第2回演奏会 - AIRnet

Conductor & Soloists
橘 直貴 (指揮)
桐朋学園音楽大学音楽学部(ホルン専攻)卒業後、 1992 年研究科に進み、 1994 年より 1997 年まで同
大学の付属機関である指揮教室に在籍する。
これまでに、指揮を岡部守弘、紙谷一衛、湯浅勇治、黒岩英臣の各氏に、ホルンを安原正幸氏、チェン
バロを鍋島元子氏に師事する。また、大学在学中より、シエナ・ウィンドオーケストラに入団、 1995 年 4
月まで同団のホルン奏者を務める。現在、各地のオーケストラ、合唱団の指揮者、及びトレーナーとして
活動している。
小道 一代 (アルト)
国立音楽大学声楽科卒業。二期会オペラスタジオ修了。
1988 年より 1992 年まで米国ニューヨークにてベティー・アレン女史の指導を受ける。在米中、 NY 市内
外にてリサイタル・コンサート・ FM 放送等に出演。
現在、英米歌曲のコンサートからオペラまで幅広く活動している。
埼玉オペラ協会会員、二期会会員。
見富 文弥 (テノール)
明治学院大学卒業後、武蔵野音楽大学にて声楽を修学。藤沼昭彦氏に師事。
在学中より教会音楽を中心に活動。これまでメサイヤ、クリスマスオラトリオ、ミサ曲等のソロに携わる。
又、オペラやオペレッタでは「魔笛」、「フィガロの結婚」、「秩父晩鐘」、「メリーウィドウ」、「こうもり」等に出
演、 " 名脇役 " を発揮してきた。現在、日本歌曲にも積極的に取り組んでいる。
埼玉オペラ協会会員、浦和市音楽家協会会員、小松原女子高校教諭。
Program Note
グスタフ・マーラー( 1860-1911 )
『アダージェット』(当団編曲による弦楽 5 重奏版)
原曲は、第 5 交響曲の第4楽章です。マーラーによるオリジナル編成は弦 5 部とハープですが、本日は当団の編
成に合わせて私が編曲した版によって演奏します。映画『ヴェニスに死す』に使われて広く知られるようになったこの
曲ですが、一説にはマーラーの、妻アルマへの愛の告白であるとも言われています。
曲は A-B-A の 3 部形式で、 A 部はチェロとヴィオラのピチカート(原曲ではハープ)によるアルペジオを伴った静か
な雰囲気が支配します。中間部の B 部は、芯の強い旋律、ねじれて下降する彼独特の旋律(『大地の歌』第 6 楽章
などにも出てきます)などを出しながら、いささか強引な転調を繰り返して進んでいきます。
原曲の編成では、弦楽オーケストラの厚い響きと、ハープの美しい分散和音が特長です。編曲版はそれとは違った
音の世界ですが、室内楽でなければ構築できない私的な世界を再現し、マーラーの愛をご来聴の皆様と共に味わえ
たら、と思います。
『大地の歌』(シェーンベルク及びリーンによる室内楽版)
マーラーの晩年は、妻アルマとの確執と、死の恐怖との闘争という 2 つのキーワードによって語られています。この
『大地の歌』を作曲した時期は、長女を失い、また自らも心臓病を宣告され、まさに死の恐怖が現実のものとなってい
た時期でした。この曲が実質的には「第9交響曲」であるのに、番号を付ける事を嫌い、『大地の歌』というタイトルの
みとしたのも、よく言われているように、ベートーヴェンを初めとする過去の大作曲家達が、第 10 交響曲を完成させる
事なく世を去っていたことを知っていたからに他なりません。
『大地』に流れているのは人生の無常さ、はかなさ、そして人生への諦めですが、同時に人生の喜びも語られています
。両者の微妙な綱引きは、そのままマーラーの心の葛藤を映しており、そしてこの図式とテーマはそのまま次の傑作『9
番』へと受け継がれていくことになります。これは私見ですが、『9番』に比べ『大地』の主張が幾分弱いのは、『9番』を書
く、ということに対する彼の決心がついていたか否かの差が、両者の間に存在するからではないでしょうか。
歌詞は全て漢詩が元になっています。ただし原典を、何人もの ~ しかも中国語にさほど通じていなかったと思われる ~
人々の手によって翻訳されているうちに、とんでもない誤訳まで生まれてしまいました(その最たるものが『青春について
』に出てくる「陶で出来た四阿(あずまや)」。原典は「陶氏亭」つまり「陶氏の家」)。しかし、学術的見地からの意見はと
もかく、マーラーの心を動かした訳詩(ベトゲによる追創作『中国の笛』)と、そこへ彼自身によって改変され完成した歌
詞、さらに付けられた音楽そのものに共通して流れる東洋的な感性は、我々日本人の持つわび・さびの感覚にも繋がる
ものがあると考えます。
第1楽章『地上の哀愁を憂える酒席の歌』 アレグロ・ペザンテ、 3/4 拍子、テノール独唱。A - A ' ( A の反復) - B - A
のソナタ形式で、A部及びA ' 部の末尾に現れる「生は暗く、死もまた暗し」という歌詞を持ったメロディが印象的です。展
開部にあたるB部はこのメロディを元に進みます。
第2楽章『秋に独りいて淋しきもの』 いくらかけだるく、 3/2 拍子、アルト独唱。 A-A'-B-A" の形をとる緩徐楽章。全体
に低音が薄いために、虚無感が増しています。時折チェロに 3 連符で現れる 5 度の揺れも、この楽章の性格を補強して
います。
第3楽章『青春について』 くつろいで快活に、 2/2 拍子、テノール独唱。前二つの楽章に比べ、東洋的要素がより強く
出ています。形式的には A-B-C-A' です。
第4楽章『美について』 コモド・ドルチッシモ、 3/4 拍子、アルト独唱。 A-B-A 形式。夢心地な雰囲気でポリフォニックな
A 部と、少年の跨がる馬の疾駆を表す快活な B 部が対比されています。 B 部のアルトはまさに早口言葉のような速さ!
マーラーはこの楽章で大掛かりな詩の改変を行っており、それがこの対比をより際立たせています。
第5楽章『春にありて酔えるもの』 アレグロ、 4/4 拍子、テノール独唱。ベトゲの詩では『春にありて飲めるもの』という
題でしたが、マーラーは「飲める」を「酔える」に変える事で「春に酔う」という部分を強調しています。
第6楽章『告別』 重く、 4/4 拍子、アルト独唱。全楽章のおよそ半分の時間を割く大曲。マーラーは、「友人」以外に
共通項がなく内容的には無関係な二つの詩をつなぎ合わせ、改変して、ひとつの詩に仕上げています。またその際、友
人との別れという原典の内容に、彼自身の手による詩を数行追加することで、独自の死生観を織り込んでいます。形式
上は分析が難しいのですが、 A-B-C-A'-B'-C'- コーダ、と考えるのが分かりやすいようです。 A 部、 A' 部に出てくる
虚無感を誘うフルートとアルトのデュエットや、「運命」動機から派生した音型(クラリネットなど)、 C 部などに出てくるタ
ーン(回音、ワーグナーやマーラーにおいては女性への愛や、夢、憧れを表す)など、歌詞の内容を補強して余りある特
徴的な動機が多数登場します。 C' 部に入ると、「永遠に (ewig) 」の歌詞に呼応するかのように天上を意味するチェレス
タが登場します。この言葉はコーダに入ってもなお繰り返され(溜め息の動機、フェアウェル=告別音型からの派生)最
後は長三和音(「ドミソ」)に 6 度音(「ラ」)が伴われた独特の和音で曲が終わります。マーラーはこの和音で一旦は
この世との別れを宣言しますが、それでも書かずには居られなかった『 9 番』を、この曲の「永遠に」のフレーズから始め
たのでした。
ところで、今回演奏する編曲版ですが、 1912 年にシェーンベルクによって編曲が始められ ( 彼自身が完成させたの
は 21 ページ分だけ)、それを弟子のウェーベルンが引き継ぎ、最終的にはライナー・リーンによって 1983 年に校訂され
出版されたものです。シェーンベルクは自らの主催する「私的演奏会」の為に、ヨハン・シュトラウスを初めとする他の
作曲家の作品を幾つも編曲しましたが、『大地』もそのうちの一つです。(因みに今年はシェーンベルクの没後 50 年に
当たります。)
『大地』も含め、彼(とその弟子達)による編曲版に登場する「ハルモニウム」という楽器は、パイプオルガンの代用品と
して開発された足踏み式のオルガンです(本公演ではシンセサイザーで代用します)。この楽器が使われた背景には「
私的演奏会」が室内楽編成であったために、足りない音を補う必要があったということが背景にあります。ピアノと違って
音色が数種用意されているハルモニウムは、今日の電子オルガンやシンセサイザー同様にそれだけで一つの小さなオ
ーケストラとなり得たわけで、そのことは彼等にとって編曲上好都合だったのです。
もちろん、編曲版はマーラー自身が意図した音響効果とはかけ離れていますし、それ故にこの編曲版に対する評価も
あまり高いものではありません。しかし、可能な限り最低限のところまで音を削られた編曲版だからこそ、音楽的骨子に
容易に近づくことが出来ますし、また音楽を通してマーラーと直に会話しているかのような感覚を味わえるのではないか
と思います。それはこの曲が私小説的要素を多く含んでいるだけに、逆に有利な部分と言えるのではないでしょうか。
シェーンベルクがなぜこの曲を取り上げたのかは今となっては分かりません。しかし私たちにとってはそのことよりも、
編曲版のほうがこの曲のもつメッセージをご来聴の皆様とより共有しやすいということの方が最大の関心事です。室内
楽というジャンルでは、私たち演奏者と聴衆とが心理的に非常に近づくことができるからです。
我々の演奏を通して、マーラーのメッセージが皆様に伝われば、これほどの喜びはありません。 (佐々木 智幸)