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知財高裁大合議判決
FRAND 宣言された特許権に基づく
差止請求権及び損害賠償請求権の行使が制限される
(知財高裁平成 25 年(ネ)第 10043 号、同(ラ)第 10007 号、第 10008 号)
〔概要〕
本件知財高裁大合議判決は、主として標準規格必須特許の特許権者がいわゆる
FRAND 宣言をした場合に、特許権者による差止請求権や損害賠償請求権の行使が
いかなる制限を受けるかについて判断したものです。本判決によれば、FRAND 宣言
された特許権に基づく差止請求権の行使は、権利の濫用に当たり許されないとされ
(第 2 事件、第 3 事件)、損害賠償請求権の行使は、FRAND 条件でのライセンス料を
超える部分では権利の濫用となるが、ライセンス料相当額の範囲内では権利の濫用
にあたるものではないと判断されました(第 1 事件)。
また、判決の傍論部分ですが、特許のライセンシーによる部品(専用品)の譲渡が
なされた場合であっても、完成品の特許権が当然には消尽するものではない、との判
断が示されました。
<目 次>
1.事案の概要
2. 問題の所在
3. 原判決・原決定の概要
4. 判決の内容
事件番号・事件の表示・判決日・当事者
第 1 事件
第 2 事件・第 3 事件
知財高裁平成 25 年(ネ)第 10043 号
知財高裁平成 25 年(ラ)第 10007 号、第 10008 号
債務不存在確認請求控訴事件
特許権仮処分命令申立却下決定に対する抗告
申立事件
平成 26 年 5 月 16 日知財高裁特別部
平成26年5月16日知財高裁特別部決定
判決
控訴人(被告) 三星電子株式会社
抗告人(債権者)
(サムスン電子)
三星電子株式会社
(サムスン電子)
被控訴人(原告)Apple Japan 合同会社 被抗告人(債権者) Apple Japan 合同会社
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〔詳細〕
1.事案の概要
(1) 本件各事件の請求について
本件第 1 事件は、原告・被控訴人(「アップル」)のスマートフォン等の製品※1(「本
件製品」)を生産、譲渡、輸入等する行為が、被告・控訴人(「サムスン」)が保有する
本件特許権(発明の名称は「移動通信システムにおける予め設定された長さインジケ
ータを用いてパケットデータを送受信する方法及び装置」)の侵害行為に当たらない
と主張し、本件特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権の不存在確認を求
めた事案です。
本件第 2 事件及び第 3 事件は、サムスン(債権者)が、アップル(債務者)による本
件製品の生産等の行為が本件特許権の侵害に当たると主張して、アップルに対し、
これらの製品の生産等の差止を求めた仮処分を申し立てた事案です。
※1 「iPhone4」や「iPad2 Wi-Fi+3G モデル」等のスマートフォンやタブレットデバイス等
(2) 標準規格必須特許と FRAND 宣言について
通信業界等、各種業界団体は、ある一定の規格を標準規格と定めた上で、当該標
準規格の普及と業界内での関係技術の相互利用を図るため標準化団体を設立して
います。そして、標準化団体が定めた標準規格に準拠した製品を製造するために回
避することのできない特許のことを標準規格必須特許といいます。各標準化団体は、
参加者に対して標準規格に必要な知的財産権の開示義務を課し、さらにはいわゆる
FRAND 条 件 ( 「 公 正 、 合 理 的 か つ 非 差 別 的 な 条 件 」 Fair, Reasonable and
Non-Discriminatory terms and conditions、同様のものとして RAND 条件というものも
ある。)で希望者へライセンスを行う用意がある旨を宣言するよう求めることがしばしば
見られます。
アップルが生産、販売等をしている本件製品は、いずれも携帯電話の通信におけ
る第三世代移動通信システムおよび第三世代携帯電話システム(いわゆる「3G」)の
仕様に つい て世界標 準化を 目標とす る民 間団体( 3GPP)が策 定し た 通信規格
(「UMTS 規格」)に準拠したものでした。3GPP を結成した標準規格団体である ETSI
(欧州電気通信標準化機構)は、標準化された技術に関する知的財産権の取扱いに
ついての方針として「IPR ポリシー」を定めており、3G 技術の標準化に参加した会員
に同ポリシーの遵守を求めていました。サムスンは上記標準化団体に参加していた
会員の一つであり、IPR ポリシーに従って本件特許の存在を開示した上で FRAND 条
件にて取消不能なライセンスを許諾する旨の宣言(本件 FRAND 宣言)をしていました。
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本件 FRAND 宣言後に、アップルはサムスンに対し FRAND 条件による本件特許を含
む標準規格必須特許のライセンスを申し込み、双方の間で複数の条件交渉が重ねら
れましたが最終的な合意に至ることはなく、本件各事件が提訴されました。
2.問題の所在
(1) FRAND 宣言をした特許権者による権利行使の制限について
標準規格を採用した製品を生産等する者は、標準規格必須特許を実施することを
避けては通れないために、特許権者とのライセンス交渉においては極めて弱い立場
に立たされます(ホールドアップ状況)。このような問題を生じさせないため、各種標準
化団体では上記のよう に権利者に対し て保有する標準規格必須特許の開示と
FRAND 宣言等を義務付け、ライセンスの希望者へ適正な条件によってライセンスを
するように求めています。
しかし、どのような条件であれば FRAND 条件(公正、合理的かつ非差別的な条件)
といえるのかどうかは必ずしも明らかではなく、最終的には特許権者とライセンス希望
者との間での交渉を経た後に双方の合意に至ることが通常必要となります。
本件では、サムスンとアップルとの間で最終的には条件の合意が得られませんでし
たが、その場合に FRAND 宣言をした特許権者であるサムスンが、FRAND 条件での
ライセンス希望を申し出ていたアップルに対して権利行使をすることが許されるのか、
許されるとしても権利行使にあたってなんらかの制限を受けるかという点について、問
題となりました。
具体的には、前提として第1に、そもそもサムスンが FRAND 宣言をしたこと自体が
ライセンス契約の申込みに該当し、アップルがこれを承諾した時点で、ライセンス契
約の成立が認められるのではないかという点が問題になりました。第 2 に、ライセンス
契約が成立していないとしても、FRAND 宣言をしたサムスンが、FRAND 条件によるラ
イセンスを希望したアップルに対して、本件製品の生産等の差止請求権及び損害賠
償請求権の行使をすることが権利の濫用に当たり許されないのではないかという点が
問題となりました。
(2) インテル製の部品がアップルへ譲渡されたことによる消尽論について
これまでの最高裁判決では、特許権者またはライセンシーの意思により特許製品
(完成品(物)の発明の実施品を指す。)そのものが譲渡され流通に置かれた場合に
は、もはや当該特許製品に対して特許権者の権利は消尽し、権利行使は許されない
と考えられていますが(BBS 最高裁判決参照)、他方で流通済みの特許製品を利用
して加工や部材の交換がされ、それにより当該特許製品と同一性を欠く特許製品が
新たに製造されたものと認められるときは、特許権者による権利行使が許されるとも考
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えられてきました(インクカートリッジ事件※2 最高裁判決参照)。
また、特許製品そのものを流通に置いた場合と同様に、当該特許製品の「生産に
のみ用いる物」(経済的・実用的に特許製品生産以外の他の用途に使うことが想定さ
れない物、特許法 101 条 1 号)に該当する特許製品の部品(「専用品」)が、当該特許
の特許権者またはライセンシーの意思により譲渡され流通におかれた場合にも、特
許権は消尽して権利行使は許されないと考えられていました。
本件では、上記の各場合と異なり、本件特許の専用品が特許権者またはライセン
シーの意思により販売され、その購入者が、当該専用品を組み込んで新たに特許製
品を生産等した場合にも、特許権は当然に消尽して権利行使できないか、という点が
問題になりました。
本件製品には、通信関連の処理のために訴外インテル社(「インテル」)が製造した
ベースバンドチップ(「本件チップ」)が組み込まれていました。アップルは、インテル
はサムスンから本件特許について実施許諾を受けているライセンシーであると主張し
た上で、本件チップが本件特許の専用品である場合には、アップルが本件チップを
インテルから購入して各本件特許製品を生産等する行為に対するサムスンの権利行
使は消尽論により制限されると主張しました。
裁判では、本件特許の効力は、サムスンがインテルにライセンス許諾したことによっ
て消尽し、上記行為に対する権利行使は許されないのか、特許権は消尽しておらず、
サムスンは依然として権利行使をすることができるのか、が議論されました。
※2 インクジェットプリンタ用の使い捨てインクカートリッジに関する特許権を有する特許権者が国内お
よび国外で譲渡した特許製品の使用済のインクカートリッジ本体を、リサイクル業者が回収して加
工、インクの再充填等を行ってリサイクル製品として再度販売されていたインクカートリッジについ
て、特許権者による権利行使が許されるか否か判断された事件
3.原判決・原決定(東京地裁平成 25 年 2 月 28 日判決・決定)の概要
原審の東京地裁では、まず FRAND 宣言をしたサムスンは、FRAND 条件によるライ
センスを希望したアップルに対して、ライセンス契約の締結に向けて誠実に交渉を行
うべき信義則上の義務を負っていると示しました。その上で、サムスンはライセンスの
申出をしたアップルに対して上記義務に違反していることに加えて、サムスンがアップ
ルに対して差止めの仮処分を求めていることや、本件特許の技術が標準規格に採用
されていたにもかかわらずサムスンが標準化団体にその事実を開示したのが 2 年後
であったことなどの交渉経緯の諸事情を総合的に考慮した上で、サムスンの本件特
許権に基づく差止請求権と損害賠償請求権の行使はいずれも権利の濫用であり許
されないと判断し、ライセンス相当額の損害賠償請求も含めてサムスンの損害賠償請
求権がないと認定しました。
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4.判決の内容
(1) FRAND 宣言によってライセンス契約が成立したかについて
大合議判決は、本件 FRAND 宣言はライセンス条件の内容が明確に定まっている
ものではないことに加え、ETSI の IPR ポリシーの作成過程において、会員の FRAND
宣言に自動ライセンスまで認める趣旨ではないことが明らかにされていたことから、サ
ムスンの本件 FRAND 宣言は、契約の申込みとまではいえないと判断しました。
(2) FRAND 宣言をした特許権者による権利行使の可否について
ア 損害賠償請求について
大合議判決は、すべての損害賠償請求権を一括して権利濫用か否かを検討した
原判決と異なり、本件特許権に基づく損害賠償請求権を①「FRAND 条件でのライセ
ンス料相当額を超える損害賠償請求権」と②「FRAND 条件でのライセンス料相当額
による損害賠償請求権」とに分けて検討すべきであるとしました。
その上で、まず、①「FRAND 条件でのライセンス料相当額を超える損害賠償請求
権」については、FRAND 宣言がされた場合には FRAND 条件によるライセンスを受け
ることができるであろうとの期待を抱いて標準規格製品を生産する者の信頼を保護す
る必要性がある一方で、自ら FRAND 宣言をした特許権者に FRAND 条件以上の損
害賠償請求権を認める必要性は高くないとして、特段の事情(相手方がそもそもライ
センスを受ける意志がない等極めて例外的な場合が例示されており、その存在は厳
格に判断されるべきであると付言されています。)がない限り、権利の濫用に当たり許
されないとしました。
次に、②「FRAND 条件でのライセンス料相当額による損害賠償請求権」について
は、特許権者に対する発明の公開への対価として保障すべきものである一方で、標
準規格を生産する者にとっても、FRAND 条件でのライセンス料はいずれ支払うべきこ
とを想定しているはずであるとして、損害賠償請求を認めることが著しく不公正といえ
る特段の事情がない限り、権利の濫用にはあたらないと判断しました。
その上で、大合議判決は、具体的事情を考慮した上で、サムスンの損害賠償請求
について、FRAND 条件でのライセンス料を超える部分では権利の濫用となるが、ライ
センス料相当額の範囲内では権利の濫用にあたるものではないとの結論を示しまし
た。
イ 差止請求について
大合議判決は、FRAND 宣言をした特許権者は、自らライセンスを許諾する用意が
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ある旨を宣言しているのであるから、差止請求権を行使して独占状態を維持すること
をそもそも期待していないはずであり、その保護の必要性は低いものといえる一方で、
標準規格を採用する者は FRAND 条件によるライセンスを受けることを期待しており、
かかる信頼を保護すべき必要性は高いとして、特段の事情がない限り、差止請求は
権利の濫用に当たり許されないと判断しました。
(3) 損害額の算定について
大合議判決は、FRAND 条件によるライセンス料相当額について、下記のように計
算し、最終的に 995 万 5854 円のみがサムスンの損害として存在することを確認しまし
た。
ア 標準規格の貢献部分
大合議判決は、まず、標準規格を準拠したことに影響されることなく達成された売
上部分を除くべきであるとして、本件製品の売上高に、本件製品が UMTS 規格に準
拠していることが売上に寄与したと認められる割合(〇%、非公表)を乗じました。
イ 本件特許の貢献部分
(ア)累積ロイヤリティの上限
次に、大合議判決は、累積ロイヤリティの上限について判断しました。
ある標準規格の実現するためにはその標準規格の必須特許が多数存在すること
があり、その個数は数百を超えることも珍しくありません。そのため、個々の必須特許
についてのライセンス料率の絶対値が低廉であったとしても、それらが積み重なること
によりライセンス料の合計額が高額化し当該規格を採用することが経済的に不可能
になるほど不合理に大きくなるという、いわゆる累積ロイヤリティの問題が指摘されて
います。かかる問題を回避するため、累積ロイヤリティについて上限を設けるべきであ
るとの主張がなされてきました。
大合議判決は、ETSI の IPR ポリシーの目的が、「規格の準備及び採用、適用への
投資が、規格又は技術仕様についての必須IPRを使用できない結果無駄になる可
能性があるというリスクを軽減する」ことにあることを引用した上で、この目的を達成す
るためには、個々の必須特許についてのライセンス料のみならず、ライセンス料の合
計額(累積ロイヤリティ)も経済的に合理的な範囲内にとどまる必要があると示しまし
た。
その上で、アップル、サムスンともに累積ロイヤリティを 5%にすることを前提として
おり、また UMTS 規格の必須特許の保有者の間でも、累積ロイヤリティを 5%以内とす
る見解が指示されていることから、本件特許の FRAND 条件によるライセンス相当額
の認定に当たって、累積ロイヤリティとして、UMTS 規格に準拠していることが本件製
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品の売上に貢献したと認められる割合の 5%として計算すると判断しました。
(イ)UMTS 規格の必須特許の個数
最後に、大合議判決は、UMTS 規格に準拠していることが本件製品の売上に貢献
したと認められる割合について、さらに UMTS 規格に採用されている必須特許の中の
1件であるため当該必須特許ファミリーの数で除するべきであると判断しました。
その際に、必須特許の総数について、一般に必須宣言が過剰になされる傾向があ
ることを理由に、実際に必須宣言された特許の数(1889 個)をそのまま採用はせず、
第三者が作成したレポートの中で必須かおそらく必須であると判定された 529 個であ
ると認定しました。
(本件計算式)
= 製品売上高×標準規格採用の寄与割合(〇%)×累積ロイヤリティの上限(5%)
÷ 標準規格必須特許の個数(529 個)
(4) 消尽論について
大合議判決は、サムスンとインテル間のライセンス契約は終了しており、そうでなく
とも本件チップはライセンスの対象ではなく、本件チップがインテルとサムスンのライ
センス契約に基づいて製造・販売されたものではないと認定し、消尽論適用の前提を
欠くとしてアップルの主張を斥けました。
その上で、判決の傍論ながら、特許権者からライセンス許諾を受けた者が「特許製
品の生産にのみ用いる物」にあたる部品(専用品)を譲渡した場合に、当該専用品を
用いて新たな特許製品の生産が行われた場合について、特許権者(ないし特許権者
から第三者が新たな特許製品を生産することについて承認権限を与えられたライセ
ンシー)において、当該専用品を用いた新たな特許製品が生産されることを黙示的に
承認している場合には、特許権の効力は、当該特許製品の生産や、生産された特許
製品の使用、譲渡等には及ばないと判示しました。
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<日本版アミカスキュリエの実施>
本件大合議事件では、「標準化機関において定められた標準規格に必須となる
特許についていわゆる(F)RAND 宣言がされた場合の当該特許による差止請求権
及び損害賠償請求権の行使に何らかの制限があるか。」という論点について、知
財高裁が広く一般からの意見募集を行い、米国のアミカスキュリエに類した試みが
実施されました。その結果、研究者や業界団体、国外の電機メーカーの他、弁護
士会や弁理士会など 8 ヶ国 58 通の意見書が提出されたとのことです。
日本の民事訴訟法においては、裁判所自身による一般からの意見募集を認め
た制度はないため、本件では、各当事者が意見書の提出を受け付け、それを書証
として裁判所へ提出するという枠組みを採用しており、あくまでも現行法の枠組み
で行われました。
2014年10月1日
(IP情報室)
青和特許法律事務所
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