも人気ですよ[6]。」
「へえ、そんな疑似家族みたいなサービスも増えているんですね。健康管理を携帯
でしてらっしゃるって伺ったのですが」
「ええ、メニューと食べた量、運動量、定期健診の結果を携帯で毎日送れるように
なってね。データベースサービスで解析されて、年齢にあったアドバイスが受けら
れる。お陰で生活習慣病は心配なし。メタボ気味なので減量を指示されているから、
その特別メニューを注文すると、見た目や味には差がない料理を提供してくれるの
が有難い[7]。僕の場合、満腹感も大事なんだ。でも奥さんの手料理は季節感があ
って楽しみだ。高木君は本当に幸せだね。」
「まあ、嬉しい。でも、また奥様と再婚されたらいかがです?」
「・・・・・・・」
佳樹が微妙な顔をした。まんざらでもないのかも。そう思ったとき、リビングの
テレビに、彩の泣きそうな顔が写った[4]。
「すみません、そっちに玲奈、行っていませんか?夜になっても戻ってこないし、
連絡がつかないんです」
携帯にもどこにも、玲奈から連絡があった痕跡はない。高木家は、大混乱になった。
30
第 10 章
靖枝の場合
その1
その朝も、靖枝は、早い時間に目覚めた。床から起きようとすると右足にしびれ
と鈍痛がある。かつては健脚が自慢だったが、3年前に脊柱管狭窄症と診断されて
以来、歩くのに杖が必要な生活となった。今日は、午前中に整体クリニックで物理
療法の予定である。
朝食を食べながらテレビのニュースに目を向けると、地元の話題を取り上げてい
た。靖枝が住む地域は、かつては限界集落かとささやかれていたが、この数年、住
みやすい町として、移住者も増えてきている。一昨年、さびれてきた駅前の土地の
再開発を行い、駅を中心とした半径 1km 位の地域内に高層マンション、商店、診療
施設、学校等の居住必需機能を集約し、ちょっと足を伸ばせば、生活に必要な衣食
住・文化活動がこと足りるという環境にリニューアルした 1)。交通環境についても、
従来の自動車の運用は大幅に制限され、市街電車網が新たに整備され、歩道ではパ
ーソナルモビリティという仕組み(以下 PMS2)が利用されるようになり、交通事故
が減って、環境にも優しくなった。それまでは、近隣の店舗が減ってきて、ちょっ
とした買い物をするのにも郊外のスーパーに行かねばならず、病院へ行くのさえ、
免許を持たない靖枝にとっては大変だった。PM がオンデマンドで使えるようになり、
ずっと便利になった[3]。
朝食を食べ終わり一休みしていると、出かける時間になった。地域コンシェルジ
ュが、すでに PMS を予約してくれているが、確認のために携帯で連絡を入れた。
「こちら PMS です。約 3 分でお宅に御迎えにあがります。」との応答である。
玄関に向かう間に、携帯が鳴り「只今到着しました」と声がした。
外に出ると、PM3)が歩道に止まっている。車椅子サイズの単座のコンパクトな車
体だ。
ID証 4)をかざすと、PM は「おはようございます。岡様。今日も御利用ありがと
うございます。」と、卵型のフロントガラスのようなキャノピーを開き、靖枝の搭
乗を促した。
「レインボー整体クリニックですね?」と確認があり、靖枝はそれにうなずいた。
今回のように、予約時に行き先が決まっている場合は、PM は最短で行ける次の予約
へ配車される。予約時に行き先が明示されていない場合は、行き先を告げた時点で
PMS センターに送信され、同時に他 PM の配車計画に反映されるという、エコなシェ
アシステムが出来あがっていた。現在の道路の込み具合や運行状況から、現時点の
道程の安全情報が、刻々と PM の画面に表示されている。
靖枝がハンドルを握り、ペダルを踏み込むと、静かなモータ音とともに、滑るよ
31
うに歩道を走り始めた。ハンドルの使い勝手や、周辺状況を示す画面は、靖枝の握
力や視力、認知力に合わせてカスタマイズされている。91 歳の靖枝でも、問題なく
ドアツードアで移動できる手段なのだった。歩道には、通勤者や学校に向かう子供
たちが歩いており、PM は早足に近い 6km/h で人々の間を走っていく。車道には、小
型電気自動車が行きかう中、市街電車の往復路線が走り、車道と歩道の間の専用レ
ーンではパワーアシスト自転車に乗った通勤者や学童達が軽快に走っていた 5)。
靖枝は昨日の玲奈との会話を思い出していた。相談があるって言いながら、結局、
ICT サポーターに遠慮したのか、何も切りださなかったなエラー! 参照元が見つか
りません。。何か言いたいことがありそうだったのに。その時、
「危ない!気をつけ
ましょう。」とアラーム音声が流れ、PM が滑らかに停止した。話に夢中な小学生の
集団が勢いよく目の前を横切って行った。ディスプレイに街頭安全システムの状況
表示が点滅している。横道からの小学生の飛び出しを知らせてくれたようだ。この
前も正面から突っ込んできた無謀な自転車に危うくぶつかりそうになったが、PM に
ハンドルを誘導してもらい大事にならなかったと、靖枝は思い返した。
「やば、運転に集中しなくちゃ」と、靖枝はハンドルを握り直した。そのとき、ふ
と、駅のそばの道に立つ若い女性が、玲奈だったような気がしてびっくりした。
「まさかね。玲奈がここへ来るなんてこと、ありえないし。幻覚もボケの始まりか
な・・」
ほどなく、整体クリニックの建物が見えてきた。ここは、都市改造前からあった
古い診療所で、玄関に至るまでに数段の段差がある。靖枝はそのまま前進したが、
PM の巧みなサスペンション制御により、車体の姿勢は殆ど揺れずに、スムーズに階
段を上がり、玄関に横付けした。
卵型のキャノピーが開き、「到着しました。」と声がする。
靖枝が降りると、「岡様、ID証をお忘れです。」と教えてくれた。
頭を掻きながら車中に置き忘れたID証を取り上げる。本当にこのところ、もの
忘れがひどくって。これは、PMS の会員に発行される個人認証用のカードである。
入会時には、簡単な安全運転講習を受講するともに運転技量の検査が行われ、ID 証
でアクセス可能なデータとしてシステムに登録される。高齢者にも簡単に取得でき
るもので、普通免許を持っていなかった靖枝もすぐに取得できた。普段の生活移動
はこれで足りるし、ちょっとした遠出も、電車や幹線バスとの乗り継ぎがシームレ
スになったので、乗用車を使うことは殆ど無くなった 6)。高齢化に伴う交通事故増
加に頭を悩ましていた国は、日本中で地域の交通再開発に対する補助政策を進める
一方、PM 運転保険 7)の費用の肩代わりを条件に高齢者の普通運転免許返上を促して
いた。
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ID 証の回収を確認した PM はキャノピーを閉じ、
「またのご利用をお待ちしており
ます。」と言いながら次の呼び出し先に向けて静かに走り去った。靖枝は、さっき
の玲奈に似た女の子が少し気がかりではあったが、気のせいだろうと、整体クリニ
ックへ入って行った。
■補足:
1)集約型生活圏:居住必需施設を集約化し交通手段も PM により安全化、合理化
し、高齢者の交通弱者問題も解決。
2)PMS(Personal Mobility System)
: 会員制の PM のレンタル乗り捨てシステム。
携帯電話からのオンコールサービスが可能。PMS センターで PM の配車管理、電
池交換等のメンテナンス作業を実施。レンタカー企業の新ビジネス形態。
3)PM(Personal Mobility):車椅子サイズの電動カート。環境センシングを行い
搭乗者の安全運転を支援。歩道を最高速度 6km/h で走行可能。
4)ID 証:PM は基本的に半自動化による安全運転支援システムで、ID 証に基づき
アクセスされる会員の運転技量情報により安全かつ効率的な支援を行う。簡単
な安全運転講習で取得できる無線非接触 IT カードで、会員認証の他に、クレ
ジットカード等、種々の情報サービスの媒体を兼ねる。
5)道路利用区分:歩行者と低速 PM は歩道、自転車は専用レーン、電動自動車は
車道。
6)従来交通システムと PM の住み分け:集約型生活圏内は PM、市街電車等の LRT
がメインで、集約型生活圏間の移動は、従来の電車や幹線バスが担う。PM がこ
れらのステーションへの Door to door 移動手段となる。
7)PM 運転保険:PM 運転に向けた従来の任意保険より格段に安い商品。
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第 11 章
15年ぶりのフルサト
玲奈は、駅で迷っていた。道に迷っていたのではない。どうするかで迷っていた
のだ。廉にも、彩にも言わずに出てきてしまった。マリンバにも、おじいちゃんに
も言ってない。きっとみんな今頃、大騒ぎをしているだろうな?ヤスンバにも連絡
が行っているかな?
玲奈がこの街に来たのは、15年ぶりだ。街は再開発され、全然わからなくなっ
ている。いつも、ヤスンバに会うのは、マリンバの家だった。二人のおばあちゃん
は、それこそ、玲奈を、目の中に入れても痛くないくらい、可愛がってくれた。だ
んだん大きくなって、会うことも減ったけど、やっぱり、ママとは違う。どこかで
甘えたくなる。
最初は、おじいちゃんの家に行こうかと思った。でも、車で送ってもらうのも悪
いな。今は PM っていうのが、この地区に普及しているんだそうだ。私みたいな旅
行者には使えるのかなあ。家出人?が使ったら、一発でばれちゃうかしら?しばら
く考えたが、せっかくここまで来たのだからと、モバイルの旅行者案内システムに
アクセスした。これは、公共交通機関と、PMS を連動させるもので、バスや電車な
どの公共交通機関と PM をつなぐものであるエラー! 参照元が見つかりません。。
ヤスンバに連絡をとった。彼女のモバイルには、家族にだけ提示される情報として、
レインボー整体クリニックでリハビリ中、との状況表示が出た。うーむ、あと2時
間は戻らないのか。
検索をかけると、20分後にバスが出るのでそれに乗り、ヤスンバの家のそば、
2キロ近くまで行けば、近所の人が使う二人乗りの PM に便乗させてもらえるとい
う。これが一番安く行けそうだ。住民でない人のためにも、支援システムがあるっ
ていいな。そのとき、玲奈の携帯に靖枝からのメールが入った。
「玲奈だったんだね!よく来たね!私のボーイフレンド、佐々木さんをバス停まで
よこすから、家に帰っていて!」玲奈のメールを読んだのだろう。指定された路線
で行ってみよう。
不安ながらもバスに乗った玲奈は終点でバスを降りた。
「あんた、もしかして、靖枝さんとこのお孫さんかい?」日焼けした、いかにも
健康そうなおじいさんが、バスから降りた玲奈を見るなり話しかけてきた。
「はい、そうですけど。佐々木さんですか。」「そうだよ。」玲奈は迎えに来てくれ
た佐々木氏にお礼を言い、なぜすぐに分かったかを聞いた。答えはシンプルなもの
だった。玲奈が降りる時間は買い物帰りのシニアがほとんどで、玲奈の年齢できょ
ろきょろしている人は滅多にいないからだ。
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「それじゃ、後ろに乗って」佐々木のそばには都会でも普及し始めた【2】PM(パ
ーソナルモビリティ)に屋根のついた一人乗りの車がつながっている。玲奈を乗せ
た車はゆっくりと自転車を運転するぐらいの速さで走り、20 分ほどで靖枝の家に到
着した。PM の中で玲奈は運転席のモニタを通じて、佐々木と色々な話をした。佐々
木は靖枝の近くに住み、靖枝の夫が亡くなってからは畑作業などを手伝ったりして
いるそうだ。佐々木の妻も靖枝とはお茶のみ友達らしい。バスが来なくなってから
は、地域のお年寄りには一人乗り、もしくは二人乗りの PM がレンタルされること
や、オンデマンドで利用できるようになったため、日常生活には不便はないそうだ。
一人で出かけるのが不安な場合は、ご近所を誘って連結して出かけられる。靖枝も
農協などへ行くときには、佐々木と一緒に来ることもあるらしい。90 代のボーイフ
レンドが、なんとなく羨ましかった。で、玲奈にはどーでもいいことだったが、佐々
木は自分の PM は靖枝が普段使うものよりスピードが出せる PM3 であることを、し
きりにアピールしていた。まったくオトコというものは、いくつになっても、子ど
もである。。。
しばらく佐々木の家でお茶をご馳走になっていると、靖枝がようやく戻ってきた。
整体も早めに切り上げ、PM も予定を早めて、大急ぎで戻ってきたのだ。でも、満面
の笑顔だった。さっき見かけた女の子は、やっぱり玲奈だったのだ。まだぼけてな
いぞ。いや、そんなことより何より、玲奈に、生で会えるのが嬉しくて仕方がない。
玲奈が靖枝の家にあがるのは 15 年ぶりである。前に来たのは 3 歳のときだから、
何もかも初めて見るような気がするのも無理はない。でも、なんとなく懐かしかっ
た。玲奈は両親の近況や自身の大学生活について色々な話をした。靖枝からは普段
聞けなかった家での生活を聴くことができた。
靖枝の家は、昔の典型的な日本家屋だ。少なくとも外からはそう見える。上がり
かまちもあるし、縁側ではみんなが立ち寄って、お茶を飲んでいく。昔ながらのゆ
るやかな日本の暮らしぶりが、玲奈には珍しく、どことなくなつかしかった。でも、
家の中を見て回ると、91 歳の靖枝が、一人でも暮らせるように、完全にユニバーサ
ルデザインになっているのがわかる[2]。水回りは少ない力でも使えるように配慮
され、洗面所もキッチンも、座って作業ができる。屋内は、段差も少ないし、手す
りが完備されている。もとより平屋なので、エレベーターは要らない。縁側からは
さんさんと日が入り、風も入り、近所の人も気軽に立ち寄れる。こういった家、治
安のよい地域で、かつシニアが多いからこそできるライフスタイルなのかもしれな
いと、玲奈は思った。
靖枝の住む地域ではバスが無くなり、しばらくは電動自転車に乗っていたが、雨
の日や荷物が多いときは不便だった。そこで佐々木の勧めもあり、
【3】PM のレンタ
ルサービスやオンデマンドサービスを利用することにしたのだという。自転車しか
乗ったことがない靖枝には不安であったが、思ったより運転しやすく、以前よりも
外へ出るのが億劫にならなくなったそうだ。デイケアなども巡回車両が来てくれて、
PM を連結し快適に通うことができるらしい。玲奈の住む地域では交通網が発達して
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おり、病院なども徒歩圏にあるので、このようなサービスは存在しない。お年寄り
にはかえって暮らしやすいのではと思った。
ひとしきり話をした後、靖枝から曽祖父のお墓参りに誘われた。玲奈は断る理由
もないし、曽祖父の墓参りは始めてなので一緒にいくことにした。歩いて 15 分位
だそうだが、坂道が続くので靖枝は PM に乗り、玲奈は歩いて行った。玲奈は靖枝
の PM に墓参り道具を入れたかごを連結するように言われた。かごを載せた台車の
フックを PM の連結部にかけると自動でロックされるという簡単なものだった。同
じ原理でスーパーのカートやゴルフカートも連結できるそうだ。
曽祖父の墓は地域を見渡せる高台にあり、靖枝のようなお年寄りが歩いていくに
はきついと思った。お墓の入り口で PM を止め、靖枝と歩いていくと都会の区画整
備された墓地とは違い、メインの歩道から段差を昇ったところにお墓がある。岡家
の墓も他と同じく、【4】歩道とは 30cm ぐらいの段差があった。靖枝が登るのを手
伝おうと玲奈は思っていたが、靖枝はさほど苦もなく登った。靖枝は、外出時用の、
サポータのようなものを膝につけていた[7]。人工筋肉で歩行をサポートしてくれ
る器具で、昨年の誕生日に廉と彩から贈られたものだ。これを使うまでは、段差の
少ないところを選んで杖で登っていたそうだ。
靖枝とともにお墓参りを終え靖枝の家に戻る道すがら、玲奈は本当にまだ小さな
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ころ、この道を家族で歩いたことを思い出した。そうだ、あれはひいおじいちゃん
が生きていたころだ。お葬式はインフルエンザで行けなかった。ヤスンバには、い
つもマリンバの家でしか会っていなかったし。でも、ここは自分のルーツのひとつ
だという思いが、改めて湧いてきた。初めてに近い風景なのに、なつかしさがこみ
あげる。自分が小さかったころ、たくさんの人に愛されていたころ。無条件に受け
入れてくれる場所。いつのまにか、そんな時代や場所を忘れてしまっていたような
気がする。玲奈の友達の多くは、東京生まれの東京育ちで、もはや帰省をするとい
う習慣がない。高校に入ってからは、正月に聡一、鞠子の家まで行くこともあった
が、混雑した新幹線に乗るのもうんざりしていた。だが靖枝の喜ぶ顔を見ると、年
に1回ぐらいはフルサトに帰るのも良いなぁと思った。
「玲奈ちゃん、何か話があったんでしょ?」
墓参りの道具を仏壇に片づけながら、靖枝が玲奈に聞く。
「うん・・・」
「無理に言わなくてもいいよ。ヤスンバは、いつでもここに居るから」
その夜、靖枝の連絡を受け、両親と聡一、鞠子が靖枝の家に集まった。なんだか、
突然の家族会議みたいになった。みんな、ここへ来るのは久しぶりだったのだ。ず
っとバーチャルでしか会っていなかったことを、少し反省した。やはり実際に顔を
見て、暮らしぶりを見て、ようやく安心する。顔を見てのつながりが一番大事だと
思った。
玲奈は、ようやくみんなに悩みを打ち明けた。進学した大学で、進路変更をすべ
きかどうか、迷っていたのだという。玲奈は、もともと身体が弱かった。ひどいア
トピーだったので、オーガニックな食べ物や建築に関心があり、いつかは、イタリ
アにスローフードの研究に行きたいと思っていた。でも、それは、あくまで自分の
ことから来た関心でしかない。世の中には、もっともっと、幅広い人がいるとわか
ってきた。たとえば、社会の半分近くになった高齢者のニーズをもっと知りたい。
ジェロントロジー(加齢学)という学問が、自分には一番合っているように思える。
でも、今の専攻を変えていいのだろうか?玲奈の悩みを、みんなで黙って聞いた。
そして、最初に相談したかったはずの、靖枝が口を開くのを待った。しかし靖枝は、
自分の意見を押しつけようとはしなかった。
「ヤスンバは、今の大学の課程がどんなものかはわからんよ。今の専攻でもたぶん、
どこかで、その加齢学とやらにつながるさ。だって、世界の人は、みんな、いつか
は高齢者になる。いま、やっていることも、社会の誰かを幸せにするための学問だ
ろ?だったら、その人が、いつか歳をとったときのことを考えて、いろんなことを
進めればいいさ。」
「そうだね、ヤスンバは、いろんな人の人生相談を受けているんだもんね[1]」
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「ママの歳でもまだ人生はわからないことだらけさ。マリンバでようやく少し見え
るかな?私の歳で、ようやく、人生の意味って、おぼろげにわかってきたような気
がする。100 歳を過ぎたらもっとわかるかもしれんが・・」
「ふうん、私の歳の、4 倍も 5 倍も生きて、それでもまだ、見えないものもあるの
ね。」
「そうだよ、若いうちは、もっともっと悩んでいいさ、それが仕事さ。悩まないと、
何も見えないよ」
聡一と鞠子は、二人の会話を聞きながら、自分たちが、まだまだ、靖枝から受け
取りたいものがたくさんあることに気づいていた。親の老いや、自分の老いから、
学ぶものがたくさんある。自然の中で、活かされている靖枝。本当は自分たちも同
じなのだ。聡一は、玲奈が、靖枝の手をしっかり握りながら、会話しているのを見
ていた。その手を離すなよ。それは、むかし、私が握った母の手だ。私が受け取っ
たぬくもりだ。
廉も彩も、靖枝と玲奈のやりとりから、いろいろなことを感じていた。彩は、や
っと「トイレの神様」を理解できたような気がした。あれは別に掃除や美容の話で
はなくて、おばあちゃんが自分の知恵を、優しい言葉で孫に教えてくれる歌だった
んだ。日本には「七歳までは神のうち」という言い方があるけれど、なんだか、90
を過ぎたひとも、神さまの一部のような気がする。人知を超えた何かをひそませて
いるからこそ、翁と童は似ているのだ。
四世代の間を、暖かい空気が包んでいた。親子のこころの距離を、もう一度取り
戻すために、もう一度、絆を確かめるために、老いや死があるのかもしれない。若
さとは、老いや死を前にするからこそ、なお一層の輝きを増すのかもしれない。み
なが、胸のうちに、そのような思いを抱いたのであった。
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◆ ロードマップとの対応
本シナリオは「2030 年超高齢未来に向けた産業界のロードマップ一覧」をわかりやすく解説
するために、作成された。そのためシナリオ中で、ロードマップのどの部分を解説しているか
を示すために、文末に[]で番号を付けている。
この番号は以下の一覧表の番号に対応しているので、本シナリオとロードマップを読み進め、
それぞれの対応を見ていただけると、より深くロードマップを理解していただけると思う。
東京大学ジェロントロジー・コンソーシアム
2009-10 年度活動報告書
「2030 年超高齢未来に向けた産業界のロードマップ一覧」との対応
「2030 年超高齢未来に向けた産業界のロードマップ一覧」との対応
[1] 生きがい・就労・ライフデザイン
[2] 住まい・住環境
[3] 移動・交通システム・物流支援
[4] ICT
[5] 生活支援
[6] 食生活
[7] 医療・介護・予防・ICT/機器
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東京大学ジェロントロジー・コンソーシアム
2009-10 年度活動報告書
【別冊Ⅱ】
生活者視点による
超高齢未来のシナリオ
~シナリオによるロードマップの解説~
2030 年超高齢未来に向けた
産業界のロードマップ
~高齢化課題を日本の飛躍に変える道程~
The basic design , how to go through
aging society in 2030
発 行|東京大学ジェロントロジー・コンソーシアム
<運営事務局連絡先>
東京大学高齢社会総合研究機構
〒113-8656 文京区本郷 7-3-1 工学部8号館701
www.iog.u-tokyo.ac.jp TEL: 03-5841-1662
発行月| 2011 年 3 月
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