かながわ県立小児医療基金研究助成による 研究成果報告

平成 27 年度
かながわ県立小児医療基金研究助成による
研究成果報告
神奈川県立こども医療センター
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
133 ( 12 )
平成27年度かながわ県立病院小児医療基金研究助成一覧
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唇顎口蓋裂に対する自己多血小板血漿 / フィブリンの臨床応用
小 林 眞 司
目 的
公布され,平成 26 年 11 月 25 日より施行された。
唇顎口蓋裂患児に対する乳幼児期の歯肉粘骨膜
本研究の PRP/F は,再生医療等安全性確保法に
形 成 術 gingivoperiosteoplasty(GPP) は, 顎 裂 部
おける第 3 種細胞群に該当するため,
「PRP/F に
に骨を形成させ学童期の 2 次的顎裂部骨移植術
よる再生医療」について再生医療等提供計画の申
secondary bone graft(SBG)を回避させる手技であ
請を行った(図 1)。
り 1 - 3),術前に顎裂を狭小化する顎矯正装置 4 - 10)
一方,基礎研究である骨膜細胞の培養は,採取し
とともに普及してきた。しかし,狭い顎裂部では
た粘骨膜組織を PBS で洗浄後,実体顕微鏡下で
良好な骨形成を得るが,広い顎裂部では十分に骨
骨膜組織と粘膜組織に分離した。骨膜組織のみミ
形成ができないために
11, 12)
,顎裂部への骨形成を
ンスし Glutamax, ascorbic acid, antibiotic antimyotic,
促進する移植材料の必要性が高まってきた。移
fetal bovine serum を添加した Dulbecco’s Modified
植材料の中でも多血小板血漿 / フィブリン platelet
Eagle Medium の培地中に播種し,インキュベー
rich plasma/fibrin(PRP/PRF)は血小板を高濃度に
ター(37 ℃,CO 2 5 %)に 1 週間静置し,0.25 %
濃縮した血漿 / フィブリンのことで,血小板の α 顆
トリプシン- EDTA 溶液にて骨膜細胞の継代を行っ
粒に含まれている PDGF, TGF-β, EGF, VEGF など
た(図 2)。その後,増殖能の検討を行った。
のサイトカインを脱顆粒させることで皮膚や骨組
織に関して治癒促進効果を期待するものであり 13),
結 果
骨欠損部に移植すると骨形成が促進されることが
全症例で,手術直前に自己血液を採取すること
報告される。本臨床研究の目的は,PRP/PRF 中
ができ,術中の不具合はなく安全に施行すること
の液性因子および in vitro での骨膜細胞の挙動を
ができた。また,感染などの術後合併症もなかっ
解析しその機序を解明するとともに,臨床におい
て自己 PRP/PRF を移植することで骨形成を促進
させることである。これまでの結果から,移植材
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料としては PRF の方が優れていることが判明し,
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基礎研究には取り扱いの容易な PRP を用いた。
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対象と方法
われわれは,当センター倫理委員会の承認下で
2009 年 4 月より GPP と同時に PRF 移植を施行し
てきた(平成 21 年 3 月当センター倫理委員会承
認)。しかし,
「再生医療等の安全性の確保等に関
する法律(平成 25 年法律第 85 号)
」
(以下,再生
医療等安全性確保法)が平成 25 年 11 月 27 日に
神奈川県立こども医療センター 形成外科
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図1 第 1・2・3 種の再生医療等技術
134 ( 13 )
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図2 EBM のための基礎研究
- in vitro におけるヒト骨膜細胞の挙動の検討-
た。5 歳時の CT 撮影では,全ての症例で顎裂部
に骨形成を認めたが,顎矯正治療を行う上で不
図4 骨膜細胞の増殖能の検討
十分である症例もあった。
「PRP/F による再生医
療」について再生医療等安全性確保法に準拠し,
再生医療等提供計画の申請(特定細胞加工物製造
考 察
届書の提出,再生医療等委員会の審査,再生医療
今までに乳幼児期に自己 PRP を作製し移植し
等提供計画)を行った。これら全てを提出し,平
た例は世界的でも報告がない。7 年間,合併症な
成 26 年 11 月 24 日に受理された。一方,28 検体
く行えたことは,本法の安全性を示すものである
の骨膜組織から骨膜細胞が分離され,安定して培
と思われた。さらに,再生医療等安全性確保法下
養・継代が行われた(図 3)
。骨膜細胞の増殖能
においても,無事に受理・施行することができて
に関しては,細胞倍加時間が 31.3 ± 4.6 時間と高
おり,今後の発展が期待されると思われた,一
い増殖能を示した(図 4)
。
方,基礎研究でも骨膜細胞の培養・継代だけでな
く増殖能の解析が行われ,高い増殖能を持つこと
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Day 1
'D\
Day 13
が判明し,ヒト乳児細胞の潜在性が示された。今
後は骨分化能の解析を行う予定である。今後,臨
床の長期結果,基礎研究などの詳細な解析が必要
[㻌
40
x
であるが,安全な治療でありスタンダードな方法
に成り得る。
文 献
100
x
[㻌
1 )Millard DR Jr, Latham RA. Improved primary surgical
and dental treatment of clefts. Plast Reconstr Surg
1990;86:856-871.
2 )Kobayashi S, Hirakawa T, Fukawa T, et al. Maxillary
骨膜細胞 P2, 10 %FBS
㦵⭷⣽⬊ WϮ͕ϭϬй&^ 㻌
図3 末骨膜細胞の増殖能の検討
growth after the use of Protraction head gear in conjunction
with presurgical orthopedics and gingivoperiosteoplasty for
complete bilateral cleft lip alveolus patients. J Craniofac
Surg 2013;24:1679-1684.
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
135 ( 14 )
3 )Kobayashi S, Hirakawa T, Fukawa T, et al. Maxillary
growth after maxillary protraction: Appliance in conjunction
眞司編, 胎児診断から始まる口唇口蓋裂. メジカル
ビュー社, 東京, 2010;1-192.
with presurgical orthopedics, gingivoperiosteoplasty and
9 )平川崇, 山本泰, 長西裕樹, 他. 片側唇顎裂の術前
Furlow palatoplasty for complete bilateral cleft lip and
顎 矯 正 に よ る 歯 槽 形 態 変 化. 日 本 口 蓋 裂 学 会 雑 誌
palate patients with protruded premaxilla. J Plast Reconstr
2006;31:302-312.
Aesthet Surg 2015;68:758-763.
4 )小林眞司,平川崇. 術前顎矯正を組み合わせた両側
口唇裂初回手術. PAPERS 2014;89:80-89.
5 )小林眞司. 口唇口蓋裂に対する最新の治療システ
ム. 小児科 2014;55:1305-1313.
6 )小林眞司. 唇顎口蓋裂. 周産期医学 2011;41:810-816.
7 )小林眞司. 新生児疾患唇裂・口蓋裂の治療法. 周産
期医学 2011;41増:789-791.
10)平川崇, 渋谷麻衣, 岩瀬わかな, 他. 術前の顎矯正の
必要性. 形成外科 2008;51:991-996.
11)小林眞司, 平川崇, 山本康, 他. 片側唇顎裂に対する
歯肉骨膜形成術. 日本口蓋裂学会雑誌 2008;33:34-41.
12)小林眞司, 平川崇, 府川俊彦, 他. 両側唇顎裂に対す
る歯肉骨膜形成術. 形成外科 2009;52:947-958.
13)Marx RE, Gang AK. 多血小板血漿(PRP)の口腔へ
の応用 クインテッセンス出版, 東京, 2006;1-148.
8 )小林眞司. 胎児診断から始まる口唇口蓋裂. 小林
小児がん腫瘍検体を用いた薬剤感受性試験を基盤とした
新規治療法の開発
-小児固形がん臨床検体を用いた in vitro 薬剤感受性試験-
後 藤 裕 明
はじめに
県立がんセンターとの共同研究として開始した。
再発・難治性小児がん患者の予後を改善するた
CD-DST は成人の悪性腫瘍における有用性が報
めには,分子標的療法薬などの新規薬剤を用いた
告されているが 1, 2),小児固形がんを対象にした
治療法の開発が必要である。しかし,もともと希
研究は報告がない。CD-DST を用いて multikinase
少疾患である小児がんにおいて,再発・難治性疾
inhibitor である sunitinib と sorafenib の小児固形が
患患者の数はさらに少なく,効率のよい薬剤臨床
んに対する有用性を検討した。
開発が望まれる。成人の悪性腫瘍を対象に開発さ
れる新規薬剤の中には,その薬理作用からは小児
方 法
がんに対しても有効性が期待されるものがある
CD-DST は Primaster キット(KURABO,大阪)
が,多くの薬剤の中から特に有効と思われる薬剤
を用い,キットのマニュアルに従って施行した。
を前臨床試験で選別することができれば,臨床開
腫瘍検体を滅菌ナイフで細断し,細胞分散酵素
発の効率化につながる。
EZ で処理後,PCM-1 培養液中に組織を浮遊させ
われわれは 2015 年度から小児固形がん臨床検
た。腫瘍細胞浮遊液を,コラーゲン・コート処理
体を用いた in vitro での薬剤感受性試験 collagen-
を行ったフラスコに添加し,37 ℃,5 % CO2 環
gel droplet drug sensitivity test(CD-DST)を神奈川
境下で 24 時間以上,培養を行った。コラーゲン
神奈川県立こども医療センター 血液・再生医療科
136 ( 15 )
に付着しない死細胞を含む培養液を除去し,細
ゲン・ドロップ中の生細胞数を x %とした場合,
胞分散酵素 EZ 処理により付着細胞を回収した。
細胞阻止率(%)= 100 % - x %で表した。
2 - 5 × 105 生細胞 /mL になるようにコラーゲン・
「CD-DST 法を用いた小児固形がん薬剤感受性
ドロップ培養液に細胞を浮遊させ,6 well plate 上
試験」は当センター倫理委員会の承認を得て,患
に 30 μL ずつコラーゲン・ドロップ培養液を滴
者検体の利用は患者・家族からの同意を得て施行
下した。コラーゲンが固化したのち,10 % fetal
された。
bovine serum 添 加 DF 培 地 を 1 well あ た り 3 mL
添加した。12 時間以上,培養を行った後,培地
結 果
を無血清培地 PCM-2 に交換した。この時点で,
解析成功率
ひとつの well をキットに含まれるニュートラル
2015 年 6 月から 2016 年 3 月まで,12 例の小児
レッドにて染色し,染色後,10 %ホルマリンに
固形がん患者において,のべ 14 回の外科治療時
てコラーゲン・ドロップを固定した(0 タイム用
に得られた腫瘍検体を用いて CD-DST が施行さ
well)。他の well では種々の濃度の sorafenib ある
れた。検査時の患者年齢は 2 - 20 歳,女児 7 例,
いは sunitinib を 30 μL/well の割合で添加し,6 日
男児 5 例であった。手術時の臨床診断は,肝芽腫
間,さらに培養を継続した。培養終了時,0 タイ
(5 例)のほか,胸膜肺芽腫,腎芽腫,Ewing 肉
ム用 well と同様にニュートラルレッドで生細胞
腫,悪性筋上皮性腫瘍,線維肉腫,骨肉腫,線維
を染色後,コラーゲン・ドロップを 10 %ホルマ
形成性小細胞腫瘍が各 1 例であった。腫瘍の原発
リンにて固定した。ニュートラルレッドによって
組織を用いたのは 2 件(Ewing 肉腫,悪性筋上皮
染色された生細胞数は専用の濃度計を用いて測定
性腫瘍)であり,他の 12 件では転移あるいは播
し,薬剤非添加コントロール well に対する比率
種病変を検査に用いた。培養開始時(0 タイム)
で,薬剤添加 well における細胞生存率を表した。
に比べて,薬剤非添加 well 中コラーゲン・ドロッ
コラーゲン・ドロップ内に含まれる線維芽細胞は
プ内の生細胞数が増加している場合を解析成功と
濃度測定時の閾値を調整することにより,測定値
したが,14 件中,解析成功例は 7 件であった(解
から除外された。0 タイム用 well と比較して,薬
析成功率 50 %)。解析成功例の臨床診断は肝芽腫
剤非添加コントロールにおける生細胞数が多い場
4 例,腎芽腫,悪性筋上皮性腫瘍,線維肉腫,各
合のみ,解析が成功したと判断した。CD-DST の
1 例であった。
結果は細胞増殖阻止率で表した。すなわち,薬剤
CD-DST 解析成功例における結果を表 1 に示し
非添加コントロール用のコラーゲン・ドロップに
た。検査に用いた sorafenib,sunitinib の濃度は,
おける生細胞数(ニュートラルレッドによる染色
それぞれ臨床的に使用される範囲で到達しうる血
濃度に比例する)を 100 %とし,薬剤添加コラー
中濃度に基づいて決定した。sorafenib 4.5 μg/mL
表1 CD-DST の結果
症例
診断
003
腎芽腫
Sorafenib
(濃度,μg/mL)
Sunitinib
(濃度,ng/mL)
0.25
2.5
4.5
10
30
50
16.6 %
ND
99.0 %
50.1 %
ND
ND
006
肝芽腫
19.3 %
54.9 %
83.4 %
4.8 %
25.4 %
30.7 %
007
悪性筋上皮性腫瘍
28.8 %
59.2 %
89.9 %
27.3 %
38.0 %
36.0 %
008
肝芽腫
34.9 %
81.9 %
97.5 %
46.6 %
63.4 %
74.6 %
009
肝芽腫
<0 %
38.1 %
94.2 %
<0 %
6.0 %
6.8 %
011
線維肉腫
<0 %
48.4 %
91.3 %
<0 %
<0 %
6.1 %
014
肝芽腫
<0 %
9.6 %
97.6 %
ND
ND
ND
結果は細胞増殖阻止率(薬剤非添加コラーゲン・ドロップ における生細胞数を 100 %としている)で表し
ている。増殖阻止率が高いほど,薬剤による効果が強いことを示す。
略語;ND: not determined
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
137 ( 16 )
添加時の細胞増殖阻止率は 83.4 - 99.0 %で,検体
療に役立てるためには解析成功率をさらに向上さ
間で大きな差は認めなかったが,0.25 μg/mL では
せる必要があり,今後も検討を続ける。CD-DST
< 0- 34.9 %,2.5 μg/mL では 9.6 - 81.9 %と,検体に
による解析には再発難治例を主な対象としたこと
よって 2 倍以上の差がみられた。sunitinib はいず
から転移病変を主に使用した。転移病変と原発病
れの濃度でも検体間の差が大きく,10 ng/mL では
変では,薬剤感受性に差がみられる可能性が否定
< 0- 50.1 %,30 ng/mL では <0- 63.4 %,50 ng/mL
できないが,固形がんに対する化学療法の主な目
では 6.1 - 74.6 %であった。
的のひとつは転移,播種病変の予防であり,その
点で転移病変を用いた薬剤感受性の検討には臨床
考 察
的意義があると考えられる。
sorafenib,sunitinib はいずれも複数の膜型チロシ
CD-DST は薬剤による細胞への直接的な効果の
ンキナーゼに対する阻害作用を有する multikinase
みを検出するという欠点があり,腫瘍の血管新生
inhibitor で あ り 3), 日 本 に お い て は 腎 細 胞 が ん
阻害を主な作用機序とする薬剤の効果は検討がで
などに対する保険適応が認められている。小児
きない。Sorafenib,sunitinib はいずれも直接的な
がんに対してもこれらの薬剤を用いた臨床試験
殺細胞効果のみならず,VEGFR 阻害を介して血
が,海外において複数施行され,一部の症例に
管新生阻害作用を示すことが知られているが,今
おける有効性が報告されている。しかしながら,
回の検討ではこの効果を評価していないことに留
multikinase inhibitor の効果を規定する腫瘍細胞側
意する必要はある。
の因子は同定されておらず,sorafenib,sunitinib
の導入によって予後の改善が期待できる疾患を特
文 献
定するために基礎的な研究を続ける必要がある。
1 )Mekata E, Sonoda H, Shimizu T, et al. Clinical
今回の検討から,症例毎に sorafenib や sunitinib
predictive value of in vitro anticancer drug sensitivity test
に対する感受性が異なることが示唆され,今後は
for the therapeutic effect of adjuvant chemotherapy in
背景となる症例毎の分子生物学的特徴について検
patients with stage II-III colorectal cancer. Mol Clin Oncol
討を行う予定である。
2013;1:763-767.
CD-DST は成人の大腸がんなどにおいて,症例
2 )Naitoh H, Yamamoto H, Murata S, et al. Stratified phase
毎の治療薬剤選択に有用であると報告されている
II trial to establish the usefulness of the collagen gel droplet
が,小児固形がん組織を用いて CD-DST を試み
embedded culture-drug sensitivity test(CD-DST)for
たという報告はみられない。われわれは自施設で
advanced gastric cancer. Gastric Cancer 2014;17:630-637.
外科治療を受けた小児固形がん症例において CD-
3 )Wilhelm SM, Adnane L, Newell P, et al. Preclinical
DST を試み,その解析成功率は 50 %であった。
overview of sorafenib, a multikinase inhibitor that targets
腫瘍によりコラーゲン包埋培養への適応が異なる
both Raf and VEGF and PDGF receptor tyrosine kinase
ことや,培養条件などが関係している可能性など
signaling. Mol Cancer Ther 2008;7:3129-3140.
が考えられるが,この検査を臨床的に,個別化治
138 ( 17 )
H-MRS 法を用いた脳内代謝物の測定に関する研究
1
相 田 典 子 1),野 澤 久美子 1),藤 井 裕 太 1)
榎 園 美香子 1),佐 藤 公 彦 2),草 切 孝 貴 2)
村 本 安 武 2),鈴 木 悠 一 2),富 安 もよこ 3)
小 畠 隆 行 3)
研究動機
中枢神経系に異常を来す疾患の多くで,特定
多くの医療機関において画像診断に用いられて
の脳内代謝物(例:乳酸,クレアチン,コリン
いる MRI(MR イメージング)は画像化法である
など)の濃度変化が起こっていることが報告さ
のに対し,MRS(MR スペクトロスコピー)は選
れている。MR 装置を用いて測定することができ
択した立体体積 volume element(ボクセル)内の
る 1H-MRS 法により,非侵襲的にこれらの濃度を
スペクトルから局所的な分子情報を得る手法であ
測定することができ,臨床的な有用性が示されて
る。1H-MRS で観測可能な脳内代謝物は三十数種
きた。小児の脳内代謝物濃度に関しては,1)小
類におよび,それぞれ異なる化学シフト値をも
児の成長に従って複数の脳内代謝物濃度が変化す
1
つ。その信号強度は H の数に比例するため,代
る,2)小児疾患によって代謝物濃度の変化が起
謝物の相対または絶対濃度を求めることが可能で
こる,などが知られるが,これらの詳細な報告は
1
ある。表 1 に H-MRS で観測される代表的な脳内
ほとんどない状況である。健常な小児および小児
代謝物を示す。
神経疾患罹患者の脳内 1H-MRS データを取得し,
表1 MRS で観測される代表的な代謝物
代謝物
意 義
NAA
N -アセチルアスパラギン酸.神経細胞に比較的高濃度に局在している.正常神経細胞の密度に相関す
ると考えられている.2.0 ppm にメインピーク.
Cr
クレアチンとリン酸化クレアチンの総量を反映する.神経細胞やグリア細胞等の細胞密度に相関する
場合が多い.3.0 ppm にメインピーク.
Cho
コリン.細胞膜代謝に関係するリン脂質の材料となる代謝物であり,細胞膜代謝の破壊や亢進と相関
することが多いと考えられる.3.2 ppm にメインピーク.
Glx
グルタミン(Gln),グルタミン酸(Glu).グルタミン酸は興奮性シナプスの神経伝達物質であり,グ
ルタミンは星状膠細胞でグルタミン酸を合成する材料となる.グルタミン - グルタミン酸サイクルが
存在することが知られている.2.1 - 2.6 ppm.
mIns
ミオ - イノシトール.星状膠細胞における濃度が高く,グリア細胞の増殖と相関が高いと考えられて
いる.3.5 ppm にメインピーク.
Lac
乳酸.嫌気性解糖の結果生じる代謝物であり,エネルギー代謝障害の程度の指標となり得ると考えら
れる.1.3 ppm にメインピーク.
lipid
脂肪.脂質代謝の亢進のほか,細胞の壊死や破壊の際にもピークが上昇する.細胞膜の代謝亢進の際
にもピークの変化が認められることがある.0.9,2.0 ppm など.
Proton MRS の臨床有用性コンセンサスガイドより抜粋.
1)神奈川県立こども医療センター 放射線科 2)同 放射線技術科 3)放射線医学総合研究所
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
139 ( 18 )
年齢や疾患/症状によって分類された脳内代謝物
られた 1H-MRS 信号パターンを,蓄積したデータ
濃度のデータベースを構築することにより,1)
ベースや脳内代謝物に関する文献の 1H-MRS 信号
健常な小児の年齢ごとの脳内代謝物濃度,および
パターンと比較し,疾患/症状の診断の一助と
1
2)代謝疾患/症状ごとの H-MRS 信号パターン
する。さらに今年度からは同意が得られた症例
などが明らかになる。これら 1)
,2)の情報を併
で神経伝達物質 GABA の定量データを集積する。
せることで,疾患に対してより詳細な診断をする
データの収集および蓄積により得られた知見は,
ことが可能になる。また,診断名や治療方針がよ
学会や論文で発表し,小児医療の発展に貢献する。
り早く特定/決定できたり,現在髄液検査で行っ
ている測定を一部減らす可能性がある。さらに小
研究方法
児に関する報告例は健常者および疾患患者ともに
対象は脳 MR 画像を撮像する患児とする。脳
ほとんどなく,この研究成果を論文や学会などに
MRI 検査時に必要に応じて 1H-MRS 測定を行う。
より世界に発信することの意義は非常に大きい。
測定は脳内の数部位(例:基底核,半卵円中心,
当センター放射線科で施行されている MRI 検
小脳の 3 箇所が原則)について行う。1 部位につ
1
査では,すでに必要に応じて H-MRS 測定が付
いて得られるデータは 1H-MRS データ:数 100 KB
加されていたが,その評価法は定性的であった。
程度,および位置確認用 MRI データ:3 MB 程
データベースの構築や詳細な臨床研究を行うに
度である。1H-MRS データから脳内代謝物の定
は,定量的な質の高い解析技術と専門的な知識が
量解析を行うため,パソコン(PC)上で動作す
必要となる。放射線医学総合研究所(以下,放医
る LCModel ソフトウェアを用いる。LCModel は
研)は,MRS の定量的解析に実績があり,MRS
basis-set というモデルスペクトルをソフトウェア
を専門に行う多くの研究者を有しており,密接に
に内蔵し,線形解析を行うことにより,別の代
協力して研究を進めている。
謝物とピークの重なりがある代謝物についても
平成 20 年よりの先行研究から,神経疾患の疑
その絶対濃度推定が可能なソフトウェアである。
1
われる患児に関しては H-MRS 法による代謝物測
In vivo 脳代謝物の濃度推定に世界で広く用いられ
定を行い実績を上げてきたが,平成 21 年 10 月よ
る。データ転送は MR コンソールと PC を LAN
り 3 テスラ(T)MRI が稼働したことにより,さ
ケーブルによって直接つないで行う。得られた代
らに微量代謝物測定の精度が上がることが期待
謝物濃度について,疾患や症状との関連性,個人
され,測定数も増加している。さらに,平成 25
間における比較,個人における経時変化,論文検
年 1 月に,脳の発達過程に重要な神経伝達物質
索による他施設における同疾患/症状の 1H-MRS
GABA の定量を目的とした特別の MRS シーケン
信号パターンの比較など,さまざまな事象の記録
スを研究用として 3T MRI 装置に導入したため
や情報収集を行い,それらも含めたデータベース
(当センター倫理委員会承認済み前方視的研究)
,
の構築を行う。
従来の脳内代謝物定量に加え,発達障害児を含め
個人情報の漏洩防止に関しては,1)LCModel
た脳内代謝物の解析により有用な情報をもたらす
は Linux 上で動作し,データベースは Windows に
可能性のある研究体制が整っている。
保存するが,前述の PC に Linux および Windows
の 2 つの環境を整備するため,1H-MRS データや
目 的
LCModel 解析結果データ,画像,疾患/病状/
健常な小児および小児神経疾患罹患者の脳内
年齢の情報など,解析からデータ蓄積までに使
1
H-MRS データを取得し,脳内代謝物濃度を解
用されるさまざまなデータを 1 台の PC に集約
析によって得る。年齢や疾患/症状などの情報
する。2)使用する PC は 1H-MRS データ転送以
も加えられた脳内代謝物濃度(1H-MRS)のデー
外は LAN ケーブルをつながず,転送元はネット
タベースを構築し,1)健常な小児の年齢ごとの
ワークから隔離される。3)データベースは匿名
代謝物濃度,および 2)代謝疾患/症状ごとの
化を行う。4)解析は基本的にはセンター内で行
1
い,1H-MRS データをより詳細に解析するために
H-MRS 信号パターンなどをまとめる。また,得
140 ( 19 )
センターから研究分担者が在籍している放医研へ
性脳症の治療方針の決定,早産児の退院前の脳の
持ち出す場合などはセンターで匿名化を行う,な
状態評価などが含まれる。新生児を含む低酸素性
どの対策をとった。
虚血性脳症と本年度も多発した感染などに続発す
また,一昨年度は新規解析症例数が著増したた
る急性脳症では,代謝物のうち嫌気性解糖の指標
め,解析担当の研究者が代謝物濃度の測定と解析
である乳酸の検出と,神経細胞活動の指標とされ
にできるだけ専念できるようにデータ転送や匿名
る NAA(N -アセチルアスパラギン酸)低下によ
化作業を行う研究補助職を雇用し研究体制を整備
り神経予後の予想がより正確になると考えられる
したが,昨年度からはさらなる効率化を進め,多
が,これらの変遷と患児の予後との関連を追って
数例の解析に対応した。
いる。発症時には低体温療法など集中治療の適応
MEGA-PRESS 法による GABA 定量では,倫理
の判断に付加情報として用いられ,現時点では臨
委員会に承認を得た説明と同意のプロセスをと
床判断に不可欠な検査となり,夜間休日でも急患
り,書面で保護者から同意を得た。GABA 測定
対応を行っている。満期に近い新生児の低酸素性
用の MRS シーケンスはすべての臨床検査が終了
虚血性脳症における新生児期早期(2 日から 2 週
した後に追加検査として原則として眠っている患
間)の MRS による代謝物の絶対値濃度と予後の
児にのみ行い,同意が得られていても覚醒した
関係を解明した論文は投稿中で,来年度に国際学
場合には検査を中止し,追加の鎮静処置は行わな
会でも発表予定である。
かった。また,取得部位を Routine 検査に組み込
代謝変性疾患確定例,疑い例でも,緊急,準緊
1
まれる通常の H-MRS と同じ基底核と小脳から取
急を含め検査を施行,MRS 解析を行った。代謝
得し,シミング(MRS スペクトル取得前に取得
疾患が疑われる症例あるいは否定が必要な症例で
部位内の磁場均一性を高めてデータを精度を高め
は,神経内科・新生児科以外でも解析を施行する
る前処置で数分を要する)を共有することで検査
とともに,治療モニタリングとして脳内代謝物の
時間の短縮を図った。
変動を MRS にて解析した。
平成 25 年 1 月に,脳の発達過程に重要な神経伝
研究成果
達物質 GABA の定量を目的とした特別の MRS シー
臨床的には,平成 20 年からの先行研究と併せ
ケンスを研究用として 3T MRI 装置に導入した(当
て,平成 27 年度末には解析症例患者(1 症例で
センター倫理委員会承認済み前方視的研究)
。通
複数回,5 回以上解析例も含む)番号は 3,015 に
常の検査後に追加取得を試みる GABA 測定は新
達し,今年度の新たな解析症例だけで約 454 症
生児 143 例で取得した。昨年度に検討の上最適な
例(これには昨年度以前から継続して経過観察で
定量解放法を決定したので,新生児での定量を開
,実数は
MRS を施行した症例は含まれていない)
始し,年長児との差異を日本磁気共鳴医学会大会
560 人,延べ解析人数は 664 例であった。1 検査
において発表し 2),論文は投稿中である。日本磁
に付き 3 箇所の MRS 取得と解析を標準とし有所
気共鳴医学会では他に 2 演題を発表した 3, 4)。
見例では 5 - 6 箇所を計測することから,全解析
他の成果発表としては,アジアオセアニア神経
数は 3,000 から 4,000 を超える。その全例に MRS
放射線学会において小児脳疾患への応用を招待
の解析報告を作成し担当医に送付した(電子カル
講演し 5),一般演題として我が国の Cr 欠損症の
。3 年前
テ体制となってからは PACS 上で配信)
MRS 所見と画像所見をまとめて発表した 6)。
からは従来の神経内科系の全例解析に加えて,新
また今年度は昨年施行できなかった正常ボラン
生児の全例解析を継続,未だ報告のない修正 40
ティアでの MRS 取得を土曜または日曜日に 3 日
週以前の早産児での代謝物の変遷を追うことに力
にわたって行った。自然睡眠の乳幼児名を含めた
を注ぎ,解析したデータを検討し平成 25 年に論
22 名から同意を取得し,19 名で検査を施行でき
1)
文発表したが ,その正常データをもとに新生児
例の異常の検出,病態解析を行った。その中には
周産期脳障害(新生児仮死)による低酸素性虚血
た。うち 18 名で GABA データも取得した。
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
141 ( 20 )
将来展望
常データベースの構築に有用であった。
当初は共同研究者である放射線医学総合研究所
具体的な研究展望として,未熟児早期産児医療
に生データをメディアで送付して定量解析を行っ
の発展に伴い問題となっている高次機能を含む
たため,匿名化はするものの患者データの外部持
周産期脳障害の予後との関連に関しては,通常
ち出しということで,倫理委員会の承認を得て
の MRS データと GABA 定量データを蓄積するこ
書面で同意をとり解析を行っていたが,放医研
とにより,将来的には就学時の神経学的あるいは
の MRS を専門とする研究者が隔週ごとに来所し
発達の所見と新生児期の MRS 解析データ,他の
て解析を行う体制となったため,平成 22 年 4 月
MRI 画像データ(拡散テンソル画像や 3D 撮像か
より通常 MRI データと同様の扱いとして解析を
らの脳容量計測など)との比較検討を行うことで
行った。これにより解析症例数が増加するととも
病態の解明および予後への影響因子に関する知見
に,正常あるいは正常に準ずる MRS データの蓄
が開けることが期待される。また,同様の手法で
積への展望が大きく開けた。また,解析が迅速に
発達障害児の解析を行う予定であり,原因不明の
行われるため主治医への情報提供が早くなり,早
発達遅障害例や自閉症例での脳内代謝物の傾向に
期診断,治療方針の決定により貢献できる体制と
関しても新知見が得られる可能性がある。
なった。当センターではすでに臨床の一部として
欠かせない 1H-MRS の定量解析であるが,小児領
文 献
域では解明しなければならない未知のことが多
1 )Tomiyasu M, Aida N, Endo M, et al. Neonatal brain
く,今後もさらに多くの症例,分野で脳内代謝物
metabolite concentrations: an in vivo magnetic resonance
の定量解析ができるように,研究費を有効活用し
spectroscopy study with a clinical MR system at 3 Tesla.
て研究者のサポート体制を整え,放射線科・放射
PLos One 2013;8:e82746.
線技術科スタッフと神経内科・新生児科をはじめ
とする臨床各科,放医研の共同研究者と連携し,
現体制の臨床研究を継続して小児医療へのさらな
2 )富安もよこ, 相田典子, 柴崎淳, 他. In vivo 1H-MRS
による新生児脳内GABAレベルの測定. 日本磁気共鳴
医学会雑誌 2016;36:36-38.
る貢献を目指す。今後は蓄積された数年来の膨大
3 )相田典子, 富安もよこ, 榎園美香子, 他. 脳クレアチ
な解析データを臨床症状や予後との関連を進める
ン欠乏症のMRI/MRS所見の検討. 第 43 回日本磁気共
とともに,早産児の高次機能との関連や自閉症ス
鳴医学会 抄録集.
ペクトラムなどの代表される発達障害などとの
4 )榎園美香子, 相田典子, 富安もよこ, 他. MRSでの著
MRS データの関連を調べ,それらの原因に迫れ
名な乳酸上昇のみがインフルエンザ脳症の所見とし
る可能性はないかについても研究を広げて行きた
て認識できたAlexander病の 1 例. 第 43 回日本磁気共
い。平成 25 年度後半より,倫理委員会の承認を
鳴医学会 抄録集.
得た GABA 定量の前方視的研究が本格的に始動
5 )Aida N, Tomiyasu M. 1 H-MR Spectroscopy in the
し,今年度は第 43 回日本磁気共鳴医学会にて新
diagnosis and disease monitoring for pediatric CNS
生児脳での GABA 濃度の発表を行い大会長賞を
disorders. 第 10 回アジアオセアニア神経放射線学会
受賞した。病態に応じた他の代謝物濃度との対照
AOCNR2015.
も可能であり,さらにさまざまな成果が期待でき
6 )Aida N, Tomiyasu M, Nozawa K, et al. Brain MRI
る。また本年度は,倫理委員会の承認を得た正常
and 1H-MRS findings in Japanese patients with Creatine
小児および若年成人におけるボランティア MRS
transporter deficiency. 第 10 回アジアオセアニア神経放
検査を 19 例(GABA は 18 例)で取得でき,正
射線学会 AOCNR2015.
142 ( 21 )
組織学的・細胞遺伝学的検討による
先天性嚢胞性肺疾患の病因に基づく分類の試み
田 中 水 緒 1),吉 田 美 沙 1),武 山 絵里子 1)
井 尻 理恵子 1),永 原 則 之 2),田 中 祐 吉 1)
背 景
type1 に発症した腺癌に KRAS 遺伝子変異が確認
先 天 性 嚢 胞 性 腺 腫 様 奇 形 congenital cystic
された報告がある 2, 3)。さらに,近年新生児・乳児
adenomatoid malformation/congenital pulmonary
にみられる肺腫瘍性病変として提唱された新たな
airway malformation(CCAM/CPAM) に 代 表 さ れ
4)
疾患概念である fetal lung interstitial tumor(FLIT)
る先天性嚢胞性肺疾患は小児科領域では少なから
と CCAM/CPAM type3 など一部の先天性嚢胞性肺
ず経験される。重症のものでは胎内死亡に至る
疾患との異同の検討も必要とされる。
が,多くは胎児診断もしくは生後肺炎などを契機
このように CCAM/CPAM の各型もそれぞれ病
に発見され切除される。
因が異なる可能性が議論されて,中には悪性腫瘍
従 来 小 児 の 嚢 胞 性 肺 疾 患 の 多 く が CCAM/
発症のポテンシャルを持つものもある。適切な治
CPAM と診断される傾向があった。しかし,胎児
療法の選択のためには,従来の形態学的・組織化
診断を含む画像診断技術の向上により,葉内肺分
学的・免疫組織化学的検索に加えて,細胞遺伝学
画 症 intrapulmonary sequestration(IPS) や 一 部 の
的・分子生物学的手法を取り入れた診断基準の確
気管支閉鎖症 bronchial atresia(BA)などが術前
立が求められる。
に診断可能となった。また,胎児診断されて新
昨年度は,FLIT の 1 例より見出された ALK 関
生児期・乳児期早期に切除され,炎症などの少な
連融合遺伝子である A2 M-ALK を小児肺病変 2 例
い標本の組織を観察できる機会が増え,これらの
に同定した 5)。さらにこの 2 例の詳細な組織学的・
組織像の検討が進んだ。その結果,主に CCAM/
免疫組織学的検討を行ったことろ,A2 M-ALK を
CPAM type 2 と診断されていたものの中に IPS や
有する小児肺病変としての新しい疾患概念の可能
BA が相当数含まれていたことが明らかになった。
性が示唆された。現在論文発表の準備をしている。
さらに,近年一部の CCAM/CPAM を母地とし
て胸膜肺芽腫 pleuropulmonary blastoma(PPB)や
目 的
肺癌が発症することが知られてきた。
本研究では,病因に基づく先天性嚢胞性肺疾患
PPB は小児の胸腔内悪性腫瘍性病変では最も
の分類の構築を目指して,組織学的および細胞遺
多く,かつ小児にほとんど特異的にみられる。反
伝学的に検討を行う。この研究から得られた知見
復される炎症がその一因ともされているが,近年
は,先天性嚢胞性肺疾患に生じる腫瘍発生のメカ
一部の CCAM/CPAM がそもそも PPB を発症する
ニズムの解明への手がかりともなり,その診断お
高いポテンシャルを持つ可能性が指摘された。特
よび治療に大きく貢献できる。
に CPAM type4 と PPB type1 とは肉眼的/組織学
的所見ともに重複する部分があり,その異同が
対 象
議論されている。細胞遺伝学的な研究としては,
本年度は肺分画症 pulmonary sequestration(PS)
DICER1 遺伝子変異が報告されているが 1),未だ
の組織学的再検討を行った。当センターアーカイ
十分な検討はなされていない。
ブより 136 例の先天性嚢胞性肺疾患を抽出し,さ
また,近年では長期経過を経た CCAM/CPAM
らに画像診断,手術所見,もしくは組織所見で PS
1)神奈川県立こども医療センター 病理診断科 2)日本医科大学衛生学・公衆衛生学教室
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
143 ( 22 )
を疑われた症例をピックアップして対象とした。
の栄養血管は認めず気管支閉鎖と診断されてい
た。組織学的に弾性型動脈の異所性栄養血管,異
方 法
所性閉塞性気管支樹,および異所性肺門組織を認
組織学的再検討は PS の組織学的特徴として知
め,IPS と診断された。
られている以下の項目を用いて行った:① 弾性
型動脈の異所性栄養血管,②正常に分岐する気管
考 察
支樹とは明らかな交通を有さず盲端より分岐する
本研究で,広汎な炎症による修飾がある検体
気管支樹(異所性閉塞性気管支樹)
,③異所性肺
や,栄養血管が画像や肉眼上同定不可能な検体で
門組織(気管支軟骨,気管支腺,リンパ節)
。腺
も,異所性閉塞性気管支樹と異所性肺門組織が観
腫様構造部分の面積測定はデジタルスキャンシス
察されることが PS の診断の根拠となることが示
テムを用いて行った。また,PS と組織学的に分類
された。詳細な組織学的検討により,BA や一部
された症例の診療録の後方視的調査を行った。組
の CPAM との PS の鑑別診断は可能である。
織学的検討の詳細の方法は以下のとおりである。
来年度については,CCAM/CPAM type1 の KRAS
10 %ホルマリン液で固定された腫瘍組織片を
遺伝子異常の検討を行う予定である。予備実験と
パラフィンで包埋し,4 µm の切片とし,通常の
して,同病変のホルマリン固定・パラフィン包埋
手技で Hematoxylin-Eosin(HE)染色を行い,標
標本より,マイクロダイセクションを用いて採取
本を作製した。また,異所性栄養血管の含まれ
された組織片より cDNA の作成を試みている。
ている切片については Elastica van Gieson(EVG)
今後はさらに対象疾患を広げ,先天性嚢胞性肺
染色を行った。すべての標本は複数の病理医によ
疾患全体の病因に基づく分類の構築を目指した
り組織学的検討を行い診断された。
い。
結 果
文 献
136 中 21 例で,画像診断,手術所見,もしく
1 )Hill DA, Ivanovich J, Priest JR, et al. DICER1 mutations in
は組織所見で PS の所見を認めた。13 例が IPS で
familial pleuropulmonary blastoma. Science 2009;325:965.
8 例が葉外分画症 extralobar PS(EPS)であった。
2 )Ishida M, Igarashi T, Teramoto K, et al. Mucinous
21 例全てで,組織学的に弾性型動脈の栄養血
bronchioloalveolar carcinoma with K-ras mutation arising
管と異所性閉塞性気管支樹の双方を認めた。異所
in type 1 congenital cystic adenomatoid malformation:
性閉塞性気管支樹は全ての検体で栄養血管流入部
a case report with review of the literature. Int J Clin Exp
付近に観察された。異所性の気管支軟骨と気管支
Pathol 2013;6:2597-2602.
腺のいずれかもしくは両方を栄養血管流入部付
3 ) We s t D , N i c h o l s o n A G , C o l q u h o u n I , e t a l .
近に認めたのは IPS13 例中 11 例,EPS8 例全てで
Bronchioloalveolar carcinoma in congenital cystic
あった。3 例の IPS で同所にリンパ節を認めた。
adenomatoid malformation of lung. Ann Thorac Surg
腺腫様構造は 21 例中 17 例に認めた。腺腫様構
2007;83:687-689.
造を認めた 9 例でデジタルスキャンによる計測を
4 )Dishop MK, McKay EM, Kreiger PA, et al. Fetal lung
行い,最大割面で病変の 6 %から 57 %の面積で
interstitial tumor(FLIT): A proposed newly recognized
腺腫様構造を認めた。
lung tumor of infancy to be differentiated from cystic
診療録調査では,21 例中 10 人が男児,11 人が
pleuropulmonary blastoma and other developmental
女児であり,手術時には日齢 9 から 14 歳であった。
pulmonary lesions. Am J Surg Pathol 2010;34:1762-1772.
女児の 1 例を除いて,全例術前に画像上栄養血
5 )Onoda T, Kanno M, Sato H, et al. Identification of
管の存在により PS と診断された。術前に PS と
novel ALK rearrangement A2M-ALK in a neonate with
診断されなかった 1 例では,画像上また手術時に
fetal lung interstitial tumor. Genes Chromosomes Cancer
大動脈から病変へ向かう索状物を認めていたもの
2014;53:865-874.
144 ( 23 )
頸部リンパ管腫に対するシルデナフィル製剤の使用と
作用機序解明に関する研究
臼 井 秀 仁 1),新 開 真 人 1),新 保 裕 子 2)
武 浩 志 1),北 河 徳 彦 1),望 月 響 子 1)
益 田 宗 孝 3)
はじめに
ある。
リンパ管腫は,リンパ管奇形とも呼ばれる疾患
本研究では平成 25 年度において,①当セン
で,出生時より存在する先天性腫瘤性疾患であ
ターにおける頸部リンパ管腫症例に対しシルデ
る。ヒトの発生段階において形成されるリンパ嚢
ナフィル(1 mg/kg/day)の有効性を検討する臨
が,全身のリンパ系へと分化する過程での異常か
床研究,および②リンパ管腫由来リンパ管内皮細
ら生じるリンパ管の奇形とされる。浸潤転移しな
胞 limphangioma lymphatic endotherial cell(L-LEC)
い良性疾患ながら,特に好発する頸部症例におい
を用いた病態研究に取り組むことを目標とし,ま
てさまざまな弊害を引き起こす。嚥下障害から胃
ずは L-LEC 培養確立に取り組んだ。結果とし,
瘻が不可避となる症例や,気道閉塞から気管切開
シルデナフィルは一定の効果を確認でき,L-LEC
を余儀なくされる症例も少なくない。リンパ管腫
の培養確立に成功した 3)。平成 26 年度において
は感染や内部への出血に伴い急速に増大すること
はシルデナフィルの増量(2 mg/kg/day)および期
がある。このため,呼吸状態が安定しており気管
間延長の有効性を検討する臨床研究を追加で行っ
切開等を要しない児であっても,急激に気道閉塞
た。重症 3 例において,MRI にて頸部病変の明
が進行し,致死的になりうる危険性に常にさらさ
らかな縮小を認め,うち 2 例は頸部病変縮小に伴
れる。
い経口摂取が改善し,経管栄養からの離脱に成功
詳細な病態が不明であるため,治療法は根本的
した。本年度は主に L-LEC の遺伝子発現に対す
なものは存在せず,対症的なものに留まる。すな
る研究とシルデナフィルが L-LEC に及ぼす影響
わち炎症を惹起し嚢胞を縮小させる OK432 局注
について研究した。
療法と,物理的な切除である手術療法である。い
ずれも適応には限定があり,効果も不十分であ
対 象
る。このため,世界的に病態解明・新しい治療薬
平成 25 年度に確立した方法を用い培養した
の開発が切に望まれる。
L-LEC を対象とした。
2012 年にリンパ管腫を合併していた肺高血圧
症の患児において,肺高血圧治療薬としてシル
方 法
デナフィルを使用したところリンパ管腫の縮小
1 .L-LEC の分離
が認められ,この観察をもとに追加 2 例のリン
手術で得られたリンパ管腫組織を使用した。正
パ管腫においても同様の効果が確認された 1)。後
常と思われる脂肪組織等を取り除き,目的とする
に Gandhi らも頸部例において,同様にシルデナ
嚢胞を露出させた。内腔を確保し,PBS
( - )で
フィルが有効であったとの報告を出した 2)。シル
洗浄後,37 ℃に温めたトリプシン- EDTA 溶液を
デナフィルが新たなリンパ管腫治療薬として有効
注入した。5 - 10 分置いた後,血清入りの培地を
な可能性が示されたが,その作用機序は不明で
入れ,剥離した L-LEC を回収した。
1)神奈川県立こども医療センター 外科 2)同 臨床研究所 3)横浜市立大学外科治療学
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
145 ( 24 )
2 .L-LEC の培養
umbilical vein endothelial cells(HUVEC)
,ヒト由来
培地は EGM-2 を使用し,これに 10 %の FBS を
リンパ管内皮細胞 human dermal lymphatic endothelial
混注した。EGM-2 はハイドロコルチゾル,hFGF,
cells(HDLEC)を用い,Light Cycler rapid thermal
VEGF,R3-insulin-like growth factor,human
cycler system にて施行した。コンフルエントに近
recombinant epidermal growth factor,gentamicin
い細胞から,RNA を抽出,PrimeScript RT reagent
sulfate-amphotericinB,heparin を 含 有 す る。 回 収
Kit(Takara)を用いて cDNA を合成した。LYVE-
した細胞液は 2,000 rpm 5 分間の遠心分離を行い,
1 mRNA,PROX-1 mRNA,podoplanin mRNA,
上清は吸引破棄し,上記培養液を加えた。コラー
VEGFR2 mRNA,VEGFR3 mRNA,VEGF-C
ゲン Type1-C でコートしたフラスコに細胞を播種
mRNA,VEGF-D mRNA の 発 現 量 の 定 量 を 行 っ
し,低酸素環境(酸素 5 %,二酸化炭素 5 %,窒
た。標準遺伝子に GAPDH を用いた。反応サイク
素 90 %),37 ℃にて培養を行った。培養液は
ルは 40 サイクルとした。評価はΔΔCT 法にて評
10 % FBS 含有の EGM-2 を使用した。
価検討した(図 1)。
3 .PCR 法,定量 RT-PCR 法
PDE5 に関しては PCR 産物の電気泳動を行っ
L-LEC お よ び ヒ ト 臍 帯 静 脈 内 皮 細 胞 human
た(図 2)。
PDPN
PROX1
30,000
160
140
120
100
80
60
40
20
0
25,000
20,000
15,000
10,000
5,000
0
HDLEC Case1 Case2 Case3 Case4
LIVE1
700
600
500
400
300
200
100
HDLEC Case1 Case2 Case3 Case4
R2
0
R3
VEGF-C
3
30
3
2.5
25
2.5
2
20
2
1.5
15
1.5
1
10
1
0.5
5
0.5
0
0
HDLEC Case1 Case2 Case3 Case4
HDLEC Case1 Case2 Case3 Case4
HDLEC Case1 Case2 Case3 Case4
0
VEGF-D
2.5
2
1.5
1
0.5
HDLEC Case1 Case2 Case3 Case4
0
HDLEC Case1 Case2 Case3 Case4
図1 RT-PCR
L-LEC および HDLEC の定量 PCR。LIVE-1 に関しては L-LEC における発現が HDLEC より低かったが,症例 4 の
み強い発現を認めた。PROX-1 の発現は全体に低く,他の PDPN,VEGFR2,VEGFR3,VEGF-C,VEGF-D に
関しては一定の傾向を示さなかった。
① control(brain)
② L-LEC
③ HDLEC
④ HUVEC
⑤ Ladder
←⑤
←④
←③
←②
←①
図2 電気泳動
L-LEC においても PDE5 の発現を認めた。
146 ( 25 )
4 .免疫染色
定量 PCR では,各種遺伝子発現に差を認めた。
培養した L-LEC をコラーゲン Type1-A コート
L-LEC では HDLEC より PROX-1 の発現が低かっ
したカバーガラスに播種した。4 %ホルマリンで
た。LIVE-1 は 3 例で著明な発現の低さを認めた
固定後,5 %ヤギ血清でブロッキングし,一次抗
が,1 例ではむしろ発現が強かった。これに対
体として,抗 PDE5A ラビットポリクローナル抗
し,PDPN,VEGF-C,VEGF-D および VEGFR-2,
体(abcam),抗 NOS3 ラビットポリクローナル
VEGFR-3 の遺伝子発現には一定の傾向は認めな
抗体(Santa-Cruz)
,二次抗体は蛍光標識したヤギ
かった。
抗マウス IgG-Alexa 488 を使用し,蛍光顕微鏡で
PCR 産物の電気泳動において,L-LEC におけ
観察した。
る PDE5A 発現を確認した。
5 .立体培養
立体培養ではいずれも管腔構造形成を認めた
マトリゲルによる Thick gel 法で培地を作成。
が,シルデナフィル濃度に応じた管腔構造構築へ
これに EGM-2/10 % FBS および L-LEC を播種し,
の抑制が観察された。
37 ℃,低酸素環境(酸素 5 %,二酸化炭素 5 %,
窒素 90 %)で培養する。6 時間以上培養した状
考 察
況で評価を行った。同時にシルデナフィルを段階
リンパ管腫の研究の進展において,正常リンパ
的な濃度で添加(0 ng,100 ng,300 ng,600 ng)
管内皮細胞 lymphatic endotherial cell(LEC)を混
し,変化を評価した(図 3)。
じていない,L-LEC の分離培養が不可欠である。
現在,リンパ管腫におけるモデル動物作成も確
結 果
立されず,評価としては in vitro とせざるを得な
これまでにリンパ管腫 8 例で L-LEC の分離培
い。リンパ管腫の組織はリンパ内皮に裏打ちされ
養を試み,うち 5 例で順調な細胞の確立を得た。
る大小無数の嚢胞成分と,その間を充満する間質
残り 3 例では分離には成功したものの,培養途中
組織よりなる。このため,間質細胞を除き内皮細
より細胞増殖がみられなくなった。これら 3 例の
胞のみを培養するためには,ソーティングが必要
臨床像としては,1 例が生下時より顔面に広範に
である。過去の報告では,リンパ管腫組織を破砕
病変を認めていたのが,自然消褪を示し眼瞼上
した上でリンパ内皮抗原を対象としたマグネット
にわずか 1 cm 程度の嚢胞として残存した症例で
ビーズによる細胞分離を利用している 4, 5)。しか
あった。残る 2 例はいずれも腸間膜病変であり,
し,一般に摘出されたリンパ管腫組織内には正常
嚢胞内出血により急性腹症として手術を施行した
なリンパ管組織も相当数混入する。このためこの
症例であった。
特異抗体による分離方法では,L-LEC のみなら
シルデナフィル
① 添加無
② 100 ng
③ 300 ng
④ 600 ng
図3 シルデナフィル負荷 L-LEC 立体培養
立体培養。シルデナフィルの添加量に応じて,管腔構造構築が抑制された。
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
147 ( 26 )
ず正常 LEC が混入したと考えられ,解析に適切
6)
接的に作用を及ぼしているという仮説もなりた
ではない。われわれは河合らの報告を参考に ,
つ。平成 26 年度報告書で L-LEC に,NOS3 およ
リンパ管腫の嚢胞を直接トリプシン処理すること
び PDE5 が存在することを免疫染色で示したが,
で,リンパ管腫病変の本体である嚢胞を構成する
今回 PDE5 遺伝子発現を新たに示した。これらは
L-LEC を物理的にソートし,分離培養すること
上記仮説の可能性を示唆するものといえる。
に成功した。分離培養できた細胞群がリンパ管内
立体培養を使用し,シルデナフィルが L-LEC
皮であることは,免疫染色および PCR にて証明
におよぼす影響を検討した。マトリゲルによる
した。
cord forming assay において,シルデナフィル添加
新たに症例を追加し,5 例で安定した分離培
なしでは 24 時間で良好な管腔構造構築を認めた。
養に成功した。これら L-LEC と市販される正常
これに対し,シルデナフィルを添加した場合,
な HDLEC との性質の比較を行った。リアルタ
100 ng,300 ng,600 ng と濃度上昇に応じ,管腔
イム PCR では,各種遺伝子発現に差を認めた。
構造構築の抑制がみられた。特に 300 ng 以上で顕
L-LEC では HDLEC より PROX-1 の発現が低かっ
著であった。一般的な容量でシルデナフィルを内
た。LIVE-1 に関しては症例 1 - 3 で著明な発現の
服した場合の有効濃度を換算すると 100 - 300 ng
低下を認めたが,症例 4 においてはむしろ発現の
に該当することより,シルデナフィルの内服がリ
増加がみられた。河合らは集合リンパ管における
ンパ管腫に一定の作用をした可能性は十分にあ
HALEC において,HDLEC よりも LIVE-1 の発現
る。
7)
が有意に低いことを報告した 。症例 1 - 3 は体
これまでに新たに分離培養を試みたのは全 8
表のリンパ管腫であり,その起源は集合リンパ管
例であり,うち 5 例で順調な細胞の確立を得た
であることが,症例 4 は腸間膜リンパ管腫であ
が,3 例では分離には成功するも培養段階で失敗
り,その起源が毛細リンパ管であることが各々
に至った。これら 3 例の臨床像をみると,L-LEC
示 唆 さ れ る も の と 思 わ れ る。PDPN,VEGF-C,
培養状態は臨床像に左右される可能性が示唆され
VEGF-D,VEGFR-2,VEGFR-3 の 遺 伝 子 発 現
た。即ち,自然消褪の進んでいた 1 例は病勢とし
には差を認めなかった。リンパ管腫においては
て衰えていることは自明であり,腸間膜リンパ管
VEGF-C のオートクリンまたはパラクリンによる
腫の 2 例に関してもリンパ管腫が出血後に自然消
8)
増殖促進が考えられるとする報告もあるが ,自
褪しうることが知られることからも,病勢に陰り
験例では HDLEC との間に有意な差は認めず,こ
があった可能性がある。他 5 例との比較を行い検
の仮説には否定的な結果となった。
討したいところであるが,培養に成功しておらず
昨年度に臨床研究として施行し報告したシルデ
困難である。今後別の手段での評価を考えたい。
ナフィルのリンパ管腫縮小への効果に関して,作
用機序は一切不明である。シルデナフィルその
文 献
ものの作用は,ホスホジエステラーゼ 5(PDE5)
1 )Swetman GL, Berk DR, Vasanawala SS, et al. Sildenafil
9)
の阻害である 。PDE5 は,一酸化窒素(NO)に
for severe lymphatic malformations. N Engl J med
よって増加するサイクリック GMP(cGMP)を分
2012;366:384-386.
解する酵素である。すなわち,シルデナフィルが
2 )Gandhi NG, Lin LK, O’Hara M. Sildenafil for
作用することによって,NO による cGMP 濃度上
pediatric orbital lymphangioma. JAMA Ophthalmology
昇が抑制される。NO は生体内において NO 合成
2013;131:1228-1230.
酵素(NOS)によって合成される。そして,この
3 )臼井秀人, 新開真人, 新保裕子, 他. 頸部リンパ管
NOS は正常なヒトリンパ管内皮細胞にも豊富に含
腫に対するシルデナフィル製剤の使用と作用機
7)
まれていることが河合らによって報告された 。
以上を合わせると,リンパ内皮の NOS が合成し
序 解 明 に 関 す る 研 究. こ ど も 医 療 セ ン タ ー 医 学 誌
2014;43:212-215.
た NO による cGMP 上昇も,シルデナフィルが
4 )Norgall S, Papoutsi M, Rossler J, et al. Elevated
抑制している可能性があり,このような機序で直
expression of VEGFR-3 in lymphatic endothelial cells
148 ( 27 )
from lymphangiomas. BMC Cancer 2007;7:105.
5 )Lokmic Z, Mitchell GM, Koh Wee Chong N, et al.
immunohistochemical, genomic, and biological properties
of human lymphatic endothelial cells between initial and
Isolation of human lymphatic malformation endothelial
collecting lymph vessels. Lymphat Res Biol 2008;6:15-27.
cells, their in vitro characterization and in vivo survival in
8 )Huang HY, Ho CC, Huang PH, et al. Co-expression
a mouse xenograft model. Angiogenesis 2014;17:1-15.
of VEGF-C and its receptors, VEGFR-2 and VEGFR-3,
6 )Kawai Y, Minami T, Fujimori M, et al. Characterization
in endothelial cells of lymphangioma. Implication in
and microarray analysis of genes in human lymphatic
autocrine or paracrine regulation of lymphangioma. Lab
endothelial cells from patients with breast cancer.
Invest 2001;81:1729-1734.
Lymphatic Res Biol 2007;5:115-126.
9 ) フ ァ イ ザ ー 株 式 会 社. レ バ チ オ 錠 イ ン タ ビ ュ ー
7 )Kawai Y, Hosaka K, Kaidoh M, et al. Heterogeneity in
フォーム(改訂第 5 版)
2013 年.
小児固形腫瘍における診断に有用な新規マーカーの開発と臨床応用
田 中 祐 吉 1),田 中 水 緒 1),吉 田 美 沙 1)
武 山 絵里子 1),井 尻 理恵子 1),永 原 則 之 2)
背 景
(FISH)法を用いた分子生物学的診断法を開発・
小児固形腫瘍においては,化学療法への感受性
導入し,診断困難な小児固形腫瘍の病理診断・診
や予後は疾患ごとに大きく異なるため,正確な病
療に役立ててきた 1 - 4)。今後さらに検査の対象を
理診断が特に重要である。さらに,近年の細胞遺
拡げ,さらに精度の高い診断を目指す必要があ
伝学的・分子生物学的知見の集積により,小児固
る。
形腫瘍・血液悪性疾患の疾患単位は大きく変わ
本年度は,臨床検体の病理診断に際して分子生
り,また細分化された。こうした現状では,形態
物学的手法を取り入れることに加えて,昨年まで
学的・組織化学的・免疫組織化学的検索に加えて,
の研究でほぼ確立した腎腫瘍における新規腫瘍
細胞遺伝学的・分子生物学的手法を取り入れた診
マーカーの臨床での診断困難例へ応用を試みた。
断体系の確立が要求される。診断に有用な簡便な
腎腫瘍は小児固形腫瘍のなかでは比較的よく遭
マーカーの開発・導入は常に必要であるが,こう
遇する疾患である。腎芽腫,腎明細胞肉腫,間葉
した腫瘍特異的診断法を日常診療に導入すること
芽腎腫,ラブドイド腫瘍の 4 つで小児腎腫瘍の
は容易ではなく,実際に施行している小児病院・
93 %を占め,これらは悪性度や治療法の選択に
施設・大学小児科は本邦でも数箇所に限定されて
大きな違いがあるのにも関わらず,しばしば組織
いる。小児がん拠点病院となった当センターとし
学的に鑑別が容易でない。特に腎明細胞肉腫は,
ては,分子病理学的診断技術をリニューアルする
他の腎腫瘍と誤診されることが多い。昨年までの
努力が欠かせない。
研究で,腎明細胞肉腫に特異性の高いマーカー・
われわれは従来,免疫組織化学的検索および
α インターネクチンを見出した。本年は小児軟部
reverse transcription-polymerase chain reaction(RT-
腫瘍診断困難例へ α インターネクチンによる診断
PCR)法・間期核 fluorescence in situ hybridization
応用を試みた。
1)神奈川県立こども医療センター 病理診断科 2)日本医科大学衛生学・公衆衛生学教室
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
149 ( 28 )
これらの結果は,正確な診断を安定して提供す
節状病変,頭蓋骨筋膜炎疑い cranial fasciitis(症
ることに加えて,検討対象腫瘍の疾患概念の確立
例 7)が 1 例ずつであった。FISH 法では,神経
に大きく寄与し得る。
芽腫における予後因子となりうる MycC 遺伝子
の増幅の有無の確認(症例 8)を,融合遺伝子を
対 象
有する腫瘍では標的遺伝子の rearrangement の確
1 .手術検体の検索
認(症例 9 - 10)を行った(表 2)
。症例 9 の炎症
本年度 RT-PCR 法による融合遺伝子の検出の
性筋線維芽細胞腫瘍 inflammatory myofibroblastic
対象となった症例は 7 例であった(表 1)
。組織
tumor(IMT) で は ALK 遺 伝 子 の rearrangement
診 断( 疑 い 例 を 含 む ) は そ れ ぞ れ 胞 巣 型 横
を 確 認 し た。 症 例 10 の 筋 上 皮 腫 myoepithelial
紋 筋 肉 腫 alveolar rhabdomyosarcoma(ARMS, 症
tumor(MET)では同腫瘍に時にみられるとされ
例 1)
, ユ ー イ ン グ 肉 腫 フ ァ ミ リ ー 腫 瘍 Ewing
る EWSR1 遺伝子の rearrangement を確認した。
sarcoma family tumor(ESFT,症例 2)
,乳児線維
2 .CCSK のマーカー INA の応用
肉腫(症例 3)
,低悪性度線維粘液肉腫 low-grade
昨年度までに INA が CCSK のマーカーとして
fibromyxoid sarcoma(症例 4),紡錘形細胞肉腫,
有用であることを同定した。一方,腎臓以外に発
悪性末梢神経鞘腫瘍疑い(症例 5)
,紡錘形細胞
症する一部の軟部腫瘍が CCSK と組織学的に類
肉 腫,INI-1 deficient tumor( 症 例 6)
,頭蓋骨結
似しており,共通の遺伝子異常を持つことが近
表1 Reverse transcription-polymerase chain reaction(RT-PCR)法による融合遺伝子の検出の対象となっ
た症例の組織診断,検討対象の融合遺伝子と結果
症例
組織診断
検索した融合遺伝子
1
胞巣型横紋筋肉腫
2
結果
融合遺伝子の有無
検出された融合遺伝子
PAX3 /7 -FOXO1
(+)
PAX7 -FOXO1
ユーイング肉腫
ファミリー腫瘍
EWSR1 -FLI1 /ERG
(+)
EWSR1 -FLI1
3
乳児線維肉腫
ETV6 -NTRK3
(+)
ETV6 -NTRK3
4
低悪性度線維粘液性肉腫
FUS-CREB3 L2
(+)
FUS-CREB3 L2
5
紡錘形細胞肉腫
(悪性末梢神経鞘腫瘍疑い)
PAX3 -NCOA1
(-)
6
紡錘形細胞肉腫
(INI-1 deficient 腫瘍)
SS1 8 -SSX
(-)
7
頭蓋骨結節状病変
(頭蓋骨筋膜炎疑い)
MYH9 -USP6
(-)
表2 fluorescence in situ hybridization(FISH)法による検討の対象となった症例の組織診断,検査目的と結果
症例
組織診断
検査目的
結果
8
神経芽腫
MycN 遺伝子増幅の有無の確認
増幅あり
9
炎症性筋線維芽細胞腫瘍
ALK 関連融合遺伝子の有無の確認
Split あり
10
筋上皮腫
EWSR1 関連融合遺伝子の有無の確認
Split なし
150 ( 29 )
年報告された 5)。今回われわれは小児軟部腫瘍で
された INI-1 deficient tumor と診断された。症例
CCSK によく似た組織像を示す 1 例を見出し,こ
7 は頭蓋骨の結節状病変であり,頭蓋骨筋膜炎が
れらの症例で INA の免疫染色を試みた。
疑われた。同診断の裏付けとして,同様の組織像
を示す結節性筋膜炎 nodular fasciitis で検出される
方 法
MYH9 -USP6 の同定を試みたが,確認されなかっ
1 .RT-PCR 法
た。同病変は特定されない線維性結節状病変とし
腫瘍の凍結検体もしくはホルマリン固定パラ
て報告された。
フィン包埋 formalin-fixed paraffin embedded(FFPE)
FISH 法では,症例 8 では MycN の増幅が確認さ
切片より total RNA を抽出し,逆転写反応により
れた。また,症例 9 では ALK 遺伝子の rearrangement
cDNA を得た。各々の腫瘍の組織診断をもとにそ
が確認され IMT の診断の根拠となった。症例 10
れぞれに特異的な融合遺伝子を標的としたプラ
では EWSR1 遺伝子の rearrangement は確認されな
イマーを設計し,cDNA を鋳型として PCR 法に
かった。
て遺伝子増幅を行った。得られた増幅産物をアガ
2 .CCSK のマーカー INA の応用
ロースゲル中で電気泳動し,標的とする融合遺伝
症例は 2 ヶ月の女児であり,下肢の軟部組織に
子の確認を行った。
生じた腫瘍から検体が提出された。組織学的には
2 .塩基配列の確認
CCSK に類似した所見を認め,INA の免疫染色は
特に選択された症例で,PCR 産物のダイレク
陽性であった。
トシークエンスを行い,塩基配列を明らかにした。
3 .FISH 法
考 察
市 販 の プ ロ ー ブ を 用 い て 行 っ た(SureFISH
手術検体については,昨年度までにすでにプラ
ALK BA probe, Agilent Technologies, Paulo Alto,
イマーの設定がなされている疾患に加えて,今年
CA)。FISH 用の組織切片はプローブの浸透性を
度は,新たにプライマーを設定して,低悪性度線
改善するために通常の FFPE 切片を温熱処理して
維粘液肉腫より FUS-CREB3 L2 を検出した。
作成した。プローブを FISH 用組織切片と反応さ
また,今年度は FFPE 検体より比較的安定し
せ,蛍光顕微鏡で観察して,1 切片につき 50 細
て,FISH 法を行うことができた。これらの結果
胞確認したうえで,結果を判定した。
は,迅速に臨床医に供することで治療へ反映させ
ることができたことに加えて,分子生物学的異常
結 果
の種類や有無を蓄積症例のデータベースに加える
1 .手術検体の検索
ことにより,今後疾患の再分類や新規疾患概念の
検索を行った全ての検体が凍結で保存されて
構築の重要な礎になると考える。来年度以降も対
おり,検査可能な cDNA を抽出した total RNA よ
象疾患を広げていく。
り得ることができた。RT-PCR 法で,症例 1 より
CCSK のマーカー開発の応用として,腎外の
PAX7 -FOXO1 , 症 例 2 よ り EWSR1 -FLI1 , 症 例
CCSK 様病変の診断を INA の免疫染色で行い,同
3 より ETV6 -NTRK3 ,症例 4 より FUS-CREB3 L2
マーカーの有用性を確認した。来年度以降は分子
を検出した。症例 5 の紡錘形細胞肉腫は組織診断
生物学的な validation 並びに CCSK 以外の腫瘍に
では悪性末梢神経鞘腫瘍が疑われたが,組織像が
対するマーカーについても検討を行う。
典型的でなかった。そのため,最近紡錘形細胞腫
瘍で同定されたことが報告された PAX3 -NCOA1 6)
文 献
の検出を試みたが陰性であった。症例 6 の紡錘形
1 )Kato K, Tanaka M, Toyoda Y, et al. A novel fluorescence
細胞腫瘍では乳児線維肉腫を除外するため SS18-
in situ hybridization assay for synovial sarcoma. Pathol
SSX の検討を行い,陰性の結果であった。同腫
Res Pract 2013;209:309-313.
瘍は組織像が悪性ラブドイド腫瘍としては典型的
2 )Miyake T, Tanaka Y, Kato K, et al. Gene mutation
ではなかったが,免疫染色で INI-1 の欠失が確認
analysis and immunohistochemical study of beta-catenin in
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
151 ( 30 )
odontogenic tumors. Pathol Int 2006;56:732-737.
Internal Tandem Duplication and YWHAE-NUTM2B
3 )Tanaka M, Kato K, Gomi K, et al. Perivascular
Fusions in Soft Tissue Undifferentiated Round Cell
epithelioid cell tumor with SFPQ/PSF-TFE3 gene fusion in
Sarcoma of Infancy: Overlapping Genetic Features
a patient with advanced neuroblastoma. Am J Surg Pathol
With Clear Cell Sarcoma of Kidney. Am J Surg Pathol
2009;33:1416-1420.
2016;40:1009-1020.
4 )Tanaka M, Kato K, Gomi K, et al. NUT midline
6 )Huang SC, Ghossein RA, Bishop JA, et al. Novel PAX3-
carcinoma: report of 2 cases suggestive of pulmonary
NCOA1 Fusions in Biphenotypic Sinonasal Sarcoma With
origin. Am J Surg Pathol 2012;36:381-388.
Focal Rhabdomyoblastic Differentiation. Am J Surg Pathol
5 )Kao YC, Sung YS, Zhang L, et al. Recurrent BCOR
2016;40:51-59.
先天性奇形・知的障害症候群 Coffin-Siris 症候群の遺伝子異常の探索
および分子病理の実態解明
鶴 﨑 美 徳
背 景
による全エクソーム解析 Whole exome sequencing
次世代シークエンス next generation sequencing
(WES)を行い,クロマチンリモデリング因子の
(NGS)技術が確立されない時代,メンデル遺伝
1 種である BAF 複合体の構成サブユニットをコー
性疾患(単一遺伝子疾患)の責任遺伝子を同定す
ドする 5 つの遺伝子を同定した 4, 5)。さらに,こ
るためには,大家系を利用した連鎖解析や血族婚
の 5 つの遺伝子群の変異で説明できない症例群
家系を利用したホモ接合性マッピング,あるいは
で,新規責任遺伝子 SOX11 の同定に成功した 6)。
合併する染色体構造異常の構造解析などが利用さ
これらの遺伝子異常を病因とした CSS 症例は全
れた。しかし,孤発例に対しては有効なアプロー
体のおよそ 60 %であり,未解決の症例では新た
1)
チはなかった 。2005 年に NGS が登場し,2010
な遺伝子の関与が示唆されている。本研究では,
年にメンデル遺伝性疾患の 1 つである Miller 症候
当施設での新たな CSS 検体を用いて,NGS によ
群の責任遺伝子の同定が,NGS を用いて初めて
る網羅的遺伝子変異の探索を行った。
なされ 2),孤発例が責任遺伝子単離の対象と成り
得るという,遺伝疾患研究のパラダイムシフトが
対象および方法
生じた。以来,さまざまなメンデル遺伝性疾患の
① 症例およびゲノム DNA の調整
責任遺伝子が NGS にて同定された。
CSS の臨床症状を示す 6 症例を対象とした。ゲ
Coffin-Siris 症 候 群 Coffin-Siris syndrome(CSS)
ノム DNA は,QIAcube(QIAGEN 社)を用いて血
は,1970 年 に Coffin と Siris に よ り, 知 的 障 害
液より抽出した。本研究は当センター倫理委員会
,発育不全,疎な頭髪お
intellectual disability(ID)
の承認を得て,文書による同意のもとで進めた。
よび睫毛,特異顔貌,第 5 指・趾爪の低形成もし
② 次世代シークエンサーによるターゲットリ
3)
くは欠失を伴う症候群として報告された 。われ
われは,CSS 症例のゲノム DNA を用いて,NGS
神奈川県立こども医療センター 臨床研究所
シークエンス解析
患児のゲノム DNA を TruSight One Sequencing
152 ( 31 )
Panel(Illumina 社)にてエクソームキャプチャー,
を呈する症例においても明らかにされている 10- 12)。
もしくは HaloPlex Target Enrichment System(Agilent
これらのいくつかの症例においては,特異顔貌や
Technologies 社)にてエピジェネティクスに関連
第 5 指・趾爪の低形成もしくは欠失が認められる
した 437 遺伝子群をターゲットとしたエンリッ
症例も含まれており,CSS と考えられる症例が含
チメントを行い,MiSeq(Illumina 社)にてペア
まれているか,もしくは CSS とこれらの症例の
エ ン ド リ ー ド 解 析(150 bp × 2) を 行 っ た。 得
表現型が重複することが示唆される。本研究にお
られ た シ ー ク エ ンスデータは,BWA プログラ
ける症例においても,臨床像には多様性があり,
ム に よ り 参 照 配 列 に ア ラ イ メ ン ト( マ ッ ピ ン
詳細な遺伝型・表現型連関についてはさらにデー
グ ) し,Picard に よ る PCR 重 複 デ ー タ の 除 去,
タを積み上げる必要がある。
Genome Analysis Toolkit(GATK) に よ り SNP や
今後は明らかとなった責任遺伝子の細胞内での
insertions and deletions をコールした。解析後は,
働きをもとに,CSS の病態解明と治療・予防法の
ANNOVAR により機能情報(遺伝子名,ポジショ
開発を進めていきたい。
ン,塩基,アミノ酸置換,dbSNP 登録など)を
付与した。コールされた全バリアントから CSS
文 献
責任遺伝子の変異を確認し,確認後はさらに,サ
1 )Ku CS, Naidoo N, Pawitan Y. Revisiting Mendelian
ンガーシークエンスにより擬陽性を除外し,両親
disorders through exome sequencing. Hum Genet
検体が得られた症例に対しては,de novo 変異の
2011;129:351-370.
確認を行った。
2 )Ng SB, Buckingham KJ, Lee C, et al. Exome sequencing
identifies the cause of a mendelian disorder. Nat Genet
結 果
2010;42:30-35.
ターゲットリシークエンスにより解析した CSS
3 )Coffin GS, Siris E. Mental retardation with absent
症例 6 例全てにおいて,ARID1 B に変異が認めら
fifth fingernail and terminal phalanx. Am J Dis Child
れ(3 例は de novo 変異,3 例は両親検体未入手)
,
1970;119:433-439.
責任遺伝子が同定された(図 1)
。
4 )Tsurusaki Y, Okamoto N, Ohashi H, et al. Mutations
affecting components of the SWI/SNF complex cause
考 察
Coffin-Siris syndrome. Nat Genet 2012:44;376-378.
本 研 究 に お い て,CSS を 呈 す る 6 例 全 て に
5 )Tsurusaki Y, Okamoto N, Ohashi H, et al. Coffin-Siris
ARID1 B の変異が認められた。過去に報告され
syndrome is a SWI/SNF complex disorder. Clin Genet
ている CSS 症例においても ARID1 B の変異が最
2014;85:548-554.
4, 5, 7 - 9)
。ARID1 B の変異は
6 )Tsurusaki Y, Koshimizu E, Ohashi H, et al. De novo
CSS だけでなく ID,自閉症,低身長といった症状
SOX11 mutations cause Coffin-Siris syndrome. Nat
も多く認められている
ARID:ARID/BRIGHT DNA-binding domain
1
1063
1153
N’
2249
C’
ARID
図1 本研究で認めた ARID1B の変異
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
153 ( 32 )
Commun 2014;5:4011.
remodeling. Hum Mol Genet 2013;22:5121-5135.
7 )Santen GW, Aten E, Sun Y, et al. Mutations in SWI/
10)Hoyer J, Ekici AB, Endele S, et al. Haploinsufficiency
SNF chromatin remodeling complex gene ARID1B cause
of ARID1B, a member of the SWI/SNF-a chromatin-
Coffin-Siris syndrome. Nat Genet 2012;44:379-380.
remodeling complex, is a frequent cause of intellectual
8 )Santen GW, Aten E, Vulto-van Silfhout AT, et al.
disability. Am J Hum Genet 2012;90:565-572.
Coffin-Siris syndrome and the BAF-complex: genotype-
11)O’Roak BJ, Vives L, Fu W, et al. Multiplex targeted
phenotype study in 63 patients. Hum Mutat 2013;34:1519-
sequencing identifies recurrently mutated genes in autism
1528.
spectrum disorders. Science 2012;338:1619-1622.
9 )Wieczorek D, Bogershausen N, Beleggia F, et al.
12)Yu Y, Yao R, Wang L, et al. De novo mutations in
A comprehensive molecular study on Coffin-Siris and
ARID1B associated with both syndromic and non-
Nicolaides-Baraitser syndromes identifies a broad molecular
syndromic short stature. BMC Genomics 2015;16:701.
and clinical spectrum converging on altered chromatin
先天性心疾患(主に心房中隔欠損)に対する
心腔内エコーの有効性の研究
上 田 秀 明
心腔内エコー ICE カテーテルに関わる背景
ア社の Vivid I,Vivid q である。当センターでは,
本邦で承認されている心腔内エコー(ICE)カ
Siemens 社の SC2000 に接続して経皮的心房中隔
テ ー テ ル は,Siemens 社 の AcuNav と ボ ス ト ン
欠損閉鎖術の際に用いる。心腔内エコー ICE カ
ティフィック社の Ultra ICE の 2 つである。当科
テーテルは大腿静脈経由だけでなく,内頸静脈経
で用いたのは,全例 Siemens 社の AcuNav カテー
由で心臓までのアプローチが可能であるが,当科
テルである(図 1)。AcuNav カテーテルは経食道
では原則大腿静脈経由で行う。
エコーと同様にフェイズドアレイ方式が採用され
る。必要とされるシースは 8F または 9F で,カ
テーテルの有効長は 90 cm,その先端に 64 素子の
4.0 - 10.0 MHz のトランスデューサーを内蔵する。
当センターでは,比較的体格の小さい症例が多い
こともあり,全例 8F シース対応の ICE カテーテ
ルを用いている。術者は,カテーテル操作と手元
のハンドルの操作を行う。カテーテル先端は前後
左右に 160°
以上に屈曲し,任意の断面の描出をコ
ントロールすることが可能となる。接続可能な超
音波診断装置は,限定されており,Siemens 社の
SC2000,S2000,S1000,X300pE と GE ヘルスケ
神奈川県立こども医療センター 循環器内科
図1 ICE カテーテルの外観
154 ( 33 )
ICE カテーテルの使用目的
Amplatzer 心房中隔欠損用閉鎖栓(ASO)留置の
経皮的心房中隔欠損の際に,留置されたデバ
デタッチ前後に用いる。その際に留置された閉鎖
イスの周囲の組織の接触の程度の評価に ICE カ
栓と大動脈弁や大動脈との有意な圧迫の有無の判
テーテルによる観察が欠かせない。現在は,ICE
断が,閉鎖栓による圧迫が強い場合には最も重要
カテーテルと同時に経食道エコーによる評価も併
となる。閉鎖栓が大動脈を穿破し,結果的に大動
用し,欠損孔の形態評価を行う。観察項目は,欠
脈の血管内へ突出したり,大動脈解離を来す重篤
損孔径,欠損孔と周囲組織との距離 rim,閉鎖栓
な合併症 erosion を来す。現時点で,諸外国例で
のデタッチ前後の観察,閉鎖栓の周囲組織との圧
は 10 万個以上の閉鎖栓が出荷された。erosion の
迫の程度の評価を行う。挿管の手技を必要としな
発生頻度は 0.3 - 0.5 %とされるが,いまだ erosion
い ICE ガイド下の経皮的心房中隔欠損閉鎖術は,
を回避する確立された判断基準はない。従来で
大腿部の局所麻酔のみで治療が可能で,呼吸器管
は,経食道エコーによる閉鎖栓の観察が主流で
理からの離脱が困難となるハイリスク症例におい
あったが,欧米を中心に特に成人領域において,
ても,侵襲が少ない,手技時間が短い,医療コス
局所麻酔のみで施行可能,人工呼吸器管理が不
トが抑制されるなどといった点が優れているとさ
向きな慢性肺疾患例において ICE の重要性が指
れる。また経食道エコーでは観察や評価が困難な
摘される。Choi らは 323 症例に対して,ICE ガ
下大静脈との位置関係の把握や下大静脈との距離
イド下に経皮的心房中隔欠損閉鎖術が可能であっ
。
IVC rim の評価に優れているとされる(図 2)
たと報告した。対象の中に 7.3 kg 例が含まれ,比
較的体格の小さい症例でも技術的に可能であるこ
ICE カテーテルの使用対象
とを示した。ICE により鮮明な画像が得られるも
当科では,2013 年 3 月より ICE による検査を
のの,カテーテルの可動域の限界のため,房室弁
導入して以来,主に経皮的心房中隔欠損閉鎖術
rim の観察には不向きで,3D 画像構築ができな
の治療の際に,経食道エコー検査に加えて,ICE
いことから欠損孔の全体像の把握は困難で,事前
カテーテルを併用する。現在まで 80 例強の主に
の経食道エコー検査 TEE によるスクリーニング
心房中隔欠損症例に用いた。留置困難なハイリ
が重要とされる。前述の Choi の報告でも事前に
スク症例の経皮的心房中隔欠損閉鎖術の際に,
全例 TEE による観察,欠損孔の評価が行われる。
多孔性心房中隔欠損例や複雑な形態を示す欠損孔
の場合には,ICE のみならず TEE を行うことが
できるように,柔軟な対応や念入りな準備が重要
である。当科では,小学校就学前,小学校低学年
例が全体の 7 割以上と多く,全身麻酔が必須で,
麻酔科医による人工呼吸器管理下で全例 TEE を
併用しながら ICE を用いる。
ICE カテーテルの仕様
1 .B モードのペネトレーション(透過力)深
度 : ≧ 30 mm
2 .B モードの距離分解能 : ≦ 2 mm
3 .B モードの方位分解能 : ≦ 3 mm
4 .音響作動周波数 : 試験周波数(MHz)± 20 %
5 .最大超音波出力
減衰空間ピーク時間平均強度 : ≦ 720 mW/cm2
図2 欠損孔と rim の位置関係
メカニカルインデックス : ≦ 1.9
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
155 ( 34 )
研究のデザイン
・空気塞栓症
後方視研究
・肺塞栓症
日本 Pediatric Interventional Cardiology 学会の先
・心筋梗塞
天性および小児期発症心疾患に対するカテーテル
・心臓弁又は心臓構造の損傷
治療の適応ガイドライン(2012)において,有意
・心タンポナーゼ
な左右短絡を有する心房中隔欠損(二次孔欠損)
・気胸
と判断し,肺体血流比,肺血管抵抗,欠損孔径,
・血胸
サイジングバルーンカテーテルによる計測を行っ
・動静脈瘻
た患者を対象とする。経皮的心房中隔欠損が試み
・脳卒中
られた症例の,TEE や ICE による画像および電
・死亡
子カルテからのデータによる解析を行った。
2 .不具合
・カテーテルの損傷・離脱使用方法
研究期間
・デフレクションの不良
登録期間;2014 年 6 月 1 日 - 2018 年 5 月 31 日
・断線
とする。
・接続不良
対象患者の選択
ICE カテーテルの禁忌または適用外の対象
有意な左右短絡を有する心房中隔欠損(二次孔
1 )心臓カテーテル検査のストレスが,許容でき
欠損)と判断し,肺体血流比,肺血管抵抗,欠損
ないリスクをもたらすと考えられる疾患疾患を
孔径,サイジングバルーンカテーテルによる計測
持つ患者
を行った患者を対象とする。
2 )血管アクセスが不適切である患者
3 )以下の疾患を有する患者
観察項目
・敗血症
1 .患者背景 : 性別・年齢・身長・体重・BMI(自
・重度の凝固異常
動計算)・手術歴・心臓カテーテル検査ないし
・心臓内血栓
カテーテル治療の既往・既往歴・家族歴・併発
・クラス IV の狭心症又は心不全
疾患
・深部静脈血栓症
2 .心房中隔欠損に関連する事項
・重度の末梢血管疾患又は異常
欠損孔径,周囲組織との距離 rim,閉鎖栓の
デタッチ前後の観察,閉鎖栓の周囲組織との圧
ICE カテーテルの限界
迫の程度の評価
1 .三次元構築が不可能
以上の項目を経食道エコーおよび ICE カテー
テルで計測を行う。
2 .ICE カテーテルは,カテーテルの回転と,先
端の 4 方向への屈曲の組み合わせから,病変部
の描出を行うため,欠損孔を視野の中心から動
予想される有害事象
かさずに各 rim を描出することが困難な場合が
ASO を用いた経皮的中隔欠損閉鎖術の有害事
みられる。カテーテルの先端部分の挙動が不安
象に準ずる。
定な場合には,観察範囲が限定される。
1 .有害事象
・大腿動脈または大腿静脈の損傷
個人情報に関する保護
・血栓症
連結可能匿名化を行いながら,患者の機密情報
・偽動脈瘤
の保護に充分留意する。なお本研究で得られた結
・心嚢液貯留
果を公表する際においても患者の個人情報の保護
・心穿孔
を十分に配慮して行う。
156 ( 35 )
発展性,期待される成果および医療現場等への波
対 象
及効果
82 症例うち女児 46 例に AcuNavTM カテーテル
米国では,経皮的心房中隔欠損閉鎖術の約 90 %
を用いた。年齢は 7.1 ± 3.8 歳,体重は 22 ± 12 kg
の症例に対して,ICE カテーテルガイド下に実施
であった。
される。今後,先天性心疾患例や弁膜症などの
Structural Heart Disease に対するカテーテル治療の
結 果
際に,欠かせない診断装置デバイスとなることが
ICE や TEE による計測された欠損径はそれぞ
予想される。
,サイ
れ 13.9±5.4 mm,13.2±5.9 mm(p<0.0001)
Choi らは,323 症例中,33 例は 10 kg 未満で,
全例 ICE ガイド下に ASO 留置が可能であったと
ジングバルーン径は 17.2±8.5 mm,17.8±3.2 mm
(p < 0.0001)。aortic rim は 4.6 ± 3.3 mm,3.8 ±
報告した。小児例では,経胸壁心臓超音波検査の
4.8 mm(p < 0.0001),IVC rim は 13.2 ± 6.4 mm,
みの留置可能とする報告例や 3 次元 TEE の有用
10.2 ± 7.8 mm(p < 0.0001)であった。
性を主張する報告例が認められるが,ICE 使用例
では,人工呼吸器管理を必要としない,新たな麻
考察と結論
酔科医,超音波診断医,看護師を必要としない,
ICE による欠損孔の計測値は,TEE の計測値と
入院期間の短縮などの観点から,トータルの医療
有意差を認めなかった。TEE に比べ ICE による
コストの削減が可能であるとされる。ICE カテー
IVC rim の観察は優れており,rim 長の計測値も
テルそのものの単価よりも高い医療コストの削減
有意差は認められないものの,より長く観察され
が可能なことから,TEE よりも優れているとさ
た。一方で閉鎖栓の特に右房側の大動脈との接着
れる。また人工呼吸器管理,経食道エコープロー
面の観察に有効であった。
ブの挿入などを回避できることから,全体の手技
欠点としてリアルタイム三次元画像構成ができ
時間が短いなどの安全面の点からも ICE カテー
ないこと,カテーテルの操作が限られることか
テルの使用は,TEE 使用例よりもリスクが低い
ら,20 mm を超える大きい欠損孔の全体像の把
とされる。
握が困難であった。症例の積み重ねが必要なもの
技術的には 3 次元構築が可能な ICE カテーテ
の,小児例でも ICE は有効で,erosion 等の合併
ルは,開発されているが,米国では一部施設に限
症を回避しうると期待される。TEE は,食道側
定され臨床研究が行われているものの,本邦の承
からの観察になるため,右房側の ASO ディスク
認は得られていない。2014 年 1 月の第 25 回日本
は反対側になるため,エコーの反響効果により,
Pediatric Interventional Cardiology(JPIC)学会学術
画像が不鮮明になることがある。当科では,積
集会と 2015 年 1 月の第 26 回日本 JPIC 学会学術
極的に ICE カテーテルを用いることにより,重
集会,において,ICE は,従来報告された左房側
篤な合併症である erosion を予防できると考える。
の ASO ディスクの観察に優れるだけでなく,右房
より早い時期に 3 次元構築可能な ICE カテーテ
側の ASO ディスクの観察に特に優れると報告した。
ルの承認が期待される。
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
157 ( 36 )
次世代シーケンサーを用いた自閉症患者の遺伝子データ解析(継続)
榎 本 友 美 1),黒 澤 健 司 2)
はじめに
方 法
本研究では昨年度に引き続き次世代シーケン
昨年度と同様に次世代シーケンサーは Illumina
サーを用いて自閉症スペクトラム autism spectrum
社の卓上型シーケンサー MiSeq,次世代シーケ
disorder(ASD)患者の遺伝子解析を行った。ASD
ンスキットはメンデル遺伝病関連遺伝子 4,813 個
は脳の機能障害の 1 つで,対人関係の困難さ,
をターゲットとした TruSight One シーケンスパ
言語・コミュニケーションの遅れ,パターン化
ネルを使用した。患者の血液から gDNA を抽出
した行動や物事へのこだわりといった特徴を示
し,TruSight One シーケンスパネルのプロトコル
す。ASD は比較的頻度の高い疾患であり,当セ
に従い次世代シーケンス用のライブラリサンプル
ンター遺伝科では年間約 50 例が受診した。非常
を作製しシーケンスを行った。シーケンス後の
に遺伝的異質性の高い疾患として知られ,ASD
データ処理は,昨年度同様,遺伝科オリジナル
に関連する遺伝子は 1,000 以上報告された。しか
データ解析パイプラインを使用した。本解析パイ
しながらその発症メカニズムは不明な点が多く,
プラインは次世代シーケンスデータ処理に必要
ASD に関連するとされる複数の遺伝子同士の関
なデータ解析プログラム,BWA 0.7.10,samtools
係についても研究途上である。遺伝子レベルでの
0.1.19,Picard 1.118,GATK 3.2 - 2,ANNOVAR
疾患全体像はいまだ把握されていない。当セン
2015Mar22 を組み合わせたものである。本解析
ター遺伝科では,染色体検査,CGH アレイを用
パイプラインによるデータ処理後,患者ごとに
いて ASD 患者の解析を行ったが,4 年前より新
抽出された変異のリストがエクスポートされる。
たに次世代シーケンサーを導入し,染色体検査,
NHLBI GO Exome Sequencing Project(ESP)6,500,
CGH アレイ,次世代シーケンサー解析を組み合
1,000 Genomes,dbSNP,HGVD(日本人多型デー
わせた遺伝科オリジナル診断解析フローを構築し
タベース)の多型データベースの情報をベース
た。本診断フローに基づき,次世代シーケンサー
に変異リストから多型を除外し,さらに Sorting
にて ASD 患者の病的変異の探索を行った結果に
Intolerant from Tolerant(SIFT)や Polymorphism
ついてここに報告する。
Phenotyping(PolyPhen-2) 等 と い っ た 変 異 判 定
プログラムの結果を基に変異の影響力を考慮し,
対 象
最終的な病的変異候補の選定を行った。
ASD と診断された患者 5 名を対象に新たに次
世代シーケンス解析を行った。また,昨年度に次
結果と考察
世代シーケンス解析を行い病的変異候補遺伝子を
今年度新たに次世代シーケンス解析を行った
検出した患者のうち,両親解析(病的変異の de
ASD 患者 5 名のうち,3 名で病的変異候補を選
novo 確認を目的としたサンガーシーケンス)が
定することができた。うち 2 名で病的変異候補
未施行だった患者 1 名について今年度両親解析を
の de novo 確認を目的としたサンガーシーケンス
行った。研究はセンター内倫理委員会審査を経
による両親解析を行った結果,1 名は親も同じ変
て,文書による同意のもとで進められた。
異を有しており,病的変異の可能性が否定された
が,残り 1 名では両親に変異はみつからず,病的
変異が de novo であることが確認された。残り 1
1)神奈川県立こども医療センター 臨床研究所 2)同 遺伝科
158 ( 37 )
名は現在両親解析待ちである。また,昨年度の解
である。昨年度を含めこれまでに解析を行った患
析で病的変異候補遺伝子を検出した患者 1 名につ
者 9 名のうち,両親解析待ちの 1 名を外し,8 名
いても両親解析を行ったが,親も同じ変異を有し
中 2 名で病的変異が同定された。現時点での変異
ていた。変異が検出されなかった患者および de
検出率は 25 %であり,次世代シーケンサーを用
novo 確認がとれなかった患者については引き続
いたエクソーム解析における検出率の報告と同等
き病的変異候補検出の再解析を行っているところ
であった 1)。当研究室の解析システムの有用性が
である。今回 de novo 確認がとれた病的変異の遺
示された。
伝子は,特徴的な顔貌を有することが報告されて
おり,本患者の臨床的所見とも一致する。昨年度
文 献
病的変異と同定された遺伝子との関連も示唆され
1 )Yang Y, Muzny DM, Reid JG, et al. Clinical whole-
ており,発症メカニズムの観点において両遺伝子
exome sequencing for the diagnosis of mendelian
の関連を,パスウェイも含め調査しているところ
disorders. N Engl J Med 2013;369:1502-1511.
二分脊椎症小児における腎尿路・排泄機能障害の
早期発見・診断・治療・管理に関する研究(第 6 報)
山 崎 雄一郎, 金 宇 鎮, 秋 山 さや香
池 田 敬 至
研究背景
構築を目標として第 1 報を報告した。2011 年度
二分脊椎症は小児の下部尿路障害の原因疾患と
は構築したデータベースをもとにした開放性脊髄
して最も頻度の高い疾患である。また,他の小児
髄膜瘤患者における尿失禁リスクファクターの検
尿路奇形と比較して腎障害および高度な排泄障害
討,CIC(清潔間欠導尿)を行う二分脊椎患者に
といった患児の生命,生活に多大な影響を与える
対するルーチンの尿培養検査の有用性の検討を行
重大な疾患である。したがってこれら二分脊椎患
い第 2 報を提出した。2012 年度は日常エコース
児の腎尿路・排泄機能障害の早期発見・診断・治
クリーニングでみられる水腎症が,VUR(膀胱
療・管理を向上させることは多くの二分脊椎患
尿管逆流)の予測因子となるかどうかについて第
児・家族の幸福とともに小児泌尿器領域,小児脳
3 報を提出した。2013 年度は二分脊椎患児にとっ
神経外科領域,小児外科領域,小児排泄ケアにた
て大きな問題となる便失禁,尿失禁に対する外科
ずさわる看護領域,など幅広い分野に大きな貢
的治療法の成績について第 4 報を提出した。2014
献をきたす。当科では腎尿路・排泄機能障害に
年度は,日常診療における膀胱壁厚エコー測定が
関するエビデンスの高い臨床研究を継続して行う
ウロダイナミクス検査を予測可能かどうか検討
ため 2010 年度より二分脊椎症患者に対する外来
し第 5 報を提出した。2015 年度は,治療に関し
所見と各種検査結果の統合データベース作成を開
て神経因性膀胱患児に対する筋膜スリング手術
始し,毎回の診察ごと,検査ごとに所見を継続し
DOUBLE FASCIAL SLING による尿失禁制御の成
て入力管理している。2010 年度はデータベース
績を評価し,病態進行のリスク因子の検討として
神奈川県立こども医療センター 泌尿器科
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
159 ( 38 )
は開放性脊髄髄膜瘤患児における車いす移動や脳
て膀胱拡大術を 16 名中 11 名(小腸利用 10 名,
室腹腔シャント留置が下部尿路機能異常のリスク
尿管利用 1 名)
,ミトロファノフ式禁制型導尿路
因子となるかどうかの検討を行うとともに,次年
を 3 名に施行した。1 名は術前から膀胱拡大術を
度につながる研究としての学童期までの腎癜痕リ
施行されていた。術後合併症としては経過観察中
スク因子について初期検討報告を行った。
に自己尿道の閉塞を来した症例が 2 例,このうち
ミトロファノフ式禁制型導尿路が作製されていな
本年度主眼研究 1 :神経因性膀胱患児に対する筋
かった 1 名に対して作成術を追加で施行した。膀
膜スリング手術「DOUBLE FASCIAL SLING」に
胱拡大術を行わなかった 4 名のうち 1 名で明らか
よる尿失禁制御の成績評価
な膀胱コンプライアンスの低下と 2 次性 VUR を
認めたため術後に膀胱拡大術を追加施行した。
目 的
神経因性膀胱における括約筋機能障害にともな
結 論
う尿失禁に対して膀胱頚部形成を加えた筋膜ス
小児神経因性膀胱に対する膀胱頚部形成を加え
リング手術 DOUBLE FASCIAL SLING(DFS)を
た筋膜スリング手術(DFS)は男児も含めて良好
行ったのでその成績を評価する。
な尿禁制結果を得られる。
対象と方法
2010 - 14 年までに当科で DFS を施行した 16 名
(男児 9 名,女児 7 名)で,手術時年齢は平均 13
本年度主眼研究 2 :開放性脊髄髄膜瘤患児におい
て,車いす移動や脳室腹腔シャント留置が下部尿
路機能異常のリスク因子となるか。
歳(5 - 20 歳)であった。原疾患は二分脊椎 15
例,神経芽細胞腫 1 例であった。全例間欠導尿と
目 的
抗コリン薬使用にも関わらず尿失禁を認めた。術
Verhoef らは,青年期の二分脊椎患者において
前評価および手術適応はビデオウロダイナミクス
車いす移動(歩行不能)と脳室 - 腹腔シャント留
検査および 1 時間ごとの導尿記録により行った。
置が失禁のリスクと報告した 1)。Veenboer らは,
DFS は 3 つのステップで行った。最初に膀胱頚部
成人期の二分脊椎患者において車いす移動(歩行
を 剝 離 し た 後,YOUNG-DEES-LEADBETTER 変
不能)と脳室-腹腔シャント留置がウロダイナ
法に準じて膀胱頚部を全層でテーパリングした。
ミクス異常所見と関連するか検討した 2)。その結
そののち腹直筋膜を約 13 cm × 1.5 cm 有茎で剝
果,車いす移動(歩行不能)は高圧膀胱(最大排
離,先端 5 cm を切除して Dixon Walker の提唱す
尿筋圧 40 cmH2O 以上)および低コンプライアン
る膀胱頚部 wrapping を施行した。最後に残った
ス膀胱(10 mL/cmH2O 未満)のリスク因子であっ
有茎筋膜を用いて膀胱頚部に U 字もしくは X 字
た。一方,脳室-腹腔シャント留置はウロダイナ
形態でスリングを行った。術後の尿禁制は導尿間
ミクス異常所見のリスク因子ではなかった。今回
隔によらず昼夜の尿失禁を認めない場合を消失,
われわれは,小児期において車いす移動(歩行不
4 時間おきの導尿で尿失禁を認めない場合を改善
能)と脳室 - 腹腔シャント留置がウロダイナミク
とし,この 2 つの状態を成功として評価した。
ス異常所見のリスク因子であるか検討した。
結 果
方 法
術前ウロダイナミクス検査では 6 名が DLPP40 cm
2005 年 10 月から 2014 年 3 月にビデオウロダ
水柱圧以上を呈していたが,1 時間ごとの導尿記
イナミクス検査(VUDS)を施行した開放性脊
録では全例に尿失禁を認めた。術後観察期間の中
髄髄膜瘤患児(5 歳以上,18 歳未満)を対象に,
央値は 28 ヶ月。尿失禁は 16 名中 11 名で消失,4 名
後方視的に検討した。膀胱手術症例(膀胱拡大
で改善し,DFS の成功率は 93 %であった。尿失
術,膀胱頚部形成術)は,術前の VUDS を最終
禁の残存した 1 名は男児であった。同時手術とし
VUDS とした。VUDS の各異常所見に対し,歩
160 ( 39 )
行不能と脳室腹腔シャント留置がリスク因子と
春期後で顕著であった(膀胱肉柱形成:p = 0.001,
なるか解析した。VUDS 異常所見は,最大排尿
VUR:p = 0.001)
。また脳室腹腔シャント留置は,
筋圧 40 cmH2O 以上(MDP ≧ 40),膀胱コンプラ
思春期後における MDP ≧ 40 のリスク因子であっ
イアンス 10 mL/cmH2O 未満,膀胱肉柱形成,膀
た(p = 0.008)。
胱尿管逆流(VUR)と定義した。最大排尿筋圧
は 排 尿 筋 漏 出 時 圧(DLPP) あ る い は endfilling
結 論
pressure と定義した。まず全対象において VUDS
成人の報告と異なり,小児の開放性脊髄髄膜瘤
の結果をもとに解析した。次に思春期前(12 歳
患者では,車いす移動(歩行不能)は下部尿路機
未満)と思春期後(12 歳以上)に,年齢を層別
能異常のリスク因子ではなかった。小児では,歩
化し,同様に検討した。
行可能および脳室腹腔シャント留置が,思春期
後における下部尿路機能異常のリスク因子であっ
結 果
た。
対象 93 人(男児 41 人,女児 52 人)
,VUDS 時
,
年齢 5.1 - 17.9 歳(平均 12.0 歳,中央値 12.1 歳)
文 献
思春期前(12 歳未満)44 人,思春期後(12 歳以
1 )Verhoef M, Lurvink M, Barf HA, et al. High prevalence
上)49 人であった。排尿管理は,自己導尿 89 人,
of incontinence among young adults with spina bifida:
自排尿 4 人,膀胱手術(膀胱拡大術あるいは膀胱
description, prediction and problem perception.Spinal
頚部形成術)は 13 人,歩行不能 32 人,脳室腹腔
Cord 2005;43:331-340.
シャント留置 66 人であった。
2 )Veenboer PW, Bosch JL, Rosier PF, et al. Cross-
歩行不能は MDP ≧ 40 との関連は認めなかった
sectional study of determinants of upper and lower urinary
(p = 0.322)。一方,歩行可能が膀胱肉柱形成およ
tract outcomes in adults with spinal dysraphism-new
び VUR のリスク因子であった(各々 p = 0.010,
recommendations for urodynamic followup guidelines?
。この傾向は思春期前ではみられず,思
p = 0.013)
J Urol 2014;192:477-482.
頭蓋縫合早期癒合症における,線維芽細胞増殖因子受容体(FGFR)
遺伝子異常の系統的スクリーニングの確立
伊 藤 進 1),新 保 裕 子 2)
目 的
心に,頭蓋縫合早期癒合症に関連する遺伝子を系
頭蓋縫合早期癒合症における線維芽細胞増殖因
統的に検索した。
子受容体(FGFR)遺伝子異常の多くは,FGFR2
遺伝子の immunoglobulin-like domain に認めるこ
対象・方法
とが知られている。しかし,hot spot を主とした
平成 26 年度は,新規の頭蓋縫合早期癒合症 9 例
遺伝子検索では変異が特定されない例も少なから
について,Johnson D, Wilkie AOM の方法に準じ
ずあり,平成 27 年度も,FGFR1 ,2 ,3 遺伝子を中
て 1),系統的に FGFR1 ,2 ,3 遺伝子を中心に頭蓋
1)神奈川県立こども医療センター 脳神経外科 2)同 臨床研究所
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
161 ( 40 )
縫合早期癒合症に関連する遺伝子異常を検索し
このうち,Muenke 症候群と診断された 4 例中
た。
3 例は,IQ70 - 80 と軽度の発達遅滞があり,ま
具体的には,Apert,Crouzon,Pfeiffer 症候群が
た軽度の聴覚障害も 1 例みられ,フォローアッ
疑われる例では,検索の 1st line として FGFR2 遺伝
プの際に重要なポイントと考えられた。さらに
子の exon Ⅲ a,Ⅲ c,の変異を調べる。同部に異
Muenke 症候群における両側冠状縫合早期癒合例
常がみられない場合は,2nd line として,FGFR1
の頭蓋形態は,Renier D らの報告と同様に 3),両
遺伝子の Pro252Arg 変異,FGFR2 遺伝子の exon3,
側頭部の buldging が目立ち,手術時にも注意す
5, 11, 14 - 17,FGFR3 遺伝子の Ala391Glu 変異を
べき特徴があった。
検索する。
また,TWIST1 異常の 2 例では,Saethre-Chotzen
さらに冠状縫合早期癒合症では,Muenke 症候
症候群の特徴である眼瞼下垂はみられず,表現型
群をみいだすために FGFR3 遺伝子の Pro250Arg
から TWIST1 異常を疑うことは困難であり,系統
変異を検索し,また FGFR 遺伝子に異常がみられ
的な遺伝子検索が有用であると考えられた。
なかった例では,TWST1,TCF12 2),EFB1 の各
遺伝子についても異常を調べた。
結 論
平成 24 - 27 年度の結果から,特に,従来“非
結 果
症 候 群 性 ” と 分 類 さ れ て き た 両 側・ 片 側 の 冠
平成 27 年度は,新規 11 例中 9 例(81.8 %)で
状 縫 合 早 期 癒 合 症 に お い て,FGFR3 遺 伝 子 の
遺伝子変異をみいだした。内訳は,両側冠状縫合
Pro250Arg 変 異(Muenke 症 候 群 ) や,TWIST1,
早期癒合症 4 例中,TWIST1 異常:3 例,Saethre-
TCF12 遺伝子の異常をみいだしており,頭蓋縫
Chotzen 症候群疑い 2 例中,TWIST1 異常:2 例,
合早期癒合症の基本的概念にも影響を与える結果
Crouzon 疑い 3 例中,FGFR2 異常:3 例,Pfeiffer
を積み重ねている。系統的な遺伝子異常検索は,
疑い 1 例中,FGFR2 異常:1 例であった。一側冠
外科治療の経過・予後の判定も的確に行え,頭蓋
状縫合+矢状縫合癒合の 1 例と両側冠状縫合 1 例
縫合早期癒合症の総合診療に役立つことが期待さ
では,検索部分に異常をみいだせなかった。
れる。
平成 24 - 27 年度までに,当センターで治療し
た冠状縫合早期癒合症において遺伝子異常をみ
文 献
いだした例は 8 例あり(両側冠状縫合早期癒合
1 )Johnson D, Wilkie AO. Craniosynostosis. Eur J Hum
症:7 例,一側冠状縫合早期癒合症:1 例)
,い
Genet. 2011;19(4)
:369-376.
ずれも表現型は,両側あるいは一側の冠状縫合
2 )Sharma VP, Fenwick AL, Brock MS, et al. Mutations
の早期癒合による頭蓋変形のみで,臨床的には
in TCF12, encoding a basic helix-loop-helix partner of
“非症候群性”と考えられた例であった。系統的
TWIST1, are a frequent cause of coronal craniosynostosis.
な遺伝子検索により,この 8 例は,Muenke 症候
:4 例( 両 側 冠 状 縫 合
群(FGFR3 :Pro250Arg)
Nat Genet 2013;45:304-307.
3 )Renier D, EI-Ghouzzi V, Bonaventure J, et al. Fibroblast
早期癒合:3 例,一側冠状縫合早期癒合:1 例)
,
growth factor receptor 3 mutation in nonsyndromic coronal
TWIST1 遺伝子異常 3 例,TCF12 遺伝子異常:1 例
synostosis: clinical spectrum, prevalence, and surgical
と判明した。
outcome. J Neurosurg 2000;92:631-636.
162 ( 41 )
小児涙道疾患に対する涙道内視鏡と鼻内視鏡を用いた診断と治療
松 村 望
背 景
目 的
涙道内視鏡を用いた小児涙道疾患に対する診断
小児の涙道疾患に対し,涙道内視鏡および鼻内
と治療に関する研究を 2012 年より開始し,4 年
視鏡を用いて可視下に診断および治療を行う。こ
目となる。当初,涙道疾患を疑われて当センター
れにより,従来治療(盲目的操作によるブジー法
眼科を初診する患児は年間 50 - 70 例程度であっ
や涙管チューブ挿入術)より安全かつ正確な治療
たが,2015 年の涙道外来新患数は約 150 名と増
を行い,より多くの患児の治癒を目指し,患児お
加し,涙道内視鏡による治療を希望しての紹介例
よび家族の QOL の向上を目的とする。また,涙
が増加した。涙道疾患の症状は流涙・眼脂である
道内視鏡および鼻内視鏡を用いた涙道および鼻腔
が,重症例では眼瞼炎,急性涙嚢炎,蜂窩織炎な
の観察により,涙道の閉塞機転を研究し,よりよ
どを伴う場合がある。最も多い原因は先天鼻涙管
い治療を目指す。
閉塞(先天的に鼻涙管下端に膜状物が遺残してい
る状態)と考えられるが,後天性涙道閉塞,遺伝
対象と方法
性疾患や顔面奇形に伴う涙道奇形などもしばしば
2011 年 2 月から 2016 年 3 月までに涙道疾患を
みられる 1)。
疑われて当科を受診した 513 例 663 眼を対象とし
涙道内視鏡は日本で開発され,2002 年に薬事
た。このうち 56 例 73 眼に涙道内視鏡および鼻内
認可を受けた。直径 0.9 ミリの中に 6,000 - 10,000
視鏡を用いて診断と治療を行った。
本ファイバー,光源,通水チャンネルが束ねられ
ている。涙道内視鏡を使用することで涙道内を観
結 果
察できるようになり,涙道疾患の診断および治療
1 .基礎疾患の有無
が進歩した。特に,涙管チューブ挿入術を行う
染色体異常・顔面奇形などの基礎疾患のない症
際,涙道内視鏡を使用することでチューブの誤道
,基礎疾患を伴った症例
例は 42 例 50 眼(75 %)
への挿入を防ぐことができ,治療成績が大幅に改
は 14 例 23 眼(25 %),であった。
2)
善されたことから ,2012 年 4 月より涙道内視
2 .流行性角結膜炎の既往
鏡を使用した涙管チューブ挿入術は保険収載され
流行性角結膜炎の罹患後に涙道閉塞を発症した
た。しかし,小児に対する使用経験は世界的にほ
患者が 7 例 7 眼(13 %)にみられた。
とんどみられないため,本研究を開始した。
3 .閉塞部位
涙道内視鏡を用いて小児涙道疾患の涙道内を観
疾患の原因別に涙道内視鏡により確認した涙道
察することで,さまざまな涙道疾患の病態がわか
の閉塞部位を,表 1 に示す。先天涙道閉塞では,37
るようになり,また,治療成績も向上した。一部
,
眼中 31 眼(84 %)に鼻涙管下端の閉塞が(図 1)
の症例は,病変が鼻腔内に存在することもわか
涙点閉鎖が 6 眼(16 %)にみられた。これ以外
り,さらに鼻内視鏡も診断と治療に重要な役割を
の閉塞部位はみられなかった。また,流行性角結
果たすこともわかり,涙道内視鏡および鼻内視鏡
膜炎後の涙道閉塞は,涙小管閉塞 1 例,総涙小管
は,小児涙道疾患の診断と治療に欠かせないツー
閉塞 3 例,涙嚢鼻涙管移行部閉塞 3 例と,先天鼻
ルとなった。
涙管閉塞とは異なる部位に閉塞部位が確認され
た。原因不明の後天性涙道閉塞は全例鼻涙管下端
神奈川県立こども医療センター 眼科
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
163 ( 42 )
が閉塞部位であった。染色体異常などの基礎疾患
考 察
を有する症例に関しては,涙点,涙小管,総涙
これまで小児涙道疾患のほとんどが鼻涙管下端
小管の異常が 23 眼(77 %)と,多数を占める一
の膜状閉鎖によるいわゆる先天鼻涙管閉塞と考え
方で,広範な涙道閉塞が 4 例(13 %)にみられ,
られたが,涙道内視鏡を用いて涙道を観察した結
基礎疾患のない症例と比較し,閉塞部位や閉塞状
果,鼻涙管下端の閉塞以外にも閉塞部位がしばし
態が異なる傾向が確認された。
ば確認されることがわかった。特に,流行性角結
4 .治療成績(表 2)
膜炎後の涙道閉塞や,染色体異常などの基礎疾患
(1)染色体異常などの基礎疾患を伴わない症例 を有する症例において,鼻涙管下端以外の閉塞部
42 例 50 眼
位や,膜状閉塞以外の広範な閉塞などの所見がみ
先天涙道閉塞,後天涙道閉塞ともに全例
られることがわかった。この結果を筆者らは国際
誌に報告した 3)。涙道閉塞の原因によって,閉塞
(100 %)治癒した。
(2)染色体異常などの基礎疾患に伴う涙道異常 部位や閉塞状態が異なることが涙道内視鏡によっ
て理解できるようになった。すなわち,内視鏡所
14 例 23 眼
見に基づいて,適切な手術の内容が異なってくる
治癒率は 44 %であった。
表1 涙道内視鏡による小児涙道疾患の閉塞部位(重複あり)
疾患群
症例数
先天涙道閉塞
涙点・涙小管(%)内総涙点
(%)
涙嚢鼻涙管
移行部(%)
31 例 37 眼
6(16)
0(0)
0(0)
流行性角結膜炎後涙道閉塞
7例7眼
1(14)
3(43)
原因不明の後天性涙道閉塞
4例6眼
0(0)
0(0)
14 例 23 眼
15(65)
8(35)
56 例 73 眼
22(30)
11(15)
基礎疾患に伴う涙道閉塞
合 計
鼻涙管下端(%) 広範な閉塞(%)
31(84)
0(0)
3(43)
0(0)
0(0)
0(0)
6(100)
0(0)
0(0)
3(13)
4(17)
3(4)
40(55)
4(6)
表2 涙道内視鏡手術の治療成績
疾患群
症例数
治癒(%)
軽快(%)
不変(%)
基礎疾患なし
42 例 50 眼
50(100)
0(0)
0(0)
基礎疾患あり
14 例 23 眼
10(44)
8(35)
5(22)
合 計
56 例 73 眼
60(82)
8(11)
5(7)
治癒:症状なし,軽快:軽度症状あり(涙嚢炎なし),不変:症状あり
図1 閉塞が解除された先天鼻涙管閉塞の鼻涙管下端(涙道内視鏡による画像)。
スリット状の鼻涙管開口部が中央にみえる。
164 ( 43 )
可能性があり,涙道疾患の診断において,涙道内
本年度,涙道内視鏡に関して記述した総説論文
視鏡による検査所見は重要な役割を果たすように
1 編と著書を 3 編発行し 4 - 7),なかでも,涙道内
なると考えられた。
視鏡手術の技術伝達を目的とした「涙道内視鏡入
また,新生児の 10 %が罹患すると考えられて
門」の執筆と編集を担当した 4)。最近では涙道内
いる先天鼻涙管閉塞においても,閉塞部位が解剖
視鏡手術は日本において標準治療のひとつとなっ
学的にどのようになっているかは未知とされた
ている。今後はさらに世界に向けて涙道内視鏡の
が,涙道内視鏡によりこれが確認できるようにな
有用性を発信したい。
り,涙道の解剖学的な構造の理解に重要な役割を
顕微鏡,涙道内視鏡,鼻内視鏡をすべて使用す
果たすと考えられる。涙道の解剖学的構造や病理
ることで,涙道の入り口である涙点から出口であ
学的な問題,さらに,閉塞状態に基づく適切な治
る鼻涙管開口部まで,すべてを観察することが可
療の在り方について,今後さらに詳細な研究を進
能となり,正確な診断と治療ができるようになっ
める予定である。
た。今後さらに症例を重ね,小児涙道疾患の詳細
涙道内視鏡は検査のみならず,手術そのものに
を研究するとともに,よりよい治療につなげたい。
も役立つ。鼻涙管閉塞の基本手術は涙嚢鼻腔吻合
術とされる。この涙嚢鼻腔吻合術は骨切除を伴う
文 献
術式であり,鼻外法であれば顔面の皮膚切開を要
1 ) 松 村 望, 石 戸 岳 仁, 平 田 菜 穂 子, 他. 先 天 性 鼻 涙
する侵襲の大きな手術である。涙道内視鏡を用い
管 閉 塞 症 に 対 す る ブ ジ ー 治 療 法 の 検 討. 臨 床 眼 科
た涙道閉塞の治療による極めて良好な治療成績が
2012;66:463-466.
得られるようになり,2011 年から 2016 年 3 月ま
での約 5 年間,顔面奇形を含む 513 例 663 眼のな
2 )鈴木亨. 内視鏡を用いた涙道手術(涙道内視鏡手
術)
. 眼科手術 2003;16:485-491.
かで,涙嚢鼻腔吻合術を要した症例は 1 眼にとど
3 )Matsumura N, Goto S, Yamane S, et al. High-resolution
まった。また,外来での局所麻酔下でのブジー治
dacryoendoscopy for observation for pediatric lacrimal duct
療を含め,4 回以上の治療を要した症例は 1 例も
obstruction. Am J Ophthalmol Case Repots 2016; In Press.
みられなかった。このような結果から,涙道内視
4 )松村望. 小児涙道疾患の外科的治療. あたらしい眼
鏡による涙道閉塞の治療は,低侵襲かつ良好な成
績の得られる治療であると考えられた。涙道内視
鏡は初期投資が必要ではあるが,正確な診断と治
療によって,治療回数や高侵襲な手術である涙嚢
鼻腔吻合術を減らせるのであれば,費用対効果に
科 2015;32:1635-1642.
5 )後藤聡, 鶴丸修士, 松村望編, 涙道内視鏡入門. メジ
カルビュー社, 東京, 2016.
6 )松村望, 新田安紀芳. 第 18 章 涙器疾患. 東範行編,
小児眼科学. 三輪書店, 東京, 2015;391-397.
優れた治療と位置づけられる可能性がある。この
7 )松村望. 子どもの流涙. 松元俊, 吉川啓司編, 眼科開
ような治療成績や費用対効果に関する検討を今後
業医のための診療・連携ポイント 30. 診断と治療社,
の課題としたい。
東京, 2015.
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
165 ( 44 )
造血幹細胞移植後に生じる部分型脂肪萎縮症の発症頻度と
その危険因子の解明に関する研究
安 達 昌 功
背 景
または頸部の脂肪増殖を認め,且つ臀部の脂肪萎
小児がんの治療後に長期寛解を維持できる患
縮を伴う場合に,部分型脂肪萎縮の疑い例とし,
者 が 増 加 し, 小 児 が ん 経 験 者 childhood cancer
そのうち耐糖能異常または脂肪肝を呈する症例
survivors(CCS)と呼ばれる。しかし,CCS では
を,部分型脂肪萎縮該当例とした。
原病の寛解後にも多様な健康障害が長期間併
存し,「晩期合併症」として問題となっている。
結 果
とりわけ,造血幹細胞移植 hematopoietic stem cell
該当症例は 105 例であったが,10 例が調査期
transplantation(HSCT)は,全身放射線照射 total
間中に再発 / 死亡したため,調査対象は 95 例と
body irradiation(TBI)を含む強力な治療であり,
なった。このうち,2016 年 3 月末までの調査期
また慢性 graft-versus-host disease(GVHD)に対し
間中に,65 例(男 29 例,女 36 例)が同意のう
ては免疫抑制剤が投与されるため,晩期合併症の
え研究に参加した。参加しなかった 30 例(男 22
発症が非移植例に比べ高率かつ重篤であることが
例,女 8 例)は,参加例に比して,原疾患の頻
多い。
度,初回移植時の年齢,および現在の年齢に関し
われわれは以前,5 名の CCS 患者において,
有意差を認めなかった。
HSCT 実施後 10 年以上の遠隔期に「部分型脂肪
65 例のうち,部分型脂肪萎縮の疑いに該当す
萎縮症」を発症することを見出した。その発症機
る身体所見を 9 例に認めたが,うち 3 例では耐糖
序としては,強力な治療が皮下脂肪の脂肪蓄積能
能異常・脂肪肝共に認めなかった。残る 6 例は,
を障害し,異所性脂肪蓄積と内臓脂肪増加,ひい
全例で脂肪肝を認め,且つ 3 例は顕性糖尿病を呈
ては糖 ・ 脂質代謝障害を引き起こしていると考
していたため,この 6 例を部分型脂肪萎縮該当例
えている。本症では,耐糖能異常と脂質代謝異常
とした。部分型脂肪萎縮該当 6 例と非該当例 59
が重積するため,動脈硬化性疾患発症の重大な危
の概要を表 1 に示す。図 1, 2 に示すように,部分
険因子となる。本研究の目的は,HSCT 後の CCS
型脂肪萎縮該当例は,年長例,および移植後から
における部分型脂肪萎縮症の有病率の検討と,そ
の経過年数が長い症例に多く認められた。
のリスク因子の解明である。
考 察
方 法
HSCT 後の脂質代謝異常症や糖代謝異常症は,
小児がんおよび再生不良性貧血などの血液疾患
われわれのケースシリーズを含め,文献上での報
に対して HSCT が施行され,2014 年 4 月 1 日時
告が増加している 1 - 4)。今回,横断的な評価にて,
点で当センターに通院している者を対象とした。
65 例中の 6 例に部分型脂肪萎縮を認め,有病率
移植後 2 年以内や,ダウン症候群,慢性呼吸不
は 9.2 %となった。これまで,HSCT 後の部分型
全,慢性心不全の症例は除外した。
脂肪萎縮症は症例報告に留まっており,一施設で
糖 ・ 脂質代謝の検査につき説明し,同意の得ら
のまとまった報告としては初めてのものとなる。
れたものにつき,同一の小児内分泌科医が診察
部分型脂肪萎縮症の明確な診断基準は設定され
し,部分型脂肪萎縮の有無につき評価した。頬部
ておらず,皮下脂肪の増加や萎縮の主観的な判断
神奈川県立こども医療センター 内分泌代謝科
166 ( 45 )
表1 検討した 65 例の概要
部分型脂肪萎縮あり(n = 6)
性別
部分型脂肪萎縮なし(n = 59)
男 3,女 3
男 26,女 33
23.7(15.5 - 26.6)
15.3(7.0 - 28.7)
ALL
3(50.0 %)
15(25.4 %)
AML
2(33.3 %)
9(15.3 %)
神経芽細胞腫
1(16.7 %)
15(25.4 %)
0
20(33.9 %)
評価時年齢
原疾患
その他
初回移植時年齢
3.7(1.9 - 10.0)
4.4(1.0 - 14.2)
移植後経過年数
18.3(10.8 - 24.6)
8.2(3.3 - 26.2)
全身照射
6/6(100 %)
39/59(66.1 %)
頭蓋照射
3/6(50.0 %)
10/59(16.9 %)
再発回数
0(n = 2),1(n = 2),2(n = 2)
0(n = 45),1(n = 12),2(n = 2)
移植回数
1(n = 2),2(n = 3),3(n = 1)
1(n = 48),2(n = 10),3(n = 1)
部分型脂肪萎縮あり
(例)
部分型脂肪萎縮なし
16
12
14
部分型脂肪萎縮なし
12
10
10
8
8
6
6
4
4
2
0
部分型脂肪萎縮あり
(例)
14
2
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
0
3-4
5-6
7-8 9-10 11-12 13-14 15-16 17-18 19-20 21-22 23-24 25-26
(年数)
(歳)
図1 造血幹細胞移植施行年齢の分布
(複数回移植の場合は初回移植時年齢)
図2 造血幹細胞移植後年数の分布
に委ねられる部分が多い。従って,本検討では同
よる皮下脂肪の機能障害が直接的な要因なのかも
一医師が全例の診察を行い,観察者間のバイア
しれない。また,年少での HSCT 実施例が多く,
スが生じないように配慮した。また,より客観的
HSCT 後により長期間が経過した後に発症する傾
な所見として,画像診断による脂肪肝または耐糖
向がうかがえた。
能異常の存在を必須条件とした。従って,9.2 %
今後は,顕性糖尿病を発症した症例に対するレ
という有病率は過大評価ではないと考える。反対
プチン投与の有効性の検討など行いたい。
に,臨床的な脂肪萎縮所見が顕著ではなかった
が,顕性糖尿病と脂肪肝を呈した症例が 1 例存在
文 献
し,今回の検討では部分型脂肪萎縮なしに分類さ
1 )Adachi M, Asakura Y, Muroya K, et al. Abnormal
れた。症例によっては脂肪萎縮が軽度にとどまる
adipose tissue distribution with unfavorable metabolic
可能性も考えられる。
profile in five children following hematopoietic stem
今回の検討では,症例数の制約から,部分型脂
cell transplantation: a new etiology for acquired partial
肪萎縮症発症の危険因子を,有意差をもって示す
lipodystrophy. Clin Pediatr Endocrinol 2013;22:53-64.
ことはできなかった。しかし,脂肪萎縮例では全
2 )Mayson SE, Parker VE, Schutta MH, et al. Severe
例で TBI が実施されていたことは,本症発症に
insulin resistance and hypertriglyceridemia after childhood
重要な役割をもつ可能性を示唆しており,TBI に
total body irradiation. Endocr Pract 2013;19:51-58.
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
167 ( 46 )
3 )Rajendran R, Abu E, Fadl A, et al. Late effects of
4 )Wei C, Thyagiarajan MS, Hunt LP, et al. Reduced
childhood cancer treatment: severe hypertriglyceridemia,
insulin sensitivity in childhood survivors of haematopoietic
central obesity, non-alcoholic fatty liver disease and
stem cell transplantation is associated with lipodystropic
diabetes as complications of childhood total body
and sarcopenic phenotypes. Pediatr Blood Cancer
irradiation. Diabet Med 2013;30:e239-242.
2015;62:1992-1999.
リアルタイム持続血糖モニタリングを用いた新生児の血糖管理
友 滝 清 一
背 景
できなかった。低血糖があることを確認すること
新生児は体内の貯蔵エネルギーが乏しいこと
はできるが,それを未然に防ぐことはできないと
や,種々の内分泌学的異常や代謝異常などによ
いう点が問題であった。それに対し,リアルタイ
り,低血糖を来たしやすい。発達途上の脳におけ
ムに血糖をモニタリングするシステム(リアルタ
る低血糖は,将来の精神運動発達遅滞の原因とな
イム CGM)が,インスリンポンプと連動する形
りうる。また,新生児期の血糖変動は,空腹時が
で,以前から諸外国で使用され,成人における有
最も低血糖であるとは限らない。食後の急激な上
用性と安全性はすでに報告された。2015 年から
昇とその後の急激な低下を示す場合があり,食前
は本邦でも,リアルタイム CGM が使用できるよ
血糖の測定のみではその前の危険な低血糖を見逃
うになった。リアルタイム CGM を新生児に対し
している可能性が報告された。
て用いた報告はまだわずかしかないが,新生児の
このような,間欠血糖測定のみでは見逃され
血糖変動をリアルタイムに把握し,危険な異常血
てしまう異常血糖や血糖変動を把握するために,
糖や血糖変動を未然に防ぐことで,将来の神経学
これまでにも持続血糖モニタリング(CGM)を
的予後の改善につながる可能性がある。
行ってきた。間欠血糖測定のみでは発見できない
低血糖を把握できたり,大きな血糖変動があるこ
目 的
とを把握できたりする点で,新生児の血糖管理に
本研究では新生児におけるリアルタイム CGM
おいて有用であることを確認した。また,血糖管
の安全性と,実際の血糖値との相関性を確認し,
理に難渋した症例で,退院前に危険な低血糖がな
臨床的な有用性を評価することを目的とする。
くなったことを,CGM によってより確実に示す
ことができ,家族の安心につながることも経験し
方 法
た。文献的にも,極低出生体重児を含めた新生児
血糖管理に難渋した新生児を対象に,家族に
において安全に使用でき,実際の血糖値とよく相
インフォームドコンセントを得た上でリアルタ
関することが報告されている。
イ ム CGM を 施 行 し た。 機 器 は Medtronic 社 の
これまでの CGM では,モニタリングを終了し
MiniMed 620G を 用 い た。 児 の 大 腿 外 側 に セ ン
解析を行ってからしか血糖値の記録を確認できな
サーを留置し,持続的に皮下間質液の糖濃度をモ
いため,血糖値をリアルタイムに把握することは
ニタリングする。留置中は 1 日に 4 回実際の血糖
神奈川県立こども医療センター 新生児科
168 ( 47 )
値を測定し,機器に入力することによりキャリブ
行うことができた。
レーションを行う。感染のリスクを懸念し,留置
今回の検討による平均 12.0 %の誤差は,これ
は 72 時間までに留めた。60 mg/dL 未満あるいは
までのリアルタイムではない CGM において報告
180 mg/dL 以上の血糖値となった時にはアラーム
されている誤差 8.8 %より高かったが,Medtronic
が鳴るように設定し,その際には実際の血糖値を
社が定めている誤差範囲(6.9 - 12.7 %)内であっ
測定し,実際に低血糖あるいは高血糖であった場
た。新生児におけるリアルタイム CGM は実際の
合に介入を検討した。
血糖値とよく相関することが示された。
リアルタイムに血糖値を把握することにより,
結 果
低血糖に対しより迅速に対処することができ,低
新生児 7 例に計 16 回施行した。感染・出血な
血糖の遷延時間を短縮することができた可能性が
どの有害事象は認めなかった。表示されている
ある。また,低血糖をリアルタイムに把握する
血糖値と,実際の血糖値との相関を検討できた
ことにより,低血糖時の検体(critical sample)を
のは 253 回あり,良好な相関を示した(r = 0.868,
より確実に採取することができ,低血糖の原因検
p < 0.001)
。 平 均 12.0 ± 10.7 % の 誤 差 で あ っ た。
索・病態把握に有用であった。
低血糖アラームが鳴ったのは 49 回であり,実際
今回の検討により,少数例では新生児における
に低血糖であったのは 26 回であった。
リアルタイム CGM の安全性,相関性および有用
性を確かめられた。しかし臨床応用におけるさら
考 察
なる有用性の検討にはまだ症例数が少なく,今後
新生児に対してもリアルタイム CGM を安全に
さらなる症例の集積が必要である。
小児泌尿器手術におけるシングルポート鏡視下手術に関する研究
(第 4 報)
金 宇 鎮, 山 崎 雄一郎, 秋 山 さや香
池 田 敬 至
研究背景
手術も広く行われ,水腎症手術ではもはや通常の
近年,成人泌尿器科領域においては鏡視下手術
腹腔鏡手術の頻度が著しく減少してきているもの
が多くの手術に導入され,既にロボット支援手術
の,本邦においては保険適応が認められず,小児
も標準術式となってきた。入院期間の短縮化が成
領域でのロボット手術の臨床応用の可能性はいま
人における鏡視下手術の利点とされるが,小児
だ遠いといわざるを得ない。ただし 1 歳以下の乳
泌尿器科領域では開放手術でも入院期間の短縮化
児においては現在のダヴィンチシステムのサイズ
が遜色なく達成された。小児では開放手術の多く
では対応が容易ではなく米国においても開放手術
が小さな創でかつ浅い視野で施行できるためであ
が主流である。このような現状において,本邦で
る。さらに鏡視下手術は手術材料コストもよりか
施行可能であり,当センターで多くみられる低年
かるため,小児における有用性は成人ほど高いと
齢の水腎症に対応できる低侵襲手術として鏡視下
はいえない。また米国では小児におけるロボット
併用手術の開発は意義がある。
神奈川県立こども医療センター 泌尿器科
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
169 ( 48 )
2012 年度の第 1 報では倫理委員会への研究計
ら 30 度の 5 mm 硬性鏡とエンドピーナッツでワー
画の申請から臨床応用開始までの準備段階とし
キングスペースを作成した。術者は左手に硬性
た。2013 年度の第 2 報では臨床例での初期実施
鏡,右手に操作鉗子を把持して鏡視下ですべての
例のまとめを行い,2014 年度は腎盂形成手術に
剥離操作を行った。ミニ剪刀を用いて外側円錐筋
関してはほぼ術式が定型化したのでその成績を第
膜を切開し拡張した腎盂および尿管を確認した。
3 報としてまとめた。2015 年度は後腹膜鏡併用腎
高度に拡張した腎盂を認めた場合は EZ アクセス
盂形成術を通常の開放手術と比較することで有用
の上から 18 G ミティニードルを刺入し腎盂を穿
性を評価した。
刺して尿を抜いた。剥離に難渋する場合は,EZ
目 的
を用いて,腎を counter traction した。腎盂尿管移
小児の腎盂尿管移行部狭窄 Ureteropelvic Junction
行部を剥離したところで,バブコック鉗子を利用
obstruction(UPJO)の外科治療としては,狭窄部
して尿管を確保した。この段階で気腹を終了し,
を切除し腎盂尿管を吻合する腎盂形成術が標準術
EZ アクセスを外して尿管を体表面まで引き上げ
式である。しかしそのアプローチは近年,開放手
た。それ以降の手技は通常の開放手術同様に体表
術からより低侵襲な術式として鏡視下手術へ移行
面付近で狭窄部の切除と吻合操作を施行した。吻
し,米国では現在ロボット支援腹腔鏡下腎盂形成
合終了後再度 EZ アクセスを装着し,吻合部に捻
術が小児においても急激に増加しつつある。開放
れが生じていないかどうかを鏡視下に確認した。
手術に比べて鏡視下手術は創が小さく,疼痛が軽
全例でダブル J ステントを尿管に留置しドレーン
減されるという利点があるが小児ではワーキング
は置かなかった。術後約 36 時間を院内管理とし
スペースは狭く,ロボットの導入は乳幼児におい
て,輸液と膀胱の留置カテーテルによる尿ドレ
てはいまだ容易ではない。低年齢児にも対応しや
ナージを行った。術後 2 日目朝に退院し,7 - 10
すいわれわれが開発した,後腹膜鏡併用小児腎盂
日後に創部確認,4 - 6 週後に日帰り麻酔下にてダ
形成術(シングルポートアクセス法による後腹膜
ブル J ステントを抜去した。ステント抜去後の画
鏡補助下小児腎盂形成術)の成績について開放手
像評価は腎エコーおよびレノグラムで行った。症
術と比較する。
状消失,エコー上の水腎形態の改善,もしくは利
アクセスに直に刺入した 5 mm エンドピーナッツ
尿レノグラムでの T1/2,分腎機能の改善をもっ
対象と方法
て手術成功とした。
2012 年 12 月から 2015 年 2 月までに当科で施
行した 15 歳以下の腎盂尿管移行部狭窄に対する
結 果
後腹膜鏡併用腎盂形成術 25 例(シングルポート
シングルポート群,開放群の平均年齢は 4 歳,
群)を対象とする。比較対照は 2010 年 1 月から
体重 16 - 17 kg であり乳児症例率,男女比,有症
2012 年 11 月までに当科で施行した開放腎盂形
状率に関して有意差を認めなかった(表 1)
。手
成術 25 例(開放群)である。手術適応は有症状
術時間はシングルポート群 185 分,開放群 188 分,
(腹痛)
,水腎形態悪化,利尿レノグラムでの分腎
術後の外用鎮痛剤使用率はそれぞれ 6 例,7 例,
機能低下のいずれかとした。後腹膜鏡併用腎盂形
術後入院期間は両群 2 日であったが,創部切開長
成術の要点は以下のとおりである。麻酔導入後に
は 17 mm,34 mm と有意にシングルポート群で
逆行性腎盂尿管造影を施行。体位はやや腹臥位気
小さかった。術後観察期間は 14 ヶ月,29 ヶ月と
味に傾けた側臥位とし,12 肋骨下に 15 mm の横
シングルポート群で短く,開放群で全例水腎の改
切開をおいた。外腹斜筋,内腹斜筋をスプリット
善を認めたのに対し,シングルポート群では 2 例
して横筋筋膜を露出し切開した。この時点でラッ
で改善を認めず,術後ステント抜去後に腹痛を呈
ププロテクター TM ミニミニを創部にはめて,事
した 1 例で再手術を行った(表 2)。
前に 2 本の 5 mm ポートを差し込んだ EZ アクセ
スを装着した。8 mmHg で後腹膜腔を気腹しなが
170 ( 49 )
表1 患者背景
シングルポート
(n = 25)
開放手術(n = 25)
p Value
49(5 - 173)
53(5 - 188)
0.56
6(24)
4(16)
0.72
22/3
17/8
0.17
16(7.6 - 44.6)
17(6.7 - 52.4)
0.51
20/5
17/8
0.33
6
6
1.00
14(6 - 32)
29(6 - 57)
< 0.01
シングルポート
(n = 25)
開放手術(n = 25)
p Value
185(124 - 253)
188(125 - 406)
0.80
No.conversion or intraoperative complications(%)
1(4)
0(0)
1.00
No. immediate postoperative complications(%)
0(0)
0(0)
1.00
Mean postoperative hospital stay:day(range)
2(1 - 4)
2.2(1 - 5)
0.26
No. pts using postoperative analgesics(%)
6(24)
7(28)
0.74
17(13 - 35)
34(17 - 70)
< 0.01
23(92)
25(100)
0.48
Mean age:month(range)
No. Infant(%)
Gender:Male/Female
Mean weight:kg(range)
Laterality:Left/Right
Crossing vessel
Mean follow up period:month(range)
表2 術後成績
Mean operative time:min(range)
Mean skin scar length:mm(range)
Postoperative success(%)
結 語
EZ アクセスをもちいた後腹膜鏡併用小児腎盂
形成術は 17 mm の小切開で施行でき,通常の開
放手術同様の成功率を呈する。
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
171 ( 50 )
H-MRS 法を用いた内臓腫瘍・骨軟部腫瘍内代謝物の
測定に関する研究
1
野 澤 久美子 1),相 田 典 子 1),富 安 もよこ 1)
小 畠 隆 行 1),藤 井 裕 太 1),榎 園 美香子 1)
遠 藤 和 男 2),佐 藤 公 彦 2),草 切 孝 貴 2)
村 本 安 武 2),鈴 木 悠 一 2)
研究動機
略も成人腫瘍とは異なるため,成人の腫瘍に関す
当センターに来院および入院する患児は難病の
る 1H-MRS の知見をそのまま小児に当てはめるこ
児が多く,中には,稀な病状のために診断の特定
とができない。そのため,小児固形腫瘍に関する
に時間を要する場合や,経過観察において病状の
知見を新たに得て,診断,治療方針決定の一助と
進退状況が判断しにくい場合もある。診断の特定
することは必要かつ急務である。具体的には,腫
や病状の判断には,血液や尿,髄液,遺伝子検査
瘍内代謝物の 1H-MRS データを加療前・加療中・
など患児の体液や組織を in vitro で検査する方法
加療後に取得し,そのデータベースを構築し,腫
や,断層画像撮像法などで患児の身体内部の臓器
瘍ごとの 1)腫瘍の良・悪性度の判断,および 2)
や組織の状態を診る方法などがある。当科では,
化学療法の効果などの 1H-MRS 信号パターンなど
従来より,一般の X 線検査のほかに CT 検査や
が明らかになることが期待される。これら 1)
,2)
MR 検査,超音波断層検査,SPECT を含む核医
の情報を併せることで,疾患に対してより詳細な
学検査および血管造影などによる検査を行い,そ
診断をすることが可能になり,治療方針をより早
れらの検査から得られた画像データなどから,専
く決定し,化学療法の効果判定を適切に行うこと
門性の高い適切な画像診断を行い,さらに臨床各
ができる可能性がある。さらに小児の内臓腫瘍・
科との迅速な連携をすることにより,患児の診断
骨軟部腫瘍に関する報告例はまだ少なく,この研
および治療方針の決定に寄与してきた。
究成果を論文や学会などにより世界に発信するこ
腫瘍の悪性度の判断などに関して,腫瘍内に
との意義は非常に大きい。
観測される主な代謝物にコリンおよびその化合
当科で施行されている脳 MRI 検査では,すで
物(コリン,ホスファチジルコリン,グリセロ
に必要に応じて 1H-MRS 測定が付加されており,
ホスファチジルコリンなど。以下,コリンと総
診断を行ううえで一定の効果を挙げた。そのた
称)の濃度変化を指標とする方法がある 1)。腫瘍
め,センター MRI 担当技師の 1H-MRS 測定技術
領域でのコリン信号の増加は,細胞増殖などに
は非常に高く,精度の高い腫瘍 1H-MRS データ
よる膜代謝亢進を反映していると考えられてい
を得ることができる。すでに平成 21 年度から 26
1
る。これらの濃度は MR 装置を用いた H-MRS 法
年度までに内臓腫瘍・軟部腫瘍での MRS 取得を
により非侵襲的に測定することができ,成人にお
試行し,定性的には評価可能な波型を得ており,
ける腫瘍(乳癌,前立腺癌など)に対して,臨床
MRS データ取得が日常臨床検査の中で,比較的
的な有用性が報告された。しかしながら,小児腫
短時間で取得可能な状況となった。また,化学療
瘍は臨床経過や組織型など成人腫瘍と異なり,未
法の前後の継時的評価の中で MRS を取得する症
分化な腫瘍や非上皮性悪性腫瘍では化学療法を核
例も蓄積されつつある。今までの定性的評価だけ
とした集学的治療が行われるなど,病態も治療戦
でなく,定量的評価を行う意義は高いと考えら
1)神奈川県立こども医療センター 放射線科 2)同 放射線技術科
172 ( 51 )
れ,その基礎的検討の準備を開始した。定量的解
変化を知るための指標として H2O 由来の 1H 信号
析については,脳 MRS の解析について豊富な経
が考えられる。しかしながら,腫瘍部位ではこれ
験と実績・知識を持ち合わせた放射線医学総合研
らの濃度は患者ごとまたは同一患者でも経時変化
究所(放医研)の研究員の協力のもとに研究を進
により変化する(信号強度が変化する)可能性が
めた。
ある。そのため,腫瘍内コリン定量化の準備とし
て,正常臓器(筋肉や脂肪)の水分量について検
目 的
討を始めた。具体的には,MRS データを取得し
小児腫瘍の 1H-MRS データを取得し,代謝物濃
た病巣が含まれる部位のプロトン密度画像を収集
度を解析によって得る。疾患/症状および化学療
し,腫瘍部位と正常臓器(筋肉や脂肪)の単位ボ
法の加療前後などの情報も加えられた腫瘍内代謝
クセル当たりの信号強度の比較を行い,腫瘍組織
1
物濃度( H-MRS)のデータベースを構築し,1)腫
内の経時的水分量変化を知ることができるかどう
瘍およびその悪性度ごとの代謝物濃度,および
かについて検討する。さらに,水ピークの影響を
2)治療経過と加療前後の 1H-MRS 信号パターン
補正し,コリンピーク濃度の解析を行う。
1
などをまとめる。また,得られた H-MRS 信号パ
個人情報の漏洩防止に関しては,1)LCModel
ターンを,蓄積したデータベースの 1H-MRS 信号
は Linux 上で動作し,データベースは Windows に
パターンと比較し,腫瘍/悪性度などの診断の一
保存するが,前述の PC に Linux および Windows
助とする。データの収集および蓄積により得られ
の 2 つの環境を整備するため,1H-MRS データや
た知見は,学会や論文で発表し,小児医療の発展
LCModel 解析結果データ,画像,疾患/病状/
に貢献する。
年齢の情報など,解析からデータ蓄積までに使
用されるさまざまなデータを一台の PC に集約す
研究方法
る。2)使用する PC は 1H-MRS データ転送以外は
対象は内臓腫瘍・骨軟部腫瘍で,病変部の MR
LAN ケーブルをつながず,転送元はネットワー
画像を撮像する患児とする。MRI 検査時に可能
クから隔離される。3)データベースは匿名化を
1
であれば H-MRS 測定を行う。測定は腫瘍内部に
行う。4)解析は基本的にはセンター内で行い,
ついて行う。対象とする代謝物は主にコリン(細
1
胞膜代謝の指標)とし,その濃度変化と腫瘍の組
ターから研究分担者が在籍している放医研へ持ち
織型や悪性度などについてのデータベースを構築
出す場合などはセンターで匿名化を行う,などの
していく。なお他の代謝物(脂肪の種類やその構
対策をとる。
H-MRS データをより詳細に解析するためにセン
成比など)に関しても,適宜データベース化を
行う。1 部位について得られるデータは 1H-MRS
期待される成果
データ:70 KB 程度,および位置確認用 MRI デー
臨床的には,腫瘍の悪性度判定などの診断の一
タ:3 MB 程度である。1H-MRS データから脳内
助となることが考えられる。これにより生検の必
代謝物の定量解析を行うため,パソコン(PC)
要性とその緊急性の判断に付加情報が得られる可
上で動作する LCModel ソフトウェアを用いる。
能性がある。また,理論的には,化学療法や放射
データ転送は MR コンソールと PC を LAN ケー
線治療の効果判定を腫瘍の内部信号や大きさの変
ブルによって直接つないで行う。得られた代謝物
化より早期に行えるため,より至適な治療戦略
濃度について,疾患や症状との関連性,個人間に
(より効果の高い治療の選択)に貢献する可能性
おける比較,個人における経時変化,論文検索に
が期待される。細胞膜代謝の指標とされるコリン
よる他施設における腫瘍/悪性度の 1H-MRS 信号
の増加により,腫瘍の活性化の度合いが予想でき
パターンの比較など,さまざまな事象の記録や情
るが,これらの変遷と摘出病理標本との対比,患
報収集を行い,それらも含めたデータベースの構
児の予後との関連を追跡できるのではないかと考
築を行う。
えている。小児腫瘍の治療に関連した腫瘍内代謝
腫瘍における in vivo MRS では,コリンの信号
物濃度変化の検討は今までにほとんど報告がな
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
173 ( 52 )
く,これらを発表・報告することにより,小児医
ことで,より良悪性鑑別の精度が上がることが期
療への貢献が期待できる。
待されたが,症例数の蓄積とともにデータのばら
MRI 画像として撮像される T1 強調画像,T2
つきも増えたためか,まだ一定の見解を示す結果
強調画像,造影 MRI の所見に加えて,近年では
とはなっていない。定性的評価より定量的評価の
拡散強調画像や ADC 値が腫瘍の良悪性鑑別に有
意義が高いことは,脳 MRS の経験からわかり,
用な指標となることが知られ
2, 3)
,当センターで
腫瘍の MRS においても同様のことが考えられる
も今までの検討で ADC 値の有用性が認められた。
ため定量的解析の準備を開始した。成人例で,化
しかし,腫瘍内の出血や変性などの修飾が加わる
学療法の前後での MRS 評価の有用性についてい
ことで,良悪性の鑑別が困難になる場合があるこ
くつか報告があるが 5, 6),小児に応用可能かどう
4)
ともよく経験される 。ADC 値の検討に加えて,
かの基礎的検討を試行している段階である。
MRS 所見での評価を加えることでさらに診断の
MRS 取得における手技は煩雑であるが,症例
精度が上がることが期待される。
数を重ねることで,データ取得にかかる時間が短
縮され,鎮静薬を追加せずに MRS を取得できる
研究成果
症例が増え,症例数増加に寄与している。
今年度はのべ 29 例の内臓腫瘍・骨軟部腫瘍に
対し,MRI 検査に引き続いて MRS データを取得
将来展望
した。平成 21 年度から 26 年度までに取得した内
MR 装置で測定することができる MRS データ
臓腫瘍・骨軟部腫瘍の MRS データと合わせると,
は,平成 22 年 4 月より通常 MRI データと同様
のべ 102 例となった。新生児から 18 歳までの幅
の扱いとして解析を行うようになった。脳 MRS
広い年齢層で,検査のために鎮静を要する症例が
データについては,当センター研究員である放医
多くを占めるが,この 1 - 2 年は MRS データ取得
研の MRS を専門とする研究者が当センターに来
の時間が短縮され,鎮静の追加をせずに検査可能
所して解析し,腫瘍 MRS についても同様に,解
な症例が増えた。6 例を除き,生検あるいは切除
析を行う準備を開始した。そのため,担当研究員
による病理組織学的診断がなされており,病理診
の解析量が増え,研究者がより解析に専念できる
断がされていない 6 例はいずれも画像所見や臨床
ためのデータ転送や匿名化などの作業を行うス
所見から良性腫瘍と判断し,治療・経過観察され
タッフの雇用などに,研究費を有効活用して研究
る。悪性腫瘍症例の中で,生検による診断確定後
者のサポート体制を整え,放射線科・放射線技術
に化学療法が選択され,化学療法後の治療効果判
科スタッフと血液・再生医療科をはじめとする臨
定を行う際にも MRS を取得する症例数が蓄積さ
床各科,放射線医学総合研究所の共同研究者と連
れた。悪性腫瘍 72 症例,良性腫瘍 27 症例,良悪
携し,現体制の臨床研究を継続して小児医療への
性境界群 3 例で,悪性腫瘍のうち 15 症例におい
さらなる貢献を目指す。
て,化学療法前後で複数回の MRS を取得した。
今年度は定量に向けての準備を開始したが,ま
その中に,治療終了後に残存腫瘍を経過観察して
だ基礎的検討の段階に留まる。さらに症例を蓄
いる症例が 2 例(7 検査)含まれる。
積し,同一症例での経過観察例を中心に,MRS
固形腫瘍の良悪性の鑑別に有用な ADC 値につ
データの解析による臨床(腫瘍の診断や治療効果
-3
2
いて,1.0 ×10 mm /sec 未満の拡散制限を悪性の
判定)に役立つ情報となり得るかの検討を進めて
指標とすると,当センターの解析では感度 78 %,
いく。
特異度 95 %であり,拡散制限を示さなかった悪
性腫瘍は,横紋筋肉腫,肝芽腫,卵黄嚢癌に多
文 献
く,他の腫瘍に比べて腫瘍内の出血や変性壊死が
1 )Burtscher IM, Holtas S. Proton magnetic resonance
強い傾向であった。この 11 例のうち,5 例は相
spectroscopy in brain tumours: clinical applications.
対的コリン / クレアチン比が 10 以上の高い値を
Neuroradiology 2001;43:345-352.
示した。ADC 値での評価に MRS の結果を加える
2 )Gawande RS, Gonzalez G, Messing S, et al. Role of
174 ( 53 )
diffusion-weighted imaging in differentiating benign and
weighted MRI. Magn Reson Imaging 2010;28:629-636.
malignant pediatric abdominal tumors. Pediatr Radiol
5 )Baek HM, Chen JH, Nie K, et al. Predicting pathologic
2013;43:836-845.
response to neoadjuvant chemotherapy in breast cancer by
3 )Neubauer H, Evangelista L, Hassold N, et al. Diffusionweighted MRI for detection and differentiation of
musculoskeletal tumorous and tumor-like lesions in
pediatric patients. World J Pediatr. 2012;8:342-349.
4 )Kocaoglu M,Bulakbasi N,Sanal HT, et al. Pediatric
abdominal masses: diagnostic accuracy of diffusion
using MR imaging and quantitative 1H MR spectroscopy.
Radiology 2009;251:653-662.
6 )Takeuchi M, Matsuzaki K, Harada M. Differentiation
of benign and malignant uterine corpus tumors by using
proton MR spectroscopy at 3T: preliminary study. Eur
Radiol 2011;21:850-856.
ピルビン酸脱水素酵素複合体欠損症に対する
フェニル酪酸投与の研究
露 崎 悠 1),新 保 裕 子 2),後 藤 知 英 1)
市 川 和 志 1),渡 邊 肇 子 1),井 合 瑞 江 3)
黒 澤 健 司 4)
ピルビン酸脱水素酵素欠損症は,ミトコンドリ
が改善することが報告された 2)。
ア病の 1 つであり,ピルビン酸脱水素酵素活性の
フェニル酪酸は尿素サイクル異常症における高
低下により細胞内エネルギー合成の障害,乳酸・
アンモニア血症に対して保険適応があり,すでに
ピルビン酸の蓄積を来し,発達遅滞,てんかん,
人体への投与への経験があり,アミノ酸欠乏症に
脳奇形,大脳基底核壊死,筋力低下,肝障害,腎
注意すれば長期投与が可能であることがわかって
障害などのさまざまな臓器の症状をおこす。
いる薬剤である。ピルビン酸脱水素酵素複合体
ピルビン酸脱水素酵素欠損症に対する効果的な
欠損症における人体への投与の経験はまだなく,
治療は現在まだなく,ビタミン剤,コエンザイム
フェニル酪酸により臨床的な効果,安全性を確認
Q10 投与が行われているが効果が乏しい。
するため,本研究を企画した。本研究は当セン
ピルビン酸脱水素酵素活性をあげるジクロロ酢
ター倫理委員会にて承認を受け,実施した。
酸の報告はあるが,長期的に神経学的予後を改善
せず,肝毒性,末梢神経障害の副作用などがあ
1)
方 法
り,大量・長期投与は難しい 。
遺伝子解析もしくは線維芽細胞によるピルビン
ヒト線維芽細胞において,フェニル酪酸投与に
酸脱水素酵素活性測定によりピルビン酸脱水素酵
よりピルビン酸脱水素酵素活性を上げることが報
素欠損症と診断確定した患者を対象とした。ブ
告され,ピルビン酸脱水素酵素欠損モデルゼブラ
フェニールの薬効成分であるフェニル酪酸,他の
フィッシュでは,フェニル酪酸投与により活動性
配合成分に過敏症を呈した既往のある患者は除外
1)神奈川県立こども医療センター 神経内科 2)同 臨床研究所 3)同 重症心身障害児施設
4)同 遺伝科
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
175 ( 54 )
対象とした。
シス発作があり,鎮静下人工呼吸管理 15 日間を経
フェニル酪酸(ブフェニール錠 500 mg もしく
て日齢 70 で退院した。その後,感染や誤飲を契
はブフェニール顆粒 94 %)の投与量は体重 20 kg
機に乳酸アシドーシスを繰り返した。5 ヶ月時に
以上の患者に対し,フェニル酪酸ナトリウムを
トンネル型中心静脈カテーテルを留置した。10 ヶ
1 日あたり 6.3 - 13.0 g/m2(体表面積)/ 日とし,体
月時中心静脈カテーテル感染のため入院中にウィ
重 20 kg 未満の患者に対し,フェニル酪酸ナトリ
ルス性胃腸炎に罹患し,低血圧性ショックとな
ウムを 285 - 600 mg/kg/ 日を 3 - 6 回に分割し,経
り,血漿乳酸 264.7 mg/dL,ピルビン酸 25.0 mg/dL
口・経管投与した。ピルビン酸脱水素酵素活性に
と著明な上昇を認めた。説明と同意を得て,フェ
影響を与える,ジクロロ酢酸ナトリウム,ジクロ
ニル酪酸 600 mg/kg/日内服を開始した。速やかに
ロ酢酸イソプロピルアミン,ピルビン酸は併用禁
乳酸,ピルビン酸の低下を認め,以後も感染など
忌とした。
のストレス時にも乳酸の上昇の程度が小さく,頻
評価項目は以下の項目とした。
度も減少した(図 1)
。低血圧性のショックのた
①投与前,投与後 1-2 週間,1-2 ヶ月,2-5 ヶ月, め低酸素性虚血性脳症となり,1 歳 9 ヶ月現在気
6 - 9 ヶ月,10 - 12 ヶ月での血清 AST, ALT, BUN,
管切開人工呼吸管理で寝たきりである。
Cr, TP, Alb, Na, K 血漿乳酸,ピルビン酸,アミノ
考 察
酸分析,NH3,発達評価
②投与前,投与後 1-2 ヶ月,6-9 ヶ月,10-12 ヶ月
での頭部 MRI,髄液乳酸,ピルビン酸
症例数がまだ 1 例と少ないため,今後症例を積
み重ねて検討していく必要がある。
③投与前,投与後 2 - 5 ヶ月,10 - 12 ヶ月での末
文献
梢神経伝導速度
発達レベルは定頸,追視,座位,寝返り,ものへ
1 )Stacpoole PW, Gilbert LR, Neiberger RE, et al.
手を伸ばす,人見知り,なん語,人見知り,はい
Evaluation of long-term treatment of children with
はい,つかまり立ち,立位,独歩,有意語の有無
congenital lactic acidosis with dichloroacetate. Pediatrics
などとした。
2008;121:e1223-1228.
2 )Ferriero R, Manco G, Lamantea E, et al. Phenylbutyrate
結 果
therapy for pyruvate dehydrogenase complex deficiency
症例は 1 例であった。出生時より乳酸アシドー
and lactic acidosis. Sci Transl Med 2013;5:175ra31.
(mg/dL)
(mg/dL)
ピルビン酸
乳酸
30
300
フェニル酪酸投与開始
25
250
20
200
15
150
10
100
5
50
0
月齢
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10 11
12
13 14
15 16
図1 血漿乳酸・ピルビン酸値の推移
17 18
19
20 21
0
176 ( 55 )
重症心身障害児への働きかけに関する研究
安 西 里 恵 1, 2),辻 恵 1, 2),柳 川 智 志 3)
原 伸 一 3), 小 林 直 人 2), 井 合 瑞 江 1, 2)
要 旨
方 法
表出表現の乏しい重症心身障害児への働きかけ
評価指標として下記を用いた。指標としての妥
に対する反応を客観的に評価し,療育へ反映する
当性の検討を行うとともに,実際の働きかけ(聴
ことが目標である。近赤外線酸素モニタ装置によ
覚・前庭・触覚刺激など)に対する変化について
る前頭部脳血流動態,心拍変動解析・唾液アミ
のデータ収集評価を行う。
ラーゼ測定による自律神経活動変動,ビデオ撮影
1 .ビデオ撮影による観察
による観察を指標とし,さまざまな音楽や音,声
2 .近赤外線スペクトロスコピー(NIRS):脳血
かけ,感覚刺激,運動等の働きかけによる変化を
流変化
検討した。表出の乏しい症例でもヘッドホン音楽
(日立メディコ)
・光トポグラフィ装置 ETG-4000
への反応があり,個別性を示した。さらなる検討
・NIRO200®
継続が必要である。
酸素化ヘモグロビン濃度変化(⊿ O2Hb)
,脱
酸素化ヘモグロビン濃度変化(⊿ HHb),総へ
はじめに
本研究は表出表現の乏しい重症心身障害児への
働きかけはどうあるべきかを大きな命題として行
われた。
モグロビン濃度変化(⊿ cHb),組織酸素飽和
度(TOI),組織ヘモグロビン指標(n THI)
3 .心電図記録より得られた R-R 間隔変動の周
波数解析(心拍変動解析)
重症心身障害児(者)は中枢神経系のさまざま
・MemCalc/Bonaly light®
な疾患により重度な知的障害と運動障害を併せ持
高周波成分(HF) :副交感神経系活動
つ状態を表す。近年の障害の重度化・重複化は,
低周波成分(LF/HF)
:交感神経系活動
新生児医療や救急救命を含むさまざまな医療進歩
4 .唾液アミラーゼ:ストレスにより上昇
により進んでいる。知的・運動障害のみならず脳
神経系障害や視聴覚障害さらに脳幹機能障害など
平成 27 年度までの検討結果と課題
を伴うと表出機能や反応性はますます乏しい状態
1 .観察指標 - 眼球運動や手指のわずかな動きが
となる。このような方々に対し,どのような働き
指標となるのか(溺水症例)
?
かけを行うのか,対象者はどう感じているのか,ど
眼球運動計(Neuropack4)を用いた眼球運動の
のような支援が個々にとって良いのか,日々模索し
評価,指の動きは有効な指標といえない。
ている現状がある。言葉でのコミュニケーション
2 .NIRS 脳血流変化が曲調に特異的な変化なの
は難しく運動障害の要素も加わるため,感情表
か,再現性確認が必要である(溺水症例)
。
出,要求表現,意思などの発信は介護者の解釈
表出不能な症例で NIRO200® を用いた前頭部
によるところが大きい。微弱微小運動の発現を捉
NIRS 計測を行い,①エレナ②トルコ行進曲③ノ
え,その意味を年単位の働きかけの中で分析し,応
クターンによる差を検討した結果,ノクターンで
答的運動として変容した報告もあり,観察的指標
のみ脳血流減少が持続し,曲終了前に増加するパ
に加え,生理学的指標を手掛かりとして,反応を
ターンに再現性を認め,同一症例において曲特異
客観的に評価し療育へ反映することが目標である。
的な反応の可能性が示された。
1)神奈川県立こども医療センター 神経内科 2)同 重症心身障害児施設 3)同 発達支援部
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
177 ( 56 )
3 .評価法の妥当性について,心拍変動解析,
NIRS の基礎データ収集が必要である。
心拍変動解析について:前庭刺激(シーツブ
ランコ)では縦揺れ>横揺れで刺激中に同期し,
HF が高く,副交感神経系活動の高まりがあった。
れた。唾液アミラーゼ活性は一定の変化を認め
ず。
5 .反応のわかりにくい重心者への音楽呈示によ
る評価(平成 27 年度)
2 例( ① 歯 上 核 赤 核 淡 蒼 球 ル イ 体 萎 縮 症
歌と同時に行われた場合は LF/HF が高くなり, (DRPLA)により観察評価の難しい反応のわかり
交感神経系活動が亢進する。足浴>手浴で副交感
にくい 20 代男性。かつて大好きだった京急電車
神経系活動の高まりを示した。今後も検討継続が
の音・嵐の曲・ジブリメドレー・クラシック ②全
必要である。
前脳胞症 30 代男性。ライジングサン・オルゴー
4 .反応のわかりやすい重心児への音楽呈示によ
ル・クラシック)での心拍変動解析の検討を行っ
る評価(図 1)
た。環境音の影響を軽減するためヘッドホンから
快表出の得られる曲“妖怪体操”
,聞きなれ
前・曲間安静 5 分として音楽呈示を行った。この
ない曲“お経”
,前述クラシックの 3 曲による
検討では安静時と曲における心拍変動に一定の差
NIRS,心拍変動解析,唾液アミラーゼ活性を評
やパターンは認められなかった。そこで安静時間
価する。対象は聴覚刺激に対する表情変化が豊か
30 分後に音楽呈示する方法としたところ,音楽
で観察指標と客観的指標との関係性評価ができ
呈示中は HF,LF/HF ともに安静時と比較して変
る。全曲中で HF 上昇傾向があった。笑顔がはじ
動が大きく,何らかの反応が認められた。症例①
ける快表出では LF/HF の上昇を認めた。苦手曲
では曲開始時に HF 上昇 LF/HF 低下する傾向を
での変化はない。クラシックではノクターンは
認めた(曲による変化は検討中)。曲中の副交感
HF 上昇が明らかで LF/HF は低値となった。NIRS
神経系の高まりとともに,わずかに表情の穏やか
はトルコ行進曲で緩やかな脳血流増加と後半の下
さや呼吸が落ち着いている傾向を認めた。症例②
降,ノクターンは一旦上昇後に低値が続き終了前
では曲中の HF,LF/HF 変動は大きく,アップテ
に増加した。この鎮静的曲想での変化は表出不能
ンポな曲ではわずかにほころぶ表情がみられる傾
な症例と同じパターン(NIRS での脳血流低下と
向があった。
終了前の上昇,心拍変動解析で HF 高値)が示さ
図1 反応のわかりやすい重心児への音楽呈示による評価
178 ( 57 )
考 察
まとめ
重症心身障害児先行研究では,心拍変動解析
1 .重症心身障害児の快不快,音楽や刺激の受け
では LF/HF が健常人のような日内変動がみられ
止めの客観的指標として,心拍変動解析,近赤
ず,副交感神経系活動 HF のみが自律神経機能の
外線スペクトロスコピーによる評価は有用であ
評価指標となりうるという報告の一方で,足湯に
る可能性が示された。
おいて,LF/HF による交感神経活動が確認できた
が,HF ではばらつきが多く有意ではない報告や
2 .個別性が高く,基礎データ収集も継続的に必
要である。
スヌーズレン活動での交感神経,副交感神経の両
3 .観察指標が可能な症例,難しい症例ともに客
方が高まりなど,個別性が高いことは明らかであ
観的指標のデータ収集を継続し,実際の療育と
る 1 - 3)。
組み合わせて検討したい。
われわれの検討では HF 上昇は“鎮静的曲や
じっ く り 耳 を 傾 け る状態の快”
,LF/HF 上昇は
文 献
“笑い興奮を伴う快”と一致した変化である可能
1 )満留昭久, 濱本邦洋, 小川厚. 重症心身障害児(者)の
性が示された。基礎データ集積から痛みや他の心
自律神経機能の年齢依存性変容. 厚生省精神・神経疾
理状態ではどうか? 日常のなかに HF 上昇を指標
患研究委託費研究報告書 1999;285-297.
とした働きかけの時間を作ること,継続すること
2 )山根康代, 小枝達也. 重症心身障害児の足湯の効用
でどう変化するのか? 重症心身障害児に日々か
に関する研究(第 2 報)心拍変動の周波数解析などに
かわるわれわれが常に考え,感情やコミュニケー
よる検討. 小児保健研究 2008;67:885-889.
ションの表出が困難な重症心身障害児の反応を
3 )北川かほる, 種子島幸男, 藤井誠, 他. 心拍変動解析
くみとる評価の指標をさらに検討する必要があ
を用いた重症心身障害児
(者)の療育評価に関する検
る。
討. 日本重症心身障害学会誌 2011;36:509-515.
静音化 MRI“PETRA”を用いた小児の画像診断に関する研究
藤 井 裕 太 1),相 田 典 子 1),野 澤 久美子 1)
佐 藤 公 彦 2),草 切 孝 貴 2),村 本 安 武 2)
鈴 木 悠 一 2),丹 羽 徹 3)
研究の動機と必要性
など検査現場への経済的・精神的負担を引き起こ
近年の MR 技術の進歩による撮像シーケンス
した。
の高速化は,画質の向上や撮像時間の短縮など被
国内外において,医療被ばくの観点から,小児
検者への検査負担を低減し,多くの情報を効率良
MR 検査への期待・ニーズが高まっている昨今,検
く取得できるようになった。その一方で,高い傾
査のための鎮静に対する安全性の担保が求められ
斜磁場強度,早い立ち上がり・スイッチング技術
ており,2013 年には日本小児科学会,日本小児
の向上により,深刻な騒音が問題となる。騒音は
麻酔学会,日本小児放射線学会から「MRI 検査
体動による画質低下だけでなく,再検査,再撮像
時の鎮静に関する共同提言」が報告された。その
1)神奈川県立こども医療センター 放射線科 2)同 放射線技術科 3)東海大学放射線科
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
179 ( 58 )
ため,小児 MR 検査は,できるかぎり自然睡眠下
比較検討も順次行いたい。
で施行できる環境を整えることが今後の命題であ
り,
「騒音」の解消は必然的な要素と考えられる。
発展性
近年,これまで一般的に撮像されていたシーケ
PETRA は現在頭部 MRI を対象に撮像を行って
ンスの静音化を可能とする新たな静音技術が各種
いるが,撮像時間を短くするために元々設定され
機器メーカーにより開発され,画質レベルや検
た撮像範囲 Field of View(FOV)が広く,胸部領
査効率を損なわずに検査が遂行できると期待さ
域も結果として撮像範囲内に入ることが多い。特
れ,臨床機への搭載が開始された。当センターの
に新生児や体格の小さい乳児においては胸部領
MRI 装 置(MAGNETOM Verio, Siemens, Erlangen,
域ほぼ全体をカバーすることが往々にしてある。
Germany) に も 新 た な 静 音 技 術“Quiet Suite” の
PETRA の uTE 技術は TR ごとに k スペースの中
1 つである“Pointwise Encoding Time Reduction with
心からデータを収集するため動きに強く,また空
Radial Acquisition”
(PETRA)と呼ばれる Ultra short
間分解能の高い画像が得られることから,胸部領
TE(uTE)技術を利用した静音シーケンスが試験
域の画像も明瞭に描出されることが多い。特に気
導入された。PETRA は,従来頭部における 3D T1
道が明瞭に描出され,CT による気道の評価が必
強調画像で撮像されてきた MPRAGE と比較して,
要な患児の代替検査方法となる可能性がある。ま
撮像時間の延長をきたすことなく同等の画質が得
た先天性肺気道奇形や気管支閉鎖症,肺分画症な
られ,90 %以上の騒音の低減が可能となると報告
ど種々の肺疾患の評価も CT の代わりに被ばくの
1 - 3)
。PETRA は一連のルーチン検査で使用
ない静音化 MRI で評価できる可能性がある。さ
でき,特殊性がなく,静音性が常に担保されるこ
らには今後,腹部や骨盤腔など他の体幹部領域に
とから,小児の頭部 MRI 検査においても患児の負
も応用できる可能性を十分に秘めている。
された
担の軽減と検査効率の向上が期待される。
しかし,PETRA を初めとした静音シーケンス
期待される成果および医療現場等への波及効果
は新しく開発された技術であり,小児領域を含
小児期の CT 撮像とその医療被ばくによる発が
め臨床現場におけるデータの蓄積はまだ少ない。
んのエビデンスが報告される昨今,CT 撮像の適
よってこの静音シーケンスが臨床現場において従
応はこれまで以上に厳密に決定すべきであり,被
来撮像されていたシーケンスと代替可能かどう
ばくのない MRI 撮像のニーズが高まっている。
か,比較検討を行う必要があり,この研究成果を
静音化 MRI が将来の小児画像診断における重要
学会や論文などにより世界に発信することの意義
な位置を占めれば,医療被ばくの問題も回避で
は非常に大きい。
き,また鎮静の必要性も低くなると期待される。
騒音による患児への精神的負担は軽減され,それ
課題解決の目標
により再検査,再撮像の必要性がなくなれば,医
当センターでは小児専門病院という特性のた
療現場における検査効率の向上や経済的負担の軽
め,健常な小児および小児神経疾患罹患児のデー
減も期待できる。
タを取得し,年齢や疾患によって分類されたデー
タベースを構築することが可能である。このよう
具体的な研究実施計画・方法
な環境にあることから,小児領域における静音
対象は頭部 MRI 撮像目的で来院した患児のう
シーケンスの有用性の検討を行うことは責務とも
ち,PETRA 追加撮像に対し同意の得られた児と
考えられる。まずは頭部領域における静音シーケ
する。本来の画像診断に対して必要な従来シーケ
ンスと従来シーケンスの両者を撮像し比較検討を
ンスを全て撮像した後,最後に PETRA の撮像を
行い,データの収集および蓄積により得られた知
行う。PETRA 撮像前に患児が鎮静から覚醒して
見は,学会や論文で発表し,小児医療の発展に貢
いたり,無鎮静の患児が撮像を拒否した場合,撮
献する。さらには胸部,腹部等の体幹部領域の従
像は終了とし,追加の鎮静剤投与を行ったり検査
来シーケンスや CT を初めとした他 modality との
の強制は行わない。また本来の診療業務に関して
180 ( 59 )
は同意取得の有無に関係なく十分に行われること
対象とし,気管・気管支・葉気管支の画像を点数
を保証する。
化して描出能を評価し,良好な診断的評価が可能
従 来 撮 像 シ ー ケ ン ス で あ る 3D T1 強 調 画 像
と報告した 6)。また同日,PETRA-T1 シークエン
MPRAGE と静音シーケンスである PETRA の両
スにおいて,Inversion Recovery 法を用いた場合
者を撮像できたものは,両シーケンス撮像中の騒
と,用いない場合との胸部画像の鮮明性を,成人
音レベルの測定,撮像時間の測定を行い,比較検
ボランティアにて比較し,用いない方が優れてい
討する。また,両者の画質の比較としてまずは正
ると報告した 7)。
常と考えられる脳画像を呈した被験者を選別し,
平成 27 年中に論文として,56 症例で撮影さ
両シーケンスにおける各部位での信号強度の比較
れ た MPRAGE と PETRA の 脳 T1 強 調 画 像 を 比
と contrast noise ratio(CNR)の測定を放射線科医
較し,PETRA の方がコントラストに優れ,髄鞘
複数人で行う。可能であれば並行して健常ボラン
化の評価が可能であることを American Jurnal of
ティアの撮像も行う。
Neuroradiology に投稿し,アクセプトされ,平成
また,PETRA を撮像できた患児の気道の視認
28 年度にパブリッシュされた 8)。
性を別項目として評価し,気管,左右主気管支,
葉気管支,区域気管支の視認度をスコアリングす
文 献
る。これらのうち,気管支閉鎖症などの肺疾患を
1 )Grodzki DM, Jakob PM, Heismann B. Ultrashort echo
合併したものがあれば,CT 等他の modality 画像
time imaging using pointwise encoding time reduction
との比較を行い,診断に堪えうるか評価を行う。
with radial acquisition(PETRA)
. Magn Reson Med
今後は腹部領域への応用も検討する。
2012;67:510-518.
個人情報の漏洩の防止のため,解析からデータ
2 )Ida M, Wakayama T, Nielsen ML, et al. Quiet T1-
蓄積までのさまざまなデータは院内読影端末およ
weighted imaging using PETRA: initial clinical evaluation
び 1 台の PC で保存する。解析は基本的に当セン
in intracranial tumor patients. J Magn Reson Imaging
ター内で行い,解析前後のデータを当センター外
へ持ち出す場合は匿名化を行う。
これらのデータベースを構築し,研究成果を学
会や論文などで世界に発信する。
2015;41:447-453.
3 )Dournes G, Grodzki D, Macey J, et al. Quiet Submillimeter
MR Imaging of the Lung Is Feasible with a PETRA
Sequence at 1.5 T. Radiology 2015;276:258-265.
4 )Nozawa K, Aida N, Fujii Y, et al. T1-weighted PETRA
研究成果
for the structures in neonates and early infancy: A
臨床的には,平成 27 年度には 104 名の同意を
preliminary study. 2015; S234: The 74th Annual Meeting
とり,83 症例患者を撮影した。
of the Japan Radiological Society.
平成 27 年 4 月に,横浜で行われた日本医学放
5 )Aida N et al. Radiological evaluation of quiet T1-weighted
射線学会総会にて,頭部から胸部を撮影した 39
PETRA in comparison with routine brain MPRAGE in
症例の PETRA-T1 を対象とし,うち 33 症例で気
pediatric patients. Proc ISMRM 2014.
管や両主気管支,葉気管支の観察が良好に確認
6 )Aida N et al.“T1-PETRAシーケンスの新生児気道
でき,胸部単純写真との比較で肺野の異常も捉
描 出 能:脳MRI施 行 時 画 像 で の 評 価 ”
. 43rd Japanese
えられたことを報告した 4)。同様の報告は,平
Society for Magnetic Resonancein Medicine.
成 27 年 6 月 に, カナダのトロントで行われた
7 )Kusagiri K, et al.“PETRAによる気道・胸部描出に関す
The International Society for Magnetic Resonance in
る試み”
. 43rd Japanese Society for Magnetic Resonancein
Medicine(ISMRM) の 第 23 回 大 会 に て, 第 22
Medicine.
回大会での報告(PETRA 画像による脳髄鞘化の
5)
8 )Aida N, Niwa T, Fujii Y, et al. Quiet T1-weighted
評価)の続報として行った 。
Pointwise Encoding Time Reduction with Radial
平成 27 年 9 月に東京で行われた第 43 回日本磁
Acquisition for Assessing Myelination in the Pediatric
気共鳴医学会大会にて,39 症例の PETRA-T1 を
Brain. AJNR Am J Neuroradiology 2016;37:1528-1534.
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
181 ( 60 )
新生児複雑心奇形に対するハイブリッド治療
麻 生 俊 英
はじめに
に,循環器内科医によるカテーテル治療と心臓血
胎児診断の進歩は目覚ましく,これまで知られ
管外科医の行う体外循環を用いない姑息術を同時
なかった胎児期を含めた心疾患の自然歴が明らか
に同じ手術台で行う治療とした 1, 2)。重症複雑心
になりつつある。胎児診断されたエプスタイン奇
奇形の段階的修復術の第一段階として,新生児期
形の 4 割が胎児死亡し,2 割が出生直後に死亡す
早期に行う治療法である。対象となる心疾患は,
るという観察は,胎児心エコーの進歩なしには得
バルーンでは裂開できない肥厚した心房中隔をも
られなかった衝撃的な事実である。この胎児心エ
ち,ステントを挿入して拡げなくてはならない狭
コーの観察に基づき,治療に関しても大きな変化
小化した卵円孔 restrictive PFO をもつ左心低形成
が生まれた。すなわち,これまで胎児期,あるい
症候群およびその類縁疾患が多数を占める。ま
は出生直後に診断の遅れのために手術前に死亡し
た,産科医,新生児科医,麻酔科医,小児循環器
た,つまりこれまでは治療の対象とならなかった
内科医や心臓血管外科医など医師や看護師,社会
複雑心奇形の患児が,胎児心エコーの進歩によっ
福祉士など他職種のメンバーが胎児診断をもとに
て治療の対象となったのである。通常,出生直後
出生前から治療方針を話し合い,他科,多職種の
に死亡する患児の心疾患は複雑で重症である。出
力を結集し行うチーム医療である。
生後に循環や呼吸が維持できないと判断されるこ
のような重症心疾患をもつ胎児を救命するために
対象と方法
は,誘発分娩,あるいは帝王切開で出生させ直ち
上記の定義に沿ってわれわれの hybrid 治療の
に治療を開始する計画的出産・計画的治療開始
第 1 例目を 2010 年に行った。その後,4 例を加
1, 2)
。しか
が不可欠である(planned rescue surgery)
え 5 例を検討した。5 例のうち 4 例は胎児診断さ
し,呼吸,循環が重篤な状態である上に,出生直
れ,計画的に帝王切開し出生させた。治療は生後
後の諸臓器の機能が十分でない不安定な時期であ
30 分から 2 日の間に開始した(表 1)。治療は心
るので,治療の早期開始だけではなく人工心肺な
カテ室で行った。全身麻酔下に,胸骨正中切開を
ど侵襲の大きな処置はできるだけ避けて,低侵襲
行い経食道心エコー下に右房に直接針を刺し心房
手術法を導入するのが救命のために重要と考えら
中隔を貫いてガイドワイヤーを挿入し,それをガ
れる。そこで,体外循環を用いない外科治療とカ
イドにステントを挿入してバルーンでステントを
テーテル治療を組み合わせ,より低侵襲な方法で
拡張させ心房中隔に心房間交通を作成した。肺血
治療を行うハイブリッド治療が欧米を中心に応用
流の増加を確認して両側肺動脈絞扼術を行い肺血
されてきた。新しい治療法である,胎児診断に基
流量を適正化したのち閉胸し,hybrid 治療を終了
づき出生直後に行われたハイブリッド治療のわれ
した。この症例を鏑矢に,現在まで 5 例の出生後
われの経験をまとめ,その効果と問題点について
早期のハイブリッド治療の経験がある。これら重
検討した。
症複雑心奇形を合併した 5 例に対し,胎児診断,
出生から治療開始までの経過,治療の詳細,治療
定 義
後の経過,次の手術への到達度,遠隔成績を詳細
重篤な心疾患の治療に際し,出生数日以内に計
に検討した。
画的に,かつ低侵襲的に治療を行うことを目的
神奈川県立こども医療センター 心臓血管外科
182 ( 61 )
表1 患者プロフィール
No 胎児診断 在胎週数
出生時体重
(㎏)
性
帝王切開
診 断
1
Yes
38
2.9
M
計画的
2
No
35
2.1
M
緊急
3
Yes
38
2.8
F
計画的
HLHS(AS, MS), Restrictive ASD
4
Yes
38
2.1
F
計画的
Critical AS with Severe LV dysfunction, Intact atrial septum
5
Yes
35
2.3
F
計画的
Critical AS with Severe LV dysfunction
Co/Ao, Hypoplastic LV, SAS, Restrictive ASD
HLHS(AS, MS), Cor Triatriatum, PVO
* Co/Ao: coarctation of aorta, SAS: subaortic stenosis, PVO: pulmonary venous obstruction, 下線は出生後の緊急治療が必要と判断した病態
結 果
タン手術へ到達させた。この症例はフォンタン
出生後 2 日以内に hybrid 治療を行った 5 例を
手術 1 年後の心臓カテーテル検査では肺動脈圧
検討した。放置すれば 1 週間以内に死亡する重症
9 mmHg と良好な値で,MRI 検査でも脳神経系に
,
例である。3 例では左心低形成症候群(HLHS)
異常を認めなかった。現在,元気に幼稚園に通っ
あるいは HLHS 類似疾患に合併する肺静脈狭窄
ている。症例 2 は,胎児診断されていなかった
。症例 1 は胎児診断された
を解除した 3, 4)(表 2)
が,出生直後より呼吸障害,チアノーゼがあり
左心低形成症候群類似疾患で,当初,大動脈弁
心エコーにて肺静脈狭窄(PVO)と診断され,生
下狭窄があると考え,生後 90 分で両側肺動脈絞
後 7 時間で hybrid 手術を行い,両側肺動脈絞扼
扼術と ASD stent 挿入を hybrid で行った 5)。しか
術と ASD stent を挿入した。しかしその後,右肺
し,両側肺動脈絞扼後も大動脈弁下狭窄は顕在化
静脈は共通肺静脈幹を作ったのち垂直静脈に繋が
しなかったため,生後 4 日で band を両側肺動脈
り,横隔膜を貫いて肝へ繋がり下心臓型の右総肺
から主肺動脈へ移動させ,さらに大動脈縮窄症
静脈還流異常となり PVO を生じていることがわ
に対して subclavian flap aortoplasty を行った。そ
かった。PVO が進行してきたため,生後 6 日で
の後,Damus-Kaye-Stansel 吻合とグレン手術を経
体外循環使用下に右肺静脈幹と右心房の吻合,お
て,生後 20 ヶ月で最終目的の手術であるフォン
よび ASD stent を除去したのち,心房中隔欠損拡
表2 外科治療とその結果
出生から治
No 療開始まで
の時間
ASD
ステント
両側 PAB
Ballon 大動
脈弁裂開術
手技時間
(分)
生死
第 2 段階(生後日)
現在
1
91 分
Yes
Yes
-
155
生
CoA repair and
MPA banding(4d)
TCPC 完成
2
7 時間
Yes
Yes
-
173
生
PVO repair and
ASD creation(7d)
死
3
2日
-
Yes
-
217
4
30 分
Yes
Yes
Yes
224
生
5
30 分
-
Yes
Yes
213
生
死
-
(PAB 前)
,
PDA coil(36d)
PA debanding by
catheter(42d)
-
死
PA debanding and
PDA ligation
BVR 完成
(15d)
, CoA repair(23d)
* BCPS; bidirectional cavopulmonary shunt, BVR; biventricular repair, DKS; Damus-Kaye-Stansel, TCPC; total cavopulmonary connection, PVO;
pulmonary venous obstruction,
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
183 ( 62 )
大を行った。しかし,心不全が遷延し救命できな
が次第に改善した。遷延する心不全のため胸骨は
かった。この症例では胎児診断され繰り返しエ
開放させ,以下の手技はカテーテル治療で行っ
コーを行うことができれば,正確な診断ができ治
た。左室駆出が下行大動脈まで到達するまでに
療成果を上げることができたかもしれない。症
十分な左室の回復が得られ,生後 36 日目に PDA
例 3 は hybrid 治療にて,ASD stent を挿入し心房
を coil embolization し, さ ら に 生 後 42 日 目 に 左
間交通を作成した直後,徐脈,循環虚脱となり蘇
右肺動脈の band を縫着した糸をバルーンにて拡
生に反応しなかった。Restrictive PFO をもつ左心
げ debanding を試みたが,肺動脈の裂傷から出血
低形成症候群で,左室壁が厚く内腔と冠動脈に交
し救命できなかった。心不全のために術後 1 ヶ月
通 sinusoidal communication のあるタイプであり,
でも胸骨開放で管理しており肺動脈周囲が脆弱で
ASD 作成により左室圧が低下し冠動脈灌流圧の
あったからと思われる。外科的治療を選択すべき
低下をきたし心筋虚血をきたしたことが原因であ
であったと思われた。症例 5 では,両側肺動脈絞
ろうと推測した。残り 2 例(症例 4,5)は,重
扼後の左房圧が 18 mmHg で,ASD stent は置かな
度の低左心機能を合併した重症大動脈弁狭窄症で
かった。図 1 に示すように,左室駆出率は hybrid
ある。胎児心エコーで左室駆出率が低下し,大動
治療後より日に日に改善し,生後 10 日にはプラ
脈弁裂開術を行っても直ちには体循環をまかな
トーに達した。左室からの駆出量の増加を示す下
える左室ではないと判断した。体循環の一部を
半身の酸素飽和度も hybrid 治療後より上昇し,1
右室に担わせ左室を休ませ,左室機能の回復を
週間頃にはプラトーに達した。このため 15 日目
待つ治療(LV rehabilitation)を行った
6, 7)
。胸骨
に外科的に PA debanding と PDA ligation を行った。
正中切開でアプローチし両側肺動脈絞扼術を行
その後,大動脈縮窄が顕在化したため左開胸で大
い,右総頚動脈を露出してカニュレーションしバ
動脈弓再建を追加し,良好な経過で退院した。2
。動脈
ルーン大動脈弁裂開術を行った(hybrid)
例は経過良好であったが,術中死を含め 5 例中 3
管を Prostaglandin E1 で開存させ,右室から体へ
例が病院死し,2 例が遠隔生存している。
血流を供給させ,左室の負担を軽減させて左室機
能の回復を待った。症例 4 では,Hammel らの報
考 察
告に従い 6),左室の前負荷軽減を図るため ASD
われわれの治療経験から,胎児診断をもとに計
stent を挿入した。しかし,術後に左室の前負荷
画的な出産,生直後の hybrid 治療を行うことに
が大部分,右室にかかる結果となり高度な右心不
よって通常助けることのできない重症心疾患患児
全をきたした。両心不全の回復に 1 ヶ月かかった
を救命できる可能性がでてきたといえる。Hybrid
SO2 of Lower Body (%)
LV EF (%)
100
80
95
60
90
85
40
80
20
0
75
0
5
days
10
15
70
0
5
days
図1 左室 EF と下半身 SO2 の推移(症例5)
10
15
184 ( 63 )
治療はカテーテル治療と外科治療の組み合わせに
後の hybrid 治療を行い 2 例を救命,遠隔生存さ
よって低侵襲で困難な病態を乗り切らせ,臓器の
せた。他科,多職種の協力によってはじめて治療
脆弱な新生児期に侵襲の高い手術を回避できるよ
の成功が得られる治療法である。
うに内科,外科が力を合わせて行う治療である。
今回,胎児診断に基づいた計画的な hybrid 治療
文 献
を対象とした。しかし,出生後に診断された 1 例
1 )Harada Y. Current status of the hybrid approach for the
は診断が不正確で,治療経過はうまくいかなかっ
treatment of hypoplastic left heart syndrome. Gen Thorac
た。胎児診断されていれば結果も違ったかもしれ
Cardiovasc Surg 2014;62:334-341.
ない。胎児診断のメリットは大きいと思われる。
適応となる病態は大きく 2 つに別れる。ひとつ
2 )Bacha E, Kalfa D. Minimally invasive paediatric cardiac
surgery. Nat Rev Cardiol 2014;11:24-34.
は,治療を急ぐ理由として肺静脈狭窄を合併する
3 )Pizarro C, Davies RR, Woodford E, et al. Improving
場合である。PVO の解除によって高肺血流とな
early outcomes following hybrid procedure for patients
るため,肺血流の制御のために両側肺動脈絞扼術
with single ventricle and systemic outflow obstruction:
を行う。2 つ目は弱い左室を右室で助ける間に回
defining risk factors. Eur J Cardiothorac Surg 2015;47:995-
復を待とうとする LV rehabilitation である。以前
1001.
の報告では,左室の回復を促す目的で ASD stent
4 )Dave H, Rosser B, Knirsch W, et al. Hybrid approach
を挿入しているが,われわれの症例 4 のように右
for hypoplastic left heart syndrome and its variants: the
室の前負荷を増やすことになり,問題が左心不全
fate of the pulmonary arteries. Eur J Cardiothorac Surg
から右心不全になっただけの場合もあり,この疾
2014;46:14-19.
患における ASD stent の適用は慎重に行いたい。
5 )Sasaki T, Asou T, Takeda Y, et al. Hybrid palliation for
左房圧が許容範囲内であれば ASD 拡大は不要で,
a neonate with functional single ventricle and restrictive
むしろ左房圧を上げ,ある程度の左室前負荷をか
atrial septal defect: a case report. World J Pediatr Congenit
けることが左室トレーニングとなり左室にとって
意味のある処置となる場合もあると考えられる。
Heart Surg 2015;6:139-142.
6 )Hammel JM, Duncan KF, Danford DA, et al. Two-stage
しかし,いずれにしても木目細かな管理と患児の
biventricular rehabilitation for critical aortic stenosis with
血行動態の観察によって,治療戦略の効果を上げ
severe left ventricular dysfunction. Eur J Cardiothorac
る必要がある。
Surg 2013;43:143-148.
7 )Misumi Y, Hoashi T, Kagisaki K, et al. The importance
結 語
of hybrid stage I palliation for neonates with critical aortic
胎児診断に基づき高度の肺静脈狭窄や重篤な低
stenosis and reduced left ventricular function. Pediatr
左室機能と判断した 5 症例に,計画分娩,出生直
Cardiol 2015;36:726-731.
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
185 ( 64 )
病院内こども虐待対応組織の状況を把握するための全国調査
田 上 幸 治
目 的
結 果
こどもへの虐待が小児医療,保健,福祉,教
377 施設にアンケートを実施した。同意の上,回
育,司法にまたがる重要課題の 1 つとなっている
。
答を得た施設は 118 施設であった(回答率 31 %)
ことは,多くの人が認識しているところである。
CPT 設置率は 91.5 %であった。一年間の検討症
虐待を受けたこどもの予後には,死亡や身体的後
例数の平均は 26.2 件(0 - 222 件),そのうち虐待
遺症ばかりでなく,愛着形成の障害,心的外傷後
通告件数の平均は 6.4 件(0 - 57 件)であった。
ストレス障害,さまざまな精神トラブル,さらに
CPT の機能についての各項目についての集計結
虐待の世代間連鎖がある。虐待を受けたこどもの
果は図 1 に示す。各項目をステージごとに点数化
心の専門的な長期的ケアは,そのこどもの一生に
し,各項目の合計点を総合点として点数化した。
わたる心の健康と虐待の連鎖を断ち切るうえで重
総 合 点 は 7.5 か ら 54 ま で で, 平 均 点 は 30.8 で
要である。一方,予防の観点から,ハイリスクと
あった。各施設の総合点は,CPT の構成職種数
思われる親,こども,環境に対して,援助的介入
,構成人員
とは相関は認めなかったが(r : 0.096)
する必要がある。ともかく,虐待されているこど
も達を一刻も早く救い出すこと,これ以上虐待
,虐待通告数
数(r : 0.39)
,検討症例数(r : 0.39)
(r : 0.31)と相関を認めた。
が増えないように取り組むことは,現在,我が国
の社会に課せられた重要課題である。この問題に
考 察
は,行政的施策の充実とともに,こどもと家族の
「性虐待に対しての,専門的診察ならびに医療
健康と福祉にかかわるさまざまな機関,職種の連
面接が可能である。多施設からの性虐待に関す
携が欠かせないが,その中にあって医療関係者は
る,医療コンサルトを行うことが可能である」6
こどもの代弁者の代表として,先頭に立って行動
施設,
「被虐待児への急性期以降の総合的フォ
すべきである。
ローアップが可能であると共に,加害親に関して
医療機関がこども虐待に対し,組織的にこども
も包括的な対応が可能」7 施設であり,包括的に
の安全をより確実に担保し,支援につなげていく
性虐待に対応できる施設が少なく,潜在的な性虐
ための仕組みとしての病院内こども虐待対応組織
待被害を吸い上げることができていないことが示
child protection team(CPT)を構築,より充実し
唆される。また,教育活動においても,院内での
たものにすることが急務である。現在の CPT の
啓発活動や教育活動も限定的で行われていない施
設置および,機能について調査した。
設も多い。医療連携は広く行われているが,「鑑
定書作成や法廷証言などあらゆる医療的対応が可
方 法
能である。あらゆる事例の一時保護委託を受け
全国 5 類型病院のうち,小児科のある病院に対
入れることが可能で,重度身体的虐待 / ネグレク
して CPT に関するアンケートを行った。CPT の
ト,性虐待事例の初動調査に関しては,システム
構成,一年間の検討症例数,虐待通告数,CPT
化し,対応している。
」は 5 施設に限られ,司法
のスタッフ配置,機能,院内啓発・教育活動,医
対応への医療的資源は不足していると考えられ
療連携に関するアンケートである。本研究は,当
る。もちろん,すべての病院の CPT が高度な機
センター倫理委員会で承諾を得た。
能を備える必要はない。今後,二次調査を行い,
神奈川県立こども医療センター 総合診療科
186 ( 65 )
病院機能を調査し,その結果を基に地域や病院機
性虐待に対応できる施設が少ない。また,教育活
能に応じた CPT の機能を提示する必要がある。
動を行う施設も限定的である。今後,病院の機能
の応じた CPT の機能についての指針の制定が必
結 論
要と考える。
虐待の司法に対する医療的対応ができる施設や
1. コーディネーター
2. チームリーダー
3. ワーキングチーム
ステージ 3
ステージ 3
ステージ 3
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4. アドミニスレーター
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ステージ 2
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9. 医学診断マニュアル
8. マニュアル
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7. 連絡受理体制
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6. 連絡マニュアル
5. その他のチームメンバー
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10. 性虐待事例対応
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13. 症例のデータベース化
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19. 教育活動
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21. 他機関からの相談
20. 医療機関連携
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18. 院内啓発
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17.4次予防活動
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16.3次予防活動
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15. 予防活動
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14. 研究活動
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12.CPT会合
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11. 重症事例虐待除外
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図1 CPT の機能についての集計結果
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こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
187 ( 66 )
自閉症スペクトラム児の食事の歴史に関する検討
磯 部 宏 子
目 的
コミュニケーションや言葉の問題,ステレオタ
イプな行動を特徴とする自閉症児には,偏食がよ
くみられる合併症である 1, 2)。日本における自閉
症児の食習慣の経過を調査した。
方 法
2014 年 1 月から 3 月までに当センターの児童
思春期精神科,総合診療科に通院する自閉症児
のなかで,研究への同意が得られた児の保護者
に,日常的な 3 日間の食事記録を記載してもらっ
た。完成した食事記録は郵送され,食物のレパー
トリー数が評価された。食物のレパートリー数は,
患児が 3 日間で食べた食品の種類(食品名もし
くは材料名)を数えた。また,離乳食の進み具
合(良い,悪い,全く食べない)や過去(3 歳,
図1 食品レパートリー数の変化
6 歳,12 歳,18 歳)の推測される食品のレパー
トリー数を答えてもらい,レパートリー数の変
化を調査した。レパートリー数と CGAS,離乳食
偏食に至った症例が 2 例あった。その原因は,急
とレパートリー数,離乳食と CGAS について相
性胃腸炎や急性上気道炎などの感染症であった。
関を調べた。3 歳および現在のレパートリー数と
一方,3 歳で重度の偏食を認めた症例で,その
CGAS の相関を評価するためにピアソンの相関係
後,レパートリーが増えた 5 症例のうち,4 症例
数を用い,離乳食とレパートリー数,離乳食と
で学校生活が契機となった。
CGAS の相関を評価するために分散分析を用い
た。
考 察
自閉症児はある風合い,匂い,色,温度に嫌悪
結 果
を抱くため,それらが食事に影響をあたえること
参加者は DSM-Ⅳの診断基準に基づき自閉症と
により,偏食を示すと考えられる。自閉症児で
診断された 28 名(男児 22 名,女児 6 名)
,年齢
は,母乳から哺乳瓶への移行期,離乳期,自ら食
は 5 - 27 歳(12.6 ± 5.6)であった。レパートリー
べる時期に食事の問題がしばしば生じる 3)。しか
数と CGAS,離乳食とレパートリー数,離乳食と
しながら,今回の研究では,3 歳で偏食がなくて
CGAS について,相関は認めなかった。
も,さまざまな契機により偏食が進む症例がある
食品のレパートリー数は 3 歳から現在までに変
ことが分かった。原因は胃腸炎や急性上気道炎な
化していた(図 1)
。3 歳で 50 以上の食事のレパー
どの感染症であった。嘔気や嘔吐,咽頭や口腔内
トリー数があったが,その後,5 歳までに重度の
の違和感や痛みなどによる食事の不快感が,特定
神奈川県立こども医療センター 栄養管理科
188 ( 67 )
の食品への不快感に繋がり偏食がすすむものと考
文 献
えられた。このことが起こる背景には,自閉症児
1 )Arnold GL, Hyman SL, Mooney RA, et al. Plasma
がもつ感覚的な過敏性があることが考えられる。
amino acids profiles in children with autism: potential
また,一度定まった日課に対する変化への抵抗
risk of nutritional deficiencies. J Autism Dev Disord
が,そのことを改善させるむずかしさに繋がる。
2003;33:449-454.
2 )Raiten DJ, Massaro T. Perspectives on the nutritional
結 論
ecology of autistic children. J Autism Dev Disord
食事の変遷は,機会,教育,環境の変化により
1986;16:133-143.
さまざまに変化する。学校生活が食事のレパート
3 )Shim JE, Kim J, Mathai RA, et al. Associations of infant
リーを改善させる良い機会となった。効果的な早
feeding practices and picky eating behaviors of preschool
期介入が進歩すれば,自閉症児の食習慣は変化す
children. J Am Diet Assoc 2011;111:1363-1368.
るかもしれない。
骨粗鬆症ハイリスク患児におけるアレンドロネート使用
花 川 純 子, 室 谷 浩 二, 島 田 綾
朝 倉 由 美, 今 川 智 之, 露 崎 悠
井 合 瑞 江, 辻 恵, 後 藤 知 英
安 達 昌 功
背 景
する効果や骨折に対する抑制効果も確認された 1, 2)。
骨粗鬆症は,骨の脆弱性が増大し骨折の危険性
小児期のステロイド性骨粗鬆症におけるビスホ
が増大する疾患と定義され,骨吸収が骨形成に比
スホネート製剤については複数の前向き試験があ
して亢進する結果,骨量が減少し骨の構造が脆く
り 3, 4),重症リウマチ性疾患患者を対象とした前
なることが特徴である。骨粗鬆症の原因にはさ
向き多施設試験では 5),アレンドロネート投与に
まざまなものがあるが,小児において問題になる
より骨密度増加効果が認められた。重症心身障害
ものは,ステロイド誘発性骨粗鬆症と,自発運動
児に対するアレンドロネート投与は,海外での報
の低下や栄養不足などが誘因でおこる重症心身障
告に加え国内でも安全性と有効性が報告されてい
害児にみられる骨粗鬆症である。これらの患者で
る 6)。最近,国内においてゼリー製剤が使用でき
は,日常生活での軽微な外傷などにより骨折を生
るようになり,錠剤が内服できずアレンドロネー
じ,患児の活動性の低下や成長障害および QOL
トが使用できなかった小児や経口摂取が困難な重
の低下が懸念される。
症心身障害児でも投与の可能性がでてきた。
ビスホスホネート製剤であるアレンドロネート
本研究では,骨粗鬆症ハイリスクの患者に対し
は,腰椎・大腿骨・全身骨の骨密度増加,安全性
てアレンドロネートによる治療介入を実施し,骨
および忍容性が確認された。骨代謝マーカーに対
折およびQOL低下の予防が可能か否かを検討した。
神奈川県立こども医療センター 内分泌代謝科
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
189 ( 68 )
対象と方法
<検討項目>
<対象>
・臨床歴:年齢・身長・体重・Tanner 分類・骨
①脆弱性骨折を認める患児または,腰椎 DEXA
法において Z-score < - 2.5 の患児を骨粗鬆症と
年齢
・骨密度:Dual energy X-ray absorptiometry(DEXA)
法で腰椎の骨密度を測定。
診断する。
・骨代謝マーカー:血中骨型 ALP および骨型
骨粗鬆症と診断した児のうち,
②ボナロン製剤(錠剤もしくはゼリー製剤)の内
酒石酸抵抗性酸性フォスファターゼ(TRACP-
服後,30 分間座位を保てる患児,または,胃
・尿中Ⅰ型コラーゲン架橋 N テロペプチ
5b)
ド(NTx)
ろうや経管栄養チューブを使用しており,薬剤
注入後に頭部挙上を 30 分間保てる患児を対象
・血液検査:電解質・ALP・肝機能・腎機能・
・25(OH)
ホ ル モ ン(iPTH・ 性 ホ ル モ ン )
とした。
ビタミン D
<方法>
当センター外来通院中もしくは入院中の児のう
・尿検査:電解質
ち,骨粗鬆症と診断した児で上記②をみたし,研
・骨折回数
究計画とその意義を説明し,本人もしくは保護者
・その他の有害事象
から同意が得られた患者に対して以下の方法で薬
<観察期間> 12 ヶ月
剤投与を行った。
①内服量
結 果
アレンドロネート製剤(錠剤またはゼリー製剤)
昨年に引き続き 4 例の男児(症例 1 - 4)は,ア
を,体重 20 kg 未満の児に対しては 35 mg/ 2 週,
レンドロネート製剤の投与を行った。また,本年
体重 20 kg 以上の児に対しては 35 mg/ 週投与
度 1 例の男児(症例 5)は新たにアレンドロネー
した。
ト製剤の投与を開始した(表 1)。
②内服方法
症例 1 は開始後 11 ヶ月の時点で骨折を生じた。
起床後すぐに内服または注入した。ただし内
アレンドロネート製剤投与開始前にも,骨折の既
服する際は,かまずに確実に製剤を内服した
往のある患児であり,開始 6 ヶ月後の時点では明
後 180 mL の水分を摂取し,30 分間座位を保っ
らかな骨密度および骨代謝マーカーの改善を認め
たのちに朝食および他の内服薬を摂取するよう
なかった。
に指導した。胃ろうや経管栄養チューブからゼ
予定されていた 12 ヶ月の投与を終了した 4 症
リー製剤を注入する際は,ゼリーを注入可能な
例のうち,症例 2 - 4 について骨密度の変化(図 1)
大きさに切断もしくは,お湯で溶解後に冷却し
および骨代謝マーカー(TRACP5b)の変化(図 2)
て投与した。その後 180 mL の水分を注入し,
にまとめた。症例 1 については,データが不十分
30 分間座位または 20 度以上の頭部挙上を保っ
なため除外した。
た後,朝食および他の内服薬を注入とした。
3 症例ともに骨密度の増加および骨代謝マー
表1 患者背景
症例
年齢
(歳)
性別
基礎疾患
Tanner 分類
骨密度
(Z スコア)
骨折回数
観察期間
1
21
男
脳性まひ
4度
- 5.0
1回
12 ヶ月
2
7
男
ミトコンドリア病
1度
5 歳 3 ヶ月
- 6.7
0回
12 ヶ月
3
10
男
髄膜炎後遺症
1度
6 歳 1 ヶ月
- 8.7
0回
12 ヶ月
4
8
男
脊髄性筋萎縮症
1度
6 歳 5 ヶ月
- 4.8
0回
12 ヶ月
5
9
男
ステロイド内服
1度
- 3.2
0回
6 ヶ月
骨年齢
190 ( 69 )
(g/㎡)
症例 2
(mU/dL)
0
0.5
-2
0.4
0.3
0.2
症例 3
1,400
症例 4
1,200
-4
1,000
-6
600
800
400
-8
0.1
1,600
200
0
-10
開始前
1 年後
開始前
1 年後
開始前
図1 症例 2 - 4 の骨密度(左)と Z スコア(右)の変化
1 年後
図2 症例 2 - 4 の TRACP5b の変化
カーの改善を認めた。
in Japanese patients with osteoporosis; A randomized,
現在,全例有害事象なく経過している。
double-blind, active-controlled, doubledummy trial. Curr
Ther Res Clin Exp 2002;63:606-620.
今後の方針
3 )Acott PD, Wong JA, Lang BA, et al. Pamidronate
現在投与中の,症例においては継続して 1 年後
treatment of pediatric fracture patients on chronic steroid
の評価にむけて投与継続する。有効性および安全
therapy. Pediatr Nephrol 2005;20:368-373.
性評価のため,さらなる症例の蓄積を目指す。
4 )Tanaka H. The effect of alendronate treatment on
glucocorticoid induced osteoporosis in children. Endocr J
文 献
2010;57:5483.
1 )Shiraki M, Kushida K, Fukunaga M, et al. A double-
5 )Rudge S, Hailwood S, Horne A, et al. Effects of
m ask ed m u iticen t e r c om pa r a t i ve st udy be t we e n
once-weekly oral alendronate on bone in children on
alendronate and alfacalcidol in Japanese patients with
glucocorticoid treatment. Rheumatology(Oxford)
osteoporosis. The Alendronate Phase III Osteoporosis
2005;44:813-818.
Treatment Research Group. Osteoporos Int 1999;10:183192.
2 )Kushida K, Shiraki M, Nakamura T, et al. The efficacy
of alendronate in reducing the risk for vertebral fracture
6 )佐々木吉明, 丸山静男, 阿部好美, 他. 骨粗鬆症に対
してビスホスホネート製剤を使用した重症心身障害
児の 2 例. 小児科臨床 2007;60:1552-1556.
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
191 ( 70 )
WISC -Ⅳ知能検査に関する一考察
-発達障害特性が示すもの-
高 橋 未 央 1), 山 下 花 緒 1), 小 川 舞 2)
坂 巻 郁 美 2), 尾 方 綾 1), 大 出 幹 子 1)
蒲 池 和 明 1), 高 野 則 之 1), 宮 島 政 人 1)
はじめに
WISC 知能検査の変遷・改訂とは別に,ここ数
数ある発達検査,知能検査の中でも Wechsler
年で発達障害の捉え方も変化を遂げた。米国精神
式知能検査はアセスメントを行う際に最も頻繁
医学会が刊行した精神障害の診断と統計マニュア
1)
に使われる検査の 1 つといわれ ,その児童版が
ルが改訂され,DSM-5 として 2013 年に出版され
Wechsler intelligence scale for children(WISC)知
た(日本語訳出版は 2014 年)
。この改訂により,
能検査である。当センター臨床心理室においても
発達障害の分類および捉え方が変更され,DSM-5
就学前の年齢からそれ以後の年齢の子どもたちの
では“自閉症スペクトラム障害”となった。スペ
知能評価を行う際に多く用いるが,これは当室に
クトラム概念が取り入れられ,障害の多様性とと
限ったことではなく,子どもの知的な力を評価し
もに定型発達内の自閉的特性との連続性を前提と
支援・介入を行う他の医療機関,福祉機関,教育
する概念となった 2)。
機関においても同様である。
これまで発達障害児特有の認知プロフィールの
この WISC 知能検査は時代ともに改訂が重ねら
存在を指摘する声もあったことから,WISC-Ⅳ知
れた。これは時間の経過の中で“知能”の定義に
能検査からみられる特有の認知特性の有無が少し
展開があり,また社会環境などの変化も伴って検
ずつ検討され始めている。当室においても,今後
査の内容が文化や生活の実態に合わなくなった
の発達障害(自閉症スペクトラム障害)に対する
からである。日本版 WISC-Ⅳ知能検査は,米国
理解を深め,WISC-Ⅳ知能検査からうかがえる特
で 2003 年に WISC-Ⅲ知能検査の改訂版として出
徴について検討し,よりよいアセスメントへとつ
版されたものを日本版として標準化し,2010 年
なげる必要がある。
に出版された。前身である WISC-Ⅲ知能検査か
ら WISC-Ⅳ知能検査への改訂点は非常に大きい
目 的
ものであったが,出版から 5 年以上経過した今,
WISC-Ⅳ知能検査からみられる発達障害領域に
WISC-Ⅳ知能検査の実施が主流となった。
位置する子どもたちの認知プロフィールの検討を
WISC 知能検査が多くの機関で用いられる理由
行う。また,WISC-Ⅳ知能検査は個人内の能力の
は,総体的な知能を測るだけでなく個人内の能力
偏りを推測し認知特性を明らかにできることか
の偏りを推測し認知特性を明らかにできるといっ
ら,発達障害領域に位置する子どもたちの個人内
た面があることである。前身である WISC-Ⅲ知
の能力の偏りについても検討を行い,子どもの理
能検査では LD や ADHD,広汎性発達障害などの
解を深めよりよい発達支援につなげることを目的
発達障害領域に関わる子どもたちの状態把握には
とする。
有用な存在であり,さらにはそれぞれの能力や適
性に応じた個別的な発達支援にも情報を与えてく
1)
れるとされた 。
対象および方法
当センター各診療科医師より知能検査依頼があ
1)神奈川県立こども医療センター 臨床心理室 2)元神奈川県立こども医療センター 臨床心理室
192 ( 71 )
り,平成 26 年 5 月から平成 28 年 4 月までの間に
倫理的配慮
当室臨床心理士が WISC-Ⅳ知能検査を実施した
取扱うデータは個人情報保護に留意し,対象者
患児ら 655 名の診療録を後方視的に調査し,医
個人が特定できないように配慮した。
師が発達障害,中でも広汎性発達障害(ICD-10,
F84)と判断した患児,160 名を対象とした。本
結 果
調査では医師が ADHD および ADHD と広汎性発
対象者の全検査 IQ(FSIQ)を表 1 に従い合成
達障害の両特性を併せ持っていると判断した患児
得点分類で群分けし,それぞれ結果(FSIQ およ
については対象外とした。160 名の中には発達遅
び 4 つの指標得点)の平均を算出した(表 2)
。
滞を伴う患児も含まれる。また対象者の中には
指標それぞれの平均値を比較すると,その差は若
主訴や主診断が広汎性発達障害とならない者(副
干であり,一貫したあるいは目立った指標間のア
診断にて広汎性発達障害と判断される者)も含ま
ンバランスさは示されなかった。しかし群ごとに
れる。対象児 160 名の WISC-Ⅳ知能検査結果を
みていくと,非常に低い(軽度遅滞)群,低い
数量的にまとめ分析を行う。対象者 160 名(男児
(境界域)群,平均群はワーキングメモリー指標
100 名,女児 60 名)の検査実施における平均年
が最も低く,そして平均の下群,平均の上群,高
齢は 10.30 歳であった(検査時実施時年齢は 5 歳
い群は処理速度指標が最も低くなった。但しこれ
から 16 歳)
。
は統計上有意な差とまではいえなかった。
表1 合成得点の分類
合成得点
分類
130 以上
非常に高い
120 - 129
高い
110 - 119
平均の上
90 - 109
平均
80 - 89
平均の下
70 - 79
低い(境界域)
69 以下
非常に低い
(日本版 WISC -Ⅳ理論・解釈マニュアルから引用)
表2 分類ごとの合成得点,指標得点の平均
非常に低い
低い
平均の下群
(軽度遅滞)群 (境界域)群
合成得点
対象者数
70 未満
11
70 - 79
22
80 - 89
40
平均群
平均の上群
高い群
非常に
高い群
90 - 109
66
110 - 119
16
120 - 129
5
130 以上
0
全検査(FSIQ)
61.64
75.86
83.83
99.88
115.56
128.00
-
言語理解(VCI)
67.91
82.55
89.95
103.50
115.25
121.80
-
知覚推理(PRI)
68.55
79.64
87.75
101.53
112.56
123.40
-
ワーキングメモリー
(WMI)
65.18
77.68
86.05
95.56
110.88
126.60
-
処理速度(PSI)
72.27
81.50
82.50
96.55
104.00
111.20
-
表3 4 指標得点間(言語理解,知覚推理,ワーキングメモリー,処理速度)の差の平均および差の幅
非常に低い
低い
平均の下群
(軽度遅滞)群 (境界域)群
平均群
平均の上群
高い群
非常に
高い群
指標間の差の平均
17.45
20.73
20.88
27.60
23.13
31.80
-
差の幅
9 - 31
7 - 33
3 - 45
8 - 51
2 - 38
18 - 57
-
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
193 ( 72 )
続いて,言語理解,知覚推理,ワーキングメモ
達障害児は一定の割合でワーキングメモリーが低
リー,処理速度といった 4 つの指標の合成得点の
いといった結果が示されている 4)。その調査は基
うち,各対象者の最も高い指標と最も低い指標の
礎的な調査であり,対象者の少なさなどが問題と
差を算出することで示される指標得点間の差,す
して挙げられるが,今回の調査結果からも同様の
なわち対象者の個人内の能力の偏りやアンバラン
結果である発達障害領域の子どもたちはワーキン
スさについて数量的に捉え検討するため,指標得
グメモリーや処理速度といった指標に苦手さを抱
点間の差を算出し,指標得点間の差の平均を求め
えやすい可能性が示唆された。但し統計上有意に
た(表 3)
。それによると,全体的な能力水準の
低いとはいい切れなかった。領域ごとの高低,す
高低に関わらず能力間の数値上の差が 20 前後あ
なわち対象者ごとに得意・不得意のあり方にはさ
り,個人内能力差やその偏りが非常に大きいこと
まざまなタイプがあることを意味しているのだろ
が明らかとなった。
う。
発達障害領域の子どもたちは偏りやアンバラン
考 察
スな知的発達といわれ,各指標得点の平均を比較
WISC-Ⅳ知能検査は総体的な知能を測るだけで
するとワーキングメモリーや処理速度が低いと
なく個人内の能力の偏りを推測し認知特性を明ら
いった傾向が挙げられたが,どの程度の偏りを
かにできるといった面があるため,広汎性発達障
有しているか検討した研究はあまりみられていな
害などの発達障害領域に関わる子どもたちの状態
い。そこでこのような合成得点の平均の差の検討
把握に有用な存在であるとされる。現時点で多用
のみならず,対象者の個人内の能力の偏りについ
される WISC-Ⅳ知能検査を通して広汎性発達障
てより詳細な検討を行うため,言語理解,知覚推
害に属する子どもたちの認知プロフィールの検討
理,ワーキングメモリー,処理速度といった 4 つ
を行うため,結果の平均を算出し,比較を行っ
の指標の合成得点のうち,各対象者の最も高い
た。比較を行うにあたり,FSIQ を表 1 の合成得
指標と最も低い指標の差を算出することで偏りや
点分類に基づき,非常に低い(軽度遅滞)群,低
アンバランスさを数量的に捉えることができると
い(境界域)群,平均の下群,平均群,平均の上
考え,指標得点間の差を算出し,その差の平均を
群,高い群に分類した。非常に高い群に該当する
求めた。その結果,非常に低い(軽度遅滞)群で
対象者はいなかった。一概に発達障害といえども
は 17.45,低い(境界域)群では 20.73,平均の下
軽度の発達遅滞を伴う者から知的に高い水準の者
群では 20.88,平均群では 27.60,平均の上群では
まで全体的な知的水準(FSIQ)の幅は非常に大
23.13,高い群では 31.80 と,いずれの群でも能
きく,結果平均を用いて分析および検討を行うた
力間の数値上の差が 20 前後あることが明らかと
めには,群ごとに分けて検討を行うことでより有
なった。これは対象者の個人内能力差やその偏り
用な結果が得られると判断したためである。そ
が非常に大きいことを示した。本研究では差の大
れぞれの群ごとに分け,FSIQ および 4 つの指標
きさにのみ着目しているため,各対象者によりど
(言語理解,知覚推理,ワーキングメモリー,処
のような領域間に差があるのか等,差のあり方は
理速度)の平均の比較を行ったところ,統計上の
さまざまであると考えられる。しかし 20 前後と
有意な差まではいえないものの,非常に低い(軽
いう大きな差がみられやすいという結果からは,
度遅滞)群,低い(境界域)群,平均群はワーキ
発達障害領域の子どもたちそれぞれの得意・不得
ングメモリー指標が最も低く,そして平均の下
意を正確に評価し,それぞれの特性の基づいた支
群,平均の上群,高い群は処理速度指標が最も
援や介入の検討の必要性の色濃さが明らかとなっ
低くなった。WISC 知能検査に関する研究をみる
たともいえる。
と,発達障害児特有の認知特性やプロフィール
今回,WISC-Ⅳ知能検査を通して発達障害の子
(4 つの指標のばらつき)の指摘がなされており,
どもたちの特性について検討を行った。本研究で
ワーキングメモリーや作業速度などが弱いとの指
は発達障害の中でも,広汎性発達障害の子どもた
3)
摘もある 。筆者らがこれまで行った調査でも発
ちを対象に検討を行ったが,DSM-5 では“自閉
194 ( 73 )
症スペクトラム障害”に該当する ADHD なども
2005;2-11.
対象に加え,さらなる検討を行いたい。知能検
2 )下山晴彦. 公認心理師と発達障害のアセスメント.
査は子どもの状態や特性を理解するための 1 つの
下山晴彦, 黒田美保編, 臨床心理学. 金剛出版, 東京,
ツールである。そのツールを用い,さまざまな角
度から子どもたちへの支援・介入のあり方を検討
することは今後も継続するべき課題である。
2016;16:3-6.
3 )石川直子, 河村雄一, 小笠原昭彦. WISC-Ⅳによる高
機能広汎性発達障害児 42 例の認知特徴. 小児の精神
と神経 2013;53:33-39.
文 献
4 )高橋未央, 山下花緒, 小川舞, 他. WISC-Ⅳ知能検査に
1 ) 藤 田 和 弘, 上 野 一 彦, 前 川 久 男, 他. WISC-Ⅲ ア セ
スメント事例集-理論と実際-. 日本文化科学社,
関する一考察 ワーキングメモリー指標に着目して
(2)
.
こども医療センター医学誌 2015;44:206-209.
先天性糖化異常症患者の病因解明と
スクリーニング法の構築(最終報)
室 谷 浩 二, 花 川 純 子, 大 戸 佑 二
朝 倉 由 美, 安 達 昌 功
はじめに
て,本病因が CDG であることを突き止めた(ス
先 天 性 糖 化 異 常 症 congenital disorders of
イスのグループとの共同研究)
。また,その後出
glycosylation(CDG)は,糖タンパクを構成する
生した男児の妹(現在 7 歳,通院中)は,重症度
アミノ酸の一部に結合する糖鎖の形成過程のい
や臨床症状の組み合わせこそ異なるものの,同じ
ずれかに異常がおきる先天的な疾患群である
1, 2)
。
CDG を有することが強く疑われる(図 1)。
CDG は,さまざまな生理学的機能の障害と広汎
CDG と確定した理由は,兄の皮膚線維芽細胞
な症状を特徴とし,中枢・末梢神経系,骨格系,
を 用 い た lipid-linked oligosaccharide profile(LLO
心臓,肝臓,腎臓,血液・免疫系などに多彩な臨
解析)の結果,糖鎖形成途上の中間産物である
床像の組み合わせがおこることが知られているも
(Man)
dolPP -(GlcNac)
2
5( 以 下 M5) の 蓄 積 を 認
のの,内分泌臓器の異常はこれまでほとんど報告
めたためであるが,その後,M5 の形成に関与
されていない。
する酵素をコードする既知の遺伝子群(ALG3,
われわれは,2007 年,新生児糖尿病,原発性
DPM1,DPM2,DPM3,MPDU1,RFT1,
甲状腺機能低下症,著しい成長障害,免疫不全な
DOLPP1)について変異解析を行うも,異常を認
ど多彩な臨床像を呈する男児例を経験した。この
めなかったことから,既知の原因は否定され,未
男児は,免疫不全による敗血症性ショックのため
解明の新規病態と推測される。
残念ながら生後 7 ヶ月時に死亡したが,剖検の結
このような背景を踏まえ,本研究では,この
果を踏まえ,これまでに報告のない新規の病態
CDG 家系の病因を分子生物学的レベルで突き止
3)
であると推測された 。その後,種々の検討を経
神奈川県立こども医療センター 内分泌代謝科
めること,さらには,CDG 患者全般の診断に役
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
195 ( 74 )
立つスクリーニング法の確立を目指す。
定する。
ここで,本疾患の責任遺伝子が常染色体劣性遺
対象および方法
伝形式をとり,両親は保因者と仮定した場合,兄
<対象>
妹において複合へテロ接合変異が同定され,両親
今回対象とするのは,CDG 家系の兄妹および
において各変異がヘテロ接合で同定されることが
健常な両親である(図 1)
。すでにインフォーム
必要条件である。この条件を満たす遺伝子におい
ド・コンセントを得て,兄妹および両親からはゲ
て,みつかった塩基置換が,病的に意義のあるも
ノム DNA を抽出済であり,また,兄妹からは,
のか否か検討する。
白血球由来細胞株,皮膚線維芽細胞,iPS 細胞を
樹立済である。
(2)iPS 細胞の解析
一昨年までに,発端となった CDG 家系の兄妹
CDG 患者全般の診断に役立つスクリーニング
で iPS 細胞を樹立した。これは,慶應義塾大学医
法の確立に当たっては,新たに CDG 候補患者を
学部生理学教室(代表:岡野栄之教授)との共
選定し検体を集積する。この場合の検体は,末梢
同研究である。iPS 細胞の樹立後,神経細胞,膵
血由来の DNA,および(可能であれば)臓器由
臓,甲状腺組織などに分化誘導させ,病態の発症
来の DNA,皮膚線維芽細胞である。既に死亡し
機序の解明を目指す。
ている候補患者で,剖検が行われている場合に
(3)レクチンマイクロアレイ解析
は,病理組織のパラフィン切片も利用する予定で
発端となった CDG 家系の兄妹の皮膚線維芽
ある。
細胞や iPS 細胞,また,新たに選定・集積した
<方法>
CDG 候補患者の検体を用いて,レクチンマイク
ロアレイによる包括的な糖鎖解析を行う。
(1)遺伝子解析
発端となった CDG 家系に関して,本疾患が,
常染色体劣性遺伝形式(両親は保因者)との推定
3 年間の成果
のもと,兄妹および両親の DNA を用いて全エク
(1)遺伝子解析
ソーム解析を行い,候補遺伝子を絞り込む。さら
CDG 家系の兄妹および両親の DNA を用いた全
に,全エクソーム解析によって絞り込んだ候補遺
エクソーム解析の結果,候補遺伝子を 4 個までに
伝子に関して変異解析を行って,責任遺伝子を同
絞り込んだ。
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図1 家系図および兄妹の臨床症状の比較
196 ( 75 )
(2)iPS 細胞の樹立
plate 間の marker 値が大きく異なること)が浮き
CDG 家系の兄妹の皮膚線維芽細胞から iPS 細
彫りにされた。今後,他のアプローチを用いて本
胞を樹立(兄から 3 クローン,妹から 8 クロー
症の発症機序を検討することを考慮したい。
ン)した。樹立効率が通常の 1/100 以下と非常に
悪く,iPS 細胞樹立に時間を要した。
(3)レクチンアレイ解析
(4)新たな CDG 患者の集積
現時点で新たな CDG 候補患者は集積できてい
ない。
CDG 家系の兄妹の皮膚線維芽細胞,iPS 細胞
を用いてレクチンアレイ解析を行った。患者兄の
総 括
(14 糖構造が
LLO 解析で M5 の蓄積が証明され,
この CDG 家系の病因を分子生物学的レベルで
とれない場合に正常なプロセシングが障害されハ
突き止めることを目指したが,3 年間で結果を出
イマンノース型が生成することから)
,ハイマン
すことはできなかった。また,稀少疾患であるが
ノース型を認識する 17 - 20 番のレクチンが,コ
故,新たな CDG 候補患者の集積も叶わなかった。
ントロールで低く,患者で高いと予測した。
そこで,いったん本研究を休止し,時機を待って
皮膚線維芽細胞,iPS 細胞とも,ハイマンノー
再開したい。それまでの間,この CDG 家系の妹
ス型の存在比はコントロール , 患者共に少なく ,
の症状,経過を今一度見直し,新たなアプローチ
差異を認めなかった。皮膚線維芽細胞において,
を探りたい。
患者ではコントロールに比して,
(1)α-1-6 Fuc
(3)O 型糖鎖に対
の増加,
(2)α-2-3 Sia の減少,
文 献
して Tn-antigen の増加を認めたが,iPS 細胞にお
1 )Jaeken J, Matthijs G. Congenital disorders of
いて,同様の差を検出できなかった。また,他の
glycosylation: a rapidly expanding disease family. Annu
レクチンに関しては,有意差を認めなかった。
以上の結果,N 型糖鎖のみならず,O 型糖鎖な
ども含めて糖鎖修飾エピトープが変化した可能性
Rev Genomics Hum Genet 2007;8:261-278.
2 )Freeze HH. Genetic defects in the human glycome. Nat
Rev Genet 2006;7:537-551.
があったが,皮膚線維芽細胞と iPS 細胞で(本来
3 )豊田有子, 田中水緒, 室谷浩二, 他. 新生児糖尿病・甲
同一であるはずの)結果が異なった。樹立された
状腺機能低下症・著しい成長障害・免疫不全など多彩
iPS 細胞が不安定である可能性に加え,レクチン
な臨床像を呈したCongenital disorders of glycosylation
アレイ解析における問題点(規格化の方法により
の 1 例. こども医療センター医学誌 2008;37:111-120.
解析結果が変動すること,Background が大きく
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
197 ( 76 )
3 次元新生児胸郭モデルを用いた胸腔鏡下手術シミュレーションと
トレーニングシステムの確立
望 月 響 子, 新 開 真 人, 北 河 徳 彦
武 浩 志, 臼 井 秀 仁, 細 川 崇
大 澤 絵都子, 吉 澤 一 貴
背景と目的
対象と方法
現在,成人領域だけでなく小児領域においても
匿名化された新生児(3 kg)の胸部 CT 画像を
内視鏡外科(腹腔鏡・胸腔鏡)はめざましい発展
基に医療向け 3 次元モデリングサービスを提供し
を遂げている。新生児疾患も含めた多岐にわたる
ている株式会社ファソテックに依頼し,3 次元新
小児疾患において内視鏡手術が導入され,多くの
生児胸郭モデルを作成した(図 1)
。内部に食道
症例で内視鏡手術が標準術式になりつつある。当
閉鎖モデルや横隔膜ヘルニアモデルをはめ込むこ
センターにおいて内視鏡手術は 1998 年 10 月に導
とで,胸腔鏡下食道吻合術や横隔膜縫合術のト
入され,その手術症例数は増加し続けている。内
レーニングを行う。シミュレーションを行う場合
視鏡手術は数箇所の小さな創で行われるため,術
は,助手の参加も重要なため実際の手術同様三人
後の痛みが少なく創痕も目立たず,術後早期回復
(術者,第一助手,第二助手)で一緒にトレーニ
や早期退院が可能となる。患児にとっては,術後
ングを行うが,縫合技術のトレーニングを行う場
の痛みや入院によるストレス,さらに創部の整容
合,1 人でも使用できるよう内視鏡の固定装置を
性の面から有用性は高い。適応疾患が広がり続け
作成した(図 2)
。内視鏡モニターの横に実際の
る内視鏡手術に対応し,より安全,且つより円滑
手術動画を提示し,よりリアルな 3 次元術野操作
な内視鏡手術を遂行できる技術が求められる。小
をイメージした。
児領域では担当する疾患が多岐にわたり,かつ疾
患毎の症例数が少ないこと,さらに多様な体格体
結 果
型の患児に対応しなければならないことから,安
剥離操作や縫合操作に有効なトロッカー位置を
全な内視鏡手術を行うために,術前の十分なシ
ミュレーションが必要である。また,内視鏡手術
は,手術操作を行う術者の両手以外に術者の目と
なる内視鏡操作や術者の手となる鉗子操作を第一
助手,第二助手が行うため,術者,助手の連携が
より重要となる。そのためにも,術前に手術操作
の流れに対する共通認識をもつ必要がある。昨年
度われわれは本研究助成をもとに新生児胸郭モデ
ルを作成した。今回,そのモデルを用いた食道
閉鎖や横隔膜ヘルニアの胸腔鏡下手術シミュレー
ションとトレーニングシステムの確立を目指し
た。
図1 3 次元胸郭モデルの実際
神奈川県立こども医療センター 外科
198 ( 77 )
視鏡手術は,手術時間や麻酔時間を短縮させ,手
術件数の増加が可能となり,長時間手術の減少に
よる医師や看護師など人件費削減も見込まれる。
また,小児外科手術においては,患児の体格が小
さい場合,開胸手術や開腹手術でも術者,助手の
2 人しか術野を確認することができず,レジデン
トなど若い医師への指導が不十分となることがあ
るが,内視鏡手術では内視鏡により拡大された術
野をモニターで共有することができるため,教育
効果も高い。この 3 次元胸郭モデルであれば,若
い医師の内視鏡手術手技獲得トレーニングとして
図 2 トレーニングシステム
も活用することができる。
検討しながら,狭い胸腔スペースでの縫合操作の
加えて,本胸郭モデルは胸郭内が空洞となって
トレーニングが施行できた。実際の手術動画を参
いるため食道閉鎖モデルや横隔膜閉鎖モデルなど
考にシミュレーションすることで,より現実味を
自由にカスタマイズすることができ,その有用性
帯びたトレーニングを行うことができた。胸腔
を実感している。食道閉鎖は症例毎に上部下部食
鏡,鉗子の挿入に問題はなく,ポート位置の確認
道の高さは異なり,さまざまな gap の食道閉鎖モ
やトレーニングの反復が可能であった。
デルでトレーニングが可能である。横隔膜閉鎖モ
デルにおいても多様なサイズや位置の横隔膜欠損
考 察
孔に対し縫合トレーニングが施行できる。今後は
内視鏡手術が浸透した現在,より安全な手術を
肺切除モデルなどをデザインし,さらなるトレー
目指して内視鏡手術手技トレーニング方法も改良
ニングを行いたい。
された。ドライボックスでのトレーニングだけで
はなく,動物を用いたウェットラボでの講習会な
文 献
ども多く開催されるようになった。その中間の位
1 )飯村泰昭, 岡村国茂, 大高和人, 他. 胸腔鏡手術におけ
置づけとして,3 次元モデルを用いたトレーニン
る安全対策 ヒト胸郭モデルによる段階的胸腔鏡手術
グについての発表も散見されるようになった 1 - 3)。
トレーニング. 日本臨床外科学会雑誌 2010;71増:361.
また,小児新生児モデルについても客観的技術評
2 )Obuchi T, Imakiire T, Miyahara S, et al. Off-the-job
4)
価システムとしての報告がなされているが ,訓
training for VATS employing anatomically correct lung
練モデルとしての有効性はまだ示されていない。
modes. Surg Today 2012;42:303-305.
これまで当科では,幼児期,小児期の患児を中
3 )Barsness KA, Rooney DM, Davis LM, et al. Validation
心に内視鏡手術を行い,症例数を増やしてきた。
of measures from a thoracoscopic esophageal atresia/
近年,乳児に対する鏡視下手術も増えた。新生児
tracheoesophageal fistula repair simulator. J Pediatr Surg
外科疾患に対する内視鏡手術の報告も相次ぎ 5),
2014;49:29-32.
本 3 次元胸郭モデルを用いたシミュレーションを
4 )小幡聡, 家入里志, 神保教広, 他. 疾患モデルを用い
行うことにより,より体の小さな新生児を含むさ
た新しい小児内視鏡外科手術における客観的技術評
まざまな体型の患児においても安全に内視鏡手術
価システムの構築 新生児先天性横隔膜ヘルニア修復
を適用することができる。適切な位置にポートを
術モデル. 日本小児外科学会雑誌 2014;50:1076-1077.
設置することは効率的な手術操作に必須である。
5 )漆原直人, 福本弘二, 三宅啓, 他. プロがみせる手
シミュレーションによってポート設置部位と手術
術シリーズ(1)
:難易度の高い胸部手術 C型食道閉
手順をあらかじめ決定することができれば,体格
鎖 症 に 対 す る 胸 腔 鏡 下 食 道 閉 鎖 根 治 術. 小 児 外 科
や年齢に関係なく,幅広い患者層を対象に,効率
2013;45:538-545.
的な内視鏡手術を行うことができる。効率的な内
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
199 ( 78 )
てんかん治療の成人移行医療機関調査
園 田 永 子, 齋 藤 道 子, 鈴 木 真 子
大 山 牧 子
背 景
FAX での返送とした。
当センターの保健福祉相談窓口では,成人移行
一次調査は医療機関名,連絡先,標榜科名,てん
に伴う地域の医療機関への転医の相談がある。相
かん診療の有無(診療有の場合,年齢制限の有
談者は主治医から転医を勧められた場合や,家族
無)について質問した。
が自ら相談する場合等さまざまなケースがある。
二次調査は一次調査でてんかん診療を実施してい
特に神経内科のてんかん患者の相談数は多い。
る医療機関に対し,診察患者の状況(身体・知的
てんかん患者は他の疾患を合併していない場
障がいへの対応,対応患者の医療機器装着状況・
合,外来治療が中心であり,医療福祉相談室や退
使用薬剤数)
,地域医療連携の窓口,医療機関情
院・在宅医療支援室の個別担当はついていないこ
報公開への承諾について質問した。
とが多い。その場合,保健福祉相談窓口で成人移
期 間: 一 次 調 査 は 2015 年 11 月 - 2016 年 1 月 行の相談に対応する。各地域で紹介できる医療機
二次調査は 2015 年 12 月 - 2016 年 2 月
関のリストはなく,全国てんかんセンター協議会
が運営しているてんかん診療ネットワークや地域
倫理的配慮
の医療機関名簿等を元に苦慮しながらの対応をし
本研究は当センター倫理委員会の承認を得て実
ていた。
施した。自由意志での参加を調査用紙に明記し,
小児専門医療機関の当センターにおいて,成人
返送をもって研究の同意とした。
移行は避けては通れず,円滑な相談に向けて対策
が必要であった。そこで,成人移行期を迎えるて
結 果(表 1 - 4)
んかん治療の患者に紹介できる医療機関のリスト
1 .一次調査の回答は 154 医療機関で,回答率は
を作成し,外来や相談窓口で活用できるようにす
59.7 %。てんかん診療実施は,131 医療機関。
るための調査を実施した。
2 .二次調査の回答は 67 医療機関で,回答率は
目 的
3 .二次調査で回答があった 67 医療機関 70 科の
51.1 %。70 科より回答。
患者主体の成人移行を目指し,患者家族に紹介
できる医療機関リストを作成するために,県内の
てんかん治療を実施する医療機関に当センター患
者への情報提供の承諾と対応している患者の状況
等を調査し,円滑な成人移行を実施する。
方 法
状況
表 1 診察患者の状況
ネットワーク 医療機関数 単剤使用 多剤使用
無回答
非加入
50
46
43
1
加入
20
18
20
0
総数
70
64
63
1
表 2 車椅子等の対応
対象:てんかん診療ネットワークに記載された神
ネットワーク
奈川県内医療機関,県医師会に所属する神経内科
非加入
33
10
6
1
258 医療機関とした。
加入
15
4
0
1
方法:質問紙調査を対象医療機関へ郵送,回答は
総数
48
14
6
2
神奈川県立こども医療センター 地域保健推進部
対応
要相談
対応困難
無回答
200 ( 79 )
表 3 知的障がい者の受け入れ
ネットワーク
対応
では,てんかん診療ネットワークに加入する医療
要相談
対応困難
無回答
機関を中心に紹介したため患者へ紹介できる医療
非加入
26
10
13
1
加入
14
6
0
0
総数
40
16
13
1
表 4 医療機器装着者の受け入れ
ネットワーク
対応
要相談
機関が増加した。リスト作成の効果として,患者
家族にとっては「選択できる医療機関」が増加
し,具体的な診療内容が明確になることで,受け
入れに対する不安の軽減につながる。病院にとっ
対応困難
ては,移行先の病院が増えるため,成人移行が円
無回答
非加入
8
18
23
1
加入
4
6
9
1
総数
12
24
32
2
滑に進み,小児専門病院本来の対象の「小児」の
対応に専念できる。また,診療報酬上は 15 歳未
満が対象の小児入院医療管理料がより多く算定で
4 .調査結果を基に,情報公開を承諾した医療機
きる。また,てんかん治療の医療機関ネットワー
関リストを作成した。当センター神経内科医
クが拡大し,病病連携,病診連携の強化が期待で
師,総合診療科医師,および保健福祉相談窓口
きる。今後も,定期的に情報が更新できるよう調
等へ調査結果を説明し,医療機関リストの活用
査を続けたい。
を依頼した。
参考文献
考 察
吉川彰二, 佐藤寿哲, 永井利三郎. 小児から成人への移行
今回の調査では,てんかん診療ネットワークに
期のてんかん診療の現状と患者ニーズに関する研究.
非加入の医療機関からも回答を得られた。これま
てんかん研究 2014;32:3-12.
発達障害に対する早期介入支援の試み
(平成 23 年度から平成 27 年度)
園 田 永 子 1), 齋 藤 道 子 1), 大 山 牧 子 1)
栗 原 和 幸 1), 後 藤 彰 子 2)
背 景
神奈川県小児保健協会は「発達障害」につい
発達障害のある幼児には早期から発達段階に応
て,平成 21 年度より講演会を開催し,平成 22 年
じた一貫した支援を行っていくことが重要で,早
度に神奈川県小児科医会の協力の元に質問紙調査
期発見,支援が必要である。平成 17 年度に施行
を実施した。平成 23 年度,25 年度,26 年度にパ
された発達障害者支援法にも「国及び地方公共団
イロットスタディとして,協力保育園に特定非営
体の責務」と明記されている。乳幼児期は,対人
利活動法人リソースセンター one 上原芳枝臨床発
関係や社会性の育ち等社会参加の基盤を形成する
達心理士(以下,助言者)を派遣し,保育士を通
時期であり,この時期に適切な支援を受けられな
じて発達障害児への早期介入を試みた。
いと 2 次障害が生じる恐れがある。
1)神奈川県立こども医療センター 地域連携・家族支援局 2)神奈川県小児保健協会
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
201 ( 80 )
目 的
言動に至る前提をつくらない体制づくりを行う。
発達障害児への早期介入支援により,保育士お
よび児の行動変容を明らかにする。
①作戦会議:本人のモチベーションをあげるため
の言葉による対応をする。
②戦略的クラス運営
対 象
・トラブルの起点になる子への対応策を考える。
支援対象児:園が選択した支援が必要と判断した
・集団力学的視点:クラス全体の安定へ繋げるた
事例
保 育 士:支援対象児クラス担当・園長等保育
め,少しの配慮で踏みとどめられる子への適切
な支援が鍵となる。
に携わるスタッフ
結 果
倫理的配慮
全期間で 5 事例,担任保育士は 9 人が参加した。
協力保育園が,対象となる園児の保護者に承諾
2 年継続し事例検討したのは 1 事例のみ,他の事
を得て行った。
例検討は 1 年であった。事例検討に参加した担当
保育士で 2 年継続参加は 1 人のみであった。今回
方 法
は 4 歳児クラスの男児の 1 事例のみ挙げる。
助言者講義:「発達障害児の理解と具体的な対応
方法」平成 23 年度・25 年度実施
事 例 検 討:5 分の行動観察,保育士が事前作成
1 .事例検討(表 1)
<担任からの質問>
したケースアセスメント表を基に,
本児が安心する 1 番に対し,譲ることができ
児の不適切な言動の要因分析と現行
ず,友人とトラブルになることがある。特別感が
支援を検討,保育士へのフォーカス
出ない対応をすることが困難であった。
グループインタビュー
助言者講演要旨
1 .子どもを理解し,行動の要因を理解する。
,
「わがまま」
,
「乱暴」
,
「 障 害 」 と「 甘 え」
「やる気のなさ」
,
「無礼」は地続きで線引きは
ない。「甘え」,「わがまま」もそうならざるを
得ない要因がある。
「苦手なこと」は五感の過敏,環境刺激の処
理困難,多動性,衝動性,ストレス耐性の問題
など脳機能の視点による要因がある。
2 .弱い部分は 2 - 4 年遅れて育つことがある。
表1 4 歳児クラス男児のケースアセスメント表
気になる
行動
現行支援
午睡時間
で静かに
なると笑
う,ウンチ
等の話を
して喜ぶ。
静かにす
るように
伝える。ス
キンシッ
プをする。
環境整備。
オーバー
ワーク覚
醒レベル
のコント
ロール困
難。
入室にタ
イムラグ
をつける。
布団の位
置を部屋
の隅に固
定。
テンショ
ンが高ま
らずに布
団にいる。
上履きが
ないとパ
ニックに
なる。
一緒に探
す。ありそ
うな所を
教 え る。
情報処理 上履きを
の硬直性。 所 定 の 位
置に戻す。
トイレ前
等にある
可能性を
伝えてお
く。
心当たり
を探し,パ
ニックに
ならない。
合同保育
時は遊び
に入らず
外を眺め
る。
無理に遊
びに誘い
入れるこ
とはせず
見守る。
環境刺激
の処理困
難。
本児が安
心できる
空間を作
る。他児と
近くにな
らない環
境 設 定。
床座りで
絵本読み
聞かせ時
は一番前
に座る。
ある程度
は容認す
る。椅子を
使う。
環境刺激
の処理困
難情報処
理の硬直
性。
椅子を使 混乱がな
う。本児が くなった。
一番先で
他児が続
いて座る。
3 .発達障害はつくられる。
2 歳から小学校 4 年生までに不適切な対応に
より,二次障害が起きる。
4 .「やらせない」支援
数回注意しても変わらない子は,そのような
要因
発達の段階になく,叱るや説得,ほめるでは効
果がない。対応を見直し,戦略を立てる。
「やらせない」ための地雷除去作業(環境刺
5.
激統制)とは子どもにあった環境設定や対応者
が“管制塔”となり,全体を把握して不適切な
要因確認後
行動の変化
の支援
一人遊び
に集中す
る。友人と
のかかわ
りが出て
きた。
202 ( 81 )
<質問に対する助言>
概念と違った」と全員が発言した。
1 番にこだわる他の児も支援が必要なので,小
・講義や事例検討で基本的なアセスメントや対応
グループを作り,それぞれを 1 番にする等の方法
方法を知ったが,実際の保育場面での対応がわ
もある。また,他の 1 番になりたい子にもプラン
を立案した。事例のみの特別な対応でなく,席を
決める等のパターン化,ルール化は,どの子にも
対応する支援,教室全体への対応になる。午睡の
お手伝いの枠組の提供とタイムラグが覚醒レベル
からない。
・情報処理,環境刺激回避方法など今まで行って
いたことが全く逆効果だった。
・具体的な対応方法が学べ,子どもをみる視点が
広がった。論理的な手法で分かりやすい。
を下げることになった。また,並ぶ時は端,移動
・教室のレイアウトの変更や子どもを集団から外
場面では先頭でタイムラグを作る。教室では,先
す等環境刺激を回避することで,事例検討の対
生が全員の状況がみえる中央に立ち,教室全体が
象児だけでなく,保育園全体が落ち着いた。
落ち着く運営を図る。
・環境刺激の回避を保育園全体で取り組むことが
<事例全体に対する助言>
できたのは,保育士全体が効果を理解でき,協
保育園生活は,集団で同一行動が多く,テーブ
力者がいたためである。1 人の保育士だけでは
ルに 6 - 8 人が対面で座る。イベントでは,子ど
変わらない。
もが同じ行動を要求され,テンションの高い保育
士の対応等により,強い刺激が多い。そのため
・対象児だけでなくクラス全体の運営方法を学ん
だ。
オーバーワークで,パニック等の「気になる行
3 .保育士の研修会
動」が現れる。児や親の育て方のせいではなく,
パイロット事業を契機に平成 24 年度から保育
集団の環境刺激が高い場で,それを処理できずに
園設置市が独自に,助言者を講師にした保育士
不適切な言動に至るので,園での支援が人格形成
100 人規模の研修会を毎年実施している。
への二次障害を生まない重要なポイントとなる。
未熟な発達の部分は遅れながらも他の子に近づく
考 察
ので,対応の基本は「気になる行動」を回避さ
検討前は「気になる状況」が出てから保育士が
せ,芽を出させない支援である。事例検討では,
支援をしていたが,検討後は気になる行動が起き
環境刺激を減らすために,机の位置や並び順,タ
ないように事前に支援を工夫している。初期対応
イムラグ等,初期対応は達成できた。
の「環境刺激の回避方法」は各場面で担任保育士
今後は①指導計画立案,②具体的な支援方法作
だけでなく園全体が取り組む変化がみられた。
成,③評価という一連の過程を,次年度以降保育
助言者の手法は,「従来の保育観を覆された」
園全体で取り組んでほしい。
といわれるほど戸惑いは強く,平成 23 年度や平
<保育園全体の取り組み>
成 25 年度の学習初年度は保育内容の変化には至
平成 26 年度第 1 回事例検討後に,助言者から
らず,初期対応に取り組むのは 2 年目に入ってか
提示のあった「環境刺激の抑制」に保育園全体が
らである。保育士にとって,従来の保育・教育観
取り組んだ。幼児クラスでは机の配置を大人数の
は,園児の話をゆっくり聞き,教えるという個別
対面方式から,2 - 3 人の少人数で他児がみえにく
支援や,クラスのまとまりを強くする教室運営で
いようにレイアウトを変更した。集団で落ち着か
あった。しかし発達障害児への保育は「環境刺激
ない児は,できるだけ刺激を下げる配慮をし,そ
統制」と「戦略的クラス運営」であり,大きな転
れでも困難な時は,やむを得ず集団を外れる等の
換が必要である。発想の転換には,柔軟性等個別
配慮をした。これにより保育園全体が落ち着く変
要素もあるが,保育士がインタビューで「保育園
化がみられた。
全体で取り組めたのは,保育士全体が効果を理解
2 .保育士へのフォーカスグループインタビュー
でき,協力者がいたため」と答えているように,
「パイロット事業で学んだこと」
集団全体が変わることも重要である。
・助言者の手法は「学習してきたこれまでの保育
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
203 ( 82 )
結 語
ター one 上原芳枝臨床発達心理士ならびに事務局
環境刺激の回避方法を担任だけでなく保育園全
の方々,また,フィールドを提供いただいた自治
体で取り組んだ。しかし個別支援では事後支援に
体および保育園の園長,保育士の方々,園児と保
なることもあり,今後は①指導計画立案,②具体
護者の皆様に深く感謝申し上げます。
的な支援方法の作成,③評価という一連の過程に
取り組むためにも,さらなる学習が必要である。
参考文献
助言者を保育園に派遣するパイロット事業は平
笹森洋樹, 後上鐵夫, 久保山茂樹, 他. 発達障害のある子
成 26 年度で終了したが,これを契機に平成 24 年
どもへの早期発見・早期支援の現状と課題. 国立特別
度から市が独自に助言者を講師にした研修会を実
支援教育総合研究所研究紀要 2010;37:3-15.
施している。助言者の手法を理解する保育士が増
佐藤 渚, 河 原 美 紀 子, 猿 田 貴 美 子, 他. 発 達 障 害 へ の
えることで,今後は市全体の保育園が発達障害児
早 期 介 入 支 援 の 試 み. こ ど も 医 療 セ ン タ ー 医 学 誌
に対応した保育を展開していくことが考えられ
2012;41:193-196.
る。
園田永子, 齋藤道子, 大山牧子, 他. 発達障害に対する早
謝 辞
213-215.
本パイロット事業を実施するにあたり,御指導
榊原洋一, 上原芳枝. 発達障害サポートマニュアル. PHP
期介入の試み. こども医療センター医学誌 2015;44:
をいただいた特定非営利活動法人リソースセン
研究所, 東京, 2011.
小児環軸椎不安定症に対する新規画像診断法の評価
中 村 直 行 1), 稲 葉 裕 2), 青 田 洋 一 3)
町 田 治 郎 1), 相 田 典 子 4), 黒 澤 健 司 5)
齋 藤 知 行 2)
Key words: Atlantoaxial instability, C1/4 SAC ratio,
症の環軸椎不安定症を評価する新しい指標である
C1 inclination angle, Down syndrome, atlas-dens
C1/4 SAC ratio と C1 inclination angle の 正 常 値 と
interval, children, space available for spinal cord,
有用性を確認する。
Case-Control Study
【対象と方法】
2013 年 8 月から 2015 年 3 月までに当センターを
抄 録
【背景と目的】
受診した 2 - 11 歳までの手術例 14 例を含む Down
症患者 272 例と,他疾患で頸部を精査され筋骨
小児 Down 症における環軸椎不安定症は脊髄障
格に異常がなかった 141 例をコントロール群と
害に至る可能性がある。本研究では,小児 Down
して検討した。The C1/4 SAC ratio,C1 inclination
1)神奈川県立こども医療センター 整形外科 2)横浜市立大学 運動器病態学講座
3)横浜市立脳血管脊椎脊髄センター 脊椎外科 4)神奈川県立こども医療センター 放射線医学科
5)神奈川県立こども医療センター 遺伝科
204 ( 83 )
angle,atlas-dens interval(ADI)
,space available
状を呈する症例では,四肢の麻痺や呼吸障害を呈
for spinal cord(SAC) が Down 症 患 者 に つ い て
する可能性があり,重大である。四肢の麻痺が出
計測され,コントロール群では C1/4 SAC ratio と
現した後では,いくら手術治療を施しても完全回
C1 inclination angle が計測された。
復は見込めず,神経症状の悪化を予防するにとど
【結果】
まることが多い 4 - 6)。また,Down 症児は精神発
Down 症手術群,Down 症経過観察群,コント
達遅滞のために,詳細な自己表現が困難であるた
ロール群の平均 C1/4 SAC ratios はそれぞれ 0.63,
め,脊髄症状初期を捕まえるのは難しい。
1.15,1.29 であり,C1 inclination angles はそれぞ
旧来から良く使用されている X 線学的な指標
れ - 3.1°
,15.8°
,17.2°
であった。Down 症手術群
である atlas-dens interval(ADI)や space available
と Down 症経過観察群の平均 ADI と SAC は,そ
for spinal cord(SAC)には,検者間検者内信頼性
れぞれ,9.8 mm,4.3 mm と 11.1 mm,18.5 mm で
の問題と 7),頸椎屈曲位撮影による X 線像で判
あった。
定するため,頸椎屈曲肢位による潜在的な神経障
【まとめ】
害リスクがある 8, 9)。そこでわれわれは,以前の
C1/4 SAC ratio の正常値は約 1.2,C1 inclination
研究で中間位の頸椎 X 線像で安全に判定可能で,
と見積もられた。特に,C1/4 SAC
angle は約 15°
信頼性の高い X 線学的な指標である C1/4 SAC
ratio が 0.8 を下回る症例は,脊髄症発現リスクが
ratio(図 1)と C1 inclination angle(図 2)を報告
高い。
した(図 3, 4a, b, c)10)。その研究では,手術適応
の可能性を示唆するカットオフ値を調査したが,
はじめに
本研究では母集団を拡大し,さらに頸椎に異常所
小児の環軸椎不安定症は,Down 症児によくみ
見のないコントロールを加えて正常値の推測を
られ,その頻度は 20 - 30 %であり,神経症状を
行った。
呈すものは 1 %程度といわれている 1 - 3)。神経症
a
図1 C1/4 SAC ratio
The C1/4 SAC ratio は,C4 レ ベ ル
の SAC に対する C1 レベルの SAC の
比率で表される。
b
図 2 C1 inclination angle
a.‌The C1 inclination angle は,C1 の前後弓の中心を通る線と C2
椎体後壁の接線に対する垂直線のなす角で表される。前弓が上がっ
ているものは正とする。
b.前弓が下がっているものは負とする。
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
205 ( 84 )
4a
図3 Down 症経過観察例,10 歳女児
C1/4 SAC ratio は 1.23,C1 inclination
angle は 18 degrees であった。
4b
4c
図4 Down 症手術例,10 歳男児
本例は跛行,歩行距離の短縮,スプーンを落とすなどの脊髄症状を呈し
ていた
a)術前 C1/4 SAC ratio は 0.76,C1 inclination angle は - 3°。
b)術前 MRI では T2WI で脊髄内高信号域がみられていた。
c)Harm’s 法と C2 Pars screws を用いた C1-2 固定がなされた。
方 法
神経症状を呈していたもの(10 例)と,無症状
対象は,当センターの電子データベースより抽
ではあるが明らかな不安定性と MR 検査による
出した 2013 年 8 月から 2015 年 3 月に受診歴の
T2WI での脊髄萎縮ないし脊髄内異常高信号を認
あった 0 - 18 歳の Down 症患者 315 例である。ま
めたもの(4 例)とした 10)。
た,同期間に Down 症以外で頸部検査を受けた患
一方,2 - 11 歳のコントロール群は 141 例であっ
者で,頸部側面レントゲン画像が撮影され,頭頚
た。男児 81 例,女児 60 例で,受診平均年齢は
部の脊髄,脊椎に異常性がなかった 237 例をコン
6.6 ± 2.9 歳であった。受診時診断名は,頚部痛,
トロール群として調査した。Down 症例は 0 - 1 歳
クループ,アデノイド咽頭炎などであった(表 2)
。
の症例数が少なく,コントロール群では 12 歳以降
X 線学的計測項目に関しては,われわれの考
の症例が少なかったので,本研究では各年代の症
案した頸部中間位側面像から得られる C1/4 SAC
例数の多かった 2 - 11 歳の患者を選択した(表 1)
。
ratio,C1 inclination angle を 全 症 例 で 計 測 し た。
2 - 11 歳の Down 症患児は 272 例であり,男児
加えて,Down 症児においては全例動態撮影が
が 156 例,女児が 116 例であった。受診時平均年
行われていたため ADI,SAC を計測した。全て
齢 5.5 ± 2.4 歳であった。そのうち,頸椎に対す
の画像はわれわれの病院の PACS system(Rapid
る手術治療が行われていた症例 14 例であり,こ
Eye; Toshiba Medical Systems, Tokyo, Japan) か ら
れらを Down 症手術群として Down 症非手術群,
得た。
コントロール群と比較した。Down 症手術例は男
3 群間の比較は Kruskal-Wallis test を利用し,2 群
児 4 例,女児 10 例で,手術時年齢は中央値 10.9
間に比較には Mann-Whitney’s U test を利用した。
歳(1.8 - 17.9)であった。これらの初診時から手
P 値は < 0.05 を有意差ありと判定した。統計解析
術時までの経時的推移を図に反映した。われわれ
に は SPSS version 24(IBM Corporation, Armonk,
の手術適応は,頸椎動態撮影にて不安定性を有し
NY)を利用した。
206 ( 85 )
表1 年齢別症例分布
Frequency
Down syndrome
Entire Cohort
Age(y)
%
n
Control
Girls
Boys
n
n
Entire Cohort
%
n
Girls
Boys
n
n
2
28
10.3
9
19
20
14.2
9
11
3
71
26.1
29
42
15
10.6
6
9
4
31
11.4
9
22
13
9.2
3
10
5
28
10.3
16
12
14
9.9
5
9
6
42
15.4
22
20
16
11.3
8
8
7
28
10.3
9
19
17
12.1
9
8
8
11
4.0
6
5
12
8.5
8
4
9
11
4.0
5
6
9
6.4
3
6
10
12
4.4
5
7
10
7.1
4
6
11
Total
10
3.7
6
4
15
10.6
5
10
272
100
116
156
141
100.0
60
81
Percentage represents the contribution to the cohort.
表2 Control 群の診断名内訳
Diagnosis
n
Diagnosis
n
Neck pain
40
Juvenile idiopathic arthritis
3
Croup
16
Soft tissue tumor
2
Adenoidism
15
Langerhans cell histiocytoma
2
Cerebral palsy
13
Cardiac disease
1
Subglottic stenosis
11
Stridor
1
Reduced atlantoaxial rotatory fixation
9
Cervical abscess
1
Tracheomalacia
5
Foreign body in the esophagus
1
Neuromuscular disease
4
Vocal cord palsy
1
Tracheal stenosis
4
Intervertebral disc calcification
1
Otitis media
3
Guillain-Barre syndrome
1
Mental retardation
3
Headache
1
Tracheotomy management
3
Total
141cases
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
207 ( 86 )
結 果
結果は平均値±標準偏差で示した。
【C1/4 SAC ratio】
的有意差を認めた(p < 0.01)。データのばらつき
は C1/4 SAC ratio と比べると大きかった(図 4)。
【ADI】
Down 症 手 術 群, 経 過 観 察 群,Control 群 の
Down 症手術群,経過観察群は各々,9.8 ± 2.8
C1/4 SAC ratio は,各々,0.63 ± 0.1;1.15 ± 0.13;
mm;4.3 ± 1.0 mm であった。手術群 14 例中 11 例,
1.29 ± 0.14 であった。各群間に統計学的有意差を
経過観察群 272 例中 207 例で頸椎屈曲位で最大の
認めた(p < 0.01)
(図 3)
。
【C1 inclination angle】
Down 症手術群,経過観察群,コントロール
ADI を示した。群間に統計学的有意差を認めた
(p < 0.01)
(図 5)
。
【SAC】
±10.7;
群の C1 inclination angle は,各々, - 3.1°
Down 症手術群,経過観察群は各々,11.1 ± 2.6
± 7.3 であった。各群間に統計学
15.8°
± 7.3;17.2°
mm;18.5 ± 2.4 mm であった。Down 症経過観察
図3 C1/4 SAC ratio
コントロール群はほぼ 1.3,Down 症経過観察群はほぼ
1.2 であった。また,Down 症手術群は,それらより大
きく解離し,経時的に悪化していた。手術例は 5 歳以上
で全例 1SD を超えていた。
図4 C1 inclination angle
C1 inclination angle は各群間に統計学的有意差は得ら
れたが,C1/4 SAC ratio に比べると明確な分別ではな
く,このパラメーターだけを手術判定の要素とするには
問題があった。
図5 ADI
重症例では前下方に環椎前弓が落ち込みきった結果,逆に
ADI が低下する例があり,閾値の策定には問題があった。
図6 SAC
SAC は比較的手術例との分離が良かった。しかし,成
長による脊柱管拡大がベースラインの経年的増加にリン
クしている。その結果,数値の変化があまりないが病状
は悪化しているという症例が認められた。
208 ( 87 )
群は経年的に増加傾向を認めた。手術群 14 例中
果となったが,データのばらつきが大きかった。
10 例,経過観察群 272 例中 201 例で頸椎屈曲位
既に報告しているが 10),信頼性は C1 inclination
で最小の SAC を示した。群間に統計学的有意差
angle より,C1/4 SAC ratio の方がやはり高いとい
を認めた(p < 0.01)
(図 6)
。
わざるを得ない。しかし,Down 症手術例と手術
回避例の群間差はどちらも有意に認められてい
考 察
るので,頸椎の伸展や屈曲を行ない中間位側面
環軸椎不安定症の評価では,さまざまな画像計
像から取得できるという利点からも,C1/4 SAC
測法が考案され,臨床的な危険値が推測された。
ratio に加えて,C1 inclination angle の補助的な利
特に,従来から一般的であるのが,ADI と SAC で
用価値はある。そして,本研究の結果から,C1/4
ある。しかし,成長によるサイズ変化の問題 3, 11, 12)
SAC ratio の正常値は約 1.2,C1 inclination angle は
と計測値の検者間検者内再現性の問題により
13)
,
その一定値での評価は困難なことも多く,議論の
余地が多い
14 - 18)
。
約 15°
と推測された。
手術例における各計測値は経年的変化(C1/4
SAC ratio,C1 inclination angle,SAC は経年的に
われわれは,先行研究にてそのような問題に対
低下,ADI は増加)を示したが,これは手術境界
して対応できる可能性のある指標 C1/4 SAC ratio,
値が年齢共に変化しているわけではない。これは
10)
。これ
診断が遅れ,C1 の亜脱臼が進行し,局所後弯状
らの計測値は角度と比率で示され,年齢や発育の
態になった症例の重症化のいく末をみるに過ぎな
影響を受けにくく,また,小児脊椎外科医と小児
い 19 - 21)。本来,この時点での診断では遅く,こ
整形外科レジデントで確認した再現性 / 信頼性も
こまで悪化させ,神経症状を発現させること自
高かった。そのうえ,ROC 解析から,中間位か
体が良くないと考える。われわれはこのような
ら得られるこの 2 つの計測値は従来用いられるこ
症例をなくしたいと心から願っている。ADI は,
とが多かった ADI や SAC と比べて同等の判別能
Down 症手術例においてデータのばらつきが大き
を有することがわかった。とりわけ,C1/4 SAC
く,一定の数値でのリスク評価は困難と思われ,
ratio の 判 別 能 は 高 か っ た。 そ し て,C1/4 SAC
それは既存の報告と同様に思われた 15)。Down 症
ratio が 0.86 以下で C1 inclination angle が 10 度以下,
手術例の SAC は,年齢と共に増大したが,それ
そして os odontoideum を有す Down 症患者は,脊
はすなわち,脊柱管径の発育現象 3, 11, 12)が数値に
髄障害を起こすリスクが極めて高く手術対象とな
反映したものであり,これもやはり一定の数値で
り得るため,MRI 撮影を行うか,脊椎外科医へ
のリスク評価は困難であることの証明といえる。
の紹介が必要である,と結論した。
むしろ,SAC の数値が経年経過観察の中で変わ
しかし,これらの新しいパラメーターにおい
らないことは,実は相対的に狭窄状態が悪化して
て,正常と思われる数値はどのくらいなのか,ま
いるという事実がマスクされ,結果的に病状の誤
たその一方で,危険な数値になったとき,どの程
認に繋がる可能性があることを示した。このよう
度正常範囲から逸脱しているのか,といった推測
な事実からも,相対的な比で表現し,且つ,安全
はできていなかった。
な中間位側面像から得られる C1/4 SAC ratio を利
そこで,本研究では母集団を拡大し,正常値の
用することは,患者利益が大きいと考える。
C1 inclination angle を考案し,報告した
探索と,手術に至った症例の計測値の推移を検
討した。母集団を増やしたが,本研究対象にお
研究限界
い て,C1/4 SAC ratio は,Down 症, 非 Down 症
本研究は幾つかの限界を有している。まず,単
例とも,ほぼ一定値を呈した。また,手術例と
一施設で行われた後方視的 case-control study であ
の数値の解離も他の計測値と比べより明確であ
る。Control 群は他疾患で頭頸部精査を受け,脊
り,より早いタイミングから手術に移行する可
椎脊髄に異常を認めなかった患者データを利用し
能性の高い重症患者を意識できる結果となった。
たが,それを真の正常例と仮定して良いか議論
C1 inclination angle もほぼ一定値と考えて良い結
の余地があるかもしれない。また Down 症手術群
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
209 ( 88 )
は,われわれの手術適応により手術が施行された
subluxation in Down’s syndrome. Arch Dis Child
症例であり,手術適応が異なれば計測値は多少変
1991;66:876-878.
わる可能性はある。しかし手術症例の計測値は,
8 )Brown GD, Swanson EA, Nercessian OA. Neurologic
コントロール群,Down 症非手術群の計測値の分
injuries after total hip arthroplasty. Am J Orthop(Belle
布から明らかに逸脱し,手術適応が異なったとし
Mead NJ)2008;37:191-197.
ても大きな変化はない。
9 )Pieretti-Vanmarcke R, Velmahos GC, Nance ML, et al.
Clinical clearance of the cervical spine in blunt trauma
まとめ
patients younger than 3 years: a multi-center study of the
小児 Down 症環軸椎不安定症に対して,われわ
american association for the surgery of trauma. J Trauma
れが提案した C1/4 SAC ratio,C1 inclination angle
2009;67:543-549.
は,頸椎中間位側面画像から安全に取得でき,且
10)Nakamura N, Inaba Y, Oba M, et al. Novel 2
つ,再現性・信頼性が高い。また,重症例の判
radiographical measurements for atlantoaxial instability
別能も既存の ADI,SAC に比べても遜色がなく,
in children with Down syndrome. Spine(Phila Pa 1976)
頸椎を専門としない小児科の先生方に是非お勧
2014;39:E1566-1574.
めしたい。C1/4 SAC ratio の正常値は約 1.2 で,C1
11)Hinck VC, Hopkins CE, Savara BS. Sagittal diameter
で あ っ た。 特 に,C1/4
inclination angle は 約 15 °
of the cervical spinal canal in children. Radiology
SAC ratio が 0.8 を下回るものは,神経症状の発現
1962;79:97-108.
リスクが高いため,小児脊椎外科医への紹介を勧
める。
12)宮野前由利. Down症候群における環軸椎の発達
と環軸椎不安定状態について. 日本小児科学会雑誌
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文 献
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(Phila Pa 1976)1996;21:1430-1434.
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小児頭蓋咽頭腫に対するペグインターフェロンα-2b 製剤
(ペグイントロン)による治療
伊 藤 進
目 的
剤であるため,当センター内の倫理審査を経て本
頭蓋咽頭腫は,小児期に好発する脳腫瘍の 1 つ
研究を計画した。
である。この腫瘍は脳下垂体の近くから発生する
ため,腫瘍が増大すると周囲に存在する視神経,
対象,方法
内頚動脈とその分枝,視床下部などの重要な構造
当センターで頭蓋咽頭腫の手術を行い,摘出後
物と癒着して,手術での全摘出が困難となること
に残存腫瘍があり,腫瘍の再摘出の危険性が高い
も稀ではない。そのため,手術で全摘出が困難
と判断された 2 例を対象。1 例は,6 歳 5 ヶ月の
な場合や,腫瘍の再発がみられた場合は,一般的
巨大なのう胞性の頭蓋咽頭腫で,部分摘出を行い
に放射線療法が必要となる。しかし,幼少期に放
臨床症状は安定しているが,画像上,腫瘍が残存
射線治療を行うと,精神発達の遅れや,脳血管の
している。本例は,主要な脳血管が腫瘍壁内に全
狭窄による脳虚血,あるいは,脳内に血管腫が発
て埋没していた点が特異で,血管と腫瘍の剥離が
生し出血するなどの副作用が知られており,でき
できず,完全な摘出が困難であった。また他の
る限り放射線治療を行う時期を遅らせることが望
1 例は,3 歳 3 ヶ月の,のう胞性頭蓋咽頭腫で
ましい。近年,ペグインターフェロン α-2b 製剤
2 回の手術を行ったが,腫瘍が海綿静脈洞に癒着
(ペグイントロン)の投与による,小児の再発頭
していたため,経頭蓋的摘に全摘出が困難であっ
蓋咽頭腫に対する有効性が報告されている。
た例であった。
過去にも頭蓋咽頭腫に対して,インターフェロ
治療方法は,ペグインターフェロン α-2b 製剤
ン α の全身,あるいは腫瘍腔内への局所投与が行
(ペグイントロン)を,1 - 1.5 μg/kg/ 週を皮下注
われていたが,インターフェロン α の静脈注射
射する。最大 2 年間投与とし,副作用がみられた
では血中半減期が短く頻回の投与が必要となり,
際や,治療によっても腫瘍が著明に増大した場合
また,腫瘍腔内への局所投与も手術が必要で侵襲
は,投与を中止する。
度が高かった。今回,ペグ化(ポリエチレングリ
コール付加)し,血中半減期を延長したインター
結 果
フェロン α を用いることが,本治療の新たなポ
平成 25 年 10 月末より,この 2 症例でペグイン
イントである。しかし,現在日本では,ペグイン
ターフェロン α-2b 製剤の投与を週 1 回の投与で
ターフェロン α-2b 製剤は,C 型慢性肝炎および
継続し,3 歳 3 ヶ月から投与開始した例は,投与
悪性黒色腫の治療にのみ保険適応とされている薬
後約 1 年の経過で緩徐に増大傾向となっため他院
神奈川県立こども医療センター 脳神経外科
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
211 ( 90 )
で経蝶形骨洞的に再手術となった。しかし 6 歳
投与されていた。この論文は IFNα の腫瘍腔内投
5 ヶ月から投与開始した巨大なのう胞性の頭蓋咽
与では最も症例の多い報告であり,死亡例はな
頭腫の例では,平成 25 年 10 月末 - 平成 27 年 12
く,また副作用率も低く,有効性が示されたとし
月まで 2 年 2 ヶ月間投与し,腫瘍の嚢胞は部分的
ている。
に増大・縮小を繰り返しつつ,全体として stable
以上のように,嚢胞性の小児頭蓋咽頭腫に対し
disease で経過し,副作用もなく臨床的にも安定
て,IFNα の有効性は以前から報告されているが,
した状態で経過した。
血中半減期を延長したペグ化インターフェロンを
使用するようになった点が,近年の進歩といえ
考 察
る。
本研究の契機となった論文は,9 - 15 歳の再発
ペグインターフェロンの小児腫瘍例への投与に
頭蓋咽頭腫,5 例に対し,ペグインターフェロン
ついては,頭蓋咽頭腫の他に,神経線維腫症にお
α-2b 製剤を,1 - 3 μg/kg/ 週で最大 2 年間投与し,
ける plexiform neurofibroma に対する報告があり 6),
腫瘍の消失 2 例,縮小 2 例,不変 1 例,との報告
結論として小児への推奨投与量は,1 μg/kg/wk で
1)
であった 。本論文は,少数例で preliminary な検
あり,臨床的,画像上も改善あるいは進行の停止
討であるが,小児の再発頭蓋咽頭腫に対し完解例
がみられたとしている。また,小児の悪性脳幹
を含む著効例が認められたことから,吉村は,再
部腫瘍(diffuse pontine glioma)に対しても,ペグ
発時の治療オプションとして,侵襲性が低く,放
インターフェロン α-2b を使用した報告もあり 7),
射線を回避あるいは遅延できる可能性があり,と
生存率の延長はなかったが,病状進行までの期間
2)
くに小児例で利点が高い治療法と指摘している 。
が,5 ヶ月であったのが,7.8 ヶ月に延長する傾
本論文以前にも,ペグ化されていないインター
向がみられた。投与中に,重大な副作用はなく,
フェロン(IFN)α-2a 製剤を,小児頭蓋咽頭腫に
Quality-of-life(QOL)の低下はみられなかった。
使用した論文があり 3),4.2 - 19.8 歳の小児再発,
今回,ペグインターフェロン α-2b 製剤(ペグ
進行性の頭蓋咽頭腫に対し,初期導入治療とし
イントロン)を使用した 2 例においても,投与初
て,8,000,000 U/m2 の IFNα-2a を毎日 16 週間行い
期に微熱がみられた程度で,約 1 - 2 年 2 ヶ月間
(導入期)
,その後,同じ量を週 3 回,32 週間行っ
の使用でも副作用はなく,また,症例 1 では,腫
た(維持期)
。その結果,12 例中,主に嚢胞性の
瘍の嚢胞は部分的に増大・縮小を繰り返しつつ,
頭蓋咽頭腫の 3 例で腫瘍の縮小があり,完全縮小
全体として stable disease で経過し,小児の嚢胞性
1 例,部分縮小 1 例,わずかに縮小 1 例であった。
頭蓋咽頭腫に安全かつ有効な治療である可能性が
また 6 例では,放射線治療時期を,18 - 35 ヶ月
示唆された。
(中央値 25 ヶ月)遅延することができた。
また,嚢胞性の小児頭蓋咽頭腫の腫瘍腔内へ
結 論
IFNα-2b 製剤を直接投与した報告では 4),小児嚢
1 例では投与後約 1 年の経過で緩徐に増大傾向
胞性頭蓋咽頭腫 9 例に対して,腫瘍内腔へオンマ
となったが,他の 1 例では平成 27 年度も継続して
ヤ貯留槽を設置し IFN-α を投与。その結果,全例
ペグインターフェロン α-2b 製剤の投与し,2 年
で著明な腫瘍の縮小があり,90 %以上の腫瘍縮
2 ヶ月間,投与中に副作用はなく,腫瘍の嚢胞は
小:7 例,70 %縮小:2 例であった。総投与量は,
部分的に増大・縮小を繰り返しつつ,全体として
36 MU:3 例,72 MU:4 例,108 MU:2 例であっ
stable disease で経過した。とくに手術による全摘
た。
出が困難な幼少期の嚢胞性頭蓋咽頭腫において,
さらに,この IFNα の腫瘍腔内投与を計 60 例
放射線治療をできるだけ遅らせる手段の一つとし
の小児嚢胞性頭蓋咽頭腫に行った報告もあり ,
て,ペグインターフェロン α-2b 製剤による治療
結果として 76 %で,臨床的および画像上の改善
は,安全かつ有効な治療である可能性が示唆され
を認めた。IFNα の使用量は,1 - 9 サイクル(平
た。
5)
均 5 サイクル),1 サイクルあたり 36,000,000 IU
212 ( 91 )
文 献
interferon alpha in intratumoral chemotherapy for cystic
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evaluation of interferon-alpha-2a for progressive or
7 )Warren K, Bent R, Wolters PL, et al. A phase 2
recurrent craniopharyngiomas. J Neurosurg 2000;92:255-
study of pegylated interferon α-2b(PEG-Intron
(®)
)in
260.
children with diffuse intrinsic pontine glioma. Cancer
4 )Cavalheiro S, Dastoli PA, Silva NS, et al. Use of
2012;118:3607-3613.
免疫療法の作用機序解析
栗 原 和 幸
はじめに
最初にこの治療を開始し,その後,継続して実施
食物アレルギーに対して,ほんの数年前まで,
している。
医師の指導はアレルギーの原因となる食品を除去
症例数を増やし,対象となる原因食品も卵のほ
することと,万一の誤食によって誘発された症状
かに,ピーナッツ,小麦,牛乳と広げて,新しい
への対応の仕方,の 2 点しかなかった。幸い,乳
食物アレルギーの治療法として注目されている。
幼児に多い卵,牛乳,小麦のアレルギーは幼児期
しかし,これまでの検討では本療法によって効果
に自然寛解する割合が高いが,ピーナッツ,そ
を発揮する機序はまだ解明できていない。
ば,甲殻類などのアレルギーはもともと寛解傾向
に乏しい。多大な労力を強いられる除去食を生
目 的
涯にわたって実践しなければならない場合もあ
重症食物アレルギー患者に対する rush OIT をよ
る。アナフィラキシー経験者は,わずかなアレル
り多くの患者,より多くのアレルゲン食品につい
ゲンの混入による急激な症状の誘発に強い恐怖心
て実施し,臨床知見を集積し,より安全で効果的
を抱きながら毎日の生活を送ることになる。当科
な実施方法の確立を目指す。これまでの検査項目
では,急速皮下免疫療法の体験も踏まえて,短期
に加えて,好塩基球活性化試験 Basophil activation
間で確実に安全に効果をあげる急速経口免疫療法
test(BAT)を治療経過とともに評価する。
(当初の名称は Rush specific oral tolerance
(Rush OIT)
induction)のプロトコールを作成し,2007 年 7 月
研究方法
の当センター倫理委員会で承認され,わが国では
Rush OIT のプロトコールの要点は以下のとお
神奈川県立こども医療センター アレルギー科
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
213 ( 92 )
りである。
(1)急速導入期
のみであり,その他(5.9 %)は目標量に届かな
かったが摂取を継続とした。
入院して行う。該当する食品についてプラセボ
退院後 6 ヶ月以上経過した 137 例に対してアン
食品対照二重盲検法にて負荷試験を行い症状誘発
ケート用紙を郵送にて送付し,108 例(78.8 %)
閾値を求める。原則的に,その 10 分の 1 を初回
から回答を得た。急速期に到達した量を継続的
量とし,1 日 5 回,30 分毎に 20 %ずつ増量して
に摂取できたのは全症例中 68.5 %,半量以上が
与える。症状が出現した場合は当日の治療は終了
14.8 %,半量以下が 13.0 %で,完全除去に戻っ
し,必要な処置を行う。翌日,前回あるいは前々
た例が 3.7 %であった。一般に,牛乳の治療成績
回の量から再開する。目標維持量は該当食品の日
が悪いことが報告されており,今回の検討にお
常的な摂取量とする(例 鶏卵 1 個,牛乳 200 mL,
いても,牛乳で全量摂取は 58.1 %と低かったが,
など)が,経過中の誘発症状などの状況に応じて
半量以上の摂取が 25.8 %で,両者を合わせると
適宜変更する。
83.9 %と,他の食品とほぼ同等の成績であった。
(2)維持療法期
BAT の動きを卵 18 例,牛乳 10 例,ピーナッ
自宅にて実施し,外来に定期的に通院して調整
ツ 8 例,小麦 3 例の 39 例について,急速期前後,
する。急速期治療後しばらくの間は連日,該当食
および一部の症例については 3,6,12 ヶ月後に
品を摂取する。数ヶ月程度の経過から摂取しない
評価した。症例全体では急速期後に有意に低下
日を置くことを試み,効果と安全性を勘案しなが
し,その後 12 ヶ月まで同様の数値から 12 ヶ月後
ら摂取間隔をあけ,摂取加工品の拡大,学校給食
にはさらに低下する傾向が認められた。しかし食
などでの摂取なども検討する。
品別では,一貫して治療後に治療前よりも有意に
低下していたのは卵アレルギーの患者のみであっ
評価と作用機序の解明
た(図 1)
。経口免疫療法に限らず,皮下免疫療
治療前,および急速導入期終了時,維持療法期
法でも舌下免疫療法でも現時点では免疫療法(減
の途中で食物負荷試験を行い,誘発閾値,誘発
感作療法)の治療成績を反映する信頼性のある臨
症状の推移により評価する。また,静脈血を採
床的検査マーカーは存在しない。BAT について
取し,総血球数(白血球分画)
,生化学,総 IgE,
は,どのアレルゲン濃度で評価するか,得られた
食品特異的 IgE,コンポーネント特異的 IgE,総
数値を CD203 陽性率で比較するか,陽性,陰性
IgA,総 IgG,食品特異的 IgG4,およびサイトカ
対象の数値を含めてその差や比率を比較すべきか
イン,Th1/Th2,Treg,などの評価をこれまでに
など,評価法自体も定まってないという背景もあ
試みてきたが,新たに,BAT を加えて検査する。
り,その応用について多方面からの検討が必要で
好塩基球は全白血球中の 1 %程度しかないため
ある。また,臨床的な経過と密接に相関している
に,PE-CD203c / FITC-CRTH2 / PC5-CD3 の 3 色
かどうかの,検討が必要である。
標識をフローサイトメトリーで評価する方法で,
0.2 mL の牛乳でショック状態となり,アドレ
ほぼ好塩基球のみを集め,CD203c 発現率によっ
ナリンの静注を含む反復投与で救命された 11 歳
て活性化好塩基球を算定する。
の女児に対する牛乳の急速経口免疫療法を行い,
長期的に各種マーカーを追跡した。プロトコール
結 果
どおりではなく,前もって H1 ブロッカーを開始
137 例の食物アレルギーに対する急速経口免
し,負荷試験は実施しないで 0.005 mL から治療
疫療法免疫療法の実施例で,治療した食品は鶏
を開始し,23 日で 200 mL まで到達し,退院後も
卵 55 例,牛乳 38 例,ピーナッツ 27 例,小麦 15
摂取を継続したが,頻回に症状の誘発を経験し,
例,他 2 例であった。目標量まで到達できた例は
牛乳の分割摂取や内服薬の工夫で継続している。
全体で 128 例(93.4 %)で,途中で中止したのは
BAT は急速期終了時に前値の 1/4 程度に低下し,
消化管の副作用のために保護者から中断の申し入
その後さらに低下したが治療 9 ヶ月後に一時的
れのあったピーナッツアレルギーの 1 例(0.7 %)
に上昇がみられた。特異的 IgE 値は治療後一貫し
214 ( 93 )
て徐々に低下を続けたが,BAT が一時的に上昇
アレルギー 13 例についてもフェネグリーク特異
した後にわずかに上昇し,その後再びさらに低下
的 IgE を調べたところ 10 例で陽性であった。ピー
した。両者に関係があるかどうかは分からない。
ナッツ rush OIT 前後ではピーナッツ特異的 IgE
IgG4 は上昇し続けた(図 2)
。
がひとまず上昇することが分かっているが,5 例
香辛料による食物アレルギーは,成人では花粉
でフェネグリークについても調べたところ,同様
との交差反応で発症することが少数例で知られる
に有意な上昇が認められた(図 3)。11 歳男児は,
が,小児ではほとんど報告がない。今回,プリッ
以前にピーナッツアレルギーに対して slow OIT
ク テ ス ト,BAT, 特 異 的 IgE, 経 口 負 荷 試 験 で
を実施しており,かつては少量のフェネグリーク
フェネグリークアレルギーと診断した 11 歳男児
で症状が誘発されていたが,経口負荷試験では
を経験した。発症は 1 歳半頃と考えられ,花粉の
1 g 以上で陽性となった(図 4)。ピーナッツに対
感作は認められなかった。フェネグリークはピー
する治療がフェネグリークの症状誘発閾値も引き
ナッツと同じマメ科植物であり,他のピーナッツ
上げた可能性が考えられた。
CD203陽性率 (%)
全体
卵
牛乳
ピーナッツ
70
60
50
**
40
**
*
**
**
**
**
**
30
BAT 牛乳特異的
(%) IgG4()UA/mL
牛乳特異的
IgE (UA/mL)
45
牛乳特異的IgE
BAT(牛乳粗抗原)
カゼイン特異的IgG4
140
120
40
100
30
80
25
20
60
図1 経 口免疫療法経過中の好塩基球活性化(CD203
陽性率)の変化
0.5
月
後
後
0
15
12
ケ
ケ
月
月
後
後
9ケ
月
6ケ
月
後
後
時
間
月
3ケ
12ヶ月
1ケ
6 ヶ月
院
3 ヶ月
0
退
急速期後
入
治療前
院
時
0
1.0
5
急速経口
免疫療法
0
2週
10
10
20
*
1.5
15
40
20
2.0
35
図2 最 重症牛乳アレルギーに対する経口免疫療法と
各パラメーターの変化
治療前との比較 *p<0.05 **p<0.01 無印 P>0.05
ピーナッツ
フェヌグリーク
P<0.05
P<0.05
500
25
400
20
300
15
200
10
100
5
0
0
before
after
ピーナッツ
特異的 IgE(UA/mL)
ポ テト
チ
ップ
30
カ レー 粉
600
ピーナッツ負荷試験
40 mgで症状誘発
2歳
8歳 10歳
41.5
565
ピーナッツ
5粒(約5 g)摂取可
緩徐
免疫療法
266
フェヌグリーク
ごく少量で症状誘発
12歳
170
フェヌグリーク
1,260 ㎎で症状誘発
交差抗原性を持つピーナッツの治療により
フェヌグリークの摂取可能量が増えた??
before
after
図3 急速経口免疫療法前後での特異的 IgE の変化
図4 フェネグリークアレルギー症例の臨床経過
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
215 ( 94 )
今後の課題
ていない。Rush OIT における BAT の推移を臨床
動物実験においては経口免疫寛容の機序はかな
効果や他の免疫マーカーの動きとも比較し,効果
り詳細に解析されているが,ヒトにおいては未解
をもたらす免疫学的機序の解明や個々の患者にお
明の部分が多い。食物アレルギーの発症,あるい
ける治療の評価につなげることが今後の課題であ
は経口免疫療法における機序もほとんど解明され
る。
クレアチン代謝異常症の臨床研究:クレアチン化合物の測定方法の確立
新 保 裕 子
研究要旨
ンスポーター(SLC6A8)の遺伝子の欠損が知ら
クレアチン代謝異常症は,精神遅滞を主要症状
れている 1 - 3)。磁気共鳴スペクトル装置(MRS)
とし,てんかん,自閉症,言語障害などのさまざ
で脳内クレアチン値の低下を確認することにより
まな臨床症状を有する。その原因としてクレアチ
診断されるが,原因遺伝子を特定する手掛かりを
ン生合成に関わるグアニジノ酢酸メチルトランス
得るには,尿,血清,髄液中のクレアチン関連化
,アルギニン・グリシンア
フェラーゼ(GAMT)
合物(グアニジノ酢酸,クレアチン / クレアチニ
,およびク
ミジノトランスフェラーゼ(AGAT)
ン比)を測定する必要がある。
レアチン輸送(SLC6A8)の遺伝子の欠損が知ら
2011 年に当研究室において,高速液体クロマ
れている。磁気共鳴スペクトル装置(MRS)で
トグラフ(HPLC)- UV 検出器を用いた生体試料
脳内クレアチン値の低下を確認することにより診
中のクレアチン関連化合物の測定,およびクレア
断されるが,原因遺伝子を特定する手掛かりを得
チン代謝異常症の患者の簡便なスクリーニング
るには,尿,血清,髄液中のクレアチン関連化合
方法を開発した 4)。今までに当センターにおいて
物(グアニジノ酢酸,クレアチン / クレアチニン
クレアチン代謝異常症 7 家系 11 患者(SLC6A8
比)を測定する必要がある。平成 24 - 27 年度ま
欠損症:6 家系 10 患者,GAMT 欠損症:1 患者)
で当センターで解析した結果を報告する。
の解析,診断を行い,SLC6A8 欠損症の 3 家系と
GAMT 欠損症の 1 患者について論文報告した 5 - 8)。
はじめに
SLC6A8 欠 損 症 は 尿 中 の ク レ ア チ ン / ク レ ア
クレアチン代謝異常症は,精神遅滞を主要症状
チニン比が上昇,GAMT 欠損症は尿,血漿,髄
とし,てんかん,自閉症,言語障害などのさまざ
液中のグアニジノ酢酸濃度上昇を特徴とする。
まな臨床症状を有する疾患である。海外における
HPLC-UV 検出器では,尿中のクレアチン / クレ
クレアチン代謝異常症の報告は多いが,日本での
アチニン比は感度良く測定できるが 4),グアニジ
報告は当センターで解析した約 10 例にとどまる。
ノ酢酸に関しては,基準値平均の 5 - 10 倍の濃度
その先天的な原因として,クレアチン生合成に
であれば HPLC-UV 検出器で検出可能だが 9),基
関わるグアニジノ酢酸メチルトランスフェラーゼ
準値平均の 5 倍以下の場合,検出が難しい。そこ
(GAMT),アルギニン・グリシンアミジノトラン
で,UV 検出器の約千倍の感度を持つ質量分析装
,およびクレアチントラ
スフェラーゼ(AGAT)
置(MS)を用いてクレアチン関連化合物(グア
神奈川県立こども医療センター 臨床研究所
216 ( 95 )
ニジノ酢酸,クレアチン,クレアチニン)の分析
条件を検討した
10)
。
遺伝子検査の総合的な評価からクレアチン代謝異
常症の早期診断を行い,治療応用を目指す。平成
過去 4 年間,当センターで解析した結果につい
28 年度以降は,脳クレアチン欠乏症候群の臨床
て報告する。
研究(厚生労働科学研究費補助金難治性疾患政策
研究事業 研究代表者 和田敬仁)を行う予定であ
方 法
る。
インフォームドコンセントを充分に行い,文書
による同意書を得た。
謝 辞
1 .尿中の前処理
本研究を行うにあたり,ご指導とご援助を頂い
採取した尿は,直ちに凍結し, - 80 ℃で保存す
た方々に感謝の意を示します。本研究はかながわ
る。患者尿検体の測定は,凍結尿 500 µL に等量の
県立病院小児医療基金(平成 25 - 27 年度)
「クレ
アセトニトリルを添加後,氷上に静置し,遠心分
アチン化合物の測定方法の確立」
(研究代表者 新
離により蛋白を除去後の上清を希釈し,評価した。
保裕子)
,厚生労働科学研究費補助金難治性疾患
2 .クレアチニン関連化合物の測定
政策研究事業(平成 26 - 28 年度)
「脳クレアチン
a.HPLC-UV を用いた分析 4, 9)
欠乏症候群の臨床研究」(研究代表者 和田敬仁)
b.HPLC-MS を用いた分析
10)
との共同研究である。
3 .遺伝子検査
クレアチン代謝異常症が疑われた症例に関し
文 献
て,確定診断の末梢血から抽出したゲノム DNA,
1 ) S t o c k l e r S , I s b r a n d t D , H a n e f e l d F, e t a l .
RNA を用いて,サンガーシークエンス法で遺伝
Guanidinoacetate methyltransferase deficiency: the first
子解析を行った。
inborn error of creatine metabolism in man. Am J Hum
4 .皮膚由来線維芽細胞培養
Genet 1996;58:914-922.
遺伝子確定診断された患者より皮膚由来線維芽
細胞を培養し保管した。
2 )Item CB, Stockler-Ipsiroglu S, Stromberger C, et al.
Arginine: glycine amidinotransferase deficiency: the third
inborn error of creatine metabolism in humans. Am J Hum
結 果
Genet 2001;69:1127-1133.
平成 27 年度は MRS よりクレアチン代謝異常
3 )Salomons GS, van Dooren SJ, Verhoeven NM, et al.
症が疑われた男児 1 症例の解析を行った。尿中
X-linked creatine-transporter gene(SLC6A8)defect:
クレアチン / クレアチニン比の上昇が判明し,確
a new creatine-deficiency syndrome. Am J Hum Genet
定診断のため SLC6 A8 遺伝子検査を行った結果,
2001;68:1497-1500.
exon1 に新規変異が認められた。平成 24 - 27 年度
4 )Wada T, Shimbo H, Osaka H. A simple screening
までに当センターでクレアチン代謝異常症 7 家系
method using ion chromatography for the diagnosis of
11 患者の解析を行った。今までの解析結果につ
cerebral creatine deficiency syndromes. Amino Acids
いて米国人類遺伝学会(2015 年 10 月)で報告し
2012;43:993-997.
た。
5 )Osaka H, Takagi A, Tsuyusaki Y, et al. Contiguous
deletion of SLC6A8 and BAP31 in a patient with severe
考 察
過去 4 年間に SLC6A8 欠損症 6 家系 10 患者,
GAMT 欠損症 1 患者の解析を行った。生体試料
中のスクリーニングは早期診断に有用である。
dystonia and sensorineural deafness. Mol Genet Metab
2012;106:43-47.
6 )Kato H, Miyake F, Shimbo H, et al. Urine screening
for patients with developmental disabilities detected a
patient with creatine transporter deficiency due to a novel
今後の展開
missense mutation in SLC6A8. Brain Dev 2014;36:630-
臨床症状,尿のスクリーニング,脳内 MRS,
633.
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
217 ( 96 )
7 )Akiyama T, Osaka H, Shimbo H, et al. A Japanese adult
9 )新保裕子, 和田敬仁, 小坂仁. HPLCを用いたクレア
case of guanidinoacetate methyltransferase deficiency.
チン化合物の簡便な測定方法の確立. こども医療セン
JIMD Rep 2014;12:65-69.
ター誌 2014;43:202-204.
8 )野崎章仁, 熊田知浩, 柴田実, 他. 尿中クレアチン/ク
10)新保裕子, 貴家潤治, 小坂仁, 他. LC-MSを用いたク
レアチン比と家族歴とより診断に至ったクレアチン
レアチン化合物の測定方法の確立. こども医療セン
トランスポーター欠損症の 1 家系 本邦 3 家系目. 脳
ター誌 2015;44:141-143.
と発達 2015;47:49-52.
小児がんの多発肺転移に対する積極的転移巣切除に使用する,
オリジナル手術器具の開発
北 河 徳 彦
背 景
小児がん,特に肝芽腫は肺転移しやすく,これ
1)
方 法
が予後を決定することも多い 。従来,肺転移に
現在のペアン鉗子で挟み込んでいる手術と比較
対しては化学療法の強度を上げることで対応して
し,切除体積を約 20 %減少させるオリジナル鉗
きたが,それでも 3 年生存率は 40 %程度であっ
子を大・中・小の 3 タイプ,基本設計した。概念
た。このような症例に対して 2007 年から転移巣
は図 1 に示す。これを株式会社田中医科器械製作
を徹底的に手術で切除する方針を導入し,以後
所に依頼し,詳細な設計を行った。同製作所で予
18 例の難治症例に適応してきた。その結果,現
定どおり 3 本を製作した(図 2)。以後,約 20 回
在までに死亡は 2 例という良好な成績を収めてお
の小児がん肺転移手術で実際に使用した(図 3)。
り,国内外の学会で発表し,この方法が定着しつ
つある。さらに 2012 年からは,ICG 蛍光法を使
用したナビゲーションをこの手術に応用し,極め
て微小な病巣(最小 0.06 mm)を発見,切除でき
るようになった。これも世界初の試みで,この成
果は既に論文掲載された 2, 3)。肺転移巣の摘出は,
多い時で片側 40 個にもおよぶ。手術では可能な
限り正常肺を残すため,全て少範囲の楔状切除で
摘出している。この際,今までペアン鉗子で肺を
挟み,切離線を決定していたが,鉗子の形状から
どうしても余分に正常肺組織を切除してしまって
いた。患児の正常肺を少しでも多く残せるように
するため,この手術に特化した特殊な形状の鉗子
を開発することとした。
神奈川県立こども医療センター 外科
図1 オリジナル鉗子の概念
218 ( 97 )
結 果
当初の狙いどおり,正常肺の切除体積は少なく
なった。大中小 3 種類があるため,腫瘍の大きさ
によって使い分けができるため使用感は良く,ま
た 1 本の鉗子で操作ができるため,胸腔内の深部
にある病変に対してもアプローチができ,これは
特筆すべき効果であった。
文 献
図2 完成した 3 サイズのオリジナル鉗子
1 )北河徳彦, 大浜用克,新開真人, 他.【小児がんにおけ
る外科治療】小児固形腫瘍の肺転移巣に対する外科
治療の意義. 小児外科 2011;43:535-539.
2 )北河徳彦, 新開真人, 武浩志, 他. 肝芽腫の転移・原
発巣に対する, ICG 蛍光法を用いたナビゲーション手
術. 日本小児外科学会雑誌 2014;50:206-210.
3 )Kitagawa N, Shinkai M, Mochizuki K, et al. Navigation
using indocyanine green fluorescence imaging for
hepatoblastoma pulmonary metastases surgery. Pediatr
Surg Int 2015;31:407-411.
図3 実際の開胸肺転移巣切除手術での使用
小児感染症に対する realtime PCR 法を用いた
病原体迅速検出法確立の研究
今 川 智 之
研究の概要
が少ないことによる検出限界の問題が挙げられ
小児における重症感染症の原因となるメチシリ
た。そこで血液培養を 12 - 24 時間行いグラム染
ン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)を早期に検出す
色にてグラム陽性球菌が検出された検体について
ることを目的として real time PCR 法を用いた薬
薬剤耐性遺伝子の検出を行うことを検討し,実際
剤耐性遺伝子検出について検討を行った。これ
の臨床場面への応用について検討を行った。血液
までに universal PCR による細菌検出を試みたが,
培養にてグラム陽性球菌陽性検体よりメチシリン
MRSA,緑膿菌,大腸菌などの検出を迅速に行う
耐性遺伝子と黄色ブドウ球菌特有の遺伝子カセッ
ことが可能であることを示したが,血液より直接
トの検出の組み合わせで検討を行ったところ,
的に細菌検出する場合,複数菌種の検出や検体量
MRSA の検出を培養陽性確認後約 2 時間で検出
神奈川県立こども医療センター 感染免疫科
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
219 ( 98 )
可能であった。さらに MRSA 以外のグラム陽性
研究の方法
球菌について遺伝子検出パターンによりメチシリ
対象症例と検体
ン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(MRCNS)
本研究は,当センターに入院中症例の内,感染
など薬剤耐性遺伝子を持つ球菌の検出も可能で
症が疑われ,血液培養にてグラム陽性球菌が陽
あった。小児においてグラム陽性球菌感染症の頻
性となった検体を用い,BD MAX 全自動 real time
度は高く,また当センターの特性として免疫低下
PCR 装置を用いブドウ球菌特異的遺伝子とメチ
状態の患者が多く,MRSA 以外に MRCNS など
シリン耐性遺伝子の検出を行い研究を行った。
による感染症の頻度が高いことから本研究によ
る MRSA ならびにメチシリン耐性遺伝子の迅速
研究方法
検出は,これまでの培養同定,感受性検査に比べ
1 .realtime PCR システムを用いた病原体の検出
1 - 2 日間早く結果が得られることから,早期に適
血液培養検体 10 μL を BD MAX MRSA XT キッ
切な薬剤の選択と投与が可能となると考えられた。
トを用い,BD MAX 全自動 real time PCR 装置に
てブドウ球菌特異的遺伝子(MREJ)とメチシリ
研究の目的と意義
ン耐性遺伝子(mecA/C)を検出した。
従来の細菌・真菌培養検査では病原体の検出精
2 .データの解析
度は最も正確であるものの結果が得られるまでに
1. でえられたデータを MREJ 陽性・mecA/C 陽
数日の時間を要するため,重症例では治療選択に
性を MRSA,MREJ 陽性・mecA/C 陰性をメチシ
時間が限られることから,病原体の正確な検出を
,MREJ 陰
リン感受性黄色ブドウ球菌(MSSA)
短時間で行うことのできる検査法の臨床適応が望
性・mecA/C 陽性を MRCNS,MREJ 陰性・mecA/
まれる。
C 陰性をメチシリン感受性コアグラーゼ陰性ブド
近年,細菌や真菌,ウイルスなど病原体に関す
ウ球菌(MSCNS)と判定した。さらにこれらの
る遺伝子情報がゲノム解析の進展によりほぼ解明
検体について,これまでの方法による培養同定な
され,各細菌,真菌やウイルスなど病原体にそれ
らびに薬剤感受性検査を行い,細菌名と薬剤耐性
ぞれ普遍的かつ種の固有な遺伝子配列が明らかと
について比較を行った。
なった。この遺伝子配列を PCR 法によって検出
することで病原体を網羅的に検出することが可能
結 果
となった。一方,PCR 法を用いた病原体の検出
real time PCR による検出
では,検出感度が極めて鋭敏であるために偽陽性
血液培養陽性 5 検体より検討を行った。MRSA
となることが指摘されている。
の 判 定 は 1 検 体,MRCNS は 4 検 体,MSSA・
一方,小児においてブドウ球菌による感染症は
(表 1)
。
MSCNS は判定されなかった(図 1),
成人に比して多く,また成人では比較的問題とさ
さらに培養同定,薬剤感受性検査結果との比
れない MRCNS の感染症を,血液疾患や循環器疾
較 で は,MRSA と 判 定 し た 検 体 は MRSA が 検
患の児において多く認め,早期の診断と適切な抗
出 さ れ, ま た MRCNS の 判 定 と な っ た 検 体 は,
菌薬の使用が患者予後に影響すると考えられる。
Staphylococcus capitis が 2 検体,Staphylococcus
このため MRSA のみならず薬剤耐性遺伝子をも
epidermidis が 1 検 体,Staphylococcus hominis が
つブドウ球菌の早期検出が臨床の場面において望
1 検体それぞれ検出され,いずれもメチシリンに
まれる。
耐性を示し MRCNS であった。また検出までの時
当センターに入院中の重症症例における感染症
間は PCR 法では約 2 時間,培養同定薬剤感受性
発現時の血液検体中からの MRSA ならびにメチ
検査では約 1 日を要した。
シリン耐性遺伝子の迅速な検出法を real time PCR
法により検討し,迅速病原体検出システムを確立
することを目的とした。
220 ( 99 )
MRSA の検出
(同一検体 2 本,上 MREJ 陽性,下 mecA/C 陽性)
考 察
本研究では PCR 法による血液培養検体からの
MRSA ならびにメチシリン感受性ブドウ球菌の
迅速な検出が可能であった。さらに既存の培養同
定薬剤感受性検査に比べ,約 1 日間早く薬剤感受
性検査まで検出できたことで速やかに抗 MRSA
薬など適切な治療を開始することが可能になる。
今後,実際に本検査法を臨床応用し,抗 MRSA
薬の適正使用について検討を行いたい。
参考文献
Fjaertoft G, Håkansson L, Ewald U, et al. Neutrophils from
term and preterm newborn infants express the high affinity
MRCNS の検出
(上 MREJ 陰性,下 mecA/C 陽性)
Fcgamma-receptor I(CD64)during bacterial infections.
Pediatr Res 1999;45:871-876.
Corless CE, Guiver M, Borrow R, et al. Simultaneous
detection of Neisseria meningitidis, Haemophilus
influenzae, and Streptococcus pneumoniae in suspected
cases of meningitis and septicemia using real-time PCR. J
Clin Microbiol 2001;39:1553-1558.
Miyamae Y, Inaba Y, Kobayashi N, et al. Quantitative
evaluation of periprosthetic infection by realtime polymerase chain reaction: a comparison with
conventional methods. Diagn Microbiol Infect Dis
2012;74:125-130.
江崎孝行, 大楠清文. 診断 細菌の迅速診断システム. 日
図1 BD MAX による MRSA の検出
本臨床 2004;62:2276-2280.
大楠清文, 江崎孝行. これからの微生物検査 遺伝子検査
微生物の検出, 同定, 薬剤耐性遺伝子など. 臨床と微生
表1 real time PCR の結果と培養同定感受性検査との
比較
MREJ
(-)
(+)
(-)
(-)
(-)
mecA/C
(+)
(+)
(+)
(+)
(+)
SPC
(+)
(+)
(+)
(+)
(+)
MRCNS
MRSA
MRCNS
MRCNS
MRCNS
culture
Staphylococcus capitis
MRSA
Staphylococcus capitis
MRSE
Staphylococcus hominis
物 2004;31増:610-622.
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
221 ( 100 )
エコー動画を用いた胎児心臓スクリーニングの
遠隔診断支援システムの精度と効率に関する研究
金 基 成 1), 川 滝 元 良 2, 4), 石 川 浩 史 3)
豊 島 勝 昭 2), 上 田 秀 明 1)
はじめに
人に対して,文書による同意を事前に取得した。
先天性心疾患は最も頻度の高い先天異常であ
る。出生直後から重症化する先天性心疾患は,胎
結 果
児診断に基づく早期治療開始により治療成績が向
紹介元での胎児心エコー検査施行時の在胎週数
上し,後遺症が軽減され,さらに,合併症治療に
は,20 - 33(中央値 27)週であった。全例におい
かかわる医療費が削減できることが過去の報告か
て紹介元では心臓の異常を疑われていたが,遠隔
ら明らかにされた 1 - 7)。しかしながら,心疾患に
診断により 21 例中 17 例で異常を認めた。遠隔診
詳しくない産科医や超音波技師にとって先天性心
断で正常とされた 1 例は当センター受診時の検査
疾患のスクリーニングは最も難しいとされる。今
で軽微な異常を指摘されたため,異常を認めたの
後胎児スクリーニングの普及が急務と考えられ,
は最終的に 18 例であった。異常の内容は,先天
遠隔診断が大きな役割を果たすことが期待される。
性心構造異常が 12 例,血管異常(血管輪など)
しかしながら,遠隔診断支援システムを構築す
4 例,心臓腫瘍 1 例,全内臓逆位(心奇形なし)
るためには,システムに関与する多数の診断者間
1 例であった。診断に要した時間は 1 - 30 分(平
でその画像診断能力を均一化する必要がある。ま
均 9.9 分)であった。
た,将来的な医事収載にむけて,診断にかかわる
遠隔診断医 2 名で診断を行った 18 例のうち,
時間的その他の労力に関する情報が必要である。
13 例においては両者の診断は同じであった。5 例
本研究ではこれらの課題を解決するためのデータ
においては診断名の相違を認めたが,治療方針が
収集を目的とする。
異なるほどの相違ではなかった。遠隔診断と当セ
ンターでの検査による診断,出生後診断を比較し
方 法
えた 13 例においても,治療方針に関わる大きな
産婦人科の一次,二次医療機関において胎児先
診断の相違を認めなかった。
天性心疾患の疑われた症例について,母体の紹介
診断が分かれた所見については,主心室診断,
受診に先立ち,紹介元施設における胎児心エコー
肺動脈狭窄か閉鎖か,大動脈縮窄の可能性の指
検査の動画を CD/ROM にて当センターに送付す
摘,両大血管右室か完全大血管転位か(大血管の
る。この画像を用いて当センターの複数の診断者
騎乗の程度),心室中隔欠損の有無があげられた。
が診断を行う。これらの診断と,紹介後当セン
当センターで出生した 13 例のうち,新生児期
ターにて行う胎児心エコー検査の結果・出生後の
の手術やカテーテル治療を要したのは 8 例であ
診断を比較し,画像診断の妥当性と診断者間の診
り,5 例は治療を要さない疾患であった。
断の均一性を評価する。また画像診断に要する時
間についても併せて評価する。2014 年 8 月から
考 察
2016 年 4 月までの研究期間内にデータを得られ
紹介元から送付された画像の画質はおおむね良
た,21 例の患者について検討を行った。患者本
好であり,遠隔診断の質は満足できるものであっ
1)神奈川県立こども医療センター 循環器内科 2)同 新生児科 3)同 産婦人科
4)東北大学大学院医学系研究科 融合医工学分野
222 ( 101 )
た。特に出生後治療が必要な疾患であるかの判断
heart disease? Comparison of patients with hypoplastic
は適切に行われていた。異なる遠隔診断者間の診
left heart syndrome with and without prenatal diagnosis.
断の差異も大きくなかった。診断の差異が生じた
Pediatr Int 1999;41:728-732.
部分は大きな方針を左右しない軽微な差異が多い
3 )Tworetzky W, McElhinney DB, Reddy VM, et
印象であった。
al. Improved surgical outcome after fetal diagnosis
診断に要した時間は,おおむね送付された画像
of hypoplastic left heart syndrome. Circulation
の長さに依存していたが,平均約 10 分と大きな
2001;103:1269-1273.
負担となるものではなかった。
4 )Bonnet D, Coltri A, Butera G, et al. Detection of
以上から,胎児心臓病の遠隔診断は有用かつ十
transposition of the great arteries in fetuses reduces
分実現可能であると考えられた。特に,スクリー
neonatal morbidity and mortality. Circulation 1999;99:916-
ニングで発見された軽微な所見について,遠隔診
918.
断にて問題ないことを確認し,患者の受診による
5 )Duke C, Sharland GK, Jones AM, et al.
負担を軽減することは十分可能である。今後さら
Echocardiographic features and outcome of truncus
に症例を積み重ね,有用性を検討する。
arteriosus diagnosed during fetal life. Am J Cardiol
2001;88:1379-1384.
文 献
6 )Franklin O, Birch M, Manning N, et al. Prenatal
1 )里見元義, 川滝元良, 西畠信, 他. 胎児心エコー検査
ガイドライン 胎児心エコー検査ガイドライン作成委
員会編. 日本小児循環器学会雑誌 2006;22:591-613.
2 )Satomi G, Yasukochi S, Shimizu T, et al. Has fetal
echocardiography improved the prognosis of congenital
diagnosis of coarctation of the aorta improves survival and
reduces morbidity. Heart 2002;87:67-69.
7 )Papas LP, Savis A, Jones A, et al. An echocardiographic
study of tetralogy of Fallot in the fetus and infant. Cardiol
Young 2003;13:240-247.
漫画による小児疾患の理解:
患者および家族への説明ツールとしての漫画の活用
加 藤 義 明 1), 北 河 徳 彦 2)
はじめに
ンガの活用を考えた。保護者および思春期の患児
小児疾患は,成人の癌や心臓病など常識的な疾
は,ともにマンガに親しんできた世代である。難
患とは異なり,患児や保護者が初めて耳にするよ
しい医学用語が並ぶ説明書よりも,もし同じ内容
うな疾患が多い。通常は担当医が疾患について文
がマンガで描かれていれば,より簡単に理解でき
字で説明しているが,特に急性期で混乱している
ると思われる。
保護者が十分に理解できていないことも多い。ま
た慢性疾患を抱え,思春期になった患児に疾患の
今までの研究
ことを理解させるのが難しいことも度々感じてき
申請者の加藤および北河は,今までも自らマン
た。このような問題を打破するツールとして,マ
ガ描画ソフトを購入し,患者説明に用いるマンガ
1)神奈川県立こども医療センター 栄養管理科 2)同 外科
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
223 ( 102 )
を作成してきた。加藤はカーボカウントなど栄養
ため,今回はセミプロのマンガ家に依頼すること
に関する啓発を目的としたマンガを作成し,公
とした。北河の知人である澤田浩美医師は,マン
表している。また北河は,胆道閉鎖症の病態の理
ガ商業誌に執筆しているマンガ家でもあり,今回
解を進めるためのマンガを作成し,自らのホーム
の計画に賛同し,執筆を引き受けるとの意向を示
ページ上で公開している。これらの試みは患児,
してくれた。そこで今回,澤田医師に依頼し,マ
保護者から支持され,好評であった。さらに次の
ンガの制作を予定した。医療系マンガは無数にあ
企画を要望された。しかしこれらのマンガは所詮
るが,患者のために医療に詳しいマンガ家が執筆
素人の作品であり,表現には限界があった。その
し,その効果を調べた報告は見当たらない。
方法と結果
外科で進めている「胃瘻からのミキサー食注
入」を啓発するマンガを制作した。原作を北河・
加藤が考案し,構成・作画を澤田医師に依頼し,
制作した(図)
。これを 200 部印刷し,患児保護
者等に配布した。作成したマンガは当センター外
来・病棟,また小児科セミナーなどで配布し,北
河の個人ホームページでも公開し,また学会でも
発表した。
外来で患者家族 20 名に質問用紙形式でアン
ケートを行い,その感想を調査した。その結果,
「すーーっと頭に入ってきて,理解できた」「1 時
間かけて説明してもらうより,よく理解できた気
がする」など全員が肯定的な感想を述べた。
参考文献
加藤著作の栄養(カーボカウント)啓発マンガ
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=manga&illust_
id=23323941
北河著作の胆道閉鎖症啓発マンガ
http://www.drkitagawa.org/%E3%83%AA%E3%83%
図 澤田医師に作画を依頼して制作したマンガ
B3%E3%82%AF-%E8%91%97%E4%BD%9C/
224 ( 103 )
小児免疫疾患におけるインターネットを用いた疾患登録ならびに
診療支援システムの研究
今 川 智 之
研究概要
めて少なく,多くの疾患は不明熱として一般小児
神奈川県内の小児医療機関で発症した小児免疫
医療機関で診察をされ,時に適切な治療の遅れに
疾患症例について,より簡便かつ正確に当セン
よって重症化を来すことが多い。このため当セン
ターにコンサルトできるように診療支援システム
ターなど専門医療機関で症例の集積を行い,高度
の構築について検討した。2008 年度から 2013 年
治療の実施が必要であるが,紹介までに時間を要
度までに当科に紹介・コンサルトのあった症例と
することが多く,また一般小児医療機関における
紹介元について症例数や疾患名などについて情報
小児科研修においても体系的な研修を行う上で
の集積を行い,データベースシステムの規模・内
も,当センターをハブとした診療支援システムの
容を検討した。当科への直接の紹介・相談症例は
構築が必要と考えられる。一方,われわれは関連
主に電話,メールによるものがほとんどであっ
専門学会での疾患登録システムを構築したノウハ
た。インターネットの Web などを用いたシステ
ウを用い神奈川県内の小児医療機関での診療支援
ムは患者情報などにおいてセキュリティの問題が
を行うことを目的として疾患登録ならびに診療支
あることが判明し,また個人の PC での登録に関
援システムの構築を行いたいと考えた。
して盗難,紛失の危険性があり,病院としてのシ
ステム導入を待ちシステム構築は行わず,院内電
目 的
子カルテ PC に搭載されている Microsoft Excel に
神奈川県内の小児医療機関で発症した小児免疫
コンサルト用のテンプレートシートを作成し入力
疾患症例について,より簡便かつ正確に当セン
を行った。システムが院内 LAN 上のみで稼働す
ターにコンサルトできるように電話もしくはイン
ることのメリットとして,電子カルテ PC がある
ターネットを介したメールなどを用いた診療支援
場所ではどこからでも入力・参照が可能であった
システムを構築する。
こと,そして情報漏えいなどのリスクを最小限に
することができたこと,他の医師との情報の共有
研究方法
が可能となったことなどが挙げられた。本研究に
対象症例
より,より有効な診療支援システムの構築が可能
本研究は,神奈川県内の小児医療機関で診療を
となれば,他の診療科への拡大も可能となる。ま
行っている症例のうち小児免疫疾患が疑われる症
た地域医療連携においても支援ツールの充実が期
例について,当科にコンサルトを行う医師を対象
待される。
として診療支援システムを構築する。
研究動機
登録項目
小児期発症の自己免疫・自己炎症性疾患として
本研究に登録する項目は以下のとおりである。
若年性特発性関節炎,小児期発症全身性エリテマ
1 .紹介元情報:紹介元施設名,医師名,連絡先
トーデス,若年性皮膚筋炎などの小児リウマチ性
(メール,電話番号)
疾患やクリオピリン関連周期性症候群や家族性地
2 .患者情報:イニシャル,性別,生年月日
中海熱などの自己炎症症候群はその発症頻度は極
3 .紹介目的
神奈川県立こども医療センター 感染免疫科
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
225 ( 104 )
4 .臨床情報:臨 床症状,検査所見(血液,一
般,培養,画像,生理)
ム導入を待ちシステム構築は延期とした。
このため院内電子カルテ PC に搭載されてい
る Microsoft Excel にコンサルト用のテンプレート
方 法
シートを作成した(図 1)
。
1 .当科のコンサルト症例の把握
2008 - 13 年度までに当科に紹介・コンサルトの
考 察
あった症例と紹介元について症例数や疾患名など
今回の症例相談・紹介のシステムは Microsoft
について情報の集積を行い,データベースシステ
Excel のワークシートに上記項目の入力テンプ
ムの規模・内容を決定する。
レートを作成し入力を行った。入力に関して他症
2 .インターネットもしくは電話・メールでのコン
例との入力間違いを防ぐため,個別入力のための
サルトが可能なデータベースシステムの開発
ウィンドウを開くように工夫した。またシステム
決定された項目についてデータベースソフトウ
が院内 LAN 上のみで稼働することのメリットと
エアを用いて診療支援システム(疾患の登録とコ
して電子カルテ PC がある場所ではどこからでも
ンサルト)を作成する。
入力・参照が可能であったこと,そして情報漏え
3 .診療支援システムの運用と評価
いなどのリスクを最小限にすることができたこ
作成したシステムを予め参加を希望した医師に
と,他の医師との情報の共有が可能となったこと
公開しデータの入力と実際のコンサルトを行い,
などが挙げられる。またデメリットは PC のない
入力項目や内容などについて評価を行う。
場所や院外での相談では入力ができず,従来のメ
モ用紙を使用した記録が必要となり,また入力忘
結 果
れによる登録漏れが存在したことが挙げられる。
これまでに当科への直接の紹介・相談症例は主
に電話,メールによるものがほとんどであった。
今後の展開
インターネットの Web などを用いたシステムは
本研究により,より有効な診療支援システムの
患者情報などにおいてセキュリティの問題がある
構築が可能となれば,他の診療科への拡大も可能
ことが判明し,また個人の PC での登録に関して
となる。また地域医療連携においても支援ツール
盗難,紛失の危険性があり,病院としてのシステ
の充実が期待される。
平成26年度
紹介元
例の相談(メールもしくは電話)
感染免
返事
感染免 科医師
例の確認
科医師
外来受診もしくは
入院の場合連絡
地域連携室
例の登録
必要に応じて参照可能
図1 研究の流れ(フロー図)
226 ( 105 )
小児急性白血病および造血幹細胞移植における
感染症リスク低減への取り組みに関する研究
-感染症の予防と治療法-
浜之上 聡
はじめに
結 果
難治性白血病や進行した固形腫瘍に対し強力な
解析結果(表 2)と症例 1 例を呈示する。
前処置を用いた造血幹細胞移植が予後の改善を目
指して行われている。その際,感染症の対策が重
症例提示
要となる。従来の経験を踏まえて最近の症例の対
3 歳, 女 児, 急 性 骨 髄 性 白 血 病(AML M5a)
応がどう改善されたかを検討した。
再発,第 2 寛解期に,HLA 1 ミスマッチドナーよ
り臍帯血移植した。
対象と方法
前処置:メルファラン+フルダラビン
2006 年に現在のクリーン病棟を新設したため,
ドナー:HLA-A 一座不一致臍帯血バンク
そ の 後 の 患 者 を 対 象 と し た。2006 年 1 月 か ら
生着:day+**(好中球 >500 /μL)
2012 年 12 月の症例解析(表 1)を比較対象とし,
GVHD 予防:FK-506+sMTX
その後の症例を病歴より個別に検討し比較した。
GVHD の出現あり,ステロイド使用中,Day+71
比較項目は,症例数,移植回数,菌血症件数,移
より 40 度の発熱あり,CAZ+AMK 開始した。
植種類(自家移植,同種移植)
,検出菌種とした。
血 培 よ り Klebsiella pneumonia 検 出 あ り
(CAZ:S,
AMK:S, MEPM:S)
Day+72 には解熱したが血培陽性が遷延
表1 2006 年 1 月 - 2010 年 12 月までの解析結果
Day+76 から MEPM+AMK
症例数 33 例
Day+78 CV 抜去し沈静化
移植回数 42 回
CRP max 8.0 mg/dL
菌血症 13 件(自家移植 11 件,同種移植 2 件)
検出菌種(複数菌検出例あり)
表2 2015 年 4 月 - 2016 年 3 月症例
Staphylococcus epidermidis
6
他のコアギユラーゼ陰性 Staphylococci
2
症例数 13 例
α-Streptococcus
3
移植回数 13 回
Bacillus spp.
2
菌血症 10 件(自家移植 0 件,同種移植 10 件)
Micrococcus spp.
2
検出菌種(複数菌検出例あり)
神奈川県立こども医療センター 血液・再生医療科
Staphylococcus epidermidis
3
Klebsiella pneumoniae
2
α-Streptococcus
1
Enterobacter cloacae
2
Enterococcus spp.
2
Micrococcus spp.
2
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
227 ( 106 )
結論と考察
ついての検討の継続が必要と思われた。
本年度は移植回数も少なく,例年と比べると菌
血症の発生数は少なかった。
① 2006 年のクリーン病棟新設後から 2012 年 7 月
基本的には,第 1 選択 CAZ+AMK,第 2 選択
の既解析症例を対象に,その後の症例を診療録
MEPM(+MINO)± VCM という従来どおりの抗
より後方視的に解析する。
生剤使用法は有効であると思われたが,同一症例
で複数回の菌血症を繰り返す症例もあり,呈示症
例のごとく再発例などの患者側要因により治療に
②近年のセンター内での感染症起因菌と耐性菌の
傾向を把握する。
③抗菌薬・抗真菌薬の使用以外に,感染症予防と
難渋する症例も見受けられた。
してのケア(例:口腔粘膜乾燥予防目的の含嗽
比較的合併症リスクの低い自家移植の症例につ
剤,口腔ケアなど)などを進め,予防効果をみ
いての菌血症の発症は前回に続いて今回もゼロで
る。
あり,感染率が落ちているようにみうけられる。
患者側の高リスク因子がなければ,現在の感染対
策については十分に有効であるとも考えられる。
以上の結果より,今後の研究として以下の点に
④実際に行われているカテーテル管理法などに問
題点・改良点がないか検討する。
⑤感染症リスク低減にむけての医療者への指導・
教育を行う。
タンデム質量分析計を用いた Lyso-Gb3 測定法の確立
安 達 昌 功
背 景
活性を測定し,且つ確定診断には腎・皮膚・心筋
Fabry 病はライソゾーム病の 1 つであり,α -ガ
組織を用いた病理検査,または遺伝子検査が必要
ラクトシダーゼ(α-GAL)の先天性欠損により,
となる。
そ の 基 質 で あ る Globotriaosylceramide(Gb3) が
そ の 様 な 状 況 下 で,Gb3 の Lyso 体 で あ る
血管内皮細胞・平滑筋細胞・神経節細胞などに蓄
Globotriaosylsphingosine(Lyso-Gb3) が,Fabry 病
積する。X 染色体性の遺伝形式を示し,古典型の
患者の血中 / 尿中に高濃度に存在し,本症のスク
男性では,神経症状(四肢疼痛・聴覚低下)
・眼
リーニングに有用との報告が近年散見される 1, 2)。
症状(角膜混濁・白内障)
,皮膚症状,腎機能障
しかし,高速液体クロマトグラフ(HPLC)を用
害,心機能障害,脳血管障害などが若年から発症
いた測定系では測定感度が低く,女性ヘテロ患者
する。しかし,非特異的な症状の組み合わせであ
においての見逃しが懸念される。本研究の目的
るため診断は容易ではない。また亜型として,心
は,タンデム質量分析計を用いた高感度の Lyso-
ファブリー病,腎ファブリー病,脳血管型ファブ
Gb3 測定系を構築することである。
リー病が知られており,女性ヘテロ患者ではさら
に診断が困難となる。
方法と結果
簡便な臨床検査マーカーも存在しないため,
・測定目的物質の抽出
ファブリー病が疑われた場合には,血中 α-GAL
既報の固相抽出カラム処理は煩雑で時間を要す
神奈川県立こども医療センター 内分泌代謝科
228 ( 107 )
るため,メタノール処理による除蛋白にて前処理
を行う方法を採用した。
・分離と検出
HPLC カラムを用いて測定目的物質を分離し,
四重極型タンデム質量分析計にて検出した。
・内部標準の作成
Lyso-Gb3 のアミノ基に,安定同位体標識した
アセチル体を付加することで,内部標準とした。
・目的物質および内部標準の測定条件
使用するカラムと溶媒,グラディエント条件,
および保持時間について検討し,最適条件を設定
図1 ヒ ト健常者プール血漿に既知の Lyso-Gb3 を添
加し検量線を作成した。
した。カラムには,Imtakt® Unison UK-C18, 3 um,
(y = 1.191x - 11.604, R² = 0.9918)
150 × 3 mm を選択した。
・血清サンプルでの測定
なる感度の向上の可能性があり,併せて検討した
ヒト健常者プール血漿に既知の Lyso-Gb3 を添
い。
加し,検量線を作成した(図 1)
。実際のファブ
リー病患者の陽性検体でも測定を行い,高値を確
文 献
認した。
1 )Maruyama H, Takata T, Tsubata Y, et al. Screening
of male dialysis patients for Fabry disease by plasma
考 察
globotriaosylsphingosine. Clin J Am Soc Nephrol
上記に示す如く,血中 Lyso-Gb3 測定の方法が
2013;8:629-636.
可能となった。今後,成人での肥大型心筋症患者
2 )van Breemen MJ, Rombach SM, Dekker N, et al.
などのハイリスクスクリーニングでの有用性を検
Reduction of elevated plasma globotriaosylsphingosine
討する予定である。また,現時点では,上述の如
in patients with classic Fabry disease following enzyme
くメタノールによる除蛋白にて前処理を行ってい
replacement therapy. Biochim Biophys Acta 2011;1812:70-
るが,何らかの抽出操作を加えることで,さら
76.
再発急性リンパ性白血病の治療成績向上を目指した研究
後 藤 裕 明
要 旨
報,臨床検体を施設横断的に収集し,将来の臨床
小 児 急 性 リ ン パ 性 白 血 病 acute lymphoblastic
試験の背景を構築するとともに,幅広い基礎研究
leukemia(ALL)の予後は改善したが,再発 ALL
を行う土台を構築するために「再発および寛解導
の予後は依然として不良である。希少疾患である
入不能小児 ALL に対する前方視的観察研究およ
小児再発 ALL の治療経過と転帰を含めた臨床情
び再発および寛解導入不能小児 ALL 試料を用い
神奈川県立こども医療センター 血液 ・ 再生医療科
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
229 ( 108 )
Leukemia/Lymphoma Study Group(JPLSG) 再 発
た基礎研究(ALL-R14)
」を立ち上げた。
ALL 委員会(委員長:後藤裕明)は「再発およ
はじめに
び寛解導入不能小児 ALL に対する前方視的観察
小児 ALL 患者の長期生存率は 80 %以上に達す
研究および再発および寛解導入不能小児 ALL 試
るが,約 20 %の患者で再発がみられ,再発 ALL
料を用いた基礎研究(ALL-R14)」を企画し,開
患者の予後は依然として不良である。再発 ALL
始した。
の予後は再発時期(初回治療開始から再発までの
期間),再発部位(骨髄単独,髄外単独,骨髄・
ALL-R14 研究の目的
髄外複合),ALL の免疫学的分類によって層別化
すべての再発および初回寛解導入不能 ALL を
され,これらの因子を用いた第一再発 ALL の分
対象とし,前方視的に得られる臨床情報とともに
。この分類に
類方法が提唱された(S 分類,表 1)
再発および寛解導入不能 ALL の臨床試料を施設
,S2(中間リスク群)にお
おいて S1(低リスク群)
横断的に収集し(バイオバンク化)
,再発 ALL の
いては,強化した ALL 型の治療を行い,治療反
予後や治療法の開発に関わる将来のさまざまな研
応に応じて造血細胞移植を導入することで 70 %
究を可能にする基盤を構築する。基礎研究の一
以上の再寛解維持率が期待されるようになった。
部として,再発 ALL 試料を用いて in vitro での分
し か し, 第 一 再 発 例 の 約 半 数 を 占 め る S3,S4
子標的療法薬を含む薬剤に対する感受性を検討
(高リスク群)の予後は極めて不良であり,現在
し,早期開発型臨床研究に必要な前臨床データ取
のところ有望な治療法が示されていない。同様に
得を目指す。本研究の主な対象となる高リスク再
複数回再発例や造血細胞移植後再発例の予後も極
発 ALL においては,多数の症例に対して有効性
めて不良であり,これら高リスク再発 ALL に対
が期待されるような標準的治療は存在しない。こ
する新たな治療法の開発が望まれる。
れら症例の一部には最近,日本で難治性 ALL に
再発 ALL は日本において年間 80 - 100 例の発
対して保険適応が認められたクロファラビンが用
生が見込まれる希少疾患である。より有効な治療
いられる可能性があるが,本剤の再発および寛解
方法を効率よく開発するためには,現在は標準的
導入不能 ALL に対する有効性などは十分には評
な治療法が示されていない高リスク再発 ALL に
価されておらず,適切な対象や使用方法について
おいても,施設毎に選択された治療法による臨床
は今後の検討が必要と考えられる。このため,本
経過を比較検討することで,より有望な治療法を
研究への参加症例の中で,クロファラビンを寛解
探索することが重要である。また将来の基礎研究
導入療法として用いた場合の寛解導入率と予後に
に備え,再発 ALL 検体を施設横断的に収集する
ついて検討し,再発および寛解導入不能 ALL に
ことが必要であり,これらを目的として日本小児
対する治療における本剤の役割を考察する。ま
白血病 / リンパ腫研究グループ Japanese Pediatric
た,クロファラビンを使用した患者においては,
表 1 第一再発 ALL における S 分類
免疫表現型:non-T
部位
再発時期
< 極早期 >
初発時治療開始後< 18 ヶ月かつ
初発時治療終了後< 6 ヶ月
< 早期 >
初発時治療開始後≧ 18 ヶ月かつ
初発時治療終了後< 6 ヶ月
< 後期 >
初発時治療終了後≧ 6 ヶ月
免疫表現型:T
髄外
単独再発
骨髄髄外
複合再発
骨髄
単独再発
髄外
単独再発
骨髄髄外
複合再発
骨髄
単独再発
S2
S4
S4
S2
S4
S4
S2
S2
S3
S2
S4
S4
S1
S2
S2
S1
S4
S4
注;S1:低リスク群,S2:中間リスク群,S3, S4:高リスク群
230 ( 109 )
in vitro 薬剤感受性試験の結果により寛解導入効
平成 26 年度・27 年度の進捗
果が異なるかどうかを検討する。
平成 27 年 12 月に ALL-R14 研究が開始された。
平成 26 年度までに細胞保存の準備が行われ,平
ALL-R14 研究における神奈川県立こども医療
成 27 年度内に複数検体の保管が実施された。当
センターの役割
センター内での検体保存には,指定寄付による本
【細胞保存】
研究費が用いられた。
各施設の検体はバイオバンク中間施設である当
センターに送付される。
まとめと今後の予定
送付された骨髄血,末梢血から比重分離法にて
本研究計画は希少小児がんに対するトランス
単核細胞を分離する。細胞数を測定し,それに応
レーショナルリサーチをより効果的に行うための
じて 1-10 バイアルに分注後,凍害防止剤を添加し
体制整備として企画された。再発 ALL 検体バイ
当センター内の液体窒素タンク中で凍結保存する。
オバンクにおける検体の保存状況は JPLSG など
凍結細胞は順次,福島県立医科大学もしくは京
に広く公開され,さまざまな研究に用いられる予
都大学に送付され,それぞれの施設で NOG マウ
定であり,これにより再発小児 ALL に対する新
ス移植が行われる。
たな治療法が考案されることが期待される。
ダウン症合併急性リンパ性白血病の病態解析と
治療成績向上を目指した研究
後 藤 裕 明
要 旨
合併急性リンパ性白血病の予後を改善するかにつ
当センターにおいて 2012 年以降,3 例のダウ
いては今後の検討が必要である。
ン症候群に合併した急性リンパ性白血病患者に
対して同種造血細胞移植を行った。1 例に骨髄
はじめに
破壊的前処置を,2 例に骨髄非破壊的前処置を
ダ ウ ン 症(DS) 小 児 は 急 性 リ ン パ 性 白 血 病
用い,全例に対し移植後 graft versus host disease
acute lymphoblastic leukemia(ALL)の発症頻度が
(GVHD)予防として,ロイコボリンを併用した
高く,その予後は不良である。先天性合併症の
通常量の methotrexate(MTX)を用いた。骨髄破
存在,化学療法による副作用が強いこと,それ
壊的前処置を用いた例では心不全などの重症合併
に伴って化学療法が減量されること,さらには
症を認めたが,他の症例では重度の合併症を認め
ALL 細胞そのものの生物学的特徴が DS に合併し
なかった。重症急性 GVHD は認めなかった。ダ
た ALL の予後不良と関連すると考えられる。造
ウン症候群患児に対する造血細胞移植においては
血細胞移植は高リスク白血病に対する治療に用い
移植関連合併症の予防が重要であるが,骨髄非破
られるが,DS-ALL に対する造血細胞移植の有効
壊的前処置を用いた造血細胞移植がダウン症候群
性は確立していない。
神奈川県立こども医療センター 血液 ・ 再生医療科
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
231 ( 110 )
日本造血細胞移植学会移植データベースに登録
理としてカテコールアミンの使用が必要であっ
された,1977 年から 2011 年までの間に造血細胞
たが,生着とともに症状は軽快した。II 度の急性
移植を施行された DS-ALL 患者 11 例における移
GVHD を認めたが,慢性 GVHD は発症せず,移
植後 2 年の生存率は約 30 %であり,死亡原因の
植後 36 ヶ月現在,無病生存中である。
多くは移植関連合併症であった 1)。海外からの報
症 例 2 は 移 植 時 年 齢 14 歳 の 女 児,CRLF2 陽
告では,移植後死亡の主な原因は ALL の再発と
性 B 前駆細胞性 ALL の第二寛解期に HLA 1 locus
されているが,やはり移植成績そのものは不良で
mismatch の同胞から骨髄移植を施行された。既
あった 2)。
往歴として鎖肛に対する手術歴があった。この症
当センターでは 2012 年以降,3 例の DS-ALL
例では骨髄非破壊前処置を用い,GVHD 予防は
に対して造血細胞移植を施行したので,その結果
シクロスポリンと短期 MTX を用いた。移植関連
から DS 合併 ALL に対する移植の適応や方法に
合併症としておそらく MTX に関連した AST/ALT
ついて考察を行った。
の上昇を認めたが他に重症合併症は認めなかっ
た。GVHD は発症せず,移植後 17 ヶ月目に ALL
症 例
の再発を認めた。
表 1 に 3 症例の経過をまとめた。
症例 3 は移植時 6 歳の男児,フィラデルフィア
症例 1 は移植時年齢 8 歳の男児であった。診断
染色体陽性 ALL の症例であった。既往歴として
は B 前駆細胞性 ALL で,既往症としてヒルシュ
心房心室中隔欠損症に対する手術歴と術後の完全
スプラング病とファロー四徴症に対する手術歴が
房室ブロックがあった。イマチニブ併用化学療法
あった。移植時期は第一寛解期であり,寛解導入
後に完全寛解となったが,心機能異常などのため
遅延と,寛解導入療法や強化療法において感染症
化学療法の継続は困難であり,HLA 一致同胞か
などのために十分な強度を保った治療ができない
らの骨髄非破壊前処置を用いた骨髄移植が施行
ことが移植適応と考えた理由であった。10 Gy の
された。GVHD 予防は症例 1, 2 と同様であった。
TBI を用いた骨髄破壊的前処置を用い,HLA 一
移植後,AST/ALT 上昇以外は特別な移植関連合
致同胞からの骨髄移植が施行された。Graft versus
併症を認めず,移植後 13 ヶ月現在,血液学的寛
host disease(GVHD)予防にはシクロスポリンと
解を維持している。
短期メソトレキセート methotrexate(MTX)を用
いた。移植後合併症として common terminology of
考 察
criteria of adverse events(CTCAE)
,grade 3 以上の
移植前処置について,TBI 10 Gy を用いた症例 1
粘膜障害と心不全を認めた。心不全に対する管
では心不全などの重症合併症を認めた。DS に合
表1 症例のまとめ
症例
8 歳 男児
14 歳 女児
6 歳 男児
移植時期
第一寛解期
第二寛解期
第一寛解期
ドナー
HLA 一致血縁
骨髄
HLA7/8 一致血縁
骨髄
HLA 一致血縁
末梢血
前処置
TBI 10 Gy,ETOP,Mel
Flu,AraC,Mel
Flu,Bu
GVHD 予防
CsA + short MTX
CsA + short MTX
CsA + short MTX
好中球生着
15 日
21 日
14 日
移植関連合併症
(CTCAE grade 3 <)
粘膜障害,心不全,
低カリウム血症
AST/ALT 上昇
AST/ALT 上昇
急性 GVHD
II
なし
なし
転帰
36 ヶ月,無病生存
17 ヶ月,再発
13 ヶ月,無病生存
略語;GVHD: graft versus host disease, TBI: total body irradiation, ETOP: etoposide, Mel: melphalan, Flu: fludarabine, AraC: cytarabine, Bu: busulfan,
CsA: cyclosporine A, MTX: methotrexate, CTCAE: common terminology of criteria of adverse events
232 ( 111 )
併した急性骨髄性白血病では骨髄非破壊前処置を
である。
用いた移植の方が骨髄破壊的前処置による移植よ
適当な前処置,GVHD 予防を用いれば DS 患者
りも優れていると報告された 3)。小児 ALL 全体
に対しても造血細胞移植は可能な治療であると思
でも骨髄非破壊前処置と骨髄破壊的前処置の成績
われるが,DS-ALL に対し骨髄非破壊的前処置を
は同等と報告された。DS-ALL では移植関連合併
用いた造血細胞移植が予後を改善するかは,今後
症が重大な問題となることから,ALL において
の多数例での検討が必要である。
も骨髄非破壊前処置の使用が移植成績の向上につ
ながる可能性がある。
文 献
日本造血細胞移植学会移植データベースに登録
1 )Goto H, Kaneko T, Shioda Y, et al. Hematopoietic stem
された過去の DS-ALL に対する造血細胞移植で
cell transplantation for patients with acute lymphoblastic
は,重症 GVHD の発症頻度が高い傾向が認めら
leukemia and Down syndrome. Pediatr Blood Cancer
れ,DS の患児では MTX による粘膜障害や肝障
2015;62:148-152.
害が強く発現する可能性が高いことから,移植
2 )Hitzler JK, He W, Doyle J, et al. Outcome of
後の GVHD 予防においても多くの場合,低用量
transplantation for acute lymphoblastic leukemia in
の MTX が用いられることが多かった 1)。これに
children with down syndrome. Pediatr Blood Cancer
対し,当センターの症例では MTX 投与後にロイ
2014;61:1126-1128.
コボリンを併用し,MTX の減量を行った症例は
3 )Muramatsu H, Sakaguchi H, Taga T, et al. Reduced
なく,結果的に重症 GVHD を発症した症例はな
intensity conditioning in allogeneic stem cell
かった。ただし,grade 3 の AST/ALT 上昇を認め,
transplantation for AML with Down syndrome. Pediatr
DS 患者に対する GVHD 予防はさらに工夫が必要
Blood Cancer 2014;61:925-927.
ターナー症候群の性ホルモン投与法に関する研究
安 達 昌 功
背 景
モンは,投与経路別では経口剤と経皮剤に大別
ターナー症候群は X 染色体のモノソミーや短
され,また天然型エストロゲン(17β - エストラ
腕欠損などの構造異常に起因する先天性疾患であ
ジオール:ジュリナ ® 錠,エストラーナ ® テープ)
り,低身長や特徴的身体徴候のほか,高頻度に原
と結合型エストロゲン(プレマリン ® 錠)の 2 種
発性性腺機能低下症を呈する。内外の診療ガイド
が存在する。更年期障害の治療にも同様の薬剤が
ラインでは,思春期年齢から卵胞ホルモンの投与
用いられるが,近年では,脂質代謝や血管機能へ
を開始し,12 - 14 歳頃から卵胞ホルモンと黄体ホ
の影響において経皮剤の優越性を認めるとする報
ルモンの周期的投与(カウフマン治療)に移行す
告が多い。
ることが推奨されている
1, 2)
。
ターナー症候群の治療に用いられる卵胞ホル
神奈川県立こども医療センター 内分泌代謝科
本研究の目的は,ターナー症候群においても,
経皮剤を経口剤より優先して使用すべきかどうか
こども医療センター医学誌 第45巻 第 3 号 平成28年 7 月
233 ( 112 )
の検討であり,今年度は当センターでの実態調査
LDL-C レベルは,経口剤の方がより低下したと
を実施した。
の報告もある 6)。
ターナー症候群における 40 例の検討では,投
方 法
与ルートの違いによって,体組成や血中脂質濃度
当科通院中のターナー症候群で,カウフマン治
に有意差は認められなかった 7)。しかしこの検討
療が行われている患者を対象とした。診療録よ
では投与期間がそれぞれ 6 ヶ月と短いため,長期
り,使用されている薬剤を抽出し,記載がある場
投与を続けた場合の検討が望まれる。
合は経皮剤と経口剤の選択の理由についても情報
今回の自施設の検討で明らかなように,既に投
収集した。
与ルートの第一選択が決定されている医療施設が
多いと考えられるため,複数の施設の症例をあわ
結 果
せ,既に長期間の卵胞ホルモン投与を受けている
表 1 に示すとおり,16 名が該当した。当セン
患者について検討することが有用と思われる。次
ターでは以前より経皮 17β - エストラジオールの
年度以降,この検討を進める予定である。
使用を第一選択にしているため,11 例で経皮剤
が用いられており,主治医の違いや患者の年齢に
文 献
よる一定の傾向は認めなかった。5 例では経口剤
1 )Bondy CA; Turner Syndrome Study Group. Care of
(すべて結合型エストロゲン)が使用されていた。
girls and women with Turner syndrome: a guideline of the
その理由は,3 例では経皮剤でのコンプライアン
Turner Syndrome Study Group. J Clin Endocrinol Metab
ス低下,1 例が皮膚疾患,1 例が前医で経口剤に
て治療開始されていたことであった。
2007;92:10-25.
2 )田中敏章, 横谷進, 長谷川奉延, 他. ターナー症候群
黄体ホルモン製剤は,多くの患者でノルエチス
におけるエストロゲン補充療法ガイドライン. 日本小
テロンが使用されていた。一部でメドロキシプロ
児科学会雑誌 2008;112:1048-1050.
ゲステロンが使われていたが,この処方は 1 人の
主治医に限られていた。
3 )Løkkegaard E, Andreasen AH, Jacobsen RK, et al.
Hormone therapy and risk of myocardial infarction: a
national register study. Eur Heart J 2008;29:2660-2668.
考 察
4 )Canonico M, Plu-Bureau G, Lowe GD, et al. Hormone
更年期障害の治療に用いられる卵胞ホルモン製
replacement therapy and risk of venous thromboembolism
剤については,経口剤に対する経皮剤の優越性が
in postmenopausal women: systematic review and meta-
3)
いくつか報告され,心筋梗塞発症率の低下 ,静
4)
脈血栓症リスク上昇の低減 ,乳癌発症リスク上
5)
昇の低減 ,血中中性脂肪レベルの低下
6)
analysis. BMJ 2008;336:1227-1231.
5 )Corrao G, Zambon A, Conti V, et al. Menopause
などが
hormone replacement therapy and cancer risk: An Italian
示されている。一方,骨折リスクは経口剤・経
record linkage investigation. Ann Oncol 2008;19:150-155.
皮剤ともに有意に低下するとされ,また,血中
6 )Wakatsuki A, Okatani Y, Ikenoue N, et al. Different
effects of oral conjugated equine estrogen and transdermal
表1 カ ウフマン治療実施中のターナー症候群患者の
使用薬剤(n = 16)
estrogen replacement therapy on size and oxidative
susceptibility of low-density lipoprotein particles in
n
postmenopausal women. Circulation 2002;106:1771-1776.
卵胞ホルモン
経皮エストラジオール
経口結合型エストロゲン
11
5
7 )Torres-Santiago L, Mericq V, Taboada M, et al.
黄体ホルモン
ノルエチステロン
メドロキシプロゲステロン
12
4
(E 2)
: a randomized clinical trial in girls with Turner
Metabolic effects of oral versus transdermal 17β-estradiol
syndrome. J Clin Endocrinol Metab 2013;98:2716-2724.