なぜソーシャルゲームに課金してしまうのか

なぜソーシャルゲームに課金してしまうのか
指導教員名 : 水越康介
氏名
: 佐藤
枚数
: 41 枚
享平
1
【目次】
1.
はじめに
2.
先行研究
2-1.
消費者行動論に関する先行研究
2-1-1.
「消費者行動」の定義
2-1-2.
2-1-3.
動機付け理論にソーシャルゲームを当てはめると
2-1-4.
未充足ニーズに対する考察
2-2.
「快楽消費」に関する先行研究
2-2-1.
堀内(2004)の主張する「快楽消費」
2-2-2.
「快楽」と「快楽消費」の定義
2-2-3.
現代の消費者行動の特徴
2-2-4.
ゲームと「快楽」
2-2-5.
ソーシャルゲームと快楽消費
2-3.
仮想世界の消費者行動に関する先行研究
2-3-1.
オンラインゲームにおける消費者行動
2-3-2.
デジタルコンテンツが有する価値
2-3-3.
「バーチャル・アイデンティティ」とは
2-3-4.
バーチャル・アイデンティティと消費者行動
2-3-5.
「活動-報酬モデル」とは
2-3-6.
ソーシャルゲームと仮想世界の消費者行動
2-4.
3.
Schiffman et al の動機付け理論
オンラインゲームにおけるパーソナル分類の先行研究
2-4-1.
Richard A, Bartle によるオンラインゲームの研究
2-4-2.
「バートル・テスト」によるプレイヤーの分類
2-4-3.
「バートル・テスト」とソーシャルゲーム
事例紹介
3-1.
「ソーシャルゲーム」とは
3-2.
ソーシャルゲームの特徴
3-3.
ソーシャルゲームはなぜ無料でプレイできるのか
3-4.
ソーシャルゲームとマネタイズ
3-5.
日本におけるソーシャルゲームの歴史的経緯
3-6.
ソーシャルゲーム市場はなぜ急激に拡大したのか
3-7.
ソーシャルゲームにまつわる「射幸心」問題
2
3-8.
4.
インタビューによる検証
4-1.
インタビューの方法、対象
4-2.
インタビューとメールアンケートの内容
4-3.
インタビューの結果
4-3-1.
企業側へのメールアンケート
4-3-2.
課金者に対するインタビュー
4-3-3.
無課金者に対するインタビュー
4-4.
5.
アイテム課金に関する仮説
インタビュー・アンケート結果のまとめ・分析
まとめ
参考文献
3
1.
はじめに
最近、電車の中で良く携帯電話をいじっている人を目にする。何をしているのだろう、
と背中越しに覗いてみると、ポチポチとボタンを押してゲームに興じている。そういった
ゲームの多くは、近頃良く耳にするようになった「ソーシャルゲーム」というものだ。GREE
やモバゲーといった名前は、どこかで聞いたことがあるのではないだろうか?「無料です」
というフレーズを強調し、インパクトの強いテレビ CM を打つソーシャルゲームは、若者
世代を中心に瞬く間に普及していった。その結果、現在では GREE やモバゲーの登録会員
は数千万人に達するという。
しかし、そんな成功の裏では、未成年が有料アイテムを際限なく買い漁った結果、信じ
られないほど高額な請求が届いたり、SNS を通じて犯罪に巻き込まれたりするなど、成長
のひずみとも言える問題が発生している。そういった背景から、ソーシャルゲーム業界に
対する社会的な批判が強まりつつある。
それにも関わらず、ソーシャルゲーム業界は未だに急成長を続けており、常識では考え
られないような利益を計上している。ソーシャルゲームは無料で提供されているにも関わ
らず、である。その理由は、「アイテム課金」という有料システムにある。実際に、ソーシ
ャルゲームを運営する会社の多くは、広告ではなく有料アイテムを主要な収入源としてい
る。これは、広告を収入源としてきた従来のネットビジネスでは非常に珍しいことである。
なぜ多くの人が無料でも遊べるにも関わらず有料アイテムを買い漁り、ソーシャルゲー
ムに夢中になるのか。ゲーム内のアイテムやカードに、数万円、数十万円をもつぎ込む人
が絶えないのはなぜなのか。その動機はなんなのか。また、どのように動機付けられるの
か。この問いを、消費者行動論の枠組みを用いて解き明かそうというのが、本稿の目的で
ある。
本稿は、以下の構成をとる。まず、消費者行動論やオンラインゲームに関連した先行研
究を取り上げ、それを参考に仮説を立てる。そして、ソーシャルゲーム企業や市場の事例
を簡単に紹介したのち、インタビュー・アンケートについて記述していく。
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2.
2-1.
先行研究
消費者行動論に関する先行研究
2-1-1.
「消費者行動」の定義
米国マーケティング協会(AMA)の定義によると、消費者行動(consumer behavior)とは、
「製品やサービスの市場における消費者ないし意思決定者の行動」であり、かつ「そのよ
うな行動を理解し記述することを企図した学際的で科学的な研究領域」を指す用語だと言
われている。本稿においては、前者を「消費者行動」、後者を「消費者行動論」と呼ぶこと
にしたい。
消費者行動論の歴史を振り返ってみると、研究の当初は「人はなぜ購買するのか」とい
う購買動機や、「どのように購買するのか」という購買行動に焦点があてられていた。これ
らに加えて、近年では、
「なぜ消費するのか」、もしくは、「どのように消費するのか」とい
った消費行動にも研究範囲が拡大していった。それに伴い、購買時点での選択行動だけで
なく、購買後の消費や使用のプロセスに対しても関心が向けられるようになった。時代が
進むと、消費の概念そのものが更に拡大していき、消費後の「処分」まで消費の概念に加
える研究者も出てくる。
通常、消費者行動という概念の中には、目に見える活動だけでなく、目に見えない意思
決定や情報処理などの心理的プロセスも含まれる。つまり、意図的な「行為」だけでなく、
無意識的な「反応」まで含めて、「行動」と捉えている点を考慮しなければならない。それ
らを踏まえ、青木(2011)は消費者行動を、「消費者が製品やサービスなどを取得、消費、処
分する際に従事する諸活動(意思決定を含む)
」と定義している。(青木,2011,p.20)
本稿においては、「なぜ、人はソーシャルゲームに課金してしまうのか?」という部分に
スポットを当てている。そのため、上記の消費者行動の定義を形作る全ての要素に触れる
ようなことはせずに、「なぜ課金してしまうのか」という動機付けに関する消費者行動論に
焦点を当て、取り上げていきたい。
2-1-2.
Schiffman et al の動機付け理論
青木(2011,pp.81-89)を参考に動機付け理論について記述していく。この理論を踏まえる
と、「ソーシャルゲームで課金してしまう」理由を上手くフレームワーク化することができ
るのではないかと考え、取り上げた。以下、その内容を見ていきたい。
一般的に、
「動機付け」(motivation)とは、人を行動へと駆り立て、その行動を方向づけ、
維持する心理的メカニズムを指し、
「動機」(motive)とは、そのようなメカニズムのなかで、
特定の行動を駆動し方向づけ維持する内的な要因や状態を指す概念である。
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(図表 2-1 動機付けプロセスの概念モデル)
学習(経験)
未充足ニーズ
緊張状態
動機(動因)
行動
目標(誘因)
認知(期待)
緊張低減
出所) Schiffman et al.(2008),p73.
青木(2011),p.82
図表 2-1 は、動機付けのプロセスを図示したものである。まず、図表の左側に位置する「未
充足ニーズ」が発生することから始まる。未充足なニーズによって緊張状態が生じ、それ
が引き金となり、ニーズの充足や緊張状態の緩和に繋がる行動が発生する。その際に、行
動の駆動力となる内的状態を「動機」ないし「動因」(drive)と呼ぶ。一方、行動を発生さ
せる外的要因は「目標」(goal)ないし「誘因」(incentive)と呼ぶ。前者は望ましい理想状態
のことであり、後者はニーズを充足する能力を持った対象のこと(購買行動においては、
製品やサービスが誘因に当たる)を指す。そして、動機や動因によって、目標や誘因の獲
得につながる行動が駆動され、その結果として、ニーズの充足と緊張状態の低減ないし解
消がもたらされる。
ここで、「ニーズ」(欲求)とは、行動を発現させる生理的ないし心理的な未充足状態(あ
るいは不均衡状態)のことを指す。ニーズには、一次的(生理的)なものと、二次的(心
理的・社会的)なものがあり、前者は生命を維持するために生理的に不可欠なニーズ(喉
の乾き、空腹、性、睡眠、苦痛の回避等)で、後者は後天的な学習によって獲得された心
理的・社会的なニーズ(達成、親和、依存、攻撃等)のことを指す。特に、心理的・社会
的ニーズの中でも、獲得(モノの所有)、遊び(リラックス)、自己顕示(他者の注意を引
く)などのニーズは、消費者行動を考えるうえでも示唆的であろう。また、米国の心理学
者 A.Maslow の「欲求階層理論」では、ニーズには、①生理的ニーズ、②安全のニーズ、
③所属・愛情のニーズ、④自尊のニーズ、⑤自己実現のニーズ、という順序でのニーズの
階層構造があり、低次のニーズが満たされると高次のニーズに移行して、行動に影響を与
えると考えられている。
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ここで重要となるのは、単に未充足なニーズが存在するだけでは、行動は発生しないと
いうことだ。ある特定の行動を発生させるためには、行動の対象となる外的要因としての
目標(もしくは誘因)と、内的要因としてのニーズとを結び付ける動機の存在が必要とな
る。そして、そのような動機は、過去の学習や認知プロセスを通して形成させるものであ
る。すなわち、ある目標(誘因)がニーズの充足にとって有効であったという経験、ある
いは、有効であろうという期待を通して動機は形成されるのである。これを購買行動の文
脈で考えると、誘因として、ある製品やサービスがニーズの充足に有効であったという経
験、あるいは、有効であろうという期待を通して、その製品の購買動機は形成されること
になる。
2-1-3.
動機付け理論にソーシャルゲームを当てはめると
図表 2-1 にソーシャルゲームを事例として当てはめて、ソーシャルゲームの動機付けにつ
いて考えてみたい。
まず、「未充足ニーズ」は、ソーシャルゲームをプレイする上で必ず感じるものだろう。
例えば、強力な敵や他プレイヤーを倒せなかったときや、期間限定のイベントが発生して
いるときなどが挙げられる。2-1-2 に挙げたニーズから考えると、強力な敵や他プレイヤー
を倒して達成感や優越感を感じたいと思うかもしれないし、困難な期間限定イベントをク
リアし、それを他プレイヤーに示すことによって、自己顕示欲などといった社会的・心理
的ニーズを満たせると考えるかもしれない。そういった未充足ニーズを発生させる仕組み
を、ソーシャルゲームは数多く備えていると考えられる。
目標と誘因は、ニーズの先にあるものだ。目標、つまり望ましい理想状態、で例を挙げ
ると、「レアアイテムをコンプリートしたい」欲求や、「他人より強くなりたい」欲求など
だろう。その誘因、つまりニーズを充足させる能力を持った対象には、レアアイテムや強
力なユニットやカードが当たる。ニーズを充足させる手段は、大抵は「アイテム課金」で
あり、アイテム課金を行うことで比較的簡単にそれらのニーズは満たすことができるよう
になっている。ソーシャルゲームにおいて、アイテム課金によってニーズを満たすことは、
課金しない場合と比べてはるかに簡単で、手っ取り早く、課金しなければ叶わないことも
決して少なくない。
そして、動機である。前述した通り、動機は、ある目標(誘因)がニーズの充足にとっ
て有効であったという経験、あるいは、有効であろうという期待を通して動機は形成され
る。
例えば、あるプレイヤーには、「レアアイテムをコンプリートしたい」欲求(ニーズ)が
あるとしよう。レアアイテムは、大抵はアイテム課金やガチャを行わなければ手に入らな
い。また、ガチャにはどの程度のアイテムが、どのくらいの確率で手に入るかが分かるよ
うになっているものが多いので、
「10 回ガチャを回せば、よほど運が悪くなければ手に入る
だろう」といっただいたいの予測がつく。このように、この欲求に対する認知(期待)が
7
生まれる。あるいは、
「前回は 5 回で済んだから、今回もそれくらいで済むだろう」という
学習(経験)によって、課金する動機が形成させると考えられる。
2-1-4.
未充足ニーズに対する考察
2-1-3 において、ニーズに対して簡単に説明を加えたが、この説明では不十分である。な
ぜなら、人によって未充足だと感じるニーズそのものが異なるからである。ある人にとっ
ては、アイテムをコンプリートできないことが未充足なニーズに当たるかもしれないし、
またある人にとっては、強力な敵を倒せないことが未充足だと感じるかもしれない。それ
ぞれの未充足だと感じるニーズによって、理想状態である目標が異なるのは言うまでもな
いし、それを達成する手段もまた異なるであろう。
しかし、そう言い切ってしまっては、「課金する動機は人によって異なる」という結論に
達してしまう。もちろん、ある意味ではそうであろうが、本稿においては「こういったよ
うに動機づけられるのではないか」といったような一定の方向性を示したいと考えている。
そのためには、ソーシャルゲームをプレイする上でどのようなニーズが存在するかあたり
をつける必要があるだろう。
そこで、ソーシャルゲームをプレイする上で、プレイヤーが抱くであろうニーズを更に
考察すべく、いくつかの先行研究を紹介したい。
2-2.
「快楽消費」に関する先行研究
2-2-1.
堀内(2004)の主張する「快楽消費」
消費者行動を研究する学問分野では、商品の使用を通じて楽しさや心地よさといった快
楽を経験することを「快楽消費」(hedonic consumption)と呼んでいる(堀内,2004,p.7)。こ
の定義によると、芸術を鑑賞して感銘を受けたり、スポーツ観戦をして盛り上がったりす
るのは、みな快楽消費にあたる。ということは、ソーシャルゲームを楽しむこともある種
の快楽となり、それがニーズにつながるのではないだろうか。考えてみたい。
消費者行動は、これまで主として「問題解決」という考え方のもとに説明されてきた。
まず、何らかの問題が発生し、それを消費者が認識することによって一連の消費者行動が
始まるとする考え方である。ここでいう「問題」とは、消費者にとっての理想状態と現実
の状態のズレとして説明される。問題が発生したら、多くの場合は解決に向けて何らかの
行動をとることとなる。例えば、私たちは、病気になったら病院に行ったり、薬局に薬を
買いにいったりする。
しかし、あらゆる消費者行動が「問題解決」の考え方で説明できるわけではない。例え
ば、衝動買いは問題解決に貢献するだろうか。このように、「問題解決」の考え方で説明で
きる消費者行動が全てではないし、
「問題を解決したい」とはっきり自覚している場合でも、
なぜ問題を解決したいかと突き詰めると、答えを出すのは意外と難しい。この答えとなり、
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消費者行動の根本に存在するのが、
「快楽」であるというのが、堀内の主張である。
2-2-2.
「快楽」と「快楽消費」の定義
快楽が消費者行動の根本であるならば、「快楽」や「快楽消費」について定義する必要が
ある。堀内は、「快楽」を「主観的に望ましい感情を経験すること」と定義している(堀
内,2004,p.31)。ここでいう「望ましい状態」とは、社会が望ましいと評価する事柄を指す
のではなく、本人が望むところを意味するということである。そして、当人が「望ましい
と認識する感情」とは、喜び、楽しみ、知的満足などを含む包括的な感情のことを指す。
そもそも、どのような感情経験が「快楽」にあたるのだろうか。例えば、感情心理学者
J.A.Russel.の研究では、
「幸福」や「嬉しさ」、
「歓喜」などは程度の強い快楽と位置付けら
れているが、快楽はそのようなものや官能的なものだけではなく、「リラックス」や「気楽
さ」、
「平静」なども程度は低いが快楽に含まれ、また「興味」や「知的好奇心」
、
「達成感」
や「充実感」なども幅広く「快楽」に含まれるという(堀内,2004,pp.31-35)。
さて、快楽消費に関する従来の学説では、芸術鑑賞やレジャー活動、あるいは商品にま
つわる空想などを取り上げ、そこに快楽消費が存在すると主張している。また、従来な学
説においては、快楽を求める消費者は、消費を行う際に効率や費用対効果を考える「合理
的経済人」ではなく、快楽への欲求に動かされるような不合理な消費者だということに共
通して着目している(堀内,2004,pp.41-51)。
しかし、これらの従来の学説では、日常的な商品の使用によって得られる心地よさや、
ささやかな喜びなどのありふれた「快楽」は説明しづらい。そこで、堀内は、従来の学説
より快楽消費の範囲を拡大し、「快楽消費」を、
「消費者行動を通じて、当人にとって望ま
しい感情を経験すること」、つまり、「商品の選択、購買、使用、あるいは処分を通じて、
喜びや楽しさ、心地よさ、安心感、興味などを経験すること」と定義している(堀内,2004,p.40)。
この定義から考えると、値段の割に質の良いものを買えた、といったような合理的経済人
としてのささやかな喜びも「快楽」に含まれると考えられる。この「快楽」の定義の広さ
から従来の快楽消費論の学説とは差別化が図られているといえよう。つまり、一般的な消
費者行動論が想定しているような「合理的な消費者」と、堀内の快楽消費論が想定してい
る「快楽を求める消費者」は必ずしも矛盾しないということになる。
2-2-3.
現代の消費者行動の特徴
日常生活の中で快楽を得るに適した消費者行動には、いくつかの特徴がある。その特徴
を、堀内(2004,pp.107-115)を参考にまとめた。
①ささやかな楽しみがたくさんある
②一人でも複数でも快楽を経験できる
③美しさを堪能できる
④手軽である
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⑤勝手に始めたり、やめたりできる
⑥特別な能力やスキルを必要としない
⑦多大な労力をつぎ込む必要がない
以上のことから、現代の日常生活のなかで、消費者行動は快楽をもたらしやすいという
特徴を持っていることがわかる。レジャーや芸術鑑賞だけでなく、ごく日常的な消費者行
動のなかにも、快楽消費の要素が含まれているのである。
2-2-4.
ゲームと「快楽」
空想の世界に浸って楽しんだり心地よくなったりすることは、今に始まったことではな
い。昨今では、空想世界に現実を持ち込むことによって得ることが可能になる快楽が増え
ている。例えば、バーチャル空間で冒険をしたりすることを楽しむテレビゲームなどが挙
げられる。ゲームにのめり込むその理由を、消費者行動研究者 R.Celci の行ったスカイダイ
ビングの研究を応用して解釈すると、ゲームの技術向上に伴う自己効力感(自分で自分の
能力を実感することによる喜びや満足)や目標達成の喜びを求めているからであろう、と
している(堀内,2004,pp.18-20)。
2-2-5.
ソーシャルゲームと快楽消費
では、「快楽消費」にソーシャルゲームを当てはめて考えてみたい。まず、2-2-3 で挙げ
た特徴に、ソーシャルゲームはほぼ当てはまっていると考えられる。考察してみたい。
①キャラクターが強くなったり、ステージをクリアできたり、他人とのコミュニケーショ
ンを取ったりするのは、まさにささやかな楽しみと言えるだろう。
②一人でもプレイは可能であり、もちろん友人と協力してプレイすることもできる。
③ソーシャルゲームはカードゲームが主流となっており、そのカードはアニメ調で可愛ら
しく描かれたものも多い。
④主に携帯電話を用いて、ちょっとした隙間の時間に楽しめて、無料でプレイできるので、
非常に手軽である。
⑤自分の好きなように始められ、またプレイをやめることも簡単である。
⑥携帯電話やパソコンがあれば、だれでも簡単に遊ぶことができる。
⑦一回のプレイが 5 分~10 分と拘束時間が少なく、労力はほとんど必要としない。
以上のように、ソーシャルゲームは現代の日常生活の中の消費者行動とマッチしており、
快楽を得るための「快楽消費」として非常に優秀であることが分かる。また、2-2-4 で述べ
たように、バーチャル空間で遊ぶソーシャルゲームは、ゲームに慣れていくことにより自
己効力感や目標達成の喜びを得ることができると推測できる。
快楽消費論の問題点を挙げるならば、従来の学説と異なり「快楽」に大きな幅を持たせ
た故に、何に対しても、その広い「快楽」が当てはまってしまうことだろう。どちらかと
言えば、「ソーシャルゲーム」にお金をつぎ込むことは決して合理的とは言えないだろう。
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そのような非合理的な行動の動機を「快楽」の一言で済ましてしまうことは、いささか無
理があるように感じる。そこで次は、ソーシャルゲームに極めて近い特徴を持つ「オンラ
インゲーム」に関する先行研究を挙げてみたい。
2-3.
仮想世界の消費者行動に関する先行研究
2-3-1.
オンラインゲームにおける消費者行動
野島(2008)は、
『人はなぜ形のないものを買うのか -仮想世界のビジネスモデル-』のなか
で、オンラインゲームにおいてプレイヤーが課金する理由は、「オンラインゲームの中で自
分らしさを発揮することで得られる気持ちよさや楽しさに対してお金を支払っている」と
主張している。この主張が、ソーシャルゲームについても適用できるか、そもそも、この
研究に妥当性があるのか、を考察していきたい。
2-3-2.
デジタルコンテンツが有する価値
まずは、「デジタルコンテンツ」によって顧客に提供される便益や価値は何であるかと考
えてみたい。ソーシャルゲームやオンラインゲームの「アイテム」や「カード」のような
デジタルコンテンツは生活必需品ではないため、使って便利だというような価値よりも、
娯楽や癒しといった心理的な価値がその中心になる(野島,2008,p.24)。形のないデジタルコ
ンテンツの場合はなおのこと、顧客の感じる価値が重要となる。
こういったデジタルコンテンツの価値を説明するキーワードとして、
「娯楽性」、
「新奇性」、
「コミュニティ」、「居場所」、「UCC(User Created Contents)」が挙げられる。野島
(2008,pp.24-35)を参考に各項目について簡単に見ていきたい。
「娯楽性」とは、「使うことや行うこと自体が目的となること」、「物理的報酬がない状況
で動機づけられること」を指す。娯楽性が高いほど、行為を行うこと自体が楽しくなり、
その行為をしたいと思うのである。
「新奇性」とは、目新しいことや、ワクワクすることである。ただし、強すぎれば不安
となり、弱すぎれば退屈になるものなので、ただ単純に新奇性が強ければよいというわけ
ではない。顧客が快適だと思う水準を見つけることが重要となる。
ユーザーによって楽しいと感じる部分や程度が異なるので、顧客全員に新奇性を提供し
つづけるのは限界がある。そこで、新奇性を補うのが「コミュニティ」となる。コミュニ
ティの中でプレイヤーはコミュニケーションを図り、そこを「居場所」と認識することに
より、プレイヤーにとってそのコミュニティは自己目的的(好きだからそこにいる)とな
るのである。インターネットにおいても人々は、様々な人との交流、現実とは違う人格を
作り上げる楽しさ、ワクワクする高揚感を求め、そのための居場所を探している。
「居場所」
とは、人と人が集まるコミュニティにユーザーの心理的価値が加わった状態を指しており、
「ここに属している」という帰属意識が満足や癒しにつながっているのである。話す相手
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がいること、挨拶する相手がいること、気持ちを共有する相手がいること、こういった人
間関係をインターネット上に持っていることの安心感が、
「居場所」の価値である。
「UCC(User Created Contents)」とは、ユーザー制作コンテンツのことを意味する。こ
れは、単にユーザーが作ったコンテンツを指すのではなく、コンテンツは企業ではなく、
ユーザーが自発的に作り出すという発想の転換のことを指す。UCC は、オンラインゲーム
や SNS ベースのソーシャルゲームにもみることができる。例えば、オンラインゲームやソ
ーシャルゲームでは、自分の分身であるキャラクター(アバター)を持つことが多く、こ
のアバターを操ってゲームを楽しむことになる。創意工夫を凝らしてアバターに装飾を加
えて、自分らしさを表現したいと思うのは、現実のファッションと何ら変わらない。UCC
というと、ユーザー自身が一から作り出すイメージがあるが、既存のコンテンツを自分な
りに組み合わせるのも創意工夫である。オンラインゲームやソーシャルゲーム、もしくは
モバゲーや GREE といった SNS では、アバターに着せる服を多数販売している。バーチ
ャル世界の服は、もちろん実際には着ることはできず、現実世界においては全く価値はな
いが、それにも関わらず多くのユーザーはアイテム課金を行っている。ユーザーは、自分
らしさを発揮できる UCC で得られる気持ちよさや楽しさに対してお金を支払っている、と
も考えられる。
以上のように、デジタルコンテンツが有する様々な価値が高くなればなるほど、プレイ
ヤーはこれらの価値を強く求めようとする。ゲームの世界に没頭しているプレイヤーほど、
ゲームを有利に進めたいという競争心、あるいはアイテムを使って自己表現をしたいとい
う自己顕示欲を持つようになる。アイテム課金は、こういった心理的な価値に対する課金
といえる。
仮想アイテムを売るというのは、従来のオンライン通販とは本質的に異なり、ゲームの
世界の外では何の利用価値もないデジタル信号を販売していることを忘れてはならないだ
ろう。バーチャル世界においてアイテム課金を行い、財産や特権が欲しいと思うのは、自
己顕示欲や競争心という世界に寄せるプレイヤーの想いがあるからである。他の人に負け
たくないからアイテムを買う、友達に自慢したいからアイテムを買うのである。ベースと
なるのは「モノの所有権」ではなく、バーチャル世界に対するプレイヤーの心理的価値な
のであり、プレイヤーの熱中度を仮想アイテムという形に具現化するという新しい収益モ
デルなのである。
2-3-3.
「バーチャル・アイデンティティ」とは
野島(2008)は、仮想世界における参加者のアイデンティティを意味する造語として、「バ
ーチャル・アイデンティティ」を提唱している。現実世界の「自分自身」と同じように、
オンラインゲーム上のアバターである「自分自身」も決して偽りの姿ではなく、それもま
た自分の真の姿なのだ、という主張である(野島,2008,p.142)。従来、アイデンティティは一
つだと考えられていたが、インターネットによって他者との関係性ひいてはアイデンティ
12
ティのあり方が変化し、複数化していると指摘されている。生まれながらの身体的特徴、
長年の生活で形成された社会的な立場、他者との関係性といった様々な制約が現実には存
在するが、仮想世界では思い描いたままを反映させ、こうなりたいという自分を投影する
ことも可能である。美人だと思う姿を選ぶのは簡単であるし、チャットを通じてこうあり
たいという自分を演出してもよい。仮想世界の人格は偽りであるという意見もあるが、現
実世界だけが「本当の自分」ではないと考えられる。
「アイデンティティ」は、「本当の自分」と表現されることが多い。確かに、表現の舞台
として現実世界は大部分を占めるが、だからといって唯一なものというわけではない。学
校生活で見せる顔、家族の中の顔、趣味の友達に見せる顔など、いろいろな表情が考えら
れる。それに加えて、インターネットが新しい舞台となりうる。インターネットでの人間
関係は簡単に形成でき、同時に離脱も容易であり、複数の人間関係を気軽に持ち合わせる
ことができる。地縁や血縁によって縛られていた現実世界の人間関係とは質的に異なる人
間関係が、インターネットには生まれていると考えられる(野島,2008,p.143)。
この「バーチャル・アイデンティティ」が強固に形成させているということは、プレイ
ヤーが仮想世界に没頭していることを意味する。つまり、このアイデンティティを実感さ
せる仕組みを作り上げることで、「娯楽」や「居場所」としての仮想世界の価値を上昇させ
ることができる。結果として、プレイヤーはそれらの心理的価値のために課金を行う、と
仮定することもできる。
2-3-4.
バーチャル・アイデンティティと消費者行動
仮想世界サービスの運営という視点に立ったとき、野島(2008)がバーチャル・アイデンテ
ィティに着目する理由は三つあるという。一つ目は、アイデンティティは仮想世界の参加
動機につながるということである。二つ目は、アイデンティティに留意することにより、
仮想世界全体の価値を向上させることができるということである。「アイデンティティ」や
「居場所」「コミュニティ」という心理的価値は、仮想世界におけるサービスの究極の便益
であるからだ(野島,2008,p.153)。三つ目は、お金を支払うという消費者行動に関係する点で
ある。仮想と現実では人格が異なるという前提に立つと、支払行動についての理解を変え
なければならないからである。
「バーチャル・アイデンティティ」は、仮想世界のほうが自分らしくいられるという気
持ちであり、
「居場所として仮想世界に抱く思い」と言い換えることができる。アイデンテ
ィティが強固に形成されればそれだけ、仮想世界に高い価値を感じ、支払ってもよいと思
う金額が大きくなる。一方、現実世界のアイデンティティは消費者としての意識があり、
消費する行為に対しては合理的に判断しようとするだろう。例えば、お金を使いすぎたと
思えば、次は財布の紐を引き締めようとするはずだ。そのように考えると、仮想世界サー
ビスへの支払額は、現実世界のアイデンティティによる懐具合と、バーチャル・アイデン
ティティによる気持ちの高揚との兼ね合いで決まることになる。そもそも、アイテム課金
13
による仮想アイテムは、そこでしか意味を持たない電子信号であり、合理的な消費者を前
提にするとその消費行動は上手く説明することができない(野島,2008,p.153)。しかし、実際
のところ、多くのプレイヤーがアイテムやアバターの衣装に対して何千円、何万円と課金
をしている。要するに、プレイヤーはみな、現実の消費者としての人格と仮想世界の住民
としての人格を持ち、合理性と非合理性の狭間にいるのである。その中で、合理的に物事
を考える一方、不合理とも思えるアイテム課金を行ってしまうのだ。仮想現実に多額のお
金をつぎ込んでしまうというのは、一般的な消費者行動から考えるといかにも非合理であ
る。
2-3-5.
「活動-報酬モデル」とは
これまでの項では、オンラインゲームにおいては、「居場所」や「コミュニティ」が持つ
心理的な価値が非常に重要である、ということを中心に論じてきた。
「バーチャル・アイデ
ンティティ」という、仮想世界におけるもう一人の自分が強固に形成されることによって、
プレイヤーが仮想世界に没頭し、より強く心理的な価値を感じることができる。そのこと
が、プレイヤーをより一層アイテム課金に駆り立てるのではないか、と仮定できる。野島
は、上記の仮説以外にも、多くの人々がオンラインゲームに夢中になる理由があると仮定
している。それが、「活動-報酬モデル」である。
そもそも、
「活動-報酬モデル」とは、仮想世界で求められる因果律のことを指す(野
島,2008,p.172)。因果律とは、個々の活動に対してどのような結果がもたらされるか、とい
うことを指し、オンラインゲームにおいては「ゲームバランス」と呼ばれることが多い。
プレイヤーが納得する因果律を作り出すことは、顧客維持のための最高の要因となる(野
島,2008,p.172)。なぜなら、プレイヤーに「自分が投じた時間と労力に対して報われてる」
という納得感を与え、ゲームに参加するモチベーション維持に貢献するからである。プレ
イヤーは、「仮想世界はファンタジーとして完結すべきもの」と考えることが多いので、現
実世界の貧富とは別のものとして、仮想世界独自の「活動-報酬モデル」が確立されてい
る必要がある。
仮想世界における因果律には、二通りの解釈がある。一つは、個々人が仮想世界で行っ
た活動や努力に対して、それに見合った成果や報酬が得られているかということ、二つ目
は、得られた成果や報酬が他プレイヤーと比べて偏りがないかということである。報酬の
多寡は、自分が費やした努力の量だけでなく、他プレイヤーと比べて判断される。つまり、
他プレイヤーよりも明らかに報酬が少ないと感じると、プレイヤーは強く不公平感を覚え
てしまう。
プレイヤーの多くがゲームバランスにこだわるのは、オンラインゲームなどの仮想世界
が人工の世界であることにも原因がある。現実世界は好む好まないにかかわらず生きてい
かなければならないが、仮想世界はいつでも自由にやめることが可能である。時間や料金
を投入して参加している仮想世界であればあるこそ、投入した時間や料金に対して分かり
14
やすい結果を求めがちである。つまり、強制力のない仮想世界だからこそ、それに見合う
ような強力な参加モチベーションが必要になる。それが、
「活動や努力に対して、それに見
合った成果や報酬が得られているか」という点である。仮想世界を生きるプレイヤーにと
っての最大の関心事は、自分の費やした時間と労力がどう報われるか、それが他人と比べ
てどうかということだ(野島,2008,pp.178-179)。
しかし、「活動-報酬モデル」は現実世界でも実感することは可能である。例えば、運動
を続ければ体力は向上するであろうし、勉強をすれば知識を身に着けることができるだろ
う。現実世界とオンラインゲームとの大きな違いは、活動に対する報酬を感じるスピード、
つまり報われるスピードがとても速いことである。まさに、それがゲームをプレイする強
力な動機として働いているという仮説が立てられる(野島,2008,p.179)。例えば、現実で勉強
をきちんとすれば、テストの点数が上がり成績も向上するかもしれない。しかし、実際に
はそれが結果に反映されるかも不確定であり、また個人で得手不得手もあるだろう。まし
ては、成績が上がることによって将来の見通しが明るくなるなど、誰が言えるだろうか。
このように、現実世界においては、複雑化した「活動-報酬モデル」のため、「努力しても
報われないのではないか」、「意味がないのではないか」という閉塞感を感じてしまう。一
方、仮想世界においては、活動に見合う成果をすぐに得ることができるため、結果を期待
することができ、やる気も出てくる。そもそも、仮想世界の醍醐味は、現実世界のプロセ
スを全て踏まなくても、すぐに擬似的な体験ができることにあるとも言える。単純化され
た「活動-報酬モデル」と、活動が報われる時間の早さが仮想世界独自の大きな魅力だろ
う。誰でも簡単に見通しを立てることができる、複雑性を削減させた仮想世界は、人をや
る気にさせる力があるようだ(野島,2008,pp.179-180)。
2-3-6.
ソーシャルゲームと仮想世界の消費者行動
これまでの項で、野島(2008)の主張をまとめてきた。野島の研究は、主にオンラインゲー
ムを対象としているものであるが、類似点の多いソーシャルゲームに当てはまるものなの
か、考えてみたい。
まず、「バーチャル・アイデンティティ」に関しては、ソーシャルゲームの種類による、
としか言えないだろう。ソーシャルゲームには、衣装を着せ替えられるような「アバター」
が用意されているものよりは、自分自身が仮想世界の物語の主人公となって冒険を進めて
いくような、従来のパッケージゲームのようなタイプのものが多い。しかし、ソーシャル
ゲームにおいては、他プレイヤーとの関わりは欠くことはできない。他プレイヤーと協力
しゲームを進めたり、ゲーム内のコミュニティに属していくうちに、そのソーシャルゲー
ムに「居場所」を見つけ、そこに癒しや安心感のような心理的価値を見出すことは十分考
えられるだろう。
しかし、どちらかというと「バーチャル・アイデンティティ」は、モバゲーや GREE と
いった SNS で強く感じられるものであろう。例えば、モバゲーや GREE では、ユーザー
15
一人ひとりに自分の分身である「アバター」が用意されており、アバターに様々な衣装を
着せて遊ぶことができる。また、同じような趣味や目的の人々が集まれるようなコミュニ
ティを作ることができたりするなど、本来の SNS としての機能も充実しているため、そこ
に居場所を見出したり、もう一人の自分として「バーチャル・アイデンティティ」を強固
に作り出すこともあるだろう。それらが結果として、前述の心理的価値をより強く感じる
ためのアイテム課金のきっかけになることが考えられる。
「活動-報酬モデル」に関しては、オンラインゲームと同じようにソーシャルゲームに
も適用できるだろう。つまり、「活動や努力に対して、それに見合った成果や報酬が得られ
ているか」ということを常にプレイヤーは気にしており、またそれを望んでいる。活動に
見合う成果をすぐに得ることができると予測を立てているからこそ、プレイに熱中するこ
とができる。私はむしろ、ソーシャルゲームは「活動-報酬モデル」のエッセンスを感じ
取ることのできる部分だけを抽出したようなものだと感じている。ソーシャルゲームでは、
ほんの少しのプレイ時間で簡単に強くなったり、偉くなったりできる。ソーシャルゲーム
内では、強いことがそのまま権力につながる、つまり、偉いような印象がある。これは、
現実世界では絶対に感じることのできないものだろう。このような、現実離れした感覚を
簡単に味わいたいがために、ソーシャルゲームをプレイしているのではないか、と仮定を
立てることができる。アイテム課金は、成果や報酬を得るスピードをさらに加速させる。
アイテム課金でしか手に入れることができない強力な装備品やカードは、これまで苦戦し
ていた敵を一掃できるような力を持っている。ただでさえ単純な「活動-報酬モデル」を、
アイテム課金はさらに単純化させることができるのだ。このような、ほんの少しのプレイ
時間で簡単に強くなったり、偉くなったりできるような感覚は、アイテム課金をするうえ
で非常に強い動機に成り得るのではないだろうか。
以上より、野島のオンラインゲームに対する研究は、ソーシャルゲームにおいてもほぼ
適用できると考えられる。
しかし、「バーチャル・アイデンティティ」に関しては、いささか主観的な要素が強い主
張だと私は考えている。というのも、野島自身がオンラインゲームを数年に渡ってプレイ
しているコアゲーマーであり、自身の経験を元にしている部分も少なくないからだ。また、
オンラインゲームは仲間と協力する、またはしなければならないというシチュエーション
が多いが、ソーシャルゲームは必ずしもそうではない。つまり、仲間や他プレイヤーと相
互的な関わりを持たずに、一人で黙々とプレイすることも可能である。そのような状況で
は、アバターなどの自分自身の分身に強い愛着を持ったり、ゲーム内の世界に「居場所」
を持つことは難しいだろう。これらのことから考えると、
「バーチャル・アイデンティティ」
に強く愛着を持つプレイヤーと、そうではないプレイヤーがいると仮定することができる。
野島の「バーチャル・アイデンティティ」は、ゲームや SNS において、他者との相互的な
関わりを持つことを通じて帰属意識を感じるような、主にコミュニケーションを取ること
を目的としたユーザーのみに適応されるものだと考えられる。そうだとすれば、アイテム
16
を黙々と集めたり、ゲーム世界を純粋に楽しんでいるプレイヤーは目的が異なるため、コ
ミュニケーションを重視するプレイヤーとはアイテム課金をする動機も異なってくるはず
である。では、ソーシャルゲームにおいては、どのような目的を持ったプレイヤーがいる
のだろうか。それを示唆する先行研究が、次に紹介する Richard A, Bartle が考案した「バ
ートル・テスト」である。
2-4.
オンラインゲームにおけるパーソナル分類の先行研究
2-4-1.
Richard A, Bartle によるオンラインゲームの研究
野島の研究に引き続きもう一つ、オンラインゲームに関する先行研究を見ていきたい。
Richard A, Bartle という英国のゲーム研究者兼開発者の研究である。彼は、
MUD(Multi-User Dungeon)の父と呼ばれ、現在のオンラインゲームの形式である、いわゆ
る MMO(Massive Multiplayer Online:多人数参加オンラインゲーム)の基礎を築いた人物
である(深田,2011,p.59)。主に MMO ゲームのプレイヤーを分類するために彼が考案した「バ
ートル・テスト」を紹介したい。
2-4-2.
「バートル・テスト」によるプレイヤーの分類
「バートル・テスト」に関しては、深田(2011,pp.59-63)と、Richard A, Bartle: Players Who
Suit MUDs( http://www.mud.co.uk/richard/hcds.htm)を参考にしてまとめていく。
この分類は、プレイヤーの性質を「何と(横軸)」「どのように(縦軸)」関わりたいか、
という観点から分類したものである。「何と」には、他プレイヤー及びゲーム内世界の2種
類がある。「どのように」には、自らが中心となる関わり方(主体的)と、自身と対象とが
相互に作用する関わり方(相対的)の2種類がある。それを図表にしたのが、下記の図表
2-2 である。
「何と」
「どのように」関わるかによって、プレイヤーは主に4種類に分類され、
Bartle はプレイヤーのタイプをトランプのマークである「ダイヤ」
「スペード」
「ハート」
「ク
ラブ」に当てはめて考えている。それが、「キラー」、「アチーバー」、
「ソーシャライザー」、
「エクスプローラー」である。それぞれ見ていきたい。
17
(図表 2-2
Bartle によるオンラインゲームプレイヤーの 4 分類)
主体的
キラー
アチーバー
他プレイヤー
ゲーム内世界
ソーシャライザー
エクスプローラー
相対的
出所) 深田(2011),p.63
まず、左上に位置するのは、キラー(Killer)である。キラーには、
「棍棒」を表し農民や狩
人を意味する「クラブ」が当てはまる。日本語にすると「殺人者」となり、他プレイヤー
に対して、自分が中心となるような関わり方を好むプレイヤーを指す。競争心が強く、他
プレイヤーを攻撃するなどの行動を通じて、自身が優越していることを示すのを楽しむ。
キラーは、一人プレイが中心のパッケージゲームよりも、複数人で同時に遊ぶ MMO やソ
ーシャルゲームに惹きつけられ、他プレイヤーに恐れられることが自慢になるタイプであ
る。
右上に位置するのは、アチーバー(Achiever)である。アチーバーには、「貨幣」を表し承
認を意味する「ダイヤ」が当てはまる。日本語にすると「達成家」となり、ゲーム内の世
界に対して自分が中心となるような関わり方を好むプレイヤーを指す。達成意欲の高いタ
イプであり、レベルを上げること、装備を強くすることや、アイテムをコンプリートさせ
ることに強い関心を持つ。他プレイヤーに対しては、自分自身の強さや、いかに短時間で
強くなれたか、ということが自慢となる。
左下に位置するのは、ソーシャライザー(Socialisers)である。ソーシャライザーには、
「聖
杯」を表し聖職者を意味する「ハート」が当てはまる。日本語にすると「社交家」となり、
ゲームの中で他プレイヤーと相互的に関わることを好むプレイヤーを指す。ゲームそれ自
体というよりも、その社交的な側面であるプレイヤー同士のコミュニケーションや協力し
てプレイすることを楽しむ。MMO やソーシャルゲームのような、複数人で同時に遊ぶゲー
ムに、ソーシャライザーは強く惹きつけられる傾向にある。ソーシャライザーは利他的な
行動にモチベーションを感じるので、他プレイヤーに感謝されることや頼りにされること
18
が自慢になる。
右下に位置するのは、エクスプローラー(Explorer)である。エクスプローラーには、
「剣」
を表し騎士を意味する「スペード」が当てはまる。日本語にすると「探検家」となり、ゲ
ームの世界と相互的に関わることを好むプレイヤーを指す。新しい世界を開拓したり、隠
し場所を発見するなど、冒険そのものを楽しむ好奇心の強いタイプである。レベルを上げ
ることやアイテムを収集することにはそれほど関心は強くないが、そこに新しい発見が伴
っていることも多いので、しばしばアチーバーと似てみえる。ただ、エクスプローラーは
単調作業には飽きやすい傾向にある。ゲーム世界に対する理解や特別な発見が、エクスプ
ローラーにとって自慢となる。
これらの4つの分類は、プレイヤーが厳密にどれか一つにあてはまるというものではな
く、4タイプの傾向をどれだけの割合で有しているかという表現される。つまり、4タイ
プのうち、相対的に傾向が強く出ているタイプに見合った行動が、相対的に多く表れると
いうことになる。しかし、多くのプレイヤーはどれか一つ優先するタイプがあり、プレイ
ヤーの関心を満足させるための手段としてのみ、他のタイプに切り替えることを示唆して
いる。
2-4-3.
「バートル・テスト」とソーシャルゲーム
前項で記述したバートル・テストは、主としてオンラインゲームを対象とした分類だが、
ソーシャルゲームにも応用できると考えてられる。オンラインゲームとソーシャルゲーム
には類似点が極めて多く、自ずとプレイスタイルも似たように分類されていくと考えられ
る。ただ、ソーシャルゲームにも様々なタイプがあり、例えば他プレイヤーを攻撃するこ
とができなかったり、そもそも「攻撃」という概念すらないような平和なゲームもある。
よって、ソーシャルゲームにおいて「なぜ課金するのか」と考える場合には、プレイヤー
のタイプだけではなく、プレイヤーが遊んでいるゲームの特性も併せて留意する必要があ
るだろう。
19
3.
事例紹介
3-1.「ソーシャルゲーム」とは
そもそも、
「ソーシャルゲーム」とは何なのか。徳岡(2011)によると、
「SNS(ソーシャル・
ネットワーク・サービス)を利用し、SNS の参加者がプレイする、ブラウザでプレイ可能な
オンラインゲーム」と定義される。日本においては、株式会社ミクシィが運営する「mixi」、
株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)が運営する「モバゲー」及び「Yahoo!モバゲー」、グ
リー株式会社が運営する「GREE」でプレイされるゲーム(アプリ)が、定義に該当するもの
では有名である。また、iOS や Android などが使われているスマートフォンで配信されて
いるゲームアプリは SNS を経由していないため、上記の定義にあてはまらないように思え
るが、ゲームにおいて他のユーザーとの相互的な関わりがあるため、広義ではこれらのゲ
ームアプリもソーシャルゲームに含まれると考えられる。
3-2.
ソーシャルゲームの特徴
現在主流となっているソーシャルゲームは、PS3 や Wii といったパッケージゲームと比
較すると、いくつか異なる点がある。徳岡(2011,pp.9-13)を参考にその説明を行っていく。
また、ここでの特徴はあくまでも一般的なソーシャルゲームの傾向であって、作品毎に多
少の差異があることは付け加えておく。
①ユーザーは SNS から流入し、SNS 上の関係が保持される
ソーシャルゲームは、iOS や Android で提供されるアプリを除いては、モバゲーや GREE
などの SNS 上で提供される。多くの場合、ソーシャルゲームを一緒にプレイする相手は、
その SNS ユーザーの友人ということになる。
②ブラウザがベースとなっている
PC や、スマートフォンを含む携帯電話でも、ソーシャルゲームはブラウザベース、つま
り Web ブラウザ上でプレイが可能なゲームである。わざわざゲームをダウンロードする必
要がないので、PC や携帯電話のスペックが低くてもプレイ可能なゲームが多い。
③ゲームの構造がシンプル
多くのソーシャルゲームは、いずれも非常にシンプルなゲームである。これに伴い、プ
レイヤーのゲームの拘束時間も短くなっており、ゲームで何回か行動をすると、次の行動
を行うまで一定の時間が必要となるものが多い。このため、ソーシャルゲームを同時に複
数でプレイすることや、通勤通学時間や休憩時間などの隙間の時間を使ってプレイするこ
とが可能となっており、ユーザー数を増加させる一つの要因となった。また、シンプルな
構造は、ソーシャルゲームの開発コストを引き下げ、次々と新作ゲームをリリースするこ
とを可能とした。
20
3-3.
ソーシャルゲームはなぜ無料でプレイできるのか
ソーシャルゲームは、
「基本プレイが無料」ということが大きな魅力であるとともに、ゲ
ームで遊び始める敷居を著しく低くしている。つまらなかったらすぐにやめて、逆に面白
ければ続けてみる、というように自分で簡単に選択することができるからだ。ゲーム自体
が無料であるため、始めることを躊躇うこともないし、やめることに後悔を覚えることも
ない。では、そもそも、なぜ私たちは無料でソーシャルゲームを遊ぶことができるのだろ
うか。その理由は、コンピューター関連技術の急速な発展と、少数のお金を払うプレイヤ
ーが、大多数の無料で遊ぶプレイヤーを支える構造にある。
まず、コンピューター関連の技術が急速に発達したことにより、オンラインビジネスに
行う上で必要な技術的経費もかつてないほど低くなっていることが一つの要因である。コ
ンピューターの情報処理能力、記憶容量、通信帯域幅がおよそ二年ごとに二倍になると予
想された法則は、「ムーアの法則」と呼ばれ、今のところこの法則に従って技術は発展し続
けている(Anderson,2009,pp.102-104)。例えば、iPod の新モデルが旧モデルの約二倍の容
量を持つことや、YouTube の動画がより高画質に、よりスムーズに再生できるようになっ
てきているのはこの法則から説明することができるだろう。この法則に則って発展してき
た技術のおかげで、数千万人のプレイヤーが同時に、なおかつ無料でソーシャルゲームを
遊ぶことができるのである。
しかし、いくら技術が発達し続けているからといって、多少の技術的経費やその他の諸
経費がかかっていないわけではない。利益がなければ無料で提供することなど不可能であ
る。どんな企業であっても、ボランティアなどの慈善活動でない限り、利益を生むために
活動しているからだ。ソーシャルゲームの多くが無料で遊ぶことのできる理由は、これら
の技術の発達に加えて、少数の有料プレイヤーが多数の無料プレイヤーを支える構造があ
るためだ。この仕組みは一般に、「フリーミアム」と呼ばれている。
「フリーミアム」とは、一般的に、基本的な製品やサービスを無料で公開し、更に高度・
特別な機能については料金を課金するという、オンラインビジネスに親和性が高いと言わ
れているビジネスモデルのことを指し、ソーシャルゲームはその典型例となっている。
(Anderson,2009,pp.38-39)。ソーシャルゲームにおいては、基本的なサービス、つまりゲー
ムそれ自体を誰にでも無料で提供し、ゲームを有利に進めることのできるような特別なサ
ービスに対しては有料で提供するという形態を採っている。フリーミアムがウェブビジネ
スに親和性が高いと言われている理由は、前述したように、コンピューター関連の技術発
展によって、オンライン上で製品やサービスを提供するのに必要な費用がほとんどかから
ず、無料と見なせるくらい小さいので、オンライン上の膨大なユーザーに無料で提供する
ことができるのである。
また、フリーミアムの世界には「5%ルール」という法則が提唱されている。これは、全
ユーザーのうち、たった 5%が料金を支払ってくれるだけでビジネスとして成立すると言わ
れている法則である(Anderson,2009,pp.168-169)。ユーザーの数が膨大かつ一人のユーザー
21
にかける費用が無料とみなせるくらい小さいことにより成り立つ、オンラインビジネスな
らではの法則と言えよう。
3-4.
ソーシャルゲームとマネタイズ
ソーシャルゲームの収益構造として、いわゆる「アイテム課金型」が一般的な手法とな
っている。これは、3-3 で説明したようにフリーミアムの典型的な例であり、基本プレイを
無料で提供して、有料のアイテムを購入すればより有利にゲームを進められるという手法
である。実際に、2009 年時点では、GREE は 77%、モバゲーは 52%をアイテム等の有料
課金収入に頼っている(『日本経済新聞 朝刊』、2009 年 9 月 10 日、15 頁)。このことから、
課金してくれるプレイヤーを増やすことがソーシャルゲーム企業の至上命題だということ
がうかがえる。
そして、この手法においては、課金アイテムを購入するユーザーの割合、およびユーザ
ーがどの程度の金額を使用するかが問題となる。一般的には、課金率は 5%と言われている
が、ソーシャルゲームにおいては最高 15%前後と非常に高い課金率を記録し、また一人当
たりの課金金額も非常に高くなっている(徳岡 2011,pp.13-14)。2010 年のデータによると、
モバゲーは 11%前後、GREE では 14%前後、mixi では 5%前後が課金サービスを利用して
いる。3-3 で述べた「5%ルール」を踏まえると、十分すぎるほどの利用者が課金サービス
を利用していることがわかる。また、ユーザーの平均課金金額は、モバゲーが 323 円/月、
GREE が 167 円/月、mixi が 11 円/月となっている。この金額は、Facebook における平均
0.2$(約 16 円)/月に比べて、かなりの高額となっている(徳岡 2011,p.7)。
また、ソーシャルゲームは若い世代を中心にプレイされていると思われがちであるが、
実際は図 1 と図 2 に示した通り、8 割近くが 20 代以上であり、特に 30 代以上が年々増加
してきているのがわかる(まつもと,2012,p.19)。
モバゲーにおける年齢構成(図3-1)
2009年
23
2010年
20
2011年
18
0%
35
42
33
47
34
20%
48
40%
10代
20代
60%
30代以上
出所) まつもと(2012),p.19
22
80%
100%
GREEにおける年齢構成(図3-2)
2009年
30
2010年
43
22
2011年
39
19
0%
27
39
37
20%
44
40%
10代
60%
20代
80%
100%
30代以上
出所) まつもと(2012),p.19
また、図 3-3 と図 3-4 は年代別の課金率を表しているが、GREE、モバゲーに関わらず、
年齢が上がるにつれて課金率も上昇している傾向が見てとれる(深田,2011,pp.51-53)。これ
は、年齢が上がるにつれて所得が上昇し、課金を行う金銭的余裕が出てくるためだと考え
られる。
モバゲーにおける年代別課金率(図3-3)
50代以降
19.6
40代後半
80.4
12
88
40代前半
16
84
30代後半
14.3
85.7
30代前半
10
90
20代後半
20代前半
15.8
無料
84.2
6.2
93.8
10代 4.4
95.6
0%
有料
20%
40%
60%
出所) 深田(2011),p.52
23
80%
100%
GREEにおける年代別課金率(図3-4)
50代以降
22.7
40代後半
77.3
19.5
80.5
40代前半
16.1
83.9
30代後半
16.1
83.9
30代前半
18.4
20代後半
10.1
89.9
20代前半
9.8
90.2
10代 3.3
0%
有料
81.6
無料
96.7
20%
40%
60%
80%
100%
出所) 深田(2011),p.52
3-5.
日本におけるソーシャルゲーム業界の歴史的経緯
日本においてソーシャルゲームが本格的に注目され始めたのは、2007 年に GREE でサー
ビスが提供された「釣り★スタ」であると考えられている(徳岡,2011,p.2)。このブームは長
らく携帯電話、今で言うガラパゴスケータイをプラットフォームとした現象だったが、2009
年には当時 SNS 業界で最王手だった mixi がソーシャルゲームの提供を開始し、PC やスマ
ートフォンのプラットフォームからもソーシャルゲームが広がっていくこととなる。
従来、mixi や GREE といった SNS ではゲームの提供は長らく行われていなかったが、
前述の「釣り★スタ」がリリースされたことによって、SNS のコミュニティを前提として
ゲームが提供されるようになっていった(徳岡,2011,pp.6-7)。これ以降、GREE はソーシャ
ルゲームを次々とリリースし、対する mixi も 2009 年 8 月から mixi アプリを公開し始めた。
9 月にオープンした mixi アプリ「サンシャイン牧場」が 1 ヶ月で 130 万人のユーザーを獲
得するなど、驚くような勢いで普及していった。
そして、2011 年 12 月時点において、モバゲーは 3590 万人、GREE は 2890 万人という
莫大な数の会員を抱えるまでとなった(『日経産業新聞』、2012 年 2 月 8 日、3 頁)。
また、日本国内のソーシャルゲーム市場も急速な発展を続けており、2012 年度にはソー
シャルゲームの市場規模は 3400 億円を突破すると予測されている(株式会社矢野経済研究
所
「ソーシャルゲーム市場に関する調査結果
2011」
http://www.yano.co.jp/press/press.php/000899)。
24
(図 3-5)
3-6.
ソーシャルゲーム市場はなぜ急激に拡大したのか
下図 3-6 に示した通り、家庭用ゲームであるパッケージソフトの売り上げが減少傾向にあ
る中、2010 年にはオンラインゲームの売り上げは、はじめてパッケージソフトの売り上げ
を超えるに至った(まつもと,2012,pp.75-76)。また、JOGA(日本オンラインゲーム協会)の調
査ではその内訳が明らかとなり、オンラインゲーム市場が 1329 億円に、PC と携帯電話に
おけるソーシャルゲーム市場が 1036 億円になったとされる。新興のソーシャルゲーム市場
の急成長が、パッケージソフトとオンラインゲームの拮抗を生んでいることがうかがえる。
(図 3-6)
(億円)
4,000
パッケージソフト
3638
3605
オンラインソフト
3321
3261
3,000
2,000
1585
1766
3202
3180
2332
1937
1,000
0
2006
2007
2008
2009
出所) まつもと(2012),p.19
25
2010
なぜ、これほど市場が拡大し、様々な人にソーシャルゲームが受け入れられているのか。
その要因を考えてみたい。
まず、大々的なテレビ CM を流している、ということが挙げられる。ネットビジネスに
おいて、テレビに CM を流すことは異例で、テキスト連動型広告やバナー広告を用いて少
しずつ範囲を広げていくのが一般的である(まつもと,2012,pp.16-17)。そんな中、ソーシャ
ルゲーム企業は積極的にテレビ CM を流しており、関東地区のテレビ CM 放送回数では
2010 年 10 月において GREE は 2 位、モバゲーは 4 位となっている。同年 7~9 月の二社
の広告宣伝費は約 30 億円となっており、グリーは前年同期の約 3 倍、モバゲーに至っては
前年同期の費用はほぼゼロである(『日本経済新聞 朝刊』、2010 年 12 月 7 日、15 頁)。こ
れらのことから、大手ソーシャルゲーム企業が最近になり急激にテレビ CM を増やしてい
ることがうかがえる。テレビ CM を積極的に打つ理由として、ゲームユーザーやネットユ
ーザーを越えて、従来のネット広告に触れる機会の少ないカジュアル、ライトユーザー層
にもソーシャルゲームに取り込もうという狙いがあると考えられる。
また、3-2 で述べたように、携帯電話で気軽に遊ぶことができるソーシャルゲームは、ブ
ラウザがベースとなっているので、求められるハードウェアのスペックも低く、ゲームの
構造もシンプルなものが多いため、誰でも簡単に遊ぶことができる。そのほかにも、ソー
シャルゲームの拘束時間が非常に短いため、隙間の時間を使って気軽に遊ぶことができる
という要因もある。
これらの特徴があるため、ソーシャルゲームの敷居はかなり低くなっており、普段あま
りパソコンや携帯電話に触れないライトユーザー層も取り込みやすくなっている。
3-7.
ソーシャルゲームにまつわる「射幸心」問題
ソーシャルゲームにおいて、ゲーム性を持たせながら課金アイテムやカードを購入する
仕組みとして、「ガチャ」と呼ばれるものがある。これは、ユーザーがゲーム内の仮想通貨
を消費することによって、ガチャのハンドルを回すことができ、ランダムでアイテムが手
に入るシステムである。このシステムが、いわゆる「射幸心」に大きく関わっている。
そもそも「射幸心」とは、
『広辞苑(第四版)』によると、
「偶然の利益を、労せずに得よう
とする欲心」と定義されている。後述するコンプガチャ騒動において言われる「射幸心」
は、「ギャンブルなどで当たりが出ることを願う気持ち」といった程度に解釈されることが
多い。
「当たると嬉しい」という人間の本能に結びついた射幸心それ自体は、決して悪ではな
いが、射幸心を利用したビジネスには、規律が求められる。提示するリスクと与えられる
報酬をコントロールすることにより射幸心を煽り、その過程でギャンブルへの依存が高い
人たちが、日常生活に支障が出るほどのめり込み、破綻してしまうことも少なくないから
である。そして、この「射幸心」をいたずらに煽っているのではないか、と話題になった
のが、コンプガチャ騒動である。
26
「コンプガチャ」とは、コンプリートガチャの略称であり、前述した「ガチャ」に、あ
る手法を組み合わせたものである。その手法とは、ユーザーがあるルールやテーマに従っ
たアイテムを全て集める、すなわちコンプリートすると、特別なレアアイテムやレアカー
ドを手に入れることができる、という仕組みである。
例を挙げてみたい。例えば、六つのアイテムをコンプリートすればレアアイテムが手に
入るというコンプガチャがあったとしよう。最初のアイテムはもちろん、次のアイテムも
5/6 の確率で持っていないものが手に入るので、意外と簡単に思えてしまう。しかし、持っ
ていないアイテムの出現率はどんどん下がっていくので、なかなか揃えることができなく
なる。また、ある特定のアイテムだけ出現率が極端に低い場合もあり、揃えることが非常
に難しいことも少なくない。だが、
「あと少しで揃うし、途中まで揃えたのだから」という
気持ちが強くなり、後に引けなくなってしまう。この心理を「コンコルド錯誤」と呼ぶこ
とがある(まつもと,2012,pp.119-120)。旅客機コンコルドは、開発中も困難が続き何度も計
画中止が提案されたが、
「ここまで投資したのだから」という理由から、莫大な開発費をか
けて完成させてしまった。最終的に、コンコルドは商業的にも失敗に終わってしまったの
である。
こういった心理的な錯誤が、ソーシャルゲームでガチャを回すプレイヤーを過剰に熱く
させてしまうならば、「射幸心をいたずらに煽る」という判断が下されても不思議ではない
だろう。このような状況を受け、消費者庁は 2012 年 5 月に、ソーシャルゲームのアイテム
商法「コンプリートガチャ(コンプガチャ)」について、景品表示法違反の「カード合わせ(絵
合わせ)」に当たるとする同法の運用基準改正案を公表した(『日本経済新聞 朝刊』、2012
年 5 月 19 日、38 頁)。この公表の後、GREE やディー・エヌ・エー(DeNA)などソーシャ
ルゲームの提供を行う SNS 運営 6 社は、コンプガチャを全廃し、類似の商法も取りやめる
という指針を発表した(『日本経済新聞 朝刊』、2012 年 5 月 26 日、11 頁)。
また、未成年が親のクレジットカードを無断で使用し、その後に高額な請求が届くとい
った事案や、ゲーム内のカードやアイテムをゲームの外で不正に売買する RMT(リアル・マ
ネー・トレード)の事案が起きることで、ソーシャルゲームに対して社会的な批判が寄せら
れるようになっていった。このような問題に対処するため、2012 年 4 月、GREE やディー・
エヌ・エー(DeNA)などソーシャルゲームの提供を行う SNS 運営 6 社で構成される協議会
は、18 歳未満の青少年の利用限度額を 1 万円以下に設定することに合意した(『日本経済新
聞 朝刊』、2012 年 4 月 24 日、9 頁)。しかし、これらはあくまでその場しのぎの対策であ
り、「射幸心を煽る」という根本的な問題は解決できていない、というのが現状である。
3-8.
アイテム課金に関する仮説
これまでの項では、ソーシャルゲームを取り巻く状況や、ガチャなどのアイテム課金に
ついて簡単に触れてきた。ここからは、アイテム課金について考えてみたい。
ソーシャルゲーム運営企業は、広告ではなくアイテム課金を主要な収入源として成長を
27
続けている。人々が課金する動機として、前項で述べた「射幸心」というのも大きいだろ
う。しかし、射幸心のみでここまで人をのめり込ませてしまうのであれば、厳しく規制さ
れて然るべきであるし、これほどまで多数の人がギャンブル依存傾向にあるとも思えない。
そもそも、大多数の課金者は家計に支障をきたさない程度の少額を課金していることから、
射幸心のみが人々を課金に駆り立てているとは考えにくい。では、人々はいったいどのよ
うな動機から、課金に走ってしまうのだろうか。
この問いに対する仮説として、いくつかの先行研究を紹介してきた。簡単に先行研究を
まとめて、予測を立ててみたい。
まず、「なぜ課金するのか」という問いの理由は、必ずしも一義的ではないということが
考えられる。純粋に「楽しい」と感じているから課金しているのかもしれないし、ソーシ
ャルゲームに没頭し、その中のコミュニティに帰属意識を感じているのかもしれない。あ
るいは、アイテム収集に熱中しているのかもしれないし、CPU や他プレイヤーを蹴散らす
ことに快楽を覚えているのかもしれない。しかし、課金する動機がてんでバラバラという
わけでもなさそうだ。例えば、「バートル・テスト」から考えると、ソーシャルゲームのプ
レイヤーはだいたい4つのタイプに分けることができる。また、野島が提唱した「バーチ
ャル・アイデンティティ」から考えると、野島の想定しているプレイヤーは、相互的なコ
ミュニケーションを好むソーシャライザーに近い傾向を持っていることがうかがえる。他
にも、オンラインビジネスの研究をしている Anderson(2009)は、オンラインゲームにおい
てプレイヤーがアイテム課金をする理由は、「時間をお金で買う」ことだと説明している
(Anderson,2009,pp.92-93,193-196)。プレイヤーは課金をすることによって、ゲーム内の
様々な制約から解き放たれ、非常に効率的に、ストレスを感じることなくプレイすること
ができる。つまり、お金はあるが時間のない大人はアイテム課金を行い、時間はあるがお
金はない子供はその分時間を使いプレイする、という傾向があるのだという。効率的にゲ
ームをプレイするという考えは、アチーバーの傾向があると言えるだろう。このように、
プレイヤーをバートル・テストの分類に当てはめて「何が目的で、どんなことに楽しみを
覚えるか」というように考えると、それぞれの傾向を持つプレイヤーの課金の動機も予測
しやすい。ソーシャルゲームのプレイヤーにアンケートを行い、このタイプの割合を調べ
ることができれば、課金動機を調べることができるかもしれない。
そこで、実際にソーシャルゲームに課金したことのある人、また、課金したことのない
人に対して、インタビューを実施してみたい。その中で、バートル・テストの4分類だけ
でなく、それにまたがって存在するような根本的な課金理由や、逆に思いがけないような
課金をしない理由まで探ってみたいと考えている。
次の四章では、実際に行ったインタビューやアンケートに関して記述していく。
28
4.
4-1.
インタビュー
インタビューの方法、対象
今回、これまでの先行研究に当てはまるものがあるか、本当の課金理由とは何なのかを
調査するために、実際に課金したことのあるソーシャルゲームのプレイヤーに対して「非
構造化インタビュー」を実施した。
「非構造化インタビュー」とは、インタビューの諸手続
きが規定されておらず、自由回答式のインタビューのことを指す(May,2005,pp.178-180)。
この形式のインタビューを実施する利点は二つある。一つ目は、インタビューされる人は
主題について自分の準拠枠で話すことが許されるため、主題を質的に深く掘り下げること
ができること。二つ目は、対象となる人々の、特に主観的な考え方をよりいっそう理解す
ることができるということである。また、自由回答式のため、インタビューされる人は、
主題について比較的自由に話すことができる。したがって、インタビューに柔軟性を持た
せることができ、互いに解釈している意味を発見できるという特徴がある(May,2005,p.180)。
ただ、一人ひとりに対して、比較的長時間にわたってインタビューを行うため、量的なデ
ータを得るには不向きである。しかし、今回のインタビューでは、インタビューされる人
がソーシャルゲームに対してどのような認識を持っているか、どんなことを求めているか
を深く追求することが目的であるので、非構造化インタビューを実施した。
今回のインタビューは、ソーシャルゲームに対して課金したことのある課金者二名、課
金したことのない無課金者二名、いわば消費者として遊ぶプレイヤーに対して行った。ま
た、消費者に対するインタビューとは別個に、実際にソーシャルゲーム関連会社で働いて
いる方にもメールアンケートに協力して頂いたので、そちらにも言及していきたい。
4-2.
インタビューとメールアンケートの内容
今回のインタビューは、課金者と無課金者とでインタビュー内容を区別して実施した。
その主な内容が以下である。非構造化インタビューは、質問のフォーマットが規定されて
いないというのが特徴なので、その他の質問は回答者の返答によって臨機応変に行い、疑
問点があればそれを追及する、というように行った。質問は、課金者に対しては「なぜ課
金したのか」を中心に、反対に無課金者に対しては「なぜ課金しなかったのか」を中心に
行った。
また、ソーシャルゲーム関連会社で働いている方へのアンケートでは、「なぜユーザーは
課金してしまうのか」ということを企業の目線から語っていただいた。企業の方とは直接
会うことができなかったので、メールを介してアンケートに答えて頂く形となった。
・企業の方への質問項目
(1)
ソーシャルゲームにユーザーが課金する理由はなんだと思いますか?
29
・課金者に行ったインタビューの質問項目
(1)
課金したことのあるソーシャルゲームの名前を教えてください。
(2)
課金したゲームは、どれくらいの期間遊んでいましたか?
(3)
そのゲームを始めたキッカケを教えてください(プレイに至った経緯)。
(4)
今まででだいたい、いくら課金したか教えてください。
(5)
課金の内容を教えてください。
(6)
課金をするきっかけとなった出来事を教えてください。
(7)
なぜ、無料でも遊べるゲームに対して課金をしようと考えたのですか?
(8)
多くの人がソーシャルゲームにハマってしまう理由はなんだと思いますか?
・無課金者に行ったインタビューの質問項目
(1)
プレイしたことのあるソーシャルゲームの名前を教えてください。
(2)
(1) で答えたゲームは、どれくらいの期間遊んでいましたか?
(3)
そのゲームを始めたキッカケを教えてください(プレイに至った経緯)。
(4)
「課金したい」、「課金してもいいかな」と思ったことはありますか?
(5)
(4) で「はい」と答えた人にお聞きします。「課金したい」、「課金してもいいかな」と
感じるきっかけとなった出来事を教えてください。
(6)
ソーシャルゲームでは課金している人も少なくありませんが、課金しなかった理由は
なんですか?
(7)
4-3.
多くの人がソーシャルゲームにハマってしまう理由はなんだと思いますか?
インタビューの結果
4-3-1.
企業側へのメールアンケート
①一人目
ソーシャルゲームにハマってしまうのは、PC や携帯電話に頼る現代社会のコミュニケー
ションの在り方が背景にあるとのことだ。「仮想空間でのアバターが、あたかも現実の自分
であるかの様な錯覚に陥ってしまう」からこそ、課金をして他ユーザーより優位に立ちた
い、優越感を味わいたいと思うのではないか、と考えているようだ。
それに加えて、web マネーやカード決済のため、実際お財布の中身が乏しくなっていく
感覚が無く、つい使ってしまうのだろうとのこと。「コンプリート」と「優越感」の、この
二つがソーシャルゲームのキーワードだと強調していた。
②二人目
ソーシャルゲームにハマるきっかけは人それぞれだろうが、現実での生活に不満があっ
30
たり、自信が無かったり、負けず嫌いな人ほどはまりやすいと考えているようだ。リアル
に不満のある人はソーシャルゲームにハマると「仮想空間に理想と充実」を求めるように
なる。キャラ(自分)の衣装だったり、家具だったり、所詮はゲームの中、電子信号だと
分かっていても、である。ソーシャルゲームでは顔を合わせずに周りの人とコミュニケー
ションが取れるので、「自信」が無くてもゲームの中では別の自分が表現できる。つまり、
可愛くなれたり、格好良くなれたり、現実の自分とはかけ離れた存在になることが出来る。
中毒になったプレイヤーは現実よりもゲーム内のコミュニティの方が楽しくなってきて欲
が出てくる。そして、「課金」するようになるとのことだ。
課金する理由は人それぞれだろうが、一番は「優越感」に浸りたいという人が多いと考
えているようだ。「周りより強くなりたい!」「可愛くなりたい!」という欲から最初は数
千円と、軽い気持ちでガシャを回して、外してしまうと「もう少しだけなら」とまた課金
してしまうとのこと。
例えば、レア度1から5のものがあるとして、3の物が出るとしよう。3が出たプレイ
ヤーはとりあえず落ち着くが、周りの人を見ると、殆どの人がレア度3~4のアイテムを
持っている。これを見ると、負けず嫌いな人だったり、自己顕示欲の強い人はレア度5を
狙いたくなってしまう。大抵、レア度5は超低確率に設定されていて、持っていたらゲー
ムの中では、
「なんちゃって英雄」になることができる。人によっては、出ないだろうと引
き下がる人もいるかと思うが、課金額を見て、その人にとって後に引けない状態(お金と
時間をかけている)になると悔しいのか、僅かな確率だったとしても何が何でも出したく
なるんじゃないかと考えているようだ。そして課金額はどんどん増えていくのだろうとの
こと。
そもそも、現実が充実していて自信のある人は「ゲームに課金」ということはしないだ
ろうとのことだ。何故なら、現実の自分を磨きたいという欲が強く、仮想空間はいつか無
くなってしまうけど、現実の自分は磨けば磨くほど見返りも大きい、ということに気が付
いているからだという。そういった人は、「ゲームにお金と時間をかける」というのが勿体
無いと思っているはずとのことだ。
それに加えて、ソーシャルゲームは参加する敷居が低いことが要因にあるという。「昔の
パソコンでも出来る」「携帯だけでもできる」ことで人を集めやすく、そこにコミュニティ
(競争)と不確定要素を盛り込んでいくことで、ユーザー同士が競って課金してくれるよ
うになるのだということだ。運営も繰り返しアップデートして、「飽きさせない、さらに強
くなれる要素」を入れてくるので、サービスが終わるか、本人が見切りを付けてやめない
限りは続いてしまうと思っているようだ。
③三人目
アイテムを購入(課金)するのは、それを所持することで自己キャラクターに他プレイ
ヤーとの違いを持たせたり、あるいは自身のキャラクターを強くしたりなど、簡単に言え
31
ば「自己満足」のためだという。なぜなら、実際はあまり差や違いがないとしても、プレ
イヤーであるユーザー個人が自己満足するために課金してしまうとのこと。ソーシャルゲ
ームに限らず、ネットゲームの多くに同じことが言えるという。
④四人目
課金に関しては、結局は自分の趣味(娯楽)の一部だと考えているようだ。ガシャに関
しても、実際のガチャガチャと同じように、そのものを直接買うと安く買えるかもしれな
いが、「当たるかも」という楽しみも持ってるのだという。それをやることでストレスの解
消や、「頑張ってる自分にご褒美」といったようなものではないだろうか、とのこと。
⑤五人目
ゲーム以外では役に立たないけれど、ゲーム内では課金アイテムをつけていれば無課金
の人と差別化ができることが最大の理由だという。現実の世界では持っていないけど、仮
想の世界では素敵なアイテムを持っているということに楽しみを覚えてしまったら、感覚
は麻痺してどんどん課金するようになっていくと思っているようだ。そして、仮想の世界
の割合が現実より多くなればなるほど、仮想世界に没頭するほど高課金になるのでは、と
考えているようだ。実際のところ、ヘビーユーザーはかなりの時間ログインしていると思
うし、そういった方は他のサイトでも課金を行っているのだろうとのこと。
もしかしたら、それほど深い理由などはなくて、趣味=仮想世界にお金を投じているだ
け、という感覚なのかもしれないとのことだ。
⑥六人目
課金しても何も残らないかも知れないが、現実世界でできない経験、楽しい時間を買っ
ているようなものだろうと考えているようだ。自分が楽しいと感じるモノ、自分を興奮さ
せるモノにはお金を使うのは惜しくないのが普通であるし、「お金を使ってもいい」と思え
るようなモノを提供している限り、ユーザーは課金して遊んでくれるとのこと。
映画好きな人は、わざわざ映画館に 1800 円も払って映画を観に行く。その 2 時間ほどは
楽しいが、その後には何も残らない。それを趣味として楽しむ人、その行為を理解できな
い人、というのは何事にも存在する。つまりはそうゆうことだという。
4-3-2.
課金者に対するインタビュー
①22 歳男性
まず、課金したことのあるソーシャルゲームは、「ラグナブレイク」…①と「萌えきゃん
32
チェンジ 2」…②というゲームで、どちらも mixi から提供されているアプリだそうだ。①
は、ソーシャルゲームに良くあるタイプの、カードを集めて強化していき物語を進めてい
くタイプのゲームで、②は美少女アンドロイドを育てていく、いわゆるシミュレーション
ゲームのようなものだという。
ゲームで遊んだ期間は、①が約五か月で現在もプレイ中で、②は約四か月プレイを続け
て、今は飽きてやらなくなったのだという。本人曰く、ソーシャルゲームは簡単に始めら
れる反面、単調なシステムのためにすぐに飽きてしまうため、様々なゲームに乗り換えを
しており、上記の二つは珍しく長く続いたそうだ。
また、友人から誘われたことが、これらのゲームを始めたきっかけになったそうだ。ソ
ーシャルゲームの多くは、友人を招待することによって特別なレアアイテムがもらえるシ
ステムになっており、友人の招待もレアアイテム欲しさからだったとのこと。
累計課金金額は、①が 3000 円程度で、②が 6000 円ほどで、特別多いと思ってはいない
とのことだ。というのも、もともとこの男性はオンラインゲームにハマったことがあり、
そのオンラインゲームに累計で 30000 円以上つぎ込んだ経験があるため、課金することに
それほど躊躇いはなかったそうだ。一度課金してしまうと、次に課金するハードルが著し
く下がるという言葉が印象的だった。
課金したその内容は、①のゲームではレアカードや回復アイテム欲しさに、②のゲーム
では衣装をゲットするためのものだということだ。ソーシャルゲームの多くは、行動する
ためのポイントが設定されており、ゲーム内で何らかの行動を取ると、そのポイントが減
るといった仕組みになっている。そのポイントを回復させるためには、
「三分に 1 ポイント
回復」といったように現実の時間経過を待たなければならないが、時間経過を待たずに行
動するためのアイテムが「回復薬」である。②の衣装というのは、アンドロイドに着せる
ことができるものであり、そのアンドロイドを愛玩動物のように鑑賞し可愛がったり、他
人に自慢したりするものだ。
課金したきっかけを聞いてみると、あまり明確ではないが、ついつい課金してしまった
という。前述したように、オンラインゲームに課金したことがあったので、課金すること
に然したる抵抗はなかったとのことだ。もう少し聞いてみると、①では期間限定のイベン
トもきっかけの一つだと語ってくれた。期間限定のイベントにおいては、そのイベントで
上位になれると限定アイテムが報酬としてもらえるので、やらないともったいないように
感じるそうだ。また、イベントを効率良く進めるために、回復薬も購入せずにはいられな
かったそうだ。
なぜ無料でも遊べるゲームに課金してしまうのか聞いたところ、課金したほうが遊べる
から、という返事だった。パッケージゲームでは事前にお金を支払っているように、楽し
むことができればお金はそれほど気にしないとのこと。ただ、ソーシャルゲームに課金す
るのもな、と思ってしまうこともあるようだ。また、課金に関しては、運営企業が汚いと
思っているそうだ。というのも、強力なカードや可愛らしく綺麗なカードは、概して課金
33
しなければ手に入らないもので、カードの絵柄を気にする彼としては煽られているような
気分になるようだ。
ソーシャルゲームのどんなところが面白く感じるのか聞いたところ、①は他プレイヤー
に戦って勝つことに優越感を感じられるからだという。ただ、レベルが上がるほど周りの
プレイヤーも課金していることが多くなってくるため、勝ち続けるためには課金すること
が不可欠だそうだ。また、空いている時間に遊ぶことができるソーシャルゲームは、その
気軽さからついついプレイしてしまうとのことだった。
②23 歳男性
まず、課金したことのあるソーシャルゲームは、
「剣と魔法のログレス」というゲームで、
mixi で提供されているものだ。このゲームは、自分の分身であるアバターを操作して仲間
と協力して冒険をするという、オンラインゲームに似ているゲームである。このゲームで
遊んだ期間は、約三か月ほどで、一時期は非常に熱中したそうだ。ゲームを始めたきっか
けは、mixi 内のバナー広告を目にしたことであり、何となく始めたという。
累計課金金額は 1000 円ほどで、アイテムや装備品が手に入るガチャに対して課金を行っ
たそうだ。そして、課金するきっかけとなったのが、「無課金よりも少しでも課金したほう
が、はるかに効率的にプレイできる」ということにふと気づいたことだそうだ。このゲー
ムでは、お金(ゲーム内の通貨)を貯めるのに非常に苦労するのだが、数時間や数日かけ
て手に入れられるお金が、たった 200 円ほど課金するだけで簡単に手に入れることができ
るのだという。このことに気付き、
「数百円なら缶コーヒー数本くらいだろう」と気軽に考
え、つい課金してしまったとのこと。
そして、なぜ無料でも遊べるソーシャルゲームに課金してしまったのかというと、キャ
ラクターを早く成長させ、上位プレイヤーになりたいからだ、という。このゲームは、プ
レイヤー同士で戦うことは出来ず、クラン(ゲーム内のグループ)に所属して協力して進
めるゲームである。しかし、低レベルのうちでは戦力にならないため他プレイヤーと協力
することすら難しく、レベルが高いことが前提条件となっているのである。また、レベル
が高くても、特定のレアな強い装備を持っているプレイヤーだけを募集するような、メン
バー募集にさえも高い敷居があり、まずはそれらを越えないことにはゲームを楽しむこと
が難しいのである。その代り、一旦条件を満たしてしまえば、クラン内でのフレンド達と
の関わりも密になり、チャットなどを通して仲良くなれるのだという。
最後に、ソーシャルゲームのどんなところが面白く感じるのか聞いたところ、他プレイ
ヤーと気軽にコミュニケーションが取れるところだという。この男性は、クラン内で趣味
の合う年上のプレイヤーとのチャットを気軽に楽しむことができ、それが印象的だそうだ。
インターネット上では、このように趣味の合う友人を見つけることも比較的容易であるし、
34
現実だったら少し物怖じしてしまうような年上の人とも、まるで同年代のようにコミュニ
ケーションを取ることができることが魅力のようだ。クランを辞めるときも、現実とは異
なりそれほど気にせず、簡単に辞めることができたように、ゆるくつながるインターネッ
ト上の人間関係が楽しめることが、ソーシャルゲームならではの楽しみのようである。
4-3-3.
無課金者に対するインタビュー
③21 歳男性
まず、比較的に長期間プレイしたことのあるソーシャルゲームは、主に「エルアーク」、
「怪盗ロワイヤル」、
「Lord of Knight」などが挙げられ、他にも短期間プレイしたことのあ
るゲームはたくさんあるとのこと。上記のゲームは、みなモバゲーで提供されているゲー
ムである。プレイ期間はどれも長く、その中の一つの「エルアーク」に至っては 3 年ほど
プレイを続けていたという。ちなみに、「エルアーク」は、パッケージゲームに良くあるよ
うな RPG で、冒険の主人公となって物語を進めていくゲームである。他プレイヤーと協力
する必要をそれほどないが、物語終盤の強力な敵と戦うためには協力が必要な場面もある
という。ゲームを始めたきっかけは、インターネット上のバナー広告を見たことだそうだ。
「課金したいと思ったことはあるか」と尋ねると、やはりあるようだ。そう感じるよう
になったきっかけは、強力なアイテムや装備が欲しいと思ったこととのこと。
「エルアーク」
では、他プレイヤーとパーティを組んで冒険を進めることができ、強力なアイテムや装備
があると、それだけで簡単にゲームを進めることができるそうだ。また、現実の友達と一
緒にプレイしていたので、強力なアイテムや装備がそれだけパーティに貢献することがで
き、自慢になったからだという。
それでも、課金しなかった理由は、ソーシャルゲームは無料であるという認識を強く持
っていて、わざわざタダでプレイできるものにお金を支払うのはもったいないと感じたか
らのようだ。ソーシャルゲームは、やはり暇つぶし程度のものであり、お金を出すには至
らないと感じたようだ。課金した方が快適にプレイできるだろうとは思っているが、課金
しないでも満足にプレイできてしまうので、結局課金には至っていないようだ。
それでいて、長期間にわたってソーシャルゲームをプレイし続けるには何らかの動機が
必要だろう。そこで、ソーシャルゲームにハマってしまう理由を聞いてみると、まずは手
軽であることが挙げられるという。携帯電話は常に持ち歩いているし、そもそもソーシャ
ルゲームはプレイ時間が極端に短いので、少し時間ができたときについプレイしてしまう
そうだ。また、日本のソーシャルゲームはアニメ調の綺麗なグラフィックが多分に使われ
ているものが多く、そのようなグラフィックや絵が気に入っていることもゲームを続ける
モチベーションになっているようだ。それに加えて、他プレイヤーと気軽に協力してプレ
イできる点も気に入っているとのこと。自分に時間のないときは放っておいて、協力でき
35
るときだけ協力する、といった気楽さに魅力を感じており、人の役に立っていることを実
感できることにも楽しさや嬉しさを感じているとのことだ。一方で、自分ひとりで黙々と
プレイするようなゲームは、すぐに飽きて辞めてしまうそうだ。長期間プレイしているの
は、他プレイヤーと協力してやっているだけに、辞めたら迷惑がかかってしまうかも、と
考えてしまうので、辞めずに続けているそうだ。
④21 歳女性
まず、プレイしたことのあるソーシャルゲームは、「英雄クエスト」
、「怪盗ロワイヤル」、
「陰陽伝」、
「ブラウザクエスト」、
「ペルソナソーシャル」
、「戦国ブレイク」など、かなり
数が多い。これらは全てモバゲーから提供されているゲームである。プレイ期間は一ヶ月
から一年と幅があり、面白いゲームを求めて次から次へと新しいゲームをプレイしていく
スタイルとのことだ。一番長くプレイしたゲームが、「英雄クエスト」というゲームで、約
一年プレイを続けたそうだ。ゲームを始めたきっかけは、モバゲー内のゲーム検索で見つ
けることありで、どちらかというと積極的にいろいろなゲームをプレイしているようだ。
「課金したいと思ったことはあるか」と尋ねると、意外にも特にはないという。まず彼
女は、ゲーム内でのガチャやアイテム課金は値段が高すぎると感じており、課金するのは
バカらしいと考えている。また、モバゲーにおいては、ゲーム内で使用することのできる
仮想通貨「モバコイン」が、少額ではあるが定期的に配布されるため、それを利用すれば
事足りるとのことだ。
課金しなかった理由として他にも、「限られた条件でプレイする楽しさがある」というこ
とが聞けた。課金していないプレイヤーである自分は、課金していないなりに工夫を凝ら
して、課金をしているプレイヤーを倒したりすることに楽しさを感じるようだ。自分の中
に自分なりに目標を作ったり、自らの行動をあえて抑制する、言わば縛りを加えたプレイ
が楽しいという。
ソーシャルゲームにハマってしまう理由を聞いてみると、まずは、手軽にプレイできる
というのが大きいようだ。他にも、カードやレアリティの高いコレクションアイテムの収
集、対人戦で勝つこと、ゲームの作業的な部分を要領よくこなすこと、作中のストーリー
を追うこと、などが挙げられるそうだ。その中でも特に、キャラクターの育成に楽しさを
感じているようだ。
4-4.
インタビュー・アンケート結果のまとめ・分析
ここまで、消費者四人と、企業側の六人、計十人を対象にインタビューやアンケートを
行ってきた。これらの結果をまとめ、分析していきたい。
36
まず、消費者の四人を分析したい。この四人に共通して言えることは、「ソーシャルゲー
ムは手軽なので、ついつい遊んでしまう」ということだ。今日、携帯電話を常に身に着け
ているという人も多いだろう。若い人ほどその傾向は顕著であると思われる。通話、メー
ル、SNS の更新、インターネットサイトの閲覧などで携帯電話は使われているが、ソーシ
ャルゲームで日常的に遊んでいる人は、それらの一つに「ソーシャルゲーム」が含まれて
いるのではないだろうか。いわば、ソーシャルゲームがルーチンワークと化しているので
ある。楽しい、楽しくない以前に、ある種の「こなすべき作業」となっているので、つい
つい続けてしまうのではないだろうか。
それに加えて、いろいろな楽しさがソーシャルゲームを続けさせる原因となっているの
だろう。例えば、「他プレイヤーとのコミュニケーション」である。ソーシャルゲームを直
訳すると「社会的な遊び」となるように、ソーシャルゲーム内においてはある種の「社会」
が出来上がっていると考えられる。②の男性や③の男性のように、ゲーム内のコミュニテ
ィに所属してその中でつながりができることによって、ゲームに愛着や帰属意識を感じた
り、そのつながりがゲームを続ける動機に成り得る。この傾向が強くなると、野島(2008)
の「バーチャル・アイデンティティ」の例のように、ゲーム内の自分に対して課金するき
っかけとなるのかもしれない。こういった傾向は、「バートル・テスト」における「ソーシ
ャライザー」に分類されると考えられる。また、①の男性や④の女性のように、対人戦を
楽しむプレイヤーもいる。現実のプレイヤーと対戦するのは、CPU との対戦とはまた別の
楽しみがあるようだ。相手を打ち負かすことを目的とした対人戦は、「バートル・テスト」
における「キラー」に該当するだろう。
インタビューに応じてくれた四人を「バートル・テスト」におおまかに当てはめて考え
てみると、①の男性はキラーまたはアチーバー、②の男性はソーシャライザー、③の男性
もソーシャライザー、④の女性はアチーバーに該当すると考えられる。このタイプと実際
に課金したどうかを考慮すると、タイプそれ自体は課金と直接は関係なさそうだ。しかし、
ソーシャルゲームに自分なりの楽しさを見つける、すなわちバートル・テストにあるよう
なタイプに当てはまるようになると、それはゲームを続ける動機に成り得るのではないだ
ろうか。そして、タイプの傾向が極端に強まると、それが課金行動につながるのかもしれ
ない。それに加えて、人的なやりとりやつながりを重視するソーシャライザーの場合は、
ソーシャルゲーム内である種のしがらみが生まれ、
「辞めたら他プレイヤーに迷惑がかかる
かもしれない」というような、ゲームを続ける消極的な理由ができるのかもしれない。
さて、企業の方のアンケートを見てみよう。ほとんど全員が、野島(2008)の「バーチャル・
アイデンティティ」に近い意見を持っており、非常に興味深い。現実世界に不満があるが、
その不満は仮想世界の理想の「自分自身」で忘れることができる。そして、ますます仮想
世界にはまっていく。その過程で、仮想世界での自分磨きとして課金をしてしまう。そう
いった認識を企業側は強く持っているようだ。しかし、この意見に関しては、消費者側と
食い違いがあるように思える。消費者の意見はより多様で、ソーシャルゲームの様々な要
37
素に魅力を感じているので、必ずしも「バーチャル・アイデンティティ」のように仮想世
界の自分に酔っているとは言えないだろう。そのほかにも、純粋に娯楽や趣味としてソー
シャルゲームを遊んでいるという意見なども見受けられた。これは堀内(2003)の「快楽消費
理論」に近いと言えるだろう。また、ガチャを「当たればいいな」という気持ちで回して
しまう、「射幸心を煽っているのではないか」という意見もあり、こちらも見逃せない。
38
5.
まとめ
インタビューとアンケートの分析結果を簡単にまとめてみたい。
まず、課金に至るまでにはいくつかのステップがあると考えられる。まず最初に、「ソー
シャルゲームをついついプレイしてしまう」ことである。日常生活のうちにソーシャルゲ
ームを取り込むことによって、仮想世界に入れ込む比重が大きくすることが必要だ。その
結果、毎日行う行動の一つにソーシャルゲームが加わっていくのである。その次にあるの
が、「自分なりの楽しさを見つける」ことである。インタビューやバートル・テストからわ
かるように、プレイヤーの好む行動はある程度の傾向はあれど様々である。例えば、相手
プレイヤーを圧倒することや、綺麗なグラフィックを鑑賞すること、他プレイヤーとのさ
さやかなコミュニケーションを取ることなどだ。これらを「自分なりの楽しみ」として、
プレイヤーはゲームを続けるモチベーションを獲得する。ただ、これらの楽しみを深くま
で味わうためには、ほとんどの場合課金しなければならない。つまり、「自分なりの楽しみ
を深くまで追求したい」という気持ちが極端に強くなり、抑えきれなくなったとき、課金
をしてしまうのではないだろうか。逆に、「課金しない」ことに楽しみを見出しているプレ
イヤーもいるため、この限りではないことは付け加えておきたい。
そのほかにも、ソーシャルゲームには課金に関係する要素がいくつも考えられる。まず
一つ目に「ソーシャルゲームに対する認識」が挙げられる。インタビューを行った③の男
性や④の女性は、「ソーシャルゲームは無料が当たり前」と思っていたり、「アイテム課金
は値段が高すぎてバカらしい」と思っていたりする。このような認識では、いくらゲーム
にハマったとしても、合理的な考えが課金の妨げになってしまうと考えられる。逆に、「パ
ッケージゲームにもお金を支払っているし、ゲームはお金を支払って楽しむもの」という
認識や、「ソーシャルゲームは趣味や娯楽の一つであり、それらにお金を支払うのはふつう
である」という認識を持ってならば、課金することにはさほど躊躇しないのではないだろ
うか。
二つ目に、
「コミュニティに属しているか」ということが挙げられる。インタビューから、
ソーシャルゲームの中では「他プレイヤー」や「コミュニティ」が重要な位置を占めてい
ることがうかがえる。そういったコミュニケーションの要素が、そのまま「自分なりの楽
しみ」となることももちろんあるだろうが、そうでないプレイヤーもいるだろう。そうで
ないプレイヤーも、一度コミュニティに属してしまうと、愛着やしがらみが生まれる。そ
ういった愛着やしがらみもゲームを続けるモチベーションに成り得るだろう。また、自己
顕示欲が強いプレイヤーであれば、その欲求を満たすべく課金に手を出してしまうことも
あるだろうし、コミュニティに貢献したいがために課金してしまうこともあるかもしれな
い。いずれにせよ、ソーシャルゲームにおいてコミュニティは欠かせない要素と思って良
さそうだ。
三つ目に、
「射幸心」が挙げられる。3-7 で取り上げたような「コンプガチャ」ではなく
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ても、似たような仕組みは依然としてソーシャルゲームに残っている。○○%で非常にレア
なアイテムやカードが手に入るガチャがあるとすれば、ほとんど当たらないであろうこと
はわかっていても、つい手を出してしまう人もいるだろう。頻繁にアップロードを繰り返
し、新しい要素が生まれるソーシャルゲームにおいては、そういった射幸心を煽られるこ
とが多いだろう。ギャンブル依存の傾向が強ければ強いほどアイテム課金を行い、そこか
ら抜け出せなくなることも考えられる。
以上より、本稿の「ソーシャルゲームに課金する動機は何なのか」という問いに対して
は、「ソーシャルゲームにおける自分なりの楽しみを追及するため」ということをその答え
としたい。そのうえで、ソーシャルゲームにハマり課金に至るまでには一定のステップが
あり、課金するか否かは、当人の認識やゲーム内のコミュニティ、射幸心の有無などの諸
要素にも強く影響を受けるということも付け加えておきたい。
このような曖昧な結論になってしまったのは、調査不足と言うほかない。「ソーシャルゲ
ームをプレイしており、かつ課金を行っている人」があまり見つけられなかったことから、
非常に少人数にしかアンケートやインタビューを行うことができなかった。また、インタ
ビューに応じてくれたのも、筆者と年齢の近い学生と限定された相手のみであることから、
限定的な回答しか引き出すことができなかったかもしれない。また、インターネット上で
「廃課金」と呼ばれているような、ソーシャルゲームに何十万何百万とつぎ込んでいるプ
レイヤーにインタビューできなかったのも心残りである。
本稿での検証はいささか不十分ではあるが、ソーシャルゲームに課金する動機は一義的
でなく多種多様であり、課金に至るまでにはある程度のステップがある、ということは発
見と言えるのではないだろうか。
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